判例検索β > 平成28年(わ)第352号
殺人未遂
事件番号平成28(わ)352
事件名殺人未遂
裁判年月日平成29年11月14日
法廷名岐阜地方裁判所
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主文
被告人を懲役8年に処する
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
【犯行に至る経緯】
被告人は,50歳を過ぎた頃から,家の中が自衛隊や消防に盗聴盗撮され,自分の行動が24時間365日監視されているなどという思いを抱くようになった(以下「本件妄想」という。)。そして,被告人は,死ぬまで自分が監視されることは耐えられない,そのことを公にしたいと考えるようになり,遅くとも平成27年頃から,子どもを殺せば,その親が事件の背景にある真実を追求し,被告人を監視している者の悪事が公になると考えるようになった。そのような中,被告人は,平成28年6月30日,車を運転し,交差点の信号待ちをしている際,前方に小学生の集団登校の列を見つけた。
【犯罪事実】
被告人は,同日午前7時29分頃,岐阜県海津市の路上において,小学校登校のため道路右端を歩行中であった別表「氏名」及び「被害当時年齢」欄記載のA(当時11歳)ら10名(以下「被害者ら」という。)に対し,その背後から,殺意をもって,普通乗用自動車を時速約40キロメートルで衝突させたが,別表「傷病名」及び「加療期間」欄記載のとおり,被害者らのうち9名に約10日間の加療を要する左骨盤挫傷等の各傷害を負わせたにとどまり,いずれも殺害の目的を遂げなかった。
【証拠の標目】

【争点及び心神耗弱の主張に対する判断】
第1

争点及び心神耗弱の主張
被告人が,判示「犯罪事実」記載の日時・場所において普通乗用自動車を運転し,被害者ら10名に順次自車前部を衝突させ,そのうち9名に別表記載のとおりの傷害を負わせたことについては,当事者間に争いがなく,証拠上も容易に認められる。
本件における争点は,被告人が殺意をもって被害者らに自車前部を衝突させたか否かであるところ,当裁判所は,被告人に殺意は認められると判断した。また,弁護人は,被告人が,犯行当時,持続性妄想性障害及びリーゼの服薬の影響により,行為の違法性を認識し,それに従って犯行を思いとどまる能力が著しく弱まっていたと主張し,検察官もこれを争っていないものの,当裁判所は,被告人は犯行当時心神耗弱の状態にはなく,完全責任能力を有していたものと認定した。
以下,その理由を説明する。
第2

前提事実
被告人の供述を含む関係各証拠によれば,以下の各事実が認められる。
1
被告人は,50歳を過ぎた頃から,本件妄想を抱くようになった。
2
被告人は,平成22年頃まで岐阜市内に住んでいたところ,同年に近所の家に向かって小石を投げて窓ガラスを割るという器物損壊事件を起こした。被告人は,当該事件をきっかけに,姉の住む岐阜県海津市に引っ越し,姉の家の敷地内に家を建てて住むようになった。
しかし,被告人の本件妄想はなくならず,被告人は,平成25年頃から,海津市上空を飛んでいる自衛隊のヘリコプターに関し,海津市役所に電話で「ヘリコプターの音がうるさい」,「なぜヘリコプターが飛んでいるのか調べてほしい」などの申入れをするようになった。

3
そのような中,被告人は,遅くとも平成27年頃から,子どもを殺せば,その親が事件の背景にある真実を追求し,被告人を監視している者の悪事が公になると考えるようになった。また,子どもを殺す方法として,車で衝突するという方法も考えるようになった。他方で,被告人には度胸がなく,その実行を決意できずにいた。
4
本件犯行現場は,南北に走る市道と,a川の左岸に沿って走る堤防道路がY字に交わる交差点南側付近の堤防道路である(以下「本件道路」という。)。本件道路は,アスファルト舗装された平坦な道路で,車道幅員は狭い部分で約4.5m,広い部分で約6.2mである。本件道路は,南方向に進行すると左方に約15度の角度で屈折する緩やかな左カーブの道路形状になっており,さらに南方に進行すると,b橋と交わる交差点となっている。
本件道路の西側は法面となっており,
その下にはa川が流れている。
法面は,
道路のアスファルト舗装された部分の西側の約0.75mの幅の平坦な草地を挟んだところにあり,幅は約2mである。法面の下には約0.75mの幅の草地があり,その先がa川となっている。そして,本件道路から法面下の草地までは約1.1mの高さになっている。法面とa川の間には,a川沿いに南北に木が並んでいる部分がある。
本件道路北側のY字交差点から北方約100m先には,岐阜県道が交わるc交差点がある。c交差点から南進すると,本件道路手前のY字交差点入口部分に向けて約5mの範囲が,上り勾配6%の坂になっている。

5
被告人は,平成29年6月30日午前7時28分頃,普通乗用自動車(灰色のトヨタクラウン,
車両重量1560キログラム,「被告人車両」
以下
という。

を運転し,c交差点の北側から同交差点に差し掛かった。被告人車両は,同交差点で赤信号に従って停止したところ,青信号になっても直ちに発進せず,信号が変わって15秒から20秒が経過した後,徐行して交差点を通過した。
6
同日午前7時29分頃,本件道路では,小学生が集団登校中であり,本件道路の西端を,3つの集団登校班がほぼ縦1列に並んで,南方に向けて歩行していた。具体的には,南から,J,I,H,Gの順に並ぶ4名班,その後ろに,F,E,D,C,Bの順に並ぶ5名班,そして,その後ろにAが最後尾でやや道路中央寄りを歩く7名班がいた。
そうしたところ,被告人車両が,北方から本件道路に差し掛かり,Aの臀部等に衝突した。さらに,Aの前方を歩いていた5名班と4名班の各小学生に順次衝突し,跳ね飛ばした。
被告人車両は,被害者らに衝突した後,b橋と交わる交差点まで南進し,同交差点を右折して,本件現場から立ち去った。
7
被告人車両は,同日午前7時31分頃,本件道路から南西方向に直線距離で約180mの位置にある駐車場で止まった。同日午前7時54分頃,警察官が同所に停車している被告人車両を発見し,職務質問を実施したところ,被告人の腹部には刃物で刺したような痕跡が複数認められ,出血していた。
8
本件犯行の後,本件道路の西端の草地には幅約22cm,長さ約8.7mのタイヤ痕が残されており,その付近には,被告人車両のサイドミラー部品,サイドミラーカバー,ラジェータグリル破片,ガラス片などが散乱していた。他方で,アスファルトの路面上には,車両のブレーキ痕や,危険回避に伴う旋回痕等はなかった。
また,本件衝突により,Bの背負ってたランドセルは両方の肩ベルトが断裂するなどし,Cの背負っていたランドセルは左肩ベルトが断裂するなどした。さらに,被告人車両のボンネットには,先端付近に4条の擦過痕とフロントガラス寄りに5条の擦過痕とが残されており,その擦過痕の各幅は,前者につきBのランドセルの下部金具の幅,
後者につきCのランドセルの下部金具の幅と,
それぞれ合致した。

第3
1
K証人の供述の内容及びその信用性
平成28年7月15日から同年9月26日までの間に被告人の精神鑑定を実施した精神科医のK証人は,当公判廷において,被告人の精神の障害及びそれが本件犯行に及ぼした影響等につき,概ね以下のとおり供述している。


被告人の本件妄想を前提とすると,被告人は,本件犯行当時,持続性妄想性障害に罹患していた(なお,被告人には他に目立った症状(幻覚など)はなく,本件妄想の内容は完全に不可能でも文化的に不適切でもなく,被告人は統合失調症の診断基準のいずれにも当てはまらない。)。
持続性妄想性障害は,妄想が持続する疾患であり,思考障害や,規範意識の低下,認知機能の低下,性格の変容などを生じさせるものではない。本件では,持続性妄想性障害の影響は,本件妄想の形成の限度にとどまり,それに対してどのような行動をとるのかの選択については,被告人の判断によるところが大きい。被告人は,長年の妄想に追い詰められ,本件犯行を実行するに至った。


心身安定剤であるリーゼは,摂取すると眠くなり,ぼんやりすることはあるものの,日頃から相当量を摂取していた者が1回で30錠飲んだとしても,認知能力が大きく低下することはない(被告人供述によると,被告人は30年前からリーゼを飲みはじめ,当初は1日に1,2錠飲む程度であったが,徐々に1日に合計5,6錠飲むようになり,本件犯行の1週間前からは1日に1回で30から45錠飲んでいた。)。
また,リーゼには脱抑制状態(感情や意思が動揺,変転したり,規範意識に基づく抑制が低下する状態)を引き起こす作用はあるものの,そのような状態になることは極めて稀であるし,仮にそのような状態になったのであれば,当時の記憶が全くないはずであるから,当時の記憶を有している被告人がそのような状態になったとは考えられない。
結局,リーゼが,本件犯行に与えた影響は考えられず,被告人が当日にリーゼを約30錠摂取していたとしても,上記判断内容は異ならない。
2
K証人は,精神科医としての専門的知識経験を有しており,その証言内容にも不合理な点はなく,これを採用し得ない合理的事情はない。そこで,以下では,これを前提に,関係証拠により認定できる事実を総合して,被告人の殺意及び責任能力について検討する。
第4

殺意の有無についての当裁判所の判断

1
衝突行為の危険性



被告人車両の制動の有無


本件犯行を後方から目撃したL証人は,被告人車両がゆっくりとc交差点を進行し,本件道路手前の坂の半ばにおいて,証人の横を普通の車よりも速い速度で通過し,右前方の小学生の列に突っ込み,小学生らを道路や右の法面の方向に跳ね飛ばした,小学生らに衝突する際,被告人車両が減速したということはなく,ブレーキランプも点いていなかったと思うと供述する。


L証人において,被告人に不利な虚偽の供述をする理由はなく,証言においても,わからないこと,覚えていないことは,素直にその旨述べており,その供述態度は真摯なものである。その供述内容に,格別不合理な点もない。また,証人が目撃したのは突然の,一瞬の出来事であって,被告人車両の制動灯に注意が向いていたのかについては疑問があるものの,少なくとも,被告人車両において顕著な減速がみられなかったという限度では,観察し,記憶することが十分可能であった。
したがって,前記L証言は,本件犯行の際,被告人車両が坂の手前から加速し,相当速度で小学生の列に突っ込み,その際,顕著な減速がなかったという限度において高い信用性が認められる。



被告人車両の速度及び加速の有無


Bの転倒停止地点
Bが被告人車両と衝突後に,転倒して停止していた地点については,本件犯行後に現場を通ったBの母親であるMが実況見分の際に指示している。M証人は,上記地点を特定した事情について,川に落ちそうになっているIをまっすぐ道路に向かって引き上げたところ,その場所にBが倒れていた,Iがいた場所は,法面に並んで生えている木の南側から数えて二,三本目のあたりであったと供述する。
M証人は,被害者Bの母親であり,被告人に対し強い処罰感情を有しているものの,目撃した内容につき,自己が覚えていることと覚えていないことを区別した上で供述しており,被告人に不利な嘘を述べようとする態度は見られない。
Iがいた場所の目印となるものは付近の木ぐらいしかないことを考えれば,木を目印に特定することは合理的である。何番目の木であるのかを正確に特定することができないのも不自然ではないし,一番端の木ではないものの,その付近であるということを表現するために,二,三本目のあたりと述べるのは,むしろ自然なものである。真っすぐ引き上げるという方法についても,法面がさほど急な坂になっていないことを考えると十分可能である。その他,証人の述べる発見位置につき,他の証拠との矛盾もない。
そうすると,証人の述べるBの発見地点については,多少の誤差はありうるものの,おおよその位置としては信用できる。
そして,M証人の供述によれば,M証人は,当日午前7時25分から午前7時30分までの間に自宅を出発し,5分も経たずに本件道路に到着し,被害者らを目撃しており,衝突後にM証人がBを発見するまでの時間は,長くても約5分という短いものであること,Bは,M証人が発見した際,意識を失っており,飛翔転倒後,自ら大きく移動したということは考えにくく,第三者による移動をうかがわせる事情はないことを踏まえると,M証人が発見した位置をもって,Bの飛翔転倒後の停止地点と認められる。

飛翔滑走距離による被告人車両の速度の算定
交通事故鑑識官で,本件の事故解析を実施したN証人は,Aの指示により特定された
「被告人車両とBの衝突地点」
及び前記M証言によって特定された
「B
の転倒後停止地点」から導かれるBの飛翔滑走距離が約18.2mであったこと,これにBの重心の高さを考慮して計算すると,被告人車両がBに衝突した際の速度が,時速約38kmから約42kmと特定できること,仮に衝突速度が時速約30kmであれば,飛翔滑走距離は約10mから約12mになることを述べる。
N証人は,交通事故鑑定における速度の解析について十分な知識,経験を有している。被害者の飛翔滑走距離を基礎に,理論式と実験式とを併用したという速度の算定方法の説明に格別不合理な点は認められない。
さらに,岐阜県警察本部交通部交通指導課のP証人は,実験車両とダミー人形を用いて,
時速約40kmの速度で本件衝突状況の再現を2度行ったところ,1度目に約13mの地点で転倒停止し,2度目に約18mの地点で転倒停止したこと,1度目の実験では2度目より実験車両の側面に近い位置に衝突し,2度目の実験による実験車両のボンネットの損傷状況は,本件事件後に発見された被告人車両のボンネットの損傷状況と酷似していたことを述べる。そして,その実験の経過及び結果の信用性について,
格別疑いを生じさせる事情はない。
したがって,時速約40kmの速度で衝突すれば,約18m飛翔滑走するという点については,再現実験によっても裏付けられており,前記N証言の計算結果は,一応正しいものと認められる。
しかし,
本件犯行は,
一列に並んでいた小学生に次々と衝突したものであり,
そのような場合にも前記計算方法により被告人車両の速度を認定してよいかについては,なお考察を要する。
本件で一列に並んでいた被害者らの間隔はさほど広くなく,Bが被告人車両に衝突されてから他の者が衝突されるまでの間に,Bが飛翔を開始し,被告人車両から離れるということは困難である(これは,甲89号証における再現実験の映像において,ダミー人形が衝突後に飛翔を開始するまでの間に,模擬車両が相当距離進行していることからも確認できる。)。そうであれば,Bが被告人車両に衝突された後,飛翔を開始するまでの間に,他の衝突された者がBに乗るような形となり,Bの飛翔の開始が若干遅れ,その分,被告人車両に運ばれた距離が長くなった可能性を否定することはできない。そうすると,現実のBの飛翔滑走距離が,約18.2mよりも短く,それから計算される被告人車両の速度が,前記N証言の計算よりも若干遅くなる可能性が残る。ウ
Q証人の目撃内容及び信用性判断
本件犯行をb橋の交差点から目撃したQ証人は,当公判廷において,概ね以下のとおり証言する。
Q証人は,b橋の交差点付近を娘と歩いていたところ,本件道路の方からアクセルを踏み込んだような,
異常なエンジン音を聞き,
本件道路の方を見ると,
一列に並んで川沿いを歩いている小学生の列の後方から白の乗用車が進行してきた。白の乗用車は,坂を上ったところで少しスピードが下がったが,そこで再び異常なエンジン音が聞こえ,加速し,小学生に次々と衝突していった。その際,跳ねられた小学生の二,三人が南東方向に飛ばされていた。乗用車が,衝突している途中で減速し又は停止することはなかった。
事件後,Q証人は模擬車両の再現走行に立ち会い,目撃した乗用車の速度との一致を確認した。
その際,
遅いと感じた模擬車両については時速約30km,
速いと感じた模擬車両については時速約50kmであったと聞いた。そして,目撃した乗用車の速度と同じくらいであると感じた模擬車両については時速約40kmであったと聞いた。
まず,被告人車両の加速に関する証言の信用性を検討する。
Q証人は,自己の目撃した内容について,当時の感想を交えながら供述しており,その内容は相当の迫真性を有している。
しかし,証人は,突然小学生が跳ねられるところを目撃し,被告人車両が自己の方に向かってくると感じて,娘と共に逃げており,当時は,相当な混乱,狼狽があった。これは,証人の述べる被害者らの飛翔転倒方向が,他の者の供述と整合しないことからもうかがわれる。
証人は,被告人車両の加速の根拠として,目視の内容とエンジン音とを述べているが,証人は,約80m離れた地点で,ほぼ正面から走行してくる被告人車両を数秒間目撃したのみであり,速度はともかくも,加速の有無を目視で判断することは難しい。音についても,
異常なエンジン音がするほど強くアクセ
ルを踏み込めば,相当急加速することが想定されるところ,犯行現場に加速をうかがわせる痕跡はない上,短距離を走行する間に連続して2回強くアクセルを踏み込むということがあるのかも疑問である。これらに加え,当時は,被告人車両と小学生らの衝突により多様な音が入り乱れていたことを踏まえると,1度のアクセルの踏み込みによる残響や他の音を2度目のエンジン音とを聞き間違えた可能性も否定できない。
したがって,前記Q証言から,被告人車両が小学生らと衝突する直前に更に加速した事実を認定することには難がある。
次に,被告人車両の速度に関する証言の信用性を検討する。
証人は,被告人車両が証人の方に向かってくると思い,危険を感じて娘と共に逃げ出し,逃げた後も振り返って被告人車両の位置を確認しており,当時,証人が最も注目していたのは被告人車両の挙動であった。
そうすると,
証人が,
その周囲の被害者らの飛翔状況などについて,狼狽により十分に認識記憶していないとしても,被告人車両の大まかな速度について認識記憶しているということは十分に考えられる。また,証人は,目撃から4日後という比較的近接した日に模擬車両の再現走行に立ち会い,速度を確認しており,記憶の減退の程度は低かった。
そうすると,前記再現走行において,証人により確認された速度は,相当程度信用することができる。もっとも,証人は,時速約30km,時速約40km及び時速約50kmの3通りについて自分の感覚との比較を述べるのみであること,速度の確認は主観的な感覚に頼るところがあり,正確に確認することはそもそも不可能であることを考えると,前記Q証言により認定できるのは,被告人車両の速度が時速30kmほど遅くはなく,むしろ時速40kmに近い速度であったことにとどまる。

他方,被告人は,被告人車両の速度は時速30kmぐらいであった旨を供述するが,被告人は当時スピードメーターを確認していたわけではなく,専ら感覚によるものであるから,その正確性には疑問があり,前記各証拠を踏まえると,信用することができない。


当裁判所が認定した速度
Bが飛翔を開始する前に,他の被害者がBの上に乗るような形になったとすれば,計算上,被告人車両の速度がどのように算出できるのかについては立証が尽くされているとはいえない(前記N証言における計算は,一人の人間が衝突された場合の飛翔滑走距離を導くものであり,衝突後に,被害者が他の者にぶつかるということは全く考慮していない。)。
もっとも,N証言における,衝突速度が時速約30kmであった場合の飛翔滑走距離(約10mから約12m)が18.2mから大きく離れており,他の被害者がBの上に乗るような形になった場合の,飛翔開始までの時間の遅れはわずかなものであると想定され,さらに前記Q証言の内容を踏まえると,被告人車両の衝突時の速度は,時速30kmよりは時速40kmに近い速度であったものと合理的に認定できる。
したがって,当裁判所は,その意味において,被告人車両がBに衝突した際の速度を時速約40kmと認定した。



衝突行為の危険性判断
被告人は,時速約40kmという相当の高速度で被害者らに衝突しており,それ自体,非常に危険な行為である(なお,被告人の述べる時速約30kmの速度であったとしても,その評価は異ならない。)。しかも,被害者らは,大人に比べて体の小さな小学生であり,被告人車両は,被害者らの無防備な背後から次々に衝突している。被害者らが衝突後相当距離を飛翔し,そのランドセルの肩ベルトが断裂していることを考えると,衝突の衝撃も相当なものであった。
そうすると,被告人の衝突行為が,人を死亡させる高度の危険性を有する行為であったことは,優に認められる。
2
被告人の認識



被告人車両が,広くなく左にカーブを描く本件道路を,その西側の法面に転落することなく,小学生の列をなぞるように走行し,その後停止することなく現場から走り去っていることからすると,被告人が周囲の状況を認識した上で被告人車両を運転操作していたことが強く推認される。



また,被告人は,ノート・メモに「最後の勝負をする」,「坊ちゃん,嬢ちゃんが死ぬのはみんなクズどもの責任だ」,「なぜ子供をやるか大人では仮に死んでも本当の事が表に出ない可能性がある(原文ママ)」,「子供をやれば必ず真実が表に出るはずだ」,「かわいい子供たちが死んだ責任はすべてまともずらしたくず(中略)に責任がある」と書いており,被告人が真実を公にする手段として,子どもを殺害することを思い描いていたことが認められる。


もっとも,被告人は,本件犯行当日の朝,心身安定剤であるリーゼを30錠飲んだことを述べ,さらに,K証人により,被告人は当時持続性妄想性障害に罹患していたと認められることから,その認識能力に問題がなかったのかを検討する必要がある。
これにつき,前記のとおり信用できるK証人の供述によれば,持続性妄想性障害の症状は妄想であり,思考障害や,規範意識の低下,認知機能の低下,性格の変容などを生じさせるものではなく,それのみによって周囲の状況が分からなくなったり,行為の危険性が分からなくなったりすることはなく,リーゼについても,日頃から相当量を摂取していた者が30錠飲んだとしても,認知能力が大きく低下することはないものと認められる。
また,被告人自身も当公判廷において,c交差点で前方に小学生の列があることに気付いたこと,列に突っ込む直前まで小学生のいる右方向に向けてハンドルを切るか切らないかを迷ったことを供述しており,当時周囲の状況を十分に認識していたことがうかがわれる。
したがって,当時被告人の認識能力に大きな低下はなく,自己の衝突行為の危険性を十分に認識していたといえる。


これに対し,被告人は,本件犯行の際,小学生が怪我をするかもしれないとは思ったものの,死んでしまうとは考えなかった旨述べている。しかし,前記事情に加え,被告人において被害者らの死亡を回避するための行動(制動措置などが考えられる)をとった痕跡はないことを踏まえると,被告人が,被害者らを死亡させる危険性を全く考えていなかったというのは極めて不合理である。したがって,このような被告人の弁解は信用できない。

3
結論
以上より,被告人に被害者らに対する殺意が認められる。

第5
1
心神耗弱の主張に対する当裁判所の判断
被告人の妄想の内容は,自己の行動が自衛隊や消防に24時間365日監視されているというものであり,それ自体として,突拍子もない異常なものである。
また,被告人は,家の中に仕掛けられている盗聴器を発見すべく発見機を購入し,使用したところ,発見には至らなかったのに,「市販の発見機では見つからないほど性能のいいものがついているんだな」,「そういうものを持つのは,自衛隊とか消防しかいない」と想像を働かせており,そもそも盗聴器がないとの考えに至ることが全くできなかった。
そうすると,
被告人の本件妄想は,
単なる思い込みの程度にとどまらない,相当に訂正困難なものであった。
2
被告人は,長年の本件妄想に基づく精神的負荷により,相当に追い詰められた結果,本件犯行に及んだものといえる。
しかし,本件妄想の内容は,それ自体,直ちに他人に危害を加えるという発想に結びつくものではなく,ましてや,無関係の小学生に危害を加えるという考えに至らせるものでもない。被告人も,無関係の人を狙った理由として「その方が世間の人たちが注目してくれると思った」,子どもを狙った理由として「子どもの方が,何かされたときに,その親が真実を追求すると思った」旨述べており,妄想そのものを離れた論理の展開がある。
これにつき,さらに,被告人において,平成22年頃に公道を自動車で走行し,小学生の列の横を通ったところ,警察官に注意され,なぜ注意されたのか理解できず,あえて,小学生の列の横を通るようになったことを述べていることを踏まえると,
被告人が小学生に危害を加えようという発想に至った端緒は,
妄想とは別の,被告人の性格や実際の体験に基づくところがそれなりに大きかったと推察される。
加えて,被告人が自衛隊等による監視行為を親族や医師に相談するなどせずに,精神的に追い詰められ,選択が狭められ,本件犯行に至ったのは,被告人のもともと悩みを他人に相談しないような性格にも起因する。
そうすると,本件妄想は,本件犯行の着想の原点ではあるものの,本件犯行の選択及び実行における影響は限定的なものであったと認められる。3
また,被告人は,本件犯行に至る直前まで,小学生に被告人車両を衝突させるかどうか悩んでおり,衝突後も,「大変なことをしてしまった」,「これはだめだ,死ななければ」と考え,現場から逃走しているのであり,一般論として人に自動車を衝突させることが違法であるとの認識にとどまらず,本件の具体的犯行が違法で許されないものであると認識する能力もそれを思いとどまる能力も相当程度有していたものといえる。

4
以上のとおり,被告人の持続性妄想性障害が本件犯行の選択,実行に与えた影響は限定的であり,動機以外には特に影響を与えていないこと,被告人が本件犯行当時相当の能力を有していたことがうかがえることを総合すると,被告人は,本件犯行当時,精神の障害により自己の行為の違法性を認識し,それに従って犯行を思いとどまる能力が相当程度弱まっていたものの,著しく弱まっていたわけではないと認められる。
したがって,被告人は,本件犯行当時,完全責任能力を有していた。【法令の適用】

【量刑の理由】
1
事件そのものに関する事情
被告人は,自動車を相当速度で運転し,減速することなく,無防備な児童10名に背後から次々と衝突し,跳ね飛ばしており,その行為は,一歩間違えば多数の死者を出す極めて危険かつ悪質なものであった。
幸いにして,被害者らに大きな怪我はなかったものの,被害者らの受けた恐怖は大きく,地域社会に与えた衝撃も大きかった。被害者らの親が皆,被告人に対する強い処罰感情を有していることも至極当然である。
被告人は,
監視されている苦痛から逃れるため,
無関係の児童を無差別に狙い,
多くの命を危険にさらしており,その動機は極めて身勝手なものである。被告人は,持続性妄想性障害による妄想に長年苦しみ,その判断能力が相当程度減退している中で本件犯行に及んでおり,
その点は十分に考慮すべきであるが,
他方で,
その手段の選択には妄想の影響はほとんどなく,専ら被告人自らの判断により導かれたものであることを考えると,なお,強い非難は免れない。
以上によれば,本件犯行は殺人未遂事件の中でも相当重い部類に属し,その刑事責任は重大である。

2
事件そのもの以外に関する事情
他方で,被告人が各被害者に数十万円の弁償を行い,公判廷において被害者に対する謝罪の弁を述べるとともに,現在の住居からの転居及び今後自動車を運転しないことを誓うなど,被告人に有利な事情もある。

3
そこで,上記1の事件そのものに関する事情に,上記2の事件そのもの以外に関する事情をも併せて考慮し,主文の刑を量定した。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑

懲役8年)

平成29年11月14日
岐阜地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

鈴木
裁判官


裁判官

森芳藤胤由紀香太
別表

番号

氏名

被害当時年齢

傷病名

加療期間

A
11歳

左骨盤挫傷

加療約10日間

B
10歳

全身打撲

加療約2週間

C
9歳

頭部打撲

加療約7日間

脳震盪
D
10歳

外傷性頸腕症
頭部外傷,顔面挫創
両大腿挫傷,皮下出血
加療約15日間

E
9歳

耳介後部挫創

全治約2週間

F
11歳

頭部打撲

加療約7日間

脳震盪
G
11歳

外傷性頸腕症

加療約15日間

左膝,顔面挫創
頭部外傷
H
10歳

外傷性頸腕症

加療約15日間

右肩関節捻挫
右膝挫傷
I
9歳

外傷性頸腕症

加療約15日間

右股大腿,右上腕肩挫創
左大腿,右膝挫創
J
11歳

なし
なし

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