判例検索β > 平成25年(ワ)第4835号
損害賠償請求事件
事件番号平成25(ワ)4835
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成29年8月2日
法廷名名古屋地方裁判所
戻る / PDF版
平成29年8月2日判決言渡
平成25年

第4835号

損害賠償請求事件
主1文
被告は,原告αに対し,3312万6573円及びこれに対する平成23年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
被告は,原告βに対し,3312万6573円及びこれに対する平成23年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

4
訴訟費用は,これを9分し,その1を原告らの,その余を被告の負担とする。
5
本判決は第1項及び第2項に限り,仮に執行することができる。

第1
1実及び理由
請求
被告は,原告αに対し,3738万9612円及びこれに対する平成23年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2
被告は,原告βに対し,3738万9612円及びこれに対する平成23年10月31日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
訴訟費用は被告の負担とする。

4
仮執行宣言

第2
1
事案の概要等
事案の概要
本件は,亡Cの父母である原告らが,被告に対し,Cは,もやもや病による脳室内出血などにより被告が開設する刈谷豊田総合病院(以下「被告病院」という。)に入院したところ,被告病院の医師らには,①水頭症,頭蓋内圧亢進の管理について,脳室ドレナージなどの急性期管理を怠った注意義務違反,②痙攣発作に対して速やかに抗痙攣薬を投与して全身管理すべきであったのに,これを怠り約14時間半にわたり継続する痙攣発作を放置した注意義務違反があり,これらの注意義務違反の結果,Cが死亡するに至ったとして,不法行為(使用者責任)又は債務不履行に基づき,損害賠償(いずれもCが死亡した日である平成23年10月31日からの民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を含む。)を請求する事案である。
2
前提事実(証拠を摘示したものを除いて,当事者間に争いはない)⑴

当事者等

Cは,平成16年生まれの女児であり,平成23年10月31日(以下,平成23年の出来事については,単に月日のみを示すことがある。)に死亡した。
原告αはCの父であり,原告βはCの母である。


被告は,被告病院を開設する医療法人である。
D医師は,平成23年当時,被告病院脳神経外科で勤務していた医師であり,Cの主治医であった(乙A3・1頁)。
E看護師は,平成23年当時,被告病院に勤務していた看護師であり,10月23日から10月24日にかけて,当直の看護師であった(乙A1・235~243頁)。
F医師は,平成23年当時,被告病院外科で勤務していた医師であり,10月23日から10月24日にかけての当直医であった(乙A1・233,236頁)。
G医師は,平成23年当時,被告病院の脳神経外科部長であった(乙A4・1頁)。



診療経過の概要(なお,別紙診療経過一覧表について当事者間に争いはない)

Cは,平成23年10月18日,午前9時頃から頭痛があり,午後4時頃に2回転倒し,午後4時20分頃には頭が痛いと激しく啼泣した後嘔吐して反応が低下したことから,被告病院に救急搬送された(乙A1・348~349頁。別紙診療経過一覧表)。

被告病院脳神経外科の医師は,同日午後5時18分,Cに対し,CT検査を行ったところ,被告病院放射線科の医師は,右基底核領域背側の脳出血,脳室内穿破と診断した(乙A1・407頁。別紙診療経過一覧表)。


Cは,同日午後6時,被告病院ICUに入院となり,被告病院脳神経外科のD医師が主治医となった(乙A1・342頁)。


D医師は,同日午後6時27分,Cに対し,CT検査(造影3D)を行ったところ,被告病院放射線科の医師は,もやもや病の疑いがあると診断した(乙A1・406頁。別紙診療経過一覧表)。


D医師は,10月19日午前10時3分,Cに対し,MRI・MRA検査及びCT検査を行ったところ,被告病院放射線科の医師は,上記MRI・MRA画像につき,右半卵円中心,右尾状核,右視床内側の比較的新しい梗塞が生じていると診断し,上記CT検査につき,右半卵円中心,右視床内側の新たな梗塞が明瞭化したと診断した(乙A1・408,409頁。別紙診療経過一覧表)。


Cは,同日午後2時頃,ICUから一般病棟へ転棟した(乙A1・453頁)。


Cは,10月23日午後5時頃,ベッド柵を蹴飛ばすような仕草で足をばたつかせており,目は虚ろな状態で,「あつい,あつい…足あつい…あつい。」などと発言していた。その後も,上下肢をばたつかせる,視線が合わない,目を閉じてぐったり動かなくなるなどの状態が続いた。(別紙診療経過一覧表)


E看護師は,10月24日午前0時30分頃,当直医であるF医師にCの診察を依頼したところ,F医師は,午前0時45分頃からCの診察を行った(別紙診療経過一覧表)。

Cは,同日午前7時45分頃,被告病院脳神経外科のH医師により抗痙攣薬セルシンが投与されたが,前記クからH医師による診察までの間,医師による診察を受けることはなかった(別紙診療経過一覧表)。


D医師は,同日午前11時10分頃,Cに対しCT検査を実施したところ,被告病院放射線科の医師は,新たに広範な脳梗塞又は痙攣後脳症が生じたと読影した(乙A1・412頁)。


D医師は,同日午後3時3分,Cに対し,緊急減圧開頭術を実施し,両側脳室ドレナージの留置を行った(乙A1・200,206~207頁。別紙診療経過一覧表)。


Cは,10月27日に自発呼吸が喪失し,10月28日には全脳死状態となり,10月31日午前11時10分に死亡した。
Cが死亡した原因は,前記コのCT検査で確認された広範な脳梗塞である(甲A8)。



医学的知見

脳室(乙B2の2・25~26頁)
脳室は,左右の側脳室,正中にある第3脳室及び第4脳室から成る。側脳室は,前角,中心部,三角部,後角,下角から成る。側脳室の下角は,側頭角ともいう(弁論の全趣旨)。


もやもや病(甲B3,乙B1)
疾患概念
ウィリス動脈輪を中心に,両側内頸動脈終末部,前・中大脳動脈分岐部に慢性進行性に閉塞性病変が出現し,それに伴い側副血行路異常血管網(もやもや血管)を呈する疾患をいう。脳の血流が足りない状態(脳虚血)による脳梗塞,一過性脳虚血発作,もやもや血管の破綻による脳出血を起こす可能性がある。(甲B3・124頁)
初回発作の病型
もやもや病の初回発作の病型には,出血型,虚血型(梗塞型,一過性脳虚血発作(TIA)型,TIA頻発型)等がある。一般に小児例では脳虚血症状で発症するものが多い。(乙B1・325~326頁)症状
もやもや病の症状には,運動障害,意識障害,頭痛,けいれん等がある(乙B1・326頁)。

水頭症(甲B4,5,乙B2の1)
疾患概念
髄液が頭蓋内腔に過剰に貯留した状態をいう(甲B4・152頁,乙B2の1・319頁)。水頭症は,頭蓋内圧亢進の原因となる(甲B5・128頁)。
水頭症には,交通性水頭症と閉塞性(非交通性)水頭症があり,脳室内からくも膜下へ至る経路に閉塞が生じるものを閉塞性水頭症という(甲B4・154頁,乙B2の1・320,321頁)。
症状・所見,診断
頭囲拡大や頭蓋内圧亢進症状といった臨床症状並びにCT及びMRI画像上の脳室拡大の所見により,通常,比較的容易に診断が下される(乙B2・322頁)。
治療
水頭症の治療には,シャント手術,神経内視鏡手術,脳室ドレナージ等がある(甲B4・156,157頁)。


脳出血の脳室内穿破(甲B6)
脳実質内の出血に引き続き,近接する脳室内に血腫が穿破すると,頭痛や悪心・嘔吐,意識レベルの低下などの症状が出現する。非穿破例と比較して急性水頭症を併発しやすいため,頭蓋内圧の制御に外科的処置を要する場合が多い。
脳室内穿破において脳室拡大が強いもの(水頭症)の場合には,血腫の排出や頭蓋内圧の低下を目的として,脳室ドレナージを行う。

頭蓋内圧亢進(甲B5・128頁)
病態
頭蓋内圧が亢進すると,脳灌流圧が低下し,脳虚血やPaCO₂の上昇をひき起こす。それにより,さらに頭蓋内圧が上昇するという悪循環が起こる。頭蓋内圧の上昇を放置すれば脳ヘルニアに移行する危険があるため,早期の対応が重要である。
症状(急性の場合)
頭痛,嘔吐・嘔気,意識障害,痙攣などがある。


正中線偏位(ミッドラインシフト)(甲B16)
脳CTあるいはMRIなどにおいて,本来,正中線にあるべき大脳の構造物が,大脳の空間占拠性病変又は大脳そのものの腫脹により,反対側へ圧排,移動させられている状態をいう。多くの場合,大脳一側に生じた腫瘍,出血,虚血などの病変や,それらに伴って生じる脳浮腫が原因となる。頭蓋内圧の亢進した徴候として臨床上きわめて重要である。


脳室ドレナージ(甲B4ないし6)
脳室に直接チューブを挿入し,体の外部に髄液を排出する方法である(甲B4・157頁)。髄液の貯留により高まった頭蓋内圧を低下させることができる(甲B6)。合併症として感染がある(甲B4・157頁,甲B5・132頁)。


痙攣(甲B7,8,13,14,17,18)
痙攣
痙攣とは,全身又は一部の筋骨格(随意筋)に発作性に起こる不随意の収縮状態をいう(甲B7・168頁,甲B8・88頁,甲B13・75頁,甲B14・288頁)。
痙攣重積状態
痙攣発作が長時間持続する又は発作と発作の間に意識の回復がない場合を痙攣重積状態という(甲B7・171頁,甲B12・77頁,甲B14・288頁,甲B17・324頁)。
痙攣重積状態では,無呼吸・低換気と酸素消費増大により,低酸素血症を起こす。また脳内ブドウ糖の不足,代謝性アシドーシスを生ずる。カテコラミン放出により血圧上昇と脳血流増加がみられるが,痙攣が長時間続くと酸素・エネルギーの需要に応えきれなくなる。その結果,脳浮腫,頭蓋内圧亢進を来し,死亡ないし不可逆性の脳障害をもたらし得る。(甲B14・288頁)
痙攣重積状態に対しては,速やかに抗痙攣薬を投与する(甲B7・172,178頁,甲B13・78~79頁,甲B14・288~289頁,甲B17・324~325頁)。
来院時に痙攣が持続している場合には,痙攣重積状態として対応する(甲B8・90頁,甲B14・288頁,甲B18・60頁)。
3
争点


水頭症,頭蓋内圧亢進の管理に係る注意義務違反の有無



痙攣発作への対応に係る注意義務違反の有無



因果関係



損害



期待権侵害の有無

4
争点に対する当事者の主張


争点⑴(水頭症,頭蓋内圧亢進の管理に係る注意義務違反の有無)について
(原告らの主張)

Cのもやもや病の急性期管理について
もやもや病の患者は,脳灌流圧が低く,脳梗塞を発症しやすいところ,頭蓋内圧が上昇すると,もともと低い脳灌流圧がさらに低下するから,わずかな頭蓋内圧亢進でも脳梗塞を発症し又は既に発症している脳梗塞の悪化をもたらすことがある。脳梗塞は,急性期に頭蓋内圧を亢進させるおそれがあり,生命に危険を及ぼすことがあり得る。
脳室内出血は,水頭症に至る危険があるところ,水頭症となれば頭蓋内圧が亢進する。
Cは,もやもや病で,脳梗塞,脳室内出血も起こしていたのであるから,厳重に頭蓋内圧の管理をすることが必要な患者であった。

10月19日までに水頭症と診断して脳室ドレナージなどの急性期管理を実施すべき注意義務違反
水頭症を発症すると,頭蓋内圧が亢進し,脳虚血・脳梗塞に至る危険があるため,脳室ドレナージなどを実施して,頭蓋内圧のコントロールを行わなければならないところ,前記アのとおり,もやもや病患者で脳梗塞及び脳室内出血も起こしていたCが水頭病を発症した場合には,とりわけ,すみやかに頭蓋内圧を適正に保つ必要がある。
以下のとおり,Cについて,①CT上側脳室下角拡大の所見があったこと,②頭蓋内圧亢進症状が継続していたこと及び③もやもや病による脳出血(脳室内穿破),脳梗塞を起こしていたことから,D医師は,10月18日,遅くとも10月19日には,水頭症であると診断することが可能であった。

CT上側脳室下角拡大の所見があったこと
小児の場合,CT/MRI画像上,側脳室下角が幅2mm以上であるときは,水頭症を疑う脳室拡大であるところ,Cについては,10月18日及び10月19日に撮影された4回全てのCT画像上,側脳室下角が幅2mm以上に拡大していた。
被告は,Cが甲B2に記載されている水頭症の判定基準を満たさないと主張するが,同基準は,主に成人を対象とした完成した慢性期の水頭症の場合にCT画像によって水頭症を判断する場合の基準であり,Cのように,発症したばかりの急性期の水頭症の場合にはそのまま当てはまらない。また,CのCT画像上シルビウス裂及び大脳の脳溝が確認できる(なお,大脳半球間裂は見えていない。)が,Cが7歳であったこと,Cの脳室内出血が穿破していたこと及び一連のCT画像は水頭症の発症直後ないし数日内に撮影されたものであることなどから,シルビウス裂及び大脳の脳溝が確認できることは,水頭症の発症と矛盾しない。

頭蓋内圧亢進症状が継続していたこと
水頭症では,頭痛,嘔吐・嘔気及び意識障害などの頭蓋内圧亢進症状を呈するところ,Cには,10月18日及び10月19日にこれらの症状が見られていた。


もやもや病による脳出血(脳室内穿破),脳梗塞を起こしていたこと
脳室内出血は,水頭症を発症する原因となる疾患の一つであり,水頭症を合併しやすいところ,Cは,10月18日に脳室内出血と診断されていた。
また,もやもや病が脳出血や脳梗塞の原因疾患である場合,当該
患者は水頭症になりやすいところ,Cは,遅くとも10月19日の時点でもやもや病が疑われており,同日のCTでは脳梗塞も確認された。


画像上髄液が確認できるとの被告の主張について
被告は,CT,MRI画像上髄液の灌流が確認できることからCは閉塞性水頭症を発症していなかったと主張するが,原告らは,閉塞性水頭症の発症に限定した主張をしているものではなく,交通性及び非交通性の水頭症を区別して主張するものではない。
また,画像上血腫の周囲に髄液が確認できることは,血腫によって髄液の流れが完全に閉塞しているわけではないということにすぎず,髄液の交通障害も吸収障害も否定されないから,水頭症を否定する根拠とはならない。
さらに,被告は,10月18日,10月19日,10月24日のCT画像を比較して側脳室下角の拡大が小さくなっている又は拡大していないから,髄液の流れは改善していたと主張するが,比較するCT画像の断面位置(高さ)が同一ではないため,これらの画像を比較して空間の広狭を論じることは全く無意味である。
したがって,D医師には,10月18日,遅くともMRI/MRA検査でもやもや病との診断がなされた10月19日には,Cにつき,水頭症と診断した上,直ちに脳室ドレナージなどの急性期管理を実施すべき注意義務があった。
しかしながら,D医師は,水頭症との診断を行なわず,脳室ドレナージも実施せずに,上記注意義務に違反した。

10月23日午後5時頃までに脳室ドレナージなどの頭蓋内圧亢進の管理を行うべき注意義務違反
以下のとおりのCの症状及び画像所見に照らせば,10月19日以降も,10月23日午後5時頃の痙攣発作に至るまで,Cの頭蓋内圧はさらに亢進していたことは明らかである。

頭蓋内圧亢進症状の継続,増悪化
頭痛,嘔気,嘔吐及び意識レベルの低下は,頭蓋内圧亢進の症状であるところ,Cには,10月18日から頭痛,嘔気,嘔吐の症状が見られ,10月19日以降においてもこれらが継続し,10月21日,22日,23日には意識レベルの低下も見られた。

側脳室下角の拡大
10月18日から10月22日までに被告病院において撮影されたCTのいずれにおいても,側脳室下角の拡大が見られるが,これは,頭蓋内圧亢進を疑わせる所見である。


ミッドラインシフト
ミッドラインシフトは,脳梗塞による脳浮腫が疑われる所見であり,脳浮腫は頭蓋内圧亢進を来すものであるところ,10月19日及び10月22日に撮影したCTではミッドラインシフトが見られた。
前記アのとおり,Cについては,厳重に頭蓋内圧を管理すべきであっ
ったのであるから,D医師には,10月19日以降も10月23日午後5時頃に痙攣発作を起こすまでに,脳室ドレナージなどによる頭蓋内圧の管理をすべき注意義務があった。
しかしながら,D医師は,脳室ドレナージなどを実施せず,頭蓋内圧亢進を放置して,上記注意義務に違反した。
(被告の主張)

10月19日までに水頭症と診断して脳室ドレナージなどの急性期管理を実施すべき注意義務違反について
後記

のとおり,Cは,水頭症を発症していないから,D医

師には,水頭症と診断の上,脳室ドレナージを実施すべき注意義務はなかった。
CT上脳室拡大所見がなかったこと
水頭症の発症を判断するには,側脳室下角の拡大のみならず,他の脳室のサイズや,脳室拡大の有無に関する継続的な観察が必要である。a
水頭症の診断の前提となる脳室拡大の所見は,①側脳室下角が幅2mm以上であることに加え,②シルビウス裂,大脳半球間裂,大脳の脳溝がみえないこと又は③FH/ID比が0.5以上であることを要する(甲B2)。
Cの画像所見上,側脳室下角が2mm以上写っているが,Cの側脳室下角がもともと大きかった可能性はあるし,成長過程の子供の場合,脳と頭蓋骨の成長の速さが異なり,脳室に隙間が生じる場合があり,側脳室下角の拡大が無くても,CT上側脳室下角が確認できることはある。
また,Cの画像所見上,②シルビウス裂,大脳半球間裂,脳溝が描出されており,③FH/IDは0.4を超えていない。したがって,CのCT画像は,上記水頭症の診断基準を満たさなかった。

水頭症の診断は,時間的経過を観察するなど総合的に行うべきであり,単回の画像から必ずしも確定診断できないところ,Cには,進行性の脳室拡大は見られなかった。
頭蓋内圧亢進症状はなかったこと
10月18日以降継続する頭痛,嘔吐・嘔気,意識障害などは,もや
もや病による脳出血,脳梗塞及びもやもや病自体に起因するものであり,水頭症による頭蓋内圧亢進の臨床所見ではない。そして,Cの上記症状は,10月21日には前日より改善し,若干の変動をしつつもほぼ同じレベルで推移していたものである。
髄液の灌流が保たれていること
原告らは,Cが閉塞性水頭症を発症したと主張するものと考えられるところ,CのCT,MRI画像によれば,以下のとおり,髄液の灌流は保たれており,閉塞性水頭症を発症していたとはいえない。

10月18日の2回のCT画像上,第4脳室にある血腫の周囲に
は空間が黒く描出されており(CT画像では髄液は黒く描出され
る),第4脳室において血腫による灌流障害は認められず,髄液が流れていることを示している。

10月19日のMRIサージタル画像(T2強調)では,第4脳
室の血腫の周囲に白く描出された部分があり(T2強調画像では髄液が白く抽出される),髄液の灌流が認められる。


10月18日と10月19日のCT画像を比較すると,10月1
9日の方が側脳室が小さくなっており,髄液の流れが改善されたことを示している。


10月18日と10月24日のCT画像を比較すると,側脳室の
下角は拡大しておらず,髄液の灌流障害,貯留は認められない。


10月23日午後5時頃までに脳室ドレナージなどの頭蓋内圧亢進の管理を行うべき注意義務違反について
以下のとおり,10月23日までの間に,Cの頭蓋内圧がさらに亢進していたことはなく,Cに対して脳室ドレナージをすべき状況にはなかった。症状について
Cの症状は,若干の変動をしつつほぼ同じレベルで推移していったのであり,頭蓋内圧の更なる亢進を認めるに足りる所見は見当たらない。小児の意識レベルを客観的に判断するのは難しいところ,10月21日及び10月22日のCの意識状態は,ぼんやりとしているという程度であり,意識障害があったと評価することはできない。また,10月21日から10月23日までにかけて,診療録に「ぼんやりはしている」等の記載はあるものの,それらの前後のCの意識レベルは概ね良い状態であり,少なくとも意識障害が継続していたとか,意識レベルが悪くなっていったとはいえない。
側脳室下角の拡大について
側脳室下角の拡大が頭蓋内圧亢進を疑わせる所見であることは否定し
判断することはできず,他の脳室のサイズや,継続的な観察が必要である。
ミッドラインシフトについて
10月19日と10月22日のCT上見られたミッドラインシフトは,あくまで「若干の」である。Cはもともともやもや病による脳出血,脳梗塞があり,それによる脳浮腫によって頭蓋内圧が亢進している状態だったのであって,上記若干のミッドラインシフトの所見は,それによる所見であり,頭蓋内圧の更なる亢進を示すものではない。上記の脳浮腫及び頭蓋内圧亢進に対してはグリセレブの投薬により対応している。したがって,10月23日までの間に,頭蓋内圧が更に亢進したという事実は認められず,仮に頭蓋内圧が亢進しつつあったとしても,被告においてその管理を怠ったという注意義務違反はなかった。


争点⑵(痙攣発作への対応に係る注意義務違反の有無)について
(原告らの主張)

痙攣が継続すると,脳浮腫や頭蓋内圧亢進を来し,死亡や不可逆的脳障害に至るため,痙攣が生じた場合,速やかに医師が診察の上,抗痙攣薬を投与し,痙攣を止めて全身管理を行わなければならない。
とりわけ,Cはもやもや病により脳出血と脳梗塞を発症して入院中であったところ,頭蓋内圧の亢進は脳内灌流の低下を来し,脳梗塞を招くことになるため,直ちに抗痙攣薬を投与して痙攣を止め,痙攣の原因検索のために頭部CT検査又はMRI検査を実施するなどして脳の状態を確認した上で,頭蓋内圧亢進が疑われれば,必要に応じて減圧開頭術や脳室ドレナージ,投薬などによって頭蓋内圧亢進の改善を図らなくてはならない。

E看護師の注意義務違反
Cは,10月23日午後5時頃以降,痙攣がみられたところ,E看護師は,その状態を確認したのであるから,被告病院医師に対し,Cのかかる状態を速やかに報告する注意義務があったにもかかわらず,痙攣発症の約7時間半後である10月24日0時30分にF医師に報告するまでこれをせず,上記注意義務に違反した。
10月24日午前0時45分頃にF医師が診察した後も,Cの痙攣は継続し,午前4時30分以降は,全身が硬直し,硬直性痙攣に至っていることは明らかであった。したがって,E看護師は,速やかに,Cの状態を医師に報告する注意義務があったにもかかわらず,午前7時10分までこれをせず,上記注意義務に違反した。

F医師の注意義務違反
F医師は,10月24日午前0時45分頃にCを診察したところ,速やかに抗痙攣薬を投与し,痙攣を止めて全身管理を行うなどすべき注意義務又は少なくとも主治医に連絡して指示を受けるべき注意義務があったにもかかわらず,これらを怠り,上記注意義務に違反した。
さらに,同日午前7時10分には,F医師は,看護師から,一晩中痙攣が続いている,硬直性痙攣が続いているとの報告を受けたにもかかわらず,自ら診察することなく,電話で,再度の経過観察と主治医の到着を待つよう指示したのみであり,上記注意義務に違反した。

(被告の主張)
アイ
E看護師の注意義務違反については争う。(答弁書9頁)
10月24日午前0時45分において,脳内の変化を表す所見が確認できている以上,F医師は,脳神経外科の専門医に連絡を取って判断を仰ぐべきであり,そうしなかったことについて一定の落ち度があることは認める。また,その後遅くとも同日午前5時に硬直性痙攣が確認された後にも脳神経外科の医師を呼ばず,何ら積極的な処置をしなかったことにも一定の落ち度があることは認める。
しかし,10月23日午後5時以降のCの不随意運動が全て痙攣発作であるとの原告らの主張は争う。
Cは,10月21日に右足をバタンバタンと動かすという運動が認められたものの,10月22日のCT画像では10月19日のCT画像と比較して著変なく,脳室内出血はわずかに軽減していたのであるから,10月23日に,前日である10月22日と同様の状態が継続していると判断してもやむを得ないというべきである。したがって,10月23日夕方から10月24日午前0時45分頃のF医師訪室までの間に,不随意運動の原因を特定し,それに対する治療,処置を行うこと,あるいは特定のためにCT,MRI等の新たな撮影を行う判断をすることは困難であり,注意義務として求められるものではない。


争点⑶(因果関係)について

(原告らの主張)

Cが死亡したのは,10月18日にもやもや病によって脳室内出血を起こし水頭症を発症したが,水頭症の治療がなされなかったことにより脳圧が亢進し,10月23日午後5時以降に痙攣発作を発症し,この痙攣発作に対しても何らの対応がとられなかったことにより脳腫脹のためさらに脳圧が亢進して,10月24日の広範な脳梗塞を発生させたためである。他方,学童期発症のもやもや病は,水頭症を発症したとしても,急性期管理が適切であれば,血行再建術を実施するなどにより,運動麻痺が残存することがあったとしても,生命予後は良好である。


水頭症,頭蓋内圧亢進の管理に係る注意義務違反と死亡との因果関係Cに対して,水頭症と頭蓋内圧の管理がなされ脳室ドレナージが実施されていれば,10月23日の痙攣発作が起きなかったか,起きてもすぐに頭蓋内圧亢進症状に対応可能であったから,広範な脳梗塞に至ることはなく,死亡を免れたことは明らかである。

痙攣への対応に係る注意義務違反と死亡との因果関係
10月23日午後5時頃に痙攣が発生したときに,直ちに抗痙攣薬を投与して痙攣を止め,原因の精査のため速やかにCT,或いは可能ならばMRIにより脳の画像診断を行い,頭蓋内圧亢進が疑われれば,必要に応じて減圧開頭術,脳室ドレナージ又は投薬などの頭蓋内圧亢進を改善するような管理をされていれば,広範な脳梗塞に至ることはなく,死亡することはなかった。
被告は,10月23日午後5時以降の痙攣の前に既に広範な脳梗塞が発生していた可能性があると主張する。
しかしながら,Cの死亡の原因となった脳梗塞は,右大脳半球及び左前大脳動脈領域,左中大脳動脈領域という広範な脳梗塞であり,このような脳梗塞が生じれば,患者は意識障害や失語等の神経症状を呈すると考えられるところ,Cは,痙攣発症の直前に会話が成立しており,痙攣発生後にも発語が見られ,また,10月23日午後5時頃の痙攣発生以後,10月24日午前7時30分の硬直性痙攣まで痙攣の頻度は徐々に頻回になり,重症化している。
したがって,上記被告の主張は,論理的な可能性を示すにとどまり,本件には妥当せず,10月23日午後5時頃に直ちに抗痙攣薬を投与して痙攣を止め,原因精査のため速やかにCT又はMRIにより脳の画像診断を行い頭蓋内圧亢進が疑われれば,必要に応じて減圧開頭術,脳室ドレナージ又は投薬などの頭蓋内圧亢進を改善するような管理をし,そうすれば,このような広範な脳梗塞に至ることはなく,Cは死亡することはなかったし,少なくとも死亡しなかった相当程度の可能性はある。
(被告の主張)

争う。

Cについては,広範な脳梗塞が痙攣発作よりも先に発症していた可能性もあり,その場合には,痙攣発作に対する対処をしていたとしても,救命は不可能である。
原告らは,10月23日午後5時以降に広範な脳梗塞が発生したと主張するが,脳梗塞は急激に発症するものであるから,直前に会話が成立していたとしてもその後に急激に発症することはあり得るし,意識障害の呈し方は様々であるから発語があるというだけで脳梗塞の発症が否定されるわけではないし,また,痙攣の重症化は脳梗塞ではなく痙攣重積によるとの説明が可能である。


原告らが主張する頭蓋内圧亢進を疑わせる所見とは脳梗塞の所見であると考えられるところ,CT検査で脳梗塞を確認できるまでには発症から時間的乖離があることから,痙攣を止めて直ちにCT検査を行ったとしても発症直後の脳梗塞は描出されないし,脳梗塞の発症前であれば,CT検査で頭蓋内圧亢進の所見を確認することができない。また,当時,被告病院では,休日夜間にすぐにMRI検査を行える体制になかったので,仮に広範な脳梗塞が痙攣発作よりも後に発症していたとしても,MRIの撮影時には既に広範な脳梗塞による脳の不可逆的変化が完成していた可能性がある。
したがって,仮に広範な脳梗塞が痙攣発作よりも後に発症していたとしても,因果関係はない。



争点⑷(損害)について

(原告らの主張)

前記⑴及び⑵で主張した被告病院の医師及び看護師の注意義務違反によりC
25円となるところ,原告らは,相続により,各2分の1の割合で,Cの下記各損害賠償請求権を承継した。
付添看護費

9万8000円

Cは,10月18日から同月31日までの14日間入院し,その間原告らの付添看護を要したところ,1日当たりの金額は7000円が相当であるから,付添看護料に係る損害は9万8000円である。
入院雑費

2万2400円


00円の割合で計算すると,上記金額となる。
葬儀関係費
逸失利益

170万円
3501万8825円

基礎収入を平成23年全労働者平均賃金である470万9300円,生活費控除率を3割として,ライプニッツ係数により中間利息を控除して,7歳から67歳に達するまでの逸失利益を算定すると,次の計算式のとおりとなる。
(計算式)470万9300円×0.7×10.623≒3501万8825円
入院慰謝料
死亡慰謝料

16万円
2500万円

原告ら固有の慰謝料

各300万円

原告らは,Cの入院中,ずっと付添をしており,とりわけ痙攣発作を起こした10月23日から同月24日にかけては,F医師の指示を守り,夜通し細かく痙攣の様子・時間を記録し,医師の診察を何度も訴えたが,被告病院の医師らには何の対応をしてもらえないまま14時間半も放置された挙句に愛娘を失ったものであり,こうした経過は,原告らに筆舌に尽くしがたい後悔と苦悩を残した。したがって,これを慰謝するには少なくとも,原告らに対して各300万円の支払いがされなくてはならない。ウ
弁護士費用

各339万円
(被告の主張)
不知ないし争う。


争点⑸(期待権侵害の有無)について

(原告らの主張)
仮に前記注意義務違反⑵とCの死亡との間に相当程度の可能性すら認められないとしても,14時間半におよび長時間痙攣発作を放置したことは「医療の名に値しない」ものであり,「著しく不適切なもの」として,同医療行為自体が損害賠償の対象となる。
(被告の主張)
争う。
第3

当裁判所の判断

1
認定事実
前記前提事実,証拠(甲A7,9,甲B1,2,5,11,12,15,乙A1,3,乙B2の1,乙B5)及び弁論の全趣旨によれば,以下事実を認めることができ,この認定を左右するに足りる証拠はない。


診療経過
Cの被告病院における診療経過は,別紙診療経過一覧表記載のとおりである。

10月18日
Cは,午前9時頃から頭痛があり,午後4時頃に2回転倒し,同日午後4時20分頃には頭が痛いと激しく啼泣した後嘔吐して反応が低下したことから,被告病院に救急搬送された。
被告病院脳神経外科の医師は,午後5時18分,Cに対し,CT検査を行ったところ,被告病院放射線科の医師は,右基底核領域背側の脳出血,脳室内穿破と診断した。
なお,上記CT画像を含め,以後,10月22日までの間に被告病院において実施された合計5回のCT検査のいずれにおいても,Cの側脳室下角は2mm以上であったが,このことは診療録には記載されておらず,また,いずれのCT画像においてもシルビウス裂及び大脳の脳溝が描出されている。
Cは,同日午後6時,被告病院ICUに入院となり,被告病院脳神経外科のD医師が主治医となった。
入院の際に行われたカンファレンスでは,頭蓋内圧亢進症状に注意し,異常の早期発見に努める必要があるとされていた(乙A1・367頁)。D医師は,午後6時27分,Cに対し,CT検査(造影3D)を行ったところ,被告病院放射線科の医師は,もやもや病の疑いがあると診断した。
D医師は,

脳出血により左片麻痺,意識障害などが出現して

おり,その原因としてもやもや病が疑われることから,以後,さらに精査し,治療を計画することとした。また,出血が脳室にも及んでいることから水頭症になる可能性があるとして,その際にはすぐにドレナージ術を行うことにした。そして,原告らに対し,現在の症状が後遺症として残る可能性があると説明した。(乙A1・332頁)
Cは,午後8時15分,午後9時15分,午後10時に嘔吐し,午後10時の嘔吐後には,意識レベルが低下し,しばらくしても改善せず,右上下肢の不随意運動がみられた(乙A1・323,451頁。別紙診療経過一覧表)。
そのため,被告病院脳神経外科のI医師は,午後10時3分,緊急CT検査を行ったところ,被告病院放射線科の医師は,脳室拡大の進行はなく,脳出血と脳室内穿破のいずれも著変はないと読影した(乙A1・324,405頁。別紙診療経過一覧表)。
I医師は,上記CT検査の結果につき,D医師に確認をしたが,D医師は,水頭症はないものと判断し,経過観察とした(乙A1・323頁)。

10月19日
D医師は,午前10時3分,Cに対し,MRI・MRA検査及びCT検査を行った。被告病院放射線科の医師は,上記MRI・MRA画像につき,右半卵円中心,右尾状核,右視床内側の比較的新しい脳梗塞が生じていること及びもやもや病等の鑑別が必要であることを読影した。また,上記CT画像につき,新たな脳梗塞が明瞭化したこと,脳出血と脳室内出血には著変ないこと,脳室拡大は見られないこと及び中心構造が若干左側に偏位していることを読影した(乙A1・408頁,409頁)。
D医師は,上記MRI・MRA,CT検査の結果から,もやもや病が疑われるが,出血が止まり,水頭症もないと判断したため,脳梗塞に対してはラジカット及びグリセレブを処方して保存的治療を,麻痺に対してはリハビリ治療を,頭痛及び吐き気には対処療法を行い,出血と梗塞が落ち着いたら精査することとした(乙A1・302頁)。
Cは,午後2時頃,ICUから一般病棟へ転棟した。
被告病院における10月19日のカンファレンスでは,Cについては,頭蓋内圧亢進状態を含め,全身状態を密に観察していく必要があるとされていた(乙A1・290,323頁,乙A3)。


10月22日
Cは,午後1時頃,左眼の対光反射が午前に比べ少し反応が鈍く,瞳孔左右差があり(右3.5mm/左4mm),左右上肢に触れながらどこに触れているか問いかけたのに対して,触られていることは認識できるが,その部位の名前が出てこなかったり,違う部位の名前を答えてしまう状態であった(乙A1・256頁)。
被告病院脳神経外科のJ医師は,午後1時46分,Cに対し,CT検査を実施したところ,被告病院放射線科の医師は,脳梗塞がさらに明瞭化したこと,脳出血は著変ないこと,脳室内出血はわずかに軽減したこと,脳室拡大は見られないこと及び中心構造が若干左側に偏位していることを読影した(乙A1・410頁)。
J医師は,新たな異常は認めないとして,経過観察とした(乙A1・258頁)。

10月23日
Cは,午後5時頃,足をばたつかせ目は虚ろな状態で,「あつい,あつい…足あつい…あつい。」などと発言したが,E看護師が右足底部をクーリングすると,そのまま発語,体動なく,眠りについた。その後Cは,午後5時55分,「やめて,そんなことをしないで,いやだ,いやだ,いやだ…」と叫び,ベッド柵を蹴とばすような仕草で右足をばたつかせ,右手で顔面や頭部を掻いたり,ベッド柵に叩きつける仕草をし,付き添っていた原告αがなだめて声をかけても視線を合わせず,つじつまの合わないことを言い続け,しばらくすると,眠るような状態であった。このとき対光反射の反応が鈍く,眼球が上転し,追視できないことが確認されている。
その後も,上下肢をばたつかせる,視線が合わない,目を閉じてぐったり動かなくなるなどの状態が続いた。


10月24日
原告αが,午前0時10分頃,E看護師に連絡し,同看護師が当直医であるF医師にCの診察を依頼したところ,F医師は,午前0時45分頃からCの診察を行った。
F医師が午前0時45分に訪室した際にはCの不随意運動は停止し,両上下肢を伸展させ閉眼していたが,午前0時50分から,5分間,不随意運動があり,その際,呼びかけへの反応はなく,開眼し,眼球は左方に偏位していた。その後,Cの不随意運動は停止し,再び上下肢を伸展し,閉眼して眠りについた。F医師は,E看護師に対し,不随意運動が再度起こるようであれば,症状等の観察を行いながら,運動に伴う外傷や呼吸困難に注意し,経過観察をするよう指示した。(乙A1・236頁)
また,F医師は,原告らに対し,Cの不随意運動の様子を記録するように指示し,以後,原告らは,これを記録していた(甲A7,9)。Cは,午前7時45分頃,被告病院脳神経外科のH医師により抗痙攣薬セルシンが投与された。
D医師は,午前11時10分頃,Cに対しCT検査を実施したところ,被告病院放射線科の医師は,水頭症は明らかでないと診療録に記載し,新たに広範な脳梗塞又は痙攣後脳症が生じたが,脳出血及び脳室内出血並びに脳梗塞には著変ないと診断した(乙A1・412頁)。
D医師は,右脳を中心に広範囲に及ぶ脳梗塞の増悪が認められたため,午後3時3分,Cに対し,緊急減圧開頭術を実施し,両側脳室ドレナージの留置を行った(乙A1・206~207頁)。

Cは,同月27日に自発呼吸が喪失,同月28日には全脳死状態となり,同月31日午前11時10分に死亡した。



一般的医学的知見

水頭症の画像所見に関する医学文献の記載
平成19年10月1日発行の「グリーンバーグ脳神経外科ハンドブック」(甲B2)244頁ないし246頁には,「CT/MRIによる水頭症の判定基準」として,以下の内容の記載がある。
多くの方法が,定量的に水頭症を定義するのに試みられてきた(ほとんどは,初期のCTによるデータである)。ここでは,いくつかを完全に紹介する。慢性水頭症の放射線学的所見については,別に述べる。静水学的水頭症は,次のどちらかのときに示唆される。

両方の側脳室下角(TH)の大きさが,幅2mm以上(水頭症がない場合,側脳室下角はかろうじてみえる)で,シルビウス裂,大脳半球間裂,大脳の脳溝がみえない。


または,両方の側脳室下角が2mm以上で,FH/ID比が0.5以上(FHは前頭角の最大幅で,IDはこのレベルでの内板から内板までの径)


静水学的水頭症を示唆する他の所見


側脳室前頭角のballooning(ミッキーマウス脳室Mi
ckey

Mouse

ventricle)と第三脳室のbal

looning


CTでは脳室周囲低吸収域,MRIのT2強調画像では脳室周囲
高信号域で,経上衣性吸収像または髄液の迷入を示唆する。



FH/ID比の単独使用(40%以下は正常,40~50%は境
界領域,50%以上は水頭症を示唆)。



Evans比:最大両側頭頂経に対するFHの比で,30%以上。


MRI矢状断で脳梁が上方に弓状になる。

平成23年4月1日発行の「標準脳神経外科学」(乙B2の1)322頁には,以下の内容の記載がある。
CTによって観察される脳室拡大の程度は,Evans
(エヴァンス指数),Cella

media

計測値によって客観的に評価される。Evans
以上,Cella

media

index

indexなど種々の
indexは0.3

indexは0.25以上の場合に水

頭症を疑う。
平成17年11月発行の「小児外科」vol.37,no.11(乙B5)1252頁には,以下の内容の記載がある。
水頭症では側脳室の拡大がみられることが多く,その程度からEvans指数(側脳室前角部最大幅/大脳最大横径),Cella

med

ia指数(側脳室体部最外間距離/頭頂骨内板間距離)などさまざまな指標が提唱されている。
いずれにせよ,一指標のみに依存せず,診断は時間経過を観察するなど総合的に行うべきであり,単回の画像から水頭症が必ずしも確定診断できない。

頭蓋内圧亢進の診断,治療に関する医学文献の記載
平成23年3月2日発行の「病気がみえる

vol.7

脳・神経」

(第1版)(甲B5)131頁以下には以下の内容の記載がある。頭蓋内圧亢進を疑った場合,まずCTで原因の検索を行い,確定診断として頭蓋内圧の測定を行う。
頭蓋内圧亢進に対する治療で大切なのは,脳ヘルニアへの移行を極力防ぐことである。治療には,頭蓋内圧を下げる降圧療法(内科的治療)と原因疾患に対する根治的治療(外科的治療)がある。
内科的治療としては,抗浮腫薬の投与があり,抗浮腫薬には,浸透圧利尿薬グリセロールなどがある。外科的治療としては,脳室ドレナージ,V-Pシャント等がある。
平成26年4月8日発行の「脳神経外科診療プラクティス1

脳血管

障害の急性期マネジメント」(甲B11,12)には,以下の内容の記載がある。

「Ⅴ.脳出血と血管奇形

1.急性期診断

a.脳出血初期診療手

順と診断―出血原因検索のポイント―」(143頁)
超急性期の切迫脳ヘルニア状態の頭蓋内圧亢進患者に対しては,グリセオール又はマンニトールの急速点滴静注を行いながら,出血原因の検索を行う。ヘルニアを伴わなくても頭蓋内圧亢進症状を伴う大きな脳出血の症例に対して,同様の薬剤の点滴静注を行うが,逆に意識障害がなく,頭痛や嘔吐などの頭蓋内圧亢進症状が無い症例に対する投与は不要である。

「Ⅴ.脳出血と血管奇形

2.各種脳出血の急性期治療

b.出血

発症もやもや病の急性期マネジメントと手術適応」(159頁)


出血型もやもや病特有の問題点―高血圧性脳出血との違い―
通常の高血圧性脳出血と下記の相違点がある。
出血源が視床や尾状核頭など傍側脳室部であることが多く,側脳
室前角・体部・三角部への穿破例がきわめて多い。すなわち急性期に脳室ドレナージ手術を要する頻度が高い。



急性期マネジメント
十分な脳灌流圧を維持するために,頭蓋内圧亢進のある重症例で
はその是正が必要である。本症において調整呼吸による過換気法は採用できず,浸透圧利尿薬による頭蓋内圧降下が主体となる。ただ効果は一時的であり,コントロール困難であれば早期に脳室ドレナージや開頭処置による減圧を決断しなければならない。



手術適用の判断
出血量が少なければ保存的に治療するが,重症例では脳灌流圧維
持の観点から,高血圧性脳出血よりも積極的な外科的介入を考える。発症年齢から言っても,外科処置を阻害する要因は少ない。
出血が実質内に大血腫をつくらず,主に脳室内に穿破し急性水頭
症を呈する例が多い。頭蓋内圧降下のために脳室ドレナージをためらう理由はなく,重症例ではただちに実施する。



平成25年7月16日作成のK医師作成の意見書(甲B1。以下「K意見書1」という。)
K意見書1の要旨は,次のとおりである。

Cが入院した頃,どのような診療がなされるべきであったか。
Cが入院した10月18日,遅くとも10月19日には,もやもや病によって脳室内出血を招いて水頭症を合併していると診断し,水頭症に対して脳室ドレナージを設置し脳圧を適正に管理しながら本疾患の急性期管理を行わなければならなかった。
小児における脳出血の原因としては全身性疾患以外では,頭部外傷及び脳血管障害(もやもや病,脳動静脈奇形等)が考えられる。本例では10月18日に造影CTスキャンが行われており,両側中大脳動脈起始部狭窄,右内頸動脈狭窄,前大脳動脈,後大脳動脈の狭窄を認め,更に脳底にもやもや血管が認められているのであるから,もやもや病と確定診断できる。本例における水頭症の診断は10月18日のCT画像でなされるべきである。本来CT上両側側脳室の側頭角はほとんど見えないのが正常所見である。側頭角が2mm以上観察されれば,水頭症と診断されるが本例では,10月18日のCT画像で両側の側頭角が明らかに2mm以上に拡大していることが認められるので,10月18日の時点で水頭症を発症していたと診断ができる。更に右基底核領域背側の脳出血が認め,造影CTで脳底部の動脈狭窄の所見からもやもや病が強く疑われ,10月19日のMRAにより確定診断がなされている。遅くとも10月19日には,もやもや病によって脳室内出血及び脳梗塞が生じ,更に水頭症を合併していると診断できる。


10月18日のCT上の側脳室の側頭角の拡大は,脳室内出血を原因とするものではないか。
10月18日のCT上,出血が認められるのは右脳である。ところが,本例では,両側の側頭角が拡大している。血腫の影響を受けていない左側頭角も拡大しているのである。仮に,水頭症を発症していないなら,左側脳室の側頭角は拡大しない。したがって,本例の両側頭角の拡大は,脳室内出血による拡大で説明できず,水頭症を発症していると判断できる。ウ
Cは脳室内出血を起こしているが,脳室ドレナージを行うにあたり注意すべきことは何か
高血圧性脳出血後急性期に脳室ドレナージを実施して急激に脳圧を降下させることは再出血を助長し,出血の拡大をもたらす可能性もあるため,慎重に適応を判断すべきである。しかし本例では発症から時間が経過しており,臨床症状が進行している。頭蓋内圧亢進を症状悪化の原因の一つと判断し,頭蓋内圧を適正に保つために早期の脳室ドレナージ実施が必須と考えられる。
脳室ドレナージは脳外科の手術の中では基本的な手技であり,身体への侵襲は必ずしも大きくない。


上記のとおり,脳室ドレナージを実施して急性期管理をした場合のCの予後はどのようなものであったと考えられるか。
脳室ドレナージを実施して臨床症状が改善した後にもやもや病に対する精査を行う。もやもや病は血流不足を補うためにもやもや血管が発達する病気であるから,本例に脳虚血状態を合併していると診断された場合には脳虚血を改善するため,直接的又は間接的血行再建術を行うことになる。私の経験上,小児のもやもや病出血発症例においては,成人の場合と異なり,死の転帰を取ることは極めて稀である。急性期管理が適切ならば,その後,血行再建術を実施するなどにより,あるいは運動麻痺は残るかもしれないが,長期予後は決して不良ではないことが一般的である。本例は,出血で発症しているが,それゆえ特に生命予後が悪いということはない。この点は,「Child’s

NervousSystem

Volume28

Number2

Febru

ary2012」の237~245頁の「Hermorrhagicmoyamoyadiseaseinchildren:clinicalfeaturesandsurgicaloutcome」に書いている。オ
本例では,Cはどのような機序をたどって死亡したと考えられるか。基礎疾患として,もやもや病があり,10月18日に脳室内出血を起こし,水頭症を発症した。しかし,水頭症に対する治療が行われず,漫然と経過観察が続けられ脳圧亢進が進行した。もやもや病患者は脳灌流圧が低く,脳灌流圧が低いと,脳梗塞を発症しやすくなる。頭蓋内圧が亢進すると,脳灌流圧がさらに低下する。したがって,わずかな頭蓋内圧亢進が脳梗塞の悪化をもたらす危険性が大きい。
Cの場合,水頭症が発症しているのに診断がなされなかったため,頭蓋内圧亢進が進行し,10月23日から痙攣発作が起こり脳腫脹によってさらに頭蓋内圧が亢進し,10月24日には広範な脳梗塞に至り,死の転帰を辿ったと考えられる。


Cが入院後,痙攣が起きている報告を受けた場合は,通常医師はどのような処置をするか。
可及的早期に抗痙攣薬を投与し痙攣を止め全身管理を行う必要がある,痙攣発作は脳腫脹を助長し更に頭蓋内圧を亢進させるからである,単に経過観察を指示することはありえない。


本例は,どのような医療機関によって,治療されることが必要だったか。小児期発症のもやもや病は全国で年間数十件程度しか発生しない疾患である。急性期の管理も含めて,経験と知見のある専門医療機関でなければ適切な治療が困難である。よって,小児もやもや病の経験が乏しかったならば,小児もやもや病の疑いと診断したらすぐに,少なくとも専門医にコンサルトすることが必要であり,専門施設に搬送すべきであった。

先生の小児もやもや病の診療経験をお教えください。
本疾患に関しては32年間,東北大学病院,またその関連施設,そして宮城県立こども病院にて診療及び研究に携わっている。



平成28年11月17日作成のK医師作成の意見書(甲B15。以下「K意見書2」という。)
K意見書2の要旨は,次のとおりである。

10月23日午後5時頃の痙攣発作発生時に,既に,10月24日午前11時34分撮影のCTで確認されたような広範な脳梗塞が発症していた可能性はあるか。
10月24日午前11時34分のCTで確認されたような右大脳半球及び左前大脳動脈領域,左中大脳動脈領域というような広範な脳梗塞が生じれば,その患者は意識障害や失語等の神経症状を呈していると考えられる。ところが,Cは,診療録によると,10月23日午後5時頃に痙攣が生じているが,その直前に会話が成立しており,痙攣発生後も午後5時55分,午後8時47分に発語がみられる。
また,10月23日午後5時頃に痙攣が発生した以後,10月24日午前7時30分の硬直性痙攣まで,痙攣の頻度は徐々に頻回になり,重症化している。
したがって,Cについては,10月23日午後5時頃に痙攣が発生し,その後に痙攣重積になり,脳浮腫が発生,頭蓋内圧が更に亢進し脳灌流圧が低下,その結果として脳梗塞が徐々に拡大していったものと考えるのが論理的である。脳梗塞の発生は何時なのかは断定できないが,少なくとも痙攣発症の段階では,10月24日のCTで見られるような広範な脳梗塞は形成されていなかったと考えられる。


10月23日午後5時頃の痙攣発作発生時に痙攣を止めていた場合,Cは救命できたか
痙攣発作発症時は,可及的速やかに痙攣を止めなければならない。あわせて,痙攣の原因を精査し,その原因に対し治療を行う。
Cについては,10月23日午後5時頃の痙攣発作発生直後に,抗痙攣薬を投与して痙攣を止める努力をすると同時に,原因の精査のため速やかにCT,或いは可能ならばMRIにより脳の画像診断を行い,頭蓋内圧亢進が疑われれば,必要に応じて減圧開頭術,脳室ドレナージ,投薬などの頭蓋内圧亢進を改善するような管理をされたであろう。このような対応をしていたら,Cの死亡の結果は避けられたと考える。

Cの痙攣発作は予測されたか。どのような対応が必要だったか。
一般に小児では,頭蓋内に何らかの異常が生じると,痙攣発作を起こしうる。これは,小児診療を行う医師であれば誰でも知っていることである。したがって,もやもや病で脳出血,脳梗塞を発症していたCが,痙攣発作を起こす可能性は,十分に予測された。
上記のとおり,痙攣発作は重篤な合併症や後遺障害につながる可能性のある状態であり,直ちに止めて対応しなければならないから,本例でも,担当医は,他の医師や看護師に対して,痙攣発作時の対応について必ず事前に予測指示を出しておかなければならなかった。


10月18日から同月23日までの間,Cの頭蓋内圧については,どのように管理する事が必要だったか。また,実際に頭蓋内圧は,どのような状態であったと推測されるか。
もやもや病の患者はもともと脳灌流圧が低いため,わずかな頭蓋内圧の亢進でも症状の悪化を招きやすい。その上,Cは,脳出血と脳梗塞を発症しており,当初は状態が安定していても脳浮腫が進行するに伴って頭蓋内圧亢進を来すことが考えられる状態にあった。
したがって,CTで成人に認められるような典型的な脳室の拡大が認められなくても,脳室内出血による髄液循環障害によって頭蓋内圧が亢進することを想定して,管理しなければならない。
頭痛,嘔気,嘔吐は脳室内出血に伴う髄膜刺激症状であると共に典型的な頭蓋内圧亢進症状でもある。さらに頭蓋内圧が亢進した場合には意識障害も出現する。
Cは,10月18日から頭痛,嘔気,嘔吐の各症状が持続し,10月22日,23日には意識レベルの低下が認められた。意識レベルの低下は右大脳病変に著しい変化が認められないことから,頭蓋内圧が亢進していたと疑うべき徴候である。10月22日のCTではわずかではあるがミッドラインシフトが認められ,これも脳梗塞による脳浮腫に伴う頭蓋内圧亢進があることを示唆するものである。
頭痛,嘔気,嘔吐,意識レベルの低下の症状がある以上,頭蓋内圧亢進は臨床的に否定できない。上記症状が頭蓋内圧亢進症状ではないという積極的な理由があれば否定できるが,そのためには,脳室ドレナージを行うか,或いは脳圧モニターを留置して,頭蓋内圧を測定することが必要である。
しかし,Cには,10月24日に減圧開頭術をするまで脳圧を測定する試みはなされていない。したがって,上記の症状が頭蓋内圧亢進症状ではないと判断する根拠がなく,根拠もないのに,頭蓋内圧亢進を否定して管理したことは臨床的には誤りである。
以上は,子どものもやもや病の診療に経験のある医師にコンサルトすれば,理解されたところである。

Cの側脳室の下角は,本件のもやもや病による脳出血,脳梗塞発症前から元々,大きかったといえるか。
脳梗塞を繰り返し発症するもやもや病の患児は,血流が不足し,脳の発達が妨げられ,正常脳よりも脳が委縮していることがある。その場合,側脳室の下角が元々大きいということはありうる。
しかし,Cはこれまでに脳梗塞を発症したことはない。本例のようにこれまでに脳梗塞や脳虚血性発作が見られない小児もやもや病患者の安静時脳血流量は通常児と変わらないため,Cの脳は脳萎縮を合併していたとは考えられない。正常に発達していたと考えられるため元々側脳室の下角が大きかったことはないだろう。
したがって,側頭角の下角の拡大は,脳室出血に伴う髄液循環障害(水頭症)が存在し頭蓋内圧亢進がもたらされていると判断し,脳室ドレナージ等の対応が必要であったと考える。

被告病院の診療体制に問題があれば指摘して頂きたい。
もやもや病は脳神経外科では一般的な疾患であっても小児の頻度は少なく,医師免許取得後4年程度の医師が治療方針を判断できる疾患ではない。少なくとも,上級医や専門医による適格な指導監督が必須である。本件では,主治医が他院にコンサルトすべきだったと証言しているが,そもそも,コンサルトすべきかどうかの判断は上級医がするものである。また,主治医は痙攣時の予測指示も出していないが,これも上級医が予測指示を出すよう指導監督すべきことであった。
被告病院は,経験のない医師を主治医にし,かつ,主治医に対する上級医の指導監督も全くなされていない。そのために,Cが入院後,頭蓋内圧亢進症状と判断すべき状態で,画像上も頭蓋内圧亢進の存在を疑うべきであったにもかかわらず,結果として痙攣発作が起きても対応できずに,痙攣重積状態のままで長時間放置し,頭蓋内圧亢進状態が長時間続いた結果としてCは死亡するに至った。

2
争点⑴(水頭症,頭蓋内圧亢進の管理に係る注意義務違反の有無)について⑴

10月19日までに水頭症と診断して脳室ドレナージなどの急性期管理を実施すべき注意義務違反の有無

原告らは,①CT上側脳室下角拡大の所見があったこと,②頭蓋内圧亢進症状が継続していたこと,③もやもや病による脳出血(脳室内穿破),脳梗塞を起こしていたことから,D医師は,遅くとも10月19日にはCが水頭症であると診断することが可能であったと主張する。

しかしながら,前記認定事実
のとおり,Cの10月18日及び

10月19日のCT画像では,側脳室下角が2mm以上に拡大していたものの,シルビウス裂及び大脳の脳溝が描出されており,かつ,FH/ID比が0.5以上であったとも認められず,前記認定事実⑵アによって認められる水頭症の判定基準のいずれも満たしていなかったことが認められる。そうすると,②頭蓋内圧亢進症状が継続していたこと,③もやもや病による脳出血(脳室内穿破),脳梗塞を起こしていたことを併せ考慮してもなお,この時点において,D医師が水頭症と診断しなかったことについて注意義務違反を認めることはできない。
この点について,原告らは,上記判定基準は,主に成人を対象とした完成した慢性期の水頭症の場合にCT画像によって水頭症を判断する場合の基準であり,Cのように,発症したばかりの急性期の水頭症の場合にはそのまま当てはまらないと主張し,前記認定事実⑶のとおり,原告らが提出するK意見書1には,10月18日のCT画像上側脳室下角が2mm以上に拡大していることから,同日の時点で水頭症と診断できる旨の記載が存在する。しかし,小児の急性期における水頭症の場合に,前記認定事実⑵アによる診断基準と異なる基準によって診断すべきとする確定した医学的知見を認めるに足りる証拠はないし,K意見書1にもこの点に関する記載はない。
したがって,上記原告らの主張を採用することはできない。


10月23日午後5時頃までに脳室ドレナージなどの頭蓋内圧亢進の管理を行うべき注意義務違反の有無

原告らは,10月19日以降も10月23日までに,頭蓋内圧亢進を示す症状及び画像所見があったのであるから,D医師には,脳室ドレナージなど頭蓋内圧の管理をすべきであったのにこれを怠った注意義務違反があると主張し,これに沿う証拠として,K意見書2がある。


まず,K意見書2は,前記認定事実⑷のとおり,Cは,もやもや病のために脳灌流圧が低くわずかな頭蓋内圧亢進でも症状の悪化を招きやすい上,脳出血と脳梗塞を発症していることから,当初は状態が安定していても,脳浮腫の進行に伴って頭蓋内圧亢進を来すことが考えられる状態にあり,脳室内出血による髄液循環障害によって頭蓋内圧が亢進することを想定して管理すべきであったと指摘している。このような指摘は,前記前提事実及び前記認定事実⑴のとおりの一般的医学的知見及びCの診療経過を踏まえたものであるから,Cについて,頭蓋内圧亢進に特に気を付けるべき状態にあり,D医師は,Cについて,10月23日午後5時頃までに頭蓋内圧亢進の管理を行うべき注意義務があったと認められる。

そこで,D医師に上記注意義務違反があったかについて検討するに,前記認定事実

のとおり,D医師は,遅くとも,10月19日には,水

頭症になれば脳室ドレナージを行う予定としていたことが認められ,同日午前10時3分に,MRI・MRA検査及びCT検査をし,脳梗塞の治療のためにラジカット及びグリセレブ(グリセオールGE)を処方し,10月22日午後1時46分にCT検査を行うなどして,水頭症の罹患を確認するための画像診断をしていたことは認められる。
ところで,証拠(乙A4・4頁,証人D医師・8頁)によれば,G医師及びD医師は,Cが10月18日に入院した当初から頭蓋内圧が亢進している状態で,前記認定事実

のとおり,同日から,頭蓋内圧

亢進状態に注意して観察し,頭蓋内圧を亢進させないような管理が重要であると認識していたことが認められる。しかるに,前記認定事実⑴のとおり,その後10月23日に至るまで頭蓋内圧亢進の症状である頭痛や嘔吐,嘔気が継続しているにもかかわらず,頭蓋内圧亢進の状況を確認するための処置をしたと認めるに足りる的確な証拠はない。前記イのとおり,Cは,もやもや病である上,脳出血と脳梗塞を発症していることから,頭蓋内圧が亢進することを想定して管理すべきであり,前記認定事実⑵イのとおり,その管理の方法としては脳室ドレナージも積極的に検討すべきであったところ,頭蓋内圧亢進の症状としても説明可能な頭痛,嘔吐,嘔気が継続して存在していた点に加え,前記⑴のとおり,水頭症の判定基準は満たさないものの側脳室の下角が2mm以上に拡大していた点,前記認定事実⑴のとおり,右大脳の病変に著しい変化が認められないのに10月22日及び10月23日に意識レベルの低下が見られた点並びに10月19日及び10月22日のCT画像上,若干ではあるがミッドラインシフトが見られていた点をも併せ考慮すれば,D医師は,脳室ドレナージを行うか,或いは脳圧モニターを留置して頭蓋内圧を測定するなどして,頭蓋内圧の亢進を管理すべき注意義務があったというべきであり,水頭症になったかどうかについて留意していたというD医師の診察では不十分であったといわざるを得ない(K意見書2)。

以上によれば,D医師に,10月23日午後5時頃までに脳室ドレナージなどの頭蓋内圧亢進の管理を行うべき注意義務違反があったと認められる(以下「本件注意義務違反」という。)。

3
争点⑶(因果関係)について
前記前提事実⑵シのとおり,Cの死因は,10月24日午前11時10分に行ったCT検査によって確認された広範な脳梗塞であると認められる。そして,前記認定事実⑶のK意見書1によれば,脳灌流圧が低いと脳梗塞が発症しやすくなり,もやもや病患者は脳灌流圧が低く,しかも,Cに対する頭蓋内圧亢進について何ら管理がなされなかったことから,脳圧亢進が進行し,これによって脳灌流圧がさらに低下し,頭蓋内圧亢進が進行して,10月23日から痙攣発作が起こり,脳腫脹によって,さらに頭蓋内圧が亢進して広範な脳梗塞となり,死に至った旨の意見が述べられている。上記意見は,Cの症状や診療経過等に照らし,相当な内容と考えられるところ,上記意見によれば,本件注意義務が履行されていれば,広範な脳梗塞が生じるような頭蓋内圧亢進を防ぐことが十分に可能であったというべきであり,10月31日の時点でCが死亡しなかった高度の蓋然性があったと認められる。したがって,本件注意義務違反とCの死亡との間には因果関係が認められる。

これに対し,被告は,Cについて,広範な脳梗塞が痙攣発作よりも先に発症していた可能性もあり,その場合には救命は不可能であると主張し,証人D医師はこの主張に沿う証言をする(証人D医師・19~20頁,28頁)。
しかし,広範な脳梗塞が痙攣発作よりも先に発症していたことを裏付ける客観的な証拠はなく,上記証拠によっても,前記の認定判断を覆すものではない。


また,被告は,CTで脳梗塞を確認できるまでには発症から時間的乖離があることから,痙攣を止めて直ちにCTを行ったとしても発症直後の脳梗塞は描出されず,脳梗塞の発症前であれば,CTで頭蓋内圧亢進の所見を確認することができないし,当時,被告病院では,休日夜間にすぐにMRI検査を行える体制になかったので,仮に広範な脳梗塞が痙攣発作よりも後に発症していたとしても,MRIの撮影時には既に広範な脳梗塞による脳の不可逆的変化が完成していた可能性があると主張し,証拠(乙A4)にはこの主張に沿う記載がなされている。
しかし,既に判示したように,D医師には,Cが痙攣を発症する前である10月23日午後5時頃までに,脳室ドレナージなどの頭蓋内圧亢進の管理を行うべき注意義務があったから,上記被告の主張によっても,前記の認定判断に影響するものではない。

4
争点⑷(損害)について


本件注意義務違反によりCが被った損額及びその額は,次のアないしカのとおり,5525万3146円となるところ,原告らは,相続により,各2分の1の割合(2762万6573円)でこれを承継した。

付添看護費

6万3000円

Cは,本件注意義務違反により,10月23日から同月31日までの9日間入院し,診療録(乙A1)の記載によれば,この間,原告らがCに付き添い,清拭等を行っていたことが認められる。
前記認定事実のとおり,Cは,10月24日以降には,ICUへ入院しており,医療従事者による看護を受けていたと認められるが,本件注意義務違反以降,悪化の一途を辿り,10月31日に死亡することに至ったことを考慮すれば,原告らの付添いは必要であったと認められる。そして1日当たりの付添看護費は7000円が相当であるから,付添看護費は6万3000円となる。

入院雑費

1万3500円

前記アのとおり,Cは,本件注意義務違反により9日間の入院を要したところ,入院雑費は,日額1500円が相当であるから,1万3500円(1500円×9)となる。

葬儀関係費

150万円

Cは,本件注意義務違反により死亡するに至っているから,葬儀関係費も損害と認められるところ,その額としては150万円が相当である。エ
逸失利益

3151万6646円

Cは,死亡当時7歳であったから,平成23年全労働者平均賃金である470万9300円を基礎収入とするのが相当である。もっとも,K意見書1によれば,血行再建術を実施することなどにより長期予後は決して不良ではないものの,運動麻痺は残るかもしれないとされていることからすると,10%の労働能力の喪失を認めるのが相当である。
また,生活費控除率については30%とするのが相当であり,就労可能期間を18歳から67歳までとするのが相当であるから,ライプニッツ係数は10.6229となる(60年(67-7)のライプニッツ係数18.9293-11年(18-7)のライプニッツ係数8.3064)。したがって,Cの逸失利益は3151万6646円(470万9300円×0.9×0.7×10.6229)となる。

入院慰謝料

16万円

Cは,9日間入院しているから,入院慰謝料としては16万円が相当である。

死亡慰謝料

2200万円

すでに認定したようなCに対する治療内容や経過,本件注意義務違反の内容,Cの死亡時の年齢等を考慮すると,死亡慰謝料としては2200万円が相当である。


原告ら固有の慰謝料

各250万円

Cは,原告らの娘であるから,本件注意義務違反により,原告らも精神的苦痛を被ったことが認められるところ,すでに認定した事実に照らすと,原告ら固有の慰謝料としては各250万円が相当である。
上記

及び

によれば,原告らの損害額は,各3012万6573円とな

る。
弁護士費用

各300万円

原告らは,本件訴訟を訴訟代理人弁護士に依頼しているから,弁護士費用も本件注意義務違反によって生じた損害と認められるところ,本件訴訟の内容や経過等に照らせば,弁護士費用としては各300万円が相当である。5
結論
以上によれば,原告らは,被告に対し,民法715条に基づき,それぞれ3312万6573円の損害賠償と平成23年10月31日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の限度で請求することができる。なお,原告らの選択的請求である債務不履行に基づく請求については,使用者責任に基づく請求による認容額を超えるものではないから,判断を要しない。よって,原告らの請求は,上記の限度で理由があるので,その限度でこれらを認容し,その余の請求はいずれも理由がないのでこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

名古屋地方裁判所民事第4部

裁判長裁判官

末吉幹和
裁判官

飯塚隆彦
裁判官

島﨑乃奈
トップに戻る

saiban.in