判例検索β > 平成29年(行コ)第168号
事件番号平成29(行コ)168
裁判年月日平成29年9月6日
法廷名東京高等裁判所
戻る / PDF版
平成29年9月6日判決言渡
平成29年(行コ)第168号旅券返納命令及び渡航先制限取消請求控訴事件主文1
本件控訴を棄却する

2
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由

第1

控訴の趣旨

1
原判決を取り消す。

2
外務大臣が平成27年2月6日付けで控訴人に対してした一般旅券の返納命令を取り消す。

3
外務大臣が平成27年4月7日付けで控訴人に対してした一般旅券の発給処分のうち,渡航先をイラク共和国及びシリア・アラブ共和国を除く全ての国と地域に制限する部分を取り消す。

第2
1
事案の概要(略語は,原判決の例による。)
本件は,ジャーナリストである控訴人が,トルコ共和国(トルコ)とシリア・アラブ共和国(シリア)との国境付近に渡航し,現地を取材した上でその成果を発表する計画を有していたところ,外務大臣から平成27年2月6日付けで旅券法19条1項4号の規定に基づく一般旅券の返納命令(本件第1処分)を受け,その後,控訴人が同年3月20日付けで一般旅券の発給の申請(本件申請)をしたところ,外務大臣から同年4月7日付けで一般旅券の発給を受けるに当たり,同法5条2項の規定に基づき,その渡航先をイラク共和国(イラク)及びシリアを除く全ての国と地域(本件渡航先)とする制限を受けたこと(本件第2処分)から,前記各処分(本件第2処分については,渡航先を本件渡航先に制限する部分(本件制限部分)
)が,いずれも控訴人の報道及び取材の
自由(憲法21条1項)並びに海外渡航の自由(憲法22条2項)を侵害し,外務大臣の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものであり,また,憲法31条に由来する行政手続法13条1項の規定に基づく聴聞の手続を経なかったものであるから,違憲かつ違法であるとして,その各取消しを求める事案である。
2
原審は,

実体法上の違憲性・違法性について,外務大臣に

おいて,控訴人については,その生命・身体を保護するためにシリアやトルコにおけるシリアとの国境付近への渡航を中止させる必要があり,かつ,そのためには旅券を返納させる必要があると認められると判断したことが,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとは認められない
の手続上の違憲性・違法性について,本件では,国民の生命・身体の保護という旅券法19条1項4号が目的とする公益を図る上で,緊急に不利益処分としての旅券返納命令をする必要があるため,聴聞の手続を執ることができないときに該当し,仮に控訴人について聴聞の手続を執っていたとしても,これによって本件第1処分が行われない可能性があったものとは認め難く,本件第1処分に取消事由となる手続上の瑕疵はない

本件制限部分

に係る実体法上の違憲性・違法性について,外務大臣が,控訴人について,新たな旅券を発給する特別の必要があるものと判断する一方で,イラク及びシリアへの渡航の便宜を図ることが真に必要であるとはいえないものと判断し,旅券法5条2項の規定に基づき,新たに発給する旅券の渡航先をイラク及びシリアを除く本件渡航先に限定したとしても,その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したものとは認められない

本件第2処分の本件制限部分に係る

手続上の違憲性・違法性について,本件第2処分は,申請に基づき当該申請をした者を名宛人としてされる処分であって,行政手続法の明文上,不利益処分に該当しないとされている処分である(同法2条4号ロ)から,処分を受ける控訴人に対して聴聞の手続を執っていないことに違法はないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
3
これに対し,控訴人は,原判決を不服として控訴した。
4
関係法令等の定め,
前提事実,
争点及び争点に対する当事者の主張の要旨は,
次のとおり付加訂正するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第2
事案の

概要」1から4まで(原判決2頁20行目から9頁8行目まで)に記載のとおりであるからこれを引用する。
原判決4頁5行目末尾に改行の上,次のとおり加える。
「行政庁は,聴聞を行うに当たっては,聴聞を行うべき期日までに相当な期間をおいて,不利益処分の名あて人となるべき者に対し,次に掲げる事項を書面により通知しなければならない。一
び根拠となる法令の条項,二
期日及び場所,四

予定される不利益処分の内容及

不利益処分の原因となる事実,


聴聞の

聴聞に関する事務を所掌する組織の名称及び所在地(同

法15条1項)。
聴聞は,行政庁が指名する職員その他の政令で定める者が主宰する(同法19条1項)。
主宰者は,最初の聴聞の期日の冒頭において,行政庁の職員に,予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因となる事実を聴聞の期日に出頭した者に対し説明させなければならない
(同法20条1項)

当事者又は参加人は,聴聞の期日に出頭して,意見を述べ,及び証拠書類等を提出し,並びに主宰者の許可を得て行政庁の職員に対し質問を発することができる(同条2項)。」
原判決4頁6行目から7行目の「(争いのない事実,顕著な事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)」を「(証拠及び弁論の全趣旨によって認定した事実は各項末尾括弧内に証拠ないし弁論の全趣旨を摘示し,当裁判所に顕著な事実はその旨を末尾括弧内に記載し,それらの記載のない事実は当事者間に争いがない。)」と改める。
原判決5頁2行目の「本件訴えを提起した」の次に「(当裁判所に顕著な事実)」を加える。
原判決5頁21行目から22行目の「存しなかったというべきである。」の次に次のとおり加える。
「特に,平成27年1月,約70名の報道陣がトルコ国境を越えてコバニに立ち入ったが,
その際,
A新聞の記者であったBも現地に立ち入っており,
同人は,高い確率で安全が保障されていると感じたと述べていることからして,ISILによる襲撃や拉致の危険はなかったから,本件第1処分当時,控訴人の生命・身体に危害が及ぶ具体的危険性があったとの外務大臣の判断は誤っている。」
原判決6頁1行目末尾に改行の上,次のとおり加える。
「特に,本件において斟酌されるべき人権は,海外渡航の自由だけではなく,国民の知る権利を背景とした控訴人の報道の自由及び取材の自由も加わるのであり,その制約は極めて限定的に扱われるべきである。少なくとも,自律(自立)した個人が,自己が選択した「善き生き方」を追究するに当たって,重要かつ不可欠な基本的人権を侵害してまで守られるべき重要な公益とはいえないのであり,自己実現かつ知る権利の実現のために,自らの生命や身体を危険にさらすというのも基本的には,自律した個人の自由な選択の領域であり,そもそも国家が介入すべきことではない。
また,控訴人と同じジャーナリストであるCキャスターは,平成29年1月にシリアに入国して現地で取材を行い,その模様が同年1月17日及び19日にテレビ放送されており,Cキャスターは,トルコから陸路でシリアに入国して首都ダマスカスでアサド大統領と単独面会している。被控訴人は,同キャスターのシリア入国及び取材を事前に把握していたか把握できたはずであるにもかかわらず,同キャスター及びスタッフに旅券返納命令を発しておらず,一方において,本邦のジャーナリストのうち控訴人のみに第1処分を行ったものであり,
このような本件第1処分は,
憲法14条にも違反する。

第3

当裁判所の判断
1
当裁判所も,原審と同様に,控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり改めるほかは,原判決の「事実及び理由」の「第3

当裁判所の判断」1ないし5(原判決9頁10行目から

25頁10行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。2
原判決13頁1行目から2行目の「(甲14)」を「(甲14,27)」と改める。
原判決13頁8行目の「(甲15)」を「(甲15,27)」と改める。原判決13頁21行目の「渡航の意思を変えるつもりはない旨を述べた」の次に「(甲27)」を加える。
原判決14頁2行目の「空欄を補充した」の次に「(甲27)」を加える。原判決17頁13行目末尾に改行の上,次のとおり加える。
控訴人は,平成27年1月,約70名の報道陣がトルコ国境を越えてコバニに立ち入ったが,その際,A新聞の記者であったBも現地に立ち入っており,同人は,高い確率で安全が保障されていると感じたと述べていることからして,ISILによる襲撃や拉致の危険はなかったから,外務大臣の判断は誤っていると主張し,これを裏付けるものとして,B作成のウエブページの回想(甲30)及び陳述書(甲31)を提出する。
そこで検討するに,証拠(甲30,31)によれば,Bは,平成27年1月30日にコバニに立ち入り,危険を感じなかったと述べていることが認められるが,一方において,前記立入りは,トルコ・シャンリウルファ県の知事の特別の越境許可を得て,午後4時までに必ず戻るとの条件で,70人ほどの報道陣とともに,クルド人組織クルド民主統一党の軍事部門である人民防衛隊(YPG)の威信をかけた警護の下に立ち入ったとも述べていることが認められる。このような事実からすると,控訴人主張のとおり,Bが,平成27年1月30日,他の報道陣とともにコバニに立ち入ったことは認められるものの,その立入りは,県知事の特別な許可のもと,時間を限って行われたものであり,しかも,前記人民防衛隊の威信をかけた警備の下に実現したというものであるから,むしろ,当時のコバニの状況が武力による警護の下に時間を限って行わざるを得ないような危険を伴うものであったことがうかがわれるというべきであり,報道陣の立入りができたことをもって,前記地域の安全性が裏付けられるということはできない。
したがって,甲第30号証及び31号証によっても,平成25年1月30日当時,シリア及びトルコにおけるシリアとの国境付近に渡航すれば,控訴人の生命・身体に危害が及ぶおそれが高いとの外務大臣の判断を覆すものということはできない。」
改める。
原判決17頁26行目の「うかがわれる上,」を「うかがわれる上(甲27),」と改める。
原判決19頁16行目から23行目の「解されない。」までを次のとおり改める。


確かに,ジャーナリストである控訴人にとって,取材目的での海外渡
航を制限されることは,報道の自由及び取材の自由を制限されることにつながるものであって,報道の自由及び取材の自由の重要性に鑑みるときは,その制限は慎重になされるべきものであるところ,本件第1処分は,控訴人の海外渡航の自由だけではなく,報道の自由及び取材の自由をも制限するものといえるから,その合憲性については慎重に判断するべきである。しかしながら,国民の海外渡航の自由と同様,報道の自由及び取材の自由も無制限に保障されるものではなく,
本判決において引用する原判決
(以下,
単に「原判決」という。)第3・1認定の事情の下においては,本件第1処分当時,控訴人がシリアやトルコにおけるシリアとの国境付近へ渡航することによって,控訴人の生命・身体に危険が生じるおそれがあったと認められるのであるから,控訴人の生命・身体の安全を確保するために報道の自由及び取材の自由が制限されることが直ちに憲法22条2項,21条1項に違反するということはできない。
この点,控訴人は,自律(自立)した個人が,自己が選択した「善き生き方」を追究するに当たって,重要かつ不可欠な基本的人権を侵害してまで守られるべき重要な公益とはいえないのであり,自己実現かつ知る権利の実現のために,自らの生命や身体を危険にさらすというのも基本的には,自律した個人の自由な選択の領域であり,そもそも国家が介入すべきことではないとも主張する。
しかしながら,国民の生命・身体を守ることは国家の主要な責務の一つであり(外務省設置法4条1項1号9),そのためには相応の措置を執ることができるというべきであり,また,紛争地域に赴いた個人が,その生命・身体を危険にさらされ,万が一身柄を拘束される事態に至った場合には,政府及び関係諸機関に多大な影響を及ぼし得るものであるから,前記のような事情の下において,控訴人がシリアやトルコにおけるシリアとの国境付近へ渡航することは,控訴人個人のみの問題ということはできないのであって,このような点をも考慮すると,控訴人がその生命・身体を危険にさらすことについて,国家が介入すべきではないとの控訴人の主張を採用することはできない。
控訴人は,
Cキャスターがシリアに入国して取材を行った際,
被控訴人は,
同キャスターのシリア入国及び取材を事前に把握していたか把握できたはずであるにもかかわらず,同キャスター及びスタッフに旅券返納命令を発しておらず,一方において,本邦のジャーナリストのうち控訴人のみに第1処分を行ったことは憲法14条にも違反すると主張する。
しかしながら,Cキャスターがシリアに入国して取材をしたのは,平成29年1月であり,取材も首都ダマスカスにおいて行ったものであって,控訴人とは時期,目的地及び取材対象も異なるものであって,外務大臣等が,Cキャスターに対して旅券返納命令を発していないことをもって,本件第1処分が直ちに憲法14条に違反するということはできない。」
原判決21頁22行目の「他方で,」の次に,次のとおり加える。「聴聞を行うに当たっては,聴聞を行うべき期日までに相当な期間を置いて,不利益処分の名あて人となるべき者に対し,一定の事項を書面により通知しなければならず(行政手続法15条1項),聴聞は,行政庁が指名する職員その他の政令で定める者が主宰し(同法19条1項),主宰者が,期日において,出頭者に対して法定の事項を説明した上で,当事者及び参加人が意見を述べるなどして聴聞の手続が行われるものであって(同法20条),聴聞の手続を経るには相当程度の期間を要するものと認められる。しかるに,

2
控訴人は,その他種々主張するが,いずれも原判決の認定判断を左右するものとはいえない。

第4

結論
よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第1民事部

裁判長裁判官

深見敏正
裁判官

吉田尚弘
裁判官

餘分宏聡多
トップに戻る

saiban.in