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被爆者健康手帳交付等請求事件(平成28年(行ヒ)第404号の2)
事件番号平成28(行ヒ)404
事件名被爆者健康手帳交付等請求事件(平成28年(行ヒ)第404号の2)
裁判年月日平成29年12月18日
法廷名最高裁判所第一小法廷
裁判種別判決
結果その他
原審裁判所名福岡高等裁判所
原審事件番号平成24(行コ)29
原審裁判年月日平成28年5月23日
判示事項原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律に基づく被爆者健康手帳交付申請及び健康管理手当認定申請の各却下処分の取消しを求める訴訟につき訴訟の係属中に申請者が死亡した場合における訴訟承継の成否(積極)
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平成28年(行ヒ)第404号の2
平成29年12月18日

第一小法廷判決

主1
被爆者健康手帳交付等請求事件


原判決中,被爆者健康手帳交付申請却下処分及び健
康管理手当支給認定申請却下処分の取消請求に関す
る部分を破棄し,同部分に関する第1審判決を取り
消す。

2
前項の部分につき,本件を長崎地方裁判所に差し戻
す。

3
上告人らのその余の上告を棄却する。

4
前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
理由
上告代理人龍田紘一朗ほかの上告受理申立て理由(ただし,排除された部分を除く。)について
1
本件は,長崎市に原子爆弾が投下された日の午後に同原子爆弾(以下「長崎
原爆」という。)の爆心地付近に在ったなどとするAが,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。)に基づき被爆者健康手帳の交付及び健康管理手当の認定の各申請をしたところ,長崎市長からこれらを却下する旨の処分(以下,それぞれ「本件交付申請却下処分」,「本件認定申請却下処分」といい,これらを併せて「本件各処分」という。)を受けたため,Aは同法1条2号又は3号所定の被爆者の要件を満たすなどと主張して,本件各処分の取消し等を求める事案である。Aが本件訴訟の第1審口頭弁論終結前に死亡したことから,第1審において,上告人らが相続により本件訴訟におけるAの地位を承継したと主張して,訴訟承継の申立てをした。
2(1)

被爆者援護法は,同法1条各号のいずれかに該当する者であって,被爆者健康手帳の交付を受けたものを被爆者として,同法による援護の対象としているところ,同条1号は,原子爆弾が投下された際当時の広島市若しくは長崎市の区域内又は政令で定めるこれらに隣接する区域内に在った者を,同条2号は,原子爆弾が投下された時から起算して政令で定める期間内に同条1号に規定する区域のうちで政令で定める区域内に在った者を,同条3号は,同条1号及び2号に掲げる者のほか,原子爆弾が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情の下にあった者を,それぞれ掲げている。なお,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行令(以下「被爆者援護法施行令」という。)1条1項は,同法1条1号の政令で定める区域は原子爆弾が投下された当時の同施行令別表第1に掲げる区域とする旨を定めている。
また,同法2条1項は,被爆者健康手帳の交付を受けようとする者は,その居住地等の都道府県知事(同法49条により,長崎市については長崎市長。以下同じ。)に申請しなければならない旨を,同法2条2項(平成20年法律第78号による改正前のもの)は,同条1項による申請を受けた都道府県知事は,申請者が同法1条各号のいずれかに該当すると認めるときは,その者に被爆者健康手帳を交付するものとする旨を,それぞれ定めている。
(2)

被爆者援護法27条1項は,都道府県知事は,被爆者であって,造血機能
障害,肝臓機能障害その他の厚生労働省令で定める障害を伴う疾病(原子爆弾の放射能の影響によるものでないことが明らかであるものを除く。)にかかっているものに対し,その者が医療特別手当等の支給を受けている場合を除き,健康管理手当を支給する旨を定めているところ,同条2項は,同条1項に規定する者が同手当の支給を受けようとするときは,同項に規定する要件に該当することについて都道府県知事の認定を受けなければならない旨を,同条3項は,都道府県知事は,上記認定を行う場合には,併せて当該疾病が継続すると認められる期間を定めるものとする旨を,同条4項は,同手当は,月を単位として一律の金額を支給する旨を,同条5項は,同手当の支給は,上記認定を受けた者が上記認定の申請をした日の属する月の翌月から始め,その日から起算してその者につき上記期間が満了する日(その期間が満了する日前に上記要件に該当しなくなった場合にあっては,その該当しなくなった日)の属する月で終わる旨を,それぞれ定めている。
3
原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。

(1)

Aは,長崎原爆が投下された後相当期間,主に当時の長崎県北高来郡戸石
村▲▲▲番地に在った者である。なお,戸石村▲▲▲番地は,爆心地から7.5㎞以上12㎞以下の範囲内の地域にあり,被爆者援護法施行令別表第1に掲げる区域には含まれていない。
(2)ア

Aは,平成20年7月22日に長崎市長に対して被爆者健康手帳の交付
の申請をしたが,同年8月14日にこれを却下する旨の本件交付申請却下処分を受け,さらに,同年10月17日に同市長に対して健康管理手当の認定の申請をしたが,同月22日にこれを却下する旨の本件認定申請却下処分を受けた。イ
Aは,本件各処分の取消し等を求めて本件訴訟を提起したが,第1審口頭弁
論終結前の平成23年▲▲月▲▲日に死亡した。

Aの妻及び子である上告人らは,それぞれAを相続し,当該相続により本件
訴訟における同人の地位を承継したと主張して,訴訟承継の申立てをした。(3)

被爆者援護法施行令が公布された平成7年2月17日当時及び原審口頭弁
論終結時における放射線被曝による健康への影響に関する科学的知見は,長崎原爆が投下された際爆心地から約5㎞までの範囲内の地域に存在した者は概ね長崎原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったといえるが,上記地域に存在しなかった者は,長崎原爆投下の際に一定の場所に存在したことにより直ちに上記事情の下にあったということはできないというものである。4
原審は,上記事実関係等の下で,本件各処分の取消しによって回復すべき法
律上の利益は,Aが被爆者援護法上の被爆者として同法による援護(健康管理手当の支給を含む。)を受ける地位であるところ,同法による援護を受ける地位は被爆者に固有のものであり,一身専属的なものであると解されるから,上告人らがAの相続人としてこれを承継することはできず,本件各処分の取消しを求める訴えは同人の死亡により当然に終了すると判断し,当該訴えにつき訴訟終了宣言をした第1審判決に対する上告人らの控訴を棄却した。
5
しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
(1)

被爆者援護法は,被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付
をすることを中心とするものであって,その点からみると,いわゆる社会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格を持つものであるということができるものの,他方で,原子爆弾の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることに鑑みて制定されたものであることからすれば,被爆者援護法は,このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済を図るという一面をも有するものであり,その点では実質的に国家補償的配慮が制度の根底にあることは否定することができない。
そして,同法に基づく健康管理手当は,原子爆弾の放射能の影響による造血機能障害等の障害に苦しみ続け,不安の中で生活している被爆者に対し,毎月定額の手当を支給することにより,その健康及び福祉に寄与することを目的とするものであるところ(同法前文,27条参照),同条は,その受給権に関し,被爆者であって,所定の疾病に罹患しているものであれば,同条2項所定の都道府県知事の認定を受けることによって,当該認定の申請をした日の属する月の翌月から一定額の金銭を受給することができる旨を定めている。このような規定に照らすと,同手当に係る受給権は,所定の各要件を満たすことによって得られる具体的給付を求める権利として規定されているということができる。
以上のような同法の性格や健康管理手当の目的及び内容に鑑みると,同条に基づく認定の申請がされた健康管理手当の受給権は,当該申請をした者の一身に専属する権利ということはできず,相続の対象となるものであるから,被爆者健康手帳交付申請及び健康管理手当認定申請の各却下処分の取消しを求める訴訟について,訴訟の係属中に申請者が死亡した場合には,当該訴訟は当該申請者の死亡により当然に終了するものではなく,その相続人がこれを承継するものと解するのが相当である。
(2)

これを本件についてみると,Aは,生前に被爆者健康手帳の交付及び健康
管理手当の認定の各申請をしたものであるところ,これらを却下する旨の本件各処分の取消しを求める訴訟の係属中に死亡したことは前記3(2)のとおりであるから,その相続人である上告人らにおいて,当該訴訟を承継することができるものというべきである。
6
以上によれば,本件各処分の取消しを求める訴えにつき訴訟終了宣言をした
第1審判決及びこれを維持した原判決には,いずれも判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるから,原判決中,当該訴えに関する部分は破棄を免れず,同部分に関する第1審判決を取り消すべきである。論旨はこの限度で理由がある。もっとも,前記3(3)のとおり,原審口頭弁論終結時における科学的知見によれば,長崎原爆が投下された際爆心地から約5㎞までの範囲内の地域に存在しなかった者は,その際に一定の場所に存在したことにより直ちに長崎原爆の放射線により健康被害を生ずる可能性がある事情の下にあったということはできないというのであるし,関係記録によれば,Aに長崎原爆による放射線被曝による急性症状が見られたことについての上告人らの主張立証も客観的な裏付けを欠くものであることがうかがわれることからすると,長崎原爆の投下後相当期間,戸石村▲▲▲番地に在ったことを理由とするAの被爆者援護法1条3号該当性に関する上告人らの主張に理由があると認められないことは明らかである。したがって,本件各処分の取消請求のうち同条2号該当性をいう部分に関する主張の当否について更に審理を尽くさせるため,同請求に関する部分につき本件を第1審に差し戻すこととする。なお,被爆者の地位確認請求及び健康管理手当の支払請求に係る上告については理由がなく,また,その余の請求に関する上告については上告受理申立て理由が上告受理の決定において排除されたので,棄却することとする。よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官木澤克之の補足意見がある。
裁判官木澤克之の補足意見は,次のとおりである。
被爆者援護法に基づく健康管理手当の受給権の法的性質について,若干の意見の補足をしたい。
1
原判決は,被爆者援護法による援護の根底に国家補償的配慮があることを前
提としつつも,同法の主たる性格が被爆者の健康面に着目して公費により必要な医療の給付をすることを中心とする社会保障法であるとし,被爆者援護法に基づく健康管理手当の受給権は一身専属的なものであるとした。
しかし,同法は,原子爆弾という比類のない破壊兵器の投下の結果として生じた放射能に起因する健康上の障害がかつて例をみない特異かつ深刻なものであることと並んで,かかる障害が遡れば戦争という国の行為によってもたらされたものであり,しかも,被爆者の多くが生涯癒やすことのできない傷跡と後遺症を残し,今なお生活上一般の戦争被害者よりも不安定な状態におかれ,苦しんでいることに鑑みて制定されたものであって,このような特異かつ重大な戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済を図るという一面を有するものであり,まさにその点から実質的に国家補償的配慮が同法の制度の根底にあると解すべきものである。また,健康管理手当については,放射能に起因する健康被害の上記のような特異性及び重大性に鑑み,その放射能の影響による造血機能障害等の障害に苦しみ続け,不安の中で生活している被爆者に対し,一定の要件を満たすことによって,一律定額の金銭的給付をする旨が定められているのであるから,同手当に係る受給権が財産的価値を有する権利性を帯びたものとして規定されていることは否定し難い。
加えて,同法は,同手当に係る受給権の譲渡や差押えを禁止しているものの(44条,45条),同手当の認定申請によって具体的に計算可能となった受給権を相続人が相続し,同手当の支給を受けることが同法の趣旨,目的に反するものであるということはできない。また,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律施行規則8条は,被爆者が死亡したときは被爆者健康手帳を返還しなければならない旨を規定しているが,同手当に係る受給権が上記のように一定の要件を備えることで具体的に発生するものとして規定されていることからすると,上記のような同法施行規則の定めがあるからといって,認定申請がされた同手当に係る受給権までもが一身専属的なものにすぎないということはできないと考えられる。
2
一口に社会保障的性格を有する給付であるといっても,これを支給すること
とした法律の目的や立法の経緯,給付の性質,具体的な給付規定の在り方,受給権が相続の対象となることが法の趣旨,目的に沿うか否か等をみなければ,その給付に係る受給権が一身専属的なものであるか否かを判断することはできないものというべきであるところ,被爆者援護法に基づく健康管理手当のように,制度の根底に特殊な被害に対する国家補償的配慮があるとされており,かつ,一定の要件を満たすことによって生ずる定額の金銭的給付であって,被爆者の生活を経済的に援護する趣旨を含む給付については,相続されるものと解するのが相当である。この点,健康管理手当は,被爆者援護法が制定される前においては,原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律に基づき,一定の要件を満たす被爆者に対して支給すべきものとされていたところ,同法の下においては同法施行令によって一定の所得制限がされていたが,段階的に所得制限の基準が緩和され,被爆者援護法の制定に伴い,所得制限は完全に撤廃されたのであるから,そのような経過や現行法の規定に照らすと,同手当に係る受給権が被爆者の一身専属にとどまらないものであることは,現行法においてはより明確になっていると解すべきである。3
そうすると,被爆者援護法の主たる性格が被爆者の健康面に着目して公費に
より必要な医療の給付をすることを中心とする社会保障法であるとしても,そのことは,以上の判断を左右するに足るものではないというべきである。(裁判長裁判官

木澤克之

裁判官

池上政幸裁判官

大谷直人

裁判官

小池


裁判官

山口

厚)
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