判例検索β > 平成29年(う)第238号
殺人
事件番号平成29(う)238
事件名殺人
裁判年月日平成29年11月14日
法廷名福岡高等裁判所
結果破棄差戻
原審裁判所名福岡地方裁判所  小倉支部
原審事件番号平成28(わ)201
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平成29年11月14日福岡高等裁判所第1刑事部判決
殺人被告事件
主文
原判決を破棄する
本件を福岡地方裁判所に差し戻す。

第1


本件控訴の趣意は,弁護人牟田哲朗作成の控訴趣意書に記載されたとおりで
あるから,これを引用するが,要するに,原判決が被告人の殺意及び責任能力を肯認したことに関する事実誤認の主張と量刑不当の主張である。
第2

職権判断

弁護人の論旨に対する判断に先立ち,職権により検討すると,原判決は以下の理由から破棄を免れない。
1
本件の争点及び原判決の判断について
本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成28年2月28日午前4時45分
頃,北九州市A区内の実姉B方において,C(当時47歳,以下「被害者」という)に対し,殺意をもって,包丁(刃体の長さ約17㎝,以下「本件包丁」という)で,右胸部を突き刺し,
その結果,
同日午前9時40分頃,
同市D区内の病院において,
被害者を右胸部刺創に基づく出血性ショックにより死亡させて殺害した」というものである。
原審では,前記公訴事実について,被告人は殺意がなかったと主張し,弁護人は,被告人の殺意と責任能力を争ったところ,原判決は,(罪となるべき事実)の項において,本件の経緯及び動機を「被害者と些細なことで口論となり,同人から顔面を殴られるなどしたことに腹を立て」と認定した上,被告人が殺意及び責任能力のいずれも有していたと認定して,検察官の求刑どおり,被告人を懲役15年に処した。
被告人は,原審公判において,死亡した過去に交際していた女性と親族の伯父の
怨霊が乗り移ったことから本件犯行に至った旨供述していたところ,原判決は,おおむね次のとおり説示して,被告人の責任能力を肯定し,量刑判断を示している。ア
責任能力を肯定した理由は,次のとおりである。
原審において被告人の精神鑑定をしたE医師の鑑定意見によれば,①被告人
は,犯行当時,統合失調症,非社会性パーソナリティ障害等に罹患していたが,統合失調症の病的体験等の精神病的過程が介在して犯行が行われた蓋然性は低く,怨「
霊に操られた」という被告人の思いは,事後的に生じた妄想追想に基づくものである,②仮に被告人が犯行時に「怨霊に操られた」と思っていたとしても,人格を圧倒するほど怨霊に体を動かされているという確実な実感はなく,被告人の行動を支配していたとはいえないし,病勢期の幻覚,妄想とは深刻さも異なるから,犯行への影響は著しいものではない,というのである。
被告人が統合失調症等に罹患していたとのE医師の供述は十分に信用できるところ,被告人の統合失調症の犯行への影響の有無,程度について検討すると,関係証拠によれば,被告人は,犯行の直前に被害者と口論となり,被害者から顔面を手で殴られるなどして激高し,とっさに被害者に対する殺意を抱いたものと認められ,犯行の動機は現実的葛藤に基づくものであり,被告人が述べる病的体験を抜きにすると理解が難しいものではない。
犯行の直前及び直後における被告人の言動をみると,正常な精神状態にあり,自己の行為の意味や違法性も十分認識していたと認められる。犯行時及び犯行前後の被告人の行動状況等を見ても,被告人の病状が悪化し,幻覚,妄想が活発化するなどして自己の置かれた状況や周囲の状況を認識できないような精神状態にあったとは認められない。
被告人は,捜査段階において,弁護人や簡易鑑定の医師に対しても,元交際相手の怨霊に操られていたなどと一切供述していない上,自ら精神鑑定の実施を申し出ていながら,その後の簡易鑑定においても,担当の医師にその旨を述べておらず,供述経過の不自然性は否めない。

被告人の統合失調症と犯行との関連性は乏しいとのE医師の鑑定意見は,本件の事実関係や被告人の供述経過とも整合的であり,十分に信用することができ,犯行時,被告人の是非善悪の判断能力やその判断に従って行動する能力が失われていなかったことはもとより,著しく低下してもいなかったと認められる。イ
被告人に対する量刑判断の理由は,次のとおりである。

犯行の直前,被告人が,被害者と口論となり,被害者から顔面を手で殴られるなどしたため,被害者に立腹したこと自体は理解できなくはないが,両名の間に深刻な問題は見出せないし,被害者の暴行の程度も軽微なものにとどまり,通常のけんかの域を出ていないことを考慮すると,被害者に犯行を誘発するような落ち度は認められない。犯行は,誠に短絡的で粗暴な犯行といわざるを得ず,強い非難に値する。なお,本件当時,被告人は統合失調症等に罹患していたが,犯行との関連性は乏しく,被告人に対する非難可能性の程度を大きく減少させる事情とはいえない。2
当裁判所の判断

しかしながら,記録を調査して検討すると,原審は,被告人の責任能力の前提となる犯行に至る経緯及び被告人の精神状態が犯行に及ぼした影響について,十分な審理を尽くしておらず,これらの審理不尽が,少なくとも量刑判断の前提になる犯行当時の被告人の精神状態の判断に影響を及ぼすことは明らかであるから,原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。以下その理由を説明する。


犯行に至る経緯について


被告人は,平成28年2月10日最終刑の執行を受け終わってから,住居が
定まるまでB方に居候することになり,
B及びその交際相手である被害者と生活し,
就寝時は,被害者及びBが寝るベッド付近からハシゴを昇った場所にあるロフトで寝ていたところ,Bは,原審公判において,次のとおり供述している。被告人は,犯行当日の同月28日午前零時頃,ロフトで携帯電話をいじって,寝ようとせず,
Bと被害者が早く寝るように言うと,
台所から本件包丁を持ち出して,

死ぬなどと言いながら,自分の首に突きつけるなどしたが,Bがロフトに上がるように促すと,本件包丁を台所に戻して,ロフトに上がった。
Bは,同日午前4時45分頃,物音がして目を覚ますと,台所の方から,被害者が「お前表出れ」と言い,被告人が「出ちゃるわ」と言うのが聞こえ,けんかになると思って,台所に行くと,被害者が血を流して倒れており,その横に本件包丁があった。Bは,被害者を抱きかかえてベッドに移動させようとして,尻餅をついたところ,被告人が後方から被害者の顔面を1回蹴ってきた,というのである。イ
これに対して,被告人は,原審公判において,次のとおり供述している。
犯行当日,元交際相手の怨霊に操られて,包丁を持ち出して,自分の首を刺そうとした記憶がある。その後,ロフトに上がったが,電気を消さなかったため,寝られないという被害者と口論になり,被害者から「表に出ろ」と言われ,そのとき元交際相手の怨霊が自分の胸の中に入ってきたような違和感がし,
怒りはすっと冷め,
無心状態になった。そうして,本件包丁で被害者を刺し,被害者を刺すと,被害者から顔面を4回殴られた。怨霊が乗り移るときには,無心状態になり,魂がつぶされ,気持ちまで失われたようになる,というのである。

E医師は,原審公判において,鑑定人として,次のように鑑定している。
被告人は,被害者に出て行けと言われたことを発端に口論が生じ,それがエスカレートして,被害者に殴られたことで包丁を持ち出すことなど,収拾が付かなくなり,犯行に発展したとみられる。被告人が被害者を刺すに至るまでの一連の推移には連続性があり,動機にも現実的な出来事が明らかに存在し,統合失調症等の病的体験に導かれているような突飛な色彩が見出されない。怨霊に操られたという思いは,
事後的に生じたもので,
犯行を妄想に結び付けて意味付けし直したものであり,
精神医学上の妄想追想ということができる,というのである。

しかし,原判決が(罪となるべき事実)の項で認定する被告人が包丁で刺す
前に被害者から顔面を殴られた事実,さらには,E医師のいう,被告人が,被害者に出て行けと言われたことを発端に口論が生じ,それがエスカレートして,被害者
に殴られたことで包丁を持ち出した,という事実は,原審で取り調べられた証拠からは認められない。公判前整理手続の経緯をみると,この事実は,検察官作成の証明予定事実記載書にあり,弁護人も積極的に争っておらず,被告人の検察官調書に録取されている事実のようであるが,被告人の検察官調書は,検察官が取調べ請求し,同意されたにもかかわらず,原審はそれを却下している。そうすると,口論がエスカレートして収拾が付かなくなり犯行に発展したという,一連の推移に連続性があることを示す事実は,原審で取り調べられた証拠からは認められないことになる。
しかも,Bの原審供述によると,被告人と被害者は友達で昔は仲が良く,犯行前日も被害者の提案で被告人の出所祝いのためカラオケに赴いたというのであり,そのことも併せみると,E医師がいうように,被告人が,被害者から挑発されたとしても,包丁を持ち出して被害者を刺し,さらに,Bから抱えられている刺された被害者の顔面を蹴るというのは,いささか唐突で不自然の感を拭うことができない。被告人の検察官調書が取り調べられたとしても,その検察官調書の供述から,直ちに被告人が被害者と口論してから被害者を刺すまでの推移に連続性があると結論付けられるかには,大いに疑問が残る。
被告人の検察官調書によってE医師のいう事実が認められるとしても,原審は,原審公判において,被告人に対し,検察官調書でそのような供述をした理由の説明を求めるなど,これと異なった事実を供述する被告人の原審供述と対比して,検察官調書の信用性を判断し,
犯行に至るまでの被告人と被害者とのやりとりについて,
当時の被告人の精神状態が明らかにできるような審理をするべきであった。被告人の精神障害と犯行との関連性について

原審で取り調べられた各証拠によると,被告人が次のような言動をしていた
事実が認められる。
被告人は,犯行の8日前である平成28年2月20日,元交際相手のFの住むアパート居室を訪ね,Fがいなかったことから,大声でお経を唱えており,被告
人は,原審公判において,Fに会えるように般若心経を唱えたと供述している。その後,被告人は,同日から2日程度の間F方に泊まっていたところ,翌21日Fの亡母の戒名が汚いと言って,亡母らの写真を飾った付近の壁を拳で叩いて壊した上,包丁を持ち出し,被告人自身の腹に当てて刺すふりをした。被告人は,原審公判において,風呂から出てコタツに入っていると,Fが,形見と言って,死んだ人の遺品の服を肩にかけてきたので,嫌な気分になって,壁を叩いたと供述している。
被告人は,犯行前日,出所したことを祝ってもらうため,被害者,Bその他のBの親族とカラオケに赴き,飲酒してカラオケを歌いながら,その間終始泣いており,その後,B方に戻って,前記のとおり,犯行の4,5時間前,被害者と口論の末に包丁を持ち出し,自分の首に包丁を突きつけている。

原判決の説示するとおり,被告人は,犯行の直前,被害者から「表に出ろ」
と言われたのに対し,「出ちゃるわ」と言い返すなどして,状況を十分理解していると受け取れるやり取りをし,犯行後には,「こんなんなるんよ」と反省の言葉を述べ,「兄ちゃんごめんね」などと謝罪しており,自分の行った行為の意味,影響は十分理解していたものと受け取れる。また,被告人は,原審公判において,捜査段階でした供述は,被害者に対する不満を述べることに終始しており,怨霊に操られていたことには触れていなかったことを自認している。
そうすると,被告人が怨霊に操られて本件を行ったというのが,妄想追想であるというE医師の鑑定は,十分な合理的理由に基づくものであり,被告人の責任能力が著しく減退していた可能性も低いということはできる。

原判決は,E医師の鑑定意見を,精神病的過程が介在して犯行に及んだ蓋然
性は低く,被告人の統合失調症と犯行の関連性は乏しいと要約し,それを前提に,本件には統合失調症等の被告人の病的な精神症状による影響がまったくないという前提で,懲役15年という検察官の求刑に従った量刑判断をしたものと受け取ることができる。そして,被告人が,格別の精神的な病的因子の影響もないのに,居候
先で深夜まで起きていたことを注意され,それに端を発して被害者を包丁で刺したとすれば,動機及び態様に酌量する余地は乏しいということもできる。しかし,被告人の犯行前の言動をみると,繰り返して原因もなく自殺を企図するような行動をとり,実際に生起している事象にそれ以上の意味付けをしていることがうかがえるのであり,怨霊が乗り移るということが妄想追想であれば,それは統合失調症の影響に基づくものであるから,前記の被告人の奇異な言動に,統合失調症等の病的な精神症状が介在していないとはいい切れないのである。そうであるのに,原審では,E医師に対する尋問の対象は,被告人が怨霊に操られたということの意味や被告人の責任能力の有無に限定され,統合失調症等の被告人の精神障害が本件に多少なりとも影響していたかどうかという観点からは,
尋問がされていない。
E医師も,病勢期の症状とは深刻さが違うなどとして,被告人の是非善悪の判断能力やその判断に従って行動する能力が著しく低下してはいなかったとしているだけで,いくばくか低下していたかどうかは明言していない。本件の特質に照らすと,犯行に至った被告人の精神状態を責任能力の有無の観点からだけで割り切って判断するのでは,到底適正な量刑判断ができるとはいえず,少なくとも懲役15年という検察官の求刑にそのまま従った量刑判断を正当なものとすることはできない。これらの事情に照らすと,原審においては,犯行に至るまでの被告人と被害者とのやりとりについて,当時の被告人の精神状態が明らかにできるような審理をした上,そのような犯行に至る経緯に,前記の被告人の奇異な言動をも加えて,それらに基づいて,被告人の統合失調症等の精神障害が本件に多少なりとも影響していなかったかについて,精神医学の専門家に意見を求めるべきであったというべきである。これらの点について,原審には審理不尽があるというほかない。第3

結論

以上からすると,既に説示した原審における審理不尽が,少なくとも量刑判断の前提になる犯行当時の被告人の精神状態の判断に影響を及ぼすことは明らかであるから,
原判決には,
判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある。

そうすると,控訴趣意(事実誤認,量刑不当)に対する判断をするまでもなく,刑訴法397条1項,379条により原判決を破棄した上,さらに審理を尽くさせるべきであるから,同法400条本文により本件を福岡地方裁判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。
平成29年11月15日
福岡高等裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

山口雅髙
裁判官

平島正道
裁判官

髙橋孝治
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