判例検索β > 平成29年(行ケ)第10085号
特許取消決定取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号平成29(行ケ)10085
事件名特許取消決定取消請求事件
裁判年月日平成30年3月26日
法廷名知的財産高等裁判所
裁判要旨判決年月日 平成30 年3月26日 担
当 知的財産高等裁判所 第4部
事 件 番 号 平成29 年(行ケ)10085号 部
○ 名称を「電力変換装置」とする発明について,引用発明に正反対の技術思想を有す
る周知技術を適用する動機付けはないから,当業者は,相違点に係る本件発明の構成を
容易に想到することはできないとした事例。
(関連条文)特許法29条2項
(関連する権利番号等)特許第5770412号,異議2016-700153号
判 決 要 旨
名称を「電力変換装置」とする発明に係る原告の特許(本件特許)について,特許異議
の申立てがされた。特許庁は,本件特許の請求項1に係る発明(本件発明1)は,進歩性
を欠くなどとして,本件特許を取り消した。本判決は,概要,以下のとおり,引用発明に
周知技術(本件周知技術)を適用する動機付けはないから,当業者は,相違点に係る本件
発明1の構成を容易に想到することはできないなどとして,本件異議決定を取り消した。
(1) 引用発明は,モータの回生モードにおいて,ボディダイオードに電流を流し,ボデ
ィダイオードにおいて回生電力を損失させるという課題解決手段を採用したものである。
一方,本件周知技術は,寄生ダイオード側に電流を流さず,発熱損失を低減させるという
ものであるから,引用発明の課題解決手段と正反対の技術思想を有するものである。した
がって,当業者は,引用発明におけるモータの回生モードにおいて,正反対の技術思想を
有する本件周知技術を適用することはない。
そして,引用例には,引用発明の電力変換装置において,力行モードを回生モードから
切り離し,力行モードの動作のみを変更することを示唆するような記載はないから,当業
者は,力行モードにおける動作のみを変更することを容易に想到することはない。
したがって,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである。
(2) 仮に,当業者が,引用発明の電力変換装置のうち,モータの力行モードにおける動
作のみを変更することを想到し得たとしても,引用発明は,ワイドバンドギャップ半導体
の特性に基づくデッドタイムの短縮化により,これを解決しているものである。また,そ
もそも,引用発明における力行モードにおいて,同期整流によりパワートランジスタをオ
ンにする余地はないから,当業者は,引用発明に,本件周知技術を適用しようと考えるも
のではない。
したがって,モータの力行モードを前提にした場合であっても,引用発明に本件周知技
術を適用する動機付けはないというべきである。
-1-
戻る / PDF版
平成30年3月26日判決言渡
平成29年(行ケ)第10085号
口頭弁論終結日

特許取消決定取消請求事件

平成30年2月5日
判決原告
同訴訟代理人弁護士

ダイキン工業株式会社

章松祐二本裕幸前田岩被元

弁理士

山植同北下嗣特
同指定代理人

山田山澤富澤哲生真鍋伸行千1葉輝久正官文宏
特許庁が異議2016-700153号事件について平成29

訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由

第1

長文
年3月14日にした決定を取り消す。
2庁也告主許弘
請求

主文同旨
第2

事案の概要

1
(1)

特許庁における手続の経緯等
原告は,平成20年1月31日,発明の名称を「電力変換装置」とする特許
出願をし,平成27年7月3日,設定の登録(特許第5770412号)を受け,同年8月26日,
特許掲載公報が発行された(請求項の数6。以下,この特許を「本件特許」という。甲5。)
(2)

本件特許について,平成28年2月24日,特許異議の申立てがされ,特許
庁は,これを異議2016-700153号事件として審理した。(3)

原告は,
平成28年12月19日,
本件特許の明細書及び特許請求の範囲に

ついて訂正を請求した(以下「本件訂正」という。甲14)。
(4)

特許庁は,平成29年3月14日,本件訂正を認めず,「特許第57704
12号の請求項1ないし6に係る特許を取り消す。」との別紙異議の決定書(写し)記載の決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された。
(5)

原告は,
平成29年4月26日,
本件決定の取消しを求める本件訴訟を提起

した。
2
(1)

特許請求の範囲の記載
本件訂正前の特許請求の範囲請求項1ないし6の記載は,
次のとおりである

(甲5)。「/」は,原文の改行部分を示す(以下同じ。)。以下,本件訂正前の請求項1ないし6に係る発明を「本件発明1」などといい,本件発明1ないし6を併せて「本件各発明」という。また,本件訂正前の明細書(甲5)を図面も含めて「本件明細書」といい,さらに特許請求の範囲を含めて「本件明細書等」という。【請求項1】スイッチング素子(130)によって同期整流を行うように構成された電力変換装置であって,/上記スイッチング素子(130)は,ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されており,/上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い,/上記寄生ダイオード(131)は,該寄生ダイオード(131)の順方向電圧が,該寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を超えるまでは導通しないものであり,該立ち上がり電圧は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く,/上記ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いる/ことを特徴とする電力変換装置。【請求項2】請求項1において,/上記還流ダイオードとして用いる寄生ダイオード(131)に逆方向電流が流れる際に上記ユニポーラ素子をオンにし上記ユニポーラ素子側に逆方向電流を流すことにより同期整流を行う,/ことを特徴とする電力変換装置。
【請求項3】請求項1または2において,/上記電力変換装置は空気調和機に使用されるものである,/ことを特徴とする電力変換装置。
【請求項4】請求項3において,/上記空気調和機の暖房中間負荷条件における上記スイッチング素子(130)の電流実効値(Irms)とオン抵抗(Ron)との関係が,/Irms<0.9/Ron/になるように構成されている,/ことを特徴とする電力変換装置。
【請求項5】請求項1~4のいずれか1つにおいて,/上記ユニポーラ素子はMOSFETである,/ことを特徴とする電力変換装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1つにおいて,
/上記スイッチング素子
(1
30)によって同期整流を行うように構成されたインバータ(120),コンバータ(110),マトリクスコンバータ(700),昇圧チョッパ(111)の少なくとも1つを備える,/ことを特徴とする電力変換装置。
(2)

本件訂正後の特許請求の範囲請求項1の記載は,
次のとおりである
(甲14。

訂正箇所に下線を付した。)。
【請求項1】スイッチング素子(130)によって同期整流を行うように構成された電力変換装置であって,/上記スイッチング素子(130)は,ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されており,/上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い,/上記寄生ダイオード(131)は,該寄生ダイオード(131)の順方向電圧が,該寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を超えるまでは導通しないものであり,該立ち上がり電圧よりも,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が全使用範囲において低く,/上記ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いる/ことを特徴とする電力変換装置。
3
(1)

本件決定の理由の要旨
本件決定の理由は,別紙異議の決定書(写し)のとおりである。要するに,
①本件訂正は,本件明細書等に記載した事項の範囲内においてしたものではなく,特許法120条の5第9項で準用する同法126条5項の規定に違反するから,認められない,②本件各発明は,明確ではなく,その特許請求の範囲の記載は,同法36条6項2号に規定する要件(以下「明確性要件」という。)に適合するものではないから,本件各発明に係る本件特許は,同法113条4号に該当する,③本件発明1は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。),並びに,下記イの周知例1及び下記ウの周知例2から認められる周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,
本件発明2,5及び6は,
3,
引用発明及び上記周知技術等に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件発明1ないし3,5及び6に係る本件特許は,同法29条2項の規定に違反してされたものであり,同法113条2号に該当する,などというものである。

引用例:特開2006-320134号公報(甲1)


周知例1:特開2007-82351号公報(甲2)


周知例2:稲葉保「パワーMOSFET活用の基礎と実際」CQ出版株式会
社(2004年11月1日発行)105頁(甲3)
(2)

本件発明1と引用発明との対比

本件決定は,引用発明並びに本件発明1と引用発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。

引用発明

同期モータに対して電力を供給するモータ駆動回路は,整流部6,平滑コンデンサC1,C2,インバータ7U,7V,7W,及びPWM制御部8を有し,/インバータ7U,7V,7Wは三相ブリッジ回路で,三対のパワートランジスタの直列接続7U,7V,7Wを含み,各直列接続7U,7V,7Wは二つのパワートランジスタQH,QLを含むものであり,/ハイサイドパワートランジスタQHのドレインは整流部6の高電位側出力端子6Hに接続され,ソースはローサイドパワートランジスタQLのドレインに接続され,ローサイドパワートランジスタQLのソースは,整流部6の低電位側出力端子6Lに接続され,パワートランジスタ6H,6L間の接続点JU,
JV,
JWはモータ3の三つの駆動端子U,
V,
Wに接続され,
/パワートランジスタQH,QLはMOSFETであり,ワイドバンドギャップ半導体から構成され,ワイドバンドギャップ半導体は好ましくは,シリコンカーバイド(SiC)であり,/パワートランジスタQH(又はQL)はMOSFETであるので,ボディダイオードDH(又はDL)を含み,ボディダイオードDH,DLは帰還ダイオードとして利用され,/PWM制御部8は駆動信号SDに基づき,パワートランジスタQH,QLのゲートに対して制御信号SH,SLを印加し,それにより,各パワートランジスタQH,QLのオン状態とオフ状態とが個別に切り換えられ,/PWM制御では更に,パワートランジスタQH,QLの直列接続7U,7V,7Wのそれぞれについて,一方のパワートランジスタQH(又はQL)に対する制御信号SH
(又はSL)
の立ち下がりから他方のパワートランジスタQL
(又
はQH)に対する制御信号SL(又はSH)の立ち上がりまでの間に,デッドタイムTdが設定され,それにより,二つのパワートランジスタQH,QL間ではオン期間が確実に重複しないので,パワートランジスタQH,QLが貫通電流による破壊から保護され,デッドタイムTdでは,オフ状態に維持されたパワートランジスタQH(又はQL)のボディダイオードDH(又はDL)が導通し,順方向電流を流すものである,/インバータ7U,7V,7W。

(ア)

本件発明1と引用発明との一致点及び相違点
一致点

スイッチング素子(130)によって構成された電力変換装置であって,/上記スイッチング素子(130)は,ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されており,
/上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード
(131)
を還流ダイオードとして用い,/上記寄生ダイオード(131)は,該寄生ダイオード(131)の順方向電圧が,該寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を超えるまでは導通しないものであり,/上記ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いる/電力変換装置。
(イ)

相違点1

本件発明1では,「電力変換装置」は「同期整流を行うように」構成されているのに対し,引用発明は,そのように構成されているとはされていない点。(ウ)

相違点2

本件発明1は,「寄生ダイオード」の「立ち上がり電圧は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いのに対し,引用発明は,「ボディダイオード」の「立ち上がり電圧」と
「パワートランジスタ」の「オン電圧」との関係は不明である点。4
取消事由

(1)

本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り(取消事由1)
(2)

明確性要件の判断の誤り(取消事由2)

(3)

進歩性の判断の誤り(取消事由3)

第3
1
当事者の主張
取消事由1(本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)
〔原告の主張〕
(1)

本件決定は,「(寄生ダイオード(131)の)該立ち上がり電圧よりも,
上記ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が全使用範囲において低く」という構成は,
本件明細書等に記載されていない,などと判断した。
(2)

しかし,本件明細書等には,「全使用範囲において低く」という文言は明示
的に記載されていないものの,本件明細書等の全ての記載を総合すれば,当業者にとって本件訂正に係る構成は自明である。
すなわち,本件明細書等の【図4】において,SiC-MOSFET(130)のラインと寄生ダイオード(131)のラインとが交叉していないから,寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも,ユニポーラ素子のオン電圧の方が全使用範囲において低いという構成を導き出すことができる。【図4】は,SiC-MOSFETに参照符号である「(130)」が付されており,単に一般的なSiC-MOSFETの特性を示すものではなく,本件特許の実施形態として使用するSiC-MOSFETについて説明するものである。そして,【図4】の特性図においては,あえてMOSFETのオン電圧が寄生ダイオードの立ち上がり電圧を超えない範囲のみが図示される一方で,本件明細書等には,【図4】が,そのSiC-MOSFETの使用範囲の一部のみを表すことを説明する記載はない。【0025】【0027】によれば,【図4】が定格負荷や重負荷の範囲までカバーする図であることが明示されており,
【図4】
が全使用範囲を図示したものであることは明らかである。
【図4】について「電圧-電流特性の概略」(【0024】)と表現されているのは,その表示が単純化されていることを指すにすぎない。
また,本件明細書等の【請求項1】【0005】には,「(寄生ダイオードの)該立ち上がり電圧は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と記載されており,ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも全使用範囲において低い,という構成は当業者にとって自明である。そもそも,
後記3
〔原告の主張〕
(3)アのとおり,
SiC-MOSFETにおいて,
VF劣化が当業者にとって周知の課題であったことからすれば,ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも高くなる構成が実用に耐えないことは技術常識であり,「全使用範囲においてユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低い」という構成が本件特許の当然の前提となっていたものである。
これに対し,本件明細書等の【0018】,【図2】の⒝破線矢印の記載をもって,「全使用範囲においてユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低い」という電圧相互の関係が,一部の局面に限定される旨記載されているということはできない。また,このような電圧相互の関係にするために,SiC-MOSFETの寄生ダイオードの立ち上がり電圧(約3V)を下回るようにユニポーラ素子のオン抵抗値が設計上採用されるべきことは,【請求項4】
【0026】以下の記載から明白である。
(3)

このように,本件訂正に係る構成は,本件明細書等に記載されているから,
本件訂正は,新規事項を追加するものではない。
〔被告の主張〕
(1)

本件明細書等において,
ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオー

ドの立ち上がり電圧よりも一時的に高くなるものを排除しているか否かを特定することはできない。本件明細書等の【0027】~【0029】は,【0026】記載の構成を前提とするものであり,常にユニポーラ素子のオン電圧が寄生ダイオードの立ち上がり電圧を下回るようなユニポーラ素子のオン抵抗値が設計上採用されるべきことが,自明であるとはいえない。
本件明細書等
【図4】
には,
SiC-MOSFETに参照符号である(130)


が付されているものの,参照符号の付記によって【図4】の理解が変わるものではない。【図4】のグラフにSiC-MOSFETの使用範囲を示す意図があれば,その旨の断り書きがあるべきところ,本件明細書等にはそのような記載はなく,従来構成に比べて本実施形態の構成の方が軽負荷での運転状態に適していることを説明するにすぎないものである。
また,仮にVF劣化が当業者にとって周知の課題であるとしても,本件明細書等【0018】【0007】には,SiC-MOSFETのオン電圧が寄生ダイオードの立ち上がり電圧を超える状態の可能性が示唆されており,実用に耐えるユニポーラ素子本体のオン電圧の範囲の境界が寄生ダイオードの立ち上がり電圧であることが技術常識であるとは考えられない。
(2)

このように,本件訂正に係る「(寄生ダイオード(131)の)該立ち上が
り電圧よりも,
上記ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が全使用範囲において低く」という構成は,本件明細書等に記載されていないから,本件訂正は,新規事項を追加するものである。
2
取消事由2(明確性要件の判断の誤り)

〔原告の主張〕
(1)

本件決定は,本件発明1の特許請求の範囲には「寄生ダイオード(131)
の立ち上がり電圧」は「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」い旨記載されているところ,「ユニポーラ素子本体のオン電圧」は,ユニポーラ素子を流れる電流(負荷電流)により変化するものであるから,上記記載は,いかなる電流が流れる場合に「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いことを表したものであるのか不明である,などと判断した。
(2)

しかし,単に「ユニポーラ素子本体のオン電圧」と記載した場合,「負荷電
流による変化を問わず,ユニポーラ素子が導通(オン)状態となっている間の電圧」を意味するものと解するのが自然である。
そして,
「該立ち上がり電圧は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」との記載は,「想定されるいかなる条件下においても,該寄生ダイオードの立ち上がり電圧の方がユニポーラ素子が導通(オン)状態となっている間の電圧よりも高い」という関係が成り立つような構成,すなわち,常にユニポーラ素子のオン電圧が寄生ダイオードの立ち上がり電圧を下回るようなユニポーラ素子のオン抵抗値が設計上採用されるべきことを意味しており,それ以外の構成を含まないことは明らかである。
そして,本件明細書【0018】【0007】の記載は,同期整流に関する一般論を述べたものにすぎず,本件発明1の構成を述べたものではない。「同期整流」の結果として,①「逆方向電流が比較的小さく,寄生ダイオードが導通せずSiCMOSFETのみに電流が流れる」状態と,②「寄生ダイオードも導通する状態」とが含まれるが,
本件発明1の構成は(寄生ダイオードの)

該立ち上がり電圧は,
上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」との要件を特定することで,②の状態を排除し,
①の状態に限定していることは,
当業者にとって十分に明確である。
(3)

このように,「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニ
ポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いとの本件発明1の特許請求の範囲の記載は明確であり,明確性要件に適合する。
〔被告の主張〕
(1)

本件明細書【図4】によれば,「SiC

MOSFET(130)」のオン

電圧は,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも低い状態を取り得るといえるが,これをもって,本件発明1の技術的範囲を特定するものとはいえない。一方,本件明細書【0018】【0007】の記載は,SiC-MOSFETのオン電圧が寄生ダイオードの立ち上がり電圧を超える状態の可能性を示唆する。そうすると,本件発明1の技術的範囲が,例えば,寄生ダイオードの立ち上がり電圧がユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高い状態に対応する負荷電流のみならず,一時的に当該状態から外れた状態で使用される「電力変換装置」も含まれるのか,あるいは,寄生ダイオードの立ち上がり電圧がユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高い状態となる負荷電流のみで使用される
「電力変換装置」
にとどまるのか,
といった,種々想定できるもののうちのいずれであるのかを特定することができない。前者が事実上存在し得ないとか,本件明細書の記載において除外されているとかいう事情はない。
そうすると,「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」との記載に関し,どのような負荷電流が流れた場合に寄生ダイオードの立ち上がり電圧がユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高いという状態となるか,本件明細書の記載を参酌しても不明確である。(2)

このように,「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニ
ポーラ素子本体のオン電圧よりも高」いとの本件発明1の特許請求の範囲の記載は明確ではなく,明確性要件に適合しない。
3
取消事由3(進歩性の判断の誤り)

〔原告の主張〕
(1)

本件決定は,周知例1及び2に基づき,「MOSFETをオンにし,寄生ダ
イオード側に電流を流さず,MOSFET側に逆方向電流を流す同期整流により,発熱損失を低減することができること」は,周知技術であると認定し(以下「本件周知技術」という。),本件発明1は,引用発明に本件周知技術を適用して,当業者が容易に発明をすることができたものであると判断した。
(2)

周知技術の認定
周知例1及び2に基づき,「寄生ダイオード側に電流を流さず」との構成を
含む周知技術を認定することはできない。そして,「寄生ダイオード側に電流を流さず」との構成を含まない周知技術を,引用発明に適用しても,相違点2に係る本件発明1の構成には至らない。

すなわち,周知例1及び2は,寄生ダイオード側に一切電流を流さないこと
を前提とするものではない。周知例1及び2に記載された同期整流の技術においては,同期整流中に寄生ダイオードが導通することが完全に排除されているわけではなく,寄生ダイオードの立ち上がり電圧が同期整流中のスイッチング素子本体のオン電圧よりも高いという関係が常に成り立つわけではない。なお,「同期整流」とは,「還流ダイオードとして使用される寄生ダイオードに電流が流れる期間に,MOSFETをオンにすることにより,MOSFET側に電流を流す」ことをいい,この間,寄生ダイオード側に一切電流を流さないことまで包含する概念ではない。同期整流とは,
寄生ダイオードに流れる電流をMOSFET側に振り分けることで,寄生ダイオードを含むMOSFET全体としての発熱損失を減少させる技術である。ダイオードの電流状態は「同期整流」の結果として定まるものである。周知例1及び2に記載された「同期整流」に,「MOSFETをオンにし,寄生ダイオード側に電流を流さず,MOSFET側に逆方向電流を流す」状態が含まれ得るものの,周知例1及び2は,Siをスイッチング素子の材料とすることが想定される。そして,Si-MOSFETの場合,寄生ダイオードの立ち上がり電圧が概ね0.6~1Vと低く,この範囲でのみ同期整流を行おうとすると使用範囲が著しく制限されるから,周知例1及び2においては,寄生ダイオードが導通しない範囲でのみ同期整流を行おうという発想自体がなかった。周知例1【図5】及び周知例2【図4-D】のグラフの図示範囲によれば,MOSFETと寄生ダイオードの双方が導通した状態での同期整流は排除されていない。周知例1及び2を全体としてみた場合,
そこで開示されている周知技術が
「寄生ダイオード側に電流を流さず,
MOSFET側に逆方向電流を流す」形態での同期整流とは評価し得ないことは,明らかである。
(3)

周知技術の適用
本件特許の出願日以前は,SiC-MOSFETにおいては,寄生ダイオー
ドが導通することに伴い順方向電圧(VF)が上がるというSiC特有の問題,いわゆるVF劣化の問題が存在するから,寄生ダイオードを還流ダイオードとして利用することはできないとの理解が一般的であり,SiC-SBD等の外付けの還流ダイオードを利用する方法が主流であった。これに対し,本件発明1は,同期整流の技術において,寄生ダイオードが導通しないような条件,すなわち,寄生ダイオードの立ち上がり電圧の方がユニポーラ素子のオン電圧よりも高いという条件を付加することで,SiCのVF劣化を実用化可能なレベルまで低減できることを見いだしたものである。
これに対し,引用発明は,SiCをスイッチング素子の材料とするところ,SiCを材料とするスイッチング素子において,
(寄生ダイオード側に電流を流さない)
同期整流によって発熱損失を低減することは,
周知例1及び2には何ら記載がない。
周知例1及び2に記載された周知技術としての同期整流の目的は,Si-MOSFETにおいて,専ら,寄生ダイオードの導通に伴うMOSFET全体としての発熱損失を低減することにある。
周知例1において,同期整流による発熱損失低減の対象となっているのは,MOSFET621・622であり,SiC等を用いるワイドバンドギャップ半導体によって構成されるスイッチング素子等とは別のものである。そして,MOSFET621・622の素材は明記されていないものの,駆動回路に引加される電圧の大きさから,Si-MOSFETを想定したものと解される。したがって,周知例1は,専ら発熱損失の低減のために同期整流の技術を用いるものであり,SiCのVF劣化の低減という発想とは無関係である。
周知例2には,同期整流の意義を述べた部分は僅かしかなく,専ら発熱損失の低減のために同期整流の技術を用いることについて論じたものである。また,周知例2は,そもそも半導体としてSiCを用いるものを想定しておらず,順方向電圧が0.
6~1Vと記載されていることからすれば,
Siを想定しているものといえる。
周知例2は,VF劣化について考慮したものではない。

また,引用発明は,発熱損失を積極的に利用する発明であるから,これに,
発熱損失の低減のために同期整流の技術を用いた周知技術を適用することはできない。
引用発明の装置は,「小型化と省電力化とをいずれも阻むことなく,回生制動の効果を更に向上」させるという課題(【0012】)を解決するために,ワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子において「ボディダイオードの順方向電圧降下が高い」ことを利用して,ボディダイオード(寄生ダイオード)で回生電力を消費させ(【0015】),回生電力を熱に変えるものである。引用例では,「小型化と省電力化とをいずれも阻むことなく」という要件を課しているから,回生電流を流す対象は,(順方向電圧降下が低い)外付けダイオード,過大な容量の平滑コンデンサ,放電回路等ではなく,順方向電圧降下が高いボディダイオードであることが必須である。
一方,周知例1及び2の装置は,ボディダイオードを含むMOSFETの発熱を抑えることを目的としており,ボディダイオードを積極的に発熱させる引用発明とは,全く逆の技術思想の下に構成されたものである。引用発明に,本件周知技術を適用すると,引用発明の技術的な前提要件が破綻する。
これに対し,被告は,引用発明における「力行モード」においては,ボディダイオードの導通による損失の更なる低減を図る課題がある旨主張する。しかし,当業者は,
「回生モード」と「力行モード」という双方の運転モードの存在を考慮して,モータに電力を供給する電力変換装置等を設計する必要がある。したがって,たとえ,「力行モード」において有用な技術があったとしても,当該技術が「回生モード」において不利に働くものであれば,当業者がこれを採用することはない。しかも,引用発明は,回生電力の消費能力を更に向上させることを課題とするものであるから,なおさら引用発明に本件周知技術を採用することはない。(4)

顕著な効果

本件発明1は,SiC-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用することで,SiC-SBD等の外付けの還流ダイオードを不要としつつ,寄生ダイオード側に電流を流さない条件下で同期整流の技術を用いることにより,寄生ダイオードが還流ダイオードとして機能する局面を必要最小限に抑え,寄生ダイオードの導通に伴うSiCのVF劣化を抑制するものである。本件発明1による効果は,当業者が予測し得ない顕著なものである。
(5)

小括

以上によれば,本件発明1は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない。そして,本件発明1に従属する本件発明2,5及び6も,
3,
同様に当業者が容易に発明をすることができたものではない。
〔被告の主張〕
(1)

周知技術の認定

周知例1の【0066】【図5】から,周知例1の「同期整流」は,内臓ダ
イオード側に電流を流さず,MOSFET側に逆方向電流を流す状態を含むものである。また,周知例2の105頁の記載から,周知例2の「同期整流」は,ボディダイオード側に電流を流さず,パワーMOS側に逆方向電流を流す状態を含むものである。よって,周知例1及び2から,本件周知技術が認められる。なお,
本件明細書等には,
「同期整流」
の定義が明確に記載されていないものの,
【0003】【0017】【0018】の記載によれば,本件発明1における「同期整流」は,①少なくとも「逆方向電流が比較的小さく,寄生ダイオードが導通せずSiC

MOSFETのみに電流が流れる」状態とするものであることを示すも
のと理解することができる。一方で,本件発明1における「同期整流」は,②「寄生ダイオードも導通する状態」
を含むか否かは判然としない。
そして,
本件決定は,
①の場合の同期整流についてのみ検討したものである。イ
そして,「寄生ダイオード側に電流を流さず,MOSFET側に逆方向電流
を流す」同期整流である本件周知技術では,当然に「寄生ダイオード」の「立ち上がり電圧」は「同期整流中のユニポーラ素子本体のオン電圧」よりも高いものと認められる。また,本件明細書【図4】と同様の「寄生ダイオード」と「ユニポーラ素子本体」の電圧電流特性が,周知例1【図5】に示されている。したがって,引用発明1に,本件周知技術を適用すれば,相違点2に係る本件発明1の構成に至る。
(2)

周知技術の適用
引用発明において,発熱損失を低減した方が望ましいことは当然のことであ
るから,引用発明に本件周知技術を適用することは,当業者が容易になし得たことである。

引用例1【0016】からは,引用例1が開示するモータ駆動回路の動作モ
ードには,「回生モード」とは,別の動作モードとして「力行モード」があり,当該モードではボディダイオードの「順方向電流」による導通損失を抑制すべきであること,及び,パワートランジスタがワイドバンドギャップ半導体であることによりボディダイオードの導通時間が短くなることから,導通損失が抑えられることが理解できる。「力行モード」においても,ボディダイオードに「順方向電流」が流れることには変わりはなく,また,【0006】には「モータの力行モードでは,モータの動力として消費される電力以外の電力,すなわちインバータの損失ができるだけ削減されねばならない。などと記載されている。

「力行モード」
において,
ボディダイオードの「順方向電流」の導通による損失の更なる低減を図る課題があることは当業者にとって明らかである。
そして,周知例1及び2に示されている,半導体の種類が不明であってSiCとは限らないMOSFETにおいて,寄生ダイオードの立ち上がり電圧が,MOSFETに所定の逆方向電流が流れる際のオン電圧よりも高い状態を取り得るならば,「好ましくは,シリコンカーバイド(SiC)」である引用発明のMOSFETでも,当然,寄生ダイオードの立ち上がり電圧が当該MOSFETの所定のオン電圧よりも高い状態を取り得ることになる。
これに対し,本件発明1においてSiCのVF劣化を抑制できることは,本件明細書に何らの記載もなく,示唆もない。また,引用発明における「力行モード」においては,
ボディダイオードの導通による損失の更なる低減を図る課題があるから,「回生モード」のみに着目して,引用発明に本件周知技術を適用することができないというのは失当である。
(3)

顕著な効果

本件発明1の効果のうち,スイッチング素子の寄生ダイオードを還流ダイオードとして用いるためにコストを抑えられる効果については,引用発明も,ボディダイオードの他に還流ダイオードを別途設けるものではないから,引用発明から当然に得られるものである。
また,本件発明1の効果のうち,同期整流をすることで,スイッチング素子に逆方向電流が流れ,寄生ダイオード単体よりも導通損を抑えられる効果については,引用発明に本件周知技術を適用することで,発熱損失を低減できるから,本件周知技術を適用した引用発明から予測し得るものである。
(4)

小括

以上のとおり,本件発明1は,引用発明及び本件周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。
第4

当裁判所の判断

1
本件発明1について

本件発明1に係る特許請求の範囲は,前記第2の2(1)【請求項1】のとおりであるところ,本件明細書(甲5)によれば,本件発明1の特徴は,以下のとおりである。なお,本件明細書には,別紙1本件明細書図面目録のとおり,図面【図1】【図4】が記載されている。
(1)

技術分野

本件発明1は,ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成されたスイッチング素子を有する電力変換装置に関するものである。(【0001】)
(2)

課題

電力変換装置のスイッチング素子の材料として,Siが広く利用されているが,その理論限界を超える材料として,超低損失,高速・高温動作という特徴を有するワイドバンドギャップ半導体を利用する開発が進められている。そして,ワイドバンドギャップ半導体として,SiCを利用する,SiC-MOSFETが有力視されている。(【0002】)
そして,インバータなどでは,スイッチング素子に対して並列に還流ダイオードを接続し,これに,還流電流(還流ダイオードにとっての順方向電流)を流させることにより,誘導負荷を駆動する。スイッチング素子としてSiC-MOSFETを用いたインバータでは,SiC-MOSFETに並列に接続したSiC-SBD(ショットキーバリアダイオード)を還流ダイオードとして使用する構成が検討されている。このような構成は,還流ダイオードでの損失を低減できるが,SiC-SBDが必要になるから,装置の大型化,コストアップを招くという課題がある。(【0003】【0004】)
(3)

課題解決手段

本件発明1は,上記課題を解決するために,ワイドバンドギャップ半導体を用いたユニポーラ素子によって構成したスイッチング素子(130)において,①ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用いた電力変換装置である。また,本件発明1においては,②還流電流(還流ダイオードにとっての順方向電流)が流れる際に同期整流を行うように構成され,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧が,ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高い。さらに,本件発明1は,③ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いるものである。(【0005】)
(4)

効果
ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用い
た効果
ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして用いることで,
還流ダイオードを別途設ける必要がなく,
コストを抑えることができる。【0

007】【0013】【0022】)
また,定格条件,重負荷といった,大きな電流を流す運転状態ではSiC-SBDを使用した従来構成の方が,損失が小さく効率がよいが,軽負荷では,SiC-MOSFETのみの本件発明1の方が,損失が小さく効率がよい。空調用途では軽負荷での運転時間が長いから,本件発明1の電力変換装置は,空気調和機等に適用すれば有用である。(【0025】【0027】【0034】)

還流電流が流れる際に同期整流を行うように構成した効果

同期整流をすることで,スイッチング素子(130)が通電し,寄生ダイオード(131)単体よりも導通損を抑えることができる。特に軽負荷では,SiC-SBDを使うよりも損失を抑えることができる。(【0007】【0013】【0017】【0022】)

ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いた効果

Si-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用する場合よりも,SiC-MOSFET(130)の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして使用する方が,同期整流の効果は大きくなる。すなわち,Si-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用した場合には,同寄生ダイオードの立ち上がり電圧が低いため(約0.7V),同期整流をしても,すぐに寄生ダイオードが導通するから,同期整流の効果は小さい。これに対して,SiC-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用した場合には,同寄生ダイオードの立ち上がり電圧が高いため(約3V),同期整流をすると,電流が大きくならなければ寄生ダイオード(131)が導通しないから,同期整流の効果が大きくなる。(【0018】)
また,SiC-pnダイオードのリカバリ電流は小さく,Si-pnダイオードよりもスイッチング損失が桁違いに小さくなるから,SiC-MOSFET(130)の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして使用する方が,Si-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用する場合よりも,リカバリ電流,スイッチング損失を大幅に低減できる。(【0019】【0021】)2
取消事由1(本件訂正が新規事項の追加に当たるとした判断の誤り)につい
(1)

特許請求の範囲の訂正は,願書に添付した「明細書,特許請求の範囲又は図

面」に記載した範囲内においてしなければならないところ(特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項),「明細書,特許請求の範囲又は図面」に記載した範囲内とは,当該訂正が,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることをいう。
本件決定は,本件発明1に係る請求項1のうち,「(寄生ダイオード(131)の)該立ち上がり電圧は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」との発明特定事項を,「(寄生ダイオード(131)の)該立ち上がり電圧よりも,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が全使用範囲において低く」との発明特定事項に訂正する本件訂正について,新規事項の追加に当たると判断した。(2)

新規事項の追加の有無
本件訂正後の請求項1に記載された技術的事項は,本件発明1に係る電力変
換装置の全使用範囲において,ユニポーラ素子本体のオン電圧が,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも低いというものである。そして,ユニポーラ素子本体のオン電圧と寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧との比較は,誘導負荷を駆動するに当たっての還流電流が,ユニポーラ素子本体のみ,寄生ダイオード(131)のみ,又は,寄生ダイオード(131)及びユニポーラ素子本体の双方を流れる際に問題となるものである。そうすると,本件訂正は,本件発明1に係る電力変換装置は,還流電流が,寄生ダイオード(131)を立ち上げない電流領域においてのみ使用されるという技術的事項を導入するものということができる。イ
しかし,そもそも本件明細書等には,還流電流の大きさと,本件発明1に係
る電力変換装置の使用領域とを関連付ける記載はない。

かえって,請求項1に,「上記ユニポーラ素子内の寄生ダイオード(131)
を還流ダイオードとして用い」と記載されていることからすれば,本件明細書等に記載された技術的事項は,
寄生ダイオード
(131)
に,
還流電流が流れ得ること,
すなわち,
還流電流が寄生ダイオード
(131)
を立ち上げる電流領域においても,
電力変換装置が使用されることを前提とするものである。

さらに,本件明細書には,前記1(4)のとおり,本件発明1の効果が記載され
ている。
まず,本件発明1の効果のうち,還流ダイオードを別途設ける必要がないとの効果は,還流電流の大きさに関する技術的事項とは無関係な効果である。次に,本件明細書には,本件発明1の効果として,同期整流をすることで,寄生ダイオード(131)のみに還流電流を流すよりも導通損を抑えることができ,特に軽負荷では,SiC-SBDに還流電流を流すよりも損失を抑えることができるという効果が記載されている。ここで,前者の効果は,ユニポーラ素子本体のみに還流電流を流す場合(寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧がユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高い場合)はもとより,ユニポーラ素子本体に加え寄生ダイオード(131)に還流電流を流す場合(寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧がユニポーラ素子本体のオン電圧よりも低い場合)であっても,還流電流が分流することから奏せられるものである。一方,後者の効果は,ユニポーラ素子の端子間電圧が0.9V未満の範囲に限って得られる効果であり(【0029】),ユニポーラ素子の端子間電圧と,ワイドバンドギャップ半導体としてSiCを用いた場合の寄生ダイオードの立ち上がり電圧(約3V)との比較によって生じる効果ではない。
さらに,本件明細書には,本件発明1の効果として,Si-MOSFETの寄生ダイオードを還流ダイオードとして使用する場合よりも,
SiC-MOSFET
(1
30)の寄生ダイオード(131)を還流ダイオードとして使用する方が,同期整流の効果は大きくなるという効果が記載されている。しかし,かかる効果は,寄生ダイオードの立ち上がり電圧の相違(Siを材料とする場合は0.7V,SiCを材料とする場合は3V)から得られる効果であり,寄生ダイオードの立ち上がり電圧とユニポーラ素子本体のオン電圧とに高低を設けることによって得られる効果ではない。
このように,本件明細書に記載された本件発明1の効果は,いずれも,本件発明1に係る電力変換装置において,還流電流が,寄生ダイオード(131)を立ち上げない電流領域においてのみ使用されるか否かという技術的事項によって,相違が生じるものではない。

以上のとおり,①本件明細書等には,還流電流の大きさと,本件発明1に係る電力変換装置の使用領域とを関連付ける記載がないだけではなく,②本件明細書等に記載された技術的事項は,還流電流が寄生ダイオード(131)を立ち上げる電流領域においても,電力変換装置が使用されることを前提とするものであって,③本件明細書に記載された本件発明1の効果も,還流電流が,寄生ダイオード(131)を立ち上げない電流領域においてのみ使用されるか否かという技術的事項によって,相違が生じるものではない。そうすると,本件明細書等には,本件発明1に係る電力変換装置を,還流電流が,寄生ダイオード(131)を立ち上げない電流領域においてのみ使用するという技術的事項は記載されていないというべきである。
したがって,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも,ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が,全使用範囲において低いという技術的事項は,本件明細書等の全ての記載を総合しても導くことができない。
(3)

原告の主張について
原告は,本件明細書等の【図4】において,SiC-MOSFET(130)
のラインと寄生ダイオード(131)のラインとが交叉していないから,寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも,ユニポーラ素子のオン電圧の方が全使用範囲において低いという構成を導き出すことができる旨主張する。
しかし,本件明細書等において,【図4】は,SiC-SBDを還流ダイオードとして用いる従来技術との比較のために参照されている【0024】(
【0027】。

そして,本件特許に係る発明は,この従来技術に比較して,SiC-SBDの立ち上がり電圧である1V近傍以下において,消費電力の観点で有利であることが説明されている(【0025】)。そうすると,【図4】は,SiC-MOSFETとSiC-SBDの電圧電流特性を比較するためのものということができる。一方,本件明細書等には,SiC-MOSFETの寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧は約3Vである旨説明されるのみであり(【0024】),SiC-MOSFETと寄生ダイオード(131)の電圧電流特性を比較する説明はない。【図4】
に記載された範囲が,本件特許に係る発明が,SiC-SBDを還流ダイオードとして用いる従来技術と比較して消費電力の観点で有利であるとされる軽負荷の範囲を超えて,定格負荷や重負荷の範囲(全使用範囲)までを含むものであることを説明する記載もない。
そうすると,【図4】の電圧電流特性の概略図において,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも,ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が,低い範囲しか記載されていないことをもって,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも,ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が,全使用範囲において低いという技術的事項を導くことはできない。

原告は,請求項1などには,寄生ダイオード(131)の「立ち上がり電圧
は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と記載されており,寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも,ユニポーラ素子のオン電圧の方が全使用範囲において低いという構成は自明であると主張する。
しかし,請求項1において,寄生ダイオード(131)の「立ち上がり電圧は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と特定されているのは,本件発明1の構成として,同期整流を行う際,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を,ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高くするという技術的事項を採用した旨特定するにすぎないものである。本件発明1の電力変換装置が使用される還流電流の全電流領域を限定するものではない。
したがって,寄生ダイオード(131)の「立ち上がり電圧は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と記載されていることをもって,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも,ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が,全使用範囲において低いという技術的事項を導くことはできない。

原告は,SiC-MOSFETにおいては,寄生ダイオードが導通すること
に伴い順方向電圧(VF)が上がるという周知の課題(VF劣化)が存するから,ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも高くなる構成が実用に耐えないことは技術常識であり,全使用範囲においてユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低いという構成は,本件特許の当然の前提となっていたと主張する。
しかし,本件明細書等にはVF劣化については何ら記載されていないから,VF劣化が周知の課題であることを前提に,本件明細書等の記載を解釈することはできない。また,本件明細書等においては,本件特許に係る発明が,SiCを用いるものの同期整流を行わない従来技術とも比較されており(【0007】【0013】【0022】),そこでは,寄生ダイオードに加えて,ユニポーラ素子本体に還流電流を流すか否かが問題となるのであるから,VF劣化を前提に寄生ダイオードに還流電流を流さない技術的事項が,本件明細書等において当然の前提になっていたということはできない。
したがって,VF劣化という課題をもって,寄生ダイオード(131)に還流電流を流さないという技術的事項,すなわち,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧よりも,ユニポーラ素子本体のオン電圧の方が,全使用範囲において低いという技術的事項を導くことはできない。

原告は,【請求項4】【0026】以下の記載において,全使用範囲におい
てユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低いという電圧相互の関係にするために,ユニポーラ素子のオン抵抗値が設計されていると主張する。
しかし,本件明細書等の【請求項4】【0028】【0029】は,暖房中間負荷条件という特定の使用範囲におけるスイッチング素子の選定について記載されたものである。また,本件明細書等の【0026】は,還流電流を寄生ダイオードに流す場合と,SiC-SBDに流す場合とを比較したものである。このように,全使用範囲においてユニポーラ素子本体のオン電圧の方が寄生ダイオードの立ち上がり電圧よりも低いという電圧相互の関係にするために,ユニポーラ素子のオン抵抗値が設計されていることをうかがわせる記載は,本件明細書等にはない。
(4)

小括

以上のとおり,本件訂正は,当業者によって,本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであるから,新規事項を追加するものというべきである。したがって,本件訂正は認められない。
よって,取消事由1は理由がない。
3
(1)

取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について
特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,
特許請求の範囲の記載だ

けではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。本件決定は,本件発明1の特許請求の範囲のうち「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」は
いとの記載が,
いかなる電流が流れる場合のことを表したものであるか不明であるから,明確性要件に適合しないと判断した。
(2)

前記2(3)イのとおり,請求項1において,寄生ダイオード(131)の「立
ち上がり電圧は,上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高く」と特定されているのは,本件発明1の構成として,同期整流を行う際,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を,ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高くするという技術的事項を採用する旨特定するものである。
そして,本件発明1に係る電力変換装置において使用される還流電流の程度が限定されていないことと,同期整流を行う際には,常に,寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧を,ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高くすることとは,関係がない。
(3)

したがって,「寄生ダイオード(131)の立ち上がり電圧」は「上記ユニポーラ素子本体のオン電圧よりも高」
いとの本件発明1の特許請求の範囲の記載が,
第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。同記載が明確ではないから,本件各発明の特許請求の範囲の記載は,明確性要件に適合しないとする本件決定の判断は誤りである。
よって,取消事由2は理由がある。
4
(1)

取消事由3(進歩性の判断の誤り)について
引用発明

引用例(甲1)に,前記第2の3(2)アの引用発明が記載されていることは,当事者間に争いがない。
そして,
引用例には,
別紙2引用例等図面目録引用例のとおり,
引用発明の実施例として【図2】が,背景技術として【図9】が記載されるとともに,引用発明に関し,以下の点が開示されているものと認められる。ア
技術分野

引用発明は,モータ駆動回路に関し,特に,同期モータの可変速駆動を制御する回路に関するものである。(【0001】)

背景技術

動作制御の迅速化の要求を満たすためには,動力源であるモータに対する可変速駆動制御を,効率良く,かつ高い応答速度で行わなければならない。この要求は,輸送機器に限らず,例えば洗濯機や食洗機等,家電製品に搭載されるモータに対しても及ぶ。(【0002】)
互いに直列に接続される二つのパワートランジスタQH,QLでは,一方のターンオフ動作の開始から他方のターンオン動作の開始までの間に,パワードランジスタQH,QLを貫通電流による破壊から保護するために,必ず,一定時間以上,両方のパワートランジスタがオフされるデッドタイムが設定される。デッドタイムには,ボディダイオードDH(DL)が導通し,パワートランジスタQH,QLに対する過大な逆バイアスの印加が回避され,これらの素子破壊が保護される。パワートランジスタがMOSFETである場合,デッドタイムを短縮することができる。(【0005】)
モータの力行モードでは,モータの動力として消費される電力以外の電力,すなわちインバータにおける電力損失(パワートランジスタの導通損失,スイッチング損失,帰還ダイオードの導通損失)ができるだけ削減されなければならない。パワートランジスタと帰還ダイオードとをSiCなどを材料とするワイドバンドギャップ半導体で構成すれば,パワートランジスタの導通損失とスイッチング損失が少ない。一方,パワートランジスタがMOSFETである場合,ボディダイオードを帰還ダイオードとして利用できるところ,MOSFETのボディダイオードでは,順方向電圧降下が比較的大きく,帰還ダイオードの導通損失を削減しにくい。ワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子では,順方向電圧降下がより大きいから,モータの力行モードでは,帰還ダイオードの導通損失の削減に不利である。(【0006】【0007】)
モータの回生モードを利用した回生制動の方法として,平滑コンデンサC1,C2に回生電力を供給する方法と,
回生電力を主にステータ巻線103U,
103V,
103Wの抵抗で消費する方法とがある。(【0009】)

発明が解決しようとする課題

モータの力行モードにおいて,インバータの損失を低下させるためには,ワイドギャップ半導体を用いることが望まれるが,そのボディダイオードは順方向電圧降下が大きいから,帰還ダイオードの損失が大きくなるという課題があり,高速整流ダイオードを外付けしなければならず,小型化等が阻まれる。(【0011】)また,モータに対する可変速駆動制御の応答速度を更に高めるためには,回生電力の消費能力を更に高めることが望ましい。しかし,平滑コンデンサの容量を増大等することは,モータ駆動回路の更なる小型化を阻む。ステータ巻線の抵抗値を増大させることは,同期モータの力行モードにおいて,ステータ巻線の導通損失を増大させる。(【0011】)
引用発明は,小型化と省電力化とをいずれも阻むことなく,回生制動の効果を更に向上させ得るモータ駆動回路の提供を目的とする。(【0012】)エ
課題を解決するための手段

引用発明に係るモータ駆動回路は,ワイドバンドギャップ半導体から成り,ボディダイオードを含む二つのパワートランジスタと,これら二つのパワートランジスタに対してオンオフ制御を行い,特に同期モータの回生モードでは,パワートランジスタに,そのボディダイオードの順方向に沿った電流を流すべきとき,そのパワートランジスタをオフ状態に維持するものである。(【0014】)引用発明のパワートランジスタは,ワイドバンドギャップ半導体製であって,特に低オン抵抗でかつ高耐圧であるから,小型化を阻むことなく,導通損失を低減させ得る。
また,
スイッチング動作が速いので,
スイッチング損失が低減できる。【0

015】)
引用発明に係るモータ駆動回路の力行モードにおいては,互いに直列に接続された二つのパワートランジスタ間のデッドタイムに,それらのボディダイオードのいずれかを順方向電流が流れる。パワートランジスタはワイドバンドギャップ半導体製であるから,スイッチングが速く,デッドタイムを容易に短縮できる。それにより,ボディダイオードの導通状態を維持すべき時間が短縮されるから,ボディダイオードの導通損失が十分に抑えられる。したがって,高速整流ダイオードを外付けすることなく,力行モードでも損失を充分低減できる。【0016】引用発明に係るモータ駆動回路の回生モードにおいては,一部のパワートランジスタに,そのボディダイオードの順方向に沿った電流が流れる。その際,そのパワートランジスタがオフにされるので,当該電流はそのパワートランジスタのボディダイオードを順方向に流れる。ワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子ではボディダイオードの順方向電圧降下が高いので,回生電力はボディダイオードで十分に消費され得る。それにより,回生電力を消費するための回路素子,例えば過大な容量の平滑コンデンサや放電回路がなくても,回生制動の効果が十分に高い。(【0015】)

発明の効果

引用発明に係るモータ駆動回路では,パワートランジスタとしてワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子が採用されているから,パワートランジスタの導通損失とスイッチング損失とが低い。その上,従来の駆動回路とは異なり,ワイドバンドギャップ半導体スイッチ素子のボディダイオードを帰還ダイオードとして積極的に利用することにより,その順方向電圧降下で回生電力を十分に消費し,回生制動の効果を向上させ得る。(【0017】)
(2)

本件発明1と引用発明との対比

本件発明1と引用発明との相違点は,
前記第2の3(2)イの相違点1及び2のとお
りであることは,当事者間に争いがない。
(3)

周知技術
周知例1

周知例1には,
スイッチング素子にMOSFETを用いた電力変換装置において,MOSFETをオンすることにより,発熱損失の大きいMOSFETの内蔵ダイオードに電流を流さず,同期整流をすることにより,発熱損失を低減することができる技術が示されている(【0061】【0066】【図1】【図5】。別紙2引用例等図面目録周知例1のとおり。)。

周知例2

周知例2には,
スイッチング素子にMOSFETを用いた電力変換装置において,MOSFETをオンすることにより,ソースからドレインに向かって流れる電流をボディダイオードに経由させない同期整流とし,これにより,損失を,MOSFET本体のオン抵抗とドレイン電流の積だけに低減させる技術が示されている(105頁,
【図4-C】【図4-D】。別紙2引用例等図面目録周知例2のとおり。)。ウ
周知技術の認定

前記のとおり,周知例1及び2の記載によれば,本件決定が認定したとおり,周知例1及び2から,
「MOSFETをオンにし,
寄生ダイオード側に電流を流さず,
MOSFET側に逆方向電流を流す同期整流により,発熱損失を低減することができること」という周知技術(本件周知技術)を認めることができる。エ
原告の主張について

原告は,周知例1及び2に記載された同期整流の技術においては,同期整流中に寄生ダイオードが導通することが完全に排除されているわけではないなどと主張する。
しかし,前記アのとおり,周知例1【0066】には,「MOSFET622をオンすることにより,発熱損失の大きいMOSFET622の内臓ダイオードに電流を流さず」との記載がある。また,前記イのとおり,周知例2には,「パワーMOSを導通させて,低オン抵抗の状態にします。こうすることにより,ソースからドレインに向かって流れる電流は内蔵のボディ・ダイオードを経由せず」との記載がある。これらの記載によれば,周知例1及び2には,MOSFET本体に電流を流し,寄生ダイオード(内臓ダイオード,ボディダイオード)に電流を流さないスイッチング素子に関する技術が記載されていることは明らかである。このことは,「同期整流」の意義自体に,寄生ダイオード側に電流を流さないという概念が包含されないことや,周知例1及び2のスイッチング素子がSi-MOSFETであって,その立ち上がり電圧が低く,寄生ダイオードに電流を流さない場合の使用範囲が小さいことによって,左右されるものではない。したがって,「寄生ダイオード側に電流を流さず」という構成を含む周知技術を認定することはできないとの原告の主張は採用できない。
(4)

周知技術を適用する動機付け
引用発明は,モータの回生モードにおいて,回生電力の消費能力を高めると
いう課題に対して,順方向電圧降下が高いボディダイオードに電流を流し,回生電力を消費させるというものである。
このように,引用発明は,モータの回生モードにおいて,ボディダイオードに電流を流し,ボディダイオードにおいて回生電力を損失させるという課題解決手段を採用したものである。一方,本件周知技術は,寄生ダイオード側に電流を流さず,発熱損失を低減させるというものであるから,引用発明の課題解決手段と正反対の技術思想を有するものである。したがって,当業者は,引用発明におけるモータの回生モードにおいて,正反対の技術思想を有する本件周知技術を適用することはない。
そして,引用例には,引用発明の電力変換装置において,力行モードを回生モードから切り離し,力行モードの動作のみを変更することを示唆するような記載はないから,当業者は,力行モードにおける動作のみを変更することを容易に想到することはない。
したがって,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである。

また,仮に,当業者が,引用発明の電力変換装置のうち,モータの力行モー
ドにおける動作のみを変更することを想到し得たとしても,引用発明は,モータの力行モードにおいて,ワイドギャップ半導体を用いた場合に生じるボディダイオードの導通損失が大きくなるという課題に対して,ワイドバンドギャップ半導体のスイッチングが速いという特性を用いて,パワートランジスタQHとパワートランジスタQLのいずれもがオフ状態になっているデッドタイムを極力減らすことにより,ボディダイオードの導通状態の時間を短縮し,ボディダイオードにおける導通損失を抑えるというものである。そうすると,引用発明は,モータの力行モードにおいて,ボディダイオードの導通損失を低減させるという課題を有するものの,ワイドバンドギャップ半導体の特性に基づくデッドタイムの短縮化により,これを解決しているものである。
そもそも,本件周知技術は,MOSFETをオンにし,寄生ダイオード側に電流を流さないという同期整流の技術である。一方,引用発明におけるモータの力行モードは,省電力化の観点から,パワートランジスタQH及びQLは二相変調によるオンオフ制御が有利であるとされている(【0032】【図6】)。そして,引用発明は,パワートランジスタQH及びQLのいずれもがオフされる時間であるデッドタイムを,パワートランジスタQH及びQLのターンオフ時間より十分に長く設定することにより,パワートランジスタQH及びQLが貫通電流により破壊されるのを防止するという構成を有するものである(【0005】)。このように,力行モードにおいて二相変調によるオンオフ制御を行う引用発明では,パワートランジスタQH(又はQL)がオフ状態であるデッドタイムにおいて,パワートランジスタQL(又はQH)はターンオフの途中であり,まだ導通している。そして,このような状態の引用発明において,パワートランジスタQH(又はQL)を同期整流によりオンにすることは,貫通電流が流れることになるから,パワートランジスタQH及びQLの破壊につながる。そうすると,引用発明における力行モードにおいて,同期整流によりパワートランジスタをオンにする余地はないから,当業者は,引用発明に,本件周知技術を適用しようと考えるものではない。
したがって,モータの力行モードを前提にした場合であっても,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないというべきである。

よって,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないから,引用発明
に本件周知技術を適用することにより,相違点1及び2に係る本件発明1の構成を採用することを,当業者が容易に想到することができたということはできない。エ
被告の主張について

被告は,引用発明におけるモータの力行モードにおいては,ボディダイオードの導通による損失の更なる低減を図る課題がある旨主張する。
しかし,そもそも,当業者は,引用発明の電力変換装置のうち,力行モードにおける動作のみを変更することを容易に想到することはないから,
引用発明において,
力行モードにおける上記課題の解決のために,回生モードにおける動作の際に採用することが否定される寄生ダイオード側に電流を流さないという技術を採用することを,容易に想到し得ない。
また,引用発明は,モータの力行モードにおいて,ボディダイオードの導通による損失を,ワイドバンドギャップ半導体の特性に基づくデッドタイムの短縮化により,これを解決しているものである。引用発明において,さらに,ボディダイオードの導通による損失の低減を図る課題があったとしても,それは,直列につないだパワートランジスタのいずれもがオフ状態になっていることを前提とする課題であって,パワートランジスタをオンにする本件周知技術は,引用発明の課題を解決するようなものではない。
引用発明と本件周知技術の課題とは,
ボディダイオード
(寄
生ダイオード)の損失を低減するという点で抽象的には共通するものの,課題の生じる局面が異なるものである。
したがって,課題の共通性をもって,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けがあるという被告の主張は,採用できない。
(5)

小括

以上のとおり,引用発明に本件周知技術を適用する動機付けはないから,当業者は,引用発明に本件周知技術を適用することにより,相違点1及び2に係る本件発明1の構成を容易に想到することはできない。
したがって,本件発明1は,引用発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたということはできない。また,本件発明2,3,5及び6は,本件発明1の発明特定事項を全て含み,さらに他の限定を付加したものであるから,当業者が引用発明に基づいて容易に発明をすることができたということはできない。よって,取消事由3は理由がある。
5
結論

以上のとおり,
原告主張の取消事由のうち,
取消事由2及び3は理由があるから,
原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部

裁判長裁判官

髙部眞規子
裁判官

山門優
裁判官

片瀬亮
別紙1
本件明細書図面目録
【図1】

【図4】

別紙2
引用例等図面目録
引用例
【図2】

【図9】

周知例1
【図1】

【図5】

周知例2

トップに戻る

saiban.in