判例検索β > 平成27年(ワ)第7855号
不正競争行為差止等請求事件 不正競争 民事訴訟
事件番号平成27(ワ)7855
事件名不正競争行為差止等請求事件
裁判年月日平成30年1月26日
法廷名東京地方裁判所
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平成30年1月26日判決言渡

同日原本領収

平成27年(ワ)第7855号
口頭弁論終結日

裁判所書記官

不正競争行為差止等請求事件

平成29年12月22日
判決原告
東京機工株式会社

同訴訟代理人弁護士

渡被
株式会社伊藤鐵工所


同訴訟代理人弁護士

辺久髙昭夫野末寿一坂野野史子主文1
原告の請求をいずれも棄却する。

2
訴訟費用は原告の負担とする。

第1
1実及び理由
請求
被告は,製品番号PSSI-2,同21/2,同3,同4,同5,同6,同8,同10,
同12,
同14及び同16並びに製品番号PSS-2,
同21/2,
同3,
同4,同5,同6,同8,同10,同12,同14及び同16の各サイレンサーを製造,販売してはならない。

2
被告は,第1項記載の各サイレンサーを廃棄せよ。

3
被告は,原告に対し,5500万円及びこれに対する平成27年4月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4
5
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行宣言

第2

事案の概要

1
本件は,昭和60年頃から被告に対してサイレンサー(消音器)を販売して
いた原告が,被告に対し,①被告が原告から示された原告の営業秘密である技術情報を不正の利益を得る目的又は原告に損害を加える目的で使用し,原告の製造したサイレンサーの模倣品を第三者に製造させたことが不正競争防止法(以下「不競法」という。)2条1項7号の不正競争に当たり,②被告が原告製品を模倣した製品の製造を第三者に発注したこと及び原告との継続的取引を終了する際に猶予期間を置くなどの配慮をしなかったことが商取引上の信義則に基づく債務の不履行に当たり,③仮に原告が被告に示した技術情報が営業秘密に当たらないとしても,被告が取引上の地位を利用して入手した原告の技術情報を使用して第三者に模倣品を製造させ,原告への発注を止めて甚大な損害
を与えたことが,取引社会において通常求められるルールを大幅に逸脱するものとして民法709条の不法行為を構成すると主張して,不競法3条1項により,製品番号PSSI-2ないし16並びに製品番号PSS-2ないし16の各サイレンサーの製造,販売の差止め及び同条2項によりその廃棄を求めるとともに,不法行為(同法4条及び5条2項,民法709条)又は債務不履行に
よる損害賠償金5000万円及び弁護士費用500万円並びにこれらに対する不法行為の後の日又は催告の後の日である平成27年4月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
2
前提事実(当事者間に争いがない事実並びに文中掲記した証拠及び弁論の全趣旨により認定できる事実)
(1)当事者

原告は,昭和54年11月8日に設立された,ルーツブロワ及び真空ポンプの内部に設置されるサイレンサーの製造を主たる業務とする株式会社である。(甲1)


被告は,ルーツブロワ及び真空ポンプの製造及び販売を主たる業務とする株式会社である。

(2)原告と被告との取引

原告代表者は,昭和51年2月,バージェス・ミウラ消音工業株式会社(同社は,後に「バージェスミウラ株式会社」へと商号変更したが,以下商号変更の前後を通じて「バージェス社」という。)に入社し,被告との間の取引を担当したが,昭和60年8月,同社を退社し,同年9月から原
告の経営を引き継いだ。原告は,同年,バージェス社の代理店として被告との取引を開始し,平成2年8月頃以降は,自らサイレンサーを製造し,被告に販売するようになった。

原告が製造し,被告に販売した「汎用型のサイレンサー」の型式は,TOAI-2,21/2,3,4,5,6,8,10,12,14,16及びT
OA-2,21/2,3,4,5,6,8,10,12,14,16である(以下,これらのサイレンサーを総称して「本件原告製品」という。なお,型式におけるTOAIはブロワの吸入用,TOAはブロワの吐出用に設置されるものであることを示し,数字は,フランジ(流体がサイレンサーに入り込む際に通過する導入管とサイレンサーとの接続部分)の口径の大きさ
を示している。)。(甲4,5)

被告が製造,販売するルーツブロワ及び真空ポンプは,主に工場等に設置される送風機であるところ,この機器はローターの回転による吸排気によって送風することから,ローターの回転によって生じる騒音を防止するために,サイレンサーを組み込むことが必要となる。被告は,原告から納
入されたサイレンサーをブロワに組み込んで取引先に販売していた。(甲3~5,乙5,24)

原告は,平成25年6月12日,被告からの注文に対し,
「当社は6月末
でサイレンサ等の製作を辞める事に致しました。その為,見積は辞退致し
ます。」との電子メール(乙31)を送信して見積りの依頼に応じず,同年7月14日にも被告からの発注を断る旨の電子メール(乙32)を送信し
た。
(3)本訴に至る経緯
原告は,被告の元従業員であるA(以下「A」という。)から,被告が,平成9年以降,第三者に本件原告製品の模倣品を製造させ,それを被告のブロワに組み込んで顧客に販売しているとの情報を得た。

そこで,原告は,平成26年6月16日付の通知書(甲9)により,被告が原告から提供を受けた図面等に基づいて,原告以外の会社に模倣品を製造させて,ユーザに販売していることは,不競法2条1項1号及び7号に違反するとともに一般不法行為を構成すると通知し,模倣品の譲渡等の差止め及び損害賠償金5000万円の支払を求めた。

これに対し,被告は,同年7月1日付け「御回答」と題する文書(甲10)により,原告に対し,被告はサイレンサーを独自に開発したものであり,被告は原告と取引する前からサイレンサーを製造しているのであるから,不競法等に違反することはない旨回答した。
3
争点
(1)営業秘密該当性(秘密管理性,非公知性,有用性)
(2)取引上の信義則に基づく債務不履行の有無
(3)不法行為(民法709条)の成否
(4)損害額

第3
1
争点に関する当事者の主張
争点(1)(営業秘密該当性(秘密管理性,非公知性,有用性))について
〔原告の主張〕
(1)原告の営業秘密の内容
本件における営業秘密は,本件原告製品の①胴板の板厚,②内鏡板の形状,③入口チューブの直径,④入口チューブの長さ,⑤入口チューブの穴の配置,⑥入口チューブの穴径,⑦入口チューブの穴の個数,⑧出口チューブの直径,
⑨出口チューブの穴径,⑩出口チューブの穴の個数,⑪本体と鏡板の接合部,⑫出口チューブの穴の配置方法,⑬出口チューブの長さ,⑭出口チューブの穴の配置及びこれらの組合せ並びにこれに基づく減音量,圧力損失及び製造コストである(以下,これらの情報を総称して「本件情報」という。)。(2)秘密管理性について
本件情報が記載された本件原告製品の見積図及びその電磁的記録は,設計を担当している原告代表者が,施錠できるキャビネット及びパスワードを設定したパソコン内に格納しており,原告以外の第三者はこれを見ることができない。

原告と被告との間で契約書の取り交わしはしていないが,本件情報は,被告に対してのみ,かつ必要のある範囲内で開示されるものであり,第三者への開示を予定していないものであるから,その性質上,被告は秘密保持義務を負い,又は原告と被告との間に黙示の秘密保持契約が成立したと解すべきである。

(3)非公知性について
本件情報には,原告が被告に提示した見積図及び実際に被告に納品された本件原告製品から看取できるものも含まれているが,いずれもこれまで刊行物等に掲載されたことはなく,一般に知られていない。また,本件原告製品の減音量,圧力損失及び製造コスト(甲35の1の@以下の数字,甲40の
1の「見積金額」,甲41の1~3)については,製品の形状,構造等から直接感得される情報ではない。
本件原告製品は,不特定多数の購入者が存在する市場で販売される最終製品とは性質が異なり,被告からの注文によって製造される特注品であり,市場において一般的に入手することはできない。また,被告は,本件情報につ
いて秘密保持義務を負うから,本件原告製品についてリバースエンジニアリング等を行うことにより本件情報を得ることは許されない。

本件原告製品は,最終的には被告のブロワに組み込まれてその顧客に引き渡されることとなるが,被告の顧客数は限られている上,被告の顧客は本件原告製品の形状や内部構造の詳細を知ることはできない。また,原告と被告との間で黙示の秘密保持契約が成立していたのであるから,被告が販売先との間で本件原告製品に関して同様の秘密保持契約を結んでいないとしても,そのことにより非公知性は失われない。
したがって,本件情報は公然と知られていないものである。
(4)有用性について
本件情報は,本件原告製品の設計,製造をするために有用なものである。
(5)その他の要件について

原告は,本件原告製品の見積図及び製品自体を提供することにより,本
件情報を被告に示した。

被告が,本件情報を第三者に開示し,本件原告製品の模倣品を製造させ
たのは,
サイレンサーの購入コストを引き下げて利益を上げるためであり,また,被告は,本件原告製品の発注が減少して原告に損害を与えることを十分に認識していたから,不正の利益を得る目的かつ原告に損害を加える目的で,本件情報を第三者に開示したものである。
〔被告の主張〕
(1)秘密管理性について

原告における本件情報の管理状況については不知。本件情報の性質上当然に被告が秘密保持義務を負う旨及び原被告間に黙示の秘密保持契約が成立したとの主張は否認する。本件情報は,取引者及び需要者が自由に取得できるものであって秘密管理性がない。
(2)非公知性について

本件情報は,
本件原告製品自体から特別な技術を要せずに実測可能な形状,
寸法及び構造であり(乙25~27),公知の情報であるから,営業秘密に
当たらない。本件原告製品の減音量及び圧力損失はサイレンサーの性能であり,注文者である被告が原告に指定するものであり(甲6の2,20の2~5),また,サイレンサーを透過する前後の音量及び圧力を測定して注文どおりの性能を備えているかどうかを確認することができるのであるから,製品自体から取得することができる情報である。さらに,原告が製造コストと
して主張するのは,サイレンサーの販売価格にすぎない。
見積図は,特に守秘義務が課されていなければ,通常の取引において取引先に開示されるものであるから,見積図に記載された情報は公知であって営業秘密に当たらない。原告と被告との間では秘密保持契約は締結されておらず,本件原告製品の寸法等は市場で販売されている商品を購入して採寸等す
れば誰でも取得できるから,本件情報の性質に照らして被告が秘密保持義務を負うと解することはできず,黙示の秘密保持契約も成立していない。さらに,被告は,その顧客に対し,秘密保持契約を締結せずに,本件原告製品及びその見積図を引き渡していたのであるから,
本件情報は公知である。
(3)有用性について

本件情報は,当業者が公知の課題に基づき適宜なし得る設計事項であるから,有用性があるということはできない。
(4)その他の要件について

本件原告製品の寸法等は現物から採寸したものであるから,原告から示されたものであるということはできない。


被告が不正の利益を得る目的又は原告に損害を加える目的をもって本件情報を使用又は開示したとの原告主張は否認する。

2
争点(2)(取引上の信義則に基づく債務不履行の有無)について
〔原告の主張〕
(1)原告の商機を奪ってはならないとの信義則上の義務違反の主張について被告は,
本件原告製品の唯一の販売先であり,
その企業規模からしても原告

に対して優越的な地位にあるのであるから,被告が本件原告製品を模倣した製品を自ら製造し又は原告以外の他の業者に発注すれば,被告の下請け的な立場にある原告の経営が立ち所に悪化することは明らかである。こうした被告と原告との取引上の力関係や企業規模などを考慮すると,被告は,原告から取得した情報を使用して模倣品を自ら又は外注して製造するなどして原告の商機を奪ってはならないとの商取引上の信義則に基づく義務を負う。しかるに,被告は,原告に大きな損害を与えることを認識しつつ,原告から示された本件情報を使用し,自ら模倣品を製造するとともに第三者に製造させ,上記義務に違反した。その結果,被告が本件原告製品の模倣を開始した平
成10年以降,原告の被告に対する売上高は大幅に減少した。
(2)取引解消に当たっての信義則上の義務違反の主張について
原告と被告との間の供給契約は,20年もの間継続された継続的供給契約であり,その解消には信義則上やむを得ない事由が必要である。本件原告製品には不具合はなく,仮にあったとしても平成24年2月までにわずか1件
のみであり,同年3月以降には不具合は生じていなかったから,取引を解消することについてやむを得ない事由は存在しない。
また,原告と被告との取引が継続的供給契約に当たらないとしても,当事者の一方が取引の継続に合理的な期待を抱くに至った場合には,取引を終了させようとする当事者は,取引の信義則上,猶予期間を設けるなどの配慮を
すべき義務を負う。原被告間の取引は長期間に及ぶものであったことから,原告は被告との供給契約の継続を期待していたが,被告は,平成9年にタイ王国(以下「タイ」という。)に合弁会社を設立した直後から,他の業者に本件情報を開示して本件原告製品の模倣品を製造させて原告への発注を減らし,平成25年には原告への発注を停止するに至った。このように,被告は,
原告との供給契約に関して信義則上必要な配慮をすることなく原告との契約を解消したものであり,上記義務に違反する。

なお,被告との取引の解消を申し出たのが原告であるとしても,それは,被告が平成24年2月以降本件原告製品の溶接が不良であるなどと言い掛かりをつけて再溶接を求めるなどの嫌がらせを行い,本件原告製品と比べて利益率の低いサイレンサーばかりを原告に発注するようになったからである。このため,原告は,厳しい状況に追い込まれ,被告との取引を打ち切らざるを得なかった。
〔被告の主張〕
(1)原告の商機を奪ってはならないとの信義則上の義務違反の主張について原告は,被告が本件原告製品の唯一の販売先であるなどの主張をするが,
原告は多数の取引先にサイレンサーを販売しており,被告が唯一の販売先ではなく,被告の下請業者でもない。
被告が平成9年にタイの現地企業と合弁会社を設立したこと及び平成19年3月頃,開発の参考にするために原告のサイレンサーのサイズを測定して設計図面を作成し,平成20年及び平成21年にスポット的に現地の協力会
社に本件原告製品と同タイプのサイレンサーの製造を依頼したことは事実であるが,これはタイで納入した製品に関する顧客からの要望に機動的に応えるためであった。
一般的に製造業者がその付属品の品質向上,コスト削減,供給元の確保等により競争力の強化を図ることは当然であり,そのために内製化をしたり,
付属品のリバースエンジニアリングの結果を他社に開示してより安価で品質の良い製品を製造させることは,産業界において一般的に行われている正当な事業活動である。被告も厳しい競争環境に置かれていたのであるから,品質向上とコスト削減のために本件原告製品の寸法等を測定し,その結果を他の業者に開示してサイレンサーの製造を依頼したとしても,それは正当な事
業活動の範囲内のことである。
また,原告は,平成10年以降,被告に対する売上高が大幅に減少したと
主張するが,被告がタイでサイレンサーを製造させた平成20年,21年の原告の売上は増加傾向にあり(甲17),被告が第三者にサイレンサーを製造させたことにより原告の売上が減少したという主張は理由がない。また,原告と被告との取引が終了した平成25年の原告の年商はその前年と比較して大きく変動してない(甲32)。
以上のとおり,被告が本件原告製品の寸法等を測定し,その結果を他の業者に開示してサイレンサーの製造を依頼したことが,信義則に基づく義務に違反するということはできず,それにより原告が損害を受けたという事実も認められない。

(2)取引解消に当たっての信義則上の義務違反の主張について
原告は,原被告間の継続的供給契約の終了に際して被告が信義則上の義務を負うと主張するが,そもそも原被告間の取引は個別的な売買であって継続的な供給契約ではない上,原被告間の取引が終了したのは,原告が平成25年に自らの意思で打ち切ったからであり,被告からの要請に基づくものでは
ない。
平成24年頃,原告が被告に納品したエアフィルターやサイレンサーに溶接不良が見つかり,溶接修正をしないと顧客に販売できないなどの事態が発生し,原告の製品の品質の低下が問題となったことは事実であるが,被告は,品質を厳しく管理することを前提に取引を継続するとの方針であった。とこ
ろが,
平成25年に原告から被告との取引を打ち切る旨の連絡があったため,被告は原告に取引の継続を求め,平成26年3月には,被告代表者自らが原告を往訪して取引の継続を求めたが,原告はこれに応じようとしなかった。また,原告は被告が平成9年以降利益率の低いサイレンサーのみを注文したと主張するが,被告は,比較的利益率の高い製品(本件原告製品のうち型
番の大きい製品)も相当程度注文しているので,原告の主張するような事実は存在しない(乙46)。

以上のとおり,原告は被告との取引を自らの意思で終了したのであり,被告の行為により,そうせざるを得ない状況に追い込まれたという原告の主張には理由がないので,原被告間の取引の終了に関し,被告に信義則上の義務違反は認められない。
3
争点(3)(不法行為(民法709条)の成否)について

〔原告の主張〕
被告の行為が不正競争行為に該当しない場合であっても,不競法が規律の対象とする模倣品の利用による利益とは異なる法的利益を侵害するなどの特段の事情がある場合には,民法709条の不法行為を構成する。
すなわち,被告は,本件原告製品の購入者として優越的な立場を利用し,原
告からその営業秘密である本件情報を提供させた上で,自社の利益を優先して,本件原告製品の模倣品を原告以外の業者に製造させ,更に原告が納品した本件原告製品の溶接に関して根拠のない言い掛かりをつけて,再溶接を命じるなどの嫌がらせをするなどして,原告が自ら被告に対して取引の終了を申し出るように原告を追い込んだものである。

被告の模倣行為は,不競法の対象とする模倣品の利用による利益とは異なる法的に保護された利益を侵害するものであり,その営業秘密の入手方法,使用態様,原告との競合態様等を総合的に勘案すると,違法性が極めて高く,民法709条の不法行為を構成する。
〔被告の主張〕
不正競争行為に該当しない行為については,ことさら相手方に損害を与えることのみを目的としてされたなどの特段の事情が存在しない限り,民法上の不法行為を構成することはないところ,本件では,そのような特段の事情は存在しないので,被告が民法709条の不法行為責任を負うことはない。
4
争点(4)(原告の損害の発生及びその額)について

〔原告の主張〕

(1)平成6年から平成9年までの原告の被告に対するサイレンサーの売上高の平均は,年当たり3594万5933円であった(甲17)。しかし,被告の模倣行為により,原告の被告に対するサイレンサーの売上高は,平成10年以降減少をたどり,同年以降,被告の模倣行為によって減少した原告の売上高の累計は約2億5000万円に達したのであるから,被告の行為によっ
て原告が被った損害は5000万円を下らない。
(2)また,被告は,本件原告製品の模倣品を原告以外の第三者に製造させることによって,サイレンサーの仕入原価を削減することが可能となり,それにより被告が得た利益額は5000万円を下らないので,不競法5条2項に基づき,被告の行為により原告が被った損害額は5000万円と推定される。
(3)被告の違法行為と相当因果関係のある弁護士費用は500万円を下らない。(4)よって,原告は,被告に対し,不法行為(同法4条及び5条2項,民法709条)又は債務不履行に基づく損害賠償請求として,5500万円及びこれに対する不法行為又は催告の後の日である平成27年4月18日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金
の支払を求める。
〔被告の主張〕
否認又は争う。
第4
1
当裁判所の判断
前記第2の2の前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。
(1)本件原告製品の発注から納品までの流れ
本件原告製品の注文から納品までの流れは,次のとおりであった。ア
被告が,原告に対してサイレンサーを注文する際には,
「注文書」
(甲6
の1)及び「サイレンサ選定・確認依頼書」(甲6の2)を送付する。「注文書」には納期や金額が記載され,「サイレンサ選定・確認依頼書」には,
注文する製品の吸入及び吐出サイレンサーそれぞれについて,種類,構造,材質,口径,減音量,圧力損失などの仕様が指定されるとともに,求める寸法形状を示す図面(甲6の3・4)が添付される。

原告は,被告からの注文に対し,製品の形状や寸法等が記載された「見積図」
(甲7の1・2)を提示し,被告がこれを了承した場合には,原告において,同見積図に基づいて製品の製造を開始し,納期までに同製品を納入する。

(2)タイにおけるサイレンサーの発注及び製造
被告は,
平成9年,
被告の製品をタイ及びその近隣諸国に販売するために,
タイにおいて現地法人と合弁会社を設立した。
被告は,平成19年3月頃,サイレンサーのコストダウンを図るため,原告から購入したサイレンサー(TOA-2ないし14の10種類)の寸法を測定して設計図面を作成し,平成20年には,タイの外注工場に,同図面に基づいてサイレンサーを製造させた。
(乙36,
証人B
(以下
「B」
という。)


(3)原告の製品の不具合をめぐるやりとりの状況

モロッコ向けエアフィルターの不具合
(ア)被告は,平成24年2月10日,原告に対し,原告から納品されたモロッコ向けエアフィルターに,溶接不良が50ないし60か所あり,修正を要する旨の連絡をした。(乙37)
(イ)被告は,同年3月29日,原告に対し,上記エアフィルターについて,
溶接不良の手直し後に行われたブロワ組合せ試験時に,エア漏れが発生した旨連絡し,原因を究明し,再発防止策を講じるよう依頼した。これに対し,原告代表者は,同年4月16日,被告から指摘された溶接不良を手直しした際,再度の耐圧テストを指示しなかったことがエア漏れの原因である旨説明した。(乙38,39)


東京電力株式会社広野発電所向けサイレンサー及び東北リコー株式会社
/東レエンジニアリング株式会社向けサイレンサーの不具合
(ア)被告は,平成24年5月31日,原告に対し,同年3月30日に納品された東京電力株式会社向けサイレンサーについて,客先からフランジの中心線振分が8mmずれているので接続できないとの指摘を受けた旨連絡した。(乙41,43)

(イ)被告は,同年6月4日,原告に対し,東北リコー株式会社/東レエンジニアリング株式会社向けサイレンサーについて,客先から溶接不良の指摘があった旨連絡した。(乙42)

原告と被告間の打合せの開催
被告は,原告の製品について顧客から不具合の指摘を複数受けたことか
ら,原告の製品の品質に懸念が生じているとして,原告に対し,原因究明と再発防止策を検討するための打合せの開催を求め,平成24年6月11日に原告代表者も出席して打合せが行われた。原告及び被告は,同打合せにおいて,原告の製品に発生した不具合の原因と再発防止策について検討し,被告側は,原告に対して溶接品質の改善を求めた。(乙42,45)エ
三菱化学エンジニアリング株式会社に納品したサイレンサーの不具合(ア)被告は,平成24年8月6日,原告に対し,平成5年に三菱化学エンジニアリング株式会社(同年当時の商号は三菱油化エンジニアリング株式会社)に納品したサイレンサー(TOA-12

SUS)について,

オーバーホール時に入口チューブのサポート割れが発見された旨連絡した。(甲12の1~5)
(イ)被告は,平成24年9月3日,原告に対し,上記サイレンサーに発生した内面鏡板とチューブ管の溶接不良は脈動を受ける機器として大きな問題であることから,現時点ではこの問題が是正されていることを具体
的に提示するよう依頼した。(甲12の6,乙12)
(ウ)原告は,同月11日,上記不具合は,被告の指摘する溶接等の問題で
はなく,応力腐食割れによるものである旨返答した。これを受けて,被告は,原告に対し,修理のための見積りを依頼したが,原告との間で修理費用について折り合いがつかなかったことから,他の業者に依頼して上記サイレンサーの修理を行った。(乙12,13,43,証人C(以下「C」という。))

(4)原被告間の取引中止の申入れ

前記第2の2(2)エのとおり,原告代表者は,平成25年6月12日,被告からの注文に対し,サイレンサーの製作を中止するので,見積りを辞退する旨の電子メールを送信した。これを受けて,被告の品質保証部長のC
及び東京支店長のDは,同月25日,原告を訪問し,原告代表者に対し,被告に対するサイレンサーの提供の継続を依頼した。(乙31,48)イ
その後,被告は,原告に対して,再度,サイレンサーの見積りを依頼したが,原告代表者は,平成25年7月14日,被告からの見積りの依頼を断る旨の電子メールを送信した。これを受けて,被告のE常務は,同年9
月2日,原告を訪問してサイレンサーの製造を依頼し,原告代表者は,E常務からの依頼については例外的に受注する旨の応答をしたが,平成26年2月20日にされた見積りの依頼には応じなかった。さらに,同年3月17日には被告代表者自身が原告を訪問し,原告代表者に対し,サイレンサーの提供の継続を依頼したが,原告代表者は翻意しなかった。
(乙32,

47,48,証人B,原告代表者)
(5)原告の売上高及び原被告間の売上高の推移
原告の被告に対する売上高は,
被告がタイに合弁会社を設立した平成9年
には4480万円であり,その後,減少傾向にあったが,平成20年には4691万円となり,
平成21年は5359万円,
平成22年は1032万円,

平成23年は2591万円,平成24年は3308万円,平成25年は876万円と推移した。他方,全体としての原告の売上高は,平成20年は84
24万円,平成21年は7629万円,平成22年は4138万円,平成23年は4894万円,平成24年は8662万円,平成25年は7208万円であった。(甲17,32,33)
2
争点(1)(営業秘密該当性(秘密管理性,非公知性,有用性))について(1)原告は,本件原告製品の①胴板の板厚,②内鏡板の形状,③入口チューブの直径,④入口チューブの長さ,⑤入口チューブの穴の配置,⑥入口チューブの穴径,⑦入口チューブの穴の個数,⑧出口チューブの直径,⑨出口チューブの穴径,⑩出口チューブの穴の個数,⑪本体と鏡板の接合部,⑫出口チューブの穴の配置方法,⑬出口チューブの長さ,⑭出口チューブの穴の配置
及びこれらの組合せ並びにこれに基づく減音量,圧力損失及び製造コストに係る本件情報が,原告の営業秘密であると主張する。
(2)しかし,証拠(乙25~27)によれば,本件原告製品に係る本件情報のうち上記①ないし⑭は,本件原告製品を構成する部品等の形状,寸法,個数又はその相互の配置に関する情報であり,いずれも本件原告製品の寸法等を測定
することにより市場で同製品を購入した者が容易に知り得る情報であるから,公然と知られていない情報であるということはできない。
また,本件原告製品の減音量及び圧力損失は,本件原告製品が備えるべき性能として被告が指定し(甲6の2,20の2~5),そのような性能を有するものとして被告の顧客に販売されるものであるから,原告の保有する営業
秘密ということはできず,また,原告製品が注文されたとおりの減音量及び圧力損失を備えているかどうかは容易に測定し得るものである(甲31の2,乙33)。
さらに,原告が営業秘密として主張する「製造コスト」
(甲35の1の@以
下の数字,甲40の1の「見積金額」,甲41の1~3)は,製造原価等に関
する情報ではなく,被告に提示される本件原告製品の見積金額又は販売価格であり,非公知の情報であるということはできない。

上記の点について,原告は,①本件原告製品は不特定多数の購入者が存在する市場で販売される最終製品とは異なる特注品である,②本件原告製品は被告のブロワに組み込まれるので,被告の顧客はその内部構造等を知り得ない,③本件原告製品の減音量,圧力損失及び製造コストは製品自体から直接感得される情報ではない等と主張する。
しかし,被告のブロワが不特定多数の消費者に広く販売されるものではないとしても,ブロワに関する市場において不特定の需要者を対象とし,国内外の顧客に販売されているものであり(乙5,23),その需要者が特定少数者に限定されると認めるに足る証拠はない。また,本件原告製品が被告の製
品に組み込まれているとしても,被告のブロワの購入者がリバースエンジニアリングにより本件原告製品に係る本件情報を取得することが困難であると認めるに足りる証拠もない。さらに,本件原告製品の減音量,圧力損失及び製造コストが非公知といえないことは前記判示のとおりである。
(3)原告は,本件情報に関し,被告との間において黙示の秘密保持契約を締結
し,又は,本件原告製品の性質上,被告は当然に秘密保持義務を負うと主張する。
しかし,原告と被告との間で黙示の秘密保持契約が締結されたことをうかがわせる事情は認められない。また,本件情報は,いずれも本件原告製品の寸法等を測定することにより同製品の購入者等が容易に知り得る情報又は本件
原告製品が備えるべき性能として被告が指定した情報であり,かつ,本件原告製品は被告のブロワに組み込んで第三者であるユーザに売却することを前提としたものであるから,その性質上当然に被告及びその顧客が秘密保持義務を負うべきものということもできない。
(4)以上のとおり,本件情報は「公然と知られていない」情報であると認めるこ
とはできないので,本件情報が不競法2条6項所定の他の要件を検討するまでもなく,原告の不競法に基づく請求は理由がない。

3
争点(2)(取引上の信義則に基づく債務不履行の有無)について(1)原告の商機を奪ってはならないとの信義則上の義務違反の主張についてア
原告は,被告は原告の商機を奪ってはならないという取引上の信義則に
基づく義務に違反し,原告から取得した情報を使用して本件原告製品の模倣品を自ら又は外注して製造するなどして原告に損害を与えたと主張する。イ
しかし,一般的に,製造業者が,その付属品や部品を長年にわたり特定
の製造業者から購入していたとしても,事業環境に応じ,コスト削減又は品質向上による競争力強化を図るため,自社でその付属品等を開発,製造し,又はより廉価な製品を提供する他社に購入先を切り替えることは,正当な事業活動として許されるというべきである。

原告は,本件において被告が上記義務を負うことを基礎付ける事情とし
て,被告が本件原告製品の唯一の販売先であり,原告が被告の下請け的な地位にあることなどを指摘するが,
前記1(5)認定に係る原告の売上高及び
原被告間の売上高並びに原告は被告の競業者にもサイレンサーを販売したと認められること(乙16,17)などに照らすと,被告が本件原告製品の唯一の販売先であると認めることはできず,また,原告が被告の下請け的な地位にあるということもできない。

また,証拠(乙36,証人B)によれば,被告がタイの外注工場にサイ
レンサーを製造させたのは平成20年であると認められるところ,前記の原被告間の売上高の推移によれば,その取引は平成20年以降も継続し,かえって,平成22年から平成24年(原告が取引終了を申し出る前年)にかけては原被告間の売上高が前年に比べて増加していることが看取される。そうすると,被告がサイレンサーを原告以外の業者に製造させることにより,原告の被告に対する売上高が減少して原告に大きな損害が生じた
と認めることができない。

さらに,本件情報が原告の営業秘密に当たるとは認められず,原被告間
に本件情報について秘密保持契約が締結されたと認められないことは前記判示のとおりであるから,被告が本件原告製品の採寸を行って設計図を作成し,原告以外の製造業者に示す行為が取引上の信義則に基づく義務に違反するということもできない。

以上によれば,被告が原告の商機を奪ってはならないとの取引上の信義
則に基づく義務に違反したとの原告主張には理由がない。
(2)取引解消に当たっての信義則上の義務違反の主張について

原告は,原被告間の継続的供給取引の終了についてはやむを得ない事由
が必要であり,仮に原被告間の取引が継続的供給契約に当たらないとしても,
取引の信義則上,
猶予期間を設けるなどの配慮をすべき義務を負うと主
張する。

しかし,前記1(4)のとおり,原被告間の取引の中止を申し入れたのは原
告であり,原告は被告の代表者や役員であるE常務からの取引継続の要請にも応じなかったのであるから,原告自身の意思により被告との取引を中止したものであり,同取引の中止に当たり被告に信義則上の義務違反があ
るとは認められない。
この点,原告は,被告代表者らが原告を往訪したことは認めるものの,同代表者らから取引の継続を要請されたことはないと主張するが,前記1(4)で認定したとおり,
原告からの取引中止の申入れを受けて被告のE常務,
D東京支店長及びその他の担当者が原告を訪問し,最終的に被告代表者が
原告を往訪していること及び原告代表者の供述によっても,E常務や被告代表者は原告に受注を要請するために来訪したというのであるから(原告代表者),原告代表者らが原告を往訪した理由は原告に対して取引の継続を求めることにあり,被告代表者らは原告代表者にその旨を伝えて取引の継続を求めたが原告代表者が翻意することはなかったというべきである。

原告は,被告が平成24年以降本件,原告の製品の溶接が不良であるな
どと言い掛かりをつけて再溶接を求めるなどの嫌がらせを行ったから,やむを得ず被告との取引の解消を申し出たものであると主張する。
しかし,前記1(3)認定のとおり,被告はその顧客から原告の製品の不具合を指摘され,原告に改善を求めたものであり,原告代表者も溶接不良があったことを認め,その原因を説明する電子メールを送付しているのであ
るから,被告からの修理の要請が根拠のない言い掛かりや嫌がらせであるということはできない。

原告は,被告が原告に損害を与えるため,本件原告製品と比べて利益率の低いサイレンサーばかりを発注するようになり,本件原告製品の中でも小型で利益率の低いもの(TOAI又はTOA-2から5)のみを原告に
発注するようになったことから,やむを得ず被告との取引の解消を申し出たものであると主張する。
しかし,証拠(乙46)によれば,被告は,平成25年に入っても,原告から,TOAI-6,10,TOA-6,8,10など大型の本件原告製品を購入していることが認められ,被告が原告に対して,本件原告製品以外
の利益率の低い製品,又は小型の本件原告製品を専ら発注していたと認めることはできない。そして,他に被告が原告に損害を与えるために本件原告製品以外の利益率の低い製品又は小型の本件原告製品を専ら発注したと認めるに足りる証拠はない。

以上によれば,被告が原被告間の取引の終了に当たり取引上の信義則に
基づく義務に違反したとの原告主張には理由がない。
4
争点(3)(不法行為(民法709条)の成否)について
原告は,被告の行為が不正競争行為に該当しないとしても,本件においては特段の事情があるので,民法709条の不法行為を構成すると主張する。
しかし,
前記判示のとおり,
①被告が本件原告製品の唯一の販売先ではなく,
原告は被告の下請業者とはいえないこと,②本件情報は原告の営業秘密という
ことはできないこと,③被告が本件原告製品の採寸を行い,その結果を原告以外の製造業者に開示してサイレンサーを製造したことは正当な事業活動の範囲内にとどまること,④被告が原告に対し原告の製品の修理を求めたことが根拠のない言い掛かりや嫌がらせであるとは認められず,被告が原告に損害を与えるため利益率の低い製品のみを発注したとの事実も認められないこと,⑤原
被告間の取引を中止したのは原告自身の意思に基づくものであり,原告は被告からの取引要請に応じなかったことなどによれば,被告が不法行為責任を負うべき事情があると認めることはできない。
したがって,民法709条の不法行為に基づく原告の請求には理由がない。5
結論
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。東京地方裁判所民事第40部

裁判長裁判官

佐藤達文
裁判官


裁判官

孝勝又来未子
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