判例検索β > 平成28年(わ)第142号
強盗殺人、窃盗
事件番号平成28(わ)142
事件名強盗殺人,窃盗
裁判年月日平成29年9月26日
法廷名広島地方裁判所
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主文
被告人を無期懲役に処する
未決勾留日数中360日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
第1

被告人は,株式を購入するための借入金名目で現金をだまし取ろうと企て,平成27年5月上旬頃,広島市a区bc丁目d番e号f号室当時のA(以下「被害者」という。
)方(以下,同所を「被害者方」という。
)において,被
害者(当時24歳)に対し,真実は株式を購入して,それによって得た利益を加えて返済する意思はなく,被害者から受け取る現金は借金返済や生活費等の自己の用途に費消する意思であるのにその情を秘し,株式を買うから100万円を貸してほしい,利益が出れば被害者にも利益を渡す旨うそを言って,被害者にその旨誤信させ,よって,同月21日から同月25日までの間に,被害者方において,被害者から現金100万円の交付を受け,もって人を欺いて財物を交付させた。

第2

被告人は,架空の事業に被害者を雇って給料やボーナスを払う旨被害者にうそを言って,被害者をその旨信じさせていたが,被害者から給料やボーナスを支払うように繰り返し請求されるようになると,それらの請求や前記のとおりだまし取った現金100万円の返済を免れるとともに,被害者が所有している現金を強取するため,被害者に多量の薬物を服用させるなどして被害者を衰弱させ,場合によっては被害者が死亡してもかまわないと考え,あえて,同年6月21日から同月23日午前10時30分頃までの間に,被害者方において,被害者に,複数回に分けて抗うつ剤,睡眠薬及び殺そ剤を多量に服用させ,かつ,インスリン製剤を複数回注射した。そして,更に被害者に死んでもらいたいと考え,同月23日午前10時30分頃,これらの薬物の影響により意識もうろうの状態に陥った被害者を浴槽内に入れて湯を張
り,その鼻口部を水没状態にした。よって,同日午前11時頃,被害者方において,被害者をこれらの薬物の影響による薬物中毒又は前記水没状態にしたことによる窒息により殺害し,前記100万円の返済を免れて,財産上の不法の利益を得るとともに,被害者所有の現金9万円を強取した。(事実認定の補足説明)
第1

争点
本件の争点は,

1
第1の詐欺について,被告人が被害者から現金100万円の交付を受けたことは争いがなく証拠上も明らかであるところ,①被告人が,現金100万円を被害者から受け取るより前に,100万円を交付させるようなうそをついたか否か(欺罔行為の有無)


2
第2の強盗殺人については,被告人が,被害者に抗うつ剤,睡眠薬及び殺そ剤を服用させ,インスリン製剤を注射し(以下,これらの一連の行為を「薬物投与」という。,さらに被害者を浴槽に入れて湯を張り,薬物中毒又)
は窒息により死亡させたこと,それから被告人が被害者の財布から現金9万円を持ち去ったことは,争いがなく証拠上も認められるところ,②被告人が薬物投与を開始した時点で,被害者に対する殺意があったか否か(殺意の発生時期)
,③被告人の現金9万円の持ち去りが,強盗行為となるのか窃盗行為となるのか(現金強取の故意の有無)

の①から③の3点である。
本件では,被害者は死亡しており,その全容を語れるのは被告人しかいないところ,検察官は,捜査段階の被告人の自白供述は,他の証拠にも整合する信用できるものであると主張する。すなわち,被告人の自白供述によれば,①被告人は,平成27年5月上旬頃,現金をだまし取る意図で株式購入を装って「100万と利益を返すから」などと言った,②薬物投与時点で,被害者に対する殺意があった,③被告人には薬物投与により被害者を殺して金を
奪う意図があったから,被害者の現金9万円を持ち去ったことは強盗行為に当たる旨主張する。
これに対し,弁護人は,捜査段階の被告人の自白供述は信用できないとし,①被告人は,被害者から現金を受け取る前に「100万と利益を返すから。」
などとと言ったことはなく,詐欺の公訴事実記載の実行行為は存在しない,②被告人に殺意が生じたのは,被害者を浴槽に入れて湯を張った後,被害者の頭がふらふらしているのを見て,溺死の危険性を認識した時点であるが,被害者の死因が薬物中毒である可能性も否定できない以上,検察官の主張する強盗殺人罪は成立しない,③被告人に被害者の財布内の現金を持ち去る意思が生じたのは被害者方を去ろうとした時点であるから,強盗行為ではなく窃盗行為に当たるにすぎない旨主張する。
第2
1
当裁判所の判断
争点判断の前提となる事実について
まず,法廷で取り調べた証拠や被告人の公判での供述によれば,次の事実があったことは間違いなく認められる。
20代の頃にガス壊疽により右足を失った被告人は,平成22年8月頃,広島県三次市内の病院に入院していた際に,同じ病院に入院していた大学生の被害者と知り合った。被告人は,無職であったが,被害者に対しては,自分はインターネットで仕入れをして販売する事業をしている旨うそを言って,見栄を張っていた。被害者は,被告人よりも先に退院したが,その後も入院中の被告人を見舞いに行ったりして交友関係が続いた。
被害者は,平成26年4月頃から被害者方に住むようになったが,その頃から被告人も被害者方を訪れるようになった。また,被害者が平成27年(以下,断りのない限り同年)3月に当時アルバイトをしていたガソリンスタンドの閉鎖に伴い仕事を失うと,その頃から,被告人は,被告人の事業に被害者を雇い,被害者には毎月25日払いで月給約30万円の給料
を出す,ボーナスを出す,自動車のシーマをやる,などといううその話をするようになった。被害者は,その被告人のうそを信じ,4月から知人に家電の購入を勧めるなどし始めた。しかし,被告人は,障がい者年金しか収入がなく,多額の借金を抱えており,4月25日になっても被害者に給料を支払わなかった。
被告人は,株についての知識が全くなく,株を買ったこともなかったが,5月上旬頃から,被害者に対し,ドルが上がっているから家電製品の2社か3社の株が上がっている,自分は10パーから20パーの利益が上がっている,などといううそを言い,被害者に中国新聞や日本経済新聞の株価欄を見せることもあった。
3月20日,被害者が使用する株式会社ゆうちょ銀行の口座に国債等元利金として約300万円が振り込まれた。5月10日に同口座残高はマイナスとなり,同日以降,借入金が発生していたものの,5月21日,現金100万円を引き出して更に借入金を増大させた。そして,被害者は,同日から5月25日までの間に,被害者方でその現金100万円を被告人に渡したが,被告人としてはその現金で株を買うつもりはなく,自らの借金返済や生活費等に使うつもりであり,返済するあてもなかった。その後,被害者は,友人に対し,
「社長がまあとりあえず今日給料30と、株買うけ
ママ
んって100貸して株1口50万万が2口買えるじゃん?ほんで1口の利益が20あるらしく、2口で40かつその140は今月は丸々俺にくれるんだと(中略)来月以降140の半額はくれるらしいし」という内容のLINEメッセージを送信した。
被告人は,5月のゴールデンウィークが終わった後,糖尿病患者の知人宅を訪れ,その知人にインスリンをくれないかと頼んだ。そして,それから一,二週間後,被告人は,その知人からインスリン製剤が300単位入っているランタス注ソロスター(以下「ランタス」という。
)を受け取った。

また,被告人は,5月23日以降,携帯電話やパソコンで睡眠薬自殺,致死量,インシュリン,ランタス注ソロスターなどというタイトルのインターネットサイトを閲覧したが,その中にはインスリンが低血糖を引き起こして重篤な転帰(死亡等)となるおそれがある旨の記載のあるものもあった。
被告人は,5月25日の給料日が来ても給料を支払わなかったため,被害者から給料の支払を繰り返し催促された。その要求に苦慮した被告人は,5月27日,被害者の給料として,被害者から受け取った現金100万円の中から30万円を被害者が使用する銀行口座に振り込んだ。
被告人は,6月2日から6日にかけて,被害者に対し,被告人が処方されていた抗うつ薬の「デジレル」
(以下「デジレル」という。その副作用と
しては,眠気,めまい,ふらつき,心臓に関する異常や言語反応の欠如,急性の脳機能障害等が挙げられる。,睡眠薬の「ロヒプノール」

(以下「ロ
ヒプノール」という。その副作用としては,ふらつき,眠気,けん怠感,頭痛,おう吐,血圧低下や呼吸抑制等が挙げられる。
)及び睡眠薬の「レン
ドルミン」
(以下「レンドルミン」という。その副作用としては,呼吸抑制,眠気,ふらつき,めまい,けん怠感等が挙げられる。
)を複数回にわたり服
用させ,ランタスも複数回にわたり注射したが,被害者の体調に大きな変化は見られなかった。
被告人は,被害者に対し,ボーナスとして600万円を払う旨うそを言っていたため,6月上旬頃には被害者から繰り返しそのボーナスを支払うように要求された。被害者は,6月8日には,
「俺も100貸してる訳です
し筋が通らん訳じゃないでしょうか?」という内容のメールを被告人に送信した。そのため,被告人は,東京にいる社長が小切手を持って被害者方に行ったが被害者が不在であったなどといううそをついて,その支払を先延ばしにしていた。

被告人は,被害者に服用させるために,6月14日,広島県東広島市内にあるドラッグストアで,殺そ剤「デスモアA」
(以下「殺そ剤」という。

を購入した上,6月18日には広島駅ビル内にあるドラッグストアで空カプセルを購入した。また,被告人は,6月中旬頃にも被害者にデジレル,ロヒプノール及びレンドルミンを服用させるなどしたが,被害者の体調に大きな変化は見られなかった。
被告人は,6月19日,ボーナスの一部などとして被害者に現金40万円を渡した。
被告人は,デジレル,ロヒプノール,レンドルミン,殺そ剤と空のカプセル,ランタスを持って,6月21日午後6時59分頃に被害者方を訪れた。そして,それ以降,6月23日午前10時30分頃までの間に,被害者に対し,多量のデジレル,ロヒプノール,レンドルミン,カプセル入りの殺そ剤を服用させ,ランタスを複数回にわたり注射した(なお,ペントバルビタールを含有する薬物等が被害者の体内に摂取されたものと認められるが,それがラボナ錠とは特定できないし,摂取経緯も不明である。。)
その間,被害者は,被告人が被害者方に来た直後の6月21日午後7時台に2回,短時間外出したのを除き,6月22日午後10時6分頃に外出し,買い物をして午後10時18分頃に帰宅した1回しか外出していない。なお,同日午後10時31分頃には知人女性に電話をかけ,午後11時23分頃にはその女性から送信されたLINEメッセージに対し返信している。被害者は,6月23日午前8時9分及び19分頃,被害者の祖母と電話で会話したが,その際の被害者は酒焼けをしたようなガラガラ声であり,「毛布,頼む。
」などという不可解な発言もしていた。また,被害者は,
同日午前8時13分頃,知人の女性に対し,LINEで「あてたたままたちたた」という意味不明のメッセージを送信した。それから,被害者は,ベッドの上で2回にわたりおう吐した。

被告人は,6月23日午前10時30分頃,被害者に風呂に入ろうと声をかけ,服を脱いだ被害者とともに浴室に行った。被害者が浴槽に入ると,被告人は,お湯を入れ始めて浴室から出た。それから約10分後,被告人は,浴室に行ってお湯を止め,被害者に大丈夫かと声をかけると,被害者からは反応があった。それから,被告人は,浴室を出て,5分から10分くらい経った後に浴室に行くと,被害者から背中の向きを変えたいと言われたので,手を貸して被害者の向きを反対に変えた。そして,被告人は,また浴室を出て5分から10分くらい経った後に再び浴室に行くと,被害者は首を上下に振っている状態であった。さらに,被告人は,浴室を出て,再び5分から10分くらい経った後の午前11時頃,もう一度浴室に行くと,被害者の顔面が湯に浸かった状態であり,その頃,被害者は薬物中毒又は窒息により死亡した。これを見た被告人は,被害者を一切救護することなく,義足を付けるなどして外出する準備をし,被害者の財布の中から一万円札9枚を抜き取り,千円札と小銭及び財布は被害者方に残したまま,午前11時25分頃に被害者方を立ち去った。被告人は,被害者に服用させた睡眠薬等の空き殻やランタスの注射器等を被害者方に残さずに回収して処分し,現金9万円を被告人名義の口座に入金した。
2
被告人の捜査段階の自白の信用性について
以上の事実を前提として争点について判断する。検察官は,争点①ないし③について,被告人の自白を重要な証拠と位置付けて前記のとおり主張する。しかしながら,被告人の捜査段階の自白は信用できないと判断したので,被告人の自白に基づいて事実を認定することはできない。まず,被告人の自白が信用できないことについて,説明する。
被告人の自白の要旨

第1の詐欺に関する自白は,要旨「平成26年中,被害者から,金を持っているという話や,賭け将棋か賭けマージャンに勝ったという話を
され,被害者がある程度まとまったお金を持っていると認識した。被告人は,当時金銭的に苦しい状況にあったため,借金の返済や生活費などに充てるため,被害者から金をだまし取ってやろうと考えるようになった。被告人は,被害者をだますため,株で儲かるといううその話をしようと考えたが,その話を信用させるためには,自分自身のことを信用させる必要があると思い,それまで被害者にしていた架空の仕事の話について,さらに具体的な話をすることにした。そこで,
「俺の仕事はネット
で商品を仕入れて販売する仕事」
「月収で300から400万稼いでる」
「俺と一緒に仕事をせんか」
「月に30万,ボーナスも出す」などとうそ
の話をした。
」というものであり,その上で詐欺の公訴事実記載のとおり
被害者をだました,という内容となっている。

次に,第2の強盗殺人に関する自白は,要旨,
「4月終わり頃から,被
害者からお金をだまし取ったら,被害者が自分にとって邪魔になるので,お金をだまし取った後で被害者を殺そうと考えるようになった。6月21日午後10時頃から6月23日午前11時前までにかけて被害者に投与した薬の量は,思い出せる限りではロヒプノール,レンドルミン及びデジレルがそれぞれ合計44~58錠,ランタスが合計48~76単位,デスモアが合計21~26カプセル,名前を思い出せないキツい薬20錠(6月23日午前11時前頃に投与)であるが,それは最低限これくらい飲ませたというものであり,それ以上の量や回数で被害者に薬を飲ませるなどした。被害者を浴室に連れて行くときは,部屋にあった毛布をフローリングの床に敷き,その上に被害者を四つんばいにして,浴室の前まで毛布を引っ張った。そして,被害者の左脇の下に被告人の右手を入れて立ち上がらせ,次に,被告人の右手を被害者の右腰辺りに回し,被告人の左手を被害者の左脇付近に入れて,被害者の体を支えながら浴室の中に入れ,浴槽に座らせた。それから,被害者はゆっくりと両足を
浴槽の中に入れ,次いで体全体を浴槽の中に入れ,体育座りのような体勢になった。
」というものである。
被告人の自白が信用できないこと
被告人の自白は,おおむね以上のような内容であるが,被告人の自白には次に述べるとおり,不合理であったり不自然な点が多く,自分の記憶に従って供述したものとは考えられない。

何よりも,被告人の自白は,被害者への薬物投与の説明が明らかに不合理である。僅か約37時間の間に錠剤だけでも150錠を超える量を被害者に服用させたというのは,およそ現実離れしている。被害者が被告人を信用していたことを考慮しても,これほどの大量の錠剤を疑いもなく勧められるままに服用するとは考え難い。しかも,被害者は,薬物投与の期間中,前記のとおり6月22日の夜に1回外出して買い物に行き,それから知人女性に電話をしたりLINEメッセージのやり取りをし,6月23日の朝には一応祖母と会話しているが,常識的に考えて,これほど大量の薬物を投与された被害者にかかる行動が可能だとは考えられない。このように,被告人の自白は,検察官の主張するところの殺害の実行行為という本件における核心ともいえる重要部分について明らかに信用できない不合理な内容となっており,自白全体の信用性に多大な疑問を生じさせる。
なお,検察官は,被告人の自白は,記憶による概算であって,
「多量に
投与した」という趣旨に理解すべきであり,この点が供述全体の信用性を損なうものではないと主張するが,被告人の自白では何日の何時にどの程度薬物を投与したかが詳細に述べられており,しかもそれが思い出せる限りの最低限の内容であるとも述べられているのであるから,検察官の主張のようには理解することはできない。
さらに,被害者を浴槽に入れた方法についても,ベッドから浴室の前
までの短い距離ですら毛布に乗せて引っ張らなければならないほど被害者が衰弱していたとすれば,そもそも被害者が倒れることなく移動する毛布の上で四つんばいの状態を維持できたということに疑問があるし,義足を外した状態の被告人が,左足だけで被害者を立ち上がらせた上で,浴槽の段差を乗り越えて狭い浴室内に被害者を運び入れ,さらに被害者を空の浴槽に両膝を折り曲げた状態に入れることができたとは到底考えられない。常識的に考えて被告人の自白における説明には無理があり,被告人が現実にそのような方法で被害者を浴槽に連れて行ったとは考え難い。検察官の主張する殺害の実行行為につき,薬物投与に引き続く浴槽に入れる行為についても,信用できず,これまた供述の核心部分の信用性を大きく揺るがせるものとなっている。

それ以外にも,被告人の自白には,犯行に至る経緯についても,不自然な点がある。
被告人の自白によると,うその株の話をして被害者から現金をだまし
取るための手段として,架空の仕事の話をして被害者を信用させようとしたということになっているが,被害者から金をだまし取るために自ら被害者に給料やボーナスを払うといううそをつき,被害者から金をだまし取る前の4月25日の段階で被告人から被害者に給料として金を支払わなければならない状況を作出している上,実際に被害者から支払を求められても支払えないでいたのであるから,被害者を信用させるための計画的な行為としては明らかに矛盾している。被告人のうそは,自分のうそで自分を追い詰めるような内容となっており,一見して場当たり的で計画性のないものであるから,平成26年の時点で被害者から虎視眈々と金銭をだまし取ろうと計画していたという自白の内容とは明らかにそぐわないものである。
また,被告人の自白では,平成27年4月終わり頃には被害者から金
をだまし取った上で殺害しようと考えていたということになっているが,被害者から金銭をだまし取ることすらできていない時点でそこまで考えていたというのは唐突で不自然である。

以上のように,被告人の自白は,重要な部分に不合理,不自然な点がみられるから,信用することができず,被告人の自白を根拠として検察官の主張のとおり認定することはできない。

3
争点①(欺罔行為の有無)について
そこで,被告人の自白以外の証拠から,前記(罪となるべき事実)第1のとおり,被告人が,現金100万円を被害者から受け取るより前に,100万円を交付するようにうそをついたと認めた理由を説明する。
前記1記載の被害者が被告人に送信したメールの内容によれば,被害者は,株を買おうとしている被告人に100万円を貸し付けたと終始認識しており,被告人から株投資の利益をもらえると約束してもらったと認識していたと考えるのが自然である。そして,被告人と被害者のメールのやり取りをみても,被告人が被害者に対して100万円を借りたのではないと反論するような様子は全く見られない。したがって,被告人と被害者の間では,被告人が株を買うための資金として被害者が被告人に100万円を貸し付け,それにより利益が出れば被告人が被害者に利益を渡すとの約束があったものと認められる。
そして,100万円という大金を貸し借りする際には,金銭の受け渡しよりも前に,その目的や金額について何らかの合意に達しているのが通常であるし,被害者が100万円を引き出した当時は既にゆうちょ銀行からの借入金が発生している状況にあったのであるから,被告人から頼まれてもいないのに被害者が現金100万円を被告人に手渡すとはなおさら考え難い。
以上によれば,被告人は,被害者に株の話をしていた5月上旬頃,被害
者から現金100万円を受け取るより前の時点において,株を買ってそれによって得た利益を加えて返済する意思は全くなく,借金返済や生活費等の自己の用途に費消する意思であったにもかかわらず,株を買うから100万円を貸してほしい,利益が出れば被害者に利益も渡す旨のうそを言って借金を頼み,被害者がその頼みを承諾して貸付金として被告人に現金100万円を渡したものと認めることができる。


これに対し,被告人は,公判において,
「被害者に対し,100万円を持
ってきたら株を買って運用して,100万円と利益を返すなどと言ったことはなく,5月下旬頃,被害者が,
「はい。
」などと言って100万円を差
し出してきたので,これを受け取った。
」などと述べるが,なぜ被害者が被
告人に100万円を渡すのかの事前の話合いや説明が何もなく,100万円という大金を被害者が被告人に手渡すとは考えられない。被告人の公判での説明は明らかに不自然であって,信用できない。

4
争点②(殺意の発生時期)について
次に,前記(罪となるべき事実)第2のとおり,被告人は,薬物投与行為時点で,殺意を有していたと認定したので,被告人の自白以外の証拠から,そのように認定した理由を説明する。
前記1記載のとおり,被告人は,6月14日,被害者に服用させるために殺そ剤を購入している。殺そ剤は,人間が服用することが想定されておらず,誤飲しないように注意すべきものであるから,人間に服用させたら健康を害するおそれがあり,場合によっては死亡するかもしれないことは誰でも容易に認識することができる。しかも,被告人が殺そ剤を購入したドラッグストアは,被告人と被害者の住所地のいずれからもやや遠い場所にあるから,その行動からは殺そ剤を購入したことが発覚してほしくないという被告人の気持ちが見て取れる。
また,インスリンは,人間に投与する薬品ではあるものの,多量に注射
すると低血糖を引き起こして重篤な状態に陥るおそれがあるものであり,被告人もインターネットの検索などを通じてそのおそれを認識していたと認められる。
その上で,被告人は,次の給料日が迫っていた6月21日から被害者に殺そ剤を含む多量の薬物を服用させ,インスリンを複数回にわたり注射したのであるから,その薬物投与を開始した時点から,少なくとも,場合によっては被害者が死ぬかもしれないが,それならそれでかまわないと考えていたことは間違いなく認められる。
また,前記1の事実によれば,被告人は,6月21日から22日にかけて複数回にわたり薬物を被害者に服用させ,インスリンも複数回注射したものの,被害者の体調には大きな変化がないまま経過し,いよいよ給料日の6月25日が迫ってきているから,何とかして被害者から金銭支払を要求されないようにしたいという焦りが生じていたものと考えられる。そのような状況の中,6月23日になってようやく被害者に薬物の効果が現れ始め,遅くとも同日午前中に被害者が浴室に向かう時点においては,被害者は,意識がもうろうとして正常な判断や行動ができない状態に陥っていたと考えられる。そのような被害者を浴槽に入れ,湯を張って放置すれば,被告人が述べるように更に血行が良くなって薬物の効果が高められるにとどまらず,そのまま浴槽で水死することはほぼ確実といってよい状況にあったといえ,被告人もそのことは十分に分かっていたはずである。しかも,そのまま被害者が浴槽で死亡すれば,一見して浴室で事故死したかのように見せかけることもできるし,当然,被害者から金銭の支払を求められることもなくなるから,被告人にとっては実に好都合である。したがって,被告人は,意識もうろう状態に陥っていた被害者を浴槽内に入れて湯を張った時点においては,被害者が死んでもかまわないとの思いを超え,このまま被害者には死んでもらいたいと思っていたと間違いな
く認められる。被告人が浴槽に入っている被害者が死亡するまで複数回にわたり様子を見に行ったことについては,そのような思いから被害者が死亡するのを待っていた行動として理解することができる。
これに対し,被告人は,公判において,
「薬物投与は,被害者の体調を悪
くして,電話やメールをしつこくできない程度に弱らせるためであった。被害者が死亡しても仕方がないと初めて考えたのは,被害者を浴槽に入れて湯を張った後,被害者の首が上下に振れているのを見て,溺れる危険性があると認識したときである。
」旨供述する。
しかし,殺そ剤を含む薬物を被害者に多量に服用させ,インスリンも複数回注射している以上,被害者が絶対に死なないという保障がないのは明らかであって,その時点で被害者が死亡するかもしれないという可能性すら認識していなかったというのはどう考えてもあり得ない。ましてや,意識もうろうとして正常ではない状態の被害者を浴槽に入れて湯を張って放置すれば,被害者が死亡するに至ることは誰でも認識できることであるから,それでも被害者が死亡すると思っていなかったというのは不可解であって,信用できない。
以上のとおり,被告人は,薬物投与時点では,少なくとも被害者が死亡してもかまわないという未必の殺意があったと認められる上,被害者を浴槽内に入れて湯を張った時点では,その認識を超えて被害者に死んでもらいたいという確定的な殺意があったと認められる。
5
争点③(現金強取の故意の有無)について
最後に,前記(罪となるべき事実)第2のとおり,被告人には,当初から現金を強取する故意が認められることについて,説明する。
被告人は,薬物投与を開始する僅か2日前の6月19日に40万円を被害者に手渡したばかりであったことから,未必の殺意をもって薬物投与を開始した6月21日の時点では,まだ被害者がその40万円の一部を所持
している可能性は高かったといえる。被告人は,多額の借金を抱えて金銭的に余裕のない生活を送っていたから,被害者からその現金を取り返したいと考えるのが自然であり,そのような思いが全くなかったとは考えられない。また,被告人は,浴槽内の被害者の反応がなくなり死亡したか直に死亡するであろうことを認識しているという非日常的で異常な状況下にありながら,財布ごと持ち去るのではなく,その中から一万円札ばかり現金9万円のみを持ち去っているのであって,その冷静な行動は,あらかじめ被害者が死亡する前から現金を持ち去ろうと考えていたことを物語っている。
したがって,被告人は,薬物投与の時点から,被害者の財布の中にある現金を持ち去ることを考えていたと間違いなく認められ,その持ち去り行為は窃盗行為ではなく,強盗行為として評価すべきである。
これに対し,被告人は,公判において,
「被害者方を出るときに,初めて
被害者の財布に目がとまり,現金を抜き取ることにした。
」旨供述するが,
明らかに不自然な説明であって,全く信用することができない。
(法令の適用)
被告人の判示第1の所為は刑法246条1項に,判示第2の所為は同法240条後段にそれぞれ該当するところ,判示第2の罪について所定刑中無期懲役刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるが,判示第2の罪について無期懲役刑を選択したので,同法46条2項本文により他の刑を科さずに被告人を無期懲役に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中360日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑上特に考慮した事由)
詐欺の犯行は被害額も大きく悪質な犯行ではあるが,量刑の中心となるのは,強盗殺人の犯行である。被告人は,事前に殺そ剤や複数の薬物を用意して被害者
方に持参した上で強盗殺人行為を実行しており,検察官の主張する自白に依拠した計画性までは認められないにしても,一定の計画性が認められる。また,その殺害方法は,およそ人間が服用することが想定されていない殺そ剤を含む多量の薬物を6月21日夜から23日朝にわたり被害者に投与し,その間,薬効が現れているかを注視し,薬効が現れ被害者が意識もうろう状態に陥っているのを確認すると,更に被害者を浴槽に入れてその様子を見ながら死亡するのを待つという冷酷なものである。その行動には,かつては親しくしていた被害者に対する同情の思いや,もうやめようかと犯行をためらった様子が全くみられず,人間らしい感情を感じることができない。
被告人は,だまし取った100万円の返済を含め被害者からの金銭支払の要求を免れたいという気持ちに,被害者に対する憎らしさが相まって強盗殺人の犯行に及んだと認められる。しかし,そのような状況は,自分のうそが招いたもので,うそを信じた被害者に対し,さらにうそを重ね自らを窮地に追い込み,被害者に対し一方的に憎しみを抱いたにすぎないし,被害者にうそであることを打ち明けて謝ることなどもできたのに,そうすることなく犯行を決意したのであるから,そのような短絡的かつ身勝手極まりない動機に酌むべき余地は全くなく,その意思決定は強い非難に値する。
そして,被害者の尊い生命が奪われたという結果は,多くを述べるまでもなく重大である。24歳の若さで,信頼していた被告人に裏切られ,命を絶たれた被害者の苦しみと無念は察するに余りある。息子の変わり果てた姿を目撃した父母の無念と絶望感,そして被害者が被告人に裏切られて殺害されたことを知ったときの遺族の悲しみもまた,途方もなく大きい。遺族が被告人への極刑を望んでいるのは,至極当然の思いである。
被告人の公判での供述をみても,自らがしたことに対する真摯な反省や,被害者及び遺族に対する誠実な謝罪はみられない。その他,被告人の両親が被害弁償を試みたこと,被告人に前科前歴がないこと,被告人の両親が今後も被告人を支
える旨誓約していることも,量刑を大きく左右する事情とはいえない。なお,弁護人は,被告人の生来の虚言癖が犯行の原因になっていることや,被害者が被告人の仕事の話を信じ多額の給料等の請求をするなど不適切な点があったことを被告人に有利に考慮すべきであると主張する。しかしながら,被告人が,本件各犯行に及んだことについて,虚言癖があるからといって被告人に同情することはできないし,被害者の行為に対する弁護人の評価を前提としても,被害者の信頼に付け込んだ被告人に特段有利に考慮することはできないというべく,いずれも量刑を左右する事情とはなり得ない。
そうすると,本件は,弁護人が主張するように,酌量減軽をして有期懲役刑とすべき事案ではないというべきである。そこで,被告人には強盗殺人罪の法定刑である死刑又は無期懲役刑のいずれかを科すこととなるが,強盗殺人罪における全体の量刑傾向を踏まえ,さらに検察官の指摘する同種事案(単独犯,強盗既遂,凶器あり,処断罪と同一又は同種の罪1件,示談及び宥恕なし,前科なし)においてはほぼ無期懲役刑が科されており,死刑が科された事例が見当たらないことなどを併せ考慮すると,被告人に対しては求刑のとおり無期懲役刑を科すのが相当である。
(求刑)
無期懲役
平成29年10月3日
広島地方裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

安藤範樹
裁判官

竹内大明
裁判官

大庭直也
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