判例検索β > 平成27年(ワ)第10870号
不正競争行為差止等請求事件 不正競争 民事訴訟
事件番号平成27(ワ)10870
事件名不正競争行為差止等請求事件
裁判年月日平成29年8月24日
法廷名大阪地方裁判所
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平成29年8月24日判決言渡

同日原本交付

平成27年(ワ)第10870号
口頭弁論終結日

裁判所書記官

不正競争行為差止等請求事件

平成29年7月11日
判原決告
P1

同訴訟代理人弁護士

被大川伸郎間拓洋村洋平

P2

被告
P3

被告
P4

上記3名訴訟代理人弁護士

本被告
P5

被告
P6

上記2名訴訟代理人弁護士
主野文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

第1
1実及び理由
請求
被告P2,同P3,同P5及び同P6は,自動車を用いた広告又は
宣伝業務を行ってはならない。
2
被告らは,原告に対し,各自2000万円及びこれに対する被告P
2,同P3,同P4及び同P5は平成27年12月2日から,同P6は平成27年12月5日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2

事案の概要

本件は,被告P3が,原告を退職後,被告株式会社P2を設立して原告と競合する事業を行っていることに関連して,両被告のほか,被告P3が原告就職前に稼働していた被告P5,
同被告の代表取締役である被告P6
及び被告P3の原告就職時の身元保証人である被告P4に対して下記の請求をした事案である。



被告P3に対する請求(差止請求についてはa又はbの,損害賠償
請求についてaないしcの選択的請求)
a
雇用契約に基づく事業の差止請求及び雇用契約の債務不履行に基

づく損害賠償請求
b
被告P4を除く被告らが共謀し,原告の営業秘密につき,被告P3
において不正競争防止法2条1項4号,7号の不正競争をしたことを理由とする不正競争防止法3条に基づく事業の差止請求及び同法4条に基づく損害賠償請求
c
被告P3の原告就職から退職後競業に至る一連の行為が不法行為

であることを理由とする不法行為に基づく損害賠償請求


被告P2に対する請求
(損害賠償請求についてa又はbの選択的請
求)
a
被告P4を除く被告らが共謀し,原告の営業秘密につき,被告P2
において不正競争防止法2条1項5号,6号,8号各該当の不正競争をしたことを理由とする不正競争防止法3条に基づく事業の差止請求及び同法4条に基づく損害賠償請求
b
上記①cの被告P3の不法行為を理由とする会社法350条に基
づく損害賠償請求


被告P6に対する請求
(損害賠償請求についてa又はbの選択的請

求)
a
被告P4を除く被告らが共謀し,原告の営業秘密につき,被告P6
において不正競争防止法2条1項4号,7号の不正競争をしたことを理由とする不正競争防止法3条に基づく事業の差止請求及び同法4条に基づく損害賠償請求
b
被告P3の上記①aの債務不履行に加功した不法行為又は上記①
cの不法行為についての共同不法行為に基づく損害賠償請求


被告P5に対する請求
(損害賠償請求についてa又はbの選択的請

求)
a
被告P4を除く被告らが共謀し,原告の営業秘密につき,被告P5
において同項5号,6号,8号各該当の不正競争をしたことを理由とする不正競争防止法3条に基づく事業の差止請求及び同法4条に基づく損害賠償請求
b
上記①cの被告P3の不法行為を理由とする使用者責任に基づく
損害賠償請求


被告P4に対する請求

被告P3の上記①aないし①cのいずれかの損害賠償債務を主たる債務とする保証契約に基づく保証債務履行請求
1
判断の基礎となる事実
(当事者間に争いがない事実又は後掲の各証

拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)
(1)当事者

原告は,商業広告・宣伝カーの製作及び運行等を業とする株式会社
である。なお,原告の関連会社としてP7が設立され,対外的に同社の業務であるような広告宣伝がされているが,
実際の広告・宣伝カーの業務は,
原告のP8部門で行われている(原告代表者)。

被告P3は,
被告P5を自己都合で退職したことを前提に平成24

年7月2日,
原告に入社し,
同年10月31日まで稼働していた者である。
被告P3は,その間,原告の宣伝カーの業務を取り扱うP8部門で稼働していたが,原告退職後,被告P2を設立し,同社の代表取締役を務めている。

被告P2は,
被告P3によって同年11月8日に設立された株式会

社であり,
広告・宣伝カー事業を行っていて,
原告と市場で競合している。

被告P5は,印刷等を業とする株式会社であり,本店所在地に自社
ビルを所有している。

被告P6は,被告P3が被告P5に入社した当時,同被告の専務取
締役を務めていた者であり,
平成27年10月1日からは同被告の代表取
締役を務めている者である。

被告P4は,被告P3の実父である。

(2)広告・宣伝カー事業
原告及び被告P2が営んでいる広告・宣伝カー事業は,依頼のあった顧客の広告宣伝用看板を荷台に設置したトラックを,
当該顧客の需要者が多
い地域内において走行させて当該広告宣伝用看板を需要者に見せ,もって
需要者に対して当該顧客の宣伝広告をするという事業である。
この事業を営むためには,看板を設置したトラックを用意する必要があるほか,そのような宣伝広告を必要とする顧客の情報,さらには各顧客の依頼に応じて広告・宣伝カーを運行するための運行経路の選択についてのノウハウが必要となる。なお,トラック荷台に看板設置をする改造工事を手掛ける業者は複数存在し,原告も被告P2も,外部業者に依頼して改造工事を行っている。
平成24年当時,広告・宣伝カーの事業を営む業者は,全国的にみてもまだ少数であった(原告代表者)。
(3)被告P3が原告に就職し退職するに至る経緯等

平成24年3月頃,被告P5に在職中であった被告P3は,ハロー
ワークで原告の求人募集を見つけて,これに応募した(甲1,2)。イ
同年6月24日,被告P3及び被告P4は,下記条項を含む誓約書
について,被告P3において従業員欄に署名押印し,被告P4において保証人欄に署名押印し,これを原告に提出した(甲4)。

この度,私は貴社に本採用されるに当たり,次の事項を厳守し,かつ履行することを保証人連署のうえ誓約いたします。
8
就業期間中及び退職後も,
社内で知り得た当社の戦略・システム・

情報,また顧客情報等の漏洩は一切しないこと。また漏洩があった場合の責任をもつこと。
13

退職希望時は申請月の翌々月末(2ケ月)を退社日とし文章で

届け後任者に業務引継責任を持つこと。
14

保証人は前各号の事項について保証の責を負う。

同月25日,
被告P3は被告P5に同月30日を退職日とする退職

届を提出し,同日限り,被告P5の従業員としての同社の雇用保険被保険者資格及び厚生年金基金加入資格を喪失した(丙1ないし丙5)。エ
同年7月2日,被告P3は原告に入社し,即日,原告代表者から,業務に用いるパソコンに設定されたパスワードを教わるとともに,広告・宣伝カーの業務に必要な情報すべての開示を受け,主に原告代表者のアシスタント業務に従事した。被告P3の原告入社時,原告従業員のP9が被告P3に対し,原告の雇用条件等の説明をしたが,その際,P9は,原告退職後,被告P3は,広告・宣伝カー事業はもとより,広告事業全般に関与できない旨の説明もした。

被告P3は,原告入社後,同年8月31日,原告の退職を申し出,
同年10月31日,原告を退職した。なお,退職に当たり,被告P3は,原告が用意した退職届に署名押印して事前に提出したが,その退職届には,下記の記載がある(甲5)。

誓約書にある顧客情報・社内システム漏洩に伴う規約は退職後も守ります。

被告P3の原告在職期間は約4か月であるが,被告P3の原告にお
ける前任者,さらにその前々任者も,被告P3同様に短期間で原告を退職していた(原告代表者)。
(4)被告P3の原告退職後の行為

平成24年11月8日,被告P3は,被告P5の所在する,同被告
所有の建物の一室を賃借し,同所を本店所在地として,広告事業を営むことを目的とする被告P2を設立した(甲6,甲7,丙6,丙7)。イ
被告P2は,同年12月頃から,改造した軽四トラック1台を用い
て,P7と同じ広告・宣伝カー事業を開始した。

原告は,平成25年3月13日,被告P3宛に,下記記載のある書
面を送付した(甲10)。

「当社と貴殿との間にて取り交わした入社時の誓約書に
「就業期間中及
び退職後も,社内で知りえた当社の戦略・システム・情報,また顧客情報等の漏洩は一切しないこと。また漏洩があった場合の責任をもつこと。」という契約があります。
しかしながら,貴殿は当社で知りえた情報を元に現在,営業活動を行っている事実が発覚しており,貴殿も事実を認めております。」

その後,被告P2は,
広告・宣伝カー事業用に1.5トントラック,

さらに2トンロングのトラックを購入して,事業規模を拡大していった。ただし,そのトラックの運転は,被告P3が主に行い,ときに被告P3の実父である被告P4が手伝い,
さらに単発的に外部の運転手に依頼して行
うことがある(被告P3)。

原告は,平成27年10月30日,本件訴訟を提起した。

2
争点

(1)被告P3の雇用契約上の義務違反の有無
(2)別紙営業秘密目録記載の各情報が,営業秘密に該当するか。(3)被告P4を除く被告らによる別紙営業秘密目録記載の各情報についてなした不正競争行為の成否
(4)被告P3の不法行為等の成否
(5)原告の受けた損害
第3

争点についての当事者の主張

(1)被告P3の雇用契約上の義務違反の有無
(原告の主張)

原告では,P8部門に従事する従業員との雇用契約において,業務
上知り得た情報は,就業中はもちろん,退職後も漏えいしてはならないこと,原告退職後,同じ業種に就くことも禁止する旨告知し,これに同意を求めている。

被告P3の入社の際も,原告担当者P9が,被告P3に雇用契約の内容及び誓約書の記載内容を説明して確認を得,
同被告から誓約書を徴求
している。そして被告P3の退職時にも,同様に,同業種に従事することはできない旨を告げたところ,被告P3はこれを了解したから,被告P3は,原告との雇用契約上の義務として,原告退職後も,業務上知り得た情報,すなわち原告の顧客情報,運営戦略・運営システム,運営情報,広告・宣伝カーの設計情報を漏えいせず,使用せず,さらには退職後に同種の事業を営まない旨の競業避止義務を負っている。

しかるに被告P3は,
原告を退職した僅か8日後である平成24年

11月8日に被告P2を設立し,原告の上記各種情報を被告P2及び被告P5に漏えいして,両被告の業務に供して使用するとともに,原告と同種の事業を営んで競業しているものであるから,
これは被告P3の負う上記
雇用契約上の義務に違反するものであり,債務不履行を構成する。エ
以上より,原告は,被告P3に対し,上記雇用契約に基づき被告P
3のする競業行為となる事業の差止めを求めるとともに,上記雇用契約の債務不履行に基づき損害賠償を求め,
また被告P3と共謀し被告P3の債
務不履行に加功した被告P6に対し,
不法行為に基づき損害賠償を求める。
(被告P3,被告P6及び被告P4の主張)
原告の主張は否認する。
被告P3が原告入社時の誓約書にて誓約したのは
「社内で知り得た当社
の戦略・システム・情報,また,顧客情報等の漏洩」をしないことのみであり,退職届では,同誓約書に記載した内容を遵守することのみを繰り返しているだけである。
被告P3は,原告入社時も退社に際しても,原告退社後に同種の事業を営まない旨の競業避止義務の合意はしていないし,
原告主張に係る無限定
の競業避止義務を負うような合意は公序良俗に反し無効である。
また被告P3は,上記義務に反する行為はしていない。
(2)別紙営業秘密目録記載の各情報が,営業秘密に該当するか。(原告の主張)
原告は,別紙営業秘密目録記載の各情報を保有しているところ,以下のとおり,これら情報は営業秘密に該当する。

別紙営業秘密目録記載1の顧客情報(以下「本件営業秘密1」とい
うことがある。)について
これらの情報は,
原告代表者とP8部門担当者1名のみがアクセスでき
る原告内のP8部門専用として管理使用されているパソコンの外付けハードディスク内に「宣伝カー運行データ」として保存され,パスワード設定をして秘密として管理されている。
これらの情報は非公知であるとともに,同種営業を行うために有益な情報である。

別紙営業秘密目録記載2の運営戦略・運営システム・運営情報(以
下「本件営業秘密2」ということがある。
)について
これら情報は,上記アの「宣伝カー運行データ」の中に蓄積され,上記アの顧客情報と同様の管理がされており,また,これらに基づいて作成された業務マニュアルとして
「宣伝カーP8業務手引書」
(70ページ)も,
上記アの顧客情報と同様の管理がされている。
これらの情報は,非公知であるとともに,同種営業を行うために有益な情報である。

別紙営業秘密目録記載3の広告・宣伝カーの設計情報(以下「本件
営業秘密3」ということがある。)について
広告・宣伝カーの設計情報は,
「車両管理表」の電子データとして上記
アの顧客情報と同様の管理がされており,
車両の改造を依頼する工場にも
守秘義務を課して使用している。
これらの設計情報は,
原告の代表者が長年の経験で生み出した情報であ
り非公知であるとともに,看板交換の際の着脱の容易化を実現し,高速道路での走行も可能にした強度面,重量面,コスト面のいずれの観点からも有用な情報であり,
またこの情報のおかげで改造をした状態でナンバーの
取得が可能になったものである。
(被告らの主張)
本件営業秘密の秘密管理性,有用性,非公知性はいずれも争う。

本件営業秘密1について

アドトラックを利用する顧客に関する情報は,そもそも,秘密として管理しえない情報である。
いかなる会社がアドトラックを利用する顧客とな
るのかは,走行している車を見れば一目瞭然であるし,原告を含む他社のウェブサイトには,自らのさらなる宣伝活動のため,如何なる業界がアドトラックを利用しているかを,積極的に宣伝している。そして,例えば,アドトラックを積極的に活用しているパチンコ業界を例に取れば,パチン
コ業界のポータルサイトをみれば,
地域ごとの店舗一覧情報を入手できる。

本件営業秘密2について

原告主張に係る情報は,
原告において勤務する従業員であれば自然と身
に就くスキルの類にすぎないから,営業秘密とはいえない。また,運行ルート,運行マップ,宣伝の音声情報などの運営情報は,公道を走行する広告・宣伝カーが運行時に公にしているものであって,その性質上,秘密情報に該当しない。

本件営業秘密3について

アルミ複合板の脱着が可能であるとの点は,
外部からも確認が可能な一
つのアイデアにすぎず,秘密管理性がない。
また,3ミリメートル及び5ミリメートルのアルミ複合板は,広告業界では一般的に利用されている素材及び厚さであり,
アルミ複合板の継ぎ目
を補強するアイデア自体も極めて一般的に採用されているアイデアであって,これらの情報に非公知性及び有用性はない。
(3)被告P4を除く被告らによる別紙営業秘密目録記載の各情報についてなした不正競争行為の成否
(原告の主張)
被告P4を除く被告らにおいて共謀の上,被告P3において,平成24年10月1日午前2時57分頃,本件営業秘密1,2が蓄積された「宣伝カーP8業務手引書」
と題する電子データの一部をコピーして持ち帰るな
ど,
不正な手段により営業秘密を取得してこれを被告P2及び被告P5に開示するとともに使用し(不正競争防止法2条1項4号),被告P2及び被告P5もこれを不正に取得された営業秘密であると知り又は容易に認識可能であるにもかかわらず,これを使用し(同項5号,6号),被告P3が原告在職中に触れることができた原告の運営戦略,
運営システム及び
運営情報や顧客情報のほか,原告の広告・宣伝カーの看板ベースの構造などの営業秘密を不当な目的で侵害して被告P2及び被告P5に開示するとともに使用し(同項7号),被告P2及び被告P5は不正開示行為であることを知り又は容易に認識可能であるにもかかわらず,
これを使用して
原告と競業する広告・宣伝カー事業を営んでいる(同項8号)。
(被告らの主張)
被告P4を除く被告らは,原告主張に係る不正競争をしていない。ア
被告P3は,平成24年10月1日午前2時57分頃,宣伝カーP
8業務手引書の一部をスキャンする行為はしていないし,
これを持ち帰っ
てもいない。午前2時過ぎまで会社に残っていたことも,その頃に会社に立ち入ったこともない。

被告P3は,原告の運営戦略,運営システム及び運営情報を持ち出
しておらず,不正な利益を得る目的で開示していない。
原告のいう運営情報等は,
原告に勤務する従業員であれば自然と身に付
く類のものであり,また,運営情報の一部である運行ルート等は,公道を走るアドトラックにて容易に入手できる情報であるから,
仮に被告P3が
これらの情報を活用していたとしても,営業秘密の侵奪にはならない。ウ
被告P3は,インターネット等で入手できる情報を元にして,営業
活動を行っているにすぎないのであって,
原告の顧客情報を持ち出したり,
使用したりしていない。

被告P3は,広告・宣伝カーの製作を外注しており,その際,当該
業者にアルミ複合板の脱着を可能にしたいと申し向けているが,
その脱着
のためにいかなる仕様にするのか等,細かい指示はしていない。
そもそも被告P2が保有するトラックは,軽トラック,1.5トントラック及び2トントラックであるが,そのうち1.5トントラック及び2トントラックの看板の構造は,
原告が営業秘密と主張する看板の構造と異な
るものである。
(4)被告P3の不法行為等の成否
(原告の主張)

被告P3は,被告P6と共謀の上,原告に入社して広告・宣伝カー
事業の顧客情報,広告・設計情報,運営戦略・運営システム,運営情報を持ち出すことを計画し,
被告P5を退職するものではないのに退職するか
のように事実と異なる説明をして原告に就職し,
もって各種情報を取得し
た上,短期間で原告を退職した。そして,被告P6が後に代表取締役を務めることになる被告P5と同じ建物を本店所在地として被告P2を設立し,原告から取得した上記情報を広告・宣伝カー事業に使用して原告と競業している。

共謀してなされた被告P3及び被告P6の上記行為は,それぞれ不
法行為を構成するので,両被告に対しては共同不法行為に基づき,被告P3が代表取締役を務める被告P2に対しては会社法350条に基づき,被
告P3を雇用し続けていた被告P5に対しては民法715条に基づき損害賠償を請求する。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
被告P3は,原告入社に当たり,被告P5を退職しており,被告P5の従業員ではない。
被告P3が短期間で原告を退職したのは,
原告の職場環境が想定してい
た環境とは大きく乖離していたからであり,
原告から各種情報を取得する
ことを目的として原告に就職したのではない。
そして被告P3は,かねてから起業を考えていたことから,適当な部屋が空いていた被告P5の所有建物の一室を借り受けて被告P2を設立しただけであり,通常の賃貸借契約であって,被告P6あるいは被告P5との間で何らかの共謀があるわけではない。
被告P3は,自分の経験を活かして起業しているだけであり,その行為を不法行為という余地はない。
(5)原告の受けた損害
(原告の主張)
被告P3が退社した平成25年から平成27年10月に至るまでの原告の売上げは,
年平均,
月平均ともに,
過去3年間の売上に比して約40%
落ち込んでおり,
被告らの行為によって原告に生じた損害は2000万円
を下らない。
(被告らの主張)
原告の主張は争う。
第3
1
当裁判所の判断
争点1(被告P3の雇用契約上の義務違反の有無)について

(1)原告は,被告P3が原告との間で,原告退職後に原告と同種の事業を営んではいけない旨,すなわち,競業避止義務を負う旨主張する。確かに,原告入社時にP9がその趣旨の説明を被告P3にしたことは,上記第2の1(3)エ認定のとおりであり,その説明をした証人P9は,被告P3がその説明を了解して合意したように証言をしており,
また合意し
たことを争う被告P3においてすら,
P9がその旨説明したことを認める
供述をするとともに,
積極的に同意しない旨をその場で明らかにしたわけ
ではないことも供述している。その上,被告P3はP9の説明をそのまま受け入れた様に受け取られかねない態度であったこともうかがえるところである。
しかしながら,P9の上記説明は,原告入社に際して被告P3に誓約書への署名押印を求める際にされたというのであるが,誓約書には,競業避止義務に関連する規定としては8項に「就業期間中及び退職後も,社内で知り得た当社の戦略・システム・情報,また顧客情報等の漏洩は一切しないこと。また漏洩があった場合の責任をもつこと。」(上記第2の1(3)イ)とあるだけであって,口頭で説明したという競業避止義務に関する記載そのものがあるわけではない。
この点,原告は,上記誓約書の8項は,被告P3が原告勤務中知り得た顧客情報,運営戦略・運営システム・運営情報,広告・宣伝カーの設計情報等を使用して同種の事業を営むことを禁止する趣旨を包含している旨主張する。この原告の主張は,原告と同種事業を営むに必要な情報すべてが漏えい禁止の対象である以上,同種の事業を営むこと自体も禁止されるというものと理解できるが,
原告のする事業が同業者もない全く独自のも
のというならともかく,原告代表者の供述によっても,同種の事業を営む事業者は存したというのであるから,上記誓約書の8項から同種事業を営むことを禁止する趣旨が包含されていると解することはできない。したがって,
上記のような退職後の競業避止義務についての口頭の説明
と,それに対する不明確な応答しかないというのであるから,これにより競業避止義務に関する合意がなされたと認めることはできない(なお,仮に合意がされたとしても,
退職金等の補償措置もなければ期間も範囲も無
限定の合意は,そもそも有効と認める余地がないものである。)。(2)そこで被告P3が,原告退職後に原告に対して負う義務としては,上記誓約書の8項にいう情報の漏えい禁止が問題となるが,原告退職に際して作成提出した退職届にも,「誓約書にある顧客情報・社内システム漏洩に伴う規約は退職後も守ります。」との記載があるから(上記第2の1(3)オ),被告P3は,原告退社後も,原告との間で「戦略・システム・情報,また顧客情報等」を漏えいしてはならない義務を負ったものということができる。
ただ,ここに掲げられた「戦略・システム・情報,また顧客情報等」は,その内容が具体的に定義されておらず,その外延も明らかなものではないから,字義通り解釈するならば,原告における事業活動に関する情報全般を包含するものとなってしまうものであるが,それでは,被告P3が原告で稼働中に得た労働者としての個人的な知識経験さえも,
漏えい禁止の対
象になりかねず,その結果,退職後の競業避止義務を負わせるのと同じになって相当でないことは上記(1)で説示したところと同様である。しかし,対象となる情報が法的保護に値する情報であるのなら,退職後もその漏えいを禁止するという秘密保持義務を課することは合理的であり有効と解されるべきであるから,
この誓約書の規定に基づき被告P3が
負うべき漏えい禁止の対象となる情報については,
合意を有効となるよう
合理的範囲に限定すべきであり,したがって,そこで例示された「戦略・システム・情報,また顧客情報等」は,不正競争防止法上の営業秘密に相当する情報をいうものと限定的に解するのが相当である。
(3)したがって,原告のいう雇用契約の債務不履行については,競業避止義務については,
そもそも被告P3が競業避止義務を負っているものと
認められないから,その違反による債務不履行があるとはいえないし,秘密保持義務違反については,結局のところ,営業秘密に関連した不正競争の成否の問題と同じことになり,後記2で検討するとおり,その違反を認めることはできないから,この点でも被告P3の雇用契約の債務不履行は認めることはできないということになる。
2
争点2
(別紙営業秘密目録記載の各情報が,
営業秘密に該当するか。


及び争点3
(被告P4を除く被告らによる別紙営業秘密目録記載の各情報
についてなした不正競争行為の成否)について
(1)原告は,別紙営業秘密目録記載の各情報が,営業秘密である旨主張し(争点2),被告P3により不正な手段で取得され,これが被告P4を除く被告らに開示され,あるいは使用されている旨主張する(争点3)が,以下のとおり,本件営業秘密1及び同2については,被告P3が原告主張に係る情報を不正に取得した事実は認められないし,
またその情報を使用し
た事実も認められず,本件営業秘密3については,そもそも営業秘密であることを認めることができない。
(2)被告P3による電子データの持ち帰り行為について
原告は,被告P3が,平成24年10月1日午前2時57分頃,本件営業秘密1及び同2が蓄積された「宣伝カーP8業務手引書」と題する電子データの一部をコピーして持ち帰ったと主張する。
確かに証拠(甲9)によれば,原告の事務所内のパソコンに保存されているデータの内の「宣伝カーP8業務手引書」中のファイルの一つに,原告主張に係る日時に何らかの操作を加えられた痕跡がある点が認められる。
しかし,原告指摘に係るファイルのデータが,そもそも何であるのか明らかにされていない点をおいても,原告指摘に係る点だけでは,当該ファイルに何らかの操作が加えられ,その最終更新の保存日が指摘の日時であるということが分かるだけであって,
これから被告P3の不正持ち出しを
推認できるわけではない。そして,そもそも不正に持ち出すのであれば,データを適当な外部記憶媒体にコピーすれば足りるだけのことであって,そこで原告主張に係るようなデータの更新が起きることは考えられないから,
原告主張に係るファイルの最終更新日が不自然な深夜になっているからといって,
被告P3が原告主張に係るファイルのデータを不正にコピ
ーなどして取得した事実を認定することはできない。
(3)本件営業秘密1及び同2の不正取得及び使用の事実についてア
本件営業秘密1について

原告は,原告の139事業所に及ぶ顧客についての商圏及び客層,来客数,各顧客の売上高及び広告・宣伝費の予算規模,他に利用している広告媒体及びその価格の効果などの営業に関する詳細情報を,
営業秘密だと主
張するところ,
これらが営業秘密と判断できるほどに具体的に特定されて
いるか否かの点をさておき,
被告P3がそれら情報を不正に取得したこと
を認めるに足りる証拠はもとより,被告らの事業において,それらの情報が使用されていることを認めるに足りる証拠もない。
原告は,被告らが顧客情報を使用したことを裏付ける事実として,本件営業秘密1に含まれる原告の顧客に対して営業行為を行ったことを主張するが,原告が,具体的営業行為を立証できているのは,匿名の取引先を含め4取引先だけである(甲14)。
そして,
この4取引先に対する被告P3の営業行為を認定できるとして
も,そこでした営業というのは,原告より安い料金で仕事を引き受けるなどという取引勧誘程度のことであって,これでは退職従業員が,退職後に従来の知識経験を活かして退職した会社の取引先を訪れて営業活動をしているのと何ら変わりはない。すなわち,これでは退職後の競業行為を問題にできるとしても,これから原告が主張するような詳細な営業情報の使用を推認することはできないし,もとより不正取得の事実を推認することもできない。

本件営業秘密2について

原告は,本件営業秘密2を,P8部門専用として管理使用されているパソコンの外付けハードディスク内に保存された「宣伝カー運行データ」の中に蓄積しているということであるが,これを被告P3がコピー等をして取得した事実が認められないことは上記(2)で認定判断したところと同じであり,そのほか不正に取得した事実を認めるに足りる証拠はない。また,それら情報は,本件において営業秘密性を判断し得る程度に十分特定できているか否かの点をさておき,広告・宣伝カー事業を営むための経営ノウハウの類のようなものと考えられるが,少なくとも,被告P2において,
それらの情報が使用されていることを認めるに足りる証拠もない
(原告代表者は,複数の取引先から,被告P3が原告作成の運行マップの情報を持って営業に来たり,
電話番号が公表されていない取引先の携帯電
話に営業の電話をかけてきたりしたと聞いたと供述するが,その裏付けとなる証拠はなく採用できない。)。
そもそも,
原告主張に係るような内容の情報のうち,
とりわけ運営戦略・
運営システムにかかわる情報は,稼働している従業員が自然と習得するスキルと区別することは困難なはずであって,原告の主張は,退職後の被告P3が競業していることを非難しているのと何ら変わりはないとさえいい得るところである。
(4)本件営業秘密3(広告・宣伝カーの設計情報)の営業秘密性について
原告は,広告・宣伝カーの設計情報が営業秘密であると主張し,これを「車両管理表」の電子データとして,アクセス制限のあるコンピューターにおいてパスワード設定をして秘密として管理している旨主張する。しかし,別紙営業秘密目録添付の別紙図面1及び同2によれば,使用されるアルミ複合材,あるいは鉄板の厚み以外は,すべて外部から認識できる形状に関する情報にすぎず,この情報に基づいて製作された看板が,広告・宣伝カーに積載され,当該車両が公道を走行して使用されるというのであり,また原告が営業秘密であるとする看板のスライド構造も,外部から認識できる構造であるから,結局,それらの情報の限度で公知化することが避けられず,秘密管理の対象となり得ないというべきである。また,アルミ複合板及び鉄板について,その使用材であるとか,その厚さについては,広告・宣伝カーの改造を手掛ける業者が複数存在する中,その使用材あるいはその厚さの選択が特別なものであることを認めるに足りる証拠はない。
そのほか原告は,看板の構造に関連して,特定の接着剤,板と板を合わせるための継板,
その継板の設置バランスによる特殊な加工が営業秘密で
あると主張するが,その秘密の内容が特定しているとは言い難いし,またこれを被告P2が保有する車両で使用されている事実を認めるに足りる証拠もないから,結局,原告主張に係る広告・宣伝カーの設計情報は,営業秘密たり得ないし,使用の事実も認められないものというほかない。3
争点4(被告P3の不法行為等の成否)について

(1)原告は,被告P3が原告を短期間で退社した後,被告P2を設立して原告と競業している一連の行為について,これらが原告から広告・宣伝カーの事業ノウハウ取得するために予め計画された被告P3,
被告P6が
共謀してなした行為であって,不法行為を構成する旨主張する。
(2)上記第2の1(3),(4)の各事実に加え,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,
被告P3の原告への入退社から被告P2を設立して原告と
競業するに至る経緯は以下のとおりである。

被告P3は,平成6年にデザインの専門学校を卒業した後,複数の
デザインないし広告関係の会社
(平成10年4月から平成14年4月まで
の間,同年6月から平成15年12月までの間,平成16年1月から平成22年10月までの間)においてデザイナー等としての勤務経験を経て,平成23年5月に被告P5に入社し,
同被告においてもデザイナー等の業
務に従事していた(甲2の2)。

被告P3は,被告P5に在職中であった平成24年3月頃,ハロー
ワークに出されている原告の求人に応募し,同年6月25日,被告P5に対して同月30日を退職日とする退職届を提出して退職の手続をとり,同
年7月2日,試用期間を3か月として原告に入社して,同日から,原告代表者のアシスタント業務を中心に,広告・宣伝カーの業務に従事するようになった。

被告P3は,同年8月31日,原告の退職を申し出たが,誓約書の
13条の規定に従って,
残り2か月の稼働を求められ,
同年10月31日,
原告を退職した。

被告P3は,それまでの蓄えを資金として同年11月8日,被告P
5の所在する,同被告所有の建物の一室を月額賃料2万円で賃借し,同所を本店所在地として被告P2を設立した。なお,同室は,更衣室に使われていた冷暖房設備のない一坪ほどの部屋であり,被告P2は,賃料を数か月単位でまとめて被告P5に支払うなどしている。

被告P3は,その後,事業に用いる軽四トラックの準備を始め,同
年12月頃から,
自ら営業活動するとともに運転手を兼ねて改造した軽四
トラック1台を用いた,広告・宣伝カー事業を開始した。

原告は,
平成25年3月13日,
被告P3宛に,
同被告が営む広告・

宣伝カー事業が,
誓約書に基づく原告の合意に違反するものであると警告
する内容の書面を送付した。

本件訴訟は,
平成27年10月30日に提起されたが,
被告P2は,

上記カからそれまでの間に,
広告・宣伝カー事業用に1.5トントラック,
さらに2トンロングのトラックを購入して,
事業規模を拡大していってい
た。ただし,そのトラックの運転は,被告P3が主に行っており,ときに被告P3の実父である被告P4が手伝うことがある。
(3)以上に基づき検討すると,確かに被告P3は,独立して事業を営んだ経験もない者であるのに,原告において広告・宣伝カー事業に短期間従事した後,
退職後,
直ちに会社を設立して原告と競業しているものであり,
しかも会社を設立して事務所を置いているのが,
原告入社前に在職してい
た被告P5の住所地でもある,その所有建物であるというのであるから,被告P3の行動が,原告と競業する広告・宣伝カー事業を営むことを予め計画し,その事業ノウハウを原告から取得するために,被告P5ないし被告P6と共謀されたものであるとの疑いを生じさせるものであるといえる。
しかしながら,被告P3が原告に入社できたのは,ハローワークに出された原告の求人がきっかけというのであるから,
偶然的要素が大きいこと
は明らかであり,
その一点だけでも被告P3に何らかの具体的計画があっ
て一連の行動がなされたと考えるのは不合理である。
被告P3と,被告P6ないし被告P5との関係についてみても,被告P3と被告P6が旧来からの友人であったことを認めるに足りる証拠はないし,被告P5と被告P2の事務室の賃貸借契約も,そもそも借り受けた部屋が,
被告P3の事務作業のための最低限のスペースを確保しているだ
けと思われ,賃料も低額であることからすると,数か月単位でまとめて支払をするなど一般的でない処理をされていることも全く不自然,
不合理で
あると断定することはできず,いずれにせよ,これが被告P3と被告P6ないし被告P5との特別の関係を推認させる事情になるとはいえない(な
お原告は,
被告P3と被告P6ないし被告P5との間に特別な関係があっ
て,これらの被告らがそれを隠しているように主張するが,被告らにそのような意図があるのなら,被告P2の登記簿上の本店所在地のみならず,実際の事務所が被告P5と同じ建物の一室に置かれるはずがなく,原告の
主張は,この点でも根拠のないものといわなければならない。)。被告P3が原告を短期間で退社した点についてみても,
原告における被
告P3の前任者,前々任者とも短期間で退職したという事実がある以上,被告P3においても,入社後,短期間で退職を考え始めたとする供述に不自然な点があるとはいえず,
これを予め計画されていた行動と推認する事
情とはできない。また被告P3は,原告退職後,直ちに被告P2を設立しているが,事業開始はそれに遅れているわけであるし,広告・宣伝カー事業を営む事業者がまだ少数でこれからの市場規模の拡大が望める以上,被
告P3が,かねてから独立して事業をすることを考えていたものであり,また当面の資金もあるのなら,
原告での経験を活かして,
被告P2として,
その事業を始めようとしたことも自然のことといえる。
そうすると,本件においては,結局,被告P3が原告を退職したばかりであったことから,
退職従業員による競業であるという点が問題となり得
るが,
被告P3が原告主張に係る競業避止義務を負っているものでないことは上記1で認定したとおりであるし,また被告P3は,原告の営業秘密に係る情報を用いたり,
その信用をおとしめたりするなどの不当な方法で
営業活動を行ったものではないし,加えて,被告P3が原告の取引先に営業をした事実が認められるものの,
これにより原告と上記取引先との自由
な取引が阻害された事情はうかがわれない以上,
本件に現れたその他の事
実関係を斟酌したとしても,
被告P3の行為をもって自由競争の範囲を逸
脱したものとはいえないから,
これが原告に対する不法行為になるとは認
められない。
(4)したがって,被告P3の不法行為を前提とする,被告P6の不法行為責任,被告P5の使用者責任,被告P2の会社法350条に基づく責任をいう原告主張はすべて採用できない。
4
以上によれば,原告の被告らに対する請求は,その余の点につき判
断するまでもなくすべて理由がないことは明らかであるから,
原告の請求
はいずれも棄却することとし,
訴訟費用の負担について民事訴訟法61条
を適用して,主文のとおり判決する。

大阪地方裁判所第21民事部

裁判長裁判官

森崎英二
裁判官

野上誠一
裁判官

大川潤子
(別紙営業秘密目録及び同目録に関する別紙すべて掲載省略)

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