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現住建造物等放火被告事件
事件番号平成28(う)838
事件名現住建造物等放火被告事件
裁判年月日平成29年12月7日
法廷名大阪高等裁判所
結果破棄自判
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平成28年(う)第838号
平成29年12月7日宣告

現住建造物等放火被告事件
大阪高等裁判所第1刑事部判決
主文理由
原判決を破棄する
被告人は無罪

本件控訴の趣意は,主任弁護人後藤貞人,弁護人山本了宣連名作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,これに対する答弁は,検察官馬場浩一作成の弁論要旨に記載のとおりであるから,これを引用する。
論旨は,事実誤認の主張である。
第1

控訴趣意の要旨

原判決は,被告人が,aと共謀の上,共同住宅の一部であるb方2階和室において,被告人及びaが,それぞれ布団等に火を放ち,共同住宅の一部を焼損したとの事実を認定して,被告人を有罪とした。しかし,被告人は,aと放火を共謀したことも,自身が火を放ったこともなく,無罪であるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。
第2

原審の経過等

1
事案の概要



公訴事実の要旨

本件公訴事実の要旨は,「被告人は,aと共謀の上,bほか6名が現に住居に使用している木造瓦葺2階建共同住宅(延床面積合計341.37平方メートル。以下「本件共同住宅」という。)に放火しようと考え,平成27年4月16日午後5時21分頃から同日午後6時35分頃までの間に,本件共同住宅B号のb宅2階台所内において,紙片にガスコンロで点火した上,これを2階和室内の畳上に置かれた布団等及び同室内の押入上段に収納された毛布等に火を放ち,その火を押入内の枕棚等に燃え移らせて,本件共同住宅の一部を焼損(焼損面積約0.4平方メート
ル)した。」というものである。


基本的事実関係

関係証拠によると,本件の基本的事実関係は以下のようなものである。ア
被告人とa及びbは,いずれも同じ職場で勤務していた元同僚であった。被
告人は,退職後,a及びbの双方と連絡をとり,経済的援助を受けるなどしていたが,aに対しては,望んでもいないのにbからよく連絡が来る,同人と食事に行かなければならないといったストーカーのような嫌がらせを受けており,同人と会う回数を減らし,最終的には同人との関係を断ち切りたいなどと相談を持ちかけていた。

被告人とaは,平成27年4月16日(以下,同日の記載は省略する。),
b宅に赴き,被告人が所持していた合鍵を使い室内に入り,aによれば,被告人と二人で,被告人によれば,a単独で,持参したハンマーやドライバー等の工具で,室内の床等に傷を付けるなどした(以下「1回目の侵入行為」という。)。その後,被告人とaは,b宅を出て,午後3時4分頃,g駅の改札から駅構内に入ったが,そのまま電車に乗ることなくホームで話合いを行い,午後5時21分頃,同駅を出て,再びb宅に入った。被告人とaは,午後6時35分頃,同駅に戻り,電車に乗って帰宅した。

bは,午後10時頃に帰宅し,自宅が放火被害に遭ったことを発見した。火
がつけられたのは,2階和室6畳間の畳の上に折りたたんで置かれた布団等(以下「畳の布団」という。)と押入れ上段に置かれた布団等(以下「押入の布団」という。)の2か所であった。同和室の窓及び出入口の引戸がすべて閉められていたため自然に鎮火していたが,煤が室内全体に付着し,引戸の隙間部分に煤が著しく付着するとともに,1階に通じる階段,玄関ホールにも煤が広がった状態であった。畳の布団は一部が焼け残り,接着した壁や畳が焼けていた。押入の布団については,その一部が焼け,布団よりも上部の壁が黒く焦げるとともに,上面の枕板底面が焼損(焼損面積約0.4平方メートル)するなどしていた。和室とリビングの間の引
き戸2枚の両面には刃物様のもので曲線状に傷付けられた跡があった。2
原審における当事者の主張の要旨

原審において,検察官は,a証言が信用でき,同証言から,被告人が,aと事前に放火について話し合い,二人で協力して,それぞれ放火したと認められる,などと主張した。
これに対して,原審弁護人は,a証言の内容には時間的整合性に欠ける等の不合理な点が多々あり,犯行後の被告人とaのLINEのやり取りも,a証言の信用性を必ずしも補強するものとはいえず,aには虚偽の供述をする動機もあり,a証言は信用できない,などと主張した。
3
原判決の要旨

原判決は,要旨,以下のとおり判示し,a証言が信用でき,これによれば,被告人とaの共謀及び被告人が放火の実行行為をしたことが認められるとした。⑴

aは,被告人と事前にb宅に放火することを話し合った上で,被告人もaと一緒に放火行為に及んだ旨証言している。



被告人は,本件犯行当日の夜間から,aとLINEで本件火災を話題にして
いるが,その中には,火災の発生を想定外と考えていたことをうかがわせる内容のものは全くない。むしろ,捜査機関から疑いを持たれていないかどうかを案じ,被告人が所持していたb宅の合鍵について詳しく話し合い,捜査機関から疑いを持たれないよう具体的に画策している。被告人は,被告人自身の恨みからbに精神的ダメージを与える目的で火災を生じさせたことをうかがわせるメッセージや,a共々本件に加担したことを前提とするメッセージを送信している。このようなやり取りは,常識的に見て,被告人が犯行に主体的かつ積極的に関与していたからこそ,行われていたと考えられるから,a証言を強く裏付けている。


aは,被告人が押入の布団に嫌な思い出があるため,これを燃やしてしまい
たいと述べて,その布団に放火し,aがbの使用する畳の布団に放火したと証言している。実際にこれらの布団等が置かれた箇所のみが焼損していることと正に整合
しており,aが,被告人から布団についての話を聞かされることなく,あえて火元のガスコンロから離れた和室内の布団等のみを選んで放火することは現場の状況に照らして考えにくく,a証言は,本件の客観的な結果によって裏付けられている。⑷

cの午後5時32,3分頃に被告人らをb宅付近で目撃したとする証言は,
その時刻の特定の仕方が,おおよそのものであることを否定できず,aが証言する所要時間も主観的・感覚的なものに過ぎないから,午後5時21分頃にg駅を出てからcに目撃されるまでの間に,aが証言するとおりの放火行為に及ぶことが不可能とまではいえない。また,aは,犯行後,先にb宅を出て,付近にあるe橋で被告人と落ち合ったなどと証言するが,犯行後,どこで被告人と落ち合ったか等の出来事については,aに記憶違いがあったとしても何ら不自然ではないから,この点でc証言と食い違っているとしても,a証言の核心部分の信用性は揺らがない。⑸

他方で,被告人は,原審公判廷で,aと放火について話し合ったことやaと
共に放火行為に及んだことを否定する供述をしているが,捜査段階から,重要な部分の供述が二転三転しており,その理由について納得できる説明をしておらず,前記LINEのやり取りに照らして不合理で,供述内容も不自然であるから,信用できない。
第3

当裁判所の判断

原判決には,第三者証言の評価等を誤り,その結果,a証言の疑問点を見逃し,その信用性を認めた点に,論理則経験則に反した違法がある。a証言以外には,被告人とaの共謀,被告人が放火したことを認定できる証拠はないのであるから,判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。
このように判断した理由は,以下のとおりである。
1
前提となる原審における関係者の証言等の概要



a証言の要旨は,次のとおりである。

「1回目の侵入行為の後,g駅に戻りホームのベンチで酒を飲みながら話をするうち,次第に被告人が感情的になり,家の傷付け方が不十分だなどと不満を述べ,
嫌な思い出のある布団に火をつけて燃やしたいと言い出した。私は,驚き,消極的な反応を示したが,最終的には,二人で一緒に火をつけに行くということで話がまとまった。私の方から,メモ用紙のようなものにガスコンロで火をつけて布団に燃え移らせることや,帰りは駅と反対方向の道を走るバスで帰ることなどを提案した。二人の間で,被告人が自分用の布団を,私がbさん用の布団を燃やすということで話がまとまったように思う。駅を出て,普通の速さで歩いてb宅に向かう途中,公衆トイレに寄り着火用にトイレットペーパーを取っていった。
被告人と話し合い,二人で一緒に入ると目立つため,b宅には被告人が先に入ることになった。私は5分位してから入ったが,尿意を催したので2階のトイレで用を足してから行くと,もう被告人の付けた火が押入の中の布団に燃え移った状態であった。そこで,私もコンロでトイレットペーパーに火をつけようとしたが,うまく燃え移らず,二度三度と失敗してしまい,その間に押入の布団の方は天井に火が届くぐらいまでかなり強く燃え上がっていた。被告人が,このままでは火災報知器が検知して消防車が来てしまうから一旦火を消してくれと言ったので,フライパンに水を汲んで掛けたが,それだけでは火が消えなかったので,フライパンで火を叩いて何とか消し止めた。
その後,再度,二人で火をつけることになり,私は,被告人に言われて室内にあったフリーペーパーを棒状に丸めて火をつけ,それを畳の上の布団の上に置いた。被告人は,持っていた5cm四方くらいのメモ用紙を使って押入の布団に再度火をつけたと思う。家を出るときには,押入の布団の炎の高さは40cmくらい,畳の布団の炎の高さは10cmから20㎝くらいで,それ位の高さになるのに2,3分かかったと思う。
家を出るときは私がばたばたしてしまい,後片付けを被告人に任せて先にb宅を出て一人で駅と反対方向に向かって歩き,途中の橋(e橋)の所で3分から5分くらい待っていると被告人がやって来た。バスに乗るため二人で県道の方まで歩いて行ったが,適当な時刻のバスがなかったので,g駅に戻ることにした。途中,橋の
上やb宅の裏手の農道辺りで立ち止まり家の様子を確認したが,変化がなかったので,電車に乗って帰った。」


c証言の要旨は,次のとおりである。

「当時,本件共同住宅のb宅の隣に住んでいた。午後5時に家に帰り,午後5時10分頃保育園に子どもを迎えに行き,午後5時20分頃に自宅に着いた。午後6時半に外食に出ようということになったが,時間が早かったので,その前に犬の散歩に行くことにした。その際,時計を見たら大体午後5時30分だった。その2,3分後に,散歩の準備をして家を出ると,自宅のすぐ横で,近所で見かけない男女の二人連れを見かけたので不審に思った。焦げ臭いにおいとかの異常は感じなかった。女性が男性の肩を借りて靴を履き直すような仕草をしてから,腕を組んでゆっくりと歩き出したので,その1m位後ろからついて歩く形になった。その2分くらい後に,この男女と別れて南に向かいf橋まで行って再び北に向かってe橋の手前付近まで戻った。その時に,先ほどの女性が一人でe橋の東側のたもとに本件共同住宅の方向を向いて体育座りのような恰好をして座っているのを目撃した。男女と別れてからおおよそ10分くらいかかったので午後5時45分位ではないかと思う。e橋の西端辺りに犬を連れたd夫妻もいた。その後,散歩を続けて6時半前くらいに自宅付近まで戻って来た際に,本件共同住宅の裏手(南西)の道付近から住宅の方をのぞき込むようにしている男女の姿を見かけた。男女のうち女は,被告人に間違いがない。」


dの証言の要旨は,次のとおりである。

「夫から電話があり,その帰りの時間に合わせて午後5時30分頃,e橋の東側近くの自宅を出て,犬の散歩を兼ねてg駅の方に迎えに行った。夫はh駅を午後5時31分に出る電車で帰れたと言っていたので,午後5時35分にg駅に到着したことになると思う。駅に向かう途中で夫と出会い,そこからまっすぐ自宅に戻った。その途中,夫が,e橋の北東側の角に女性が一人で北側を向いて体育座りをしているのに気付いた。すれ違いざまに「こんにちは」と声をかけると,顔ははっきり見
えなかったが,ちょっと顔を上げたときに疲れた感じの印象がした。駅からe橋まで歩いて10分くらいかかるため,e橋付近を通りかかったのは午後5時45分頃になると思う。女性は被告人で間違いがない。」


被告人の原審公判供述の要旨は,次のとおりである。

「1回目の侵入の後,aの機嫌が悪く,g駅のホームで電車を待っている間も機嫌が直らず電車に乗れる状況ではなかった。aが,気が済まないのでもう一度b宅に行く,鍵を貸してほしいと言い出したので,勝手に他人方の鍵を貸すことはできないと考えて,私も一緒について行った。
aは,私から鍵の入った鞄を取り,先にb宅に行き鍵を開けて2階に上がり,机の上にあったちらしの紙をちぎってガスコンロで火をつけて押入の布団の上に落とした。私は,慌ててフライパンに水を汲んで布団にかけた。気がつくと,今度はaが右手に火のついた紙を持って畳の布団の前にかがんでいたので,「やめて」と言った。後ろからのぞき込んだが,布団には火や焦げ跡はついていなかった。その後,階段を下りて,先に外に出たところ,aもすぐ後ろからついてきた。出てすぐ角を曲がったところで靴を履き直し,aの腕を借りたりしながら二人で駅と反対方向に歩いていった。火は完全に消えているとは思ったが心配になり,aにもう一度確認してきてほしいと頼んだ。e橋の手前ぐらいで別れて,aはb宅に戻り,私は橋の東側で座り込んだ。鍵の入った鞄をaが持って行ったので,一人で帰ることもできず,6時過ぎまで待ったがaが戻ってこないので,様子を見に行こうとしたところ帰ってきたので,一緒に県道のバス停まで行った。しかし,バスが来なかったので,結局,電車で帰ることになった。g駅に向かって戻る途中,本件共同住宅の裏からaと一緒にb宅の方を見たが,異常はなかったので安心して帰った。」2
判断

所論は,原判決には,①a証言が信用できるという結論を先行させてc・d証言の真摯な証拠評価を怠った誤り,②燃焼学の見地から大きな問題を含むa証言の信用性を肯定した誤り,③手頃な可燃物で,嫉妬心の対象ともなり得るため,aが自
ら布団への着火を思いついてもおかしくないのに,布団への着火をa証言の信用性を支える根拠とした誤り,④LINEの文脈を無視し,被告人に不利に解釈して,a証言の信用性を裏付けるとした誤り,が存在する。原判決の事実誤認は重大で,論理則経験則に違背することが明らかであると主張するものである。以下,所論を踏まえ,原判決に弁護人らが主張するような問題が認められるか検討する。


cとdは,いずれも午後5時45分頃に,被告人が一人でe橋東側のたもと
で座り込んでいたとする点で証言が一致している。
cとdは,純然たる第三者であり,両名の間に特別な関係があるとはうかがわれず,本件当日も,e橋付近を通りかかる以前に行動を共にしていたとは認められない。cとdは,それぞれ別個の具体的根拠を挙げて,被告人を目撃した時刻を特定し証言しているのであるから,時刻の点も含めて,両者の証言は相互に独立したものと認められる。このように独立した証言が一致していることからみて,cとdの「午後5時45分頃に被告人をe橋付近で見た」という各証言はいずれも信用できる。
一方,被告人とaがg駅を午後5時21分に出たことは防犯カメラの映像から明らかである。そうすると,上記午後5時45分頃を前提にしても,被告人がaとともにg駅を出てb宅を経てe橋で目撃されるまでの時間は24分ほどに限られる。もとよりこの時間は誤差を含むものではあるが,原審弁護人らが,被告人が本件犯行に及ぶことは時間的に不可能と主張する中で,原審証拠上,g駅からb宅までは徒歩10分,b宅からe橋までは徒歩2分とされていて,aが公衆トイレからトイレットペーパーを持ち出す時間を除外しても,被告人がb宅に滞在可能な時間は,約12分に過ぎないのであるから,このような短時間で,a証言の述べる態様によって,犯行に及ぶことが果たして可能か疑いを持つのに十分である。しかも,a証言は,「先にe橋で待っていたのは自分であり,被告人が来た後は二人で県道まで歩いて行った。」などと,これ以外でもc・dの証言とそごする内容を含んでいた
のであるから,なおさら,その証言内容の信用性を慎重に検討する必要があったといえる。
ところで,aの犯行態様に関する証言は,「私が被告人の5分後くらいにb宅に入り,トイレで用を足して出た段階では既に,被告人が押入の布団に火をつけていた。私が火をつけるのに2,3度失敗するうち,押入の布団の火は天井に届くぐらいにかなり強く燃え上がっていた(以下,「最初の炎上」という。)。被告人から火災報知器が感知すると困るので一旦火を消してくれと言われ,フライパンで水を汲んでかけたが,消えなかったので,10回から15回ぐらいフライパンで叩いて消した。その後,再度,二人で火をつけることになり,私はフリーペーパーを用いて畳の布団に火をつけ,被告人は5㎝四方くらいのメモ用紙を使って押入の布団に火をつけた。私が先にb宅を出たが,その時点では,押入の布団の炎の高さは40㎝くらい,畳の布団の炎の高さは10㎝から20㎝くらいで(以下,「2回目の炎上」という。),そのような高さになるのに2ないし3分くらいかかったと思う」などという内容のものである。そこで述べられた時間的な点は,原判決が説示するとおり,主観的感覚的なものであるからさておくとしても,原審証拠上,最初の炎上において,aが説明した写真8,9に達するには6分ないし7分を要するものと認められ,2回目の炎上についても少なくとも数分はかかることが明らかである。その外に消火行為等諸々の時間も必要となるのだから,時間的にaのいうような犯行は本当に可能かとの疑問を抱くべきである。ましてや,cは,上記「午後5時45分頃にe橋で被告人を目撃した」旨の証言をする前提として,「b宅近くで,午後5時32,33分頃に見かけない男女,すなわち,被告人及びaを見た」旨証言している。検察官が指摘するとおり,「午後5時30分頃に時計を確認した」旨の証言は若干の曖昧さを含んでいる。しかし,午後5時45分頃にe橋付近で被告人を見たという点は,上記のとおり,d証言に支えられている。犬を散歩させるために通った経路を考えれば,「e橋付近に到達するまでに上記男女を見てから10分くらいかかった」旨述べるのは合理的である。時計を午後5時半頃に見るまでの行
動等についても,「午後5時に家に帰り,午後5時10分に保育園に子供を迎えに行き,午後5時20分に家に帰り,時計を見たのが大体午後5時半頃で,散歩の準備を2,3分してから,男女を見た」と述べていて,時間を追った合理的な説明がされている。このように,cの「午後5時32,33分頃に男女を見た」という証言は,その前後双方から合理的根拠をもって推測した信用性の高いものといえ,原判決が述べるような理由で容易に排斥できるようなものではない。もとより時計等で測られたものではないため一定の幅を含むものではあるが,これによって更に被告人の滞在可能時間は狭まることになり,既にみたところによれば,a証言で述べられた態様で犯行を行うことは不可能といわざるを得ず,a証言に重大な疑問を生じさせるのに十分である。当審での証拠調べによれば,g駅からb宅への徒歩での実測所要時間は7分30秒前後とされ,被告人のb宅での滞在可能時間は若干のびるものの,それでもなお5分弱しかなく,aが証言する態様で犯行が行われたとみることは不可能である。しかも,鑑定意見書抄本によれば,押入の布団の積み方を正確に再現し,敷パットを一番上にした場合には,a証言で述べられた被告人の着火方法(5cm四方くらいのメモ用紙に火をつけるという方法)では,そもそも押入の布団には火がつかないと指摘されている。検察官は,用紙が実際にはこれよりも大きく火をつけることが可能であったと考えるべきであるなどと主張するが,証拠に基づかない推測に過ぎないし,何よりも時間的な矛盾を説明することができない。そうすると,a証言には,犯行態様という最重要部分において看過できない重大な疑問があるといわざるを得ず,信用できるという結論を導き出すことは困難である。原判決は,「cが被告人及びaを目撃した時刻はおおよそのものに過ぎない。また,a証言の所要時間はいずれも同人の主観的・感覚的なものに過ぎない。そうすると,午後5時21分頃にg駅を出てから,cに目撃されるまでの間に,a証言のとおりに犯行に及ぶことが物理的・時間的に不可能とまではいえず,a証言の信用性を損なうものといえない」旨説示する。しかし,これまで述べてきたとおりであるから,第三者証言や客観証拠の検討を怠った,論理則経験則に反する感覚的な説示判断と
いうほかない。a証言を信用性が高いとして,これに依拠して事実認定をした原判決には重大な事実誤認がある。所論①②には理由がある。⑵

aは,g駅のプラットホームで,被告人と放火について相談し,二人で嫌な
思い出のある布団に火をつけて燃やすことに決めた旨証言している。原判決は,「被告人から布団についての話を聞かされることなく,火元から離れた和室内の布団等のみを選んで放火するとは現場の状況に照らして考えにくい」と説示し,a証言は信用できるとする。しかし,aは,ホーム上の相談で,「被告人が押入の布団に,私が畳の布団に火をつけることに決まった」旨証言するのであるから,上記のとおり,aの犯行態様についての証言が信用できない以上,事前の相談部分も信用できないことになる。そもそも弁護人が主張するとおり,布団に火をつけることは,嫉妬からaが思いついてもおかしくないことであるから,火をつけられたものが和室内に置かれた2か所の布団であることが,a証言の信用性を担保するということはできない。所論③にも理由があり,この点でも原判決には論理則経験則に反する点がある。


原判決は,「常識的に見て,被告人が,本件犯行に主体的かつ積極的に関与
していなければ,このような(LINEの)やり取りを行うことは考えられない。しかも,被告人がaに対し,「罪の共有をしたから変だけど絆は強まった気がする」などと,a共々,本件に加担したことを前提とするメッセージを送信していることも併せ考慮すると,これらのLINEでのやり取りはa証言を強く裏付けるものといえる。」旨説示し,a証言の信用性を支える柱と捉えている。
しかし,既にみたとおり,原審での第三者証言や客観的証拠から,a証言に重大な疑いが生じる以上,LINEのやり取りで,a証言の信用性を担保することは困難といわざるを得ない。
そもそも,LINEのやり取り自体も,基本的には,被告人がb宅の合鍵を持っていることから,bから被告人が家に来たかどうか怪しまれることを心配する内容のもので,被告人が,aと放火の共謀をし,被告人自身も放火行為をしたことを前
提にしなければ理解し得ない内容とまではいいがたい。紙切れで火が放たれたことを前提にするやり取りとみておかしくないものもあるが,それについても誰が火を放ったかまでは不明で,被告人とaが共謀したことをうかがわせるメッセージとはいえない。b証言によれば,被告人は,本件犯行翌日の早朝頃にはbと連絡をとっていたというのであるから,本件犯行の翌日午前7時以降に,被告人がaとの間で,寝室で布団等が燃えたことを前提にしたやり取りをしていることが,共謀や被告人の放火行為を前提としなければ理解し得ないものではない。原判決の挙げる「罪の共有をしたから変だけど絆は強まった気がする」というメッセージについても,当日,被告人がaと行動を共にして無断でb宅に立ち入る等していたことは間違いないのだから,その「罪」がaとの共謀や被告人の放火行為を指すと断定することはできない。確かに,LINEのやり取りは被告人の犯行への関与を疑わせる内容を含むものではあるが,それだけではa証言の信用性を肯定できるものではない。それにもかかわらず,これを過度に重視し,第三者証言から生じるa証言の疑問を軽視し,a証言の信用性を認めた原判決は,論理則経験則に反する違法があるといわざるを得ない。所論④も理由がある。
3
結論

以上のとおり,被告人が公訴事実の犯行を行ったことの唯一の証拠というべきa証言には,その核心部分に重大な疑問があり,たやすく信用できるものではない。そうすると,本件公訴事実については,犯罪の証明がないというほかない。したがって,被告人が,aと共謀して放火したと認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があるといわざるを得ない。論旨は理由がある。
第4

破棄自判

そこで,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄した上,同法400条ただし書により,被告事件について,当裁判所において更に次のとおり判決する。本件公訴事実の要旨は,前記のとおりであるが,前記のとおり,同事実について
は犯罪の証明がないから,刑訴法336条後段により被告人に対し無罪の言渡しをする。
よって,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官

和田真

裁判官

福井健太

裁判官

酒井英臣)

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