判例検索β > 平成29年(わ)第189号
傷害致死被告事件
事件番号平成29(わ)189
事件名傷害致死被告事件
裁判年月日平成29年12月21日
法廷名奈良地方裁判所
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主文
被告人は無罪
理由
(注)以下,本判決において,甲・乙を付した数字は,証拠等関係カード記載の検察官請求証拠の番号を示す。
第1

訴因変更及び訴因の訂正後の本件公訴事実並びに争点

1
本件公訴事実の要旨は,「被告人は,平成28年12月19日午後6時頃から午後10時頃までの間に,当時の被告人方において,A(当時生後5か月。以下「長女」という。)に対し,その両脇を両手で抱え上げて壁にその頭部を複数回打ち付け,同様に同人を抱えたままその身体を前後に激しく揺さぶるなど,その頭部に強い外力を加える暴行を加え,よって,同人に急性硬膜下血腫及びびまん性脳実質損傷の傷害を負わせ,同月21日午後1時20分頃,奈良県橿原市内の病院において,
同人を上記傷害に基づく脳浮腫により死亡させた。

というものである。

2
本件の争点は,①長女の致命傷が,故意に長女の頭部に強い外力を加えることによって生じたか,②①のような外力が,被告人による長女の頭部を複数回壁面へ打ち付けた行為や身体を前後に揺さぶった行為等の暴行から生じたといえるかである。

第2

当裁判所の判断

1
争点①について


長女の死因が脳浮腫であり,これが急性硬膜下血腫及びびまん性脳実質損傷という致命傷に基づくことは両当事者間に争いがなく,関係証拠によっても明らかに認められるが,弁護人は,これらの致命傷は,被告人が平成28年12月17日に長女を誤って布団に落下させたことにより生じたとしか考えられない旨主張しており,致命傷が故意による暴行によって生じたか否かに争いがある。


長女の遺体を解剖し,脳組織の検査を実施したB医師の証言によれば,長女の脳には上記致命傷に加えてびまん性軸索損傷が生じていたと認められる。そして,B医師並びに長女の生前に撮影された頭部CT画像や死後に撮影された頭部MRI画像から受傷原因等を判断したC医師及びD医師は,びまん性軸索損傷が生じる原因として,成人であれば交通事故や高所転落等,頭部に極めて強い回転性外力を加えられなければ生じ得ず,長女の月齢を考慮すれば,必ずしも同程度の外力が必要とまではいい切れないものの,強い揺さぶりなどの外力が必要であり,日常の育児上の動作や,1メートル程度の高さから乳児を布団に落とすという程度では,同損傷が生じることは考えられないなどと証言している。各医師の学識や経験に加え,3名の供述内容が概ね一致していることからすれば,上記各証言は信用性が高いといえる。これらの証言によると,上記損傷は,日常生活の中で生じ得る事故等によるものではなく,頭部に意図的な強い回転性外力が加えられた結果といえ,上記損傷が故意による強い外力によって生じたことは明らかである。



また,C医師は,長女のCT画像から診断される受傷状態に照らすと,致命傷の受傷時期は,同画像が撮影された平成28年12月19日午後11時57分から遡って,三,四時間以内と考えられると証言し,D医師も,同様に,受傷時期はどんなに長く遡っても上記撮影時刻から6時間前であり,びまん性軸索損傷を生じていることに照らすと,一,二時間前でもおかしくないと証言している。
これらの両医師の証言は,具体的な根拠に基づく合理的なものであって信用性に疑いを差し挟まなければならないような事情はうかがわれない。そして,これらの証言に基づき,被告人らが鼻から血の混じったミルクが出ている長女の異変に気付いて119番通報したのが同日午後10時37分頃であることも併せて考慮すると,長女の致命傷は,同日午後6時頃から上記異変が発見された頃までに生じたものと認められる。


以上に対し,弁護人は,平成28年12月17日の午前中に長女をベビーベッドより高い位置から布団の上に落とした旨いう被告人の公判供述に依拠して上記のとおり主張する。しかし,信用性の高い各医師の上記証言に照らすと,長女の致命傷がその程度の外力で生じたとは考えられないし,弁護人の上記主張は合理的に推認できる⑶の受傷時期とも齟齬するものである。この点につき,弁護人は,一般論として,硬膜下血腫の原因となる血管損傷から一,二日かけて,血腫が大きくなってじわじわと症状が進行して意識障害に陥ることもあるというC医師の証言が弁護人の上記主張と整合する旨いうけれども,同医師は,そうした場合には古い出血があるために受傷部位のCT画像は長女のものに比べてより黒っぽくなるとも証言しているのであるから,弁護人の指摘は前提を誤ったものというべきである。

2
争点②について


弁護人は被告人の公判供述に依拠して,被告人が公訴事実記載の暴行を一切加えていないと主張している。検察官は,被告人の捜査段階における自白(乙6)及び被告人の妻である証人E(以下「E」という。
)の目撃供述に基
づき,長女の致命傷を生じさせた外力は被告人の暴行によるものである旨主張しているので,まずこれらの証拠について検討する。



被告人の自白について

被告人は,平成29年6月27日付け検察官調書(乙6)において,「平
成28年12月19日に,
長女の前額部を子ども部屋の壁面に叩き付けた。

旨自白している。


上記自白につき,弁護人は,被告人が,平成29年6月8日午前7時台に任意同行された後,同日午後9時頃までの間,実質的に逮捕といえる状態にあったことや,同日の警察での取調べが警察官と二人きりの部屋で,警察官から睨まれ,
「言えば楽になる。
」などと供述を迫るなどの威迫を受
け,真実でない妻の供述を突きつけられるなどして自白し,検察官の前でもその影響が遮断されていなかったのであるから,証拠能力を欠く旨主張している。
しかしながら,
被告人は,
任意同行を了承していただけでなく,
その後,帰宅を求めることもなく,警察署でのポリグラフ検査や取調べを了承し,同日午前11時43分頃に開始されたF警察官による取調べの際にも黙秘権を告げられ,同日午後2時頃に自白するまでに約1時間の昼食休憩が与えられるなどし,逮捕後は,同警察官に対し,大声で殺意はなかったなどと反論できた旨の被告人の述べるところによっても,
上記自白は,
違法な身柄拘束下で得られるなどしたり,任意性を欠いたりするものとは到底いえない。

そこで,上記自白が証拠能力を有することを前提として,その信用性について以下に検討を加えることとする。
被告人の公判供述によって認められる捜査での供述経過をみると,被告人の捜査段階の供述は,故意に長女を壁にぶつけたという限度ではほぼ一貫しているが,任意同行された平成29年6月8日の時点では,長女の後頭部をぶつけた旨供述していたのに,取調べを受けるうちに故意にはぶつけていない旨,さらに故意に長女の前額部をぶつけた旨変遷し,乙6号証の作成された同月27日の時点では,
「明確には覚えていないが,
長女の額
が赤くなっていたのは覚えているので,おでこをぶつけたと思う。」旨,供
述を変遷させている。そもそも,長女の頭部を壁にぶつけるという行為をしながら,ぶつけたのが後頭部か前額部か覚えていないということ自体不自然である上,仮に長女の額が赤くなっていたのを覚えているのであれば,自白を始めた当初から前額部を壁にぶつけたと供述するのが自然というべきであって,このように自白の核心部分というべき犯行態様等の部分が大きく変遷していることは,それ自体,被告人が自分の体験を自白していたことに大きな疑いを生じさせるものといわなければならない。
そして,被告人は,公判において,上記のような自白を始めた理由につき,
「任意同行された際,F警察官に対し,
『長女の受傷原因は,長男が誤
ってベビーベッドから長女を落としたことにある。旨述べたが,

F警察官
から『その程度では医学的に本件の受傷結果は生じ得ない。長女を地面に叩き付けたり壁にぶつけたりしていないか。
』と言われ,
『やってない。
』と
述べたものの,
『Eがやったのか。
』と繰り返し追及され,同日一緒に任意
同行されたEも疑われており,自分が認めなければ,Eが疑われて逮捕され,幼少の長男と引き離されるのではないかと思い,最終的にはEをかばって,身に覚えはないもののF警察官の質問で示された態様のうち,壁にぶつけたという態様を選択し,後頭部に硬膜下血腫があると聞いたので,長女の後頭部を壁にぶつけた旨供述した。
」などと供述している。また,被
告人は,
上記のように犯行態様に関する供述を変遷させた理由につき,
「途
中から,後頭部をぶつけたか,前頭部をぶつけたか集中的に追及されるようになり,F警察官から,
『前のあざは何や。『おでこをやってへんか。


と言われ,
『やってません。
』などと答えると,
『Eが何か知ってんのか。

と言われ,Eが逮捕されてしまうと思い,前額部をぶつけた旨供述し,検察官からは,それまでの供述を覆してもよいので,正直に話すように言われ,分からない旨述べたものの,前額部のあざを自分がつけたことにしないと妻が疑われると思い,同月27日付け供述調書(乙6)のとおり供述した。
」旨述べている。これに対し,F警察官は公判において,地面に叩き付けたり壁にぶつけたりしていないかという尋ね方はしていないと述べるが,その供述を客観的に裏付ける証拠はなく,自白に至る経過に関する被告人の供述が虚偽であるとして直ちに排斥することはできない。のみならず,本件の捜査過程では,ほかにも,取調官から他の証拠の内容を告げられると,それに合わせて被告人が供述を変遷させていっている様子がうかがわれる。すなわち,平成28年12月17日に誤って長女を落下させた件について,平成29年6月19日の取調べでは,F警察官に対して
「うつぶせの状態で落下させた。と供述していたにもかかわらず,」
翌20日の取調べでは,岡田検察官から,被告人が長女をあおむけの状態で落としたのを見たというEの供述を伝えられると,
「あおむけの状態で
落下させた。
」と供述を変遷させている。この点につき被告人は,
「F警察
官から額の傷はどうして生じたのかと聞かれ,説明しないとEの責任にされるかもしれないと思い,記憶はあおむけであったが,F警察官にはうつぶせで落下させたと供述した。
」旨説明している。また,被告人は,取調官
から平成28年12月18日にEが長女の容態を心配して小児救急相談電話をかけた原因を尋ねられた際,心当たりとして長女を強めに揺すった旨供述していたと認められるところ,被告人は,公判において,
「この時も
自分がしたことにしないと電話をかけたEが疑われると思い,虚偽の供述をした。
」旨述べている。
以上のような供述を変遷させた理由に関する被告人の説明も虚偽であるとして直ちに排斥できず,このような供述経過等に照らすと,被告人が取調官から証拠の内容を告げられ,それがEに対する嫌疑にも結び付き得るような場合には,取調官に迎合して供述を変遷させていることは否定できない。そうすると,最終的にぶつけたのが前額部であると供述を変遷させた理由について,被告人が平成29年6月27日の取調べの際,検察官に対して「女の顔に傷を付けるということ自体がくずなので前をぶつけたということは言えなかった。
」などと説明していたことがうかがわれること
を踏まえてみても,被告人が取調官の追及を受けて,Eに嫌疑が及ばないようにするため,長女の額の傷と整合させるために犯行態様について供述を変遷させた可能性も否定できないというべきである。
この点につき,検察官は,被告人は,Eが長女に何かをした心当たりはないと供述しているのであるから,Eをかばって虚偽自白をする必要はないはずであると主張する。しかしながら,被告人とEは,平成28年12月20日に共に警察署で事情を聞かれ,平成29年6月8日にも共に任意同行されており,
Eも被疑者として扱われていた
(甲45)
のであるから,
仮に被告人にはEが長女に暴行した点に心当たりがなかったとしても,自分が犯行を行ったと認めなければEが被疑者として逮捕される可能性があると考え,Eに嫌疑が及ばないようにするために,取調官に迎合して虚偽の自白をしたことも不自然とまではいえない。
その上,
被告人の上記自白は,
「被告人が長女の身体を揺する場面を目撃
したが頭部を壁にぶつける場面は目撃しておらず,長女の前額部のあざには心当たりがなく,ミルクを与えていた被告人と交代して寝かせようとした際にも,
長女の顔の様子に異変はなかった。旨いうEの証言とも整合し

ていない。
以上によれば,
頭部をぶつけたという限度では一貫していることのほか,
涙ながらに供述していることや,処罰を恐れる被疑者心理等といった検察官の主張を踏まえてみても,被告人の自白はぶつけたのが後頭部か前額部かという重要な部分について合理的な理由なく変遷しているだけでなく,Eの供述とも整合せず,取調官の示した証拠等に合わせた虚偽の供述である疑いを払拭することは困難であり,被告人が,Eに対して嫌疑が及ぶのを避けるため,体験していない虚偽の供述をした可能性は否定できない。以上に対し,検察官は,被告人の自白に基づき,被告人が長女をぶつけたと述べた壁全面を調べ,微物を採取したところ,長女のDNA型とほぼ合致する微物が付着しており,その付着箇所は被告人が膝立ちして長女の頭部をぶつけた場合の位置と整合的であったことから,被告人の自白の信用性が高い旨主張する。しかしながら,被告人が捜査段階では一貫して,暴行時にはあぐらか正座の状態であり膝立ちではないと供述していたことは,被告人及びF警察官の供述からも明白である。また,長女が夜間には日頃から,微物が検出された部屋で寝ていたことなどに照らし,上記のような微物が被告人や長女らが日常生活を送る中で,本件とは関係なく付着した可能性も否定できない。そうすると,上記微物が自白に基づいて発見されたものとは到底いえない上,そもそも本件により付着したとも認め難いから,上記微物の発見が被告人の自白を裏付けるものともいえない。エ
以上のとおりであって,被告人の上記自白については,核心部分が他の証拠によって直接裏付けられていないなど,その信用性を担保する事情が十分でないだけでなく,供述の核心部分が大きく変遷していて,Eをかばうために虚偽自白をした旨いう被告人の公判供述も排斥できないから,信用性に欠けるというべきである。



Eの目撃証言について

Eは,
公判において,
「平成28年12月19日午後9時前後頃に洋室で
長女にミルクを与え,その後被告人と交代してリビングで長男を寝かしつけ,9時半頃から10時頃までの間に再び洋室に戻った際,被告人が長女と向かい合った状態で両手で両脇の下を持って,前後に1往復,起こすように揺すっている様子を見て,落下したら危ないと思って『やめて。』と言
うと,被告人は『寝てたから。
』と述べた。
」などと証言している。
他方で,Eは,平成29年6月8日付け検察官調書抄本(甲45)においては,
上記目撃時の状況について,
「被告人が長女の両脇を抱えて前後に
揺さぶっていたのを見て被告人に『あかん,何してんの』と注意すると,被告人は『あー』『うん』などと言って揺さぶるのをやめ,その後,長女,
を抱きかかえてもう一度『あかんやろ』と言ったが,被告人は何も言わなかった。
」などと上記証言と相反する供述もしている。


Eが被告人の妻であって,被告人の面前で被告人に不利益な内容の証言をすることに抵抗があったことは十分に考えられることだけでなく,E自身が公判廷において,検察官に対し,当時の記憶どおりに供述し,自分の思っている表現で上記検察官調書を作成してもらい,内容を確認した上で署名して指印を押捺した旨述べる一方で,供述を変遷させた理由につき,「特にきっかけもなく思い出した。という不合理な説明しかしていないこ」
となどに照らすと,被告人の同席していない環境において録取された甲45号証には,公判証言よりも特信性があるというべきである。

しかしながら,Eの供述が全体として信用できるものといえないことは下記のとおりであるし,この点を措くとしても,D医師の証言によると,身体を揺さぶる行為によって長女に本件のような致命傷を生じさせるためには,
1秒間に3回以上往復させるほどの勢いが必要であると認められる。ところが,Eが証言するような態様では長女に致命傷を生じさせることは困難であるし,Eは甲45号証においても,被告人が長女を揺さぶっていた勢いや回数等につき具体的な供述を一切していない。そして,仮に甲45号証におけるEの供述を,被告人の行為を二度にわたって注意した旨述べている点から,長女に致命傷を生じさせるほどの強度の暴行を目撃したと解する余地があるとしても,そうであれば,その後,長女の様子を継続して確認するのが自然であると考えられる。ところが,Eは,
「目撃後,長
女の異変には全く気付かず,その後長女を寝かしつけると,長女一人を洋室に残したままリビングに戻り,被告人及び長男と三人で寝ようとした。」
旨証言している。このような行動は,二度にわたって注意するほどの危険な暴行が長女に加えられるのを目撃した者の行動としては不自然といわざるを得ない。
検察官は,Eの甲45号証における供述がこのような不明確なものになった理由について,被告人をかばう妻の複雑な心境であったためと主張する。しかしながら,他方で,Eは,被告人と共に,被疑者として警察官から任意同行され,事情聴取を受けていた平成29年6月8日の時点で,すでに被告人が長女の身体を揺さぶる状況を目撃し,被告人に注意した旨述べていたのであって,自らの逮捕を免れるために,実際には目撃していないにもかかわらず虚偽の供述をしたことから,その態様につき明確な説明ができず,供述内容も不自然なものになった可能性も否定はできない。そうすると,Eの上記供述は,証明力自体乏しい上,信用できるともいいきれないことから,これに基づいて被告人が公訴事実にあるような長女の身体を前後に激しく揺さぶる暴行を加えたと認定することはできない。⑷ア

もっとも,上記のとおり,長女が何者かの暴行により死亡し,受傷した時間帯は,平成28年12月19日の午後6時頃から長女の異変が発覚した同日午後10時37分頃までと認められ,その時間帯には,被告人方には被告人,E,長男(当時1歳8か月)及び長女の4名しかおらず,長男の年齢等に照らせば,長女の致命傷を生じさせたのは被告人またはEのいずれかに限定されるというべきである。そして,被告人及びEのいずれの供述によっても,両者いずれも長女と二人きりになり,相互に気付かれることなく長女に暴行を加える機会があったものと認められることから,さらに証拠によって,このような暴行を加えた犯人がEではなく,被告人と認められるかについても検討を加えることとする。


この点につき,検察官は,①被告人が犯行直後にEと口裏合わせをしていたこと,②被告人が長女に対して強い苛立ちを感じており,顔面を殴打するなどしていたこと,③犯行後,友人に「虐待の容疑」で「パクられるかも」とLINEメッセージを送信するなど,被告人が犯人であることを推認させる事実が存在し,④Eには,日々の養育を行い,被告人の暴行に対して注意するなど,犯人であることと矛盾する事実が存在するから,被告人が犯人であることは明らかである旨主張している。


しかしながら,検察官の主張する①の点については,確かに,被告人はEとの間で,長男が長女をベッドから落としたことで長女に異変が生じた旨口裏合わせをした事実は認められるものの,このような口裏合わせをする理由としては,被告人が本件の犯人であること以外にも,Eをかばうことなど様々なものが考えられるし,本件ではむしろ,Eから口裏合わせを提案したものと認められるから,口裏合わせをした事実そのものが被告人が本件の犯人であることを強く推認させる事情とはいえない。
なお,検察官の主張にはないものの,被告人は,公判において,
「平成2
8年12月20日,Eが『私言わへんから。『黙っとくから。

』と言って,
口裏合わせを持ち掛けた。
」旨供述し,Eも,
「被告人から『俺のせいや。

と言われ,口裏合わせを持ちかけた。
」旨証言しており,これらは,Eは長
女に異変が生じた原因が自分にはなく,被告人にある旨認識していたことをうかがわせ,ひいては,Eが本件の犯人であることと矛盾する事実になるようにも思われる。しかしながら,この点に関する被告人とEの各供述は一致しているとまではいえないし,自分が本件の犯人でないことを前提とするEの供述には全体として信用性に疑いを差し挟む余地が残されている点は下記のとおりである。そして,口裏合わせをした経緯に関する被告人の供述は上記以外は詳しい記憶がない旨の断片的であいまいなものである。また,被告人は,乙6号証においては上記のような供述をしておらず,公判において,自らが公訴事実記載の暴行を加えたことを否定し,長女が死亡したのは平成28年12月17日に同人を誤って落としたことが原因だと思っている旨弁解するのと同時に,口裏合わせをした理由が自らの暴行ではなく,上記過失行為を隠すことにあり,Eも自分の上記過失行為を隠す趣旨で口裏合わせを持ちかけてきたと述べる中で同人が上記のような発言をした旨供述している。ところが,被告人が任意同行された平成29年6月8日の時点で,上記過失行為については一切述べていないことに照らし,それが致命傷の原因であると思っているという被告人の弁解は信用できないから,そのような信用できない弁解の中で唐突になされたEが上記のような発言をしたという部分のみをつまみ食い的に直ちに信用することは困難である。したがって,口裏合わせの経緯に関する被告人やEの供述に基づいてEが犯人である可能性を排斥することはできない。
また,②の点についても,本件以前に,被告人が長女の顔面を殴打し,「未熟児殺したい」などとインターネットで検索するなど,長女に対して極めて強い苛立ちを感じていたことはうかがわれ,長女を虐待する要因があったことは否定できないものの,それだけで本件当日に長女に公訴事実記載のような強度の暴行を加えたのが被告人であるとは断定できない。さらに,検察官指摘の③のメッセージは,被告人が平成28年12月20日に警察署で長女の傷害が生じた原因について事情聴取を受けた後に送信したものであり,仮に犯行を行っていなくとも,上記過失行為や本件以前に長女を平手で叩いたことがあること,
「未熟児殺したい」
などと検索
したこともあったことから,警察による事情聴取を初めて受けた際の心境として,いずれ児童虐待の容疑で逮捕されるかもしれないと思って送信した可能性がないとはいえない。
そして,Eが犯人であることと矛盾する旨いう④の点については,確かにEが長女の養育を日々行い,平成28年12月17日には,被告人が長女を誤って布団の上に落下させたことを知って被告人に注意し,長女に異変が生じる前日には子供救急相談電話に架電し,呼吸が普段よりも速くなったことなどを相談していた事実は認められるものの(Eの証言のうち,被告人の公判供述に反する,被告人の暴行を注意していたという部分が信用できるとはいえないのは下記のとおりである。,そのような事情があっ)
たからといって,養育を行う中で衝動的に暴行を加えることがないとはいえないし,長女にミルクを与えたり,おむつを交換するなど日々の養育を行っていた点は被告人も同様である。むしろ,E自身も,公判において,長女に対しては長男に比べて愛情が湧かなかった旨述べ,
実際にも,
「Eも
まだ全然愛情湧かへんくて」とのLINEメッセージを友人に送信し,被告人との間で長女を施設に預けるというような話をして,そのような施設を探したり,未熟児で生まれ,退院して2か月ほどの乳児である長女を一人で別室に寝かせたりするなどしていた事実が認められることに照らすと,長女に対する愛情は薄かったことがうかがわれるというべきである。それだけでなく,Eは,自分の長女が危篤状態であるのに,長男を寝かせるためとはいえ,病院に被告人かEのどちらかが残ることもなく長女を一人病院に残して一時帰宅し,その際に,被告人に対し,長男が長女をベッドから落としたことにしようと口裏合わせを持ち掛けるなどしており,そのような行為からは,Eが長女の容態を真に心配していたのか疑問に感じざるを得ないし,必ずしも,Eが長女に対して衝動的に強度の暴行を振るう可能性がおよそないとまでいい切れるほどの事情は見当たらない。

検察官の主張する事実はいずれも被告人が本件の犯人であるとしても矛盾しないものにとどまり,被告人が本件の犯人であると考えなければ説明の困難な事情は見当たらないから,これらを総合しても被告人が本件の犯人である点について常識に照らして間違いないといえるほどの立証がなされているとはいえない。



最後に,Eは公判において,長女が死亡した原因としては,被告人が平成28年12月17日に布団の上に誤って落下させたことしか考えられない旨証言し,結局のところ,本件当日,自分は長女に暴行を加えていない旨証言しているから,この証言の信用性を検討しておく。
本件において,犯人の可能性があるのは被告人とEの二人しかおらず,Eも平成29年6月8日の時点においては,被告人と共に任意同行され,被疑者として取調べを受けていたことはすでにみてきたとおりであって,Eが被告人の妻であるとはいえ,本件につき自分の刑責を免れるために被告人に不利益な虚偽の供述をするおそれは大きいといえるから,上記証言の信用性は特に慎重に検討することを要するというべきである。
しかるに,検察官の主張する間接事実のみをもってしても,Eが長女の致命傷を生じさせた暴行を加えていないとは,常識に照らして間違いないといい切れないことはすでに検討してきたとおりであるから,Eの上記証言につき信用性を担保するだけの十分な事情はないというべきである。また,被告人が長女の身体を揺さぶる場面を目撃した旨いうEの供述の信用性に疑問を差し挟む余地があることは前述のとおりである。そして,Eの証言中,自身が本件の原因となった暴行を加えたことを否定する部分や,それを前提として被告人が本件の犯人であることをうかがわせる種々の行為を行っていたという部分は,信用性の欠ける目撃供述と密接に関連するというべきであるから,結局,信用性を備えたものといいきることはできない。
3
以上のとおりであって,被告人の捜査段階における自白や,自身が本件の犯人であることを否定し,被告人が長女の身体を揺さぶる状況を目撃した旨いうEの証言が信用できるとはいいきれず,その他の証拠によっても被告人が公訴事実記載の暴行を加えた犯人であると認めることはできない。

第3

結論
以上の次第で,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により,被告人に対し無罪の言渡しをする。

(求刑

懲役8年

平成29年12月25日
奈良地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

西川篤志
裁判官

重田純子
裁判官

佐々木健詞
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