判例検索β > 平成28年(行ケ)第10189号
審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号平成28(行ケ)10189
事件名審決取消請求事件
裁判年月日平成29年10月25日
法廷名知的財産高等裁判所
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平成29年10月25日判決言渡
平成28年(行ケ)第10189号
口頭弁論終結日

審決取消請求事件

平成29年8月7日
判原決告株
訴訟代理人弁護士

早田尚貴
訴訟代理人弁理士

柳川慶一被告特
指定代理人

中澤同大橋賢一同尾崎淳史同板谷玲子主1式会許社オ庁ハ長ラ官登文特許庁が不服2015-8434号事件について平成28年6月
28日にした審決を取り消す。

2
訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1請求
主文第1項と同旨
第2事案の概要
1
特許庁における手続の経緯等

(1)原告は,平成20年1月31日にした特願出願(特願2008-21643号)
の一部について,
平成24年10月22日,
発明の名称を
「光学ガラス」
とする分割出願
(特願2012-233297号。
請求項の数8。「本願」
以下
という。)をした。
原告は,本願について,平成24年12月19日付けで手続補正をしたが,平成27年1月29日付けで拒絶査定を受けた。
そこで,原告は,平成27年5月7日,拒絶査定不服審判請求(以下「本件審判請求」
という。をするとともに,

同日付けで手続補正をするなどしたが,
平成28年3月10日付けの拒絶理由通知を受けたため,同年5月11日付け手続補正書
(甲4)
により,
特許請求の範囲の補正を含む手続補正
(以下
「本
件補正」という。)をした。
(2)

特許庁は,本件審判請求について,不服2015-8434号事件として
審理を行い,平成28年6月28日,
「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決(以下「本件審決」という。)をし,同年7月12日,その謄本が原告に送達された。
(3)原告は,平成28年8月10日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2
特許請求の範囲の記載
本件補正後の本願の特許請求の範囲は,請求項1ないし5からなり,その請求項1の記載は,
次のとおりである
(以下,
本件補正後の請求項1に係る発明
を「本願発明」という。また,本願の明細書を「本願明細書」という。)。
「【請求項1】
屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下の範囲の光学定数を有し,
質量%の比率で
SiO2を10%以上40%以下,
Nb2O5を40%超65%以下,
ZrO2を0.1%以上15%以下,
TiO2を1%以上15%以下
含有し,
B2O3の含有量が0~20%,
GeO2の含有量が0~5%,
Al2O3の含有量が0~5%,
WO3の含有量が0~15%,
ZnOの含有量が0~15%,
SrOの含有量が0~15%,
Li2Oの含有量が0~15%,
Na2Oの含有量が0~20%,
Sb2O3の含有量が0~1%
であり,
TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.20以下であり,
SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%超であることを特徴とする光学ガラス。」
3
審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであるが,その要旨は次
のとおりである。


サポート要件違反
本願発明は,「屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下の範囲の光学定数を有し」との発明特定事項(以下「本願物性要件」という。)と,「質量%の比率でSiO2を10%以上40%以下,Nb2O5を40%超65%以下,ZrO2を0.1%以上15%以下,TiO2を1%以上15%以下含有し,B2O3の含有量が0~20%,GeO2の含有量が0~5%,Al2O3の含有量が0~5%,WO3の含有量が0~15%,ZnOの含有量が0~15%,SrOの含有量が0~15%,Li2Oの含有量が0~15%,
Na2Oの含有量が0~20%,
Sb2O3の含有量が0~1%であり,
TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.20以下であり,SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%超である」との発明特定事項(以下「本願組成要件」という。)からなり,
「光学ガラスに見られる諸欠点を総合的に解消し,前記の光
学定数を有し,
部分分散比が小さい光学ガラス」すなわち本願物性要件を満

たす光学ガラスを提供することを課題とする。
しかるところ,
本願組成要件に関するガラスの組成のうち,
実施例で示され
ているものは一部の数値範囲の組成にとどまり,当該数値範囲を超える部分については,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることが実施例の記載により裏付けられているとはいえず,その他の発明の詳細な説明の記載にも,当業者が本願物性要件を満たすことを認識し得る説明がされているとはいえない。また,本願出願時の当業者の技術常識(光学ガラスの物性は,ガラスの組成に依存するが,構成成分と物性との因果関係が明確に導かれない場合の方が多いことなど)
に照らしても,
本願組成要件の数値範囲にわたって,
本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
したがって,
本願発明は,
発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明
の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとも,その記載がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らして当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから,本願は,サポート要件(特許法36条6項1号)に適合するものではなく,特許を受けることができない。⑵

実施可能要件違反
上記⑴のとおり,
本願の明細書に,
本願組成要件のごく一部の範囲の実施例

が記載され,
各成分のはたらきが個別に記載されていたとしても,
実施例から
離れた広範な本願組成要件の数値範囲において,限定された本願物性要件を満たす光学ガラスの具体的な各成分の含有量を決定することは,当業者に過度の試行錯誤を要求するものといえる。
したがって,
本願の発明の詳細な説明の記載は,
本願発明の実施をすること
ができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえないから,
本願は,
実施
可能要件
(特許法36条4項1号)に適合するものではなく,特許を受けることができない。
4
取消事由


本願発明の認定・解釈の誤り(取消事由1)



サポート要件についての判断の誤り(取消事由2)



実施可能要件についての判断の誤り(取消事由3)



手続違背(取消事由4)

第3取消事由に関する原告の主張
1
取消事由1(本願発明の認定・解釈の誤り)
本願発明は,本願物性要件と本願組成要件の組合せによって特定される光学ガラスの発明であるから,これらの各要件は,いずれも単独では発明の必要十分条件とはなり得ない。換言すれば,本願発明は,本願組成要件を満たす光学ガラスであっても本願物性要件を満たさないものが存在することを当然の前提とするものである。ガラスにおける物性は,多くの成分の総合作用により決定されるものであるため,個々の成分の含有量や特定の複数種の成分の含有量の範囲と全体の物性との因果関係を明確にすることは現実的ではない。そのため,光学ガラスの技術分野においては,所望の物性の光学ガラスを得るために必要十分な組成を明らかにすることは現実には不可能であり,したがって,物性要件と組成要件を組み合わせることによって発明を特定する方法を採らざるを得ず,そのような方法が特許実務においても広く行われてきた。
これに対し,本件審決は,本願組成要件に関するガラスの組成のうち,実施例で示されているものは一部の数値範囲の組成にとどまり,当該数値範囲を超える部分については,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることが実施例の記載により裏付けられているとはいえない旨,その他の発明の詳細な説明の記載にも,当業者が本願物性要件を満たすことを認識し得る説明がされているとはいえない旨,本願出願時の当業者の技術常識に照らして,本願組成要件の数値範囲にわたって,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない旨を説示しており,本願発明について,本願組成要件の数値範囲の全てにわたって本願物性要件を満たす光学ガラスが得られなければならないとの認定・解釈を採り,これを前提に,本願はサポート要件に適合しないと判断したものと理解される。
しかし,上述のとおり,本願発明は,本願組成要件を満たす光学ガラスであっても本願物性要件を満たさないものが存在することを当然の前提とするものであるから,本件審決による本願発明の上記認定・解釈には誤りがあり,その誤りが,サポート要件に関する本件審決の結論に影響を及ぼすものであることは明らかである。
2
取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)
以下に述べるとおり,
本願組成要件は,
その数値範囲の全てにわたって,
本願
明細書記載の実施例によってサポートされているといえるから,本願発明は発明の詳細な説明に記載したものとはいえないとした本件審決の判断は誤りである。


光学ガラスの発明における組成要件の数値範囲について
光学ガラスの開発過程においては,既知の光学ガラスの組成を基本組成と
し,
特定の物性に着目しつつ,
もとの組成の一部を置き換えていく作業が基本
となる。したがって,当業者であれば,特定の物性要件を満たす光学ガラスの具体的な組成を示した実施例が開示されれば,自らの技術常識に基づいて当該実施例の組成を置換していくことにより,
物性要件を満たしつつ,
他の組成
から成る光学ガラスを容易に見出すことができる。
そうである以上,光学ガラスの発明における組成要件については,当業者が,
当該発明の明細書に開示された実施例の組成に基づいて,
物性要件を満た
す光学ガラスが得られると理解する範囲の組成については,当該実施例に係る光学ガラスの発明と同一の技術思想に基づく発明として,当該実施例自体によってサポートされているものとみるべきである。


本願組成要件の数値範囲が適切なものであること
これを本願発明についてみると,発明の詳細な説明に記載された教示に加
え,
当業者の有する技術常識に基づいて,
本願明細書の各実施例の組成を基本
組成として,
本願物性要件を満たす光学ガラスが得られると考えられる範囲で
組成を置き換えていく作業を想定すれば,以下に述べるとおり,本願組成要件に規定された各成分を,規定された数値の範囲で含有し得ることを,当業者であれば容易に理解できるものである。

まず,本願発明の光学ガラスの主成分の1つであるSiO2についてみると,例えば,実施例8における含有量は25.49%であるが,ガラスの骨格成分の1つであるSiO2を増量することは比較的容易であるから,もう1つの主成分であるNb2O5(48.92%)との配分割合を適宜調整し,さらに,必須成分であるTiO2(6.86%),ZrO2(3.92%)から適宜置換すること等によって,本願物性要件を満たしつつ,SiO2を40%程度にまで増やすことが可能であることは,当業者であれば,自らの技術常識に基づき当然に理解する事柄である。
また,
実施例61におけるSiO2の含有量は14.
81%であるところ,
本願組成要件で規定された下限値10%との差は僅かに4.
81%にすぎな
いから,ガラスの骨格成分の1つであるB2O3(9.26%)への置換等により,SiO2を10%にまで減ずることができることは自明といえる。イ
次に,もう1つの主成分であるNb2O5についてみると,例えば,実施例50における含有量は53.61%であるが,必須成分であるTiO2(6.48%),ZrO2(1.85%)や任意成分Na2O(9.26%)から適宜置換すること等によって,
本願物性要件を満たしつつ,
Nb2O5を65%
程度にまで増やすことが可能であることは,当業者であれば,自らの技術常識に基づき当然に理解する事柄である。
また,実施例24におけるNb2O5の含有量は43.71%であるところ,
本願組成要件で規定された下限値40%との差は僅かに3.71%にすぎないから,もう1つの主成分であるSiO2(24.76%)との調整や,必須成分であるZrO2(10.48%),任意成分であるLi2O(4.76%)
への置換等により,
Nb2O5を40%にまで減ずることができること
は自明といえる。


必須成分の1つであるZrO2についてみると,例えば,実施例37における含有量は10.
68%であり,
本願組成要件で規定された上限値15%
との差は僅かに4.32%にすぎないから,主成分であるNb2O5(47.76%)からの置換等により,ZrO2を15%まで増やすことができることは自明である。
また,実施例50におけるZrO2の含有量は1.85%であるところ,本願組成要件で規定された下限値0.1%との差は僅かに1.75%にすぎないから,主成分であるSiO2(24.07%)及びNb2O5(53.61%)や任意成分であるLi2O(4.63%)への置換等により,ZrO2を0.1%にまで減ずることができることは自明といえる。


次に,もう1つの必須成分であるTiO2についてみると,例えば,実施例65における含有量は7.
89%であるが,
主成分であるNb2O5
(50.
79%)や,他の必須成分,任意成分から適宜置換すること等によって,本願物性要件を満たしつつ,TiO2を15%程度にまで増やすことが可能であることは,
当業者であれば,
自らの技術常識に基づき当然に理解する事柄
である。
また,
実施例37におけるTiO2の含有量は1.
94%であるところ,

願組成要件で規定された下限値1%との差は僅かに0.
94%にすぎないか
ら,主成分であるSiO2(15.53%)への置換等により,TiO2を0.1%にまで減ずることができることは自明といえる。

さらに,任意成分の1つであるB2O3についてみると,例えば,実施例61における含有量は9.26%であるが,ガラスの骨格成分の1つであるBO3を増量することは比較的容易であるから,主成分であるNb2O5(5
2
3.
61%)
から適宜置換すること等によって,
本願物性要件を満たしつつ,
B2O3を20%程度にまで増やすことが可能であることは,当業者であれば,自らの技術常識に基づき当然に理解する事柄である。

同様に,任意成分の1つであるLi2Oについてみると,例えば,実施例8における含有量は4.90%であるが,主成分であるNb2O5(48.92%),必須成分であるTiO2(6.86%)及びZrO2(3.92%),任意成分であるNa2O(9.80%)から適宜置換することが可能であり,特に,同じアルカリ金属化合物であるNa2Oとの置換は極めて容易であるから,本願物性要件を満たしつつ,Li2Oを15%程度にまで増やすことが可能であることは,当業者であれば,
自らの技術常識に基づき当然に理解
する事柄である。
また,実施例63におけるLi2Oの含有量は1.72%であるところ,本願組成要件で規定された下限値0%との差は僅かに1.
72%にすぎない
から,主成分であるSiO2(22.41%)への置換等により,Li2Oを0%にまで減ずることができることは自明といえる。

同様に,任意成分の1つであるNa2Oについてみると,例えば,実施例38における含有量は12.
62%であるが,
主成分であるNb2O5
(47.
48%),必須成分であるTiO2(1.94%)及びZrO2(10.68%)から適宜置換すること等により,本件物性要件を満たしつつ,Na2Oを20%程度にまで増やすことが可能であることは,当業者であれば,自ら
の技術常識に基づき当然に理解する事柄である。
また,実施例32におけるNa2Oの含有量は6.80%であるところ,主成分であるSiO2(25.24%)や任意成分であるLi2O(4.85%)へ適宜置換すること等が可能であり,特に,同じアルカリ金属化合物であるLi2Oとの置換は極めて容易であるから,
本願物性要件を満たしつつ,
Na2Oを0%にまで減ずることが可能であることは,当業者であれば,自らの技術常識に基づき当然に理解する事柄である。


同様に,任意成分の1つであるSb2O3についてみると,例えば,実施例8における含有量は0.10%であるが,本願組成要件で規定された上限値1%との差は僅かに0.9%にすぎないから,主成分であるSiO2(25.49%)及びNb2O5(48.92%)や,各必須成分・任意成分等からの置換により,Sb2O3を1%にまで増やすことができることは自明である。また,例えば,実施例26におけるSb2O3の含有量は0.09%であるところ,本願組成要件で規定された下限値0%との差は僅かに0.09%にすぎないから,主成分であるSiO2(24.53%)及びNb2O5(45.19%)や,各必須成分,任意成分に置換することにより,Sb2O3を0%にまで減ずることが可能であることは,やはり自明といえる。なお,Sb2O3は,ガラス溶融時の脱泡のための成分であるが,他の成分を炭酸塩,硝酸塩,
硫酸塩として適宜添加し,ガラスの溶融条件を調整することによっても脱泡は可能であるから,Sb2O3を全く加えないことも可能であることは,当業者であれば当然の技術常識である。

さらに,その他の任意成分であるGeO2,Al2O3,WO3,ZnO,SrOについては,
各実施例での含有量はいずれも0%であるのに,本願組成
要件では0~5%又は0~15%の幅で任意成分として規定されている。しかし,
本願明細書の発明の詳細な説明
(段落
【0025】【0028】


【0038】,【0039】,【0048】,【0049】,【0054】,【0055】)に記載されているとおり,上記各成分は,各種の光学定数を調整するために適宜加えられる任意成分であって,実務上,様々な組成においてある程度加えることはよくあるものの,
本願発明の光学ガラスを製造す
るに当たり,
加えても加えなくてもよいという真の意味での任意成分である
ということができる。
これらの成分に係る本願組成要件は,
当業者であれば,
主成分として多量に含まれているNb2O5から置換すること等によって,この程度は問題なく配合することができると認識する範囲内のものといえる。


以上のとおり,
当業者であれば,
本願明細書に開示された実施例をみれば,
発明の詳細な説明及び自らの技術常識に基づいて,
本願組成要件に規定され
た全ての成分につき,
規定された数値の範囲で含有し得ることを容易に理解
するものと認められるから,本願につき,サポート要件違反は存在しない。
3
取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)
前記2で述べたところからすれば,
当業者であれば,
本願明細書に記載された
実施例から,
本願組成要件の範囲において,
本願物性要件を満たす他の光学ガラ
スの組成を容易に見出すことが可能であるから,本願明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本願発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
したがって,本願明細書記載の実施例から離れた広範な本願組成要件の数値範囲において,限定された本願物性要件を満たす光学ガラスの具体的な各成分の含有量を決定することは,当業者に過度の試行錯誤を要求するものであるとの理由により,本願は実施可能要件を満たさないとした本件審決の判断は誤りである。
4
取消事由4(手続違背)
本件の審判官による平成28年3月10日付け拒絶理由通知書
(甲19。
以下
「本件拒絶理由通知」という。)に示された拒絶理由は,本件審決の理由とほぼ同旨であり,
本件補正前の本願組成要件を構成する全ての成分について,
実施例
の上限値及び下限値を超えるものであることを指摘して,サポート要件違反に当たるとする茫漠とした内容であった。
仮に,
特定の成分について,
数値範囲が過度に広範であることを具体的な理由
とともに示した的確な拒絶理由通知がされていれば,
原告としても,
その時点で
補正によって対応し得たはずであるが,
実際に通知された拒絶理由が,
あたかも
本願組成要件を構成する全ての成分について実施例で裏付けられた数値範囲に限定・限縮しない限り,
サポート要件違反に該当するとするかのごとき内容であ
って,到底受け入れられるものではなかった。特に,GeO2,Al2O3,WO,ZnO,SrOの成分については,本件補正前の本願組成要件では,いずれ
3
も各0~10%の範囲で規定されていたのに対し,
上記拒絶理由通知では,
実施
例はいずれも0%であるとの指摘がされており,この指摘に従って各成分を含まないものとして補正しなければならないとすると,これらの成分をごく微量混ぜるだけで特許が容易に潜脱される結果となるから,
原告としては,
このよう
な拒絶理由を受け入れる余地はなかった。
してみると,
本件の審判官が,
上記のような茫漠とした内容の拒絶理由通知を
行ったことは,特許出願人に補正の機会を保証しようとする拒絶理由通知制度の趣旨に反するものであるから,
仮に,
本願組成要件を構成する特定の成分の数
値範囲について過度に広範であるとの懸念がある場合であっても,原告に対し,再度,
的確な拒絶理由通知を受けて正当な補正を行う機会を保証するため,手続
違背を理由に本件審決を取り消して,特許庁における再審理を命じる必要があることは明らかである。
第4被告の反論
1
取消事由1(本願発明の認定・解釈の誤り)に対し
原告は,
本願発明は,
本願組成要件を満たす光学ガラスであっても本願物性要
件を満たさないものがあることを当然の前提にしているのに対し,本件審決は,本願発明について,本願組成要件の数値範囲の全てにわたって本願物性要件を満たす光学ガラスが得られなければならないとの誤った認定・解釈を採っている旨主張する。
しかし,
本件審決が,
本願発明について上記のような認定・解釈を採っていな
いことは,
本件審決が,
本願明細書記載の各実施例の配合組成により示される個
々の成分の含有量の数値範囲を個々の成分ごとに個別に評価することにより,実施例によって開示された配合組成によって,本願物性要件を満たす配合組成が存在する各成分の含有量の数値範囲については,サポート要件を満たすと認めていることから明らかである。なぜならば,仮に,原告主張のように,本件審決が,
本願発明について,
本願組成要件の数値範囲の全てにわたって本願物性要
件を満たす光学ガラスが得られなければならないとの解釈を採っているとすれば,本願組成要件として特定された各成分の含有量の数値範囲においてどのような配合をしても本願物性要件を満たす光学ガラスが得られるか否かの観点から評価を行うはずであり,
本件審決のように,
本願明細書記載の各実施例の配合
組成により示される個々の成分の含有量の数値範囲を個々の成分ごとに個別に評価する判断を行わないはずだからである。
本件審決は,
特許請求の範囲に本願物性要件が記載されている本願発明が,

願組成要件として特定された個々の成分の含有量の数値範囲に含まれる多種多様な配合組成のうち,本願物性要件を満たす配合組成を有する光学ガラスの集合であるとの解釈を前提にした上で,特許請求の範囲において本願組成要件として特定されている個々の成分の含有量の数値範囲について,発明の詳細な説明の記載から,本願物性要件を満たす配合組成が存在することを認識できない範囲があることを理由に,本願はサポート要件を満たさない旨判断したものであり,
本願発明について,
原告主張のような認定・解釈を採ったものではないか
ら,原告主張の取消事由1は理由がない。
2
取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)に対し
原告は,
本願明細書記載の実施例の配合組成をもとに,
発明の詳細な説明の記
載及び技術常識を勘案すれば,本願組成要件として記載された各成分の含有量の上限値や下限値でも,本願物性要件を満たす光学ガラスを得られることを当業者であれば理解し得る旨主張し,各成分について例を挙げて説明をする。しかし,以下に述べるとおり,原告の主張には理由がない。
(1)

SiO2の上限値について
原告は,SiO2の含有量について,Nb2O5,TiO2及びZrO2から置
換することによって,
実施例8における25.
49%を40%まで増やすこと
が可能である旨主張する。
しかし,本願明細書の段落【0021】,【0029】,【0031】及び【0033】
には,
Nb2O5,
TiO2及びZrO2がいずれも屈折率を高め,
Nb2O5とTiO2が分散を大きく(アッベ数を小さく)し,Nb2O5とZrO2が部分分散比を小さくする成分であるのに対し,SiO2はこれらの物性とは無関係な成分であることが記載されている。
したがって,
このような記載
に接した当業者は,
Nb2O5,
TiO2又はZrO2をSiO2に置換すると,
屈折率,
アッベ数及び部分分散比が変化するものと認識するから,
そのように
置換しただけで,実施例8と同様に本願物性要件を満たすものと認識することはできない。
また,仮に,Nb2O5,TiO2及びZrO2から置換することによりSiO2の含有量を増やすことが可能であり,SiO2を40%含有するガラスを得ることが容易であるとしても,
それをもって本願物性要件を満たすSiO2
を40%含有するガラスを得ることが容易であるとは直ちにはいえないから,原告の上記主張は,その前提において失当である。
以上によれば,
本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,
本願組成要件に
係るSiO2の含有量の上限値(40%)において,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
(2)

TiO2の上限値について
原告は,
TiO2の含有量についても,
Nb2O5から置換することによって,

実施例65における7.89%から15%まで増やすことが可能である旨主張する。
しかし,本願明細書の段落【0029】及び【0033】には,Nb2O5が部分分散比を小さくする成分であるのに対し,
TiO2を増やすと部分分散比
が大きくなる可能性があることが記載されている。
したがって,
このような記
載に接した当業者は,Nb2O5をTiO2に置換すると,部分分散比が大きくなってしまうものと認識するから,
そのように置換しただけで,
実施例65と
同様に本願物性要件を満たすものと認識することはできない。
また,仮に,Nb2O5から置換することによりTiO2の含有量を増やすことが可能であり,
TiO2を15%含有するガラスを得ることが容易であると
しても,
それをもって本願物性要件を満たすTiO2を15%含有するガラスを得ることが容易であるとは直ちにはいえないから,
原告の上記主張は,
その
前提において失当である。
以上によれば,
本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,
本願組成要件に
係るTiO2の含有量の上限値(15%)において,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
(3)

B2O3の上限値について
原告は,2O3の含有量についても,
B
Nb2O5から置換することによって,

実施例61における9.26%から20%まで増やすことが可能である旨主張する。
しかし,本願明細書の段落【0022】及び【0033】には,Nb2O5が屈折率を高め,分散を大きく(アッベ数を小さく)しつつ,部分分散比を小さくする成分であるのに対し,B2O3はこれらの物性とは無関係な成分であることが記載されている。
したがって,
このような記載に接した当業者は,
Nb
O5をB2O3に置換すると,屈折率,アッベ数及び部分分散比が変化するも
2
のと認識するから,
そのように置換しただけで,
実施例61と同様に本願物性
要件を満たすものと認識することはできない。
また,仮に,Nb2O5から置換することによりB2O3の含有量を増やすことが可能であり,B2O3を20%含有するガラスを得ることが容易であるとしても,それをもって本願物性要件を満たすB2O3を20%含有するガラスを得ることが容易であるとは直ちにはいえないから,
原告の上記主張は,
その
前提において失当である。
以上によれば,
本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,
本願組成要件に
係るB2O3の含有量の上限値(20%)において,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
(4)

Li2Oの上限値について
原告は,Li2Oの含有量についても,特に同じアルカリ化合物であるNaOから置換することによって,実施例8における4.90%から15%まで
2
増やすことが可能である旨主張する。
しかし,本願明細書の段落【0058】及び【0060】には,Li2Oが部分分散比を小さくする成分であるのに対し,
Na2Oは部分分散比とは無関
係な成分であることが記載されている。
したがって,
このような記載に接した
当業者は,Na2OをLi2Oに置換すると,部分分散比が小さくなってしまうと認識するから,
そのように置換しただけで,
実施例8と同様に本願物性要
件を満たすものと認識することはできない。
また,仮に,Na2Oから置換することによりLi2Oの含有量を増やすことが可能であり,
Li2Oを15%含有するガラスを得ることが容易であると
しても,
それをもって本願物性要件を満たすLi2Oを15%含有するガラスを得ることが容易であるとは直ちにはいえないから,
原告の上記主張は,
その
前提において失当である。
以上によれば,
本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,
本願組成要件に
係るLi2Oの含有量の上限値(15%)において,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
(5)

Na2Oの上限値について
原告は,Na2Oの含有量についても,Nb2O5,TiO2及びZrO2から
置換することによって,
実施例38における12.
62%から20%まで増や
すことが可能である旨主張する。
しかし,本願明細書の段落【0029】,【0031】,【0033】及び【0060】には,Nb2O5,TiO2及びZrO2がいずれも屈折率を高め,Nb2O5とTiO2が分散を大きく(アッベ数を小さく)し,Nb2O5とZrO2が部分分散比を小さくする成分であるのに対し,Na2Oはこれらの物性とは無関係な成分であることが記載されている。
したがって,
このような記載
に接した当業者は,Nb2O5,TiO2又はZrO2をNa2Oに置換すると,屈折率,
アッベ数及び部分分散比が変化するものと認識するから,
そのように
置換しただけで,実施例38と同様に本願物性要件を満たすものと認識することはできない。
また,仮に,Nb2O5,TiO2及びZrO2から置換することによりNaOの含有量を増やすことが可能であり,Na2Oを20%含有するガラスを
2
得ることが容易であるとしても,
それをもって本願物性要件を満たすNa2O
を20%含有するガラスを得ることが容易であるとは直ちにはいえないから,原告の上記主張は,その前提において失当である。
以上によれば,
本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,
本願組成要件に
係るNa2Oの含有量の上限値(20%)において,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
(6)

まとめ
以上のとおり,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び技術常識からみ
て,
本願組成要件のうち,
少なくとも上記(1)ないし(5)の各成分の上限値にお
いて,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえないのであるから,
実施例の記載を根拠として,
本願がサポート要
件を満たすとする原告の主張は誤りである。
また,特定の成分の含有量を増減することによる当該ガラスの物性に与える影響が示されていたとしても,ある配合組成のガラスにおいてその成分を増減する場合には,
その調整のために他の成分を増減させることになり,
結果
として当該他の成分の影響によってもガラスの物性は変化することになるし,
更に配合組成が大きく変わると,
各成分がガラスの物性に与える影響自体
が変化することもあるのであるから,単純に一つの成分を増減させることができたとしてもそれにより所望の物性が得られるものではない。したがって,原告主張のように,仮に各成分の含有量の調節が個々に可能であるとしても,各成分の上限値において本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえない。
したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
3
取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)に対し
原告は,
当業者であれば,
前記第3の2で述べたとおりの置換等によって,

願明細書記載の各実施例から,実施例を超える本願組成要件の配合組成の範囲においても,本願物性要件を満たす光学ガラスの組成を容易に見出すことが可能であることから,本願の発明の詳細な説明の記載は実施可能要件を満たす旨主張する。
しかし,上記2で述べたように,原告の前記第3の2の主張は誤りであるから,原告の上記主張も,前提において誤りである。
また,
光学ガラスの製造において,
特定の物性を得るために,
ある配合組成の
ガラスの特定の成分を増減したり他の成分に置き換えたりする場合には,それによりガラスのその他の物性値が変化し,その調整のために更に他の成分を増減させることになるが,当該他の成分の増減の影響により更にガラスの物性は変化することになるなど,
ガラスの配合組成が変化した結果,
各成分がガラスの
物性に影響を与え変化させることとなるので,単純に調整のための成分の置き換えや増減をすることで,
所望の物性が得られるものではない。
そして,
所望の
物性が得られるガラスの配合組成を決定するために,相当数の実験が必要となることは明らかであり,このような多数回の実験を試行錯誤的に繰り返すことで当該ガラスを得ることができるとしても,そのような実験を要するということは,当業者に過度の試行錯誤を強いるものといえる。
したがって,本願明細書の実施例から離れた広範な本願組成要件の数値範囲において,限定された本願物性要件を満たす光学ガラスの具体的な各成分の含有量を決定することには,
当業者に過度の試行錯誤を要求することを理由に,

願の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすものではないとした本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由3は理由がない。
4
取消事由4(手続違背)に対し
原告は,
本件拒絶理由通知は,
本件補正前の本願組成要件を構成する全ての成
分について,
実施例の上限値及び下限値を超えるものであることを指摘して,

ポート要件違反に当たるとする茫漠とした内容であり,特許出願人に補正の機会を保証しようとする拒絶理由通知制度の趣旨に反するものであるから,本件審決は手続違背を理由として取り消されるべきである旨主張する。しかし,以下に述べるとおり,原告の主張には理由がない。
(1)

仮に,本件拒絶理由通知の指摘が「茫漠とした内容」であるとしても,これ
に接した出願人である原告としては,それを理由として反論すればよい
のであり,反論したにもかかわらず当該理由により拒絶の審決がされたのであれば,
その点を審決の理由の不備として争うことができるのであるから,原
告主張の点が手続違背となるものではない。
(2)

また,本件拒絶理由通知(甲19)には,「理由2」として,本願の特許
請求の範囲の記載が特許法36条6項1号に適合するものでない旨及び「理由4」
として,
本願の発明の詳細な説明の記載が,
特許法36条4項1号に適
合するものでない旨が記載され(1頁),
「<理由2,4について>」
(3頁)
として,その理由が具体的に説示されている。すなわち,そこでは,本件補正前の請求項2に係る発明を例として,同発明において特定される各成分(K2O以外は,本願発明の特定事項と同じである。)について,実施例の組成例に示される数値範囲の最大値,最小値と特許請求の範囲において特定された上限値,下限値の差が広範なものであることを丹念に指摘し(5頁),更に,同発明において特定される各成分について,本願明細書の記載及び技術常識からは,
実施例の各組成例において示される数値の最大値,
最小値を基礎として
特許請求の範囲において特定される上限値,下限値の値を採り得ると当業者が認識しかつ実施し得るかどうかの技術的裏付け(サポート要件や実施可能要件)が本願明細書に記載されているとはいえないことを指摘した上で(6頁),「(5)

まとめ」において,本件補正前の請求項1に係る発明について

も同様である旨指摘している。
このように,
本件拒絶理由通知における拒絶理由の指摘は,
原告主張のよう
な「茫漠とした内容」ではない。
(3)

原告は,本件拒絶理由通知が,GeO2,Al2O3,WO3,ZnO,Sr
Oの5成分について指摘したことについて,
当該指摘に従えば,
これら各成分
を「0%」と補正しなければならず,そうすると,それらの成分をごく微量に混ぜるだけで特許が容易に潜脱されてしまうから,このような拒絶理由を受け入れる余地はなかった旨主張する。
しかし,
これらの5成分は,
本件拒絶理由通知時の特許請求の範囲において
「0~10%」又は「0~15%」と規定されていたのに対し,本願明細書記載の全ての実施例において,これらの成分は含まれていなかったのであるから,
これらの5成分の上限値10%又は15%において,
本願物性要件を満た
すガラスが得られるのか否かは,
発明の詳細な説明からは不明であり,
そうで
ある以上,拒絶理由通知においてそれを指摘するのは当然のことである。また,
本願発明は,
本願組成要件において特定されている成分以外の他の成
分を含有するものを排除するものではないのであるから,それらの成分が微量成分であるのであれば,
これらの成分を特定しなければ足りるのであり,

れらの成分をごく微量に混ぜるだけで特許が容易に潜脱されてしまうことにはならない。
(4)

さらに,
原告は,
「数値範囲が過度に広範であることを具体的な理由ととも

に示した的確な拒絶理由通知がされていれば,
原告としても,
その時点で補正
によって対応し得た」とも主張する。
しかし,
原告は,
本件拒絶理由通知に対して,
平成28年5月11日付け手
続補正書(甲4)を提出し,「GeO2」及び「Al2O3」のみについて組成要件の上限値を減縮し,また,同日付け意見書(乙2)では,
「本願について
の対応においても,いわゆる組成+物性クレームと実施例との関係についてのサポート要件,
実施可能要件の考え方は,
過去のそれらの特許審決を受けた
案件と変える意図はございません。
あくまで,
過去の対応を踏襲するものであ
ります。」と述べている。これらからすれば,原告は,本件拒絶理由通知において,各成分について数値範囲が過度に広範であることが指摘されていることを認識した上で,
本願の特許請求の範囲と実施例の関係については,
本願明
細書の記載と技術常識から十分に開示されている旨を主張しているのであるから,
原告は,
本件拒絶理由通知に対しする十分な防御の機会を得ていたもの
と解される。
(5)

以上によれば,手続違背を理由として本件審決を取り消すべきとする原告
の主張には理由がない。
第5当裁判所の判断
1
本願発明について

(1)

本願発明に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2のと
おりである。
また,本願明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,次の記載がある(下記記載中に引用する表1ないし10については別紙を参照)。

技術分野
【0001】
本発明は,屈折率(nd)が1.78以上,アッベ数(νd)が30以下,部分分散比(θg,F)が0.620以下の高屈折率高分散光学ガラス,及び,
この光学ガラスを利用して得られるレンズ,
プリズムなどの光学素子に
関する。


背景技術
【0002】
高屈折率高分散ガラスは,各種レンズなどの光学素子用材料として非常に需要が多く,屈折率(nd)が1.78以上,アッベ数(νd)が30以下である光学ガラス…が知られている。
【0003】
これら光学ガラスが使用される光学系はデジタルカメラなどの光学製品に搭載されるが,
色収差を改善するためには,
高屈折率高分散領域の光学ガ
ラスに部分分散比が小さいことが望まれている。
【0005】
特に,屈折率(nd)が1.78以上,アッベ数(νd)が30以下の範囲の光学定数を有する高屈折率高分散の光学ガラスが強く求められている。

発明が解決しようとする課題
【0010】
本発明の目的は,前記背景技術に記載した光学ガラスに見られる諸欠点を総合的に解消し,
前記の光学定数を有し,
部分分散比が小さい光学ガラス
を提供することにある。


課題を解決するための手段
【0011】
本発明者は,上記課題を解決するために,鋭意試験研究を重ねた結果,特定量のSiO2,Nb2O5及びZrO2を含有し,且つ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の比率と,SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量を所定の範囲内にすることにより,前記の光学定数を有し,部分分散比が小さい光学ガラスが得られた。
【0012】
本発明の第1の構成は,屈折率(nd)が1.78以上,アッベ数(νd)が30以下,部分分散比(θg,F)が0.620以下の範囲の光学定数を有し,必須成分としてSiO2,Nb2O5を含有し,質量%の比率でNb2O5が40%より多いことを特徴とする光学ガラスである。
【0013】
本発明の第2の構成は,酸化物基準の質量%の比率でK2Oが2%未満,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.32未満,かつSiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%より多いことを特徴とする前記構成1に記載の光学ガラスである。
【0014】
本発明の第3の構成は,酸化物基準の質量%で,
SiO2

10~40%,

Nb2O5

40%より多く65%以下,

並びに
B2O3
GeO2

0~20%及び/又は
0~10%及び/又は

Al2O3

0~10%及び/又は

TiO2

0~15%及び/又は

ZrO2

0~15%及び/又は

WO3

0~15%及び/又は

ZnO

0~15%及び/又は

SrO

0~15%及び/又は

Li2O

0~15%及び/又は

Na2O

0~20%及び/又は

Sb2O3

0~1%

の各成分を含有することを特徴とする前記構成1~2に記載の光学ガラスである。

発明を実施するための形態
【0020】
本発明の光学ガラスの各成分について説明する。
以下,
特に断らない限り
各成分の含有率は酸化物基準の質量%を意味する。
【0021】
SiO2成分は,本発明の光学ガラスにおいて,ガラス形成酸化物成分として欠かすことのできない成分であり,
ガラスの粘度を高め,
耐失透性およ
び化学的耐久性を向上させるのに有効である。
しかし,
その量が少なすぎる
とその効果が不十分であり,
多すぎると逆に耐失透性,
溶融性が悪化しやす
くなる。従って,好ましくは10%,より好ましくは12%,最も好ましくは14%を下限として含有することができ,
好ましくは40%,
より好まし
くは35%,最も好ましくは30%を上限として含有することができる。【0023】
B2O3成分は,ガラス形成酸化物として作用する任意成分であり,ガラス転移点(Tg)を下げるのに有効である。しかし,その量が多すぎると化学的耐久性が悪化しやすくなる。
従って,
好ましくは20%,
より好ましく
は15%,最も好ましくは10%を上限として含有することができる。【0025】
GeO2成分は,屈折率を高め,耐失透性を向上させる効果を有する任意成分であり,
ガラス形成酸化物として作用する。
しかし,
その量が多すぎる
と原料が非常に高価であるため,
コストが高くなる。
従って,
好ましくは1
0%,
より好ましくは5%,
最も好ましくは3%を上限として含有すること
ができる。
【0027】
Al2O3成分は,
化学的耐久性の改善に有効な任意成分である。
しかし,
その量が多すぎると耐失透性が悪化しやすくなる。従って,好ましくは10%,より好ましくは5%,最も好ましくは3%を上限として含有することができる。
【0029】
TiO2成分は,屈折率を高め,分散を大きくする効果がある。しかし,その量が多すぎると可視光短波長域の透過率を悪化させ,部分分散比も大きくなる。従って,好ましくは15%,より好ましくは12%,最も好ましくは9%を上限として含有することができる。なお,TiO2は任意成分であるため,含有しなくとも本発明のガラスを製造することは可能であるが,前記効果を発揮させやすくするためにも,
好ましくは0%を超え,
より好ま
しくは0.1%,最も好ましくは1%を下限とする。
【0031】
ZrO2成分は,屈折率を高め,部分分散比を小さくし,化学的耐久性を向上させる効果がある。
しかし,
その量が多すぎると逆に耐失透性が悪化し
やすくなる。従って,好ましくは15%,より好ましくは13%,最も好ましくは12%を上限として含有することができる。なお,ZrO2は任意成分であるため,含有しなくとも本発明のガラスを製造することは可能であるが,
前記効果を発揮させやすくするためにも,
好ましくは0%を超え,

り好ましくは0.1%,最も好ましくは1%を下限とする。
【0033】
Nb2O5成分は,屈折率を高め,分散を大きくしつつ部分分散比を小さくし,
化学的耐久性及び耐失透性を改善するのに有効な必須の成分である。しかし,その量が少なすぎるとその効果が不十分となり,多すぎると逆に耐失透性が悪くなり,可視光短波長域の透過率も悪化しやすくなる。従って,好ましくは40%より多く,より好ましくは41%,最も好ましくは42%を下限として含有することができ,好ましくは65%,より好ましくは60%,最も好ましくは56%を上限として含有することができる。【0035】
Sb2O3成分は,ガラス溶融時の脱泡のために任意に添加しうるが,その量が多すぎると可視光領域の短波長領域における透過率が悪化しやすくなる。従って,好ましくは1%,より好ましくは0.5%,最も好ましくは0.2%を上限として含有できる。
【0038】
WO3成分は,光学定数を調整し,耐失透性を改善する効果がある。しかし,その量が多すぎると逆に耐失透性や可視光領域の短波長域の光線透過率が悪くなる上,部分分散比が大きくなる。従って,好ましくは15%,より好ましくは12%,最も好ましくは10%を上限として含有することができる。
【0048】
ZnO成分は,ガラス転移温度(Tg)を低くし,化学的耐久性を改善する効果がある。しかし,その量が多すぎると耐失透性が悪化しやすくなる。従って,
好ましくは15%,
より好ましくは10%,
最も好ましくは5%を
上限として含有することができる。
【0054】
SrO成分は光学定数の調整に有効である。
しかし,
その量が多すぎると
耐失透性が悪化しやすくなる。
従って,
好ましくは15%,
より好ましくは
10%,最も好ましくは5%を上限として含有することができる。【0058】
Li2O成分は,部分分散比を小さくし,ガラス転移温度(Tg)を大幅に下げ,
かつ,
混合したガラス原料の溶融を促進する効果があり,
本発明の
組成系においてはリヒートプレス成形時の失透を抑制する効果がある。しかし,
その量が多すぎると耐失透性が急激に悪化しやすくなる。
従って,

ましくは15%,
より好ましくは13%,
最も好ましくは11%を上限とし
て含有することができる。なお,Li2Oは任意成分であるため,含有しなくとも本発明のガラスを製造することは可能であるが,前記効果を発揮させやすくするためにも,好ましくは0%を超え,より好ましくは0.1%,最も好ましくは1%を下限とする。
【0060】
Na2O成分は,ガラス転移温度(Tg)を下げ,混合したガラス原料の溶融を促進する効果がある。
しかし,
その量が多すぎると耐失透性が急激に
悪化しやすくなる。従って,好ましくは20%,より好ましくは15%,最も好ましくは13%を上限として含有することができる。なお,Na2Oは任意成分であるため,含有しなくとも本発明のガラスを製造することは可能であるが,
前記効果を発揮させやすくするためにも,
好ましくは0%を超
え,より好ましくは0.1%,最も好ましくは4%を下限とする。【0073】
本発明者は,前記範囲内の光学定数において,TiO2成分の含有量とZrO2成分,
Nb2O5成分の合計含有量の比を所定の値に調節することによ
り,部分分散比(θg,F)が小さいガラスが得られることを見出した。すなわちTiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値が,好ましくは0.32未満,より好ましくは0.2,最も好ましくは0.15を上限とすることができる。
【0074】
また,本発明者は,SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの各成分の合計含有量を調節することにより,
高屈折率高分散特性を有し,
部分分散比が小さく,
リヒートプ
レス成形時の失透を抑制したガラスが得られることを見出した。すなわちSiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量の値が,好ましくは90%より多く,より好ましくは91%,最も好ましくは94%を下限とすることができる。【0075】
さらに,所望の光学定数を維持し,部分分散比(θg,F)が小さく,かつ安価なガラスを得るためには,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値,およびSiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量の値を同時に上記所定の好ましい範囲内にするほうがよい。
【0083】
次に本発明の光学ガラスの物性について説明する。
前述のとおり,
本発明の光学ガラスは光学設計上の有用性の観点から,

折率(nd)が好ましくは1.78,より好ましくは1.8,最も好ましくは1.82を下限とし,好ましくは1.95,より好ましくは1.92,最も好ましくは1.9を上限とする。
【0084】
また,本発明の光学ガラスは光学設計上の有用性の観点から,アッベ数(νd)が好ましくは18,より好ましくは20,最も好ましくは22を下限とし,
好ましくは30,
より好ましくは28,
最も好ましくは27を上限
とする。
【0085】
また,
本発明の光学ガラスは光学設計上の有用性の観点から,
部分分散比
(θg,F)が好ましくは0.598,より好ましくは0.600,最も好ましくは0.
602を下限とし,
好ましくは0.
620,
より好ましくは0.
619,最も好ましくは0.618を上限とする。

実施例

【0091】
本発明のガラスの実施例(No.1~No.66)の組成を,これらのガラスの屈折率(nd),アッベ数(νd),部分分散比(θg,F),ガラス転移温度(Tg),屈伏点(At)および失透試験と共に表1~表9に示した。このうち,実施例(No.1~No.7,No.10~No.20,No.22,No.23,No.42,No.43,No.46,No.47,No.58,No.59)は,本発明の参考例である。表中,各成分の組成は質量%で表示するものとする。
【0092】
また,比較例のガラス(No.A~No.C)の組成を,これらのガラスの屈折率(nd),アッベ数(νd),部分分散比(θg,F),ガラス転移温度(Tg),屈伏点(At)および失透試験と共に表10に示した。表中,各成分の組成は質量%で表示するものとする。
【0103】
表1~表9に示した本発明の実施例の光学ガラス(No.1~No.66)は,酸化物,水酸化物,炭酸塩,硝酸塩等の通常の光学ガラス用原料を表1~表9に示した各実施例の組成の割合となるように秤量し,
混合し,

金るつぼに投入し,組成による溶融性に応じて,1100~1400℃で,3~5時間溶融,
清澄,
攪拌して均質化した後,
金型等に鋳込み徐冷するこ
とにより得ることができた。
【0104】
屈折率(nd)及びアッベ数(νd)は徐冷降温速度を-25℃/時にして得られた光学ガラスについて測定した。
【0105】
部分分散比(θg,F)は,徐冷降温速度を-25℃/時にして得られた光学ガラスについてCライン(波長
(nC),Fライン(波長
gライン(波長

656.27nm)における屈折率

486.13nm)における屈折率(nF),

435.835nm)における屈折率(ng)を測定し,

θg,F=(ng-nF)/(nF-nC)による式にて算出した。【0108】
失透試験は,10~40mmの大きさにガラス塊を切断したものをガラス試料とし,
電気炉内で所定の温度まで1~3時間で昇温し,
所定の温度で
30分間保持した後,
炉内で放冷した。
その後,
ガラス試料を2面研磨して
目視および顕微鏡にてガラス中の失透を観察した。
観察の結果,
失透のない
ものを○,失透のあるものを×として表記した。
【0109】
表1~表9に見られる通り,本発明の実施例の光学ガラス(No.1~No.66)はすべて,前記範囲内の光学定数(屈折率(nd)及びアッベ数(νd))を有し,部分分散比(θg,F)が0.620以下であり,660℃の失透試験でガラス内部に失透が発生していない。…
【0110】
これに対し,
表10に示す組成の比較例A~Cの各試料について,
上記実
施例と同じ条件にてガラスを作製し,
同一の評価方法により,
作製したガラ
スを評価した。比較例A~Bに見られる通り,質量%の比率でK2Oが2%未満,の範囲外にあるため,失透試験で失透が発生している。また,比較例Cに見られる通り,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.32未満,かつSiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%より多い,の範囲外にあるため,部分分散比(θg,F)が0.620以下を満足しない。従って,工業的に利用できない。

産業上の利用可能性
【0111】
以上,述べたとおり,本発明の光学ガラスは,組成がSiO2-Nb2O5系であり,かつ,質量%の比率でNb2O5が40%より多いガラスであって,屈折率(nd)が1.78以上,アッベ数(νd)が30以下,部分分散比(θg,F)が0.620以下の範囲の光学定数を有しているから,光学設計上,非常に有用であり,また,転移温度(Tg)が650℃以下であるから,精密モールドプレス成形に適しており,産業上非常に有用である。
(2)

上記(1)によれば,本願発明は,次のようなものであると認められる。本願発明は,
高屈折率高分散の光学ガラスに関するものである
(段落
【00

01】)。
屈折率(nd)が1.78以上,アッベ数(νd)が30以下の高屈折率高分散ガラスは,
各種レンズなどの光学素子用材料として非常に需要が多く,

ジタルカメラなどの光学製品に搭載されるが,
色収差を改善するために,
部分
分散比が小さいことが望まれている(段落【0002】,【0003】)。本願発明が解決しようとする課題は,
上記の光学定数を有し,
高屈折率高分散で
あって,かつ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供することである(段落【0010】)。
本願発明は,上記課題を解決するために,特定量のSiO2,Nb2O5,ZrO2及びTiO2を含有し,かつ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の比率と,SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量を所定の範囲内にすることにより,前記の光学定数を有し,部分分散比が小さい光学ガラスを得たものであり(段落【0011】),必須成分としてSiO2,Nb2O5を含有し,屈折率を高め,分散を大きくしつつ部分分散比を小さくするのに有効な成分であるNb2O5が質量%の比率で40%より多いこと,
及びTiO2/
(ZrO2+Nb2O5)
が0.32未満,かつSiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量が90%より多いことを
3
特徴とする光学ガラスの発明である(段落【0012】,【0013】,【0033】)。
2
取消事由2(サポート要件についての判断の誤り)について
事案に鑑み,取消事由2の成否,すなわち,本願につき,サポート要件(特許法36条6項1号)
に適合しないとした本件審決の判断の適否について,
まず検
討する。
(1)

特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かについては,特許
請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,
発明の詳細な説明に記載された発明で,
発明の詳細な説明
の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,
また,
その記載や示唆がなくとも当業者が出願時
の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものと解される。
これを本願発明についてみると,
まず,
本願発明に係る特許請求の範囲
(請
求項1)
の記載は,
光学ガラスを本願組成要件及び本願物性要件によって特定
するものであり,そのうち,本願物性要件は,
「高屈折率高分散であって,か
つ,部分分散比が小さい光学ガラスを提供する」という本願発明の課題を,「
屈折率(nd)が1.78以上1.90以下,アッベ数(νd)が22以上28以下,部分分散比(θg,F)が0.602以上0.620以下」という光学定数により定量的に表現するものであって,本願組成要件で特定される光学ガラスを,本願発明の課題を解決できるものに限定するための要件ということができる。
そして,
このような本願発明に係る特許請求の範囲の構成から
すれば,
その記載がサポート要件に適合するものといえるためには,
本願組成
要件で特定される光学ガラスが発明の詳細な説明に記載されていることに加え,本願組成要件で特定される光学ガラスが高い蓋然性をもって本願物性要件を満たし得るものであることを,発明の詳細な説明の記載や示唆又は本願出願時の技術常識から当業者が認識できることが必要というべきである。(2)

そこで,以上の観点から,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願
出願時の技術常識に基づき,サポート要件についての本件審決の判断の適否について検討する。

本願明細書の段落【0014】,【0021】,【0023】,【0025】,【0027】,【0029】,【0031】,【0033】,【0035】,【0038】,【0048】,【0058】及び【0060】には,光学ガラスの組成について,
本願組成要件に規定される各成分を,
その規定
に係る数値範囲で含有することがそれぞれ記載され,また,段落【0073】及び【0074】には,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」を本願組成要件に規定される数値(上限値又は下限値)とすることが記載されている。
また,本願明細書の【表1】~【表9】には,実施例(No.8,9,21,24~38,41,44,45,48~57,60~66)として,本願組成要件を満たす具体的な組成物も記載されている。
したがって,
本願明細書の発明の詳細な説明に,
本願組成要件で特定され
る光学ガラスが記載されていることは明らかである。

前記(1)のとおり,本願発明の解決課題は,「高屈折率高分散であって,かつ,
部分分散比が小さい光学ガラスを提供する」
ことであり,
本願物性要
件は,
これを光学定数により定量的に表現するものであるところ,
本願明細
書の発明の詳細な説明には,
その解決手段として,
本願組成要件を満たすも
のとすべき理由が説明されている。すなわち,本願明細書の段落【0021】,【0023】,【0025】,【0027】,【0029】,【0031】,【0033】,【0035】,【0038】,【0048】,【0058】【0060】
及び
には,
本願組成要件に規定される各成分について,
その成分がガラス形成においていかなる効果を有し,それが少なすぎたり,多すぎたりした場合にいかなる弊害が生じるかが記載され,それらを踏まえて,
当該成分の好ましい含有比率の範囲として,
本願組成要件が規定する
数値範囲がそれぞれ記載されている。また,本願明細書の段落【0073】には,「TiO2成分の含有量とZrO2成分,Nb2O5成分の合計含有量の比を所定の値に調節することにより,部分分散比(θg,F)が小さいガラスが得られることを見出した」ことが記載され,段落【0074】には,「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの各成分の合計含有量を調節することにより,高屈折率高分散特性を有し,
部分分散比が小さく,
リヒートプレス成形時の失透
を抑制したガラスが得られることを見出した」
ことが記載され,
これらの好
ましい値として,
本願組成要件が規定する数値
(上限値又は下限値)
がそれ
ぞれ記載されている。
しかるところ,以上のような発明の詳細な説明の記載を総合してみれば,本願発明における本願組成要件と本願物性要件との関係に関して,次のような理解が可能といえる。すなわち,まず,Nb2O5成分は,屈折率を高め,
分散を大きくしつつ部分分散比を小さくし,
化学的耐久性及び耐失透性
を改善するのに有効な必須の成分であること(段落【0033】)から,本願組成要件において,
その含有量が40%超65%以下とされ,
組成物中で
最も含有量の多い成分とされていることが理解できる。また,ZrO2成分は,
屈折率を高め,
部分分散比を小さくする効果があり
(段落
【0031】,

他方,TiO2成分は,屈折率を高め,分散を大きくする効果がある反面,その量が多すぎると部分分散比が大きくなること
(段落
【0029】から,

「部分分散比が小さい光学ガラス」を得るためには,ZrO2及びNb2O5の含有量に対してTiO2の含有量が多くなりすぎることを避ける必要があり,そのために,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値を一定以下とするものであること(段落【0073】)が理解でき,これが,本願組成要件において,各成分の含有量とともに規定される「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)が0.
2以下であり」との特定に反映され,本願発明の課題の解決
(高屈折率高分散であって,
かつ,
部分分散比が小さい光学ガラスを提供す
ること)にとって重要な構成となっていることが理解できる。

他方,
本願明細書の発明の詳細な説明における実施例の記載をみると,

願組成要件を満たす実施例(No.8,9,21,24~38,41,44,45,48~57,60~66)に係る組成物が,本願物性要件の全てを満たすことが示されているが,
これらの組成物の組成は,
本願組成要件に規定
された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,
Li2O,
Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のもの(具体的に
は,別紙審決書4頁23行目から5頁8行目までに記載のとおりである。)でしかなく,上限から下限までの数値範囲を網羅するというものではない。すなわち,
本願組成要件に規定された各数値範囲は,
実施例によって本願物
性要件を満たすことが具体的に確認された組成の数値範囲に比して広い数値範囲となっており,
そのため,
本願組成要件で特定される光学ガラスのう
ち,実施例に示された数値範囲を超える組成に係る光学ガラスについても,本願物性要件を満たし得るものであることを当業者が認識できるか否かが問題となる。
そこで検討するに,
まず,
光学ガラスの製造に関しては,
ガラスの物性が
多くの成分の総合的な作用により決定されるものであるため,個々の成分の含有量の範囲等と物性との因果関係を明確にして,所望の物性のための必要十分な配合組成を明らかにすることは現実には不可能であり,そのため,
ターゲットとされる物性を有する光学ガラスを製造するに当たり,当該
物性を有する光学ガラスの配合組成を明らかにするためには,既知の光学ガラスの配合組成を基本にして,
その成分の一部を,
当該物性に寄与するこ
とが知られている成分に置き換える作業を行い,ターゲットではない他の物性に支障が出ないよう複数の成分の混合比を変更するなどして試行錯誤を繰り返すことで当該配合組成を見出すのが通常行われる手順であることが認められ,
このことは,
本願出願時において,
光学ガラスの技術分野の技
術常識であったものと認められる(甲5,6,17,18,21,22。以上のような技術常識の存在については,当事者間に争いがない。)。そして,上記のような技術常識からすれば,光学ガラスの製造に当たって,
基本となる既知の光学ガラスの成分の一部を,
物性の変化を調整しなが
ら,
他の成分に置き換えるなどの作業を試行錯誤的に行うことは,
当業者が
通常行うことということができるから,光学ガラス分野の当業者であれば,本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,特定の成分の含有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,
当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,

との組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解できるものといえる。そして,前記イのとおり,当業者は,本願明細書の発明の詳細な説明の記載から,本願物性要件を満たす光学ガラスを得るには,「Nb2O5成分を40%超65%以下の範囲で含有し,かつ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする」ことが特に重要であることを理解するものといえるから,これらの条件を維持しながら,光学ガラスの製造において通常行われる試行錯誤の範囲内で上記のような成分調整を行うことにより,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることが可能であることも理解し得るというべきである。なお,これを具体的な成分に即して説明するに,例えば,本願発明の最多含有成分であるNb2O5についてみると,当業者であれば,実施例中最多の含有量(53.61%)を有する実施例50において,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする条件を維持しながら,必須成分であるTiO2(6.48%),ZrO2(1.85%)又は任意成分であるNaO(9.26%)から適宜置換することによって,本願物性要件を満たし
2
つつ,Nb2O5を増やす調整を行うことも可能であることを理解するものと考えられ,同様に,実施例中Nb2O5の含有量が最少(43.71%)である実施例24において,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする条件を維持しながら,もう1つの主成分であるSiO2(24.76%),必須成分であるZrO2(10.48%)又は任意成分であるLi2O(4.
76%)
への置換により,本願物性要件を満たしつつ,Nb2O5を減
らす調整を行うことも可能であることを理解するものと考えられる(以上のことは,本願組成要件に係るNb2O5以外の成分についても,同様にいえることであり,
この点については,
原告の前記第3の2⑵記載の主張が参
考となる。)。
してみると,
本願明細書の実施例に係る組成物の組成が,
本願組成要件に
規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のものにすぎないとしても,本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時における光学ガラス分野の技術常識に鑑みれば,
当業者は,
本願組成要件に規
定された各数値範囲のうち,実施例として具体的に示された組成物に係る数値範囲を超える組成を有するものであっても,高い蓋然性をもって本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができることを認識し得るというべきであり,
更に,
そのように認識し得る範囲が,
本願組成要件に規定され
た各成分の各数値範囲の全体
(上限値や下限値)
にまで及ぶものといえるか
否かについては,
成分ごとに,
その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行
うことによって判断される必要があるものといえる。

これに対し,
本件審決は,
本願明細書の実施例に記載されたガラス組成の
数値範囲については,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを確認することができるが,実施例に記載されたガラス組成の数値範囲を超える部分については,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることが,実施例の記載により裏付けられているとはいえないとし,
また,
その他の発
明の詳細な説明のうち,部分分散比に影響を与える成分であるTiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3及びLi2Oの記載(段落【0029】等)についても,好ましい範囲等として記載される数値範囲が実施例に記載されたガラス組成の数値範囲より広い範囲となっていることから,実施例の数値範囲を超える部分について,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを裏付けるとはいえないとし,
更に,
本願出願時の技術常識
(光学ガラス
の物性は,
ガラスの組成に依存するが,
構成成分と物性との因果関係が明確
に導かれない場合の方が多いことなど)
に照らしても,
本願組成要件の数値
範囲にわたって,本願物性要件を満たす光学ガラスが得られることを当業者が認識し得るとはいえないと判断したものである。
このように,
本件審決の判断は,
本願組成要件に規定された各成分の含有
比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有量」
の各数値範囲のうち,
当業者が本願物性要件を満たす光学ガ
ラスが得られるものと認識できる範囲を,実施例として具体的に示されたガラス組成の各数値範囲に限定するものにほかならないところ,上記ウで述べたところからすれば,
このような判断は誤りというべきである。
本件審
決は,
上記ウのとおり,
本願のサポート要件充足性を判断するに当たって必
要とされる,本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができることを認識し得る範囲が本願組成要件に規定された各成分における数値範囲の全体に及ぶものといえるか否かについての具体的な検討を行うことなく,実施例として示された各数値範囲が本願組成要件に規定された各数値範囲の一部にとどまることをもって,直ちに本願のサポート要件充足性を否定したものであるから,そのような判断は誤りといわざるを得ず(更に言えば,上記のような具体的な検討の結果に基づく拒絶理由通知がされるべきであったともいえる。),また,その誤りは審決の結論に影響を及ぼすものといえる。

この点,
被告は,
本願組成要件に規定された各成分の含有比率の範囲のう
ち,SiO2,TiO2,B2O3,Li2O及びNa2Oの各上限値を取り上げ,
これらの各成分と,
これに置換し得る成分として原告が主張
(前記第3
の2⑵)
する成分との効果や特性の比較から,
当業者は,
そのように置換し
ただけで,実施例と同様に本願物性要件を満たすものと認識することはできない旨を主張する。
しかしながら,
被告の上記主張は,
本願組成要件に規定された上記各成分
について,
その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行うことにより,
本願
物性要件を満たす光学ガラスを得ることができることを認識し得る範囲が本願組成要件に規定された上記各成分に係る数値範囲の上限値にまでは及ばない旨を論じるものにほかならないところ,
上記エで述べたとおり,
本件
審決の判断は,
このような具体的な検討を行うことなく,
実施例として示さ
れた各数値範囲が本願組成要件に規定された各数値範囲の一部にとどまることをもって直ちに本願のサポート要件充足性を否定した点において判断の在り方に問題があり,
そのために誤りとされるのであるから,
被告の上記
主張は,本件審決の上記判断の正当性を根拠付けるものとはいえない。⑶

小括
以上のとおり,
本願につき,
サポート要件に適合しないものとした本件審決
の判断は誤りであり,この点については,上記(2)で述べた趣旨に沿って,改めて特許庁における審理・判断(必要な拒絶理由通知を行うことを含む。)がされるべきものといえるから,原告主張の取消事由2は理由がある。
3
取消事由3(実施可能要件についての判断の誤り)について
本件審決は,
本願明細書に,
本願組成要件のごく一部の範囲の実施例が記載さ

れ,
各成分のはたらきが個別に記載されていたとしても,
実施例から離れた広範
な本願組成要件の数値範囲において,限定された本願物性要件を満たす光学ガラスの具体的な各成分の含有量を決定することは,当業者に過度の試行錯誤を要求するものといえるから,
本願の発明の詳細な説明の記載は,
本願発明の実施
をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものとはいえず,本願は実施可能要件に適合しない旨判断する。
しかしながら,
本願明細書の実施例に係る組成物の組成が,
本願組成要件に規
定された各成分の含有比率,
「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「S
iO2,B2O3,TiO2,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,LiO,Na2Oの合計含有量」の各数値範囲の一部のものにすぎないとしても,
2
前記2(2)で述べたとおりの本願明細書の発明の詳細な説明の記載及び本願出願時における光学ガラス分野の技術常識からすれば,光学ガラス分野の当業者であれば,
本願明細書の実施例に示された組成物を基本にして,
特定の成分の含
有量をある程度変化させた場合であっても,これに応じて他の成分を適宜増減させることにより,
当該特定の成分の増減による物性の変化を調整して,
もとの
組成物と同様に本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることも可能であることを理解するものであり,
特に,
本願物性要件を満たす光学ガラスを得るのに重要
な「Nb2O5成分を40%超65%以下の範囲で含有し,かつ,TiO2/(ZrO2+Nb2O5)を0.2以下とする」との条件を維持しながら,光学ガラスの製造において通常行われる試行錯誤の範囲内で上記のような成分調整を行うことにより,本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることが可能であることを理解するものといえる。
そして,
そのようにして本願物性要件を満たす光学ガラ
スを得ることができると考えられる各成分の数値範囲が,本願組成要件に規定された各成分の各数値範囲の全体に及ぶものといえるか否かについては,成分ごとに,その効果や特性を踏まえた具体的な検討を行うことによって判断される必要があるものといえる。
これに対し,本件審決の判断は,本願組成要件に規定された各成分の含有比率,「TiO2/(ZrO2+Nb2O5)の値」及び「SiO2,B2O3,TiO,ZrO2,Nb2O5,WO3,ZnO,SrO,Li2O,Na2Oの合計含有
2
量」
の各数値範囲のうち,
当業者が過度な試行錯誤を要することなく本願物性要
件を満たす光学ガラスを得ることができる範囲を,実施例として具体的に示されたガラス組成の各数値範囲に限定するものにほかならないところ,上記で述べたところからすれば,
このような判断は誤りというべきである。
本件審決は,
上記のとおり,本願の実施可能要件充足性を判断するに当たって必要とされる,本願物性要件を満たす光学ガラスを得ることができると考えられる各成分の数値範囲が本願組成要件に規定された各成分における数値範囲の全体に及ぶものといえるか否かについての具体的な検討を行うことなく,実施例として示された各数値範囲が本願組成要件に規定された各数値範囲の一部にとどまることをもって,
直ちに本願の実施可能要件充足性を否定したものであるから,
そのよう
な判断は誤りといわざるを得ず,
また,
その誤りは審決の結論に影響を及ぼすも
のといえる。
以上のとおり,
本願につき,
実施可能要件に適合しないものとした本件審決の
判断は誤りであり,
この点については,上記で述べた趣旨に沿って,改めて特許
庁における審理・判断(必要な拒絶理由通知を行うことを含む。)がされるべきものといえるから,原告主張の取消事由3は理由がある。
4
結論
以上によれば,
原告主張の取消事由2及び3はいずれも理由があるから,
その

余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。
よって,主文のとおり判決する。

知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官

鶴岡稔彦
裁判官

杉浦正樹
裁判官大西勝滋は,転補のため,署名押印することができない。

裁判長裁判官

鶴岡稔彦
(別紙)

本願明細書の表

【表1】
【表2】
【表3】
【表4】
【表5】
【表6】
【表7】
【表8】
【表9】
【表10】
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