判例検索β > 平成27年(行コ)第41号
原爆症認定申請却下処分取消等請求控訴事件
事件番号平成27(行コ)41
事件名原爆症認定申請却下処分取消等請求控訴事件
裁判年月日平成30年1月16日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名大阪地方裁判所
原審事件番号平成23(行ウ)29
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主1文
控訴人A,控訴人B2,控訴人B3,控訴人B4,控訴人E2,控訴人E3及び控訴人E4の本件各控訴をいずれも棄却する

2
控訴人兼被控訴人国の本件控訴をいずれも棄却する。

3
控訴人A,控訴人B2,控訴人B3,控訴人B4,控訴人E2,控訴人E3及び控訴人E4の控訴費用は同控訴人らの,控訴人兼被控訴人国の控訴費用は同控訴人兼被控訴人の各負担とする。
事実及び理由

第1
1
当事者の求めた裁判
控訴人Aの控訴の趣旨
原判決主文第5項のうち,厚生労働大臣が平成22年8月26日付けで控訴人Aに対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の規定による認定の申請を却下する処分の取消しの請求に係る部分を取り消す。
上記却下処分を取り消す。

2
控訴人B2,控訴人B3及び控訴人B4の控訴の趣旨
原判決主文第5項のうち,厚生労働大臣が平成22年9月29日付けで承継前第2事件原告亡B1に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の規定による認定の申請を却下する処分の取消しの請求に係る部分を取り消す。
上記却下処分を取り消す。

3
控訴人E2,控訴人E3及び控訴人E4の控訴の趣旨
原判決中主文第5項のうち,厚生労働大臣が平成22年10月25日付けで承継前控訴人亡E1に対してした原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律11条1項の規定による認定の申請を却下する処分の取消しの請求に係る部分を取り消す。
上記却下処分を取り消す。
4
控訴人兼被控訴人国の控訴の趣旨
原判決中主文第1項,第3項及び第4項を取り消す。
被控訴人Cの原判決主文第1項に係る請求を棄却する。
被控訴人Dの原判決主文第3項に係る請求を棄却する。
被控訴人Fの原判決主文第4項に係る請求を棄却する。

第2

事案の概要

1
事案の要旨
本件は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。
)1条の被爆者である控訴人A(以下「控訴人A」という。,承継前)
第2事件原告B1(以下「B1」という。,被控訴人C(以下「被控訴人C」)
という。,被控訴人D(以下「被控訴人D」という。,承継前控訴人E1(以)

下「E1」という。
)及び被控訴人F(以下「被控訴人F」という。
)が,そ
れぞれ被爆者援護法11条1項の規定による認定以下原爆症認定」(

という。

の申請(以下,併せて「本件各申請」という。
)をしたところ,厚生労働大臣
から本件各申請を却下する旨の処分以下,

併せて本件各却下処分」

という。

を受けたことから,控訴人兼被控訴人国(以下「第1審被告」という。)に対
し,本件各却下処分が違法であると主張してその取消しを求める事案である。原審は,被控訴人C及び被控訴人Fの各申請疾病の放射線起因性は認められるなどと判断して同被控訴人らの各請求をいずれも認容し,被控訴人Dの申請疾病のうち,甲状腺機能低下症の放射線起因性は認められるなどと判断して同被控訴人の請求のうち同疾病に係る部分を認容した(ただし,申請疾病のうち両白内障に係る部分は要医療性が認められないと判断して棄却した。)のに対
し,控訴人A及びE1の各申請疾病の放射線起因性は認められないと判断し,B1については申請疾病の要医療性が認められないと判断して,控訴人A,B1及びE1の各請求をいずれも棄却した。
控訴人A,B1及びE1は,これを不服として控訴し,第1審被告は,被控訴人C,
被控訴人D及び被控訴人Fに係る請求認容部分を不服として控訴した。B1は平成26年5月18日に死亡し,控訴人B2,控訴人B3及び控訴人B4(以下,併せて「控訴人Bら」という。が同人を承継した。このように,)
B1は,原判決の口頭弁論終結前に既に死亡していたものであるが,B1の訴訟代理人が控訴を提起し,控訴人Bらが当審において訴訟承継の手続をしたことについて,第1審被告から異議の申立て等はされていない。
E1は平成28年11月27日に死亡し,控訴人E2,控訴人E3及び控訴人E4(以下,併せて「控訴人Eら」という。
)が同人を承継した。
なお,控訴人A,B1,被控訴人C,被控訴人D,E1及び被控訴人Fは,原審において,上記各処分の取消しを求めるとともに,国家賠償法1条1項の規定により,慰謝料各200万円及び弁護士費用各100万円並びにこれらに対する不法行為後である訴状送達の日の各翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求めたが,原審は,これらの慰謝料等の請求をいずれも棄却し,被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人Fはいずれもこれに対して控訴せず,控訴人A,B1及びE1は,控訴に当たり,同棄却部分の請求認容を求めず,
同部分について控訴の対象としなかった。
したがって,
国家賠償法1条1項の規定による慰謝料等請求部分は当審において審判の対象とならない。
また,被控訴人Dの申請疾病のうち両白内障に係る却下処分の取消請求部分については,原審がこれを棄却したところ,被控訴人Dはこれに対して控訴しなかったため,同部分は当審において審判の対象とならない。
原審においては,第4事件原告Gが同旨の処分取消請求及び慰謝料等の請求をし,原審は,処分取消請求を認容し,慰謝料等の請求を棄却したが,同原告及び第1審被告はいずれも控訴せず,同人に関する部分(原審第4事件)は確定した。
以下の原判決引用部分(原判決22頁10行目,24頁11行目,73頁21行目,246頁15行目,326頁12行目,328頁16行目,同頁17行目,同頁19行目,329頁4行目,同頁12行目,同頁19行目,同頁22行目,330頁2行目,同頁6行目,同頁13行目,332頁26行目,333頁17行目,334頁17行目,同頁24行目,335頁8行目,同頁9行目,同頁11行目,同頁13行目,同頁21行目,336頁4行目,同頁8行目,337頁11行目,同頁19行目,338頁15行目,同頁19行目,同頁26行目,339頁15行目を除く。
)において,
「原告B1」とあるの
を「B1」と読み替える。また,原判決325頁18行目,329頁4行目,334頁25行目,335頁22行目,同頁24行目,同頁25行目,336頁5行目,同頁6行目,338頁19行目の「同原告」をいずれも「B1」と読み替え,334頁4行目の「同原告の被曝線量」を「B1の被曝線量」と読み替える。上記括弧内の部分において「原告B1」とあるのを「控訴人Bら」と読み替える。また,原判決333頁15行目,334頁21行目,336頁9行目の「同原告」を「控訴人Bら」と読み替え,334頁4行目の「同原告の主張」を「控訴人Bらの主張」と読み替える。
以下の原判決引用部分(原判決33頁13行目,34頁24行目,97頁20行目,98頁6行目,99頁9行目,同頁25行目,411頁9行目,同頁18行目,同頁19行目,同頁22行目,同頁23行目,412頁5行目,同頁6行目,413頁5行目,414頁1行目,同頁10行目,同頁15行目,同頁20行目,415頁4行目,同頁17行目,416頁12行目,同頁15行目,同頁17行目,418頁3行目,同頁21行目,同頁24行目,419頁5行目,同頁14行目,420頁8行目,421頁4行目,同頁21行目,422頁5行目から6行目にかけて,同頁15行目,423頁12行目,同頁23行目,同頁24行目,424頁5行目,同頁7行目,同頁15行目,425頁1行目,同頁3行目,同頁17行目,427頁10行目,同頁12行目,同頁18行目,428頁1行目,同頁17行目の「原告E1は」とある部分,同頁26行目,429頁7行目,同頁12行目,同頁14行目,同頁23行目,430頁5行目,同頁16行目,同頁24行目,431頁5行目から6行目にかけて,同頁10行目,同頁12行目,432頁4行目,同頁13行目,433頁13行目,434頁11行目,同頁23行目,437頁18行目を除く。)
において,
「原告E1」とあるのを「E1」と読み替える。また,原判決412頁6行目,同頁9行目,同頁13行目,413頁13行目,421頁26行目,423頁5行目,同頁12行目,同頁17行目,同頁24行目,425頁3行目,同頁17行目,429頁21行目,437頁15行目,同頁16行目,同頁22行目の「同原告」を「E1」に読み替える。上記括弧内の部分において「原告E1」とあるのを「控訴人Eら」に読み替える。また,原判決412頁7行目,同頁10行目,414頁18行目,417頁25行目,423頁4行目,同頁8行目,436頁26行目の「同原告」及び427頁16行目の「原告」を「控訴人Eら」に読み替える。
2
関係法令の定め
関係法令の定めは,原判決の「事実及び理由」の「第2章

「第1

事案の概要」の

関係法令の定め」
の1ないし5原判決4頁5行目~10頁11行目)


に記載のとおりであるから,これを引用する。
3
前提となる事実
前提となる事実(当事者間に争いのない事実,証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)は,次のとおり補正するほか,原判決の「事実及び理由」の「第2章

ないし

及び

事案の概要」の「第2
ないし

前提となる事実」の1ないし3,4

並びに5(原判決10頁15行目~16頁12行

目,同頁24行目~19頁20行目)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決15頁12行目から13行目にかけて,同頁25行目から26行目にかけて,16頁12行目,17頁7行目から8行目にかけて,同頁21行目,18頁9行目から10行目にかけての「顕著な事実」をいずれも「記録上明らかな事実」に改める。
原判決15頁26行目末尾に改行して次のとおり加える。
「カ

B1は,平成26年5月18日に死亡し,控訴人Bらは,同人の相続人であり,同人を承継した(記録上明らかな事実)」

原判決16頁24行目の「

に,同頁22行目の「

」を「

」を「

」に,17頁9行目の「

」を「



」にいずれも改める。

原判決17頁21行目末尾に改行して次のとおり加える。
「カ

E1は,平成28年11月27日に死亡し,控訴人Eらは,同人の相続人であり,同人を承継した(記録上明らかな事実)」


4
争点及びこれに関する当事者の主張
争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり補正し,後記5ないし13のとおり当審における当事者の補充主張を付加するほかは,原判決の「第2章
事案の概要」の「第3

争点及び当事者の主張」
(原判決19頁22行目

~37頁26行目。原判決別紙2(117頁~243頁)及び別紙3(244頁~455頁)を含む。
)に記載のとおりであるから,これを引用する。
原判決19頁23行目から24行目にかけての「及び

本件各却下処分に

ついての国家賠償責任」を削る。
原判決27頁17頁冒頭から29頁18行目末尾までを削り,同頁19行目の「5」を「4」に,33頁12行目の「6」を「5」に,35頁18行目の「7」を「6」にそれぞれ改める。
原判決30頁18行目冒頭から同頁22行目末尾までを次のとおり改める。


被控訴人Dは,初期放射線に被曝したのみならず,相当量の残留放射線を浴び,又は飲食や呼吸等を通じて放射線物質を体内に取り込むなどして,相当量の放射線に外部,内部被曝していることは明らかである。そして,甲状腺機能低下症が放射線起因性の認められる疾病であることは疫学調査の結果から明らかである。
Hによる「C氏・D氏・F氏における甲状腺機能低下症の発症原因について」
(乙A641。以下「H意見書」という。
)は,被控訴人Dの甲状腺自
己抗体の測定結果が陰性であったにもかかわらず,同人の甲状腺機能低下症を慢性甲状腺炎(橋本病)によるものと断定したが,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であることのみをもって,このように結論づけているのであって,同結論は,医学的根拠を欠くものである。
なお,
被控訴人Dの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであるとしても,自己免疫性甲状腺機能低下症の発症と原爆放射線への被曝との間には低線量域を含めて有意な関係が認められる。
したがって,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は放射線起因性が認められる。

原判決30頁23行目冒頭から31頁7行目末尾までを削る。
原判決32頁1行目冒頭から同頁12行目末尾までを次のとおり改める。「ア

被控訴人Dは,平成15年3月7日,g病院において,高脂血症の原因精査の一環として,甲状腺ホルモンの測定を受けたところ,TSH=27.329μIU/mlと高値,FT4=0.30ng/dlと低値を認め,甲状腺機能低下症と診断された。そして,同病院の耳鼻科に紹介され,耳鼻科において平成15年3月14日よりチラージンS25μgが開始された。平成15年4月16日には,サイロイドテストとミクロゾームテストにより甲状腺の自己抗体を測定され,その結果は陰性であった。


上記の臨床経過からは,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであることを確定することはできない。しかし,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少ないというべきである。すなわち,サイロイドテスト及びミクロゾームテストの結果は陰性であったが,これらのテストは,いずれも感度が低いとされている。また,被控訴人Dについて甲状腺自己抗体測定が行われたのは,記録上,上記の1回のみであり,当時から臨床現場において日常的に使用されていた抗サイログロブリン抗体や抗TPO抗体といった高感度測定は一度も行われていない。このように,甲状腺の専門医ではなく,主に耳鼻科医によって診察が行われていたため,甲状腺機能低下症に関する詳細な検査が行われていないため,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであることを積極的に肯定する所見まではないことはやむを得ないことと思われる。
したがって,上記検査結果のみでは,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が自己免疫性でなかったと即断することは相当でなく,むしろ,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であること等を踏まえると,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少ない(H意見書)

なお,この点について,第1審被告は,従前,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が自己免疫性ではない甲状腺機能低下症である旨主張していたが,H意見書における意見を踏まえ,上記のとおり訂正する。
そして,慢性甲状腺炎(橋本病)や甲状腺機能低下症は加齢によりその頻度が上昇するとされている。被控訴人Dが甲状腺機能低下症を発症したのは63歳の時であり,本邦での女性における甲状腺機能低下症の好発年齢と一致していることを踏まえると,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は,加齢等によって発症したものと考えて,何ら不自然ではない。
以上によれば,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は,慢性甲状腺炎(橋本病)を原因とするものであり,加齢により慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,さらに同疾病が増悪したことで甲状腺機能低下症に罹患したものと合理的に説明することができる。

原判決32頁13行目から33頁11行目までを削る。
原判決36頁16行目冒頭から20行目末尾までを次のとおり改める。「

被控訴人Fは,初期放射線に被曝したのみならず,少なくとも数日間爆心地に入り,相当量の放射線に外部,内部被曝していることは明らかである。そして,甲状腺機能低下症が放射線起因性の認められる疾病であることは疫学調査の結果から明らかである。
H意見書は,被控訴人Fの甲状腺自己抗体の測定結果が陰性であったにもかかわらず,同人の甲状腺機能低下症を慢性甲状腺炎(橋本病)によるものと断定したが,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であることのみをもって,このように結論づけているのであって,同結論は,医学的根拠を欠くものである。
なお,
被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであるとしても,自己免疫性甲状腺機能低下症の発症と原爆放射線への被曝との間には低線量域を含めて有意な関係が認められる。
したがって,被控訴人Fの甲状腺機能低下症は放射線起因性が認められる。

原判決37頁15行目冒頭から同頁26行目末尾までを次のとおり改める。

「ア

被控訴人Fは,浮腫がひどくなったため,平成18年3月7日,かかりつけ医であったI医院を受診し,その際,甲状腺ホルモンを測定したところ,T4=3.7μg/dl(基準値7.0ないし13.0μg/dl),
T3=109.0ng/dl(基準値70ないし190ng/dl),T
SH=126.756μU/ml(基準値0.2ないし5.0μU/ml)であり,T4低値と著名なTSHの上昇を認め,
「Hypothyroi
dism」甲状腺機能低下症)と診断された。そして,チラーヂンS(2(
5μg)1錠/日の投与が開始され,その後直ぐにチラーヂンS(50μg)1錠/日が投与されるようになった。同年10月3日には,サイロイドテストとミクロゾームテストにより甲状腺の自己抗体が測定され,その結果は陰性であった。平成21年3月9日には,甲状腺ホルモンの測定値が,FT4=1.10ng/dl(基準値0.7ないし1.48ng/dl)
,FT3=2.90pg/ml(基準値1.71ないし3.71pg/dl)
,TSH=3.013μIU/ml(基準値0.35ないし4.
94μIU/ml)と正常範囲内であることが認められている。

上記の臨床経過からは,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであることを確定することはできない。しかし,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少ない。すなわち,サイロイドテスト及びミクロゾームテストの結果は陰性であったが,これらのテストはいずれも感度が低いとされている上,甲状腺自己抗体の測定が行われたのは,記録上,上記の1回のみであり,当時から臨床現場において日常的に使用されていた抗サイログロブリン抗体及び抗TPO抗体等の高感度測定は一度も行われていない。そして,甲状腺機能低下症に関する詳細な検査が行われていないのは,甲状腺の専門医ではない医師によって診察が行われていたことによるものと考えられ,やむを得ないことである。上記検査結果のみから被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性でなかったと即断することは相当でなく,むしろ,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であることを踏まえると,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少ないというべきである(H意見書)

なお,この点について,第1審被告は,従前,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性ではない甲状腺機能低下症である旨主張していたが,H意見書における意見を踏まえ,上記のとおり訂正する。
そして,慢性甲状腺炎(橋本病)や甲状腺機能低下症が加齢によってその頻度が上昇すること,被控訴人Fが甲状腺機能低下症を発症したのは62歳の時であり,本邦での女性における甲状腺機能低下症の好発年齢と一致していること等を踏まえると,被控訴人Fの甲状腺機能低下症は,加齢等によって発症したものと考えて,何ら不自然ではない。
以上によれば,
被控訴人Fの甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎橋本病)

を原因とするものであり,加齢により慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,さらに同疾病が増悪したことで甲状腺機能低下症に罹患したものと合理的に説明することが可能である。

原判決127頁4行目冒頭から140頁2行目末尾までを削る。
原判決148頁4行目の「述べてられている。
」を「述べられている。

に改める。
原判決176頁18行目冒頭から178頁7行目末尾までを次のとおり改める。
「9

結論
以上より,控訴人Aの申請疾病である狭心症の放射線起因性は明らかであり,要医療性も認められることから,本件A却下処分を直ちに取り消すべきである。

原判決178頁18行目から19行目にかけて,179頁1行目から2行
目にかけて,同頁7行目,180頁2行目,同頁20行目,181頁14行目,330頁7行目,331頁24行目,332頁3行目,334頁15行目,337頁26行目,338頁22行目,339頁7行目の「原告B1本人」を「訴訟承継前第2事件原告B1本人」に改める。
原判決190頁15行目冒頭から192頁23行目末尾までを次のとおり改める。
「6

結論
以上より,B1の申請疾病の放射線起因性は明らかであり,要医療性も認められることから,本件B1却下処分を直ちに取り消すべきである。」
原判決196頁1行目の「カテーテル検査受けたところ」を「カテーテル
検査を受けたところ」に改める。
原判決199頁23行目冒頭から201頁18行目末尾までを次のとおり改める。
「7

結論
以上より,被控訴人Cの申請疾病である甲状腺機能低下症の放射線起因性は明らかであり,要医療性も認められることから,本件C却下処分を取り消すべきである。

原判決201頁19行目冒頭から212頁15行目末尾までを削り,同頁
16行目の「第7」を「第6」に,222頁14行目の「第8」を「第7」に,234頁23行目の「第9」を「第8」にそれぞれ改める。
原判決218頁20行目冒頭から222頁13行目末尾までを次のとおり改める。
「5

結論
以上のとおり,被控訴人Dの申請疾病である甲状腺機能低下症は,放射線起因性及び要医療性の要件を満たすことは明らかであるから,本件D却下処分を速やかに取り消すべきである。

原判決230頁25行目,418頁13行目から14行目にかけて,420頁21行目,421頁8行目の「原告E1本人」を「訴訟承継前控訴人E1本人」に改める。
原判決232頁11行目冒頭から234頁22行目末尾までを次のとおり改める。
「7

結論
以上のとおり,E1の申請疾病である心筋梗塞・労作性狭心症に放射線起因性及び要医療性が認められることは明らかであることから,本件E1却下処分を直ちに取り消すべきである。

原判決239頁9行目冒頭から同頁12行目の「しかしながら」までを次
のとおり改める。


被控訴人Fには自己免疫性でない甲状腺機能低下症を思わせる検査結果があるので,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性ではなかった場合の放射線起因性について検討すると」
原判決242頁13行目冒頭から243頁22行目末尾までを削る。原判決249頁23行目の「及び」から同頁24行目の「限る。」まで)
を削る。
原判決250頁2行目の「また」から同頁7行目末尾までを削る。原判決252頁8行目及び255頁15行目の「第11準備書面」をいずれも「原審第11準備書面」に,同頁10行目の「第13準備書面」を「原審第13準備書面」に改める。
原判決333頁14行目の「原告A」を「B1」に改める。
原判決365頁6行目冒頭から379頁9行目末尾までを削り,同頁10行目の「第7」を「第6」に,411頁5行目の「第8」を「第7」に,439頁10行目の「第9」を「第8」にそれぞれ改める。
原判決381頁12行目冒頭から382頁25行目末尾までを削る。原判決395頁3行目冒頭から同頁7行目の「これに対し」までを次のとおり改める。


また,被控訴人Dの抗サイクロブリン抗体及び抗マイクロゾーム抗体はいずれも陰性であったから,自己免疫性でない甲状腺機能低下症(甲状腺自己抗体陰性の甲状腺機能低下症)について検討すると」
原判決399頁4行目冒頭から410頁24行目末尾までを削る。原判決411頁1行目の「また」から同頁2行目の「いえないから,」を
削り,同頁3行目の「及び両白内障」及び「いずれも」を削る。
原判決439頁8行目の「原告A」を「控訴人Eら」に改める。
原判決450頁20行目冒頭から同頁24行目の「低下症)である。」ま
でを次のとおり改める。



また,被控訴人Fの検査結果報告書(乙H6・88頁)によると,「TS
Hレセプター抗体」陰性,抗TG抗体」0.3以下(正常)「TPOAb」「

0.3未満(正常)であるが,被控訴人Fの自己免疫性でない甲状腺機能低下症に関する主張について検討すると,

原判決453頁10行目冒頭から同頁16行目末尾までを削り,同頁17行目の「第11」を「第9」に改める。

5
放射線起因性の判断基準等に関する当審における補充主張

(控訴人A,控訴人Bら,被控訴人C,被控訴人D,控訴人Eら及び被控訴人F(以下「第1審原告ら」という。)

松谷訴訟に係る最高裁平成12年7月18日第三小法廷判決・裁判集民事198号529頁(最高裁平成12年判決)は,放射線起因性の判断について,通常の民事訴訟における因果関係の判断と同じく「高度の蓋然性」が必要としつつつも,放射線起因性を認めることが容易ではない当該事案において,結論的に,
「放射線起因性があるとの認定を導くことも可能であって,
それが経験則上許されないものとまで断じることはできない。
」として,放
射線の起因性を認めた。上記判決では,放射線起因性の立証の程度については,制度の趣旨,目的に基づき,次のとおり判断された。

DS86による放射線の推定被曝線量の妥当性と,さらに,これに基づくしきい値論によって認定を行うべきであるとの厚生大臣の主張に対し,DS86は,なお未解明な部分を含む推定値であり,現在もなお見直しが続けられていることから,
DS86としきい値論とを機械的に適用しては,
入市被爆者や遠距離被爆者に生じた脱毛等の急性症状が認められたことを十分に説明することができないと判断し,現実に発生している事象をまず重視すべきであるとした。


さらに,その判断の過程において,放射線による急性症状の一つの典型である脱毛について,厚生大臣の主張を排斥して,DS86としきい値論を機械的に適用する限りでは発生するはずのない地域で発生していることについて説明がつかないと判断している。


また,急性症状が発症したかどうかの判断についても,被爆当時の悲惨極まりない状態からして,
「症状の経過などが放射線による急性症状とし
ての医学的知見に合致する必要がある。
」などという厚生大臣の主張を認
めず,被爆者あるいは関係者の主訴などを中心に発症したと認定した。

原爆放射線被曝によらずに一般的に発症し得る疾病についての,放射線以外の他原因による症状と放射線による症状の鑑別の問題については,急性症状の存在と放射線により発症し得る症状との関係について「起因性」があると説明できる状態であれば,その認定が経験則上許されないと断定できない以上,
「起因性」を認めるとの判断に立っている。
他原因の主張・立証についての大阪高裁平成20年5月30日判決の「原
爆放射線被曝の事実が疾病等の発生又は進行に影響を与えた関係が合理的に是認できる場合は,放射線起因性の存在について,高度の蓋然性をもって立証されたものと評価するべきである」との判断は,上記最高裁判決を受けての正当な判断である。
第1審被告は,最高裁平成18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁に関する最高裁判例解説を引用して,特定の事実が特定の結果発生を招来したことを是認し得る高度の蓋然性が証明されたというためには,他原因の可能性を原告が高度の蓋然性をもって否定する必要があり,個別の原告は,本証として,他原因の不存在を高度の蓋然性をもって立証する必要があるのに対し,被告は,反証として,当該結果の発生が専ら他原因によるのではないかとの疑いを抱かせる程度の立証をすれば足りるものと解されていると主張する。しかし,同解説においては,同引用部分の記載に加えて,最高裁は,訴訟上の因果関係の立証の要件のうち,「高度の蓋然性」通「

常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるもの」との要件の意義は,少なくとも,これらの事件の原審が考えたほどの高度の立証が必要なものとは考えておらず,当事者双方の立証状況,原告の証拠提出(収集)の現実的可能性等を踏まえた上,他原因の可能性との総合評価において,当該事実が当該結果の原因であることについて高度の蓋然性を肯定することができるものであれば足りると考えているように思われる」
と記載されている。
そして,同解説中の各引用最高裁判決において他原因が「いずれも否定されていない」
ことが指摘されている。
第1審被告が引用する解説部分と異なり,
同解説からも,他の具体的最高裁判決においては,他原因の否定が要求されていないことは明らかである。
また,同最高裁判例解説は,乳幼児期の集団予防接種とB型肝炎の因果関係が問題とされた事件の判決についての解説である。B型肝炎は,B型肝炎ウイルスへの感染という特定の原因があって発症するものであり,また,その原因の頻度からすると,他原因と集団予防接種が双方存在することは考え難い。
他原因の不存在が立証できなければ因果関係が認められないとすれば,疾病原因が多原因である非特異性疾患においては,被害者に不当な立証責任を負わせ,かつ,特定の原因と疾病との因果関係は肯定されないという結論になり,不当な結果になるものである。
(第1審被告)
放射線起因性の立証の程度は,通常の民事訴訟における因果関係の立証の程度と同様,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度の真実性の確信を持ち得るものであることを必要とすると解すべきである(最高裁平成12年判決)。
そして,原爆症認定の適否に関しては,放射線起因性の具体的な判断方法として,当該疾病の発症等に至った医学的・病理学的機序を直接証明することを求めるのではなく,当該被爆者の放射線への被曝の程度(考慮要素


と,統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度(考慮要素

)とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾

病等の具体的症状やその症状の推移,その他の疾病に係る病歴(既往歴),
当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び程度(考慮要素
)等を

総合的に考慮して,原子爆弾の放射線への被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当である旨の判断が繰り返し示され(以下,上記判断枠組みを「本件判断枠組み」という。,)
本件判断枠組みは基本的に相当である。
もっとも,次の点に留意する必要がある。

考慮要素

(被爆者の放射線への被曝の程度)についての留意点

放射線への被曝の程度を判断する前提として,被爆態様や被爆後の身体症状の有無・内容を判断するに当たっては,
控訴人A,
B1,
被控訴人C,
被控訴人D,E1及び被控訴人F(以下,これらの当事者等を「第1審原告ら」ということがある。
)本人の供述内容の信用性について,慎重に検
討する必要がある。原爆投下からは,70年が経過し,被曝の程度を,個人レベルで客観的かつ正確に再現することは不可能であって,放射線への被曝の程度を判断するためには,当時の被爆態様や,原爆被爆後に現れた症状等から,
第1審原告らの放射線への被曝の程度を推認するほかないが,
被爆態様については,直爆の場合は当時の所在地を特定し,入市被爆の場合は,
入市の時期,
経路,
爆心地からの距離等を特定しなければならない。
また,後者の被爆後に現れた症状は,その有無のみならず,その内容(種類・発現態様・発現時期・継続時間等)を特定し,医学的に明らかになっている急性放射線症候群の特徴と比較することによって,被曝の程度を評価することになる。
そして,当時の被爆態様や,原爆被爆後の身体症状の有無・内容に関する客観的な資料も乏しいことに鑑みれば,専ら,原爆投下から現在に至るまでの第1審原告らあるいはその親族等による供述内容を基に,上記事実の有無・内容等を判断する必要があることも否定できないが,一般に,人の供述内容の信用性については,慎重に検討される必要がある。
被爆者は,被爆者健康手帳の交付申請をする際に,通常,同申請書又はその添付書面(以下,併せて「被爆者健康手帳交付申請書等」という。)
に,被爆地点,被爆後,爆心地付近に進入したか,被爆後,何らかの身体症状は現れたか等について記載して,上記各書面を提出している。上記各書面は,原爆被爆時に比較的近接して作成された書面であり,また,原爆症認定とは無関係に作成されたものであるという性質上,誤びゅうの可能性は相対的に低く,中立性,客観性が高いといえる。そのため,上記各書面の記載内容は,
比較的信用性が高い。
したがって,
その後長期間を経て,
これと異なる供述内容に至った場合,経験則上,当該供述内容が上記各書面に記載されていないこと及び現在,当該供述をしていることのいずれについても,合理的な説明がなされない限り,信用性に乏しいものといわざるを得ない。とりわけ,第1審原告らに係る審査会による審査の際,判断の目安として用いられている新方針(乙A17)は,平成25年12月以降公開されているのであるから,第1審原告らの供述内容が新方針に適合するように変遷しているような場合には,およそ信用するに値しないというべきである。

放射線への被曝の「程度」を考慮要素とすることの意義
考慮要素

(統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被

曝との関連性の有無及び程度)においては,放射線被曝と特定の疾病との関連性の有無ないし程度について研究した疫学的知見の分析評価が中心となる。しかし,疫学研究は,疾病の発生原因を集団的に考察したものであり,個々人の疾病の発生原因を特定するために用いることはできないと理解されている。疫学研究の結果から個人の疾病に関していえることは,疫学的知見において線量反応関係(放射線被曝線量が増えるに従って疾病発症リスクが増大するという関係)として示された相対リスク等を基に,これをいわば「ものさし」として用いることで,原爆放射線被曝の程度に応じて当該疾病を発症するリスクの有無ないし程度を推認することができるにとどまるのである。なお,低線量の放射線に被曝した程度では,当該疾病との間に何らの関連性も認められないことも十分にあり得る。
このような構造を前提とすれば,原爆症認定における放射線起因性の判断に当たっては,放射線被曝の有無だけではなく,放射線への被曝の「程度」が検討されなければならない。
放射線への被曝の程度はある程度概括的にでも定量的に評価されるべきである。放射線被曝と特定の疾病についての疫学的知見の大部分においては,DS02又はDS86によって推定計算された放射線被曝線量をもって,対象者の被曝線量とした上で,被曝線量と相対リスク等との関連性について調査・研究がされている。そのため,DS02等を用いるか否か,また,具体的,確定的な数値を算出することができるか否かはさておき,ある程度概括的にでも上記疫学的調査・研究に基づいてリスク評価が可能な程度に定量的に放射線被曝の程度を評価することが不可欠である
初期放射線を外部被曝したことに基づく被曝の程度について,DS02は,日米の合同の委員会によって承認された原爆初期放射線に係る線量評価体系であり,現在においても科学的妥当性を有するものとして,世界的にも支持されているのであって,原爆放射線に関する疫学的知見の大部分はこれを用いて行われている。そのため,DS02を用いた線量評価は一般的な妥当性を有しているといえる。もとより,DS02により算出可能であるのは推定値にとどまり,個別の被爆者の実情に応じて,その数値以上の放射線被曝をした可能性があり得ることまで否定するものではないが,
DS02の上記のような一般的な妥当性に照らせば,
かかる例外的な事情については,第1審原告らにおいて主張立証すべきものであって,かつ,その客観的ないし科学的根拠について十分吟味評価した上で,慎重に判断されるべきである。
残留放射線を外部被曝又は内部被曝したことに基づく放射線被曝を考慮した被曝の程度について,DS02は,専ら原爆による初期放射線を外部被曝したことによる被曝線量を物理学的に評価するものであって,核爆発に伴って生成された放射性物質から発生する二次的放射線である残留放射線を外部被曝及び内部被曝したことによる被曝線量を評価するものではない。そして,いずれの被爆者においても,その程度に差はあるとしても,残留放射線を外部被曝又は内部被曝した可能性があり,さらに,被爆者の「急性症状」に関する過去の調査結果等を踏まえると,残留放射線による放射線被曝によって,無視し得ない程度の比較的高線量の放射線被曝をした事例が存在することも否定できない。もっとも,上記調査結果等を踏まえても,初期放射線による被曝線量がごく低線量にとどまるものと考えられ,
専ら残留放射線による被曝の影響により急

性症状」を発症したと評価し得る事例は,ごく一部の例外的事例に限られ,残留放射線により,一般的に比較的高線量の放射線被曝をするものとまではいうことができない。残留放射線による被曝線量を評価する上では,残留放射線による被曝線量が比較的高線量となる場合があるとしても,ごく一部の例外的事象にとどまるという事実に留意し,上記評価が一般的かつ過大にわたらないよう,線量評価に係る諸事情を慎重に吟味検討する必要がある。

考慮要素②(統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等と放射線被曝との関連性の有無及び程度)についての留意点
統計学的・疫学的知見からは,放射線被曝による疾病の発症リスク等を推認することができるにとどまり,直ちに個々の被爆者の申請疾病について放射線起因性を認めることはできない。疫学的因果関係は,集団現象としての疾病についての原因を記述するのみであり,その集団に帰属する個人の罹患する疾病の原因を記述するものではない。仮に,疫学的知見に基づく疫学的因果関係が認定できたとしても,それは,当該要因の曝露によって,当該疾病が発症し得ることを意味するにすぎず,特定の個々人が罹患した疾病の原因が何であるかという点まで直ちに導き出すことはできない。
統計学的・疫学的知見を用いる場合には,当該知見の信用性ないしは証拠価値について慎重に配慮する必要がある。
ある疫学的調査・研究の結果,
特定の要因と特定の疾病との間に,何らかの関連性を示す現象が認められたとしても,それが,統計学的に有意なものでなければ,真実,両者の間に関連性があるか否かについては疑わしいといわざるを得ない。また,疫学的調査・研究においては,上記のとおり,特定の集団における特定の要因の有無及び程度並びに特定の疾病の罹患率等を調査するものであるが,当該疾病の罹患率が,他の要因(交絡因子)によって左右されることも容易に起こり得るし,あるいは,当該集団を選定するに当たり,一定の傾向を持った集団を調査対象としてしまったり,調査対象者における当該曝露の有無や疾病の有無についての回答,判断が不正確であったりするなど,当該要因と当該疾病との関連性を判断する上で,誤った影響を及ぼす様々なバイアスが介在する可能性も低くない。
また,当該知見の内容は慎重に吟味するべきであって,これを安易に一般化しないように留意すべきである。とりわけ,関連性を示唆する知見がある反面,関連性が認められなかったとする知見が存在する場合には,立証責任の観点からしても,前者の知見の信用性については相当慎重に検討する必要がある。

考慮要素

(特に,当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及び

程度)についての留意点
放射線起因性の要件該当性においては,疫学的知見に基づく放射線被曝と当該疾病との関連性の程度と,他原因の程度(他原因による当該疾病の発症リスク等)を比較考慮することが,特に重要である。すなわち,疫学的知見からは,各第1審原告の放射線起因性の判断に際して,上記知見において示された相対リスク等を基に,原爆放射線被曝による当該疾病の発症リスク等を推認し得る程度であって,仮に,疫学的知見において,一定の関連性が認められたとしても,そのことから,直ちに,個々の第1審原告らの申請疾病が原爆放射線被曝に起因するものであると認定することはできない。
放射線被曝と当該疾病との間に関連性が認められる場合であり,
かつ,他原因が考えられる場合,当該疾病がいずれに起因して発症したかについては,放射線被曝による当該疾病の発症リスク等と他原因による発症リスク等とを慎重に比較検討することが重要といえる。
なお,このように,因果関係の有無の判断に際して,特定の結果の発生が他の原因によるものであるか否かが問題となる場合,他原因の可能性については,因果関係について主張立証責任を負う第1審原告らが高度の蓋然性をもって否定する必要があり,第1審原告らは,本証として,他原因の不存在を高度の蓋然性をもって立証する必要があるのに対し,第1審被告は,反証として,当該結果の発生が専ら他原因によるのではないかとの疑いを抱かせる程度の立証をすれば足りる。
6
心血管疾患の放射線起因性に関する当審における補充主張

(控訴人A及び控訴人Eら)
放射線被曝と心筋梗塞発症との間に低線量域も含めて一般的な関連性が認められることは国際的に認められた科学的知見である。赤星正純,佐々木英夫,清水由紀子及び井上典子による「放射線被曝と心筋梗塞発症との関係について」
(乙A582。以下「赤星ら意見書」という。
)は,科学的知見の
意義や国際的認識をゆがめるものである(Jらによる「放射線被曝と心筋「
梗塞発症との関係について」赤星ら意見書への反論」甲A295。以下「Jら意見書」という。
)同旨)


各知見について
LSS報告においては,当初は放射線と循環器疾患との線量反応関係は認められなかったが,調査期間の延長と共に,まず高線量域において線量反応関係が認められるようになり,さらには高線量域から低線量域にかけて線量反応関係が示されるようになるに至っている。AHS報告においても,年数の経過とともに心筋梗塞の線量反応関係が明らかになっている。
清水論文(乙A524)においても,循環器疾患に関係するその他の考え得るリスク因子(肥満,糖尿病,喫煙,飲酒,学齢,職業)を調整しても,放射線との関連性にはほとんど影響しなかったと報告されている。
赤星報告(甲G10)は,
「要約」で,
「これまでの多くの研究から
被爆者では,心・血管疾患の危険因子が集簇し,このため動脈硬化進展が促進され,心疾患による死亡あるいは心筋梗塞発症のリスクが高くなっていることが推測される。
」と述べている。そして,
「結果」の中で,
ホジキン氏病での知見では,高線量被曝により心筋梗塞が増加することに異論を唱える人はいないと考えられる一方,低線量被曝では増加の報告と増加を認めない報告が半々であるとした上で,原爆被爆者に触れ,LSSで心疾患による死亡が放射線被曝で増加していること,

AH

Sで被爆時年齢40歳未満の対象者(1968年-1998年)で心筋梗塞のリスクが有意に増加していること,

心筋梗塞の危険因子である

大動脈弓の石灰化(年齢,喫煙,収縮期血圧,肥満度,HbAlc〔ヘモグロビンAlc〕
,白血球数調整後),網膜細動脈硬化(年齢,喫煙な
ど調整後)が被曝線量と相関していること,

心血管疾患の古典的危険

因子についての放射線の影響として,若年被爆者においては,加齢に伴う収縮期血圧及び拡張期血圧経過が上方に偏位し,また,加齢に伴うコレステロール経過は全ての被爆時年齢で上方に偏位していることに触れて,被爆者,特に若年被爆者では,高血圧,高脂血症と診断される人の割合が高くなってくることが推測されることを指摘した。
これによれば,放射線被曝と心血管疾患との関係では,
亡率,心筋梗塞の発生率がいずれも増加していること,

心疾患の死
そのメカニズ

ムとして,動脈硬化の指標として使われる大動脈弓石灰化,網膜細動脈硬化のいずれもが増加していること,また,

心筋梗塞の危険因子であ

る血圧,血清コレステロールも放射線によって増加し,心筋梗塞の発症の鍵を握る炎症反応)

も放射線によって増加することが明らかである。
つまり,原爆被爆者について,放射線被曝と心筋梗塞との一般的関係としてリスクが増加することが明らかにされているのである。
さらに,赤星正純らによる「長崎原爆被爆者における放射線の脂肪肝および虚血性心疾患危険因子に及ぼす影響」
(甲A298。以下「赤星
論文」という。
)は,被曝放射線量が,脂肪肝,脂質異常に関連して,
放射線被曝と虚血性心疾患を結びつける基本的機序に関与していることが示唆された。井上論文(甲G11)においても,被曝放射線量が動脈硬化に関連して,放射線被曝と虚血性心疾患を結びつける基本的機序に関与していることが示唆された。
国際的知見としても,UNSCEAR2006年報告書は,放射線と心疾患,特に心筋梗塞との関係を,放射線量の多いホジキン病患者,乳がん患者だけでなく,低線量被曝者であるアメリカ原発産業労働者にも触れて強調している。ICRP2012年報告以降では,より低線量で循環器疾患のリスクが高まることが共通認識となっている。

赤星ら意見書について
赤星ら意見書は,LSS報告について,循環器疾患や心疾患という疾患カテゴリーは,
機序や病態が異なる様々な疾病を含むものであるから,
放射線被曝の影響を強く受ける特定の器官や疾患の存在によって,全体の傾向が決定された可能性があるとするが,同報告において,心筋梗塞は最大の関心事として解析が行われている。
また,赤星ら意見書は,清水論文について,0.5グレイ以下の低線量域における心疾患と放射線被曝との関連性の有無について,特定の結論が得られたものではないなどとするが,ICRP(国際放射線防護委員会)は,0.5グレイ付近が被曝した個人の1%に循環器疾患を引き起こす線量であると考えられるとしている。清水論文では,0-1グレイの低線量域で心疾患への影響があるということが国際的な認識であることが明らかにされた。
赤星ら意見書は,赤星報告はそれ自体新たな研究結果を示すものではなく,放射線影響研究所における過去の研究結果を整理した上で,放射線被曝が心・血管疾患に影響を及ぼす場合の生物学的機序に係る一つの仮説を提示し,当該仮説を実証するための今後の研究予定を明らかにしたものであるとするが,赤星報告は,その時点での放影研での知見をまとめたものとして重要である。
さらに,
赤星ら意見書は,
赤星論文について,
後の恒任章らによる脂

肪肝の発生率と予測変数」
(乙A581。以下「恒任論文」という。

が異なる結論を示したとするが,恒任論文では放射線被曝と脂肪肝の関係を調査したものではない。
以上のように,赤星ら意見書は,科学的知見の意義や国際的認識を歪めるものである。
被爆者の疫学データにおいて交絡因子を考慮しても放射線の影響は消失しない。
AHS第8報,原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)の認識において,交絡因子調整後も心筋梗塞と放射線量は有意の相関関係があることが強調されている。清水論文においても飲酒,喫煙は放射線との関連性に影響しなかったことが示されている。
心筋梗塞の危険因子自体への放射線影響も明らかになっている。
心筋梗塞ないし狭心症の原因は,動脈硬化(アテローム動脈硬化)であるが,これは脂質異常症(高脂血症)だけで生じるものではなく,その背景として血管内皮の慢性炎症が背景にあることが必要であり,
放射線被曝により,
そうした炎症が生じることが明らかになっている。
放射線被曝は,
高血圧,
糖尿病,
脂質異常に加えて慢性炎症を引き起こし,
動脈のアテローム性動脈硬化を促進すると考えられている。また,高血圧の原因としての低線量放射線による慢性腎臓病(CKD)は,高血圧による二次的なものではなく,糖尿病,高脂血症,メタボリックシンドロームと独立して直接腎障害が引き起こされていると考えられている。したがって,第1審被告が心筋梗塞の原因として挙げる因子(脂質異常症,高血圧,慢性腎臓病等)は,全て放射線被曝から引き起こされている事象である。
(第1審被告)
赤星ら意見書で述べられているとおり,少なくとも原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)2010年報告書及び国際放射線防護委員会(ICRP)2012年勧告(ICRP118)は,0.5グレイを下回る放射線被曝と心筋梗塞との間に関連性を認めていない。すなわち,UNSCEAR2010年報告書は,
「本委員会によってレビューされたそ
の他の研究では,もっと高い線量で心血管疾患過剰についての証拠を示している。,
」「本委員会のレビューは,約1-2Gy未満の線量の被ばくと心血管疾患およびその他の非がん疾患の過剰発生との間の直接的な因果関係についての結論を下すことはできなかった。,
」「これらの疾患の低線量における
線量反応関係の形状はまだ明らかではない。
」としており約1ないし2グレ
イ未満の線量の放射線被曝と心血管発症率との間に関連性を認めていない。また,ICRP2012年勧告(ICRP118)は,清水論文を引用した上で,
「0~0.5Gyの範囲に限定すると線量反応関係は有意でなく,一方で,0~1Gyの範囲では有意であった。,
」「0-0.5Gyの範囲を
通して,線量反応関係は統計学的に有意ではなく,低線量の情報が不十分であることを示している。
」とした上で,
「0.5Gy以下の線量域における,
いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきである。
」としている。なお,これに先だって,平成23
年4月に出された声明(ステートメント)において,ICRPは,「不確実
性は残るものの,
循環器疾患のしきい吸収線量は,
心臓や脳に対しては,.
0
5グレイ程度まで低いかもしれない」とし,ICRP2012年勧告(ICRP118)はこれを維持したものであり,結局ICRPにおいても0.5グレイを下回る放射線被曝と心筋梗塞発症との間に関連性を認めていない。現在の国際的知見においては,0.5グレイを下回る放射線被曝と心筋梗塞との間に関連性は認められていない。
7
甲状腺機能低下症の放射線起因性に関する当審における補充主張

(第1審被告)
伊藤報告,井上・長瀧報告,長瀧論文,AHS第7報,AHS第8報及び永山報告は,甲状腺機能低下症と放射線被曝との間に,何らかの関連性を示す結果が得られたという以上に因果関係についての一般的な法則性を導き出すものではない。

伊藤報告は,3km以遠群の被爆者に比して,爆心地から1.5km内群の被爆者において,自己免疫性でない甲状腺機能低下症の発症頻度が多かったことを指摘する報告であるが,甲状腺機能低下症と被曝線量との間に一定の相関関係があるかを解析したものではない。また,少なくとも数百ミリシーベルトを下回るような低線量域についての有病率の増加を指摘したものではない。爆心地から3km以遠で直接被爆をしたごく低線量の被爆者についての放射線被曝と甲状腺機能低下症との関係については,調査・研究されていない(被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人Fはいずれも3km以遠で直接被爆した者である。。3km以遠の被爆者群が対照)
群とされたのは,当該被爆者群の被爆者の被曝線量が0であると想定されたからであり,被爆距離と被曝線量との間に有意な相関関係があることを示していると理解するのはその意図を超える。
さらに,伊藤報告は,近距離被爆者の甲状腺機能低下症の発症機序について,抗甲状腺マイクロゾーム抗体(MCHA,自己免疫性甲状腺機能低下症の場合に陽性となる。
)が陽性となる慢性甲状腺炎による甲状腺組織
の傷害(自己免疫性甲状腺機能低下症)以外のもの,すなわち自己免疫性でない甲状腺機能低下症の機序によると推測するものであり,自己免疫性甲状腺機能低下症である被控訴人Cには妥当しない。

井上・長瀧報告,長瀧論文は,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率において線量反応関係が見られたというものであるが,疫学的な研究のプロセスにおいては,一定の関連性を示す結果が得られた後に,対象事象の発生と関連性のある因子の抽出作業が行われ,真の状況とは系統的に異なるバイアスを調整し,因果関係を見極めるための諸条件を満たしているかが考察されることになる。上記の研究は,因果関係について実証したものではなく,その後の研究(今泉報告)においても再現性を得られていない。井上・長瀧報告は,1-49ラド(0.01ないし0.49グレイ)の低線量被曝群のみに,
慢性甲状腺炎橋本病)

による甲状腺機能低下症自

己免疫性甲状腺機能低下症)の有意な発症頻度の増加を初めて認めた論文である。また,長瀧論文は,原爆被曝者において自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率が増加していることが初めて示された論文である。しかし,両論文とも,それは可能性を示唆する考察をしたものであり,検証過程を経たものではない。
長瀧論文においては,上に凸という特殊な線量反応関係が得られたが,それ自体,原爆放射線以外の交絡因子等の影響を疑わせるものであるし,調査対象も有病率であって,
比較的交絡因子等が介在しやすいものである。
また,長瀧論文は,いゆわる「黒い雨」が降った地域で被爆した者(降下物のあった地域の住民)
を調査対象から意図的に除外したものではない。
長瀧論文にそのような記載はない。
「降下物のあった地域の住民は含まれ
ていない。
」と記載されたのは,調査対象となった成人健康調査集団(以
下「AHS集団」という。
)には西山地区の住民が含まれていないはずだ
という認識を示しただけである。長瀧論文が調査対象者を限定したことから,放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との間に一定の線量反応関係が認められたなどということはできない。

井上・長瀧報告,長瀧論文,今泉論文及び「小児期に被曝した広島,長崎原爆被爆者における甲状腺調査:甲状腺機能と自己免疫性甲状腺疾患について」
(乙A620の63頁。
(以下「今泉報告」という。)は,原爆

被爆者における甲状腺疾患と放射線被曝との関係をテーマとする一連の研究である。そして,今泉論文は,長瀧論文と同様にAHS集団を対象にして調査研究を行った論文であるところ,今泉論文では,甲状腺自己抗体陰性甲状腺機能低下症(自己免疫性でない甲状腺機能低下症)のみならず,甲状腺自己抗体陽性甲状腺機能低下症(自己免疫性甲状腺機能低下症)についても,放射線量との相関が見られなかったと結論づけられている。

AHS第7報,AHS第8報は,甲状腺機能低下症を対象とした研究ではなく,甲状腺疾患を対象とした報告である。対象となる疾病が,甲状腺機能低下症であると明確かつ正確に定義されていない疫学調査では,甲状腺機能低下症との間の因果関係の判断材料としての適格性を欠く。

永山報告は,特殊な慢性甲状腺自然発症マウスを対象とした動物実験であり,
同報告においては,
特殊なマウスに特定の条件で放射線を照射0.

5グレイ前照射)した場合に,甲状腺炎の程度と抗サイクログロブリン抗体値が上昇したことが認められたのみであった。人間の甲状腺機能低下症の発症率の増加の根拠となるものではない。同報告の結語は,低線量放射線は,
甲状腺自己免疫を増悪させる可能性が示唆されるというものであり,同報告は仮説を提示するものにすぎない(永山雄二による「自己免疫性疾患である慢性甲状腺炎(橋本病)と放射線被曝との関連性について」(乙
A642。以下「永山意見書」という。
)同旨)



現在の科学的知見の到達点は,低線量被曝と甲状腺機能低下症の発症との因果関係を認めていない。すなわち,国際的な科学者により構成される原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)では,2008年報告書において,自己免疫甲状腺炎と放射線被曝との関連性に関する科学的知見を紹介しているが,これも不確かなものとして,
「自己免疫
性甲状腺炎と放射線被曝には関連性がある」とは認めていない。また,2012年報告書では「チェルノブイリ事故後における甲状腺がん」についてのみ言及されており,
「自己免疫性甲状腺炎と放射線被曝には関連性が
ある」可能性については考慮さえされていない。そして,国際放射線防護委員会(ICRP)は放射線防護に関する勧告を行う国際機関であり,安全側に立って,保守的に放射線影響に関する知見を紹介しているものの,このようなICRPにおいてさえ,UNSCEARの報告と同様,「自己
免疫性甲状腺炎と放射線被曝には関連性がある」可能性について考慮されていない。

長瀧論文では,甲状腺機能低下症の有病率と原爆放射線被曝との間で,約0.7シーベルトを最大とする上に凸という線量反応関係が確認されたものの,長瀧論文等のみでは,上記線量反応関係が,真に,放射線被曝と関係して発生したものであると断定することはできず,また,一般的に,自己免疫性甲状腺機能低下症の罹患率が増加するとの法則性を根拠づけることもできなかった。そこで,長瀧論文では,一部反応が示された比較的低線量の放射線と甲状腺機能低下症との関係について,
「さらに研究する
必要がある」と結論づけた。そして,長瀧論文の後,同一のテーマについて,より精度を上げて調査・研究が行われた結果,放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との間に関連性が認められなかったのが,今泉論文である。
長瀧重信,井上修二,鈴木元及び伊藤千賀子による「甲状腺機能低下症に関する意見書」
(乙A621。以下「長瀧ら意見書」という。
)は,こ
のような後続の研究が存在するにもかかわらず,これを無視して長瀧論文等のみ取り上げて,自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性を,低線量域も含めて一般的に肯定することは誤りであることを述べたものである。

上記各知見からいえることは,高線量の放射線に被曝すると,自己免疫性でない甲状腺機能低下症の発症頻度が上昇する可能性があることのみであるが,この点をおくとして,甲状腺機能低下症及び慢性甲状腺炎と低線量を含めた放射線被曝との関連性を肯定することができるという前提に立ったとしても,
低線量の放射線に被曝したにとどまる場合の関連性の程度,
すなわち,放射線被曝による甲状腺機能低下症の発症リスクの程度は,ごく僅かであるというべきである。
すなわち,上記各知見のうち,一定の線量反応関係が観察されたのは,唯一長瀧論文のみであるため,これを基に自己免疫性甲状腺機能低下症の発症リスクを検討するとしても,被曝線量が低線量になればなるほど,自己免疫性甲状腺機能低下症の発症リスクも低くなる。被曝線量が0.1グレイを下回るようなごく低線量の放射線被曝をしたにとどまる場合,その発症リスクは,ごく僅かであるというべきである。
自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性について
以上のとおり,確かに,井上・長瀧報告では,一部の低線量被曝群に自己
免疫性の甲状腺機能低下症について有意な発生頻度の増加が示され,同報告を基に,精度を上げて作成された長瀧論文では,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率について,約0.7シーベルトを最大とする上に凸の線量反応関係が示されている。
しかし,他方で,前記のとおり,長瀧論文で示されたのは,上に凸という特殊な線量反応関係であり,それ自体,原爆放射線以外の交絡因子等による影響を疑わせるものであるし,調査対象も有病率であって,比較的交絡因子等が介在しやすいものである。
そして,そもそも,疫学的研究については,当該現象が偶然生じるおそれや,バイアスや交絡因子が介在することにより,誤った結論が出る可能性がある。そのため,前記のとおり,特定の要因と特定の疾病との間の因果関係を検討する上では,関連の一致性・普遍性や量反応関係等の観点から慎重に検討する必要がある。
そうであるところ,
前記のとおり,
長瀧論文の後,
同一のテーマについて,
より精度を上げて調査・研究が行われた今泉論文においては,放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との間に関連性は得られておらず,その後行われた諸研究においても,上記関連性は得られていないのであって,関連の一致性・普遍性は認められていない。このような現在までに積み重ねられた放射線被曝と甲状腺機能低下症に関する各調査・研究結果等に鑑みれば,原爆放射線に被曝すると自己免疫性甲状腺機能低下症の発症リスクが増加するといった関連性を一般論として認めることはできないといわざるを得ない。よって,井上・長瀧報告及び長瀧論文を考慮しても,自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との間の因果関係について,一定の法則性までは認められないというべきである。
K医師の「長瀧氏ら4氏の意見書に対する反対意見書」
(甲A289。以
下「K意見書」という。
)は,長瀧論文において,他の論文で認められてい
ない自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との有意な関連性が認められた理由として,長瀧論文が調査対象者からいわゆる黒い雨降雨地域の住民を除外したことにあると述べるが,長瀧論文においては,対象者をAHS集団としているだけで,殊更にいわゆる黒い雨降雨地域の住民を除外するものではない。長瀧論文の「降下物のあった地域の住民は,本調査には含まれていない」との記述は,調査対象となったAHS集団には西山地区の住民が含まれていないはずだという認識を示しただけである。対象者をAHS集団としていることは今泉論文においても同様であり,長瀧論文がいわゆる黒い雨降雨地域の住民を除外して調査を行ったことで,自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との間に有意な関連性が認められたとするK意見書の帰結は誤った前提に基づくものである。
自己免疫性でない甲状腺機能低下症について
前記のとおり,長瀧論文等では,いずれの調査・研究においても,自己免疫性でない甲状腺機能低下症と放射線被曝との間に何らの関連性も認められていない。なお,長瀧論文では,マーシャル諸島の核実験の事例が紹介されている。しかし,これは,自己免疫性でない甲状腺機能低下症が高線量の被曝により生じ得ることの例として紹介されたものであり,一般的に,低線量の被曝により自己免疫性でない甲状腺機能低下症が生じることまで示すものではない。
(被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人F)
各知見について

伊藤報告では近距離ないし高線量被曝群の甲状腺機能低下症発症が有意に高率であるとの結果が得られている。
伊藤報告は,

甲状腺刺激ホルモンのレベル(TSH,甲状腺機能が低

下すると血中TSHレベルが増加する。
)について,1.5km以内の直
接被爆者(1.5km以内群)と3.0km以遠直接被爆者(コントロール群)を比較したところ,男女ともに1.5km以内群ではコントロール群に比してTSHの高い右方に偏位していた,

1.5km以内群とコン

トロール群とで甲状腺機能低下症の発症頻度を比較すると,男女とも1.5km以内群に有意に高率であった,

被曝線量別の比較においては,男

性では線量の増加とともに発症頻度が高率になり,100ラド以上の2群でコントロール群より有意に高率,女性ではいずれの被曝線量群においてもコントロール群より有意に高率であったことが報告されている。伊藤報告において線量反応関係の解析が行われていないという第1審被告の主張は調査手法に対する些末な批判にすぎず,これによって同報告で得られた甲状腺機能低下症と被爆距離及び被曝線量との有意な相関関係の存在は何ら覆るものではない。
伊藤報告では自己免疫性でない甲状腺機能低下症発症と放射線被曝の関連性についても肯定している。さらに,伊藤報告では,抗甲状腺マイクロゾーム抗体陽性率について,1.5km以内群でコントロール群より著しく低率との結果が得られたと報告されている。
これについて,
同報告では,
「慢性甲状腺炎(広義の橋本病と同義)による甲状腺組織の障害によって招来する症例よりもその他の異なる機序が推測される」とし,自己免疫性のものもそうでないものも含めた甲状腺機能低下症発症と放射線被曝の関連性について肯定している。第1審被告は,MCHA陽性率の調査結果から,伊藤報告は自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性を指摘したものとはいえないと主張するが,この結果をもって,直ちに伊藤報告が自己免疫性の甲状腺機能低下症発症と放射線被曝との関連性について何ら指摘していないと結論づけることはできない。
伊藤報告は,甲状腺機能低下症が被曝線量と統計上有意に相関していることを示すとともに,自己免疫性のもの以外のものも含めた甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連の可能性について指摘した知見である。イ
井上・長瀧報告及び長瀧論文は甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性について低線量域も含めて一般的に肯定できる疫学的知見である。井上・長瀧報告は,昭和59年10月から2年間,長崎のAHS集団1745人を対象に甲状腺機能低下症の調査を行い,

甲状腺機能低下症の

発生頻度では0ラド群2.5%に対し,被爆者全体で4.5%と有意な増加が認められ,

被曝線量別に見た場合,1~49ラド群(6.1%)で

0ラド群に比し有意な発生頻度の増加が認められた。さらに,甲状腺機能低下症を原因別に分けた発生頻度では,
橋本病によるものが,
0ラド群0.
6%に対し,被爆者全体で2.2%と有意の増加が認められ,さらに線量別で見た場合,これも1~49ラド群3.6%と低線量被曝群のみに有意差が認められ,
「原爆被爆者では甲状腺癌や線腫を含む単結節性甲状腺腫
および橋本病による甲状腺機能低下の発生頻度が有意に高かった」との結論が導かれている。
長瀧論文は,昭和59年10月から昭和62年4月までの長崎のAHS集団1978人を対象として,甲状腺疾患の有病率と甲状腺被曝線量,性別及び年齢との関係をロジスティックモデルを用いて解析したところ,自己免疫性甲状腺機能低下症について有意な線量反応関係が認められた0.(
7±0.
2シーベルトで最大レベルに達する上に凸の線量反応を示した。。)
長瀧論文の有病率のデータ解析は,甲状腺機能低下症の疾患としての安定性と調査対象の管理・追跡の緻密性から,非常に信憑性の高い,発症率調査に近いものであり,
交絡因子やバイアスの介在の可能性は非常に低い。
また,
長瀧論文は,
対象者から黒い雨地域の住民を除外することによって,
自己免疫性甲状腺機能低下症と放射線の線量反応関係を導くことに成功したものである。
(K意見書)

これに対し,今泉論文は,平成12年3月から平成15年2月にかけての広島・長崎の甲状腺調査に参加した集団について,自己免疫性甲状腺機能低下症との有意な線量反応関係は見られなかったと報告している。しかし,今泉論文自体が,
「本調査にはいくつかの限界がある。まず,以前に
結節性甲状腺疾患の診断を受けた人はそれにより調査に参加する意向を持ったかも知れず,
調査における特定の偏りが生じた可能性がある。
第二に,
本調査には生存による偏りがあきらかに存在する。すなわち,寿命の中央値は放射線量に伴い1Gy当たり約1.3年の割合で減少するので,1958年当初の集団に比べて本調査では高線量に被曝した原爆被爆者の割合が減少している。更に,死亡リスクだけでなくがんリスクも放射線量に依存する。重度の甲状腺がん患者は,早期死亡により本調査から除外された可能性がある。従って,本調査集団,特に高線量に被曝した原爆被爆者には,生存による偏りがあると我々は考える。第三に,この調査は原爆被爆後55-58年経過した後に実施した横断調査であるため,甲状腺結節形成への放射線の早期の影響や,被爆後どれくらいの期間影響が持続したのかを明らかにすることができなかった。とその調査の限界を認めている。」
今泉論文と井上・長瀧報告及び長瀧論文では調査時期や調査対象が大きく異なっているのであって,長瀧論文等の結果が今泉論文によって再現できなかったのは,今泉論文の上記調査の偏り,生存の偏りや時間の経過によって早期の影響及び影響の持続期間を明らかにできなかったことに起因する可能性がある。したがって,今泉論文で「再現」されなかったからといって,井上・長瀧報告及び長瀧論文で得られた結論が否定されることにはなり得ない。この点についても今泉論文自体が,
「時間の経過に伴い対象
者の線量分布が変化したこと(死亡およびがんリスクは放射線量に依存するため)に起因するのかもしれない」と明確に認めているとおりである。今泉報告によっても井上・長瀧報告及び長瀧論文による結論は覆されない。今泉報告は,日本甲状腺学会学術集会のプログラム・抄録集の一部であり,その詳細は不明である。しかし,同報告は,2007年から2011年にFreeT4,
TSH,
抗TPO抗体,
抗Tg抗体を測定した広島,
長崎原爆被爆者についての調査であり,
今泉論文と同じ調査の限界がある。

AHS第7報及び第8報によって低線量被曝と甲状腺機能低下症発症との関連性が疫学的に裏付けられている。
AHS第7報では,非中毒性甲状腺腫結節,び慢性甲状腺腫,甲状腺中毒症,慢性リンパ性甲状腺炎又は甲状腺機能低下症の障害が一つ以上存在する(甲状腺疾患」

)ものと線量との関係を解析したところ,1グレイ
当たり相対リスク1.30(P値<0.0001,95%信頼区間1.19~1.49)との結論が得られた。
これについて,
「甲状腺は電離放射線に敏感だとされている。以前AH
S集団について行われた甲状腺疾患の調査は,癌,非中毒性結節性甲状腺腫を含むさまざまな甲状腺疾患と放射線量には正の関係があることを示した。本調査でも有意な正の線量反応関係が非特異的甲状腺疾患の発生率にあることが認められた。,
」「被曝者の16%という推定寄与リスクはここ
で検査された癌以外の疾患では最も高いものの一つである。過剰リスクは若年時に原爆に被爆した人には見られたが,年配の被爆者には見られなかった。同様の傾向がLSSの甲状腺癌にも見られた。,
」「このように我々
は,特に若年者の甲状腺は悪性腫瘍だけでなくその他の甲状腺疾患をもたらすということでも電離放射線の影響に敏感であることを示した。甲状腺疾患の過剰リスクが数十年の追跡期間中不変であったことは注目すべきであり,AHS対象者における甲状腺異常を引き続き観察する必要があることを立証している。
」との考察がされている。
また,これに続いてされたAHS第8報においても,甲状腺疾患における1シーベルト当たりの相対リスクは1.33(P値<0.0001.95%信頼区間1.19~1.49)であり,リスクは20歳未満で被曝した者で顕著に増大したとの結論が得られた。
これに対して,第1審被告は,これらの調査は甲状腺機能低下症のみを対象としたものではなく,調査対象となった各疾患はそれぞれ発生機序を異にすることから,上記データをもって甲状腺機能低下症発症と放射線被曝の関連性が裏付けられたということはできないと主張するが,上記甲状腺疾患は,甲状腺の細胞が傷害された結果,腫瘍やホルモン異常等の症状を発症したのであって,甲状腺,特に若年者の甲状腺は電離放射線の影響に敏感であるという結論自体は揺るぎないものである。

永山報告によっても甲状腺機能低下症発症と放射線被曝の関連性は肯定されている。
永山報告では,
慢性甲状腺炎自然発症マウスNOD-H2h4において,
0.5グレイ単独放射線全身照射により甲状腺自己免疫(甲状腺炎と抗サイログロブリン抗体価)を有意に増悪させ,これは長崎の被爆者での自己免疫性甲状腺疾患の頻度のピークが0.7シーベルト外照射に見られたこととほぼ一致すると報告されている。
これに対して,第1審被告は,永山報告は,マウス実験の結果を考察したものであり,用いられたのが慢性甲状腺炎を自然発症させる特殊なマウスであったことから,同報告をもって甲状腺機能低下症発症と放射線被曝の関連性を肯定したものということができないと主張する。
確かに,永山報告は原爆被爆者によるデータではないが,甲状腺機能低下と放射線被曝の関連性を裏付ける動物実験データとして非常に重要である。原判決も上記結果を踏まえ,永山報告を甲状腺機能低下症と放射線被曝の関連性を肯定する疫学的知見と認めており,正当な判断といえる。第1審被告の主張について

第1審被告は,長瀧論文が殊更調査対象から「降下物のあった地域の住民」を除外したことはないと主張する。
しかし,長瀧は,昭和50年に西山地区住民の調査が行われた後に,西山地区住民について追跡調査を行い,
「放射性降下物が降下した地域にお
ける甲状腺結節の高い有病率」
(乙A630の2)を発表した。また,長
瀧は,昭和57年に行われた上記昭和50年の調査のフォロー調査に参加し,論文を発表し,同地区住民に甲状腺自己抗体陽性者が8例(18%)と高率に認められ,甲状腺腫大も多いと報告し,
「原爆放射線降下物を被
曝した西山地区住民に,慢性甲状腺炎の頻度が高い可能性があり,今後,調査を続けていく必要があることが示唆された。
」とした(K医師による

「一審被告第5準備書面に対する反論」甲A296)このように長瀧は,。
西山地区の住民に甲状腺疾患が多く見られることを早くから報告し,一貫して同地区の放射線降下物による被爆の影響に着目し続けてきたのであり,早い段階から,被曝線量がゼロと推定される対照(コントロール)群に西山地区住民を入れてはいけないことを強く認識していた。長瀧論文において「降下物のあった地域の住民は本調査には含まれていない。」と明
言したのは,これらの地域の住民が対照群に混入すると,統計に有意差が出ないことを熟知していたからであって,AHS集団には西山地区の住民が含まれないはずだというような漠とした認識を示したものではない。長瀧論文において,長瀧は,遮蔽状況が複雑でDS86による推定線量が不明なものを不明群として除外しているが,この除外された者の中に西山地区住民が含まれている可能性がある。

長瀧論文においては,自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率において上に凸の線量反応関係が示されたが,高線量被曝者は,そもそも被爆時や被爆からほど近い時期に死亡した可能性が高い上,仮に死亡しなかったとしても放射線感受性が強い者は,甲状腺機能低下症発症以前にがんなどのより重篤な疾病により死亡してしまう場合が多かったといえる。これに対して,高線量被曝者であっても放射線被曝に対する耐性が高い者は甲状腺機能低下症を含め疾病を何ら発症しない可能性がある。したがって,原爆投下時から何十年も経った後の調査では,死亡やより重篤な疾病の発症で甲状腺機能低下症の調査対象とならなかった被曝者が存在する一方で,何ら疾病を発症しなかった者も一定数存在する。また,

遠距離被爆者は内部

被曝などにより実際には評価線量より高線量の被曝をしており,近距離被爆者と有意差が出にくかったことや,

低線量域においては免疫系に異常

を来すことで自己免疫性甲状腺機能低下症を発症するが,高線量域においては甲状腺組織そのものが破壊(繊維化等)されて起こる抗体陰性の甲状腺機能低下症を発症すること等に起因するものであることも考えられる。上に凸の線量反応関係を示したとしても不自然ではない。
これに対しても,第1審被告は,高線量被曝者が早期に死亡するのであれば単に高線量被曝者の人数が減少するのみで上に凸の線量反応関係を示す理由にはならない,長瀧論文においても,甲状腺がんの有病率については上に凸の線量反応関係は示されていない等と主張している。しかし,高線量被曝者の死亡者数が多いだけでなく,何ら疾病を発症しない高線量被曝者もまた一定数存在することから上に凸の線量反応関係が表れるのである。また,甲状腺がんは死に至る疾病であるから,母集団に占める発症者の比率は,ほとんど死に至る可能性がない甲状腺機能低下症と同列に論じることはできないのであって,両者の線量反応関係を比較することには何の意味もない。

第1審被告は,今泉論文と長瀧論文が同様にAHS集団を対象としていると主張するが,今泉論文は広島の被爆者も調査対象としており,広島と長崎では黒い雨の降った地域や広がり方が異なる。また,広島では,早期入市被爆者が多かったが,これらの者が非被爆者として対照群に分類されることで有意差が出なくなった可能性もある。今泉論文と長瀧論文は同列に比較することができない。


伊藤報告は,対象者が少なく,精密な甲状腺機能検査が行われなかったことなどから不十分な点があるが,長瀧論文と共通する点がある。
8
控訴人Aの原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張

(控訴人A)
控訴人Aの被曝状況等

控訴人Aは,爆心地から約2.4kmの路上で直爆した。被爆時,控訴人Aの近くには塀があったが,近年,建物などの遮蔽による影響が過大評価されていることが明らかになっている。
控訴人Aは,その後,誘導放射化物質及び放射性降下物を大量に含んだ灰や砂埃が舞い散る中,避難した。控訴人Aの避難先が爆心地から逆の方向であっても,長距離を避難できたはずはないから,過大評価すべきではない。

控訴人Aには,被爆の翌日,全身に赤紫色の斑点が生じた。同症状については,被爆者健康手帳交付申請書に記載がないが,控訴人Aの供述は,原子爆弾による被爆という特異な体験に関するものであり,当時から被曝の影響で健康を損なうことが懸念されていたことを考慮すれば,自己の身体に生じた異変に注意を払い記憶していたことは明らかである。
同症状は,
被曝による急性症状である。第1審被告は,急性放射線症候群の特徴がないと主張するが,急性放射線症候群において前提とされている被曝とは,一時的,短期的な外部被曝による被曝であり,控訴人Aの被曝は,直爆による外部被曝だけにとどまらず誘導放射線被曝,内部被曝等もある。急性放射線症候群が前提としている事象とは異なるものであり,同症候群の特徴と一致しないからといって,被曝線量が少ないことを意味するものではない。


若年で被曝した控訴人Aは,後嚢下混濁のある白内障,大腸ポリープなど放射線に起因する様々な症状を抱えている。
控訴人Aの狭心症の放射線起因性


新審査の方針及び改定後の新審査の方針では,被爆地点が爆心地より約3.5km以内である者で放射線起因性が認められる心筋梗塞は,格別に反対すべき事由がない限り,放射線との関係を積極的に認定するとされており,控訴人Aは約2.4km地点で被爆して狭心症を発症したのであるから,心筋梗塞と同様に積極的に認定すべきである。


狭心症発症時である昭和57年頃の,
控訴人Aの総コレステロール値は,
同年4月30日が269,同年5月24日が203である。このうち,同年5月24日の数値は正常である。
控訴人Aは,狭心症を発症した昭和57年4月,トリグリセライド値が655,総コレステロール値が282であり,その数値は高かったが,トリグリセライド値が168,総コレステロール値が259であった平成2年2月にも狭心症を発症した。脂質異常症が十分にコントロールされている状況においても狭心症を発症したことによれば,控訴人Aの狭心症は脂質異常症の有無とは無関係に発症したものである。
狭心症の危険因子となる肥満は,内臓脂肪肥満であるが,控訴人Aが内臓脂肪型肥満であることを示す証拠はない。

また,脂質異常症そのものが,被曝の影響を受けて生じており,生活習慣に起因するものではなない。すなわち,赤星論文は,被曝放射線量が,低HDLコレステロール血症及び高中性脂肪血症と正の相関を示しており,被曝放射線量が,動脈硬化を促進する脂質異常に関連していることを示唆している。
心筋梗塞ないし狭心症の原因は,動脈硬化(アテローム動脈硬化)であるが,これは脂質異常症(高脂血症)だけで生じるわけではなく,その背景として,血管内皮の慢性炎症が背景にあることが必要であり,放射線被曝により,そうした炎症が生じることが明らかになっている(井上論文,ICRP2012年報告)


(第1審被告)
控訴人Aの被爆状況等

DS02による被曝線量推計計算によれば,
控訴人Aの推定被曝線量は,
全体量としても0.
0179グレイを下回る程度であり,
これはせいぜい,
CT検査1回分程度の低線量である。


控訴人Aは,被爆翌日に全身に赤紫色の斑点が生じたのは,放射線被曝による「急性症状」にほかならないと主張するが,同主張は,専ら控訴人Aの供述に依拠しており,昭和33年9月29日にABCCによって行われた調査の結果や昭和60年10月22日付けで控訴人Aが作成した被爆者健康手帳交付申請書には,同症状は記載されていない。
また,控訴人Aが主張する「急性症状」は,現在の一般的な科学的知見として明らかになっている放射線被曝による急性症状急性放射線症候群)(
の特徴には合致しない。

控訴人Aがその指摘する各疾病に罹患していることが相当量の放射線」「
に被曝したことの裏付けにはならない。
後嚢胞下混濁のある白内障,いわゆる後嚢下白内障については,放射線だけではなく,加齢白内障でも多く見られるものであり,後嚢下白内障の原因が放射線であるとは限らない。また,控訴人Aは,平成12年3月1日の時点で皮質白内障に罹患していたが,皮質白内障は,加齢白内障で最も多く見られるタイプであるとされている。控訴人Aが,60歳で加齢白内障を発症し,その結果,皮質混濁や後嚢下混濁が生じたとしても,医学的にみて何ら不自然ではなく,それにより相当量の放射線に被曝したなどとはいえない。
大腸ポリープについても,その放射線起因性は明らかではない。大腸ポリープの剖検例による頻度は,腫瘍に限っても11ないし47%も認められており,年齢は50ないし60歳に多く,性差は男性に多いとされている。控訴人Aは,男性であり,大腸ポリープが切除されたのは平成13年(当時62歳頃)から平成17年(当時66歳頃)にかけてであるから,大腸ポリープが放射線とは無関係に発症したものであるとみても不合理ではない。
控訴人Aの狭心症の放射線起因性


控訴人Aの狭心症は,放射線被曝とは無関係の事情により発症した。控訴人Aの狭心症が発症したのは昭和57年であるが,当時,4年前に高いコレステロール血症を指摘され,薬物治療を受けたが,余り効果はなかったとの記録があり,狭心症発症前から脂質異常症をコントロールできていなかったことは明らかである。控訴人Aは,狭心症発作を発症して入院した平成2年の時点においても,トリグリセライド及びLDLコレステロールについて管理目標値を達成できておらず,脂質異常症(高脂血症)が十分にコントロールされていたとは到底認められない。

さらに,控訴人Aは,脂質異常症(高脂血症)が放射線被曝の影響により生じた旨主張するが,脂質異常症(高脂血症)は,脂肪分の多い食事により血液中のコレステロール濃度が異常に高くなる病気であり,日常の生活習慣による影響を強く受けるものであること,控訴人Aが狭心症の発症により入院した昭和57年4月当時,肥満の状態にあったことなどに照らせば,控訴人Aの脂質異常症(高脂血症)は生活習慣に起因するものであることは明らかである。また,控訴人Aは,低HDLコレステロール血症ではない。
脂質異常症及び低HDLコレステロール血症について,放射線に起因するものであることが一般的な科学的知見として示されているものでもない。赤星論文は,
「放射線被曝と脂肪肝,低HDLコレステロール血症,
高中性脂肪血症」を関係づける基本的機序を明らかにするためには,今後の分子疫学調査が必要である」と述べ,一般的な科学的知見を示したものではない。恒任論文においては,脂肪肝の発症に放射線による影響は認められなかったとされており,赤星論文による示唆が覆る可能性も否定できない。

ウ9
控訴人Aは,高血圧という狭心症の危険因子も有していた。

B1の原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張

(控訴人Bら)
B1の火傷瘢痕の放射線起因性
B1の火傷瘢痕は,ケロイド(ケロイド瘢痕)であり,被爆者のケロイドに対する放射線の影響は早くから指摘されてきた。B1の左半身の火傷瘢痕には放射線起因性が認められる。
要医療性

B1は,原爆症認定申請時およびその後の時期においても,実際に,医師から食事療法の指導を受けていたのであるから,現に医療を受け,まさに「現に医療を要する状態」にあったことは明らかである。
被爆者援護法上の「健康管理」とは,年1回の健康診断の実施(同法第7条)が基本であり,これに続く「健康診断の結果,必要があると認めるときは,当該健康診断を受けた者に対し,必要な指導を行うものとする」(同法第9条)との条文上の「指導」とは,健康診断の結果,精査や治療等が必要な場合にはその旨の「指導」を行い,
「医療」につなげるという
位置づけのものにすぎないというべきである。そもそも,健康診断とは疾病の発症やその危険を早期に把握し,その発症自体や悪化を予防することを目的とするものと解されるところ,
その健康診断の結果の指導」

とは,
疾病の危険が把握されたときに医療につなげるための「指導」を意味するものと解釈するのが当然だからである。このことは,同法上,健康管理」「
の章に続く「医療」の章において,医療の給付の範囲として「薬剤または治療材料の支給」「医学的処置,手術及びその他の治療並びに施術」等,
のみならず,
「診察」があげられていること(同法第10条2項)からし
ても明らかである。B1は,一般的な健康診断の結果として「指導」を受けていたわけではなく,実際に医療機関に入通院する中で,嚥下障害に対する食事療法としての「指導」を受けていたものであるから,これはまさしく「医療」にほかならない。


B1は,左後頚部の火傷瘢痕による嚥下障害のほかにも,左足趾の火傷瘢痕の痛みや,後頭部,背部,上腕部の火傷瘢痕の痛み等に苦しんでいたが,B1が火傷瘢痕のために実際に医療機関に入通院を行った事実は証拠上明らかではない。しかし,要医療性とは,
「現に医療を要する状態にあ
る」「医療の給付を要する状態にある」ことであるから,医療の給付,,
すなわち診察や治療等を実際に受けていたかどうかのみで要医療性の有無が決せられるものではなく,客観的,医学的にみて医療が必要な状態にあるといえるかどうかが判断基準となるものというべきである。この点,B1の左足趾は,親指を除く4指が拘縮により変形し重なり合って癒着していたのであるから,歩行したりぶつけたりすることによって激しい痛みが生じていた。
B1は,左足趾の手術により,歩行障害が大きく改善する見込みがあった。歩行障害に対し,医師が,手術を行うことによって大きく機能改善が図れると判断しているのであるから,仮に,原爆症認定申請時点では実際に手術に向けた話合いがされていなかったとしても,客観的な医療の必要性,すなわち要医療性は優に認められるというべきである。
(第1審被告)
B1の火傷瘢痕の放射線起因性について
B1の火傷瘢痕はケロイドの特徴とは合致しない。
B1の申請疾病(火傷瘢痕)の発症は,原爆の熱線という原爆放射線以外の要因によると考えるのが自然かつ合理的であるから,被爆者援護法10条1項の放射線起因性の要件を満たさない。
要医療性について

被爆者援護法10条1項の「現に医療を要する状態」とは,申請疾病に対する純然たる治療行為を基礎に,当該治療行為又はこれを目的としてこれと共に行われる一連の医療サービスの提供を必要とする状態をいうものと解するのが相当であるところ,医師がした「食べ方」に関する指導は,このような意味での「治療行為」には当たらず,そのほか,B1の申請疾病である火傷瘢痕について「現に医療を要する状態」にあることがうかがわれる事情は見当たらない。

また,B1は,火傷瘢痕による痛み及び歩行障害について,客観的に医療が必要な状態にあったと主張するが,B1の火傷瘢痕について,原爆症認定申請時点において積極的な治療が実施されていたことにつき,その具体的な治療の内容も含めて何ら主張立証していない。B1の火傷瘢痕による痛み及び歩行障害については,いずれも,客観的にみて,被爆者援護法第10条1項の「現に医療を要する状態」にあるとはいえない。

10

被控訴人Cの原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張
(第1審被告)
被控訴人Cの被爆状況等

被控訴人Cの被爆後の状況について,
被控訴人Cは,
a中学校に行く際,
遺体を確認するなどしながら歩いていた,被控訴人Cは,a中学校で砂埃の中,校舎の瓦礫に潜り込んで書類を捜し,校庭のサツマイモ畑を掘るなどしたという事実は,被控訴人Cの平成2年10月5日付け被爆者健康手帳交付申請書に添付された同人の体験記や,平成20年3月に作成された同人の体験記において,昭和20年8月12日にa中学校に入市した際の様子が比較的詳しく記載されているものの,遺体を確認するなどしながら歩いたなどという事実や,a中学校で,砂埃の中,校舎の瓦礫に潜り込んで書類を捜したなどという事実は述べられていない。また,サツマイモ畑を掘るなどしたという事実については,上記申請書添付の体験記には記載がなく,その後の体験記において記載されるようになったものである。このように,上記事実は,これを裏付けるような客観的資料が存在しない上に,当時の様子を比較的詳細に記載した被控訴人Cの上記各体験記においても記載がないか,その内容が変遷しているのであるから,上記各事実の存否については疑わしいといわざるを得ない。


また,上記各行為があったとしても,その具体的内容は必ずしも明らかでない上,上記被爆態様から考えられる被曝の程度は,相応の科学的根拠があると認められる今中論文(乙A106)に基づいて広島原爆の投下の翌日である昭和20年8月7日に爆心地から約250mないし1kmの場所に入り,同月13日まで負傷者の救護や死体の処理に当たった賀北部隊の被曝線量と比較しても,ごく僅かなものであったと考えられる。すなわち,今中論文に基づいて賀北部隊の被曝線量を推定した場合,最大でも約18センチグレイ19-0.

94センチグレイ)
となるところ,
この数値は,別のアプローチによる賀北部隊の推定被曝線量(乙A199の228ページ)によれば最大11.8ラド(センチグレイ)
,全隊員平
均約1.3ラド(センチグレイ)
,同237ページによれば最大13ラド
(センチグレイ)とおおむね整合している。それゆえ,賀北部隊の推定被曝線量は相応の科学的合理性を有するものと認められる。そうであるところ,被控訴人Cが前記行動をとったとしても,滞在した場所の爆心地からの距離や滞在した時間,残留放射化した物質に触れたであろう機会の回数や濃淡等の観点から考えれば,被控訴人Cの残留放射線による被曝の程度は,
賀北部隊の被曝の程度にはるかに及ばないというべきである。
そして,
上記のとおり,賀北部隊でさえ,最大約0.13(13センチグレイ)ないし0.18グレイ(18センチグレイ)の放射線被曝をしたにとどまるのであるから,これにはるかに及ばないと考えられる被控訴人Cの被曝の程度は,0.1グレイを大幅に下回るものというべきである。それゆえ,仮に,前記事実を前提としたとしても,DS02等による推定被曝線量よりも相対的に高い線量の放射線に被曝した可能性があることにとどまり,そのことから,直ちに,健康に影響があり得る程度の放射線被曝をしたとまで認めることはできないというべきである。

被控訴人Cの被爆後の身体症状については,被爆後比較的近接した時期に作成された調査票のような信頼性の高い資料は見当たらず,専ら,発熱や下痢があったとする被控訴人Cの供述が存在するのみである。このような供述証拠には,種々の誤びゅうが介在する可能性があることから,その内容の信用性については,相当慎重に検討する必要がある。そして,この点に関する被控訴人Cの供述は,
不合理に変遷している上,
その内容自体,
他の事実と矛盾抵触するものであって,直ちに信用することができない。すなわち,被控訴人Cは,平成2年10月5日付け被爆者健康手帳交付申請書添付の申述書においては,
「わが家では,家族全員が,原爆病の初期
に起こる症状の発熱や下痢をしたと記憶しています。最初のそれらしき症状は,翌日の10日の軽い発熱でした。,
」「二度目は終戦後しばらくたっ
てからで,父と私がかなりひどい下痢をしました。
」と述べていた。しか
し,平成24年8月22日付けの陳述書においては,
「翌8月10日,軽
い下痢と発熱(微熱程度)がありました。,
」「私と父親は,入市後してし
ばらくして,10日の下痢とは比べ物にならない猛烈な下痢をしました。この下痢は数日続き,熱も相当高かったです。
」と述べ,また,同人の本
人尋問に際しては,12日以降,四,五日後に猛烈な下痢をしました。,「

「下痢については,とにかく何回もトイレに行って,水のような便が出たのは覚えています。
」とし,このような下痢は3日間ぐらい続いたと思う
旨述べた上,
「39度以上の熱があったと思います。
」と述べている。こ
のように,激しい下痢が生じた時期や,同時に高熱が発熱したか否かにつき,被控訴人Cの供述は変遷しているが,この点に関し,何ら合理的説明はされていない。
また,被控訴人C本人の供述によれば,被控訴人Cは,昭和20年8月16日ないし17日頃から同月19日ないし20日頃までの間,一日に何度もトイレに行かなければならないような「猛烈な下痢」と,
「39度以
上の熱」を患っていたこととなるが,被控訴人Cの被爆者健康手帳交付申請書に添付されたLの作成に係る被爆事実証明書によれば,
被控訴人Cは,
同月18日又は同月19日頃,自宅から約4.1km離れた知人宅まで家族と共に食料を調達に行っているとされている。同人がこの点について殊更虚偽の供述をする理由はないから,同人の供述内容は比較的信用性が高い。仮に被控訴人Cが,同月18日及び同月19日,上記供述のとおり,「猛烈な下痢」や「39度以上の熱」を患っていたとすれば,約4.1km離れた知人宅に食料の調達に行くことは考え難いから,結局,被控訴人Cの上記供述は,比較的信頼性の高い,上記Lの供述と矛盾抵触するものといわざるを得ない。
よって,被控訴人Cの被爆後の下痢や発熱に関する供述内容は信用できないというべきである。
そして,仮に,被控訴人Cに,被爆後,何らかの発熱や下痢が認められたとしても,
それが直ちに原爆放射線被曝に起因するものとは認められず,
原爆投下当時の衛生環境や栄養状況,あるいは原爆放射線被曝それ自体による精神的影響等から発症した可能性も否定できない。

推定被曝線量は,それ自体,一般的な被曝線量を推定計算したものであり,具体的な被爆態様やその後の行動等により個人差がある可能性は否定できないものであるが,第1審原告らがその主張の根拠として引用する疫学的知見を始めとする多くの疫学的知見が,DS02等による推定被曝線量を基に疫学的研究を行っていることからみても,上記推定被曝線量は一般的に信頼性の高いものであると考えられていることは明らかというべきである。
そして,前記のとおり,被控訴人Cの原爆放射線被曝の程度が,上記推定被曝線量を大きく上回ることを推認させる事情までは認められないというべきであるから,結局,その被曝の程度は,全体としてごく僅かであるというべきであり,高線量の放射線に被曝したことを推認させるような事情も認められないというべきである。
被控訴人Cの甲状腺機能低下症の他原因

被控訴人Cは,複数回にわたり甲状腺機能低下症に関する家族歴の聴取を受け,診療録上,母及び姉が橋本病で薬を常用している旨記載されている。


被控訴人Cは,58歳頃から狭心症発作を繰り返し,平成6年3月3日に心臓カテーテル検査(冠動脈造影検査)が施行された。その後も狭心症や心筋症の精査目的に平成11年3月25日及び同年6月15日に心臓カテーテル検査が施行され,さらに,平成17年8月11日に心臓カテーテル検査が施行された。上記の合計4回の検査において造影剤が使われ,使用されたヨウ素量は合計138.31gである。
被控訴人Cについては,平成11年4月22日(当時66歳)に,初めて血中の甲状腺ホルモン濃度が測定され,検査結果は,血中甲状腺ホルモン(FT3=3.9pg/ml[正常値2.6ないし4.6pg/ml])
濃度が正常,甲状腺刺激ホルモン(TSH=6.97μU/ml[正常値0.5ないし5.5μU/ml]
)値のみが増加というものであり,潜在
性甲状腺機能低下症の状態だったと判断できる。平成16年11月4日には,h病院にて甲状腺ホルモン濃度が測定され(結果:FT4=1.0ng/dl[基準範囲0.70ないし1.48ng/dl]
,FT3=2.
2pg/ml[基準範囲1.71ないし3.71pg/ml]
,TSH=
5.52μIU/ml[基準範囲0.35ないし4.94μIU/ml],)
やはり,甲状腺刺激ホルモン(TSH)値のみが増加しており,潜在性甲状腺機能低下症の状態だったと判断できる。その後,約10年間にわたり潜在性甲状腺機能低下症の状態にあったが,平成21年5月7日に,i診療所にて行われた検査ではFT4=0.86ng/dl(基準値0.83ないし1.71ng/dl)
,TSH=9.55μU/ml(基準値0.
39ないし4.01μU/ml)と,TSHが高値であるのみならず,FT4の低下も認められ,顕在性原発性甲状腺機能低下症であることが初めて確認され,同月14日から甲状腺ホルモン製剤(チラーヂンS)50μgの投与が開始された。

甲状腺機能低下症の発症に当たっては,遺伝的要因が関わっており,家族歴から遺伝的に甲状腺機能低下症を発症しやすい素地があるかどうかについて判断することができる。特に,男性については家族内に同病の患者が見られる頻度が高いともされている。被控訴人Cは,複数回にわたり甲状腺機能低下症に関する家族歴の聴取を受け,診療録上,母及び姉が橋本病で薬を常用している旨記載されている。被控訴人Cは,遺伝的に甲状腺機能低下症を発症しやすい素地があったと考えられる。
また,
甲状腺機能低下症の主たる原因である慢性甲状腺炎橋本病),


甲状腺機能低下症自体,ヨウ素の過剰摂取により発症し得ると考えられている。日本人は世界でもまれな高ヨウ素摂取の集団であるとされており,そのため,慢性甲状腺炎(橋本病)の罹患者が多いとされている。そのような日本人でさえ,1日のヨウ素の摂取量は平均1ないし3mgであるとされており,3mg/日がヨウ素摂取の最大許容量であり,健康障害非発現量とされている。また,例えば,日本の報告で,昆布だし汁からのヨウ素28mg/日の約1年間の摂取事例等で,甲状腺機能低下や甲状腺腫が認められるなどとされている。そして,ヨウ素を含む造影剤の投与によっても,甲状腺疾患が増悪すると考えられている。すなわち,造影剤の禁忌として,ヨードが甲状腺に集積し,症状が悪化するおそれがあるとして,重篤な甲状腺疾患のある患者には投与しないことと規定されている。また,
甲状腺機能低下症患者においては,ヨード造影剤には遊離ヨードが含まれているため,甲状腺機能に影響を及ぼす可能性があることを認識した上で投与する必要があるとされている。そして,CT検査におけるヨード造影剤投与と甲状腺疾患との関係を調査した研究においても,甲状腺機能低下症発症の調整済みハザード比は1.37であり,複数回の検査では甲状腺疾患における調整済みハザード比が3.04と上昇することが報告されている。そうであるところ,前記イのとおり,被控訴人Cには4回にわたり心臓カテーテル検査が実施されており,その際,ヨウ素を含有する造影剤が投与されていて,1回当たり30g前後のヨウ素が,11年間に4回投与されたものと考えられる。上記ヨウ素量は,前記の日本人における1日のヨウ素摂取の最大許容量の約10倍であり,また,日本人において甲状腺機能の低下が認められた年間摂取量とほぼ同量である。そして,造影剤投与と甲状腺疾患との関係を調査した研究の結果に照らしても,上記4回に渡る造影剤の投与で,被控訴人Cの甲状腺機能低下症のリスクは少なくとも1.37倍以上であったと考えられる。
さらに,甲状腺機能低下症の頻度は,加齢により増加するものとされている。被控訴人Cは,66歳の頃,潜在性甲状腺機能低下症が認められているが,上記年齢は,一般的に甲状腺機能低下症を発症して不自然ではない年齢であるということができる。
以上を踏まえると,医学的に見て,被控訴人Cは,遺伝的素因によって慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,ヨウ素の過剰摂取や加齢により同疾病が増悪し,甲状腺機能低下症に罹患したものであると合理的に考えることが可能であり,放射線による影響を考慮するまでもないというべきである(H意見書同旨)

被控訴人Cの皮膚がんについて
被控訴人Cは,平成29年1月5日(当時83歳)
,皮膚がんの存在が確
認されたこと,皮膚がんと放射線被曝との間に関連性が認められていることをもって,
「被控訴人Cが,放射線起因性が認められる皮膚がんを発症して
いることからしても,
同人が,
原爆による放射線によって相当量の被曝をし,
本件の申請疾病である甲状腺機能低下症を発症したことは明らかである。」
などと主張する。
しかし,皮膚がんは,被爆者であると否とにかかわらず一般的に発症する疾病であることに疑問の余地はない。被控訴人Cが皮膚がんを発症したというだけでは,同人が,原爆による放射線によって相当量の被曝をしたことの裏付けとなるものではない。また,仮に皮膚がんについて放射線被曝の影響を考慮してみても,皮膚がんと甲状腺機能低下症とでは発生機序が全く異なるのであるから,皮膚がんに罹患したことをもって,直ちに甲状腺機能低下症を引き起こすに足りる高線量の放射線被曝をしたなどということはできない。
(被控訴人C)
被控訴人Cの被爆状況
被控訴人Cは,昭和20年8月12日,通学していたa中学校の様子が気になり,父と共に同中学校まで行き,サツマイモ畑を掘り返し,サツマイモを食べるなどした。同事実は,被爆者健康手帳の申請書等に明示的な記載はないが,同申請書には,被爆者健康手帳の取得に必要な事情が記載されていればよく,被爆状況の全てを詳細に記載するものではない。被控訴人Cの体験記乙D10)

には,
食べられそうなものはなかったと記載されているが,
同部分は,まだ実っておらず食べられなさそうではあったが,空腹を満たすため,サツマイモの根などをかじったと解することもでき,被控訴人Cの供述と矛盾しない。
被控訴人Cの甲状腺機能低下症の他原因について
被控訴人Cの甲状腺機能低下症の発症原因を慢性甲状腺炎(橋本病)とする医学的根拠はない。

甲状腺機能低下症は特に遺伝的傾向の強い疾患ではない。被控訴人Cの母と姉は,被控訴人Cと同地点で直爆を受けた被爆者であり,この事実を考慮せず,被控訴人Cの家系が橋本病多発家系であるということに意味はない。

被控訴人Cが検査において摂取したヨウ素は,水溶性ヨウ素であると考えられ,腎機能が正常であれば比較的早期に体外に排出され,一度に多量に摂取したとしてもその影響を考慮する必要はない。1年間,多量のヨウ素を反復継続的に摂取したケースと,11年間に4回造影剤の投与を受けた被控訴人Cのケースとでは同列には論じられない。さらに,被控訴人Cに造影剤が投与された最終時は平成17年8月であるところ,被控訴人Cの甲状腺機能低下症が治療を要するようになったのは平成21年5月であり,時間が隔たっている。ヨウ素過剰摂取を,被控訴人Cの甲状腺機能低下症の増悪原因とすることはできない。
被控訴人Cの皮膚がんについて
被控訴人Cは,,
56年前から左頬に黒い小丘疹の存在に気づいていたが,

平成29年1月5日,病理組織検査の結果,悪性腫瘍の存在が確認された。皮膚がんには放射線起因性が認められるところ,被控訴人Cは相当量の被曝をし,甲状腺機能低下症を発症したことは明らかである。
11

被控訴人Dの原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張
(第1審被告)
被控訴人Dの被爆状況等
被控訴人Dの被爆状況等について,被控訴人Dが昭和20年8月11日に長崎市b町まで入市したことや,同日,自宅(爆心地から約4km地点)裏の畑の芋のツルを食べるなどした事実については,相応の科学的根拠を有する今中論文に照らしても,上記入市の事実のみで比較的高線量の放射線被曝をしたものとは考え難い。また,仮に,被控訴人Dが,自宅裏の畑で芋のツルを食べていたとしても,同所は爆心地から約4km地点である。一般に,原爆放射線による初期放射線の影響は,爆心地から離れるに従って急速に低下する。その結果,初期放射線(そのうち主に中性子)によって大地や食物等が誘導放射化する程度も,爆心地から離れるに従って急速に低下するものである。そうであるとすれば,爆心地から4kmも離れた地点にある畑において芋のツルを食べたとしても,それのみで放射線に被曝するなどとはおよそ考え難いというべきである。
それゆえ,仮に前記事実を前提としたとしても,また,仮にそれによってDS02等による推定被曝線量よりも相対的に高い線量の放射線に被曝した可能性があるとしても,その限度にとどまり,そのことから,直ちに健康に影響があり得る程度の放射線被曝をしたなどと認めることはできないというべきである。
被控訴人Dの胃がんについて
胃がんは,被爆者であると否とにかかわらず一般的に発症する疾病であることに疑問の余地はない。そして,被爆者ががんを発症した場合に,当該がんは放射線被曝の程度にかかわらず常に放射線被曝の影響によるものであると評価し得る経験則は,一般的に認められない。被控訴人Dが早期胃がんを発症したというだけでは,同人が原爆による放射線によって相当量の被曝をしたことの裏付けとなるものではない。
また,仮に胃がんについて放射線被曝の影響を考慮しても,胃がんと甲状腺機能低下症とでは発生機序が全く異なるのであるから,胃がんに罹患したことをもって,直ちに甲状腺機能低下症を引き起こすに足りる高線量の放射線被曝をしたなどということはできない。
(被控訴人D)
被控訴人Dの被爆状況等

被控訴人Dは,昭和20年8月10日又は同月11日,爆心地から0.8kmのb町まで行き,その翌日以降,連続して5日程,父と共に朝から日没頃まで爆心地付近を歩き回った。被爆者健康手帳入市日変更申請書には,知人らが証明できる同月11日を記載したが,その後の入市がなかったことまで意味するものではない。被爆者健康手帳には「毎日5日ほど」の記載がある。

被控訴人Dは,爆心地を両親と歩き回った後,下痢や吐き気,めまいに襲われ,下痢については,近所の薬局で調合してもらった薬を飲んだ。また,髪を両手で梳くと,指からはみ出るくらい髪が抜けた。さらに,10日ほど経過して40度近くの高熱を発した。これらは放射線被曝の急性症状である。
被爆者健康手帳交付申請書は,被控訴人Dの父が被曝から約12年後に記載したものであるから,被控訴人Dの父がこれらの症状を思い出せず,記載しなかったとしても不自然ではない。被控訴人Dは,認定申請書に印象的な高熱を発した件だけを記載したが,他に急性症状がなかったものではない。
被控訴人Dの胃がんについて
被控訴人Dは,早期胃がんを発症し,平成29年5月25日に内視鏡的粘
膜過小剥離術を受け,現在は経過観察をしながら服薬治療を受けている。原爆放射線による被曝と固形がんの発症については,さまざまな科学的知見が集積されており,現行の認定基準においても,悪性腫瘍については,直爆3.
5km以内や100時間以内に2.
0km以内入市の基準を満たせば,
原則認定することになっている。また若年被爆者については,固形がんの発症・死亡のリスクが高いことが報告されている。
以上によれば,被控訴人Dが放射線起因性が認められる早期胃がんを発症したことは,同人が相当量の被曝をしたことを示しており,甲状腺機能低下症について放射線起因性が認められなければならない。
12

E1の申請疾病の放射性起因性に関する当審における補充主張

(控訴人Eら)
E1の被爆状況等
E1には,被爆後まもなく髪が抜けるようになり,その後生えてくる髪が縮れるとの急性症状があった。E1は,本件訴訟を提起するに当たり,これを姉に聞いたものであり,姉の発言は,提訴に当たってその重要性を認識した上でのことであるから,重視すべきである。被爆者健康手帳交付申請の記載は,被爆後12年を経過した時期のものであり,不十分であることもあり得る。E1は,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものである。
E1の申請疾病の放射線起因性

E1は,爆心地から3.5km以内での直爆,原爆投下より100時間以内に爆心地から2km以内に入市との双方の要件を満たす状況で被爆したものであり,一般的に放射線被曝による心筋梗塞発症の危険性は認められているから,放射線の線量が非常に高いことを放射線起因性の判断の要件とすべきではない。


心筋梗塞及び狭心症と放射線被曝との関連性については,低線量域も含めて,一般的に肯定することができる。E1は,上記のとおり,相当程度の被曝をしていると認めるべき状況で被曝し,20歳から30歳代に高血圧となり,その後,53歳という若年で心筋梗塞を発症し,手術をしたものの約9年後に再度冠動脈の狭窄が見つかり,再び手術をしている。平成22年には左内頸動脈の動脈硬化所見著明となっており,全身の動脈硬化症が考えられる。被爆者には,動脈硬化性疾患が多いとの調査があり,心筋梗塞と放射線被曝との関連性も一般的に肯定されることからすると,E1の心筋梗塞及び労作性狭心症は,放射線被曝に起因するものと認めるべきである。


E1に対して,原発性アルドステロン症の診断とその治療はない。原発性アルドステロン症とは,副腎の腫瘍や過形成により,アルドステロンが過剰に分泌される疾患であるが,診断のためのスクリーニング検査としては,血漿レニン活性(PRA)
,血漿アルドステロン(PC
A)を測定するのであり,日本内分泌学会のガイドラインでは,PCA/PRAで求めるARR>200でスクリーニングすることを推奨している。ただし,この数値は,報告者によってカットオフ値は異なる状況であり,絶対的なものではない。また,これらの検査については,薬剤の影響があるため,β遮断薬は2週間以上,アルドステロン拮抗薬は6週間以上内服中止してからスクリーニングするとされている。スクリーニング陽性の場合,日本内分泌学会のガイドラインによると,カプトリル負荷試験,フロセミド立位負荷試験,生理食塩水負荷試験のうち,少なくとも一つ以上の検査実施後,病形,局在診断を行うとされている。そして,
病形の鑑別や局在診断のためには,
副腎静脈採血が必須である。
治療としては,原則的に,片側副腎からのアルドステロン過剰分泌が原因となっている場合には手術,両側副腎からのアルドステロン過剰分泌が原因の場合は内科治療が適応となる。
E1は,若年で高血圧を発症しているが,それは,原発性アルドステロン症を疑うきっかけにすぎず,上記診断方法に照らすと,具体的に行われた検査は,スクリーニング検査のみであり,唯一行われている検査であるスクリーニング検査についても,正確な検査は全く行われていない。すなわち,この検査に関しては,β遮断薬によりレニン活性が著明低下するということが指摘されている。また,血漿アルドステロン濃度や血漿レニン活性検査時の体位等が明らかではない。
E1に対して,l病院においては,平成元年からβ遮断薬であるテノーミンが処方され,平成4年2月にテノーミンが削除されたものの,やはりβ遮断薬であるメインテートが処方されている。平成5年にメインテートがストップされ,その後β遮断薬は処方されていない。
β遮断薬の処方と検査結果を照らし合わせると,β遮断薬処方中の平成2年や平成3年の検査では,アルドステロンは基準値内だが,分母となるレニン活性が0.1や0.2と低いため,PCA/PRA比としては大きくなっている。一方,β遮断薬の投与がなくなった後の検査としては,平成10年のj病院の検査しかないが,この検査においては,レニンは1.2と,平成2年や3年の検査に比べて大きく上昇し,PCA/PRA比としても82と基準値の200を大きく下回る数値となっている。
このような経過からすると,平成2~3年のスクリーニング検査において,E1の数値が200を超えているのは,β遮断薬の影響でレニンが低下したことによる偽陽性の可能性が高い。E1の副腎には腫瘍の所見は発見されていない。
E1の主治医であるM医師は,アルダクトンAを処方しているが,利尿剤として処方しているのであり,原発性アルドステロン症の治療のために処方しているものではない。

仮に,E1が,原発性アルドステロン症に罹患していたとしても,心筋梗塞等の心血管疾患を引き起こしやすくすることはない。そのような見解の根拠とされる乙A第519号証には何ら元となる資料が引用されていない。
乙A第520号証において引用されている文献23-26については,文献23(甲G37)において原発性アルドステロン症として扱われているのは,腺腫のある65人(内58人は手術)とCT上過形成が診られる59人の合計124人であり,
画像上の所見のないものは含まれていない。
また,心筋梗塞の発症率が6.5倍と言っても,原発性アルドステロン症患者124人中,心筋梗塞を発症したのは5人,発症率はわずか4%である。文献24(甲G38)では原発性アルドステロン症とされているのは腺腫のある224人であり,腫瘍のない患者は原発性アルドステロン症群には含まれていない。その上,この文献では,脳出血は多いが,心筋梗塞は低いとされている。文献25(甲G39)では,腺腫と確かめられた58人が原発性アルドステロン症として扱われており,腫瘍のない者は含まれていない。そして,脳卒中と蛋白尿について有意としている。文献26(甲G40)は左心室肥大の文献であり,心筋梗塞には触れていない。このように原発性アルドステロン症について心筋梗塞等のリスクが高いとしている研究等は,全て腫瘍があるか画像上の過形成が明らかな原発性アルドステロン症についての研究であり,腫瘍や過形成のみられない原発性アルドステロン症に当てはまるものではない。乙A第521号証は,原発性アルドステロン症に限らずアルドステロンの影響として研究されているが,E1は,アルドステロン値自体は正常値の範囲内であり,アルドステロンの値が高い訳ではないから,この文献もE1に当てはまるものではない。また,乙A第521号証において具体的に原発性アルドステロン症患者について心筋梗塞のリスクが上昇するとの記述はない。

E1の高血圧,
その食生活の嗜好性,
肥満を過大に評価すべきではない。
放射線被曝により動脈硬化が生じることが知られており,高血圧は,放射線被曝による動脈硬化の影響と考えるべきである。
喫煙については,E1の心筋梗塞の発症は禁煙後約13年経過した後であるから,既に喫煙の影響はないと考えられる。

(第1審被告)
E1の原発性アルドステロン症について

原発性アルドステロン症が疑われる病態として,低カリウム血症(利尿薬誘発性を含む)合併高血圧,若年性の高血圧,Ⅱ度以上(中等度・重症)の高血圧,治療抵抗性高血圧,副腎偶発腫瘍を伴う高血圧及び40歳以下で脳血管障害合併症が挙げられる。E1は20歳代から高血圧を指摘されており,若年性の高血圧に当たり,診療経過を踏まえれば,少なくともⅡ度高血圧に該当し,治療抵抗性高血圧症に該当する。また,E1は,昭和60年12月(41歳)及び平成元年1月(44歳)に脳出血を発症し,40歳以下ではないものの,好発年齢よりも若年のうちに2回も脳内出血を発症した。以上によれば,E1が原発性アルドステロン症に罹患していたことが合理的に推認できる。

l病院医師が,E1について,原発性アルドステロン症と診断し,これに対する処置として降圧剤を処方していたことは,同病院の診療録から明らかである。
他原因の不存在の主張立証責任は,
控訴人Eらが負っている。
控訴人Eらは,l病院における原発性アルドステロン症の診断根拠が不明であり,根拠となる検査もなく,必要であるはずの経過観察などもされていない状態で,診断書に同病名が記載されていることのみで,同人が同疾病に罹患していたと断定すべきではないと主張する。この点,平成元年当時,l病院において,どのような検査結果等を基に,E1の傷病について,原発性アルドステロン症と診断されたのかについては,具体的に記載されたカルテが残っていないため,その診断根拠は不明であるといわざるを得ない。しかし,l病院において,何らの根拠なしに前記の診断がされたとは到底考えられない。また,E1が若年の頃から高血圧であったこと及び平成10年10月12日時点で,降圧剤服用状態で低レニン血症であったこと等,原発性アルドステロン症に罹患していたことを疑わせる事情も認められるし,上記診断が誤診であったことを疑わせるような事情も見当たらない。
よって,l病院の前記診断の明確な根拠が不明であるからといって,同診断に根拠がないとはいえず,上記事情は,E1が原発性アルドステロン症に罹患していなかった事実を推認させるものとはいえないというべきである。


控訴人Eらは,平成10年当時のPAC/PRA比が約82と基準値の200を大きく下回っていることからすると,平成2,3年当時のスクリーニング検査においてPAC/PRA比が200を超えているのは,β遮断薬の影響による偽陽性の可能性が高いと主張する。
確かに,β遮断薬を服用すると,PRA及びPACのいずれも低下するが,PRAが著明低下するため,PAC/PRA比は増加し,偽陽性となる可能性がある。そして,E1は,平成2年11月28日及び平成3年5月1日にレニン・アルドステロン検査を受けた当時,β遮断薬であるテノーミン又はメインテートを服用していた。しかし,同人は,その当時,上記薬剤に加え,アルダクトンA(アルドステロン拮抗薬)アデカット(ア,
ンジオテンシン変換酵素阻害薬)及びアダラート(カルシウム拮抗薬)も服用していた。アルドステロン拮抗薬の服用によりPRA(血漿レニン活性)とPAC(血漿アルドステロン濃度)はいずれも増加するが,PRAの増加がPACの増加を上回るため,PAC/PRA比は低下し,またアンジオテンシン変換酵素阻害薬を服用するとPRAが増加し,PACが低下するため,PAC/PRA比は当然低下することとなる。また,カルシウム拮抗薬(アダラート)を服用すると,PRAは増加し,PACは不変ないし低下することとなる。
以上を踏まえ,E1が上記各検査の当時服用していた降圧薬によるPRA及びPACへの影響をまとめると,
PRAに対しては,
アルダクトンA,
アデカット,アダラートが増加に作用し,テノーミンだけが著明低下に作用することとなる。他方,PACに対しては,アルダクトンAだけが増加に作用し,アデカットとテノーミンは低下に作用し,アダラートは低下ないし不変に作用することとなる。つまり,PRA,PACのいずれに対しても増加と低下の作用が入り交じっており,PRAもPACも正しく評価するのは困難である。
したがって,上記検査当時,E1がβ遮断薬を服用していたからといって,上記検査の結果,PAC/PRA比が200を超えていたことが,当然に,E1の上記薬剤服用による影響であるということはできない。エ
控訴人Eらは,E1の主治医であったM医師が,E1について原発性アルドステロン症であると診断していないことを指摘する。しかし,本件で問題となっているのは,E1の心筋梗塞及び労作性狭心症が,原発性アルドステロン症によるものではないことを控訴人Eらが立証できたか否かであって,重要なことは,E1が上記疾病に罹患する以前に,原発性アルドステロン症に罹患していたか否かである。M医師がE1の診察を担当するようになったのは平成14年以降のことであり,M医師が,その当時,E1について,原発性アルドステロン症であると診断していないからといって,直ちに,E1の心筋梗塞及び労作性狭心症発症(なお,遅くとも平成10年10月1日時点で心筋梗塞と診断されているが,平成9年末には,虚血性心疾患に罹患していたことが示唆されている。
)以前に,原発性ア
ルドステロン症に罹患していなかったとはいえない。
そして,E1については,平成元年11月28日以降,継続的に降圧薬によるコントロールが行われていたのであって,その結果として,M医師が診察を開始した平成14年時点で,特段,原発性アルドステロン症と診断し,詳細な検査を行う必要がある状態になかったものと合理的に考えることができる。
よって,M医師が,E1が原発性アルドステロン症であると診断していないことから,同人が心筋梗塞等を発症する以前に原発性アルドステロン症に罹患していた事実を否定することはできないというべきである。控訴人Eらは,以上のほか,

エコー検査やCT検査の結果,副腎に腫瘍

や過形成が確認されていないこと,

アルダクトンAは原発性アルドステロ

ン症のみに処方される薬ではなく,利尿剤として一般に処方される薬であること,

平成10年に原発性アルドステロン症の転帰が「中止」とされて以
降,経過観察もされていないこと等から,l病院での診断が正確な診断ではなかったとも主張する。

上記

について,確かに,E1については,エコー検査の結果,副腎に

腫瘍や過形成は発見されていない(なお,CT検査については,予約はされたものの,実施された記録は見当たらない。。しかし,そもそも,C)
Tなどの画像検査では検出不可能な径6mm以下のアルドステロン産生微小腺腫がアルドステロン産生腺腫の約半数を占めるとされている。CT検査や,より精度の劣るエコー検査によって,腫瘍や過形成が発見されていないからといって,原発性アルドステロン症に罹患していないといえるものではない。

上記

について,確かに,アルダクトンAは,利尿薬としても用いられ

る薬であるが,このことから,E1に対するアルダクトンAの処方がl病院において開始されて以降,これが利尿剤として処方されていたことまでは認められない。

上記③について,確かに,京都j病院におけるE1の原発性アルドステロン症に係る病名は,平成10年10月12日から同月15日までの1回目の入院中は「原発性アルドステロン症」であったが,2回目の入院中の同年11月16日に「アルドステロン症の疑い」に変更され,同入院中の同月28日にその転帰が「中止」とされている。しかし,なぜ,上記転帰が「中止」とされたのかについては,その具体的な理由が当時のカルテに記載されていないため,不明であるといわざるを得ないのであって,上記記載のみから,直ちにl病院の前記診断が誤りであったとまではいうことができない。なお,E1は,l病院退院後も,薬物治療を含む経過観察を受けているのであって,経過観察がされていないという控訴人Eらの主張は,事実と異なる。
E1には,原発性アルドステロン症の他にも,高血圧症,喫煙,肥満,加
齢などの冠動脈疾患の発症の基礎となる動脈硬化の複数の危険因子があった。
13

被控訴人Fの原爆症認定要件該当性に関する当審における補充主張
(第1審被告)
被控訴人Fが供述する,昭和20年8月6日に爆心地から約1.7km地点にあるc橋を渡ってさらに数百メートル爆心地に近づいた地点に入市した,また,昭和20年8月6日又は同月7日から数日間,d町付近及びe町付近に入市したとの事実は認められない。
被控訴人Fが,原爆投下当日,c橋付近まで入市したとの事実については,相応の科学的根拠があると認められる今中論文によれば,爆心地から1.5kmより遠くにおいては,誘導放射線による影響は無視し得るとされている。(被控訴人F)
被控訴人Fの被曝状況について
被控訴人Fは,被爆後,母に背負われて入市した。これについては,新たに得られた被控訴人Fの親族の供述録取書(甲H12)からも明らかである。被控訴人Fの放射線被曝線量は軽度とはいえない。
被爆者健康手帳交付申請書作成,提出の目的は,被爆者援護法1条の被爆者の地位を得るためである。同法1条1号,2条は,原子爆弾が投下された際,当時の広島市,
長崎市の区域内にあった者には被爆者健康手帳を交付するとし,
その交付を受けた者を「被爆者」としている。被控訴人Fは,爆心地から約3.45kmの地点で直接被爆しており,被爆者健康手帳の申請書には,その事実を記載するだけで被爆者手帳の交付を受けるに十分であって,それ以上のこと(入市被曝のこと)を書かないのは当然である。
被控訴人Fは,c橋付近に行ったことをNの証明書の記載及び被控訴人Fの父Oの被爆者健康手帳交付申請書の記載を根拠に主張するものである。被控訴人Fは,
被爆当時2歳であり,
母からの伝聞以外に状況を知ることができない。
親族が死亡したことは除籍謄本から明らかであり,家族の安否を心配して探しに行ったとの内容は信用できる。また,被爆後,被控訴人Fをおぶった被控訴人Fの母に会ったとのPの供述は信用することができる。
第3
1
当裁判所の判断
当裁判所も,被控訴人C及び被控訴人Fの各申請疾病並びに被控訴人Dの申請疾病のうち甲状腺機能低下症の各放射線起因性は認められ,
本件C却下処分,
本件D却下処分のうち申請疾病甲状腺機能低下症に係る部分及び本件F却下処分はいずれも違法であるから,これらの却下処分の取消しを求める同被控訴人らの請求はいずれも理由があり,控訴人A及びE1の各申請疾病の放射線起因性並びにB1の申請疾病の要医療性は認められず,本件A却下処分,本件B1却下処分及び本件E1却下処分はいずれも違法であるとはいえないから,これらの却下処分の取消しを求める控訴人A,控訴人Bら及び控訴人Eらの請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおり補正し,当審における当事者の補充主張に対する判断を付加するほかは,
原判決の事実及び理由」

の「第3章

当裁判所の判断」の「第1

判断基準(争点

),
」「第2

原爆症認定における放射線起因性の

原爆症認定要件該当性(争点


」の1ないし

3及び5ないし7(原判決38頁2行目から83頁20行目まで及び88頁26行目から107頁14行目まで)
に記載のとおりであるからこれを引用する。
原判決40頁14行目の「なお」から同頁25行目の「却下すべきとい(
うことはできない。」までを削る。

原判決61頁1行目の「非常に」を「他の原因による狭心症の発症を検討する必要のない程度に」に改める。
原判決63頁16行目から同頁17行目にかけての「低線量域も含めて,一般的に肯定することができるというべきである」を「低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて心筋梗塞や狭心症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである」に改める。
原判決65頁6行目及び同頁18行目の「強く」をいずれも削る。原判決69頁11行目の「乙A542)

」の後に「,心筋梗塞の発症リ
スクは,総コレステロール値224以上の群では,175以下の群に比べて男性で3.3倍高く,トリグリセライド値167以上の群では,84未満の群に比べて男性で3.4倍高いとされていること(乙A570)を加える。」
原判決71頁3行目の「非常に」を「他の原因による狭心症の発症を検討する必要のない程度に」に改め,同頁5行目から6行目にかけての「,狭心症と放射線被曝との間に一般的に関連性が認められること」を削り,同頁24行目の「吹き飛ばさた後」を「吹き飛ばされた後」に改める。
原判決71頁26行目,72頁3行目,同頁5行目,同頁8行目,同頁12行目,同頁17行目,同頁19行目,74頁24行目の「原告B1本人」を「訴訟承継前第2事件原告B1本人」に改める。
原判決79頁22行目の「甲161の2文献3」を「甲A161の2文献3」に改める。
原判決80頁17行目から同頁18行目にかけての「低線量域も含めて,一般的に肯定することができるというべきである」を「低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである」に改める。
原判決83頁4行目から同頁5行目にかけての「低線量域も含めて,一般的に肯定することができるのであって」を「低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきであって,被控訴人Cにおいて,甲状腺機能低下症発症の一般的な危険性を否定できないとしても,原爆放射線被曝のほかにその発症の原因となり得る有力な危険因子を有していたものと認めるに足りないこと,」に改
める。
原判決83頁6行目の「高かったといえること」の次に「甲A161の(
2文献9及び12)
」を加える。
原判決88頁26行目の「5」を「4」に,96頁7行目の「6」を「5」に,103頁2行目の「7」を「6」にそれぞれ改める。
原判決90頁2行目から同頁5行目までを削る。
原判決92頁15行目冒頭から同頁20行目の末尾までを次のとおり改める。
「a

被控訴人Dの第1の申請疾病は,前記前提となる事実のとおり,
「甲状

腺機能低下症」である。
被控訴人Dは,平成15年3月7日,g病院において,甲状腺ホルモンの測定を受けたところ,TSH=27.329μIU/mlと高値,FT4=0.30ng/dlと低値を認め,甲状腺機能低下症と診断された。そして,平成15年4月16日には,サイロイドテストとミクロゾームテストにより甲状腺の自己抗体の測定が行われ,その結果は陰性であった(乙F8,17)
。上記の検査結果から,被控訴人Dは自己免疫性でない甲状
腺機能低下症に罹患していたことが認められる。
そして,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである。

原判決93頁5行目の「についても」の次に「上記の限度では」を加える。原判決93頁6行目末尾に行を改めて,次のとおり加える。
「b

第1審被告は,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであると主張し,H意見書を提出する。この点に関するH意見書の要旨は次のとおりである。


被控訴人Dについては,
甲状腺自己抗体の測定の結果は陰性であったが,
甲状腺自己抗体の測定は1回しか確認できず,当時から臨床現場において日常的に行われていた抗サイログロブリン抗体や抗TPO抗体の高感度測定は行われていないなど,甲状腺機能低下症に関する詳細な検査が行われていない。慢性甲状腺炎(橋本病)によるものかどうかは積極的に肯定する所見がないものの,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であることを踏まえると,被控訴人Dの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少ない。被控訴人Dの甲状腺機能低下症は,加齢等により発症したものと考えて不自然ではない。

しかし,上記意見書の内容(自己免疫性の甲状腺機能低下症の一つである慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であるとの医学的な知見があることが認められる(乙A641の資料

)ことなど)を考慮しても,被控訴人Dの甲状腺機能低下症

が自己免疫性でない甲状腺機能低下症であるとの前記認定は左右されない。
なお,仮に被控訴人Dの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであるとしても,
自己免疫性甲状腺機能低下症の放射線被曝との関連性については,前記のとおり,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである。」
原判決93頁17行目末尾に行を改めて,次のとおり加える。


第1審被告は,被控訴人Dの甲状腺機能低下症は,加齢により発症したものである旨主張し,H意見書においても同旨の指摘がある。しかし,被控訴人Dは,昭和20年8月9日に爆心地から約4.0km離れた屋内で初期放射線により被曝したことに加え,原爆投下の2日後に入市して爆心地から約0.8km付近まで進んだほか,自宅付近の井戸水を飲み,自宅裏の芋のツルを食べるなどして,誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を含む粉塵等に接触したことにより,健康に影響があり得る程度の線量の放射線被曝をしたものと認められること,また,被爆後,常に体のだるさを感じ,風邪を引きやすくなったこと,被控訴人Dが被爆当時5歳と若年であり,放射線に対する感受性が比較的高かったといえること(甲A161の2文献9及び12)
,放射線被曝と甲状腺機能低下症の発症について,低線量域の被曝も含めて関連性を示唆する科学的知見が存在すること,被控訴人Dの甲状腺機能低下症の発症について他に有力な原因があるとは認められないこと等の事情に照らせば,被控訴人Dの甲状腺機能低下症の放射線起因性を肯定することができるというべきである。
なお,被控訴人Dが好発年齢で甲状腺機能低下症を発症したことによっても,上記の判断が左右されることはない。

原判決93頁21行目から同頁22行目にかけての「低線量域も含めて,一般的に肯定することができるのであって」を「低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきであって,被控訴人Dにおいて,甲状腺機能低下症発症の一般的な危険性を否定できないとしても,原爆放射線被曝のほかにその発症の原因となり得る有力な危険因子を有していたものと認めるに足りないこと」に改める。
原判決94頁9行目冒頭から95頁24行目末尾までを削る。
原判決96頁3行目の「いうほかないが,から同頁6行目末尾までを「い」
うほかない。
」に改める。
原判決96頁14行目,同頁19行目,97頁21行目から22行目にかけての「原告E1本人」を「訴訟承継前控訴人E1本人」に改める。原判決96頁21行目の「高血圧を指摘され」から同頁22行目の「いたが,
」までを次のとおり改める。
「高血圧を指摘され(昭和57年には精密検査を受けたが,高血圧の原因は判明しなかった。,k病院において降圧剤を処方されたが,その効果は芳し)
くなく,通院も断続的であった。その後,E1は,

原判決97頁1行目の「平成2年2月までに」から同頁2行目の「診断された」までを次のとおり改める。
「平成2年2月までに,l病院において原発性アルドステロン症と診断され,この診断に基づいてアルダクトンA等の薬剤による治療を継続した」原判決99頁6行目の「乙A545))

。」の次に「,E1は昭和57年
に精密検査を受けたものの,その高血圧の原因が判明せず,k病院において降圧剤による治療を受けたがその効果は芳しくなかったが,l病院において原発性アルドステロン症の診断に基づき薬剤による治療を継続したところ,高血圧が一応コントロールされた状態になったこと(ただし,その後,血圧は著明に変動する状態であった。乙G13)
」を加える。
原判決99頁21行目の「ことはできない」の次に「なお,E1が原発(
性アルドステロン症ではないとの確定診断を受けた事実を認めるに足りる証拠はない。」を加える。

原判決100頁19行目の「非常に」を「他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検討する必要のない程度に」に改める。
原判決101頁4行目から同頁5行目にかけての「低線量域も含めて,一般的に肯定することができるというべきである」を「低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて心筋梗塞や狭心症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである」に改める。
原判決102頁13行目の「非常に」を「他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検討する必要のない程度に」に改める。
原判決102頁15行目から16行目にかけての「,心筋梗塞及び狭心症と放射線被曝との間に一般的に関連性が認められること」を削除する。原判決103頁17行目の「収用された」を「収容された」に改める。原判決105頁25行目冒頭から106頁4行目末尾までを次のとおり改める。
「a

被控訴人Fの申請疾病は,前記前提となる事実のとおり,
「甲状腺機能

低下症」である。
被控訴人Fは,平成18年3月7日,I医院において,甲状腺ホルモンを測定したところ,T4=3.7μg/dl(基準値7.0ないし13.0μg/dl)
,T3=109.0ng/dl(基準値70ないし190
ng/dl)
,TSH=126.756μU/ml(基準値0.2ないし
5.0μU/ml)であり,T4低値と著名なTSHの上昇を認め,「H
ypothyroidism」
(甲状腺機能低下症)と診断された。同年
10月3日には,サイロイドテストとミクロゾームテストにより甲状腺の自己抗体が測定され,その結果は陰性であった(乙H5の2,乙H6,17)
。上記の検査結果から,被控訴人Fは自己免疫性でない甲状腺機能低下症に罹患していたことが認められる。
そして,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである。

原判決106頁10行目末尾に行を改めて,次のとおり加える。
「b

この点について,第1審被告は,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであると主張し,H意見書を提出する。
この点に関するH意見書の要旨は次のとおりである。



被控訴人Fについては,
甲状腺自己抗体の測定の結果は陰性であったが,
甲状腺自己抗体の測定は1回しか確認できず,当時から臨床現場において日常的に行われていた抗サイログロブリン抗体や抗TPO抗体の高感度測定は行われていないなど,甲状腺機能低下症に関する詳細な検査が行われていない。慢性甲状腺炎(橋本病)によるものかどうかは積極的に肯定する所見がないものの,ほとんどの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)によるものであり,慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であることを踏まえると,被控訴人Fの甲状腺機能低下症が慢性甲状腺炎(橋本病)以外である可能性は少ない。被控訴人Fの甲状腺機能低下症は,加齢等により発症したものと考えて不自然ではない。

しかし,上記意見書の内容(自己免疫性の甲状腺機能低下症の一つである慢性甲状腺炎(橋本病)のうち10%程度は甲状腺自己抗体が精密検査によっても陰性であるとの医学的な知見があることが認められる(乙A641の資料

)ことなど)を考慮しても,被控訴人Fの甲状腺機能低下症

が自己免疫性でない甲状腺機能低下症であるとの前記認定は左右されない。
なお,仮に被控訴人Fの甲状腺機能低下症が自己免疫性のものであるとしても,
自己免疫性甲状腺機能低下症の放射線被曝との関連性については,前記のとおり,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきである。」
原判決106頁19行目末尾に行を改めて,次のとおり加える。


第1審被告は,被控訴人Fの甲状腺機能低下症は,加齢により発症したものである旨主張し,前記のとおり,H意見書においても同旨の指摘がある。しかし,被控訴人Fは,昭和20年8月6日に爆心地から約3.45km離れた自宅庭で母親に背負われた状態で初期放射線により被曝したことに加え,その当日に被控訴人Fの父親を探しに行く母親に背負われて入市して爆心地から約1.7km付近まで進んで防火水槽の水を飲むなどしたほか,その後も,母親に連れられて小学校(爆心地から約3.1km)に収容された父親の看病に行くなどして,誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を含む粉塵等に接触したことにより,健康に影響があり得る程度の線量の放射線被曝をしたものと認められること,また,被爆後,脱毛があり,疲れやすく,風邪を引くとなかなか治らない状態であったこと,被控訴人Fが被爆当時2歳と若年であり,放射線に対する感受性が比較的高かったといえること(甲A161の2文献9及び12)
,放射線被曝と甲状腺機能低下症の発症
について,低線量域の被爆も含めて関連性を示唆する科学的知見が存在すること,被控訴人Fの甲状腺機能低下症の発症について他に有力な原因があるとは認められないこと等の事情に照らせば,被控訴人Fの甲状腺機能低下症の放射線起因性を肯定することができるというべきである。
なお,被控訴人Fが好発年齢で甲状腺機能低下症を発症したことによっても,上記の判断が左右されることはない。

原判決106頁23行目から同頁24行目にかけての低線量域も含めて,「
一般的に肯定することができるのであって」を「低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきであって,被控訴人Fにおいて,甲状腺機能低下症発症の一般的な危険性を否定できないとしても,原爆放射線被曝のほかにその発症の原因となり得る有力な危険因子を有していたものと認めるに足りないこと」に改める。
2
放射線起因性の判断基準等
第1審原告らの申請疾病の放射線起因性の判断基準等,放射線起因性の立証の程度,具体的な判断方法,被曝線量の評価方法等については,前記第2の5の当事者の当審における補充主張を踏まえても,前記1において原判決(38頁2行目冒頭から58頁6行目末尾まで)を補正の上,引用して認定,説示したとおりである。
原爆症認定のためには,放射線と負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下との間に通常の因果関係があることが要件であり,この放射線起因性については,その存在を主張する者において,原爆放射線に被曝したことにより当該負傷若しくは疾病又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明する必要があり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを要すると解すべきである(最高裁平成12年判決参照)

具体的には,当該被爆者の放射線への被曝の程度と,統計学的・疫学的知見等に基づく申請疾病等の放射線被曝との関連性の有無及び程度とを中心的な考慮要素としつつ,これに当該疾病等の具体的症状やその症状の推移,その他の疾病に至る病歴(既往歴)
,当該疾病等に係る他の原因(危険因子)の有無及
び程度等を総合的に考慮して,原子爆弾の放射線への被曝の事実が当該申請に係る疾病若しくは負傷又は治癒能力の低下を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性が認められるか否かを経験則に照らして判断するのが相当である。上記のうち被爆者の放射線への被曝の程度を検討するに当たっては,
DS

02により初期放射線の被曝線量を推定することは科学的根拠を有するものであるが,その適用については一定の限界が存すること,

新審査の方針の下に

おける誘導放射線による被曝線量及び放射性降下物による被曝線量の評価はいずれも過小評価となっている疑いがあること,

被爆者の被爆状況,被爆後の

行動,活動内容,被爆後に生じた症状等によっては内部被爆の可能性があること,

遠距離・入市被爆者であっても有意な放射線被曝をし得ること等を考慮
する必要があることも,前記1において原判決を引用して説示したとおりである。
以上のとおり,原爆症認定における放射線起因性の要件該当性は,疫学的知見を用いつつ,他原因を含めた諸事情を総合考慮し,高度の蓋然性をもって決するのが相当である。
3
虚血性心疾患の放射線起因性
心筋梗塞及びこれと同じく粥状動脈硬化症を主因とする虚血性心疾患である狭心症と放射線被曝との関連性については,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とうかがわれる場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて心筋梗塞や狭心症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきであることは前記1において原判決(61頁22行目冒頭から68頁6行目末尾まで)を補正の上引用して認定,説示したとおりである。これに対して,第1審被告は,赤星ら意見書を提出し,UNSCEAR2010年報告書及びICRP2012年勧告によれば,0.5グレイを下回る放射線被曝と心筋梗塞発症との間に関連性は認められていないなどとし,現在の国際的知見においては,0.5グレイを下回る放射線被曝と心筋梗塞との間に関連性は認められていないことを主張する。
赤星ら意見書は,大阪地方裁判所平成26年5月9日判決が,心筋梗塞と放射線被曝との関連性については一般的に肯定することができる,心筋梗塞と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると判示したことに対し,科学者が共有する通説的な見解は,心筋梗塞はしきい値がある確定的影響に係る疾病であるとするものであり,同判決が根拠とする論文等もこれと矛盾するものではないのであって,同判決は根拠とした論文等の理解を誤っているとするものである。
その要旨は次のとおりである乙A582)



心筋梗塞はしきい値がある確定的影響に係る疾病であるというのが科学者において共有された,通説的な見解である。


LSS第11報ないし第13報は,循環器疾患(脳卒中や心疾患をはじめとした様々な疾患が含まれる疾患カテゴリー)や心疾患(心筋梗塞をはじめ様々な疾患が含まれる疾患カテゴリー)を対象として解析した結果,これらの疾患カテゴリーにおける死亡率について,放射線被曝と有意な関連が認められたにすぎない。種々の要因が複雑にからみあっているから,上記疾患カテゴリーから心筋梗塞だけを取り出して,心筋梗塞と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると一般化することの科学的な根拠とはならない。


清水由紀子らによるBMJ


放射線被曝と循環器疾患のリスク:広島,

長崎の被爆者データより,1950-2003」清水論文。甲G9)は,(
被曝線量が0-4グレイに及ぶ原爆被爆者集団について,循環器疾患と放射線被曝との関係を解析したもので,
「心疾患」について,

放射線被曝

との間に統計学的に有意な関連性が認められ,線量効果関係は直線性を否定するものではなかったこと,

0.5グレイ未満の低線量被爆者に限っ

て解析した場合,心疾患の死亡率との間に統計学的に有意な関係を示す結果は得られなかったことを示したものである。このように清水論文では,0.5グレイ以下の低線量域においては,上記


の矛盾する結果とな

っており,0.5グレイ以下の低線量域における心疾患と放射線被曝との関連性の有無について,
特定の結論が得られたものではない。
清水論文は,
心筋梗塞と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められるとの仮説を一般化し得る科学的な根拠とはならない。

AHS第8報は,1958年から1998年までの成人健康調査(AHS)受診者からなる約1万人の長期データを用いて,がん以外の疾患の発生率と原爆放射線被曝との関係を調査したものであり,その中では,心筋梗塞も調査の対象となっている。AHS第8報では,被爆時年齢40歳未満の被爆者と心筋梗塞発症との関係においては,心筋梗塞を発症する被曝線量1シーベルト当たりの相対リスク1.255(95%信頼区間1.00から1.69)と有意な二次関係が認められているが,喫煙と飲酒の影響を排除して解析した場合には,放射線被曝と心筋梗塞発症との間に統計学的に有意な関連性は示されなかった。AHS第8報は,心筋梗塞と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると一般化することの科学的な根拠とはならない。


赤星正純による「原爆被爆者の動脈硬化・虚血性心疾患の疫学」
(赤星
報告。甲G10)は,放射線被曝により心・血管疾患が増加するとした報告と増加を認めなかったとする報告が半々であり,まだ一定の見解は得られていないとして,放射線影響研究所で行った研究結果を整理し,今後の研究の予定を発表したものであり,それ自体何らかの新たな研究結果を示すものではない。
赤星論文は,放射線量は,インスリン抵抗性症候群に関連する一連の代謝CHD(虚血性心疾患)リスク因子群に関係する脂肪肝,低HDLコレステロール血症,高中性脂肪血症と正の関係を有していたことを指摘するにとどまっており,また,同論文は,放射線の被曝線量を層別化して解析していないから,0.5グレイを下回るような低線量域においても同様の帰結となるのかは結論づけることができない。
赤星論文より後に実施された恒任論文は,脂肪肝の発症について放射線の影響は認められなかったとする。
心筋梗塞と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると一般化することの科学的な根拠とはならない。

井上報告は,心血管疾患と原爆被爆との関連について調査するために,大動脈脈波速度(PWV)
,指尖加速度脈波(APG)
,頸動脈内膜中膜
複合厚(IMT)
,PWVの原理を応用しつつ,血圧に影響されにくい指
標とされるCAVIの四つの指標に着目し,
これらの指標を調査対象とし,
その結果PWVのみ統計学的に有意差を認め,それ以外の三つの指標では統計学的に有意差を認めなかったもので,
「可能性が示唆された」との表
現にとどまるものである。また,PWVは動脈硬化の程度を反映するものであるが,心筋梗塞は血管内の粥腫が破綻することで発症するとされており,必ずしも動脈硬化の程度と心筋梗塞の発症に関連性があるとはいえないことから,
「PWV高値=心筋梗塞が発症しやすい」という関係性が常
に成立するとはいえない。したがって,井上報告も心筋梗塞と放射線被曝との間には低線量域も含めて関連性が認められると一般化することの科学的な根拠とはならない。


UNSCEAR報告は,作成された時点での科学的知見の集合到達点というべきものである。UNSCEAR2010年報告書は,約1-2グレイ未満の線量の被曝と心血管疾患及びその他の非がん疾患の過剰発生との間の直接的な因果関係についての結論を下すことはできなかったとし,UNSCEAR2012年報告は,0.5グレイ以下の線量域における,いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であるとして心筋梗塞はしきい値のある確定的影響に係る疾病であるとする。このように赤星ら意見書は,前記各知見が心筋梗塞と放射線被曝との間に
は低線量も含めて関連性が認められることの根拠とならないこと,現在の国際的知見においては,心筋梗塞がしきい値のある疾患であるとされることを指摘するものである。確かに,赤星ら意見書の内容に徴すれば,放射線被曝と心筋梗塞及び狭心症との関連性について低線量域も含めて一般的に肯定することができるとはいえないが,他方,これによっても,低線量域の被曝とみられるような場合に,上記関連性が全て否定されるものではないというべきである。
LSS第11報,LSS第12報は,循環器疾患に関する分析の中で心疾患,冠状動脈性心疾患に言及するものである(乙A167,168)。L
SS第13報は,がん以外の疾患の1シーベルト以下の線量においても増加していることを示す強力な統計的証拠があるとするなど(乙A168),心
筋梗塞の放射線被曝との関連性を否定するものではなく,これを示唆する記述も存するものである。

清水論文(乙A524)の要約は,前記赤星ら意

見書のとおりであるが,心疾患について,放射線被曝との間に統計学的に有意な関連性が認められ,線量効果関係は直線性を否定するものではなかったこと,0.5グレイ未満の低線量被爆者に限って解析した場合,心疾患の死亡率との間に統計学的に有意な関係を示す結果は得られなかったことを示したものであるが,同論文は,低線量における放射線被曝と心疾患との関連性について,これを全般的に否定する趣旨のものではないというべきである。井上報告(甲G11)は,原爆健診受診者の大動脈脈波速度を解析するなどして,若年時の被曝は動脈硬化との強い関連性を示唆するものであり,心筋梗塞と放射線被曝との関連性がないということはできない。赤星報告甲(
G10)は,それまでの研究成果について考察を行うものであるが,被爆者では心・血管疾患の危険因子が集蔟し,このため動脈硬化進展が促進され,心疾患による死亡あるいは心筋梗塞発症のリスクが高くなっているとの要約が誤りであるとはいえない。
以上によれば,心筋梗塞や動脈硬化について原子爆弾による放射線被曝との関連性を肯定する科学的知見が集積しているというべきであり,これらの知見は,個々の研究成果や知見にいまだ解明すべき点が存し,研究途上にあり,あるいは,それと合致しない研究成果や知見も存するとしても,なお,原爆症認定のための放射線起因性を判断するに当たり無視することはできず,訴訟上,低線量域の被曝とみられるような場合も含めて心筋梗塞や狭心症の放射線起因性を認める根拠となり得るものであることを否定することはできない。
第1審被告は,国際的知見においては,心筋梗塞がしきい値のある疾患であることを主張し,UNSCEAR2006年報告書(乙A537)及びUNSCEAR2010年報告書(乙A539)は,約1-2グレイ未満の線量域での致死的な心血管疾患と放射線被曝との間の関連を示す証拠は,これまで日本の原爆被爆者のデータ解析から得られているだけであり,その他の研究は,約1-2グレイ未満の放射線量による心血管疾患のリスクに関する明確なあるいは一貫した証拠を提供していないなどとし,
ICRP118乙

A540)は,0.5グレイ以下の線領域における,いかなる重症度や種類の循環器疾患リスクも,依然として不確実であることが強調されるべきであるとするが,これらの見解は,低線量域での心筋梗塞等の心血管疾患の放射線との関連性を示すデータがあることを前提に,なお,関連性が不明確であるとするものと解され,上記の判断を左右するものとはいえない。4
甲状腺機能低下症の放射線起因性
甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性については,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられるような場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて甲状腺機能低下症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきであることは前記1において,原判決(78頁19行目冒頭から82頁15行目末尾まで)を補正の上,引用して認定したとおりである。
第1審被告は,
第1審原告ら提出の伊藤報告,
井上・長瀧報告,
長瀧論文,
AHS第7報,AHS第8報及び永山報告は,甲状腺機能低下症と放射線被爆との間に,何らかの関連性を示す結果が得られたという以上に因果関係についての一般的法則性を導き出すものではないと主張する。すなわち,伊藤報告は,被曝線量と甲状腺機能低下症との間に一定の相関関係があるかを解析したものではない,井上・長瀧論文及び長瀧論文は,因果関係について実証したものではなく,その後の今泉報告において再現性を得られていない,両論文は可能性を示唆する考察をしたものであり,検証過程を経たものではない,長瀧論文は,いわゆる「黒い雨」が降った地域で被曝した者(降下物のあった地域の住民)を調査対象から意図的に除外したものではない,AHS第7報,AHS第8報は,甲状腺機能低下症を対象とした研究ではなく,甲状腺疾患を対象とした研究である,永山報告は,仮説を提示するものにすぎないなどと主張する。
上記の主張に沿うものとして,
第1審被告は,
長瀧ら意見書乙A621)

を提出する。長瀧ら意見書の要旨は次のとおりである。

本件訴訟の原判決は,井上・長瀧報告,長瀧論文,今泉論文,伊藤報告等を引用した上で,甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性について低線量域も含めて,一般的に肯定することができると判断したが,これらの論文が,原爆症認定に関する裁判で,甲状腺機能低下症の放射線起因性を判断する際の根拠として用いられるとは考えてもみなかったことであり,このような用いられ方は,同研究の執筆者の意図するところではない。

井上・長瀧報告は,世界で初めて原爆被爆者において自己免疫性甲状腺機能低下症の有病率が増加していることを示した研究であり,その点で大きな意義を有するものである。もっとも,上記研究は横断研究であり,有病率の増加について関連性を示すものであったことに注意を要する。有病率とは,特定の集団について調査時という特定時点において疾病に罹患していた者の割合を表したものであり,偶然その時点において当該疾病に罹患している場合や,また,その時点で完治している場合などがあり得るのであって,コホート研究において対象者を追跡調査し,疾病の発生率を調査する場合と比べて,交絡因子やバイアスが介在しやすく,このような疫学的研究の結果を直ちに一般化することは困難である。曝露と当該疾病との間の因果関係を判断する際には,一般的に,正しい時間連続性(曝露が帰結より先に起こっているか)
,関連の強さ(相対リスクの高低等)
,関
連の一致性(異なる時間に,異なる場所で,異なる集団に対して,異なる研究方法を用いて研究した場合でも同様の結果が得られるか等)
,量反応
関係の有無曝露の増加によって帰結が発生する可能性が高くなるか等)(

生物学的整合性(関連が生物学的に理にかなっているか等)
,実験的な証
拠(曝露と帰結との関連を支持する実験的な証拠の有無)といった観点から,慎重に判断する必要がある。そのため,長瀧論文では,更に研究が行われ,比較的低線量の放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との関係が検証され,上記研究結果の真の意味するところが解明されるところを期待して,更に研究する必要があると結論づけている。
また,上記研究では,約0.7シーベルト前後の線量の放射線被曝をしたと推計される被爆者集団に,自己免疫性甲状腺機能低下症の罹患者が多かったものであり,
特定の要因と特定の疾病との間に因果関係がある場合,
特定の要因が増加するに従って,特定の疾病の罹患率ないしは有病率も増加するのが通常であるところ,上記研究における上に凸の傘型の線量反応関係は特殊な関係であるといわざるを得ず,そのため,上記研究結果からは,上記現象が,放射線に起因して発生したものとまでは断定できず,他の要因により引き起こされた可能性も十分考えられるのであって,このような線量反応関係からしても,上記研究結果を直ちに一般化することは困難である。
なお,長瀧論文においてマーシャル諸島の例を挙げたのは,自己免疫性でない甲状腺機能低下症が高線量被曝で生じることは疑いようもない事実であることの確認として,高線量被曝の例として提示したものであり,これと比較した場合の相対的な低線量被曝で甲状腺機能低下症が生じることの例として挙げたものではない。

今泉論文は,放射線被曝と自己免疫性甲状腺機能低下症との関連性等について,更なる精度をもって解明しようとしたものであるが,結果は,自己免疫性か否かにかかわらず,甲状腺機能低下症と放射線被曝との間に関連性は得られなかった。


伊藤報告は,高線量被曝と甲状腺機能との関係を調査・研究するため,爆心地から1.5km以内の直接被爆者と3km以遠の直接被爆者を対象に甲状腺機能の調査を行ったものであって,3km以遠の直接被爆者のようなごく低線量の被曝をした被爆者と甲状腺機能低下症との関係については何ら述べていない。調査の結果,統計学的解析をした場合に有意な線量反応関係が見られるのではないかと推測したが,実際に解析は行っていない。同研究の結果が甲状腺機能低下症と放射線被曝との一般的な関連性を示したものとは考えていない。


以上のとおり,上記各論文等は,いずれも,甲状腺機能低下症及び慢性甲状腺炎と放射線被曝との関連性について,低線量も含めて一般的に肯定することができるようなものではない。
確かに,長瀧ら意見書の内容に徴すれば,放射線被曝と甲状腺機能低下症
との関連性について低線量域も含めて一般的に肯定することができるとはいえないが,
他方,
これによっても,
低線量域の被曝とみられるような場合に,
上記関連性が全て否定されるものではないというべきである。すなわち,長瀧論文において,自己免疫性甲状腺機能低下症について示された上に凸の線量反応関係は特殊なものということができ,理論的な説明を要するものであるが,一定の範囲において関連性があることは示されたものというべきであり,直ちに自己免疫性甲状腺機能低下症の放射線被曝との関連性が否定されたものということはできない。むしろ,被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人Fが主張する,高線量被曝をした者の死亡の可能性などの仮説を検討する余地があるというべきである。長瀧論文が,降下物のあった地域の住民を意図的に除外したものかは,明らかではないが,この点を踏まえても,長瀧論文等の放射線被曝と甲状腺機能低下症との関連性を示す論文の意義はなお失われないというべきであり,上記の結論を左右するものとはいえない。また,長瀧論文が有病率を調査したことについては,自己免疫性甲状腺機能低下症は,罹患しても治療する限り寿命を全うできるので安定しており,同一のプロトコールを用いてコホートの全対象者を同時に検査することにより調査することができ,発生率調査と同様に信頼できるものになり得るとのK意見書の指摘がある(甲A289)


伊藤論文については,確かに,伊藤論

文のみで甲状腺機能低下症と放射線被曝との間の一般的関連性を示したとはいえないが,甲状腺機能低下症と放射線の関係を示唆したものであるとのK意見書の指摘がある(甲A289)


AHS第7報及び第8報は,少なく

とも放射線被曝が甲状腺を傷害することを示すものということができ,

山報告は,放射線照射が甲状腺自己免疫に与える影響について考察したものであり,一定の影響があり得る可能性を示すものということができる。以上によれば,甲状腺機能低下症と放射線被曝との関連性については,これを肯定する科学的知見が集積しているというべきであり,
これらの知見は,
個々の研究成果や知見にいまだ解明すべき点が存し,研究途上にあり,あるいは,これと合致しない見解も存するとしても,なお,原爆症認定のための放射線起因性を判断するに当たり無視することはできず,訴訟上,低線量域の被曝とみられるような場合も含めて甲状腺機能低下症の放射線起因性を認める根拠となり得るものであることを否定することはできない。
5
控訴人Aの原爆症認定要件該当性
控訴人Aの被爆状況等

控訴人Aは,路上の塀の陰において被曝したことを重視すべきではないと主張し,近時,建物の影響などの遮蔽による効果が過大評価されていることが明らかになった旨主張するが,研究者らによる同旨の報告があった旨の報道があったことが認められるのみであり(甲A306)
,詳細は不
明であって,DS02による被曝線量の算定を覆すに足るものではない。

前記1において原判決(58頁26行目から59頁1行目まで)を引用して認定したとおり,控訴人Aには,被爆後に衣服で隠れていた部分以外に赤紫の斑点が生じたことが認められる。第1審被告は,これについて客観的な証拠がないことを指摘するが,控訴人Aが殊更虚偽の事実を供述したとはいえない。しかし,控訴人Aが主張する症状自体,不明確なものである。また,急性放射線症候群の症状の一つとして,4グレイから5グレイの被曝をした場合,被爆後1時間以降に嘔吐,微熱,さらには軽度の頭痛などの前駆症状が出現し,2週間から3週間の潜伏期を経て,出血や紫斑,感染による発熱などの症状が出現する(乙A186)とされるが,控訴人Aの症状はこれに合致せず,ほかに,控訴人Aの症状が,急性放射線症候群による症状と合致すると認めるに足りる証拠はない。


控訴人Aは,
後嚢下白内障に罹患していたことが認められるが甲B3)


後嚢胞下混濁のある白内障,いわゆる後嚢下白内障については,放射線だけではなく,加齢白内障でも多くみられるものであり,上記の白内障の診断が平成13年であったこと(甲B3)からすると,後嚢下白内障の原因が放射線であるとはいい難い(乙A560)
。また,控訴人Aは,皮質白
内障であるともみられ(乙B12)
,皮質白内障が加齢白内障であるとさ
れる(乙A560)ことによれば,控訴人Aの白内障が放射線によるものであるとは認められない。また,控訴人Aの大腸ポリープが放射線被曝に起因することを認めるに足りる証拠はない。

以上によれば,控訴人Aの被曝線量は,健康に影響があり得る程度であったとは認められるものの,他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検討する必要のない程度に高かったとまではいうことができない。控訴人Aの狭心症の放射線起因性について


新審査の方針について
控訴人Aは,新審査の方針及び改定後の新審査の方針では,被爆地点が爆心地より約3.5km以内である者で放射線起因性が認められる心筋梗塞は,格段に反対すべき事由がない限り,放射線との関係を積極的に認定するとされており,控訴人Aは約2.4km地点で被爆して狭心症を発症したのであるから,心筋梗塞と同様に積極的に認定すべきである旨主張する。
しかし,再改定後の新審査の方針(乙A17)においては,被爆地点が爆心地より約2.0km以内である者の心筋梗塞について積極的に認定すべきとされており,控訴人Aの被爆地点はこれに該当しない。控訴人Aの被爆地点及び狭心症を発症したことから直ちに控訴人Aの狭心症の放射線起因性を認めることはできない。


控訴人Aの狭心症の他原因について
控訴人Aが,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に被曝したものと認めるのが相当であることは前記1において原判決を引用して認定したとおりである。また,低線量域も含めてこれを一般的に肯定することができるとはいえないが,低線量域の被曝とみられる場合であっても個別事案の具体的事情に基づいて心筋梗塞や狭心症の発症が被曝による影響を受けたものであることを肯定できる例も相当程度あるというべきであることは,前記1において原判決を補正の上,引用して説示したとおりである。
しかし,
控訴人Aについては,
放射線被曝以外に他の危険因子があり,
その程度も非常に重いことは前記1において原判決(68頁8行目冒頭から70頁23行目末尾まで)を引用して認定したとおりである。控訴人Aは,昭和57年4月30日の総コレステロール値は基準値を超えるが,同年5月24日の値は正常値であったと主張する。しかし,控訴人Aのトリグリセライド値は,狭心症と診断された昭和57年4月28日の入院時に655であり(乙B9)
,基準値(50~150)を
大幅に上回る高値であって,平成2年2月19日(同月16日の入院後3日目)の時点においても168であり(甲B12)
,なお管理目標値
を上回っていた(乙A564)
。総コレステロール値(基準値130~
220)も,昭和57年4月28日には282,平成2年2月19日の時点でも259と高値であったのであって(甲B10,乙B9)
,控訴
人Aが主張する上記のコレステロール値の正常値(203。甲B10)は入院中の管理に基づいて得られたものというべきである。
そして,大部分の高LDLコレステロール血症,高トリグリセライド血症(高TG血症)及び低HDLコレステロール血症は,体質,食習慣の欧米化,運動不足,体重増加などの生活習慣が主な原因で,成人以降に発症するとされているところ(乙A577)
,控訴人Aは,昭和57
年4月から5月にかけて狭心症で入院治療を受けた際の退院時に,食事については,コレステロールの多いもの,糖分の摂り過ぎなどは避け,病院の食事を参考に食生活を考えること,肥満を避けて標準体重を維持することなどについて医師から指導を受けたにもかかわらず,その後においても,少なくとも平成2年2月の入院時(それ以前に境界型糖尿病と指摘されていた。
)までは食事療法を行ったことはなく,カロリー計
算を行わずに甘い物を食べ,体重も上記入院時よりも4kg増加した72kgになっていたことが認められる(乙B9)
。これらの事情にも照
らして考えれば,控訴人Aの狭心症の発症については,放射線被曝とは別の危険因子である生活習慣の程度が重かったものと認められる。控訴人Aの被曝線量が他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検討する必要のない程度に高かったとまではいうことができないことも考慮すれば,控訴人Aの狭心症は,放射線被曝により発症したことを是認し得る高度の蓋然性が証明されたものということはできない。
控訴人Aは,放射線被曝の他の危険因子自体が放射線被曝によるものである旨主張する。
控訴人Aが同主張の根拠とする赤星論文(甲A298)は,被曝放射線量は,脂肪肝,低HDLコレステロール血症及び高い中性脂肪血症とは正の相関関係を示したが,一方で肥満,高血圧,高コレステロール血症及び糖代謝異常には影響していなかったとし,被爆放射線量がインスリン抵抗性症候群に伴う虚血性心疾患危険因子の集蔟している脂肪肝及び動脈硬化を促進する脂質異常に関連していることを示唆しているとするものであるが,上記論文の記述によっても,控訴人Aの高脂血症が放射線被曝によるものであるということはできない。
6
B1の原爆症認定要件該当性
控訴人Bらは,要医療性について,被爆者援護法上の「健康管理」とは,年1回の健康診断の実施が基本であり,これに続く「指導」とは,健康診断の結果,精査や治療等が必要な場合にはその旨の「指導」を行い,「医療」
につなげるという位置づけのものにすぎないから,B1が,医療機関に入通院する中で,
嚥下障害に対する食事療法として受けた指導は,
上記の指導」

ではなく「医療」である旨主張する。
しかし,B1が受けた指導の態様及び内容は,前記1において原判決(72頁7行目冒頭から同頁22行目末尾まで)を補正の上,引用して認定したとおりであって,B1がその申請疾病である火傷瘢痕に関して継続的に診察を受け,
何らかの治療の適否を検討していた経過は認められないのであって,B1の受けた食事についての指導が「医療」としての措置であるということはできない。
控訴人Bらは,左足趾の痛みや後頭部等の痛みに苦しんでいたものであって,実際に治療を受けていない場合であっても治療を要する状態であったから要医療性が認められるべきである旨主張する。しかし,B1に対し,何らかの治療上の措置が検討され,あるいはB1がこれを希望したことを認めるに足りる証拠がないことは,前記1において原判決(73頁21行目冒頭から75頁6行目末尾まで)を補正の上,引用して認定したとおりである。以上によれば,B1の申請疾病については,要医療性が認められない。7
被控訴人Cの原爆症認定要件該当性
被控訴人Cの被爆状況

第1審被告は,被控訴人Cがa中学校まで遺体を確認しながら歩いた事実については,被爆者健康手帳交付申請書に添付された被控訴人Cの申述書(乙D10)や平成20年3月に作成された被控訴人Cの体験記(乙D11)に記載がなく,a中学校の校庭のサツマイモ畑を掘った事実については上記申請書に添付された申述書(乙D10)には記載がなく後の体験記(乙D11)に記載されたものであって,いずれも事実の存否が疑わしいと主張する。また,被控訴人Cは,体験記(乙D11)にサツマイモを食べた記載がなく,
食べられそうなものはなかったと記載されている点は,
サツマイモの根(イモにまで育っていない根)をかじったとの被控訴人Cの供述と矛盾するものではなく,被控訴人Cは,a中学校においてサツマイモ畑を掘り返して根を食べたものであると主張する。
これらの点について検討すると,申述書(乙D10)には,遺体を確認したとまでは記載されていないものの,a中学校に行く途中には,遺体が多くあり,むしろやトタンをかけられていたことが記載され,被控訴人Cは,本人尋問において,a中学校の近くまで来ると,むしろやトタンをかけられているものがあり,それをめくるとその下に遺体があった旨供述するものであって,申述書(乙D10)の記載は明確ではないものの本人尋問における供述と矛盾するものではない。被控訴人Cは,原子爆弾が投下された当日,自身は中学校を欠席したものの,同級生は登校して1科目だけ予定されていた定期試験を受け,その帰宅途中で被爆したであろうことを認識しており(乙D10)
,明確な記述や供述はないものの,被控訴人
Cが同級生の安否を気遣い,
遺体を確認したことが推測されるのであって,
前記本人尋問における供述を信用することができる。これによれば,被控訴人Cがむしろやトタンをめくって遺体を確認したことが認められる。また,体験記(乙D11)には,a中学校の校庭でサツマイモ畑を掘ったとの記載があり,同記載は,食べられそうなものはなかったなど具体的であって信用することができる。一方,そのように記載されているのであるから,サツマイモの根をかじって食べたとの本人尋問の供述は採用することができない。被控訴人Cは,a中学校の校庭でサツマイモ畑を掘り返した事実を認定することができるが,サツマイモの根を食べた事実までは認めることができない。

被控訴人Cの被爆後の身体症状について,第1審被告は,被爆後比較的近接した時期に作成された調査票などはなく,申述書(乙D10),陳述
書(甲D1)
,本人尋問における供述の内容は変遷し,その点について合
理的な説明はなく,また,被控訴人Cが昭和20年8月18日又は同月19日頃,食料を調達に行ったとのLの供述記載の内容と矛盾する旨主張する。しかし,被控訴人Cが,被爆後,下痢をした点では供述等の内容は一貫し,同月18日又は同月19日頃に食料調達に行ったとの供述記載は,被控訴人Cの下痢の程度によっては可能であるから,これをもって,被控訴人Cが被爆後に下痢症状を呈したことを否定することはできない。

以上によれば,被控訴人Cの被爆線量は,誘導放射線化物質や放射性降下物からの被曝も含め,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものと認められる。
第1審被告は,今中論文(乙A106)による推定によれば,賀北部隊の被曝線量でさえ僅かなものであるとして,被控訴人Cの主張による被爆後の行動によっても,被控訴人Cの被曝線量は僅かであると主張するが,同推定が当てはまらない場合があり得ることは前記1において原判決(46頁5行目冒頭から47頁10行目末尾まで)を引用して説示したとおりであって,上記今中論文は前記認定を覆すに足りない。
被控訴人Cの甲状腺機能低下症の放射線起因性

第1審被告は,遺伝的要素によって,被控訴人Cは,慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,ヨウ素の過剰摂取や加齢により同疾病が増悪し,甲状腺機能低下症に罹患したものであると主張し,H意見書を提出する(乙A641)
。同意見書の要旨は次のとおりである。
被控訴人Cは遺伝的素因により慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,加齢及びヨウ素摂取過剰により同疾病が増悪して甲状腺機能低下症に罹患したものと合理的に考えることができ,放射線による影響を考慮するまでもない。
甲状腺機能低下症のほとんどを占めるのが慢性甲状腺炎(橋本病)によるものである。慢性甲状腺炎(橋本病)は甲状腺自己抗体によって引き起こされる自己免疫性疾患であり,遺伝,ヨウ素過剰摂取,自己免疫疾患,加齢などが要因として挙げられる。
被控訴人Cについては,平成11年4月22日に初めて血中の甲状腺ホルモン濃度が測定され,結果は,血中甲状腺ホルモンが正常,甲状腺刺激ホルモン(TSH)のみが増加しており,潜在性甲状腺機能低下症の状態だったと考えられる。平成17年11月7日のCT検査により,慢性甲状腺炎に罹患し,甲状腺がびまん性に腫大した場合に見られる所見が認められ,平成20年8月21日の検査の結果,潜在性甲状腺機能低下症の原因が慢性甲状腺炎であると確認された。
被控訴人Cは,58歳頃から狭心症発作を繰り返し,平成6年から平成17年にかけての4回の検査において造影剤としてヨウ素を含有する薬剤が使用された。ヨウ素量は合計138.31gであり,ヨウ素の過剰摂取がある。
被控訴人Cの母と姉は橋本病を発症しているとみられ,遺伝的素地がある。
被控訴人Cに潜在性甲状腺機能低下症が認められた年齢が一般的に甲状腺機能低下症を発症して不自然ではない年齢である。
医学的にみて,被控訴人Cは,遺伝的要素によって慢性甲状腺炎(橋本病)に罹患し,ヨウ素の過剰摂取及び加齢により同疾病が増悪し,甲状腺機能低下症に罹患したものであると合理的に考えることができ,放射線による影響を考慮するまでもない。

以上について検討すると,被控訴人Cは,前記のとおり,昭和20年8月9日に爆心地から約3.7km離れた自宅内で初期放射線により被曝したことに加え,原爆投下の3日後(同月12日)に父親と共に入市し,遺体確認をしたり,爆心地から約0.7km地点の中学校で書類探しやサツマイモ掘りをしたりするなどして爆心地から約0.

5kmまで進んだ。,

誘導放射化した粉塵や放射性降下物の微粒子を含む粉塵等に接触したことにより,健康に影響があり得る程度の線量の放射線被曝をしたものと認められること,また,同月10日には軽い下痢と微熱が,同月12日からしばらくしてからは激しい下痢が数日続いたこと(後者の症状は父親も同様)
,被控訴人Cが被爆当時12歳と若年であり,放射線に対する感受性が比較的高かったといえること,放射線被曝と甲状腺機能低下症の発症について,低線量域の被爆も含めて関連性を示唆する科学的知見が存在すること,被控訴人Cの甲状腺機能低下症の発症について他に有力な原因があるとは認められないこと等の事情に照らせば,被控訴人Cの甲状腺機能低下症の放射線起因性を肯定することができるというべきである。
第1審被告は,遺伝的要因によって慢性甲状腺炎(橋本病)を発症したと主張するが,被控訴人Cの母と姉も被控訴人Cと共に同地点で原爆に被爆した者であり,同人らの慢性甲状腺炎(橋本病)発症の原因も不明であるから,被控訴人Cについて遺伝的要因をその発症の根拠とすることはできない。
第1審被告は,被控訴人Cが造影検査により摂取したヨウ素が慢性甲状腺炎(橋本病)の発症に影響したと主張するが,日常的に多量のヨウ素を摂取し続けるのではなく,11年間の間に4回,造影剤として摂取するヨウ素の量及びその影響について,各回にどの程度のヨウ素を摂取することが慢性甲状腺炎(橋本病)に影響を及ぼし得るのか,合計の量の多寡は慢性甲状腺炎(橋本病)の増悪にどのように影響するのかなど不明な点が多く,直ちに造影検査により摂取したヨウ素が慢性甲状腺炎(橋本病)を増悪させたということはできない。
以上によれば,第1審被告の,被控訴人Cの甲状腺機能低下症の他原因に関する主張は理由がない。
被控訴人Cの皮膚がんについて
被控訴人Cは,平成29年1月5日,左頬に悪性腫瘍があることが判明したと主張し,被控訴人Cは相当量の被曝をしたことは明らかであると主張するが,前記のとおり,この点を検討するまでもなく,被控訴人Cの甲状腺機能低下症の放射線起因性は認められる。
8
被控訴人Dの原爆症認定要件該当性
被控訴人Dの被爆状況等

被控訴人Dは,昭和20年8月10日又は同月11日,爆心地から0.8kmのb町まで行ったその翌日以降,連続して5日程,父と共に朝から日没頃まで爆心地付近を歩き回ったと主張する。しかし,約5日にわたり爆心地に入ったことを認めることができないのは,前記1において原判決(90頁7行目冒頭から同頁24行目末尾まで)を引用して認定,説示したとおりである。昭和41年8月9日付けの被爆者健康手帳入市日変更申請書(乙F7)及び平成21年1月22日付け認定申請書のいずれにも5日程度入市したとの記載はなく,同事実を認めることはできない。イ
被控訴人Dは,被爆後,下痢や吐き気,脱毛の症状があったことを主張する。この点についても認めることができないのは,前記1において原判決(90頁25行目冒頭から91頁11行目末尾まで)を引用して認定,説示したとおりである。
被控訴人Dは,
印象的であった発熱のみを記載し,
他の症状がなかったものではないと主張するが,脱毛の症状は通常生じる出来事ではなく,これが生じていたのであれば印象に残るものと思われ,記憶を喚起する記載欄もあったのにその症状の記載がないのであるから,これらの事実があったとの供述を信用することはできず,同事実を認定することはできない。


第1審被告は,被控訴人Dの被爆状況等について,被控訴人Dが昭和20年8月11日に長崎市b町まで入市したことや,同日,自宅(爆心地から約4km地点)裏の畑の芋のツルを食べるなどした事実については,相応の科学的根拠を有する今中論文に照らして,上記入市の事実のみで比較的高線量の放射線被曝をしたものとは考え難い,また,仮に,被控訴人Dが,自宅裏の畑で芋のツルを食べていたとしても,爆心地から4kmも離れた地点にある畑においてのことであるから,それのみで放射線に被曝するなどとは考え難いと主張する。
しかし,被控訴人Dが被爆に近接した日に入市したことにより外部被曝及び内部被曝した蓋然性が高いことを軽視することはできず,今中論文による推定が当てはまらない場合もあり得ることは前記のとおりである。被控訴人Dは,
健康に影響があり得る程度の放射線被曝をしたと認められる。
被控訴人Dの胃がんについて
被控訴人Dは胃がんに罹患したことも相当量の原爆放射線に被曝したからである旨主張するが,前記1において原判決を補正の上,引用して認定したとおり,この点を検討するまでもなく,被控訴人Dの甲状腺機能低下症の放射線起因性は認められる。
9
E1の原爆症認定要件該当性
E1の被爆状況
E1の被爆状況については,前記1において原判決を引用して認定したとおりである。
控訴人Eらは,E1は,被爆後間もなく髪が抜けるようになり,その後生えている髪は縮れていたと主張し,
同事実は,
本件訴訟を提起するに当たり,
姉に聞いたものであるが,姉の発言は,提訴に当たってその重要性を認識した上でのことであるから重視すべきであると主張する。しかし,控訴人Eらの主張する事実は,それ自体曖昧なものであり,また,被爆者健康手帳交付申請書には,脱毛について記載する欄があるにもかかわらず,記載されていないことによれば,脱毛の事実を認めることができないことは,前記1において原判決(97頁20行目から98頁5行目末尾まで)を補正の上,引用して説示したとおりである。
E1は,健康に影響があり得る程度の線量の放射線に外部被曝及び内部被曝をしたものと認められるが,その被曝線量が他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検討する必要のない程度に高かったとまではいうことができない。
E1の心筋梗塞及び労作性狭心症の放射線起因性について

新審査の方針について
控訴人Eらは,E1が爆心地から約3.5km以内での直爆,原爆投下より100時間以内に爆心地から約2km以内に入市の双方の要件を満たす状況で被爆したから,放射線被曝による心筋梗塞発症の危険性は認められると主張する。
しかし,再改定後の新審査の方針においては,被爆地点が爆心地より約2.0km以内である者,原爆投下から翌日までに爆心地から約1.0km以内に入市した者の心筋梗塞について積極的に認定すべきとするものである。E1は,爆心地から約3.1kmの屋内で被爆し,2日後から約1週間後,母親に背負われて入市したものであり,E1の被爆状況及び心筋梗塞の発症が,これらの要件に合致すると直ちにいうことはできず,新審査の方針を根拠にE1の心筋梗塞の放射線起因性を認めることはできない。

E1の心筋梗塞及び労作性狭心症に関する他原因について
控訴人Eらは,E1の心筋梗塞等に関する他原因について,E1が原発性アルドステロン症に罹患していたことはないと主張する。E1が原発性アルドステロン症に罹患していたとみるべきであることは,前記1において原判決(98頁8行目冒頭から99頁25行目末尾まで)を補正の上,引用して認定,説示したとおりである。
これに対して,控訴人Eらは,平成14年頃にE1の膿胸治療を担当したM医師がアルダクトンAを処方したが,通常の利尿剤ではカリウムが喪失されるので,カリウム保持性の高い利尿剤として処方したのであり,原発性アルドステロン症を考慮して処方したものではない旨を記述した意見書(甲G32)
,原発性アルドステロン症の確定診断は行われ
ていないとのQ医師の意見書(甲G45)を提出する。
確かに,l病院において,どのような検査結果をもって原発性アルドステロン症の診断がされたのかは明らかではない。また,E1の京都j病院カルテ(乙G24)には「原発性アルドステロン症」との記載がある一方,
「アルドステロン症の疑い」との記載もあり,
「中止」とされ,
同病院において,原発性アルドステロン症の診断がどのように行われたのかも明らかではない。
しかし,一方で,E1は,l病院で原発性アルドステロン症と診断された後,継続して,それに対して効果を有する投薬を受け,京都j病院の他科への紹介に当たっては,原発性アルドステロン症とされ,アルダクトンAが処方されている。また,E1のカルテに継続してその病名が記載されていたものである(乙G22,24)
。以上に加えて,原判決
を補正の上引用して認定説示したとおり,E1は,20歳代に既に高血圧を発症し,これが原発性アルドステロン症に罹患していたことと合致する症状であること,E1は,20代から指摘されていた高血圧の原因が判明せず,k病院において降圧剤による治療を受けたもののその効果は芳しくなかったが,l病院において原発性アルドステロン症の診断に基づく薬剤治療を継続したところ,高血圧が一応コントロールされた状態になったこと(ただし,その後,血圧は著明に変動する状態であった。,E1が原発性アルドステロン症ではないとの確定診断がされた)
事実も認められないことをも考慮すれば,E1は,原発性アルドステロン症に罹患していたというべきであって,E1には,心筋梗塞及び狭心症に関する他の危険因子として原発性アルドステロン症があったと認められる。
上記の結論は,前記M医師及びQ医師の各意見書によっても左右されるものではない。
控訴人Eらは,E1が原発性アルドステロン症に罹患していたとしても,文献において心筋梗塞を発症した例として挙げられるのは,腫瘍のある例であり,E1の原発性アルドステロン症において,これにより心筋梗塞等の心血管疾患が引き起こされやすくなることはない旨主張する。しかし,原発性アルドステロン症は二次性高血圧をもたらし,合併症として心筋梗塞があることが指摘されており(乙A519,520),
原発性アルドステロン症による高血圧は,心筋梗塞発症の危険因子であるというべきであるから,これによる心筋梗塞の発症は腫瘍のある例に限られるとはいえない。
E1は健康に影響があり得る程度の被曝をしたものの,その線量が他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検討する必要のない程度に高かったとはいえないこと,E1が原発性アルドステロン症に罹患していたことを考慮すれば,E1の心筋梗塞等については,放射線被曝により発症したことを是認し得る高度の蓋然性をもって証明されたものということはできない。
なお,控訴人Eらは,放射線被曝により動脈硬化が生じることが知られており,E1の高血圧は放射線被曝による動脈硬化の影響と考えるべきであると主張する。しかし,放射線被曝により動脈硬化が生じるとの知見があるとしても,E1の被曝線量が他の原因による心筋梗塞及び狭心症の発症を検討する必要のない程度に高いものとはいえないこと,E1が原発性アルドステロン症に罹患していたこと等の事情を考慮すれば,E1の心筋梗塞等が放射線被曝により発症したことの証明がされてはいないとの上記結論が左右されることはない。
10

被控訴人Fの原爆症認定要件該当性
被控訴人Fの被爆状況等

被控訴人Fは,入市の事実があることを主張し,被控訴人Fの母R(以下「R」という。
)の姉の子であるP(以下「P」という。
)の供述録取
書(甲H12)を提出する。
Pの供述録取書(甲H12)の要旨は,Pは,家族と共に,爆心地から1.7kmのf町において被爆し,その母と共に飛行場の方に逃げ,大きな防空壕に避難し,Pの2人の兄の消息を求めて自宅付近に行っていたところ,昭和20年8月7日から同月10日までの間に,Rが被控訴人Fを背負って,f町の焼け跡に訪ねて来た,Rの足が不自由であったとの記憶はない,というものである。
被控訴人Fの,この頃の入市の事実については,前記1において,原判決(104頁8行目冒頭から同頁20行目末尾まで)を引用して認定したとおりである。上記Pの供述録取書の内容は,被爆者健康手帳交付申請書の記載等による認定を覆すには足りない。

被控訴人Fが,昭和20年8月6日にc橋付近まで入市した事実が認められることは前記1において原判決を引用して認定したとおりであるが,第1審被告は,相応の科学的根拠があると認められる今中論文によれば,被控訴人Fの昭和20年8月6日の入市による被曝を考慮する必要はない旨主張する。しかし,今中論文による推定が当てはまらない場合もあり得ることは前記のとおりであって,原爆投下当日に爆心地から約1.7km地点まで入った事実は軽視することはできず,
被控訴人Fは,
入市により,
外部被曝及び内部被曝をしたものと考えられる。被控訴人Fは健康に影響があり得る程度の線量の放射線に被曝したものと認められる。
被控訴人Fの甲状腺機能低下症の放射線起因性が認められることは,前記
1において,原判決を補正の上,引用して認定したとおりである。第4

結論
以上によれば,控訴人A,控訴人Bら及び控訴人Eらの請求はいずれも理由がないから棄却し,被控訴人C,被控訴人D及び被控訴人Fの請求はいずれも理由があるから認容すべきところ,これと同旨の原判決は相当である。よって,控訴人A,控訴人Bら及び控訴人Eらの各控訴並びに第1審被告の控訴はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。大阪高等裁判所第13民事部

裁判長裁判官

髙橋譲山本善彦真鍋麻子
裁判官

裁判官
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