判例検索β > 平成28年(う)第1342号
道路交通法違反、過失運転致死傷(変更後の訴因・危険運転致死傷(予備的訴因・道路交通法違反、過失運転致死傷))、道路交通法違反被告事件(認定罪名 道路交通法違反、過失運転致死傷、道路交通法違反)
事件番号平成28(う)1342
事件名道路交通法違反,過失運転致死傷(変更後の訴因・危険運転致死傷(予備的訴因・道路交通法違反,過失運転致死傷)),道路交通法違反被告事件(認定罪名 道路交通法違反,過失運転致死傷,道路交通法違反)
裁判年月日平成29年10月5日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
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平成28

道路交通法違反,過失運転致死傷(変更後の訴

因・危険運転致死傷(予備的訴因・道路交通法違反,過失運転致死傷)),道路交通法違反被告事件(認定罪名

道路交通法違反,過失運転致死傷,道

路交通法違反)
平成29年10月5日

大阪高等裁判所第5刑事部判決
主文
本件控訴を棄却する
理由
第1本件控訴の趣意は,大阪地方検察庁検察官検事田辺泰弘作成,大阪高等検察庁検察官検事金木秀文提出の控訴趣意書に記載のとおりであり,これに対する答弁は,弁護人辻󠄀亮作成の答弁書に記載のとおりであるから,これらを引用するが,論旨は,要するに,被告人に訴因変更後の主位的訴因である危険運転致死傷罪の成立を認めなかった原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というものである。
そこで,記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討する。
第2平成27年6月1日付け起訴状記載の各公訴事実(道路交通法違反,過失運転致死傷)
について,
訴因変更をした後の主位的訴因は,
「被告人は,
平成27年5月11日午前3時46分頃,大阪市T区Xa丁目b番所在の駐車場Yにおいて,運転開始前に飲んだ酒の影響により,道路及び交通の状況に応じた運転操作を行うなどの正常な運転が困難な状態で,普通貨物自動車を走行させて同駐車場西側出口から同所先道路に相当速度で進出させ,その頃,同所において,右方から進行してきた甲(当時24歳)運転の自転車後部に自車前部を衝突させ,その衝撃により,前記甲運転の自転車を,並走していた乙(当時24歳)運転の自転車に,さらに,同自転車を同所付近に立っていた丙(当時57歳)にそれぞれ衝突させ,前記甲及び前記乙をいずれも路上に転倒させ,よって,前記甲に両側多発頭蓋底骨折の傷害を,前記乙に加療約5か月間を要する左橈骨遠位端骨折等の傷害を,前記丙に加療約2週間を要する右膝関節打撲傷等の傷害をそれぞれ負わせ,その頃,同所において,前記甲を前記傷害に基づく外傷性くも膜下出血により死亡させたものである。(罪名及び罰条‐危険運転致死傷・」
自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条1号),というものである。
原判決は,被告人が,運転開始前に飲んだ酒の影響により,道路及び交通の状況に応じた運転操作を行うなどの正常な運転が困難な状態で,本件普通貨物自動車を走行させたとは認められないとして,予備的予備的訴因として掲げられた事実,すなわち,酒気帯び運転を内容とする道路交通法違反の事実及びブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み込んだ過失を内容とする過失運転致死傷の事実並びに過失建造物損壊を内容とする道路交通法違反の事実を認め,被告人に対し懲役3年6月の刑を言い渡したものである。
本件事故時,被告人が酒気を帯びた状態であったことは認められるものの,関係証拠をなお十分に検討してみても,被告人がアルコールの影響により正常な運転が困難な状態に陥っていたとまでは認定できないから,危険運転致死傷罪は成立しないし,予備的訴因として掲げられた過失運転致死傷罪についても,被告人が前方左右の注意義務を怠ったとは認められないとして,前記のとおり,予備的予備的訴因として掲げられた過失運転致死傷罪の成立を認めた原判決の判断は相当として是認することができる。論旨は,要するに,原判決は,被告人の本件運転態様等及び飲酒による酩酊度合いに関する事実に関し誤った認定をし,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったことは明らかであるのに,その評価を誤るなどした結果,被告人に危険運転致死傷罪は成立しないという誤った判断をした,というものである。
しかしながら,原判決の証拠評価及び事実判断さらにはその説示内容はおおむね相当として是認することができ,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認は認められない。
以下,所論に鑑み,当裁判所の判断を示すこととする(以下の略語は,原判決の略語と同様である。)。
第3本件事故時の被告人の運転態様ないし運転状況等について
1原審で取り調べられた関係証拠によれば,本件運転に至った経緯,本件事故時の被告人の運転態様ないし運転状況等は,以下のとおりであったと認められる。
被告人は,本件事故当日の前夜,友人のA及びBが参加していた飲み会に合流するため,約2週間前に購入した本件車両を運転し,大阪市T区Xに向かい,同日午後11時19分頃,本件車両を本件駐車場の14番駐車枠に駐車した後,Aらがいる飲食店に向かい,本件事故当日の午前零時頃から午前3時頃まで,同飲食店で飲酒した。
被告人らは同飲食店を出て本件駐車場に戻ったが,被告人は,当日飲酒する予定であったため,以前から帰りの運転はAらに頼んでいたところ,同日午前3時40分頃,被告人がトイレを借りに近くのコンビニエンスストアに行っていた間,Aが,本件車両の運転席に乗り込んで座席シートの高さや位置を調整するなど運転する準備をしていた。
本件駐車場に戻ってきた被告人は,本件車両を運転することに不安そうな表情をしていたAの様子を見て,本件車両を本件駐車場の西側出口を出た付近の道路まで運転しようと考え,Aに少し前に出すので運転を代わるように告げ,Aと交替して運転席に乗り込んだ。被告人は,後部座席に座っていたBから「あかんやん。」と運転を止められたが,「ちょっとだけやから。」などと答えて,運転席シートの位置を元に戻さないまま運転を開始し,同日午前3時46分28秒,アクセルペダルを軽く踏み込んで本件車両を14番駐車枠から発進させ,西側出口へと向かうために左方にハンドルを切った。
被告人は,いまだ車両の後部が同駐車場14番駐車枠内に残っている時点で,軽くブレーキペダルを踏んで減速しながら進行したところ,同日午前3時46分34秒には,14番駐車枠の左前方約5メートルの地点にあった27番駐車枠の外側の高さ約17センチメートルの本件鉄柵に気付かないまま,本件車両の右前輪で本件鉄柵に乗り上げた。被告人は,その際,車両の揺れによって右足のかかとが床から浮くとともに,物を壊したのであれば飲酒運転が発覚し,警察に捕まるなどと考えて焦ったところ,そのすぐ後くらいに,本件車両の先端から右前方約4メートル先の本件駐車場西側出口方向の道路上を北方から南方へ走行してくる被害者らの自転車を認めて狼狽し,ブレーキペダルを踏み込もうとしたが間違えてアクセルペダルを強く踏み込み,本件車両を加速させた。
被告人は,本件車両を加速させ,同日午前3時46分36秒,本件鉄柵の8メートルほど先にある本件駐車場の西側出口から道路上へ南西向きに進行させ,午前3時46分37秒,本件車両の前部を被害者甲が運転する自転車の後部に衝突させ,さらに,同自転車を並走していた被害者乙が運転する自転車に衝突させて,本件車両はそのまま道路脇の店舗に突っ込むように衝突して停止した。本件車両が被害者らや店舗に衝突する本件事故を起こした際の速度は時速約24ないし26キロメートルであった。
なお,
本件駐車場の西側出口の先の南北道路は,
自転車の通行を除き,
南方から北方に向けての一方通行の規制がされていた。
以上の事実関係は,原審で取り調べられた本件車両の駐車時の状況及び本件事故状況等に関する防犯カメラの各画像(原審甲94号証,甲95号証)等の客観的証拠に加え,本件運転に至った経緯,運転態様及び運転状況に関する被告人の原審公判供述によって,優に認定することができる。本件車両を14番駐車枠から発進,進行させた際の運転態様や,本件車両を本件鉄柵に乗り上げさせて焦り,その直後に被害者らの自転車を認めて狼狽し,ブレーキペダルを踏もうとして間違ってアクセルペダルを踏み込んで本件車両を急加速させたという運転状況等に関する被告人の原審公判供述は,本件車両の走行状況に関する上記客観的証拠により裏付けられ,また,これらと整合しており,その信用性に疑いが生じるような特段の事情は認められないから,被告人の原審公判供述は十分に信用することができるというべきである。
2所論は,本件事故時の被告人の運転態様ないし運転状況等について,原判決の事実認定・評価は誤っており,
本件事故時の被告人の運転態様等は,
アルコールの影響により被告人の認知能力,判断能力及び運転操作能力の低下を示すものであると,るる主張するので,以下,この点に関する所論を順次検討することとする。
被告人が本件車両を14番駐車枠から発進させた際の状況について所論は,
アクセルペダルを軽く踏み込んで発進させたという原判決の
認定は誤りであり,被告人は,狭い駐車場で徐行発進すべきところ,アクセル操作を誤って急発進させているのであり,このことは被告人の運転操作能力の低下を示すものである,という。


確かに,本件車両に同乗していたAらは,発進時の状況に関し,背中が座席シートに押し付けられるほどの衝撃を感じた旨供述している。
しかしながら,Aらは,本件車両に同乗するのは初めてであり,本件車両の発進時の加速状況を経験したことがなかった上,Aらは,座席シートから背中を浮かせていた状態であったというのであり,
また,
本件車両が発進することを漠然と予想していたにしろ,
被告人の運転
操作を特に確認していたわけではないのであるから,
発進のタイミン
グを予測できずに,
背中が座席シートに押し付けられる状態になった
としても,何ら不自然ではない。Aらが運転者以上に衝撃を感じた可能性は否定できない旨の原判決の認定・判断に誤りがあるとはいえない。



所論は,
「アクセルを軽く踏んだら少し加速したような感じがした」
という被告人の原審公判供述は信用できない,という。
この点に関し,被告人は,原審公判廷においては,アクセルペダルを軽く踏んだら少し加速したような感じがした原因として,
運転席シ
ートの位置が普段より前にあったため,
足とアクセルペダルが近くな
っていたからではないかという趣旨の供述をしているのに対し,
所論
指摘のとおり,捜査段階では,運転席シートを目一杯前にしないと足が届かないので,普段から一番前の位置にしていた,という趣旨の供述をしていたことが認められる。
しかしながら,Aは,原審公判廷において,同人が運転するつもりで,運転席シートを上に上げたり,前にしたりして調整した旨具体的に供述しており,その供述の信用性を疑うべき事情はない。そうすると,被告人の捜査段階の上記供述は,信用性が認められるAの原審公判供述と客観的状況において齟齬しているといわざるを得ず,信用し難い。これに対し,アクセルペダルを軽く踏んだつもりが少し加速したという趣旨の被告人の原審公判供述は,
その原因として述べるとこ
ろが具体的で首肯し得る上,
Aの上記原審公判供述と整合しているか
ら,十分に信用することができるというべきである。


所論は,発進してから本件鉄柵に乗り上げるまで約6秒を要していることからしても,
アクセル操作を誤ったとの評価は相当ではないと
いう原判決の認定・判断に関し,発進後,本件鉄柵に乗り上げるまで約6秒かかっているのは,
被告人が発進直後にブレーキペダルを踏ん
だからであり,発進時の急加速を否定する根拠にはなり得ない,という。
しかしながら,本件車両の駐車位置から本件鉄柵まで5メートルほどの距離しかないのに,
本件車両を発進させてから本件鉄柵に乗り上
げるまで約6秒を要しているのは,所論も認めているように,被告人が発進直後にブレーキペダルを踏んだからである。すなわち,被告人は,
発進時にある程度アクセルペダルを踏み込んで多少加速気味に発
進したとはいえ,アクセルペダルを踏み続けることもなく,すぐにブレーキを掛けて速度調整を行っていると認められるのであるから,発
進時にAらの背中が座席シートに押し付けられるほどの加速があったにしても,
そのことが直ちに被告人の運転操作能力の低下を示すも
のではないといわざるを得ない。



所論は,被告人が急加速させ,アクセル操作を誤ったという主張の前提として,正常な状態であれば,駐車場内の状況に合わせて徐行の上,慎重に発進をするのが当然である,などともいう。
所論の論拠は,被告人が本件車両を14番駐車枠に駐車する際には,何度も切り返しをするなど駐車枠内に駐車することに相当に難渋していた事実にあると解される。しかしながら,本件車両を発進させた際の本件駐車場の状況は,駐車時と異なり,14番駐車枠の両隣の駐車枠はもとより周囲には他の駐車車両もない状況にあったのであり,前述のとおり,
本件車両を発進させる際にやや加速があったにしても,
すぐにブレーキを掛けるなどしているのであるから,
そのような運転
態様をみれば,
被告人の運転が駐車場内の状況にそぐわないような慎
重さを欠いた運転行為であったとまではいえない。
以上のとおり,本件車両の発進時の運転態様について,被告人が,狭い駐車場内で徐行発進すべきところ,アクセル操作を誤り急発進させており,このことは,運転操作能力の低下を示すという所論は採用することができない。したがって,被告人がアクセルを軽く踏み込んで発進させたという原判決の認定・判断に誤りはない。
本件車両を本件鉄柵に乗り上げさせたことについて
所論は,本件鉄柵に気付かないまま乗り上げたとしても不自然ではないという原判決の認定・判断は誤りであり,駐車場内の構造物の存在や位置に気を配って運転しなければならない状況にありながら,本件車両を本件鉄柵に乗り上げさせていることは,被告人の認知能力等の低下を示すものである,という。すなわち,所論は,被告人が,本件車両を14番駐車枠に駐車した際,本件鉄柵に乗り上げていることなどの経緯からすれば,発進時,運転を開始するに当たり,駐車場内の進行方向に,車両進行の妨げとなる障害物が存在することを十分気に留めていたはずである,などというのである。
しかしながら,被告人は,本件車両を駐車した際には,何度も切り返しをして,本件車両で本件鉄柵をまたいだり車輪で乗り上げたりしていたものと見受けられるところ,
「何かに乗り上げた」
とは感じたものの,
それが何かは確認していないのであり,その際,そこに何らかの障害物があると認識したとはいえても,車両進行の妨げになるような物であるとか,それが本件鉄柵だとは明確に意識していなかったと認められる。そして,被告人は,その後,友人らと飲食を共にするなどして,約4時間30分もの時間が経過していたのであるから,本件車両を駐車場から発進させる際に,駐車時の「何かに乗り上げた」という状況を忘れていても何ら不自然ではなく,また,駐車時と発進時における駐車場の状況等の違いからすれば,発進時において,被告人が本件鉄柵を特に意識することなく運転行為に及んだことも十分に考えられるところである。これらのことからすれば,被告人が,本件駐車場に戻ってきた際,本件鉄柵に意識が向くことがなかったとしても不自然ではないし,本件駐車場の照明や本件鉄柵の形状等,さらには,被告人が本件車両を駐車した際の状況に照らし,本件車両が本件鉄柵を無理なく乗り越えられる性能を有しているようにうかがわれることからしても,発進時に本件鉄柵の存在に気付かなかったことが不自然であるとはいえない。もとより,被告人がAに代わって本件車両を運転するに至った事情は,本件鉄柵の存在とは何ら関わりがないものというべきである。
以上のとおりであるから,
被告人は本件鉄柵のような障害物について
はさほど気に留めていなかった可能性が否定できないという原判決の判断は相当というべきであり,被告人が本件鉄柵に気付かないまま本件車両で乗り上げたとしても不自然ではないという原判決の認定・判断に誤りはなく,この点に関する所論は採用することができない。
本件鉄柵に乗り上げた後も運転を継続していることについて
所論は,本件鉄柵に乗り上げた後,減速・停止しなかったことを「正常な状態にある運転者では考えられない異常な行動とまではいい難い」と評価した原判決の認定・判断は誤っており,本件鉄柵に乗り上げた後も停止・減速させることなく運転を継続していることは,正常な判断能力の低下を示すものである,という。
しかしながら,前記のとおり,原審で取り調べられた関係証拠によれば,被告人は,本件鉄柵に気付かないまま,本件車両の右前輪で本件鉄柵に乗り上げ,その際,車両の揺れによって右足のかかとが床から浮くとともに,物を壊したのであれば飲酒運転が発覚し,警察に捕まるなどと考えて焦っていたところ,そのすぐ後くらいに,本件車両の先端から右前方約4メートル先の本件駐車場西側出口方向の道路上を北方から南方へ走行してくる被害者らの自転車を認めたことから狼狽し,ブレーキペダルを踏み込もうとしたが間違えてアクセルペダルを強く踏み込み,本件車両を加速させた,という運転状況を認定することができる。所論は,被告人が,本件車両を本件鉄柵に乗り上げさせた際の車両速度は低速であり,その際にブレーキペダルを踏んで本件車両を停止・減速させることは極めて容易な状況であったにもかかわらず,本件車両を停止・減速させなかったのは,アルコールの影響によるものとしか考えられないというが,被告人は,本件車両を本件鉄柵に乗り上げさせたことから焦り,その直後,被害者らの自転車を発見して狼狽し,ブレーキペダルを踏み込もうとしたが間違えてアクセルペダルを踏んで本件車両を加速させたという状況にあったのであるから,単純に,被告人が本件車両を本件鉄柵に乗り上げさせた際低速であり,本件車両を停止等させることは極めて容易な状況であったなどといえないことは明らかであり,所論の指摘は当を得たものではない。


なお,所論は,上記認定の運転状況に沿う被告人の原審公判供述は曖昧であり,捜査段階の供述から不合理に変遷しており,また,被告人の原審公判供述は,正確な記憶に基づく供述ではない疑いがあり,信用することができない,などという。
しかしながら,ブレーキペダルを踏めなかった理由について上記認定の運転状況のとおり述べる被告人の原審公判供述は,
具体的である
し,本件鉄柵に乗り上げてから被害者らの自転車を認めるまで,僅かの間の出来事であることからすれば,被告人が供述するように,気持ちが焦り,さらには狼狽して混乱した状況の中,アクセルペダルを踏み間違えてブレーキペダルを踏むことができなかったというのは何ら不自然とはいえない。また,本件鉄柵に乗り上げた際の状態について,お尻が少し座席から離れ,背筋が上の方に向かって伸びるようになった旨をいうAの原審公判供述に照らしても,
その際に被告人の右
足のかかとが床から浮き上がることは十分に考えられる。そして,本件車両の運転操作上,特に左足を使うことはないのであるから,所論が指摘するように,左足の状態に関して被告人の供述が曖昧であるからといって,
被告人の原審公判供述が直ちに信用できないなどとはい
えない。
確かに,被告人は,捜査段階においては,本件鉄柵に乗り上げたことを供述していなかったものと見受けられ,
本件鉄柵に乗り上げたこ
とが本件事故のいわば契機になっていることからすると,
その事実に
関して供述していない点の不自然さは否めない。しかしながら,本件事故自体を惹起したことで強い精神的衝撃を受け,
その責任を重く感
じていた被告人が,
本件事故に至った経緯として本件鉄柵に乗り上げ
たことを忘れた,
あるいは,
これをさして重要な事実とは受け止めず,
特に意識していなかったとしても,特段に不自然とまではいえない。また,本件車両に同乗していたBも,原審公判廷において,本件事故後1か月ほどは段差を乗り越えたこと
(本件鉄柵に乗り上げたことを
指すと思われる。)を忘れていたと供述しているのであるから,被告人がこれを供述していなかったとしても,
そのことが不合理であると
まではいえない。さらに,被告人が,取調官から本件鉄柵のことを聞かれた際,その当時正確な記憶がなかったから供述しなかったが,その後,
弁護人からコマ送りのような防犯カメラの画像を何度も見せら
れたことから,
本件鉄柵に乗り上げていることについて記憶を喚起し
たという供述経緯も特段不自然とまではいえない。
そして,本件事故状況に関する被告人の捜査段階の供述やその指示説明に基づく実況見分調書の現場見取図(原審甲102号証)の記載内容は,本件防犯カメラの映像ないし画像(原審甲95号証)等の客観的証拠と整合していないのは明らかであり,これに対し,被告人の原審公判供述は,
上記防犯カメラの画像に基づいて記憶を喚起した供
述とみられるのである。原判決は,上記防犯カメラの画像等客観的証拠に基づき,
被告人の原審公判供述が信用できると判断したのであっ
て,原判決が被告人の弁解を安易に信用できるとしているもので,証拠の評価を誤っているという所論は採用の限りではない。


また,
所論は,
被告人の原審公判供述を前提としても,
原判決の
「異
常な行動とまではいい難い」
との認定・評価は明らかに経験則に反し,
誤っている,などという。
しかしながら,そもそも本件においては,既に説示したとおり,被告人が,本件鉄柵に乗り上げた後に停止・減速せずに漫然と運転を継続したとみるべき状況になかったのであり,
そのような指摘は前提事
実を誤っているというほかはない。
所論がいうように,経験的に,人のとる行動として,物損事故を起こした可能性を認識した場合,飲酒の影響がなければ,車を停止させた上で,壊した物が何か,自車に破損はないかなどについて確認するのが当然である,とまではいえないことはもとより,本件において,被告人は,本件鉄柵に本件車両を乗り上げさせた際,前述のとおり,そのような確認をする間もなく,
ブレーキペダルを踏もうとして間違
ってアクセルペダルを踏み込んで本件車両を急加速させたのであるから,確認しようとしなかったといえるような状況では全くなく,また,
こういった運転操作をしたことに飲酒の影響があったと直ちにみ
ることはできない。本件鉄柵に乗り上げた際,警察に捕まると焦ったというのも,飲酒していたことが理由であるといえても,やはり直ちに飲酒に伴う正常な判断能力の低下を端的に示すものとはいえない。以上のとおり,本件鉄柵に乗り上げた後も停止・減速させることなく運転を継続していることは,正常な判断能力の低下を示すものであると指摘する所論は採用の限りではない。この点,「正常な状態にある運転者では考えられない異常な行動とまではいい難い」と評価した原判決の認定・判断は相当というべきである。
被害者らに気付くのが遅れたとの指摘について
所論は,
視界内の被害者らに直前まで気付くことができなかった事実
を認定しなかった原判決の判断は誤っており,視界内に入っていた被害者ら運転の自転車に約4秒間も気付かずに進行し,衝突の約0.6秒前まで気付くことができなかったと認められ,このことは,被告人の認知能力の著しい低下を示すものである,という。


そこで検討するに,所論の論拠は,概要,以下のとおりである。すなわち,㋐原審甲95号証の速度鑑定の結果によれば,衝突時の本件車両の速度は秒速6.74メートルないし7.3メートルであったこと,㋑原審甲95号証の防犯カメラの画像によれば,本件車両が被害者らの自転車等に衝突したのは,
本件当日午前3時46分37秒頃で
あったこと,㋒当審検1号証の防犯カメラの画像によれば,同分32秒には,本件車両の前照灯の光が被害者らの自転車を直接照射し,同分33秒から34秒にかけて,本件鉄柵に乗り上げたことにより本件車両の前照灯の光が上下動したことが認められること,㋓被告人も,原審公判廷において,
「進行方向である前を見て運転していたはずで
あり,客観的には被害者らの自転車は視界に入っていたはずだ」と供述していること,などの事実関係を前提にすると,被告人は,衝突の約5秒前から,被害者らの姿をほぼ正面の視界に捉えており,被告人の原審公判供述によれば,
被害者らの姿を認知した位置は被害者らに
本件車両先端から右前方約4メートルの地点に迫ったときであるというのであるから,被告人は,衝突の約0.55秒ないし約0.59秒前に被害者らの姿を初めて認知したことになり,被告人は,被害者らの姿をほぼ正面に捉えながら,
約4秒間これに気付かなかったこと
になる,という。そして,所論は,被告人が,約4秒間もの間,本来視界に入っていた被害者らの自転車に気付くことができなかったのは,アルコールの影響により,注意が散漫になっていたか視野が狭くなっていたことを端的に示すものであり,これは,被告人の認知能力が著しく低下していたことを示す事実である,というのである。


しかしながら,所論は,被告人が,衝突の約5秒前から,被害者らの姿をほぼ正面の視界に捉えていたというけれども,そもそも,前照灯の光の方向に被告人の視線が向いているとは限らないから,
そのよ
うに断ずることはできないはずである。また,本件において,前照灯の光が被害者らを照射していたにしても,被告人は,左ハンドルである本件車両を運転し,
ハンドルを左転把し左方向にある駐車場西側出
口に本件車両を進行させようとしていたのであるから,
被告人から見
て右方向にすぐには注意が向かず,
同方向から走行してくる被害者ら
に気付くのがやや遅くなったとしても特段不自然ではなく,
このこと
は,
5メートルよりも近い位置で人影を見たというAの原審公判供述
にも整合しているということができる。なお,所論指摘の原審公判廷における被告人の供述部分も,
被害者らに気付くのが遅くなったこと
の説明を求められて,脇見運転はしておらず,客観的には視野に入っていたはずの自転車に気付かなかった理由は分からない旨の供述をしたにとどまり,その供述内容からしても,その供述部分が本件における具体的事実の認定を左右するようなものとはいえない。


そして,所論は,被告人が,衝突の約0.55秒ないし約0.59秒前に被害者らの姿を初めて認知したという。しかしながら,その計算根拠は,
本件車両が被害者らに衝突した以降の速度を基にしている
のであるが,そもそも,被告人は,被害者らを発見した直後にブレーキペダルと間違えてアクセルペダルを踏み続けているのであるから,被害者らを発見して加速し始めた時点での速度と衝突地点以降の速度とが異なることは自明というべきであって,
所論の主張は前提にお
いて誤りがあるといわざるを得ない。被告人は,被害者らの姿をほぼ正面に捉えながら,
約4秒間これに気付かなかったことになるとの所
論の主張は,
この点からしても確たる根拠のないものといわざるを得
ない。



前述のとおり,被告人は,本件車両を本件鉄柵に乗り上げさせて焦り,
被害者らの自転車を右前方の本件車両先端から約4メートルの地
点に認めて狼狽し,
ブレーキを掛けようとして誤ってアクセルペダル
を踏み込んでしまったと供述している。その供述する状況は,防犯カメラの画像等から認められる本件車両の客観的な走行状況と整合しているから,
本件車両が本件鉄柵に乗り上げた直後に加速するに至っ
た契機として,
被告人が被害者らの自転車を発見して狼狽したことが
十分にうかがわれる。
そして,
原審甲95号証の別紙17ないし19,
当審検1号証をみれば,
本件車両が本件鉄柵に乗り上げた午前3時4
6分34秒前後頃に,
本件車両の前照灯が被害者らの自転車を照らし
て被告人からも認識し得る状況にもなっており,
この時点で被害者ら
の自転車を認めたことが契機となり本件車両を誤って急加速させたという事実関係にあると認められ,そうであるとすれば,本件衝突の2ないし3秒前頃に,
被告人が被害者らの自転車を認知しているとい
うことになる。そうすると,被告人は,本件車両の進行方向については通常程度の注意力をもってこれを注視し,
その状況を把握できてい
たものといえ,アルコールの影響により,注意が散漫になっていたとか視野が狭くなっていたとは認められない。
視界内に入っていた被害者ら運転の自転車に約4秒間も気付かずに進行し,衝突の約0.6秒前まで気付くことができなかったとして,被告人の認知能力が著しく低下していたという所論は採用することができない。「視界内の被害者に直前まで気付くことができず」という事実はそのとおり認めることができないとした原判決の判断は相当である。駐車場出口先の道路の通行規制等について
所論は,被告人が,駐車場西側出口先の道路の一方通行方向を確認せず,一時停止も気にせず,道路に本件車両を進出させたことは,道路の状況等に応じた対応を取ることができないことを示すものである,という。
しかしながら,被告人は,原審公判廷において,「左に曲がろうと思っていた」と供述しているものの,元々は駐車場の出口で一時停止し,一方通行を確認してから曲がるつもりだったとも述べているのであり,一時停止をしようと思っていなかった旨の捜査段階の供述を踏まえて検討しても,被告人の上記原審公判供述の信用性を排斥し難いとした原判決の判断は相当である。そして,そもそも,被告人は,本件鉄柵に乗り上げて焦った直後に被害者らの自転車を発見して狼狽し,ブレーキペダルとアクセルペダルを踏み間違えたのであり,その時点では,一時停止をすること,さらに,一方通行の交通規制を確認することなど考える余裕はなかったというべきである。被害者らの自転車に気付いた時点でアクセルペダルに右足を置いたままにしていたことは,被告人が一時停止を考えていなかったことの証左である旨の所論は,本件鉄柵に乗り上げた以後の状況に照らせば,
成り立たない主張である上,
所論の指摘は,
被告人運転の本件車両が一時停止せず,一方通行規制がされている本件駐車場西側出口先の道路を逆走するような状況で駐車場から飛び出ているという結果に基づいて,被告人の認識や意図を論難するものにすぎないといわざるを得ない。また,被告人が当初から所論のいうような無謀な運転を企図していたとは認められない。
被告人が本件車両を急加速させて本件事故を惹起した状況等に照らせば,「一方通行であることも気にせずに逆走をした」という事実は,そのとおり認められるものではないとした原判決の判断に誤りはない。被害者らの自転車に気付いた後の被告人の運転操作について
所論は,被害者らの自転車に気付いた後の運転操作は,被告人が危険に的確に対処できない状態だったことを示すものである,という。しかしながら,被告人の認識としては,ブレーキペダルを踏んで急制動しようとしたところ,アクセルペダルを踏んでしまい,意に反して,ブレーキが効かずに加速していることに慌てたというのであり,こういった踏み間違えをするとか,すぐに踏み間違えに気が付かずにアクセルペダルを踏み続けるという運転操作のミスは,飲酒していない運転者でも犯し得るミスであるから,そのような運転操作の誤りが,アルコールによる正常な運転が困難な状態にあったことに直ちに結びつくものではないというべきである。
以上のとおりであって,その他の主張を踏まえても,本件事故態様等に照らせば,被告人の認知能力,判断能力,運転操作能力がいずれも著しく低下していたことは明らかであるとの所論は採用することができない。
第4飲酒による被告人の酩酊度合いについて
所論は,被告人の飲酒量及び酩酊状況,本件運転前の行動,飲酒検知結果等は,アルコールの影響により,被告人の認知・判断能力等が低下していたことを示すものであり,被告人の酩酊度合いについて原判決の評価は誤っている,というのである。そこで,以下,検討する。
1被告人の飲酒量及び酩酊状況並びに本件事故前後の行動
原審で取り調べられた関係証拠によれば,被告人は,本件車両を本件駐車場に駐車した後,近くのコンビニエンスストアで発泡酒1缶(アルコール分5パーセント,500ミリリットル)を購入し,それを飲みながらAらのいる飲食店に向かい,店に入るまでにこのうち約450ミリリットルを飲み,さらに,本件事故当日午前零時頃から午前3時頃まで,同飲食店でビールをジョッキ(アルコール分5パーセント,300ミリリットル)で3,4杯飲酒したことが認められる。なお,被告人は,同飲食店を出て本件駐車場に向かう間,
コンビニエンスストアに立ち寄り,
発泡酒1缶
(ア
ルコール分5パーセント,350ミリリットル)を購入して,これを飲んだと供述しているものの,その飲酒量は不明であるところ,以上からすれば,被告人は,本件車両を発進させるまでの間,アルコール分5パーセントの発泡酒やビールを少なくとも約1350ないし1650ミリリットル飲酒したことが認められる(原審甲97号証等)。
所論は,被告人が,同飲食店において,普段よりも口数やスキンシップが多くなり,友人であるAから見てもテンションが上がっていると感じられ,被告人自身も酔ってテンションが上がっていると自覚するほど陽気で多幸感が現れており,また,被告人は,コンビニエンスストアでカップラーメンを購入してお湯を入れる際,スマホを見ながら入れていたことからお湯をこぼしたり,駐車場に戻ってきた際,お湯の入ったカップラーメン入りの袋を持ったままAらに向かって両手を高く上げる行動に出たりし,さらに,被告人は,飲酒前にはAらに帰りの運転の交代を何度も依頼し確認するなど飲酒運転に対して慎重であったにもかかわらず,飲酒後には,Aが運転を不安そうにしていたからという程度の理由で,Bから注意されてもこれを聞かずに,自ら本件車両を運転し始めているなど,被告人の運転前の行動は,酔いにより抑制が失われ,飲酒していない状況下では行わないような雑ぱくでちぐはぐな行動になっていた,というのである。確かに,所論指摘の被告人の行動には,飲酒の影響をうかがわせる点があることは否定することができない。しかしながら,被告人が本件事故後約27分経過してから飲酒検知を受けた際,呼気1リットル中のアルコール濃度は0.25ミリグラム程度にとどまり,飲酒検知を実施した警察官も当初被告人が飲酒していること自体に気付かなかったというのであり,被告人の歩行能力は
「正常歩行」直立能力も

「直立できた」
と判断され,
被告人は,質問項目にも的確に回答している。また,上記のとおり,所論指摘の被告人の上記行動には多少飲酒の影響がうかがわれるものの,これらの行動を含め,本件事故前後において,被告人の歩行や話し方等に特に異様とみられる言動はなく,当日飲酒していなかったAらも運転開始時の被告人について運転に支障が生じるほど酔っているとは感じていなかったというのである。そして,被告人は,事故後に被害者らのもとにすぐに駆け寄り,声をかけるなどし,救急車を呼ぶため携帯電話を取りに本件車両に戻ったり,パニックになっているAらに対して,被害者に声をかけるように指示したりするなど,事故後適切さを欠くことのない相応の行動をとっているといえる。また,被告人の本件当日の飲酒量は,被告人の供述によれば,普段とほぼ同じ程度の飲酒量であったというのであり,被告人は,十分に食事も取りながら時間を掛けて飲酒していたものであるし,テンションが上がっていたとはいえ,被告人は,誰それ構わずではなく,友人であるAらの身体に触れるなどのスキンシップをしていたにとどまるのであるから,所論指摘の被告人の行動は,酔いがなかったとしても取り得る範囲内の行動ともいえ,Aらの供述をみても,被告人が特に酔いが回っている状態であったとまでは見受けられない。また,Aが運転を不安そうにしていたからという理由で,Bから注意されてもこれを聞かずに,自ら本件車両を運転し始めたという指摘についても,原判決も説示するとおり,被告人は本件車両を駐車場の西側出口辺りまで出そうとしていたにすぎないのであるから,飲酒の影響により,多少抑制がとれていた可能性は否定できないとしても,正常な状態にある運転者として要求される判断ができなくなっていたとまでは認め難いというべきである。
被告人が,相当に酔いが回って異様に陽気になったり多幸感が顕著な状態になったりしていたとまではいえず,所論が指摘するように,酔いにより抑制が失われ,雑ぱくでちぐはぐな行動に及んでいたとまで評価することはできない。被告人の酔いの程度はいまだ弱いものにとどまり,運転前後の被告人の言動等に関する事情が,本件事故時に被告人が正常な運転が困難な状態に陥っていたことを推認するに足りるとはいえないという原判決の判断に誤りがあるとはいえない。
2K医師の原審公判供述について
所論は,K医師の原審公判供述に依拠し,被告人が身体に保有していたアルコール濃度は認知・判断能力を低下させるに足るものであった,という。
K医師は,法医学者として,アルコールが脳に与える影響に関する専門的知見を有しているものであるところ,同医師は,原審公判廷において,概要,以下のとおり供述している。
アルコールが脳に及ぼす影響の程度を評価する基準は血中アルコール濃度が相当であり,本件における被告人の血中アルコール濃度は,血液1ミリリットルに換算すれば0.5ないし0.6ミリグラムに相当する。アルコールが脳に作用することにより,認知・判断・操作能力はそれぞれ低下する。アルコールの脳に対する影響の仕方には,まず前頭葉に作用し,次に後頭葉,最終的には脳幹に及ぶという性質があり,前頭葉は,低い濃度でも麻痺して抑制が起こるので,前頭葉がつかさどる認知・判断能力は,0.1ないし0.2ミリグラムという比較的低い血中アルコール濃度であっても,認知が遅れたり判断が鈍ったりするという影響が生じる。本件の被告人の血中アルコール濃度は,一般的にこのような認知・判断能力に影響を与えるものである。他方,運動能力や言語能力は後頭葉が支配し,後頭葉にはアルコールの影響が及びにくいことから,被告人が,本件事故前後にふらつきがなかったり,不明瞭な発言がなかったりしたとしても,認知・判断能力が低下していたことと矛盾しない。血中アルコール濃度が運転能力に与える影響に個人差があることから,運転能力がどの程度低下していたのか判断するには,血中アルコール濃度のほか,事故態様等も含めて総合的に判断すべきである。運転能力とは,単にブレーキを踏むとかハンドルを操作するという操作能力を指すものではなく,道路の状況や,予想外に人が現れた場合への対処など,状況に応じて,認知・判断・操作能力がうまく調和して正しい運転操作ができる能力を指すのであり,
これについては,
上記のように,
総合的に判断する必要がある。今回の被告人の事故態様等に照らせば,被告人は,アルコールの影響で,そのような運転能力が著しく低下していたと判断できる。
以上のとおりである。
そこで検討するに,法医学を専門とするK医師の原審公判供述は,アルコールが脳に与える影響に関する専門的知見に基づくものであり,アルコールが脳に影響する機序等に関する一般的な説明等は十分に首肯することができる。
しかしながら,同医師も原審公判廷で供述するとおり,血中アルコール濃度が運転能力に与える影響には個人差があることから,運転能力がどの程度低下していたのか判断するには,アルコール血中濃度のほか,事故態様その他の状況も含めて総合的に判断する必要があるところ,同医師は,原審公判廷で取り調べられた事故態様等に関する統合捜査報告書を読んだほか,検察官から原審公判廷における証人尋問や被告人質問の内容を聞いているとはいえ,証人尋問や被告人質問を実際に傍聴していたわけではないから,意見を述べる前提となる資料には,そもそも不十分なところがあるといわざるを得ない。その結果もあってか,同医師の原審公判供述には,本件車両の発進時の状況について,同車両の両隣には駐車車両はなかったにもかかわらず,「比較的狭い,十分なスペースがない環境」と供述している部分があり,必ずしも正確な事実関係を前提にしていないとみられるところがある。また,同医師は,被告人について「運動の微調整ができていない」と供述する一方,被告人が本件車両を発進させた後直ちに軽くブレーキを掛けていることを指摘されると,「操作能力はある程度は保たれているんじゃないですかね。」と供述するなど,必ずしも本件の基本的な事実関係を踏まえて判断を示しているわけではないことがうかがわれる部分もある。
さらに,
同医師は,
被告人が被害者らに気付くのが理由もなく遅れたとか,一方通行方向を確認しようとしなかったなどという検察官の主張が,既に説示したとおり採用し難いものであるのに,おおむねこれらを前提として,被告人にはアルコールの影響による運転能力の低下がみられる旨供述している。したがって,同医師の原審公判供述は,原審における被告人質問等を十分に吟味することなくなされた供述であると判断せざるを得ない。そうすると,原判決が,K医師の原審公判供述について,「おおむね検察官が主張する事実を前提としている」と判断したことに誤りがあるとはいえない。
そして,そもそも,「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは,もとより規範的な法律概念であり,これに該当するかは法医学の専門的知見のみで一義的に判断できるものではなく,様々な事実に基づく総合評価として判断されるものである。ちなみに,K医師も,一般に,
血中アルコール濃度が血液1ミリリットルにつき0.
1ないし0.
2ミリグラムであれば認知・判断能力に十分影響が出てくると考えられる,とする一方,検視ハンドブックには,血中アルコール濃度と酩酊の程度について,血中濃度1ミリリットルにつき0.1から0.5ミリグラムの場合は酩酊度の概念はなく,症状として無症状,0.5から1.0ミリグラムのときは弱度酩酊とされていることを確認されると,一般論としてはこれを肯定しているのであり(同医師の証人尋問調書6頁ないし8頁,19頁ないし20頁),血中アルコール濃度と酩酊の程度の一般的な相関関係についての専門的知見自体必ずしも一義的なものでないことがうかがわれる。
したがって,アルコールが脳に与える影響について,K医師の原審公判供述は,法医学の専門的知見として十分に尊重されるべきではあるが,そうであるからといって,同医師の原審公判供述から,被告人が本件事故時,「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったと直ちに結論付けることはできないというべきである。この点に関する原判決の説示について,「単なる思い込みや印象によるものとしか説明できないものであり,明らかに不当である」との所論は採用することができない。
3以上のとおり,被告人の飲酒量及び酩酊状況,本件運転前の行動,飲酒検知結果等は,アルコールの影響により,被告人の認知・判断能力等が低下していたことを示すものであるとの所論は採用の限りではない。被告人の酩酊度合いについて,「事故前後を通じて被告人には歩行や話し方等に異常というべき点は認め難く,むしろ被告人の酔いの程度はいまだ弱いものにとどまっていた」との原判決の評価に誤りがあるとはいえない。
第5「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の解釈及び本件における当てはめについて
所論は,前記のとおり,本件事故態様等及び飲酒による被告人の酩酊度合いに関し,るる主張し,被告人が「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったと判断,評価すべきであるというので,この点についても,なお若干付言することとする。
1所論は,本件の事故状況について,被告人は,本件駐車場の西側出口を出た辺りまで本件車両を運転するだけの目的であったというのであり,本件車両の周囲には他の駐車車両はなく,駐車場内に歩行者等もいなかったのであるから,駐車場内を進行するに当たっては,唯一の障害物である本件鉄柵に注意して本件車両を進行させれば足り,また,本件駐車場の西側出口に近付いた際には,一方通行方向を確認し,駐車場先の道路を進行する車両や歩行者等の有無に留意すれば足り,しかも,徐行進行すべき状況だったから,多方面を同時に注意しながら複雑な運転操作を要求される場面ではなかった。それにもかかわらず,被告人は,①徐行発進すべきところ,アクセル操作を誤り,急発進をして直ちにブレーキペダルを踏むことを余儀なくされ,②駐車場内の構造物の存在や位置に注意しなければならない場所的状況にありながら,容易に認識できるばかりか,本件前には認識していたはずの本件鉄柵に本件車両を乗り上げ,③本件鉄柵への乗り上げで車体が大きく揺れた後も,停止・減速させることなく運転を継続し,④前照灯の灯りの中で視界内に入っていた被害者らの自転車に約4秒間も気付かずに進行し,衝突の約0.6秒前になってようやく気付き,⑤本件鉄柵に乗り上げた後,駐車場出口に向けて進行するに当たり,一方通行方向を確認せず,一時停止も行わずに進行し,⑥被害者らの自転車に気付き,ブレーキペダルを踏むべきところを誤ってアクセルペダルを踏み込むという態様で事故を生じさせている。このうち,被告人が危険に的確に対処できない状態にあったことを端的に示すのが④の事実であり,被告人は,脇見運転をしていたことを明確に否定し,正面方向を向いて運転していたと供述しながら,その方向に前照灯で照らされた被害者らの自転車に4秒もの間気付かなかった理由は分からないと述べており,道路や交通の状況に応じ,障害物を発見するという,最も基礎的な認知能力が著しく低下していたことは明らかであり,④以外の事実も併せて全体的に捉えれば,僅か約10秒間,約10メートルの距離を移動する間に,被告人が,認知・判断・運転操作の誤りを立て続けに行っていたと認められ,認知能力,判断能力,運転操作能力がいずれも著しく低下し,危険に的確に対処できない状態にあったことは明らかである。そして,アルコールの影響以外に運転に支障を生じさせる事情はなかったことなどに照らせば,被告人が,このような正常な運転が困難な状態に陥っていた理由は,アルコールの影響によると認められる,というのである。
2しかしながら,本件事故態様等に関する所論はいずれも採用することができないのは,既に述べたとおりである。なお,所論は,約4秒間にわたって被害者らの自転車を見落としていたという事実を殊更に重視し,「本件事故の本質的な原因」であるなどと主張するが,前述のとおり,その主張に係る事実自体が認められない以上,その主張は前提を欠いているといわざるを得ないのであって,所論が重視する本件事案の評価には明らかな誤りがあるというほかはない。また,飲酒による被告人の酩酊度合いについて,「事故前後を通じて被告人には歩行や話し方等に異常というべき点は認め難く,むしろ被告人の酔いの程度はいまだ弱いものにとどまっていた」との原判決の評価に誤りがあるとはいえないという判断も,前述のとおりである。
3原判決は,「アルコールの影響により正常な運転が困難」であったかどうかの判断に当たって,全体的な本件運転態様を捉えた上で,①被告人が発進後にいったんブレーキペダルを軽く踏んで速度を調整したり,②本件車両の先端から約4メートル先の被害者らの自転車を発見し,③結果的には踏み間違えてはいるもののブレーキペダルを踏もうとする行動に出ているという,その場の状況に応じた運転操作をしている事実もあることを指摘し,
その上で,
10秒足らずの間に立て続けに重大な誤りを繰り返し,
何一つまともな運転ができていなかったとする検察官の主張は前提を欠いていると評価しているのであり,その説示は適切であり,判断としても相当というべきである。
また,原判決は,所論が論難するように,個々の運転操作の誤りを個別的に取り出し,それ単体としてみた場合にアルコールの影響による異常な行動と評価できる行動か否かを判断して結論を導いているものではない。したがって,事実を不当に分断して判断しているとの批判は,原判決を正しく理解していないものであるといわざるを得ない。原判決は,①被告人は本件鉄柵の存在に気付かないままそれに乗り上げているほか,②その際の揺れによって右足のかかとを床から浮かせるとともに,警察に捕まるなどと考えて焦りを感じている中で,右前方約4メートル先の道路上を自転車で走行してくる被害者らを認めて狼狽し,ブレーキペダルとアクセルペダルを間違えて踏み込んでいるといった運転ミスを短時間に重ねていることを考慮しても,その前後に,発進時にいったんブレーキペダルを軽く踏んで速度を調整したりするなど,その場の状況に応じた運転操作をしていること等に照らすと,いまだ被告人が道路交通の状況に応じた運転操作が困難な状態に陥っていたと認めることはできない旨説示しており,被告人の運転態様全体を評価して,判断しているのである。その判断の手法は相当というべきである。
第6結論
以上の次第であって,本件の証拠関係において,所論の指摘を十分に検討してみても,被告人が,本件事故時,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態に陥っていたとは認められないのであるから,危険運転致死傷罪の故意の点など,その余の所論を検討するまでもなく,被告人に危険運転致死傷罪は成立しないといわざるを得ない。
したがって,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認は認められない。
論旨は理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
平成29年10月5日
大阪高等裁判所第5刑事部

裁判長裁判官

西
裁判官


裁判官

福田眞浩島基史恵子
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