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公務外認定処分取消請求事件
事件番号平成25(行ウ)795
事件名公務外認定処分取消請求事件
裁判年月日平成28年2月29日
法廷名東京地方裁判所
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平成28年2月29日判決言渡

平成25年(行ウ)第795号

公務外認定処分

取消請求事件
主1文
地方公務員災害補償基金東京都支部長が原告らに対し平成23年2月17日付けでした地方公務員災害補償法に基づく公務外災害認定処分を取り消す。
2
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
主文同旨

第2

事案の概要
本件は,東京都X0市立X1小学校の教諭として勤務していた亡X2の父
母である原告らが,X2は公務に起因してうつ病を発症し自殺するに至ったと主張して,地方公務員災害補償法に基づく公務災害認定請求をしたが,処分行政庁が公務外認定処分(以下「本件処分」という。)をしたため,その取消しを求めた事案である。
1
前提事実(当事者間に争いのない事実又は後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
(1)

当事者等


原告X3はX2の父,原告X4はその母である。


X2(昭和56年○月○日生)は,平成18年4月1日,東京都X0市公立学校教員に任命(期間1年の条件付採用)され,同月3日からX1小学校の2年1組(以下「本件クラス」という。)の学級担任として勤務していたが,遅くとも同年7月初旬頃までにうつ病を発症し,同年10月30日に自殺を図って意識不明の重体となり,同年12月○日に死亡した。


平成18年4月当時,X1小学校には,X5校長及びX6副校長のほ
か,主幹教諭3名,教諭23名,養護教諭1名及び嘱託教諭2名等が配置されており(休職者を除く。),2年生(3クラス・児童数108名)の学級担任は,X2のほか,学年主任のX7教諭及びX8教諭の3名で受け持っていた(乙1,29資料18・資料27)。
また,平成18年4月,X1小学校には,新任教諭として,X2の他に,X9教諭,X10教諭及びX11教諭が赴任した(甲28,乙1,29資料27)。
なお,X1小学校は,平成18年当時,X0市教育委員会により研究指定校に指定されており,校内において,同年11月の研究発表会に向けた準備業務が行われていた(乙23から26まで)。
(2)

X1小学校におけるX2の業務内容等
X2は,本件クラス(児童数36名)の担任としての学級運営や委員会活動等の校務に従事していたほか,他の新任教諭とともに,平成18年4月から平成19年3月までの間に,東京都が定めた初任者研修として,年間15回の校外研修及び年間300時間の校内研修を受けることが予定されており,校内研修については毎週研修内容のレポートを提出することとされていた(乙15から18まで)。


X1小学校における教諭の勤務時間は,午前8時15分から午後5時までのうち休憩時間45分を除いた8時間とされており,①給食がある期間の休憩時間は午後4時から午後4時45分まで,その他午前10時25分から午前10時40分まで及び午後1時25分から午後1時40分までの各15分は休息時間,②給食がない期間の休憩時間は午後零時45分から午後1時30分まで,その他午前10時25分から午前10時40分まで及び午後3時から午後3時15分までの各15分は休息時間とされていた(乙11)。

(3)

X2の通院及び自殺に至る経緯


X2は,
平成18年7月11日,
医療法人X12クリニック
(以下
「本
件クリニック」という。)を受診し,X13医師により,自律神経失調症,パニック障害及び反応性うつ病により就労困難であると診断され,同月21日から同年8月31日まで,夏期休暇及び病気休暇を取得した(乙29資料50)。


X2は,平成18年8月25日付けで,X13医師により,緊張性の症状は軽快傾向にあり,理不尽なストレスがなければ就労可能と考えられる旨の診断を受け,同年9月1日に復職したが,同年10月19日には再び就労困難であると診断され,同月26日から再び病気休暇を取得した(乙29資料3・資料50)。


X2は,平成18年10月30日,同居していた交際相手のX14方において自殺を図り,同年12月○日,死亡した。

(4)

本件訴訟に至る経緯
原告らは,平成20年2月28日,X2の自殺は公務に起因するとして,処分行政庁に対し,公務災害認定請求をしたが,処分行政庁は,平成23年2月17日付けで公務外認定処分
(本件処分)
をした
(甲2)



原告らは,平成23年3月22日,被告東京都支部審査会に対し,本件処分の審査請求をしたが,同支部審査会は,平成25年1月18日付けで審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲3)。


原告らは,平成25年2月18日,被告審査会に対し,本件処分の再審査請求をしたが,同審査会は,同年10月7日付けで再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲4)。


(5)

原告らは,平成25年12月13日,本件訴訟を提起した。
精神疾患等の公務災害の認定基準に関する通達
被告は,精神疾患等の公務災害の認定基準について,平成11年9月1
4日,
「精神疾患に起因する自殺及び精神疾患の公務災害の認定について」
(同日付け地基補第173号。以下「旧認定基準」という。)を発出していた(乙5)ところ,平成24年3月16日,「精神疾患等の公務災害の認定について」(同日付け地基補第61号。以下「認定基準」という。)及び「「精神疾患等の公務災害の認定について」の実施について」(同日付け地基補第62号。以下「運用基準」という。)を発出し,旧認定基準を廃止した(乙33,34)。
2
争点
本件の争点は,X2がうつ病を発症し自殺したことについて,公務起因性
が認められるか否かである。
(原告らの主張)
(1)

公務起因性の判断基準について
精神疾患による自殺の公務起因性(相当因果関係)の判断は,被災職員
本人を基準として,被災職員本人が受けた公務上の負荷を個別具体的かつ総合的に考慮して行うべきであり,精神疾患発症後,その症状が増悪して自殺に至った場合には,精神疾患発症前の公務上の負荷のみならず,精神疾患発症後の公務上の負荷や被災職員が自殺に至る一連の経緯等を総合的に考慮して行うのが相当である。
(2)

X2のうつ病発症及び自殺の公務起因性
下記のとおり,X2は,初めての学級担任としての慣れない学級運営,
校務分掌,初任者研修及び研究指定校としての準備等の過重な業務負担に加え,学級内で発生した様々なトラブルへの対応に苦慮する中で,職場の適切な支援を受けることもできず,月100時間を超える長時間労働を余儀なくされ,強度の精神的・肉体的負荷を受けたことにより,遅くとも平成18年7月初旬頃にうつ病を発症した。そして,同年9月の復帰後も,複数の学級内トラブルが発生し,職場の十分な支援も受けられず,更に強い精神的負荷を受けた結果,うつ病を悪化させ,自殺するに至った。

学級運営,校務分掌,初任者研修及び研究指定校の準備業務等
社会人経験のないX2にとって,学級担任としての日常的な学級運営や校務分掌は,それ自体大きな精神的負荷となるものであるが,このような業務に初任者研修や研究指定校としての準備作業も加わったこと,担任を受け持っていた本件クラスには指導困難な児童Hや対応困難な保護者がいたことから,更に強い精神的・肉体的負荷となっていた。

学級内トラブル

(ア)

平成18年7月以前


「梅の実事件」
平成18年4月頃,児童Hが校外の梅の木に登り梅の実を食べ
るというトラブルがあり,X2は,管理職から,指導が悪いと叱
責された。



「万引き疑惑事件」及び「万引き事件」
平成18年5月上旬頃,ある児童の保護者から児童Hの万引き
疑惑について通報があり,X2は,同月11日頃,X5校長の指
示により,児童Hの保護者に電話で連絡したところ,児童Hの父
から,「事実を示せ」との強烈な抗議を受けた。
その数日後,児童Hがコンビニエンスストアで万引き事件を起
こし,X2は,午後5時30分頃から午後10時過ぎ頃まで現場
で対応した。
X2は,同月下旬頃,X5校長の指示により,全教員が出席す
る職員会議又は夕会の場で,上記の経緯について謝罪させられた。


「上履き隠し事件」及び「体操着隠し事件」
平成18年5月頃,本件クラスの児童複数名の上履きが隠され
るというトラブルが発生し,同年6月28日頃には,本件クラス
の児童の体操着がトイレの便器に隠されるという悪質なトラブ

ルが発生した。体操着隠しの際には,X2は,「何もなかったこ
とにしなさい」とのX5校長の指示により,体操着を洗濯して児
童に返した。


その他のトラブル
X2は,平成18年6月頃,給食費が未納であった児童Hの給
食費の立替えをしなければならなかった。



X2の精神的負荷
勤務開始から1か月も経たないうちに梅の実事件が発生し,そ
の後も短期間のうちに,1年生時には起こらなかったトラブルが
本件クラス内で続いたこと,特に万引き疑惑事件及び万引き事件
では,初めての対外的なトラブル対応で緊張を強いられていたと
ころ,X5校長の指示に従って行動したにもかかわらず保護者か
ら強烈な抗議を受け,全教員の前で謝罪せざるを得なくなるとい
う極めて理不尽な状況であったこと,体操着隠し事件の際にもX
5校長の不適切な指示に従わざるを得なかったこと等により,X
2は強い精神的負荷を受けた。

(イ)

平成18年9月以降


「夏休みの作品貼り忘れ事件」
平成18年9月12日頃に開催された保護者会の際,児童Tの
母から,「連絡帳に『息子の夏休みの作品が提出されているか確
かめてほしい』と書いたのに,息子の作品が教室に掲示されてい
なかった」として,説明を求められるというトラブルが発生し,
X2は,X7教諭及びX8教諭と相談した上,後日,保護者と面
談を行い,状況を説明し謝罪した。



「連絡帳漢字テスト事件」
平成18年9月後半頃,児童Tの母から,連絡帳の記載を介し

て「漢字の小テストを児童同士で採点し合うのでなく教師が採点
してほしい」との要望があり,X7教諭及びX8教諭に相談して
採点方法を見直すことになった。その後,連絡帳による回答が遅
れため,児童Tの母から学校に問い合わせがあり,X2は電話で
対応したが,理解を得るのに時間を要した。


「町探検グループいじめ事件」
平成18年10月初め頃,同月5日に計画していた生活科の
「町探検」のグループ分けについて,児童Fの母からX2の携帯
電話に電話があり,「同じグループの子からいじめられているの
で,グループを変えてほしい」との要望があった。X7教諭及び
X8教諭に相談して対応したが,X2は,保護者の不安感に応え
るため,夜間や休日にも度々携帯電話で対応せざるを得なかった。


その他のトラブル
平成18年9月頃,宿題プリントを捨ててしまう児童がおり,
X2は指導方法について悩んでいた。



X2の精神的負荷
復帰後間もない時期に立て続けに2回のクレームを受けた上,
学級内でいじめ問題が発生したこと,夏休みの作品貼り忘れ事件
では,宿題を出し忘れたのは児童Tであるのに,謝罪せざるを得
なくなったこと,町探検グループいじめ事件では,勤務時間外の
休日や夜間にも対応せざるを得なかったこと等により,X2は強
い精神的負荷を受けた。


長時間労働

(ア)

平成18年7月以前
X2は,
遅くとも午前7時50分頃には出勤するよう指導を受けて

おり,
毎朝午前7時30分には出勤して授業の準備等の業務を行って

いた。
その後は授業や会議等に追われ,
その他の日常業務
(教材作成,
プリント・書類の作成,テストの採点,連絡帳のチェックやコメント記入,学級事務等)を午後5時までに終えるのは不可能であった。これらの日常業務に加え,
初任者研修や研究指定校の準備業務にも従事
する必要があったことから,X2は,恒常的に少なくとも午後8時頃か午後9時頃まで勤務し,この間,休憩時間は5分程度しかとれなかった。また,帰宅後も,深夜まで,プリント作成,教材の工作,テスト採点等を行うことが多く,
少なくとも1日2時間程度の持ち帰りの
自宅残業を行っていた。さらに,休日出勤をした日もあり,その際は最低3時間程度は勤務していた。
上記の勤務実態に基づき,X2が自殺未遂を起こした平成18年7月9日直前の最後の出勤日である同月7日から遡って時間外労働時間を計算すると,別紙1のとおり,X2は,少なくとも月100時間を超える時間外労働に従事しており,
このような長時間労働によって
強い精神的・肉体的負荷を受けていた(なお,携帯メール記録や警備日誌等の証拠から上記と異なる始業終業時刻が認められる日については,当該時刻を始業終業時刻としている。)。
(イ)

平成18年9月以降
X2は,復帰後は,午前8時に勤務を開始し,午後6時には学校
を出ていたが,X2の学級を支援する教員は補充されず,依然として,午後5時までに終えることができない業務量を課され,持ち帰りの自宅残業を行わざるを得なかったため,長時間労働による精神的・肉体的負荷が続いていた。


職場等の支援が不足していたこと
X2は,学級内でのトラブル対応に苦慮していたところ,X5校長を
始めとする管理職からの適切な指導・指示を受けられず,当時,研究指
定校の準備業務等のため学校全体が非常に忙しい状況であったこともあり,他の教員からも十分な支援を受けられなかった。また,X5校長は,いじめ問題の責任は学級担任にあるとの考えから,本件クラスでのいじめ問題についても,X2に責任があると考えてX2を責めていた。さらに,
校外での初任者研修において,
指導者から
「病休・欠勤は給料泥棒」

「1年間はいつでもクビにできる」等,初任者に強いプレッシャーを与える発言があった。
X2のうつ病は復帰後も治癒しておらず,職場の十分な支援が必要な状況にあり,X5校長もそのことを認識していたが,X2を担任から外したり,補助の教諭を付けたりするなどの十分な支援はなく,X2が置かれている状況について,職場での情報共有も満足に行われていなかった。

公務起因性
上記のとおり,X2は,平成18年4月以降,一連の公務上の出来事
により強度の精神的・肉体的負荷を受けたことを原因として,同年7月初旬頃までにうつ病を発症し,同年9月の復帰後も,引き続き強い精神的・肉体的負荷を受けたことにより,うつ病を悪化させて自殺するに至ったものであり,公務外の負荷や個体側要因は存在しないことから,X2のうつ病発症及び自殺について公務起因性が認められることは明らかである。
なお,認定基準に従って公務起因性を判断した場合でも,上記一連の出来事のうち,少なくとも,①新任教諭として本件クラスの担任となったこと,②複数の学級内トラブルの発生,③初任者研修レポートの提出を義務付けられたこと,④5月分以降の初任者研修レポートを提出できなかったこと,⑤月100時間を超える時間外労働をしていたことの5つの出来事は,運用基準別表「業務負荷の分析表」の業務負荷の類型2
「仕事の質・量」の(1)「仕事の内容」,(2)「仕事の量(勤務時間の長さ)」,類型3「役割・地位等の変化」の(1)「異動」,類型5「仕事の失敗,責任問題の発生・対処」の(1)「仕事の失敗」,(2)「不祥事の発生と対処」,類型7「住民等との公務上での関係」に含まれるものであり,それぞれの出来事の負荷の程度は新任教諭であったX2にとっていずれも強度のものであったといえるから,X2のうつ病発症及び自殺には公務起因性が認められる。
(被告の主張)
(1)

公務起因性の判断基準について
地方公務員災害補償制度は,公務に内在する危険性が現実化して職員が負傷し又は疾病にかかった場合には,任命権者に何らの過失がなくても,その危険性の存在故に任命権者がその危険を負担してその損失補償に当たるべきであるとする危険責任の法理に基づき設けられたものである。
このような趣旨に照らせば,公務と傷病等との間の相当因果関係(公務起因性)を認めるためには,当該傷病等の結果が,当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものと認められることが必要であり,そのためには,当該公務による危険が,その他の要因に比して相対的に有力な原因となったと認められることが必要である。


精神疾患発症のメカニズムについては,現在の医学的知見によれば,環境由来のストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神破綻が生じるか否かが決まり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても破綻が生ずるとする「ストレス-脆弱性」理論が合理的であると認められる。そして,環境由来のストレスは客観的に認められることが必要であるから,公務に内在するストレスについての判断は,当該被災職員と職種,職場における立場,経験等の点で同等の者を基準とすべ
きであり,このような意味での平均的な職員にとって,当該被災職員の置かれた具体的状況におけるストレスが,一般に精神疾患を発症させるに足りる程度のものであるといえる場合には,公務と当該精神疾患との間に相当因果関係が認められる。

被告の旧認定基準,認定基準及び運用基準は,医学的知見,公務災害認定事例及び裁判例の状況等を踏まえて定められたものであり,危険責任の法理にかなうものであるから,公務起因性の判断に当たっては,本件処分時に発せられていた旧認定基準を基本指針としつつ,旧認定基準で明確に記載されていない事項については,認定基準を指針とするのが相当である。

(2)

X2のうつ病発症及び自殺の公務起因性
X2のうつ病の発症時期について,X15医師は,X13医師がX2の
うつ病は平成18年初頭には既に重い症状であったと考えられる旨判断していること等に基づき,「平成18年5月下旬に発症したものと判断するのが妥当であるが,同年4月以前に発症していた可能性も否定できない」旨の意見を述べており,X2のうつ病の発症時期は,平成18年4月以前又は遅くとも同年5月下旬であると認められる。
うつ病発症時期が入職前の平成18年4月以前であるとすると,うつ病発症に公務起因性が認められないのは明らかである。他方,発症時期が同年5月下旬であるとすると,公務起因性の判断に当たっては,旧認定基準によれば同年4月からX2の自殺企図までの出来事を,認定基準によれば同年4月から5月下旬までの出来事を検討することとなるが,本件においては,同年4月からX2の自殺企図までの出来事を総合的に評価して判断するのが相当である。

学級運営,校務分掌,初任者研修及び研究指定校の準備業務等
平成18年当時は,ほとんどの新任教諭が学級担任を受け持っており,
2年生は1年生からの進級時にクラス替えがなく,新任教諭が受け持つ学年として適していたこと,本件クラスには指導困難な児童が少なく,対応困難な保護者もいなかったこと,新任教諭の校務分掌は他の教員に比べて少なく,特に低学年を担任していたX2は他の初任者に比べても少なかったことから,初めて行う業務であったとしても,学級運営や校務分掌自体に過重性はない。また,初任者研修は新任教諭への支援の一環として行われているものであり,精神的・肉体的負荷を与える事象と評価するのは相当でないし,その内容及び分量からみても過重な負担とはいえない。さらに,X2については,5月分の研修レポートを提出しなかったため,その提出について無期限の延期措置が採られており,2学期からは運動委員会(月160分程度),クラブ(月160分程度)等の校務分掌が免除されていた。なお,X2は,研究指定校としての研究発表の担当ではなく,研究発表には関わっていない。
したがって,学級運営や校務分掌,初任者研修等の業務による精神的・肉体的負荷が強度のものであったとはいえない。

学級内トラブルについて
(ア)

平成18年7月まで


「梅の実事件」について
児童Hが梅の実を食べたことについて,X16教諭がX2に
対し,梅の実には毒があるが多量に食べなければ大丈夫である
旨話したことはあるが,管理職がX2を叱責した事実はない。



「万引き疑惑事件」及び「万引き事件」について
児童Hの万引き疑惑を知ったX5校長は,担任であるX2に
通報のあったことを伝え,児童Hの様子を注意して見守るよう
助言・指導したが,児童Hの保護者に連絡するよう指示したこ
とはない。児童Hの父との電話の翌日,X5校長は,X2を慰

労し,X6副校長と共に,教師と保護者との連携のとれた児童
の指導方法について指導した。
数日後に起きた児童Hによる万引き事件の際には,X2は自
ら希望してX6副校長及び生活指導担当のX17主幹教諭(以
下「X17主幹」という。)と共に現場に赴いたが,店側は,
終始,児童Hの保護者と対応し,店側からも保護者からも,X
2ら教員3名に対する文句や叱責はなかった。その後,児童H
の父は,以前の電話でとった対応についてX5校長とX2に謝
罪した。
X2は,その後,夕会(生活指導について教諭らが情報共有
するための会議)において,X17主幹のサポートを受けなが
ら,万引き事件の報告をしたが,X2が会議の席で謝罪した事
実はないし,X5校長がX2を叱責し謝罪を求めた事実もない。


「上履き隠し事件」及び「体操着隠し事件」について
上履き隠しはしばらく続いたものの,その後事態は収まり,
体操着隠しもX5校長の適切な指示による対応で事態は収まっ
たもので,いずれも深刻化することはなかった。



「その他のトラブル」について
X1小学校においては,保護者への給食費請求は管理職の掌
握事項とし,学級担任による立替えを禁止していたから,X2
は給食費未納の責任をとる立場にないし,児童Hの保護者は,
万引き事件後に未納であった給食費や教材費を納付しており,
給食費未納問題はX2が担任となって間もなく解決している。



X2の精神的負荷について
児童Hの万引き疑惑についての保護者の抗議は,X2個人への
中傷や人格を否定するような内容のものでなく,抗議が繰り返

されることもなかったし,その後の万引き事件を受けて保護者
から謝罪を受けたことにより,X2が受けた精神的ストレスは
緩和されている。夕会での報告は何ら特別な出来事ではないし,
児童Hの万引きに関する一連の出来事への対応はX6副校長や
X17主幹がサポートしており,X2が単独で対応しなければ
ならない状況にはなかった。また,上履き隠しや体操着隠しは
いずれも単発的に起こったもので,周囲のサポートにより解決
していること,給食費未納問題も短期間で解決していることか
ら,上記一連の出来事による精神的負荷が強度のものであった
とはいえない。
(イ)

平成18年9月以降


「夏休みの作品貼り忘れ事件」について
X2は,保護者から説明を求められた際,X7教諭らのサポ
ートを受けて適切に対応し,保護者の理解を得た。



「連絡帳漢字テスト事件」について
X2は,
保護者からの要請を受け,
X7教諭らに相談した上,
採点のやり方を見直す方針を立て,当該保護者から問い合わせ
に対しても,採点の方法を見直す旨をすぐに電話で伝えて理解
を得た。



「町探検グループいじめ事件」について
X2は,保護者からの要請を受け,X7教諭らと相談し,X
7教諭が当該保護者に対応して理解を得た。なお,保護者に携
帯電話の番号を教えていたのはX2自身の判断によるものであ
る。



「その他のトラブル」について
宿題プリントを捨ててしまう児童がいた事実は確認できない。



X2の精神的負荷について
夏休みの作品の貼り忘れについては,本来,学校側が保護者に

宿題を提出させるよう要請すべき事柄であり,X2にのみ責任が
あることではないし,漢字テストに関する保護者の要望は正当な
もので,その対応は日常業務の範囲内のものといえる。保護者か
らの携帯電話への連絡については,自己の判断で携帯電話番号を
教えた以上,勤務時間外に連絡を受ける可能性があることは想定
内のことであり,その時間や頻度が通常の程度を逸脱したもので
ない限り,精神的負荷のかかる出来事と評価するのは相当でない。そして,上記①から③までのいずれの出来事についても,X2が一人で対応に苦慮することなく,X7教諭ら周囲のサポートによ
り適切な対応をして保護者の理解を得ていることから,上記一連
の出来事による精神的負荷が強度のものであったとはいえない。

長時間労働について
教育現場においては,
超過勤務命令簿が作成されていないことが一般的
であり,
その場合,
時間外労働の事実を認めるには,
上司,
同僚等の証言,
警備日誌等から時間外勤務の実績を明確に確認することにより,
職務命令
に基づく時間外勤務の事実と具体的な職務内容等が証明されることが必要である。そして,X5校長が警備日誌(乙13)等の資料に基づき作成したX2の時間外労働時間数についての報告書(乙12)によれば,X2の時間外労働時間数は別紙2のとおりであり,各月の時間外労働時間数の合計は次のとおり(ただし,初任者研修の一環として移動教室の見送りがされた6月7日午前7時15分から午前8時15分までの1時間については報告書に記載が漏れているため,同月の時間外労働時間数を1時間加算している。)であるから,強度の肉体的・精神的負荷を与えるようなものではない。

時間外労働時間数

自宅労働時間数

合計
4月

0分

35時間33分

5月

18時間25分

0分

18時間25分

6月

7時間00分

0分

7時間00分

7月

5時間00分

0分

5時間00分

9月

0分

0分

0分

10月

35時間33分

7時間05分

0分

7時間05分

職場等の支援が不足していたことについて
X1小学校では,指導担当教員を中心に,同学年の教員や低学年・高学年等のブロックの教員が新任教諭への指導,助言を行っていた。2年生の他の学級担任は,ベテランのX7教諭及び若手のX8教諭であり,新任教諭をサポートするのに非常にバランスのとれた体制であった。実際にも,本件クラスで起きた出来事に対し,X5校長を始め,周囲の教諭が適切な指導,援助を行い,X2自身も周囲に報告し相談して指示を仰いでいたことからすれば,X2に対する支援は機能していた。
X2の復帰後は,
X2を支援するため,
校長,
副校長,
主幹教諭2名,
指導担当教諭,同学年主任,養護教諭,1年担任3名で構成するサポート会議を開催し,①校務分掌の軽減,②会議への出席の軽減,③初任者研修の軽減,④本件クラスへの嘱託教諭の配置を実施した。

公務起因性
以上のとおり,平成18年4月から自殺企図までの出来事による精神的・肉体的負荷は,新任教諭にとって,精神疾患を発症させるほど強度のものではなく,X2に対しては十分な支援体制が組まれ,実際にも適切な指導,援助が行われていたことから,X2のうつ病発症及び自殺に公務起因性は認められない。

第3

争点に対する判断

1
認定事実
前記前提事実(第2の1),後掲各証拠及び弁論の全趣旨を総合すれば,
次の事実が認められる。
(1)

X2の経歴等
X2は,平成17年3月に大学を卒業した後,東京都の小学校教員採用試験に合格したため,
平成18年2月,
実家のある福岡県から上京し,
以前から交際していたX14と同居を始めた(乙29資料52・資料53)。


X2には,平成18年4月以前に精神疾患による通院歴はなく,家族にも精神疾患の既往歴のある者はいない(乙29資料16)。

(2)

X1小学校におけるX2の業務内容等
X2は,本件クラスの学級担任としての学級運営(教科指導,生活指導,給食指導,テスト採点・記録・評価,保護者宛て文書の作成等)に従事していたほか,
校務分掌として,
研究部の研究発表班,
運動委員会,
交流教育委員会,入学式担当,時間割担当,生活科担当としての業務が割り当てられていた。
当時,東京都においては,X1小学校以外の小学校でも,ほとんどの新任教諭が学級担任を受け持っており,X2と共にX1小学校に赴任した新任教諭についても,X9教諭が5年生,X10教諭が4年生,X11教諭が特別支援学級の学級担任となっていた。また,X1小学校において,新任教諭の校務分掌の負担は他の教員より軽減されていたが,平成18年当時,数年間で児童数が大幅に増加したこともあって,教職員全員の業務負担が以前よりも増加し,多くの教職員が毎日のように残業をしている状態であった。
(甲28から30まで,乙1,9,10,29資料27・資料52,乙31の3,乙35,証人X99頁,10頁,証人X51頁)


X2は,他の新任教諭と同様に,東京都により定められた初任者研修として,月1,2回程度の校外研修,及びX7教諭を指導教員とする週10時間(年間当たり300時間)の校内研修を受けており,校内研修については,毎週,レポートを提出することが求められていた。校内研修の時間が総勤務時間に占める割合は,月11パーセントから20パーセント程度,研修レポートの分量はA4用紙1枚から2枚程度で,1時間分を10行以内程度にまとめて記載するというものであった。(乙14,17,18,21)


平成18年当時,X1小学校はX0市教育委員会により研究指定校に指定されており,同年11月に予定されていた研究発表会に向けた準備として,研究授業の回数が増やされるなど,その準備に関わる教員の負担も増加していたところ,
X2は,
研究発表担当者ではなかったものの,
月1回開催される研究全体会や毎週木曜日に開催される研究分科会に出席していたほか,同年4月26日にX7教諭の研究授業が行われた際には,X2を含む2年生の担任全員で,プリント作成や事前授業を行うなど,準備業務に従事していた(甲29,乙23から26まで,29資料40・資料45)。

(3)

平成18年4月から同年7月までの本件クラスでの出来事等
「梅の実事件」
平成18年4月,
本件クラスの児童Hが梅の木に登り梅の実を食べると
いう出来事があり,X2が児童Hを指導したところ,その後,児童Hが梅の実を取って食べるようなことはなかった。
X2から上記出来事を聞いた
専科
(理科)
担当のX16教諭は,
X2に対し,
「梅の実には毒があるが,
多量に食べなければ大丈夫である」旨話し,
「児童に学校で物を食べさせ
ないように気をつけた方がよい」旨助言した。(乙8,38,証人X161頁)


「万引き疑惑事件」及び「万引き事件」
平成18年5月上旬頃,本件クラスの児童の保護者からX5校長に対し,児童Hが万引きをした旨の報告があったため,X5校長は,X6副校長,生活指導担当のX17主幹及び担任であるX2に上記情報を伝えて対応するよう指示した。X2は,X17教諭と対応を相談した上,同月11日,
児童Hの保護者に電話をかけ,
電話に出た児童Hの父に対し,
児童Hの万引きの疑いを伝えたところ,確かな証拠がないのに万引きの疑いをかけられたとして立腹した児童Hの父から,
大声で怒鳴られ,
「事
実を示せ」という趣旨の激しい抗議を受けた。X2一人では対応しきれず,X6副校長とX17主幹が電話を代わって対応したが,最終的にはX5校長が児童Hの父に電話をかけ,謝罪せざるを得なくなる事態となり,X2は,翌12日,X5校長及びX6副校長から,児童の保護者との連携方法等についての指導を受けた。
それから数日後,児童Hが他の小学校の児童と共にコンビニエンスストアで万引き事件を起こし,店から学校に連絡があったため,X2は,午後5時30分頃,X6副校長及びX17主幹と共に現場に赴いた。児童Hの保護者はなかなか現場に現れず,ようやく現れた児童Hの父は,児童Hが万引きに関与したかという点について店側と揉めたため,話合いが進展せず時間を要した。X6副校長らはX2に対し帰って良い旨を伝えたが,X2は現場に残ることを希望し,午後10時頃,到着した児童Hの母が父をたしなめ,店側に謝罪して事態が解決するまで現場に残った。この間,店側は専ら児童Hの保護者と対応しており,店側からも児童Hの保護者からも,X2ら教員3名に対して非難や抗議が向けられるようなことはなく,X2ら教員3名は,店員と児童Hの保護者のやりとりを見守っていた。

X2は,翌日,X6副校長及びX17主幹と共に,X5校長に対し,児童Hの万引き事件の経緯を報告し,その後,X5校長から,全教員が出席する夕会(生活指導上の出来事についての情報交換等を目的として勤務終了時刻前頃に職員室で開催される会議)で上記経緯を報告するよう指示されたため,同年5月下旬頃から6月初旬頃の夕会において,これを報告し,児童Hの父に電話をした際に抗議を受けたことについて,今後はこのようなことがないようにするなどと述べて謝罪した。
なお,児童Hの父は,児童Hの万引き事件後,X2及びX5校長に対し,電話での対応を謝罪した。
(甲9,28から30まで,乙7,8,29資料57,乙31の1から3まで,乙32,35,36,証人X182頁,証人X94頁,証人X162頁,10頁,証人X514頁以下)。

「上履き隠し事件」及び「体操着隠し事件」
平成18年5月中旬頃,本件クラスの児童複数名の上履きが隠されるという出来事があり,X2は,X7教諭及びX8教諭と共に校内を探したが,当日は上履きが見付からなかった。X2が児童らを指導したが,誰が隠したかは明らかにならず,その後,少なくとも同年6月26日頃まで,上履き隠しは続いた。
また,平成18年6月28日,本件クラスの児童の体操着がトイレの便器に隠されるという出来事があり,X2は,X5校長の指示により,体操着を洗濯して当該児童に返した。
上履き隠しも体操着隠しも,本件クラスの児童らが1年生であった当時には発生したことがない出来事であった。
(甲29,30,乙8,9,29資料46,証人X183頁)


「その他のトラブル」

児童Hの家庭は,X0市家庭支援センターから支援を受けたことがあり,児童Hが1年生の頃より,給食費や教材費を滞納する,提出物を提出しないなどの問題がある家庭であった。
X1小学校においては,給食費の請求は担任ではなく管理職が行うこととされていたが,教材費の請求は担任が行うこととされており,児童Hが1年生当時の担任であったX18(旧姓○○)教諭は,児童Hの教材費を立て替えたことがあった。
児童Hの家庭は,平成18年5月当時も給食費及び教材費を滞納しており,X2は,同月頃,児童の教材費を負担しなければならないなどと原告X4に話していた。もっとも,前記イの万引き事件が起こった後,児童Hの保護者は滞納していた教材費及び給食費を支払った。
(甲30,乙8,9,29資料54,乙35,証人X183頁,証人X55頁,26頁から27頁,原告X4本人3頁から4頁)
(4)

X2の勤務状況及び病気休暇等取得に至る経緯等
X2は,X14と同居していた東京都板橋区の自宅から,バスで10分程度かけて池袋駅に出てX19線に乗車し,同線X20駅で降りて徒歩10分程度の場所にあるX1小学校に通勤していた。
X2は,午前7時30分頃から午前7時50分頃までの間に出勤して授業の準備等を行い,授業や会議等を終えた後,午後7時頃から午後8時頃に退勤することが多く,遅いときは午後9時頃に退勤することもあった。X2は,休日出勤をすることもあったが,X1小学校の警備日誌(原則として,平日は最終退出者の氏名及びその退勤時刻,休日は出勤した教職員全員の氏名及びその出退勤時刻等が記載される。)により確認できるのは,平成18年4月16日(日)の退勤時刻午後7時40分(出勤時刻の記載なし),同月22日(土)の出勤時刻午後5時15分及び退勤時刻午後8時40分,
同月30日
(日)
の退勤時刻午後8時
(出

勤時刻の記載なし)のみである。X2は,帰宅してから学級通信や研修レポート等の文書作成,テストの採点,教材の作成等を行うことも多かったが,パソコン操作が得意でなかったため,パソコンによる文書作成は,午前零時過ぎ頃帰宅するX14に操作方法を教わりながら行うことも多く,作業を終えるのが午前2時や午前3時を過ぎることもあった。(甲14の1から甲17の7まで,甲22,29,30,乙13,29資料9・資料45・資料53,乙31の3,証人X147頁,8頁)。イ
X2は,平成18年4月7日,原告X4に「いつもは午後9時過ぎまで学校おるけど,仕事持ち帰りにして今帰り」,「仕事場がとてもみんな優しくて楽しくて雰囲気もいいから本当にいい学校にきたなぁって思ってる毎日です」とのメール(午後7時13分受信)を送信している(乙29資料41)。
着任当初のX2の様子について,X6副校長は,「希望に燃え,しっかりやらなければという意志の強さを感じた」とし,教務担当のX21主幹教諭(以下「X21主幹」という。)は,事務処理能力や電話対応能力に優れており,しっかりした人物と評価していた(乙29資料9,乙37)。


X2は,平成18年4月20日,原告X4に「風邪ひいて…今日の保護者会やばい」,「昨日も朝から八度五分くらいあったまま学校いってて,夜8時頃帰ったんやけど」,「熱はあってもいいから保護者会の時間だけは笑顔で元気でいい声で乗り切らな」とのメールを送信している(乙29資料41)。


X2は,平成18年5月の連休の前後頃,X21主幹に対し,「教員は公務員なので5時ちょうどに退勤できると思っていた」などと,就職前に考えていたよりも残業が多いことへの不満を述べた(乙31の3,乙37)。


X2は,平成18年5月11日の児童Hの父との電話で,児童Hの父から激しく抗議されたことにショックを受け,翌12日,X7教諭に対し,「上司に言われるままに対応した結果,こんなことになるなんて」などと話していた(甲29,乙10,29資料52)。


X2は,平成18年5月16日,校外で行われた最初の初任者研修に参加したが,その際の指導担当者による講話等において,研修参加者に対し,「病休・欠勤は給料泥棒」,「(新任教諭は条件付採用であるから)いつでもクビにできる」という趣旨の発言があった(甲13,28,乙16,19,29資料52,証人X91頁,2頁)。


X2は,本件クラスで児童の上履き隠しが続いていた平成18年5月中旬頃から同年6月頃,同僚に,「どうして,うちのクラスだけこのようなことが起きているのか」などと話していた。また,当時,X5校長の方針で,学級内で問題が起きたときは,まず担任が校長に報告することになっていたが,X2は,この頃,同期のX9教諭やX10教諭に対し,
「学級内のトラブルをX5校長に相談すると,まず『あなたが悪い』と怒られるし,言えずにいると後になって『何で言わなかったのよ』と怒られるし,どちらにしても怒られる」,「校長によく叱られる」などと話していた。
(甲28,乙8,9,29資料52,証人X1612頁,
証人X95頁)。


X2は,平成18年5月後半頃から,X14に「生きていてもしょうがない」,「死にたい」などと言ったり,タオルを輪にして首つりをするような様子を見せたりすることがあった。また,同年6月後半頃からは,X14に「学校に行きたくない」,「身体がつらい」などと言ったことがあったが,同年6月までは,同年5月30日に年次休暇を取得した以外に休暇を取得することはなく,同年6月1日,7日から9日及び
13日に実施された家庭訪問も特に問題なく行った。(乙29資料8・資料53)

X2は,平成18年6月に,同年5月に実施された校内研修のレポートを提出することができず,X6副校長から何度か提出するよう指導されたが,結局,提出することができかった(乙7,35)。


X2は,平成18年7月3日,X14に「学校に行けない」と訴え,学校には風邪である旨連絡して1日の年次休暇を取得し,翌4日には朝1時間の年次休暇を取得した。同月9日の深夜には,ひも状の物で首を吊ろうとしているところをX14に発見され,
同月10日及び11日は,
X14がX2に代わって学校に連絡し,年次休暇を取得した。
X2は,年次休暇を取得した同月11日,本件クリニックを受診してX13医師の診察を受け,自律神経失調症,パニック障害,反応性うつ病と診断された。同日の診察において,X13医師は,緊張性の症状が厳しく,就労が困難な状態と判断したが,X2は,X5校長からのプレッシャーを強く感じている様子で,就労継続を希望した。
(乙7,29資料8・資料50・資料53・資料59)


X2は,原告X4に対し,平成18年6月21日,「仕事,毎日睡眠削っても全然おいつかんくらいで…」とのメールを送信しており,同年7月15日には,
「私でも睡眠三時間くらいの仕事漬けの毎日でストレス感
じて病院行きようくらいやから」とのメールを送信している(甲31,乙29資料41)。


X2は,平成18年7月18日,X14に付き添われて家を出たが,X1小学校に向かう途中の駅で「もう進めない」などと訴えたため,X14が一人でX1小学校に赴き,X5校長にX2の状態を説明した。X14は,X5校長の依頼を受けて,同月20日,X2の就労が困難である旨のX13医師の診断書を提出し,X2は,同月21日から同年8月
31日まで,夏期休暇及び病気休暇を取得した。(乙7,27,29資料3.資料53)
(5)

職場復帰前後の状況
X2は,平成18年8月25日,X13医師の診察を受けた際にも,X5校長からのプレッシャーを感じている様子で,「どうしても復帰したい」
などと訴えた。
X13医師は,
静養が十分でないと感じていたが,
症状がやや安定していたことや,X2が強く復帰を希望していることから,同日付けで,緊張性の症状は軽快傾向にあり,理不尽なストレスがなければ就労可能であると考えられる旨の診断書を作成した。また,同日,X5校長がX13医師と面会し,X2について,同年9月1日の復帰が可能であることを確認した。(乙7,29資料3・資料50・資料59,乙35)


X5校長は,X2の復帰に当たり,校長,副校長,主幹2名,指導担当教諭,同学年担任,養護教諭,1年担任3名で構成するサポート会議を開催し,X2について,①校務分掌(委員会及びクラブ活動)の軽減,②会議
(全体会,
職員会議等)
出席の軽減,
③初任者研修
(授業の指導観察)
の軽減,④嘱託教員による学級運営のサポート(授業時間数軽減等)を行うことを決定した(乙7,22,35)。


X2は,平成18年9月1日に復帰したが,体調は十分回復しておらず,X14に付き添われて,午前8時頃に出勤し,午後6時過ぎ頃に退勤することが多かった(乙29資料53)。

(6)

平成18年9月以降の本件クラスでの出来事
「夏休みの作品貼り忘れ事件」
X2は,平成18年9月12日,保護者会に参加した児童Tの保護者から,「連絡帳に,『息子が夏休みの宿題の作品を提出しているか確かめてほしい』と書いたのに,教室に息子の作品が貼られていなかった」
ことを指摘され,その説明を求められたが,児童Tが宿題を提出していなかったことが判明したため,X7教諭及びX8教諭に相談した上,後日,児童Tの保護者と面談し,事情を説明して謝罪すると共に,宿題を提出させるよう要請した(乙7,8,35)。

「連絡帳漢字テスト事件」
X2は,平成18年9月下旬頃,児童Tの保護者から,連絡帳で,「漢
字の小テストの採点を児童同士で行っているが,採点が間違っていることがあるので,教師が採点してほしい」との要望を受けたため,X7教諭及びX8教諭に相談し,採点方法を見直すこととした。ところが,連絡帳による返事が遅れたため,児童Tの保護者から学校に連絡があり,X2が電話で対応したものの,理解を得るのに時間を要することとなった。(乙7,35)


「町探検グループいじめ事件」
平成18年10月初め頃,同月5日に計画されていた生活科の課外授業「町探検」について,児童Fの保護者からX2の携帯電話に電話があり,「同じグループの子からいじめられているので,グループを変えてほしい」との要望が述べられた。X2は,X7教諭及びX8教諭と相談し,X7教諭と共に上記保護者に対応して理解を得たが,この間,夜間や休日も含め,児童Fの保護者から,度々X2の携帯電話に連絡があった。(乙7,35,証人X146頁)

(7)

再度の病気休暇取得及び自殺に至る経緯等
X2は,平成18年10月,原告X4に「毎日夜まで保護者から電話とか入ってきたり連絡帳でほんの些細なことで苦情を受けたり…つらいことだらけ」とのメールを送信し,X13医師に「私も今保護者から電話があって(いつものことですが)時間外なのに…って滅入ってました」と
のメール(午後10時10分受信)を送信した(乙29資料41・資料42)。

X5校長は,平成18年10月12日,面談したX2から,主治医であるX13医師からはドクターストップをかけたいところだと言われている旨,ぎりぎりまで薬を処方してもらっており,薬を飲めば勤務できる旨を聞き,X2に対し,無理をせず休むよう話した。
X2は,X5校長との面談の際,条件付採用の新任教諭の立場で休職して教員を続けられるのか不安に思っている様子であり,この頃,X18教諭に対しても,「新任だから休職できない」などと述べていた。(甲30,乙7,29資料25,乙35,証人X186頁)


X5校長は,平成18年10月24日,X2から,少なくとも3か月間の治療に専念することが必要である旨の診断書の提出を受け,病気休暇を取得するよう指示したが,X2が勤務継続を希望したため,X13医師に電話をかけ,X13医師がX2を説得したところ,X2は,病気休暇の取得を一旦は了承した。X2は,同月25日及び26日にも,X5校長に対し,再度,勤務を続けたい旨述べたが,X5校長やX13医師の説得を受け,同月26日から病気休暇を取得した。(乙7,28,29資料3・資料43,乙35)


X2は,平成18年10月30日,自殺を図って意識不明の状態となり,意識が回復しないまま,同年12月○日,死亡した。

2
公務起因性の判断基準について

(1)

地方公務員災害補償法に基づく補償は,職員の公務上の災害(負傷,疾病,障害又は死亡)について行われるところ(同法1条),職員に生じた傷病等を公務上のものと認めるためには,当該公務と傷病等との間に相当因果関係が認められることが必要である(国家公務員災害補償法に基づく補償に関する最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事
119号189頁参照)。そして,地方公務員災害補償制度が,公務に内在又は随伴する各種の危険が現実化して職員に傷病等の結果がもたらされた場合には,被災職員が所属する地方公共団体等に過失がなくとも,その危険を負担して損失の補償をさせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであることからすれば,上記の相当因果関係を認めるためには,当該傷病等の結果が,当該公務に内在又は随伴する危険が現実化したものであると認められることが必要である(最高裁平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事178号83頁,最高裁平成8年3月5日第三小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。
(2)

精神疾患の発症については,現在の医学的知見として,環境由来のストレスと個体側の反応性,脆弱性との関係で精神破綻が生じるか否かが決まるとする「ストレス-脆弱性」理論が受け入れられていることが認められる(弁論の全趣旨)。そして,今日の社会において,何らかの個体側の脆弱性要因を有しながら公務に従事する者も少なくない実情があり,地方公務員災害補償制度が危険責任の法理にその根拠を有することを併せ考慮すれば,公務の危険性の判断は,当該被災職員と同種の平均的な職員,すなわち,何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該被災職員と職種,職場における立場,経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができる者を基準とし,このような意味での平均的な職員にとって,当該被災職員の置かれた具体的状況における心理的負荷が,一般に精神疾患を発症させるに足りる程度のものであるといえる場合には,公務と当該精神疾患との相当因果関係を認めるのが相当である。

(3)

証拠(乙5,6,33,34)及び弁論の全趣旨によれば,認定基準及び運用基準は,
近時の医学的知見等を踏まえて,
旧認定基準を明確化して必要
な見直しを加えたものであって,
地方公務員災害補償制度の趣旨にもかなう

合理的なものであると認められる。
したがって,
認定基準及び運用基準は,
本件処分後に発出されたものであ
り,
また,
裁判所による行政処分の違法性に関する判断を直接拘束するもの
ではないが,
公務と精神疾患発症との間の相当因果関係の有無を判断するに
当たっては,認定基準及び運用基準を踏まえつつ,これを参考としながら,当該職員に関する精神疾患の発症に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌して検討するのが相当である。
3
X2のうつ病の発症時期について
X2が遅くとも平成18年7月初旬頃までにうつ病を発症していたことは
当事者間に争いがなく,証拠(甲45,乙29資料50)によれば,X2のうつ病は,反応性うつ病又は国際疾病分類第10回修正版(ICD-10)の「F32

うつ病エピソード」であったことが認められる。

被告は,X2のうつ病の発症時期について,X15医師の意見に基づき,平成18年4月以前又は遅くとも同年5月下旬であると主張し,証拠(乙29資料59,乙39)によれば,X13医師は,X2のうつ病について,初診時の症状の重篤さから,平成18年初頭には既に重い症状であったと考えられるとの意見を述べていること,X15医師は,X13医師の上記意見を主な根拠として,同年4月以前に発症していた可能性も否定できないと判断したことが認められる。しかしながら,X15医師の上記判断においても,平成18年4月以前の発症の可能性が否定できないことを指摘するにとどまり,これを積極的に肯定するものではなく,上記判断の根拠となったX13医師の意見にしても,初診時の症状の重篤さを根拠として指摘するにとどまる。前記認定事実(4)イのとおり,X1小学校への着任当初,X2は,X1小学校で勤務できることを前向きに受け止めている様子であり,周囲の教諭らのX2に対する評価をみても,X2にうつ病の症状が出現していたことをうがわせる事情は見当たらないから,平成18年4月以前にX2がうつ病を発
症していたとは認めるに足りない。また,証拠(乙29資料60,乙39)によれば,被告東京都支部委嘱の専門医は,X2について,平成18年5月下旬頃から「生きていてもしょうがない」,「死にたい」といった悲観的,抑うつ的な言動がみられることから,この頃にうつ病を発症したものと判断しており,X15医師も上記専門医と同様の判断をしていることが認められる。前記認定事実(4)クのとおり,X2には,平成18年5月後半頃から,抑うつ気分や希死念慮といったうつ病の症状が出現していたことが認められるものの,ICD-10の診断基準によれば,うつ病の症状は少なくとも2週間以上持続することが必要とされており,これらの症状が同月後半頃の時点でどの程度持続的に出現していたかは明らかでない。X2が,同年6月までは,同年5月30日を除き休暇をとることなく勤務し,同月1日から13日の間に行われた家庭訪問も特に問題なく行っていたことも考慮すると,同年5月下旬頃にうつ病を発症していたとは認めるに足りないというべきである。
前記認定事実(4)クからコまでのとおり,X2は,平成18年6月に,同年5月に実施された校内研修レポートを提出することができず,
同月後半には,
「学
校に行きたくない」,「身体がつらい」と訴えるなど,活動性の減退及び易疲労感の増大が認められるようになり,同年7月3日以降,出勤できずに休暇を取得することが増え,同月9日には自殺未遂に及び,同月11日に本件クリニックを受診し,反応性うつ病等と診断されるに至っている。上記のようなX2の症状の経過を踏まえ,被告本部委嘱の専門医がX2のうつ病の発症時期を平成18年6月頃と判断し(乙30),X22医師が同年7月初旬頃と判断していること(甲45)からすると,X2のうつ病発症時期は,平成18年6月末頃から同年7月初旬頃と認めるのが相当である。
4
X2のうつ病発症の公務起因性について
上記のとおり,X2のうつ病発症時期は平成18年6月末頃から同年7月初旬頃と認められるから,以下,認定基準を踏まえ,X2がX1小学校での勤務
を開始した同年4月からうつ病発症までの業務による出来事が,強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象に該当すると認められるか否かを検討する。(1)

学級運営,校務分掌,初任者研修及び研究指定校の準備業務等について前記認定事実(2)ア,ウのとおり,平成18年当時,X1小学校において
は,児童数の増加等に伴い教職員の業務量が増加し,さらに,研究指定校に指定されたため,その準備業務に関わる教職員の負担が増加し,多くの教職員が日常的に残業を行っている状況であったことが認められる。また,初任者研修については,
X2と同期の新任教諭であったX9教諭及びX10教諭
が,
校内研修及び校外研修により授業の準備や進度に支障が出るなどして負担に感じていた旨述べ,X11教諭も,校外研修はそれほど負担ではなかったが,
研修レポートは休日に作成せざるを得ないこともあった旨述べていること(甲28,乙29資料52,証人X92頁から4頁まで)からすると,新任教諭にとっては,日常の学級運営及び校務分掌に加え,初任者研修及び研究指定校の準備業務に従事することは,
相当の負担があったものと認めら
れる。
しかしながら,前記認定事実(2)ア,ウのとおり,平成18年当時は,ほとんどの新任教諭が学級担任を受け持っていたこと,
新任教諭の校務分掌は
他の教諭と比べて軽減されていたこと,
X2は研究発表自体の担当ではなか
ったことが認められる。これに加えて,一般的に,2年生は,1年生や高学年よりも指導しやすい学年とされていること(乙35,証人X52頁),X2以外の新任教諭は,提出期限に遅れることはあっても,初任者研修のレポートを提出できていたこと(乙35)等の事情を考慮すると,上記のような業務に従事することが直ちに強度の精神的又は肉体的負荷を与える事象に当たるとまでは認められない。
(2)

本件クラスでの出来事について


前記認定事実(3)イからエまで,(4)オ,キのとおり,本件クラスにおいては,
X2が担任になって間もない平成18年5月上旬から6月下旬にかけて,児童Hの万引き,上履き隠し及び体操着隠しといった,1年時にはクラス内で発生していなかったトラブルが連続して発生したほか,同年5
月頃には,
児童Hの給食費及び教材費の滞納問題も発生しており,
X2は,
本件クラスでトラブルが続くことに悩んでいたことが認められる。万引き
疑惑についての児童Hの保護者との電話については,
大声で怒鳴られるな
ど激しく抗議された上,
X6副校長やX17主幹でも対応することができ
ず,X5校長が謝罪せざるを得なくなるなど,周囲も巻き込んだ問題になったこと,上履き隠しは少なくとも1か月以上にわたって続いており,単発的な出来事と評価することはできないことも考慮すると,
これらの一連
の出来事は,担任になって間もない新任教諭にとって,相当の精神的負荷を与える事象であったものと認められる。
特に,
X2は児童Hの万引き疑惑についてX5校長から情報を提供され
対応を求められたものである(前記認定事実(3)イ)が,児童の触法行為の疑いという事柄の性質上,
極めて慎重な配慮を必要とし,
確たる根拠が
なければ児童の保護者等から強烈な反発を受けることも容易に予想され,経験の乏しい新任教諭に判断を任せるのは荷が重く,
その対応には上司ら
から手厚い指導が必要であると考えられるところ,
X2に対してそうした
指導が行われた形跡はない。
そして,
X2が児童Hの保護者に接触したと
ころ強烈な反発を受け,
X5校長を謝罪させるなどの事態を招いたという
のであるから,
当該保護者の属性に問題があったと考えられることに加え,
X2の接触の仕方にも経験不足が反映され配慮が足りなかったところがあった可能性が高く,
X2がそこに大きな責任を感じていたと考えるのが
自然である。確かに,その後の経過をみると,実際に万引き事件が発生した後,
児童Hの保護者から謝罪を受け,
給食費及び教材費の滞納問題も解

消されるなど,
X2の精神的負荷を緩和させたと評価すべき事情もないで
はなく,
上履き隠しや体操着隠しといった事件がより深刻ないじめに発展
することはなかったという指摘は可能であるにせよ,
上記一連の出来事に
よる精神的負荷が軽度中程度のものにとどまるとみることには疑問も残・
る。

原告らは,
児童Hが梅の実を食べた件につきX2が管理職から叱責され
たこと,
児童Hの保護者への電話及び夕会での謝罪はX5校長の指示によ
るものであったこと,
X2が児童Hの給食費を立替払いしたことを精神的
負荷を与えた事象として主張するが,
これらの事実を認めるに足りる証拠
はない。前記認定事実(3)イのとおり,X2は,X5校長から児童Hの万引き疑惑を伝えられた後,X17主幹と対応を相談しており(乙29資料57),X2がX7教諭に対して述べた「上司」(前記認定事実(4)オ)とは,X17主幹を指すものとも考えられるが,いずれにしても万引き疑惑に関し電話をかけて対応するようX2に対する具体的な指導があったか否かは定かではない。もっとも,X2に万引き疑惑を伝えた上で対応を求めたことはX5校長も自認するところであり,
X2に生じた精神的負荷
の程度を検討する上で,
その間の経緯を考慮すべきことは上記アで述べた
とおりである。


被告は,X2が夕会で謝罪した事実はないと主張するが,X2は,児童Hの父との電話の後,
「確証をえていない状態で電話をしてしまい‥その
あと保護者や家族を傷つけてしまいました。
校長先生や副校長先生にもご
めいわくをおかけしました。
今後はこのようなことのないようにしようと
思います。などと記載したメモ

(甲9)
を作成していたこと,
X9教諭,
X7教諭及びX18教諭が,
X2が夕会又は職員会議で謝罪した旨述べて
おり
(甲28から30まで,
証人X182頁,
証人X94頁)X16も,

「お手数かけてすみません」,「このようなことがないようにしたいと思
います」
というような発言があった旨述べていること
(証人X1610頁)

X21主幹も,被告東京都支部からの照会に対し,「謝罪の言葉を自主的に言ったかもしれない」
と回答していること
(乙31の3)
等からすると,
X2が夕会で謝罪した事実が認められる。
(3)

長時間労働について
前記認定事実(4)アのとおり,X2は,午前7時30分頃から午前7時50分頃までの間に出勤して授業の準備等を開始し,
午後7時頃から8時
頃までの間に退勤することが多く,
遅いときは午後9時頃に退勤すること
もあったことが認められるから,平均すると,少なくとも1日2時間から3時間程度は法定労働時間である1日8時間を超える時間外労働をしていたものと認められる。そして,平成18年4月から同年6月までのX2の出勤日数をみると,4月が20日,5月が19日,6月が22日であるから(乙29資料8),1日8時間を超える勤務時間の合計は,少なくとも,
4月が40時間から60時間程度,
5月が38時間から57時間程度,
6月が44時間から66時間程度であったと認められる。また,前記認定事実(4)アによれば,X2は,自宅において,文書作成,テストの採点,教材の作成等の作業を,
相当の時間をかけて行っていたことが認められる
が,
その時間の客観的な裏付けとなるのはX2がパソコンで作成した文書の更新日時のみであり,原告らが主張するように,X2がほぼ毎日2時間の自宅作業を行っていたと認めるのは困難である。
そして,
上記認定の校内における勤務時間に加え,X2が自宅でも相当
程度の時間をかけて作業を行っており,
自宅での作業は深夜に及ぶことも
あったことを考慮すると,
時間外勤務による精神的・肉体的負荷が小さい
とはいえないものの,
時間外勤務のみで強度の精神的・肉体的負荷があっ
たとまでは認められない。


原告らは,X2の勤務終了時刻について,時刻を特定できる証拠がある日を除き,平成18年4月6日以前は午後9時,同月7日以降は午後8時であると主張するところ,前記認定事実(4)アのとおり,X2の勤務終了時刻が午後8時又は午後9時になることもあったとは認められるものの,警備日誌(乙13)によりX2が平日午後8時から午後9時までの間に退勤していた事実を確認することはできず
(最終退出者の退勤時刻も午後9
時より相当前の時刻とされている日も警備日誌上散見される。),X14が,陳述書(乙29資料53)において,X2の自宅への帰宅時間が午後8時頃から午後9時頃であった旨述べていることからしても,
X2が毎日
のように午後8時又は午後9時まで残業をしていたとは認められない。ま
た,原告らは,休憩時間は5分程度しかとれなかったと主張するところ,証拠(乙29資料57)によれば,X2を含む教員の多くが,児童の指導や提出物・プリント等の整理で,1日2回の休息時間に十分な休息がとれない状況であったことは認められるものの,
45分の休憩時間のうち毎日
5分程度しか休憩が取れなかったことを認めるに足りる証拠はない。他方,被告は,X2の勤務開始時刻について,平成18年6月7日を除き午前8時15分であると主張するが,X2のノートには「7:50には学校に来ているように」
との記載があり,
午前7時50分までには出勤す
るように指導されていたことが認められること(乙29資料45),X14は,
X2が午前7時30分頃には出勤していた旨供述していること
(甲
22,証人X147頁),X7教諭も,X2を含む教員は午前7時30分頃には出勤して授業の準備等をしていた旨供述していること
(甲29)

らすると,
上記のとおり,
午前7時30分頃から午前7時50分頃には勤
務を開始していたと認められるというべきである。また,被告は,勤務終了時刻について,X5校長作成の報告書(乙12)に基づき,警備日誌等の資料により確認できる日を除き,
午後5時であると主張するが,
警備日

誌には,
原則として最終退出者のみが記載されることになっている上,

備員から教職員に引継ぎをした旨が記載されて最終退出者及び最終退出時刻の記載がない日もあるから,
警備日誌の最終退出者欄にX2の氏名が
記載されていなかったとしても,
X2が午後5時に退勤していたとは認め
られない。さらに,被告は,自宅での作業は時間外勤務とは認められないと主張するが,前記のとおり,当時のX1小学校は,新任でない教員も含め,
多くの教職員が日常的に残業を行っている状況であり,
X9教諭やX
18教諭は,
新任当時は自宅でも作業をしていた旨供述していること
(甲
28,30,証人X187頁),本件クラスでは平成18年5月上旬から6月下旬にかけて万引き事件等のトラブルが連続して発生しており,その
対応等でX2の業務量は更に増加していたと考えられることから,X2に
は,
自宅でも相当程度の作業をせざるを得ない事情があったと認められるというべきである。したがって,X2の時間外労働の精神的・肉体的負荷の程度を評価するに当たっては,
自宅での作業の存在も加味して評価する
のが相当である。
(4)

職場等の支援が不足していたこと等について
前記認定事実(3)アからウまでのとおり,X2は,本件クラスで問題が発
生したときには,X5校長やX7教諭らに相談し,一定の指導,援助を受けていたことが認められるが,X2は,本件クラスの問題について,X5校長から叱責されることが多いとの悩みを同期の教諭らに打ち明けており(前記認定事実(4)キ),うつ病発症後の診療記録上もX5校長からのプレッシャーに言及しつつ,繰り返し復職を強く希望していたこと(乙29資料50・7,8枚目)からすると,X5校長への報告,相談等をかえって精神的負担に感じていたことが認められる。また,本件クラスで上履き隠しが発生した際には,当日にX7教諭ら2年生の担当教員がX2とともに校内を探した程度で,X2が指導しても上履き隠しが1か月以上続いてい
たのに,その後,何らかの支援が行われたとは認められず,X7教諭も,本件クラスの問題について,2年生の担当教員によるX2への支援が十分できていなかった旨述べている(甲29)。さらに,校外における初任者研修において,指導担当者から,「病休・欠勤は給料泥棒」,「いつでもクビにできる」との趣旨の発言があり,X9教諭やX10教諭は上記発言により,休職すると不採用になるので休めないとのプレッシャーを感じた旨述べている(甲28,乙29資料52,証人X91頁から2頁)。X2が平成18年10月のX5校長との面談において,休職した場合に教員を続けられるのか不安に思っている様子を見せ,勤務継続を強く希望していたこと,X18教諭に対しても「新任だから休職できない」旨述べていていたことからすると,
X2は上記研修時の指導担当者の発言に影響を受け,
体調いかんにかかわらず学校を休めず,業務を遂行しなければならないとの観念を植え付けられ,この点について相当程度強い精神的負荷がかかっていたものと推認するのが相当である。
以上によれば,平成18年4月から6月までの当時,学校等によるX2への支援が十分に行われていたとは認められず,かえって,上記研修時の指導担当者の発言も含めて周囲の態勢からX2には相当程度の精神的負荷がかかっていたものとみるべきである。
(5)

うつ病発症の公務起因性について
以上のとおり,
X2のうつ病発症前に発生した業務上の出来事について
は,それぞれの出来事を個別に評価すると,強度の精神的・肉体的負荷を与える事象に当たると直ちには認められないが,
それに相当することを疑
わせるものも含まれており,これらの出来事は,X2の勤務開始直後である平成18年4月から,同年6月頃という短期間のうちに,連続して発生したものであり,かつ,それぞれの出来事は,初めて学級担任を受け持った新任教諭にとって,
少なくとも相当程度の精神的又は肉体的負荷を与え

るものであったと認められる。そして,これらの出来事により精神的・肉体的負荷を受けていたX2に対し,
学校等において十分な支援が行われて
おらず,かえって,その負荷を倍加させかねない発言もあったことを考慮すると,これらの出来事は,全体として業務による強い精神的・肉体的負荷を与える事象であったと認めるのが相当である。
そして,本件全証拠によっても,X2が,業務以外の負荷及び個体側要因によりうつ病を発症したとは認められないから,X2のうつ病は,公務に起因して発症したものであると認められる。
5
X2の自殺の公務起因性について
ICD-10のF0からF4までに分類される多くの精神疾患では,その病
態としての希死念慮が出現する蓋然性が高いと医学的に認められるため,公務
に起因して精神疾患を発症した者が自殺を図った場合には,
当該精神疾患によ
って正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で自殺が行われたものと推定される(認定基準)。
上記のとおり,X2のうつ病(反応性うつ病又はうつ病エピソード)発症は公務に起因すると認められるところ,
反応性うつ病もその病態として希死念慮
が出現する蓋然性が高いものと認められるから,いずれにしても,X2の自殺については,うつ病によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,又は自殺行為を思いとどまる精神的な抑制力が著しく阻害されている状態で行われたものと推定される。
前記認定事実(4),(7)によれば,X2は,うつ病発症後,一旦病気休暇を取得したものの,静養が不十分なまま,うつ病が治癒しない状態で復帰して,再び業務による負荷を受けるに至ったものであり,
業務以外の負荷要因があった
ことを認めるに足りる証拠はないから,X2の自殺について,上記推定を覆すに足りる事情は認められず,X2の自殺には公務起因性が認められる。
第4

結論
よって,原告らの請求は理由があるからこれを認容することとし,主文の
とおり判決する。
東京地方裁判所民事第36部

裁判長裁判官

吉田徹
裁判官澤田順子及び裁判官水倉義貴は差支えのため署名押印することができない。

裁判長裁判官

吉田徹
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