判例検索β > 平成28年(わ)第493号
殺人
事件番号平成28(わ)493
事件名殺人
裁判年月日平成29年9月22日
法廷名仙台地方裁判所
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判主文決要旨
被告人を懲役10年に処する
押収してある包丁の刃1枚及び包丁の柄1本を没収する。

理由の要旨
【罪となるべき事実】
被告人は,仙台市内の仮設施設aに居住していた者であるが,同僚であるA(当時56歳)が模造刀(全長約100cm,刃渡り約74cm)を持って被告人方居室を訪れ,被告人に対し「顔貸せ」と言ったのに応じ,Aに追随して,仮設施設aに隣接する駐車場に赴き,平成28年8月24日午後9時50分頃,同所において,同人に対し,殺意をもって,その腹部及び左側胸部を刃体の長さ約16cmの包丁で刺すなどし,よって,同日午後11時29分頃,b大学病院高度救命救急センターにおいて,同人を創からの出血により死亡させて殺害した。
【弁護人の主張等に対する判断】
第1

争点等

本件では,①被告人に被害者に対する殺意が認められるか否か,②正当防衛が成立しないか否か,③完全責任能力の存否が争点とされている。以上の争点について,当裁判所は,①被告人は,人が死ぬ危険性の高い行為をそのような行為と分かって行ったものであり,殺意が認められる,②被告人の本件行為は,侵害の急迫性の要件を充たさないものであって,正当防衛は成立しない,③被告人は,本件時,完全責任能力を有していたと判断した。以下,その理由を説明する。
第2
1
殺意について
問題の所在

弁護人は,被告人には被害者の体の重要な部分を刺す認識があったとはいえず,殺意は認められないと主張し,被告人も犯行状況に関する記憶がないなどとして,これに沿うかのような供述をしている。2
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。



凶器の形状及び性質等

被告人が犯行に用いた凶器は,全長約27.7cm,刃体の長さ約16cmの包丁であり,その刃体の部分は鋼製で,先端は尖ったものである。


創傷の状態等

被害者の腹部には,創の長さ約4.5cmの刺創がある。その損傷は腹部の面にほぼ垂直となっており,小腸の腸間膜に損傷が生じていた。
被害者の左側胸部には,創の長さ約6.2cmの刺創がある。損傷は,被害者の左上から右下に向けて生じており,左胸腔及び横隔膜を貫いて腹腔に達し,横行結腸の腸間膜や胃に損傷が生じている。また,肋軟骨には4本の切れ込みがあり,うち2本は強い力が作用したことによって生じたものである。119番通報を受けた救急隊員が現場に臨場した際,被害者の左側胸部には本件包丁の刃体が刺さったままの状態であった。
3
被告人は,
被害者と約1mの距離で向き合った状態において,
本件包丁を右手

に順手の状態で持ち,その切っ先を被害者のほうに向けたという。また,被害者の遺体を解剖したB医師によれば,前記各刺創は整ったものであることなどから,被告人と被害者とがもみ合った際等に偶然生じたものとはいい難いとされる。
4
以上を前提として検討すると,被告人は,被害者と向き合って対峙している
状態で,
至近距離から,
本件包丁を順手に持ち,
その切っ先を被害者の上体に向け,
強い力で2回突き出して,腹部,左側胸部の順で刺したものと認められ,このような行為は人が死ぬ危険性の高い行為ということができる。
5
前記のような犯行態様に加え,後述のとおり,被告人に本件当時の状況に関
する認識に欠けるところはないことを併せ考えると,被告人は,腹部及び左側胸部を狙ったとまではいえないとしても,
人の身体の重要な部分である上体をめがけて,殺傷能力の高い本件包丁を強い力で2回突き出したということができるのであるから,人が死ぬ危険性が高い行為をそれと分かって行ったと認めることができる。6
以上の次第であるから,被告人には被害者に対する殺意があったと認められ
る。
第3
1
正当防衛について
問題の所在

検察官は,被告人の本件行為について,被告人は警察などの公的機関の保護を求めることが十分できたから急迫性の要件は充たされないとし,弁護人は,本件駐車場で被害者が振り向きざまに突然被告人に切りかかってきたものであるから,急迫不正の侵害があると主張するので,本件行為は急迫性の要件が充たされないものであるか検討する。
2
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。



被告人と被害者との従前からの関係等

被告人と被害者は,いずれもダンプカーの運転手として稼働しており,平成25年1月頃に,口論から,被告人が被害者の腹部等を果物ナイフで切りつけてけがをさせるという出来事があった。その後,被告人及び被害者は,仮設施設a(以下「本件宿舎」という。)に転居したが,両名は,互いに傷つけ合うというようなトラブルはなかったものの,良好な間柄ではなかった。
本件当時,両名は本件宿舎に居住しており,被告人の居室は本件宿舎2階の201号室,被害者の居室は同じく205号室であった。本件宿舎には,被告人及び被害者のほかにも同僚が居住していた。


本件直前の状況

被告人は,本件の前,焼酎(アルコール度数25度)をロックで三,四杯程度飲み,睡眠薬を1錠服用した。
その後,被害者が被告人方居室に来訪し,被告人が同居室のドアを開けると,被害者は,抜き身状態の刃体部分を肩に担ぐようにして本件模造刀を持っていた。その柄をつかんでいた被害者の右手にはタオルが巻き付けられていた。本件模造刀は,
全長約100cm,刃渡り約74cmのものであった。
被害者は,
被告人方居室の外から,
被告人に対し
「顔貸せ」
と言って呼び出した。
被告人は,被害者にけんかを売られている,本件模造刀で切りかかってくるかもしれないと思い,被告人方居室内にあった本件包丁をパンツに挟んで隠し持ち,被害者の後ろに付き従って被告人方居室を出て,階段を下りた上,本件宿舎を出て,現場となる本件駐車場に赴いた。


本件駐車場における状況

弁護人は,被害者が本件駐車場において本件模造刀で突然被告人に切りかかってきた旨主張するところ,被告人は,被害者が本件模造刀を持った右手を振り下げたとは供述するが,これで切りかかってきたとは供述しておらず,また,被告人の身体に被害者が突然切りかかってきたことをうかがわせるような負傷が見当たらないことからすると,被害者が弁護人の主張するような態様で切りかかってきたとは認められない。しかし,被告人が腰の高さで本件模造刀の刃体部分を左手でつかんだ旨供述していること,本件犯行後の職務質問の際,被告人が警察官に対し,本件の犯行状況に関して,被害者が模造刀を向けてきた旨説明していたこと,後述するとおり,本件時,被告人には意識狭縮が認められ,怒り,恐怖などの強い情動が生じる事態が招来していたものと推認されることに徴すると,被害者が被告人に本件模造刀の切っ先を向けて突き出してきた疑いがあるということはできる。その後の犯行状況は,前記第2の4で認定したとおりである。
3
以上の事実を前提に検討すると,被告人は,被害者の呼出しに応じて被告人
方居室を出て,本件駐車場に赴けば,被害者から本件模造刀で切りかかられるなどの暴行が加えられることを十分予期しながら,自室を施錠したり,警察や同僚の援助を求めることなどが容易であったにもかかわらず,本件包丁を準備してこれを携行した上,被害者に続いて自ら本件駐車場に赴き,被害者から本件模造刀を突き出されるや,殺意をもって前記刺突行為に及んだものと認められる。このような本件行為全般の状況に照らすと,被告人の本件行為は,急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることができないときに,侵害を排除するために私人による対抗行為を例外的に許容するという刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとは認められず,反撃行為に出ることを正当化するような緊急状況にあったとはいえない。したがって,被告人の本件行為は,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。
4
以上の次第であるから,①被告人には,本件駐車場における被害者の本件模
造刀による攻撃の存否あるいは本件模造刀の殺傷能力の程度に誤想があるから,誤想防衛が成立する,②被告人には過剰防衛が成立する旨の弁護人の主張について判断するまでもなく,本件について,正当防衛は成立しない。
第4
1
責任能力について
問題の所在

検察官は,本件時,被告人は完全責任能力を有していたと主張し,弁護人は,睡眠薬の服用及び飲酒の影響等により心神喪失の状態にあったと主張するので,被告人が完全責任能力を有していたかどうか検討する。
2
被告人の精神鑑定をしたC医師の見解は次のとおりである。すなわち,本件
時の被告人については,奇異反応等はみられず,睡眠薬による精神障害は認められない。また,被告人は,アルコール酩酊の状態にあり,意識混濁が生じていたが,その程度は軽度であり,状況認識に大きな障害はなかった。被告人には,強い情動による心理的反応により,一過性の意識狭縮が生じていたが,その反応をアルコール酩酊が促進した可能性がある。被告人には,本件犯行時の部分的な健忘が認められるが,本件時の見当識に問題はなかった。
同医師の見解は,専門的な知識及び経験に裏付けられたものであり疑うべき点はない。
3
前記第2及び第3で認定した事実,とりわけ,被害者が模造刀を持っている
ことに対抗するため包丁を準備したこと,模造刀を突き出されるや本件刺突行為に及んだことに加え,その後に被害者の状況を確認し,被告人方居室にあった携帯電話を使って救急車の手配を要請したり,臨場した救急隊員及び警察官に本件犯行の状況等を具体的に説明したり,本件包丁の柄が刃体と分離している理由を説明し,柄の所在場所や犯行場所を案内したことなどに照らせば,被告人は,本件時及びその前後を通じ,
自らの行為や周囲の状況を正しく認識した上で,
その状況に応じて,
自分なりの判断に基づき行動していたと認められる。被告人は,アルコール酩酊の影響を受けた可能性がある意識狭縮によって意識野が狭くなり,目の前のことに短絡的に反応するだけとなっていた旨のC医師の指摘を踏まえても,アルコール酩酊が,被告人の善悪を判断する能力及びその判断に従って自らの行動を制御する能力に影響を与えた程度は大きくなく,それらの能力が著しく減退していたとすらいえない。
4
以上の次第であるから,本件時,被告人は完全責任能力を有していたと認め
られる。
【量刑の理由】
本件は,判示のとおり,被告人が包丁を用いて同僚であった被害者1名を殺害したという事案である。
被告人は,高い殺傷能力を有する包丁を,身体の重要な部分をめがけて強い力で2回刺突したものであり,その犯行態様は危険なものである。
本件犯行に至る経緯等をみると,本件は,被害者が模造刀を抜き身で持ち「顔貸せ」と言って被告人を呼び出したことが契機となり,被害者が現場において模造刀を被告人に向けて突き出したことに対応して,被告人が前記のような刺突行為に及んだというものである。前記のような被害者の言動にも尋常ならざるものがあり,問題があったというべきである。しかし,被告人が,被害者からの呼出しを拒否したり,周囲の助けを求めたりなどすることなく,あえて包丁を持ち出して判示のとおりの犯行に及んだものであることは,被告人が軽度のアルコール酩酊状態にあったことを踏まえても,思慮分別に欠けるものであるといわざるを得ず,被害者側の問題を酌むとしても限界がある。以上の犯情に照らすと,本件は,知人・友人・勤務先関係にある被害者1名に対する凶器を用いた殺人の事案の量刑傾向の中で,軽いほうの部類には属しない事案というべきである。
そこで,犯情以外の事情についてみると,被告人が,犯行後,現場にとどまり,救急車の手配をしたこと,被害者の救命措置に要した費用約18万円を被告人が負担したいと被害者側遺族に申し出るとともにこれを準備していること,実兄が被告人の社会復帰後の受入れ及び監督を申し出ていること,被告人が,被害者側に対する謝罪の気持ちを示し,反省の念を深めつつあることなどの被告人のために酌むべき事情も認められる。
以上,同種事案の量刑傾向に照らして,被告人が及んだ犯罪行為にふさわしい刑の幅の中で,その他の斟酌すべき事情を総合考慮し,主文のとおりの刑を量定した次第である。
以上
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