判例検索β > 平成29年(わ)第63号
事件番号平成29(わ)63
裁判年月日平成30年2月5日
法廷名奈良地方裁判所
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主文
被告人を懲役1年6月に処する
この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。
本件公訴事実中,殺人の点(平成29年3月3日付け起訴状)については,被告人は無罪
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,長女のAと共謀の上,平成28年9月23日頃,奈良県生駒郡a町bc番地のd所在の被告人及びA方において,黒色ポリ袋等で覆った被告人の夫であるB
(昭和16年11月2日生)
の死体を被告人の運転する軽四乗用自動車に積載し,
同日午後2時28分頃から同日午後3時58分頃までの間,同所から同県吉野郡e村fg番地のh付近の道路まで運搬した上,
同日午後4時頃,
同死体を同所先の山林
斜面に投棄し,もって死体を遺棄した。
(死体遺棄被告事件に関する事実認定の補足説明)
1
被告人は,被害者の死体を自分が遺棄したが,Aとの間で意思を通じ合っておらず,共謀はなかった旨述べている。

2
被告人が公判において述べるところや,
捜査報告書
(甲77)
及びCの供述
(甲
86)を含む関係証拠によれば,被告人が判示のとおり自動車を運転して死体を運搬して遺棄し,その際,Aが自宅から死体投棄現場まで同乗して被告人に同行していたことは明らかである。
次に,被告人による犯行再現の実況見分を行ったD警察官は,被告人は,当時の被害者の体格と近しいと思われる死体役に扮した警察官を一人で被告人運転車両と同種の車両の後部座席に運び入れることができなかったと証言しており,その証言に特段不合理な点はない。そして,被告人のほかには,死体投棄現場付近まで被告人に同行したA以外に被害者の死体を被告人運転車両に積載し得た人物が存在したことはうかがわれないから,被告人と共に行ったか単独で行ったかはともかく,Aが被害者の死体を積載したものと認められる。
また,被害者不在の自宅から運び出されたことや,その物体の大きさ,重さ,黒いポリ袋等で覆われたその状態等に照らせば,Aにおいて,それが被害者の死体と認識していたこともまた明らかであって,被害者の死体の自動車への積載や死体投棄現場までの運搬といった行動を被告人とAがそれぞれ独立して行ったとはおよそ考えられないから,被害者の死体を遺棄することについて,被告人とAが意思を通じ合っていたものと認められる。
3
よって,被告人とAの間には,死体遺棄についての共謀が認められ,判示事実は優に認定できる。

(殺人被告事件に関する一部無罪の理由)
1
殺人についての公訴事実の要旨及び争点
本件殺人の公訴事実の要旨は,被告人が,Aと共謀の上,平成28年9月23日頃(以下,特に断らない限り月日の記載は平成28年を指す。,被告人の肩書)
住居において,当時74歳の被害者に対し,殺意をもって,その頸部をひもようのもので絞め,よって,その頃,同所において,同人を頸部圧迫による窒息により死亡させたというものである。
弁護人は,被告人はAとの間で被害者を殺害する意思を通じ合っておらず,被害者の殺害には一切関与していなかったから無罪であると主張しており,被告人も公判において,これに沿う供述をしている。当裁判所も,被告人が被害者の殺害について,Aとの間で共謀したり,これに関与したとの証明はなされていないと判断したため,以下にその理由を示す。

2
被告人は,公判において,そもそも被害者が殺害されたかどうかについて曖昧な供述をしていることから,まず,この点について検討する。


関係証拠によって認められる半袖Tシャツ,ハーフパンツを着用し,靴も靴下も履いていない状態で発見された死体の状況や,9月23日当日,死体を運搬した自動車が被告人,A及び被害者が居住する被害者方を出発して死体投棄現場付近に向かうまで運転に供された形跡がないカーナビゲーションの記録(甲78)によれば,被害者は同人方で死亡したと認められる。
また,
関係証拠によれば,
被告人は,
捜査公判を通じ,
被害者が自殺や病気,
事故で死亡したとは一切申し立てておらず,E警察官の証言によると,Aも任意同行直後の取調べの際,そのような申立てをしていなかったものと認められる。自然死や自殺,事故死で亡くなった家族の死体を自宅で発見した場合,通常,警察や救急に連絡したり,親族に相談したりするはずであるし,警察で事情聴取されればその旨申し立てるはずである。ところが,被告人及びAは,そのような行動をとらなかったばかりか,死体を遺棄し,死亡した事実を隠蔽している。そして,関係証拠によっても,被害者は,パーキンソン病を患っていたが,その症状は重篤でなく,直ちに死に至る持病はなく,自殺を考えていたことをうかがわせる兆候もなかったものと認められることも併せて考慮すると,被害者は自然死や自殺,事故死以外の原因,すなわち,何者かに殺害されたと認められ,これは,司法解剖の結果,被害者の死体の舌骨が骨折しており,他殺であれば絞頸,扼頸の可能性が高いといえる所見であったというF医師の証言とも整合する。

3
よって,被害者は何者かに殺害されたことは明らかである。
さらに,三人暮らしの居宅内で,全く無関係の第三者に夫や父親を殺害された
にもかかわらず,死体を遺棄するとは考えにくいし,被告人及びAは,少なくとも死体遺棄の容疑により任意同行を受けた直後には,いずれも自身が単独で被害者を殺害したと供述している。被告人及びAが被害者を殺害した第三者をかばって虚偽の自白をしたという可能性も抽象的には考えられるが,死体発見までの経緯に関する被告人の公判供述を踏まえてみても,このような懇意な関係にある第三者の存在ないし犯行をうかがわせる事情は見当たらない。
そうすると,被害者を殺害した現実的可能性が残るのは,被告人若しくはA又はその両名に限られるといえる。
4
次に,検察官は,被害者が9月23日に殺害されたことを前提に,Aがそれ以前から,同人にとって罪が許される天赦日に当たる同日を被害者殺害実行日として強く意識しており,かつ,被告人も年に6回ある天赦日のうち,家計簿とカレンダーの同日欄のみに「天赦日」と記載し,家計簿には「予定日」とも記載し,同日を天赦日として強く意識していたことから,被告人とAとの間で事前に,9月23日の天赦日に被害者を殺害することの意思連絡があったと主張しているので,以下,この点について,検討を加える。


Aの天赦日(9月23日)に対する意識について

まず,関係証拠によると,Aは,9月28日に同人方に投函されたチラシの裏面に
「すでに私たちは天しゃされている

ゆるされているのです。など


と記載していた事実は明らかであり,これによると,同人は天赦日を自らの悪い行いを天から許される日と捉えていたものと認められる。

そして,関係証拠によると,Aは,8月25日に同人方に投函されたチラシの裏面に,
「今月はなし

天赦日

9月

来月です」
などと記載し,
「天赦」

に振り仮名を付し,
「来月です」という部分を丸で囲んでいた。また,同じチ
ラシの裏面に,
「あの病はめったなことでは死ななくて
病らしい」
「むいしきでせんざいまぜといて

天寿を全うできる

もっと高いシャンプーかわへ

んといかん!とかへいきでとぼけるとこ」
「こっちが先に健康害するわ!」

どと記載し,これを折り畳んで自身が使用する手帳に挟み込んでいたものと認められる。その記載内容自体から,Aは,8月下旬頃には,家族が生きながらえることを苦痛に感じ,それと関連づけて自らの悪い行いが許される日と捉えていた9月23日の天赦日の到来を待ち望んでいたことが強くうかがわれる。そして,被告人の長男であるGの証言等を含む関係証拠によると,被告人ら家族の中で,上記記載にあるように死亡する可能性のある持病を有していたのはパーキンソン病に罹患していた被害者しかいなかったと認められるから,Aが上記のように苦痛に感じていた相手は被害者であったと推認できる。

さらに,
関係証拠によると,
Aが使用していた上記手帳の
「2016.
9.
9」と記載されたページには,
「だれも父のぼう力ぼう言かばってくれない」
「なので一ぱつしょうぶでだれのたすけもかりずにやりますか。
」などと記
載されていたことのほか,A使用の携帯電話に保存された9月9日作成の未送信メールには,被害者が,Gの妻に対して言うべき不満を,Aに向けて言ったことを八つ当たりと感じていたことがうかがわれる記載があり,同文面中には「ただでさえどうやって殺すか不眠やのに。
」と記載され,同日作成の
別の未送信メールにも,
「会社にいても不協和音

家族間においても不協和

音」
「ならさっさと殺してしまえ」
「あいつ平和な家族の敵やで。「解決策そ

れしかないわ。
」と記載されていた事実が認められる。これらの事実は,Aの
被害者に対する憎悪が9月9日の時点においては殺したいと思うほどに高まっていたことを強くうかがわせるものといえる。

そして,被告人の公判供述を含む関係証拠によると,被害者は,実際にもAが強い憎悪を抱いていた被害者への苦痛と関連づけて自らの悪い行いが許される天赦日として強く意識していた9月23日頃に殺害されたと認められるところ,そのこと自体,Aが被害者殺害に関与し,ひいては,同日を予め被害者殺害実行日として意識していたことを一応うかがわせるものといえる上,被害者殺害後,上記アのとおり,Aが自分たちの行った悪い行為が天赦日に関連づけて許されていると考えていたとうかがわれることもまた,そのような推認を強めるものといえる。そして,Aの手帳中,被害者が殺害された後の同月25日から10月4日までに記載されたとみられる箇所には,Aが喜びや苦痛からの解放感を感じていたことをうかがわせ,上記のような推認と整合する記載もみられる。そうすると,Aが9月23日の天赦日を被害者殺害の日と意識していた可能性が高いと一応はいうことができる。


被告人の天赦日(9月23日)に対する意識について

関係証拠によれば,被告人が作成していた家計簿の9月23日欄に「天赦日」
「予定日」との記載があり,カレンダーの同日欄にも「天赦日」との書き込みがあったことは明らかである。


そして,被告人は公判において,このような記載をした理由について,母親から引っ越すので着物を取りに来るように言われ,9月半ば頃に帰省したいと思っていたが,甥のHから,
「ローンが通ったから家が建つからね」と聞
いて,お祝いを渡しに行こうと考え,9月23日が祝い事によい日と考えていた天赦日に当たっていたため,その日に渡しに行きたいと考えて家計簿の同日欄に「天赦日」
「予定日」と記載し,カレンダーの同日欄にも「天赦日」
と記載したと供述している。


この点につき,Hは,公判において,何年前かはっきりしないが,Hの家を新築する以前の7月頃かそれ以前に,被告人から,被告人の実家でもあった山口県柳井市内の当時のH方に,おそらく祖母(被告人の母)に宛てて,その年の9月頃に遊びに帰ってくるという内容の手紙が送られてきたし,自分の母親からはそのような話を聞いたことがあったほか,自宅の新築資金のためのローン契約が成立した8月24日には,
被告人に宛てて
「家の工事が,
9月26日に着工する事が決まったよ。
」などとメール送信した旨証言して
いる。
Hの証言は,手紙が送られてきた年など記憶が曖昧な部分はあるものの,帰省するという内容の手紙が被告人から送られてきたことやその予定時期が9月頃であったことを具体的に供述しているだけでなく,電子メールの送信記録やローン契約書(弁7)によっても裏付けられており,これを排斥することはできない。
さらに,Gの証言によれば,被告人及びAの逮捕後,被告人の寝室内の衣装ケースの中から現金30万円が入った封筒が発見された事実が認められるところ,捜査報告書(甲89)によれば,その封筒の表面には,
「Hへ」
「1
0万在中」
(10万の文字の上に二重線)
「Iより」と記載されており,裏面
には,上から順に「10/12」
「20」
「10/27

10」横線を引いた

下に「30」と記載されていたことは明らかである。

このように,家計簿等の9月23日の欄に「天赦日」等と記載した理由に
関する被告人の公判供述は,実家に9月頃に帰省する旨伝えていたこと,Hがローン契約締結日に新築工事着工日等の予定を被告人に連絡していたこと,10月12日以前にHに渡すことが予定されていた現金が在中していたと解される封筒が発見されたことなどの事実に合致するものであり,これを排斥することはできない。

以上に対し,検察官は,①被告人は平成16年から帰省しておらず,帰省
できない原因である被害者の病気,被告人とその実兄やAとの関係等は,Hから住宅ローンの連絡があった8月24日時点においても変わる見込みはなく,帰省する趣旨で「天赦日」等と記載したというのは不自然である,②被告人が家計簿の9月19日の欄に,平成28年も被告人の父の墓参りに帰省できないと考えていたと読める記載をしている,③被告人が9月23日に帰省することをAや被害者に伝えておらず,準備も一切していなかった,④9月23日以降の天赦日である12月8日にも帰省していない,⑤「天赦日」の記載の趣旨に関する前記供述は,公判前整理手続の終盤になってされたもので捜査段階における弁解から変遷した,⑥祝い金を渡す日であれば,家計簿に「天赦日」とは書かずに,その旨予定の内容を記載するはずであり,被告人の公判供述は経験則に反しているなどと主張し,
被告人による
「天赦日」
の記載の趣旨に関する供述は信用できないと主張している。

しかしながら,①についていうと,被告人が実家に対して9月に帰省する
旨伝えていた点を否定できないことはすでにみたとおりであって,被告人が実兄やAとの関係から,帰省できなかったことをうかがわせる事情は見当たらないし,被告人は,実際に帰省するかどうかは,当日の被害者の体調をみてから決めようと考えていた旨述べているところ,そのような供述も排斥するのは困難である。また,②ないし④についても,出発の直前に準備を行えばよいと考えていた可能性や,8月24日頃に「天赦日」等と記載した後,何らかの事情変更等によって9月19日頃には帰省できないと考えていた可能性は検察官の主張するところによっても排斥できない。こうした可能性を考えると,9月23日当日にも帰省の連絡を家族や実家の親族に連絡していなかったことや,帰省の準備をしていなかったことは十分説明がつくものといえる。また,⑤については,たしかに,
「天赦日」等と記載した趣旨に関す
る被告人の公判供述にあるような予定主張は,公判前整理手続の終盤になって弁護人からなされたものであるけれども,被告人は,HらH家の者に迷惑をかけたくないため,捜査段階では取調官にも弁護人にも新築祝いの話をしなかったと供述しているのであって,このような動機から,公判前整理手続の終盤まで,
「天赦日」等の記載の趣旨について真相を述べなかったことも不
合理とまではいえない。
そして,
封筒の存在を弁護人に報告するよりも前に,
弁護人からHの連絡先等について尋ねられた旨いうGの証言によれば,被告人の弁解は,発見された証拠に合わせて事後的につじつま合わせをしたものとは到底いえないばかりか,被告人がHと連絡を取っていたことを弁護人に話したことで,弁護人が調査していくに連れて,被告人の言い分に沿った証拠である封筒や弁7号証の各原証拠が次々に発見されていったという経過がうかがわれるのであって,このような経過は,むしろ被告人の弁解の信用性を高める事実であるとすらいうことができる。その他,⑥については,家計簿やカレンダーの該当日欄に何らかの予定がある旨書く場合には,「天赦日」
等とは書かず,その内容を記載するという蓋然性は認められず,個人的な経験や感覚の域を出ないものをいうにすぎず,それが経験則に属するといえるほどまでに日常生活上極めて常識的なものとは到底いえないなど,被告人の公判供述の信用性を論難する検察官の主張はいずれも採用できない。キ
そもそも,
検察官の主張は,
被告人が天赦日の趣旨につき,
Aと同様に
「天

からゆるされる日」と考えていたことを前提とするものであるけれども,この点についての立証は一切なされていないばかりか,被告人が所持していた福壽暦の冊子(甲87)には,天赦日について,
「結婚,開店,事業創立,拡
張などに用いて最良」の「大吉日」と解説されているのであるから,被告人においては,天赦日の趣旨をそのようなものと捉えていたと考えるのが合理的である。そうすると,被告人の作成していた家計簿等の9月23日の欄に「天赦日」という記載があり,それが偶々Aが被害者殺害の実行日である天赦日として意識していた日と合致していることをもって,被害者を殺害することにつきAとの間で意思を通じ合っていた旨いう検察官の主張には論理に大いに飛躍があるといわざるを得ず,到底採用できない。
5
検察官の主張するその他の間接事実について


検察官は,①三人暮らしの家の中で,女性二人で成人男性を殺害するには,少なくとも邪魔しないことが必要であり,むしろ協力して,一人が被害者の抵抗を排除し,もう一人が被害者の首にひも状のものを巻き付けて絞め付けるのが合理的と考えられること,②Aが被害者の殺害につき被告人と意思を通じ合っていたことを前提として,被害者との関係で苦悩する気持ちを手帳に記載していたこと,③被害者殺害後,円滑に被告人とAが協力して死体を遺棄していること,④Aが9月28日に投函されたチラシの裏面に「すでに私たちは天しゃされている」と記載したことなどは,被告人とAとの間に被害者殺害の意思連絡があったとすると合理的に説明できる事項であると主張する。


しかし,①については,検察官の依拠するF医師の証言は,被害者の死体に舌骨骨折の所見がみられたことを前提に,被害者の死因を絞殺又は扼殺と仮定して,女性一人で被害者を殺害するのは困難である旨いうものであるが,他方でF医師も,自身の解剖経験上,被害者が泥酔していたり,睡眠薬を飲んでいたり,頭をハンマーで殴られて抵抗が弱っていたりしたような場合には,成人男性を女性一人で絞殺したり,扼殺したりすることがおよそ不可能とまで証言しているわけではない。ところが,本件において,被害者の具体的な殺害状況についての立証はなされていないのであるから,F医師のいう女性一人で被害者を絞殺等し得る例外的な事情がなかったとは認められないし,①において,検察官の主張するその余の点は,被告人とAとの間で被害者殺害に関する共謀が成立していたという結論を先取りしたものにすぎない。
また,
②については,
Aの手帳の「2016.9.9」と記されたページには,
「だれも父のぼう力ぼ
う言かばってくれない」
「なので一ぱつしょうぶでだれのたすけもかりずにや
りますか。といった記載があるが,

これらの記載は多義的な解釈が可能であり,
仮にAが,被告人に被害者からの暴力や暴言のことを相談していたと理解する余地があるとしても,被告人がAの愚痴程度にしか受け取らず,殺害するとは思わなかった可能性もあるといえる。また,③については,被告人の家計簿の9月22日欄に,被害者の寝音が大きいことについて記載されており,被害者は,少なくとも同日の朝までは生存していたと考えられるが,その後のいかなる時点で殺害されたかは明らかでなく,被害者の殺害後,円滑に死体遺棄を行ったという主張はその前提を欠いているし,仮に,被害者の死体遺棄がその殺害直後に行われていたとしても,母親である被告人が,我が子であるAから殺害を事後的に打ち明けられ,その犯行を隠そうと考えて行った可能性も十分に認められるのであって,Aが被告人と意思連絡なく被害者を殺害した可能性を排斥できない。さらに,検察官が④でいうAの手帳中の記載は,被告人については,Aと共に被害者の死体遺棄を行ったことが「天しゃされている」という趣旨とも解する余地があるものであって,殺害について意思を通じ合っていたことまで推認させるものとは到底いえない。
6
以上に述べたとおり,検察官が被告人とAとの間に意思連絡があったことを推認させる事実として主張する上記4及び5の各事実は,いずれもAが単独で被害者を殺害したとしても合理的な説明が困難な事実関係とはいえず,これらの事実を総合しても,被告人がAとの間で被害者を殺害することにつき意思を通じ合っていた事実が常識に照らして間違いないといえる程度にまで立証されているということはできない。
7
被告人の捜査段階における自供等の信用性について


検察官は,捜査段階で作成された被告人の自供書(乙7ないし9)や供述調書(乙2及び10)のうち,被告人が一人で被害者を殺害したと供述する部分は信用できないが,殺害日,殺害場所,殺害方法についての供述は具体的であり,警察官が誘導することなく引き出したもので,Aとの間で被害者殺害につき意思を通じ合っていなければ語れない内容であるし,家計簿等の客観的証拠や法医学的知見と合致するから信用することができると主張する。


まず,被告人が被害者を殺害した旨いう自供書や供述調書の内容は,いずれも被害者が1階8畳居間の布団の上に座ってくつろいでいる際に,背後からビニールひもを首に掛けて手を交差させ,絞め付けたというものであるが,F医師は,
首を絞められる際には抵抗するため,
被害者を女性一人で殺害するのは,
被害者が泥酔しているなどの事情がなければ困難としており,起きてくつろいでいる状態の被害者を被告人一人で殺害したという供述は不合理であって,信用できない。



次に,これらの自供において,被告人が殺害の動機としている被害者からの日常的な奴隷的扱いや言葉の暴力等も,日々の出来事を記載している被告人の家計簿にそれをうかがわせる記載は全くない。また,被害者に暴力を振るわれるAを不憫に思ったなどと警察官調書(乙10)では述べるものの,Gは被害者はそのような人物ではなく,暴力等は目撃したことがないと述べており,Aが食事しているだけで何の理由もなく殴りつけるなどということはにわかに信じがたく,動機の裏付けとなる事実が実際に存在したともいえない。また,自供書(乙9)や警察官調書(乙10)には,凶器が約1.2メートルのビニールひもであることや,首を絞めた後の被害者の顔が紫色になっていたこと,殺害場所が8畳居間であったことなどが記載されているが,これらは後から想像して語り得るだけでなく,殺害を実行したAから聞いたり,殺害された後の死体を見たりしただけでも語ることができる内容ともいえる。むしろ,F証言によれば,絞殺等される者は睡眠薬を服用するなどの抵抗できない事情がなければ,抵抗するはずであるというのであるが,被告人の自供書や供述調書をみても,被害者が抵抗したり,抵抗できない事情があったりした旨いう部分は一切見当たらず,犯行を体験した者や目撃した者が真実を語っているとすれば必ず語るであろうことが語られていないといわざるを得ない。⑷

以上によれば,被告人の自供書及び供述調書はその核心部分に不自然・不合理な点があり,客観的証拠によっても裏付けられているとは到底いえない上,殺害の意思連絡をした者でなければ語れない内容を含んでいるともいえず,被告人がAをかばって虚偽の自供をしたことは否定できない。そうすると,これらに依拠して被害者の殺害について,被告人がAと意思を通じ合っていたり,実行者等としてこれに関与した事実を認定することも到底できない。
8
最後に,被告人は,公判において,死体の発見状況等につき,
「台所で調理中,
隣の居間にいた被害者を呼ぼうと思ったが,台所と居間の間の戸が重くて開けられなかったため,Aを呼んで開けてもらった。すると,被害者が布団の上で足を前に出して座るような格好で死亡していた。などと供述し,

被害者の殺害につき
Aと共謀したこともこれに関与したことも否定している。
たしかに,被告人の上記供述には,台所と居間の間の戸を開けられなかった点や発見時の死体の姿勢等の点で不自然な点が存在することは検察官指摘のとおりであり,被告人が死体の発見状況等につき,Aの殺害への関与をうかがわせる部分を明確に供述していないことに照らすと,同人をかばって虚偽の供述をしている可能性は否定できない。しかしながら,被害者の殺害につき,Aとの間で共謀したり,これを実行するなどして関与したりした事実が常識に照らして間違いないといえるまでに立証されていないことはこれまで検討したとおりであるから,これらを否定する被告人の公判供述までをも排斥できないことは論を待たない。9
なお,
検察官は,
弁解録取書における取調状況を録音録画した記録媒体
(乙3)
を実質証拠及び補助証拠として請求し,これを却下したことが不適法であると主張しているけれども,検察官がこれを実質証拠として立証しようとしている事実はいずれも自供書や供述録取書等に記載があるか,公訴事実の認定や量刑に影響しない些末な事項である。また,検察官が補助証拠としての必要性をいう理由は判然としないものの,供述経過については,被告人の公判供述で明らかにされている以上,結局は,供述態度からうかがわれる臨場感や迫真性を立証したいというものと解されるところ,本件において,そのような供述態度が争点や被告人の捜査段階における自供の信用性を判断する上での決め手となり得ないことはいうまでもないから,必要性を欠くことは明らかである。
以上のとおりであって,
結局殺人の公訴事実
(平成29年3月3日付け起訴状)
については犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをすることとした。

(法令の適用)
罰条
刑法60条,190条

刑の執行猶予

同法25条1項

訴訟費用の不負担

刑事訴訟法181条1項ただし書

(量刑の理由)
黒色ビニール袋で覆われた死体を自動車で運搬し,発見されにくい山林斜面に投棄するという犯行態様であって,死者の尊厳を害する度合いは小さくない。もっとも,被告人は,死体の積載された自動車を投棄現場付近まで運転したものの,本件犯行を主導したとまではいえず,共犯者から依頼されて巻き込まれた可能性も否定できないから,被告人が本件犯行に及んだ点はさほど強く非難できない。そうすると,本件は,被告人を直ちに実刑に処さなければならないほどの事案とはいえず,被告人に前科や前歴がなく,更生可能性が十分に認められることなども考慮して主文の刑に処した上,その刑の執行を猶予することとした。(求刑-懲役18年,弁護人の科刑意見-懲役2年)
平成30年2月13日
奈良地方裁判所刑事部

裁判長裁判官

西川篤志
裁判官

宇田美穂
裁判官

佐木健詞々
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