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特許権侵害行為差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟
事件番号平成29(ネ)10060
事件名特許権侵害行為差止等請求控訴事件
裁判年月日平成29年11月28日
法廷名知的財産高等裁判所
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成26(ワ)34678
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平成29年11月28日判決言渡

同日原本領収

裁判所書記官

平成29年(ネ)第10060号

特許権侵害行為差止等請求控訴事件

原審・東京地方裁判所平成26年(ワ)第34678号
口頭弁論終結日

平成29年10月26日
判控決訴人
同訴訟代理人弁護士

ハノンシステムズ・ジャパン株式会社

澤野正明尾崎英男上野潤一日野英李被控訴人
同訴訟代理人弁護士

知一郎珉
株式会社豊田自動織機

孝明國忠彦磯田志郎中村伊東佐主島

同補佐人弁理士

永藤敬正樹努文1
本件控訴を棄却する

2
控訴費用は控訴人の負担とする。

3
なお,原判決主文第2項のうち,半製品の廃棄に係る部分は,
被控訴人の訴えの取下げにより,失効している。
事実及び理由
第1
1
当事者の求めた裁判
控訴の趣旨

(1)

原判決を取り消す。

(2)

被控訴人の請求をいずれも棄却する。

(3)

訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

2
控訴の趣旨に対する答弁

(1)

主文1,2項と同旨

(2)

なお,被控訴人は,当審において,第1審で求めていた半製品の廃棄に係る
部分につき,訴えを取り下げた。
第2
1
事案の概要等
事案の概要(略称は,原判決に従う。)

本件は,名称を「ピストン式圧縮機における冷媒吸入構造」とする発明に係る特許権(本件特許権)を有する被控訴人が,控訴人の輸入・販売する被告各製品は本件特許権に係る発明の技術的範囲に属すると主張して,①特許法100条1項に基づき,被告各製品の生産,使用,譲渡,貸渡し,輸出若しくは輸入,又はその譲渡若しくは貸渡しの申出の差止めを求めるとともに,②同条2項に基づき,被告各製品の廃棄を求める事案である。
原審は,被告各製品は本件特許の特許請求の範囲請求項1に記載された発明(本件発明)の技術的範囲に属し,本件特許には無効理由が存在するものの,訂正により当該無効理由が解消されるとして,被控訴人の請求をいずれも認容した。そこで,控訴人が原判決を不服として控訴したものである。
2
前提事実

次のとおり付加訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)

原判決8頁18行目別紙ロ号物件説明書について,
原判決142頁6行目に

「【図1:RS-15の縦断面図】」とあるのを,「【図1:RS-13の縦断面図】」と訂正する。
(2)
「⒁

原判決10頁20行目末尾に,改行の上,次を付加する。
無効審判請求に対する判断

特許庁は,平成28年9月23日,本件訂正を認めた上で,本件訂正発明は,いずれも新規性及び進歩性を欠くものではないとして,控訴人による無効審判請求は成り立たない旨の審決をし,控訴人は,同年11月2日,同審決の取消請求訴訟を提起した。」
3
争点

原判決11頁7行目末尾に,改行の上,次を付加するほか,原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。
「エ

〔無効理由4〕乙19発明の従来技術(以下「乙19(2)発明」という。)
による新規性欠如

第3

〔無効理由5〕乙19(2)発明及び乙4発明による進歩性欠如」争点に関する当事者の主張

次のとおり,
当審における当事者の主張を付加するほか,
原判決
「事実及び理由」
の第3記載のとおりであるから,これを引用する。ただし,原判決18頁12行目に「51h」とあるのを,「51d」と訂正する。
1
争点⑴イ(構成要件Cの「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」及
び構成要件Fの「スラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし」の充足性)について
〔被控訴人の主張〕
控訴人の主張は,次のとおり理由がない。


「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」の意義


控訴人は,従来技術を基に構成要件を限定的に解釈しようとするが,控訴人が前提とする従来技術は認められない。
本件発明は,「吐出行程にあるシリンダボア内の冷媒が吸入通路からロータリバルブの外周面に沿ってシリンダボア外に洩れやすい」というロータリバルブ式のピストン式圧縮機に特有の課題に対して,構成要件の全てを一体的に採用することにより,吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢し,
ロータリバルブの外周面を吸入通路の入口に近づけることによって,圧縮室内の冷媒が吸入通路から洩れ難くなり,体積効率を向上させるという効果を得るものである。そして,これらは,本件明細書等によって初めて開示されたものである。

控訴人は,ラジアル軸受手段は回転軸を支持するから,回転軸は,吸入通路
入口の周囲において接触する旨主張する。
しかし,ロータリバルブの外周面が軸孔内周面と接触している必要があるからといって,「当該吸入通路入口の周囲」で接触する必要はない。

控訴人は,本件訂正の際,吸入通路入口が閉鎖されることが明らかにされた
と主張する。
しかし,被控訴人は,本件訂正の際,本件訂正発明と乙19発明との間には根本的な技術思想の違いがあると主張したものである。訂正請求書等には,控訴人の主張に係る記載はない。
(2)

「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」の充足

控訴人は,各比較実験(乙42,66)を基に,被告各製品は,ラジアル軸受手段又はスラスト軸受手段に関して,従来技術以上の本件発明の効果を享受していないと主張する。
しかし,上記各比較実験で用いられた,比較品の性能,品質,特性等は不明であるから,上記各比較実験は,被告各製品が圧縮反力伝達手段を具備していないことを示すものではない。
〔控訴人の主張〕


「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」の意義


「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」は,本件発明の本質的部分
であるから,従来技術の構成から生じる作用効果を超える,本件発明の特有の作用効果を生じさせる構成でなければならない。
したがって,「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」は,回転軸のうちロータリバルブを吸入通路の入口に向けて傾かせることで,ロータリバルブを入口に接触させ,押し付け,かかる入口を閉鎖する手段であり,これにより,従来技術の構成がもたらす作用効果以上の作用効果を奏すると解するよりほかない。仮に,「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」をロータリバルブを入口に接触させるなどの手段までは意味しないとしても,従来技術と比較して,体積効率を向上させる有意な効果をもたらす程度に,ロータリバルブを変位する手段を意味するというべきである。

構成要件Eのとおり,
ラジアル軸受手段は回転軸を支持するものであるから,

ロータリバルブの外周面が軸孔内周面に接触している必要がある。したがって,回転軸は,吸入通路入口の周囲において接触している必要がある。ウ
被控訴人は,本件訂正の際,平成28年3月7日付け上申書(以下「甲10
上申書」という。
)において,
「溝,凹部等が設けられていないロータリバルブの外
周面を用いて冷媒を洩れ難くし,体積効率を向上させる効果が得られることをより明確にしたものである」
と主張し,
吸入通路入口が閉鎖されることを明らかにした。
このような本件訂正の内容からも,本件発明において,吸入通路入口が閉鎖されることは明らかである。
(2)

「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」の非充足

平成29年6月28日付け報告書(以下「乙66報告書」という。)のとおり,原判決別紙イ号物件説明書記載の圧縮機と,これに滑り軸受を設けた圧縮機とで体積効率に全く差異はないことからすれば,
被告各製品においてラジアル軸受手段は,
従来技術以上の本件発明の効果を享受していない。
同様に,
乙42証明書のとおり,
被告各製品においてスラスト軸受手段は,従来技術以上の本件発明の効果を享受していない。
したがって,被告各製品には,「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」に対応する構成は存在しない。
2
争点⑴ウ(構成要件Eの「前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面
が直接支持される」及び「唯一のラジアル軸受手段」の充足性)について〔被控訴人の主張〕
控訴人は,乙30意見書を基に,本件発明の構成要件を解釈しようとするが,乙30意見書は,本件発明とは異なる本件親出願発明1に関するものであるから,失当である。
〔控訴人の主張〕
本件特許の親出願の出願過程における乙30意見書において,被控訴人は,回転軸を支持する軸孔と回転軸の周面との接触長を短くして回転軸の傾きを支援する,という作用効果を奏するため,「回転軸を支持する軸孔はバルブ収容室を含めすべて同じ径で形成されていて,軸孔全体で回転軸24を支持する」ような構成は排除される旨主張していたものである。したがって,構成要件Eにいう,「唯一のラジアル軸受手段」とは吸入通路入口近傍のみで軸受されることを要する。3
争点(2)ウ(〔無効理由3〕乙21発明並びに周知技術及び慣用技術による進
歩性欠如)について
〔控訴人の主張〕
乙21公報には,クリアランスを小さくすると回転抵抗が増大する旨の記載はなく,乙21発明には,「極めて小さなクリアランスと回転軸の円滑な回転とを同時に実現する」という課題も存在しないことから,「滑り軸受35,36」を,回転抵抗低減のために設けられる部材であることを理由として,乙21発明において必須の構成であるということはできない。
また,「滑り軸受35,36」の内周面に「フッ素樹脂等」を積層することは一実施例の記載にすぎないから,フッ素樹脂等の固体潤滑材のコーティングを施した「滑り軸受35,
36」
のような部材を用いることは必須の構成ではない。
さらに,
フッ素樹脂等の固体潤滑材を,軸孔の表面にコーティングすることにより低摩擦を実現することは慣用技術である。
〔被控訴人の主張〕
回転軸を円滑に回転させることはラジアル軸受の基本的な機能に由来する自明な課題である。また,乙21発明は,滑り軸受の円筒内面の仕上げ加工が容易に行われ,ジャーナル部とのクリアランスを極めて小さくするために,ジャーナル軸受を採用したものである。
なお,乙21発明は,圧縮反力によって回転軸が変位しないようにスラスト軸受28及び29が平坦な端面と当接するように構成されているから,相違点3-1に係る構成を採用することは,当業者が容易に想到できたものではない。4
争点(2)エ(〔無効理由4〕乙19(2)発明による新規性欠如)について
〔控訴人の主張〕
乙19公報から,
乙19発明の従来技術であって,
反力付与構造
(相違点1-1)
を除いた冷媒ガス吸入構造である乙19(2)発明を認定することができる。そして,本件発明と乙19(2)発明とは,相違点1-2から,
「反力付与構造39
を有している」との部分を除いた点において相違するところ,かかる相違点を実質的な相違点であるということはできない。
したがって,本件発明は,乙19(2)発明であるから,新規性は認められない。〔被控訴人の主張〕
乙19公報は,ラジアルベアリングとして転がり軸受を使用した圧縮機を従来技術としており,乙19発明の構成から反力付与構造を除いた構成は開示されていない。乙19公報から乙19(2)発明を把握できないから,控訴人の主張は,その前提において誤りである。
5
争点(2)オ(〔無効理由5〕乙19(2)発明及び乙4発明による進歩性欠如)について
〔控訴人の主張〕
本件発明は,
乙19(2)発明と乙4発明とに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
〔被控訴人の主張〕
乙19公報から乙19(2)発明を把握できないから,
控訴人の主張は,
その前提に
おいて誤りである。
6
争点(3)ア(本件訂正が訂正要件を充たしているか)について

〔被控訴人の主張〕
控訴人の主張は,理由がない。
〔控訴人の主張〕
本件発明と本件訂正発明の作用効果である「付勢」の持つ意味は,本件訂正による構成の付加によって変更されているはずである。したがって,本件訂正は実質的に「特許請求の範囲の減縮」に該当するものではなく,特許法134条の2第1項に違反する。
7
争点(3)イ(本件訂正により争点(2)の無効理由を解消することができるか)
について
〔被控訴人の主張〕
(1)

無効理由2の解消
ロータリバルブの外周面の形状

乙19公報には,凹部40を設けずに,ガス通路を設けるだけで目的が達成できることは何ら開示されていない。乙19発明は,回転軸上に凹部40を設けて高圧の冷媒を保持する構造を採用しており,高圧の冷媒を保持するための凹部40は,乙19発明において必須の構成である。

ロータリバルブの各導入通路の連通

乙19発明に回転弁を採用した場合であっても,前後の吸入室33からそれぞれ前後の回転弁を介して冷媒を供給すればよく,ロータリバルブの各導入通路を連通させる必要は全くない。なお,圧縮機において「吸入室」は,外部冷媒回路との接続に必須の構成であり,吸入室33を不要な構成ということはできない。ウ
なお,乙19発明は,本件訂正発明の構成要件F’の「前記一対のスラスト
軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし,該圧縮反力伝達手段の一部をなすスラスト軸受手段は,前記シリンダブロックの端面に形成された環状の突条と前記カム体の端面に形成された環状の突条とに当接し,前記カム体の突条の径を前記シリンダブロックの突条の径よりも大きくした」という構成を開示していない点においても本件訂正発明と相違し,
この相違点は容易に想到し得ない。
(2)

無効理由5の解消

乙19公報から乙19(2)発明を把握できないから,
控訴人の主張は,
その前提に
おいて誤りである。
〔控訴人の主張〕
(1)

無効理由2の解消
ロータリバルブの外周面の形状

乙19発明において,凹部40は,ガス通路41等を含む反力付与構造の一構成要素にすぎず,「反力付与手段」に凹部40とガス通路41の双方を備えることは要件とされていない。凹部40は乙19発明に必須の構成ではないから,乙19発明に乙4発明を組み合わせた構成において,凹部40を設けないことに阻害要因など存在しない。

ロータリバルブの各導入通路の連通

乙19発明において「回転弁22」を採用した場合,冷媒は回転軸の内部に設けられた通路から供給され,吸入室33は不要であることや,回転軸と吸入室33との間に距離があることからすれば,軸方向両側に配置される回転弁を,それぞれ両頭ピストンの両側の吸入室と連通させることはない。
(2)

無効理由5の解消
本件訂正発明は,
乙19(2)発明及び乙4発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。したがって,無効理由5は解消されていない。8
争点(3)ウ(新たな無効理由の存否)について

〔控訴人の主張〕
本件訂正発明において特許性が認められるとすれば,本件訂正発明には,従来技術とは異なる変位が生じ,かつ,回転軸の円滑な回転にも支障が生じないという効果があることや,同効果を奏するための構成が存することが前提となる。しかし,本件明細書等にはこれらについて具体的な開示は全くされていない。このような明細書の記載に基づき,従来技術の作用効果を超えるような発明を実施することは不可能か,過度の試行錯誤を要するものであるから,本件訂正発明において実施可能要件は満たされていない。また,従来技術の作用効果を超える作用効果を奏するような構成が具体的に開示されていないから,サポート要件も満たされていない。
〔被控訴人の主張〕
本件明細書等には,「吐出行程にあるシリンダボア内の冷媒が吸入通路からロータリバルブの外周面に沿ってシリンダボア外に洩れやすい」というロータリバルブ式のピストン式圧縮機に特有の課題に対して,本件訂正発明の構成要件の全てを一体的に採用することにより,吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢し,ロータリバルブの外周面を吸入通路の入口に近づけることによって,冷媒を洩れ難くし,体積効率を向上させるという効果が得られることが開示されている。したがって,当業者は,本件明細書等の記載に基づいて本件訂正発明の技術的意義を理解することができ,本件訂正発明を実施することが可能である。よって,本件訂正発明に係る特許は,実施可能要件及びサポート要件を満たす。
控訴人の主張に係る従来技術は不明確であり,本件訂正発明の構成及び効果との対比もできないから,控訴人の主張は失当である。
第4

当裁判所の判断

当裁判所も,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属し,本件特許には無効理由が存在するものの,適法な訂正請求をしたことにより当該無効理由が解消され,被告各製品は本件訂正発明の技術的範囲に含まれるから,被控訴人の請求はいずれも理由があると判断する。
その理由は,以下のとおりである。
1
本件発明について

(1)

本件明細書等の記載

原判決
「事実及び理由」
の第4の1(1)記載のとおりであるから,
これを引用する。
(2)

本件発明の特徴

本件明細書等の記載によれば,本件発明の特徴は,以下のとおりである。ア
本件発明は,回転軸の周囲に配列された複数のシリンダボア内にピストンを
収容し,回転軸の回転にカム体を介してピストンを連動させ,また,回転軸と一体化されていると共に,ピストンによってシリンダボア内に区画される圧縮室に冷媒を導入するための導入通路を有するロータリバルブを備えたピストン式圧縮機における冷媒吸入構造に関するものである(【0001】)。

従来,圧縮機において,吐出行程にあるシリンダボア内の冷媒がこのシリン
ダボアに連通する吸入通路からロータリバルブの外周面に沿ってシリンダボア外に洩れやすい。そして,このような冷媒漏れは,圧縮機の体積効率を低下させるという問題があった(【0004】)。

本件発明は,ロータリバルブを用いたピストン式圧縮機における体積効率を
向上させることを目的とするものである(【0005】)。

本件発明は,上記目的を達成するために,請求項1の構成を採用したもので
ある。
すなわち,本件発明は,吐出行程にあるシリンダボア内のピストンが,圧縮反力を受け,この圧縮反力が,ピストン及びカム体を介して回転軸に伝達され,回転軸に伝達される圧縮反力が,吐出行程にあるシリンダボアに向けてロータリバルブを付勢し,吐出行程にあるシリンダボアに向けて付勢されるロータリバルブが,吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けて付勢されるという構成を有する(【0007】【0008】)。そして,このような吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢するという構成は,吸入通路からの冷媒漏れ防止に寄与する(【0008】)。
また,本件発明における回転軸のラジアル軸受手段は,シリンダブロックが回転軸をロータリバルブを介して支持するというものであり,回転軸と一体化された導入通路の出口が,ロータリバルブの外周面上に設けられ,吸入通路の入口が,軸孔の内周面上に設けられ,軸孔の内周面にロータリバルブの外周面が直接支持され,さらに,これが唯一のラジアル軸受手段とされている(【0009】)。そして,このような支持構成は,吸入通路の入口に向けたロータリバルブの付勢による冷媒漏れ防止作用を高める(【0010】)。
さらに,本件発明におけるカム体のスラスト軸受手段の少なくとも一方は,シリンダブロックの端面に形成された環状の突条とカム体の端面に形成された環状の突条とに当接し,カム体の突条の径はシリンダブロックの突条の径よりも大きく,スラスト荷重吸収機能が付与されている(【0010】)。そして,このようなスラスト荷重吸収機能は,吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢する状態をもたらすような回転軸の変位を許容する(【0010】)。

本件発明は,吐出行程にあるシリンダボア内のピストンに対する圧縮反力に
より,吐出行程にあるシリンダボアに連通する吸入通路の入口に向けてロータリバルブを付勢し,吸入通路からの冷媒漏れを防止することによって,ロータリバルブを用いたピストン式圧縮機における体積効率を向上し得る(【0015】)。2
争点(1)(被告各製品が本件発明の技術的範囲に属するか)について


原判決の引用

次のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第4の2ないし4記載のとおりであるから,これを引用する。

原判決61頁25行目冒頭から62頁11行目末尾までを,次のとおり訂正
する。
「しかし,「押接」による「閉鎖」ないし「シール」という用語は,本件特許の特許請求の範囲請求項1に記載されているものではない。また,乙26意見書には「吸入通路の入口をシールすることに特徴がある」と記載されているものの,乙26意見書は,乙21発明等に基づく進歩性の欠如を理由とする拒絶理由通知(乙24)に対し,本件発明の構成と乙21発明等の構成との相違を強調した上で,「引用文献1に記載された発明(判決注:乙21発明)とは,…クリアランスを極めて小さくし,その結果,ロータリバルブからの冷媒漏れを抑制するというものです。…本願発明のように,ピストンに対する圧縮反力をロータリバルブへの付勢力に変換し,ロータリバルブの外周面を直接,吸入通路の入口に付勢することによって冷媒漏れを抑制する技術とは明確に異なるのです。」として,本件発明に進歩性がある旨主張するものである。「吸入通路の入口をシールすることに特徴がある」との記載のみをもって,被控訴人が,特許請求の範囲から,吸入通路の閉鎖をもたらす構成以外の構成を除外したとは評価できない。さらに,本件明細書等の段落【0043】は,本件発明の第1の実施形態について説明するものであって,この実施形態を基に特許請求の範囲を限定して解釈すべきではない。」

原判決63頁3行目冒頭から9行目末尾を,次のとおり訂正する。
「しかし,乙41報告書及び乙42証明書の実験において比較用圧縮機として使用されたのは,「スラスト荷重吸収機能が付与されていない」とされるスラスト軸受のみを用いた圧縮機であって,このような圧縮機が本件発明の従来技術であるということはできない。したがって,このような,スラスト荷重吸収機能が付与されていないスラスト軸受を用いた比較用圧縮機と被告各製品の効果が同等であることをもって,構成要件Fのスラスト荷重吸収機能が付与された「スラスト軸受手段」の解釈が左右されるものではない。」

原判決64頁9行目に「51h」とあるのを,「51d」と訂正する。

原判決72頁4行目に「30μmととで50μm」とあるのを,「30μm
と50μmとで」と訂正する。

原判決72頁15行目末尾に,改行の上,次を付加する。

「このように,乙44報告書をもって,被告各製品が本件発明の効果を奏していないということはできない。仮に,被告各製品が,クリアランスを30μmに設定し,シャフト用孔の全領域でシャフトを支持し,軸受がシリンダブロックの外側に突き出る長い構造を採用することでクリアランスを厳密に管理し,冷媒漏れを防止しているとしても,前記(引用に係る原判決64頁イ)のとおり,被告各製品は,吐出行程にあるシリンダボアのフロント側通路に向けて近づくようにシャフトの外周面が変位することによっても,冷媒漏れが防止されるものである。」カ
原判決の74頁26行目冒頭から75頁7行目末尾までを,次のとおり訂正
する。
「一方,本件発明の特許請求の範囲の記載からは,「唯一のラジアル軸受手段」との用語が,回転軸が軸受けされる位置が複数ある中で当該ラジアル軸受手段の位置が唯一の支持部であるという意義にも解釈できるし,他のラジアル軸受手段である転がり軸受やジャーナル軸受は採用されず,当該ラジアル軸受手段が唯一採用されたという意義にも解釈できる。
しかし,本件明細書等には,本件発明の従来技術として,ジャーナル軸受を採用した乙21発明が記載されており(【0002】),「唯一のラジアル軸受手段」との用語は,これとの対比で記載されたものと解される。さらに,本件明細書等には,回転軸は軸孔を介して直接支持されることが明記されており(【0019】),その一部の位置のみが支持されるとは限定されていない。本件明細書等に記載された【図1】では,軸孔112,122の端部側が小径となっており,この部分で回転軸21を軸受けしているほか,シール周面とロータリバルブの外周面のみからなる構造が唯一のラジアル軸受手段である旨説明されているが(【0040】【0042】【0044】),これらは,本件発明の第1の実施形態について説明するものであって,これをもって,本件発明の構成は限定されない。
また,本件特許の特許請求の範囲請求項2には,「前記回転軸を支持する軸孔の端部側には,他部位よりも小径のシール周面を有する請求項1に記載のピストン式圧縮機」と記載されていることからすれば,本件発明の構成は,回転軸を支持する軸孔の径に限定はないもの,すなわち,回転軸が軸受けされる位置については限定されていないものと解するのが自然である。
さらに,
本件明細書等には,
本件発明の第1の実施形態について,
「軸孔112,
122と回転軸21の周面との接触範囲が回転軸21の軸線211の方向に短いほど回転軸21が傾き易くなる。軸孔112,122内に他部位よりも小径のシール周面113,
123を設ける構成は,
回転軸21を傾き易くすることに寄与する。

と記載されているところ(【0044】),同記載は,軸孔と回転軸の周面との接触範囲が,回転軸の軸線の方向に短くなくても回転軸が傾くことを前提とするものであるから,同記載は,回転軸が軸受けされる位置が限定されないことを裏付けるものである。
そうすると,「唯一のラジアル軸受手段」との用語は,複数のラジアル軸受手段から,
当該ラジアル軸受手段が唯一採用されたという意義を有するものと解される。したがって,本件発明の「前記カム体から前記ロータリバルブ側における前記回転軸の部分に関する唯一のラジアル軸受手段」とは,カム体からロータリバルブ側における回転軸の部分について,直接支持されたラジアル軸受手段の他にラジアル方向の軸受手段が存在しないことを意味するものと解するのが相当である。」(2)

当審における控訴人の主張について
争点⑴イ(構成要件Cの「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」及
び構成要件Fの「スラスト軸受手段の少なくとも一方は前記圧縮反力伝達手段の一部をなし」の充足性)について
(ア)

「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」の意義
a
控訴人は,「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」は,本件発明に
特有の作用効果を生じさせる構成でなければならないことからすれば,かかる手段は,ロータリバルブを吸入通路の入口に接触させるなど,従来技術を超える手段を意味する旨主張する。
しかし,控訴人の上記主張は,本件発明と同じ構成を有し,かつ,ロータリバルブを吸入通路の入口に接触させないという従来技術が存在し,本件発明の効果は,かかる作用効果を超えるものであるから,本件発明の構成は,従来技術に何らかの構成を付加したものと解釈すべきであることを前提とするものである。しかし,そもそも,
そのような従来技術が存したということはできないから,
控訴人の主張は,
その前提を欠く。したがって,「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」の意義を,公知技術を参酌することにより,ロータリバルブを吸入通路の入口に接触させるなどの手段と限定して解釈すべきであるということはできない。なお,本件発明は,圧縮反力により,ロータリバルブが,吸入通路の入口に向けて付勢されるという構成を有するところ,当該構成を採用することにより,ロータリバルブの外周面が吸入通路の入口に近づき,圧縮室内の冷媒が吸入通路から漏れ難くなり,よって体積効率が向上するという効果が奏せられるものである(本件明細書等【0007】~【0010】【0015】)。そして,前記(引用に係る原判決64頁イ)のとおり,被告各製品は,吐出行程にあるシリンダボアのフロント側通路に向けて近づくようにシャフトの外周面が変位しているところ,これにより,
圧縮室内の冷媒がフロント側通路から漏れる程度は,当然に減少し,よって体積効率が向上するという効果を奏する。したがって,被告各製品が,本件発明の効果を奏していないとはいえない。
b
控訴人は,ラジアル軸受手段は回転軸を支持するものであるから(構成要件
E),ロータリバルブの外周面が軸孔内周面に接触している必要があることを前提に,回転軸は,吸入通路入口の周囲において接触すると主張する。しかし,本件発明における回転軸のラジアル軸受手段とは,シリンダブロックが回転軸をロータリバルブを介して支持するという意味にとどまり,ロータリバルブが吸入通路の入口に向けてどのように付勢されるかとは関係がないから,控訴人の主張は失当である。
c
控訴人は,被控訴人が,本件訂正の際に甲10上申書において,吸入通路入
口が閉鎖されることを明らかにしたことから,本件発明において,吸入通路入口が閉鎖されることは明らかであると主張する。
しかし,甲10上申書には,ロータリバルブの外周面を用いて冷媒を漏れ難くする旨記載されているにとどまる。ロータリバルブの外周面が吸入通路の入口に近づけば,冷媒は漏れ難くなるのであるから,かかる記載をもって,ロータリバルブが吸入通路の入口を閉鎖するとまで解釈することはできない。
(イ)

「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」の充足

控訴人は,乙66報告書や乙42証明書を基に,被告各製品と,被告各製品に滑り軸受を設けた製品又は被告各製品のスラスト軸受をスラスト荷重吸収機能を有しないスラスト軸受に変更した製品との間に,
体積効率の差異はないことからすれば,
被告各製品におけるラジアル軸受手段及びスラスト軸受手段は,従来技術以上の本件発明の効果を享受しておらず,被告各製品には,「ロータリバルブを付勢する圧縮反力伝達手段」に対応する構成は存在しないと主張する。
しかし,被告各製品に滑り軸受を設けた製品又は被告各製品のスラスト軸受をスラスト荷重吸収機能を有しないスラスト軸受に変更した製品が,従来技術であるということはできないから,乙66報告書や乙42証明書を基に,被告各製品は本件発明の効果を奏していないといえるものではない。控訴人の上記主張は採用できない。

争点⑴ウ(構成要件Eの「前記軸孔の内周面に前記ロータリバルブの外周面
が直接支持される」及び「唯一のラジアル軸受手段」の充足性)について控訴人は,本件特許の親出願の出願過程における乙30意見書において,被控訴人は,「回転軸を支持する軸孔はバルブ収容室を含めすべて同じ径で形成されていて,軸孔全体で回転軸24を支持する」ような構成は排除される旨主張していたと主張する。
しかし,前記(引用に係る原判決59頁(イ))のとおり,控訴人の主張は,採用できない。
(3)

小括

よって,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属するというべきである。3
争点(2)本件発明に係る特許は特許無効審判により無効にされるべきものか)(

について


原判決の引用

次のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第4の5ないし7記載のとおりであるから,これを引用する。

原判決98頁13行目に「「軸支部38」を設け」とあるのを,「「軸支部
38」に設け」と訂正する。

原判決99頁19行目「そこで」から101頁10行目末尾までを,次のと
おり訂正する。
「しかし,乙19公報には,ピストンの圧縮動作時に発生する圧縮反力が,斜板を介して回転軸に対し,回転軸のラジアル方向の分力として作用することで,ラジアルベアリングに大きな負荷がかかるものであるところ,その大きな負荷を解消するために反力付与手段を設けた圧縮機が記載されている(【0003】~【0006】【0043】)。そして,反力付与手段は,圧縮反力のラジアル方向の分力と反対方向の力を作用させて圧縮反力のラジアル方向の分力を相殺し,軸支部38」「
を押し付ける力を零にしようとするものであって(【0013】【0035】【0036】),圧縮反力自体をなくすことにより,圧縮反力のラジアル方向の分力をなくすものではない。したがって,乙19公報に記載された圧縮機は,反力付与手段の有無に関係なく,ピストンの圧縮動作時に発生する圧縮反力が,斜板を介して回転軸に対し,回転軸のラジアル方向の分力として作用することにより,軸支部38が付勢され,軸支孔37の内周壁に圧接されるものということができる。そうすると,乙19公報に記載された冷媒ガス吸入構造は,圧縮動作時に少なくとも斜板27を含む手段が,回転軸16上の大径の軸支部38に,ラジアル方向の分力を作用させ,軸支部38を付勢し,これを軸支孔37の内周壁を圧接するものということができる。
以上によると,本件発明と乙19発明とは,「吐出行程にある前記シリンダボア内の前記ピストンに対する圧縮反力を回転軸に伝達して,軸孔の内周面に向けて前記回転軸を付勢する手段」を有する点で一致する。
したがって,被控訴人の前記主張は採用することができない。また,本件発明と乙19発明とは,上記の点で一致するから,本件発明の効果を乙19発明が奏しないものということはできず,また,当該効果が乙19発明から予測できない顕著なものであるということもできない。」

原判決115頁22行目冒頭から119頁21行目末尾までを,次のとおり
訂正する。
「乙21発明は,ラジアル軸受手段として,ジャーナル軸受であって,滑り軸受とそれによって支持される回転軸の一部としてのジャーナル部とから構成される軸受を採用することにより,滑り軸受の円筒内面の仕上げ加工を容易に行い,ジャーナル部とのクリアランスを極めて小さくすることを可能とした発明である(【0006】【0007】)。また,乙21発明において,ジャーナル軸受25及び26は,回転軸24のジャーナル部24a及び24bと,滑り軸受35及び36から成るところ,滑り軸受35及び36は,例えば金属ベースの上にフッ素樹脂等を積層した比較的薄肉のものであって,シリンダブロックの貫通穴33及び34の中に打ち込んで回転軸と一体化した後,ジャーナル部24a及び24bの外径に極めて近い内径となるように精密加工されるものである(【0016】)。このように,乙21発明において,ラジアル軸受手段として「滑り軸受35及び36」を有するジャーナル軸受が採用されたのは,滑り軸受の円筒内面の仕上げ加工を容易に行い,ジャーナル部とのクリアランスを極めて小さくするためである。そして,円筒内面の仕上げ加工を容易に行えるのは,例えば金属ベースの上にフッ素樹脂等を積層した比較的薄肉のものである滑り軸受35及び36があらかじめ準備され,滑り軸受35及び36はシリンダブロックの貫通穴33及び34の中に打ち込まれることにより回転軸と一体化され,その後,ジャーナル部24a及び24bの外径に極めて近い内径となるように滑り軸受35及び36を精密加工できることによるものと解される。したがって,乙21発明において,ラジアル軸受手段として「滑り軸受35及び36」を有するジャーナル軸受が採用されたのは,クリアランスを極めて小さくするという課題の解決手段として必須の構成であるということができる。
そうすると,ラジアル軸受手段として「滑り軸受35及び36」を有するジャーナル軸受を採用することを必須の構成とする乙21発明に,「滑り軸受35及び36」
を有しない構成である,
「回転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」
である技術を適用することは,乙21発明の必須の構成を無くすことになるから,動機付けを欠くというべきである。
このことは,仮に「回転軸をシリンダブロックにより直接支持する構成」が周知慣用技術として認められたとしても,左右されるものではない。
(5)

控訴人の主張に対する判断

控訴人は,フッ素樹脂等の固体潤滑材を,軸孔の表面にコーティングすることにより低摩擦を実現することは慣用技術であると主張する。
しかし,控訴人主張の技術が慣用技術としてあったとしても,別部材である「滑り軸受35及び36」に固体潤滑材を用いることと,シリンダブロックに固体潤滑材を用いることは異なるから,乙21発明において「滑り軸受35及び36」を用いる必然性はないということはできない。」
(2)

当審における控訴人の主張について
争点(2)エ(〔無効理由4〕乙19(2)発明による新規性欠如)について控訴人は,乙19公報から,乙19発明の従来技術であって,反力付与構造(相違点1-1)
を除いた冷媒ガス吸入構造である乙19(2)発明を認定することができ,本件発明は新規性を欠く旨主張する。
しかし,乙19公報に,乙19発明の従来技術として,反力付与構造を除いた冷媒ガス吸入構造という発明が記載されているとは認められない。乙19発明は,従来,圧縮反力により大きなラジアル方向の負荷が加わっても,回転軸の円滑な回転に支障がないように,ラジアルベアリングとしてニードルベアリングやボールベアリング等の転がり軸受が使用されていたが,転がり軸受が高価であることから,その製造コストの低減を図ることを課題とするものである(乙19公報【0003】【0004】)。乙19発明の従来技術は,ラジアルベアリングとして転がり軸受を採用するものであって,乙19発明から反力付与構造を除いたものにすぎず,軸支孔が回転軸の外周面を支持するものであるということはできない。したがって,
乙19公報から乙19(2)発明を認めることはできず,本件発明が乙19(2)発明であるから新規性を欠くとの控訴人の主張は,
その前提において誤りが
ある。

争点(2)オ(〔無効理由5〕乙19(2)発明及び乙4発明による進歩性欠如)
について
控訴人は,
本件発明は,
乙19(2)発明と乙4発明とに基づいて当業者が容易に発
明をすることができたものであると主張する。
しかし,
前記アのとおり,
乙19公報から乙19(2)発明を認めることができない
から,
乙19(2)発明に基づき本件発明は進歩性を欠くとの控訴人の主張は,その前
提において誤りである。
(3)

小括

よって,本件特許には,乙19発明及び乙4発明による進歩性欠如の無効理由が存在するというべきである。
4
争点(3)(本件訂正による対抗主張の成否)について
(1)

原判決の引用

原判決126頁2行目冒頭から128頁26行目末尾までを,次のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第4の8ないし10記載のとおりであるから,これを引用する。
「(2)

相違点1-1’に係る構成の容易想到性

乙19発明は,回転軸を支持するラジアルベアリングとして,製造コスト低
減のために,転がり軸受ではなく,滑り軸受を採用したものである(【0003】【0004】)。また,乙19発明は,滑り軸受を採用しても回転軸の円滑な回転に支障が生じないようにするために,回転軸が滑り軸受に強く圧接されないための構成として,
ラジアル方向へ作用する力と反対方向の力を回転軸に付与するために,回転軸の外面に凹部と,それに高圧ガスを導入するためのガス通路とから構成される反力付与構造39を設けたものである【0005】

【0006】
【0043】。

したがって,乙19発明において回転軸の外面に凹部などの反力付与構造が設けられたことは,製造コスト低減という課題の解決手段として滑り軸受を採用するための必須の構成であるということができる。
そうすると,回転軸の外面に凹部などの反力付与構造39を設けることを必須の構成として有する乙19発明に,溝部25bを除く回転弁22の外周面の形状が特定されていない乙4発明を適用しても,「前記ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状」とされる本件訂正発明の構成には至らないというべきである。

また,乙19発明は,両頭ピストンの両側に「吸入弁機構35」を有するも
のであるところ,
これに,
乙4発明の
「駆動軸6の後端に装着されているとともに」

「吸入通路25を有する回転弁22」
を適用した場合,
吸入通路を有する回転弁が,
回転軸の両端部に配置されることになる。
そして,乙19発明は,「吸入弁機構35」を有するから,回転軸16に通路は形成されていない。また,乙4発明の「回転弁22」も「駆動軸6の後端に装着されている」から,回転弁22には,駆動軸の後端から冷媒が吸入され,駆動軸に通路は形成されていない。そうすると,乙19発明に乙4発明を適用しても,吸入通路を有する回転弁が,回転軸の両端部に配置されるにとどまり,回転弁の各吸入通路が,回転軸内に形成された通路を介して連通されることはない。そして,乙4発明は,回転弁22に駆動軸6の後端から冷媒が吸入されるものであるから,乙19発明に乙4発明を適用した場合,回転弁の各吸入通路には回転軸の各端部から冷媒が吸入される構成となる。
したがって,乙19発明に乙4発明を適用しても,「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」という本件訂正発明の構成には至らないというべきである。

よって,乙19発明に乙4発明を適用しても,本件訂正発明の構成に至らな
いから,乙19発明及び乙4発明に基づき,相違点1-1’に係る本件訂正発明の構成を当業者が容易に想到できたものであるということはできない。(3)

控訴人の主張
(当審における無効理由2の解消に関する主張を含む)
につい


控訴人は,凹部40の大きさは,滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な回転

に支障が生じないように当業者が適宜選択すべき設計事項にすぎないから,滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な支障が生じないのであれば,凹部40を設ける必要がない旨主張する。
しかし,乙19発明は,滑り軸受を採用することによって,回転軸に円滑な回転の支障が生じることを前提に,これを軽減するために,凹部40等から構成される反力付与構造39を採用したものである。滑り軸受を使用しても回転軸の円滑な支障が生じないことを前提として,乙19発明を解釈する控訴人の上記主張は,採用できない。

控訴人は,凹部40を持たない圧縮機は従来存在した,本件訂正発明は滑り
軸受構造を使用しても回転軸の円滑な回転に支障を生じないから凹部40が設けられていないにすぎない,凹部40は本件訂正発明の特徴と無関係であるなどと主張する。
しかし,乙19発明は,滑り軸受を採用することによって回転軸の円滑な回転に支障が生じることを軽減するために,凹部40等から構成される反力付与構造39を採用したものである。乙19発明において回転軸の外周面に凹部40を採用した技術的意義を捨象して,乙19発明に基づく容易想到性を判断できるものではないから,乙19発明を離れて凹部40の意義を解釈する控訴人の主張は,採用できない。

控訴人は,乙19発明において,凹部40は反力付与構造の一構成要素にす
ぎず,ガス通路41を設けるだけでも,回転軸の外周面に圧力をかけることができると主張する。
しかし,乙19公報には「各反力付与構造39は吐出圧導入溝40a及び圧力作用部40bよりなる凹部40と,
複数のガス通路41とから構成されている」【0

043】)と記載されており,凹部40を有さずに,ガス通路を設けるだけの反力付与構造39は当業者が容易に想到できるものではない。凹部40を反力付与構造の一構成要素にすぎないとする控訴人の主張は,採用できない。

控訴人は,
両頭ピストン型のロータリバルブを配設した圧縮機において,
「ロ

ータリバルブの各導入通路は回転軸内に形成された通路を介して連通」したものとすることは周知技術であるから,当業者は,周知技術を適用し,回転軸内の通路によって両導入通路が連通する構成を容易に想到する旨主張する。
しかし,前記(2)イのとおり,乙19発明に乙4発明を適用した圧縮機において,回転軸の各吸入通路は,回転軸内に形成された通路を介して連通されていない構成を有する。そうすると,乙19発明に乙4発明を適用した上で,さらに控訴人主張の上記周知技術を適用するのは容易に想到できるものではない。
また,前記(2)イのとおり,乙4発明は,回転弁22に駆動軸6の後端から冷媒が吸入されるという技術を開示するものであるから,乙19発明に乙4発明を適用した圧縮機においては,回転弁の各吸入通路には,回転軸の端部から冷媒が吸入されるものである。乙19公報に,フロントハウジング側の回転軸近傍に吸入室として利用できる空洞が存在せず,また回転軸と吸入室33との間の距離の離れた実施例の図面(【図4】)が記載されていたとしても,乙19発明は,そのように特定された圧縮機に関する発明ではない。そして,乙19発明に乙4発明を適用した圧縮機においては,回転弁の各吸入通路には,回転軸の端部から冷媒が吸入されるのであるから,さらに控訴人主張の上記周知技術を適用し,回転軸に通路を形成して,各吸入通路を連通する必要はない。
なお,乙19公報には,「例えば特開平5-126039号公報(判決注:乙4公報)に開示されているように,回転軸16のラジアルベアリングと対応する部分にロータリバルブを配設した圧縮機において,そのロータリバルブ上に反力付与構造39を配設すること。」と記載されているとしても(【0049】),同記載は,ロータリバルブ上に反力付与構造39を配設することを開示するものであるから,同記載をもって,両頭ピストン型のロータリバルブを配設した圧縮機全体の何らかの構成を想定できるものではない。
したがって,控訴人主張の周知技術を斟酌しても,乙19発明に乙4発明を適用することにより,「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」
という本件訂正発明の構成には至らないというべきである。

(2)

当審における控訴人の主張について
争点(3)ア(本件訂正が訂正要件を充たしているか)について

控訴人は,本件発明と本件訂正発明とで,「付勢」の持つ意味は変更されているはずであるから,本件訂正は実質的に「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものではなく,特許法134条の2第1項に違反する旨主張する。
しかし,
本件訂正は,
ロータリバルブの外周面に,
導入通路の出口以外には,
溝,
凹部等が設けられていないという構成を加えるものであり,また,前側のロータリバルブの導入通路と後側のロータリバルブの導入通路との関係について,回転軸内に形成された通路によって連通しているという構成を加えるものであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とするものであることは明らかである。
そして,控訴人が「付勢」の持つ意味が本件訂正でどのように変更されたかについて具体的に主張していないことを措くとしても,「付勢」について,勢いを付けるという意義が,本件訂正の前後で変更されたとは認めらない。
したがって,本件訂正は,特許法134条の2第1項の規定に適合するものである。

争点(3)ウ(新たな無効理由の存否)について

控訴人は,本件訂正発明に係る特許は,実施可能要件及びサポート要件を満たしていないから無効である旨主張する。
しかし,本件明細書等の発明の詳細な説明には,本件訂正発明の課題及び課題を解決する手段が記載され,実施例において,具体的な構成,当該構成の意義,当該構成の作用,当該構成により得られる効果が記載されている。
したがって,本件明細書等の発明の詳細な説明には,当業者が本件訂正発明の実施をすることができる程度に明確かつ十分な記載がある。また,本件訂正発明は本件明細書等の発明の詳細な説明に記載されたものであって,同記載により当業者が本件訂正発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである。よって,本件訂正発明に係る特許は,実施可能要件及びサポート要件を満たす。これに対し,控訴人は,本件訂正発明は,従来技術の構成から生じる作用効果を超える作用効果を生じさせる構成を有することを前提に,本件訂正発明に係る特許は,実施可能要件及びサポート要件を満たしていないから無効である旨主張する。控訴人の上記主張は,本件訂正発明と同じ構成を有し,かつ,ロータリバルブを吸入通路の入口に接触させないという従来技術が存在し,本件訂正発明の効果は,かかる作用効果を超えるものであるから,本件訂正発明の構成は,従来技術に何らかの構成を付加したものと解釈すべきであることを前提とするものである。しかし,
そもそも,そのような従来技術が存したということはできないから,控訴人の主張は,その前提を欠き,失当である。
(3)

小括

よって,本件特許には無効理由が存在するものの,適法な訂正請求をしたことにより当該無効理由が解消されるというべきである。
そして,前記2のとおり,被告各製品は本件発明の技術的範囲に属するところ,控訴人は,被告各製品が,本件訂正に係る本件訂正発明の構成,すなわち,「前記ロータリバルブの外周面は,前記導入通路の出口を除いて円筒形状とされ」との構成,及び「前記ロータリバルブの各導入通路は前記回転軸内に形成された通路を介して連通し」との構成を充足することは争わない。したがって,被告各製品は本件訂正発明の技術的範囲に含まれるというべきである。
5
結論

以上のとおり,被控訴人の請求はいずれも理由があるから,被控訴人の請求をいずれも認容した原判決は,相当であって,本件控訴は,これを棄却すべきである。なお,被控訴人は,当審において,第1審で求めていた半製品の廃棄に係る部分を取り下げ,原判決主文2項のうち,半製品の廃棄に係る部分は,当然にその効力を失っているから,その旨を明らかにすることとして,主文のとおり判決する。知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官

髙部
裁判官

山門優
裁判官

片瀬亮眞規子
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