判例検索β > 平成29年(ネ)第10020号等
競業行為差止等請求控訴事件 不正競争 民事訴訟
事件番号平成29(ネ)10020等
事件名競業行為差止等請求控訴事件
裁判年月日平成29年9月13日
法廷名知的財産高等裁判所
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成27(ワ)16719
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平成29年9月13日判決言渡
平成29年(ネ)第10020号
同年(ネ)第10036号

競業行為差止等請求控訴事件

同附帯控訴事件

(原審・東京地方裁判所平成27年(ワ)第16719号)
口頭弁論終結日

平成29年6月14日
判決
控訴人・附帯被控訴人

株式会社X
(以下「控訴人」という。)

訴訟代理人弁護士


被控訴人・附帯控訴人

田哲哉

(以下「被控訴人」という。)

訴訟代理人弁護士

池田匡同小池亜主1和希子文
控訴人の控訴に基づき,原判決を次のとおり変更する。
(1)

被控訴人は,控訴人に対し,600万円並びに内金480万

円に対する平成27年7月1日から支払済みまで年6分の割合
による金員及び内金120万円に対する平成25年12月29
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)

控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。

2
被控訴人の附帯控訴を棄却する。

3
訴訟費用は,第1,2審を通じてこれを8分し,その1を被控訴
1
人の負担とし,その余を控訴人の負担とする。
4
この判決は,第1項(1)に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由

第1

控訴及び附帯控訴の趣旨

(控訴の趣旨)
1
原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。

2
被控訴人は,パチンコ・スロットの販売及び開発を行っている会社において,プログラマー及びその他の職種として業務に従事してはならない。
3
被控訴人は,控訴人に対し,940万円並びに内金790万円に対する平成27年7月1日から支払済みまで年6分の割合による金員及び内金150万円に対する平成25年12月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

(附帯控訴の趣旨)
1
原判決中,被控訴人敗訴部分を取り消す。

2
上記部分に係る控訴人の請求を棄却する。

第2

事案の概要
本判決の略称は,特段の断りがない限り,原判決に従う。

1
事案の要旨
(1)

本件は,控訴人が,控訴人と被控訴人との間の業務に関する基本契約
(本件基本契約)の契約期間中に,被控訴人が,①被控訴人の業務上のデータを持ち出して失踪し,②本件基本契約に基づいて行うべき業務を放棄し,その後,③控訴人と競業関係にある会社に就職してその業務に従事していると主張して,被控訴人に対し,以下の各請求をした事案である。

被控訴人が,パチンコ・スロットの販売及び開発を行っている会社において,プログラマー及びその他の職種として業務に従事することは,本件基本契約の競業避止条項(本件競業避止条項)に違反するとともに,不正2
競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項4号の不正競争が行われるおそれがあるとして,本件競業避止条項又は不競法3条1項に基づき,被控訴人が上記業務に従事することの差止めを求める請求。

本件基本契約に基づく債務の不履行による損害賠償として,5348万8863円及びこれに対する平成27年7月1日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める請求。


控訴人の業務上のデータを持ち出すという不法行為による損害賠償として,748万4525円及びこれに対する不法行為の日である平成25年12月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める請求。

(2)

原判決は,上記各請求について,要旨以下のとおり判断して,被控訴人
に対し420万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容し,その余の請求をいずれも棄却した。

本件基本契約の競業避止条項は,現時点において無効であるから,同条項に基づく差止請求は理由がない。
不競法3条1項に基づく差止請求は,差止めの必要性が認められないから理由がない。


債務不履行による損害賠償請求は,300万円(C社ア案件の被控訴
人の作業状況の調査費用100万円及びC社ア案件に関する逸失利益200万円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。

不法行為による損害賠償請求は,120万円(被害の実態把握のため
の調査費用100万円及び弁護士費用20万円)及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
(3)

そこで,控訴人は,原判決中控訴人敗訴部分を不服として控訴を提起し,3
当審において,前記(1)イ及びウの各損害賠償請求を,以下のとおりの内金の請求に減縮し,被控訴人は請求の減縮に同意した。

前記(1)イの請求について
債務不履行による損害賠償請求額を,5348万8863円及びこれに対する遅延損害金から,内金1090万円(その内訳は,①被控訴人に支払った請負代金593万2500円の内金100万円,②A社ス案件に係る追加発注費用200万円の内金50万円,③C社ア案件に係る追加発注費用300万円の内金150万円,④C社ア案件に関する逸失利益3637万4375円の内金700万円,⑤違約罰318万1988円の内金60万円,⑥競業避止義務違反による損害300万円の内金30万円)及びこれに対する遅延損害金に減縮。


前記(1)ウの請求について
不法行為に基づく損害賠償請求額を,748万4525円及びこれに対する遅延損害金から,内金270万円(その内訳は,①被害の実態把握のための調査費用340万円の内金200万円,②被控訴人使用のパソコンの購入代金8万4525円の内金5万円,③控訴人代表者の人件費200万円の内金20万円,④弁護士費用200万円の内金45万円)及びこれに対する遅延損害金に減縮。

(4)

他方,被控訴人は,原判決中被控訴人敗訴部分を不服として附帯控訴を
提起した。
2
前提事実,争点及び争点についての当事者の主張は,次のとおり原判決を補正し,後記3のとおり,
「当審における当事者の補充主張」を付加するほかは,
原判決「事実及び理由」の第2の1ないし3(原判決2頁21行目から11頁3行目まで)記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)

原判決2頁25行目の「●(省略)●との名称で個人事業を営んだこと
のある者であり,
」及び3頁1行目の「個人事業主として」をそれぞれ削除
4
する。
(2)

原判決4頁5行目の「デバッグの各業務」を「デバッグ」と改める。
(3)

原判決4頁13行目の「A社とOEM関係にあった」を「スロット事業
を営み,同事業に関してA社と取引関係のあった」と改める。
(4)

原判決4頁18行目及び19行目の各「当庁」を「東京地方裁判所」と
それぞれ改める。
(5)

原判決8頁14行目冒頭から同頁19行目の「履行しなかった。
」までを

次のとおり改める。
「本件基本契約は,被控訴人が,発注書に定める成果物を所定の期限までに控訴人に提出することを請け負うことを内容とする契約である。そして,被控訴人は,本件基本契約に基づいて控訴人が発行した平成25年7月26日付け発注書(甲13。以下「甲13発注書」という。
)により,A社ス案件
及びC社ア案件に係る成果物を所定の期限までに提出する義務を負っていた。上記発注書には,成果物が明記されてはいないが,いずれも被控訴人作成のA社ス案件に係る工数見積表(甲10。以下「甲10工数見積表」という。,)
C社ア案件に係る工数見積表(甲11。以下「甲11工数見積表」という。)
及びこれらをスケジュール化した開発計画(甲12。以下「甲12開発計画」という。
)により当該成果物は特定されている。ところが,被控訴人は,これらの案件に係る業務を適正に遂行せず,これらを完成させないまま同年12月29日に失踪し,上記成果物提出義務を果たさなかった。

(6)

原判決9頁19行目の「被告の作業状況の調査検証を発注した費用」を
「追加して発注した費用」と改める。
3
当審における当事者の補充主張
(1)

争点(1)ア(本件競業避止条項の有効性ないし主張の可否)について
(控訴人の主張)
原判決は,本件競業避止条項を文言どおり解すると,被控訴人は事実上無5
期限に競業避止義務を負うことになりかねないから,被控訴人が競業を禁止される期間は合理的な範囲に限られる旨判示する。
しかし,一般に,個別の請負業務を発注するに先立ち,契約の基本的事項を定める基本契約を締結することは通常であるところ,新たな個別発注がされる予定がなく継続中の個別案件が終了すれば,同時に基本契約終了の合意がされるのが通常である。そして,このように契約関係が円満に終了すれば,本件競業避止条項に定める「本契約の終了」となり,競業避止義務は,その時点から「12ヶ月間」に限られることになるから,その程度の制限が被控訴人の自由を不当に制限するものではない。しかるに,被控訴人は,控訴人に中途解約の申出をしないまま,いきなり失踪して連絡を断ち,その後の交渉にも応じなかったのであり,中途解約の機会を自ら放棄したものである。
したがって,本件競業避止条項が被控訴人に事実上無期限に競業避止義務を負わせることになりかねないことから,被控訴人の自由への配慮が必要であるとする原判決の前提は誤りである。
(被控訴人の主張)
控訴人は,本件競業避止条項について,契約関係が円満に終了すれば,競業避止義務は,その時点から「12ヶ月間」に限られることになるから,その程度の制限が被控訴人の自由を不当に制限するものではない旨主張する。しかし,本件基本契約では,当事者双方が解除に合意すれば問題はないものの,一方当事者が解除に同意しない場合には,永久に本件基本契約が存続し,本件競業避止条項も存続してしまうことになる。このように合意によってのみ解消できる本件競業避止条項を無条件に有効とすることはできず,原判決のように,職業選択の自由と競業行為禁止の必要性の調和を図り,本件競業避止条項の有効期間を一定期間に限定すべきことは明らかである。(2)

争点(1)ウ(差止めの必要性)について
6
(控訴人の主張)

原判決は,
「他のパチンコ機及びこれに類する機器の開発に際してA社

ス案件のための本件開発データが使用され得るものであるかは明らかでない」ことを差止めの必要性を否定する根拠とする。
しかし,本件開発データのようなプログラムに他に流用可能な汎用的部分があることは,ソフトウェア開発の常識である。現に,A社ス案件とC社ア案件のサブサブソースファイルどうしを比較したところ,A社ス案件の281個の関数のうち,128個の関数がC社ア案件にもあった(汎用率は46%)

このように,本件開発データには汎用性が認められるから,原判決の上記判断は誤りである。

また,原判決は,被控訴人が「本件開発データを使用したと認めるに
足りる証拠はない」ことを差止めの必要性を否定する根拠とする。しかし,平成25年12月29日以降の被控訴人の行動からみて,本件開発データを不正に使用していることは明らかである。また,不競法3条1項に基づく差止請求は,営業秘密の不正使用の事実を要件とするものではなく,
「不正競争によって営業上の利益を侵害されるおそれ」があれ
ば認められるところ,被控訴人が,不競法6条の具体的態様の明示義務を果たさないこと,控訴人の営業秘密である本件開発データを所持し続けていること,控訴人の取引先であるC社と接触を図っていることからすれば,上記の「おそれ」は認められるから,差止めの必要性はある。

原判決は,本件和解条項により本件開発データの使用禁止が法的に担
保されていることを差止めの必要性を否定する根拠とする。
しかし,被控訴人が本件開発データを使用しても,控訴人がその証拠を収集することは困難である。また,そもそも被控訴人は,本件開発データが記録された電子媒体及び紙媒体を破棄しておらず,C社の担当者と連7
絡を取るなど,本件和解条項に違反しているのであるから,本件和解条項により本件開発データの使用禁止が担保されているとはいえない。エ
原判決は,被控訴人が「本件開発データを他社に流用する目的を有し
ていたとみるのは困難であ」ると判断する。
しかし,被控訴人が,Fと共謀し,
「引っ越しリスト」
(甲26)を準
備するなどして計画的に本件開発データを持ち出したことは,被控訴人の行動等から明らかであるから,原判決の上記判断は誤りである。
(被控訴人の主張)

控訴人は,A社ス案件とC社ア案件のソースファイル同士を比較し,
46%の汎用率が認められたことなどから,本件開発データには汎用性がある旨主張する。
しかし,パチンコ・スロットの開発業務を行う会社は,それぞれ独自の開発手順や開発方法を採用するものであるところ,控訴人が主張する汎用率は,自社内のプログラム同士の汎用率にすぎないから,当該データを他社が使用することができるという意味での汎用率は何ら立証されておらず,本件開発データに汎用性があるとの控訴人の主張は認められない。イ
控訴人は,被控訴人が,本件和解条項に違反している旨主張する。しかし,被控訴人は,持ち出した本件開発データを全て削除し,紙媒体も破棄しており,本件和解条項を遵守している。被控訴人が,C社の担当者と連絡を取った事実はあるが,被控訴人の携帯電話に登録された情報を使用して架電したものにすぎず,そのことが,本件和解条項に違反するものではない。


控訴人は,被控訴人が本件開発データを他社に流用する目的を有して
いた旨主張する。
しかし,被控訴人がそのような目的を有していたのであれば,データ持ち出し後の平成25年12月29日から平成26年3月上旬までの間,8
各地を転々とし,パチンコ・パチスロの開発を行う会社に関与する者と接触をしなかったこととの整合性がつかない。また,被控訴人使用のパソコン内にある「引越しリスト」
(甲26)は,控訴人が平成23年12月に
○○から○○に事務所を移転するに当たって必要な準備内容を記載したものにすぎず,被控訴人が計画的に本件開発データを持ち出したことを示すものではない。

控訴人が,平成25年12月29日に本件開発データを持ち出したこ
とが不正競争に該当するものとして不競法3条1項に基づく差止めを請求するのであれば,
「侵害の停止又は予防」として認められるのは,被控訴
人が本件開発データを使用することの差止めが限度であって,被控訴人が,「パチンコ・スロットの販売及び開発を行っている会社において,プログラマー及びその他の職種として業務に従事」することの差止請求が認められるものではない。
(3)

争点(2)ア(被控訴人の債務及びその不履行)について

(控訴人の主張)

甲13発注書に従って被控訴人が負っていた債務が,本件案件に係る
成果物を所定の期限までに提出するという義務(請負契約に基づく成果物提出義務)であって,平成25年12月末日まで開発業務に従事するという義務(雇用契約又は準委任契約に基づく義務)にとどまるものでないことは,以下に述べるところから明らかである。
被控訴人が控訴人を退職した後,個人事業主として控訴人と本件基本契約を交わしたことに争いはなく,当該契約に係る契約書(甲1)が請負契約書であることは,各条項を個別に引用するまでもなく明らかである。そもそも準委任契約は,サーバの保守管理のような業務について交わされる契約であって,本件のように,ソフトウェアの内容を詳細に見積もり,その開発を行う契約が請負契約であることは明らかである。9
甲13発注書には,成果物が明記されてはいないが,当該成果物
は,被控訴人が各案件の開発責任者として自ら作成したA社ス案件に係る甲10工数見積表,C社ア案件に係る甲11工数見積表及びこれらをスケジュール化した甲12開発計画によって特定されている。すなわち,甲12開発計画によれば,A社ス案件について,被控訴人は,平成25年10月末までに「最終版」を完成させる義務を負っており,その後11月末までに「デバッグ」を経て,成果物の検査・納品完了となる計画であったところ,被控訴人の遅延により成果物の完成が平成26年1月にずれ込んでいた(甲3,25の1~10)
。他方,C社ア案件
は,もともと平成26年に完成の予定であった。
したがって,被控訴人が失踪した平成25年12月時点で,被控訴人は,A社ス案件についての成果物提出義務を負っていたのであって,甲13発注書で定められた対価は,A社ス案件の成果物完成の対価を含むものであり,これに加え,C社ア案件の成果物完成の対価の一部前払金(中間金)を含むものである。
控訴人は,甲13発注書に係る委託料565万円(税別)について,被控訴人に対し,平成25年10月16日ころに315万円,同年12月28日に残金278万2500円(税込み)を支払っているが,このことは,被控訴人が甲13発注書に基づく債務を完成させたことを意味するものではない。すなわち,平成25年12月28日の時点において,A社ス案件に係る成果物は未完成であったが,被控訴人が,平成26年1月末までにこれを完成させる旨のマイルストーン(甲3。以下「甲3マイルストーン」という。
)を提出したため,その約束を前提
に,上記残金を前払いしたものである。また,C社ア案件については,もともと平成26年の完成予定であったところ,被控訴人が予定どおりに完成させることを前提に,中間金として支払ったものである。
10

控訴人と被控訴人との間で,本件案件に係る成果物が特定されており,被控訴人が当該成果物の提出義務を負っていたことは,次のようなことからも明らかである。

詳細見積書の存在
甲10及び甲11工数見積表は,いずれも被控訴人から控訴人に

メールで提出されたものであるところ,これらのメール(甲66の1及び67の1)には,甲10及び甲11工数見積表の前段階で作成された詳細見積書(甲66の2及び67の2)も添付されていた。
そもそもシステム開発においては,企画段階でメーカー(本件でいえばA社・C社)が企画仕様書を作成した上で,開発業者(本件でいえば控訴人)に開発工程を見積もらせる。開発工程は,メーカーの企画仕様書に適合した商品を完成させる工程であり,商品を構成する成果物の詳細が特定されなければ着手することができないため,企画段階で,メーカーと打合せを繰り返ししながら成果物を詳細に特定することになる。そのようにして完成したのが,上記詳細見積書であり,その要約版が甲10及び11工数見積表であって,それをスケジュールに落とし込んだのが,甲12開発計画にほかならない。こうして特定された成果物から詳細に積み上げられた工数見積りをベースにしてメーカーと控訴人との間で発注金額が協議承認され,控訴人は,特定された成果物を完成させるべく開発に着手したのである。
このように,成果物が特定されていたからこそ控訴人は,被控訴人に業務を発注し,開発に着手できたのであるのであるから,控訴人と被控訴人の間で,本件案件に係る成果物が特定されており,被控訴人が当該成果物の提出義務を負っていたことは明らかである。

被控訴人が成果物を認識し納品作業を行っていること
C社ア案件において,C社より社内プレゼンで使うための納品物の11

提出を求められたことがあったが,被控訴人はC社に対し,平成25年8月16日,その納品物を提出している(甲68)

また,A社ス案件において,被控訴人は,控訴人に対し,平成25年11月19日,平成25年11月末にA社に提出する納品物に含まれている成果物について報告している(甲69)

このような事実は,控訴人と被控訴人の間で,これらの案件に係る成果物が特定されていることを示している。

控訴人,被控訴人及びメーカーの間で成果物についての共通認識があったこと
控訴人は,C社に対し,平成25年7月19日,C社ア案件の見積書をメール(甲70の1)で提出しているところ,そのメールには見積書(甲70の4)のほか,サブ1(サブメイン)御見積り試算表(甲70の2)及びサブ2(サブサブ)御見積り試算表(甲70の3)が添付されていた。このうち,サブ1(サブメイン)の御見積り試算表(甲70の2)のファイルは,被控訴人が作成した詳細見積書(甲67の2)のファイル名を変更しただけのものである。
また,A社ス案件でも同様に,控訴人は,A社に対し,平成25年5月9日のメール(甲72の1)で見積書を送る際,資料として「御見積り資料」
(甲72の2)を送付しているところ,このファイルも
被控訴人が作成したものである。
このように,控訴人,被控訴人及びメーカーの間では,どのような成果物を作成するかについて,共通した認識があったことは明らかである。


以上のとおり,被控訴人は,控訴人に対し,本件案件に係る成果物を
所定の期限までに提出するという義務(請負契約に基づく成果物提出義務)を負っていたにもかかわらず,被控訴人は,これらの成果物を完成12

させないままに失踪し,上記義務を果たさなかったのであるから,この点において債務不履行責任を負うことは明らかである(被控訴人の負うべき債務を準委任契約に基づく義務と捉えた上で,平成25年12月28日までの業務について債務不履行はないとした原判決の判断は誤りである。。

(被控訴人の主張)

甲13発注書に基づく控訴人と被控訴人との契約は,雇用契約でない
とすれば,準委任契約であり,請負契約ではない。その理由は,以下のとおりである。
成果物の特定がないこと
C社ア案件の開発業務は,もともと平成26年1月以降も継続するものであるから,平成25年12月末時点における成果物を想定できないものであり,控訴人もこれを前提に甲13発注書に基づく発注をしている。また,控訴人は,平成25年12月末時点における被控訴人の「業務の完了」とは何であるかについて明確に供述しておらず(原審における控訴人代表者本人調書23頁)
,控訴人自身,被控訴人の「業務の完
了」が何であるかを明確に定めることなく発注していることがうかがわれる。
これらに照らせば,控訴人が,被控訴人に対し,甲13発注書に基づく発注を行うに際し,成果物が特定されていなかったことは明らかであり,そうである以上,請負契約の成立要件を欠いているから,甲13発注書に基づく控訴人と被控訴人との契約は,準委任契約であると解される。
発注書の記載
甲13発注書においても,
「業務の内容」は,
「開発業務」としか記載
されておらず,いかなるものを開発するのかが明記されていない。ま13

た,
「業務の完了期日」として「平成25年12月末日」と記載されており,通常の請負契約であれば記載されるはずの成果物の「納品期日」や「完成期日」という記載は存在しない。
「業務の完了」という文言を
文字通りにとらえれば,
「業務を終える」という意味であり,当該完了
期日まで業務を行うことで足りることになる。
このような甲13発注書の記載からすれば,これに基づく控訴人と被控訴人との契約は,特定の成果物を完成させる請負契約ではなく,指定された期日まで開発業務を行うという準委任契約であることは明らかである。
甲12開発計画の性質
控訴人は,被控訴人が作成した甲12開発計画の内容が,被控訴人に対する具体的発注内容であるかのように主張する。
しかし,甲12開発計画には平成26年5月までの計画が記載されているのに対し,甲13発注書では「業務の完了期日」が「平成25年12月末日」とされている。仮に,甲13発注書による被控訴人への発注が,甲12開発計画の承認を前提とするものであり,両者に対応関係があるのであれば,甲13発注書においても「業務の完了期日」を「平成26年5月」とするはずであるのに,そのようになっていないということは,両者が無関係なものであることを示している。
C社デバッグ案件の業務について
平成25年7月11日作成された甲12開発計画には,C社デバッグ案件の業務についての記載はないところ,控訴人によれば,その後,被控訴人は,平成25年7月31日に,同業務が追加された新たな開発計画(甲54)を控訴人に交付し,当該業務を行ったものとされる(原審における控訴人代表者本人調書27頁)
。このような経過からすると,
被控訴人は,甲13発注書が発行された時点では認識されていなかった14

C社デバッグ案件の業務を,その後,控訴人から指示を受け,新たに発注書を受けることも,別途対価を受け取ることもなく行ったことになるが,この事実は,甲13発注書に基づく控訴人の発注内容が,
「甲13
発注書記載の期間,控訴人からの指示に従って各種業務を適宜行うこと」という総括的内容であり,甲13発注書記載の対価には,その間に新たに指示される業務の対価も含まれるものであることを示している。イ
平成25年12月28日までの業務を履行したこと
以上のとおり,甲13発注書に基づく控訴人と被控訴人との契約は,雇用契約でないとすれば,準委任契約であるところ,被控訴人は,平成25年12月28日まで控訴人における業務を行ったものであるから,同日までの業務について被控訴人に債務不履行はない。


平成26年以降の業務の委託を受けていないこと
被控訴人は,控訴人から,甲13発注書に基づき,平成25年12月末までの業務について委託を受けていたものの,それ以降の業務について,いかなる発注書も受け取っておらず,委託を受けた事実は認められない。そうである以上,平成26年以降の業務について,被控訴人に債務不履行は生じ得ない。

(4)

争点(2)イ(債務不履行に基づく損害額)について

(控訴人の主張)

被控訴人に支払った請負代金593万2500円について
被控訴人は,控訴人に対し,本件案件に係る成果物を所定の期限までに提出する義務を負うところ,被控訴人は,当該義務を履行せず,引継ぎもしないまま突然失踪したのであるから,支払済みの請負代金相当額593万2500円の全額の損害賠償が認められるべきである。被控訴人は,自身の仕事の成果を主張するが,具体的な成果について何ら主張立証しておらず,また,被控訴人が失踪したために,出来高による対価15

の清算もできない状況となったのであるから,被控訴人が出来高払いを主張することは許されない。
また,仮に,甲13発注書に基づく控訴人と被控訴人との契約が準委任契約であるとしても,委任が履行の途中で終了した場合に受任者が履行の割合に応じた報酬を請求することができるのは,受任者の責めに帰することができない事由による場合に限られる。したがって,自ら業務を放棄して失踪した被控訴人が報酬を受ける権利を有しないことは明らかであるから,やはり支払済みの593万2500円の全額の損害賠償が認められる。

本件違約金条項に基づく違約罰318万1988円について
甲13発注書に基づく控訴人と被控訴人との契約が請負契約であるか,準委任契約であるかに関わりなく,被控訴人がその業務を途中で放棄したことが債務不履行に当たることは明らかであるから,本件違約金条項が適用される。
したがって,被控訴人は,控訴人に対し,違約罰として318万1988円(甲13発注書による請負代金593万2500円÷請負期間5か月÷22日≒5万3932円を1日当たりの違約罰とし,平成26年1月1日から同年2月末日までの59日分)を支払う義務がある。


A社ス案件についてのDへの追加発注費用200万円について
A社ス案件は,もともと平成25年中に完了予定であったため,開発完了までの対価は,平成25年中に,担当者である被控訴人及びDに対して全額支払済みであったところ,被控訴人の失踪により,被控訴人が平成25年中に行うべき作業を平成26年にDに追加発注したものであり,当該発注に追加費用がかかるのは当然である。しかも,被控訴人が引継ぎも行わないまま失踪したため,急きょDに一から設計してもらうことになり,高額の追加費用の支出を余儀なくされたものである。16

したがって,Dへの発注による200万円の費用(甲14)は,被控訴人の業務放棄によって生じた純粋な追加支出であるから,被控訴人の債務不履行による損害として認められるべきである。

C社ア案件についてのEへの追加発注費用300万円について
被控訴人がC社ア案件に係る業務を引継ぎなく放棄したため,控訴人は,平成26年1月,Eに対し当該業務を代金300万円で追加発注したものであるところ,その内容は,①被控訴人が行っていた業務の解析及び検証,②開発手順書の作成,③サンプルプログラムの作成である。原判決は,このうち,①についてのみ,被控訴人の業務放棄への対応のために必要となった費用であるとして,100万円の限度で損害と認めた。しかし,被控訴人は,もともとC社ポ案件において,平成25年中に,開発手順(すなわちマニュアル)の作成及びその作成に必要なサンプルプログラムの作成の業務を完了させる義務を負っていたのであり,被控訴人が完了させ,控訴人に引き継いでいれば,C社ア案件でもこれを利用できたはずであるから,上記②及び③に係る費用も,被控訴人の業務放棄によって生じた純粋な追加支出といえる。
したがって,Eに対する300万円の追加発注費用の全額が,被控訴人の債務不履行による損害として認められるべきである。


C社ア案件に係る逸失利益3637万4375円について
C社ア案件について,C社から控訴人が受ける開発業務の対価は,当初の6312万4375円から1485万円に減額されたところ,このようにC社ア案件についての見直しが行われたのは,被控訴人の業務放棄により,平成26年1月末の期限までに,C社への中間納品物(α版)の納品ができなくなったからであるから,上記減額によって生じた控訴人の逸失利益3637万4735円(見直し前の利益2522万4375円に,見直し後の損失1115万円を加えた金額)は,被控訴人の債務不履行によ17

る損害として認められるべきである。
C社ア案件に係る開発業務は,①サブ制御(サブメイン)の開発と②画面(サブサブ)の開発からなるところ,原判決は,被控訴人が担当したのは,①の業務のみであるから,①の業務の見直しが必要となった結果生じた代金減額分747万円については,被控訴人の債務不履行による損害とみられるが,②の業務の見直しによる代金減額分については,被控訴人の債務不履行との因果関係が認められない旨判断する。しかし,C社との業務委託契約では,サブメインとサブサブが一体の成果物とされており,両プログラムは一体となって動作することによって初めて機能することが求められていることからすると,サブメインの開発責任者であった被控訴人が失踪したがゆえに,サブサブを含むC社ア案件の業務全体の大幅な見直しが余儀なくされ,控訴人は,その対価の減額により得べかりし利益を失ったのであるから,その減額によって生じた控訴人の逸失利益の全額が,被控訴人の債務不履行による損害として認められるべきである。

競業避止義務違反による損害300万円について
被控訴人が失踪するまでの間,控訴人とA社との関係はすこぶる良好であり,A社ス案件の終了後,次の案件を受注することが十分期待できる状況にあった。ところが,被控訴人が,A社とOEM関係にあるB社に就職し,公然と競業避止義務に違反したため,控訴人は,A社に対する営業を自重せざるを得なくなり,その結果,300万円を下らない営業損失を受けた。この損害は,被控訴人の債務不履行(競業避止義務違反)によって通常生ずべき損害というべきであり,また,仮に,特別の事情によって生じた損害であるとしても,被控訴人はその事情を十分予見できた。
したがって,上記営業損失300万円は,被控訴人の債務不履行(競18

業避止義務違反)による損害として認められるべきである。
(被控訴人の主張)

被控訴人に支払った請負代金593万2500円について
前記⑶の(被控訴人の主張)のとおり,甲13発注書に基づく控訴人と被控訴人の契約は準委任契約であり,被控訴人は,平成25年12月28日まで同発注書記載の業務に従事し,その対価として同日までに,593万2500円の支払を受けたのであるから,被控訴人には同金額についての返還義務はない。


本件違約金条項に基づく違約罰318万1988円について
前記⑶の(被控訴人の主張)のとおり,被控訴人には,いかなる債務不履行も認められないから,違約罰の支払義務がないことは当然である。

A社ス案件についてのDへの追加発注費用200万円について
前記⑶の(被控訴人の主張)のとおり,被控訴人には,いかなる債務不履行も認められないから,被控訴人には何らの賠償義務もない。仮に,被控訴人の債務不履行があるとしても,A社ス案件に係る開発業務を行う者が被控訴人からDに代わったことにより費用が増加したと認めるに足りる証拠はないから,当該費用について,控訴人の損害は認められない。


C社ア案件についてのEへの追加発注費用300万円について
前記⑶の(被控訴人の主張)のとおり,被控訴人には,いかなる債務不履行も認められないから,被控訴人には何らの賠償義務もない。仮に,被控訴人の債務不履行があるとしても,控訴人に上記調査費用に係る損害が生じたといえるためには,控訴人がEに対して調査費用300万円を現に支払ったことの裏付けが必要であるところ,控訴人は発注書(甲15)を証拠として提出しているにとどまり,支払の事実を裏付ける証拠はない。
19

原判決は,控訴人がEに発注した業務内容のうち,
「被控訴人が行っ
ていた業務の解析及び検証」につき,被控訴人の業務放棄への対応のために必要となった費用であるとして,100万円の限度で損害と認めた。
しかし,Eは,控訴人から業務を依頼される際,被控訴人と同様に,成果物や納期を明確に特定されることなく総括的に依頼を受けていたのであり,控訴人から指示される業務に適宜対処すべき立場にあった。してみると,控訴人がEに「被控訴人が行っていた業務の解析及び検証」を行わせたところで,Eに支払う費用が特別に増大したとはいえず,控訴人に損害が発生したとはいえない。また,仮に,控訴人に何らかの損害が発生していたとしても,上記業務の対価としていくらが支払われたのかを示す客観的資料がない以上,損害額の立証はない。原判決は,300万円の内訳が不明なことから,単純な三分割により100万円の損害を認めているが,その判断は根拠を欠く。
以上のとおり,C社ア案件についてのEへの発注費用300万円
(甲15)について,被控訴人に,債務不履行による賠償義務はないのであり,100万円の限度で賠償義務を認めた原判決の判断は誤りである。

C社ア案件に係る逸失利益3637万4375円について
前記⑶の(被控訴人の主張)のとおり,被控訴人には,いかなる債務不履行も認められないから,被控訴人には何らの賠償義務もない。仮に,被控訴人の債務不履行があるとしても,控訴人には,C社と控訴人の間のC社ア案件に係る契約内容の変更に伴う損害は発生していない。
すなわち,上記契約内容の変更は,サブサブの部分を契約から削除し,サブメインの部分は対価を減額するなどして継続するというもので20

あるところ,上記変更の際に控訴人とC社との間で取り交わされた覚書(甲16)において,
「甲(C社)と乙(控訴人)は,本件変更によ
り,乙に,サブ制御プログラム業務に関する損害は一切生じないことを確認する」
(4条)と定められていることからすると,サブメイン部分
に関して控訴人に上記変更による損害が生じていないことは明らかである。
また,上記覚書によれば,サブサブの部分についても,C社が変更に伴う損害補てん金として330万7500円を支払うことにより控訴人の損害は填補されている(3条3項)

控訴人は,C社との契約の変更前の利益2522万4375円に,変更後の損失1115万円を加えた3637万4735円が控訴人の逸失利益に係る損害である旨主張する。
しかし,控訴人は,その主張する利益等を示す帳簿等の資料を何ら提出していないから,控訴人の損害額の主張は客観的な裏付けを欠く。また,原判決は,C社との契約内容の変更によるサブメインに係る代金減額分747万円から必要経費を差し引いた200万円を控訴人の損害と認定するが,当該認定も根拠を欠くものと言わざるを得ない。控訴人は,C社との契約内容の変更のうち,サブサブの部分が契約から削除されたことによる代金の減額分についても,被控訴人の業務放棄による逸失利益の損害である旨主張する。
しかし,C社ア案件において,被控訴人が専ら担当していたのはサブメイン部分であり,サブサブ部分を担当していたのは控訴人代表者であるから,サブサブの部分が契約から削除されたことと被控訴人の業務放棄とは何ら関係がない。むしろ,サブサブ部分の削除は,それまで控訴人と協力して同案件に取り組んでいた映像制作会社であるJ株式会社が同案件から外れることを契機に,控訴人代表者が経営判断として行った21

ことである。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。

競業避止義務違反による損害300万円について
本件競業避止条項は,平成26年4月の時点においても無効であるから,被控訴人がB社に就職したことは,何ら債務不履行には該当しない。
仮に,被控訴人に債務不履行があるとしても,控訴人が主張するA社への営業を自重したことによる営業損失は通常生ずべき損害ではない。
また,A社とB社の間には,資本関係もなければ,主従関係があるわけでもないから,被控訴人がB社に就職したことによって,控訴人がA社への営業を自重すべき理由はなく,そのような自重は,控訴人自らの意思に基づくものであるから,これによる損害と被控訴人のB社への就職とは関係がない。
さらに,控訴人は,A社への営業を自重したことによる営業損失が300万円を下らない旨主張するが,これを示す客観的資料を何ら証拠として提出していない。
加えて,控訴人は,上記営業損失が特別の事情により生じた損害であるとしても,被控訴人はその事情を予見できた旨主張するが,A社ス案件の終了後,A社と控訴人の間で,業務発注に関する具体的な話は出ていなかった(原審における原告代表者本人調書27頁)のであるから,そのような状況の下で,控訴人に営業損害が発生する事態を被控訴人が予見することは不可能である。
したがって,被控訴人の債務不履行(競業避止義務違反)による損害賠償として,営業損失300万円の賠償を求める控訴人主張は認められない。
22



争点⑶イ(不法行為に基づく損害額)について
(控訴人の主張)

被害の実態把握のための調査費用340万円について
控訴人は,被控訴人の本件開発データ持ち出しによる被害の実態を把握するため,3度にわたりDに依頼して調査を実施し,合計340万円の支払を余儀なくされた(甲18の1ないし3)
。原判決は,調査費用340
万円に客観的裏付けはなく,Dが他の業務を合わせて金額の支払を受けていることから,被控訴人の不法行為と相当因果関係がある損害は100万円にとどまる旨判断するが,控訴人が平成26年中にDに追加発注したのは,被控訴人失踪後にA社ス案件を200万円で追加発注したこと(甲14)及び見直し後のC社ア案件を530万円で発注したこと(甲76の1及び2)のみであり,上記340万円は全て調査費用としてDに支払われたものである。Dが平成26年中に行った業務の総工数18か月に対し,控訴人がDに平成26年中に支払った代金は1070万円であり,一月当たりの費用が約60万円であるところ,Dが行った調査に要した期間が6か月であることからすると,340万円の金額は,Dの調査業務に対応する金額といえる。
したがって,被害の実態把握のための調査費用340万円は,その全額が被控訴人の不法行為による損害として認められるべきである。


被控訴人使用のパソコンの購入代金8万4525円について
本件開発データの持ち出しに関し,被控訴人は,警察で繰り返し嘘を述べているから(甲50)
,控訴人は,証拠品である被控訴人使用のパソコ
ンを保全する必要があったのであり,被控訴人の犯罪行為に係る捜査はなお進行中であるから,証拠保全の必要性は現在も変わらない。
したがって,控訴人が当該パソコンを購入した代金8万4525円は,被控訴人の不法行為による損害と認められるべきであり,仮に全額が認め23

られないとしても,その一部が損害として認められるべきである。ウ
控訴人代表者の人件費200万円について
被控訴人との紛争を処理するため,控訴人代表者は忙殺され,平常業務に優先して,その処理を行わざるを得なかった。このような負担を人件費に換算すれば,優に200万円を超える。
したがって,控訴人の負担する人件費(控訴人代表者の役員報酬)の増加の有無に関わらず,上記人件費相当額200万円は,被控訴人の不法行為による損害として認められるべきである。

(被控訴人の主張)

被害の実態把握のための調査費用340万円について
控訴人が平成25年中に発行したDに対する発注書(甲37の1)をみても,
「業務の内容」として具体的な成果物は記載されていないので
あり,これからすると,Dも,被控訴人と同様に,成果物や納期を明確に特定されることなく総括的に依頼を受け,控訴人から指示される業務に適宜対処すべき立場にあったものと考えられる。
そうすると,控訴人からDへの合計340万円の発注書(甲18の1ないし3)に係る発注も,被害の実態把握のための調査(被控訴人の使用していたパソコン等の調査)に限られるものではなく,同時期に控訴人が実施し,Dが担当するべき全ての業務を対象とし,その対価が定められていたものと考えられる。
したがって,Dが,上記の調査を行ったとしても,これによって控訴人の費用が増加したものではなく,損害が発生しているとはいえない。控訴人発行の発注書によれば,控訴人がDに平成26年中に発注した金額は合計1070万円とされる(甲14,18の1ないし3,76の1及び2)
。他方,控訴人提出の科目別元帳(甲64の1及び2)によ
れば,控訴人は,Dに対し,上記発注書記載の業務完了日に当該業務の24

委託料に対応する金額を支払っておらず,しかも,平成26年中にDに支払われた金額は総額970万円にすぎない。
このように,控訴人がDに対して発行する発注書は,実際の支払額と適合したものではないというべきであるから,Dへの「損害に関する調査業務」に係る発注書(甲18の1ないし3)の委託料の金額が合計340万円であるとしても,Dが行った被控訴人の使用していたパソコン等の調査業務に係る対価が実際にどの程度であったのかは,明らかではない。
仮に,控訴人がDに被控訴人の使用していたパソコン等の調査業務を行わせていたとしても,同業務を他者に行わせる場合の適正な価格は何ら明らかとなっていない。
この点,C社ア案件において,控訴人が,Eに対しDが作成したプログラムの確認及び検証作業を30万円で発注し,また,Dに対しEが作成したプログラムの確認及び検証作業を30万円で発注していることからすると,これと類似した被控訴人使用のパソコン等の調査業務についても,適正な対価は30万円を超えないと考えられる。
したがって,控訴人に,被害の実態把握のための調査費用に係る損害が発生しているとしても,その額は30万円を超えるものではない。イ
被控訴人使用のパソコンの購入代金8万4525円について
控訴人に,証拠品である被控訴人使用のパソコンを保全する必要があったとしても,控訴人がパソコンを所有していることに変わりはなく,パソコンが滅失又は毀損しているものでもない以上,購入代金相当額の損害が発生しないことは明らかである。
また,被控訴人が持ち出したデータが記録されたUSBメモリ及びパソコンは,現在も捜査機関に押収されている状況であるから,控訴人が被控訴人の使用していたパソコンを保全すべき必要性はなく,この点からもパ25

ソコンの購入代金相当額の損害は認められない。

控訴人代表者の人件費200万円について
控訴人は,控訴人代表者が被控訴人との紛争を処理するために要した負担に相当する人件費として200万円の損害を受けた旨主張する。しかし,被控訴人代表者が,紛争処理のための負担を要したとしても,それによって具体的に控訴人に損害が生じていなければ,控訴人が被控訴人に賠償請求すべきものは存在しない。しかるところ,控訴人に,具体的に人件費等の損害が発生したことをうかがわせる証拠は存在しないから,控訴人の上記主張は認められない。

第3
1
当裁判所の判断
控訴人と被控訴人の間の契約の性質について
被控訴人が失踪した平成25年12月29日当時,控訴人と被控訴人の間には,被控訴人が控訴人におけるソフトウェア開発業務を行うことを内容とする契約関係が存在したところ,当該契約の性質について,控訴人は,所定の成果物の提出義務を伴う請負契約である旨主張するのに対し,被控訴人は,成果物提出義務を伴わない雇用契約又は準委任契約である旨主張するので,まず,この点について検討することとする。
(1)

認定事実
前記前提事実(原判決「事実及び理由」第2の1)のほか,証拠(甲1
3,34,49,51,乙1,5の1ないし3,乙8,原審における控訴人代表者本人尋問の結果(以下「控訴人代表者本人」という。,同じく被控訴)
人本人尋問の結果(以下「被控訴人本人」という。
)及び弁論の全趣旨によ
れば,次の事実が認められる。

被控訴人は,平成19年7月,控訴人に雇用され,以後,控訴人の事
務所において,暦上の休日及び年末年始等を休日,午前9時から午後6時までを勤務時間として勤務し,プログラマーとして,控訴人が顧客から受26

注したパチスロ等に係るソフトウェア開発の業務に従事していた。イ
被控訴人は,平成24年7月ころ,控訴人代表者から,控訴人と被控
訴人の雇用関係を解消し,今後は,被控訴人が個人事業主として控訴人の業務を行うことを提案された。これを受けて,被控訴人は控訴人に退職届を提出し,同年10月15日,控訴人と被控訴人の間で,前記前提事実(原判決「事実及び理由」第2の1(2))のとおりの本件基本契約が締結された。

本件基本契約締結以後における被控訴人の業務従事等の実態は,次の
とおりであった。
被控訴人は,専ら控訴人の業務に従事しており,他の顧客から仕事を請け負うことはなかった。
業務の内容は,控訴人が顧客から発注を受けて手掛けるパチスロ等に係るソフトウェアの開発作業を開発責任者又はプログラマーとして行うというものであり,本件基本契約締結以前の業務と特段異なるものではなかった。
業務を行う場所は,控訴人の事務所であり,控訴人が所有し,本件基本契約締結以前から被控訴人が使用していた専用のパソコンを使用して作業を行っていた。休日及び勤務時間も本件基本契約締結以前と同様であった。
被控訴人が行う具体的な業務の割り振りの決定権は控訴人代表者にあり,例えば,控訴人代表者は,被控訴人が担当していたA社ス案件の作業が遅れていたことから,その判断で被控訴人の担当業務を一部に限定するなどしたほか,被控訴人に対し,甲12開発計画には記載のないC社デバッグ案件の業務を割り当てるなどしている。また,上記

のとお

り,被控訴人は,控訴人の事務所で作業を行っており,控訴人代表者は,被控訴人の作業状況を容易に確認し得る状況にあった。さらに,被27

控訴人は,作業の進捗状況を適宜控訴人代表者に報告し,控訴人代表者は,被控訴人の作業のやり方等に,注意や指示を与えるなどしており,業務遂行上の指揮監督の状況においても,本件基本契約締結以前と特段異なるものではなかった。
被控訴人は,その業務において,控訴人の社名,住所及び連絡先が記載され,控訴人の「テクニカルディレクター」の肩書が付された名刺を使用していた。
他方,被控訴人は,本件基本契約締結以前とは異なり,その業務を行うに当たり,控訴人から被控訴人宛ての発注書の交付を受けていた。被控訴人が平成25年中に交付された発注書及びその記載内容は,次のとおりである。

平成25年1月20日付け発注書(乙5の1)
業務の内容:開発業務
本契約の発効日:平成25年2月1日
業務の完了期日:平成25年4月末日
納品場所:控訴人事務所
委託料(税別)
:250万円


平成25年4月26日付け発注書(乙5の2)
業務の内容:開発業務
本契約の発効日:平成25年5月1日
業務の完了期日:平成25年5月末日
納品場所:控訴人事務所
委託料(税別)
:88万円


平成25年7月26日付け発注書(甲13発注書,乙5の3)
業務の内容:開発業務
本契約の発効日:平成25年8月1日
28

業務の完了期日:平成25年12月末日
納品場所:控訴人事務所
委託料(税別)
:565万円
報酬については,本件基本契約締結以前には毎月の給与として支払われていたのに対し,本件基本契約締結以後は,年数回に分けて,控訴人発行の発注書記載の委託料として支払われるようになった。平成25年中の支払状況をみると,上記

の各発注書記載の「委託料」に相当する

税込み額が,それぞれ一括又は分割により支払われている。例えば,甲13発注書に係る593万2500円(税込み)については,平成25年10月16日に315万円,同年12月28日に残金278万2500円が支払われている。
(2)

検討
上記認定事実を踏まえて,控訴人と被控訴人の間の契約の性質が,請負契約であるのか,雇用契約等であるのかについて検討するに,控訴人と被控訴人との間で締結された本件基本契約の各条項(甲1)をみる限りは,その内容が請負を内容とするものであることは否定できないところである。
しかしながら,使用者と労働者との間における労働契約の存否については,明示された契約の形式のみによることなく,その労務供給形態の具体的実態に照らし事実上の使用従属関係があり,当該使用従属関係を基盤とする契約を締結する旨の当事者間に客観的に推認される黙示の意思の合致があるか否かにより判断されるべきものといえる。特に,本件では,被控訴人が控訴人に現に雇用されていた状況の下で,控訴人代表者からの提案により,当該雇用関係が解消され,本件基本契約の締結に至ったという経過があるところ,一般に,労働者の立場にある者が使用者から上記のような提案を受けた場合,これを容易に拒絶し難いであろうことは,推察し得29

るところである。また,この時点において,被控訴人が,労働関係法令によって保護される労働者としての地位をあえて放棄し,リスクの高い個人事業者の地位を選択し,控訴人との契約を請負契約に切り替えようとする積極的な理由は認め難いのであり,これらの事情を勘案すれば,被控訴人が真にその自由意思によって控訴人との雇用契約関係を解消し,請負を内容とする本件基本契約を締結したと断ずることには疑問がある。してみると,本件においては,控訴人と被控訴人の間で本件基本契約が締結された事実があるからといって,当該契約に規定された各条項どおりの契約が成立したものと直ちに断ずることはできないのであり,本件基本契約の各条項に従った請負契約の成立が認められるためには,本件基本契約締結以後の被控訴人による労務提供の実態や報酬の労務対価性等が,それ以前の雇用関係の下におけるものと異なっており,真に請負契約としての実質を備えたものであることが認められる必要があるのであって,そうでない限りは,従前と同様の雇用契約関係が継続しているものと解するのが,客観的事実から推認される当事者間の黙示の意思に適合するものというべきである。

そこで,上記認定事実に基づき考察するに,まず,被控訴人による労務提供の実態をみると,業務の内容,勤務場所,勤務時間,業務遂行上の指揮監督の状況において,本件基本契約締結の前後で格別の相違は見られない。また,本件基本契約締結以後の業務においては,その勤務時間からして,被控訴人が控訴人以外の業務を受注し得る状況にはなく,現に,その実績もないのであり,業務の専属性は高いものといえるし,そのような状況もあって,被控訴人が控訴人から求められた業務を断る自由(諾否の自由)があったとは考えにくい。そのほか,本件基本契約締結以後の業務においても,被控訴人が使用する主要な機材(パソコン)は控訴人所有のものであり,業務上使用する名刺も控訴人の社員用のものであって,いずれ30

も本件基本契約締結以前と異ならない。
他方,報酬の労務対価性に関しては,報酬の決め方や支払方法が,前記(1)

本件基本契約締結の前後で相違していることが

認められる。しかしながら,控訴人発行の発注書の記載には,
「業務の内
容」として,
「開発業務」との概括的な記載しかなく,その対価である
「委託料」についても総額が記載されるのみである。一般に,請負契約において発注書等で請け負うべき業務の内容やその対価の額を定める場合には,業務内容の詳細やそれに対応した対価の額の内訳を記載し,当事者間の認識を明確化し,後の紛争防止を図るのが通常といえるのであり,これからすれば,上記のような概括的な記載しかない発注書によって報酬の額を定める方法は,業務の成果と報酬との具体的な対応関係が明らかではなく,真に請負としての実質を備えたものと評価することは困難である。むしろ,上記発注書の記載は,
「本契約の発効日」から「業務の完了期日」
まで,控訴人における「開発業務」に従事すること全般に対する対価を定めたもの(すなわち,雇用契約上の報酬額を,それが,労働基準法の定めに合致するかどうかはともかくとして,月々の給与としてではなく,不定期の期間ごとに区切って,その都度定めたもの)と理解することが可能であるといえる。
以上によれば,本件基本契約締結以後の被控訴人による労務提供の実態や報酬の労務対価性等をみても,それ以前の雇用関係の下におけるものと異なるものではなく,真に請負契約としての実質を備えたものであることが認められるとはいえないから,控訴人と被控訴人の間の契約の性質は,本件基本契約締結以後においても,それ以前と同様の雇用契約のままであったと解するのが相当である。そして,そうである以上,本件基本契約のうち,雇用契約の性質に反する条項は,その効力を有しないものというべきである。
31


他方,控訴人は,控訴人と被控訴人の間では,本件案件に係る成果物が特定されており,被控訴人は控訴人に対し特定の成果物提出義務を負っていた旨(すなわち,控訴人と被控訴人の間の契約は請負契約である旨)を主張し,これを示す事情として,A社ス案件及びC社ア案件について,被控訴人が,甲10及び11工数見積表,その前提となる詳細見積書(甲66の2,67の2)
,それらをスケジュール化した甲12開発計画及び顧
客向けの見積試算表(甲70の2)や見積資料(甲72の2)を作成していた事実を挙げる。
しかし,被控訴人が,控訴人の受注したA社ス案件及びC社ア案件について,開発責任者又はプログラマーとして開発業務に当たっていた以上,これらの案件において想定される最終的な成果物を把握し,この点について控訴人との共通認識があったことは当然のことであり,このことは,控訴人と被控訴人の間の契約が,請負であるか,雇用であるかに関わらないことである。また,控訴人の要求に応じて,これらの案件に係る工数見積表等の資料を作成することは,開発責任者等としての業務の範囲内のことと考えられるのであり,このことも,控訴人と被控訴人の間の契約が,請負であるか,雇用であるかに関わらないことといえる。
したがって,控訴人の上記主張は,控訴人と被控訴人の間の契約の性質いかんに関わる事情を指摘するものではないから,これによって上記イの判断が左右されるものではない。

2
争点(1)のうち,本件競業避止条項に基づく差止請求の可否について
(1)

前記前提事実(原判決「事実及び理由」第2の1(2)ア

のとおり,本

件競業避止条項は,被控訴人に対し,本件基本契約期間中及びその終了後12か月間,控訴人の業務内容と同種の行為を自ら又は第三者をして行うことを禁じるものであるところ,前記1(1)のとおり,被控訴人は,本件基本契約締結以後においても,控訴人が顧客から発注を受けて手掛けるパチスロ等32

に係るソフトウェアの開発業務を開発責任者又はプログラマーとして行う立場にあり,その際,控訴人又はその顧客の営業秘密を取り扱うことは当然想定されることであるから,控訴人としては,被控訴人がこれらの営業秘密やその他控訴人の業務を通じて知り得た知識を用いて競業行為を行うことにより控訴人に不利益が生じることを防止する必要があることは明らかである。そうすると,本件基本契約において,控訴人が被控訴人に対し,被控訴人が控訴人の業務を行う本件基本契約期間中及びその終了後12か月程度の期間につき,本件機密保持契約上の義務に加え,被控訴人が控訴人と同種の業務を行うことを禁止する旨の約定をすることは,それが被控訴人の職業選択の自由又は営業の自由を制限するものであることを考慮しても十分合理性のあることであり,このことは,前記1(2)イのとおり,本件基本契約締結以後の控訴人と被控訴人の間の契約が雇用契約であることを前提としても同様である(被控訴人が,ソフトウェアの開発責任者を務めるなど,重要なポジションにあり,それだけ営業秘密に触れる機会も多かったと考えられることからすれば,上記程度の制約を受けることはやむを得ないものといわざるを得ない。。

したがって,本件基本契約締結以後の控訴人と被控訴人の間の契約が雇用契約であることを前提としても,本件競業避止条項は有効であり,被控訴人は控訴人に対し,当該契約期間中及びその終了後12か月の間,控訴人の業務内容と同種の行為を自ら行い,又は第三者をして行わせない義務を負うものといえる。
なお,被控訴人は,本件基本契約では,一方当事者が解除に合意しない限り,永久に本件基本契約が存続し,本件競業避止条項も存続することになるから,被控訴人の職業選択の自由を過度に制約することになるなどとして,本件競業避止条項は公序良俗に違反し,無効である旨主張する。しかし,後記(2)で述べるとおり,当事者間の明示的な解除の合意がなくとも,黙示の33

辞職の意思表示を認定するなど,具体的な状況に応じて雇用契約の終了を認定することもできることからすれば,永久に本件競業避止条項が存続するような事態は想定されないというべきであるから,本件競業避止条項が公序良俗に違反するとはいえない。
(2)

次に,本件競業避止条項によれば,被控訴人の競業避止義務の存続期間
は,
「契約の終了後12ケ月間」とされるため,控訴人と被控訴人との間の雇用契約が既に終了しているか否か,又,終了しているとすればその時期はいつかが問題となる。
そこで検討するに,そもそも期間の定めのない雇用契約においては,労働者は,所定の予告期間を置けば,いつでもその契約を解約(すなわち辞職)し得る(民法627条)のであるから,本件においても,被控訴人が控訴人に対し,明示又は黙示に辞職の意思表示をしたものと認められる場合には,その時点から所定の予告期間が経過することにより,控訴人と被控訴人との間の雇用契約は終了したものと解することができる(本件基本契約21条の定めは,このような解釈を採用することの妨げになるものではないというべきである。。

この点,被控訴人は,被控訴人が失踪後の平成26年1月4日にDに控訴人事務所のカードキーを送付・返却した時点で,被控訴人が控訴人の下で就労する意思のないことが明らかにされているから,これをもって控訴人との契約を解除する黙示の意思表示とみるべきである旨主張するが,単に控訴人事務所のカードキーを返却したという行為のみからは,必ずしも辞職の意思が明確に読み取れるものではないから,これのみをもって黙示の辞職の意思表示であると断ずることは困難というべきである。しかしながら,被控訴人は,控訴人の平成26年の業務が開始した以降も,控訴人事務所に出勤せず,控訴人代表者らにその所在を知らせることも,連絡を取ることもないままの状態を続け,同年4月にはB社に就職するに至っているのであり,他34

方,控訴人においても,同年1月中旬ころには,被控訴人の業務離脱を前提に,同人が担当していた業務をDやEに行わせる(甲14,15)などしているのであるから,控訴人と被控訴人の間では,遅くとも被控訴人の業務放棄が明白となった平成26年の2月ころには,被控訴人の辞職が当然の共通認識になっていたものと推認される。さらに,より確実な時期を言えば,控訴人が,被控訴人を債務者として不正競争行為等の差止めの仮処分命令を申し立てた平成26年11月の時点においては,両者の紛争が顕在化し,被控訴人が控訴人の下で就労することがあり得ない状況にあったものであり,被控訴人の辞職が控訴人と被控訴人の間の共通認識になっていたことは明らかである。してみると,遅くともそのころまでには,被控訴人による黙示の辞職の意思表示があったものと認めることができるというべきであり,そうであるとすると,上記予告期間や本件競業避止条項における「12ケ月間」の付加期間を考慮しても,当審の口頭弁論終結時である平成29年6月14日の時点において,被控訴人の競業避止義務の存続期間が経過していることは明らかである。
(3)

以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の本件
競業避止条項に基づく差止請求には理由がない。
3
争点(1)のうち,不競法3条1項に基づく差止請求の可否について(1)

控訴人は,被控訴人が控訴人保有の本件開発データを持ち出したことは
不競法2条1項4号の営業秘密の不正取得に当たるとした上で,不競法3条1項の差止請求として,被控訴人がパチンコ・スロットの販売及び開発を行っている会社においてプログラマー及びその他の職種として業務に従事することの差止めを求めている。
しかしながら,不競法3条1項に基づく差止請求として認められるのは,不正競争によって他人の営業上の利益が侵害され,又は侵害されるおそれがある場合に,その侵害の停止又は予防を求めること,すなわち,不正競争に35

該当する営業利益侵害行為が現に行われ,又はそれが行われるおそれがある場合に,当該侵害行為の停止又は予防を求めることであり,これを不競法2条1項4号の不正競争に即して言えば,不正取得された営業秘密が現に使用又は開示され,又はそのおそれがある場合に,当該使用行為等の停止又は予めの禁止を求めることである。これに対し,控訴人の上記請求は,被控訴人がパチンコ・スロットの販売及び開発を行う会社の業務に従事すること全般(すなわち,控訴人の競業会社での業務従事全般)の禁止を求めるものであるところ,被控訴人がこのような業務に従事することが,直ちに控訴人の営業秘密とされる本件開発データを使用又は開示することを意味するものではないから,控訴人の上記請求は,不競法3条1項に基づく差止請求としては過剰な請求といわざるを得ない。
(2)

他方で,被控訴人がパチンコ・スロットの販売及び開発を行う会社の業
務に従事すれば,当然に本件開発データの使用等に及ぶ蓋然性が高いといった特段の事情がある場合には,控訴人の上記請求が認められる余地もあり得ないではないので,この点について検討する。

まず,証拠(甲62,63,乙8,9,11,15,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,①被控訴人は,平成25年12月29日に本件開発データを持ち出した後,平成26年4月1日にB社に就職してスロットの開発に従事したが,平成27年11月15日にB社を退職し,その後,平成28年5月17日まで株式会社Gで,同年8月31日までH株式会社で,その後は株式会社Iでそれぞれ就労したこと,②上記各社のうち株式会社Iを除く会社はいずれもパチスロ等の開発を業務としており,株式会社Iもパチスロ等の業務用アミューズメント機器の販売等を業務としていることが認められる。このように,被控訴人は,本件開発データの持ち出し後に,控訴人と同種の事業を行う会社への就職・退職を繰り返している事実が認められるところ,平成19年以降控訴人の下で専らパチスロ36

等に係るソフトウェアの開発業務に従事してきた被控訴人の職歴,経験からすれば,被控訴人がパチスロ等に関係する会社に就職し,プログラマーとしての業務に従事することはごく自然な選択といえるから,このような就職等の事実自体から,被控訴人がこれらの会社において本件開発データの使用や開示に及んでいることが直ちに推認されるものではない。また,そのほかに,当該使用・開示が行われたことを示す具体的な証拠(例えば,これらの会社が製作した製品に本件開発データのいずれかが使用された形跡があることを示す解析結果など)があるものでもない。

また,前記前提事実(原判決「事実及び理由」第2の1⑷)のとおり,控訴人と被控訴人の間では,控訴人が申し立てた仮処分命令申立事件において,被控訴人が,パチンコ・スロット用ソフトウェアを開発するに当たり本件開発データを自ら使用し又は第三者に使用させないこと及びその情報が記録された電子媒体及び紙媒体を廃棄することを内容とする和解が成立しており,被控訴人によって本件開発データの使用が行われないことは,法的強制力を伴う義務によって担保されているものといえる。しかも,被控訴人が本件開発データを持ち出すのに用いたUSBメモリ及びこれからデータが移された被控訴人所有のパソコンは,被控訴人を被疑者とする建造物侵入・窃盗被疑事件に係る捜査の過程で警察に押収されており(甲7),被控訴人の手元にはない現状にある(乙9,弁論の全趣旨)。また,被控訴人が印刷した紙媒体についても,被控訴人は既に廃棄した旨を述べており(甲27の1ないし10),これを否定し得る明確な証拠はない。なお,控訴人は,被控訴人は,①本件開発データが記録された電子媒体及び紙媒体を廃棄しておらず,②C社の担当者と連絡を取るなど,本件和解条項に違反している旨主張するが,①の事実を認めるに足りる確たる証拠はなく,②の行為は,直ちに被控訴人が本件開発データ中の情報を使用したことを意味するものではないから,控訴人の上記主張は採37

用できない。

さらに,本件開発データは,飽くまでもA社ス案件に係るパチスロのためのプログラム等のデータであるところ,これを他社が製作する別のパチスロ等にも使用することができるかは,必ずしも具体的に明らかではない。また,仮に,本件開発データ中に他社の製品にも流用し得る汎用的部分(ただし,営業秘密としての価値が認められる程度には独自性がある部分)があるとしても,本件開発データは,平成25年12月29日までに製作されたものであり,他方,パチスロやパチンコが新機種導入のサイクルが短い製品であること(当裁判所に顕著な事実)からすれば,製作後3年以上が経過した現時点(当審の口頭弁論終結時である平成29年6月14日)における製品にも当該データを流用し得るかは疑問というべきである。


他方,控訴人は,「被控訴人は,「引っ越しリスト」(甲26)を準備するなどして計画的に本件開発データを持ち出したものであり,当初からこれを他社に流用する目的を有していたものと認められるから,今後も本件開発データの使用等を行うおそれがある。」旨主張する。
この点,控訴人が指摘する「引っ越しリスト」(甲26)とは,被控訴人が使用していた控訴人所有のパソコンのアクセス履歴に残った「引っ越しリスト

Y(姓)

作業確認」との表題の付されたデータを指すもので

あるが,当該データは,アクセス履歴にその表題が残されるのみで,その内容は明らかではなく,当該表題のみからその内容まで推測することは困難であって,これが被控訴人の失踪に関わるものであるか否かは判然としないというほかない。また,仮に,これが被控訴人の失踪に係る引っ越しの準備内容を記載したデータであることが認められるとしても,引っ越しの準備をすることと本件開発データを持ち出すこととは直ちに結びつくものではないから,当該データの存在によって,被控訴人が本件開発データ38

の持ち出しを事前に計画していたことが示されるとはいえず,他にこれを認めるに足りる的確な証拠もない。むしろ,被控訴人が,最初に控訴人の競業会社であるB社と接触したのは,上記持ち出しから2か月以上が経過した平成26年3月上旬であり,それまでの間に競業会社に接触した形跡が認められないことは,被控訴人が当初から当該データを他社に流用する目的を有していたとの事実に沿わない事情といえる。
また,仮に,被控訴人が本件開発データを持ち出すに際しこれを他社に流用する目的を有していたとしても,そのことは,現時点においても,被控訴人が同様の目的を有し続けており,被控訴人が競業会社の業務に従事すれば,当然に本件開発データの使用等に及ぶ蓋然性が高いことを直ちに示すものではない。むしろ,上記イのような本件開発データ持ち出し後の事情,すなわち,本件開発データの持ち出しを巡って,控訴人との民事上の紛争が生じ,仮処分命令申立事件において被控訴人が本件開発データの不使用を約する和解が成立した上,被控訴人は,被疑者としての捜査対象ともなって,所有パソコン等の押収まで受け,更に,本件訴訟も係属しているという状況からすれば,現時点において,被控訴人があえて本件開発データの使用等に及ぶリスクを冒そうとすることは,考えにくいというべきである。

小括
以上述べたところを総合すれば,被控訴人がパチンコ・スロットの販売及び開発を行う会社の業務に従事すれば,当然に本件開発データの使用等に及ぶ蓋然性が高いというべき特段の事情は認められない。



以上の次第であるから,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の不競法3条1項に基づく差止請求には理由がない。

4
争点⑵ア(被控訴人の債務及びその不履行)について前記1で述べたとおり,被控訴人が失踪した平成25年12月29日当時,39

控訴人と被控訴人の間に存在した契約は雇用契約であると解されるので,これを前提に,その当時に被控訴人が控訴人に対して負担していた債務の内容及びその不履行の有無について検討する。


認定事実
前記前提事実(原判決「事実及び理由」第2の1)のほか,証拠(甲3,10ないし13,17,34,41,44,45,49,51,70の1ないし4,乙8,控訴人代表者本人,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

控訴人は,平成25年5月,A社からパチスロに係るプログラム等の開発(A社ス案件)を受注し,また,同年7月ころ,C社からパチンコに係るプログラム等の開発(C社ア案件)を受注し,それぞれそのころからこれらの開発業務を行った。
被控訴人は,上記各受注の前提となる工数見積表(甲10及び11工数見積表)を作成したほか,上記各受注後は,控訴人の下で,開発責任者又はプログラマーとして,上記各案件に係るプログラム等の開発業務に従事した。具体的には,被控訴人が平成25年7月11日に作成し,控訴人に提出した各案件に係るスケジュール表(甲12開発計画)によれば,A社ス案件は作業期間を平成25年6月から11月まで,C社ア案件は作業期間を同年6月から翌26年5月まで,更にC社を発注元とする別の案件(C社ポ案件)は作業期間を平成25年6月から12月までとすること,被控訴人は,A社ス案件につき抽選テーブル,役物制御等の作業を,C社ア案件につきトライアル版サブメイン,α版サブメイン等の作業を,C社ポ案件につき原理試作,β版抽選処理等の作業を担当することが予定されていた。


控訴人は,平成25年7月26日,被控訴人に対し,前記1⑴ウ
cの

とおりの内容の甲13発注書を交付したが,同書の「業務の内容」に記載40

された「開発業務」に上記A社ス案件及びC社ア案件に係る開発業務が含まれることは,控訴人と被控訴人の間の共通認識であった。

その後,被控訴人は,遅くとも平成25年12月28日までに,平成26年1月7日からC社デバッグ案件に係る業務を行うよう控訴人から指示された。


A社ス案件に係る開発業務は,サブ制御プログラム(サブメイン)の開発と同プログラムによって制御される画像等に係るプログラム(サブサブ)の開発とに大別されるところ,被控訴人は,当初は案件全体の開発責任者であったが,平成25年8月ころ,作業の遅れが見られたことから,控訴人代表者の判断により,被控訴人のサブサブの業務を控訴人代表者が引き取り,以後,被控訴人は,専らサブメインの開発業務を行うようになった。
しかし,平成25年11月までに完了する予定であった被控訴人の業務は,同年12月28日の時点でも完了しなかった。そこで,被控訴人は,控訴人代表者に対し,自ら作成した甲3マイルストーンを示し,A社ス案件に係る被控訴人の業務を翌26年1月には完了させる旨を約した。

また,C社ア案件に係る開発業務も,サブ制御プログラム(サブメイン)の開発と画像に係るプログラム(サブサブ)の開発とに大別されるところ,被控訴人は,サブメインの開発について責任者として業務を行っていた。

控訴人代表者は,平成25年12月28日,控訴人事務所において,被控訴人に対し,同人の仕事の内容やそのやり方について注意を与えるなどした。また,その後,控訴人代表者は,被控訴人を控訴人代表者の自宅に呼び出し,同様に同人の仕事のやり方等についての注意を与えるなどした。


被控訴人は,平成25年12月29日,控訴人が管理する被控訴人の連絡先情報を削除した上,業務に関する引継ぎを何ら行うことなく失踪し,41

その後も控訴人に連絡を取らないまま,平成26年4月1日には,パチスロ等の開発を業務とするB社に就職し,平成27年11月15日に退職するまで,プログラマーとしてパチスロの開発業務に従事した。


検討

業務放棄について
前記1で述べたとおり,平成25年12月29日当時,控訴人と被控訴人の間に存在した契約は雇用契約(期間の定めのないもの)であると解されるから,被控訴人は控訴人に対し,同契約に基づき,控訴人の指揮命令に従って所定の労務を提供すべき義務を負うものといえる。具体的には,その当時,被控訴人は,控訴人の指示に基づき,A社ス案件のサブメインの開発業務及びC社ア案件のサブメインの開発業務に従事し,その作業が継続中であったのであり,更に,平成26年1月7日からはC社デバッグ案件に係る業務を行うよう控訴人から指示されていたのであるから,被控訴人は,控訴人に対し,平成26年1月以降も,これらの案件(本件案件)の開発業務に係る労務を提供すべき義務を負っていたものといえる。また,雇用契約において,労働者は,使用者に対し,上記労務提供義務に付随して,当該労務の提供を誠実に行い,使用者の正当な利益を不当に侵害してはならない義務を負うものといえるところ,このような労働者の誠実義務からすれば,被控訴人が職を辞して労務の提供を停止するに当たっては,使用者である控訴人に対し,所定の予告期間を置いてその旨の申入れを行うとともに,自らが担当していた控訴人の業務の遂行に支障が生じることのないよう適切な引継ぎ(それまでの成果物の引渡しや業務継続に必要な情報の提供など)を行うべき義務を負っていたものというべきである。
しかるところ,被控訴人は,平成25年12月29日,控訴人代表者らに対し自己の担当業務に関する何らの引継ぎもしないまま突然失踪し,以42

後,控訴人の業務を全く行わず,控訴人に何らの連絡もしなかったのであるから,このような被控訴人の行為が,控訴人との雇用契約に基づく上記労務提供義務及び誠実義務(労務の提供を停止するに当たって,所定の手順を踏み,適切な引継ぎを行う義務)に違反し,債務不履行を構成することは明らかであり,被控訴人は,これによって控訴人に生じた損害を賠償する義務を負う。
なお,被控訴人は,被控訴人の上記業務放棄は,その前日に控訴人代表者が激高し,被控訴人に罵声を浴びせるなどして脅迫したことにより,被控訴人が生命の危険を感じ,精神的に不安定となったことによるものであるから,被控訴人に帰責事由はない旨主張する。しかし,平成25年12月28日の控訴人代表者と被控訴人とのやりとりにおいて,控訴人代表者が被控訴人に生命の危険を感じさせるほどの脅迫的言辞を用いたとの事実は,被控訴人がその旨を述べる(乙8,被控訴人本人)のみで,控訴人代表者はこれを否定しており(甲49,控訴人代表者本人),他にこれを裏付ける証拠もない。他方,控訴人代表者自身が上記やりとりの際の被控訴人の言動に強い憤りを感じた旨を述べていること(甲49)からすれば,その際に,控訴人代表者が激しい叱責を加えたことも考えられるが,使用者が労働者に対し業務上の注意を与える際に,ある程度の強い叱責が行われることは通常あり得ることであり,平成19年から約6年にわたって雇用関係にあった控訴人代表者と被控訴人の間でも同様の状況がこれまでにもあったことが推察されるから,今回に限り,そのような叱責によって,被控訴人が業務継続ができないほどの精神的な不安定に陥ったとは考えにくいものといえる。したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。

競業避止義務違反について
前記2(1)で述べたとおり,被控訴人は控訴人に対し,本件競業避止条43

項に基づき,控訴人と被控訴人との雇用契約期間中及びその終了後12か月の間,控訴人の業務内容と同種の行為を自ら行い,又は第三者をして行わせない義務を負うものといえる。
しかるところ,被控訴人は,平成26年4月1日から平成27年11月15日まで,控訴人の業務内容と同様のパチスロ等の開発を業務とするB社で就労し,プログラマーとしてパチスロの開発業務に従事していたのであり,他方,上記雇用契約の終了時期が前記2(2)のとおりであると認められることからすれば,被控訴人がB社で就労していた時期に,被控訴人が上記義務を負っていたことは明らかである。
したがって,被控訴人の上記就労が,控訴人との雇用契約に付随する競業避止義務に違反し,債務不履行に当たることは明らかであり,被控訴人は,これによって控訴人に生じた損害を賠償する義務を負う。
5
争点(2)イ(債務不履行による損害額)について
(1)

被控訴人に支払った請負代金593万2500円について
控訴人は,被控訴人が控訴人に対し,本件案件に係る成果物提出義務を負
うこと(すなわち,控訴人と被控訴人との間の契約の性質が請負契約であること)を前提に,控訴人が被控訴人に平成25年12月28日までに支払った請負代金相当額593万2500円全額が,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行による損害となる旨主張する。
しかしながら,前記1(2)イで述べたとおり,控訴人と被控訴人との間の契約は,本件基本契約締結以降においても雇用契約であると解され,甲13発注書は,
「本契約の発効日」から「業務の完了期日」まで,控訴人におけ
る「開発業務」に従事すること全般に対する対価を定めたものと理解されることからすれば,控訴人が被控訴人に平成25年12月28日までに支払った593万2500円(甲13発注書記載の「委託料」に相当するもの)は,被控訴人が控訴人に対し,甲13発注書記載の「業務の完了期日」であ44

る「平成25年12月末日」まで労務を提供したことに対する対価であると理解することができる。そして,被控訴人は,控訴人の平成25年の仕事が終了した平成25年12月28日までは,控訴人の下で,その担当する業務に係る労務を提供していたのであるから,これに対する対価である上記金額を収受し得るものといえる。
したがって,控訴人が被控訴人に支払った593万2500円に相当する金額が,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行による損害となるものとはいえず,また,控訴人が被控訴人に当該金額の返還を求め得る理由もない。(2)

本件違約罰条項に基づく違約罰について
前記1(2)イで述べたとおり,控訴人と被控訴人との間の契約が,本件基
本契約締結以降においても雇用契約と解される以上,本件基本契約の各条項のうち,雇用契約の性質に反するものは,その効力を有しないものと解される。
しかるところ,労働契約において,使用者が労働契約の不履行について違約罰を定めることは,労働基準法16条に違反するものであるから,本件違約罰条項は,その効力を有しないものと解される。
したがって,控訴人の本件違約罰条項に基づく違約罰の請求は認められない。
(3)

A社ス案件についてのDへの追加発注費用について
証拠(甲14,34,44,64の1,控訴人代表者)及び弁論の全趣
旨によれば,控訴人は,被控訴人の失踪により同人が行うはずであった業務を他者に振り向ける必要が生じたため,平成26年1月10日,Dに対し,A社ス案件において被控訴人が平成26年2月末までに行うはずであった業務及びプロジェクト管理業務を,平成26年1月10日から同年2月末日まで行うことを200万円で発注し,これをDに支払ったことが認められる。しかるところ,控訴人は,当該発注費用として控訴人が支出45

した200万円は,被控訴人の債務不履行によって控訴人に生じた損害となる旨主張する。
しかし,本件基本契約締結以降の控訴人と被控訴人との間の契約が雇用契約であるとの理解を前提とすると,仮に,被控訴人が平成26年1月以降も控訴人のA社ス案件に係る業務を継続していたとすれば,控訴人は,被控訴人に対し,平成26年1月以降の当該業務に係る労務提供の対価を支払わなければならないことになる。したがって,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行によって生じた損害として認め得るのは,被控訴人が行うはずであった業務をDが行うことによって生じた上記費用と,被控訴人が当該業務を継続していた場合に同人に支払うはずであった労務提供の対価との差額にとどまるものというべきところ,これを具体的に明らかにし得る証拠はない。しかしながら,控訴人は,被控訴人が何らの引継ぎも行わないままその業務を放棄したため,急きょDにその業務を振り向けざるを得ず,Dとしても,そのような状況で予定外の業務に当たる以上,通常よりも高額の報酬を得られなければ,容易にこれを引き受けないはずであることからすれば,上記発注費用200万円は,被控訴人が当該業務を継続していた場合に同人に支払うべき対価の額よりは高額であること,すなわち上記差額の存在が推認されるものといえる。そして,その金額については,控訴人が被控訴人に平成25年中に支払った報酬の総額948万円(甲20)から算出される同人の2か月分(平成26年1月及び2月)の報酬額約160万円と上記発注費用200万円との差額である40万円と認めるのが相当である。
したがって,控訴人がDへの発注費用として支出した200万円については,40万円の限度で,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行によって控訴人に生じた損害と認めることができる(なお,控訴人とDとの関係も雇用関係と認められる可能性もないわけではないが,このように解される46

場合であっても,上記認定事実によれば,通常の報酬額を超える部分については,控訴人は,Dに対し,追加ボーナスを支払ってA社ス案件の引継ぎをさせたと理解し得るから,上記40万円が損害に当たることに変わりはない。この点は,次項のEへの追加発注についても同様である。。)
(4)

C社ア案件についてのEへの追加発注費用について
証拠(甲15,34,64の1,控訴人代表者)及び弁論の全趣旨によ
れば,控訴人は,被控訴人の失踪により同人が行うはずであった業務を他者に振り向ける必要が生じたため,平成26年1月17日,Eに対し,C社ア案件において被控訴人が平成26年1月以降に行うはずであった業務及びそれを行うために必要となる被控訴人が行っていた業務の解析・検証の業務を平成26年2月1日から同年4月末日まで行うことを300万円で発注し,これをEに支払ったことが認められる(なお,被控訴人は,控訴人がEに上記300万円を支払ったことの裏付けがない旨主張するが,控訴人の科目別元帳(甲64の1)から,同年5月29日に300万円がEに支払われていることが確認できるから,被控訴人の上記主張は理由がない。。

しかるところ,控訴人は,当該発注費用として控訴人が支出した300万円は,被控訴人の債務不履行によって控訴人に生じた損害となる旨主張する。しかし,上記(3)で述べたとおり,仮に,被控訴人が平成26年1月以降も控訴人のC社ア案件に係る業務を継続していたとすれば,控訴人は,被控訴人に対し,平成26年1月以降の当該業務に係る労務提供の対価を支払わなければならないことになるから,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行によって生じた損害として認め得るのは,被控訴人が行うはずであった業務をEが行うことによって生じた上記費用と,被控訴人が当該業務を継続していた場合に同人に支払うはずであった労務提供の対価との差額にとどまるものというべきところ,これを具体的に明らかにし得る証拠はな47

い。しかしながら,控訴人は,被控訴人が何らの引継ぎも行わないままその業務を放棄したため,急きょEにその業務を振り向けざるを得ず,しかも,引継ぎがなかったがゆえに,それまで被控訴人が行っていた業務についての解析・検証という余分な作業までEに行わせざるを得なかったのであるから,このような作業をも含むものとして定められた上記発注費用300万円は,被控訴人が当該業務を継続していた場合に同人に支払うべき対価の額よりは高額であること,すなわち上記差額の存在が推認されるものといえる。そして,その金額については,控訴人が被控訴人に平成25年中に支払った報酬の総額948万円(甲20)から算出される同人の2か月分(本来,Eの業務期間とされる平成26年2月ないし4月の3か月分を想定すべきであるが,平成26年2月分については,上記(3)の損害算定において考慮済みであり,この金額は,A社ス案件とC社ア案件の双方の業務を含んだ報酬と考えられるから,ここでは考慮に入れないこととする。
)の報酬額約160万円と上記発注費用300万円との差額である140万円をもって,上記差額と認めるのが相当である。
したがって,控訴人がEへの発注費用として支出した300万円については,140万円の限度で,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行によって控訴人に生じた損害と認めることができる。
(5)

C社ア案件に係る逸失利益について
認定事実
前記4(1)の認定事実に加え,証拠(甲16,32の1及び2,33,34,49,51,70の1ないし4,乙8,控訴人代表者本人,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
控訴人は,平成25年7月ころ,C社からC社ア案件に係る開発業務を代金6312万4375円で受注した。控訴人が受注した業務は,パチンコに係るサブ制御プログラム(サブメイン)の開発と画像に係るプ48

ログラム(サブサブ)の開発とに大別されるところ,上記代金の内訳は,サブメインに関する部分が2232万円,サブサブに関する部分が4080万4375円(いずれも直接制作費に5%の販管費を加えたもの)であった。
なお,控訴人とC社との間の正式な業務委託契約書は,平成25年10月11日付けで作成された。
C社ア案件において,被控訴人は,控訴人の指示に基づき,サブメインの開発の責任者として業務を行い,サブサブの開発業務は控訴人代表者が担当した。
控訴人とC社との業務委託契約では,控訴人はC社に対し,平成26年1月31日までに一定の成果物(α版)を納品することとされており,その中には,サブメインに関する成果物も含まれていた。
ところが,平成26年1月上旬ころ,被控訴人の失踪が明らかとなったことから,控訴人代表者は,同年1月末までにサブメインに関する成果物をC社に納品することは不可能であると判断し,C社に対し,その旨を報告するとともに,発注内容の見直しを申し入れ,C社においてこれを検討することとなった。
その後,C社の判断に基づき,控訴人とC社は,平成26年2月21日,①C社ア案件について控訴人が受注していた業務のうち,サブメインに関する部分は一部に縮小し,その代金額を1485万円に減額すること,②サブサブに関する部分は,未履行部分の業務を中止して契約を将来に向かって解除し,未完成の仕掛品の評価及び上記中止による控訴人の損害を補填するものとして,330万7500円をC社が控訴人に支払うことを合意した。

検討
以上の事実によれば,控訴人は,C社ア案件に関する契約内容が見直49

されたことにより,C社から支払われる対価の額が6312万4375円から1815万7500円(サブメインに係る見直し後の代金1485万円に,サブサブに係る仕掛品の評価等として支払われた330万7500円を加えた金額)に減額されることとなり,その差額(4496万6875円)に相当する売上げを失い,これに対応した得べかりし利益を失ったものということができる。
さらに,控訴人は,C社ア案件の変更後の損益は,受注金額1559万2500円(税抜き1485万円)から,Dに支払った530万円,Eに支払った660万円,並びに販売費及び一般管理費1781万7044円を控除した金額,すなわち,1412万4544円の赤字であり,これも損害に当たると主張する。しかし,D及びEに支払った人件費(合計1190万円)は,受注金額に比べて過大との疑いを免れない(人件費の受注金額に対する割合は約76%となるが,通常の案件における利益率は約35%であるとする控訴人自身の主張を前提とすれば,人件費のみで,通常の経費率65%を10%も上回るというのは不自然といわざるを得ない。)。また,控訴人は,C社ア案件に係る販売費及び一般管理費の額を算出するに当たり,控訴人が平成25年度(平成25年7月から平成26年6月まで)に支出した販売費及び一般管理費の総額を,その期間に控訴人が行った各案件の業務に要した工数(作業期間)を基準に割り付けて算出するが,そのような算出方法の正当性を直ちに首肯することはできない。特に,C社ア案件において,控訴人が得た売上額は,上記のとおり1815万7500円にとどまるにもかかわらず,控訴人の上記算出方法によれば,当該売上額にほぼ匹敵する額の販売費及び一般管理費を同案件に割り付けることとなるが,このような結果は不合理といわざるを得ない。そして,他に経費の額について適切な資料は存しない以上,C社ア案件に関し,控訴人に上記主張どおりの赤字が生じていたと断ずることはでき50

ず,これをもって損害に当たるものということはできない。
しかるところ,C社ア案件に関する契約内容が見直されるに至ったのは,控訴人の下でC社ア案件に係るサブメインの開発業務に責任者として従事していた被控訴人が,平成26年12月29日に,業務の引継ぎを行うことなく失踪して業務を放棄し,その結果,控訴人がC社に対し,平成26年1月31日までに一定の成果物(α版)を納品する義務を履行することができなくなったことによるものであるから,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行と控訴人の上記利益の喪失との間に因果関係があることは否定できないところである。この点,被控訴人は,被控訴人が専ら担当していたのはサブメインの部分であり,サブサブの部分を担当していたのは控訴人代表者であるから,サブサブの部分の契約が解除されたことと被控訴人の業務放棄とは関係がない旨主張するが,サブメインに係るプログラムの制御に従ってサブサブに係るプログラムが画像を表示させる処理を行うものであることからすれば,サブメインとサブサブとは密接に関連したプログラムということができるのであり,してみると,サブメイン部分に係る発注内容の見直しがサブサブ部分に係る発注内容の見直しにもつながることはあり得る事態といえるから,サブサブ部分の契約が解除されたことと被控訴人の業務放棄とが無関係であると断ずることはできない。しかしながら,上記発注内容の見直しは,専らC社の判断に委ねられていたところ,C社が,どのような要素を重視し,いかなる判断の下に上記のとおりの見直しを決定したのかは,具体的には明らかではない。特に,控訴人代表者自身が,C社による発注内容の見直しについて,「被控訴人が行っていたサブメインソフト開発だけが引き上げられ,サブサブソフト開発は引き続き行えるのではないかと考えていた」(甲34の8頁)と述べるとおり,控訴人の体制に問題のあるサブメインの開発業務からサブサブの開発業務を切り離し,この部分のみを控訴人に行わせることも可能で51

あったと考えられるのに,C社は,むしろ上記問題のあるサブメインの開発業務を控訴人のもとに残し,上記問題のないサブサブの開発業務を全て控訴人から引き揚げて他に行わせる選択をしているのであり,このような選択の背景には,被控訴人の業務放棄によって生じたサブメイン開発に係る控訴人の体制上の問題以外の要因が関係している可能性が否定できないものというべきである。してみると,C社ア案件に係る契約内容が見直され,代金額が減額されるに至ったことについては,被控訴人による業務放棄がその一因となっていることは否定できないものの,それ以外の要因も想定されるところであるから,控訴人の上記逸失利益に係る損害の全てをもって,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行による損害とみることはできず,その額は,一定の合理的な範囲に限定されるべきである。
さらに,控訴人と被控訴人との契約が期限の定めのない雇用契約であって,一定の成果物の完成を目的とする請負契約ではないことからすれば,C社ア案件の完成に向けて適切な人員配置をし,かつ,作業が順調に進行するよう配慮すべき立場にあるのは控訴人の側であることは明らかである。この観点から考えた場合,特定のスタッフが欠けた場合のバックアップ体制が十分であったのか,また,平成25年12月28日の夜に,被控訴人をわざわざ自宅まで呼び出して,約2時間にわたって厳しく叱責したことは,(被控訴人による債務不履行を正当化する事由であるとまでは認められないとしても)労働者に対する配慮義務を負う使用者として適切であったのかといった点も問題になり得るのであって,この点からも,控訴人の上記逸失利益に係る損害の全てについて,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行による損害とみることはできず,その額は,相当程度限定されてしかるべきである。
そこで,上記逸失利益に係る損害額について検討するに,まず,契約変更前のC社ア案件の受注に係る営業利益率に関する控訴人代表者の供述52

(甲80)によれば,被控訴人らへの報酬のほか,販売費・一般管理費を含めたコスト計算の結果から約35%とされ,これを覆すに足りる証拠もないことから,これに基づいて,上記逸失利益の額を算出すると,1573万8406円(4496万6875円×35%)となる。そして,被控訴人の業務放棄に係る債務不履行と相当因果関係があると認められる損害額については,上記で述べたとおりの理由からこれを一定の範囲に限定すべきところ,具体的には,本件に顕れた諸事情を考慮し,上記利益額の2割程度に当たる300万円と認めるのが相当である。
(6)

競業避止義務違反による損害について
控訴人は,被控訴人が平成26年4月1日以降B社において就労したこと
により,控訴人は,B社とOEM関係にあるA社への営業を自重せざるを得なくなり,その結果300万円を下らない営業損失を受けた旨主張する。しかし,控訴人代表者の供述(甲34,控訴人代表者本人)によれば,控訴人とA社との取引は,平成25年5月に受注したA社ス案件に係るもののみであり,その後,被控訴人がB社に就職した平成26年4月までの間をみても,A社から新たな案件を受注するという具体的な話はなかったというのであるから,控訴人がその主張の前提とする「控訴人がA社への営業を行えば,受注を獲得して利益を得られた」との想定は,単にその可能性があったということにすぎず,現実的な裏付けのあることではない。
したがって,控訴人主張の300万円の営業損失なるものを,控訴人に現に生じた損害として認めることはできない。


小括
以上によれば,被控訴人の債務不履行による損害額は,480万円の限度でこれを認めるのが相当である。

6
争点(3)ア(データ持ち出し行為の正当理由の有無)について
以下のとおり原判決を補正するほかは,原判決21頁13行目冒頭から同頁53

26行目末尾までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)

原判決21頁15行目の「前記前提事実(2)及び(3)」を「前記前提事実
(原判決「事実及び理由」第2の1(2)及び(3))」と改める。(2)

原判決21頁21行目の「前記1(3)アのとおり」を削除し,「発注す
る」を「行わせる」と改める。
7
争点(3)イ(不法行為による損害額)について
上記6によれば,被控訴人が控訴人の機密情報である本件開発データを複製
し,これを控訴人の事務所から持ち出したことは,故意に,控訴人の法律上保護される利益を侵害する違法な行為であって,不法行為を構成するものといえる。したがって,被控訴人は,上記行為によって控訴人に生じた損害を賠償する義務を負う。
そこで,控訴人が主張する損害費目ごとに,被控訴人の上記不法行為によって生じた損害として認められるか否かについて,検討する。


被害の実態把握のための調査費用について
証拠(甲18の1ないし3,34,44,60,64の1及び2,控訴人代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人は,被控訴人の失踪後,同人が本件開発データを社外に持ち出すなどした事実が判明したことから,被控訴人がそれ以外にアクセス,改ざん又は社外に持ち出したデータがないかどうかの調査が必要であると判断し,そのために控訴人のファイルサーバ及び被控訴人が使用していた控訴人所有のパソコンを調査する業務を,Dに対し,①平成26年1月10日,②同年3月3日及び③同年7月28日の3回にわたり合計340万円(①につき,100万円,②につき120万円,③につき120万円)で発注したこと,Dは,上記①の発注に係る調査業務(以下「①の調査業務」という。
)を同年1月から2月にかけて,上記②の
発注に係る調査業務(以下「②の調査業務」という。)を同年3月から4月
にかけて,上記③の発注に係る調査業務(以下「③の調査業務」という。)
54

を同年8月から9月にかけて行い,上記金額の支払を受けたことが認められる(なお,被控訴人は,控訴人の科目別元帳(甲64の1及び2)におけるDへの支払額と控訴人がDに平成26年中に発注した発注書(甲14,18の1ないし3,76の1及び2)記載の委託料の金額とが適合しない旨主張するところ,確かに,上記科目別元帳からは,上記各発注書ごとの金額に正確に対応した額の支払を確認することはできないが,総額としては,平成25年4月14日から翌26年1月23日までに,上記発注書記載の委託料の合計額である1070万円が支払われていることが確認できるから,控訴人がDに甲18の1ないし3の発注書に係る340万円を支払ったことは,これを認めることができる。。

しかるところ,被控訴人が控訴人の機密情報である本件開発データを持ち出すなどした事実からすれば,控訴人が,被控訴人によるそれ以外のデータの持ち出し等の可能性を考え,今後の対応策を講じる前提として,被害の実態を把握するために必要かつ合理的な範囲内の調査を行うことはやむを得ないことであり,そのために要する適正な調査費用を支出することも必要なことといえるから,控訴人がDに支払った上記費用についても,それが,必要かつ合理的な範囲内の調査に要する適正な費用といえる限りにおいては,被控訴人の本件開発データの持ち出しに係る不法行為によって生じた損害と評価することができる。
そこで検討するに,Dの陳述書(甲44,83)によれば,同人は,①の調査業務として,控訴人のファイルサーバ及び被控訴人が使用していた控訴人所有のパソコン内のA社ス案件に関係するものを中心としたデータに係る調査を,平成26年1月10日ころから2月末ころにかけて,他の開発業務と並行して断続的に行い,次に,②の調査業務として,調査範囲を控訴人のファイルサーバと外部ハードディスクに保存されている過去に作成したプログラム等にも拡大し,同年3月から4月にかけて,合計6週間程度の時間を55

かけて調査を行い,さらに,③の調査業務として,調査範囲を被控訴人が失踪時より以前に使用していたパソコンにまで拡大し,同年8月から9月にかけて,合計4週間程度の時間をかけて調査を行ったものとされる。しかしながら,Dに行わせたこれらの調査業務の全てが,被控訴人による本件開発データの持ち出しに対応するために真に必要やむを得ないものであったかについては,必ずしも客観的な裏付けがあるものではない(特に,③の調査業務のように,被控訴人による本件開発データの持ち出しから数か月が経過し,警察による捜査も進んでいた平成26年8月の時点で,被控訴人が過去に使用していたパソコンにまで調査範囲を広げて調査を行うことは,徹底した調査を行うという控訴人の意図には沿うものであったとしても,その費用を被控訴人に負担させることを正当化するだけの必要性があったかについては疑問がある。。

また,これらの調査業務に対する合計340万円という報酬の額が,真に適正な額であるかについても,客観的な裏付けがあるとはいえない。特に,Dが調査業務に当たっていた期間は合計で約6か月に及ぶとされるものの,実質的な作業期間はおおむね3か月半程度(①の調査業務が4週間程度,②の調査業務が6週間程度,③の調査業務が4週間程度)にとどまると考えられ,しかも,Dは,その間A社ス案件やC社ア案件の開発業務にも従事し,これらに係る報酬も得ていたこと(甲14,76の1)からすれば,上記340万円の報酬額が上記調査業務のみに対するものとして適正であるかについては,にわかにこれを首肯することができない(例えば,甲76の1によれば,控訴人は,Dに対し,C社ア案件に係る業務を,平成26年5月1日から同年11月末日までの7か月間行うことを500万円で発注しており,これから計算すれば,1か月当たりの業務に係る報酬額は約70万円にとどまる。。

以上によれば,控訴人がDに支払った340万円の調査費用の全額をもっ56

て,被控訴人の本件開発データの持ち出しに係る被害を調査するための必要かつ合理的な範囲内の調査に要する適正な費用であると断じることはできず,上記で述べた事情その他諸般の事情に鑑みれば,当該適正な費用に当たるといえるのは,上記340万円の3割程度に相当する100万円にとどまるものと認めるのが相当である。
したがって,被控訴人の不法行為によって控訴人に生じた被害の実態把握のための調査費用に係る損害額は,100万円と認められる。


被控訴人使用のパソコンの購入代金について
控訴人は,被控訴人が失踪前に使用していた控訴人所有のパソコンについて,被控訴人が本件開発データを持ち出したことに係る刑事事件の証拠品として保全する必要があることを根拠として,被控訴人の不法行為によって控訴人に当該パソコンの購入代金に相当する8万4525円の損害が生じた旨を主張する。
しかしながら,上記パソコンが被控訴人を被疑者とする建造物侵入・窃盗被疑事件の証拠品となり得るものであるとしても,同パソコンは,捜査機関に押収されることもないまま,終始控訴人のもとにあり,これを使用することができない状態にあるものでもないから,控訴人に同パソコンの購入代金相当額の損害が生じているなどといえないことは明らかである。控訴人代表者は,同パソコンの証拠価値を保全するために,これを使用することなく保管せざるを得ないかのごとく述べるが(甲34,80)
,上記被疑事件の捜
査においては,被控訴人が本件開発データの持ち出しに使用したUSBメモリ及びそのデータが移された被控訴人所有のパソコンなど,被控訴人による本件開発データ持ち出しの事実を証し得る証拠品が既に警察に押収されている上(甲7)
,被控訴人自身が当該事実を自認しているのであり,他方,被
控訴人が失踪前に使用していた控訴人所有のパソコンについては,捜査機関もこれを押収の対象とはしておらず,控訴人にその使用を禁じるなどの要請57

をしている事実も認められないのであるから,そもそも当該パソコンを上記被疑事件の証拠品として保全すべき必要性があるかは疑問といえる。以上によれば,被控訴人の不法行為によって控訴人に上記パソコンの購入代金の全額又は一部に相当する損害が生じているものとはいえない。⑶

控訴人代表者の人件費について
控訴人は,被控訴人による本件開発データの持ち出し後,控訴人代表者がその処理のために要した業務上の負担を人件費に換算すると200万円を超えるから,被控訴人の不法行為によって控訴人に上記人件費相当額200万円の損害が発生した旨を主張する。
しかしながら,仮に,被控訴人による本件開発データの持ち出しによって控訴人代表者に業務上の負担の増大が生じたとしても,これによって控訴人が控訴人代表者に支払う報酬額が増額されたという事実がないことは,控訴人代表者が自認するところ(甲80の49頁)であるから,控訴人代表者の人件費に関して控訴人に財産上の損害が現に生じているということはできない。この点,控訴人の主張は,控訴人代表者が被った業務負担の増大自体を無形的な損害ととらえた上で,それを填補すべき賠償額として人件費相当額を主張するものとも解し得るが,そうであれば,その請求主体となり得るのは,そのような損害を被った控訴人代表者であって,控訴人ではない。したがって,被控訴人の不法行為によって控訴人に上記人件費相当額の損害が生じているものとはいえない。



弁護士費用
弁護士費用については,上記認定に係る損害額のほか,本件に顕れた諸事情に鑑み,20万円をもって相当な額と認める。



小括
以上によれば,被控訴人の不法行為による損害額は,120万円の限度でこれを認めるのが相当である。
58

8
結論
以上の次第であるから,控訴人の各請求のうち,債務不履行による損害賠償請求は,480万円及びこれに対する平成27年7月1日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり,また,不法行為による損害賠償請求は,120万円及びこれに対する不法行為の日である平成25年12月29日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるが,その余の請求はいずれも理由がない。
したがって,控訴人の控訴は一部に限り理由があるから,同控訴に基づき,原判決を主文第1項のとおり変更することとし,被控訴人の附帯控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官

鶴岡稔彦大西勝滋
裁判官

裁判官
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60

浦正樹
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