判例検索β > 平成27年(ワ)第155号
損害賠償請求事件
事件番号平成27(ワ)155
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成30年2月20日
法廷名福島地方裁判所
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平成30年2月20日判決言渡

口頭弁論終結日

同日原本領収

裁判所書記官

損害賠償請求事件

平成29年11月20日
判主1決文
被告は,原告Aに対し,860万円及びこれに対する平成23年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
被告は,原告Bに対し,330万円及びこれに対する平成23年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

3
被告は,原告Cに対し,330万円及びこれに対する平成23年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

5
訴訟費用は,これを5分し,その2を原告らの負担とし,その余を被告の負担とする。

6
この判決は,第1項ないし第3項に限り,仮に執行することができる。事実及び理由

第1
1
請求の趣旨
被告は,原告Aに対し,2750万円及びこれに対する平成23年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
被告は,原告B及び原告Cに対し,それぞれ1650万円及びこれに対する平成23年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2
1
事案の概要
本件は,福島県相馬郡飯舘村に居住していた亡D(平成23年4月12日死亡)の相続分を承継した原告らが,平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下「本件地震」という。)及びこれに伴う津波等によって,被告が設置,運転する福島第一原子力発電所(以下「福島第一原発」という。)で放射性物質の放出事故が発生し,避難を余儀なくされること等により,Dが多大な精神的負担を負い,その結果として,同年4月12日に自死するに至ったと主張し,被告に対し,原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という。)3条1項本文及び不法行為に基づき,損害賠償として,原告らが相続したDの慰謝料,原告ら固有の慰謝料及び弁護士費用並びにこれらの損害に対するDの死亡より後の日である平成23年4月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金として,原告Aは2750万円及びこれに対する平成23年4月13日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を,原告B及び原告Cはそれぞれ1650万円及びこれに対する同日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を求めた事案である。
2
前提事実(認定に供した証拠等の掲記がない事実は,当事者間に争いがない。)
当事者等

D(甲1,7,8,11,13の1,甲14,原告A本人,弁論の全趣旨)
Dは,明治41年12月20日,EとFの長男として出生し,自死をするに至った平成23年4月12日までの間,福島県相馬郡飯舘村(以下,略)所在の自宅(以下「本件自宅」という。)で生活していた。Dは,昭和5年4月7日,Gと結婚した。DとGとの間には,次男であるH(昭和19年8月23日出生)のほか7人の子が生まれた。Dは,平成16年1月21日,Dの有する全ての財産をHに相続させる旨の公正証書遺言を作成した。
原告Aは,平成23年4月12日,NHKの朝の連続ドラマ小説が終わってからしばらくした頃,本件自宅の1階寝室(Dの自室)において,Dがビニール袋を結んだもので首を吊って死亡しているのを発見した。なお,死亡推定時刻は,同日午前零時頃であった。

原告ら(甲2~4,14~16,原告A本人,弁論の全趣旨)
原告Aは,昭和28年1月15日に福島県伊達郡石戸村で生まれ,昭和48年12月27日にHと結婚した。
Hと原告Aの間には,長女である原告C(昭和49年8月8日出生),長男であるI(昭和52年3月9日出生,同月11日死亡)及び次男である原告B(昭和58年2月16日出生)の3人の子が生まれた。Hは,平成23年6月4日,すい臓がんにより死亡したことから,Hの相続財産について,Hの妻である原告Aが2分の1,子である原告C及び原告Bが各4分の1を相続した。


被告(甲5,弁論の全趣旨)
被告は,電力供給事業を主な目的とする株式会社であり,福島県双葉郡双葉町及び同郡大熊町に福島第一原発を設置し運転していた,原賠法2条3項の「原子力事業者」である。
平成23年3月11日,本件地震が発生し,本件地震に伴う津波等によっ
て原子炉の冷却機能を喪失したことにより,福島第一原発から大量の放射性物質が大気中に放出される事故(以下「本件事故」という。)が発生した(以下,本件地震及び本件事故を併せて「東日本大震災」という。)。本件事故は,原賠法2条1項にいう原子炉の運転等の際に生じた事故であり,本件事故により生じた損害は,原賠法2条2項にいう「原子力損害」に該当する(弁論の全趣旨)。
飯舘村は,平成23年3月15日に福島第一原発から半径20㎞から30㎞圏内にある一部が屋内退避指示区域に指定され,同年4月22日に上記屋内退避指示区域が解除された上で,全域が計画的避難区域に指定された。なお,飯舘村全域が計画的避難区域に指定されることは,同月11日に発表された。
3
争点
本件の争点は,①本件事故とDの自死との間に因果関係を認めることができるか,②因果関係を認めることができるとした場合,Dの個体側の要因を理由に損害額を減額すべきか否か,減額すべきとした場合,その減額の割合はどの程度か,③D及び原告らの損害額,の3点である。
4
争点に関する当事者の主張
争点①(本件事故とDの自死との間に因果関係を認めることができるか)について
(原告らの主張)

Dは,次のとおり,本件事故に基づく事情を原因として適応障害に罹患した結果,自死するに至ったものである。
Dが適応障害に罹患していたこと
Dは,本件事故により楽しみにしていたデイサービスが中止されたり,Dの自宅を訪れる者が減ったりするなどの日常生活の変化や,Dにとって人生そのものであった飯舘村が放射能に汚染され,人の住めない場所にされ,避難を余儀なくされることなどという耐え難いストレス要因に短期間で遭遇した結果,適応障害となった。この点,精神科医であるJ医師も,Dの周辺環境の調査結果や原告Aからの聴取り内容,原告ら及び周辺住民の陳述書等に基づき,Dが,本件事故による村落の社会的動揺,迫りくる避難の負荷により,抑うつ気分に陥っており,ICD-10の診断基準を当てはめれば,適応障害であった旨の精神鑑定書(以下「J鑑定書」という。)を作成している。
そして,精神障害により行動抑制力が阻害されることからすれば,Dは,適応障害により発作的に自死をするに至ったものであるといえる。
Dの個体側の脆弱性について
Dが高血圧症や狭心症等の疾病を有していたこと,Dが昭和54年7月頃に脳梗塞を患ったこと,Dの障害高齢者の日常生活自立度が「B1」,認知症高齢者の日常生活自立度が「Ⅲa」と判定されていたことは,Dが当時102歳であったこと等を考慮すれば,いずれも一般人に通常想定される個体差の範囲を超えた疾患とはいえない。また,Dが精神障害の既往症は存在せず,Dの家族にもそのような疾病を有していた者がいなかったこと等からすれば,他にDの脆弱性が認められる事情もない。
上記事情に加え,Dは,平成23年4月11日に飯舘村が計画的避難区域に指定されることを知ったことを契機に自死したことからすれば,Dは,本件事故に基づく事情を原因として適応障害に罹患した結果,自死するに至ったものといえる。

被告の予見可能性
福島第一原発を設置,運転する原子力事業者である被告においては,原子力発電所がひとたび過酷事故を起こせば,周辺地域を中心に深刻な被害を生じさせることは容易に想像することができる。そして,被告において,福島第一原発が過酷事故を起こせば,福島県を中心とする周辺住民が避難を強いられることになり,周辺住民がそれまでの日常生活を奪われるストレスや避難を余儀なくされるストレス,将来を悲観するストレスを抱えて自死に至ることは,当然に予見可能な事実であったといえる。


したがって,Dの自死と本件事故との間の相当因果関係は認められるべきである。

(被告の主張)

Dは,次のとおり,本件事故に基づく事情を原因として適応障害に罹患した結果,自死するに至ったものとはいえない。
Dが精神疾患に罹患していないことについて
a
原告らが提出するJ鑑定書は,Dが自死の直前まで診療を受けていた,いいたてクリニックの診療録を確認することなく作成されたものであり,検討すべき重要な事項が検討されていないことに加え,原告Aからの聴取り内容など基礎となる事情が明らかにされていないこと,いかなる事情に基づき鑑定されたかが明らかでないこと,検討経過が記載されていないこと等からすれば,その信用性は低く,J鑑定書をもって,Dが本件事故により適応障害に罹患したと認めることはできない。

b
本件事故後のDに関するいいたてクリニックの診療録には,うつ病を初めとする精神疾患の存在を疑わせるような記載はないことから,Dが精神疾患に罹患していたとはいえない。また,Dが,行動抑制力が著しく阻害されている程度のうつ状態であったことをうかがわせるような事情もない。

c
Dが,自死をするにあたって,ビニール袋を2つ結んで輪状していることや外出用の服装をしていたことからすれば,Dは自由な選択の結果として自死に至ったものと考えられる。

d
以上のとおり,Dにおいて,精神疾患(適応障害を含む。)に罹患していたとはいえず,また,うつ状態であったことをうかがわせる事情もないことに加え,Dにおける自死の状況を併せ考えれば,本件事故後のDの状態は,正常ストレス反応にとどまっていたものと考えられる。
適応障害と自死との関連性について
適応障害に罹患した患者は,劇的な行動や突発的な暴力を起こすこと
が滅多にないとされているところ,世界保健機関の調査においても,自死者のうち,うつ病に罹患した者の割合が30.2%であったのに対し,適応障害に罹患していた者の割合は2.3%に過ぎないことに加え,適応障害がうつ病に至らない程度の障害であること,適応障害に罹患したものの自死率が全人口の自殺率よりもはるかに高いといった事情が明らかになっていないことを併せ考えれば,適応障害と自死との関連性は明らかでない。
したがって,仮にDが適応障害に罹患していたとしても,適応障害によって自死に至ったかは明らかでない。
Dの個体側の脆弱性について
Dは,本件事故当時,程度が明らかでない多くの傷病を患っており,また,脳梗塞という重篤な後遺症が残存し得るような重大な傷病に罹患していたことに加え,本件事故当時のDの日常生活動作が相当程度低下していたことからすれば,Dは,本件事故直前には年齢とは独立して健康障害や死亡の予測因子になる一病態になったものといえ,これらの事情は,Dの個体側の脆弱性としてDの自死の決断に影響を及ぼすものであったと考えられる。
以上によれば,本件事故に基づく事情を原因として適応障害に罹患した結果,自死するに至ったものとはいえない。

仮にDが適応障害に罹患したことにより自死に至っていたとしても,不法行為に基づく損害賠償請求及び原賠法3条1項に基づく損害賠償請求は,いずれも民法416条の規定が類推適用されるところ,自死による損害が当該自死者の意思による選択という特別の事情によって生じたものであることからすれば,被告においてDの自死が予見可能な事情であるといえる場合でない限り,本件事故とDの自死による損害との間の相当因果関係を認めることができないというべきである。
そして,本件においては,上記のとおり,Dはうつ病を初めとする精神疾患(適応障害を含む。)に罹患しておらず,また,行動抑制力が著しく阻害されている程度のうつ状態であったことをうかがわせるような事情もないことからすれば,Dの自死は,自由な選択の結果としてなされたものであり,被告においてDの自死を予見することはできなかった。また,仮にDが適応障害に罹患していたとしても,上記のとおり,適応障害と自殺との関連性が明らかにされていない以上,被告がDの自死を予見することはできない。
争点②(因果関係を認めることができるとした場合,Dの個体側の事情を理由に損害額を減額すべきか否か,減額すべきとした場合,その減額の割合はどの程度か)について
(被告の主張)

原賠法3条1項に基づく損害賠償請求についても,一般不法行為法に則り,被害者の事情が損害の発生又は拡大に寄与した場合には,民法722条2項を類推適用することにより,寄与度減額が認められると解するべきである。


これを本件についてみるに,以下のとおり,一般人であれば,必ずしも本件事故の影響のみによって自死に至るとはいえず,Dの自死にはDの個体側の事情が大きく影響していたといえる。そして,事故によって直接的な損害に伴う精神的負荷により自死した事案に関する多くの裁判例において,8割程度の寄与度減額を認めていることを踏まえれば,本件についても,8割程度又はそれ以上の寄与度減額が認められるべきである。適応障害に罹患して自殺に至る者の割合が僅かであること
世界保健機関の調査によれば,自殺者のうち,うつ病に罹患していた者の割合が30.2%であったのに対し,適応障害に罹患していた者の割合が2.3%であることからすれば,そもそも適応障害に罹患して自死に至る者の割合は僅かであるところ,Dの自死にはDの個体側の事情が大きく影響していると考えられる。
適応障害の発症の危険性等には個人的素質あるいは脆弱性が大きな役割を果たしていること
ICD-10における適応障害の記載によれば,適応障害の発症の危険性及び症状の形成は,他のストレス関連障害に比べ,個人的素質あるいは脆弱性が大きな役割を果たしているとされているところ,仮にDが適応障害に罹患していたとしても,それにはDの個人的素質あるいは脆弱性が大きく影響していたというべきである。
Dの健康状態
上記のとおり,Dは,本件事故当時,傷病の程度は明らかではない多くの傷病を患っており,また,脳梗塞という重篤な後遺症が残存し得るような重大な傷病に罹患していたことや,本件事故当時のDの日常生活動作が相当程度低下していたことからすれば,Dは,本件事故直前には,年齢とは独立して健康障害や死亡の予測因子となる一病態になったものといえ,Dの自死の決断に影響を及ぼすものであったと考えられる。家族に対する看護・介護に関する遠慮
一般に,高齢者特有の自死の要因として,高齢者が心身両面の衰えを自覚し,同居する家族に看護や介護の負担をかけることへの遠慮が生じるという家族への精神的負担が挙げられているところ,高齢者の自死者の多くが家族と同居しており,生前に家族に「長く生きすぎた」,「迷惑をかけたくない」と漏らしている。そして,Dにおいても,家族と同居して生活していた上,原告Aに対し,「ちいと俺は長生きしすぎたな」と述べていることからすれば,Dの自死の決断において,家族に対する看護・介護に関する遠慮による精神的負担が大きな影響を及ぼしていたと考えられる。
Hの健康状態
Dは,Hの入院直前に出現していたと思われる重篤な症状や,Hが本件事故時点で入院後約1か月経過しても退院していなかったこと等からすれば,少なくともHが重い病気に罹患していたことは認識していたものといえる。そして,Dにおいて飯舘村が計画的避難区域に指定されることを知った後の自殺念慮出現から実行までが時間が極端に短いことに鑑みれば,Dの自死にとってHの健康状態は大きな影響を及ぼしたものであると考えられる。
(原告らの主張)

民法722条2項類推適用による寄与度減額は,損害が加害行為のみによって通常発生する程度,範囲を超えており,かつ,その損害の拡大に被害者側の要因が寄与していると認められる場合に限り,認められると解すべきである。


Dの自死による損害は,本件事故のみによって通常発生する程度,範囲を超えないこと
Dが102歳の高齢であり,飯舘村以外で生活したことがなかったことからすれば,Dにとって飯舘村以外の場所で避難生活を送ることは大きな精神的負担であったことに加え,Dは避難生活が過酷であることを認識しており,過酷な避難生活には耐えられないとDが判断したことも無理からぬものであったこと等からすれば,Dは,避難するという選択がないに等しい状況にあったものであり,Dの自死が本人の自由な選択によるものとは到底いえない。


仮に損害の拡大にDの個体側の事情が寄与しているとしても,その寄与度は極めて小さいこと
本件事故前の事情
a
Dの性格・人格
Dは,温厚で社交性があって真面目な性格であり,また,人間関係においてトラブルがあったなどの事情はないことからすれば,Dの性格・人格がDの自死に影響を及ぼすような事情であるとはいえない。b
Dの健康状態
Dは,高血圧症や狭心症などの大きな傷病に罹患していたが,それらはいずれも高齢者の大半が罹患するような軽微なものである上,脳梗塞についても,Dが自死に至る30年以上も前に発症したものであり,Dの自死に影響を及ぼすような事情とはいえない。
また,Dが本件事故以前に精神的既往症に罹患していた事実はなく,精神科への通院歴もなく,この点についても,Dの自死に影響を及ぼすものとはいえない。
本件事故後の事情

a
適応障害における個人的素質あるいは脆弱性による影響
Dは,本件事故後,短期間の間に,本件事故に基づく様々なストレス要因に遭遇し,耐え難いストレスが積み重なったことにより適応障害に罹患したものである。そして,適応障害がストレス要因に反応して出現する病気であり,そのストレス要因には様々な外部要因があり得る上,そのストレス要因の種類や強弱も異なるところ,上記のとおり,Dが受けたストレス要因が極めて強いものであったことからすれば,Dの個人的素質あるいは脆弱性による影響は小さくても適応障害を発症する危険性が高い。また,適応障害に罹患した者が自死することはあり得るところ,適応障害に罹患した者の自死の割合が僅かであることをもってDの個人的素質あるいは脆弱性による影響が大きいことにはならない。

b
家族に対する看護・介護に関する遠慮
Dにおいて,本件事故前に家族による看護や介護の負担を掛けることを遠慮していたことをうかがわせる事情がないことからすれば,Dが,本件事故による避難生活において家族に看護・介護の負担を掛けることによる遠慮の精神的負担を負っていたとしても,それは本件事故に起因するものであり,Dの個体側の事情とはいえない。
c
Hの健康状態
Dは,Hがすい臓がんであるという事実を知りえず,仮にHに何らかの異変が生じていることを感じ取ったとしても,Dは,今までの人生で妻や子の死亡を経験していることからすれば,Dの自死に影響を及ぼすものではない。

争点③(D及び原告らの損害額)について
(原告らの主張)

Dに生じた損害
死亡慰謝料

4000万円

本件事故は,広範な被害を生じさせ,被害者の生活基盤を破壊し,本来であれば平穏の中で生涯を終えることができたはずのDから死に場所を奪い,慣れない場所での避難生活の困難さと人に迷惑をかけることを厭うてお墓に強制避難させたものに等しい。そして,102歳であるDが,上記のような状況において,自死を選ばなければならなくなったのは,そもそも人災による故意にも等しい被告の行為によるものであるところ,Dの死亡に伴う精神的苦痛を慰謝するために必要な慰謝料は4000万円を下らない。
相続
上記のとおり,Dに生じた死亡慰謝料は4000万円であり,Dは,被告に対して,同額の損害賠償請求権を有していたところ,Dが,Hに対し,全ての財産を相続させる旨の遺言を作成していたことから,Hは,Dの上記損害賠償請求権を単独で相続した。
そして,Hが,Dが死亡した後である平成23年6月4日に死亡したことから,Hの原告Aが2分の1,原告C及び原告Bがそれぞれ4分の1の割合で,上記損害賠償請求権を相続した。
したがって,原告Aの相続したことによる請求額は,2000万円となり,原告C及び原告Bの請求額はそれぞれ1000万円となる。イ
原告ら固有の損害
以下の事情によれば,原告らは,民法711条所定の者と同視し得る身分関係が存在するものといえるところ,原告らにおけるDの突然の死に対する悲しみを慰謝するために必要な慰謝料はそれぞれ500万円を下らない。
原告ら共通の事情
原告らは,村内最長老であったDが,これまでの人生で様々な荒波に耐えて生き抜いてきたにもかかわらず,本件事故に基づく事情により自死に至ったことに強い衝撃を受けたことに加え,すい臓がんで入院中であったHの代わりに精神的支柱であったことからすれば,原告らの悲しみは計り知れないものであったといえる。
原告Aに関する事情
原告Aについては,長年にわたってDと同居して,Dの世話をしてきた者であり,Dが原告Aを「かあちゃん」と称していたことからしても,実質的に民法711条所定の者と同視し得る身分関係が存在するものといえる。そして,Dの自死が,すい臓がんの治療のため入院していたHが新潟の病院に転院し,Hを一切頼ることができない状況下で起こったものである上,原告Aは,Dの自死の悲惨さから,Hに対してDの自死を伝えることができなかったこと等を考慮すれば,原告Aの固有の慰謝料は相場よりも増額が認められるべきである。
原告C及び原告Bに関する事情
原告C及び原告Bは,Dの孫である。そして,原告Bは,Dが死亡するまで共に暮らしており,Dと日々密に交流していた。また,原告Cは,高校卒業するまでDと共に暮らしており,本件自宅を離れた後も,南相馬市という比較的近い場所で生活し,折に触れて帰省し,Dと浅からぬ交流を有していた。そこで,原告C及び原告Bは,民法711条所定の者と比しても,Dの自死による精神的苦痛は何ら変わるものではなく,固有の慰謝料が認められるべきである。

弁護士費用
原告らは,本件訴訟の追行を原告ら訴訟代理人らに委任したところ,その弁護士費用のうち,原告Aについて250万円,原告C及び原告Bについてそれぞれ150万円は,本件事故と因果関係のある損害として被告が負担すべきである。


合計
したがって,原告Aは,被告に対し,2750万円の損害賠償請求権を,原告C及び原告Bは,被告に対し,それぞれ1650万円の損害賠償請求権をそれぞれ有する。

(被告の主張)
不知ないし争う。
第3
1
当裁判所の判断
認定事実
前記前提事実に加え,後掲証拠(認定に供した証拠等の掲記がない事実は,当事者間に争いがない。)及び弁論の全趣旨を総合すると,次の事実を認めることができ,この認定を覆すに足りる証拠はない。
本件事故前までのDの生活状況

Dの生業について(前提事実,甲13の1,甲14~16,22,原告A本人,弁論の全趣旨)
Dは,明治41年12月20日,EとFの夫婦の間の長男として,福島県相馬郡飯舘村に生まれ,尋常小学校卒業後,家業である農業に従事していた。なお,Dが農業を行なっていた農地は,本件自宅の周辺をDとその両親が開拓したものであった。
Dは,昭和5年4月7日,Gと結婚した後も,家業である農業に従事していたほか,稲作やたばこの栽培,養蚕,酪農も行なっていた。
Dは,徴兵されたことはなく,飯舘村以外で生活したことはなかった。イ
Dと原告らとの関係について(前提事実,甲14~16,原告A本人)原告Aは,昭和48年12月27日,Hと結婚し,本件自宅において,D,G及びHと同居するようになった。また,Hと原告Aの間に,原告Cや原告Bが生まれ,同人らもDの孫として本件自宅で同居するようになった。その後,原告Cは,高校卒業に伴い南相馬市内の縫製会社に就職したことから,本件自宅を離れた。
原告Aは,Dの妻であるGが平成15年11月7日に死亡した後は,Dの世話を中心的に行なうようになった。


Dの本件事故直前期の日常生活について(甲13の1,甲14,16,17,原告A本人)
Dは,朝8時頃に起床し,朝食後,週2回はいいたてホームのデイサー
ビスに通い,それ以外の日は居間で横になるか座椅子に座ってテレビを見るなどしていた。昼食後は,昼寝をしたり,本件自宅の庭周辺を散歩したり,本件自宅を訪ねてくる友人と縁側でお茶を飲みながら会話をするなどしていた。夕飯後は,テレビを見たりお風呂に入ったりした後に就寝していた。なお,Dは,いいたてホームのデイサービスをとても楽しみにしており,相撲甚句を謳うなどしていた。

Dの性格(甲14~18,22,原告A本人)
Dは,温厚でまじめな性格であり,無口ではあったものの人付き合いが苦手であったとはいえず,いいたてホームのデイサービスでも人気者であった。

Dと地域の関係(甲9,10の1~3,甲13の1,甲15~18,甲21の2,甲22,原告A本人)
Dが99歳を迎えたときには,飯舘村内の宿泊施設の宴会場にDの親族や飯舘村の住民等約100人が集まり,Dの白寿のお祝いをした。Dは,その際,相撲甚句を謳ったり,酒を飲んだりした。
Dが100歳を迎えたときには,Dの親族や飯舘村の住民等約50人が集まり,Dの100歳のお祝いした。また,Dは,飯舘村から100歳の記念植樹としてハナミズキが贈られ,本件自宅の庭に植えた。Dは,地域の祭りには必ず参加して,太鼓たたきをしていた。また,Dは,毎年地域の住民と一緒に神社に奉納するしめ縄を作っていた。Dは,農協の役員や飯舘村の老人会の会長を務めた。


Dの健康状態(甲14,19,乙8,原告A本人,弁論の全趣旨)Dは,いいたてクリニックにおいて,平成22年4月17日から高血圧症,狭心症,慢性胃酸症,白内障及びアレルギー性皮膚炎に関する診療を受けていた(なお,同年5月18日からは訪問診療の方法になっている。)。また,Dは,いいたてクリニックにおいて,同年6月18日に低酸素症,同年7月13日に腰痛症,同年11月16日に右腸骨部褥瘡と診断された。
Dは,平成22年9月21日,いいたてクリニックに対し,介護認定等のために主治医意見書の発行を申込み,同クリニックのK医師により同年10月12日付け主治医意見書(以下「本件主治医意見書」という。)が作成された。
本件主治医意見書に記載されている内容は,概要,次のとおりである。a
Dは,脳梗塞(発症年月日:昭和54年7月。なお,主治医意見書では「平成」に丸が付いているが,「昭和」の誤記と認める。),変形性脊椎症(発生年月日:不詳),高血圧症(発生年月日:不詳)の傷病が認められるところ,上記傷病に関する症状は安定しているが,Dが高齢であることから十分な経過観察を要する。
b
Dにおける日常生活の自立度等については,障害高齢者としての日常生活自立度が「B1」(屋内での生活は何らかの介助を要し,日中もベッド上での生活が主体であるが,座位を保つ状態のうち,車いす又は一般のいす等に移乗し,食事,排泄はベッドから離れて行なうもの)であり,認知症高齢者としての日常自立度が「Ⅲa」(日中を中心として日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが見られ,介護を必要とする。)である。

c
Dにおける認知症の中核症状(認知症以外の疾患で同様の症状を認める場合を含む。)については,短期記憶が「問題あり」,日常の意思決定を行なうための認知能力が「見守りが必要」,自分の意思の伝達能力が「具体的要求に限られる」と判断されるが,認知症の周辺症状や他の精神・神経症状はない。

d
Dの両下肢は,筋力が中程度低下しており,自宅内をなんとか自力で移動することはできる(車いすや歩行補助具などは使用していない。)が,転倒・骨折の危険が大きいことから見守り又は状況により介助を要する。

e
Dは,一応自立して食事をしているが,摂食・嚥下機能の低下により見守りを要する。
その他
Dは,90歳くらいから手が震えて文字が書けなくなっていた。


Hのすい臓がんについて(甲13の1,甲14~16,原告A本人)Hは,平成22年10月,末期のすい臓がんであることが発覚し,平成23年2月7日からすい臓がんの治療のため南相馬市立総合病院に入院した。なお,原告Aは,原告C及び原告Bに対しては,Hが末期のすい臓がんであることを伝えていたが,Dに対しては,Dが高齢であり,不要な心配を掛けさせないようにとの配慮に基づき,Hの病状を伝えず,Hの入院も検査入院であると説明していた。


本件事故発生後の経緯

本件事故の概要等(前提事実,公知の事実,甲5,14,乙1,2,弁論の全趣旨)
平成23年3月11日,本件地震が発生した。本件地震に伴う地震動によって送電鉄塔が倒壊し,また津波によって福島第一原発の海側エリア及び主要建屋設置エリアが広く浸水したことなどにより,福島第一原発1号機ないし4号機は原子炉の冷却機能を喪失した。同月12日から15日にかけて福島第一原発1号機,3号機,4号機の順で,原子炉建屋内に充満した水素ガスが原因とみられる爆発を起こし,大量の放射性物質が大気中に放出される本件事故が発生した。放出された放射性物質は風に乗って主に福島第一原発の北西方向に広がり,降雨等の影響により土壌に付着した。
本件事故により放出された放射性物質のうち特にセシウム137の影響により,主に福島県の浜通りから中通りにかけての広範囲において空間放射線量率が平常時より高い状態となった。放射性物質であるセシウム137の半減期は約30年であり,空間放射線量率が高い状態は長期間にわたることが予想されていた。
内閣総理大臣は,福島第一原発の1号機の原子炉建屋に次いで3号機の原子炉建屋も爆発したことを受けて,平成23年3月15日に福島第一原発から半径20㎞以上30㎞圏内の住民等に対する屋内退避指示を行なった(飯舘村の一部は屋内退避指示区域に指定されたが,Dらが居住していた本件自宅は屋内退避指示区域外であった。)。
その後,内閣総理大臣は,同年4月11日,上記屋内退避指示を解除した上で,福島第一原発から20㎞以遠で,1年間の積算放射線量が20m㏜に達するおそれがある地域(飯舘村全域を含む。)を計画的避難区域と指定する方針を公表し,同月22日に指定を行った。計画的避難区域に指定された住民は,おおむね1か月以内に,当該区域外の場所へ避難を完了することが望ましいとされた。なお,上記地域が計画的避難区域と指定されることについては,同月11日に発表された。
飯舘村は,平成23年3月18日,栃木県鹿沼市への集団自主避難に関する説明会を開催し,同月19日及び20日に500人の住民が鹿沼市に避難した。
飯舘村の計画的避難区域の指定は,後に,帰還困難区域,居住制限区域,避難指示解除準備区域に整理され(本件自宅のある地域は居住制限区域とされた。),平成29年3月31日に,帰還困難区域を除く他の地域の指定は解除された。

D及び家族の状況等(甲14~16,18,19,原告A本人)
D,原告A及び原告Bは,本件地震が発生した当時,本件自宅で暮らしていた。
原告Cは,本件地震が発生した当時,南相馬市で生活していたが,本件事故の影響により,本件自宅に避難したものの,子どもの学校の関係で4月10日頃には南相馬市に戻った。
Hは,東日本大震災が発生した際は,南相馬市立総合病院に入院していたが,本件事故の影響により,新潟県にある村上総合病院に転院した。いいたてホームは,本件事故後,デイサービスを中止したため,Dは,一日中本件自宅にいるようになった。また,本件自宅を訪れる人は,避難の挨拶をする人ばかりで,Dとお茶を飲みながら会話をするような人はいなくなった。
この頃,Dは,本件事故以前よりも口数が少なくなり,ぼうっと外を見たり,頭を抱えたりするようになっていた。
原告Aは,飯舘村の集団自主避難に関する参加の問い合わせに対し,Dが飯舘村から避難することを嫌がっていたことやHのことを考え,参加しない旨回答した。
Dは,山形県米沢市に自主避難していたLが,本件自宅を訪れた際に,原告Aに対し,体育館での避難生活が過酷であることなどの話をしていたのを聞いていた。
原告Bは,平成23年4月11日の夜,本件自宅の2階の部屋(原告Bの自室)において,Hが入院していた村上総合病院から電話を受け,Hが吐血した旨を伝えられた。そこで,原告Bは,本件自宅の居間において,原告Aに対し,Hが吐血した旨を伝えた。


Dの自死前後の状況等(甲14,原告A本人,弁論の全趣旨)

Dは,平成23年4月11日の昼食時に,NHKのニュースによって飯舘村が計画的避難区域に指定されることを知り,その後,原告Aに対し,「何だ,飯舘村,避難しきゃなんないのか」,「おら行きたくねーなー」,「でもやっぱりここに居たいべ」,「ちいと俺は長生きしすぎたな」などと言った。


Dは,上記アのニュースの後,数時間の間,本件自宅の居間で,顔を伏せて,頭を抱えるような格好をして,下を向いたままじっとしていた。その後,「ちっと寝るかな」と言って,本件自宅の1階寝室(Dの自室)に行った。


Dは,夕食のために本件自宅の1階寝室(Dの自室)から居間に出てきた際,外出用の服装をしていた。そこで,原告Aは,Dに対し,「あら爺ちゃん,今日はどっか行くの」と尋ねたが,Dは何も答えなかった。Dは,午後8時頃,本件自宅の1階寝室(Dの自室)に戻った。


原告Aは,平成23年4月12日のNHKの朝の連続ドラマ小説が終わってからしばらくした頃,本件自宅の1階寝室(Dの自室)において,ビニール袋2つを結んで輪状にしたものを首に掛けて死亡しているDを発見した。Dの死因は縊死であり,死亡推定時刻は同日の午前零時頃であった。

原告Aは,Dの自死があまりに悲惨であったことから,新潟で闘病生活を送っているHに対し,Dが自死したことを伝えることができなかった。


精神障害に関する労災認定実務(甲28,弁論の全趣旨)

「ストレス―脆弱性」理論
労災認定実務においては,労働者が発病した精神障害が業務に起因するものか否かを判定する基準として「ストレス―脆弱性」理論を用いている。「ストレス―脆弱性」理論とは,環境由来の心理的負荷(ストレス)と個体側の反応性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まるという考え方であり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こり,反対に,個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が生ずるとされる。


ストレスの強度について
労災認定実務においては,「ストレス―脆弱性」理論における考慮要素であるストレスの強度を客観的に基準化するために,個別の出来事が与えるストレスの強度について,業務に関連する出来事と業務以外の場面での出来事に分けて評価表が作成されている。業務以外の場面での出来事についての評価表の概要は以下のとおりである。

(ストレス強度)
Ⅰ:日常的に経験する心理社会的ストレスで,一般的に問題とならない程度のストレス
Ⅱ:ⅠとⅢの中間に位置する心理社会的ストレス
Ⅲ:人生の中で希に経験するような強い心理社会的ストレス
(評価表の抜粋)
[具体的出来事]

[ストレスの強度]

自分が病気やケガをした
配偶者や子供が重い病気やケガをした


親族とのつきあいで困ったり,辛い思いをしたことがあった


多額の財産を損失した又は突然大きな支出があった


天災や火災などにあった又は犯罪に巻き込まれた


騒音等,家の周囲の環境(人間環境を含む。)が悪化した


ⅡⅡ
精神障害と自死の関連性に関する知見

自死の要因と概要(甲24)
日本における自死者は,平成10年に年間3万人を超え,それ以降,ほぼ年間3万人を超える水準で推移している。自死は,失業や多重債務等の社会的要因を含む様々な要因とその人の性格傾向,家族の状況,精神状況などが複雑に関係している現象である。


精神障害と自死の関連性(甲28,乙9~12)
世界保健機関が発表した自死者が生前に抱えていた問題に関する調査結果(自死者の遺族や知人等から同意を得て情報を収集したもの)によると,自死に及ぶ前にその90%以上の人が何らかの精神障害の診断に該当する状態にあり,そのうち気分障害(うつ病)の診断に該当する人の割合が30.2%であり,適応障害の診断に該当する人の割合は2.3%であるとされている。
平成23年12月26日基発1226第1号「心理的負荷による精神障害の認定基準について」(以下「平成23年認定基準」という。)によると,業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病したと認められる者が自死を図った場合には,精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自死行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し,業務起因性を認めることとされている。なお,適応障害は,ICD-10のF4の分類の精神障害に該当する。

適応障害に関する一般的知見(甲23,乙9)
ICD-10における適応障害の記載内容の概要
a
適応障害(F43.2)は,主観的な苦悩と情緒障害の状態であり,通常社会的な機能と行為を妨げ,重大な生活の変化に対し,あるいはストレス性の生活上の出来事(重篤な身体疾患の存在あるいはその可能性を含む。)の結果に対して順応が生ずる時期に発生する。ストレス因は(死別,分離体験によって)個人の人間関係網が乱されたり,あるいは社会的援助や価値のより広汎な体系を侵したり(移住,亡命)することがある。ストレス因は個人ばかりでなく,その集団あるいは地域社会を巻き込むこともある。

b
適応障害の発症の危険性と症状の形成には,F43(重度ストレス反応及び適応障害)の他のカテゴリーよりも,個人的素質あるいは脆弱性が大きな役割を果たしているが,ストレス因がなければ適応障害は起こらなかっただろうと考えられる。適応障害の症状は多彩であり,抑うつ気分,不安,心配(あるいはこれらの混合)などがあるが,いずれの症状もそれ自体では,より特異的診断を正当化するほど重症でないし顕著でもない。なお,適応障害の患者は劇的な行動や突発的な暴力を起こしてしまいそうだと感じるが,そうなることは滅多にない。
c
診断においては,症状と形式,内容及び重症度,病歴と人格,ストレス性の出来事などの関連についての注意深い評価に基づくべきであるところ,ストレス性の出来事の存在は,強力に適応障害を推定させるものであるが,その出来事なしに障害が起こらなかったという証拠がなければならない。なお,適応障害の症状が生じるのは,通常ストレス性の出来事,あるいは生活の変化が生じてから1か月以内であり,通常は6か月を超えない。
DSM-5における適応障害の記載内容の概要
a
適応障害の診断的特徴としては,はっきりと確認できるストレス因に反応して,情動面又は行動面の症状が出現することである。ストレス因は,単一の出来事の場合や複数の出来事の場合があり,反復するものや継続するものもある。ストレス因は,一個人,家族全体,あるいはもっと大きな集団や共同体に影響を与えることもある。

b
適応障害は,自死企図と自死既遂の危険の増加に関連する。

c
適応障害の症状は,ストレス因の始まりから3か月以内に出現し,ストレス因又はその結果の終結から6か月以上続くことはない。ストレス因が急な出来事である場合,障害の発症は通常ただちに起こり,持続は比較的短い。患者のストレス因に対する反応が不適応的であるか,また関連する苦痛が予測される以上のものであるかを臨床的に判断する際には,その人の文化的背景を考慮に入れるべきである。

d
適応障害の有病率は,研究対象や評価方法に大きく異なるが,大変ありふれたものであり,外来で精神科治療を受けている患者のうち,適応障害を主診断とするものの割合は,およそ5%ないし20%である。また,病院での精神科コンサルテーションでは,適応障害が最も多い診断名であり,しばしば50%に達する。なお,適応障害はうつ病とは区別される。



高齢者の自死の特徴(乙11)
内閣府自殺総合対策の在り方検討会の作成した資料によれば,自殺者の約4割は高齢者であること,高齢自殺者の多くが家族と同居していること,高齢自殺者が心身両面の衰えを自覚し,同居する家族に看護や介護の負担をかけることに遠慮を感じていること,高齢者が生前家族に対し,「長く生きすぎた」,「迷惑をかけたくない」ともらしていることなどが指摘されている。⑺

東日本大震災に関連する自殺者数(甲27)
内閣府自殺対策推進室が,平成28年3月25日に発表した東日本大震災に関連する岩手県,宮城県,福島県の自殺者数は,次のとおりである。

平成23年
岩手県17人,宮城県22人,福島県10人


平成24年
岩手県8人,宮城県3人,福島県13人


平成25年
岩手県4人,宮城県10人,福島県23人


平成26年
岩手県3人,宮城県4人,福島県15人


平成27年
岩手県3人,宮城県1人,福島県19人

2
争点①(本件事故とDの自死との間に因果関係を認めることができるか。)について
被告が負担すべき損害賠償責任及びその範囲について
被告は原賠法2条3項でいう「原子力事業者」であり,本件事故は福島第一原発の各原子炉の運転等の際に発生したものであるから,被告は,本件事故により,D及び原告らに生じた原子力損害について,原賠法3条1項本文に基づき,その損害を賠償すべき責任を負うことは争いがない。
また,賠償の対象となる損害の範囲についても,民法が規定する不法行為における賠償責任が生じる損害の範囲と同様,本件事故と相当因果関係のある範囲に限られる。したがって,原告らは,原賠法3条1項本文に基づく請求と選択的に,不法行為に基づく損害賠償を請求しているが,被告が原賠法3条1項本文に基づく責任を負うことは上記のとおりであるから,被告の不法行為責任については判断することを要しない。
本件事故とDの自死との間の因果関係を判断する枠組みについて
相当因果関係の立証は,一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく,経験則に照らして全証拠を総合検討し,特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認し得る高度の蓋然性を証明することであり,その判定は,通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし,かつ,それで足りるものであると解される。
そして,自死は単一の原因により生じるものではなく,失業や多重債務等の社会的要因を含む様々な要因とその人の性格傾向,家族の状況,精神状況などが複雑に関係している現象であるからすれば,本件事故とDの自死との間の相当因果関係の有無を判断するに当たっては,本件事故が自死の引き金となったか否かという観点に加え,Dの自死を決断した状態がいかなる要因で形成されたのか,その状態を形成した諸要因の中で,本件事故がどの程度の重きをなすものであったのかを,本件全証拠に照らして検討し,評価すべきである。


本件事故がDの自死を決断した状態の形成に与えた影響の程度
原告らは,本件事故によりDの周辺環境や生活状況が変化した上,飯舘村からの避難を余儀なくされたこと等が原因となって,Dが適応障害を発症し,その結果自死に至ったことから,本件事故とDの自死との間には相当因果関係があると主張するので,以下,この点について検討する。

Dが適応障害に罹患していたかどうかについて
原告らは,Dが,本件事故に基づく事情を原因として適応障害に罹患していたと主張し,これを裏付ける証拠として,精神科医であるJ医師作成した精神鑑定書(甲22。以下「J鑑定書」という。)を提出する。a
J鑑定書は,本件の訴状,原告Aからの聴取り,原告ら及び近隣住民の陳述書等を参照して,Dの生活史,本件事故から自死に至る経緯等について検討した上で,それを精神医学的に考察し,本件事故後にDが呈していたと考えられる精神症状は,ICD-10にいうところの適応障害に該当することから,Dは適応障害により自殺したものであると結論付けている。
b
しかし,J鑑定書が診断の前提とした資料は,本件訴状やDが適応障害に罹患していたと主張する原告Aからの聴取り,原告ら及び周辺住民の陳述書などであるところ,それらはいずれもJ医師が直接当時のDの様子を観察したものではないという意味で間接的な資料である。また,上記原告らの訴状や陳述書等は,抽象的にDの様子を述べるものがほとんどである上,原告らは,Dが適応障害に罹患していたと主張し,それに沿う主張書面や陳述書等が作成されていることにも鑑みれば,J鑑定書の結論は,Dが自死に至ったことを前提に,適応障害に該当した場合と矛盾しないエピソードを集めた上での診断と評価せざるを得ない。
したがって,精神障害の確定診断において,特に自死事案にあっては,専門家の診断,治療歴がない場合もあり(Dも,自死以前に精神科医による診断等は受けていない。),得られた情報だけから診断することは極めて困難であることを考慮しても,J鑑定書をもって,Dが自死を決断した時点で適応障害に罹患していたと認めることはできず,また,本件においては,いいたてクリニックの診療録のほかにDの自死の直前における状況に関する客観的な資料はない上,精神障害の確定診断が,希ならず困難であり,専門家の意見が分かれることがあることに鑑みれば,本件全証拠によってもDが適応障害に罹患していたと積極的に認定することはできない。
もっとも,上記認定のとおり,Dが自死に至ったのは,家族である原
告らにとっても突然の事態であって,Dが自死を選ぶに際して手紙等も残しておらず,また,Dがいいたてクリニックの診療録のほかにDの自死の直前における状況に関する客観的な資料はないことから,Dの精神状態について直接認定するに足りる証拠はないことに鑑みると,本件事故とDの自死との間の相当因果関係の有無を判断するに当たっては,本件事故がDの自死を決断した状態を形成した諸要因の中で,本件事故がどの程度の重きをなすものであったのかを検討し,評価すべきであって,Dが適応障害に罹患していたとまでは認められないことをもって,直ちに本件事故とDの自死との間の相当因果関係を否定すべきではない。ウ
避難によるストレスの影響について
避難によるストレスの一般論
一般的に,災害は被災者の生命や財産を突発的に脅かすものであり,ストレスを与えるものであるが,特に本件事故に基づく避難については,局地的な土砂崩れの災害等と異なり,避難を求められる範囲が福島第一原発周辺の市町村を広く含む非常に広範囲に及び,避難を余儀なくされた地域における被災者の生活が広範に失われる結果をもたらすものであることからすれば,上記のような出来事に遭遇することは健康状態に異常のない通常人にとっても過酷な経験であることは容易に推認でき,それによるストレスは極めて大きいものといえる。そして,本件事故による避難のストレスが大きいことは,東日本大震災に関連する福島県の自殺者数が,他の被災地である岩手県や宮城県の自殺者数と異なり,本件事故後に増加し,その後も15人以上で推移していることからもうかがうことができる。
飯舘村での生活をし得なくなり,帰還の見通しも持てなくなったことによるストレス
a
Dにとって飯舘村における生活が有していた意味
前記前提事実及び前記認定事実のとおり,Dは,明治41年に飯
舘村に生まれてから自死に至るまで,100年余りにわたり,飯舘村の自宅に住み,自らが父母と開拓した農地における農業や養蚕,酪農などの多くの生業を営んでいた。
また,Dは,飯舘村における生活の中で,Gとの結婚や,8人の
子の誕生と育児,孫の誕生を経験した上,Hの妻である原告Aや孫である原告C及び原告Bとは本件自宅で共に生活していた。


地域との関係では,Dは,地域の祭りには必ず参加して,太鼓た
たきをしていた上,神社に奉納するしめ縄作りも,毎年地域の住民と一緒に行なっていたことに加え,農協の役員や飯舘村の老人会の会長を務めていたこと,Dの白寿や100歳のお祝いの際には,飯舘村の住民が多く集まっていたことからすれば,Dと飯舘村の住民とは非常に良好な関係を築いていたといえる。なお,Dは,飯舘村から100歳の記念植樹として贈られたハナミズキを本件自宅の庭に植えていたところ,上記ハナミズキが,Dにとって地域との繋がりを実感させるものであったと考えられる。



このように,Dにとって飯舘村における生活は,100年余りに
わたって積み重ねてきた人生そのものを形成するものであり,飯舘村や本件自宅等を取り巻く環境は,Dにとって,単に生活の本拠であるということにとどまらず,家族との共同生活や地域の住民との交流の場であったといえる。

b
本件事故によりDが飯舘村での生活をし得なくなり,帰還の見通し
も持てなかったこと
本件事故は,本件地震による津波の影響等により,福島第一原発
が冷却機能を喪失し,放射性物質が大気中に大量に放出されたというものであり,飯舘村は,降雨等の影響により土壌に付着した放射性物質が継続的に放射線を発することが明らかになったことから,放射線が住民にもたらす健康影響を回避するために計画的避難区域に指定されることになり,そのことが平成23年4月11日に発表された。
そして,計画的避難区域が,おおむね1か月以内に当該区域から
の避難を完了すべきことを求めるものであるところ,飯舘村全域が計画的避難区域に指定されるということは,Dに飯舘村からの避難を余儀なくさせて,事実上,飯舘村に有していた本件自宅や田畑等の不動産についてこれを使用,収益,処分することはもちろんのこと,そこで生活をし,地域の住民との交流を楽しむことすらも不可能とすることを意味するものであったといえる。


また,上記の状態は,避難指示が解除されるまで継続することが
予想されるものであるところ,飯舘村が計画的避難区域に指定されたのが,上記のとおり,福島第一原発から放出された放射性物質が発する放射線の健康影響を回避するためであり,その主要な線源であるセシウム137の半減期は約30年にわたるものであることからすれば,平成23年4月11日の時点において,避難生活がどの程度の期間継続するかの見通しは立っておらず,むしろ,避難が長期にわたることが想定される状況にあった。したがって,Dとしても,避難指示が相当長期に及ぶことを予測し,飯舘村への帰還の見通しを持つことは困難であったといえる。なお,実際に本件自宅を含む地域の避難指示が解除されたのは,平成29年3月31日であった。



上記のとおり,本件事故により,飯舘村が計画的避難区域に指定
されることで,Dは飯舘村での生活を送ることが不可能となった。その結果,Dは,100年余りにわたって築いてきた飯舘村での生活及びその根幹であった本件自宅やそれを取り巻く環境を相当長期間にわたって現実に失い,さらに,飯舘村への帰還の見通しすらも持てなかったことからすれば,多大な喪失感を抱いていたものと認めることができる。
c
ストレスの強度評価
上記のとおり,Dが,100年余りにわたって積み重ねてきた人
生そのものといえるような飯舘村での生活及びその根幹であった本件自宅等やそれを取り巻く環境の全てを相当期間にわたって失い,かつ,それを取り戻せる見込みがない状態に置かれたことによるストレスが生じていたといえるところ,上記ストレス強度の評価表
(以下「ストレス強度評価」という。)には,直接これに該当する評価項目は見当たらない。
しかしながら,避難を余儀なくされることによって飯舘村での生
活の根幹であった本件自宅やそれを取り巻く環境の全てを相当期間にわたって失うことは,多額の財産を喪失した場合とその喪失感の点で大きく異なるところはないといえる。これに加え,上記で説示したとおり,Dにとって,飯舘村での生活は,100年余りにわたって積み重ねてきた人生そのものであり,飯舘村以外では決して賄うことができないものであったところ,Dにとって,飯舘村での生活及びその根幹であった本件自宅やそれを取り巻く環境はかけがえのないものであり,それを自己の意思に反して失うことの喪失感は,多額の財産を失うこと以上に大きいものであったことは想像に難くない。
そうすると,Dが飯舘村での生活及びその根幹であった本件自宅
やそれを取り巻く環境の全てを相当期間にわたって失ったことによるストレスは,ストレス強度評価でいうところのストレスの強度がⅢである「多額の財産を損失した又は突然大きな支出があった」ことによるストレスと,少なくとも同程度かそれ以上のものであったと認めることが相当である。


また,Dが飯舘村での生活及びその根幹であった本件自宅やそれ
を取り巻く環境の全てを失うに至った原因は本件事故にあるところ,本件事故は,本件地震による地震動と津波等を契機とし,原子力発電所の原子炉建屋が爆発することにより放射性物質が周辺地域の広範囲に向けて放出されたというものであり,放出される放射線によって居住するには危険があるとされる高い放射線量が観測されたことにより,広範囲の住民が避難を余儀なくされるという我が国の歴史上一度も体験したことのない事故であった。そして,本件事故が発生し,放射性物質が放出され,避難を余儀なくされるという一連の経過は,D及び原告らにとって防ぎようがなく,コントロールもできない事態であった。
このような本件事故の態様及びDら福島第一原発の周辺住民の状
況に照らすと,Dは,ストレス強度評価でいうところのストレスの強度がⅢとされている「天災や火災などにあった又は犯罪に巻き込まれた」ことによるストレスと同程度かそれ以上のストレスを受けたものと認めることができる。



上記のとおり,Dは飯舘村での生活及びその根幹であった本件自
宅やそれを取り巻く環境の全てを失った上,さらに,それらを取り戻せる見込みを持つことができない状態に置かれたものである。このことは,とりわけ102歳と高齢であったDにとっては,飯舘村へ帰還できずに避難生活を続けたまま,最期を迎えてしまう可能性が高いことを意味するものといえ,Dに耐え難い苦痛を与えたものと推認できる。そこで,上記のようなストレスに相当する評価項目は,ストレス強度評価には存在せず,これに類似した評価項目も見当たらないところであるが,上記で認定したストレスを一層強める働きをしたものということができる。


以上によれば,Dが,本件事故に伴い避難を余儀なくされ,飯舘
村での生活及びその根幹であった本件自宅やそれを取り巻く環境の全てを相当長期間にわたって失い,飯舘村への帰還の見通しを持てなくなったことにより,極めて強いストレスを受けたものと認めることが相当である。


家族に対する看護・介護に関する遠慮によるストレス
Dの自死直前の健康状態
いいたてクリニックのK医師作成の本件主治医意見書は,Dの日常生活の自立度等につき,障害高齢者としての日常生活自立度を「B1」(屋内での生活は何らかの介助を要し,日中もベッド上での生活が主体であるが,座位を保つ状態のうち,車いす又は一般のいす等に移乗し,食事,排泄はベッドから離れて行なうもの),認知症高齢者としての日常自立度を「Ⅲa」(日中を中心として日常生活に支障を来すような症状・行動や意思疎通の困難さが見られ,介護を必要とする。)としている。また,上記主治医意見書においては,Dにおける認知症の中核症状(認知症以外の疾患で同様の症状を認める場合を含む。)について,短期記憶が「問題あり」,日常の意思決定を行なうための認知能力が「見守りが必要」,自分の意思の伝達能力が「具体的要求に限られる」であるとされている。これに加え,上記主治医意見書では,両下肢の筋力が中程度低下しており,自宅内をなんとか自力で移動することはできる(車いすや歩行補助具などは使用していない)とされ,また,Dが90歳くらいから手が震えて文字が書けなくなっていたこと,Dの摂食・嚥下機能が低下していたことを併せ考えれば,Dは,老化による筋力低下及び認知機能の低下により,日常生活における着替え等に時間を要する状態になっており,原告Aによる見守り又は状況によって介助が必要になっていたものと認められる。
Dの避難生活に対する認識
Dは,テレビ等の報道により,避難した場合には体育館等で生活することを余儀なくされることを認識していた可能性があることに加え,山形県米沢に自主避難していたLが,原告Aに対し,体育館での避難生活が過酷であることなどを話していたのを聞いていたことからすれば,Dは,避難生活が過酷で不自由なものであると認識していたものと認められる。
家族による看護・介護に関する遠慮
前記認定事実のとおり,高齢自死者が心身両面の衰えを自覚し,同居する家族に看護や介護の負担をかけることに遠慮を感じていること,自殺高齢者が,生前家族に対し,「長く生きすぎた」,「迷惑をかけたくない」ともらしていることなどが指摘されているところ,上記のとおり,Dは,老化による筋力低下及び認知機能の低下により原告Aの見守り又は状況によって介助が必要な状態になっていたことに加え,Dが,原告Aに対し,「ちいと俺は長生きしすぎたな」と言っていたことを併せ考えれば,Dは,一緒に生活している家族である原告Aに対して,看護・介護の負担をかけてしまうことに遠慮を感じていたものと認められる。この点,上記のとおり,Dが,避難先の生活が不自由であることを認識していたこと,Dが「ちいと俺は長生きしすぎたな」と言ったのが飯舘村が計画的避難区域に指定されることを知った直後であったことに加え,Dにおいて,本件事故発生前に自殺願望や希死念慮を示した形跡はなく,飯舘村の本件自宅における家族による看護・介護の負担を遠慮していたとはいえないことを併せ考えれば,Dは,不自由な避難生活の中で家族に自分の看護・介護という更なる負担を掛けることを遠慮したものと認めるのが相当である。
また,後述のとおり,Dが,息子であるHの健康状態に何かしらの問題が生じていることを認識していた可能性が高いことが認められるところ,Dにおいては,ただでさえ不自由な避難生活であるにもかかわらず,息子を頼りにすることができない上,自らの世話をしてくれる原告Aも夫に頼ることができない状況にあることから,上記遠慮を一層強めるものになっていたと考えられる。
ストレスの強度評価
上記のような事情により生じるストレスは,ストレス強度評価でいうところの「親族とのつきあいで困ったり,辛い思いをしたことがあった」又は「自分が病気やケガをした」ことによるストレス(ストレス強度はⅡ)に近いものと認めるのが相当である。

日常生活の変化によるストレスについて
Dは,本件事故前は週2回のいいたてホームにおけるデイサービスをとても楽しみにしていたが,本件事故後,上記デイサービスは中止された。また,Dは,デイサービスがない日には,本件自宅を訪ねてくる友人と縁側でお茶を飲みながら会話をするなどしていたが,本件事故後は,避難の挨拶をする人ばかりで,Dとお茶を飲みながら会話をするような人はいなくなった。
ストレスの強度評価
上記のとおり,Dの日常生活は,本件事故の前後で大きく異なり,本件事故後は,家族以外の人と話す機会が激減していたと認められる。そして,上記のような事情により生じるストレスは,ストレス強度評価でいうところの「騒音等,家の周囲の環境(人間環境を含む。)が悪化した」ことによるストレス(ストレス強度はⅡ)に近いものといえる。

Dの個体側の脆弱性に係る事情について
Dの性格について
Dは,無口ではあったが,農協の役員や飯舘村の老人会の会長を務めたり,地域のお祭りに必ず参加していたことからすれば,一般的といえる程度に社会的な活動に参加し,一般的といえる程度の他者との交流を持っていたものといえ,その社会生活において目立って異常な点があったことはうかがわれない。そうすると,他にDの性格の特異性を示す事情が見当たらない以上,Dの性格は一般人に通常想定される個体差の範囲内にとどまるものと認められ,これをもって,Dの個体側の脆弱性と評価することは相当ではない。
Dの健康状態について
Dは,本件事故から約30年以上前に脳梗塞に罹患しているものの,その後に脳梗塞による血管性うつ病等が発症したと認めるに足りる事情はない。また,Dは,白内障にも罹患していたが,日常生活に支障を来すような状態であったと認めるに足りる事情はない。さらに,Dにおける高血圧症や狭心症等の傷病についても,加齢に伴って発症する可能性が高いものであり,一般人に通常想定される個体差の範囲を超えた疾患とはいえず,他にDの個体側の脆弱性と見るべき既往症も認められない。Dの個体側の脆弱性に係るその他の要素について
Dにおいて,アルコールその他の薬物の依存は認められず,また,家族の中に精神障害に罹患した者や自死者がいた事実も認められない。また,本件主治医意見書においては,Dにおける認知症の中核症状(認知症以外の疾患で同様の症状を認める場合を含む。)について,短期記憶が「問題あり」,日常の意思決定を行なうための認知能力が「見守りが必要」,自分の意思の伝達能力が「具体的要求に限られる」とされているが,本件主治医意見書には,認知症の周辺症状や他の精神・神経症状はない旨記載されている上,本件主治医意見書が介護認定等のために作成されたものであることを考慮すれば,原告に認知症があったと認めることはできない。そして,他にDが個体側の脆弱性を有すると認めるに足りる証拠はない。

Dにおける本件事故以外のストレスについて
前記認定事実のとおり,Dと同居していた次男のHは,平成22年10月に末期のすい臓がんであることが発覚し,平成23年2月7日から南相馬市立総合病院に入院していたところ,原告Aは,Dが高齢であることから,不要な心配を掛けさせないように,Dに対して,Hのすい臓がんについて伝えていなかったことが認められる。
しかしながら,原告Aが,Dに対し,Hの入院を検査入院である旨伝えていたにもかかわらず,Hの入院期間が2か月を超えて長引き,飯舘村の避難に当たっても帰宅できない状態であったことに加え,Dが,Hとは約60年間,原告Aと約40年間を共に生活してきたこと,原告Aと原告Bが本件自宅においてHの病状に関する話をしていたことを併せ考えれば,Dは,Hが末期のすい臓がんであることまでを認識していたと認めることはできないものの,Hの健康状態に何かしらの重大な問題が生じていることについては認識していたと認められる。
そして,上記のような事情は,ストレス強度評価にいうところの「配偶者や子供が重い病気やケガをした」こと(ストレス強度はⅢとされている。)に近いものと認めることが相当である。
他にDの自死を決断する状態の形成に影響を及ぼしたストレス要因があると認める足りる事情はない。



Dの自死と本件事故との間の因果関係に関する総合的検討
上記のとおり,Dの周囲で本件事故に基づく出来事(飯舘村が計画的避難区域に指定されることにより,飯舘村での生活をし得なくなり,不自由な避難生活を余儀なくされたこと,本件事故の影響により,家族以外の人と話す機会が激減したこと等)が,予期なく短期間に次々と発生したことにより,Dは耐え難い精神的負担を受けたものといえる。また,Dが,飯舘村が計画的避難区域に指定されることを知った直後に自死をしたことからすれば,本件事故により飯舘村からの避難を余儀なくされたことがDの最終的な自死の引き金となったものと認められる。そうであれば,Dが自死を決断した状態は,本件事故に基づく出来事による精神的負担が大きく影響を及ぼしたものといえる。
他方,Dに自死に至らせるような個体側の脆弱性は認められない。また,Dにおいては,Hの健康状態に何らかの重大な問題が生じていることを認識していたとはいえるものの,Dがそれまでに妻Gなどの近親者を看取った経験があることを踏まえれば,それ自体がDの自死に大きな影響を及ぼすようなものであったとはいい難い。
以上のとおり,本件事故に基づく出来事による耐え難い精神的負担が,Dにおける自死を決断した状態の形成に大きく影響を及ぼしたものであることからすれば,Dの自死は本件事故により発生したものと認めるのが相当である。

被告の予見可能性について,被告は,原子力発電所を設置,運転する原子力事業者であり,関係法令による原子力発電所の設置,運転に関する安全規制に従って,福島第一原発を運転していたのであるから,そのような放射線の作用の危険性,より具体的には,原子力発電所が一度事故を起こせば核燃料物質等が周辺地域に広範に飛散する可能性があること,そのようにして飛散した核燃料物質等が付着した地域においては,放射線の作用の影響が相当長期にわたって残るため,相当長期にわたって当該地域の住民が避難を余儀なくされるであろうことを予見することが可能であったといえる。また,過去の経験により,災害による避難者が様々なストレスを受けることは一般に知られているところであったから,放射線の作用による悪影響を避けるため予期しない相当長期間の避難を余儀なくされる者の中には,様々な強いストレスを受け,その結果として,自死という決断をする者が出ることがあり得ることも,予見可能であったといえる。ウ
以上によれば,Dの自死と本件事故との間には,相当因果関係があると認めるのが相当である。

3
争点②(Dの個体側の要因を理由に損害額を減額すべきか否か,減額すべきとした場合,その減額の割合はどの程度か。)について
上記のとおり,Dが,自死を決断した当時,自死の意味を理解できず,自由な意思による判断が阻害されるほどの状態であったとは認められない上,避難指示区域に長年生活していた高齢者であっても自死を選択しなかった者が多くいることに鑑みれば,Dの自死が自らの意思により選択したものであることを否定することはできない。また,不自由な避難生活を送る中で原告Aに看護・介護の負担をかけることに遠慮していたことが認められるところ,Dが,Dの息子であるHを頼りにできないという状況であったことが,原告Aに看護・介護の負担をかけることによる遠慮をより一層強めていたといえることからすれば,避難生活における看護・介護の遠慮が本件事故により生じたものであるとしても,Hの健康状態もDの自死の決断に一定の影響を及ぼしたものといえる。
以上によれば,Dの個体側の事情については,本件事故に基づく事情によるDへのストレスにより与えられた影響の割合を超えるものではないが,なお相当程度あったものと認めざるを得ない。したがって,本件事故に基づいて生じたストレス要因が一般的に強いストレスを生むものであることを前提に,Dの個体側の事情が自死の決断に影響を及ぼした可能性を適切に斟酌すると,本件事故に基づいて生じたストレス要因が,Dの自死の決断に及ぼした寄与の割合としては6割(Dの個体側の要因を理由とする減額割合は4割)と認めるのが相当である。
被告は,本件事故と同様に,事故によって直接的な損害に伴う精神的負荷により自死した事案に関する裁判例の多くが8割程度の寄与度減額を認めていることを踏まえれば,本件においても,8割以上の寄与度減額が認められるべきであると主張する。
しかし,本件事故が,寄与度減額を認めている多くの裁判例の事故と異なり,被害者と加害者の立場の対等性や互換性が全くない,一方的なものであることに加え,個別の事案における事情を考慮せずに減額の割合のみを取り出してその適否を論ずることはできない。被告の上記主張は採用できない。4
争点③(D及び原告らの損害額)について
Dに生じた損害

慰謝料

2000万円

以下の事情に加え,本件に現れた一切の事情を斟酌すれば,Dが被った精神的苦痛に対する慰謝料は,2000万円と認めるのが相当である。Dは,本件事故が発生するまでの100年余りの人生の全ての期間を,飯舘村の本件自宅で過ごし,そこで生活するという法的保護に値する利益を一年一年積み重ねてきたものであり,本件事故により避難を余儀なくされなければ,将来にわたって享受できるはずのものであった。しかしながら,本件事故によって,Dが飯舘村で生活することは不可能となり,飯舘村へ帰還できずに避難生活を続けたまま,最期を迎えてしまう可能性が高いことは既に説示したとおりである。
Dは,何らの予期もなく本件事故に基づく出来事に遭遇することを余儀なくされたものであり,種々のストレスを受けながら,自死を決断する状態を形成していったのであり,そのこと自体が,Dにとって著しい苦痛だったということができる。そして,このような状況においてDは自死を選択したものであるものであるが,この一連の経過において,Dに落ち度らしい落ち度といえるものは見当たらない。
以上の事情を考慮するならば,Dが死亡したことによる精神的苦痛は,非常に大きなものであったと推認される。

上記のとおり,Dの損害(慰謝料)は2000万円と認めるのが相当であるところ,上記認定判断したとおり,民法722条2項の規定を類推適用して損害額の4割を減額するのが相当であるから,その4割を減額した残額は1200万円となり,Dは被告に対して同額の損害賠償請求権を有していたことになる。
そして,前記前提事実のとおり,Dが,Hに対し,全ての財産を相続させる旨の遺言を作成していたことから,Dの上記損害賠償請求権は,Hが単独で相続することになるところ,Hが,Dの死亡した後である平成23年6月4日に死亡したため,Hの妻である原告Aが2分の1,Hの子である原告C及び原告Bがそれぞれ4分の1の割合で,上記損害賠償請求権を相続することになる。そこで,原告Aの請求額は,600万円となり,原告C及び原告Bの請求額はそれぞれ300万円となる。
原告らに生じた固有の慰謝料について


原告Aについて
Hの嫁である原告Aは,Hとの結婚以来,Dと苦楽を共に分かち合いながら本件自宅で生活してきたものである上,Dの妻であるGの死後はDの世話を中心的に行ってきたことに鑑みれば,Dが自死という形で命を絶ったことは,原告Aにとっても大きな精神的苦痛をもたらすものであったと認められる。そして,本件事故により,自宅から突如避難を余儀なくされるという混乱の中,また,Dの次男であり,原告Aの夫であるHがすい臓がんにより入院生活を送っている状況において,Dが突然の死を迎えることになった原告Aの心労は,大きなものであったといえる。
以上のような事情を考慮すると,原告A固有の慰謝料は,300万円とするのが相当であり,上記減額割合を乗じた後の慰謝料額は180万円となる。

原告C及び原告Bについて
原告B及び原告Cは,Dの孫であり,原告Cにおいては高校卒業するまで,原告Bにおいては亡Dが自死するまで同居していたことが認められるものの,原告Aと異なり,Dを中心的に世話していたとは認められないことからすれば,民法711条所定の親族と実質的に同視し得べき身分関係があると認めることはできない。
弁護士費用
原告らは,Dの自死による損害の回復を求めるために,原告ら代理人に本
訴の提起・追行を委任し,その費用として相当額の弁護士費用の負担を余儀なくされたことが認められ(弁論の全趣旨),本件事故と相当因果関係がある弁護士費用相当の損害額は,原告Aについては80万円,原告C及び原告Bについてはそれぞれ30万円と認めるのが相当である。
5
まとめ
以上によれば,被告は,原賠法3条1項本文に基づき,原告Aに対しては860万円,原告C及び原告Bに対しては各330万円並びにこれらに対するDの死亡より後の日である平成23年4月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うというべきである。
第4

結論
よって,原告らの請求は,原告Aに対して860万円,原告C及び原告Bに対して各330万円並びにこれらに対する平成23年4月13日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,その限度でいずれも認容し,その余はいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
福島地方裁判所第一民事部

裁判長裁判官

金澤秀樹
裁判官

内藤和道
裁判官

田屋茂樹
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