判例検索β > 平成29年(行コ)第157号
事件番号平成29(行コ)157
裁判年月日平成30年1月31日
法廷名東京高等裁判所
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平成30年1月31日判決言渡

同日原本領収

裁判所書記官

平成29年(行コ)第157号命令服従義務不存在確認請求控訴事件(原審・東京地方裁判所平成28年(行ウ)第143号)
口頭弁論終結日

平成29年11月27日
主文1
原判決を取り消す。

2
本件を東京地方裁判所に差し戻す。
事実及び理由

第1

控訴の趣旨

1
主文第1項同旨

2
控訴人が,自衛隊法76条1項2号による防衛出動の命令に服従する義務が
ないことを確認する。
3
訴訟費用は,第1,2審を通じて被控訴人の負担とする。

第2事案の概要等
1
事案の概要
本件は,陸上自衛官である控訴人が,我が国及び国際社会の平和及び安全の確保に資するための自衛隊法等の一部を改正する法律(平成27年法律第76号。以下「平和安全法制整備法」という。
)による改正後の自衛隊法(以
下,単に「自衛隊法」という。
)76条1項2号が憲法に違反していると主張
して,同項に基づく自衛隊の全部又は一部の出動の命令(以下「防衛出動命令」という。
)のうち同項2号によるもの(以下「存立危機事態における防衛
出動命令」
という。に服従する義務がないことの確認を求めた事案である。

原判決は,控訴人が防衛出動命令の発令される事態に現実的に直面しているとはいえず,また,現時点において控訴人又は控訴人が所属する部署に対して防衛出動命令が発令される具体的・現実的可能性があるということはできないと指摘した上で,控訴人の有する権利又は法律的地位に危険や不安が
存在するとは認められないから,本件訴えは確認の利益を欠き,不適法であると判断してこれを却下した。
そこで,控訴人は,原判決を取り消して控訴人の請求を認容することを求めて控訴した。
なお,控訴人は,当審において,本件訴えについて,控訴人が存立危機事態における防衛出動命令に服従しなかった場合に受けることとなる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟(抗告訴訟のうち行政事件訴訟法3条2項以下において個別の訴訟類型として法定されていないものをいう。以下同じ。
)であると釈明した。
2
前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠又は弁論の全趣旨により容易に認められる事実)等
当事者
控訴人は,平成5年4月6日に陸上自衛隊に入隊し,現在,陸上自衛隊関東補給処【

A
】に所属する陸上自衛官である。

控訴人の経歴は,以下のとおりである。
平成5年9月14日



B


平成13年3月23日



C


平成14年3月27日



D


平成16年3月23日



E


平成18年8月1日



F


平成20年3月23日



G


平成23年8月1日



H


平成25年3月23日



I


平成26年8月1日



J


平成27年8月1日

関東補給処【

A


防衛出動命令に関する自衛隊法の規定(乙1~3)

平和安全法制整備法による改正前の自衛隊法76条1項


内閣総理大臣は,我が国に対する外部からの武力攻撃(以下「武力攻撃」
という。が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫)
していると認められるに至った事態に際して,我が国を防衛するため必要があると認める場合には,自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては,武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成15年法律第79号)第9条の定めるところにより,国会の承認を得なければならない。



自衛隊法76条1項
平和安全法制整備法は,前記アを改正することで,防衛出動命令が発令され得る事態として,自衛隊法76条1項2号に掲げる事態を追加したものである。なお,上記事態は,平和安全法制整備法による改正後の武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律2条4号により,
「存立危機事態」
と定義されて
いる。


内閣総理大臣は,次に掲げる事態に際して,我が国を防衛するため必要があると認める場合には,自衛隊の全部又は一部の出動を命ずることができる。この場合においては,武力攻撃事態等及び存立危機事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律(平成15年法律第79号)第9条の定めるところにより,国会の承認を得なければならない。

我が国に対する外部からの武力攻撃が発生した事態又は我が国に
対する外部からの武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると
認められるに至った事態

我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」

防衛出動命令が発令された場合に想定される陸上自衛隊における手続等(乙5~7,弁論の全趣旨)

内閣総理大臣は,存立危機事態等に際して,我が国を防衛するため必要があると認める場合には,自衛隊の全部又は一部に対し防衛出動命令を発する(自衛隊法76条1項)

なお,自衛隊法2条1項は自衛隊の定義について,自衛隊法3条1項は自衛隊の任務について,それぞれ次のとおり定めている。
2条1項「

この法律において「自衛隊」とは,防衛大臣,…その他の機
関(…)並びに陸上自衛隊,…を含むものとする。


3条1項


自衛隊は,
我が国の平和と独立を守り,
国の安全を保つため,
我が国を防衛することを主たる任務とし,必要に応じ,公共の
秩序の維持に当たるものとする。



防衛大臣は,自衛隊の隊務を統括し,陸上自衛隊,海上自衛隊又は航空自衛隊の部隊及び機関
(以下
「部隊等」
という。の指揮監督権を有する

(自
衛隊法8条)
。そこで,防衛大臣は,内閣総理大臣が防衛出動命令を発した
ときは,
部隊等に対する指揮監督権の行使として,
統合幕僚長等を通じて,
自衛隊の行動及びこれに伴う後方業務(防衛省設置法22条3項に規定する教育訓練,編成,装備,配置,経理,調達,補給及び保健衛生並びに職員の人事及び補充をいう。
以下同じ。に関する自衛隊行動命令を発する。



統合幕僚長は,防衛大臣の指揮監督を受け,統合幕僚監部の所掌事務に係る陸上自衛隊等の隊務及び隊員の服務等の監督権を有し(自衛隊法9条1項,8条1号)
,また,当該隊務に関し最高の専門的助言者として防衛大

臣を補佐し(自衛隊法9条2項)
,かつ,当該隊務に関し,部隊等に対する
防衛大臣の命令を執行するものとされている
(自衛隊法9条3項)そして,

統合幕僚監部は,統合運用による円滑な任務遂行を図る見地からの防衛等に関する計画の立案に関する事務等を所掌事務としている(防衛省設置法22条)
。これらの規定に基づき,統合幕僚長は,自衛隊の運用に関して,一元的に防衛大臣を補佐し,防衛大臣の命令を執行するものとされていることから,防衛大臣が防衛出動命令に基づき上記隊務に関して自衛隊行動命令を発したときは,その執行に関し,部隊等に対し,その細部の事項を指令するため,統合幕僚長指令を発する。
また,統合幕僚長は,その職務を行うに当たり,部隊等の運用の円滑化を図る観点から,陸上幕僚長等に対し,陸上幕僚監部の所掌事務に係る陸上自衛隊の隊務(自衛隊法8条2号)に関して必要な措置を執らせる権限を有する(自衛隊法9条の2)ため,陸上幕僚長に対し,統合幕僚長後方業務指示を発する。

陸上幕僚長は,陸上幕僚監部の所掌事務に係る陸上自衛隊の隊務及び隊員の服務等の監督権を有するところ(自衛隊法9条1項,8条2号),当該
監督権に基づき,前記ウの統合幕僚長指令に伴い必要となる後方業務に関する措置について,関係する部隊等の長に対し,陸上幕僚長措置指令を発する。


上級部隊等の長は,隷下部隊等の職務の全てについて指揮を行うこととされており(自衛隊の運用等における部隊等の組織の要領及び指揮に関する訓令3条)前記ウ又はエの指令又は指示を受けたときは,

当該指揮権に
基づき,隷下部隊等に対し,当該部隊等が防衛出動する旨の職務上の命令を発する。


前記オの職務上の命令を受けた隷下部隊等における職務上の監督責任を有する者は,当該部隊等に所属する陸上自衛官に対し,防衛出動に係る
具体的な職務上の命令(以下「本件職務命令」という。
)を発する(陸上自
衛隊服務規則17条1項)


自衛隊法52条は服務の本旨について,自衛隊法56条は職務遂行の義務について,自衛隊法57条は上官の命令に服従する義務について,それぞれ次のとおり定めている。
そのため,本件職務命令を受けた陸上自衛官は,これに服従する義務を負う。
52条「

隊員は,わが国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し,一
致団結,厳正な規律を保持し,常に徳操を養い,人格を尊重し,
心身をきたえ,技能をみがき,強い責任感をもって専心その職務
の遂行にあたり,事に臨んでは危険を顧みず,身をもって責務の
完遂に努め,もって国民の負託にこたえることを期するものとす
る。


56条「

隊員は,法令に従い,誠実にその職務を遂行するものとし,職
務上の危険若しくは責任を回避し,又は上官の許可を受けないで
職務を離れてはならない。


57条「

隊員は,その職務の遂行に当たっては,上官の職務上の命令に
忠実に従わなければならない。



自衛隊法46条1項は,次のとおり定めているから,本件職務命令を受けた自衛官がこれに服従しなかった場合には,懲戒処分を受けるおそれがある。


隊員が次の各号のいずれかに該当する場合には,これに対し懲戒処分として,免職,降任,停職,減給又は戒告の処分をすることができる。一
職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合


隊員たるにふさわしくない行為のあった場合


その他この法律若しくは自衛隊員倫理法(平成11年法律第130
号)又はこれらの法律に基づく命令に違反した場合」
なお,意に反する懲戒処分を受けた自衛官は,防衛大臣に対する審査請求をすることができ
(自衛隊法49条)当該審査請求に対する裁決を経た

後であれば,当該懲戒処分の取消しの訴えを提起することができる(自衛隊法50条の2,行政事件訴訟法8条1項ただし書)


また,自衛隊法122条1項は,次のとおり定めているから,防衛出動命令に基づく本件職務命令を受けた自衛官がこれに服従しなかった場合には,7年以下の懲役又は禁固に処せられることになる。


第76条第1項の規定による防衛出動命令を受けた者で,次の各号のいずれかに該当するものは,7年以下の懲役又は禁固に処する。

第64条第2項(判決注・
「隊員は,同盟罷業,怠業その他の争議行
為をし,又は政府の活動能率を低下させる怠業的行為をしてはならない。)の規定に違反した者



正当な理由がなくて職務の場所を離れ3日を過ぎた者又は職務の
場所につくように命ぜられた日から正当な理由がなくて3日を過ぎてなお職務の場所につかない者


上官の職務上の命令に反抗し,又はこれに服従しない者


正当な権限がなくて又は上官の職務上の命令に違反して自衛隊の
部隊を指揮した者


警戒勤務中,正当な理由がなくて勤務の場所を離れ,又は睡眠し,若しくは酩酊して職務を怠った者」


内閣総理大臣が防衛出動命令を発した事例は過去に1件もないため,これまでに本件職務命令への不服従を理由として懲戒処分又は刑事罰を受けた自衛官は存在しない。

3
当事者の主張
本件訴えの適法性について


控訴人の主張
最高裁判所平成24年2月9日第一小法廷判決・民集66巻2号183頁(以下「平成24年判決」という。
)は,東京都教育委員会の教育長
が都立学校の各校長宛てに発した,入学式,卒業式等の実施に当たっては国旗に向かって起立して国歌を斉唱し,その斉唱はピアノ伴奏等により行うとすることなどを内容とする通達や,当該通達に基づき都立学校の各校長が教職員に対して発した,当該通達の内容を命ずる旨の職務命令を,いずれも抗告訴訟の対象となる行政処分には当たらないと判断した上で,教職員による国歌斉唱等の義務のないことの確認を求める訴えについて,将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟として位置付けられるべきものと解するのが相当であり,実質的には,当該職務命令の違反を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを職務命令に基づく公的義務の存否にかかる確認の訴えの形式に引き直したものということができると判示している。
このように,平成16年に改正された行政事件訴訟法によっても,抗告訴訟を法定されたものに限定する旨の定めはなく,無名抗告訴訟は許容されている。
そして,本件訴えは,平成24年判決の事案における上記確認の訴えと同様,将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟である。すなわち,自衛隊法76条1項2号は,後記のとおり憲法に違反しているにもかかわらず,控訴人は,自衛官として命令に服従する義務があるため,存立危機事態における防衛出動命令に基づく本件職務命令に服従しなかった場合には,
懲戒処分を受けることになる。
そこで,
控訴人は,上記懲戒処分を受けることの予防を目的として,存立危機事態における防衛出動命令に服従する義務のないことを確認する判決を求めているのである。

平成16年の行政事件訴訟法改正の趣旨は,国民の権利利益救済の実効性を向上させるために必要な手続の整備を図ることにあったのであるから,無名抗告訴訟の訴訟要件を硬直的ないし限定的に考えるべきではない。
そして,義務のないことの確認を求める無名抗告訴訟は,民事訴訟における確認の利益の判断と同様,各事案に即して,自己の権利又は法律的地位につき危険又は不安があり,当事者間で確認判決をすることがその危険又は不安を除去するために有効適切である場合には適法であるというべきである。
これを本件についてみると,
平成28年8月9日の新聞記事によれば,
防衛大臣は,同月8日に自衛隊によるミサイル迎撃を可能とする破壊措置命令を出し,かつ,日本政府は,今後常に迎撃態勢をとれるよう,3か月ごとに同命令を更新して常時発令する方針を表明し,自衛隊は,これを受けて東京都市ヶ谷にある防衛省敷地内に地上配備型迎撃ミサイルを配置するとともに,海上配備型迎撃ミサイルを搭載するイージス艦を日本近海へ展開したと報道されている。また,同月25日の新聞記事には,日本政府が,他国を武力で守る集団的自衛権行使も含めた全ての新任務に関する訓練を自衛隊に開始させる旨発表したと報道されている。
さらに,朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。
)は,平成
29年になってからもミサイルの発射実験を相次いで行い,6回目の核実験も辞さない旨表明している一方,アメリカ合衆国(以下「米国」という。
)の軍隊(以下「米軍」という。
)は,北朝鮮が核実験を強行しよ
うとした場合には,先制攻撃を行う準備に入る旨報道されており,米国のトランプ大統領も,北朝鮮と大規模な紛争になる可能性があると述べた旨報道されている。そして,自衛隊は,北朝鮮を牽制する狙いで米軍
と共同訓練を実施していると報道されている。
このように,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約により我が国と密接な関係にあると判断されることが確実な米国が,近い将来,北朝鮮との間で武力衝突をする明白かつ差し迫った危険があり,
米国と北朝鮮との間で武力衝突が発生した場合には,
北朝鮮は,
我が国に在る米軍基地をミサイル等で攻撃することが確実である。また,北朝鮮外務省報道官は,我が国の米軍基地以外の場所も攻撃する可能性を示唆したと報道されているのであるから,
我が国の存立,
国民の生命,
自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある。
以上によれば,存立危機事態における防衛出動命令が発令される事態は目前に迫っている。
他方,控訴人は,平成27年8月1日から現在の部署に所属しているが,それ以前は戦闘部隊に所属したこともあり,これまで約1年から3年ごとに異動しているのであって,今後戦闘部隊に配属される可能性も十分にある。また,作戦は,通常,普通科部隊等を基幹とし,諸職種の部隊が連合かつ連携した戦闘団等が編成されるのであって,直接戦闘を行うことを主たる任務とする部隊のみでは成り立たず,控訴人が所属する補給部隊等による後方支援が不可欠であるから,控訴人の所属する部隊が出動を命ぜられることがないとはいえない。
そして,補給を絶つことで戦況を有利に進めるため,後方支援部隊が敵から狙われる事態が多いことは軍事上の常識であって,控訴人にも防衛出動命令に基づく本件職務命令が発令される具体的かつ現実的な可能性がある。
一たび控訴人に防衛出動命令が発令されれば,控訴人の生命等には重大な損害が生じ,取り返しのつかないことになるおそれがある。
他方,控訴人は,防衛出動命令に基づく本件職務命令に従わなかった
場合には,命令不服従を理由として懲戒処分という不利益処分を受けることになるから,控訴人には自己の権利及び法的地位につき危険及び不安があるといえるばかりか,自衛隊法122条1項により,7年以下の懲役又は禁錮に処せられるおそれすらある。
しかも,防衛出動命令が発せられてから行政事件訴訟法37条の4第1項に基づく差止めの訴えを提起したのでは,例えば懲戒処分が減給処分や停職処分であった場合には,判決が下されるまでには相当な期間を要することが予想されるのであり,その間,控訴人は生活に困窮することになる。
このように,差止めの訴えでは控訴人の権利利益の救済には不十分であるから,本件では,控訴人が自衛隊法76条1項2号による防衛出動命令に服従する義務のないことを確認する判決を得ることが,控訴人の危険及び不安を除去して紛争を抜本的に解決するために有効適切であるといえる。
よって,
本件訴えは,
確認の利益を備えた適法な無名抗告訴訟である。

被控訴人の主張
無名抗告訴訟の要件としては,司法と行政の役割分担や行政庁の第一次判断権の尊重という観点から,かねてより一般的に,①行政庁の作為又は不作為の義務が法律上一義的に明確であって,もはや行政庁の第一次判断権を留保する必要のない場合であること
(一義的明白性)②行政

庁の作為又は不作為によって国民に重大な損害ないし危険が切迫していること
(緊急性)③他に救済を求める適切な方法がないこと,
(補充性)
が挙げられてきた。
そして,控訴人は,本件訴えを,将来の不利益処分たる懲戒処分の予防を目的とする無名抗告訴訟であるとしているから,その適法性は,上記3要件に照らして判断されるべきである。

なお,平成16年に改正された行政事件訴訟法は,義務付けの訴え及び差止めの訴えを法定抗告訴訟として新設したが,その際,上記3要件を前提としつつ,これらの訴訟の実効的な活用を企図して,あえて,これらの要件を一定程度緩和した要件を設定した上で法定化するとの立法政策が採られた(行政事件訴訟法37条の2ないし4)
。しかし,上記
改正において法定化されることのなかった無名抗告訴訟についてまで,その要件を緩和させる旨の立法者意思を見出すことはできない。
前記3要件のうち緊急性の要件についてみると,自衛隊法施行以来現在に至るまで,防衛出動命令が発令されたことがないことはもとより,その前提となる手続が行われたこともない上,現時点で存立危機事態は発生しておらず,国際情勢に鑑みても,将来的に存立危機事態が発生することを具体的に想定し得る状況にはない。この点に関する控訴人の主張は,抽象的な仮定を述べるものにすぎない。
また,控訴人は,現在,直接戦闘を行う部隊に所属しておらず,これまで直接戦闘を行うことを主たる任務とする部隊に所属したこともないから,仮に存立危機事態が発生して防衛出動命令が発令されたとしても,控訴人の所属する部隊にまで出動が命ぜられるかは一層不明である。さらに,万一,控訴人に対して本件職務命令が発せられ得るとしても,その具体的内容は定かではなく,我が国の防衛や控訴人の生命身体に何ら影響を及ぼさないような本件職務命令が発せられる可能性もないではない。そして,控訴人がこのような本件職務命令に服従しなかった場合に懲戒処分が行われるのか否か,仮に行われるとして,軽微な処分も含めていかなる処分がされるのかは,いずれも不確定である。
以上によれば,存立危機事態が生じること,これに際して防衛出動命令が発令されること,及び控訴人に対して本件職務命令が発令されることは,いずれも想定困難であって,控訴人に対して本件職務命令に従わ
ないことを理由として懲戒処分がされる蓋然性など到底認められない。したがって,控訴人に重大な損害ないし危険が切迫しているとはいえず,本件訴えは,緊急性の要件を満たさないことが明らかである。
よって,本件訴えは,不適法として却下されるべきである。
自衛隊法76条1項2号の違憲性について

控訴人の主張
平和安全法制整備法は,我が国の集団的自衛権の行使等を容認したものであり,自衛隊を「戦力」と扱っているとみるほかないこと,必ずしも我が国に対する武力攻撃の発生を要件とせずに防衛出動命令の発令を可能としたことなどにおいて,憲法9条及び憲法前文に定める恒久平和主義と平和的生存権の保障の基本原理に反している。
また,平和安全法制整備法は,憲法の改正手続によらず,法律によって実質的に憲法を改変したものであり,憲法96条を潜脱するものであるほか,憲法尊重擁護義務,立憲主義の基本理念及び国民主権の基本原理に反している。
加えて,控訴人は,存立危機事態における防衛出動命令に従うことに同意しておらず,控訴人の意に反してこれに服従させることは,憲法18条にも反する。
これらの点で,平和安全法制整備法は違憲であるから,控訴人は,存立危機事態における防衛出動命令に服する義務を負わない。


被控訴人の主張
争う。

第3当裁判所の判断
当裁判所は,本件訴えは適法な無名抗告訴訟と認められると判断する。その理由は,次のとおりである。
1
防衛出動命令,これに基づく本件職務命令又は本件職務命令違反に対する懲
戒処分の行政処分性について
控訴人は,本件訴えについて,存立危機事態における防衛出動命令に基づく本件職務命令への不服従を理由とする不利益処分である懲戒処分を受けることの予防を目的として,存立危機事態における防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める無名抗告訴訟であると主張する。
そこで,本件訴えの適法性を検討する前提として,内閣総理大臣の防衛出動命令,これに基づく本件職務命令及びこれに違反した場合の懲戒処分が,それぞれ抗告訴訟の対象となる行政処分であるか否かについて検討する。抗告訴訟の対象となる行政処分(行政庁の公権力の行使に当たる行為。行政事件訴訟法3条1項)とは,公権力の主体たる国又は公共団体が法令の規定に基づき行う行為のうち,その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいう(最高裁判所昭和30年2月24日第一小法廷判決・民集9巻2号217頁,最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・民集18巻8号1809頁等)。
しかるところ,防衛出動命令は,前記のとおり,内閣総理大臣が,存立危機事態等に際して,我が国を防衛するため必要があると認める場合に,自衛隊の全部又は一部に対して発するものである
(自衛隊法76条1項)そして,

自衛隊とは,法律上,防衛大臣その他の機関及び陸上自衛隊等を含むものと定義されているが
(自衛隊法2条1項)これらはいずれも行政機関であるか

ら,防衛出動命令は,上級行政機関である内閣総理大臣の下級行政機関である自衛隊に対する命令であるというべきであって,個々の自衛官の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼすものではなく,したがって,その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものとはいえない。
また,自衛隊は,我が国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,我が国を防衛することを主たる任務としている(自衛隊法3条1項)ところ,隊
員は,事に臨んでは危険を顧みず,身をもって責務の完遂に努め,もって国民の負託にこたえることを服務の本旨とし
(自衛隊法52条)職務上の危険

又は責任を回避してはならないなどの職務遂行の義務を負っている(自衛隊法56条)のであるから,その任務には一定の生命及び身体への危険が内在しているということができる。そうすると,本件職務命令は,仮に自衛官の生命及び身体に危険を及ぼすものであったとしても,そのことから直ちに,個々の自衛官の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼすものとはいえず,したがって,その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するものとはいえない。
以上によれば,防衛出動命令及びこれに基づく本件職務命令は,いずれも抗告訴訟の対象となる行政処分ではないというべきである。
他方,防衛出動命令が発令された場合には,前記のとおり,これに基づく自衛隊内の行政機関各層の指令,指示又は職務命令を経た上で,個別の自衛官に対して本件職務命令が発令されることになるが,自衛官は,本件職務命令に忠実に服従する義務を負う(自衛隊法57条)結果,本件職務命令に服従しなかったときは,免職,降任,停職,減給又は戒告の懲戒処分を受けるおそれがある(自衛隊法46条1項)
。そして,上記懲戒処分は,自衛官個人
の身分や勤務条件に係る権利義務に直接影響を及ぼすものであるから,抗告訴訟の対象となる行政処分である。
したがって,上記懲戒処分に不服がある自衛官は,審査請求を経た上で,その取消しを求める訴えを提起することができる(自衛隊法49条,50条の2,行政事件訴訟法8条1項ただし書)

2
本件訴えの適法性について
無名抗告訴訟である本件訴えが適法と認められる要件について

行政事件訴訟法3条1項は,抗告訴訟を広く「行政庁の公権力に関する不服の訴訟をいう。
」と定義して同条2項以下の法定抗告訴訟に限定して

いないから,同法は,行政処分に関する不服の訴訟を同法所定の法定抗告訴訟に限定しておらず,それ以外の無名抗告訴訟を許容しているものということができる。そして,平成16年の同法改正により新設された同法37条の2第1項及び同法37条の4第1項は,それ以前においては無名抗告訴訟とされていた行政処分義務付けの訴え及び将来の行政処分の差止めの訴えを法定化したものであるが,そのうち行政処分の差止めの訴えが適法と認められるためには,行政処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること(重大な損害の要件)及びその損害を避けるため他に適当な方法がないこと(補充性の要件)の2つの要件を満たすものであることが必要である(行政事件訴訟法37条の4第1項,平成24年判決各参照)

他方,将来の行政処分の差止めの訴えを,その前提となる公的義務の存否に係る確認の訴え(無名抗告訴訟)の形式に引き直すことができる場合には,双方の訴えは,請求及び法律構成を異にしているものの,いずれも将来の行政処分に関する不服の訴えであり,その行政処分を受けることの予防を目的としているのであるから,双方の訴えに求められる訴訟要件を別異に解すべき理由はない。
そして,本件訴えは,存立危機事態における防衛出動命令に基づく本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分を受けることの予防を目的として,控訴人が存立危機事態における防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める無名抗告訴訟であるところ,その請求の趣旨は,存立危機事態における防衛出動命令に基づき控訴人に対して下される本件職務命令に服従する義務がないことの確認を求めるものと解することができ,実質的には,本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分の差止めの訴えを本件職務命令ひいては防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えの形式に引き直したものということができる。

そうすると,本件訴えが適法な無名抗告訴訟と認められるためには,本件職務命令に服従しないことやその不服従を理由とする懲戒処分がされることにより重大な損害を生ずるおそれがあること(重大な損害の要件)及びその損害を避けるため他に適当な方法がないこと(補充性の要件)の2つの要件を満たすことが必要である。

この点に関し,被控訴人は,行政事件訴訟法の前記改正後も,無名抗告訴訟の訴訟要件として一義的明白性の要件,緊急性の要件及び補充性の要件が必要であり,当該改正において法定化されなかった無名抗告訴訟について,当該改正後の差止めの訴えの訴訟要件を適用すべきではない旨主張する。
しかしながら,
被控訴人の主張に係る一義的明白性は,
上記改正により,
訴訟要件ではなく本案要件として法定化されており(行政事件訴訟法37条の4第5項参照)これを当該改正後の無名抗告訴訟の訴訟要件とすべき,
理由は見出し難い。また,前記のとおり無名抗告訴訟の存在は許容されている一方,上記改正により,それ以前において無名抗告訴訟とされていた義務付けの訴え及び差止めの訴えの双方に共通の訴訟要件として重大性の要件及び補充性の要件が規定された(同法37条の2第1項,37条の4第1項)以上,その余の無名抗告訴訟についてこれらよりも厳格な訴訟要件を求めるべき理由はない。
よって,被控訴人の上記主張を採用することはできない。

重大な損害の要件について

前記のとおり,本件訴えは,存立危機事態における防衛出動命令に基づく本件職務命令に服従しないことやその不服従を理由とする懲戒処分がされることにより「重大な損害を生ずるおそれ」がある場合に限り,提起することができる(重大な損害の要件。行政事件訴訟法37条の4第1項本文参照)ところ,差止めの訴えにおける「重大な損害を生ずるおそれ」
について,
「裁判所は,
前項に規定する重大な損害を生ずるか否かを判断す
るに当たっては,損害の回復の困難の程度を考慮するものとし,損害の性質及び程度並びに処分又は裁決の内容及び性質をも勘案するものとする。」
(同条2項)とされている。
そして,これを本件訴えについてみると,自衛隊は,我が国の平和と独立を守り,国の安全を保つため,我が国を防衛することを主たる任務としている
(自衛隊法3条1項)
ところ,
隊員は,
事に臨んでは危険を顧みず,
身をもって責務の完遂に努め,もって国民の負託にこたえることを服務の本旨としている(自衛隊法52条)のであるから,存立危機事態における防衛出動命令に基づく本件職務命令を受けながら,これに服従しない自衛官は,我が国の防衛という重要な任務に背き,服務の本旨を蔑ろにしたものとして,極めて厳しい社会的非難を受けることになることに加え,本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分,更には重大な刑事罰を受けることになるのである。そして,存立危機事態の危険性及び切迫性に照らすと,防衛出動命令に基づく本件職務命令を受けた自衛官がその服従を怠るときは,我が国の国民や他の自衛官の生命及び身体に高度の危険を及ぼすおそれがあることが明らかであるから,本件職務命令に服従しなかった自衛官に対する懲戒処分は,当該自衛官に課せられた重大な責任に違反するものとして,
免職を含む重大なものとなることが容易に想定できる。
また,
刑事罰も同様に重いものになると考えられる。このような極めて厳しい社会的非難にさらされること並びに重大な懲戒処分及び刑事罰の対象となることにより控訴人が被ることになる損害は,行政処分たる懲戒処分がされた後に取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどはもとより,当該処分の差止めを命ずる判決を受けることによっても容易に救済を受けることができるものではない。
そうすると,本件においては,上記の「重大な損害を生ずるおそれ」が
ある場合に当たるということができ,本件訴えは,重大な損害の要件を満たすものというべきである。

なお,被控訴人は,控訴人に対して本件職務命令が発令されることは想定できないと主張するが,防衛出動命令(なお,存立危機事態が生じることや防衛出動命令が発令されることがおよそ想定できないという被控訴人の主張は,平和安全法制整備法による自衛隊法の改正が平成27年にされていることに照らし,採用することができない。
)は,内閣総理大臣が,
我が国の平和と独立を守り,国の安全を保つことを任務とする自衛隊(自衛隊法3条1項)
に対し,
「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻
撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」
(存立危機事
態)を含む我が国の国民の生命等に極めて高度の危険が発生又は切迫した事態に際して,我が国を防衛するため必要があると認める場合に発するものである(自衛隊法76条1項)

そうすると,防衛出動命令に基づく本件職務命令を受ける対象が特定の戦闘部隊等に所属する自衛官に限られる保障はない。かえって,予備自衛官
(自衛隊法66条1項)
及び即応予備自衛官
(自衛隊法75条の2)
は,
いずれも,防衛出動命令が発せられた場合のみならず,その発令が予測される場合にも防衛大臣の招集命令を受け得る立場にある(自衛隊法70条1項1号,75条の4第1項)ことに照らすと,防衛出動命令が発令された以上,控訴人を含む全ての現職の自衛官は,後方業務を担う部隊等に所属するものを含めて,いずれも本件職務命令の対象となる可能性が非常に高いというべきである。
したがって,被控訴人の上記主張を採用することはできない。

補充性の要件について

前記のとおり,防衛出動命令に基づく本件職務命令への不服従を理由と
する懲戒処分の差止めの訴えを防衛出動命令に基づく本件職務命令に服従する義務がないことの確認を求める訴えの形式に引き直した本件訴えは,重大な損害の要件を満たすとしても,その損害を避けるため他に適当な方法があるときは提起できない(補充性の要件)から,特に法定抗告訴訟である差止めの訴えとの関係で,事前救済の争訟方法として他に適当な方法がないといえるか否かが問題になる(平成24年判決)


そこで検討するに,前記のとおり,防衛出動命令に基づく本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分は,免職を含む重大なものとなるばかりか,存立危機事態における防衛出動命令が発令される場合に,これに基づく本件職務命令を受けながらこれに服従しない自衛官は,服務の本旨を蔑ろにしたものとして極めて厳しい社会的非難を受けることになるのであるから,このような控訴人に生ずるおそれのある損害は,事後的に懲戒処分の取消訴訟又は無効確認訴訟を提起して執行停止の決定を受けることなどにより容易に救済を受けることができるものではないことが明らかであり,また,懲戒処分の差止めを命ずる判決を受けることによっても容易に救済を受けることができるものではなく,防衛出動命令に基づく本件職務命令に服従する義務の不存在を事前に確認する方法によるのでなければ救済を受けることが困難なものである。
したがって,
本件訴えは,
補充性の要件も満たすものというべきである。

結論
以上のとおり,防衛出動命令に基づく本件職務命令への不服従を理由とする懲戒処分を受けることの予防を目的として,控訴人が自衛隊法76条1項2号による防衛出動命令に服従する義務がないことの確認を求める本件訴え(無名抗告訴訟)は,存立危機事態における防衛出動命令に基づき控訴人に対して下される本件職務命令に服従する義務がないことの確認を求めるものであるところ,控訴人に対して生じる重大な損害を避けるため他に適当
な方法がないのであるから,適法な訴えであるということができる。第4結論
以上によれば,本件訴えは適法であるから,本件訴えを不適法として却下した原判決を取り消し,民事訴訟法307条本文に基づき,本件を東京地方裁判所に差し戻すこととして,主文のとおり判決する。

東京高等裁判所第12民事部

裁判長裁判官

杉原
裁判官

山口
裁判官

井上則彦均泰人
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