判例検索β > 平成27年(く)第411号
再審請求棄却決定に対する即時抗告申立事件
事件番号平成27(く)411
事件名再審請求棄却決定に対する即時抗告申立事件
裁判年月日平成29年12月20日
法廷名大阪高等裁判所
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平成27年

第411号

再審請求棄却決定に対する即時抗告申立事件
決定主文
原決定を取り消す。
本件について再審を開始する。

第1


即時抗告の趣旨及び理由の概要等
本件即時抗告の趣旨及び理由は,原審弁護人井戸謙一,同池田良太,同
井上正人,同清水寛和連名作成の即時抗告申立書,当審弁護人6名連名作ないし

)5通に記載のとおりであるが,要する

に,請求人(申立人)に対する殺人被告事件(大津地方裁判所平成16年71号)に対して平成17年11月29日同庁が言い渡した有罪の確定判決に対する本件再審請求について,刑訴法435条6号に規定する証拠には該当しないとして請求を棄却した原決定は,証拠開示の勧告等の真実発見に向けた努力に欠けている点で審理不尽の違法がある上,新証拠の明白性判断の手法を誤り,新証拠の明白性を認めなかった事実の誤認があるから,これを取り消した上で,再審を開始する裁判を求めるというものである。
検察官の主張は,検察官北

作成の意見書2通(平成29年6月29

日付け,同年8月4日付け)のとおりである。
以下,確定1審,確定控訴審,原審の記録に,当裁判所の事実取調べの結果を併せて検討する。
なお,略称及び証拠の表記方法は,基本的に原決定の例による。当審において取り調べた証拠については,原審の続き番号を用いることとし,弁護人提出分を新弁56以下,検察官提出分を新検42以下と表記する。また,姓を付記した証拠の作成者又は供述者は,いずれも医師である。第2
1
原決定までの経緯
確定までの経緯,認定された犯罪事実等
確定判決が確定するに至る経緯,これに対する本件再審請求に先立つ再審請求が認められなかった経緯は,原決定がその第1で説示するとおりである。
確定判決が認定した犯罪事実の要旨は,看護助手として病院に勤務していた請求人が,入院患者を事故に見せかけて殺害しようと決意し,平成15年5月22日午前4時すぎ頃,本件病院の本件病棟の病室において,慢性呼吸不全等による重篤な症状で入院中であったA(当時72歳)に対し,のど元に装着された人工呼吸器の呼吸回路中にあるL字管からこれに接続するフレックスチューブ(以下「管」という。)を引き抜いて酸素供給を遮断し,呼吸停止の状態に陥らせ,よって,そのころ,Aを急性低酸素状態により死亡させたというものである。

2
確定判決の理由の骨子とそれを支える主要証拠
確定判決が前記犯罪事実を認定した理由の骨子と,そのうち本件で問題となる部分を支える主な証拠は,その証拠の標目の記載内容や事実認定の補足説明によれば,以下のとおりである。
死因
確定判決は,まず,Aの死因が酸素供給途絶による低酸素状態による急性の心停止であることを認定した。すなわち,Aは,意識はなく自発呼吸は極めて微弱で人工呼吸器からの酸素供給に依存して生存していたことや,本件病棟で勤務していたB看護師により,本件当日の午前4時30分頃,病室ベッド上で死亡しているのが発見されたことなどを認定し,遺体を解剖したC医師の鑑定書(以下「C鑑定」という。)及び同医師の確定1審における証言(以下「C供述」という,これとC鑑定を併せて「C鑑定等」という。)によって,Aは急性の心停止によって死亡したと認定した。また,C鑑定等によれば,遺体に損傷や絞頸痕跡等,急性の心停止を引き起こすような疾病の痕跡,痰等の異物により気道が閉塞されて窒息した痕跡がなかったことが認められるとした。そして,以上によれば,Aは,人工呼吸器からの酸素供給が何らかの理由により途絶したことにより急性の低酸素状態に陥り,これにより急性の心停止に至って死亡したと認定した。
酸素供給途絶の原因
確定判決は,次に,人工呼吸器からの酸素供給途絶の原因を認定した。すなわち,この原因として考えられるのは,①機械の誤作動,②何者かの過失,③故意による殺害,である。そもそも,本件人工呼吸器には,酸素供給が途絶するとアラームが鳴る機能があるところ,①について,本件当時アラームは鳴っていなかった(ただし,最初に1回鳴るアラーム音は別と考えられる。)と認定した上で,誤作動が原因だとすればアラーム機能にも誤作動が生じていたと考えられるところ,後に行われた本件人工呼吸器の機能等の検査結果が記載された鑑定報告書(地甲17)や,第4回公判調書中の本件当夜本件病棟で勤務していたD看護師の供述部分及び同人の検察官調書(地甲33)等により,本件当日午前2時30分頃に本件人工呼吸器のL字管が外れて酸素供給が途絶する事故があったときと,Aの異常が発見された後の同日午前4時30分頃に救命のために痰の吸引を行おうとしてL字管を外したときにアラームが鳴った事実を認定して,機械の誤作動の可能性を否定した。そして,②について,Aが死亡したのは,前記アラーム鳴動のうち生存が確認されていた方の本件当日午前2時30分頃から,午前4時30分頃までの間であると認定した上,その当時本件病棟で勤務していた3人の職員(請求人,B,D)の供述に基づき,前記時間帯にアラームは鳴っていなかったと認定して,何者かの過失により酸素供給が途絶した可能性も否定した。さらに,前記①ないし③のうち①及び②の可能性を否定した結果,酸素供給が途絶したのは,何者かが故意にAを殺害しようとして,管を外し,かつ,アラームが鳴らないような作為を加えたものと推認した。
管を外した犯人
確定判決は,前記



を認定し,これらを前提とした上で,その

犯人が誰かについて検討を進めた。そして,請求人は,犯行の機会や人工呼吸器の知識の面から犯行が可能な立場にあったと判断し,これを前提にして,請求人は,L字管から接続されていた管を抜き,最初に鳴るアラームが鳴り始めるや消音ボタンを押して直ぐに止め,その後,時間を数えて1分たった頃に2度目の消音ボタンを押してアラームが鳴らないようにし,同じことを繰り返して3度目(地乙15の17項,地乙19の場合)又は4度目(地乙15の2ないし6項の場合)の消音ボタンを押したところで,Aの様子を見て死んだと思い,外していた管を元通りにした旨の請求人の捜査段階の自白(主として検察官調書地乙19,警察官調書地乙14,15)に信用性を認め,請求人を有罪とした。
3
原決定の内容
平成24年9月28日に再審請求が申し立てられると,原決定は,要旨次のように説示してこれを棄却した。すなわち,原決定は,弁護人が①確定判決の事実認定に用いられた請求人の捜査段階の自白調書はいずれも信用性ないし任意性を欠く,②急性心停止により死亡した旨認定した確定判決の根拠であるC鑑定等は,いずれも信用できず,Aは自然死した可能性がある,③仮にAが急性の心停止により死亡したとしても,痰の詰まりによる気道閉塞や人工呼吸器の故障等他の要因によって死亡した可能性があるなどと主張し,以上を明らかにするとして提出した各証拠(新弁1ないし55)に関して,確定審に表れた証拠を総合しても,請求人に無罪を言い渡すべき合理的な疑いを生ぜしめるものとはいえず,いずれも刑訴法435条6号に規定する証拠に該当しないとして,再審請求を棄却した。
第3

即時抗告の理由に対する判断

1
抗告理由に対する判断順序等
本件即時抗告申立ての理由は,前記第1のとおりであるが,これは,原決定の明白性に関する判断手法に違法があることや,疑問点を解明しないまま証拠資料に偏った解釈を加えて判断をした原決定の手続に審理不尽の違法があることといった総論的な主張部分と,前記第2,2の確定判決の判断の各論点におおむね対応した各新証拠の明白性についての事実認定の誤りに関する各論的な部分とからなる。これらの所論は,前記第2,2の確定判決の各論点に関する原決定の認定,判断に対して,異なる視点からその違法,誤認を主張するものと解される。
そこで,以下では,前記第2,2の確定判決の認定の順に従って,主として所論との関係で,それぞれの論点に関する弁護人提出証拠が刑訴法435条6号に規定する証拠に該当しないとした原決定の当否を検討する。
なお,「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に該当するかについては,当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとすれば,確定判決においてなされたような事実認定に到達したであろうかという観点から,当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して,確定判決における事実認定につき合理的な疑いが生じたか否かを判断すべきである。このことを前提に,新証拠との関係で必要な限度で旧証拠を再評価して,明白性等に関する原決定の判断の当否を検討する。

ついては,急死であるという判断と,その原因が酸素供給途絶による急性低酸素状態にあるという判断とに分けて,それぞれについての原決定の当否を個別に検討する。
2
急死といえるか
Aが急性の心停止により死亡したとの確定判決の認定部分に関する弁護人提出証拠に明白性を認めなかった原決定(第3,5,

のアないし

オ)の当否をまず検討するに,そこに誤りは見出せない。
所論は,C鑑定等が急死であると判断した根拠となる遺体の所見は,C鑑定添付の写真等に反する内容である旨主張する。しかし,C医師は,解剖経験や能力,立場等の信用性に関する一般的な問題がないだけではなく,実際にAの遺体の状況を直接観察等した医師であり,その所見が尊重に値するとした原決定に誤りはない。
所論は,C鑑定に「軽度のショック腎の所見が見られ」とある点に関して,C意見書(新検4)が「ショック腎というのは,腎臓の髄質に血液が多く貯留している一方で,皮質ではそうでもないという腎臓内の血気分布に差異が生じている状態のことをいいます。」と説明している点に対して,医学書と正反対の説明であり,鑑定書添付の写真とも矛盾する旨主張する。そして,E追加鑑定書(新弁25)には,「(ショック腎についての)前記のような説明を聞いたことはない」などの記載がある。しかし,①所論が鑑定書添付のどの写真と矛盾すると主張するのか不明である,②C

(新検5)によれば,C意見書のショック腎

の説明は,ショック腎について視覚的に分かりやすく説明したもので,ショック腎の医学的な定義を述べたものではない,③このE追加鑑定書には,「C医師の説明は,ショック時の血液の皮質髄質の分布差に依拠しているとも考えられる。」とも記載していて,ショック腎の場合に皮質と髄質とで血液分布に差があることを肯定している,④このE追加鑑定書には,前記に続けて「しかしながら,C鑑定は,皮質髄質の境界は明瞭,と記載するだけで,皮質の性状の記載もなく,また,皮髄の境界を示した写真もない。」と記載されていて,結局,C鑑定にショック腎であることが分かる基礎所見の記載や写真の添付がないと述べているに過ぎないことに帰する。そうすると,直接遺体を解剖した上で軽度のショック腎の所見が見られるとしたC鑑定の信用性が揺らぐことはない。所論は採用できない。
なお,C鑑定等の結論は,Aの死は急死であるという部分と,その直接の原因は酸素供給途絶にあるという部分に分けることができる。そして,このうち急死であるという部分は,解剖結果のみから導かれた結論である。これに対し急死の原因が酸素供給途絶にあるとする部分に関して,後記のような問題点があるが,これらが,解剖結果のみから導かれた急死であるという判断の信用性に影響することはない。
3
急死の原因について
弁護人の原審での主張と新証拠等
弁護人は,原審において,Aの死因が低酸素状態以外の致死的
(性)不整脈等である可能性がある旨主張し,その裏付けとなり得る証拠として,死因となるような病変が解剖によって認められない場合の死因の判定に関するもので,解剖所見から心機能不全が死亡に関与した可能性は否定しきれないとするE鑑定書(新弁20),E追加鑑定書(新弁25)を提出していた。
すなわち,E追加鑑定書には,「死因となり得るような病変が解
剖によっても認められない場合,死因は,通常,心臓に求められねばならない。」との記載があり,E鑑定書には,「肺に酸素が送られていなかったという前提に立って考える。」との項の中ではあるが,「一般的に言って,死因となりうるような病変が,解剖によっても,心臓や肺を含む諸臓器に認められなかった場合,死因は通
常,心臓に求められる。」との一般論としての記載がある。なお,当審提出のE鑑定書(新弁60)によれば,E医師がいう通常心臓に求められるという死因(直接死因)には,確定判決の認定した酸素供給途絶による心臓の停止だけではなく,致死的不整脈により心臓が機能しなくなった場合が含まれる(新弁72F鑑定意見書も同趣旨)。また,検察官が原審に提出した証拠にも,不整脈死は心電図が記録されていない限り解剖しても診断がつかず死因が不明となることを指摘する論文(新検15)や,Aがたまたま致死的不整脈を起こした可能性がないとするのであればその根拠を提示する必要があることを指摘するG意見書2(新検22)がある。
要するに,解剖結果のみから死因が判定できない場合は,致死的不整脈を含む心機能不全が疑われるという証拠が原審に提出されていた。
原決定の判断(結論とその理由)
こうした弁護人の主張,提出証拠に対して,原決定は,弁護人が新たに提出した証拠は死因に合理的疑いを生じさせるものではなく,いずれも刑訴法435条6号に規定する証拠に該当しないと判断した。前記新弁20,25はいずれも確定判決後に作成された証拠であるので,原決定は,弁護人が原審に提出した証拠のうちの前記致死的不整脈による死亡の主張に関するものについて,明白性がないと判断したものと解される(なお,原決定は,その第3,5,

において,慢性

心機能不全死との関係で新弁20,25のE意見書の明白性を否定し,その第3,5,

において,痰による窒息死との関係で新弁2

0,25のE意見書の新規性を否定しているが,ここで問題とするのは,致死的不整脈による急死の問題であり,これらの問題ではな
い。)。そして,原決定が前記明白性について判断した具体的な理由は,その決定書からは明らかではないものの,確定判決の認定根拠と照らし合わせると次のように解される。
すなわち,確定判決が人工呼吸器からの酸素供給が何らかの理由により途絶したことにより急性の低酸素状態に陥り,これにより急性の心停止に至って死亡したと認定した根拠は,①Aが人工呼吸器からの酸素供給に依存して生存していたことなどのAの身体状況を前提に,②C鑑定等により,Aは急性の心停止により死亡したと認められること,③C鑑定等により,遺体に外傷や,急性の心停止を引き起こすような疾病の痕跡,痰等の異物による窒息の痕跡がなかったと認められることにあった。ただし,前記①ないし③の事実のみでは急死の原因が酸素供給途絶にあるとまではいえないから,その判断の根底には,④急死の原因は酸素供給途絶にあると結論するC鑑定等があったものと推認される。
そうすると,原決定が弁護人提出証拠のうち前記

の致死的不整脈

の主張に関するものに関して明白性がないとした理由は,


求人提出証拠等の内容を加えて判断しても,①ないし③の事実及び④C鑑定等から導かれた,急死の原因は酸素供給途絶にあるとする確定審の判断が揺らがないと判断したことにあると考えられる。
請求人の供述を除いた証拠関係の下における検討
当審において,弁護人はAが致死的不整脈により死亡した旨の主張を補充し,検察官はこれを否定する主張をした。
そこで検討すると,確かに,前記

①ないし③の事実は,原審及

び当審提出の証拠を加えて判断しても確定審の判断は揺らがない。しかし,原審の証拠に当審提出証拠を加えて検討すると,請求人の酸素供給途絶状態を生じさせた旨の供述を除くそれ以外の証拠の下では,Aの死因が機能性の致死的不整脈であった可能性はいまだ排除されておらず,④の急死の原因が酸素供給途絶によるものであるということがどの程度いえるのかという点,すなわち,急死の原因が酸素供給途絶にあるとするC鑑定等の証明力は揺らぎ,その原因が酸素供給途絶にあることは証明されていないことが明らかとなった。以下に,項を改めてその理由を説明する。
4
明白性に関する当審判断理由その1(死因)
C鑑定等の内容等

C鑑定等の内容
C鑑定(平成15年6月9日付け)の「検査成績」欄には,解剖
時に心臓内から採取した血液中の「カリウムイオン1.5MMOl/L(不整脈を生じ得る)」で,カリウムイオンが低く,高カリウムに基づく心臓停止はない旨記載され,その「本件事歴」欄に,遺体発見時の状況として,平成15年5月22日午前4時30分頃看護師らが人工呼吸器の管が外れ,心肺停止の状態になっていることに気付き,当直医師,勤務医師が救急蘇生を行い,心拍動が再開したが5時30分に再び停止,7時31分まで蘇生を継続,死亡確認されたと記載されている。また,

は,「死体解剖所見に基

づいて,本件事歴を参考として」説明するとある上で,「その他の臓器にも,急死を生じさせる疾病は見いだせれていない事から,本件事歴に記載の人工呼吸器の管が外れ酸素供給低下状態で心臓が停止したと判断される。」などと記載されている。
以上のとおり,C鑑定は,解剖結果のみではなく「本件事歴」中
で意味のある事情,すなわち死亡前に本件人工呼吸器の管が外れた状態が生じていたという事情を併せて死因を判断していると読める記載をしているものである。
そして,確定1審におけるC供述(平成16年11月19日実
施)も,筋弛緩剤,インシュリン,塩化カリウムなど病院に存在するものによる急死の可能性を除外した旨が付加されたほか,C鑑定同様,「外れてたのを発見したということでしたら,その可能性が非常に大きいというふうに私の方は判断しました。」などと,解剖結果に本件人工呼吸器の管が外れた状態が生じていたという事情を加えて死因を判断した旨述べるものである。

「本件事歴」欄の記載について
ところで,「本件事歴」欄の記載事項のうち,Aの異常発見時に,看護師らが人工呼吸器の管が外れていたのに気づいたという事実
は,確定判決により否定された。すなわち,本件当日,本件病棟の看護師のリーダーであるBは,Aの異常発見後,直ちに医師らを要請し,救命活動に従事したが,その際,人工呼吸器の管が外れていた,しかし,アラームは鳴っていなかった旨を述べていた。そのため,医療事故を見据えて,警察による捜査が進められた。その中
で,請求人が故意にAの管を外したと自白するようになり,最終的には故意にAの管を外したが,死亡したと思われた後に管をつないだとの自白がされた。なお,Bは異常発見直後に管をつないだのは覚えているが,外れていたかどうかははっきりしないと供述を変遷させたが,アラームは鳴っていなかったと一貫して供述した。そして,確定判決は,請求人の前記最終的な自白に信用性を認めた。したがって,確定判決は,Bが異常を発見した際,人工呼吸器の管はつながっていたことを前提としており,C鑑定の「本件事歴」欄記載のこの部分は否定されている。
そうすると,C鑑定等による急死の原因は酸素供給途絶によると
の推論部分については,さらに慎重に検討する必要がある。
なお,弁護人は,C鑑定等の前提事実が否定されている以上,そ
の信用性は失われている旨主張する。しかし,死因の考察との関係においては,「本件事歴」欄の事情は,Aが死亡する前に本件人工呼吸器の管が外れた状態が生じていたと仮定できた場合,その限度ではなお意味があり,異常発見時に外れていたか否か自体に意味があるわけではない。弁護人の前記主張は採用できない。

死因の判別について
前記アは,解剖所見のみからは,酸素供給途絶により死亡した
場合にその判定ができないことをも示していることになる。ま
た,弁護人が当審に提出したE鑑定書(新弁60)も「血中の酸
素濃度が減少し,酸素欠乏が心筋のエネルギー不足に導いた(中
略)場合も,心筋の急性酸素欠乏所見を解剖で検出することは不
可能である。」とし,F鑑定意見書(新弁72)も同旨であり,
検察官が当審に提出したH意見書(新検42)も,「法医学的に
死因を診断する際は,死亡直前の状況なども考慮して判断しなけ
ればなりません。特に,窒息死等の急性低酸素状態を死因とする
場合ではなおさらです。」として解剖所見のみから酸素供給途絶
による低酸素状態による死亡と断定できないことを前提にしてい
る。
また,前記原審提出証拠(新検15)のみならず,当審に検察
官側,弁護人側からそれぞれ提出された証拠(H意見書(新検4
2),I・J鑑定意見書(新弁59),E鑑定書(新弁60),
F鑑定意見書(新弁61),F鑑定意見書(新弁72),「突然
死の原因研究」(新弁84),「不整脈と突然死」(新弁87),電話聴取書(新弁89))は,いずれも,心電図モニターが使用
されていなければ,死因が致死的不整脈(機能性異常の場合)で
あったとしても,解剖結果のみからは鑑別できない趣旨を示して
いる。なお,Aには,平成14年11月19日以降異常発見時ま
で,心電図モニターは使用されていなかった(地甲21,地甲3
3)。
以上を要するに,Aの死亡の直接の原因が,酸素供給途絶によ
る低酸素状態であるのか,致死的不整脈(機能性異常)が生じた
ことにあるのかは,解剖所見のみから判定することはできないと
認められる。

C意見書(新検4)について
ところで,原審に提出されたC意見書(新検4)には,「心臓や

その他の諸臓器に,死亡の原因となるような疾患は認められませんでした。そうすると,心停止の原因は,酸素不足による心臓全体のエネルギー不足にあったことが強く疑われることになります。これに加えて,Aさんの遺体に急死の所見が認められたことからすれば,Aさんは,何らかの原因で酸素供給が絶たれて急性の低酸素状態に陥り死亡したと考えられます。これは,解剖所見から認められるものであり,発見時に人工呼吸器の管が外れていたかどうかによって違いは生じません。」との記載があり,C鑑定等の前記結論が解剖所見のみからの帰結であり,血中カリウムイオン濃度が不整脈死を生じ得るものだとしても,その余の解剖結果から,不整脈死が死因である可能性は否定できると述べるものと解される。
しかし,前記ウに照らして,C意見書(新検4)のうち解剖結果
のみから酸素供給途絶が死因であることが導かれるとする部分は信用できないといわざるを得ない。

酸素供給途絶により請求人の自白内容の時間内で死亡するまでの機
序に関するC医師の説明に関する問題点
C医師は,鑑定書(地甲12)に「酸素供給低下状態で心臓が停止した」と記載し,その機序を,確定1審において,酸素の欠乏に基づくエネルギーの減少により,心臓よりも先に脳神経細胞がダメージを受け,それをもとに心臓が停止した旨証言している。そして,この機序に関して,C医師は,前記証言に先立つ平成16年7月17日付け警察官調書において,Aは二,三分酸素供給が途絶えれば100パーセント死亡すると述べ,それを説明するに当たって,首を吊って自殺する様子を自殺者自ら撮影した例を挙げ,その例と呼吸器の管が外れるなどした場合のAの例とは,脳への血流,酸素の供給が断たれる点で同じである旨述べている(新検1)。このことからすると,酸素供給低下状態で心臓が停止したとのC医師の判断は,酸素供給が途絶した場合と,脳への血流が断たれた場合とは同じであるとの考えが前提になったものと疑われる。しかし,本件では,仮に人工呼吸器の管が外されても,直ちに心拍が停止するわけでも,物理的に脳への血管が閉塞されるわけでもないから,しばらくの間は脳に血中酸素の供給が続くものと考えられ(K総合病院の心臓内科医師の検察官調書写し(新弁41の4)には,「呼吸が先に止まっても,心臓が動いていれば,5分から7,8分の間,血中に残った酸素によって,酸素が脳に供給されます。」とされてい
る。),脳への血流が断たれた場合と同じではない。すなわち,警察官調書の記載どおりにC医師が供述したのだとすると,C医師には少なくとも誤解があることになる。しかし,前記記載は,警察官が聞き取って録取した供述録取書の内容でありC医師自身が記した供述書ではないこと,C医師は前記録取よりも後に実施された公判以降では,脳への血流が止まるとは述べていないことからすると,録取書の記載内容はC医師の見解を正確に記載したものでない可能性も残る。
そうすると,C医師の供述録取書上の前記判断は,誤解に基づく
ものであると断定まではできないものの,少なくとも,C鑑定等が死因を酸素供給途絶にあるとする点の信用性をいささか低くするものである。

C鑑定等の内容についての結論
以上からすると,C鑑定等の結論は,解剖結果のみから導かれた
ものではなく,これに警察官から得た人工呼吸器の管が外れていたという「本件事歴」を加えて導かれたものと解される。
すなわち,C鑑定等は,カリウムイオン濃度が低いことから不整
脈死の可能性があるとしながら,その可能性についての検討にあたり,人工呼吸器の管が外れた状態で発見されたという事情を加えていることになる。

解剖時の血中カリウムイオン濃度に関する事情

遺体の血中カリウムイオン濃度の異常値
当審に提出されたH意見書(新検42),I・J鑑定意見書(新
弁59),E鑑定書(新弁60),F鑑定意見書(新弁61),循環器最新情報(新弁65の一部),新臨床内科学(新弁67),I考察書面(新弁70)によれば,致死的不整脈は,血中カリウムイオン濃度が低い場合にも起き得るところ,解剖時の血中カリウムイオン濃度は,生前の値であれば,異常に低いものであり,致死的不整脈を生じさせ得る値であること,低カリウム血症の重症度が増すにつれて不整脈も重症化することが明らかとなった。
これらは,C鑑定が不整脈の可能性があると指摘した血中カリウ
ムイオン濃度との関係で,Aが低カリウムにより生じた致死的不整脈により死亡した可能性があることも意味するものである。

検察官のカリウムイオン濃度に関する主張
検察官は,血中カリウムイオン濃度は死後変動するため,遺体発
見時から1日以上経過した解剖時点のカリウムイオン濃度からAの死亡当時のカリウムイオン濃度を推認することはできない旨主張
し,同旨のH意見書(新検42),電話聴取書(新検45)を提出した。
確かに,解剖までの遺体の安置状況次第との指摘もあり(F鑑定
意見書新弁72),解剖時のカリウムイオン濃度から死亡時のカリウムイオン濃度を正確に推測することはできないとのH意見書の指摘は正しい面を持つ。しかし,死因の判定との関係では,遺体の血中カリウムイオン濃度はなお意味を持つと考えられる。検察官は,血液中のカリウムは,死後,溶血に伴い血球から放出されるため,血液中のカリウムイオン濃度が上昇することが多いといわれているとしつつも,必ず上昇するとはいえないとも主張する。しかし,通常は,死亡時よりも上昇する可能性が高い解剖時のカリウムイオン濃度の値が,致死的不整脈を生じ得るほどに低い値であったということは,Aの死亡時のカリウムイオン濃度の値がそれよりも低かった可能性が十分にあることを示すことに変わりはない。
この点に関して,検察官は,さらに,生きている人では電解質に
恒常性が認められるところ,Aは死亡の15日前である平成15年5月7日の血液検査における血中カリウムイオン濃度が正常値で,それ以前に行われていた月1回の血液検査でもほぼ正常値を継続していたから,Aの死亡以前に薬剤を使用したり腎臓に病気があるなど急激に血中カリウムイオン濃度を低下させる特別な原因が認められない本件では,解剖時のカリウムイオン濃度に意味はなく低カリウム血症による致死的不整脈が死因であると考えることは相当ではないと主張する。しかし,死後約1日経過した時点で行われたC医師による解剖時の血中カリウムイオン濃度が前述のとおり異常に低い値であったことは証拠上動かない事実である。そうすると,生前の血液検査結果が検察官主張のとおりであっても,致死的不整脈が原因である疑いは払拭されない。
加えて,検察官は,恒常性のあるカリウムイオン濃度が解剖時に
低かったのは,心肺蘇生(CPR)の一環として,ボスミン6アンプル及びメイロン250mgが静脈注射で投与されたためであるとし,ボスミンが投与されると血中カリウムイオン濃度が低下する
し,メイロンも副作用として低カリウム血症が報告されており,解剖時の血中カリウムイオン濃度はこれら薬剤の投与により急激に低下した可能性があり死因とは関係がないとも主張し,同旨のH意見書(新検42),電話聴取書(新検45)や,メイロンとボスミンの添付文書(新検43,44,ただし,ボスミンのものは静脈注射用のものではない。)を提出した。しかし,ボスミンについては,その成分であるアドレナリン投与により血中カリウムイオン濃度が低下することはあるもののその程度は不明である(電話聴取書(新検45))し,吸入に用いられた場合のことであるが,不整脈が現れることがあるのは過度に使用を続けた場合であるなどとされ(新検44),重篤なカリウム値の低下が報告されているのはβ2刺激薬と併用された場合であるところ,CPR中にこれは投与されていないとの趣旨の指摘がある(新弁70I書面)。また,メイロンについても,検察官主張の副作用が生じるのは過剰に投与された場合である(新検43,I書面(新弁70))ところ,Aへの投与量は過剰とはいえないと指摘されている(I書面(新弁70))し,低カリウム血症の副作用が生じる頻度について同薬剤の添付文書(新検43)には「頻度不明」と記載されているところ,「頻度不明」というのは極めてまれな発生頻度(0.1%以下)と同義であり,発生はゼロではないという程度との指摘がある(F鑑定意見書(新弁72))。そうすると,恒常性があることを踏まえても,解剖時の血中カリウムイオン濃度が致死的不整脈を生じさせ得るほどに低かったのは,CPR時に投与された薬剤が原因である可能性が高いともいえない。
結局,検察官の前記各主張は,前記アの結論を左右しない。
低カリウム以外の原因による不整脈により死亡した可能性について低カリウム以外が原因の機能性不整脈で死亡した場合にも,解剖結果のみからは死因の判定がつかない。本件について,低カリウム以外が原因の不整脈死の可能性について,次のような指摘がある。
当審に提出されたF鑑定意見書(新弁61,新弁72)は,致死的不整脈により死亡した可能性に関して,次の二つの指摘をしている。すなわち,

70代という年齢や,高CO2血症が入院当初から存在

し,何度人工呼吸器から離脱を試みても成功しなかった点,何回も下顎呼吸を看護師に観察されている点,入院3日後の胸部CT所見で肺気腫ありと診断されている点,さらに入院時心電図で右室肥大を認め,肺性心と考えられる点からすると,Aが慢性Ⅱ型呼吸不全であったことはほぼ確定的であり,かつ,胸水貯留,心嚢水貯留,肺水腫など慢性の心機能不全兆候を示す解剖所見があって,Aは慢性閉塞性肺疾患状態に陥っていたとした上で,慢性閉塞性肺疾患と心不全とが高頻度に併存する結果,致死的不整脈の発生リスクが高まること,Ⓑ脳波からすると,Aの延髄機能が極度低下していたことが推測され,延髄の自動能調節障害が生じ,致死的不整脈に関与する可能性があることを指摘している。また,E追加意見書(新弁71)も,低カリウム血症以外の原因によって致死的不整脈が生じた可能性は排斥できないと指摘している。
以上からすると,

,Ⓑという低カリウム以外の原因等で致死的不

整脈が生じた可能性も残ることになる。
検察官は,前記

の指摘は,カルテの記載だけを見て考えられる可

能性を指摘したにとどまり,机上の空論であって,本件の死因を特定する根拠は含まれていないなどと論難する。しかし,前記

指摘

は,カルテ類(地甲14,新検3)の記載のみならず,C鑑定の,胸腔内貯留液や心膜内腔の貯留液(「心臓機能の幾分の低下が持続していたと判断される」との記載がある)の記載や,肺水腫状などの記載,主治医の警察官調書(地甲21)によって認められる事実を根拠とするもので,意味がない指摘とまではいえない。
死因が致死的不整脈である可能性の程度について
急死のうち,不整脈による死亡の可能性の程度を検討すると,以下のような資料がある。

瞬間死した老年者において不整脈が死因であった割合
検察官提出証拠で,その要旨が第21回日本老年医学会で発表さ
れた「老年者における急死例の検討」(新検15)という論文に
は,昭和47年8月から昭和54年5月までに60歳以上の遺体1564例の剖検をしたところ,このうち56例が瞬間死(急変から5分以内の死亡)であり,その死因の判定を主要病理所見に臨床経過を加味して行った結果,Ⓐそのうち6例は不整脈によるものであること(同論文の表6の「心死」中の「不整脈」の症例数「6」から。「心死」中の「不整脈」の意味は,当審に提出されたI・J鑑定意見書(新弁59)によれば,例えば,特発性心室細動などの
「突然の致死性不整脈で明らかな器質的心疾患を認めないもの」をいうとされている。),Ⓑ56例のうち別の6例は原因が不明で,死亡するほどの病理学的変化が認められない症例であること(同表の「不明」の症例数「6」から。)などの記載がある。同論文か
ら,その当時,瞬間死56例のうち,不整脈(急性心筋梗塞に分類されたものの中の不整脈を除く)による死亡が6例あり,また,原因不明(その中に心電図の記録がないため不整脈が死因であってもそうと判明しないものが含まれ得る。)も6例あり,60歳以上の高齢者の瞬間死全体の中では,解剖しても原因が判明しない不整脈による死亡は,決してまれではない割合で起きていたといえる。
なお,検察官は,当審に,前記論文(新検15)に関して,現在
では前記論文が用いている「急性心死」という分類は存在しない
し,前記論文は臨床診断によるもので解剖結果に基づかないから正確性に欠ける旨記載したH意見書(新検42)を提出している。しかし,論文執筆当時までと現在とで死因の分類が変わっているとしても,H意見書は,不整脈という分類の死因に含まれる死因の範囲に変動があったとまで記載しているものではない。また,前記論文は,いずれも剖検が実施された事例を対象とし,臨床経過が判明するものについては解剖結果にその臨床経過も加えて死因の判定を行なったものであるから,解剖結果に基づいていないというH意見書部分は誤解である。H意見書のうち同論文の信用性を否定する部分は信用できない。

死因中に心臓性のものが占める割合等
死因中に心臓性のものが占める割合について,次のような資料が
提出されている。すなわち,救急隊が蘇生に関わった病院外心停止症例中,心臓に心停止の原因があると考えられたものの人数(新弁76),院内突然死のうち,死因が心臓死であったものの症例数
(新弁79),さらに,共同研究施設の救急部等に搬入され,発症後24時間以内に死亡した症例のうち,突発した内因性要因によるもののうち心疾患の割合(新弁84)である。
そして,心臓死の死因中に占める不整脈の割合についても,「心
臓突然死の予知と予防法のガイドライン(2010年改訂版)」
(新弁80)に,突然死の多くは不整脈死である旨,「突然死の原因研究」(新弁84)に,心臓突然死のほとんどが臨床的に頻拍型心室不整脈を呈するといわれる旨,H意見書(新検42)に,「心臓性の突然死の場合,不整脈が一番多いと思われ」る旨,F鑑定意見書(新弁72)に添付された国立循環器病研究センター作成の「循環器病情報サービス」に,心臓や大血管の破裂を除けば,ごく短時間(たとえば数分以内)で死亡する原因のほとんどが不整脈と考えてよい旨の,それぞれ記載がある。
これらによれば,心臓に由来する突然死はそれなりの割合であ
り,その原因が不整脈である可能性もそれなり以上にあるといえ
る。

以上からの結論
解剖のみでは機能性の致死的不整脈が死因であってもそうと断定できない以上,解剖によって直接死因が特定できない急死例中において,死因が不整脈であった割合を明確に数値化することはできな
い。しかし,解剖しても臓器に急死を生じさせる疾病を見出せない場合に,直接の死因が致死的不整脈である割合は,一般的には,少なくとも,死因として無視できるほどに少なくはない,といえるものと判断する。

本件における考察
Aの死亡直前の身体状況に,急死の原因となるような疾患はなく,不整脈死しにくい状況や,解剖により判明しない不整脈以外の死因による死亡が起きやすかった事情があることを示し得る証拠はない。
そうしてみると,Aの死因が機能性の致死的不整脈であった可能性は,前記

と同じか若しくはより高いといえる。結局,Aの死因が致

死的不整脈である可能性の程度は,明確ではないものの,無視できるほどに低い程度ではないといえる。
酸素供給を途絶させた趣旨を含む請求人の捜査段階における供述の証明力を検討する必要性
そうすると,酸素供給を途絶させた趣旨を含む請求人の捜査段階における供述を除くと,C鑑定等の証拠により,Aの死因が,酸素供給途絶による低酸素状態にあったと合理的疑いなく認定するには至らない。
しかし,異常発見時に人工呼吸器の管が外れていたというC鑑定の事歴欄に記載された事情は,前記のとおりAが死亡するまでの間に人工呼吸器の管が外れた状態が生じていたことがあれば,これが死因に結びつくものであるという限りでは意味がある。そして,請求人の捜査段階における供述には,その状態を生じさせた趣旨を含むものがある。もし,請求人のこの趣旨を含む供述の信用性が高ければ,急死の原因が酸素供給途絶であるというC鑑定等の結論,ひいては確定判決の判断は揺らがないことになる。
そこで項を改めて,新弁20,25等の新証拠の明白性の有無の判断のために,前記状態を生じさせた趣旨を含む請求人の捜査段階における供述の信用性を検討する。

5
明白性に関する当審の判断理由その2(請求人供述の信用性)
前提
本件人工呼吸器は,異常発生時に,アラームが鳴り続け,その際に消音ボタンを押すと,その後1分間はアラームが鳴らないようになっており,次のアラームが鳴る前に消音ボタンを押せば原決定にいうアラーム無効期間を延長できる仕様になっている。また,消音ボタンを押してアラームを消音すると,アラームと共に発光して異常を知らせる赤ランプが,点滅から点灯に変わる。
死因に関する新証拠の明白性判断のために検討対象となる請求人供述の範囲
信用性検討の対象は,アラームが鳴り続けていないことを前提として酸素供給途絶状態の発生を招いた旨の請求人供述,すなわち,後記の供述のうち平成16年7月10日以降の供述である。
以下,この請求人供述をC鑑定等に併せることで,Aの死因が酸素供給途絶にあったとの確定判決の判断に疑いが生じていないかを検討する。
なお,確定1審判決及び確定控訴審判決においては,Aの死因が酸素供給途絶にあり,かつ,その状態が何者かにより故意に作出されたこと等の事実が請求人の供述を除いたその余の証拠から認定されたため,自白の信用性については,その原因を作出した者が,事実上それが可能であった当時の病棟勤務者3人のうち請求人と断定できるかという観点から問題となるのみであったと思われる。しかし,死因が酸素供給途絶と断定できるか否かをも検討すべきここでは,酸素供給途絶状態発生のありようなども供述の核心部分となり,その信用性が問題となる。

請求人の供述経過等
そこで,請求人の供述録取書及び請求人が自ら作成した供述書に記載された供述の主なものを捜査状況等と絡めて概観すると,以下のとおりである。

本件人工呼吸器に異常がないことが確認されるまでの供述経過等
Aが死亡した平成15年5月22日,Bは,病院関係者及び警察
官に,発見時に管が外れていたがアラームは鳴っていなかった,本件人工呼吸器は消音ボタンを押すとアラームが止まるが数十秒で再び鳴り出す旨を供述していた(新検25,控訴審B証言)。このB供述等も資料として,同年6月9日付けで死因が酸素供給途絶状態によるものとするC鑑定が作成された。前記事件発生日からしばらくの間に発付された令状や捜査書類の被疑罪名は殺人とされているが,警察は,発見時に管が外れていたことを前提とし,アラームが鳴っていたことも想定して,業務上過失致死事件として捜査を進めたものと考えられる。
平成16年2月3日付けで,本件人工呼吸器には異常がなかった
旨の鑑定結果がまとめられ(地甲19),管が外れていたのであればアラームが鳴っていたことがほぼ確定的となったが,それ以前である平成15年7月8日に,請求人は,後に自白した警察官(L)とは別の警察官から約6時間の取調べを受け,発見時に管が外れているのを見た,アラームは鳴っていなかったが,赤ランプが点灯していたのはよく覚えている,その意味は分からない旨供述し(地甲49,地弁10),その翌日である同月9日には,前日と同じ警察官から8時間以上の取調べを受け,発見時に管が外れていたのは見ていない,発見当時アラームは鳴っていなかったが,赤ランプが点灯しており,抜けた管をつないだことが表示されていたのを見た,と供述し(地甲49,地弁11),発見時の管の状態の目撃有無の点,赤ランプ点灯の意味の知情の点について,供述を変更した。
なお,請求人に係る診療録(新弁14,15)によると,請求人
は,同月11日,精神科を受診し,医師に対し,「同月8日の警察の取調べで,機械は問題なかった,アラームに気付かなかっただけだろう,遺族の気持ちになったらアラームが鳴っていないとは言えないだろうなどと詰め寄られ,その翌日も同様であったため,もうどうでもよい,よく覚えていないと答え,一緒に発見した看護師を裏切ったと後悔するなどして,不安,焦燥,不眠,まとまりのない行動などが生じ,本件病院の医師に勧められて受診した」旨を述べ,不安神経症などと診断され,その後逮捕の4日前の平成16年7月2日までに数回通院し,同日,改めて不安神経症と診断された。

前記確認後の供述経過等
本件人工呼吸器に異常がなかった旨の鑑定結果が出た後の平成1
6年5月10日頃は,Bを第1の,請求人を第2の容疑者として前記捜査が行われていた(確定1審L証言)。また,この頃以降,警察での請求人に対する取調べは,L警察官が全て行った。
当時,Bに対して,アラームが鳴っていたのかどうかの点を含む
事件当時の状況について,聴取が繰り返されており,Bは,発見時にアラームは鳴っていなかった旨供述していた。こうした経緯等を請求人は,電話やメールでBからも聞いていた。
請求人は,同月11日及び同月22日には,Bが発見する直前に
アラームが鳴っていた旨のBの責任に結びつく供述をしたが(地弁12,26,13),同年6月19日に,実はアラームは鳴っていなかった旨を供述(地弁27)して事件当初の供述に戻り,さらに,同月21日,アラームは鳴っていた旨を供述して(地弁14),アラームが鳴っていたか否かの点について再び供述を変遷させた。
そのような経過の後である同月29日と翌30日頃には,請求人
は,おむつ交換で布団を掛けた際に管が外れたように思ったが確認しなかった,アラームが鳴っていた,消音ボタンを押し,Bを呼びに行った旨を供述し(地弁29,30),同年7月2日には,事故ではなく管を外して殺した,アラームは鳴り続け,これに気付いたBとAのもとに赴くと死んでいた旨を供述し(地弁15,31),同月5日には,管を外しアラームが鳴り続けた,Bが起きてこないので管をつないだがAは死んでいた旨を供述して(地弁16,33),いずれもBの責任を残しつつ,請求人に責任がある旨を認めた。他方,Bは,同月6日,管が外れていたか否かははっきりしない旨に供述を変更した(新検34)。
請求人は,同日,殺人容疑で逮捕されて,管を故意に外し,その
後でまたつないだ旨供述し(地弁17,35),同月7日には,検察官の弁解録取時に,管を外したまま病室を出た,アラームが鳴り続けていたがBが気付いてくれると思って放置し,5分後くらいに戻ると死んでいたので,管をつないだ旨供述し(地乙25),翌8日の勾留質問時にも被疑事実を認めた(地乙26)。
そして,請求人は,同月10日には,Bらに気付かれないように
消音ボタンを押し続けてAが死んでいくのを待っていた,アラームは鳴っていない旨(地乙3),同月11日には,消音ボタンを1分ごとに押し続けて死んでいくのを待った旨(地乙4),同月12日には,アラームが鳴る1分経過前に消音ボタンを押して死んでいく様子を見届けた,Aは目を大きく見開いて瞳が上の方に行って白目をむき,口を縦に大きく開いて本当に苦しそうに死んだ旨供述した(地乙5)。
その後,請求人は,同月20日には,おむつ交換時に管が外れて
アラームが鳴っても消音ボタンを押せば消え,外れたままであったため1分後に再び鳴り出すことがあって,このアラームの仕組みは自然と覚えていた,事故に見せかけて殺すにはどうしたらよいか考えた上,管を外しピッと1回鳴ったアラーム音を消音ボタンで消
し,時間を数えて1分になる前に消音ボタンを押した,Aは前同様の顔の動きをさせて死んでいった旨(地乙9,10),同月22日には,別の患者を車椅子に乗せる際,管を外せばアラームが鳴り,消音ボタンで消すと1分後にまたアラームが鳴るが,1分経過前に消音ボタンを押せばアラームが鳴らない仕組みになっていることを自然に覚えた,Aの管を外して最初のアラームが鳴った後1,2,3と数え続けて1分になる前に消音ボタンを押し,Aが前同様の顔の動きをさせた後表情もなくなり青白い顔になって死んだのを確認した旨供述し(地乙11),同月23日には,L警察官に対して,1分経過前に消音ボタンを押すとアラームが鳴らない仕組みで,それは自然に覚えた旨(地乙13),同月24日には,L警察官に対して,管を外して最初のアラームを消し,1,2,3と指折り数えて時間を数え続け,1分経過する前に消音ボタンを押すことを繰り返した,Aが前同様の顔の動きをさせ,3回目の消音ボタンを押したころ,Aは死んでいた旨(地乙14,15),同月25日には,検察官に対して,1分経過した頃に再びアラームが鳴り,その後消音ボタンを押せば消えることは知っていた,頭の中で1秒,2秒と時間を数え,1分たった頃に再び消音ボタンを押した,そうしたとこ
ろ,アラームが鳴らない状態が続いた,1分経過前に消音ボタンを押すとアラームが鳴らない状態が続くことは知らなかった,2回目の消音ボタンを押した後で,Aは前同様の顔の動きをさせた後,目を上向きにして白目をむいた状態で,青白い顔になり,目も口も動かなくなって死んだと思った,管をつないで赤ランプを消した旨
(地乙19),それぞれ供述した。
前記供述経過の評価

概観
そこで,請求人の前記

の供述をみると,Aの死亡への請求人の

関与の有無程度,アラームが鳴り続けたのかどうか,本件人工呼吸器の管を外したのか外れたのかなど多数の点でめまぐるしく変遷している。この変遷状況のみを取り上げても,その中から真の体験に基づく供述を選別するのは困難である。ただし,死亡への関与を認めるようになった後の変遷のうち当初は過失であるとしていた点
は,自らの責任を軽減したいという心理が働いた結果に過ぎないとみることもできるし,また,アラームを鳴らさずに故意に酸素供給途絶状態を作出した旨の平成16年7月10日以降の前記供述は,Aが死亡するまで,アラームが鳴り続かないように作為をしつつ殺害したという限りでは一貫している。
しかし,その一貫した部分のある自白のうちでも,次の点の変遷
は,自らの体験を供述しているかを疑わせ得るものである。

確定判決の犯人性認定の根拠となった自白の変遷
確定判決が罪となるべき事実を認定する根拠とした自白(地乙1

2ないし15,19)中の2回目以降のアラーム無効期間の延長方法をいつ知ったのかという部分について,請求人の供述は,わずか1日で,供述録取者がL警察官から検察官に変わっただけで,大きくその供述内容を変遷させている。すなわち,平成16年7月23日と24日にL警察官により録取された調書(地乙13ないし1
5)は,アラームが鳴る前に消音ボタンを押せばアラーム無効期間を延長できることを犯行以前から知っていたとする趣旨であったものが,同月25日に検察官により録取された調書(地乙19)で
は,消音ボタンを押しても1分経つとまたアラームが鳴ることは事前に知っていたが,鳴る前に押すと鳴らない状態が続くことは事前には知らなかった,犯行時はたまたま鳴る前に押したら鳴らない状態が続いたとする趣旨になった。
ところで,請求人がAを殺害しようとする場合,発覚しにくくす
るためには,本件人工呼吸器のアラームを鳴らし続けないことに思い至るはずである。したがって,アラームが鳴る前にアラーム無効期間を延長する方法を事件前から知っていたかどうかの点は,作為的に管を外したという自白の信用性を判断する上で枢要な部分と考えられる。この点は,確定控訴審判決が,請求人の確定1審,控訴審の法廷供述の信用性を否定するに当たり,消音ボタンを押すことによる消音時間が1分間であることを事件前から知っていたかどうかは供述の枢要部分となると評価し,その変遷の合理性を検討しているのと同様である。
さらに,管を外して殺害したことを認めているにもかかわらず,
アラーム無効期間の延長方法を事前に知っていたのか犯行時に初めて,たまたま知ったのかについて虚偽を述べる必要性はないから,この点に自らの責任を軽減したいという意図が働いた可能性は低
い。何より,L字管から管を外して殺害したことを体験に基づいて供述しているのであれば,この点が変遷する理由も考え難い。
そうすると,前記枢要部分が変遷する前記自白に対しては,その
点のみならず,管を外したとする点も含めて,体験に基づく供述ではないとの疑いが生じざるを得ない。


自白変遷の理由として取調官の誘導が考えられること
そして,前記イのような変遷が生じた理由を検討する際,次のよ
うな事情に留意する必要がある。
すなわち,犯行以前にアラーム無効期間の延長方法を知っていな
いと,短時間ずつではあってもアラームを何度か鳴らすことを前提に殺害を決意したことになり,発覚の危険性が高まるため,やや不自然な自白となる。しかし,L警察官録取の調書で述べられているように,事前に知っていたとすればこの不自然さは回避できる。ただし,その場合には,信用性に関する別の問題が生じる。つまり,本件人工呼吸器の保守,点検,操作業務を担当していた臨床工学技士のMは,平成16年7月13日に,そのような消音方法を医療現場で使用することはない旨供述している上(地甲20),痰の吸引等をしない看護助手にすぎない請求人が,看護師等からそのような操作方法を教示される可能性は低いし,教示される必要性もないことから,請求人が何故に事前にアラーム無効期間の延長方法を知り得たかが不可解となる。これに対し,検察官調書で述べられているように,犯行時にたまたま2回目以降のアラームが鳴る前に消音ボタンを押したところ,アラーム無効期間が延長したということであれば,アラームが鳴る前にアラーム無効期間を延長する方法をどのようにして事前に知ったのかについての疑問は生じなくなる。ただし,その場合には,さらに次のような疑問が生じる。すなわち,アラームが鳴る前にアラーム無効期間を延長する方法を事前に知らないのであるから,アラームが鳴った後にすぐ消音しようとしていたことになるはずであるが,その場合には数を数えて1分の経過を計る理由が見当たらないことになる。しかるに,検察官調書にその説明は録取されていない。
以上の事情は,結局,アラーム無効期間の延長方法を犯行前から
知っていたのか犯行時にたまたま知ったのかの点に関して,警察官又は検察官若しくはその両者の誘導があり,請求人はそれに迎合して供述したにすぎない可能性を示唆するものである。
自白の信用性について(その1)
確定判決が信用性を認めた捜査段階の自白は,要するに,せいぜい3分の間酸素供給を途絶させ,その後に人工呼吸器による酸素供給を再開するなどしても結局死に至らざるを得ない不可逆的な状態をAに生じさせた,という内容であるところ,弁護人は,請求人が自白した方法では時間的にAが死に至る可能性はないとして,自白の信用性がない旨主張する。
しかし,この点に関する原決定の判断に誤りはない。そもそも,弁護人の主張は,消音ボタンを押した回数が自白どおりであることを前提にした主張であるが,次の事情を考慮すれば,前記自白におけるその回数の点に重要な意味は見出せない。すなわち,前記自白は,事件後1年以上経過した時点におけるものであり,消音ボタンを押した回数の点は,Aの表情の変化等により死亡したと思うまで消音ボタンを押すことを繰り返したという点に比べてあやふやになっても不思議ではない。また,この自白の時間内に死亡することがないとしても,自白内容のうち消音ボタンを押した回数の部分に,少なすぎるとの疑問を生じさせ得るものの,それ以外の部分にまで直ちに疑問が生じ得るわけではない。
また,弁護人は,原決定が,Aの中脳は機能しておらず,そこから出る動眼神経が機能することはないから眼球が動くことはないとの主張の当否を判断するに際して,C鑑定及びC医師の警察官調書(新検1)は,中脳を含めた脳幹の機能が一定程度残っていたことを前提にしていると解釈した点を論難し,C鑑定によれば,Aの中脳は機能していないことになるという。
しかしながら,C医師は,Aの遺体を解剖した者であり,その上で請求人の自白にあるような顔の動きをすることはあり得るとの判断をしている。そうすると,その判断の前提となるAの身体の状態について,弁護人が主張するような判断をしているとは考えられず,中脳の機能が一定程度残っているとの原決定の解釈に誤りがあるとはいえない。自白にあるようなAの表情等の変化は,あり得ないことである旨のその余の弁護人の主張を検討しても,請求人が供述する内容は,あり得ないこととはいえない旨の原決定の判断に誤りがあるとはいえない。
弁護人のこれらの点に関する主張は,いずれも請求人の自白の信用性を否定する決め手にまではならない。
自白の信用性について(その2)

自白の具体性等
前記自白内容にある,眉間にしわを寄せて苦しそうにし,口をハ
グハグさせ,口を縦に大きく開け目を上向きにして白目になった
などという表現について,確定1審判決は,「その場にいた者し
か語れない迫真性に富んでいる。」とし,確定控訴審判決は「実
際に経験した者でなければ供述できないような迫真性に富む内容
を有しており」とする。
確かに,Aの死因が酸素供給途絶にありそれが何者かの故意に
よって発生したことが請求人供述以外の証拠で確定しているので
あれば,前記供述をそのように見る余地は多分にある。しかし,
その前提に立つことができない場合に,目や口の動き自体は,想
像できないほどのものではないといえるし,Aの異常発見時の状
態を現認している請求人であればより容易に想像可能ともいえ
る。また,植物状態のAでも臨終時に動く可能性のある部位の動
きについてのみ述べ,動く可能性がないその他の部位が動いたと
は供述していないという点についても,顔で動きを想定できる部
位としては,目付近と口程度であるから,前記自白内容は,例え
ば秘密の暴露のように自白の信用性を決定づけるものではない。

自白の自発性等
請求人が殺害を最初に自供したのは,業務上過失致死事件とし
て捜査が行われていた時期であり,捜査官において故意に殺害し
た旨の自白を得るために誘導等をすることが考え難い時期のもの
であって,自白の自発性が極めて高いといえる。しかも,請求人
は,逮捕後間もなく選任された弁護人と頻繁に面会を重ね,殺人
で有罪になると重い責任を問われることを教えられていながら,
自白を維持している。これらの事情は,請求人の殺害自白の信用性を高める事情である。
これに対して,請求人は,自白した理由として,アラームが
鳴っていないと言ったことにつじつまが合わなくなり,Bを追い
詰めてはいけないと思いつつも,鳴っていたと言うと取調べを担
当していたL警察官が優しくなり,同警察官に好意を抱き,同警
察官に好きになって欲しいなどと思ったからであるとか,遺族の
ために死亡の原因を確定させてやりたかったとか,不安を取り除
いてやる,大丈夫だ,殺人でも執行猶予が付いて刑務所に入らな
くてよいことがあるなどの不安を取り除いてくれる同警察官の言
葉を,長期間刑務所に入ることになるなどと不安を与える弁護人
の言葉以上に信じたからだなどと供述している。そして,これ
は,殺人という重大な事柄について虚偽の自白をし,それを維持
した理由としては,いささか説得力が弱いともいえる。
ただし,請求人は,前記

のとおり,事件直後の時点で,発見時

にアラームが鳴っていなかったとしながら異常発生の履歴を示す赤ランプが点灯していた旨を述べており,つじつまが合わなくなりアラームが鳴っていたと言ってしまったという供述部分には裏付けがあるともいえる。また,請求人を取り調べたL警察官は,確定1審において,事情聴取のための呼出しをしていないのに請求人の方から警察署に来たこと,取調べの終了段階になってL警察官と離れるのが寂しいと言って請求人が手に触れてきたことや抱きついてきたこと,逮捕前から請求人から信頼されていることは少なくとも薄々は分かっていたことなど,請求人が同人に抱いたという前記感情を裏付け得る供述や,請求人がその両親の本当の子ではないとの嘘や負傷していないのに包帯を巻いて事情聴取に現れて自殺しようとしたとの嘘を述べたこと,すなわち請求人が同警察官の関心を引こうとしたとも考え得る行動をしたことを認める供述をしている。そうしてみると,請求人が同警察官に好意を抱き信頼していたことも間違いがないといえる。また,同警察官は,請求人がBのことを気にしていたことや,そのBと連絡が取れなくなっていたことも認めており,アラームが鳴っていたと述べたことによりBを追い詰めているとの思いがあった旨の請求人供述も,荒唐無稽とまではいえな
い。さらに同警察官は,故意に管を外したと自白した後弁護人が初めて接見するまでの間に,請求人が電話で死んで無実を晴らすと述べていたことや,消音ボタンを押したと話し始めた平成16年7月10日までは,否認に転じることが繰り返されたこと,請求人が大津署において何度か自傷行為をしたこと,請求人が弁護人と同警察官のどちらを信用していいのか分からないと述べたことや,起訴後に請求人が自傷行為をした後のこととしてではあるものの,執行猶予についての一般的な説明をし,決めるのは裁判官であると話したことも認めるなど,請求人の前記供述を程度は別としても裏付け得る証言もしている。その上,同警察官は,確定1審の第1回公判の直前に余罪取調べの目的がないのに拘置所に赴いて,通常の面会の場合とは異なり取調室を使って話を聞いていること,確定1審における第1回公判期日を傍聴したこと,請求人が迎合的な性格であることなども認めている。
そうすると,この自発性の点も,Aの死因として自然死の可能性
が排除されていない証拠関係の下では,請求人が,まず,赤ランプが点灯していたと述べていた関係でアラームが鳴っていなかったという供述を維持できなくなって,鳴っていたというBの責任に結びつく供述をしてしまい,そのことによって前記通院状況等からもうかがえる心理的な圧力もある中で,最終的に処分の重大性に思い至らないまま取調べ担当のL警察官との関係を維持しようとして,故意の殺害という重大事ではあるが虚偽の自白をし,その後も弁護人を信用しきることができないままこれを維持したとも考えられなくはない。結局,自発性の点も,自白に信用性があることを決定づけ得る事情とまでは評価できない。

確定審における公判供述
なお,請求人は,確定控訴審の法廷において,殺害を自認するか
のような口ぶりも示している。すなわち,取り調べた刑事に分かってもらえると思った気持ちについて,どんな気持ち,と質問され
て,すぐ後に訂正しているが,「Aさんを,・・・泣く泣く殺してしまったということです」と答えている。
しかし,確定控訴審判決も指摘する請求人の迎合的な性格,理
解・表現能力という事情に照らせば,この点を重視して自白の信用性を判断することはできない。
自白の信用性について(その3)
以上に,確定判決,確定控訴審判決が自白の信用性を肯定したその余の理由を踏まえて検討しても,確定判決が基礎とした請求人の自白を含む酸素供給途絶状態作出供述(アラームが鳴り続けないことを前提としたもの)は,相当程度信用できるものの,それ単独でAが酸素供給途絶状態により死亡したと認めうるほどに信用性が高いものとはいえない。そして,これに,Aの遺体の状況は酸素供給途絶状態が生じたために死亡した場合と矛盾しないという限度では自白を裏付け得るC鑑定等を併せてみても,Aは死因として無視できるほどに少ない割合ではない不整脈により死亡したのではなく,酸素供給途絶状態が生じたために死亡したのであることが合理的疑いなく認められるとまで評価することはできない。
6
結論
そうすると,酸素供給途絶状態を生じさせた趣旨を含む請求人の捜査段階における供述を加えて検討しても,前記第3,3の結論は,変わらないと判断できる。すなわち,弁護人提出の前記新証拠により,Aの死因が酸素供給途絶にあるとする確定判決が依拠したC鑑定等の証明力は減殺され,Aが自然死した合理的な疑いが生じたというべきである。原決定は,C鑑定等の証明力の程度に関する判断を誤り,その結果,新証拠等の証明力の評価を誤って事実を誤認したものといわざるを得ない。弁護人が原審に提出した新証拠のうち死因(致死的不整脈)に関する前記証拠に明白性を認めなかった原決定の判断を是認することはできない。
そして,当審に提出された証拠も併せて検討すると,請求人が本件の犯人であると認めるには合理的な疑いが残っているといわざるを得ない。結局,本件は刑訴法435条6号の「無罪を言い渡すべき明らかな証拠をあらたに発見したとき」に該当するといえる。
よって,本件即時抗告は理由があるので,原決定を取り消し,本件について再審を開始することとする。
第4

適用した法令
刑訴法426条2項,448条1項

平成29年12月20日
大阪高等裁判所第2刑事部

裁判長裁判官

後藤眞
裁判官

杉田友宏
裁判官

酒井康夫理子i
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