判例検索β > 平成26年(わ)第1589号
事件番号平成26(わ)1589
裁判年月日平成29年11月7日
法廷名京都地方裁判所
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平成29年11月7日宣告
第852号,第1142号
殺人,強盗殺人未遂被告事件


被告人を死刑に処する

理由
【罪となるべき事実】
第1

(平成26年12月10日付起訴状記載の公訴事実)
被告人は,平成25年12月28日の概ね午後6時頃から午後9時53分まで
の間に,京都府向日市a町bc番地A方において,A(当時75歳。以下「A」という。)に対し,Aの遺産を取得する等の目的で,殺意をもって,カプセルに入れた致死量のシアン化合物を服用させ,よって,同日の概ね午後7時頃から午後9時53分までの間に,同所2階8畳洋間において,Aをシアン中毒により死亡させた。
第2

(平成27年2月18日付起訴状記載の公訴事実)
被告人は,平成24年3月9日午後4時30分頃から午後5時頃までの間に,
大阪府貝塚市de番地f店内において,B(当時71歳。以下「B」という。)に対し,Bの遺産を取得する等の目的で,殺意をもって,カプセルに入れた致死量のシアン化合物を服用させ,同日午後5時頃,同府泉佐野市gh丁目i番j号先路上において,Bをシアン中毒に陥らせ,よって,同日午後6時21分頃,同市内の病院において,Bをシアン中毒により死亡させた。
第3

(平成27年7月2日付起訴状記載の公訴事実)
被告人は,C(以下「C」という。)に対して少なくとも約4000万円の債
務を返済する必要に迫られていたが,Cを殺害してその返済を免れようと考え,平成19年12月18日の概ね午後2時頃,神戸市k区lm番n号o駅付近において,C(当時78歳)に対し,殺意をもって,カプセルに入れたシアン化合物を服用させ,その頃,同区pq丁目r番s号先路上において,Cをシアン中毒に陥らせたが,Cが救急搬送されて治療を受けたため,Cにシアン中毒に基づく全治不能の高次機能障害,視力障害の傷害を負わせたにとどまり,殺害の目的を遂げなかった。
第4

(平成27年9月30日付起訴状記載の公訴事実)
被告人は,平成25年9月20日の概ね午後7時頃,兵庫県伊丹市t町u丁目
v番地w店内において,D(当時75歳。以下「D」という。)に対し,Dの遺産を取得する等の目的で,殺意をもって,カプセルに入れたシアン化合物を服用させ,その頃,同店駐車場に駐車中の自動車内において,Dをシアン中毒に陥らせ,よって,同日午後8時57分頃,同県西宮市内の病院において,Dをシアン中毒により死亡させた。
【争点に対する判断】
弁護人は,①各公訴事実の事件性,被告人の犯人性,殺意及び責任能力(責任能力については判示第3の事実を除く。)について合理的な疑いが残る,②被告人に訴訟能力はない,③死刑は憲法に違反すると主張するため,以下検討する(なお,証人の引用については,証人の姓のみを示すことがある。)。
第1

判示第1の事実(以下「A事件」という。)について

1
事件性


Aの死亡状況
Aは,
平成25年12月28日午後3時頃
(以下,
⑴,
⑵での時刻表記は,
同日を指す。),判示第1記載のA方で隣人と会話をした後,午後9時53分にA方2階8畳洋間で心肺停止の状態で発見され,病院に救急搬送されたものの,
午後10時52分に死亡が確認された
(甲471,
証人W1,
W2)

午後9時53分の時点ではAの顎関節に死後硬直は生じておらず(証人W2),顎関節の硬直が遅くとも死後約二,三時間以内に生じることからすれば(証人W3,W4),Aの死亡時刻は概ね午後7時頃から午後9時53分までの間であったと認められる。


Aの死因
Aの遺体を解剖したところ,Aの胃には食後約1時間以内と考えられる未消化の胃内容物が含まれていたから,Aは食後約1時間以内で急死したと認められる。しかし,Aの遺体には,一般的な急死の原因である外傷も,心筋梗塞や脳梗塞等の病気も見当たらなかった。一方で,Aの心臓血及び大腿血からは致死量を超えるシアン化物イオン(シアン化合物が,水中において陽イオンとシアン化物イオンに電離したもの)が検出され,胃内容物からもシアン化物イオンが検出された。シアン(青酸)は,人の細胞への酸素供給を阻害し,細胞の活動を停止させる(このような状態をシアン中毒という。)猛毒である(証人W5,W6,W7,W3,W4。なお,シアン化物イオンを検出した検査方法は,日本工業規格で定められた適正なものと認められる。)。
そして,Aの胃底部(胃の上部)には,固体のシアン化合物が接触したと考えて矛盾しない限局したびらん(軽度に溶解した部分)が生じていた。シアン化合物は体内で生成される物質ではなく,肛門や血中から胃に至るとも考え難いから,Aはシアン化合物を口から服用したといえる(証人W3)。さらに,口から直に服用した場合には,唇,口腔及び食道にびらんが生じるはずであるが,Aのこれらの部位にはびらんがなかったから,Aは,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したと認められる(証人W3,W4)。
Aが食後約1時間以内で死亡しており,シアン化合物を服用したのは食事の後であること(証人W3)からすれば,Aがシアン化合物を服用してから死亡するまでの時間は,概ね1時間以内であると認められる。一方で,シアン化合物が胃に入ってから死に至るまでの時間は早ければ数分程度であり,カプセルには胃に入ってから五,
六分ほどで溶けるものもある。
したがって,
Aがカプセル又はオブラート等に入ったシアン化合物を服用してから死亡するまでの時間は,数分ないし概ね1時間以内であったといえ,服用時刻は,概ね午後6時頃から午後9時53分までの間と認められる(なお,弁護人がシアン中毒の特徴的所見と主張する嘔吐やけいれんなどの症状は,シアン中毒の場合に必ず生じるものではないし,Aの胃内容物からカプセルが発見されていないことも,カプセルが溶けたと考えれば矛盾しない。)。また,死亡に至るような重いシアン中毒になると,短時間のうちに意識障害を生じて死亡する(証人W3,W4)から,遠くまで移動することは難しいと考えられ,Aが食後1時間以内に死亡していることや,Aが午後3時頃にA方におり,午後9時53分にA方で心肺停止状態であったことも併せ考えれば,AはA方においてシアン化合物を服用したと認められる。このことは,被告人が救急隊員に説明した際や後日遺族年金を請求した際に,Aが夕食後に2階へ上がり,その後様子を見に行くと倒れていたと説明していることとも矛盾しない(証人W2,甲475)。


Aの死因が他殺であること
まず,事故の可能性について検討すると,シアン化合物は,金属メッキ業を中心に使用され,国内ではE株式会社(以下「E」という。)だけが製造,販売している猛毒である。そして,毒物及び劇物取締法によって,この法律で認められていない相手方への譲渡等は禁止されており,Eにおいても厳重に保管,管理されている。したがって,一般の消費者がシアン化合物を適法に入手する方法はなく,これを入手しうるのは,小規模なメッキ業者等で管理がずさんな者から違法に譲り受ける等の,例外的な場合に限られる(証人W8)。
そして,Aの元勤務先であるF株式会社(以下「F」という。)では,シアン化合物をメッキ加工に使用していたが,AはFで勤務中,メッキ加工を担当する部門に配属されたことはなかった上,Fでは,シアン化合物の保管庫の鍵は厳重に管理されており,シアン化合物の使用状況も台帳によって管理され,過去にシアン化合物を紛失したことはなかった(甲476,証人W9)。したがって,AがFからシアン化合物を入手した上で誤飲するなど,事故の可能性は考えられない。
次に,自殺の可能性について,弁護人は,Aが悲しみ,悩みなどを抱えていたと主張するが,Aは自宅及び相当額の預貯金等を有していて,経済面にも健康面にも特段の問題はなく(甲483,証人W10),特に,被告人と結婚した後の平成25年11月から12月にかけて,楽しい人生を過ごしていきたい,明るい老後に向かって頑張ろう,人生を永らえて被告人と過ごせることが嬉しいなどといった趣旨のメールを被告人に送信し,同月中には被告人と同居を始め,餅つきをして年越しの準備をするなど(甲477,478,証人W11),被告人との生活を継続する意図を有していた。また,死亡当日の午前中に診察した主治医が見ても,思い悩むとか体調不良といった症状は見られず,パソコンで株価を見るなど通常の生活を送っていた(証人W10,甲479)。このような状況のAが,入手困難なシアン化合物をわざわざ入手して自殺するとは考えられない。


まとめ
以上によれば,何者かが,平成25年12月28日の概ね午後6時頃から午後9時53分までの間に,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をAに服用させたことにより,Aはシアン中毒に陥り,同日の概ね午後7時頃から午後9時53分までの間に死亡したと認められる。
2
犯人性


被告人に本件犯行が可能であったこと

被告人がシアン化合物を所持していたこと
平成26年8月,被告人が便利屋に廃棄を依頼したA方のプランターの土の中から,シアン化物イオンを含んだ茶色の粘液様の物質入りチャック式ビニール袋(甲447。以下「本件ビニール袋」という。)が発見され,同物質は,シアン化ナトリウム,植物細胞,でん粉などの混在物が数か月にわたって土の中に埋められ,吸湿したことにより着色,粘液化したものと推定された(証人W12,W13,W5)。シアン化ナトリウムを含むシアン化合物が通常は入手困難な猛毒であることに加え,前記プランターが置かれていたA方の裏庭の状況などからすれば,A及び被告人以外の第三者が本件ビニール袋を埋めたとは考え難い。また,入手方法も入手の動機もないAがこれを埋めたとも考え難く,被告人以外の者がこれを埋めた可能性は低い。
一方で,被告人がA方と行き来していた堺市内の被告人のマンションから,本件ビニール袋とその模様,形状から同種と思われるジッパー式保存袋が発見されている(甲447,448,証人W13,W14)。そして,被告人が,2回目の結婚をした平成18年より前,印刷工場を経営していた際に毒を入手したと公判廷で供述していること(なお,被告人の当該公判供述は,他の供述が変遷したりする中で一貫している上,毒に関して被告人は「捨てておけばこんなことにはならなかった」などと体験していなければ表現できないような供述をしているから,信用できる。),被告人がA方に居住するようになった後に土の中に埋められたとしても時期的に矛盾しないことからすれば,被告人がこれを埋めたと推認できる。このことからすれば,被告人は,遅くとも平成18年頃以降,本件犯行当時まで,シアン化合物を所持していたと認められる。
これに対して弁護人は,プランターがA方から搬出され,警察官が任意提出を受けるまでの間に,誰かが本件ビニール袋をプランター内に埋めた可能性があると主張する。しかし,プランターはこの間,便利屋の使用する軽トラック荷台に積み込まれて,又はその自宅ガレージにブルーシートをかぶせられて保管されていた。それにもかかわらず,第三者が,たまたま被告人のマンションから発見されたものと同種の本件ビニール袋を所持しており,土の中などで数か月間保管されたことにより吸湿した,一般に流通していないシアン化物イオン含有の茶色粘液様物質を偶然入手し,これをプランターの土の中にわざわざ埋める理由など考えられず,そのような想定は,現実的ではない。したがって,弁護人の主張は採用できない。イ
被告人はAにカプセル等を飲ませることができる関係にあったこと被告人は,平成25年11月にAと結婚し,同年12月中旬にはA方でAと同居を始め,食事を共にするなどしており(甲470,477),被告人は,妻として,疑いを持たれることなくカプセル等をAに服用させることが可能であったと認められる。


被告人がシアン化合物をカプセルに詰め替えられたこと
堺市内の被告人のマンションには,犯行直後の平成26年1月5日,空のカプセル及びカプセル入り健康食品が保管されていた(甲481,証人W14)。そして,固体のシアン化合物は,簡単に粉末状にすることができるところ(証人W8),被告人は,こぼしたりすることなく,カプセルの中身を取り出し,お椀の中で他の粉末と混ぜ合わせてカプセルに詰め替える作業を行うことが可能であった(証人W15)。


まとめ
以上のとおり,被告人は,シアン化合物を入手すれば,カプセルにこれを詰め替え,日常生活の中でAに飲ませることができたところ,本件犯行当時,シアン化合物を実際に所持していたと認められるから,被告人は本件犯行が可能であったといえる。



犯行時間帯に,被告人がAと一緒にいたこと
被告人が,平成25年12月28日午後9時47分にA方の固定電話から119番通報をし(甲471,474),救急隊員がA方に到着した際にAの妻を名乗る女性のみがおり,他の者はいなかったこと(証人W2。なお,被告人以外の者がAの妻を名乗ることは考え難いため,A方にいたのは被告人であると認められる。),被告人が,救急隊員,隣人及び日本年金機構に対し,Aは夕食後に2階に上がったが,その後倒れているのを発見したなどと,Aと一緒にA方にいた前提で一貫して説明していること(証人W2,W1,甲475)から,被告人は,犯行時間帯にA方にいたと認められる。被告人も,公判廷でA方にはAと被告人しかいなかったと供述し,それ以外の第三者が犯行時にいたなどとは一切供述していない上,当時,Aと同居していたのは被告人だけであって(甲470,証人W11),A及び被告人以外の第三者が,被告人に気付かれることなく犯行時間帯にA方にいた可能性は,相当低い。


犯行前後の被告人の特異な行動
被告人は,平成25年11月にAと結婚し,配偶者として遺産を相続できる地位にあった(甲470)。そして,被告人は,Aの死亡2日後にはA方の手提げ金庫の解錠を業者に依頼した(甲187,証人W16)ほか,死亡の翌月以降,Aが預貯金口座を有していた複数の金融機関からの現金の引き出しを試み,Aの兄妹に印鑑登録証明書等の相続に必要な書類を送るよう依頼するなどしていたから(甲483,証人W11),被告人は,Aの死亡から間もなく,その遺産を取得しようとしていたと認められる。加えて,被告人が,Aと結婚した翌月に,別の男性と見合いをして交際を開始したことは(甲484,証人W17),Aの死亡を前提としていたとしても矛盾がない行動である。このような犯行前後の被告人の特異な行動からすれば,被告人は,Aの死亡以前から,Aの遺産を取得しようとしていたと認められる。これに対して弁護人は,A死亡後の被告人の行動は,被告人が生活費等を得るために行ったものであって,
不自然なものではないと主張する。
しかし,
被告人は,Aの死亡後3週間も経たないうちに3つの金融機関の相続手続を開始し,死亡の約1か月後には,証券会社に取引の開始の申込みをし,3000万円以上の資産運用を予定するなど(甲483),Aが有するほとんどの遺産を早期に取得しようとし,運用までもくろんだ。被告人がこれらの行動を,生活費等を得るためのみに行ったとみるには不自然である上,生活費等を得る目的と,遺産取得目的は併存しうるものである。したがって,弁護人の主張は採用できない。


まとめ
以上のとおり,被告人は,通常は入手困難なシアン化合物を所持するなど本件犯行が可能であった上,Aがシアン化合物を服用した前後の時間帯に,AとA方におり,さらに,Aの死亡以前から,Aの遺産を取得しようとしていた。これらのことからすれば,Aにシアン化合物を服用させた犯人としては,被告人しか考えられない。このような状況で被告人が犯人でないとすれば,被告人以外の第三者が,犯行可能性が極めて乏しい中で犯行を行ったことになるが,このような想定は合理性を欠く。
加えて,被告人は,公判廷において,Aに毒入りカプセルを飲ませて殺害したという核心部分ではほぼ一貫した供述をしており,その供述が信用できることも併せ考えれば,被告人が,Aの遺産取得等の目的で,カプセルに入れたシアン化合物をAに飲ませたと認められる。

3
殺意
シアン化合物は人が服用すれば短時間で死に至る即効性のある猛毒であるが,被告人が捜査段階の再現実験において,ビニール手袋及び耳かきを用いてこれに触れないようにカプセルに詰め替えていたこと,被告人にAの遺産を取得する意図があったこと,公判廷においてその毒性について認識していたことを自ら認めていること(第8回公判被告人質問39頁)からすれば,被告人はシアン化合物が猛毒であることを認識しており,被告人に殺意があったことは優に認められる。

第2

判示第2の事実(以下「B事件」という。)について
1
事件性


Bの死因
Bは,平成24年3月9日午後5時頃,判示第2記載の路上をバイクで走行中,意識を失って転倒し,病院に救急搬送されたものの,同日午後6時21分に死亡が確認された(甲487~489,証人W18)。
Bの遺体には外傷や病気等明確な死因となるものは見当たらず,一方でその心臓血からは致死量を超えるシアン化物が,胃内容物からもシアン化物が検出された上,Bの胃底部には,固体のシアン化合物が接触したと考えて矛盾しないびらんが生じていた(甲489,証人W19,W20,W4。なお,シアン化物を検出した検査方法は,一般に承認されたもので,経験豊富な研究員が検体に合う方法を選択した適正なものと認められる。)。
Bの口腔や食道にはびらんがなかったから(証人W20),Bはカプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したと認められる。そして,カプセル又はオブラート等に入ったシアン化合物を服用してからシアン中毒を発症するまでの時間が長くて二,三十分以内であることからすれば(証人W4),Bは,本件当日の午後4時30分頃から午後5時頃までの間に,カプセル又はオブラート等に入ったシアン化合物を服用したと認められる。
これに対して弁護人は,解剖医は,Bが求心性心肥大による致死性不整脈であったと結論付けていたから,病死の可能性があると主張する。しかし,前記の診断は,当初は明確な死因が見つからなかった一方,Bの心臓が一定程度肥大していたために,除外診断としてなされたものにすぎず,シアン化物が体内から検出された以上,その他の病死の可能性は,抽象的な可能性をいうにすぎない
(証人W20)したがって,

弁護人の主張は採用できない。



Bの死因が他殺であること
まず,事故の可能性について検討すると,前記(第1の1⑶)のとおり,シアン化合物は一般消費者には流通しておらず,Bには職業上もシアン化合物との接点は認められないから,Bがシアン化合物を誤飲するなどの事故の可能性は考えられない(証人W8,W21)。
次に,自殺の可能性について検討すると,Bは自宅及び一定額の預貯金を有していて経済面での問題はなく(甲494),平成23年秋頃には糖尿病が軽症にまで回復し,それ以外の病気は患っていなかった(証人W22,W21)。また,健康に配慮してスポーツクラブに通うことを習慣としていて(甲492),同年8月末から9月頃には,兄弟や知人に対し,被告人を結婚相手の女性として喜んで報告していた(証人W23,W21)。このように,Bの生活に自殺の兆候をうかがわせるものはなく,むしろBは健康に気を付けて生活しようとしていたと認められる。さらに,Bがシアン化合物を服用後に,バイクを運転していることも併せて考えると,Bが入手困難なシアン化合物をわざわざ入手して自殺するとは考えられない。


まとめ
以上によれば,何者かが,平成24年3月9日午後4時30分頃から午後5時頃までの間に,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をBに服用させたことにより,Bはシアン中毒に陥り,死亡したと認められる。

2
犯人性


被告人に本件犯行が可能であったこと
前記(第1の2⑴ア,ウ)のとおり,被告人は,本件当時,通常入手困難なシアン化合物を所持しており,
これをカプセルに詰め替えることができた。
そして,被告人はBの内妻であり(甲491,493,証人W23,W21,被告人質問),疑いを持たれることなくカプセル等をBに服用させることができたから,被告人は,本件犯行が可能であったといえる。



犯行前後の被告人の特異な行動Bは,平成23年8月頃に死亡保険金等の受取人を被告人に変更し,さらに同年12月26日には被告人に全財産を遺贈するなどの公正証書遺言をした。被告人は,この遺言によりBの遺産等を取得できる地位にあることを知った上で(甲493,494),Bの死亡当日の深夜にB方の金庫の解錠を業者に依頼し(甲417),その3日後である平成24年3月12日以降,Bが預貯金口座を有していた金融機関に対し預貯金の取得手続を開始して翌月中に受領したほか,死後2か月以内に不動産以外の主要な財産を受け取っており(甲494),被告人は,Bの死亡から間もなく,その遺産を取得しようとしていたと認められる。加えて,被告人が,Bとの結婚を前提としながら(証人W23,W21,甲491,493),平成24年1月頃以降,結婚相談所を介して複数の男性と見合いをして交際を開始していたことは(証人W24,W25),Bの死亡を前提としていたとしても矛盾がない行動である。
このような犯行前後の被告人の特異な行動からすれば,
被告人は,
Bの死亡以前から,Bの遺産を取得しようとしていたと認められる。これに対して弁護人は,B死亡後の被告人の行動は,被告人が生活費等を得るために行ったものであって,
不自然なものではないと主張する。
しかし,
被告人はBの死亡直後から遺産の取得手続を開始し,わずか2か月の間にBが有していた約1600万円もの金融資産を取得しており,被告人がこれを生活費等を得るためのみに行ったとみるには不自然である。したがって,弁護人の主張は採用できない。


Bがバイクで転倒する前,被告人がfでBと一緒にいたこと

被告人は,捜査段階において,Bの死亡当日の午後,Bがバイクで転倒する前に,判示第2記載のf店(以下「f」という。)でBと会っていたと供述している(乙25,77,78)。


弁護人は,この取調べの時点(平成27年1月から2月頃)では,被告人は認知症に罹患しており,厳しい取調べに対して正常な判断ができないまま捜査官に迎合して自白したから,被告人の捜査段階の供述調書は任意性及び信用性が欠けると主張する。
しかし,被告人の認知症は,後記(第5)のとおり,精神鑑定時(平成28年9月頃)にも,発症していても認知症と判断するか鑑定人が迷うくらいの軽症であった上,被告人は公判廷で,捜査段階で話したとおりであるから供述調書等を確認してほしいと繰り返し述べ,捜査段階で記憶にないのに捜査官に迎合して虚偽の自白をしたなどとは供述していない。被告人の公判供述は,質問の仕方によっては思い出せない部分や変遷があり,動機等の周辺事情には証拠と矛盾する部分もある一方で,捜査段階の取調べについての供述は概ね一貫していることからすれば,被告人が,捜査段階で正常な判断ができないまま,強引な誘導や押し付けなどによって前記供述をしたとはいえない。
また,被告人は,捜査段階で否認していた時点から一貫して,B死亡当日の午後,Bがバイクで転倒する前にBと一緒にfにいたと供述しているが,被告人が,犯行場所に関してのみ自分に不利な嘘をつくとか,一貫して勘違いや作り話をしているなどとはそもそも考え難い。そして,被告人はBとfで待ち合わせをしていたとも供述している(乙77)ところ,fでは,1名が後に入店した(すなわち待ち合わせをした)2人組の客がB死亡当日の午後4時48分に代金を精算しており,これがBと被告人であったとしてもfからBの転倒場所までの所要時間と矛盾しない上(甲257,証人W15),Bが生前からfで被告人と会っていたこと(証人W23),被告人が連絡を受けてB死亡の約14分後にはBが搬送された病院に到着しており,当日は遠方に出かけていたわけではない(甲489)こと等の事実関係とも整合している。
したがって,被告人の捜査段階での,B死亡当日の午後,Bがバイクで転倒する前に被告人がfでBと会ったという供述が,任意性及び信用性に欠けることはなく,弁護人の主張は採用できない。⑷

まとめ
以上のとおり,被告人は,通常は入手困難なシアン化合物を所持するなど本件犯行が可能であった上,B死亡当日の午後,Bがバイクで転倒する前にBとfに一緒にいて犯行の機会があり,さらに,Bの死亡以前から,Bの遺産を取得しようとしていた。これらのことからすれば,Bにシアン化合物を服用させた犯人としては,被告人しか考えられない。仮に被告人が犯人でないとすれば,被告人以外の第三者が,入手困難なシアン化合物入りのカプセル等を,被告人のように親密な関係ではないにもかかわらずBに飲ませたことになるが,このような想定は合理性を欠く。
加えて,被告人は,捜査段階において,Bに毒入りカプセルを飲ませて殺害したという態様や経緯の核心部分を自ら認めているが,その内容には,記憶のない部分は記憶がない旨そのまま記載されている箇所や,当初からずっとBを殺そうと思っていたわけではないなどと記載された部分もあるから(乙26,30),被告人の記憶に反して捜査官の強引な誘導や押し付けによって作成されたものとは考えられず,信用できる。
そうすると,被告人が,Bの遺産取得等の目的で,判示第2記載の日時,場所において,
カプセルに入ったシアン化合物をBに飲ませたと認められる。

3
殺意
前記(第1の3)のカプセル詰め替え再現実験の状況に加え,被告人にBの遺産を取得する意図があったこと,被告人が公判廷において毒性について認識していたことを自ら認めていることからすれば,被告人に殺意があったことは優に認められる。

第3

判示第3の事実(以下「C事件」という。)について

1
事件性


Cの異変原因ア

Cは,平成19年12月18日午後2時13分頃,判示第3記載の路上で意識を失って病院に救急搬送され(甲496,497,証人W26),一命を取り留めたものの,全治不能の高次機能障害,視力障害の傷害を負った(証人W27,W28)。


病院到着後,Cは,血中酸素濃度が高かったのに,著明な乳酸アシドーシスに陥っていたから,内窒息状態(細胞が酸素を使ってエネルギーを作れなくなる状態)にあったと認められ,そのまま治療を受けなければ死亡する危険性があった(甲497,証人W26,W27,W4。W4証言の信用性等については後述。なお,弁護人は,内窒息状態ではないと主張するが,人工呼吸により肺に酸素が送られながら,Cに著明な乳酸アシドーシスが継続していることからすれば,Cは内窒息状態であったと認められる。)。しかし,Cに外傷はなく,血液検査及び画像検査等からして,生死に直結するような病気もなかったから,そのような状態となったのは何らかの中毒によるものと考えられる(なお,弁護人は,一過性心室細動の可能性を主張するが,そのような症状は極めてまれである上に,救急隊到着時のCの血圧,血中酸素濃度等の所見と,著明な乳酸アシドーシスのいずれから見ても,考えられない。)。
そして,乳酸アシドーシスを引き起こす中毒物質としては,睡眠薬や農薬,一酸化炭素,硫化水素,シアン等多数が考えられるところ,Cは,後記
(2⑵)
のとおり,
食事をした後,
歩行中に急に意識を失っているから,
意識障害が徐々に生じる睡眠薬の摂取は考え難い。また,救急隊員は前記路上で異臭を感じていないから,農薬,エタノール,トルエン,パラアルデヒドや硫化水素のような,特徴的な臭いのする物質も否定される。さらに,一酸化炭素や硫化水素のような気体は,何らの事情もないのに路上に充満するとは考え難い上,人通りの多い前記路上でC以外に意識を失って救急搬送された者はいなかったから,周囲の状況と整合しない。また,アスピリン等の市販薬も,外出先で致死量に達するほど大量に服用することは考えにくいから,その他の薬毒物中毒も考えられない。
他方,シアン中毒について検討すると,シアンを服用すると内窒息状態となり,嫌気呼吸(酸素を使わずにエネルギーを作ろうとすること)によって乳酸ができ,乳酸アシドーシスに陥るとともに,乳酸アシドーシスの影響でショック状態に陥ることや,嫌気呼吸では十分なエネルギーが作れず細胞が壊死することもある。したがって,Cが,血中酸素濃度が正常なのに著明な乳酸アシドーシスに陥っており,救急隊到着時,意識がなく,呼吸が止まる寸前のあえぎ呼吸であり,脳細胞に壊死が見られたという症状であったのは,シアン中毒によるものと考えても矛盾なく説明できる。そうすると,シアン中毒以外,Cの症状を矛盾なく説明できる薬毒物中毒は見当たらない一方で,シアン中毒であればこれを矛盾なく説明できるから,
Cの意識障害の原因がシアン中毒以外である可能性は極めて低い
(甲
497,証人W26,W27,W28,W4,W29)。

これに対して弁護人は,抗シアン薬が投与されていないのにCが死亡していないのは,シアン中毒ではないためであると主張する。しかし,シアン中毒となっても,シアンの量が致死量に足りない場合や,嘔吐によりシアンを排出できた場合,適切かつ迅速な救急処置が行われた場合には死亡に至らない可能性もあり,抗シアン薬が投与されなかったことがシアン中毒の発症を否定することにはならない。
また,弁護人は,Cの意識障害の原因は,Cが処方されていた抗結核薬の大量服用によるイソニアジド中毒の可能性があると主張する。しかし,①医薬品である抗結核薬を致死量に至る程度に服用しようとすると,数十錠単位での服用が必要となる上,②救急搬送当日に採血されたCの血中からイソニアジドは検出されず,③血中のビタミンB6の減少や④ある程度の割合で見られる重度のけいれんといった,イソニアジド中毒の特徴的症状は見られなかった(証人W27,W4)。仮にCがイソニアジド中毒であったとすれば,
①それまで薬を正確に管理していたCが
(証人W28)

外出先で何十錠もの抗結核薬を服用した上,②血中のイソニアジド濃度が輸液による希釈や代謝等によって検出限界以下に低下するほどに長時間が経過してから,
イソニアジド濃度を測定するための採血がなされ,
③通常,
ビタミンB6等の投与前に行うビタミンB6の濃度を測定するための採血が,投与後になされ,④重度のけいれんが生じない症例であったということになるが,これらが同時に発生するとは考え難い。
したがって,弁護人の主張はいずれも採用できない。

これに加え,後記(2⑷)のとおり,被告人が捜査段階において,シアン化合物入りカプセルをCに飲ませたことを自ら認めている(乙36等)ことからすれば,Cの異変原因は,シアン中毒であったと認められる。

そして,Cの口腔にはびらんがなく,シアン中毒は服用から二,三十分以内に発生することからすれば,Cは,本件当日の概ね午後2時頃,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したと認められる(証人W27,W4)。



Cのシアン化合物服用は事故や自殺によるものではないこと
まず,事故の可能性について検討すると,前記(第1の1⑶)のとおり,シアン化合物は一般消費者には流通しておらず,Cには職業上もシアン化合物との接点は認められないから,Cがシアン化合物を誤飲するなどの事故の可能性は考えられない(証人W8,W30,W31,W32)。
次に,自殺の可能性について検討すると,Cは平成19年秋から冬頃には預金残高が僅かとなって次男から金を借りることもあったが,年金を受給しており(証人W31),後記(4⑴)のとおり本件当日には被告人から多額の金を返してもらう予定でいたから,経済面での問題はなかった。また,健康面でも,Cは平成19年5月に結核で入院したものの,退院後半年経った同年12月には回復して抗結核薬の処方も減り,それ以外の病気はなかった上,本件前日や当日にも変わった様子はなく,健康に気を配って生活していた。このようなCが,入手困難なシアン化合物をわざわざ入手して自殺するとは考えられない(甲300,証人W28,W30,W31,W33,W32)。


まとめ
以上によれば,何者かが,平成19年12月18日の概ね午後2時頃,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をCに服用させたことにより,Cは全治不能の高次機能障害及び視力障害を負ったと認められる。なお,これは治療を受けなければ死亡する危険性がある行為だった(証人W27,W4)から,服用した量が致死量に達したとはいえなくても,殺人の実行行為と評価できる。

2
犯人性


被告人に本件犯行が可能であったこと
前記(第1の2⑴ア,ウ)のとおり,被告人は,本件当時,通常入手困難なシアン化合物を所持しており,
これをカプセルに詰め替えることができた。
そして,被告人はCと多額の金銭のやり取りをしたり,食材を送ってもらったり(甲297~299,498),一緒に食事をする関係であった一方(甲301~303,証人W31),Cも健康食品を利用しており,疑いを持たれることなく健康食品を装ってCにカプセル等を服用させることができたから,被告人は,本件犯行が可能であったといえる。



犯行時間帯に,被告人がCと一緒にいたこと
被告人は,路上で意識を失ったCに付き添っており,救急隊員やCの子等にも,
その直前にCと食事をしたと述べている
(甲301~303,
497,
証人W31,W27)。そして,Cがシアン化合物を服用したのは食事の後と考えられるから(証人W27),被告人は,Cがシアン化合物を服用した前後の時間帯に,Cと一緒にいたと認められる。⑶

Cが救急搬送された際,被告人が偽名を名乗ったこと
被告人は,Cが救急搬送された際,救急隊員やCの家族に「平岡」という偽名を名乗っていた(証人W31)。



まとめ
以上のとおり,被告人は,通常入手困難なシアン化合物を所持するなど本件犯行が可能であった上,Cがシアン化合物を服用した前後の時間帯にCと一緒におり,Cの家族らには偽名を名乗っていた。加えて,後記(4)のとおり,Cが死亡すれば,当分の間Cに対する債務の返済を免れ得る関係にあった。これらのことからすれば,Cにシアン化合物を飲ませた犯人としては被告人しか考えられない。仮に被告人が犯人でないとすれば,被告人以外の第三者が,入手困難なシアン化合物入りのカプセル等を手に入れて,被告人が一緒にいるにもかかわらずCに飲ませたことになるが,被告人自身,第三者が一緒にいたとは全く供述しておらず,このような想定は合理性を欠く。加えて,被告人は,捜査段階でも,準備していたシアン化合物入りカプセルを健康食品と装って駅近くの飲食店でCに飲ませたことを自ら認めている(乙36等)。弁護人は,この取調べの時点(平成27年6月)では被告人は認知症に罹患しており,捜査官に迎合して誘導されるまま自白したから,被告人の捜査段階の供述調書には任意性及び信用性が欠けると主張する。しかしながら,この内容は,記憶のある部分が調書に記載されたと考えられ,捜査官の強引な誘導や押し付けによるものとは考えられない。被告人は,捜査官から今更隠しても遅いなどと言われたと公判廷で述べるが,それによって事実と異なることを話したとは述べていないし,他方で,Cに毒を飲ませたというのは何回も取調べで正直に話したとも述べている。この部分の公判供述は,記憶の欠落部分もある中で明確に述べており,信用できる。したがって,捜査段階における供述のうち,毒を服用させたとの核心部分の任意性及び信用性に問題はない。そうすると,被告人が,判示第3記載の日時,場所において,カプセルに入ったシアン化合物をCに飲ませたと認められる。
これに対して弁護人は,被告人が犯人であれば,自ら119番通報をした上で病院に付き添うのは不合理であると主張する。しかし,逃げると逆に怪しまれることを恐れて119番通報し,
病院に付き添うこともあり得るから,
これらの行動が犯人のものとして不合理であるとはいえない。したがって,弁護人の主張は採用できない。
3
殺意
前記(第1の3)のカプセル詰め替え再現実験の状況に加え,後記(4)のとおり債務を免れる目的で本件犯行に及んだこと,被告人が公判廷において毒性について認識していたことを自ら認めていることからすれば,被告人に殺意があったことは優に認められる。

4
債務を免れる目的


被告人がCに対して債務を負っていたこと
Cは,本件前日及び当日,知人に対し,女性から約4000万円を返してもらう予定や,大金をどうやって持って帰ったらいいかなどと話していたほか(証人W33),金銭貸借終了書と題する書面に,金額の記載はないものの,「平成19年12月18日取引終了」とか,被告人がCに支払うことで全ての両者の貸借が終了したことを誓約するなどと記載していた
(甲300,
証人W31)。したがって,本件当日のCの内心としては,被告人から約4000万円を返してもらう予定であり,Cはそのために被告人と会っていたと認められる。
他方,被告人は,平成20年2月にCの子らに宛てた手紙に,約4000万円の預かり金に加え,配当金やCの知人に渡す分を含め約4800万円を借用したとのメモや借用証(署名押印があり,400円の収入印紙が貼付されたもの)を添付し,「期限」が前年の年末である趣旨のことを記載しており,平成20年6月,Cの子に約4800万円を実際に支払っている(甲301,499,証人W31)。
そもそも,Cとの間に契約書が存在せず,Cの子らには契約の存在すら明らかでなかったから,被告人は借りたこと自体を否定できたのに,存在もしない4000万円以上もの巨額の債務を負うとの手紙を送り,実際に支払うことなど,通常は考え難い。そして,被告人とCがこれまで数千万円単位の金をやりとりしており(甲498,296),Cが本件当日,約4000万円を返してもらうために被告人と会っていたことは,手紙の内容とも整合している。これらの事実からすれば,被告人は,Cから少なくとも約4000万円を遅くとも本件当日までに返済する約束で借り,本件当日には,その債務の返済の必要に迫られていたといえる。
これに対して弁護人は,Cは,①被告人に,金銭を投資目的で預けていたし,②知人に,損をしたら息子名義の株を売却すると話していたから,被告人には法的な返済義務はないと主張し,被告人作成の手紙の中にもCは元本割れしたことを許してくれたという記載がある。しかし,①Cが,返済約束がないのに,預金残高を数万円程度残したのみで他人に約4000万円もの大金を預けることは通常考え難い上,前記のとおり,被告人としても返済義務がないのにこれだけの金銭を道義上の責任の取り方として返済することは到底あり得ない。また,②前記のCが損をした場合の話は,知人から100万円を借りる際に返す当てがあることを示すものともいえ,被告人に返済義務がないことを前提とするものか,返済義務があったとしても被告人から返済されなかった場合を想定したものかどちらともいえず,これをもって,被告人とCとの間に返済約束がなかったということはできない。したがって,弁護人の主張は採用できない。


被告人がCに対する債務の返済を免れるために本件犯行に及んだこと被告人が,平成20年2月には返済を待ってほしいと手紙で述べていることに加え,その後に取得した別の男性の遺産によってCの子に約4800万円を支払ったこと(甲301,499)からすれば,被告人が,平成19年12月にCに対する債務を返済することは困難であったと認められる。そして,この貸し借りはCの子らには知られていなかったし,被告人はCの救急搬送時等に偽名を使い,その後Cの家族から素性を聞かれて無言で立ち去るなどしたから(甲497,証人W30,W31),Cの子らから返済を迫られる可能性は相当低かった。
被告人が平成20年2月にCの子に手紙を送り,
債務を返済することになったのは,被告人の名前を記載した金銭貸借終了書や被告人の連絡先を記載した宅配便伝票をCの子が発見し,これをもとにCの知人が被告人に連絡をとったことによる偶然の産物にすぎず,被告人が当初から返済を予定していたとはいえない(甲297~300,証人W31,W33)。そうすると,被告人は,Cに対する債務の返済を免れるために本件犯行を行ったと認められる。
これに対して弁護人は,被告人が住居移転等,債務を免れるために実効性ある行動を取っていない上,
平成20年6月に債務を返済していることから,
被告人に債務を免れる目的はなかったと主張する。しかし,債務の存在は被告人とCしか知らなかったのであるから,被告人がCの子らから追及されることはないと考えて住居移転等をしないのは自然であるし,債務の存在がCの子らに発覚した後になって,被告人が債務の返済に向けて行動したとしても何ら不合理ではない。したがって,弁護人の主張は採用できない。第4

判示第4の事実(以下「D事件」という。)について

1
事件性


Dの死因

Dは,平成25年9月20日午後7時7分頃,判示第4記載の自動車内で意識を失い,病院に救急搬送されたものの,同日午後8時57分に死亡が確認された(甲166,
501,
弁13,
証人W34,
W35,
W36)

救急隊の到着時以降,
Dは,
苦しそうな,
あえぐような呼吸をしていた。
このように呼吸状態が悪い場合,血中に酸素を十分に取り込むことができなくなる一方,通常は細胞内でエネルギーを作ろうとして酸素が使われるから,血中の酸素濃度は低下するはずである。しかし,救急隊の到着時以降,Dの血中には十分な酸素濃度が保たれており,血中の酸素が不足した場合に生じるチアノーゼもなかったから,当時のDは,内窒息状態であったと認められる(甲501,証人W34,W35,W36,W37,W4,W38。W4証言,W38証言の信用性等については後述。)。
これに対して弁護人は,病院到着後も,Dは酸素を吸い込める状態であったと主張するが,
Dの救命に当たった救急隊員,
救急搬送先病院の医師,
看護師が一致して,Dは十分には酸素を取り込めないような呼吸状態であったと証言しているから,
弁護人の主張は採用できない。
また,
弁護人は,
Dの血中に十分な酸素濃度が保たれていたのは,救急隊や病院での酸素投与による可能性があると主張する。しかし,Dの処置に当たった救急隊員によれば,通常,酸素投与は血中酸素濃度の数値の確認後に行うもので,今回もその手順で行ったと認められる上(証人W35。W35証言は,その内容からして十分に信用できる。),呼吸状態が悪いときには,酸素マスクが血中酸素濃度に与える影響が大きいとは考えられない(証人W4)から,いずれにしても弁護人の主張は採用できない。

そこで,
Dの死因について検討すると,
まず,
Dには外傷はなかった
(証
人W39,W36)。


次に,病気について検討すると,Dは平成10年に肺がんを患ったが,手術後再発もせず,平成25年4月に発見された肺がんも同年7月には放射線治療によってほぼ完治していた上,
死亡3日前に主治医が問診した際,
Dの体調や様子に特段変わった点はなかったから,Dの死因が肺がんや合併症等であるとは考えられない。また,平成25年の肺がんは肺動脈に接していたものの,救急搬送時点で血圧は正常だったから,肺動脈からの出血で死亡したとも考え難く,肺梗塞等の呼吸器系疾患も,Dの血中酸素濃度からして考え難い(証人W40,W4,W38)。
これに対して弁護人は,平成25年の肺がんは進行度を表すステージ評価が高く,Dの死因を肺がんと診断した医師もいると主張するが,同年7月にはほぼ完治していた肺がんが,約2か月間で急速に悪化して死亡に至るとは考え難く,現にDは死亡3日前には衰弱していなかったから,肺がんのステージ評価等は前記認定を左右しない
(証人W40,
W4,
W38)


また,Dの死因が心臓疾患であったとすれば,心臓のポンプ機能が低下して血圧や脈拍に異常が発生した後に意識障害が発生するはずであるところ,病院到着時までDの血圧や脈拍は正常であったから,Dが心臓疾患によって死亡したとは考え難い(証人W41,W4,W38)。
これに対して弁護人は,心臓疾患によって意識障害が発生し,脳が回復不可能なダメージを受けたが心臓のポンプ機能は回復する一過性心室細動の場合を想定して,Dに蘇生処置や延命処置が実施されていないから短時間で死亡することがあり得ると主張するが,このような場合には数時間以内に直ちに死亡することはないから(証人W41),弁護人の主張は採用できない。


さらに,脳疾患について検討すると,そもそも脳疾患は,一般的には発症から死亡までの時間が長く,特定の部位の脳梗塞,脳内出血や重症のくも膜下出血の場合に,短時間で意識障害に陥って急死することがある。しかし,これらの場合は,意識障害と同時に瞳孔の散大や対光反射消失等の症状が発生するところ,瞳孔散大がなく,対光反射も救急搬送中まではあったDの症状と矛盾するから,Dが脳疾患により死亡したとは考えられない(証人W42,W4,W38)。これに対して弁護人は,Dにも病院到着後の対光反射消失や瞳孔の不正円があったから瞳孔に異常が認められると主張するが,前記のとおり,救急隊の到着時や救急搬送中に重度の意識障害に陥っていたのに瞳孔散大がなく,対光反射もあったというDの症状と脳疾患は整合しない。また,弁護人は,梗塞が脳幹の延髄部分で発生して他の部分の機能が保たれていれば,瞳孔散大がない場合もあり得ると主張するが,そのような場合には,Dのように重度の意識障害に陥り,約2時間で死亡するとは考え難い。さらに,弁護人は,心臓の壁に穴が開いていて,心臓以外の部分で発生した血栓が心臓の穴をすり抜けて脳底動脈で詰まる奇異性塞栓症となった可能性は否定できず,この場合には不整脈は生じないなどと主張するが,奇異性塞栓症はそもそも頻度が少ない上に,塞栓症ならば瞳孔散大,対光反射消失といった症状が現れるはずなのに,それらの症状がDの救急搬送時に現れていないことからすると,これも否定される(証人W42)。したがって,弁護人の主張は採用できない。

その他に死因となり得る病気や内窒息を引き起こす病気は,Dの症状からして考え難い。そうすると,Dは薬毒物中毒に陥ったと考えられる。様々な中毒物質のうち,
内窒息を発生させる代表的な中毒物質としては,
シアンのほかに硫化水素,一酸化炭素及びアジ化ナトリウムが考えられるところ,救急隊の到着時,Dの体や衣服等には異臭はなかったから,特徴的な臭いのする硫化水素は否定される。また,Dの死斑は暗紫赤色であったから,死斑が鮮紅色になる一酸化炭素も否定される。さらに,アジ化ナトリウムは毒性が弱く,意識不明になってから2時間程度で死亡するとは考え難い。
その他の薬毒物中毒を検討しても,
Dの発見現場の状況,
体温,
血圧,脈拍,血中酸素濃度等の点でDの所見と矛盾する(証人W39,W35,W4,W38。なお,W38証人,W4証人は医師としての長年の経験及び専門的知見に基づいた見解を述べており,両名が仮に医師である他の証人の調書を尋問前に閲読したとしても,その証言の信用性が失われるものではない。)。

他方,シアン中毒について検討すると,シアンが体内に入ると内窒息状態に陥り,
脳機能や呼吸筋に障害が生じて,
意識障害や呼吸障害が発生し,
短時間で死に至ることもある。したがって,Dが,血圧,脈拍,血中酸素濃度は正常でありながら,急に意識を失い,あえぐような呼吸となって,約2時間で死亡したという症状であったのは,シアン中毒によるものと考えても矛盾なく説明できる(証人W4,W38)。
これに対して弁護人は,Dには,アーモンド臭,嘔吐,けいれん,死斑の色等シアン中毒の特徴的所見が一つも認められないなどと主張するが,これらの所見が認められない場合もあり得るし,
Dの陥った内窒息自体が,
シアンの性質上発生するシアン中毒の特徴的な所見である(証人W4)から,弁護人の主張は理由がない。


そうすると,シアン中毒以外,Dの死因を矛盾なく説明できる病気や薬毒物中毒は見当たらない一方で,シアン中毒であればこれを矛盾なく説明できるから,Dの死因がシアン中毒以外である可能性は極めて低い。これに加え,後記(2⑷)のとおり,被告人が捜査段階において,Dに毒を飲ませたことや,毒は一種類しか所持しておらず,AやBに飲ませたものと同一であることを自白していること(乙56等)からすれば,Dはシアン中毒によって死亡したと認められる。


そして,Dの口腔にはびらんが見られず,シアン中毒は服用から二,三十分以内に発生することからすれば,Dは,本件当日の概ね午後7時頃,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物を服用したと認められる(証人W39,W4)。



Dの死因が他殺であること
まず,事故の可能性について検討すると,前記(第1の1⑶)のとおり,シアン化合物は一般消費者には流通しておらず,Dには職業上もシアン化合物との接点は認められないから,Dがシアン化合物を誤飲するなどの事故の可能性は考えられない(証人W8,W43,W44,W40)。
次に,自殺の可能性について,弁護人はDが肺がんを再発し,孤独などを抱えていたと主張するが,前記のとおり,Dの肺がんは平成25年7月にはほぼ完治して大きな健康上の問題はなかった上,自宅及び一定額の預貯金等を所持していたから,経済面での問題もなかった。そして,翌月,Dが被告人に,末永く歩んでいこうというメールを送るなど,両者の交際は順調で,Dは,死亡前日には内妻である被告人を自宅に泊め,死亡当日には一緒に外出していた。このような状況のDが,入手困難なシアン化合物をわざわざ入手して自殺するとは考えられない(甲505,510,証人W40)。⑶

まとめ
以上によれば,何者かが,平成25年9月20日の概ね午後7時頃,カプセル又はオブラート等に入った固体のシアン化合物をDに服用させたことにより,Dはシアン中毒に陥り,死亡したと認められる。

2
犯人性


被告人に本件犯行が可能であったこと
前記(第1の2⑴ア,ウ)のとおり,被告人は,本件当時,通常入手困難なシアン化合物を所持しており,
これをカプセルに詰め替えることができた。
そして,被告人はDの内妻であり,Dの自宅に泊まったり一緒に食事をしたりする親密な関係にあった上,以前からDにカプセル入り健康食品を贈っており,疑いを持たれることなく,健康食品を装ってDにカプセルを服用させることができた(甲503,505,510)から,被告人は,本件犯行が可能であったといえる。



犯行時間帯に,被告人がDと一緒にいたこと
被告人は,意識を失ったDに付き添って119番通報し,救急隊員や救急搬送先の医師に対し,直前までDとwで食事をしていたと一貫して述べており(甲166,501,証人W34,W35,W36),シアン化合物を服用してから中毒を発症するまでの時間が二,三十分以内であることからすれば,被告人は,Dがシアン化合物を服用した前後の時間帯に,Dと一緒にいたと認められる。


犯行前後の被告人の特異な行動
被告人は,Dの肺がんの治療経過がよく,Dに子どもがいることを知りながら,救急隊員や救急搬送先の医師に対し,Dが末期の肺がんであり,子どもも親族もいないと嘘をついて,
その蘇生処置や病理解剖等を断っている
(甲
505,証人W35,W36)。そして,Dが,死亡18日前,被告人の関与の下で全財産を被告人に遺贈するなどの公正証書遺言をした(甲506,507)後,被告人は,Dの死亡4日前に,D方の合鍵を作って被告人に渡すことや,貯金通帳等を金庫に入れておくよう依頼し(甲508),Dの死亡翌日にはD方の金庫の解錠を業者に依頼し,平成25年10月以降,金融機関等に催促までして遺産取得を進め,預貯金については同月中に,証券会社に対する資産については同年中に,
その大半の取得を完了した
(甲169,
509,510,証人W45)。このように,被告人が嘘をついてまでDの蘇生処置を断って,死因解明も拒否した上で早期に遺産取得を進め,死亡前の短期間に,その遺産取得を容易にする行動をとっていることからすれば,被告人は,Dの救急搬送以前から,Dの遺産を取得しようとしていたと認められる。
これに対して弁護人は,被告人が,Dから事前に蘇生処置を断る意思を伝えられていた可能性があり,Dの死亡前後の被告人のそれぞれの行動は,内妻として当然のものであるなどと主張する。しかし,仮にそうだとしても,被告人がDの病状や家族関係を偽り,Dの子どもに連絡を取られないようにした上で蘇生処置等を断って,早期に大半の遺産を取得したなどという事実経過全体を見れば,被告人の行動は不自然というほかない。したがって,弁護人の主張は採用できない。


まとめ
以上のとおり,被告人は,通常入手困難なシアン化合物を所持するなど本件犯行が可能であった上,Dがシアン化合物を服用した前後の時間帯にDと一緒におり,さらに,Dの救急搬送以前から,その遺産を取得しようとしていた。これらのことからすれば,Dにシアン化合物を飲ませた犯人としては被告人しか考えられない。仮に被告人が犯人でないとすれば,被告人以外の第三者が,入手困難なシアン化合物を手に入れて,被告人が一緒にいるにもかかわらずDに飲ませたことになるが,被告人自身,第三者が一緒にいたとは全く供述しておらず,このような想定は合理性を欠く。
加えて,被告人は,捜査段階で,毒入りカプセルを健康食品と装ってDに飲ませたと自ら認めている(乙58等)。弁護人は,この取調べの時点(平成27年9月)では,被告人は認知症に罹患しており,捜査官に迎合し誘導されるまま自白したから,被告人の捜査段階の供述調書には任意性及び信用性が欠けると主張する。しかしながら,この内容は,記憶のある箇所とない箇所が区別され,客観的裏付けのある内容についても記憶がない部分はそのまま率直に記載され,
被告人が検察官の質問に対して否定する部分
(乙51)
もあるから,被告人の記憶に反して捜査官の強引な誘導や押し付けによって作成されたものとは考えられず,交際経緯等の内容からして別人との記憶違いとも考えられないから,任意性及び信用性が認められる。
そうすると,被告人が,Dの遺産取得等の目的で,判示第4記載の日時,場所において,
カプセルに入ったシアン化合物をDに飲ませたと認められる。
これに対して弁護人は,被告人が犯人であれば,自ら119番通報をした上で病院に付き添うのは不合理であると主張する。しかし,一緒にいた内妻という立場にありながら,Dが意識不明となった際に119番通報も付き添いもしなければ逆に不自然であって,これらの行動が犯人のものとして不合理であるとはいえない。したがって,弁護人の主張は採用できない。3
殺意
前記(第1の3)のカプセル詰め替え再現実験の状況に加え,前記のとおり被告人にDの遺産を取得する意図があったこと,被告人が公判廷において毒性について認識していたことを自ら認めていることからすれば,被告人に殺意があったことは優に認められる。

第5

被告人の責任能力について
被告人の精神鑑定を行ったG医師(以下Gという。)は,被告人は,平成27
年頃からアルツハイマー型認知症を発症しているが,鑑定時(平成28年9月)には,認知症と判断するか迷うくらいの軽症であり,平成25年12月当時,認知症その他の精神疾患に罹患していなかったと供述する。
Gは,府立病院精神科医長である精神科専門医であって,豊富な精神鑑定の実績を有しており,
その経歴や鑑定経験に照らして,
公正さや能力に問題はないし,
Gの鑑定は,両当事者が合意した範囲の資料に基づき,各種心理検査や画像検査等を実施した上で,確立された診断基準に照らして行われたものであるから,その判断は十分に医学的合理性,妥当性があると考えられる。
そして,被告人の平成25年12月頃の言動についてみると,被告人は,相手の文面を理解した上でAとメールのやりとりをしていた上,Aとの結婚と同時期に別の男性と交際を開始したが,Aにも交際相手にも互いの存在を隠し通しており,物忘れ等をうかがわせる事情は見当たらない(甲477,証人W17)。また,被告人は,Aの遺産を取得する等の殺害目的に基づいてカプセル入りのシアン化合物を飲ませ,解錠業者への連絡,銀行口座の解約等の相続手続や訴訟手続まで行い,計画的に一貫した行動を採っている(甲483等,証人W11)。そうすると,被告人は,平成25年12月当時は認知症に罹患しておらず,認知症は進行性の病気である(G供述)から,同時期以前にも被告人は認知症に罹患していなかったと認められる。したがって,A事件の犯行時点で被告人に精神の障害はないと認められ,それ以前のB事件,D事件の各犯行時点においても,被告人は完全責任能力を有していたと認められる。
これに対して弁護人は,Gが認知症の専門医ではない,鑑定の根拠となる検査結果についてGが説明できていないとして,G供述が信用できないと主張する。しかし,Gは,認知症の診断及び治療にも携わっている上,認知症専門医の意見も参考にしつつ診断しており,Gが個々の検査結果の詳細な内容の一部について証言を控えたのは,不正確な回答を防ぐためなのであるから,G供述の信用性は否定されない。また,弁護人は,平成25年12月当時の被告人の症状に関し,被告人がAの死亡当日にAの主治医に対してAの架空の症状を告げたことは,不合理かつ不可解であって,被告人の認知障害を示すものであるなどと主張する。しかし,Aの主治医に対する被告人の言動は,犯行前に隠ぺい目的で行われたとも考えられるから,弁護人の主張は前記認定を左右しない。さらに,弁護人は,平成25年12月以前の被告人の言動等を挙げて,被告人がB事件及びD事件の当時認知症に罹患していたと主張するが,前記のとおり認知症は進行性の病気であるから,平成25年12月以前に被告人が認知症に罹患していなかったことは明らかである。
第6

被告人の訴訟能力について
前記のとおり,信用性の高いG供述によれば,被告人は,アルツハイマー型認
知症に罹患しているが,鑑定時には認知機能低下の程度は軽症であって,その理解力に問題はなく,刑事手続において自己の置かれている立場をある程度正確に理解し,自己の利益を防御するための状況判断が可能であり,自ら決めた防御方針に沿った対応を行い,弁護人の役割及び助言も理解できていたと認められる。そして,被告人の認知機能低下の進行は緩徐であることなどからすれば,精神鑑定から約1年後の現在においても,被告人の前記症状は大きく変化していないと認められる。そして,被告人の公判供述からも,被告人は自らが複数の殺人罪等の刑事裁判における被告人であること,弁護人,検察官及び裁判官の役割並びに黙秘権の基本的内容を理解しているなどと供述している上,黙秘するのは自分の性格と合わないが,
答えたくないことは答えないなどと述べ
(第8回公判被告人質問38頁)

実際に質問に対して「口が裂けても言えません。」と供述を拒む事項があったほか
(第9回公判被告人質問11頁)質問を理解して,

肯定するばかりではなく,
D事件につき否認したり,自己に不利益な内容についてはこれを否定することもあった。
そうすると,信用性の高いG供述に加え,公判廷での応訴態度を併せ考慮すれば,被告人は,現在においても,被告人としての重要な利害を弁別し,それに従って相当な防御をする能力,すなわち訴訟能力を有するものと認められる。第7
1
死刑の憲法適合性について
弁護人は,死刑は人の生命を奪うことを内容とする点で憲法36条に違反するし,絞首刑は今の時代と環境において人道上の見地から残虐な執行方法であるから憲法36条に違反すると主張する。しかし,我が国の死刑制度がその執行方法を含め憲法36条に違反しないことは,最高裁判所の判例(最高裁昭和23年3月12日大法廷判決・刑集2巻3号191頁,最高裁昭和30年4月6日大法廷判決・刑集9巻4号663頁,最高裁昭和36年7月19日大法廷判決・刑集15巻7号1106頁)とするところであるから,弁護人の主張は理由がない。

2
弁護人は,いわゆる国際人権規約等との関係で,死刑廃止は確立した国際法規であるから,我が国の絞首刑を前提とする死刑制度は憲法98条2項に違反すると主張する。しかし,死刑廃止が確立した国際慣習法であるとは認められず,憲法98条2項の「確立した国際法規」には当たらないから,弁護人の主張は採用できない。3

弁護人は,求刑が死刑となりうる事件の審理において,事実認定手続と量刑手続を明確に区分する手続二分制度がとられていないのは,予断・偏見を持った事実認定をしてしまう点や,無罪主張事件で有利な量刑事情を主張できなくなる点で,憲法31条に違反すると主張する。
しかし,
いわゆる手続二分制度がとられなくとも,
運用上の工夫等によって,
事実認定に予断・偏見が入らないようにすることができるし,無罪主張事件で有利な量刑事情を主張するか否かは弁護方針の問題であって,被告人の防御が制約されているとはいえない。また,実際上も,犯行の計画性,犯行態様の悪質性,結果の重大性といった犯行に関連した事情は,量刑事情としても重視され,多くの場合,犯罪事実の立証と量刑事情の一部の立証は共通することになるから,
罪体立証と情状立証を完全に分離することは困難を強いるものである。したがって,適正手続の保障を規定している憲法31条が,事実認定手続と量刑手続の分離を求めるものでないことは明らかである。
もっとも,裁判員が参加する審理において,殊に犯罪事実に関して深刻な争いのあるような事案では,裁判員が的確に判断するために,犯罪事実に関する証拠調べと専ら情状に関する証拠調べとを,できるだけ段階を分けて行うことが望ましいことは異論がないと思われる。そこで,本件では,公判前整理手続において,各公訴事実ごとに,犯罪事実の存否に関する立証を行った後に中間論告,中間弁論を行い,全ての公訴事実につきこれらを終えた後に,日を改めて,情状に関する証拠調べを行うという審理計画を立て,概ねそれに沿って,罪体に関する審理と情状に関する審理を事実上分ける運用を行うことで,・予断
偏見を持った事実認定を防止しており,この審理計画を立てた際にも,審理中にも,弁護人は異議を述べなかった。
そうすると,弁護人の主張は,いずれの見地からしても採用できない。また,弁護人は,死刑判決について必ず上級審で審査する自動上訴制度がないことは憲法31条に違反すると主張する。しかし,憲法及びそれを受けた刑事訴訟法が当事者主義を原則としていることからすれば,上訴を取り下げるという当事者の判断に反して強制的に上級審での審理を受けさせることが,憲法31条の要請であるとは到底いえない。したがって,弁護人の主張は採用できない。
4
弁護人は,死刑の量刑判断事由が法定されず不明確であることが憲法31条に違反すると主張する。しかし,量刑に当たり考慮すべき要素やその重みは事案ごとに異なる上,仮に要素や重みの表現が他の事案と同じであるとしても,その軽重を客観的に評価することは困難であり,各事案によって,個々の要素が全体の量刑判断の中で,どの程度の重みをもっているのかも様々というほかない。そうすると,死刑の量刑に関する明確な基準を定めることは困難であって,これを法定することを憲法31条が想定しているとはいえない。したがって,弁護人の主張は採用できない。

【法令の適用】
被告人の判示第1,第2及び第4の各所為はいずれも刑法199条に,被告人の判示第3の所為は同法243条,240条後段にそれぞれ該当するところ,各所定刑中,判示第1,第2及び第4の各罪についてはいずれも死刑を,判示第3の罪については無期懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法46条1項本文,10条により刑及び犯情の最も重い判示第1の罪で死刑に処すので,他の刑を科さないこととして,被告人を死刑に処し,訴訟費用は,刑事訴訟法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
【量刑の理由】
1
本件は,被告人が,遺産取得や債務を免れる目的で,夫(内縁の夫も含む)や知人ら4名にシアン化合物を飲ませたという連続毒殺等事件であり,殺人3件及び強盗殺人未遂1件の合計4件からなる事案である。

2
遺産取得目的の殺人や債務を免れる目的の強盗殺人未遂という,自分の金銭欲のために人の生命を軽視するこの種の類型は,その罪質自体からして非常に悪質な部類に属する犯行で,最も重く処罰される類型の一つである。しかも,いずれの被害者にも落ち度は全くないのに,
3名を死亡させ,
1名に対しては,
一命こそ取り留めたものの全治不能の高次機能障害等といった重篤な傷害を負わせたもので,結果は極めて重大である。さらに本件は,約6年間という短期間に4回も反復して行われており,その都度,人の生命を軽視して犯行に及んだという点で,各犯行が一つの機会になされた場合と比べても,より強く非難されるべき犯行である。
被告人は,結婚相談所で知り合った被害者らが,被告人のことを,将来を共にする配偶者,
あるいは多額の金を貸す間柄として信頼していたことを利用し,
シアン化合物を事前にカプセルに入れて,健康食品などと偽って服用させており,その手口は巧妙かつ卑劣である。シアン化合物は少量でも死に至る猛毒であるから,その犯行は人の生命を奪う危険性の高いものであるし,被害者らへの強固な殺意の下,
事前に計画,
準備した上で各犯行に及んでいるのであって,
犯行態様は悪質といえる。
このように,金銭欲のための殺人,強盗殺人未遂事件であるという本件各犯行の罪質,死傷した被害者の数に端的に表される結果の重大性のほか,犯行態様も非常に悪質であって,遺族らの被害感情が厳しいのも当然であること等を考慮すると,被告人の刑事責任は誠に重大であるといえ,その重大さは,過去の量刑傾向に照らしても,死刑の選択を余儀なくさせるものである。3
もっとも,死刑は,被告人の生命を奪うという究極の刑罰であるから,それを選択するには最大限の慎重さをもって臨む必要がある。そのため,被告人について,死刑を回避すべき事情がないかをさらに検討する。
本件において,被告人が交際当初から各被害者の殺害を意図していたとまでは認定できず,シアン化合物も本件各犯行のために入手したものとまでは認定できない。しかし,被告人がシアン化合物を事前にカプセルに入れた上で本件各犯行に及んでいることは前記のとおりであって,事前に準備された計画的犯行という評価は揺るがない。また,被告人は,本件各犯行に至る前に印刷工場を経営する中で借金を抱え,その返済に窮していたともうかがわれるが,そうだとしても,金銭欲のための犯行であることに変わりはなく,これを特段有利に斟酌することはできない。
被告人は,捜査段階では自白していたものの,公判廷では被害者や遺族らへの謝罪の言葉はほとんどなく,その言動からすれば,被告人が自らの罪と向き合い真摯に反省しているとはいえず,捜査段階での自白を量刑上重視することはできない。その他,被告人に前科がないこと,被告人が高齢であって,現時点において軽度とはいえ認知症が始まっていることなど,被告人のために有利に考えられる事情を最大限考慮し慎重に検討を尽くしても,本件において死刑を回避すべき事情は見出せない。
4
以上のとおり,被告人の刑事責任は極めて重いものである一方,慎重に検討しても,死刑を回避すべき事情は見出せない。そうすると,罪刑均衡の見地からも,一般予防の見地からも,被告人に対しては極刑を選択せざるを得ない。よって,主文のとおり判決する。

(求刑

死刑)

平成29年11月8日
京都地方裁判所第3刑事部
裁判長裁判官

中川綾
裁判官

御山真
裁判官

岩城子理子光
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