判例検索β > 平成29年(行コ)第55号
遺族補償給付金等不支給処分取消請求控訴事件
事件番号平成29(行コ)55
事件名遺族補償給付金等不支給処分取消請求控訴事件
裁判年月日平成29年9月29日
法廷名大阪高等裁判所
原審裁判所名大阪地方裁判所
原審事件番号平成26(行ウ)147
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主文1
原判決を取り消す。

2
神戸西労働基準監督署長が控訴人に対して平成25年1月18日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しないとの決定を取り消す。

3
訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

第1

実及び理由
控訴の趣旨
主文同旨

第2

事案の概要

1
事案の要旨
本件は,阪神高速パトロール株式会社(以下「本件会社」という。)に勤務していた労働者であるAが自殺したこと(以下「本件自殺」という。)に関し,その父である控訴人が,労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)に基づく遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ,神戸西労働基準監督署長(以下「処分行政庁」という。)から,Aの死亡は業務上の死亡に当たらないとして,これらを支給しない旨の決定(以下「本件各処分」という。)を受けたため,その取消しを求める事案である。
原審は,控訴人の請求をいずれも棄却したため,控訴人は,これを不服として控訴した。

2
前提事実

2
事案の概要等」の2のとおりであるから,これを引用する。
原判決の補正


原判決3頁20行目の「以下「B班長」という。」を「以下「B」又は「B班長」という。」に,21行目及び25行目の「主任」の次にそれぞれ「(副班長)」を加える。

原判決4頁4行目の「平成25年」を「平成24年」に改める。


原判決4頁12行目の「乙15,28」を「乙15,19,28」に改める。


原判決4頁20行目の「本件疾病の発症に業務起因性が認められないことを理由に」を「Aの死亡が業務上の死亡に当たらないことを理由に」に改める。


原判決6頁7行目の「いずれの要件」の次に「(以下,上記要件を「認定要件」といい,上記①の認定要件を「認定要件①」のようにいう。)」を加える。

3
争点およびこれに関する当事者の主張
本件の争点は,Aの死亡の業務起因性,すなわち,Aが本件自殺の直前頃うつ病又は適応障害を発症したか,及び上記うつ病又は適応障害は業務に起因して発症したものであるかである。
控訴人の主張

Aには業務による強い心理的負荷が掛かっていたこと
本件夜勤前
a
Aのしていた空手に関する発言(以下「出来事②」という(①は欠番)。)
Cは,平成24年4月ないし5月頃,Aが長年打ち込んできた空手について,「なんちゃって空手」などと言って,Aのしていた空手や人格そのものを否定した。

b
「道場へ来い。」などの発言(以下「出来事③」という。)Cは,平成24年4月ないし5月頃,Aに対し,「道場へ来い。道場やったら思いっきり殴れる。」と言い,空手の練習という名の下で暴行を加えることを告げた。これにより,Aは,暴行を加えられる恐怖を感じた。
c
指差喚呼に関する発言(以下「出来事④」という。)本件会社では,
指差喚呼
(助手席に乗った者が安全確認のため,
「右
よし。左よし。」と声を出して行うもの)を行うことが決まりとなっていたが,Cは,平成24年4月ないし5月頃,Aが指差喚呼をしたところ,「俺の運転が信用できんのか。大きな声で言うな。うるさいんじゃ。」などと言い,指差喚呼を実施しないよう指示した。
本件夜勤時

a
第2回巡回前の言動
(以下
「出来事⑦」
という
(⑤及び⑥は欠番))

Cは,第2回巡回の直前,Aが人事考課個人目標(B班長へ提出すべきもの。以下「個人目標」という。)を自分に相談なくB班長に提出したことに立腹し,Aを怒鳴りつけた上,Aに対し,「道場へ来い。道場やったら殴りやすいから。」と言った。

b
第2回巡回時の言動(以下「出来事⑧」という。)Cは,第2回巡回の出発の際,タコグラフをセットしようとしたAに対し,「何もするな。」と言った。そして,「殺すぞ。」と怒鳴りつけた。
Cは「何もするな。」と言って勤務中のAから仕事を取り上げたところ,仕事をさせないこと(仕事の取り上げ)は,典型的なハラスメントとされているものである(甲3-4枚目)。また,「殺すぞ。」との発言は脅迫罪の構成要件に該当する行為である。

c
第2回巡回後の言動(以下「出来事⑨」という。)Aは,第2回巡回後,事務所において,書類作成を始めたところ,Cは,Aが書類作成をしているのを見るや,「何もするな言うたやろ。殺すぞ。」と語気鋭く怒鳴りつけた。
上記のCの発言は脅迫罪が成立するものであり,Aが後に「殺されるのが怖い。」と言っていたことからもAが怯えていたことは明らかである。
d
第3回巡回時の言動(以下「出来事⑩」という。)
パーキングエリアでの不審車対応
パーキングエリアで不審車を発見した際のAの対応に不備はな
かったにもかかわらず,Cは自らの持論を前提にAの対応を非難した。
その上,
B班長に電話を架けさせ対応の適否を確認させたのは,
Aの判断が間違っていることを印象付けようとするためのもので,ハラスメントである。
落下物の処理
Aは,巡回中に落下物を発見したため回収しようとしたところ,
Cから,「こんなところでこんなもん拾う必要ないやろ。殺すぞ。」などと言われた。
落下物の撤去についてもAも判断が誤っていたとはいえないし,
仮に誤っていたとしても,「殺すぞ。」などと怒鳴りつけることは論外であり,不適切な指導である。
このようなCのハラスメントにより,Aは,第3回巡回中,v集
約(基地)のトイレで過呼吸となった。CのハラスメントがAにとって強い心理的負荷となっていたことは明らかである。

e
第3回巡回後の言動(以下「出来事⑪」という。)
「使い物にならない」との発言
Cは,第3回巡回後,事務所において,複数の上司や同僚がいる
前で,B班長に対し,「あいつは,もう使い物になりませんわ。」と言った。その時,Aは,事務所の外の段差に座って頭を抱えて座っていたところ,その位置関係等からすれば,事務所の中でしたCの上記発言は,Aに聞こえていたはずである。
文書作成の指示と「小学生の文書みたいやな。」との発言
Cは,第3回巡回後,事務所において,Aに対し,第3回巡回中
に起こったことをまとめる文書を作成するように指示した。本件会社において,上司が部下にこのような指示を行うことは通常ないことであった。Aは落ち込んだ様子で青ざめた顔色をして固まっていた一方,Cはその背後に立って文書作成の様子を監視していたものであり,異様な光景であった。
そして,Cは,Aが作成した文書を見て,上司や同僚らの面前で,「何やこれ,小学生の文書みたいやな。」と,Aを貶める発言をした。
出来事⑦ないし⑨は,
次のとおり,
原判決別紙認定基準の別表1
「業
務による心理的負荷評価表」(以下「認定基準別表1」という。)の「
(ひどい)
嫌がらせ,
いじめ…を受けた」
の心理的負荷の強度が
「強」
であるとされる具体例「部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた」に合致する。又は,上記出来事によって,上記具体例に匹敵する心理的負荷がAに掛かったというべきである。
すなわち,Cは,第2回巡回に入る前に,Aを怒鳴りつけた上,Aに対して「道場へ来い。道場やったら殴りやすいから。」と威嚇し(出来事⑦)それに引き続く2時間の密室での第2回巡回において,,
「何
もするな。」と言って,Aに仕事を何もさせなかった(出来事⑧)。このように,仕事を取り上げ,Aの労働者としての存在意義を否定しプライドをズタズタにし続けた上で,Cは,第2回巡回後,事務所に戻った段階で,既に仕事の取り上げという労働者にとって最もきつい陰湿なハラスメントを受け続けていたAに対し,上司,先輩,同僚らのいる前で,
「何もするな言うたやろ。と言い,

しかも,
「殺すぞ。

とまで大声で怒鳴りつけたものである(出来事⑨)。これは明らかに執拗である。上記のハラスメントは,短期間にかつ継続的に集中して行われ,労働者の存在意義を否定しその人格を踏みにじる陰湿なハラスメント,生命身体を害することを告げる発言が連続して行われたものであり,このことからすると,精神障害を発病させるに足りるハラスメントが総体として存在していたことは明らかである。
b
Cは,Aの身体や生命の安全を害する告知を行っており,Aは,業務遂行中に脅迫罪という犯罪に曝されたものである。上記告知によって,Aに掛かった心理的負荷の強さは計り知れない。
また,C

Aの人格や人間性を踏みにじる言

がらせ,いじめは十分執拗なものであった。本件夜勤時におけるCのAに対するハラスメント,いじめだけを捉えても,Aに掛かった心理的負荷の強度は認定基準にいう「強」である。しかも,ハラスメントは,本件自殺の1か月程度前から始まっており,継続的かつ執拗といえる。
c
したがって,Aには,平成24年4月から5月26日までの間に,出来事②ないし④,⑦ないし⑪によって,客観的にうつ病や適応障害を発病させるおそれのある強い心理的負荷が掛かっていたというべきである。


Aは本件自殺直前頃うつ病又は適応障害を発症したこと
専門部会意見書
地方労災医員協議会精神障害等専門部会(以下「専門部会」という。)が平成24年12月28日頃に医学的見解を記載した意見書(以下「専門部会意見書」という。)は,「Aは,自殺直前には,ICD-10の「F3

気分(感情)障害」を発症していた可能性が考えられる。」と

している(乙1-379頁)。
Aは,次のとおり,本件自殺の直前頃,ICD-10の「F32
うつ病エピソード」(以下「うつ病」ということがある。)を発症した。
Aには精神障害に関する診断や治療歴はないが,精神障害は周囲
が気付きにくい場合もあることから関係者の聴取内容等を慎重に
検討すべきであり,診断ガイドラインの診断基準を満たすと医学的に推定される場合には精神障害が発症したものとして取り扱うべ
きである。
もっとも,ICD-10の診断基準は絶対的なものではなく,幅
のあるものである。2週間の症状持続期間についても形式的に適用すべきではなく,ICD-10診断ガイドラインにも「症状がきわめて重症で急激な発症であれば,より短い期間であってもかまわない」とされている。
Aには,次のとおり,種々のうつ病エピソードがあった。

抑うつ気分
Aは,本件夜勤の第2回巡回後,Cから「何もするな言うたや
ろ。殺すぞ。」と怒鳴られ,今まで見たこともないくらいに落ち
込んだ様子を見せており,第3回巡回後には異変が際立ってい
た。


思考停止・思考力の減退・活動性の減少・集中力と注意力の減

Aは,第2回巡回後から呆然として立ち尽くしたり,思考が停
止してどうしていいのかわからない状態に陥っていた。
また,Aは,第3回巡回後には,Dから話しかけられても「だ
めです。もう無理です。」と言うのみで普通の反応や会話すらで
きておらず,思考停止状態が進展していた。
さらに,自宅で笑わなくなったり,自室に閉じこもるなどの様
子もあった。

過呼吸
Aは,本件夜勤の第3回巡回時に過呼吸になっており,Cから
のハラスメントがAに不安や緊張,恐怖心を与えていたことがう
かがえる。


興味と喜びの喪失・将来に対する希望のない悲観的な見方
Aは,Cからの一連のハラスメントにより,充実していた仕事,
望んでやり甲斐を感じていた仕事を「辞めたい。」と述べており,喜びの喪失,悲観的な見方に支配されていたことは明らかであ
る。


自殺念慮(希死念慮)
Aが最終的に自死に及んでいること,交際相手宛に自殺念慮を
示すメールを作成していることに照らせば,Aには自殺念慮があ
ったといえる。希死念慮は,気分障害の中核的な症状の抑うつ気
分や不安と強く結びついており,希死念慮がある場合には他の抑
うつ気分等の症状がないか否かについて慎重に判断する必要が
あるとされており,特に注意して検討すべきである。


食欲不振
Aは,本件自殺の3日前から急に食欲がなくなっていた。
自殺者のほとんどは精神障害を発症していたとの医学的知見が

あること

自殺は,自らの生命を自ら絶つという,通常の精神状態の下で
は起こり得ない出来事であり,
次のとおり,
自殺者のほとんど
(9
割以上)は精神障害を発症していたとの医学的知見がある。


厚生労働省が設置した「精神障害等の労災認定に係る専門検
討会」が平成11年7月29日付けで作成した「精神障害等の
労災認定に係る専門検討会報告書」(乙4-41頁)は,「自
殺者に占める精神障害者の比率に関する研究は19世紀後半
から近年に至るまで,多くの報告がある。これらの報告を『自
殺者に占める精神障害の比率及び自殺者の診断名分布の研究』
に示すが,精神障害と自殺の関連性は高いといえる。」として
いる。
参考4の「自殺者に占める精神障害の比率の資料一覧」(乙
4-71・72頁)によれば,自殺者のうち精神障害が認めら
れる者の比率は,その多くの調査において90%を超えてお
り,100%,すなわち自殺者の全員が何らかの精神障害を発
症していたとする調査も少なくない。



平成16年度の厚生労働省委託研究に基づくE医師の「自殺
に関して」という論文(甲22-83頁)は,近年の自殺者に
おける精神障害罹患の割合について一覧表で報告している。こ
れによっても,自殺者のほとんどは精神障害を発症していたこ
とが明らかである。なお,この表の9)のWHOの調査は多国
間の共同研究をまとめたもので権威のあるものである。この調
査は1万5629件の自殺に関して心理的剖検を実施し,精神
障害と自殺との関係について調査したものであるが,「精神障
害の診断なし・保留」の者は僅か2.0%にとどまっている。
このWHOの調査結果を解説したF医師は,「その結果をま
とめると,自殺に及ぶ前に大多数(9割以上)の人々が何らか
の精神疾患に該当する状態であった。」としている(甲24-
68頁)。
③「仕事・職場の問題が自殺に与える影響」(甲25-14頁)も,「自殺既遂者の心理学的剖検調査で,90%近くに精神障
害が見いだされてきたことはすでに知られている。」としてい
る。


G医師の
「自殺の危険因子としての精神障害」
という論文
(甲
26)は,「…自殺者に占める精神障害の割合は,…これらを
合わせると90%に上り…。したがって日本においても,自殺
既遂者に占める精神障害の割合が高いことが推定された。」と
している。


これらの事実によれば,自殺者が精神障害に罹患していること
は高度の蓋然性をもって認められる事実であり,精神障害の発症
なくしてなされる「覚悟の自殺」は希有な事例である。したがっ
て,自殺した事実があれば,特段の事情が認められない限り,精
神障害の下で自殺がなされたことが推定されるのであり,精神障
害に罹患していたことを否定する側において,自殺を覚悟させる
に至った,正常人においても了解できる理由(例えば,悲憤の余
りの抗議の自殺や殉死による自殺など)があること等の特段の事
情を立証することが求められる。その立証がない限り,自殺は,
行為選択能力,あるいは自殺を思いとどまる意思が著しく阻害さ
れた精神状態,すなわち精神障害の下でなされたと認定されるべ
きである。
以上のとおり,Aには,Cの第2回巡回後の「殺すぞ。」との発

言前から,異変が起こり,勤務中に控訴人に電話するところまで追い詰められており,また,第3回巡回中には過呼吸にもなった。そして,第3回巡回後にはひどく落ち込み,本件自殺直前には殺されるかもしれないとの発言までしており,「極めて重症で急激な発症」といえる。そうすると,ICD-10の診断基準の適用に際し,2週間の持続期間は不要であり,Aが本件自殺直前頃うつ病を発症していたことは明らかである。
仮にうつ病の発症が認められないとしても,Aは,次のとおり,本件自殺の直前頃,適応障害を発症した。
b
Aには,Cから「殺すぞ。」などと脅迫されたり,ハラスメントを受けるなどの極めて大きなストレスにより,「重大な生活上の変化やストレスに満ちた生活上の出来事」が生じている。このような重大な出来事の直後に上記のような抑うつ症状や不安,恐怖の感情などが出現しており,ICD-10の診断ガイドラインの適応障害の診断基準を満たしており,Aは,少なくとも適応障害(混合性不安抑うつ反応)を発症していた。


本件自殺直前頃のうつ病又は適応障害の発症につき業務起因性があること
前記ア及びイによれば,出来事②ないし④,⑦ないし⑪による心理的負荷によって,Aは,本件自殺の直前頃,うつ病又は適応障害(これらを以下「うつ病等」という。)を発症したといえる。そして,上記出来事によりAに掛かった心理的負荷は業務による心理的負荷に当たるから,Aが上記のとおりうつ病等を発症したことにつき業務起因性があるというべきである。
被控訴人の主張


「Aには業務による強い心理的負荷が掛かっていた」との主張に対し本件夜勤前
a
Aのしていた空手に関する発言(出来事②)についてCがAの空手や人格を否定したことはない。仮に「なんちゃって空手」などの発言があったとしても,冗談でなされた可能性もあるし,空手の競技について,Aと異なる意見を述べた程度のものである。また,Aは,Cの上記発言に対し,「止めてくださいよ。」と言って笑っていた。
したがって,Cの上記発言によってAに心理的負荷が掛かったと
はいえない。
C
的領域に属する出来事であるから,上記発言によりAが心理的負荷を受けたとしても,それは業務による心理的負荷には当たらない。b
「道場へ来い。」などの発言(出来事③)についてCは「道場へ来い。」と発言したが,「道場やったら思いっきり
殴れる。」と発言した事実はない。
Cが「道場へ来い。」との発言をしてAを空手道場に誘ったのは,Cが主宰する空手教室の子ども達に空手を教えてほしいと依頼したものであり,組手など空手の練習を口実にAに暴力を振るうことを意図したものではない。そして,Cの上記発言は,具体的状況に照らし,その相手方をして,Cに加害の意図があると思わせる可能性のあるものではなかった。
したがって,仮に,AがCの上記発言を加害の意図に基づくもの
と思い込んで,これによって心理的負荷を受けていたとしても,Aの一方的な思い込みに基づくものであり,上記発言をいじめや嫌がらせと評価すべきではなく,上記発言によってAに対して心理的負荷が掛かったとはいえない。
仮に,Cの「道場へ来い。」との発言がAに不安を感じさせるよ
うな状況でなされたとしても,それは業務とは全く関連性のない私的領域に属する出来事であるから,上記発言によりAが心理的負荷を受けたとしても,それは業務による心理的負荷には当たらない。c
指差喚呼に関する発言(出来事④)について
Cが指差喚呼をしなくてよいと言ったのは,形式的な発声や指差動作に気を取られ目視による安全確認が疎かになっている者が多いと感じていたことから,目視による完全確認をしっかりするように指導したものであり,命令でも強制でもない。また,上記指導は,高圧的あるいは威圧的なものでも,繰り返しなされたものでもなく,業務指導の範囲を逸脱したものとは認められないから,いじめと評価されるものではない。
本件夜勤時

a
第2回巡回前の言動(出来事⑦)について
Cは,Aから個人目標について相談を受けており,個人目標の件について指導しようとしたにもかかわらず,Aが個人目標をB班長に提出し
「勝手に班長に出しました。
何でCさんに聞かなならんのですか。

と言ったことに立腹し,そのことが契機となって,「それなら,もう俺には聞くな。」と応じたものである。
「道場へ来い。」などの発言は,Cの発言を聞いたAが,すねてふてくされた態度をとり,肩を揺すって詰め寄る気配を示したため,事務所内で喧嘩はできないと思っての発言であるが,Cは冷静で,Aに詰め寄るなどの事態には発展していない。そして,Aに落ち込んだ様子はなかった。

b
第2回巡回時の言動(出来事⑧)について
Cの「何もするな。」との発言は,第2回巡回に出発する際,Aが車内ですねた態度で作業をしたことに立腹してなされたものである。Cは,巡回中に関係修復を図ろうとしたがそのきっかけがなかったにすぎず,その間,Aはすねて押し黙ったまま,ふてくされた態度を取っていた。また,第2回巡回の際,Cが「殺すぞ。」と発言した事実はない。
そして,Aが仕事をしないように言われたのは,第2回巡回中の約2時間のみであることからすれば,Cの上記言動によりAに掛かった心理的負荷は弱いものであったといえる。
c
第2回巡回後の言動(出来事⑨)について
Cの「何もするな言うたやろ。殺すぞ。」との発言は,第2回巡回中ふてくされて何もしなかったAが事務所に帰還するやあたかも仕事をしていたように振る舞っているようにCに映り,怒りのあまりとっさに出た言葉である。
上記のとおり,Cの「殺すぞ。」との発言は,一時的な興奮に基づく突発的な発言であり,CがAに殴りかかるような気勢を示すとか詰め寄るとかいった行動を伴うものではなかった。
したがって,Cの上記言動によりAに掛かった心理的負荷は強いものではなかった。

d
第3回巡回時の言動(出来事⑩)について
パーキングエリアでの不審車対応
パーキングエリアで不審車を発見した件は,自殺の可能性があ
り,後続のパトロールカーへの引継ぎのため本部に連絡する必要があったから,B班長への電話連絡を指示したものであり,正当な指導の範囲を超えるものではない。
落下物の処理
Cの言動は正当な指導の範囲を超えるものではなく,その際に,
「殺すぞ。」とは発言していない。
なお,控訴人は,Aが過呼吸となった旨主張するが,Cの認識に
よれば巡回中にはそのような様子はなく,実際に過呼吸となったか否かは不明といわざるを得ない。e
第3回巡回後の言動(出来事⑪)について
Cの「使い物にならない」との発言は,B班長に対するものであって,Aの面前でなされたものではない。
文書作成の指示は,その年(平成24年)の4月から導入されたOJTの一環としてなされたものであり,業務指導の範囲を逸脱するものではない。
「小学生の文書みたいやな。」との発言は,失言の部類に属するものではあるが,認定基準別表1にいう「(ひどい)嫌がらせ,いじめ」に該当する程のものではない。
以上によれば,Aについて,本件自殺直前頃の前おおむね6か月の間にあった業務による出来事は,それによる心理的負荷の総合評価が認定基準にいう「中」程度のものであったといえる。

b
認定基準は,対象疾病の発病につき業務起因性を認めるための要件
件②は,「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること」を要するものとしている。そして,認定基準は,認定基準別表1に基づき心理的負荷の総合評価が「強」と判断される場合に,認定要件②を満たすものとしている。そうすると,Aについては,前記aのとおり,業務による心理的負荷の総合評価が「中」であったから,認定要件②を満たしていない。イ
「Aは本件自殺直前頃うつ病等を発症した」との主張に対し
Aが本件自殺直前頃うつ病等を発症したことは認められない(その根拠は,次のとおりである。)。したがって,A
イの認定要件①(対象疾病を発病していること)を満たしていない。H意見書医員として専門部会意見書の判断に関与したHが作成した意見書(以下「H意見書」という。乙20)は,「専門部会意見書にある「Aは,自殺直前には,ICD-10の「F3

気分(感情)障害」を発症して

いた可能性が考えられる。」との記述(乙1-374・379頁)は,Aが精神障害を発症していた蓋然性は極めて低いが,念のために,業務による負荷の強度を検討するために,ICD-10の「F3

気分(感

情)障害」を発症していたと仮定するという意味である。したがって,「気分障害を発症していた可能性が考えられる。」との部分は,「仮に気分障害を発症していたとしたら」と訂正するのが正確である。」としている。
上記のH意見書によれば,AがICD-10の「F3

気分(感情)

障害」やその他の精神障害を発症していた可能性は極めて低いというべきである。
うつ病について
a
ICD-10の「F32

うつ病エピソード」(うつ病)について,

ICD-10診断ガイドラインは,次のとおりとする(乙8)。


3種類全ての典型的な抑うつのエピソード(軽症(F32.0),中等症(F32.1)及び重症(F32.2とF32.3))では,患者は,通常,抑うつ気分,興味と喜びの喪失,及び易疲労性(活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少)に悩まされる。わずかに頑張った後でも,ひどく疲労を感じることが普通である。他の一般的な症状には,①集中力と注意力の減退,②自己評価と自信の低下,
③罪責感と無価値観
(軽症エピソードにもみられる。,

④将来に対する希望のない悲観的な見方,⑤自傷あるいは自殺の観念や行為,⑥睡眠障害,⑦食欲不振がある。うつ病エピソードは,重症度の如何に関係なく,普通少なくとも2週間の持続が診断に必要とされるが,もし症状が極めて重症で急激な発症であれば,より短い期間であってもかまわない。」
b
控訴人が主張するエピソードは,2週間以上持続する抑うつ気分や活動の低下,興味と喜びの喪失を伴う症状ということはできない。適応障害について
Aには,適応障害の症状を示すものは認められない。


控訴人の主張ウ(本件自殺直前頃のうつ病等の発症につき業務起因性があること)は争う。
Aが本件自殺直前頃うつ病等を発症したとは認められない。仮にうつ病等を発症したことが認められるとしても,上記うつ病等の発症につき業務起因性があるとはいえない。

第3
1
当裁判所の判断
前記前提事実及び証拠(乙1,9,後掲のもの)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
A(本件夜勤当時24歳の男性)は,本件会社に入社した平成22年3月以降,2名1組で阪神高速道路の巡回パトロール業務(道路上の落下物の回収や事故車両の処理等を行う交通管理業務)に従事していた。Aの仕事の出来,能力は,経験年数に照らして普通のレベルであった。Aは,仕事に関しやる気があり,仕事の習得に前向きな姿勢であった。Aは,
明るく人懐っこい性格で,
先輩など皆に可愛がられるタイプであった。
Aは,上司から受けた注意を気にしやすいところや,仕事で小さな失敗をしても落ち込みやすいところがあったが,翌日には元気になるなど,短期間で立ち直っていた。
Aは,幼少期から空手を始め,高校時代にはインターハイに出場し,大学も空手の推薦で入学し,空手部に所属していた。そして,社会人になってからも,幼稚園から通っていた空手道場に顔を出し試合に出るなどして空手を続けていた。Aは,長年にわたって練習に打ち込んで習得した自らの空手について,
特技として誇りを持っていた。
Aがしていた空手は,
「糸
東流」という伝統空手であり,型の演武を重視し,組手においては突きや蹴りを相手に当てない「寸止め」を行う空手の流派であった。
(甲11,乙1-18・19・21・270・281・287・295・305・309・325・338・341・438頁,乙9-11頁,乙18,19,21,証人B,同I,同J,控訴人本人)

C(本件夜勤当時46歳の男性)は,勤続18年のベテラン社員であった。Cは,部下に対する指導が厳しいということで知られており,かつての配属先の部下の中には,Cについて「とにかく怖い存在であった。威圧感があった。」という者もいた。また,Cについて「人によって態度が変わる人であった。」,「カッとなりやすいタイプで,声を荒げることがあった。人に対して好き嫌いが激しい面があった。」などの見方をする隊員もいた。
(乙1-271・280・287・288・295・314・341頁,乙9-18頁,証人I)
Cは,20歳頃から空手を始め,極真空手の豊富な経験を有し,これを習得していたが,既に試合などの競技生活は引退し,平成17年頃から,子ども向けの空手教室を主宰するなど指導者として空手に携わっていた。Cがしていた極真空手は,Aがしていた伝統空手とは異なり,組手や試合において,突きや蹴りによる強力な打撃を加え相手を打ち倒すという直接打撃制の空手を行う流派である。
(乙14,15,証人C,控訴人本人)
平成22年3月(A入社時)から平成24年3月までの状況
Aは,平成22年4月頃,新人研修における自己紹介の際に空手が得意で
ある旨発言したところ,その数か月後,CがAについて「いっぺん締めたらなあかんな。」などと周囲に話していたとの噂を聞いた。このことから,Aは,Cに対して不安を抱いた。
Aは,平成23年3月27日,w交通管理課の配属となった。
AとCは,Cが後記のとおり平成24年4月に異動でw交通管理課の配属となるまでの間,ほとんど接触することはなかった。
平成24年4月から本件夜勤前までの状況

Cは,平成24年4月(以下,月日のみ記載するときは,いずれも平成24年である。)の異動で,Aの配属先であるw交通管理課に配属された。4月当時,Aが所属していた班の構成員8名は,班長(係長)がBであり,
主任がC,
K,
D及びJであり
(そのうちC及びKが副班長である。,

一般職員がL,A及びMであった。


指差喚呼に関する発言
Cは,4月11日,Aとペアで巡回パトロールを行った際,助手席のAが指差喚呼(確認対象を指で示しながら声に出して安全を目視確認する方法をいう。本件会社では,パトロールカーの助手席に乗った隊員が安全確認をしその方向を指しながら「右よし。」,「左よし。」と声を出して指差喚呼の安全確認を行うことが決まりとされていた。を実施した時,)
「俺
の運転が信用できないか。」と言い,指差喚呼を実施しないよう指示した。Aは,Cの上記指示を不適切だと思ったが,その後,Cとペアを組む際には指差喚呼をしないようにした。
なお,Cは,A以外の隊員に対しても同様に,自分とペアを組む際には指差喚呼をしないよう言っていた。
(乙1-27頁,乙9-16頁,乙15,証人C)


Aのしていた空手に関する発言
Cは,4月ないし5月頃,巡回パトロールの前後,w交通管理課の事務所(以下「事務所」という。)において,Aと雑談した際,Aがしてきた空手について,「お前がやっている空手は,武道家を気取って実戦に使えない空手やから,そんなんして何の意味があるねん。」,「お前の空手は,なんちゃって空手だ。」などと言って,Aの空手を否定し,ばかにする発言をした。これに対し,Aは,「止めてくださいよ。」と言って笑っていた。
AとCは,本件夜勤前に3回(4月11日,同月15日,5月4日),ペアで巡回パトロールを行った(乙1-136・146・191頁)。Cは,4月15日又は5月4日,Aとペアで巡回パトロールを行った際,A

Aのしていた空手を否定し,ばかにする

発言をした。
Aは,その巡回の直後頃,巡回のペア編成を担当するJに対し,「Cさんとペアで巡回中,空手の話題になり,さんに,自分がしている「型C
の空手」を否定された。Cさんとのペア巡回はやり辛い。」と言い,Cとのペア巡回を極力外してほしいと頼んだ。そのため,Jは,以後,その依頼に沿うよう,ペア編成に関し相応の配慮をしていた。
Aは,5月上旬頃,I(w交通管理課の,Aの班とは別の班で主任をしていた隊員。以下「I」という。なお,Iは,Aが前年に所属していた班で,副班長を務めていた。)に対し,「Cさんから『お前がやっている空手は空手ではない。』と言われ,今までやってきた空手を否定された。なぜそんなことまで言われないといけないのか。」と言い,悩んでいる様子であった。
Aは,5月中旬頃,Dに対し,「Cさんに自分の空手人生を否定された。落ち込むわ。」と言い,悩んでいる様子であった。
Aは,5月23日に,K,J及びIとともに飲みに行った際,Cに自分の空手を否定されたなどと言い,Cに関する悩みを相談した。Kは,その際,Aに対し,「中途半端にビビっているから,あかん。」などとCへの対応についてアドバイスをした。(乙1-277・293・297・301・316・327・331・342頁,乙9-13・14・17・18頁,乙21,証人I,同J)エ
「道場へ来い。」との発言
Cは,4月中旬ないし下旬頃,Aに対し,「道場へ来い。」と言って,空手道場に誘ったが,Aは,道場に行けば組手に名を借りてCに殴られたり蹴られたりすると思い,上記誘いを断った。(なお,控訴人は,Cが上記発言の際に「道場やったら思いきり殴れる。」とも言った旨主張するけれども,これを認めるに足りる証拠はない。)
Aは,その頃,Lに対し,上記の出来事を話したが,その際,「Cさんは僕のことを嫌っているから,組手を理由に殴られるのではないか。」とも言い,Cを怖がっている様子であった。
Cは,その後も,5月中旬頃までの間,Aに対し,道場へ来るように誘うことがあったが,Aはその誘いを断っていた。
Aは,4月中旬頃以降,控訴人(Aの父)やN(Aの母)に対し,複数回,
「Cさんから道場に来るように誘われているが,
うまく断っている。,

「道場に行ったら,ボコボコにされる。」,「Cさんの空手は極真空手で,極真空手は人も殺せる。」などと言い,Cを怖がっている様子であった。なお,Cは,前記のとおり子ども向けの空手教室を主宰しており,Aのほかにも本件会社の部下等の隊員に対して道場に来るように誘うことがあった。(乙1-10・23・297・298・314・315頁,乙9-1・18頁,乙19,証人C,同I,控訴人本人)


4月以降,本件夜勤前までは,事務所内で,AとCの雰囲気が悪くなっている様子は見られなかった。
しかし,Aは,両親や親しい隊員に対しては,前記のようにCに関する悩みを話していた。Iは,4月以降,Aから,前記の話のほか,「Cさんから仕事のことについて質問されて返答するが,次々に質問される。自分の技量を認めてくれない。厳しい。」との話を聞いていた。
また,O隊員は,4月ないし5月頃,Aから,「Cさんから仕事のことで強く言われる。細かいことも言われ,すごく辛い。」との話を聞いており,P隊員は,5月21日頃,Aから,Cとの間で空手の話などになって精神的にきつい状態であるとの話を聞いていた。
Dは,4月ないし5月頃,3回位,Aが,Cのことを苦手だと言うのを聞くことがあった。
Kは,
4月以降,CのAに対する言い方がきついと感じ,Aに対し,「あまり気にしないように。」と言ったことがあった。
Iは,
4月下旬頃からAに少し元気がないように感じており,
Q隊員は,
5月前半からAに元気がなくなったように感じていた。
(乙1-297・301・306・327・334・335・341・342頁,乙9-14・18頁)
本件夜勤時の状況

Aは,5月25日から同月26日(以下,日のみ記載するときは,いずれも平成24年5月である。)にかけての本件夜勤において,Cとペアを組んでパトロールカーに乗り,次のとおり巡回パトロールを行った。第1回巡回
第2回巡回

25日午後10時から同日午後12時まで

第3回巡回

25日午後6時から同日午後8時30分まで

26日午前3時30分から同日午前6時まで

第1回巡回が25日午後8時30分頃に終了するまで,AとCとの間に特段のトラブルはなかった。


第1回巡回後,第2回巡回開始(25日午後10時)までの間
A及びCは,第1回巡回後,事務所において,食事を取るなどしていた。第2回巡回に出発する間際(25日午後10時前頃),Cが,Aに対し,個人目標(隊員が作成しB班長に直接提出すべきもの)の進捗状況について尋ねたところ,Aは,「もう班長に出しました。なんでCさんに聞かれないといけないんですか。」と答えた。Cは,従前,個人目標について,Aから相談を受けAに対して作成のアドバイスをしていたため,作成した個人目標をB班長に提出する前にはAから相談があると思っていたにもかかわらず,AがCに相談することなくB班長に個人目標を提出したことに立腹し,「それやったら,俺と仕事の話は一切せんでええ。」とAを怒鳴りつけた。そして,Cは,Aが肩を揺すって歩いているのを見て,Aに対し,「歩き方が気に入らない。」,「道場へ来い。道場やったら殴りやすいから。」と大声で言った。Cが一方的にAを怒鳴りつけている間,Aは黙って聞いているだけであった。
(乙1-272・273・307・342・343・350頁,乙9-7・8頁,乙15,19,証人C)

第2回巡回(25日午後10時から同日午後12時まで)
A及びCは,Cがパトロールカーを運転し,Aが助手席に乗って第2回巡回に出発した。
運転席に座ったCは,助手席に座ったAがタコメーターをセットしようとしたところ,Aに対し,「何もするな。全て俺がやる。」と怒鳴りつけた。そして,Cは,タコメーターのセット・処置,基地局との無線対応など,助手席の乗務員がすべき業務を自ら行った。そのため,Aは,第2回巡回の間,終始無言で助手席に座っており,巡回に伴う具体的業務を何ら行わずにいた。(なお,控訴人は,Cは「何もするな。」と言った際に「殺すぞ。」と怒鳴ったと主張し,本人尋問において,Aから電話でそのように聞いた旨供述する。しかしながら,控訴人は,9月24日の労働基準監督官による事情聴取における聴取書(乙1-8~19頁)や,その後の陳述書(甲11,33)において,上記のことを述べていないことに照らし,控訴人の上記供述は,直ちに採用することができない。)(乙1-11・12・328頁,乙15,証人C,同J)

第2回巡回後,第3回巡回開始(26日午前3時30分)までの間第2回巡回後,Cよりも先に事務所に戻ったAは,Cから何もするなと言われていたものの,Jから巡回終了後の書類整理を行うように促されたことから,書類整理を開始した。遅れて事務所内に入ってきたCは,上記のAの様子を認め,激怒し,「何もするな言うたやろ。殺すぞ。」と大声で怒鳴りつけた。これに対し,Aは黙っていた。その様子を見ていたB班長は,Cを事務所外に連れ出し,Cに対し,「言い過ぎや。Aが怖がっているやないか。」などと言って注意した。
Jは,Cから怒鳴られたAの様子を見て,落ち込んでいるように思われたので,第3回巡回はCとペアを組ませるべきではないと考え,B班長に対し,AとCのペア替えを提案した。B班長は,その提案に対し,一旦はペア替えを検討したものの,C及びAの様子がいずれも落ち着いていることを踏まえ,今後も一緒に仕事をしていくことを考えると,今日だけはペア替えをしない方がよいと考え,
Aに対し,
当日だけのペア続行を打診し,
Aもこれに同意した。
Aは,第2回巡回後,第3回巡回開始までの間,数回,控訴人に電話を架け,「仕事辞めてもええか。このまま帰りたいわ。助けてくれ。」などと言った。
(乙1-11・307・317・328頁,乙9-7・8頁,乙15,18,21,証人C,同B,同J)


第3回巡回(26日午前3時30分から同日午前6時まで)
A及びCは,Aがパトロールカーを運転し,Cが助手席に乗って第3回巡回に出発した。
パーキングエリアでの不審車対応A及びCは,第3回巡回中,パーキングエリアで駐車場の隅にカーテンを閉めて駐車している不審車を発見した。そこで,Aが不審車の周囲を回って状況を確認してパトロールカーに戻ってきたところ,Cは,自殺の可能性があるから車の窓をノックして返事があるか確認する必要があると考え,
Aに対し,
確認の仕方が不十分であると注意し指導した。
その際,Aがすねた態度をとっていると思い,Aに対し,Cの言っていることが間違っていないかB班長に確認するよう指示し,B班長へ電話を架けさせ,上記の確認をさせた。
落下物の処理
Aは,第3回巡回中,高速道路上に落下物を発見したため,落下物を回収しようと急ブレーキをかけた。Cは,その時,後方にトラックが追従している状況にあったことから,Aに対し,「こんなところでこんなもん拾う必要はないだろう。」などと大声で注意した。(なお,控訴人は,この時,CがAに対して「殺すぞ。」と発言した旨主張するが,前記エで説示したところと同様の理由から,採用できない。)
A
Cの注意を厳しいと感じていた。

Aは,第3回巡回中,v集約(基地)に立ち寄った際,そのトイレで,過呼吸になり,しばらくしゃがみこんだ(なお,本件夜勤におけるこれまでの経緯のほか,Aが,26日の本件夜勤直後頃,I,w交通管理課課長代理R(以下「R課長代理」という。)及び控訴人に対し,それぞれ上記過呼吸に係る事実があったことを具体的に述べていたことによれば,上記事実が認められ,上記認定を覆すに足りる証拠はない。)。(甲11,31,乙1-12・274~276・298頁,乙9-1・8・9・13頁,乙15,18,21,証人C,同B,控訴人本人)キ
第3回巡回後,本件夜勤終了までの間
Aは,26日午前6時頃,第3回巡回を終えて事務所に戻った時,かなり落ち込んでいる様子であった。Cは,第3回巡回後,事務所において,B班長に対し,Aについて「あいつは,もう使い物になりませんわ。」と発言した。この時,Aは,事務所の外の階段のところで,頭を抱えて座っていた。(なお,控訴人は,AがCの上記発言を聞いていた旨主張するが,これを認めるに足りる証拠はない。)
また,Dが,一人で下を向いて座っているAに対して「どうした。」と声をかけたところ,Aが「駄目です。もう無理です。」と言ったので,Dは「どうしたんや。」と聞いたが,Aは,首を横に振って「駄目です。もう無理です。」の一点張りで,それ以上のことは何も言わなかった。Cは,Aに対し,第3回巡回中に起こった出来事について,文書にまとめるように指示し,Aは,これに従い文書を作成した。Cは,最初の頃,パソコンの前に座って文書を作成しているAの背後に立ち,Aに対し,指示を出し訂正をさせていた。この時,Aは,落ち込んだ様子で顔色も青ざめていた。Kは,Cが席を外した時に,Aから作成した文書を見せられ,
Aに対し,
「これでいいん違うか。
あまり気にしないように。

と言った。
その後,Aが作成した文書をCに提出したところ,Cは,その文書を見て,周りに他の隊員らがいる前で,Aに対し,「小学生の文書みたいやな。」と大声で言った。
(甲31,乙1-307・318・329・336・344・351頁,乙9-12頁,乙18,証人C,同B,同I,控訴人本人)
本件夜勤終了後の事務所における状況

本件夜勤が終了し,Cが退社した後の26日午前9時半頃,事務所において,Cを除いた班員7名でミーティングが行われた。この時,Aは,ひどく落ち込んでいる様子であった。その際,B班長は,本件夜勤におけるAとCとの間の出来事について事情説明をした上で,Aが精神的に回復するまでCとペアを組ませないということを決定した。
また,Aは,B班長に対し,「きついです。何をやっても否定されて何をやっていいか分からない。」と言い,28日(月曜日)以降しばらく休みたい旨の申出をした。これに対し,B班長が「休むと,出てきにくくなるんじゃないか。できれば出勤してほしい。」などと言ったところ,Aは,「家に帰って家族会議をする。」と言った。そして,Aが,本件夜勤におけるCとの間の出来事についてR課長代理にも報告してほしい旨要望したところ,B班長は,報告すると約束した。

そのミーティングの後,A,B班長,J,S(w交通管理課で係長として勤務する者(以下「S」という。)。なお,Sは上記ミーティング後に出勤してきた。)の4名で話合いを行った。
Sは,上記話合いが終わった後,Aと二人で話をした際,Aが空手のことでCを怖がっているように思ったことから,Aに対し,「何かされたら転がって救急車呼んで訴えたらええねん。そしたら大ごとになるから。」と言った。また,Sは,AがCから道場へ来いと誘われていることについて道場に行ったらボコボコにされると思っているようであったので,「Cから誘われても道場には行かなくてよいから。」と言った。
その後,Jは,帰る前に,Aと二人で話をした際,Aがひどく落ち込んでいるように見えたので,「親に相談してみ。」と声をかけた。

(乙1-285・289・290・307・308・329・344・345頁,乙9-5・6・11・12頁,乙21,証人B,同J)
退社後の26日の状況

控訴人は,Aとの電話でx墓園で落ち合って食事をしようということになり,26日昼頃,x墓園でAと会ったが,Aに食欲はなかった。R課長代理は,B班長から本件夜勤におけるAとCとの間の出来事について報告を受けた後,26日昼頃,Aに電話を架け,Aから事情を聞いた。そうしたところ,Aが「前から色々あったんです。4月の後半頃から,Cさんから道場へ来いと誘われているんです。これってどういうことか分かりますよね。」と言ったことから,R課長代理が「ボコボコにされるということか。」と聞くと,Aは,「そういうことです。」と言い,さらに,「Cさんとペアで巡回をしていた時に,指差喚呼をしたところ,Cさんから『俺の運転が信用できんのか。』と言われたことがあった。」などと言った上,本件夜勤におけるCとの出来事について話をした。これに対し,R課長代理は,Cに対しては指導すること,それでもCが何か言ってきたら自分に言ってほしいこと,CからAを守ること,Cとペアにすることはないこと等について,話をした。

Aは,26日,本件会社を辞めて転職することを考え,携帯電話でメールを送信し,宅急便の会社の求人に応募した。
また,Aは,同日,控訴人と話をした際,本件会社を辞めたいこと,28日(月曜日)からしばらく休むことなどについて,控訴人に相談した。これに対し,控訴人は,28日は取りあえず出勤するようにアドバイスした。

(甲11,甲32の9・10・12・28~31,乙1-273~277頁,乙9-1・2頁,控訴人本人-17・33・36~39頁)
27日及び28日午前の状況
27日はAの公休出勤の日であり,Aは,同日朝,出勤した。
Aは,事務所で顔を合わせたM(Aの1年後輩の隊員)に,「仕事を辞めたい。」と言った。そして,Mが「辞めるのもいいんじゃないですか。」と言うと,Aは「有休も残っているし,ボーナスもあるから,考える。」と言った。
Aは,Iとペアを組み,27日の巡回を行った。Iは,同日朝出勤した時にAが「昨日から何も食べていないんです。」と言っていたことから,Aに対し,「コンビニで昼ご飯買ってこい。」と言って買いに行かせた。
Iは,巡回中,Aから本件夜勤におけるCとの出来事について話を聞いた。そして,Aが「会社を辞めたい。」と言ったので,Iは「初めてのボーナスまで待つ手もあるで。家族とも相談してみろ。」などと言った。そして,Iが「月曜日(28日)頑張って出てきや。」と言ったところ,Aは「分かりました。」と言った。
その後,Aは,27日午後1時25分,B班長に対し,「明日,出勤します。」旨のメールを送信した。そして,B班長から受信した「了解。Cにはきっちり話するから,心配せずに。」とのメールに対し,「了解です。お願いします。」とのメールを返信した。
なお,Aは,同日昼頃,Iと一緒に昼食を取ったが,その時は食欲も普通で,完食した。
Aは,27日の勤務終了後,M及びTと話をした際,Cとの接触について,Tから,R課長代理に言えばCとのペアを外してくれるなどの話があったのに対し,「事務所で顔を合わすのも嫌だ。待機中でも顔を合わすのが怖い。,
」「明日,
仕事に行くのが嫌だ。
仕事に行きたくない。

と言った。

Aは,車を運転してMとTをx駅まで送った後,27日午後7時頃,帰宅した。そして,控訴人に対し,「夕食はいらん。」と言って,自分の部屋に入った。この時,Aはかなり落ち込んでいる様子であった。Aは,同日の晩,U(Aの姉)が帰りに買ってきたケーキも食べなかった。N(当時,1週間前頃から毎日控訴人宅で寝泊まりをしていた。)は,26日頃からAが帰宅した時に食欲がなかったことやAが家の中で顔色が悪く元気がなかったことなどからAのことを心配していたところ,27日の午後8時ないし午後9時頃,気になってAの部屋に様子を見に行った。その時,Aは,疲れ切った表情で,Nに対し,「おかん,また同じ勤務になるみたいや。」と言った。
Aは,27日午後12時頃,自室からトイレに行く途中,廊下でNとすれ違った時,「明日行くのが怖いねん。殺されるかもしれへん。」と言った。
控訴人は,28日午前7時頃,Aの部屋に行ったところ,Aが自室で縊死しているのを発見した。なお,Aの死体検案書(乙1-7頁)によれば,Aの推定死亡時刻は28日午前2時頃とされている。
(甲32の16・17・38,乙1-15・16・22・23・246・247・298~300・329・330・347・351・352頁,乙9-12・16頁,証人I)
2
労災保険法にいう業務起因性について
労災保険法7条1項1号にいう「労働者の業務上の死亡」とは,労働者が業務に基づく負傷又は疾病(これらを併せて,以下「疾病等」という。)に起因して死亡した場合をいい,業務と上記疾病等との間には相当因果関係のあることが必要であり,その疾病等が原因となって死亡の結果が発生した場合でなければならないと解すべきである(最高裁昭和50年(行ツ)第111号同51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事第119号189頁参照)。
そして,訴訟上の因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものと解すべきである(最高裁昭和48年(オ)第517号同50年10月24日第二小法廷判決・民集29巻9号1417頁,最高裁平成7年(オ)第1205号同9年2月25日第三小法廷判決・民集51巻2号502頁,最高裁平成5年(行ツ)第85号同9年11月28日第三小法廷判決・裁判集民事第186号269頁,最高裁平成16年(受)第672号同18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁参照)。
また,精神障害の業務起因性の判断について,厚生労働省は認定基準を策定しているところ,これは行政処分の迅速かつ画一的な処理を目的として定められたもので,裁判所を法的に拘束するものではないが,精神医学,心理学及び法律学等の専門家により作成された平成23年報告書に基づき,医学的専門的知見を踏まえて策定されたものであり,その作成経緯及び内容等に照らして合理性を有するといえるから,精神障害に係る業務起因性を判断するに当たっても,これをも参考にして行うのが相当である。
3
争点についての判断
前記前提事実及び前記1の事実によれば,次のとおり認定判断することができる。

Aに業務による強い心理的負荷が掛かっていたか
本件夜勤前の出来事
a
Aのしていた空手に関する発言(出来事②)
前記1のとおり,Cは,4月ないし5月頃,Aに対し,複数回,
Aのしていた空手を否定し,ばかにする発言をしたものである。
①Aは,長年にわたって練習に打ち込んで習得した自らの空手について,特技として誇りを持っていたこと,②Aは,C発言により落ち込み苦悩していることを,I,D,K,Jらに対し,度々打ち明けて相談し,さらに,巡回のペア編成を担当するJに対しては,Cの上記発言が辛いとして,Cとのペア巡回を極力外してほしいと頼んでいたこと,これらに照らせば,Cよって,Aには,一定の心理的負荷が掛かっていたというべきである。
これに対し,被控訴人は,AはC
くださいよ。」と言って笑っていたとして,これによってAに心理的負荷が掛かったとはいえない旨主張する。
しかしながら,Aにとって,Cは職場における上司に当たるので
あるから,Aが,Cの上記発言によって,内心で辛い気持ちを抱いていたとしても,その場の雰囲気を悪くし職場におけるCとの人間関係を悪化させることを避けるため,Cに対して反論等することなく,愛想笑いをするということは,十分ありうることであり,容易に推察することができるというべきである。

するものではなく,被控訴人の上記主張は採用することができな
い。
また,被控訴人は,Cの上記発言による心理的負荷は,業務とは
全く関連性のない私的領域に属する出来事によるものであるから,業務によるものには当たらない旨主張する。
確かに,上記発言は,AがCと巡回の前後や巡回中にされたもの
ではあるが,その会話自体は雑談であり私的領域に属するものであるから,これによる心理的負荷を直ちに業務上のものということはできない。したがって,上記発言による心理的負荷は,それ自体で業務上のものということはできないが,これが業務に関連する機会になされたものであること,及び上記発言が後にされたCの言動につきその背景として心理的負荷を強める作用をしていると考えら
れることからすると,
その後のCの言動による心理的負荷の評価や,
全ての負荷の総合評価に当たっては,出来事②の存在をも考慮して負荷の強度を評価し得るものと解するのが相当である。b
「道場へ来い。」などの発言(出来事③)
前記1のとおり,Cは,4月中旬頃ないし5月中旬頃,Aに対
し,複数回,「道場へ来い。」と言って,空手道場に誘ったもの
である。
そして,前記1のとおり,①Aは,前記aのとおり,Cの空手に関する発言によって,辛いと感じ悩んでいたこと,②Cの上記発言は,組手を「寸止め」で行う,Aのしていた伝統空手につい
て,実戦に使えない空手であるとして否定するものであること,
③Aは,自らの伝統空手の組手と極真空手の組手の違いを熟知しており,極真空手を習得し,かつ,職場における自らの上司に当
たるCと,極真空手の組手を行うことになった場合,「ボコボコ
にされる。」と感じていたこと,④Aは,Cの前記aの空手に関する発言や,Cの仕事面でのAに対する厳しい言辞によって,辛
いと感じ,Cから嫌われていると思い,Cに対する苦手意識を抱
いていたこと,⑤Aは,Lや両親に対し,Cから空手道場に来るように誘われているが,断っている旨の話をした際,「道場に行
ったら,組手で,ボコボコにされる。」などと言い,Cのことを
怖がっている様子であったこと,⑥Aは,26日昼頃にも,R課長代理に対し,4月後半頃以降Cから「道場へ来い。」と誘われ
ており,その誘いについて「道場に行ったら,組手で,ボコボコ
にされる。」と思っていた旨述べたこと,以上の事実が認められ
るのであり,これらに照らせば,C
との発言と,C
らによって,Aには,業務による相当程度の心理的負荷が掛かっ
ていたというべきである(以下,上記各発言を併せて「本件夜勤前の出来事」という。)。これに対し,被控訴人は,C
照らしてCに加害の意図があると思わせる可能性のあるものでは
なかった旨主張するけれども,上記発言が,AとCとの従前の人
間関係を含む具体的状況に照らし,Cに加害の意図があると思わ

から明らかであり,被控訴人の上記主張は採用することができな
い。
また,被控訴人は,C
とは全く関連性のない私的領域に属する出来事によるものであ
るから,業務によるものには当たらない旨主張するところ,この

本件夜勤時の出来事
a
第2回巡回前の言動(出来事⑦)
前記1のとおり,Cは,第2回巡回に出発する間際,AがCに相
談することなく個人目標をB班長に提出したことに立腹し,「それやったら,俺と仕事の話は一切せんでええ。」とAを怒鳴りつけ,さらに,Aが歩いているのを見て,Aに対し,「歩き方が気に入らない。」,「道場へ来い。道場やったら殴りやすいから。」と大声で言ったものである。
Aを怒鳴り

C
つけ,その内容も仕事の話を一切しないように言うなど理不尽なものであった。そして,前判示のとおり,従前の経緯等から,CがAに対して「道場へ来い。」と言うことは,Aを怖がらせる行為であったところ,C
ら。」と加害の意図を有することをも示している。前記1のとおり,Cが一方的にAを怒鳴りつけている間,Aは黙って聞いているだけであったが,これは,CがAの上司であり,かつ,前判示のとおりAにとって怖い存在であったことから,Aの心理状態は,反論,反発のできるような状態でなかったことによると考えるのが合理的である。
これらに照らせば,C

Aには,業務に

よる相当程度の心理的負荷が掛かったというべきである。
b
第2回巡回時の言動(出来事⑧)
前記1のとおり,は,
C
第2回巡回時,
Aに対し,
「何もするな。

と怒鳴りつけ,Aに同巡回の際に何も仕事をさせなかったものである。
Cは,やり甲斐のある仕事と思って本件会社における仕事に前向
きに取り組んでいたAに対し,自らの怒りの感情を爆発させ,「何もするな。」と怒鳴りつけ仕事をさせなかったものであり,それは,極めて理不尽な言動であり,Aの労働者としての職業上の人格を踏みにじり,否定する行為といっても過言ではなく,これが,嫌がらせ,いじめに当たることは明らかである。
そして,C
Cの第2回巡回前の言動(前記a)があった直後,連続的に行われたものであり,その時のAには,Cの第2回巡回前の言動により掛かった心理的負荷による影響が減少することなく残存していたと
考えられる。このことからすれば,C

Aに掛

かった心理的負荷は,それが単発的に行われた場合より強いものとなったとみるべきである。
以上によれば,C

Aには,業務による

相当程度の心理的負荷が掛かったものと認められる。これに対し,被控訴人は,
Aが仕事をしないように言われたのは,
第2回巡回中の約2時間のみであるとして,C
りAに掛かった心理的負荷は弱いものであった旨主張する。

2時間であるからといって,Aに掛かった心理的負荷が弱いものであったということはできない。
したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。
c
第2回巡回後の言動(出来事⑨)
前記1のとおり,Cは,第2回巡回後,事務所において,巡回終
了後にすべき書類整理を始めていたAの様子を認め,激怒し,「何もするな言うたやろ。殺すぞ。」と大声で怒鳴りつけたものである。Aを怒鳴り

C
つけたものであり,極めて理不尽な言動である。

のみならず,「殺すぞ。」と怒鳴りつけた行為は,文字通り殺人
行為が実行されるとの恐怖を相手方に抱かせるものとまではいえ
ないが,AとCの従前の人間関係,本件夜勤におけるそれまでの出来事を含む具体的状況に照らせば,殴る蹴るなどの危害が加えられるかもしれないという畏怖の念ないし不安感をAに抱かせるに足
りる行為であったということができる。Cの上記言動がなされた場所が他の隊員がいる事務所内であったことは,上記判断を左右するものではない。
そして,C
Cの第2回巡回前の言動(前記a),第2回巡回時の言動(前記b)があった直後,連続的に行われたものであり,その時のAには,Cの上記各言動により掛かった心理的負荷による影響が減少するこ
となく残存していたと考えられる。このことからすれば,Cの前記Aに掛かった心理的負荷は,それが単発的に行われた場合より強いものとなったとみるのが合理的である。
以上によれば,C

Aには,業務による

強い心理的負荷が掛かったものと認められる。
これに対し,被控訴人は,Cの「殺すぞ。」との発言は,一時的
な興奮に基づく突発的な発言であり,CがAに殴りかかるような気勢を示すなどといった行動を伴うものではなかったとして,これによりAに掛かった心理的負荷は強いものではなかった旨主張する。
することができない。
d
「第3回巡回時」及び「第3回巡回後,本件夜勤終了まで」の各言動(出来事⑩⑪)
前記1のとおり,Cは,第3回巡回の際,「パーキングエリアで
の不審車対応」及び「落下物の処理」の関係で,Aに対し,厳しい注意指導をした。また,Cは,第3回巡回後,Aに対し,第3回巡回中に起こった出来事について,文書にまとめるように指示し,Aに文書を作成させたところ,Aから作成した文書の提出を受けた
際,周りに他の隊員らがいる前で,Aに対し,「小学生の文書みたいやな。」と大声で言ったものである。
前記1のとおりの具体的状況に照らせば,C
ち,第3回巡回の際にした注意指導について,正当な指導の範囲を超えるものであったとはいえない。また,C
第3回巡回後,Aに文書を作成させたことは,その年の4月から導入されたOJTの一環としてなされたものであり,業務指導の範囲を逸脱するものということはできない。しかしながら,前記1の事実によれば,①Cそれぞれ単発的に行われたものではなく,Cの第2回巡回前の言動(前記a),第2回巡回時の言動(前記b),第2回巡回後の言動(前記c)があった直後,連続的に行われたものであること,そのため,その時のAには,Cの上記各言動により掛かった心理的負荷による影響が減少することなく残存していたと考えられ,Cの前記Aに掛かった心理的負荷は,それが単発的に行われ
た場合より強いものとなったと考えられること,②Aは,第3回巡回中,トイレで過呼吸になりしばらくしゃがみこんでいたこと,③Aは,第3回巡回を終えて事務所に戻った時,かなり落ち込んでいる様子であり,一人で下を向いて座っていたところ,Dから声をかけられたが,「駄目です。もう無理です。」の一点張りであり,精神的に追い込まれた状態にあったと考えられること,④Aは,第3回巡回後,背後に立ったCから訂正指示を受けながら,文書を作成したところ,その時のAは,落ち込んだ様子で顔色が青ざめていたこと,⑤Cは,Aがそのようにして作成した文書の提出を受けるや,周りに他の隊員らがいる前で,Aに対し,「小学生の文書みたいやな。」と大声で言ったものであり,そのような人格の否定につながるような侮蔑的な言辞で侮辱されたAが強い屈辱感等を抱き,惨めな気持ちであったことは容易に推察されること,⑥Aは,本件夜勤終了後,事務所において行われたミーティングの時,ひどく落ち込んでいる様子であり,B班長に対し,「きついです。何をやっても否定されて何をやっていいか分からない。」と言って,28日以降しばらく休みたい旨の申出をしたこと,以上の諸点を指摘することができる。
これらによれば,C

Aには,業務による,相当強度の心理的負荷が掛かったものと認められる。e
前記aないしdによれば,Cの前記aないしdの言動によって,Aには,
業務による強い心理的負荷が掛かったことが認められる
(以下,
上記各言動を併せて「本件夜勤時の出来事」といい,本件夜勤前の出来事と本件夜勤時の出来事を併せて「本件各出来事」という。)。Aには,4月から本件夜勤前までの約2か月

間に,本件夜勤前の出来事によって,業務による相当程度の心理的負荷が掛かったところ,さらに,5月25日から26日までの間に,本件夜勤時の出来事によって,業務による強い心理的負荷が掛かったものというべきである。
専門部会意見書
a
専門部会が平成24年12月28日頃に作成した医学的見解に係
る意見書(専門部会意見書)は,「Aは,自殺直前には,ICD-10の
「F3

気分
(感情)
障害」
を発症していた可能性が考えられる。


としている(乙1-374・379頁。なお,ICD-10の「F3
にいう対象疾病のうち業務に関連して発病する可能性があるとしている精神障害(主としてICD-10のF2からF4に分類される精神障害)に含まれている疾病であり,うつ病は,ICD-10の「F3b
気分(感情)障害」に含まれる疾病である(乙8)。)。
専門部会意見書の判断に医員として関与したHが作成した意見書

(H意見書。乙20)は,「専門部会意見書にある前記aの記述は,Aが精神障害を発症していた蓋然性は極めて低いが,念のために,業務による負荷の強度を検討するために,ICD-10の「F3

気分

(感情)障害」を発症していたと仮定するという意味である。したがって,「気分障害を発症していた可能性が考えられる。」との部分は,「仮に気分障害を発症していたとしたら」と訂正するのが正確である。」としている。
そこで検討すると,認定基準は,「労働基準監督署長は,自殺に係る事案等一定の場合,専門部会に協議して合議による意見を求め,その意見に基づき認定要件を満たすか否かを判断する。」旨定めているところ,その趣旨は,発病の有無,疾患名,発病時期,心理的負荷の強度の判断について高度な医学的検討をした上での意見を専門家により構成される専門部会に求めることにある(乙3)。したがって,専門部会は,専門的知見に基づき医学的検討をした上でその意見を正確に表現して意見書を作成すべき重大な職責を負っているというべきである。そうすると,①「精神障害を発症していた蓋然性は極めて低い」とのH意見書の意見と,②「ICD-10の「F3
気分(感

情)障害」を発症していた可能性が考えられる。」としつつ,上記疾病を発症していなかった可能性があることにつき何ら言及していない(乙1-372~379頁)専門部会意見書記載の意見とでは,大きく意味が異なるのであるから,専門部会が,上記①の意見を有していたにもかかわらず,専門部会意見書において,上記②の意見を記載したなどということは,専門部会が負っている上記職責に照らし,直ちには考え難いというべきである。
したがって,H意見書をそのまま採用することはできない。
うつ病の診断基準
ICD-10の「F32

うつ病エピソード」(うつ病)の診断基

準について,
ICD-10診断ガイドラインは,
次のとおりとする
(乙
8)。
3種類全ての典型的な抑うつのエピソード(軽症(F32.0),中等症(F32.1)及び重症(F32.2とF32.3))では,患者は,通常,抑うつ気分,興味と喜びの喪失,及び易疲労性(活動性の減退による易疲労感の増大や活動性の減少)に悩まされる。わずかに頑張った後でも,ひどく疲労を感じることが普通である。他の一般的な症状には,①集中力と注意力の減退,②自己評価と自信の低下,
③罪責感と無価値観
(軽症エピソードにもみられる。,

④将来に対する希望のない悲観的な見方,⑤自傷あるいは自殺の観念や行為,⑥睡眠障害,⑦食欲不振がある。うつ病エピソードは,重症度の如何に関係なく,普通少なくとも
2週間の持続が診断に必要とされるが,もし症状が極めて重症で急激な発症であれば,より短い期間であってもかまわない。
軽症うつ病エピソード(F32.0)については,うつ病にとっ
て最も典型的な症状である抑うつ気分,興味と喜びの喪失,及び易
うちの少なくとも二つが,診断を確定するために存在しなければならない。いかなる症状も著しい程度であってはならず,エピソード全体の最短の持続期間は約2週間である。
軽症うつ病エピソードの患者は,通常,症状に悩まされて日常の
仕事や社会的活動を続けるのに幾分困難を感じるが,完全に機能できなくなるまでのことはない。
中等症うつ病エピソード(F32.1)については,抑うつ気分,興味と喜びの喪失,及び易疲労性のうち少なくとも二つ,更に前記
が存在しなければならない。そのうちの一部の症状は著しい程度にまでなることがあるが,もし全般的で広汎な症状が存在するなら
ば,このことは必須ではない。エピソード全体の最短の持続期間は約2週間である。中等症うつ病エピソードの患者は,通常,社会的,職業的あるいは家庭的活動を続けていくのがかなり困難になるであろう。
精神病症状を伴わない重症うつ病エピソード(F32.2)につ
いては,抑うつ気分,興味と喜びの喪失,及び易疲労性の全て,さ
重症でなければならない。うつ病エピソードは,少なくとも約2週間持続しなければならないが,もし症状が極めて重く急激な発症であれば,2週間未満でもこの診断をつけてよい。
重症うつ病エピソードの期間中,患者は,ごく限られた範囲のも
のを除いて,社会的,職業的あるいは家庭的な活動を続けることがほとんどできない。
精神病症状を伴う重症うつ病エピソード(F32.3)について

に加えて,妄想,幻覚あるいはうつ病性昏迷が存在する。
b
前記1の事実及び前記a(うつ病の診断基準)によれば,Aには,26日ないし28日午前2時頃,うつ病において最も典型的な症状である(ⅰ)抑うつ気分,(ⅱ)興味と喜びの喪失,及び(ⅲ)易疲労性の全て,さらに前記の他の一般的な症状のうち,②自己評価と自信の低下,③罪責感と無価値観,④将来に対する希望のない悲観的な見方,⑤自傷あるいは自殺の観念や行為,⑦食欲不振の五つの症状が存在し,その多く(上記(ⅰ),(ⅱ),②,③,④及び⑤)が重症であったということができる。Aについては,症状が約2週間持続したとの事実はないが,精神病症状を伴わない重症うつ病エピソード(F32.2)については,症状が極めて重く急激な発症であれば,症状の持続が2週間未満でもこの診断をつけてよいとされている。
そうすると,ICD-10診断ガイドラインにおけるうつ病の診断基準に照らせば,Aの26日ないし28日午前2時頃の状態は,精神病症状を伴わない重症うつ病エピソード(F32.2)と診断するための上記診断基準を満たすものであったというべきである。
自殺者の大多数(約9割)は,何らかの精神障害に罹患している状態であるとする医学的知見がある
(甲22-83頁,
甲24-68頁,
甲25-14頁,甲26,乙4-41・71・72頁)。
b
る。
本件夜勤におけるAとCとの間の出来事があったことから,26
日の本件夜勤終了後,班員7名でミーティングが行われ,その際,Aが精神的に回復するまでCとペアを組ませないということが決定された。そして,Aが,B班長に対し,本件夜勤におけるCとの間の出来事についてR課長代理にも報告してほしい旨要望したとこ
ろ,B班長から上記報告を受けたR課長代理は,同日昼頃,Aに電話を架け,Aから事情を聞いた上で,Aに対し,Cに対しては指導すること,CからAを守ること,Cとペアにすることはないこと等について,話をした。
Aは,26日に控訴人と話をした際,控訴人から,28日は取り
あえず出勤するようにアドバイスを受けた。また,27日にIとペアを組み巡回をした際,Iに,本件夜勤におけるCとの出来事について話を聞いてもらった上,28日は頑張って出勤するように励まされ,B班長に対し,28日は出勤する旨のメールを送信した。
Aは,上記のとおりB班長に対して出勤するとの連絡をしたもの
の,その後も,Cとペアを組んで巡回することがなくても巡回の前後に事務所でCと顔を合わすことが怖かったことから,28日に出勤したくないという気持ちが強かった。そして,Aは,27日午後12時頃,自宅廊下でNとすれ違った時,「明日行くのが怖いねん。殺されるかもしれへん。」と言った。Aが28日にCとペアを組んで巡回する可能性
はなかったし,本件夜勤におけるCとの出来事について,R課長代理からCに対して指導が行われ,
AをCから守るための配慮がなさ
れることは確実であったこと,Aも,そのことを認識していたことが認められる。
そうすると,合理的な思考をすれば,28日に出勤することが,
Aに自殺を決意させるほどの苦痛を生じさせるものであったとは
考え難いというべきである。
c
本件全証拠によっても,本件自殺当時のAについて,他に自殺の原因となり得るような事情は見当たらない。

d
前記aないしcによれば,Aは,本件自殺当時,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥っていた可能性が高いというべきである。


本件において,本件各出来事のほかには,Aが精神障害を発病する原因となる可能性のある,「業務以外の心理的負荷に係る具体的事実」や「Aの個体側要因に係る具体的事実」の存在はうかがわれない。

総合検討すると,次のとおり認定判断することができる。
①Aには,4月から本件夜勤前までの約2か月間に,本件夜勤前の出来事によって,
業務による相当程度の心理的負荷が掛かったところ,
さらに,
5月25日から26日までの間に,本件夜勤時の出来事によって,業務による強い心理的負荷が掛かったこと,②専門部会意見書は,「Aは,自殺直前には,ICD-10の「F3気分(感情)障害」を発症していた可
能性が考えられる。」としていること(なお,うつ病は,ICD-10のF3に分類される精神障害である。),③Aの26日ないし28日午前2時頃の状態は,精神病症状を伴わない重症うつ病エピソード(F32.2)と診断するための診断基準(ICD-10診断ガイドラインにおけるうつ病の診断基準)を満たすものであったこと,④重症うつ病エピソード(F32.2)を含む「F3

気分(感情)障害」は,業務に関連して発病す

る可能性があるとされている精神障害の一つであること,⑤Aは,本件自殺当時,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥っていた可能性が高いこと,⑥本件において,本件各出来事のほかには,Aが精神障害を発病する原因となる可能性のある,「業務以外の心理的負荷に係る具体的事実」や「Aの個体側要因に係る具体的事実」の存Aは,
本件各出来事による心理的負荷によって,本件自殺の直前頃,うつ病を発症したことを推認することができる。
認定基準の見地からの検討


認定要件①について
Aが認定要件①を満た
していることは明らかであり,Aが本件自殺直前頃うつ病を発症した事実はなく認定要件①を満たしていない旨の被控訴人の主張は採用することができない。


認定要件②について

れば,以下のとおり認められる。
認定基準は,「認定要件の具体的判断」のうち「業務による心理的負荷の強度の判断」について,要旨次のとおりとする。a
認定要件②の「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること」とは,対象疾病の発病前おおむね6か月の間に業務による出来事があり,当該出来事及びその後の状況による心理的負荷が,客観的に対象疾病を発病させるおそれのある強い心理的負荷であると認められることをいう。
このため,業務による心理的負荷の強度の判断に当たっては,精神障害発病前おおむね6か月の間に,対象疾病の発病に関与したと考えられる業務によるどのような出来事があり,また,その後の状況がどのようなものであったのかを具体的に把握し,それらによる心理的負荷の強度はどの程度であるかについて,認定基準別表1を指標として「強」,「中」,「弱」の三段階に区分する。
なお,上記別表1は,業務による強い心理的負荷が認められるものを心理的負荷の総合評価が「強」と表記し,業務による強い心理的負荷が認められないものを「中」又は「弱」と表記している。
心理的負荷の総合評価が「強」と判断される場合に,認定要件②を満たすものとする。

b
「出来事ごとの心理的負荷の総合評価」を行うに当たっては,出来事についての事実関係が,認定基準別表1の具体例に合致する場合には,その強度で評価する。
具体例に合致しない場合には,具体例も参考としつつ個々の事案ごとに評価する。また,具体例はあくまでも例示であるので,具体例の「強」の欄で示したもの以外は「強」と判断しないというものではない。

c
いじめやセクシュアルハラスメントのように出来事が繰り返され
るものについては,繰り返される出来事を一体のものとして評価し,また,「その継続する状況」は,心理的負荷が強まるものとしている。d
認定基準別表1は,心理的負荷の強度を「強」と判断する具体例として,「ひどい嫌がらせ,いじめ,又は暴行を受けた」場合がこれに当たるとする。そして,「強」である例の一つとして,「部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた」場合を挙げている。
Cにより連続

的に繰り返し行われた行為である本件夜勤時の出来事は,一体のものとして評価すべきである
本件夜勤時の出来事による心理的負荷は,心理的負荷の強度を「強」と判断する例の一つとして挙げられている「部下に対する上司の言動が,業務指導の範囲を逸脱しており,その中に人格や人間性を否定するような言動が含まれ,かつ,これが執拗に行われた」場合に該当するか,少なくともこれと比べて,その強度において下回ることはないといえる。したがって,本件夜勤時の出来事は,認定基準別表1が,心理的負荷の強度を「強」と判断する具体例としている「ひどい嫌がらせ,いじめ…を受けた」場合に当たるから,Aが本件自殺直前頃うつ病を発症したことについて,認定要件②を満たすというべきである。これに対し,被控訴人は,Aについての業務による心理的負荷の総合評価(認定基準別表1に基づくもの)は「中」であったから,認定要件②を満たしていない旨主張し,専門部会意見書(乙1-378・379頁)は,「Aが受けた業務による心理的負荷の強度は,総合評価としては「中」と判断する。」としているけれども,上記に説示したところに照らし,採用することができない。

認定要件③について認定要件③は「業務以外の心理的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと」を要件とするところ,本件において,業務以外の発病要因を認めるに足りる証拠はない。
したがって,Aが本件自殺直前頃うつ病を発症したことについて,認定要件③を満たすというべきである。

前記アないしウによれば,Aが本件自殺直前頃うつ病を発症したことについて,認定基準所定の認定要件①,②及び③のいずれの要件も満たしているのであるから,認定基準の見地からも,業務起因性は肯定されるというべきである。
事による心理的負荷によりA

は本件自殺直前頃うつ病を発症したというべきである。
そして,認定基準は,「業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自殺を図った場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定
上記基準は,医学的知見に適ったものであり,合理性を有するといえる。また,Aが発症したうつ病は,前判示のとおり,ICD-10のF3に分類される精神障害であるから,Aは,上記のとおり発症したうつ病によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったことによって,すなわち上記うつ病が原因となって本件自殺をしたということができる。
したがって,
Aの死亡は,業務に起因するものであり,労災保険法にいう業務上の死亡に当たるというべきである。
第4

結論
以上によれば,Aの死亡は業務上の死亡に当たらないとした本件各処分は,違法として取消しを免れず,控訴人の請求はこれを認容すべきである。
よって,
これと異なる原判決を取り消した上,本件各処分を取り消すこととして,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第1民事部

裁判長裁判官

佐村浩之
裁判官

大野正男
裁判官

井田宏
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