判例検索β > 平成28年(ワ)第10147号
職務発明対価等請求事件 特許権 民事訴訟
事件番号平成28(ワ)10147
事件名職務発明対価等請求事件
裁判年月日平成29年11月15日
法廷名東京地方裁判所
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平成29年11月15日判決言渡

同日原本交付

平成28年(ワ)第10147号

職務発明対価等請求事件

口頭弁論終結日

裁判所書記官

平成29年8月25日
判原決告A
同訴訟代理人弁護士

岩被
株式会社オークネット

告永利彦
同訴訟代理人弁護士

谷信同布村浩之同堀越充子同宗野恵治同熊石島正道主郎文1
原告の請求を棄却する。

2太
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求

被告は,原告に対し,1500万円及びこれに対する平成28年4月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2
1
事案の概要
本件は,被告の従業員であった原告が,被告の保有する特許第399712
9号の特許(以下「本件特許」という。)に関し,原告は本件特許に係る発明の発明者であり,同発明に係る特許を受ける権利を被告に承継させたとして,被告に対し,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項の規定による相当の対価の支払請求権(以下「本件対価請求権」という。)に基づき,相当の対価9000万円のうち1500万円及びこれに対する請求後の日である平成28年4月1
0日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまでの民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
なお,原告は,被告による本件特許の出願につき,「特許を受ける権利の承継のない冒認出願である」,
「特許を受ける権利を,強引かつ勝手に,被告に帰属させ,
特許出願するに至った」(訴状9頁及び10頁)などと主張していたが,平成28年10月7日の本件第3回弁論準備手続期日において同年9月7日付け訴状訂正申立書2及び同月27日付け原告第2準備書面を陳述することにより,上記主張を撤回し,特許を受ける権利の承継及びその時期については,後記2⑶のとおり,当事者間に争いがなくなった(上記準備書面6頁及び7頁,並びに被告が同年6月30
日の本件第1回弁論準備手続期日に陳述した同日付け準備書面(1)7頁ないし9頁参照。)。
2
前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により容
易に認められる事実)

当事者

原告は,平成9年6月1日から平成27年3月31日まで,被告に雇用され(甲7),主として情報通信サービスの企画及び開発並びに担当部署のマネジメントに従事した。
被告は,情報処理サービス業等を目的とする株式会社である。


本件特許


被告は,次の内容により特定される本件特許の出願人であり,特許権の設定
登録以来,その特許権者である(甲1,弁論の全趣旨)。
特許登出願願開番
特許第3997129号
平成19年8月10日


特願2002-258178

日番号日録出公番
平成14年9月3日


特開2004-94826

公開日
平成16年3月25日

発明の名称

ネットワークリアルタイムオークション方法


原告

明者
特許請求の範囲

下記イのとおり

本件特許の願書に添付した明細書(登録時のもの)における特許請求の範囲
の記載は,次のとおりである(以下,請求項1記載の発明及び同2記載の発明を併せて「本件各発明」という。)。
(ア)請求項1
オークショナーサーバがネットワークを介してビッダー端末から買受申出信号を受信し,即時にオークションの結果を判断するネットワークリアルタイムオークション方法において,
前記ビッダー端末が,前記オークショナーサーバに基準時刻を提供するオークションタイムキーパに対し,時刻補正信号を送信する時刻補正信号送信ステップと,前記オークションタイムキーパが,前記ビッダー端末に対し,前記オークション
タイムキーパの基準時刻に基づく前記時刻補正信号の受信時刻を含んだ時刻信号を送信するタイムキーパ時刻信号送信ステップと,
前記ビッダー端末が,前記ビッダー端末の基準時刻に基づく前記時刻補正信号の送信時刻と,前記オークションタイムキーパから送信された前記時刻信号に含まれる前記受信時刻との時間差を算出する相対遅早時間算出ステップと,
前記ビッダー端末が,前記時間差に応じて,前記ビッダー端末の基準時刻に基づく前記時刻補正信号の送信時刻と前記オークションタイムキーパの基準時刻に基づく前記時刻補正信号の受信時刻とが一致するように前記ビッダー端末の基準時刻を補正する時刻補正ステップとを含む
ことを特徴とするネットワークリアルタイムオークション方法。

(イ)請求項2
オークショナーサーバがネットワークを介してビッダー端末から買受申出信号を
受信し,即時にオークションの結果を判断するネットワークリアルタイムオークション方法において,
前記ビッダー端末が,前記オークショナーサーバに基準時刻を提供するオークションタイムキーパに対し,前記ビッダー端末の基準時刻に基づく送信時刻を含んだ時刻信号を送信する時刻信号送信ステップと,
前記オークションタイムキーパが,前記ビッダー端末から送信された前記時刻信号に含まれる前記送信時刻と,前記オークションタイムキーパの基準時刻に基づく前記時刻信号の受信時刻との時間差を算出する相対遅早時間算出ステップと,前記オークションタイムキーパが,前記相対遅早時間算出ステップにおける算出
結果に基づく補正時間を含む補正指示信号を前記ビッダー端末へ送信する補正指示信号送信ステップと,
前記ビッダー端末が,前記補正時間に基づいて,前記ビッダー端末の基準時刻に基づく前記時刻補正信号の送信時刻と前記オークションタイムキーパの基準時刻に基づく前記時刻補正信号の受信時刻とが一致するように前記ビッダー端末の基準時
刻を補正する時刻補正ステップとを含む
ことを特徴とするネットワークリアルタイムオークション方法。


特許を受ける権利の承継

原告は,遅くとも被告による本件特許(出願日:平成14年9月3日)の出願までに,被告に対し,本件各発明に係る特許を受ける権利を承継させた。⑷

被告による本件各発明の自己実施

被告は,衛星通信を用いた花きオークションを主催する事業を営んでいたが,平成16年11月頃から,インターネットを用いた花きオークションサービスの提供を開始し,以後現在に至るまで,同サービスを提供するシステム上において,本件各発明を実施している(甲2,乙10,11)。


「知的財産取扱規程」及び「職務発明等褒賞金規程」の策定

被告は,平成27年9月1日付けで,その従業員がした発明であって,性質上被
告の業務範囲に属し,かつ,同発明に至った行為が当該従業員の現在又は過去の職務に属するもの(職務発明)につき,被告が特許を受ける権利を承継した場合,平成27年法律第55条による改正前の特許法35条3項所定の相当の対価として,当該従業員に褒賞金を支払う旨の規定のある「知的財産取扱規程」(以下「本件取扱規程」という。),並びに,本件取扱規程にいう「褒賞金」は,被告が特許を出願したときに支給する「出願褒賞金」(1万円),被告が出願した特許が登録されたときに支給する「登録褒賞金」(5万円)及び登録された特許につき被告が自己実施し又は第三者にライセンスしたときに支給する「実施褒賞金」(自己実施又はライセンスにより得られる経済的利益及び被告の貢献の程度を勘案して被告の社長
が個別に決定する額)からなる旨の規定のある「職務発明等褒賞金規程」(以下「本
件褒賞金規程」といい,本件取扱規程と併せて「本件各規程」という。)を策定し,同日付けでこれらを施行した。
本件各規程が適用される知的財産は,
同日
(施行日)
以降に被告が承継し又は取得するものとされた(乙26の1ないし3)。⑹

被告から原告への支払の提案

被告の経営管理部門ジェネラル・マネージャーであったB(以下「B」という。)は,平成27年9月29日,原告に対し,次の内容を含む電子メール(以下「本件メール」という。)を送信した(甲5。引用中「/」は改行を,「…」は中略を示す。)。
「特許に関する規定の件ですが,職務発明等褒賞金規定と知的財産取扱い規定の
制定を行いました。…両規定とも27年9月以降の適用となっておりますが,当社の過去の特許においても該当する案件には今回の規定を適用することといたしました。/よって,Aさんに対しましても,出願報奨金10,000円と登録報奨金50,000円が該当いたします。手続きを進めたいと存じますので,振込口座をお教えください。」



本件訴訟に至る経緯等

原告は,平成27年10月30日,被告を相手方とし,本件各発明に係る特許権
を移転した対価5115万1430円の支払を求める民事調停を東京簡易裁判所に申し立てたが,同調停は,平成28年3月17日,不成立により終了した(甲3)。原告は,平成28年3月30日,本件訴えを提起した。
被告は,
平成28年5月18日の本件第1回口頭弁論期日において,
原告に対し,
本件対価請求権について,消滅時効を援用する旨の意思表示をした。3


本件各発明に係る相当の対価の額は幾らか(争点1)



本件対価請求権の消滅時効の起算日はいつか(争点2)



被告は本件対価請求権の支払債務を承認したか(争点3)

4
争点に対する当事者の主張



争点

争点1(本件各発明に係る相当の対価の額は幾らか)について

【原告の主張】

本件各発明の意義について

本件各発明は,インターネットによるリアルタイムオークションサービスにおいて不可欠である「即時性」と「公平性」を同時に実現する時間差補正に係るものであり,「実際の信号到達時間を測定しなくても,会員端末からホストサーバーまでの信号到達時間をすべて一致させる会員端末の時刻補正方法」である。光の速度が有限である以上,本件各発明を用いなければ,インターネットによるリアルタイムオークションにおける「即時性」は実現できないから,本件各発明に
は代替技術が存在しない。
他の事業者も,遅れてインターネットによる花きオークションサービスに参入したが,
本件各発明による時間差補正を実現できないため,
真の意味での
「在宅セリ」
を実現することができず,現在も実現できていない。つまり,時間差補正が実現できない以上,他の事業者が提供しているのは名ばかりの「在宅セリ」であって,そ
の実質は「外部応札」又は「先行入札」の取引にすぎず,「即時性」と「公平性」とを同時に実現できていないのである。


相当の対価の算定方法について

被告が原告に対して支払うべき本件各発明に係る相当の対価の額は,算定の基礎とすべき期間
(対象期間)
に被告が本件各発明を実施して得た売上高
(期間売上高)
のうち,第三者の実施を排除して独占的に実施したことにより得られたと認められる部分(超過売上高)について,第三者に本件各発明の実施を許諾した場合に得られる実施料率(仮想実施料率)を乗じ,ここから被告の貢献度を控除した額とすべきである。
なお,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条4項は,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢
献した程度を考慮して」
(下線を付した。)対価を算定すべきものとしているから,
使用者である被告の営業努力を怠ったために本来得られるべき利益が得られなかったことを,対価を減額する事情として考慮すべきではないし,使用者である被告の貢献度を判断するに際して発明後の事情を考慮することはできないというべきである。


期間売上高について

被告は,本件各発明を実施したシステムを用いて,インターネットを用いた花きオークションサービスを提供しているところ,本件において対象期間とすべき本件特許が登録された平成19年8月から平成28年7月までの9年間の売上高は,合計43億2977万8660円である。
この点について,被告は,対価の額を算定する基礎とできるのは「在宅セリ(指値取引を含む)」の売上高(17億3407万2076円)に限られると主張する。しかし,「先取取引」(セリ用に入荷した商品を事前に購入する取引であるが,購入価格はセリで決まる取引)及び「事前販売取引」(セリ用に入荷した商品を事前に購入する取引であるが,購入価格が提示されている取引)も,セリ用に入荷した
商品の販売である点において,セリが存在しなければ存在し得ない従属的な取引であるから,これらの取引による売上高も,対価算定の基礎とすべきである。

超過売上率/超過売上高について

インターネットによる花きオークションサービスを展開している大手事業者は,被告を含め4社あるが,他の事業者は,いずれも本件特許の存在により迂回的技術の採用及びこれによるコスト増を余儀なくされており,被告の市場占有率が高くなっている。このため,他の事業者は本件特許を警戒し,また興味を示した。これらのことからすれば,被告が,第三者による実施を排して本件各発明を独占的に実施したことにより得られた売上高の割合は高く,期間売上高の50パーセントを下回ることはない。
この点について,被告は,本件特許につき他の者から実施許諾の申入れはなかっ
たと主張するが,本件各発明を実際に実施しているのは,被告ではなくITベンダーである東京システムズ株式会社であり,同社は,被告からの申出により,業界最大手の株式会社大田花きなど他の事業者や,株式会社明電舎などオークションシステムの開発業者からのシステム構築の依頼を断った事実があるから,これら他の事業者が被告に対して本件特許につき実施許諾の申入れをしないことは当然である。

仮想実施料率について

被告が20件近い特許出願を行っているにもかかわらず,特許査定がされたのは3件にとどまることや,本件各発明が被告の花きオークションサービスの提供に不可欠なものであることからすれば,実施料率は,売上高の10パーセントを下回ることはない。

使用者(被告)の貢献度について

原告は,ヘッドハンティングにより極めて好待遇で被告に転職した高い技術の持ち主であること,被告は,そもそも職務発明規程等を策定しておらず,従業員による発明など全く想定していなかったこと,現に執務環境面でも専ら原告の手足として行動する程度の従業員3名と派遣社員2名を用意したにすぎないこと,システム開発業者も単に原告の指示に基づき実装作業を行ったにすぎないことなどからすれば,使用者である被告の貢献度は,せいぜい5パーセントにとどまる。

相当の対価の額の計算

以上によれば,原告が支払を受けるべき相当の対価の額は,43億2977万8660円(期間売上高)×50パーセント(超過売上率)×10パーセント(仮想実施料率)×95パーセント(被告の貢献度の控除)=2億0566万4486円と算定されることになり,少なくとも9000万円を下回ることはあり得ない。【被告の主張】

本件各発明の意義について

被告は,もともと衛星通信による花きオークションサービスを提供しており,同サービスは,本件各発明につき特許出願がされた平成14年時点においても,24億円の売上高を上げるなど,順調に成長していた。
インターネットによる花きオークションサービスにおいて,本件各発明の実施が不可欠ということはない。現に,他の事業者も,店舗やオフィスにいながらインターネットを経由して特段の支障なく花きオークションに参加できるサービスを実現できており,本件特許について実施許諾の申入れがあったということもない。近年
では,インターネット回線の高速化の影響で時間差補正の重要性は薄らいでおり,本件特許の価値は更に低下している。

期間売上高について

本件各発明は,時刻補正に関する技術であるから,時刻補正が問題とならない取引の売上高は,相当の対価の額を算定する基礎とすべきではない。したがって,本件各発明の実施と関連する売上高は,「在宅セリ(指値取引を含む)」に関するもの(17億3402万円)に限るべきである(厳密には,指値取引も本件各発明とは関係ないが,主張立証の便宜上,これらの売上高を算定の基礎とすべきことは争わない。)。

超過売上率/超過売上高について

原告は,他の事業者が実施している「在宅セリ」とは名ばかりのもので,真の「在宅セリ」は被告が実施しているシステムのみであるなどと主張するが,本件各発明
に係る時間差補正技術は,顧客である買参人にアピールできる機能ではなく,事実そのようなアピールはしていない。
顧客にとって重要なのは,鮮度を維持したまま花きを店舗等に届ける配送網の整備,高品質の花きを提供できる出荷者の存在,信頼できるブランド力などであり,被告は,衛星通信による花きオークションサービスを提供していたころから,これらを実現し,
これらの要素が顧客に指示されて売上げにつながっているものである。したがって,そもそも,本件各発明を独占的に実施できたことによる超過売上げなど存在しないというべきであるが,
仮に,
これが存在するとしても,
その割合は,
期間売上高の5パーセントを上回ることはないというべきである。

実施料率について

そもそも被告は,本件特許につき実施許諾の申入れを受けたことはなく,これを検討したこともない。仮に,本件特許につき実施許諾したとしても,その実施料率は,コンピューターテクノロジーの分野における一般的な実施料率である3パーセントを上回ることはない。

使用者(被告)の貢献度について

原告は,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条4項が「その発明がされるについて使用者等が貢献した程度」と規定していたことからして,発明後の事情を考慮することはできないと主張するが,
使用者の貢献度を判断するに際し,
発明完成までに使用者が貢献した程度のほか,その発明により利益を受けるについて使用者が貢献した程度をも考慮すべきである。
そして,被告が,①もともと衛星通信を用いた花きオークションサービスを提供しており,インターネットによる花きオークションサービスも旧来の仕組みを基礎としていること,②本件特許の出願のために測定等を行い,その費用として約780万円を支出したこと,③デモ用の簡易システムを構築し,その費用として約16
00万円を支出したこと,④検証用シミュレーターを開発しており,その費用として513万円を支出したこと,⑤弁理士費用等の出願費用を支出したこと,⑥イン
ターネットによる花きオークションサービスのシステム構築のために約1億2000万円を支出したこと,⑦原告の要望により専用音声機器を導入し,その費用として4900万円を支出したこと,⑧設備,営業,物流面の構築に多額の費用をかけていることなどからすれば,被告の貢献度が95パーセントを下回ることはないというべきである。

相当の対価の額の計算

以上によれば,仮に,原告が支払を受けるべき相当の対価の額が零ではないとしても,その額は,17億3402万円(期間売上高)×5パーセント(超過売上率)×3パーセント(仮想実施料率)×5パーセント(被告の貢献度の控除)=13万0051円と算定されるにすぎず,これを上回ることはない。


争点2(本件対価請求権の消滅時効の起算日はいつか)について

【被告の主張】
本件対価請求権は,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項に基づくものであるところ,原告は,遅くとも平成14年9月3日までに,本件各発明につき特許を受ける権利を被告に承継させたのであるから,本件対価請求権の消滅時効の起算日は,平成14年9月3日である。
本件各規程は,原告が被告を退職した後,上記改正後の特許法に基づいて被告が策定したものであって,原告は,上記のとおり,これらが策定されていなくとも,上記改正前の特許法35条3項に基づく本件対価請求権を行使することができたこ
と,Bは,本件メールにより本件各規程上の出願褒賞金及び登録褒賞金と同額である6万円を解決金として支払う旨を提案するに際して本件各規程に言及したにすぎないことからすれば,被告による本件各規程の策定及び本件メールの送信は,消滅時効の起算点に影響しない。
【原告の主張】

平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を受ける権利であっても,職務発明規程等に同対価の支払時期に関する条項が
ある場合には,その支払時期が消滅時効の起算点となると解される(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁〔以下「平成15年最判」という。〕参照)。
被告は,平成27年9月28日,本件メールにより,本件各規程が本件各発明に適用される旨の意思表示をしたところ,
本件各規程上,
実施褒賞金の支給時期は
「登
録後の実施開始1年後」
とされているから,
本件対価請求権の消滅時効の起算日は,
本件特許の登録日の1年後である平成20年8月10日である。


争点3(被告は本件対価請求権の支払債務を承認したか)について
【原告の主張】
被告は,平成27年9月28日,本件メールにより,原告に対し,本件各発明につき,出願褒賞金1万円,登録褒賞金5万円の合計6万円を支払う旨の意思表示をした。本件メールの記載上,同6万円が解決金ではなく本件対価請求権の一部であることは明白であるから,被告は,上記意思表示により,本件対価請求権の支払債務を承認したといえる。したがって,被告は,時効援用権を自ら放棄したか,そう
でなくとも,信義則に照らし,消滅時効を援用することは許されない(最高裁昭和37年(オ)第1316号同41年4月20日大法廷判決・民集20巻4号702頁参照)。
この点について,被告は,Bから原告に対して消滅時効を援用する旨述べ,その旨が記載された回答書(乙2。以下「本件回答書」という。)を交付したと主張す
るが,原告が本件回答書の交付を受けた事実はないし(被告は,原告に交付したという本件回答書の写しを残していなかったというのであり,
極めて不自然である。,

それ以外にも,被告から消滅時効を援用する旨を告げられたことはない。【被告の主張】
被告は,本件対価請求権の支払債務を承認していない。

被告の取締役であるBは,
原告が定年退職する間近となった平成27年2月2日,
原告と面談し,本件各発明に係る対価請求権について消滅時効が成立していること
を告げ,これを援用する旨の記載のある本件回答書を交付しているが,原告がそれでも納得しなかったことから,同年9月28日,本件メールにより,原告とのこれ以上の紛争を避けるために,新たに策定された本件各規程上の出願褒賞金及び登録褒賞金と同額である6万円を解決金として支払う旨を提案したにすぎない。本件メールの文面のみを見ても,
「出願報奨金10,
000円と登録報奨金50,
000円が該当いたします。手続きを進めたいと存じますので,振込口座をお教えください。」と記載されているのみであって,本件対価請求権の支払義務を認めたものではない。原告の引用する判例は,貸金債権の元本の支払義務を認めていた事案に関するものであって本件とは事案が異なる。

仮に,被告が本件対価請求権の支払義務を認めたとされる場合であっても,一部である6万円についてのみ,債務承認による時効援用権の喪失の効果が及ぼされるにとどまるべきである(知財高裁平成24年(ネ)第10052号同25年1月31日第4部判決・判タ1413号199頁参照)。
第3

当裁判所の判断

1
争点2(本件対価請求権の消滅時効の起算点はいつか)について



本件対価請求権は,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3
項の規定による相当の対価の支払を求める請求権であるところ(なお,原告は,平成29年8月25日の本件第2回口頭弁論期日において,「被告会社規程…に基づく相当対価の請求を,予備的に主張する」との記載のある原告第6準備書面を陳述するに際し,「新たな訴訟物を追加するものではない。従前請求している平成16年改正前特許法35条3項に基づく対価請求について,攻撃防御方法を追加するものである。」旨陳述した。),同条項は,「従業者等は,契約,勤務規則その他の定により,職務発明について使用者等に特許を受ける権利…を承継させ…たときは,相当の対価の支払を受ける権利を有する。」と規定しているから,同条項に基づく
相当の対価の支払請求権は,特許を受ける権利を承継させたときに発生し,権利を行使することができることになる。

前記前提事実(第2,2⑶)によれば,原告は,遅くとも本件特許の出願までに,被告に対し,本件各発明に係る特許を受ける権利を承継させたものといえるから,本件対価請求権を「行使することができる時」(民法166条1項)は,遅くとも平成14年9月3日であって,同日を消滅時効の起算日と認めるのが相当である。⑵

これに対し,原告は,平成15年最判を参照して,職務発明規程等に相当対
価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が消滅時効の起算点になると解した上で,被告が,平成27年9月28日,本件メールにより本件各発明について本件各規程を適用する旨の意思表示をしたから,本件対価請求権の消滅時効の起算日は,本件各規程上の実施褒賞金の支給時期である「登録後の実施開始1年後」に相当する平成20年8月10日になると主張する。
しかし,本件各規程が策定されたり,本件メールが送受信されたりしたのは,原告が被告を退職してから8か月ほどが経過した時点であって,被告が本件各規程を策定し,既に雇用関係がなくなった原告に対して本件メールにより意思表示を一方的にしたとしても,既に発生していた本件対価請求権が影響を受ける理由はおよそ
見当たらない。原告は,原被告双方の意思表示が合致したとの主張(具体的には,本件メールによる被告の意思表示〔申込み〕に対し,原告が承諾の意思表示をしたとか,本件メールによる被告の意思表示が原告の意思表示〔例えば,本件対価請求権につき本件各規程を適用して欲しい旨の申込み〕に対する承諾に当たるなどという主張)をしていないから,原告の上記主張は,それ自体失当というほかはない。


以上によれば,本件対価請求権の消滅時効の起算日は,平成14年9月3日
と認められる。
2
争点3(被告は本件対価請求権の支払債務を承認したか)について


原告は,被告の従業員であったBが,平成27年9月28日に原告に本件メ
ールを送付して合計6万円を支払う旨の意思表示をしたところ,この6万円は本件対価請求権の一部であるから,被告は,上記意思表示により,本件対価請求権の支払債務を承認したというべきであって,これにより時効援用権を放棄したか,そう
でなくとも,信義則に照らし,消滅時効を援用することは許されないと主張する。⑵

認定事実


前記前提事実に加え,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認
められる。
(ア)原告は,平成26年12月12日付けで,被告代表者に宛てて,被告には職務発明の承継に関する規程がなく,コンプライアンス違反になっているとして,本件各発明について承継の対価を請求するとともに,職務発明に関する規程を整備するよう求めた。
原告からの上記請求等について,
被告は,
原告との窓口をBが担当することとし,

併せて弁護士に依頼して対応を検討することとした。
弁護士は,
平成27年1月頃,
被告にはコンプライアンス違反がなく,本件各発明に係る対価請求権はないとの被告の立場に沿った本件回答書を作成した。Bは,同年2月2日,原告に対し,本件回答書を元に,被告としては対価の支払には応じられない旨を説明したところ,原告は,対価が支払われないのであれば本件特許権を原告に移転して欲しいと要求し
た。Bは,その後,本件特許権の移転には応じられない旨回答した。(以上につき,甲3,乙4,5,原告本人,証人B)
(イ)原告は,平成27年3月31日,被告を定年退職した。Bは,同日,原告に対し,職務発明に関する規程は半年をめどに作成すること,本件特許権についてもそれまでは現状のままとさせて欲しいとの内容を含む電子メールを送信した(甲3)


(ウ)原告は,平成27年9月18日,Bに対し,経過を報告するよう促したところ,Bは,同月28日,原告に対し,「特許に関する規定の件ですが,職務発明等褒賞金規定と知的財産取扱い規定の制定を行いました。…両規定とも27年9月以降の適用となっておりますが,当社の過去の特許においても該当する案件には今回の規定を適用することといたしました。/よって,Aさんに対しましても,出願報
奨金10,000円と登録報奨金50,000円が該当いたします。手続きを進めたいと存じますので,振込口座をお教えください。」との記載のある本件メールを
送信した。
これに対し,原告は,ひとまず本件各規程を送付するよう求めたが,Bは,同年10月13日,原告に対し,「今回制定した社内規定については退職者に対しては開示できませんのでご了承ください。弊社としては,今回特別にお支払する6万円でAさんの特許に対する対応は完了とさせていただきます。」との電子メールを送信した。
原告は,本件各発明に係る対価の支払を被告が拒絶したと解釈し,同日,Bに対し,法的根拠に基づく手続を始める旨の電子メールを送信した。
(以上につき,甲3,5,6,原告本人,証人B)

(エ)原告は,平成27年10月30日,被告を相手方とし,本件各発明に係る特許権を移転した対価5115万1430円の支払を求める民事調停を申し立てたが,同調停は平成28年3月17日,不成立により終了した。原告は,同月30日,本件訴えを提起した。

上記認定事実に関し,事実認定の理由を次に補足説明する。

被告は,Bが,平成27年2月2日に原告と面談した際,本件回答書を原告に交付し,本件対価請求権については時効が完成している旨説明したと主張し,Bも証人尋問において同旨の証言をする。
被告は,平成26年12月12日に,原告から本件各発明についての対価の請求を受け,弁護士に依頼して対応を検討しているところ,弁護士から被告の従業員に
宛てた電子メールが証拠として提出されており(乙4),その記載内容と本件回答書(乙2)の記載内容が概ね符合していることからすれば,弁護士において本件回答書を作成して被告に交付したことは認められる。他方,原告は,平成27年2月2日に本件回答書をBから受け取った事実及び時効の完成について説明を受けたとの事実を否認し,本人尋問においてもその旨供述するところ,原告が本件回答書を
受領したことを示す客観的な証拠はなく,また,Bの証言によっても,Bが原告に説明した内容については判然としないところがあるから,同日の面談において,B
が本件回答書を原告に交付し,また時効の完成について明確に説明したとの事実を認定するには至らない。もっとも,本件回答書は,原告からの対価の請求への対応として,弁護士が被告の立場に沿って作成したものであることからすれば,少なくとも,Bは,同日,原告に対し,本件回答書に基づき,被告としては対価の支払には応じられない旨を説明したとの事実は認めることができる。


上記認定事実に基づき検討する。

本件対価請求権は,原告が本件各発明についての特許を受ける権利を被告に承継させたことに伴い,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項に基づき発生する相当の対価の支払請求権である。原告が被告に上記特許を受ける権利を承継させた平成14年当時,被告には,特許を受ける権利の承継に関する「勤務規則その他の定」は存在しなかったのであるから,上記承継は,原被告間の契約に基づくものであって,本件対価請求権も,平成27年に被告が策定した本件各規程に基づき発生したものではない。したがって,Bが,同年9月28日,原告に対し,本件各規程に基づき6万円を原告に支払う用意がある旨が記載された本件メールを
送付したことのみをもって,被告が本件対価請求権の支払債務を承認したものと評価することは困難である。
また,前記認定事実(⑵ア(ウ))によれば,被告は,原告から本件各発明の対価の請求を受けた平成26年12月12日以降,被告には対価の支払義務がないとの立場を示していたのであって,Bが本件メールを送付して原告に6万円の支払をする
用意があると伝えたのは,その後の電子メールに「今回特別にお支払する6万円でAさんの特許に対する対応は完了とさせて頂きます。」との記載にあるように,本件各発明に関する原被告間の紛争を全て収束させるための解決金との趣旨で提案されたものとみるのが相当である。
この点について,原告は,本件メールに「両規定とも27年9月以降の適用とな
っておりますが,当社の過去の特許においても該当する案件には今回の規定を適用することといたしました。」(判決注:下線を付した。)と記載されていることを
捉えて,被告が支払を提案した6万円は本件対価請求権の一部であることが明白であるから,被告は本件対価請求権の支払債務を承認したと主張する。しかし,本件各規程に基づく褒賞金と本件対価請求権とはその発生原因が異なるのであるから,本件各規程に基づく褒賞金の支払を提案したからといって,当然には本件対価請求権の支払債務を承認したものとみることはできない。
また,
前記認定事実
(⑵ア(ウ),
(エ))
によれば,
原告は,
Bから本件各規程に基づく6万円の支払を提案された際も,
ひとまず本件各規程を送付するよう求め,Bからこれを拒絶されると直ちに法的手段を執る旨の電子メールを送信し,現実に法的手続に移行しているのであるから,原告と被告との間で,本件各規程に基づく6万円の支払をもって,本件対価請求権
に充当する旨の合意等が成立していたとみる余地もないというべきである(なお,原告本人も,本件メールにより提案された6万円について,対価ではないと理解した旨供述しているところである。)。


以上のとおり,Bが原告に対して本件メールを送付したことをもって,被告
が本件対価請求権の支払債務を承認したと評価することはできないから,被告が本件対価請求権に係る消滅時効の時効援用権を放棄したとか,消滅時効の援用が信義則に反して許されないということはできない。
3
結論

以上によれば,本件対価請求権の消滅時効は,その権利を行使することができる時である平成14年9月3日から進行するところ,平成16年法律第79号による改正前の特許法35条3項の規定による相当の対価の支払を求める請求権は,従業者等と使用者等との衡平を図るために法が特に設けた債権であるから,その消滅時効期間は10年と解すべきところ(民法167条1項),原告が被告を相手方として民事調停を申し立てた平成27年10月30日には,本件対価請求権について10年の消滅時効期間が経過していたことが明らかである。したがって,被告が平成
28年5月18日にした時効援用の意思表示により,本件対価請求権は消滅したというべきである。

そうすると,その余の争点につき検討するまでもなく,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官

嶋末和秀天野研司西山芳樹
裁判官

裁判官

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