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新株発行差止仮処分命令申立事件
事件番号平成29(ヨ)20068
事件名新株発行差止仮処分命令申立事件
裁判年月日平成29年7月18日
法廷名東京地方裁判所
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平成29年(ヨ)第20068号

新株発行差止仮処分命令申立事件

決定主文1
本件申立てをいずれも却下する。

2
申立費用は債権者らの負担とする。
事実及び理由

第1

申立て
債務者が平成29年7月3日の取締役会決議に基づいて現に発行手続中の普通株式4800万株の発行を仮に差し止める。

第2
1
事案の概要等
事案の概要
本件は,債務者の株主である債権者らが,公募増資の方法で行う前記第1記載の普通株式の発行(以下「本件新株発行」という。)は「株式の発行(中略)が著しく不公正な方法により行われる場合」(会社法210条2号)に該当し,これによって債権者らが「不利益を受けるおそれがある」(同条柱書)として,本件新株発行を仮に差し止めるよう求める事案である。

2
前提事実
当事者

債務者は,昭和15年3月30日に設立され,石油精製及び油脂製造業等を目的とする株式会社であり,その発行済株式総数は1億6000万株であって,平成18年に東京証券取引所第一部に上場されている(疎甲3,疎乙9)。
債務者の平成25年3月期から平成29年3月期までの連結の経常利益又は経常損失は,次のとおりである(疎甲32)。
平成25年3月期

約1091億2200万円

平成26年3月期

約819億2100万円





平成27年3月期
平成28年3月期

△約219億0300万円

平成29年3月期

△約1076億1800万円

約1399億6800万円

債権者B及び同Cは,同Aの子であり,これら3名は,自らが債務者の創業家であると名乗って活動している。債権者日章興産の代表者は同B,同文化福祉財団及び同美術館の代表者はいずれも同Aである。(疎乙37)
債権者らは,いずれも債務者の株主であって,その保有する株式数は次の
ないし

記載のとおりであり,保有合計株式数は5427万2400

株であって,発行済株式総数の約33.92パーセントに相当する(疎甲1,疎乙37)。
債権者日章興産

2712万株

債権者A

192万8000株

債権者B

241万6000株

債権者C

241万6000株

債権者文化福祉財団

1239万2400株

債権者美術館

800万株

本件新株発行に係る取締役会決議の概要等
債務者は,平成29年7月3日,取締役会において,次のとおり公募による株式を発行する旨の決議を行い,その旨を公表した(疎甲4)。ア
募集株式の種類及び数
次の

ないし

の合計による普通株式4800万株

国内一般募集における国内引受会社による買取引受けの対象株式として普通株式3360万株
海外募集における海外引受会社による買取引受けの対象株式として普通株式813万9200株





海外募集における海外引受会社に付与する追加的に発行する普通株式を買い取る権利の対象株式の上限として普通株式626万0800株イ
払込金額の決定方法
日本証券業協会の定める有価証券の引受け等に関する規則25条に規定される方式により,平成29年7月12日から同月19日までの間のいずれかの日(以下「発行価格等決定日」という。)に決定する。


増加する資本金及び資本準備金の額
増加する資本金の額は,会社計算規則14条1項に従い算出される資本金等増加限度額の2分の1の金額とし,計算の結果1円未満の端数が生じたときは,その端数を切り上げる。また,増加する資本準備金の額は,当該資本金等増加限度額から増加する資本金の額を減じた額とする。

募集方法
国内及び海外における同時募集とする。
各募集における発行価格(募集価格)は,日本証券業協会の定める有価証券の引受け等に関する規則25条に規定される方式により,発行価格等決定日の株式会社東京証券取引所における債務者普通株式の終値(当日に終値のない場合は,その日に先立つ直近日の終値)に0.90から1.00を乗じた価格(1円未満端数切捨て)を仮条件として,需要状況等を勘案した上で,発行価格等決定日に決定する。
国内一般募集及び海外募集のジョイント・グローバル・コーディネーターは大和証券株式会社(以下「大和証券」という。)及びJPモルガン証券株式会社とする。


申込期間(国内一般募集)
発行価格等決定日の翌営業日から発行価格等決定日の2営業日後の日までとする。


払込期日





平成29年7月20日から同月26日までの間のいずれかの日。ただし,発行価格等決定日の5営業日後の日とする。

申込株数単位

100株


今回調達資金(手取概算額合計上限1385億3300万円)の使途255億円を,平成32年3月末までに,債務者関連会社であるニソン
リファイナリー

アンド

ペトロケミカル

LLC,債務者海外子会社

である出光ルブテクノインドネシア及び出光ルブインド,債務者及びクウェート国際石油による合弁会社であるIdemitsuQ8PetroleumLLC並びに債務者及び台塑石化股份有限公司による合弁会社である台塑出光特用化学品股份有限公司への各投融資資金に充当
合計112億2000万円を,平成32年3月末までに,愛知製油所におけるC8スプリッター(蒸留塔),有機EL材料関連製造装置及び新規地熱事業地域の調査活動用機器等の債務者設備投資資金に充当合計155億円を,平成32年3月末までに,有機EL材料の開発・用途の拡大,並びに固体電解質の工業化実証設備等の先進技術分野における債務者研究開発資金に充当
残額を,平成30年3月末までに,債務者が昭和シェル石油株式会社(以下「昭和シェル」という。)の株式取得を行った際に金融機関より借り入れた短期借入金1590億円の返済資金の一部に充当
その後,債務者は,平成29年7月12日(発行価格等決定日),本件新株発行に係る国内一般募集の申込期間を同月13日~同月14日,払込期日を同月20日,発行価格を2489.36円と定めた(債権者ら提出に係る平成29年7月12日付け上申書添付の有価証券届出書の訂正届出書)。3
本件の争点は,被保全権利の有無(①本件新株発行は「著しく不公正な方法」(会社法210条2号)により行われる株式の発行に該当するか否か,②債権者らは本件新株発行により「不利益を受けるおそれがある」(同条柱書)




か否か)及び保全の必要性の有無であり,争点に関する債権者らの主張要旨は別紙1に,債務者の主張要旨は別紙2に,それぞれ記載のとおりである。なお,債務者は,本件における2回の審尋期日を終え,裁判所の要請により上記主張要旨(別紙2)を提出した後になって,債権者らは,社債,株式等の振替に関する法律154条3項所定の通知(以下「個別株主通知」という。)の申出をし,その申出に係る個別株主通知がされたことを主張疎明しておらず,実際にも,債権者らに係る個別株主通知は債務者にされていないから,債務者に対してその株主であることを対抗できない結果,本件の当事者適格(申立適格)を欠く旨主張した(以下,これらの主張を「本件追加主張」という。)。第3
1
当裁判所の判断
本件追加主張について
一件記録によれば,次のア,ウの各事実が一応認められ,イの事実は当裁判所に顕著である。

債権者らは,平成29年7月4日,新株発行差止仮処分命令申立書を提出して本件申立てを行い,同月10日までに主張書面

ないし

を提出し

たが,これらの書面において,自らがいずれも債務者の株主である旨主張した。
他方,債務者は,平成29年7月5日答弁書を提出し,同月10日第1準備書面を提出したが,これらの書面において,債権者らが債務者の株主であるとの債権者らの主張を争うことを明らかにしないのみならず,実際の議決権行使比率約87.8パーセント(ただし,平成28年定時株主総会における取締役選任議案に関するもの)を考慮した場合の「債権者らの議決権割合は,本件公募増資後も29.74%である。」などと主張し(答弁書34頁),債権者らの主張する債権者らの本件新株発行前後の議決権比率自体については特段の異論を述べていなかった。

本件に係る審尋期日は平成29年7月7日及び同月10日の2回行われ,




第2回審尋期日において,当裁判所は,当事者双方に対し,これ以上の主張や書証の追加提出がないことを確認するとともに,当事者双方に対し,主張の要旨を記載した書面を同月12日午前10時までに提出すること(仮に追加の主張や書証がある場合には同日時までに提出すること)につき協力を求めた。債権者ら及び債務者は,これに従い,同月12日,それぞれの主張の要旨を記載した書面(別紙1,2)を提出したが,債務者が提出した別紙2中には,対抗要件や当事者適格の欠缺の主張はなかった。ウ
債務者は,平成29年7月13日第2準備書面を,翌14日第3準備書面をそれぞれ提出し,本件追加主張を行った。
上記

の事実によれば,債務者は,債権者らが債務者の株主であるとの債
権者らの主張を争うことを明らかにしないばかりか,かえって,債権者らが債務者の株主であることを前提とした主張を行っており,債権者らの上記主張について黙示的に自白したとも評価し得る手続追行を行っていたこと,平成29年7月10日の第2回審尋期日においても,これ以上の主張や書証の追加提出がある旨を申し出ることなく,同月12日に提出した主張の要旨を記載した書面(別紙2)においても,株式譲渡に係る対抗要件や当事者適格の欠缺の主張はなかったこと,同月13日に至って初めて本件追加主張を行ったことが認められ,債務者は,突如として従前の手続追行と矛盾する態度に出たものである。
そして,一件記録中には,債務者が遅くとも第2回審尋期日までに本件追加主張を行うことが困難であったことを窺わせる事情は見当たらないのみならず,本件新株発行の払込期日は平成29年7月20日であり(前記前提事実),本件審理に費やすことのできる期間が限られているにもかかわらず,標準的な通知日程によれば個別株主通知は申出日の4営業日後に発行会社に通知される(疎甲53)ことからすれば,債権者らが本件追加主張後に個別株主通知の申出をしても,実際上間に合わないおそれが高い。





これらの事情を総合すれば,債務者が本件追加主張をすることは,従前の債務者の手続追行を前提として審理を進めていた裁判所や主張立証活動をしていた債権者らの信頼を裏切り,債権者らを不当に不利益な立場に置くものであって,手続上の信義則(民事保全法7条,民事訴訟法2条)に反し,許されない。
したがって,債務者の本件追加主張を採用することはできず,他に債権者らの当事者適格(申立適格)に疑いを生じさせる事情はないから,債権者らは本件について当事者適格(申立適格)を有するというべきである。2
認定事実
前記前提事実,証拠(各認定事実末尾に記載のもののほか,疎乙9,23の1・2,40)及び審尋の全趣旨を総合すれば,本件における事実経過について,次の事実が一応認められる。
昭和シェルとの経営統合をめぐる債権者らと債務者との従前の対立と昭和シェルの株式取得等

債務者は,平成27年7月30日,昭和シェルの株式1億2526万1200株を1株当たり1350円で取得する旨の取締役会決議を行い,その旨,及び,債務者が昭和シェルと対等の精神で経営統合を目指す意向であること,昭和シェルとの間で,経営統合に向けての本格的な協議を進める合意が成立していることなどを公表するとともに,同日頃,債権者らに対し,債務者と昭和シェルとの経営統合に関する説明をした(疎甲21)。

これに対し,債権者Aの代理人である浜田卓二郎弁護士(以下「浜田弁護士」という。)は,平成27年12月17日付けで債務者の代表取締役社長D(以下「D」という。)に対し,合併の必要性に関する疑問や合併により大株主が所有する株式が希薄化することについての懸念,債務者が昭和シェルの株式を購入することを取りやめることが最善の策である旨の意見,及び創業家から債務者へ取締役1名を参加させるとの要望等が記載




された文書を送付した(疎甲24,疎乙36)。

債務者は,平成28年1月29日,債権者Aらと面談し,債務者の経営環境や業界再編の必要性を説明して今後も合併問題につき継続して協議することを合意したが,同年5月23日,債権者A,同B及び同Cの代理人である浜田弁護士から,昭和シェルとの合併に反対するなどと記載された文書の送付を受けたため,同年6月9日,再度債権者Aらと面談して,従前の経緯等を説明したが,債権者Aらからは株式希薄化等の問題から合併には反対である旨の意見が述べられた(疎甲24)。


こうした中,債務者は,平成28年6月28日,第101回定時株主総会を開催し,Dら10名の取締役の選任議案を提出し,いずれも可決されたが,債権者らが反対したこともあって,その賛成の割合はDが約52.3パーセントであり,その余の取締役も約58.8~60.7パーセントであった(疎甲6)。


債務者は,平成28年7月11日,債権者Aらと面談し,改めて経営統合検討の背景・意義等を説明したが,債権者らから再度,合併に反対する旨の意見が述べられ,今後も協議を継続するとの合意をして終わったものの,同年8月3日,債権者Aの代理人である浜田弁護士らから,債務者に昭和シェル株式の取得を断念させるために債権者Aが市場において昭和シェル株式40万株を取得したこと,債権者Aは債務者と昭和シェルの経営統合に反対する意向であること,債務者代表者からは債権者らの同意を得られなければ合併しない旨の発言が得られていることなどを記載した文書(疎乙23の2・資料2)が公表されたため,同月15日,債務者が昭和シェルとの経営統合を決断した背景及び理由には十分な合理性があり,適切な意思決定プロセスを経ている旨を確認したことなどを公表した(疎甲24)。


債務者は,平成28年12月19日,取締役会の決議を経た上,ロイヤ




ル・ダッチ・シェルの子会社から,昭和シェルの株式1億1776万1200株を代金1589億7800万円(1株当たり1350円。債務者が取締役会で昭和シェル株式の取得を決議した平成27年7月30日の前日の同株式の市場株価の終値は1株1102円であり(疎甲28),上記取得価格は,当時の市場株価よりも相当程度高いものであった。)で買い受ける株式譲渡契約を締結した(以下,この株式取得を「本件株式取得」という。疎甲16)。

その後,債権者日章興産,同A,同B及び同Cの代理人である鶴間洋平弁護士(以下「鶴間弁護士」という。)は,平成29年3月28日,債務者に対し,債務者と昭和シェルとの経営統合の必要性について債務者から数度にわたり説明を受け,同月15日にも説明を受けたものの,経営統合に反対する考えに変わりはなく,経営統合が株主総会の特別決議により承認される見込みがないことを前提として,経営戦略を早急に策定し遂行するよう求める旨の申入書を送付し,さらに,同年6月5日付けで債務者の株主に対し,Dら5名の取締役は,債務者の株主や従業員等の利益を損なう経営統合を主導し,昭和シェルの株式を時価よりも高額な対価で取得したことから,取締役としての責任を追及されるおそれがあり,これを回避するため今後も経営統合を無理に進行させる危険があるなどとして,債権者らは同月29日に開催される債務者の定時株主総会においてDら5名の取締役選任議案に反対する意向であるので,これに賛同してほしいなどと記載した書簡を送付した(疎甲5の1・2)。


債務者は,平成29年6月29日,第102回定時株主総会を開催し,Dら12名の取締役の選任議案を提出し,いずれも可決されたが,鶴間弁護士が選任に反対するよう呼びかけたDら5名の取締役の賛成の割合は,債権者らが反対したこともあっていずれも約61.1~61.3パーセント程度であった(その余の7名の取締役の賛成の割合は,いずれも約98.




1~98.4パーセントであった)(疎甲7)。
本件株式取得のための資金調達

債務者は,平成27年8月6日,株式会社三井住友銀行(以下「三井住友銀行」という。)との間で,債務者が1700億円を限度額として個別の貸付けを申し込み,貸付実行日の1年後の日(当該日が営業日以外の日に該当する場合にはその翌営業日)を弁済日とする旨の契約(本件ブリッジローン契約)を締結した(疎乙30の1別紙)。


債務者は,平成27年11月12日,昭和シェルとの間で,合併を基本方針とする経営統合に関する基本合意書を締結し,同日,その旨を公表した(疎甲23)。


債務者は,平成28年3月31日,本件ブリッジローン契約による借入金の借換資金の調達のため,株式会社日本政策投資銀行等の5つの金融機関(以下「本件劣後ローン貸付金融機関」ということがある。)から合計1000億円を借り入れる旨の劣後特約付金銭消費貸借契約(本件劣後ローン契約)を締結した。本件劣後ローン契約は,実行日を同年6月30日とすること,上記金融機関が貸付義務を負う前提として,実行日の●●●●前の日まで及び実行日において債務者による昭和シェル株式の取得(本件株式取得)が実行されることが合理的に見込まれると貸付人が判断できることが条件となること,この前提条件が成就していない場合,債務者は,実行日の延期について協議を申し入れることができ,契約当事者及びエージェントが合意した場合には実行日を変更できることなどが規定されていた。(疎乙31の1)


債務者は,平成28年6月17日,公正取引委員会の企業結合審査が継続中であるとして,昭和シェル株式の取得時期を同年9月中に,統合会社発足日を平成29年4月1日にそれぞれ変更する旨公表するとともに,平成28年6月22日付けで,本件劣後ローン貸付金融機関との間で,本件




劣後ローン契約の実行日を同年9月30日に変更する旨の契約を締結した(疎乙23の2・資料1,31の2)。
債務者が平成28年6月28日関東財務局長に提出した有価証券報告書にも,債務者が同年9月中に昭和シェルの株式を取得する予定であり,代金は本件劣後ローン契約により賄う旨が記載されている(疎甲18)。オ
債務者は,平成28年9月7日,公正取引委員会の企業結合審査が継続中であるとして,昭和シェル株式の取得時期を同年10月~11月に変更する旨公表するとともに,同月29日付けで,本件劣後ローン貸付金融機関との間で,本件劣後ローン契約の実行日を同年12月30日に変更する旨の契約を締結した(疎乙23の2・資料3,31の3)。


さらに,債務者は,平成28年11月に入っても公正取引委員会の審査が完了する見込が立たなかったことから,同月14日,公正取引委員会の企業結合審査が継続中であるとして,昭和シェル株式の取得時期を同年12月~平成29年1月に変更する旨公表した(疎乙23の2・資料4)。債務者は,これと並行して,本件劣後ローン貸付金融機関との間で,本件劣後ローン契約の実行日の変更につき協議を行ったが,同金融機関側から要請された期限である平成28年11月末までに検討資料を提出できなかったなどの理由から,同協議は物別れに終わり,結局,実行日の変更はできなかった。


債務者は,平成28年12月16日,本件ブリッジローン契約に基づき,三井住友銀行から1690億円を借り入れ,これにより,同月19日本件株式取得を行った(同借入金の弁済期は,平成29年12月18日である。)(疎甲19,疎乙30の2)。
なお,債務者は,本件株式取得における株式取得数の減少に伴い売買代金額も減少したため,平成28年12月22日,三井住友銀行に対し,100億円を弁済した結果,本件ブリッジローン契約の借入金元本は159




0億円となった。

公正取引委員会は,平成28年12月19日,債務者に対し,排除措置命令を行わない旨の通知をした(疎乙32)。
しかし,本件劣後ローン契約の実行日は前記のとおり平成28年12月30日のままであり,債務者は,その●●●●に前記前提条件を充足することができなかったため,結局,同契約上の貸付実行を受けられなかった。

債務者の平成29年2月7日付け「平成29年3月期

第3四半期決算

短信〔日本基準〕(連結)」と題する文書には,債務者が平成28年12月19日に昭和シェル株式を借入金により取得した旨及び同借入金を劣後特約付シンジケートローンによって借り換える予定である旨の記載がされている(疎甲20)。
しかし,実際には,債務者は,平成29年2月頃から本件劣後ローン貸付金融機関との間で,新たな劣後ローン契約の締結に向けた交渉を開始したが,昭和シェルとの早期の経営統合の実現が困難になったと見込まれることを理由として,同金融機関側から,本件劣後ローン契約の金利●●●●よりも●●●●金利を提示され,さらに,新たな組成費用として貸付金額の●●●●,金融機関のローンへの参加・検討費用として貸付金額の●●●●の支払を要請された。これによると,債務者は,本件劣後ローン契約で借換資金を調達する場合に比して数十億円のコストが増加することとなるため,本件劣後ローン貸付金融機関に対して貸付条件の再考ないし緩和を要請したが,同金融機関から受け入れられなかったため,今日に至るまで新たな劣後ローン契約を締結するに至っていない。
本件新株発行により調達される資金の使途に関する記載
本件新株発行により調達される資金(手取概算額合計上限1385億3300万円)の使途については,債務者が,平成29年6月7日付けで大和証券ほかに対して提出した引受審査資料,及び同年7月3日関東財務局長に対




して提出した有価証券届出書の中に,前記前提事実

クと同様の記載がある。

債務者におけるこれまでの公募増資の検討状況

債務者は,平成24年4月頃,平成25年~平成27年に係る第4次連結中期経営戦略の策定に向けて中期的な財務戦略を検討する中で,平成30年度末の数値目標を,自己資本比率40%以上,ネットD/E(有利子負債から現金や預金,短期有価証券など容易に現金化できる資産を控除した額を自己資本で除することで算出される,負債の返済能力に関する指標)0.5以下とした上で,強固な財務基盤を構築するための財務改革として,第4次連結中期経営戦略の出発点である平成24年度後半に800億円以上の規模で公募増資を行うことを検討したが,結局,同年度後半に公募増資を実施することはなかった(疎乙1の1・2,10の1)。

債務者は,平成25年2月6日付けで●●●●から,同年5月から6月にかけて800万株から1000万株程度を発行する旨の公募増資の提案資料を受領したため,これを検討したが,結局,その頃に公募増資を実施することはなかった(疎乙2)。


債務者は,平成25年7月17日,●●●●から,同年10月中を募集期間とする株式の発行等について記載された提案資料を受領したため,これを検討したが,結局,その頃に公募増資を実施することはなかった(疎乙17)。


債務者は,その後,平成26年4月1日開催予定の取締役会において●●●●の新株を発行する旨の決議をすべく公募増資の検討を進め,同年3月頃,債権者Aに対し,株式を発行する旨の説明をした。これに対し,債権者Aは,債務者の取締役(以下,債務者の取締役の全部又は一部を「債務者経営陣」ということがある。)に債権者Aの子息を選任することを早急に検討することなどの申入れを行い,これを前提として,公募増資の受渡日後一定期間保有株式を売却しないことを約する書面に署名する旨記載




された「申入れ事項」と題する書面を提出した。しかし,結局,その頃に公募増資が実施されることもなかった。(疎乙18,39)
本件新株発行が債権者らの持株比率に与える影響
本件新株発行において,海外引受会社が前記前提事実


の権利を全て

行使した場合,債権者らが新たに株式を取得しなければ,債権者らの持株比率は,約26.09パーセントとなる。
この場合に,債権者らが現在の持株比率を維持するためには,本件新株発行の際に約470億円を払い込む必要がある。そして,公表されている資料によれば,債権者日章興産は平成28年6月30日時点で約70億円の流動資産を有し,同文化福祉財団は同年3月31日時点で約26億円の現預金を有し,同美術館は同日時点で約2億円の現預金を有している。(疎乙34の1~3)
3
本件新株発行は「著しく不公正な方法」(会社法210条2号)により行われる新株の発行に該当するか否かについて
会社法210条2号所定の「著しく不公正な方法」による募集株式の発行とは,不当な目的を達成する手段として株式発行が利用される場合をいうと解されるところ,会社の支配権につき争いがあり,現経営陣が,支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ,もって自らの支配権を維持・確保することなどを主要な目的として新株発行をするときは,当該株式発行は不当な目的を達成する手段として行われる場合に当たるというべきである。そこで,本件において,会社の支配権につき争いがあるか,債務者経営陣は自らの支配権を維持・確保する目的で新株発行をしたかにつき検討する。ア
前記前提事実及び認定事実によれば,もともと債権者らの保有株式数は合計で発行済株式総数の約33.92パーセントであって,債権者らが一体となって議決権を行使すれば,それだけで株主総会の特別決議案件を否決し得る状況にあったこと,債権者らとDら債務者経営陣との間において




は,株主総会の特別決議を要する昭和シェルとの合併(会社法309条2項12号,783条1項,795条1項,804条1項)を前提とする経営統合の当否について,激しい意見の対立があり,平成27年12月以降協議を継続してきたが,債権者ら代理人鶴間弁護士が,平成29年3月同経営統合に反対する旨を宣言し,同年6月5日債務者の株主に対し,同月29日に開催される定時株主総会においてDら5名の取締役の選任に反対するので賛同するよう要請する書簡を送付するに及んで,対立は決定的となったこと,同定時株主総会においては,鶴間弁護士が選任に反対する意向を示していた5名の取締役の選任議案は,約61パーセントの賛成をもって可決されたこと(その余の債務者取締役7名の選任議案は,98パーセント超の賛成をもって可決された。)が認められ,これらの事情を総合すれば,本件においては,昭和シェルとの合併を前提とする経営統合の当否を中核として,債権者らとDら5名の取締役とは,それぞれを支持する株主を巻き込んで,実質的に債務者の支配権を争う関係にあったものと一応認定するのが相当である。

さらに,前記前提事実及び認定事実によれば,債権者らは,特別決議事項である合併が議案となった場合には,一体となって議決権を行使すれば,それだけで同議案を否決できる立場にあったこと,債権者らは,第102回定時総会に向けて債務者の株主に対し,Dら5名の取締役の選任議案に反対するよう要請する書簡を送付するなど,昭和シェルとの合併を前提とする経営統合に一貫して強く反対してきたこと,債務者経営陣は,自らが選任された同定時株主総会の直後である平成29年7月3日本件新株発行を決議し,同月12日にはその払込期日を同月20日,発行価格を2489.36円と定めたこと,本件新株発行により,債権者らの合計持株比率は最大で約26.09パーセントまで低下すること,債権者らが同持株比率を維持するためには,本件新株発行の際,最大で約470億円を払い込




まなければならず,当該払込みをしなければ,少なくとも本件新株発行直後において,債権者らの合計持株比率は現在よりも相当程度低下することになること,債権者日章興産,同文化福祉財団及び同美術館の流動資産及び現預金は,公表されている資料によれば約98億円であり,これと上記約470億円の資金との差額を準備することは,個人にとっても法人にとっても通常困難又は不可能であること,Dら債務者経営陣は,既に多額の出捐をして,市場株価よりも高い金額で昭和シェル株式を取得しており,昭和シェルとの合併を前提とする経営統合が成立しなかった場合には,当該取得を決議した取締役らが責任追及をされる可能性もあることが認められ,これらの事情を総合すれば,Dら債務者経営陣の全部又は一部には,本件新株発行をするに当たり,現時点で昭和シェルとの合併を前提とする経営統合に頑強に抵抗する債権者らの持株比率を相当程度減少させ,その後の債権者らとの交渉等を円滑に進めるなどし,株主を巻き込んだ債務者の支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的が存在したものと一応推認するのが相当である。そして,このような目的は,会社法が本来取締役会に新株発行権限を付与した趣旨とは異なるものである上,同目的のとおりに昭和シェルとの経営統合が成功した場合には,Dら債務者経営陣に取締役としての善管注意義務違反があったとしても,債務者の株主からの責任追及を受ける可能性を低下させるものであることからすると,一種の権限濫用行為を誘発する不当な目的であるというべきである。

もっとも,本件新株発行は公募増資の方法により行われるものであることは前記前提事実記載のとおりであるところ,一般論として,①公募増資においては,割当先が取締役の意思とは無関係に決定され,割当先が取締役の意向に沿って議決権を行使する保証はないこと,②取締役に反対する株主や第三者も株式の割当を受ける可能性があること,③取締役に反対す




る株主が,公募増資後,株式市場に売りに出された株式を取得する可能性も否定できないことからすると,第三者割当増資の場合に比して,取締役に反対する株主らの支配権を減弱させる確実性は弱いものと考えられる。また,一件記録を精査しても,本件新株発行後,直ちに株主総会が開催され,昭和シェルとの合併が特別決議事項として議題となることを窺わせる証拠はない。
そうすると,Dら債務者経営陣の全部又は一部には上記イ記載の目的が存在したものと一応推認されるものの,当該目的が本件新株発行の唯一の又は主要な目的であるか否かを判断するに当たっては,上記のような制約ないし事情を考慮する必要があるものというべきである。
債務者の資金調達の必要性・合理性

債務者は,本件新株発行は債務者の財務体質改善等を目的とする旨主張し,①債務者はかねてより公募増資を実行しようとしていたが,環境等が整わなかったため実行できずにいたところ,原油価格の上昇や業績の向上もあって株価が高水準で推移するなど,公募増資に適した状況に至ったことから,平成29年2月に債務者内部での検討を開始し,同年4月からは引受証券会社等の第三者も関与した検討を行い,同年7月3日に本件新株発行の決議を行うに至ったこと,②本件新株発行による調達資金のうち522億2000万円を戦略投資に充て,残りを,平成29年12月18日弁済期が到来する昭和シェル株式取得のための本件ブリッジローン契約による借入金1590億円の一部の返済に充てる予定であることなどを主張する。


前記認定事実によれば,債務者は,遅くとも平成24年までには財務体質の改善の必要性を認識して公募増資を検討課題とし,平成24年後半から平成26年にかけて証券会社を交えて公募増資の実行を検討したが,結局,これを実施するに至らなかったことが認められる上,平成29年3月




期には業績が改善し,株価も高水準で推移していること(疎乙9,33の1~3)など,債務者の主張に沿う事実が一応認められる。
もっとも,前記

イにおいて認定・説示したとおり,Dら債務者経営陣

の全部又は一部には,株主を巻き込んだ債務者の支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的が存在したと一応認められるのであるから,債務者は本件新株発行計画の策定の経緯やその合理性につき十分な説明をする責務を負うというべきであって,前記のような一般的な財務体質改善の必要性や外的要因の存在のみをもって,債務者が本件新株発行により資金を調達する必要性・合理性があったということはできない。また,本件新株発行により調達した資金の使途について,引受審査資料(疎乙19)及び有価証券届出書(疎乙21)に債務者の主張に沿う記載があることは,前記認定事実記載のとおりであるが,それのみでは上記説明としては不十分である。
そこで,債務者が主張する資金使途ごとに,本件新株発行によって資金調達をする必要性・合理性があるか否かを検討することとする。

債務者が主張する資金使途ごとの検討
戦略投資

ニソンプロジェクト
証拠(疎乙13,20,21)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は,ベトナムのニソン経済区における製油所及び石油化学コンプレックスの建設及び運営等の事業をニソンプロジェクトと称し,これを行うため,平成20年4月には複数の企業と合弁会社を設立し,平成25年6月4日には,商業運転開始までの費用に充当するため,最大約14億米ドル(約1400億円)の出資及び貸付けを行うこととし,平成29年3月末までに1206億9000万円を支出したこと,同建設工事は同年4月末に完工したことが一応認められる。





債務者は,さらに,同年内に予定されている商業運転開始までの試運転期間中は,運転資金を確保するために債務者らが出資及び貸付けを行う必要があるとして,本件新株発行による調達資金のうち142億円を,平成29年度中に実施予定の出資及び貸付けに充てる予定である旨主張する。しかし,現時点において,同合弁会社に対する出資及び貸付けを行う必要性や相当性に関する的確な証拠はなく,建設工事が完工した後に運転資金の供与が必要であることについての疎明もない。ひいては,上記出資及び貸付けのための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

ベトナム石油販売事業(海外石油事業)
証拠(疎乙21,22の1・2)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は,平成28年4月頃,他の企業との共同出資により,ベトナム国内に燃料油販売を目的とする会社を設立したところ,同社設立前の平成27年2月時点において,同社の事業開始から4年間の必要資金を19億9100万米ドルと見込んでいたことが一応認められる。
債務者は,さらに,上記19億9100万米ドルの一部に充てるため,本件新株発行による調達資金のうち9億円を上記会社に貸し付ける予定である旨主張する。しかし,上記会社の4年間分の必要資金19億9100万米ドルの一部9億円(1年目及び2年目のプレ販売期間の出捐額と思われる〈疎乙22の1・11頁〉。)をこの時期にまとめて貸し付ける必要性に関する的確な証拠はなく,ひいては,上記貸付けのための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。


愛知製油所C8スプリッター設置工事(国内石油事業)
債務者は,平成26年後半から愛知製油所において,揮発油からミ




ックスキシレンを生産する設備(C8スプリッター)の建設を検討し,平成28年6月以降これを建設中であり,本件新株発行による調達資金のうち44億円を建設のための設備投資費用に充てる予定である旨主張する。
しかしながら,上記主張に関する客観的な疎明資料は提出されていない。のみならず,上記設備の建設は平成26年中に検討されていたのであるから,既に設備投資費用の調達方法等についても検討されているのが通常であると考えられるところ,本件新株発行によって調達した資金を同費用に充てる必要性や,誰がどのような検討を経てそのような結論に至ったのかについての主張立証はない。したがって,上記設備投資費用に充てるための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

出光ルブテクノインドネシア能力増強(高機能材事業)
証拠(疎乙24)及び審尋の全趣旨によれば,平成28年12月14日,債務者の投資委員会において,債務者のインドネシア内の子会社(出光ルブテクノインドネシア)の製造能力増強のため同国内に工場を建設するに際し,工場建設用地の購入等に12億円余りの投資を行うことについて審議がされ,その際,平成29年10月に工場建設の正式承認に係る最終審議を行い,平成30年1月に建設を開始すること,工場建設に総額63億円程度要することが見込まれていたことが一応認められる。
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち63億円を上記子会社に対する出資又は貸付金に充てる予定であり,これは上記子会社の工場建設資金に充てられる予定である旨主張する。しかし,工場建設の正式承認に係る最終審議すら行われていない現時点において,本件新株発行により工場建設資金の全額を調達することの必要性




・相当性は説明されておらず,ひいては,上記出資又は貸付けのための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

出光ルブインド能力増強(高機能材事業)
証拠(疎乙21,25の1・2)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は,インド内の子会社(出光ルブインド)の製造能力増強のため,平成30年から潤滑油タンク等の設備の建設を予定していることが一応認められる。
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち16億円を上記子会社に対する貸付金に充てる予定であり,これは同社の平成29年度から平成31年度までの設備建設資金に充てられる予定である旨主張する。しかしながら,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの3年間の設備建設資金を一括して調達する必要性に関する的確な証拠はなく,ひいては,上記貸付けのための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。


水添石油樹脂製造装置建設(海外化学品・高機能材事業)
証拠(疎乙26の1・2)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は,平成28年1月に台湾企業と合弁会社を設立し,平成30年後半に完工を予定して水添石油樹脂製造装置を建設していることが一応認められる。
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち25億円を上記合弁会社への出資金に充てる予定である旨主張する。しかしながら,上記のとおり,上記合弁会社は平成28年1月に設立済みであるにもかかわらず,平成29年7月に至ってなお,同社の出資金を債務者が出捐する必要性に関する的確な証拠はなく,ひいては,上記出資




のための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。

新規地熱事業地域の調査活動(再生エネルギー・電力事業)
証拠(疎乙27)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は平成23年から地熱事業を行う新地域の調査活動を行っており,平成29年度から平成31年度までに28億円の支出が見込まれていることが一応認められる。
債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち28億円を地熱事業を行う地域の調査活動用機器等の設備投資資金に充てる予定である旨主張する。しかしながら,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの期間中に支出する資金をまとめて調達する必要性に関する的確な主張立証はなく,ひいては,上記支出のための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。


有機EL材料関連製造装置開発等(高機能材の研究開発等)
証拠(疎乙28)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は,有機EL材料に関する昇華精製装置の製造等を行っており,平成29年度から平成31年度までの間に,製造,開発及び国外での現地法人設立に合計40億2000万円を投資する予定であることが一応認められる。債務者は,さらに,本件新株発行による調達資金のうち40億2000万円を有機EL材料製造等のための各種投資費用に充てる予定である旨主張する。しかしながら,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの期間中に支出する予定の資金をまとめて調達する必要性に関する的確な証拠はなく,ひいては,上記支出のための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。






電子材料研究開発(高機能材の研究開発)
債務者は,電子材料部において,有機EL材料の研究開発等を行っており,本件新株発行による調達資金のうち90億円を平成29年度から平成31年度までの同部における有機EL材料の研究開発費用に充てる予定である旨主張する。
しかしながら,上記主張に関する客観的な疎明資料は提出されていない。のみならず,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの期間中に支出する予定の資金をまとめて調達する必要性に関する的確な証拠はない。したがって,上記研究開発費用に充てるための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。


固体電解質等の研究開発(高機能材の研究関連)
債務者は,先進技術研究所等において,固体電解質を用いた電池生産の事業化のための設備開発を含む,固体電解質等の新技術・新商材の研究開発を行っており,本件新株発行による調達資金のうち20億円を平成29年度から平成31年度までに必要となる設備の建設費用等に,45億円を研究開発費用に充てる予定である旨主張する。
しかしながら,上記主張に関する客観的な疎明資料は提出されていない。のみならず,現時点において,本件新株発行により平成31年度までの期間中に必要となる予定の資金を一括して調達する必要性に関する的確な証拠もない。したがって,上記各開発費用に充てるための資金調達を理由とする本件新株発行を行う必要性・合理性にも疑問が残るといわざるを得ない。
昭和シェル株式取得のための借入金の一部の資本への置換え


前記認定事実によれば,債務者は,平成28年12月16日本件ブリッジローン契約の実行により,昭和シェル株式の取得資金として1




690億円を借り入れたこと(その後,元本の一部を弁済し,残元本は1590億円となった。),当該借入金の返済日は平成29年12月18日であること,債権者らが昭和シェルとの合併を前提とする経営統合問題に強硬に反対していたため,本件ブリッジローン契約による借入金の借換資金を調達するための本件劣後ローン契約は,実行日の変更に応じてもらえず,新たに同契約を締結するためには数十億円に及ぶコスト増が見込まれることが一応認められ,これらの事情を総合すれば,昭和シェル株式の取得のための借入金の一部の資本への置換えを目的とする資金調達の必要性・合理性は一応認められるものというべきである。

これに対し,債権者らは,債務者が,昭和シェルの株式を取得することを決定した時点では金融機関からの借入金によって資金調達をするとしていたのに,債権者らとの争いが顕在化した後に本件ブリッジローン契約から本件劣後ローン契約への借換えをあえて行わなかったなどとして,返済資金調達は本件新株発行の目的とされていない旨主張する。
たしかに,前記認定事実によれば,債務者は当初,昭和シェルの株式取得資金を金融機関からの借入れによって調達する方針を立て,これを公表していたこと,本件劣後ローン契約は2度にわたって実行日が変更されたものの,結局,実行には至らなかったこと,債務者は,昭和シェルの株式を取得した後も,本件ブリッジローン契約に基づく借入金の借換資金を本件劣後ローン契約によって調達する予定であったことが一応認められる。
しかしながら,他方,他の資金調達手段が存在することから直ちに,本件新株発行による資金調達の必要性・合理性が失われるわけではない上,債務者が,本件ブリッジローン契約に基づく借入金の借換資金




を本件劣後ローン契約によって調達するに至らなかった経緯をみても,債務者が借換えを意図的に行ったものとは考えられない。そして,本件ブリッジローン契約に基づく借入金の弁済期が平成29年12月18日に迫っていることからすると,債務者がその返済資金を用意する必要性は客観的に明らかである。
したがって,資金調達の必要性・合理性はあるものと一応認められるから,債権者らの主張は採用することができない。
(なお,このように考えると,本件新株発行については,昭和シェル株式取得のための借入金の一部の資本へ置換えを目的とする部分を超えては,資金調達の必要性・合理性が認められないのではないかが問題となり得るが,証拠(疎乙9)及び審尋の全趣旨によれば,債務者は,本件新株発行により可能な限り多額の資金調達をしたいと考えていたものの,証券会社から,発行済株式総数の30パーセントが限度でありそれ以上の引受けはできないとの申入れを受け,それ以上に公募増資の規模を増大させることを断念したことが認められ,本件ブリッジローン契約に基づく借入金の弁済のための必要額は1590億円であり,本件新株発行による調達額の上限(約1385億3300万円)を上回っていること(前記前提事実及び認定事実)を併せ考慮すると,本件新株発行による資金調達全体について,必要性・合理性が認められるものというべきである。)
本件新株発行の主要な目的について
上記認定・説示によれば,本件新株発行については,Dら債務者経営陣の全部又は一部に,株主を巻き込んだ債務者の支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的が存在したものと推認される一方で,債務者には客観的な資金調達の目的も存在したものと認められ,両者は併存するものというべきである。





そこで,本件新株発行の主要な目的がいずれであるかについて検討するに,本件新株発行は証券会社が引き受ける公募増資の方法によるものであって,第三者割当増資の方法による場合に比して,取締役に反対する株主の支配権を減弱させる確実性は弱いものと考えられること(この点につき,債権者らは,引受証券会社が発行会社の意向を重視するであろうことを前提として,実際には,債務者の意向に沿う者に多くの株式を割り当てることができる旨主張するが,引受証券会社が,発行会社の意向を重視したり,当該意向に沿う者に多くの株式を割り当てたりすることを認めるに足りる的確な証拠はない。)に加え,本件新株発行後,直ちに株主総会が開催され,昭和シェルとの合併が議題になることを窺わせる証拠はないことは,前記認定・説示のとおりであり,債務者経営陣は,本件新株発行後,昭和シェルとの合併を前提とする経営統合の当否について株主がどのような意向を有しているかを確認することができるまでは,債権者らの反対を押し切って,昭和シェルとの合併承認議案を目的とする臨時株主総会を招集するなどの行動に出る可能性が高いとは認められない。
他方,債務者が本件ブリッジローン契約に基づく借入金の弁済期を数か月後に控えていることは前記認定事実記載のとおりであり,それまでに返済資金を用意する必要性が高いことは,客観的に明らかである。
そうすると,本件新株発行の主要な目的が,客観的な資金調達の目的ではなく,債権者らとDら債務者経営陣との間の債務者支配権をめぐる実質的な争いにおいて自らを有利な立場に置くとの目的であるとまで断ずるに足りる証拠はなく,他にこれを認めるに足りる証拠はない。
以上のとおり,本件新株発行の主要目的が不当なものであると認めるに足りる証拠はないから,本件新株発行が「著しく不公正な方法」により行われたものであるとの疎明があったともいえない。
したがって,本件においては,被保全権利の疎明がなかったことに帰する。




第4

結論
よって,その余の点について検討するまでもなく,本件申立ては理由がないからこれを却下することとし,主文のとおり決定する。
平成29年7月18日
東京地方裁判所民事第8部

裁判長裁判官

大竹昭彦
裁判官

千葉健一
裁判官

小川惠輔




別紙1
債権者らの主張要旨

1
本件新株発行が「著しく不公正な方法」(会社法210条2号)により行われる場合に当たるか否かについて
公募増資の方法による募集株式の発行への主要目的ルールの適用の有無,及び同ルールの適用があるとした場合の判断の枠組み
主要目的ルールは,不当な目的を主要な目的として新株発行が行われる場合には,原則としてそれが不公正発行になるとする基準であり,公募増資の場合にその適用が排除される理由はない。
公募増資であることにより,既存株主が増資に参加し持株比率を維持する実質的な機会が与えられているのであれば,そのことを主要目的ルールの適用において考慮する余地はあるかもしれないが,そうでなければ,第三者割当増資の場合と主要目的ルールの適用につき違いはない。
そして,主要目的ルールの適用における判断枠組みとしては,特別決議事項につき拒否権を有する株主と経営陣の間において特別決議事項を行うことの可否につき争いがあったり,会社の支配権につき争いがある中で,既存の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株が発行されるというような,不当な目的の存在を推認させる事情があるか否かを判断の上,そのような事情がある場合には,単に見せかけの発行目的を重視すべきではなく,背後にある真の発行目的を考慮すべきであり,新株発行が真に会社の事業にとって必要かつ合理的なものであるのか,それとも不当な目的の達成のための口実に過ぎないのかを厳格に審査すべきである。
本件における事実関係及び主要目的ルールの当てはめについて

本件新株発行の目的等について
本件新株発行の目的について





本件新株発行は,債権者らの持株比率を著しく低下させることで,債権者らの拒否権を剥奪することや現経営陣の支配権を維持することを真の目的とするものである。
さらに,本件新株発行により債務者と昭和シェルとの経営統合(以下「本件経営統合」という。)を実現することによって,債務者の現経営陣が株主からの責任追及を回避すること,すなわち債務者の現経営陣の保身を図ることも,目的の一つとしている。
上記

の根拠となる事実関係について

債権者らは,債務者の発行済株式総数の3分の1超を保有しているところ,債務者の現経営陣が進めようとしている本件経営統合及びその前提としての特別決議事項である昭和シェルとの合併に反対し続けており,直近2期の株主総会における取締役の選任及び再任議案に関して同じ投票行動を取っている。このような状況からすれば,債務者の取締役らが本件経営統合を実現するために昭和シェルとの合併議案を株主総会に提出しても,出席株主の3分の2以上の賛成という合併に必要な特別決議を可決できないことが明らかである。また,債権者らを含む多数の株主は債務者の現経営陣について取締役の選任・再任に反対しており,債務者の支配権について争いがある状況であるといえる。
それに対し,債務者は,債権者文化福祉財団及び債権者美術館は他の債権者と異なる観点から合併に対し賛否を決めなければならず,また,合併条件等が決まっていない現時点では債権者文化福祉財団及び債権者美術館が他の債権者と共同歩調を取ることを前提として合併に対する拒否権の存在を論じられないと主張するが,合併について細かい条件等は定まっていないにしても,債権者らは,昭和シェルとの合併自体が債務者の利益にならないと考えて,それに反対することで債権者文化福祉財団及び債権者美術館を含め共同歩調を取っているから,現状において合併議案を可決でき




ないことは,いずれにせよ明らかである。
また,本件経営統合のため,見切り発車により多額のプレミアムを上乗せして昭和シェル株式一部取得を行い,債務者に多額の損失あるいは機会損失を与えてしまった債務者の現経営陣は,本件経営統合が実現しない限り株主から昭和シェル株式一部取得につき責任追及されることが危惧される状況にあることから,債務者の現経営陣が株主からの責任追及を回避するため,本件新株発行により本件経営統合を実現することが必要な状況にある。
以上のような状況の下で,本件新株発行が実行されることにより,債権者らの議決権保有比率は3分の1を下回ることになるので,債権者らが特別決議事項のキャスティングボートを握っていた債務者の従前の株主構成が根本的に変わることになり,本件経営統合の実現が不可能である現状が打ち破られることになる。
このような事実関係からすれば,本件新株発行については,上記
的があることが認められるし,また,この事実関係は上記

の目

に述べた不当

な目的の存在を推認させる事情といえる。
そして,以下の事情からすれば,かかる不当な目的の存在の推認は覆されず,かつ,本件新株発行が資金調達目的のものとしては不合理であることはより一層明らかといえる。
まず,株価が下落している局面で公募増資を行えば株価はさらに下がり,既存株主の利益に大きな悪影響を及ぼすところ,本件新株発行は,債務者の株価が上昇傾向にあった平成29年に入った当初ではなく,平成29年5月16日からの株価下落局面の中で強行されようとしており,会社の資金調達方法として著しく不合理である。
加えて,債務者が上場して以来初めての新株発行による資金調達であり,異例かつ大規模な公募増資が,この株価下落の局面で行われることによっ




て,既存株主の利益に大きな悪影響を及ぼすことになるにも拘わらず,それがなぜ選択されるかにつき何らの合理的な説明もなされていない。イ
債務者が主張する本件新株発行の目的についての反論
債務者は,本件新株発行による調達資金を種々の戦略投資(522億2000万円)及び借入金返済(1590億円)に充てるとしている。しかし,このうち戦略投資のための資金については,以下のaないしdの理由により本件新株発行以外の方法で調達することが可能なものである。a
債務者は,運転資金の効率的な調達を行うため,シンジケート団と貸付極度額1000億円の特定融資枠契約を締結しているが,その借入残高(平成29年3月31日時点)は0円である。この特定融資枠契約を利用せずに,本件新株発行によって資金を調達するのは極めて合理性に乏しい。


債務者の直近の事業年度末時点の短期借入金,長期借入金(1年以内返済分を含む。),社債(1年以内償還分を含む。)の各残高からすると,債務者が本件新株発行の資金使途とする種々の投資を借入れ又は社債の発行で調達することは十分に可能である。


債務者の関連会社・海外子会社への投融資資金については,既に投資に着手済みの案件のものが複数含まれているだけでなく,中には既に完工しているプロジェクトについての投資も含まれている。プロジェクトに着手する時点で当該プロジェクトに要する資金の調達を終えているはずであるにもかかわらず,この段階で新たに資金調達を行うのは不自然である。


債務者は,その事業の性質上,これまでも多額の投資を多数行ってきたが,いずれも自己資金や借入れによって資金を調達しており,今回に限って新株発行により資金調達を行うことは極めて不自然である。債務者の主張する借入金返済目的については,昭和シェル株式一部取得




を決定した時点では,劣後ローンを含む金融機関からの借入れにより資金調達をするとされていたのに,本件経営統合とその前提としての昭和シェル石油との合併という特別決議事項を行うことの可否や債務者の支配権について争いが顕在化した後で,債務者が平成28年3月31日に5つの金融機関との間で締結した金銭消費貸借契約(以下「本件劣後ローン契約」という。)への借換えがあえて行われなかった経緯からすると,借入金返済目的のために本件新株発行を行うというのは,極めて疑わしい。なお,債務者は,債務者が平成27年8月6日に金融機関と締結した金銭消費貸借契約(以下「本件ブリッジローン契約」という。)を本件劣後ローン契約に切り替えることができなかった理由,及び新たな劣後ローンでの資金調達をしなかった理由を縷々主張するが,いずれもその説明には,不自然・不合理な点が多い。
債務者は,公募増資は以前から検討していたことであるとして,本件新株発行は合併承認目的ではないと主張する。しかし,規模が大きく異なる過去に検討されていた増資と本件新株発行との間に連続性・関連性はない。債務者は,借入れ又は社債発行による資金調達を行わない理由として財務体質改善を挙げるが,その根拠とする石油価格の変動の問題は近年始まったものではなく,今までそのための行動を取らずに今のタイミングで理由として挙げることは極めて不自然であるし,ネットD/Eレシオが重視されているという債務者の主張も事実に反する。
さらに,債務者が主張する投資余力を確保するという点についても,国内の石油需要は平成11年をピークに減少しているから,債務者が新規事業等への投資余力を資本により確保する必要が急に生じたものではなく,今のタイミングで必要性を言い立てるのは不自然である。
債務者は戦略投資を行うために本件新株発行による資金調達を行うとして,債務者の経営戦略なるものについて縷々主張するが,なぜ,このタイ




ミングで本件新株発行によって当該資金を調達する必要があるのかという点について,何ら理由が示されていない。
そもそも,平成28年1月にスタートしたマイナス金利政策の下,超低金利での借入れ又は社債発行による資金調達が容易である環境にあるにもかかわらず,これまで一貫して借入れ又は社債発行での資金調達を行ってきた債務者が,このタイミングで,ROEの数値を悪化させる公募増資を行うことは極めて不合理である。
債権者らは,本件新株発行のように発行株式数の規模において大きい公募増資について,やむを得ない事由が認められない限り一貫して反対しているのであって(なお,平成26年3月に公募増資が検討されていた際は,債権者らが会社法上の特別決議事項の拒否権に代替するだけの条件が満たされない以上は反対していた。),真に合理性があり,やむを得ない事由によると認められる新株発行に反対するものではない。また,債務者が主張する目的は,株主割当増資という,既存株主の不利益にならない方法でも実現可能である。しかるに,債務者は,株主割当増資という方法を用いず,しかも,本件新株発行のように発行株式数の規模において大きい公募増資にこだわりながら,そのことについて何ら合理的な理由を説明していない。
何より債務者は,平成25年頃に増資を「検討」していた際の資料は提出するが,他方,本件新株発行に関する引受証券会社等から提供されたはずの資料は何ら疎明資料として提出されていない。
以上のとおり,債務者が主張する本件新株発行の目的は,極めて不自然・不合理なものであり,疎明資料によって疎明されているとは到底いえない。

の判断の枠組みへの当てはめ
上記1

に述べたとおり,公募増資であることにより,既存株主が増資に





参加し持株比率を維持する実質的な機会が与えられているのであれば,そのことを主要目的ルールの適用において考慮する余地はあるかもしれないが,本件における,①持株比率を維持するためには本件新株発行が発表されてから払込期日までの短期間に莫大な資金を調達しなければならない,②応募したとしても持株比率を維持するために十分な数の株式を取得することは不可能である,③新株発行後の市場での株式取得による持分比率の回復方法は条件面で著しく不利になる,といった事情の下では,既存株主が持株比率を維持する実質的な機会が与えられているとはいえず,第三者割当増資の場合と主要目的ルールの適用につき違いはない。
そして,上記アのとおり,本件では上記

に述べた不当な目的の存在を推

認させる事情があり,また,本件新株発行は資金調達目的のものとしては極めて不合理である。さらに,債務者の主張する本件新株発行の目的が不自然・不合理なものであることは,上記イのとおりである。したがって,本件新株発行は,上記ア

の不当な目的を主要な目的とする「著しく不公正な方

法」により行われる新株発行であるといえる。
2
本件新株発行により債権者らが「不利益を受けるおそれがある」(会社法210条柱書)か否かについて
本件新株発行により,債権者らの持株比率は約33.92%から約26.09%に低下し,また,直近株主総会における出席率を基準とした場合の議決権割合であっても約37.07%から約28.51%に低下するため,持株比率と議決権割合のいずれも3分の1を下回ることになる。
このように,本件新株発行は,債権者らの持株比率を著しく低下させ,債権者らから特別決議事項のキャスティングボート,すなわち株主総会の特別決議事項を必ず否決できるという拒否権を奪うことで,債権者らが反対し続けているにもかかわらず,本件経営統合及びその前提としての昭和シェル石油との合併議案の可決を可能とするものであることから,債権者らに「不利益を受けるおそれ」




(会社法210条柱書)を生じさせるものである。
3
保全の必要性について
上記2で述べた,持株比率の著しい低下が生じ,特別決議事項のキャスティングボート,すなわち拒否権を奪われるという不利益は,将来損害賠償請求によって解消しうる性質の不利益ではない。ところが,新株発行が効力を生じた後は,差止請求権は消滅するから,本案請求は無意味になる。また,いったん新株発行が認められてしまった場合に事後的に無効にする事由は極めて限定されている。したがって,払込期日が最短で平成29年7月20日に迫っている本件新株発行について,払込期日が経過して新株発行が認められてしまえば,債権者らに回復しがたい損害が生じるおそれがある。
他方,債務者には,他の資金調達手段もあり,本件新株発行が差し止められれば全てのステークホールダーや全株主に重大な不利益がもたらされるという債務者の主張は,その前提を欠く。
したがって,本件仮処分命令申立てには保全の必要性もある。





別紙2
債務者の主張要旨

1
本件新株発行が「著しく不公正な方法」(会社法210条2号)により行われる場合に当たるか否かについて
公募増資の方法による募集株式の発行への主要目的ルールの適用の有無,及び同ルールの適用があるとした場合の判断の枠組みについて
主要目的ルールは本来第三者割当増資についての判断基準とされるものであるが,公募増資においても判断手法として用いることは可能である。もっとも,公募増資の場合は,①新株の割当先は引受証券会社により決定され,発行会社は割当先を引受証券会社に指示することはできないと共に,発行規模は引受証券会社の審査を受けて決定され,いずれについても経営陣はコントロールできない点,及び,②既存株主も,募集に応募することが可能であるほか,増資完了後に株式数が増加し流動性が高まった市場で新株式を追加取得することが可能である点で,経営陣と合意した特定の第三者のみが新株主となる第三者割当増資とは根本的に異なる。
したがって,主要目的ルールを用いるとしても,公募増資は取締役が自己の支配権を維持することができる手段ではなく,公募増資による資金調達や財務体質の改善等の合理的な増資の目的自体が認められる限り,他の目的の有無を検討するまでもなく,「著しく不公正な方法」となるものではない。また,公開会社の取締役会には,発行可能株式総数(授権株式数)の範囲内において公募増資等の新株発行を実施する権限が与えられ(会社法37条1項,113条1項・3項,199条1項・2項,201条1項),適切な投資を行って企業価値の維持向上を図ることはその責務でもある。その結果,既存株主の持株比率の低下が生じても,それは上場会社の株主が当然甘受すべきことであるから,既存の大株主の持株比率が低下するというだけで,財務体質の改善




等の目的を超える「主要目的」が存在するとはいえない。
よって,財務体質の改善等の新株発行の必要性が全くなく,もっぱら既存株主の持株比率低下のみを意図していると言えるような特段の事情のない限り,主要目的ルールによっても公募増資は「著しく不公正な方法」に該当しない。本件における事実関係及び主要目的ルールの当てはめについて

本件新株発行の目的等について
本件新株発行の目的について
本件新株発行は,戦略投資や昭和シェル株式取得のための借入金の一部の資本への置換えを行い,かねてより対処が必要であった債務者の財務体質の改善を実現することを目的としている。
上記

の根拠となる事実関係について

財務体質の改善の必要性
債務者は,法令上の義務に基づき大量の石油在庫を保有しており,原油価格や為替レートの変動により石油在庫の評価額が影響を受け,これにより純資産額が大きく変動するため,純資産額やネットD/Eレシオ等が著しく悪化するリスクが存在する。実際,債務者の純資産額は,原油価格の急落等を主因として,平成26年3月末から28年3月末までに約7438億円から約5377億円に落ち込んだ。●●●●。
また,石油元売会社等の信用力評価では,純資産額やネットD/Eレシオ等が重視されるところ,債務者のネットD/Eレシオは過去5年間で悪化を続けており,この状況が続くと信用格付けが引き下げられるおそれもある。
債務者は,国内の石油需要が縮小する中で,競合他社に対抗し,事業の維持・拡大を図るべく,海外事業や資源開発事業への投資を拡大するために,十分な投資余力を確保する必要があるが,債務者の現在の財務体質では,金融機関等からの借入れにより更なる投資資金を得ることに




は限界がある。

債務者はかねてより公募増資を実行しようとしていたこと
債務者は,平成25年3月11日付の第4次連結中期経営計画において事業構造改革のための戦略投資を公表するのに併せて,平成25年から26年にかけて証券会社と公募増資を3回にわたり具体的に検討していた。これらは,いずれも昭和シェル石油との経営統合やそれに対する債権者らの反対が表明される前である。
1回目は,平成25年2月頃から,発行決議予定日を平成25年5月24日として,●●●●を目的として発行済株式総数の約20~25%の発行を検討していたが,●●●●ために,断念した。
2回目は,平成25年5月頃から上記1回目の公募増資の検討を再開したものであり,●●●●を使途として発行済株式総数の約20~25%の発行を検討していたが,多額の減損損失が生じる可能性が生じ断念した。
3回目は,平成25年12月頃から,●●●●の発行を検討し,関東財務局への相談も行う等,実行直前の段階まで準備は進んでいたが,業績悪化で応募が十分に集まらないおそれが生じたため断念した。この際,債権者A氏は,公募増資後一定期間株式を売却しない旨のレター(ロックアップレター)への署名に応諾する意向を示していた(疎乙39)。なお,その後,平成26年度から27年度にかけては原油価格の下落等を原因として債務者の業績が大幅に悪化し,また,在庫評価損の計上や昭和シェルとの経営統合の検討・協議という未公表の重要事実の存在もあり,公募増資を具体的に検討することはできなかった。


本件新株発行による調達資金の使途について
債務者は,本件新株発行による調達資金を,下記の通り,戦略投資及び昭和シェル株式の取得のための借入金の一部の返済に充てる予定であ




る。
(a)戦略投資について
債務者は,本件新株発行による調達資金のうち522億2000万円を戦略投資に充てる予定であり,その内訳は,ニソンプロジェクトを行う合弁会社への投融資(142億円),ベトナム石油販売事業を行う合弁会社への貸付(9億円),愛知製油所におけるC8スプリッター建設のための設備投資(44億円),出光ルブテクノインドネシアの工場建設(63億円),出光ルブインドの設備建設(16億円),水添石油樹脂製造装置を建設する台湾の合弁会社への出資(25億円),地熱事業の調査活動用機器等の設備投資(28億円),有機EL材料製造等のための各種投資(40億2000万円)及び研究開発(90億円),固体電解質生産の事業化のための実証設備の建設・開発(20億円),固体電解質や機能材料の研究開発(45億円)である。
上記の各戦略投資案件は,平成25年3月11日に債務者が公表した第4次連結中期経営計画において,長期的な経営戦略として掲げられた計画に従ったものであり,いずれも,昭和シェルとの経営統合に関する債権者らの反対表明とは何ら関係なく進められているプロジェクトへの投資である。
(b)昭和シェル株式取得のための借入金の返済について
債務者は,本件新株発行による調達資金のうち将来戦略投資に充てる522億2000万円を除いた残額を,平成29年12月18日に弁済期日が到来する昭和シェル株式取得のための借入金(本件ブリッジローン契約)残金1590億円の返済に充てる予定である。

本件新株発行の時期について
債務者は,従前から財務体質の改善や戦略投資資金の調達のために公




募増資を検討してきていたが,何れも環境等が原因で実行できなかった。また,昭和シェル株式取得のための借入金(1590億円)の弁済期日が平成29年12月18日である等,資金調達の必要性は従前よりも増している。
こうした中,原油価格の上昇や業績の向上もあって株価が高水準で推移する等,現在は,公募増資に適した状況にあることから,債務者は,平成29年2月頃から社内的な検討を,4月から引受証券会社等の第三者も関与した正式な検討を開始し,7月3日に本件新株発行の発行決議を行うに至ったものである。

本件新株発行の規模について
債務者は,従前から財務体質の改善及び戦略投資資金の調達のために発行済株式総数の20~30%の規模の増資を検討してきた。過去の検討当時より現在の方が,ネットD/Eレシオが悪化する等,債務者の財務体質は悪化しており,同規模以上の増資を行う必要がある。他方で,引受証券会社は,需要に見合った株式数しか引き受けないところ,業績向上が期待されている現在の状況を踏まえ,引受証券会社により30%の引受けが可能であると判断されたことから,発行規模を発行済株式総数の30%とすることとなった。


債権者らが主張する本件新株発行の目的についての反論
債権者らは,本件新株発行は,株主総会特別決議事項に関する債権者らの拒否権の剥奪や,現経営陣の支配権維持を目的とするものであると主張するが,以下の通り,いずれの主張も失当である。
債権者らの特別決議事項に関する拒否権の剥奪について
債権者らは,本件新株発行が債権者らの株主総会特別決議事項(とりわけ合併承認決議)に関する拒否権(以下,便宜上「合併拒否権」という。)の剥奪を目的とするものであると主張するが,債権者らの全員が反




対している限り,本件新株発行後も債務者の株主総会において合併承認に必要な出席株主の3分の2以上の賛成を得て合併承認議案が可決されることは見込めず,債務者の取締役会としては本件新株発行による希釈化の程度で合併承認議案が可決されると考えるはずもないのであるから,本件新株発行が合併承認を目的としていないことは明らかである。
すなわち,昨年の定時株主総会における債務者代表取締役社長の選任議案では,議決権を行使した株主のうち債権者ら以外でも約8.55%の株主が反対していた。他方で同総会の議決権行使比率を前提とした場合の本件新株発行後における債権者らの議決権割合は,29.74%となる。社員持株会や取引先等のいわゆる安定株主が相当程度存在していた昨年の定時株主総会に比べ,本件新株発行により新たに株主となる者には安定株主は存在しないため,本件新株発行後の株主総会では,債務者提案の議案に反対(又は棄権)する株主の比率は更に高くなり得ると考えられる。したがって,債権者ら全員が反対している限り,債務者の株主総会において出席株主の3分の2以上の賛成を得て合併承認議案が可決されることは見込めないのであって,本件新株発行は合併承認を目的とするものではない。
支配権維持について
債権者らは,本件新株発行が債務者の現経営陣の支配権維持を目的とするものであると主張するが,債権者らから債務者の取締役に関して対立候補の提案がなされているわけではなく,債権者らは単に全部(昨年度)又は一部(今年度)の取締役の選任議案について反対しただけであって,債権者らの行動により取締役会全体のキャスティングボートが変わるような状況はなく,債権者らと債務者の現経営陣との間で「支配権の争い」があるといえるような状況ではない。
また,債務者の現経営陣は,本年6月29日開催の定時株主総会におい




て債権者ら以外の株主の大半の賛成で取締役に選任されたばかりであり,債務者の現経営陣が支配権維持を図る必要性は何ら存在しない。
そもそも,公募増資では,発行会社は,割当先を選ぶことができず,実際の割当先がどのような議決権行使を行うかをコントロールすることはできないのであって,公募増資は支配権維持につながり得ない。
したがって,支配権維持目的で本件新株発行を行うことはあり得ない。財務体質改善・資金調達目的でないとする債権者らの主張について債権者らは,本件新株発行が財務体質改善・資金調達目的でないとする根拠として,戦略投資については借入金での調達,昭和シェル株式取得のための借入金の返済資金は劣後ローンでの調達が可能であった等と主張する。
しかし,借入れでは,純資産額の増強やネットD/Eレシオの改善といった財務体質の改善を実現することはできない。また,昭和シェル株式の取得資金のための本件劣後ローン契約については,約定の貸付実行日までに当該株式取得に係る公正取引委員会の審査が完了しなかっために借入れができず,新規の劣後ローン契約の締結も検討されたが,昭和シェル石油との合併の見通しが立たなくなったことで,著しく不利な条件を提示されたため,合意に至らなかった。
なお,債権者らは資金調達の必要性や資金使途に疑問を呈するが,公募増資では買取引受制度の下,引受証券会社がいったん自己勘定で新株を引き受けた上で投資家に転売するため,引受証券会社においても資金使途や発行規模について精査される。特に,公募増資を行う場合は,引受証券会社におけるこのような検討の下で発行規模等が決められるのであって,発行会社の個別の資金使途を積み上げることのみで発行規模が決まるものではなく,過去の公募増資の検討経緯に照らしても不自然な点はない。ウ
の判断の枠組みへの当てはめ





本件は公募増資であって,割当先の決定に意見を差し挟むことのできない債務者経営陣にとって支配権維持の目的を達成し得るものではないところ,債務者は,昭和シェルとの経営統合が具体化する前の平成25年から26年にかけて,財務体質の改善等を目的として本件と同程度の割合の株式の発行を前提とする公募増資を検討していた。現在の債務者の財務体質はさらに悪化しており,昭和シェルとの経営統合を通じた資本増強の見通しも立っていない現状においては,財務体質改善の観点から公募増資を行う必要性がある。そして,本件新株発行での調達資金は戦略投資や昭和シェル株式取得のための借入金の返済に充てられ,これにより債務者の財務体質も改善する。また,発行規模は従前の検討や応募の見込み等も踏まえ,引受証券会社の判断で決定されたものであり,発行の時期も債務者の株価が高水準にあって公募増資に適切な時期が選択されている。
そして,債権者らと債務者の現経営陣の間に経営支配を巡る争いがあるとはいえず,直近の株主総会で選任された経営陣が支配権維持を図る必要性もない。
また,本件新株発行後もなお合併承認議案が可決されるとは見込めないことからすると,同決議を可能とする目的があったともいえない。
債権者らは,共同して権利行使する合意をしているものではなく,その持株比率を合算して特別の拒否権を有するとは言えず,また,上場にあたってその維持が前提となっていたこともない。さらに,第三者割当増資のように債権者らの他に大株主が出現することもないから,大株主としての地位の剥奪を目的とする発行であるとも言えない。
したがって,本件新株発行の主要な目的は資金調達・財務体質改善にあり,「著しく不公正な方法」によるものではない。
2
本件新株発行により債権者らが「不利益を受けるおそれがある」(会社法210条柱書)か否かについて





公開会社においては,発行可能株式総数(授権株式数)の範囲内で新株発行により資金調達する権限が取締役会に与えられている。当該権限の範囲内で行う増資によって個々の既存株主の持株比率が低下することは,公開会社では当然のことであって,持株比率の維持は法的保護の対象とならない。
また,債権者らのうち債権者文化福祉財団及び同美術館(以下「公益財団2者」という。)は,公益目的事業を行うことを主たる目的とする独立した法人であり,その意思決定は,自然人である債権者らの意向とは全く別に,活動原資である債務者からの配当が維持されるかを基準に独自に行うべきものであり,債権者らが共同して権利行使を行うことは想定されていない。仮に債権者ら総体として合併拒否権を有しているというのであれば,共同議決権行使の合意が存在することとなるが,当該合意が存在する場合に法令上提出が必要な大量保有報告書(金融商品取引法27条の23第1項・5項)も提出されていないのであって,債権者らの総体としての議決権をもって合併拒否権があるとは言えない。債権者らは公益財団2者と合わせて3分の1以上とする持株比率維持の約束があったから債務者の上場に同意したかのような主張をしているが,そのような約束は事実として存在しないし,上場会社になるに際してそのような約束がなされるはずもない。上場の決定は,公益財団2者を除く債権者らにとって,将来の相続税の支払原資確保のために株式を上場して流通性を確保しておく必要があることが大きな要因となっており,上場した以上は,持株比率維持が保証されないこと,いずれ相続等の際に持株比率が低下することは,債権者らにおいても十分に認識されていた。
したがって,公益財団2者の持株比率も含めた債権者らの持株比率の合計が3分の1を超えているからといって,債権者らが合併拒否権を有しているとはいえず,本件公募増資によってその合計持株比率が3分の1を下回っても,債権者らが「不利益を受けるおそれ」は存在しない。
3
保全の必要性について





債務者は,原油価格等の変動によるリスクを常に抱えているところ,本件新株発行が差し止められれば,更なる財務体質の悪化を甘受して借入れにより戦略投資等を続けるか,戦略投資等を断念し国内石油市場の縮小に合わせて企業規模の縮小を余儀なくされることとなり,いずれにせよ,全てのステークホルダーや全株主に重大な不利益がもたらされることとなる。
一方,債権者らの述べる「拒否権」は,そもそも法的に保護されるものではない。また,本件新株発行が実行されても,債権者らの全員が反対する限り,合併承認議案が可決されることは見込めないという状況に変わりはなく,本件新株発行を差し止めなければ回復できない不利益が債権者らに生じるものではない。したがって,本申立てには保全の必要性が認められない。





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