判例検索β > 平成29年(行コ)第68号
公務外認定処分取消請求控訴事件
事件番号平成29(行コ)68
事件名公務外認定処分取消請求控訴事件
裁判年月日平成29年12月26日
法廷名大阪高等裁判所
結果その他
原審裁判所名大阪地方裁判所
原審事件番号平成26(行ウ)230
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主文1
原判決を取り消す。

2
地方公務員災害補償基金大阪府支部長が控訴人に対し,地方公務員災害補償法に基づき平成24年8月30日付けでした公務外認定処分を取り消す。
3
訴訟費用は,第1,2審を通じ,被控訴人の負担とする。

第1

実及び理由
控訴の趣旨
主文同旨

第2

事案の概要

1
事案の要旨
本件は,東日本大震災の被災地支援として岩手県に派遣されていた大阪府元職員の亡Aが同派遣中に死亡したことについて,亡Aの妻である控訴人が,地方公務員災害補償基金大阪府支部長(処分行政庁)に公務災害認定請求をしたところ,処分行政庁から平成24年8月30日付けで公務外認定処分(以下「本件処分」という。)を受けたため,本件処分の取消しを求める事案である。
原審は控訴人の請求を棄却したところ,これを不服とする控訴人が本件控訴を提起した。

2
前提事実(当事者間に争いがない事実,掲記証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実並びに顕著な事実)
当事者等

亡A(死亡時49歳)は,昭和56年10月1日から大阪府技能員として採用され,平成22年4月1日からは大阪府富田林保健所(以下「富田林保健所」という。)企画調整課の技師として,自動車運転業務等に従事していた。


控訴人は,亡Aの妻である。
東日本大震災の発生及び亡Aの被災地派遣

平成23年3月11日午後2時46分に宮城県沖を震源地とする東北地方太平洋沖地震が発生した。同地震による災害(以下「東日本大震災」という。)は,その被害が甚大であり,かつ,その被災地域が広範にわたる等極めて大規模なものであるとともに,地震及び津波等による複合的なものである点において我が国にとって未曾有の国難というべきものであり,未曾有の災害により多数の人命が失われるとともに,多数の被災者がその生活基盤を奪われ,被災地内外での避難生活を余儀なくされる等甚大な被害をもたらした。同日以降,津波が被災地に到達する際の様子を含む被災状況が,テレビ等で連日繰り返し全国放送された。東北地方を中心に余震も多数発生し,同年3月から4月にかけて余震に伴う津波注意報等が発令されることも複数回あった。余震や津波注意報等の発令の事実もテレビ等で全国的に報道された(公知の事実)。
大阪府は,東日本大震災に係る被災地支援のため,保健師等からなる公衆衛生チームや,医師,看護師等からなるこころのケアチームを構成して被災地に派遣した。亡Aは,公衆衛生チームの一員として,平成23年4月3日から同月7日までの間,被災地である岩手県宮古市及び同県山田町に派遣された(以下「第1次派遣」という。)。
また,亡Aは,第1次派遣と同様に公衆衛生チームの一員として,同年5月12日から岩手県宮古市及び同県山田町に派遣された(以下「第2次派遣」といい,第1次派遣と併せて「本件被災地派遣」という。)。亡Aは,本件被災地派遣において,岩手県宮古保健所管内で現地に数か所ある避難所等を巡回する自動車運転業務に従事していた。


本件被災地派遣の対象となった岩手県宮古市及び同県山田町は,いずれも太平洋に面し,東北地方太平洋沖地震に伴う津波等により市街地がほぼ壊滅する等,広範囲にわたり人的,物的に甚大な被害が発生した地域である(甲5の1・2,6の1~4,8の1~15,9の1・2)。岩手県災害対策本部が把握していた同県内の東日本大震災による死者・行方不明者数は,平成23年4月10日時点で死者3796人(うち山田町の死者533人,宮古市の死者396人),行方不明者4721人(うち山田町の行方不明者378人,宮古市の行方不明者1301人)であり,同年5月10日時点で死者4400人,行方不明3269人であった。岩手県内のライフライン被害状況は,同年4月10日の時点で2万9438戸の停電,8451戸の断水が継続していたほか,同月7日に発生した余震で8015戸が断水しているというものであった(甲7の1・2)。
本件疾病の発症及び亡Aの死亡
亡Aは,第2次派遣の3日目である平成23年5月14日,宿泊先において頭痛を訴え,岩手県立宮古病院(宮古病院)に搬送されたが,同月20日午後10時11分に死亡した。同病院のB医師作成の死亡診断書では,亡Aの直接死因となった疾病(以下「本件疾病」という。本件疾病が脳出血(脳内出血),くも膜下出血のいずれであるか当事者間に争いがある。)は「脳出血(右前頭葉)」,本件疾病の発症から死亡までの期間は約6日間とされている(乙5・19頁)。
本件訴訟に至る経緯

控訴人は,平成23年7月21日,処分行政庁に対し,亡Aの死亡が公務上の災害であるとして,公務災害認定請求を行った。上記請求についての任命権者(大阪府知事)の意見は,C医師(大阪府健康医療部長)作成の同年8月25日付け意見書(以下「C意見書」という。)のとおり公務上の災害と考えるというものであった(乙5・15~18頁)。


処分行政庁は,平成24年8月30日,本件疾病は公務外の災害であるとする公務外認定処分(本件処分)をした(甲2)。


控訴人は,本件処分を不服として,平成24年10月23日付けで,地方公務員災害補償基金大阪府支部審査会に対し審査請求をしたところ,同審査会は,平成25年9月11日,審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲3)。

控訴人は,上記裁決を不服として,平成25年10月10日付けで,地方公務員災害補償基金審査会に対し再審査請求をしたところ,同審査会は,平成26年5月8日,再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲1)。

控訴人は,平成26年11月6日,本件処分の取消しを求めて本件訴えを提起した(裁判所に顕著な事実)。

第3

本件の争点
本件の争点は,本件疾病の公務起因性の有無(本件疾病の発症と公務との間の相当因果関係の有無)である。

第4

争点に関する当事者の主張

(控訴人)
1
公務起因性の判断基準について
地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)31条の「職員が公務上死亡した場合」とは,職員が公務に基づく負傷又は疾病に起因して死亡した場合をいい,その負傷又は疾病と公務との間には相当因果関係が存在することが必要であるところ,地方公務員災害補償制度(以下「地公災制度」という。)が公務に内在する危険が現実化した場合に職員に発生した損害を補償する制度であることからすれば,公務と疾病の発症との間の相当因果関係の有無は,当該疾病が公務に内在する危険の現実化として発症したと認められるか否かによって判断すべきである。
そして,本件のような被災職員の脳出血が地公災法施行規則別表第1第8号「相当の期間にわたって継続的に行う長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務に従事したために生じた」ものであるかどうかを検討することが必要となるが,脳血管性疾患は,被災職員の年齢,血圧,血管病変等の個体的要因に生活要因,職務上の要因がそれぞれ相互に作用して発症するものと考えられるため,上記の個体要因や生活要因が相対的に有力であるか,公務上の要因が有力であるかによって,公務との相当因果関係の有無を判断すべきである。
なお,被控訴人は,「公務上の災害の認定基準について」(平成15年9月24日地基補第153号。ただし,最終改正後のもの(以下の通知等についても同様)。以下「認定基準」という。),「心・血管疾患及び脳血管疾患の公務上災害の認定について」(平成13年12月12日付け地基補第239号。以下「理事長通知」という。)」及び「心・血管疾患及び脳血管疾患の公務上災害の認定について」の実施及び公務起因性判断のための調査事項について」(平成13年12月12日地基補第240号。以下「補償課長通知」という。)に基づき判断すべきであると主張するが,これらはいずれも行政組織内の内部指令に留まるものであって,法令としての性質を有していないばかりか,東日本大震災のような地震・津波の観測史上最大の複合大規模災害への複数回,複数日にわたる支援業務などは想定されずに作成された基準であって,あまりにも過重な要件を課すものであり,本件においてこれらを適用するのは不適当である。
2
本件疾病発症と公務との間に相当因果関係が認められること
被災地への派遣そのものによる負担
亡Aは,第2次派遣について,気が進まず,控訴人に対しても「行きたくない。」と漏らしていたが,上司から被災地への支援は重要な公務であると言われ,断ることができなかった。また,亡Aは,短期間に2回も被災地に赴かねばならず,その精神的な負担は大きいものであった。
亡Aが異常な出来事・突発的事態に遭遇したこと
東日本大震災は,地震及び津波が発生した平成23年3月11日だけで終わったものではなく,同年5月の段階でも体感できる余震が続いており,「また同じことが起きるのではないか。」という強い恐怖と不安があった。また,直接被災地で大震災を体験しなかった者であっても,被災地に赴けば破壊された風景,余震,匂い,埃,異臭,復旧していないインフラ等から震災を追体験したもので,このような状況下における被災地での公務は,亡Aにとって,公務に関連して異常な出来事・突発的事態に遭遇したものといえる。
この点については,C意見書が存在するほか,亡Aを派遣した大阪府自身が,被災地派遣におけるストレスが強度であるため,派遣される職員のメンタルケアのためのパンフレット等を配っている(甲25,28~30)。また,被災地支援業務のストレスが脳内出血を有意に引き起こすことについては,「2014年版災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドライン」(甲36)が指摘する災害高血圧の存在,「脳とこころのプライマリケア3
こころと身体の相互作用」(甲37)が指摘する阪神・淡路大震災の高
血圧患者への影響,「災害と高血圧・脳卒中」(甲38)が指摘する災害高血圧の医学的機序,「災害支援者はなぜ傷つきやすいのか?-東日本大震災後に考える支援者のメンタルヘルス」(甲40)及び「東日本大震災における被災自治体への応援職員の惨事ストレスとメンタルケアに関する研究」(甲41)が指摘するトラウマティックストレス(惨事ストレス)の存在等,これを明らかにした多数の文献・論文がある。
本件被災地派遣においても,第1次派遣は,当時の現地の状況から惨事ストレス(トラウマティックストレス)を引き起こし得る状況にあった。亡Aが第1次派遣によるストレスを抱えた状態のまま,第2次派遣をされたこと自体が,公務による過重負荷であるといえる。第2次派遣も,当時の現地の状況の異常性,2回にわたる派遣の異常性,現地への移動のストレス,運転環境の違い,不眠等の点から,過重なものであった。
自動車運転業務が急激な環境変化や極度の精神的緊張を伴うものであったこと

亡Aは,平成22年まで病院勤務であり,本件被災地派遣当時,保健所に異動して自動車運転業務を開始してまだ1年しか経過していなかった。また,亡Aは,どちらかといえば自動車の運転が苦手であり,自動車を運転する際には緊張していたが,本件被災地派遣における運転業務は,全く知らない土地・道路で,初対面の人を乗せた走行であって,また,運転する自動車がレンタカーであり,傷を付けることがないように運転することを余儀なくされるなど特に緊張とストレスを伴うものであった。


上記のとおり,亡Aは,保健所勤務から間がなく,元々面識のある保健師もいない中で,公衆衛生チームの一員として行動することは「機構・組織改革」に匹敵するほど従前の業務とは異なるものであった上,被災地支援に来た以上,被災地の役に立たなければならないというプレッシャーがあった。


特に亡Aが派遣された岩手県山田町は,道路脇にがれきが山積みとなっており,見通しや路面の状態も悪く,多くの車両が走行しているにもかかわらず交差点の信号機が故障し続けているというところもあり,運転にはストレスを伴った。


保健師らは,避難所において遺族らの話を聞くなどして精神的負荷を感じていたが,運転業務に従事する者も避難所で遺族らの話を聞くことがあり,亡Aにおいても,被災地の状況を目の当たりにすることで同様の精神的負荷があったというべきである。
本件被災地派遣期間の全てが勤務時間といえること
Aは,第

2次派遣出発日である5月12日には,午前7時50分に自宅を出発してから就寝するまで,13時間を超える拘束を受けていた。また,派遣先においては,ライフラインの回復が十分ではなく,派遣中の昼食は毎日カップラーメンであった。亡Aを含む男性職員は,宿泊先においても,一室に4ないし6名が寝る状態であり,同室者のいびきが気になり,十分な睡眠を取ることができなかった。
以上のとおり,本件被災地派遣においては,心の安まるときはなく,就寝時間も眠れない状態にあったのであるから,本件被災地派遣期間の全てが勤務時間とみるべきである。
被災地では早期の治療を受けることができなかったこと
亡Aは,平成23年5月14日の午前中から強い頭痛を訴えており,これは脳出血の前駆症状であった可能性が高い。しかし,被災地支援業務の特殊性から,被災地支援で避難所への巡回をしている間は,たとえ頭が痛くともそれを訴えることも,病院に行くこともできない状況にあったもので,仮に,同日の昼から夕方の時点で早めに診察を受けていれば,救命できていた可能性が高かったと考えられる。
なお,被控訴人は,同日夕方頃には病院に行くことが可能であったと主張するが,被災地支援に来ていて,支援者が医療を受けるなどとは到底言える状況ではなかった。
以上の点は,亡Aと同様に大阪府から運転手として派遣されていたD,E,Fらの証言等によっても明らかである。
Fの証言によると,本件疾病の発症当日である平成23年5月14日,亡Aが頭痛を訴え,Fが所持していた鎮痛剤(ロキソニン)をもらって飲んだのは,Fが宿泊先のホテルに戻って来た午後5時から6時頃のことであった。亡Aは,同日の朝又は昼頃から頭痛があったが,被災地派遣であるため運転手の交代要員がなく,被災地支援ゆえに痛みを我慢していたものである。
3
亡Aの死因及び素因の点について
亡Aの死因の点について
被控訴人は,本件疾病はくも膜下出血であると主張するが,本件疾病は,控訴人が鑑定意見書の作成を依頼した臨床経験が豊富なG医師の所見が示すとおり,脳出血(脳内出血)である。上記所見は亡Aの治療を行った宮古病院の担当医師の診断とも一致する。
なお,被控訴人は,控訴人の供述に依拠して,亡Aが発症したのは脳幹出血であると主張するが,亡Aの症状,CT所見,G医師による所見等によれば,脳内出血とみるべきであり,控訴人が主治医から「脳幹」という言葉を聞いた可能性はあるものの,そのことをもって,亡Aが脳幹出血を発症したとはいえない。
本件処分は,亡Aの死因がくも膜下出血であるという誤った認定に基づくものである。亡Aの死因は脳内出血である。G医師も「出血の主体はあくまでも右前頭葉底部~右頭頂葉前方に存在する広範な脳内出血」と述べている。そして,亡Aの死因がくも膜下出血であるか控訴人主張の脳出血(脳内出血)であるかによって,危険因子の重要度が大きく異なってくる(亡Aにはくも膜下出血の家族歴は存在しない。)から,公務上外の判断にも影響を及ぼす。
亡Aの素因の点について

高血圧について
亡Aの平成15年から平成22年までの健康診断による血圧は,収縮期114~150㎜Hg,拡張期70~102㎜Hgであり,G医師によれば,この程度の血圧の場合には「正常~軽度高血圧」として生活,食事療法を勧めるが,薬物治療を勧めることはない程度のものであり,脳出血(脳内出血)を引き起こすほどの状態ではなかった。亡Aの日頃の軽症高血圧に,本件被災地派遣という特殊な職務に伴う職業的なストレスや一時的な塩分摂取量の増加などが加わったことにより,重度の高血圧が生じ,脳出血(脳内出血)に結びついた可能性が高い。

飲酒習慣について
亡Aに飲酒の習慣があり,γ-GTPの測定値が上昇していたことは認められるにしても,脳出血(脳内出血)がそれのみの要因で起きるとは考え難い上,宮古病院においても凝固能は正常と診断されており,脳出血(脳内出血)の頻度を上げる大きな要因とみるべきではない。


その他の素因等について
亡Aの平成22年のBMIは25.8であり,肥満というよりは,ほとんど標準とみなして良い程度の数値である。


小括
以上からすると,亡Aに係る素因は,いずれも本件疾病の発症の有力な要因とみなすことはできない。

4
結論
以上のとおり,亡Aは,被災地派遣により過重で長時間に及ぶ職務,強度の精神的過重性が認められる長時間職務に従事していたのであり,通常の職務と比較して特に過重な職務に従事していたといえ,早期の治療を受けることもできなかったものである一方,亡Aに係る素因は,いずれも本件疾病の発症の有力な要因とみなすことはできないことからすると,本件疾病の発症と公務との間には相当因果関係(公務起因性)があると認められる。

(被控訴人)
1
公務起因性の判断基準
地公災制度について
地公災制度は,公務に内在し,又は随伴する危険が現実化して職員に傷病等を負わせた場合には,使用者に何らの過失がなくとも,職員の損失を補償するのが相当であるという危険責任の法理に基づくものであるから,公務起因性を肯定するためには,公務と疾病発症との間に条件関係があることに加えて,社会通念上,疾病発症が公務に内在する危険が現実化したものであると認められる関係,すなわち,公務が相対的に有力な原因として疾病が発症したものと認められる関係(相当因果関係)が必要である。
なお,相当因果関係があることの立証責任は,被災者側が負担すべきである。
脳血管疾患の公務上外の判断基準について

疾病の発症については,一般的にその発症原因が明らかではなく,職員が元々有していた素因や基礎疾患が疾病の発症に大きく寄与していることも多く,公務起因性の判断においては個々の事案に即して,医学的知見をも参考にして総合的に行うべきである。
本件は,公務に関連して脳出血を発症したとして公務災害認定請求されたものであり,地公災法施行規則別表第1第8号「相当の期間にわたって継続的に行う長時間の業務その他血管病変等を著しく増悪させる業務に従事したために生じた」か否かについて,具体的に認定基準,理事長通知及び補償課長通知(以下,これらを併せて「認定基準等」という。)に基づき判断すべきである。


理事長通知においては,脳血管疾患が公務上の災害と認められる場合の要件について,①発症前に,職務に関連してその発生状態を時間的,場所的に明確にし得る異常な出来事・突発的事態に遭遇したこと,②発症前に,通常の日常の職務(被災職員が占めていた職に割り当てられた職務であって,正規の勤務時間「1日当たり平均概ね8時間勤務」内に行う日常の職務をいう。以下同じ。)に比較して特に過重な職務に従事したことのいずれかに該当したことにより,医学経験則上,心・血管疾患及び脳血管疾患の発症の基礎となる高血圧症,血管病変(動脈硬化症等をいう。以下同じ。)等の病態を加齢,一般生活によるいわゆる自然的経過を早めて著しく増悪させ,当該疾患の発症原因とするに足る強度の精神的又は肉体的負荷(以下「過重負荷」という。)を受けていたことが明らかに認められることが必要であるとされており,本件においてもこの要件を満たすか否かという点を検討すべきである。

「異常な出来事・突発的事態に遭遇したこと」とは,次に掲げる場合である。
①医学経験則上,対象疾患を発症させる可能性のある爆発物,薬物等による犯罪又は大地震,暴風,豪雨,洪水,高潮,津波その他の異常な自然現象若しくは火災,爆発その他これらに類する異常な状態に職務に関連して遭遇したことが明らかな場合,②対象疾患の発症前に日常は肉体的労働を行わない職員が,勤務場所又はその施設等の火災等特別な事態が発生したことにより,特に過重な肉体的労働を必要とする職務を命じられ,当該職務を行っていた場合,③対象疾患の発症前に暴風,豪雪,猛暑等異常な気象条件下で長時間にわたって職務を行っていた場合,④その他,対象疾患の発症前に緊急に強度の身体的負荷を強いられる突発的又は予測困難な異常な事態並びに急激で著しい作業環境の変化の下で職務を行っていた場合


「通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したこと」とは,医学経験則上,対象疾患を発症させる可能性のある特に過重な職務に従事したことをいい,勤務形態・時間,業務内容・量,勤務環境,精神的緊張の状況及び疲労の蓄積等の面で特に過重な職務の遂行を余儀なくされた,次に掲げる場合等である。
①発症前1週間程度から数週間(「2~3週間」をいう。)程度にわたる,いわゆる不眠・不休又はそれに準ずる特に過重で長時間に及ぶ時間外勤務を行っていた場合,②発症前1か月程度にわたる,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均25時間程度以上の連続)を行っていた場合,③発症前1か月を超える,過重で長時間に及ぶ時間外勤務(発症日から起算して,週当たり平均20時間程度以上の連続)を行っていた場合
2
異常な出来事・突発的事態に遭遇したとはいえないこと
合計5日間の本件被災地派遣における亡Aの職務従事状況については,道路脇にがれきが山積みで見通しが悪く,かなり運転に注意が必要であった等の状況が認められる。
しかしながら,①亡Aは,東日本大震災の地震,津波等の災害に直接遭遇したものではないこと,②第1次派遣の時点で,既に避難所間の道路の大部分は車が通れるようにがれきが除去されている状況にあったこと,③実際に亡Aによる避難所間の運転は,7㎞・10分から30㎞・40分程度が中心で,最も長い移動でも50㎞・60分である(時速に換算すると45~50㎞/h)から,それ自体長距離かつ長時間に及ぶものではないこと,④がれき等のために所要時間が増加しているともいえないこと,⑤亡Aが運転中にがれき等に衝突したり,走行面を外れて転落しそうになったりする等の突発的事象も認められないこと,以上の点からすると,本件については,理事長通知に定められた上Aが異常な出来
事・突発的事態に遭遇したということはできない。

3
通常の日常の職務に比較して特に過重な職務に従事したとはいえないこと過重で長時間に及ぶ時間外勤務はないこと

亡Aの時間外勤務については,平成22年11月16日から平成23年3月15日までは全く時間外勤務がなかったものの,同年3月16日から4月14日までは14時間30分,4月15日から5月14日までは13時間20分の本件被災地派遣に伴う時間外勤務が生じている。


しかしながら,第1次派遣(平成23年4月3日から同月7日)に伴う時間外勤務のうち8時間30分は,4月3日(日)の週休日に現地に移動したことによるものであり,被災地における時間外勤務は,同月4日の1時間50分,同月5日の1時間35分,同月6日の2時間35分であった。
また,第2次派遣(平成23年5月12日から同月16日までの予定)についてみると,亡Aは,同派遣前である同年4月29日から5月5日までは休日と年次有給休暇により,同月7日,8日は週休日により十分に休養を取った上で,被災地に向い,その後の時間外勤務は同月12日が1時間,13日が約3時間,14日(土曜日で週休日)が約10時間30分(途中の昼休憩を含む。)というものであった。

本件被災地派遣における亡Aの職務従事時間は,朝は早くとも午前7時30分頃から遅くとも午後7時頃まであって,昼食休憩が確保されていることはもちろん,車内待機時間も相当あったことが認められる。そして,勤務時間外には,宿泊所であるホテルにおいて自由時間や睡眠時間も十分に確保できている。


以上の状況に照らすと,亡Aが,過重で長時間に及ぶ職務に従事していたものとは認められない。
強度の精神的,肉体的過重性が認められるような職務従事状況にないこと控訴人は,本件当時,亡Aが通常の運転業務とは比較にならない著しい緊
張を要するものであったと主張する。しかし,①既に避難所間の道路の大部分は,車が通れるようにがれきを除去している状況にあったこと,②避難所間の運転は長期間かつ長時間に及ぶものではなかったこと,③亡Aは,現地において,富田林保健所と同様の運転業務に従事し,その内容は,保健師らを乗せた自動車を運転して保健所,役場,避難所などを回り,保健師らが各所で業務をしている間は駐車した自動車で待機をしているというものであって,亡Aは,保健師らが担当していた公衆衛生業務そのものには従事しておらず,上記各所に立ち入ることはなく,保健師らと共同して行う業務もなかったこと,④深夜勤務や緊急呼び出し等もなく,従事した日数も第1次派遣と第2次派遣を合わせて合計でわずか5日間と短いものであったこと,以上の点に照らすと,亡Aの職務従事状況等に医学的経験則に照らして,強度の精神的,肉体的な過重性があったとは認められない。
亡Aが被災地で何らかのストレスを感じることがあったとしても,それは一時的かつ限定的なものであった。亡Aは,1回当たり5日間の短期の予定で派遣されていたのであり,例えば被災地の自治体職員が従事するような,いつ終わるとも知れない長期にわたる業務とは根本的に心理的負荷の程度が異なる。また,亡Aの業務内容も,避難所等の間を移動する運転業務であり,被災地における業務のうちでは,受ける衝撃の程度は相当程度低い部類に属することは明らかであって,亡Aが控訴人の主張する文献・論文等にあるような惨事ストレスを受けたとは認められない。被災地の惨状や被災者の様子を見て亡Aが心を痛めることがあったとしても,そのことによって,血圧が急上昇したり,血管が脆弱化したりするものではなく,医学的経験則に照らして直ちに脳血管疾患を引き起こす負荷となるものではない。4
亡Aの死因及び早期治療の可能性について
被控訴人本部専門医による医学的知見のとおり,本件疾病は「くも膜下出血(脳出血)」と考えられる。もっとも,B医師が亡Aの死亡診断書に「脳出血(右前頭葉)」と記載したのは,本件疾病をくも膜下出血と疑いつつも,原発が脳動脈瘤の破裂であることを現認していないため,脳内出血を含む「広義の脳出血(頭蓋内出血)」であるとの診断をしたとも考えられる。また,控訴人は,原審における本人尋問において,主治医から,亡Aの脳幹が破裂し,出血がひどい状態にあったと言われた旨供述しているところ,その病態等に照らすと,本件疾患は脳出血(脳内出血)のうち脳幹出血であるとも考えられる。
また,くも膜下出血,脳幹出血その他の脳内出血はいずれも脳血管疾患である。脳血管疾患の発症には血管病変が前提となり,大部分は動脈硬化が原因となるのであり,動脈瘤や動脈硬化は,短期間に進行するものではなく,長い年月をかけて徐々に進行し,その進行には,加齢,食生活,生活環境等の日常生活における諸要因や,遺伝等の個人に内在する要因関与が大きいとされている。
そして,亡Aが脳血管疾患を発症したとの点は当事者間に争いがなく,本件証拠上,それ以上に具体的な疾病名を特定するには足りない。亡Aの死因が控訴人主張の脳内出血であるとしても,亡Aが従事した本件被災地派遣における業務が,それを引き起こす主因たるに至らないことは医学的知見に照らして明らかであり,本件の判断において具体的な疾病名を特定すべき必然性はない。
以上のとおり,亡Aの死因がくも膜下出血であるか脳内出血であるかが公務起因性の判断に影響を及ぼすとはいえない。
ところで,脳幹出血は,高血圧性脳出血の中でも最も重症なタイプであり,急激に発症し,短時間のうちに昏睡状態に陥るものであって,本件においても亡Aは直ちに重篤となっており,緊急搬送されるも手の施しようがなかったものである。そうすると,本件疾病については,業務ゆえに治療の機会を喪失したものとはいえない。
また,亡Aは,本件疾病発症当日,いつもどおり業務を終え,入浴をし,ビールを飲んでいたのであって,このような当日の過ごし方を見れば,同人が夕方頃には病院に行くことは十分に可能であったといえ,受診をしなかったのは亡Aの判断によるものである。
亡Aは,元々頭痛持ちで月1,2回は鎮痛剤を飲んでおり,薬を飲めば痛みが治まるといい,病院には行っていなかった。そうすると,本件疾病の発症当日である平成23年5月14日の朝又は昼頃から頭痛があったとしても,いつもの頭痛と認識し,病院に行く必要まではないと考えたと解するのが自然であるし,この時に生じた頭痛とその後に発症した脳血管疾患との関連性も不明である。そして,運転を替わる職員がいなかったとしても,少しの時間を融通して受診することが不可能であったほど,業務が過密であったとも認められない。よって,亡Aが,同日の日中,従事した業務ゆえに治療の機会を喪失したということはできない。また,亡Aが脳血管疾患を発症したのは,業務終了後,宿泊先で食事も入浴も済ませ,同僚らと飲酒懇談していた午後9時20分頃のことであったが,その直後の午後9時45分頃には宮古病院に搬送され,診療を受けているのであるから,本件被災地派遣の故に治療の機会を喪失したということもできない。
5
亡Aの素因について
脳卒中の危険因子

脳卒中(脳梗塞,脳出血及びくも膜下出血をいう。)は,危険因子を有する者にしか起こらず,その危険因子は,年齢,性別(男性),高血圧,糖尿病,脂質異常,喫煙,心室細動,大量飲酒などがあるとされている。なお,くも膜下出血と脳出血(脳内出血)とは,初発の出血場所の違いがあるが,発症後には両者の区別が困難であって,いずれにしても共通の危険因子があると認められている。


また,脳幹出血は,高血圧性脳出血の一種であるところ,高血圧性脳出血の背景には,未治療又は一旦治療をしていたがそれを止めてしまった高血圧があり,特に40代,50代の男性に好発し,飲酒習慣等も影響しているとされている。
亡Aに係る素因の存在
以下のとおり,亡Aには,脳卒中に係る複数の危険因子が認められる。

高血圧
脳卒中治療ガイドラインによれば,高血圧は,脳出血と脳梗塞に共通の最大の危険因子であり,血圧が高いほど脳卒中の発症率は高くなり,最高血圧が正常血圧とされる140㎜Hg以下であっても,120㎜Hg以上であると,至適血圧120㎜Hg以下に比べて発症頻度が有意に高いことが報告されている。
近年に測定された亡Aの血圧は,いずれも至適血圧である120㎜Hgを超えるものであって,亡Aが高血圧であることは明らかである。イ
飲酒習慣
出血性脳卒中(脳出血やくも膜下出血)の発症率と飲酒量との間には直線的な正の相関関係があり,飲酒過多による肝機能障害の指標であるγ-GTP値上昇を呈する群では,血圧値や脂質値にかかわらず,脳出血発症が増加する傾向がある。
亡Aは,平成22年の健康診断において,飲酒について「毎日」飲酒し,1日当たりの飲酒量は「3合以上」と回答していることに加えて,近年の健康診断の肝臓・胆道系検査結果を見てもいずれも基準値を大きく超え,同年の健康診断においては脂肪肝と指摘され,アルコール性肝障害・脂肪肝で,過度の飲酒により,肝臓に脂肪が沈着し,炎症が生じているとされているのであって,これらに照らせば,亡Aに長年のアルコール多飲歴があったことは明らかである。


その他の素因について
肥満は,メタボリックシンドロームの重要な要素であり,その特有の腹部内臓肥満は,糖尿病,脂質異常症,高血圧を次々と引き起こし,心血管イベントの発症リスクを高めるとされている。
亡Aは,平成22年の健康診断においてメタボリックシンドロームの基準に該当し,総合判定では,高尿酸血症,耐糖能異常疑い,腹囲径高値,生活習慣病(肥満,高血圧,中性脂肪高値)と指摘されている。
小括
以上のとおり,亡Aには,高血圧,大量飲酒が認められ,肥満・メタボリ
ックシンドロームと判定されていたもので,本件疾病発症の要因は,生活習慣に基づく上記各素因にあるというべきである。
6
結論
以上によれば,亡Aについては,本件被災地派遣業務を含む公務に従事したことにより,医学的経験則に照らして,本件疾病の発症要因とするに足りる強度の精神的,肉体的負荷を受けたとは認められない上,亡Aには複数の素因(危険因子)があることに照らすと,本件疾病の発症に公務起因性があるとは認められない。

第5
1
争点に対する判断
認定事実
前記前提事実並びに後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実を認めることができる(なお,以下における人証はいずれも原審において取り調べられたものである。)。
亡Aの経歴等
亡Aは,昭和56年10月1日,大阪府技能員に任命され,大阪府立母子保健総合医療センターにおいて医療機器操作手として勤務していたが,平成22年4月1日,富田林保健所企画調整課の勤務となった。亡Aは,同保健所では,2名配置されている自動車運転手の一人として,所長以下の職員(50名余)の出張時に公用車の運転業務を担当し,運転時以外は,公用車の整備,洗車業務を担当していた(乙5・83~84頁,120~122頁)。
第1次派遣の状況等

被災地に対する公衆衛生チームの派遣等
大阪府は,東日本大震災に係る被災地支援のため,1班3~4名の保健師等により構成される公衆衛生チーム,同程度の規模の医師,看護師等により構成されるこころのケアチームをそれぞれ被災地に順次派遣し,亡Aも,公衆衛生チームが岩手県宮古保健所管内にある避難所等を巡回する際の自動車運転業務に従事するために被災地に派遣された(乙5・146頁,212~213頁)。
第1次派遣は,平成23年4月3日から同月7日までであった(以下の年月日は,特に断らない限り,いずれも平成23年を指す。)。
第1次派遣に係る公衆衛生チームは,大阪府職員である保健師3名(主な任務は被災者の巡回ケア)と同人らを送迎するため自動車運転業務に従事する亡Aの合計4名により構成されていた(乙5・212頁)。大阪府は,公衆衛生チームにおいて自動車運転業務に従事する職員に対し,派遣前に,①現地では自衛隊が中心となってがれきの撤去作業を進めているが,埃がひどく,マスクなしで外を歩くことは極めて危険な状態にある,②主要道路は整備が進みつつあるものの,木材やがれきが道路にはみ出しており,そのような障害物を避けて走行する必要がある,③障害物を踏んで自動車のタイヤがパンクしてもJAF等の支援は全く期待できない,④ダンプカーや自衛隊関連車両が多数通行しており,慎重な運転が求められる,⑤そのため,自動車の運転業務を中心に行う職員の同行が必要である旨の説明をしていた(甲15)。

第1次派遣中における亡Aの業務内容等
4月3日
同日は,被災地までの移動日であった。
a
第1次派遣に係る公衆衛生チームは,同日午前6時55分に伊丹空港に集合し,同空港から秋田空港に空路で移動し,その後,同空港からJR秋田駅まではバスで,同駅から盛岡駅までは新幹線で,同駅から宮古駅まではバスでそれぞれ移動し,宮古駅からはレンタカーで宮古保健所に移動し,同保健所から宿泊先まで同レンタカーで移動した。
同チームが宿泊先に到着したのは午後5時35分頃であった。
なお,亡Aの勤務時間は,午前9時から午後5時30分までであり,休憩は45分とされていたところ,同日は休日であったため,被災地への移動に係る午前9時から午後5時30分までの8時間30分が時間外勤務とされた(乙5・39頁,140頁)。
b
公衆衛生チームの宿泊先は,宮古市甲町に所在する乙ホテル(以下「本件ホテル」という。)であった(乙5・27~29頁)。本件ホテルは高台の崖の上にあり,津波の直撃を免れ得る場所に位置するホテルであるが,本件被災地派遣の当時,通常営業はしておらず,同チームが本件ホテルに到着した時も,本件ホテルのロビーには多数の避難者がいて,避難者に対する配慮が必要な状態にあった。本件ホテルでの入浴はシャワーのみであり,食事の提供時間帯も通常営業時よりも短く制限され,提供時間に遅れると食事は提供されないことになっていた。夕食としておにぎりだけが提供されることもあった。宮古市付近の交通事情は遠方から本件ホテルに容易に通勤できる状態にはなく,本件ホテルの従業員も,その全員又は大部分が被災者であった。なお,宮古保健所の近くで営業しているコンビニエンスストアにおいて飲み物を購入すること等はできた(甲14~16,乙5・140頁,172頁,証人D,証人F)。
4月4日

a
亡Aは,同日から自動車運転業務に従事した。この頃,大阪府の公衆衛生チームが派遣されている宮古市及び山田町の地域は,市街地の多くが壊滅してがれきの山が随所にあるという状況にあり,幹線道路のがれきは道路脇等に除去されていたものの,道路の表面は通常の舗装がされた状態ではなく,屑が散乱して凹凸のある状態にあった。公衆衛生チームが家庭訪問時に通行する幹線道路以外の道路ではがれきも除去されていないこともあった。信号機や目印となる建物の多くが失われており,カーナビも信用することができず,がれきの山のため見通しが悪いところも多く,対面を大型車や自衛隊の車両が通行することも多い一方,障害物を踏んで自動車のタイヤがパンクする等の事態が生じた場合でも救援を求めるのは容易ではない環境にあったため,自動車の運転には日中でも相当に気を遣う必要があった。日没後は,街灯等による照明が一切ない中で上記の状態の道路を走行しなければならないため,より気を遣って運転をする必要があった。移動先の山田町には強い異臭がする場所もあり,自衛隊員が道路の周辺で行方不明者の捜索活動をしていることもあった。亡Aを含む公衆衛生チームの自動車運転担当者らは,いずれも大阪府のネームの入った作業服を着て業務に従事しており,車内等で待機する際に被災者から話しかけられることがあった。上記担当者らは,震災や余震に係るテレビ等による報道(前提事実

ア)の影響

もあり,余震やこれに伴い大津波が発生する可能性があることに対する危険も感じながら業務に従事していた。亡Aの同日の具体的業務内容は,下記bのとおりである(甲8,9,11~17,19,20,乙5・140~145頁,証人D,証人F,証人E)。
b
亡Aは,同日午前7時40分から車両点検を行い,午前8時10分から同時30分まで本件ホテルから宮古保健所に移動するために運転業務に従事した。その後,同保健所で保健師がミーティングをしている際,亡Aは車内等で待機していた。
亡Aは,午前9時10分から午前10時20分まで宮古保健所から山田町役場まで運転業務に従事し,その後,同町丙地区の家庭訪問に伴う運転業務を行い,昼食(カップラーメン)を挟んで,午後2時55分頃まで,丙地区の家庭訪問に伴う運転業務に従事した。亡Aは,同地区内の訪問先を小刻みに移動していた。
亡Aは,保健師等が午後2時55分から午後3時40分頃までの間,山田町役場で引継ぎを行っていた際,車内等で待機していた。
亡Aは,午後3時40分頃から午後4時30分までは山田町役場から宮古保健所までの運転業務に従事し,その後,保健師が午後4時30分から同時30分まで宮古保健所でミーティングを行っていた際には,車内等で待機していた。
亡Aは,上記ミーティング終了後の午後6時30分から同時45分までは宮古保健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した(乙5・141~142頁)。
c
同日における亡Aの運転業務は,丙地区の家庭訪問時間を除き,合計で2時間35分程度であり,最も長い距離,時間を要した運転業務は,宮古保健所から山田町役場までの28㎞,1時間10分というものであった。また,亡Aに係る同日の時間外勤務時間は,午前8時10分から午前9時までの50分と,午後5時45分から午後6時45分までの1時間の合計1時間50分であった。第1次派遣期間中の日の入りは午後6時過ぎ頃であるから(公知の事実),上記の運転業務の中には日没後のものが含まれている。
4月5日

a
亡Aは,午前8時5分から同時20分まで本件ホテルから宮古保健所までの運転業務に従事し,午前9時から同時39分まで同保健所から豊間根中学校までの運転業務に従事した。亡Aは,同中学校到着後,午後零時5分まで車内等で待機していた。
その後,亡Aは,午後零時5分から同時20分まで同中学校から山田町役場までの運転業務に従事し,同役場で昼休憩(昼食はカップラーメンであった。)をとった後,午後1時20分から午後3時45分まで丙地区の家庭訪問に伴う運転業務に従事した。保健師等が午後3時45分から午後4時20分まで山田町役場で引継ぎを行った際,亡Aは,車内等で待機していた。
亡Aは,午後4時20分から午後5時30分まで山田町役場から宮古保健所に向けての運転業務に従事していたところ,この際自動車に設置されていたカーナビの誤った指示により道を間違え,通常以上に長距離を走行することになった。亡Aは,同保健所に到着後,車内等で待機していた。
亡Aは,午後6時30分から同時45分まで同保健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した。
b
同日における亡Aの運転業務は,丙地区の家庭訪問時間を除き,合計で2時間34分程度であり,最も長い距離,時間を要した運転業務は,宮古保健所から山田町役場までの28㎞,1時間10分というものであった。また,亡Aに係る同日の時間外勤務時間は,午前8時5分から午前9時までの55分と,午後5時45分から午後6時25分の40分の合計1時間35分であった。上記の運転業務の中には日没後のものが含まれている。
4月6日

a
亡Aは,午前8時5分から同時20分まで本件ホテルから宮古保健所までの運転業務に従事し,午前8時45分から午前9時20分まで同保健所から山田町生活改善センターまでの運転業務に従事した。亡Aは,同センターで午前10時30分まで車内等で待機していた。
その後,亡Aは,午前10時30分から同時35分まで同センターから豊間根小学校までの運転業務に従事し,同小学校で午前11時40分まで車内等で待機した後,午前11時40分から午後零時10分まで同小学校から豊間根中学校まで,午後零時10分から同時30分まで同中学校から山田町役場までの各運転業務に従事した。
山田町役場における昼食休憩(昼食はカップラーメンであった。)の後に,午後1時10分から午後3時25分までは丙地区の家庭訪問に伴う運転業務に従事し,午後3時45分から同時55分まで山田町役場から豊間根中学校までの,午後4時10分から午後5時までは同中学校から宮古保健所までの各運転業務に従事した。
宮古保健所到着後に保健師等がミーティングを行っていた際,亡Aは,車内等で待機していた。
そして,上記ミーティング終了後の午後6時10分から同時40分まで同保健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した。
b
同日における亡Aの運転業務の時間は,丙地区の家庭訪問時間を除き,合計で3時間15分程度であり,最も長い距離,時間にかかる運転業務は豊間根中学から宮古保健所までの17.9㎞,50分のものであった。亡Aに係る同日の時間外勤務時間は,午前8時10分から午前9時までの50分と,午後5時45分から午後6時40分の55分の合計1時間45分であった。上記の運転業務の中には日没後のものが含まれている。
4月7日
同日は派遣先から大阪に帰任するために,午前7時に本件ホテルを出発
し,4月3日の行程とほぼ同様の行程で,午後4時10分に伊丹空港に到着し,解散した。
業務従事中のトラブルの有無等
亡Aは,第1次派遣中における運転業務において,特段の事件やトラブルに遭遇することがなく,体調不良を訴えることもなかった。
第1次派遣中,岩手県宮古市丁町周辺で観測された余震は,4月3日は震度1が2回,同月5日は震度3,震度1が各1回,同月6日は震度1が2回,同月7日は震度4が1回であった。これらの余震によって,亡Aの業務が中断することはなかった(乙5・40~45頁,140~145頁,202頁)。
第2次派遣の状況等

第2次派遣の概要等
亡Aは,第1次派遣終了後の4月26日頃,上司から再度の被災地派遣を打診された。亡Aは,これに応諾し,第2次派遣に参加することになった(乙5・147頁)。
第2次派遣に係る公衆衛生チームは,大阪府職員(枚方保健所勤務)である保健師(乙5・48~49頁,134~139頁),高槻市職員である保健師が各1名(主な任務は被災者の巡回ケア),東大阪市職員である管理栄養士1名(主な任務は避難所での栄養面でのサポート)及び亡Aの合計4名で構成され,派遣予定期間は5月12日から同月16日までであった(乙5・134~139頁,213頁)。
大阪府は,第2次派遣と同時期に,亡Aの所属する班とは別の班の公衆衛生チーム(保健師2名,運転士1名)及びこころのケアチームも被災地に派遣しており,これらの各チームはいずれも本件ホテルを宿泊先としていたが,日中は,亡Aの所属する公衆衛生チームとは別行動をしていた。上記こころのケアチームには,5月10日から同月15日を派遣予定期間とする先任の班(医師1名(精神科医であるH医師),看護師2名,精神保健福祉士1名,運転士1名)と5月14日から同月19日を派遣予定期間とする後任の班(医師1名,看護師2名,精神保健福祉相談員1名,運転士1名)があり,両班は5月14日夜に被災地で業務引継を実施する予定となっていた(同日の日中は,先任の班は被災地を巡回し,後任の班は大阪から移動し,同日の夜に業務引継を行う予定となっていた。)。また,亡Aの所属する班とは別の班の公衆衛生チームにも,5月11日から同月15日を派遣予定期間とする先任の班(保健師2名,運転士1名)と5月14日から同月19日を派遣予定期間とする後任の班(保健師2名,運転士1名)があり,両班は5月14日夜に被災地で業務引継をする予定となっていた(乙5・25~26頁,213頁)。
亡Aは,第2次派遣前の5月2日に年休を取得しており,その前後も国民の休日又は週休であったため,4月29日から5月5日まで連続して休暇をとることが可能であった。
また,亡Aは,5月6日及び同月9日から11日までは,富田林保健所における通常勤務(午前9時から午後5時30分までで,時間外労働はなし)に従事したものの,同月7日(土曜日)及び8日(日曜日)は週休日であった(乙5・35~36頁)。

第2次派遣中における亡Aの業務内容等
5月12日
a
亡Aは,同日午前9時07分発の新幹線で,JR新大阪駅から盛岡駅まで移動し,その後,バスで宮古市に移動した後,タクシーで宿泊先の本件ホテルに向かった。
本件ホテルには午後6時15分頃に到着し,同所で,食事などをとった後,午後8時から午後9時までの間,引継ぎを行った(乙5・134頁)。

b
本件ホテルの状況は,第1次派遣時の状況(前記


b)と概ね

同様であった。
5月13日
a
亡Aは,同日から自動車運転業務に従事した。この頃の宮古市及び山田町の道路等の状況や,亡Aを含む公衆衛生チームの自動車運転担当者らの状況は,第1次派遣時の状況(前記


a)と概ね同様で

あった。亡Aの同日の具体的業務内容は,下記bのとおりである。b
亡Aは,午前7時30分から車両点検等に従事し,午前8時から同時15分まで本件ホテルから宮古保健所までの運転業務に従事し,さらに,午前9時15分から午前10時まで同保健所から山田町役場までの運転業務に従事した。
亡Aは,午前10時25分から同時45分までは山田町役場から生活改善センター・豊間根保育所までの運転業務に従事し,その後,午後零時10分から同時40分まで同センターから山田町役場までの運転業務に従事した。
亡Aは,同役場で昼食休憩(昼食はカップラーメンであった。)を経た後,午後1時30分から同時45分まで同役場から豊間根中学・格技場までの運転業務に従事し,その後,午後2時45分から同時55分まで同中学から戊集会所までの運転業務に従事し,午後3時15分から同時50分まで同集会所から本件ホテルまでの運転業務に従事した。亡Aは,保健師や管理栄養士が避難所等を巡回して被災者のケアなどを行っている間(概ね30分ないし1時間程度)は,車内等で待機していた。
亡Aは,午後4時から同時10分までは本件ホテルから宮古保健所までの運転業務に従事し,また,午後6時から同時15分までは同保健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した。そして,亡Aは,本件ホテル到着後は,同時40分頃まで車両整備等を行った(乙5・135~137頁)。
c
亡Aの同日の運転業務の時間は合計約3時間15分であり,最も長い距離,時間にかかる運転業務は,宮古保健所から山田町役場までの30㎞,45分というものであった。また,亡Aに係る同日の時間外勤務時間は,午前7時30分から午前9時までの1時間30分と,午後5時45分から午後7時10分までの1時間25分の合計2時間55分であった(乙5・49頁)。
5月14日

a
亡Aは,午前7時45分から車両点検等を行い,午前8時15分から同時30分まで本件ホテルから宮古保健所までの運転業務に,同時45分から午前9時25分まで同保健所から山田町役場までの運転業務に従事した。午前9時30分から同時45分まで同保健所から豊間根中学・格技場までの,午前11時45分から正午までは同中学から戊集会所までの運転業務に従事した。その後昼食休憩(昼食は食堂のラーメンであった。)を挟んで,午後1時35分から同時50分まで同集会所から生活改善センター・豊間根保育所までの,午後2時50分から午後3時50分までは,同保育所から宮古保健所までの運転業務に,それぞれ従事した。亡Aは,保健師や管理栄養士が被災者のケアをしている間(概ねそれぞれ約1時間ないし2時間程度)は,車内等で待機していた。亡Aは,午後5時30分から同時40分まで宮古保健所から本件ホテルまでの運転業務に従事した。本件ホテル到着後,亡Aは,保健師・管理栄養士とは別れて以後別行動をとり,午後6時10分まで車両整備を行った(乙5・138~139頁)。
b
亡Aの同日における運転業務時間は合計約2時間50分間であり,最も長い距離,時間にかかる運転業務は,生活改善センター・豊間根保育所から宮古保健所までの50㎞,1時間というものであった。上記の運転業務には日没後のものは含まれていない。
なお,同日は週休日(土曜日)であったため,亡Aの時間外勤務
は,午前7時45分から午後6時10分までの合計9時間25分であった(ただし,合計1時間の休憩を除く。)(乙5・48頁)。
業務従事中のトラブルの有無等
亡Aは,上記運転業務に従事している間,特段の事件やトラブルに遭
遇することがなく,保健師らに対して体調不良の訴えなどをすることもなかった。
第2次派遣中,福島県沖や宮城県沖を震源地とするマグニチュード2.7から5.7程度の余震が繰り返し多数回発生した。岩手県宮古市丁町周辺で観測された余震は,5月12日は震度1が2回,同月13日は震度3が1回,同月14日は震度1が1回であった。これらの余震によって,亡Aの業務が中断することはなかった(甲10,乙5・134~139頁,203頁)。

本件ホテルでの行動等
亡Aは,大阪府から派遣されている職員ら4ないし6名程度と共に,本件ホテルの10畳ほどの和室の居室(定員5名)に宿泊していた。亡Aは,上記運転業務が終了し宿泊先のホテルに戻って以降は,翌日の業務開始まで,緊急又は特別の業務が生じるということはなく,夕食をとったり,入浴をしたり,また,お酒を飲むなどして他の職員らと歓談するなど自由に過ごしていた。もっとも,本件ホテルの状況が前記


認定した第1次派遣時の状況と概ね同様であったことは,前記イ

bで
bで認

定したとおりである。亡Aは,5月14日午前8時前に控訴人に電話し,昨夜は本件ホテルの同室者のいびきがうるさくて眠れなかったなどと述べた(甲24,乙5・27~29頁,証人F,証人E,控訴人,弁論の全趣旨)。
本件疾病発症時の状況等

亡Aは,5月14日の午前中から頭痛を感じ始め,昼頃から市販の痛み止め薬(バファリン)を服用したが,頭痛には効果はなかった。
亡Aは,同日午後6時10分頃業務を終了し,本件ホテルにおいて夕食及び入浴を終え,午後8時30分頃から,本件ホテルの自室で,同じく大阪府より被災地派遣における自動車運転業務に従事していたF及びEらとビールを飲むなどして歓談した(上記歓談に医師や保健師は参加していない。)。上記歓談に先立ち,亡Aは,本件ホテルに帰った後,夕食前頃,Fに「今日は午前中から頭が痛かったから,バファリンを買って昼から飲んだが効かなかった」と述べ,夕食後,Fが所持していた鎮痛剤(ロキソニン)をもらって服用した。

亡Aは,午後9時20分頃,「痛い,痛い。」と言いながら居室の畳に横になったことから,こころのケアチームで被災地派遣業務に従事し,本件ホテルに滞在していたH医師が亡Aの様子を診た。亡Aは,「今までにも頭痛はあったが今日のは特に痛い」といった内容の話をした。H医師がすぐに疑ったのは頭蓋内出血であったが,その際には発語は明瞭で見当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行も正常で,眼振や他の症状も見られなかった。同医師は血圧計を取りに自室に戻った。
しかし,その1~2分後には,亡Aは,失禁,痙攣を起こして意識障害の状態となった。
そこで,H医師は,Eに対し,救急車を呼ぶように指示し,本件ホテルに滞在していた看護師が亡Aの血圧を測定したところ,210/130㎜Hgであった。その後,亡Aの意識は回復し,見当識が保たれていることが確認されたので,H医師は亡Aに救急車で治療に向かう旨を伝えた。
H医師は,救急車到着後に緊急隊員に対して,亡Aがくも膜下出血の疑いがあり,CTの撮れる病院に搬送して欲しい旨の要請を行った後,亡Aの状況を説明できる者として,救急車に同乗した。
亡Aを乗せた救急車は,午後9時45分頃には宮古病院に到着し,同院で当直医師による診察が始まり,CT撮像などが行われ,脳外科医からH医師に対して家族に連絡を取るように要請があったため,同医師は控訴人に電話をした(甲11,20,乙5・23~26頁,証人F,同E)。亡Aの治療経過


亡Aは,宮古病院に到着した時点において,JCS200(「ジャパンコーマスケール」を指し,同200は刺激をしても覚醒しない状態であり,痛み刺激で少し手足を動かしたり顔をしかめる程度を指す。)と診断され,除脳硬直を呈し,右瞳孔散大,呼吸不全などを来しており,脳ヘルニアの進行がうかがわれた。そのため,同病院では,亡Aに対し,直ちに経口挿管,人工呼吸器を装着し,保存的治療が開始された。

5月15日,H医師から連絡を受けた控訴人を含めた亡Aの親族が宮古病院を訪れたところ,同病院のI医師は,控訴人その他の親族に対し,亡Aの脳に回復不能なダメージが生じており,積極的に治療を行える状態になく,延命のみを目的とする治療を開始せざるを得ず,現時点での血圧は低下しており,長期間の生存にはほとんど期待が持てない旨の説明を行った。


亡Aは,入院後,徐々に血圧が低下し,5月20日午後10時11分,死亡が確認された。死因は,宮古病院の診療録及び死亡診断書(B医師作成)においては,「脳出血(右前頭葉)」とされている。


亡Aが宮古病院に入院中に撮られた頭部CTによると,右前頭葉に約60mlの巨大な血腫の存在が確認された。
また,I医師作成の回答書には,出血は,右前角から両側脳室内に流入し,右側脳室,第Ⅲ脳室,第Ⅳ脳室を介し,くも膜下腔にまで流れている,第Ⅲ~第Ⅳ脳室では鋳型形成し,両側脳室下角がわずかに開大,血腫周辺は著名に圧排されている,血圧は高値,心電図は心房細動,血液検査は,軽度の肝機能障害,凝固能は正常とそれぞれ記載されている。I医師は,脳出血の一般的機序について,高血圧性脳出血が最も多く,その他同部位の脳腫瘍や血管奇形等が出血源となる場合もあるとしている。
B医師は,控訴人には,CTでくも膜下出血を伴っていたために脳動脈瘤破裂の可能性もあるが,脳と血管の検査をしていない(できない)ため不明であると説明したが,死亡診断書には直接死因として「脳出血(右前頭葉)」と記載した。なお,宮古病院の診療録には,亡Aが,意識障害の状態になる直前の同日午後9時20分頃の時点では,発語は明瞭で見当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行も正常で,眼振や他の症状も見・
19~22頁,206~207頁,乙6,控訴人)。
亡Aの健康状態等について

血圧
亡Aが受診した健康診断及び人間ドック時において測定された血圧の値は,次のとおりであった。なお,健康診断における血圧の基準値は,収縮期が130㎜Hg未満,拡張期が85㎜Hg未満とされている(甲4,乙9)。
平成22年10月5日
平成21年11月6日

138/88㎜Hg

平成20年9月10日

130/80㎜Hg

平成19年6月27日

148/102㎜Hg

平成18年11月7日

146/100㎜Hg

平成17年12月26日

124/90㎜Hg

平成16年7月9日

150/98㎜Hg

平成15年7月14日

138/92㎜Hg

114/70㎜Hg

肝機能及び飲酒習慣
亡Aが受診した健康診断及び人間ドック時において測定された肝機能に関する検査結果は,次のとおりであった。
平成22年10月5日
GOT

100,GPT

103,γ-GTP

394

平成21年11月6日
GOT

81,GPT

91,γ-GTP
389

平成20年9月10日
GOT

112,GPT

131,γ-GTP

441

平成19年6月27日
GOT

81,GPT

92,γ-GTP

308

73,γ-GTP

255

72,γ-GTP

276

90,γ-GTP

243

32,γ-GTP

98

平成18年11月7日
GOT

55,GPT

平成17年12月26日
GOT

56,GPT

平成16年7月9日
GOT

78,GPT

平成15年7月14日
GOT

31,GPT

ところで,GOTの基準値は8~37(IU/l。以下同じ。),GPTのそれは4~45,γ-GTPのそれは10~92であるところ,上記のとおり,亡A


除き,いずれも基準値を超えるものであった。また,亡Aは,平成22年10月5日の問診結果の中で,飲酒頻度について「毎日」,1日当たりの飲酒量について「3合以上」とそれぞれ回答している。

その他の検査結果
その他の主な検査結果の測定値は,次のとおりである。
平成22年10月5日

BMI

25.8

中性脂肪

178

平成21年11月6日

BMI

25.5

中性脂肪

223

平成20年9月10日

BMI

25.0

中性脂肪

194

平成19年6月27日

BMI

25.4

中性脂肪

232

平成18年11月7日

BMI

24.9

中性脂肪

198

平成17年12月26日

BMI

24.4

中性脂肪

312
平成16年7月9日

BMI

22.8

中性脂肪

193

平成15年7月14日

BMI

21.0

中性脂肪

136

BMIの基準値は25未満,中性脂肪については30~149(mg/dl)であるところ,亡Aに係るBMIについては平成19年以降,中性脂肪については平成16年以降,いずれも基準値を超えている。エ
平成22年10月5日の総合所見等
本件疾病発症から最も近い平成22年10月5日における亡Aの健康診断の総合判定は,高尿酸血症,便潜血反応陽性,耐糖能異常疑い,アルコール性肝障害・脂肪肝,腹囲径高値及び生活習慣病(肥満,高血圧,中性脂肪高値)というものであるほか,亡Aは,メタボリックシンドロームに該当する旨の診断を受けている。


亡Aに対する高血圧治療の有無等
上記のとおり,亡Aは,高血圧等を健康診断で指摘されていたものの,それらについて通院投薬などの治療を受けていたとは認められない。また,亡Aは,相当以前から,月に1,2回は頭痛を生じ,市販の痛み止め薬(バファリン等)を服用して対処していたが,上記頭痛のために通院したことはなかった(乙5・52~58頁,175~190頁,控訴人)。
本件に関連する医学的知見


脳血管疾患に関する一般的知見
脳血管疾患の分類
地公災法施行規則別表第1第8号は,公務上災害の対象となる脳血管疾患(疾病)の範囲を,血管病変等を著しく増悪させる業務に従事したため生じた「くも膜下出血,脳出血,脳血栓症,脳そく栓症,ラクナこうそく又は高血圧性脳症及びこれらに付随する疾病」と規定しており(乙1),認定基準等では,脳血管疾患は,くも膜下出血,脳出血,脳梗塞(脳血栓症,脳塞栓症,ラクナ梗塞),高血圧性脳症に分類されている(乙3)。
厚生労働省に設置された脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会の報告書(甲35)によると,上記対象疾病(脳血管疾患)について,以下のような医学的知見がある。
すなわち,上記対象疾病(脳血管疾患)をICD―10に基づく疾患名で整理すると,脳内出血(脳出血),くも膜下出血,脳梗塞,高血圧性脳症となる。このうち脳内出血は,我が国において一般的に脳出血と表現されている。
脳血管疾患は,臨床的に大きく虚血性疾患と出血性疾患に分けられる。虚血性疾患は脳梗塞のことであり,出血性疾患は脳出血とくも膜下出血に分けられる。
脳出血は脳実質内に出血が生じる病態の総称である。その大部分は高血圧が原因となる高血圧性脳出血であるが,脳動脈瘤,脳腫瘍など高血圧以外の原因による脳出血もある。
くも膜下出血は,頭蓋内血管の破綻により,血液がくも膜下腔中に出血をきたす病態である。くも膜下出血の原因としては,脳動脈瘤,脳動静脈奇形,脳出血,頭部外傷,脳腫瘍などの頭蓋内疾患,血小板減少症や凝固異常などの出血性素因があげられる。
また,上記報告書によると,脳出血の症状について「特に前触れとなる症状はなく,多くは会議中など,昼間の活動時に発病する。最初にしびれ感やめまい感が起こり,半身の脱力や動かしづらさ(片麻痺や運動失調),半身の感覚異常,言葉のしゃべりづらさ(構音障害や失語症)などの脳局所症候,頭痛,吐き気,嘔吐などの脳圧亢進症候,意識障害などが数時間の経過で起こってくる」との知見があり,くも膜下出血の症状について「くも膜下出血の原因の75%は脳動脈瘤の破裂である」,「脳動脈瘤破裂は突然のきわめて激しい頭痛(突然,頭をバットで殴られたような痛み)と吐き気,嘔吐で発病する。意識障害を伴う。患者はこの発症に先行して,頭痛を経験している場合があり,軽度のくも膜下出血が先行している可能性がある」,脳動脈瘤破裂が原因のくも膜下出血の場合に「くも膜下出血発作に前駆する頭痛が,発作の4~20日前において約4分の1の患者に認められる。……脳動脈瘤の破裂による大出血に前駆する種々の警告サインが50~70%の高頻度で現れる」との知見がある(甲35・19~20頁,40~63頁)。
脳血管疾患の危険因子(リスクファクター)
上記報告書は,①脳血管疾患の発症には血管病変が前提となり,大部分は動脈硬化が原因となる,②動脈瘤や動脈硬化は,短期間に進行するものではなく,長い年月をかけて徐々に進行し,その進行には,遺伝のほか生活習慣や環境要因の関与が大きい,③脳血管疾患の発症の危険因子として広く認められている主なものは,加齢,高血圧,糖尿病,心房細動であるとしている(甲35・41頁,112頁)。
また,脳卒中合同ガイドライン委員会作成に係る脳卒中治療ガイドライン2009では,脳卒中(脳出血及びくも膜下出血を含む。)の危険因子として,年齢,男性,高血圧,糖尿病,脂質異常,喫煙,心房細動,大量飲酒などが挙げられている。また,くも膜下出血をきたす危険因子としては脳動脈瘤や能動静脈奇形の他に喫煙習慣,高血圧保有,1週間に150グラム以上の飲酒が挙げられ,それぞれの相対的危険度は喫煙習慣が1.9,高血圧保有が2.8,上記の飲酒が4.7とされている(乙9・2頁,185頁)。
高血圧
上記ガイドラインによると,高血圧は,脳出血と脳梗塞に共通の最大の危険因子である。血圧値と脳卒中発症率との関係は,直線的な正の相関関係にあり,血圧が高いほど脳卒中の発症率は高くなる。そして,降圧目標として,通常の場合は140/90㎜Hg未満が,糖尿病等を有する場合は130/80㎜Hg未満が挙げられている。
日本高血圧学会作成に係る高血圧治療ガイドラインでは,Ⅰ度高血圧は,収縮期血圧が140~159(かつ/または)拡張期血圧が90~99,Ⅱ度高血圧は,収縮期血圧が160~179(かつ/または)拡張期血圧が100~109,Ⅲ度高血圧は,収縮期血圧が180以上(かつ/または)拡張期血圧が110以上とそれぞれ分類されている。また,血圧に基づいた脳心血管リスクについては,Ⅰ度高血圧は低リスク,Ⅱ度高血圧は中等リスク,Ⅲ度高血圧は高リスクとそれぞれされているところ,初診時の高血圧管理計画について,患者全般には生活習慣の修正を指導し,加えて,低リスク群の患者には3か月以内の指導で140/90㎜Hg以上なら降圧薬治療を,中等リスク群の患者には1か月以内の指導で140/90㎜Hg以上なら降圧薬治療を,高リスク群の患者には直ちに降圧薬治療を開始することとされている(乙9・21頁,乙10)。
大量飲酒
出血性脳出血(脳出血やくも膜下出血)の発症率と飲酒量との間には,直線的な正の相関関係があるとされている。また,大量飲酒(エタノール450g/週以上)者は,機会飲酒者と比べ,全脳卒中の発症率が68%増加し,特に出血性脳卒中の中でもくも膜下出血の発症率が著しく増加したとの研究が存在する(乙9・37頁)。
くも膜下出血の発症時には早急な降圧,鎮静,除痛が必要不可欠であり,できるだけ早期に病院に搬送する必要がある(乙8,11,18)。イ
C意見書の概要
C
Aの勤務状況に
ついて前記認定事実に沿う内容が記載されているほか,以下の内容の意見が記載されている。
亡Aの富田林保健所での勤務時間は9時から17時45分であった。第2次派遣では,初日はほぼ列車,バスなどに乗り詰めで宮古まで移動した。しかも,そのほとんどを狭い車内で長時間過ごしていることから,通常以上に身体的な影響が少なからずあったと思われる。このルートで出張した他の職員も,身体的に辛く,しんどかったと口をそろえて言っていた。また,現地での業務は連日,早朝から開始している。前日の移動の疲労が十分回復しないまま,連続しての早朝からの勤務は,相当身体的に厳しい状況だったと思われる。
公衆衛生チームの運転手は1名のみであった。亡Aは,5月14日,代わりの職員がいない中,昼過ぎから発生した頭痛を市販薬で抑え,我慢しながら業務に従事しなければならなかった。
現地の状況は大阪で運転業務を行うのとは異なる。公衆衛生チームの拠点となった山田町の保健センターは海岸沿いの被害の大きかった地域にあった。津波はその建物の数m下まで押し寄せていたため,当時,保健センターに行くまでの道路は,車がなんとかすれ違える程度であった。道のすぐ脇にはがれきが山積みとなっていたり,損壊した家屋を解体する車などが作業していた。宮古市街では一部の信号機が復旧していたものの,その他の交通標識や信号機は津波でなくなっているか,がれきの中で倒れたままになっているものが多かった。支援対象の山手に点在する避難所を巡回するためには,道路事情からどうしても被害の大きかった海岸沿いの地域を通らなければならなかった。当時も津波などによる行方不明者はかなりの人数がおり,運転にあたっては,散乱するがれきに気をつけながら,損壊した家屋などで行方不明者を捜索する人たちにも留意する必要があった。現地では大阪と異なり,慎重かつ丁寧な運転技術が求められていた。
避難所までの道中では,がれきにうずもれた家々など,非日常的で悲惨な場面にも出くわすことが多く,身体的な疲労に加え,精神的な苦痛も相当厳しいものがあったと思われる。勤務先では日頃から周囲に目配りができ,人一倍責任感が強かった亡Aには,第2次派遣の業務遂行において,精神的な重圧が重くのしかかっていたと思われる。
以上のように,亡Aは通常以上の業務に従事し,被災地の諸状況から身体的,精神的負荷が相当程度厳しかったことが出張中の発病につながったものと考えられ,業務との相当因果関係を有するものと考える(乙5・15~18頁)。

被控訴人本部専門医の意見
本件処分の際に被控訴人が参考にした被控訴人本部専門医による本件に係る意見は下記



のとおりである。なお,同意見は,亡Aの死亡に係

る公務災害認定請求において控訴人が提出した資料及び大阪府が提出した資料に基づくものであり,本件疾病の前駆症状等として亡Aが5月14日に「昼から頭が痛くなった,バファリンを買って飲んだが効かなかった」と訴えていたことや,亡Aが,意識障害の状態になる直前の同日午後9時20分頃の時点では,発語は明瞭で見当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行も正常で,
を踏まえたものである。
宮古病院において撮影された亡Aの頭部CT画像及び頭痛等の経過を踏まえて判断すると,亡Aはくも膜下出血を発症し,それに伴って前頭蓋底に出血した後,第3脳室,側脳室,第4脳室に穿破したものと考えることが妥当である。
くも膜下出血のリスク因子としては,喫煙,アルコール多飲歴,高血圧,くも膜下出血の家族歴などがあるが,本件についてみると,健康診断結果から肝臓・胆道系検査に係る項目及び血圧に係る項目で指摘がされており,また,既往歴としてアルコール性肝炎,アルコール性肝障害,高血圧症と診断されていることからすれば,これらがリスク因子となり,くも膜下出血(脳出血)に至ったと考えられる(甲2・9~11頁)。

G医師作成の意見書の概要
G医師作成の意見書(甲23,甲34の1。以下併せて「G意見書」という。)の概要は,次のとおりである。
亡Aの死因
亡Aの死因については,同人の診療録,頭部CTの所見及び担当医の診断内容などからみて「右前頭葉を中心とする脳内出血及び脳室内穿破」ということになる。また,上記頭部CT所見及び担当医の診断内容などに照らすと,脳幹出血の可能性はないものと思われる。
脳出血のリスクファクターについて
脳出血のリスクファクターについては,①高血圧,②糖尿病,③高脂血症,④ストレス,⑤タバコ,⑥肥満,⑦飲酒が挙げられ,これらは動脈硬化の指標でもある。
また,業務や職場環境のストレスについても要因となり,震災などの大災害の際,一般住民より行政職員において血圧の上昇が見られる研究結果もある。
亡Aの主たる発症原因についての考察
亡Aと同様に被災地に派遣された大阪府職員は,いずれも現地における業務上の精神的重圧,ストレスについて語り,身体的にもギリギリの状態で勤務していたと訴えており,日中と夜間の区別や勤務中と勤務外の区別もなく,1日24時間緊張を強いられたことが窺える。上記の職員全員が「Aさんが亡くなったことと被災地での業務がもたらすストレスとは無関係とは思えません。」というのが,真実であり,同意見である。
祖父が脳梗塞という家族歴については,祖父の時代と亡Aの時代とでは,時代背景や生活様式,食生活が異なっており,直接それが遺伝的因子とみるのは困難である。
亡Aの血圧については,収縮期114~150㎜Hg,拡張期70~102㎜Hgであり,この程度の血圧の場合は,「正常~軽度高血圧」として生活・食事・運動療法を勧め,薬物療法を勧めることのない血圧であり,脳出血を引き起こすほどの状態であったとは考えにくい。亡Aの飲酒歴があったのは確かなようであり,特にγ-GTPの上昇は著しく,γ-GTP上昇により脳出血を引き起こす頻度も高くなるが,臨床的にγ-GTPが300~400台であっても,その多くに脳出血が生じるわけでなく,あくまで一因子と捉えるべきである。
肥満の基準について,亡Aの測定値はBMIの基準値(25)をやや上回る程度(25.8)であり,ほぼ標準と見なしてよい。
亡Aの頭痛を訴えたことと本件被災地派遣中における業務との因果関係について
頭痛は,頭蓋内疾患の前兆として捉えられることがあるところ,被災地においては我慢に我慢を重ね,ぎりぎりのところまで病院を受診しなかったというのが実態であり,それは亡Aと同様に被災地に派遣された者の陳述からしても明らかである。これが,亡Aが住む大阪であれば,頭痛が始まった午前中,ないしは午後の早い段階で最寄りの病院を訪れたであろうことが推測される。出張中などで治療が遅れるのは近場になじみの医療機関がないためであり,被災地であればなおさらであり,本件被災地派遣中であったことは脳出血を悪化させ,死に至らしめたことの最大の原因である(甲23,甲34の1)。

被災地における公務員の受けるストレスに関する知見
大阪府総務部人事局は,平成28年4月19日,同年に発生した熊本地方を震源とする地震に係る被災地派遣職員の健康管理について,当該派遣職員の所属長向けの注意事項をとりまとめた(甲27の1・2)。上記注意事項には,被災地から戻った職員に対する業務に関する配慮に関し,「一見元気に見えても,無理をしていてトラウマティックストレスの状態を持続していることも予想されるので,帰阪後は,本人と相談しながら業務量に配慮するなど,徐々に通常業務に戻していく。」との項目が含まれているところ,ここでいうトラウマティックストレスについては,以下の知見が採用されている。
a
強烈で通常の日常生活では体験し得ない凄まじい体験によって,引き起こされた重いこころの傷をトラウマ(心的外傷)と呼び,これら心的外傷を負うような精神的衝撃を引き起こす出来事を「トラウマティックストレス」という。

b
トラウマティックストレスを引き起こす主な事象は,「直接ではないが,ご遺体に係わらなければならないとき,被災した現場を目の当たりにしたとき,被災者の方々への共感や被災したにも係わらず精一杯頑張っておられる方々に接したとき,余震などで常時不安感を感じるとき」等である。
日本循環器学会,日本高血圧学会,日本心臓病学会合同ガイドライ
ンである2014年版災害時循環器疾患の予防・管理に関するガイドラインでは,①災害による環境の変化,ストレス,睡眠障害により交感神経が活性化され,末梢血管の収縮や心拍出量の増大を生じ,直接的に血圧の上昇に寄与する,②東日本大震災前後で血圧を比較した報告によると,対象患者が(より被害が大きかった沿岸部ではなく)内陸に居住しており,内服などに変更がない場合でも収縮期血圧は平均で約12mmHg,脈拍は約5回/分増加している,③混沌とした現場で救護・支援にあたる者は,その社会的責務から逃れられずストレス曝露が遷延しがちであり,実際に支援者・救護者に心の問題が生じる率は一般被災者よりも高い,④宮城県亘理町で一般住民と行政職員の震災後4~8か月の収縮期血圧反応を被災前年と比較した調査では,一般住民は2mmHg低下したのに対し,行政職員では11mmHg上昇していたところ,両者間でうつ,疲労度,自宅の損壊度などに差異はなく,血圧反応の差は復興関連の過重労働の有無によるものと推測される等の知見が紹介されている(甲36・8頁,89頁)。
2
判断
公務起因性の判断基準

地公災制度は,公務に内在又は随伴する危険が現実化して職員に疾病等の結果をもたらした場合には,使用者等に過失がなくとも職員の損失の補填の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであるから,地公災法にいう「公務上の災害」とは,職員が公務に起因して負傷又は疾病を発症した場合をいい,公務と疾病等との間に条件関係が存在することのみならず,社会通念上,その疾病等が公務に内在又は随伴する危険が現実化したと認められる関係,すなわち,相当因果関係があることを要すると解するのが相当である(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189頁参照)。


そして,本件のような脳血管疾患にあっては,その発症の基礎となる動脈硬化等による血管病変等が加齢や一般生活等における種々の要因によって長い年月の間に徐々に進行し,増悪して発症に至るのがほとんどであり,公務に特有の疾病とはいえず,発症から直ちにその原因が公務であることを推認できるというわけではない。そうすると,当該職員と同程度の年齢・経験等を有し,基礎疾患を有していても通常の職務を支障なく遂行することができる程度の健康状態にある者を基準として,公務による負荷が,医学的経験則に照らし,客観的に,脳血管疾患の発症の基礎となる病変を,自然的経過を超えて著しく増悪させ得るものと認められる場合に,当該疾患の発症は業務に内在する危険が現実化したものと評価して,公務起因性を認めるのが相当である。

なお,被控訴人は,公務起因性の判断に当たっては,認定基準等に基づいて判断すべきである旨主張する。確かに,認定基準等は,専門家による検討結果を踏まえたものであり,一定の合理性を有するものとは認められるものの,飽くまでも迅速かつ画一的に公務上外に係る処分をするために下部行政機関に対して運用の基準を示した通達等であって,もとより裁判所を法的に拘束するものとはいえない。したがって,公務起因性の判断に当たっては,もっぱら認定基準等によるのではなく,上記イで判示した観点から判断するのが相当である。
本件における公務起因性の有無


本件疾病の疾患名及びその発症時期
本件処分(前提事実

イ)は,地方公務員災害補償基金(被控訴人)

本部専門医による医学的知見に基づき,亡Aの死因をくも膜下出血であると認定しており審査請求に対する裁決(同ウ)及び再審査請求に対する裁決(同エ)も同様であると解されるところ(甲1~3),前提事実のとおり,宮古病院の死亡診断書等においては,亡Aの死因は「脳出血(右前頭葉)」とされている。
控訴人の主張は,亡Aの死因となった本件疾病がくも膜下出血ではなく脳出血である(ただし,被控訴人主張の脳幹出血ではない。)というものと解される。
しかし,上記認定事実

ウのとおり,被控訴人本部専門医は,宮古

病院において撮影された亡Aの頭部CT画像に加え,5月14日の昼頃には発生していた亡Aの頭痛等の経緯も踏まえ,亡Aはくも膜下出血を発症したものと判断している。そして,①くも膜下出血の場合は,発症Aも同
日午後9時20分頃にH医師の診察を受けるに先立ち,同日の昼頃から
駆症状と整合すること,②脳出血の場合は,最初はしびれ感やめまい感が起こり,次いで半身の脱力や動かしづらさ,半身の感覚異常,言葉のしゃべりづらさ等の脳局所症候を経た上で,頭痛等の脳圧亢進症候,さAは,意識障
害の状態となる直前の同日午後9時20分頃においても発語は明瞭で見当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行は正常で,眼振や他の症状も見らイ),脳出血の症状の特徴と整合しないこと等
を考慮すると,亡Aがくも膜下出血を発症したとする被控訴人本部専門医の上記判断は,脳血管疾患に係る一般的な医学的知見とも整合するものであるということができ,他に上記判断の妥当性を疑わせるような事情も認められない。したがって,本件疾患は,被控訴人本部専門医が判断するとおりくも膜下出血であり,同日昼頃までに亡Aにあらわれた頭痛は,これに前駆する症状であったと解するのが相当である。
控訴人は,亡Aの死亡診断書に記載された直接死因が「脳出血(右前頭葉)」であることやG意見書を根拠に,本件疾病は脳出血(脳内出血)であると主張する。しかし,死亡診断書を作成したB医師は亡Aの死因はくも膜下出血(脳動脈瘤破裂)の可能性もあると認識していたのであるし(同

エ),G意見書は,亡Aが意識障害の状態になる直前で

も発語は明瞭で見当識は保たれ,四肢の麻痺はなく歩行は正常で,眼振や他の症状も見られない状態にあったことを全く考慮していない。これらのことに照らすと,控訴人の上記主張を採用することはできない。イ
亡Aの素因(リスクファクター)について
上記アのとおり,本件疾病はくも膜下出血であると認められるところ,上記認定事実

ア,同


によると,亡Aには,くも膜下出血の

リスクファクターとなる高血圧の傾向が認められる。もっとも,上記認Aの直近の健康診断における血圧の値は138
/92㎜Hgであり,収縮期血圧は降圧目標である140mmHgを下回っているし,拡張期血圧も降圧目標を2mmHg上回るにとどまり,Ⅰ度高血圧として,低リスク(初診時に生活習慣の修正を指導し,3か月以内の指導で140/90mmHg以上なら降圧薬治療を行う。)の評価がされるにとどまる。
Aについて,肝機能障害
を示すγ-GTPは,直近の健康診断における測定値で394と基準値(10~92)を大きく超えたものであった。これに加え,亡Aが上記健康診断の問診の際に飲酒の機会について「毎日」,飲酒量も「3合以上」と回答していることや上記健康診断においてアルコール性肝障害・脂肪肝と診断されていることからすると,亡Aの飲酒歴はある程度長期間継続していたものと認められる。これらの点に照らすと,上記γ-GTPの数値傾向は,相当以前から継続していたものと推認できるから,亡Aには,くも膜下出血のリスクファクターとなる飲酒歴が認められることになる。
以上のとおり,亡Aには,高血圧及び飲酒歴というくも膜下出血発症に係る複数の危険因子が本件疾病発症時点である平成23年頃まで存在していたと認められる。しかし,上記危険因子の存在は,飽くまで,亡Aが高血圧や飲酒歴のない者に比してくも膜下出血発症のリスクが相対的に高い状態にあったことを示すにとどまり,上記危険因子の存在から直ちに亡Aの基礎疾患がその自然的経過によって,第2次派遣当時,くも膜下出血を発症する寸前にまで進行していたと見ることは困難である。他に亡Aの疾患が当時その自然的経過によってくも膜下出血を発症する寸前にまで進行していたと認めるに足りる証拠はない。

本件被災地派遣における負荷について
亡Aは,富田林保健所に2名配置されている自動車運転手の一人として,所長以下の職員の出張の公用車の運転業務を担当していたところ,本件被災地派遣における業務は,保健師,管理栄養士等により構成される公衆衛生チームが岩手県宮古保健所管内にある避難所等を巡回する際の自動車運転業務であり,富田林保健所での業務と基本的に同種の業務ということができる。
しかし,本件被災地派遣における亡Aの運転業務の具体的内容をみる
2次派遣ともに,市街地の多くが壊滅してがれきの山が随所にあるという状況下で,幹線道路ではがれきが道路脇等に除去されていたとはいえ道路の表面は通常の舗装がされた状態ではなく屑が散乱して凹凸のある状態にあり,それ以外の道路(公衆衛生チームが家庭訪問時に通行する)ではがれきも除去されておらず,信号機や目印となる建物の多くが失われ,カーナビも信用することができず,がれきの山のために見通しの悪いところも多い上,障害物を踏んで自動車のタイヤがパンクする等の事態が生じる危険性が高いのに,そのような場合でも救援を求めるのが容易ではなく,さらに日没後は街灯等による照明が一切ない中で,走り慣れていない道路を走行することを余儀なくされるという環境にあったのである。以上によれば,亡Aは,本件被災地派遣において自動車運転業務に従事するにあたり,富田林保健所における自動車運転業務とは比較にならないほどの強い精神的緊張を強いられる状況にあったことが容易に推認できる。これに加えて,移動先の山田町には強い異臭のある場所もあり,道路の周辺では自衛隊員が行方不明者の捜索活動が続けられており,自動車運転業務に従事していた亡Aがこれを目撃したことがほぼ確実に推認できるし,当時もなお頻発する余震及びこれに伴う大津波が発生する可能性があることが全国的に報道されていたから,亡Aを含む派遣職員において,自らがかかる現実的な危険にさらされていることを認識していたというべきである。そうすると,本件被災地派遣の間,結果として業務の中断を余儀なくされるような余震等がなかったとはいえ,亡Aを含む派遣職員が上記のような現実的な危険にさらされていたのである。そして,仮に余震及びそれに伴う大津波が発生しても,派遣職員の職責上,被災者を置き去りにして自らが避難することには少なからぬ抵抗感があったことも優に推認できる。このような状況下においては,亡Aを含む派遣職員が,自らに降りかかる現実の危険を認識しながら職務遂行に当たらざるを得ず,さらに強い精神的緊張を強いられたことも推測するに難くない。また,亡Aは,もっぱら自動車運転業務に従事していたとはいえ,想像を絶する被災地の惨状を目の当たりにしているほか,亡Aを含む運転業務従事者は車内等で待機する際に被災者から話しかけられることもあった(亡Aらは,いずれも大阪府のネームの入った作業服を着て業務に従事していた。)というのであり(前記認
から直接に聞くということもあったであろうことを考慮すると,このことも,亡Aらにとって相当な精神的負担になっていたものと推認できる。
さらに,亡Aを含む公衆衛生チームの宿泊先である本件ホテルの状況は,本件被災地派遣当時,通常営業はしておらず,同チームが本件ホテルに到着した時も,ロビーには多数の避難者がいて,避難者に対する配慮が必要な状況にあったほか,入浴はシャワーのみであり,食事の提供時間帯も通常営業時よりも短く制限され,提供時間に遅れると食事は提供されず,夕食としておにぎりだけが提供されることもあったなど,被災者への配慮に加えて,その宿泊環境も過酷なものであったことがうかがえ,このことも亡Aらを身体的・肉体的疲労に陥れたといえる(前記
もっとも,亡Aは,第1次派遣後,第2次派遣前の同年4月29日から同年5月5日まで及び同月7日,8日と連続して休息をとることがで
新大阪駅から宮古市における宿泊先である本件ホテルまでの移動日であって,亡Aは運転業務に従事していないこと,同月13日は午前7時30分から午後7時10分まで稼働し,時間外勤務時間は合計2時間55分であったものの,運転業務の時間は合計約3時間15分にとどまったこと,発症当日の同月14日は午前7時45分から午後6時10分頃まで稼働し,同日は週休(土曜日)であったため,全部が時間外勤務時間として合計9時間25分になったものの,運転業務の時間は合計約2時間50分にとどまったほか,上記2日間の運転業務中に特段の事件やトラブルに遭遇することもなく,運転業務に従事した以外の勤務時間は主
とおりである(本件被災地派遣の全期間が勤務時間という控訴人の主張は採用できない。)。被控訴人は,これらのことを挙げ,亡Aは異常な出来事・突発的事態に遭遇したとはいえず,通常の日常の業務に比較して特に過重な職務に従事したとはいえない旨主張する。
しかし,業務の過重性の有無は,業務に従事した時間等のみを見てこれを評価するのは相当でなく,当該業務に伴う精神的緊張の著しさや,派遣に係る交通手段,移動時間及び移動時間中の状況,派遣先における宿泊施設の状況,派遣中における睡眠を含む休憩・休息の状況等を踏まえて総合的に判断するのが相当である(このことは,医学的知見に基づく労災保険の脳・心臓疾患の認定基準において,短期間の過重業務の有無の判断に際し,労働時間のみならず,「悲惨な事故や災害の体験(目撃)をした」等の発症に近接した時期における精神的緊張を伴う業務に関連する出来事,出張中の業務内容,出張の交通手段,移動時間及び移動時間中の状況,宿泊の有無,宿泊施設の状況等の種々の負荷要因について十分検討するとされていること(公知の事実)にも沿うものである。)。亡Aの本件被災地派遣における自動車運転業務の内容が富田林保健所における自動車運転業務とは比較にならないほどの強い精神的緊張を強いられる状況にあり,宿泊環境も過酷なものであったことがうかAは,第2次
派遣に先立ち上記のとおり休息をとり得る機会があったとしても,5月9日から通常業務に従事していたものであり,第2次派遣の派遣期間が終了する予定の5月16日まで週休日を含む連続8日にわたる勤務が予定されていたことからすると,本件被災地派遣における業務が,上記休暇をとり得たことをもって軽度のものであったとはいい難い。また,第2次派遣初日の5月12日は被災地への移動日であり,運転業務には従事していないものの,航空便を利用した第1次派遣とは異なり,新幹線,バス,タクシーを乗り継ぎ,自宅から新大阪駅までの移動時間を除いても9時間近くに及ぶ長時間(控訴人の主張によれば,自宅から宿泊先で就寝するまで13時間超)の移動を余儀なくされた上,午後6時過ぎに本件ホテルに到着し,食事をとった後も午後8時から午後9時までの間引継ぎを行ったものであり,翌13日は午前7時30分から午後7時10分までの11時間40分にわたり業務に従事したのである。そして,亡A
精神的緊張を強いるものであり,被災地の惨状を目の当たりにすること等による精神的負担を考えると,同日の時間外労働が合計2時間55分にとどまり,運転業務自体の時間も合計約3時間15分にとどまったとの外形的事実のみをもって,同業務が亡Aにとって過重なものであったことを否定することはできない。さらに,亡Aは,同日の勤務終了後も,多数の避難者もいる本件ホテルにおいては休息する間も精神的緊張から十分には解放されていなかったと推察されるところ,同日夜間に同室者のいびき等もあいまって睡眠不足に陥り,夜が明けた5月14日には朝から妻である控訴人に電話で睡眠不足等を訴えたほどであるところ,同日は土曜日で本来は週休日であったものの,現地に代替運転手が存在しないことから業務を休めるような状況ではなく,午前7時45分から午後6時10分まで休憩時間を除き9時間25分(運転業務自体に従事した時間は約2時間50分)の業務に従事した。このような状況の下においては,運転業務自体に従事した時間こそ比較的短かったとはいえ,そのことをもって,亡Aにとって上記業務が軽度のものであったということはできない。
以上より,被控訴人の上記主張は採用できない。
ところで,上記認定事実

オのとおり,平成28年に発生した熊本

地方を震源とする地震に係る被災地派遣職員の健康管理について,大阪府総務部人事局が同年4月19日にとりまとめた当該派遣職員の所属長向けの注意事項には,被災地から戻った職員に対する業務に関する配慮に関し,トラウマティックストレスが挙げられ,これを引き起こす主な事象は,「直接ではないが,ご遺体にかかわらなければならないとき,被災した現場を目の当たりにしたとき,被災者の方々への共感や被災したにもかかわらず精一杯頑張っておられる方々に接したとき,余震などで常時不安感を感じるとき」等であるとの知見が示されている。
これを本件にあてはめれば,第2次派遣における亡Aの業務は,遺体にかかわる業務ではないものの,多数の死者・行方不明者が発生し,多数の被災者が避難生活を余儀なくされるなど,広範な地域において甚大な被害が発生し,市街地も多くが壊滅してがれきの山が随所にあり,幹線道路以外の道路上のがれきの撤去も完了しておらず,自衛隊等による遺体の捜索活動等も行われ,自動車の運転も平時より相当に気を遣う必要がある状態にあるという,被災地支援の最前線というべき環境における自動車運転業務であったから,亡Aが被災地の悲惨な現場を目の当たりにしたことは疑いのないところと考えられる。また,亡Aは,車内等で待機していた際を含めて被災者との接触が避けられなかったと思われるほか,宿泊先の本件ホテルにおいても被災者への配慮が必要な状態にあったし,震災報道の影響もあり,ほぼ連日発生する余震のため,余震及びこれに伴う津波の再来への恐怖を常時感じる環境で高度の緊張感を伴う業務に従事していた。以上によれば,亡Aは,上記注意事項にいうトラウマティックストレスに遭遇したと優に推認することができ,この推認を覆すに足りる証拠はない。そして,亡Aは,くも膜下出血のリスクファクターである高血圧の傾向があるところ,被災地の混沌とした現場で救護・支援にあたる者(行政職員)がその社会的責務から逃れられずストレス曝露が遷延しがちであり,一般住民と行政職員の震災後4~8か月の収縮期血圧反応の調査結果では,上記行政職員の血圧上昇が顕著であり,一般住民との比較における血圧反応の差は復興関連の過重労働によるものと推測されるとの知見も存するところであり(前記認定事
あった(ただし,亡Aの上記基礎疾患がその自然的経過によってくも膜下出血を発症する寸前まで進行していたと認めることができないことAが遭遇したトラウマテ
ィックストレスが同人に顕著な血圧上昇をもたらし,本件疾病(くも膜下出血)に至ったことを裏付けるものといい得る。
以上に加え,前記認定に係る本件ホテルの状況や,その状況下で発症前日には同室者のいびきのため十分な睡眠がとれず,疲労が取り切れなかったことがうかがえるなどの事情も考慮すると,第2次派遣における亡Aの業務は,本件疾病(くも膜下出血)の発症要因となり得る程度の高度の負荷であったというべきである。これを否定すべき事情があることを認めるに足りる証拠はない。
なお,第2次派遣における亡Aの業務をこのように評価することは,第2次派遣の業務内容についての大阪府の調査結果を踏まえたC意見書にも沿うものであり,同意見書によっても合理的に裏付けられているというべきである。
以上のとおり,第2次派遣に際し,亡Aの基礎疾患がその自然的経過によってくも膜下出血を発症する寸前にまで進行していたとみることは困難である一方,第2次派遣における亡Aの業務は,それ自体,くも膜下出血の発症原因となり得る程度の高度の負荷であったと認められる。そして,上記業務以外に,亡Aにくも膜下出血の発症因子があったことはうかがわれない。そうすると,本件疾病の発症において,亡Aの上記業務は,上記基礎疾患の自然的経過による増悪を超えて著しく増悪させ,これにより本件疾病を発症したものと認めるのが相当である。その意味で,本件疾病の発症は,上記業務に内在する危険が現実化したものと評価することができるから,亡Aの死亡は,地公災法にいう公務上の死亡に当たるというべきである。

早期の治療可能性(治療機会の喪失)について
上記アのとおり,本件疾病はくも膜下出血であり,5月14日昼頃までに亡Aにあらわれた頭痛(以下「本件頭痛」という。)は,これにAは,同
日の昼頃までは,本件頭痛に対し,それまで月に1~2回程度あった頭痛に対するのと同様に市販の痛み止め薬(バファリン)を服用することで対処しようと考えていたが,本件頭痛は従前の頭痛とは異なり,昼過ぎになっても上記痛み止め薬が効かない状態にあったことが認められる。そして,同日,亡Aが「今までにも頭痛はあったが今日のは特に痛Aとしては,事情さ
え許せば速やかに医師の診察を受けたいと考えたものの,運転業務を交代する要員がいなかったため,そのまま勤務を継続せざるを得なかったものと合理的に推認され,同推認を覆すに足りる証拠はない。そして,くも膜下出血の発症時には早急な降圧,鎮静,除痛が必要不可欠であ
Aが現地の医療機関を受
診することは容易でなかったと推認されるから,第2次派遣における亡Aの業務は,亡Aの早期の治療機会を喪失させるものになったというべきである。このことは,正に本件被災地派遣における業務に内在した危険が現実化したものと評価することができる。
被控訴人は,亡Aは大阪府から派遣されていた医師や保健師に頭痛を訴えることが可能であったと主張する。しかし,①5月14日の昼過ぎの時点で,大阪府から派遣され,宮古市付近で活動していた医師はH医師のみであったと見られるところ,H医師は,日中は亡Aとは別のチームで行動していたこと,②亡Aと同じチームで活動していた保健師らは,亡Aの手待ち時間(車内等で待機する時間)には被災者のケアに従事しており,それ以外の時間には亡Aは運転業務に集中する必要があったこと,③上記保健師らの中には,亡Aと同じ職場(富田林保健所)の職員がいなかったこと,④上記保健師らは,同日の本件ホテル到着後は亡Aとは別行動をとっていたこと,⑤同日の夜には,医師,保健師らによる引継ぎが行われることが予定されており,亡Aが上記医師や保健師らに相談を持ちかけることが容易であったとはいえないこと,⑥そもそも,大阪府から派遣された医師等は,被災者の支援のために被災地に派遣されているのであり,医師等において,本来の業務だけでも過重な負荷を受けている状況下では,同じく被災地支援のための運転業務に従事している亡Aが,同じ大阪府からの派遣職員だからといって気軽に上記医師らに自らの診察等を依頼できる雰囲気にあったとは考えにくいこと等に照らすと,被控訴人の上記主張を採用することはできない。
したがって,第2次派遣における亡Aの業務(突然見舞われた激しい頭痛に耐えて予定の勤務を継続し完了したこと)が亡Aの早期の治療機会を喪失させたという点においても,同業務と本件疾病との間の相当因果関係の存在を肯定することができ,亡Aの死亡は,地公災法にいう公務上の死亡に当たるというべきである。
第6

結論
以上によると,本件処分の取消しを求める控訴人の請求は理由があるからこれを認容すべきであり,これと異なる原判決は相当でないからこれを取り消し,控訴人の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。大阪高等裁判所第14民事部
裁判長裁判官

田中俊次
裁判官

竹内浩史
裁判官

大畑道

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