判例検索β > 平成29年(あ)第322号
詐欺未遂被告事件
事件番号平成29(あ)322
事件名詐欺未遂被告事件
裁判年月日平成30年3月22日
法廷名最高裁判所第一小法廷
裁判種別判決
結果破棄自判
原審裁判所名東京高等裁判所
原審事件番号平成28(う)1622
原審裁判年月日平成29年2月2日
判示事項詐欺罪につき実行の着手があるとされた事例
戻る / PDF版
平成29年(あ)第322号詐欺未遂被告事件
平成30年3月22日第一小法廷判決

主文
原判決を破棄する
本件控訴を棄却する。
原審における未決勾留日数中120日を本刑に算入する。
理由
検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。1
第1審判決は,以下のとおりの犯罪事実を認定し,これが詐欺未遂罪に当た
るものとして,被告人を懲役2年4月に処した。
被告人は,警察官になりすまし,被害者(当時69歳)から現金をだまし取ろうと考え,氏名不詳者らと共謀の上,被害者が,平成28年6月8日,同人の甥になりすました者に,仕事の関係で現金を至急必要としている旨嘘を言われて,その旨誤信し,同人の勤務する会社の系列社員になりすました者に,現金100万円を交付したことに乗じ,あらかじめ被害者に預金口座から現金を払い戻させた上で,同人から同現金の交付を受ける意図の下,同月9日午前11時20分頃から同日午後1時38分頃までの間,氏名不詳者らが,複数回にわたり,被害者方に電話をかけ,「昨日,駅の所で,不審な男を捕まえたんですが,その犯人が被害者の名前を言っています。」「昨日,詐欺の被害に遭っていないですか。」「口座にはまだどのくらいの金額が残っているんですか。」「銀行に今すぐ行って全部下ろした方がいいですよ。」「前日の100万円を取り返すので協力してほしい。」「僕,向かいますから。」「2時前には到着できるよう僕の方で態勢整えますので。」などと嘘を言い,被害者を,電話の相手が警察官であり,その指示に従う必要がある旨誤信させ,被害者に預金口座から預金の払戻しをさせた後,同日午後1時38分頃,警察官になりすました被告人が,被害者から現金の交付を受けようとしたが,同人方付近で警戒中の警察官に発見されて逮捕されたため,その目的を遂げなかった。2
被告人は,第1審判決に対して量刑不当を理由に控訴したところ,原判決
は,控訴理由に対する判断に先立ち,職権で以下のとおり判示して第1審判決を破棄し,本件において,詐欺罪にいう人を欺く行為(欺罔行為)は認められず,本件公訴事実は罪とならないとして,被告人に無罪を言い渡した。
刑法246条1項にいう人を欺く行為とは,財物の交付に向けて人を錯誤に陥らせる行為をいうものと解される。被害者に対し警察官を装って預金を現金化するよう説得する行為は,財物の交付に向けた準備行為を促す行為であるものの,被害者に対し下ろした現金の交付まで求めるものではなく,詐欺罪にいう人を欺く行為とはいえず,詐欺被害の現実的,具体的な危険を発生させる行為とは認められない。第1審判決が認定した犯罪事実には,現金の交付という財物の交付に向けてなされた犯人の欺罔行為が記載されたと解し得るものがない点において,理由不備の違法がある。
3
しかし,原判決の上記判断は是認することができない。その理由は,以下の
とおりである。
(1)

本件の事実関係

第1審判決及び原判決の認定並びに記録によると,本件の事実関係は,次のとおりである。

長野市内に居住する被害者は,平成28年6月8日,甥になりすました氏名
不詳者からの電話で,仕事の関係で現金を至急必要としている旨の嘘を言われ,その旨誤信し,甥の勤務する会社の系列社員と称する者に現金100万円を交付した。

被害者は,平成28年6月9日午前11時20分頃,警察官を名乗る氏名不詳者からの電話で,「昨日,駅の所で,不審な男を捕まえたんですが,その犯人が被害者の名前を言っています。」「昨日,詐欺の被害に遭っていないですか。」「口座にはまだどのくらいの金額が残っているんですか。」「銀行に今すぐ行って全部下ろした方がいいですよ。」「前日の100万円を取り返すので協力してほしい。」などと言われ(1回目の電話),同日午後1時1分頃,警察官を名乗る氏名不詳者らからの電話で,「僕,向かいますから。」「2時前には到着できるよう僕の方で態勢整えますので。」などと言われた(2回目の電話)。

被告人は,平成28年6月8日夜,氏名不詳者から,長野市内に行くよう指
示を受け,同月9日朝,詐取金の受取役であることを認識した上で長野市内へ移動し,同日午後1時11分頃,氏名不詳者から,被害者宅住所を告げられ,「お婆ちゃんから金を受け取ってこい。」「29歳,刑事役って設定で金を取りに行ってくれ。」などと指示を受け,その指示に従って被害者宅に向かったが,被害者宅に到着する前に警察官から職務質問を受けて逮捕された。

警察官を名乗って上記イ記載の2回の電話をかけた氏名不詳者らは,上記ア
記載の被害を回復するための協力名下に,警察官であると誤信させた被害者に預金口座から現金を払い戻させた上で,警察官を装って被害者宅を訪問する予定でいた被告人にその現金を交付させ,これをだまし取ることを計画し,その計画に基づいて,被害者に対し,上記イ記載の各文言を述べたものであり,被告人も,その計画に基づいて,被害者宅付近まで赴いたものである。
(2)

本件における詐欺罪の実行の着手の有無

本件における,上記(1)イ記載の各文言は,警察官を装って被害者に対して直接述べられたものであって,預金を下ろして現金化する必要があるとの嘘(1回目の電話),前日の詐欺の被害金を取り戻すためには被害者が警察に協力する必要があるとの嘘(1回目の電話),これから間もなく警察官が被害者宅を訪問するとの嘘(2回目の電話)を含むものである。上記認定事実によれば,これらの嘘(以下「本件嘘」という。)を述べた行為は,被害者をして,本件嘘が真実であると誤信させることによって,あらかじめ現金を被害者宅に移動させた上で,後に被害者宅を訪問して警察官を装って現金の交付を求める予定であった被告人に対して現金を交付させるための計画の一環として行われたものであり,本件嘘の内容は,その犯行計画上,被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであったと認められる。そして,このように段階を踏んで嘘を重ねながら現金を交付させるための犯行計画の下において述べられた本件嘘には,預金口座から現金を下ろして被害者宅に移動させることを求める趣旨の文言や,間もなく警察官が被害者宅を訪問することを予告する文言といった,被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれており,既に100万円の詐欺被害に遭っていた被害者に対し,本件嘘を真実であると誤信させることは,被害者において,間もなく被害者宅を訪問しようとしていた被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものといえる。このような事実関係の下においては,本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において,被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても,詐欺罪の実行の着手があったと認められる。
したがって,第1審判決が犯罪事実のとおりの事実を認定して詐欺未遂罪の成立を認めたことは正当であって,第1審判決に理由不備の違法があるとして,これを破棄した原判決には,法令の解釈適用を誤った違法があり,この違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,なお,訴訟記録に基づいて検討すると,第1審判決は,被告人に対し懲役2年4月に処した量刑判断を含め,これを維持するのが相当であり,被告人の控訴は理由がないこととなるから,同法413条ただし書,414条,396条によりこれを棄却し,原審における未決勾留日数の算入につき刑法21条,当審及び原審における訴訟費用につき刑訴法181条1項ただし書を適用することとし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。なお,裁判官山口厚の補足意見がある。裁判官山口厚の補足意見は,次のとおりである。
私は,法廷意見に賛同するものであるが,本件において詐欺未遂罪が成立することについて,理論的観点から意見を補足しておきたい。
詐欺の実行行為である「人を欺く行為」が認められるためには,財物等を交付させる目的で,交付の判断の基礎となる重要な事項について欺くことが必要である。詐欺未遂罪はこのような「人を欺く行為」に着手すれば成立し得るが,そうでなければ成立し得ないわけではない。従来の当審判例によれば,犯罪の実行行為自体ではなくとも,実行行為に密接であって,被害を生じさせる客観的な危険性が認められる行為に着手することによっても未遂罪は成立し得るのである(最高裁平成15年(あ)第1625号同16年3月22日第一小法廷決定・刑集58巻3号187頁参照)。したがって,財物の交付を求める行為が行われていないということは,詐欺の実行行為である「人を欺く行為」自体への着手がいまだ認められないとはいえても,詐欺未遂罪が成立しないということを必ずしも意味するものではない。未遂罪の成否において問題となるのは,実行行為に「密接」で「客観的な危険性」が認められる行為への着手が認められるかであり,この判断に当たっては「密接」性と「客観的な危険性」とを,相互に関連させながらも,それらが重畳的に求められている趣旨を踏まえて検討することが必要である。特に重要なのは,無限定な未遂罪処罰を避け,処罰範囲を適切かつ明確に画定するという観点から,上記「密接」性を判断することである。
本件では,預金口座から現金を下ろすように求める1回目の電話があり,現金が被害者宅に移動した後に,間もなく警察官が被害者宅を訪問することを予告する2回目の電話が行われている。このように,本件では,警察官になりすました被告人が被害者宅において現金の交付を求めることが計画され,その段階で詐欺の実行行為としての「人を欺く行為」がなされることが予定されているが,警察官の訪問を予告する上記2回目の電話により,その行為に「密接」な行為が行われていると解することができる。また,前日詐欺被害にあった被害者が本件の一連の嘘により欺かれて現金を交付する危険性は,上記2回目の電話により著しく高まったものと認められる。こうして,預金口座から下ろした現金の被害者宅への移動を挟んで2回の電話が一連のものとして行われた本件事案においては,1回目の電話の時点で未遂罪が成立し得るかどうかはともかく,2回目の電話によって,詐欺の実行行為に密接な行為がなされたと明らかにいえ,詐欺未遂罪の成立を肯定することができると解されるのである。
検察官吉田久,同吉田純平
(裁判長裁判官
山口


池上政幸

裁判官

公判出席
裁判官

小池

深山卓也)

裁判官

木澤克之

裁判官

トップに戻る

saiban.in