判例検索β > 平成29年(う)第1372号
危険運転致死傷(予備的訴因 過失運転致死傷)
事件番号平成29(う)1372
事件名危険運転致死傷(予備的訴因 過失運転致死傷)
裁判年月日平成30年2月22日
法廷名東京高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成27特(わ)2350
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平成30年2月22日宣告

東京高等裁判所第6刑事部判決

平成29年(う)第1372号

危険運転致死傷(予備的訴因

過失運転致

死傷)被告事件
主文
本件控訴を棄却する
理由
本件控訴の趣意は,弁護人丙作成の控訴趣意書記載のとおりであり,論旨は,事実誤認(法令適用の誤り)及び量刑不当の主張である。
第1
1
事実誤認(法令適用の誤り)の主張について
論旨は,被告人には危険運転致死傷罪の故意がなく,過失運転致死傷
罪が成立するにすぎないのに,被告人には危険運転致死傷罪の故意があり,同罪が成立すると認定した原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認があり,その結果として法令適用の誤りがある,というのである。2
原判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,「被告人は,平成27
年8月16日午後9時30分頃,普通乗用自動車を運転し,東京都豊島区ab丁目所在のc公共地下駐車場から発進して東京都北区d所在の被告人方に向かい進行するに当たり,てんかんの影響により,その走行中に発作の影響によって意識障害に陥るおそれのある状態で同車を運転し,もって自動車の運転に支障を及ぼすおそれのある病気の影響により,その走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で自動車を運転し,よって,その頃,同駐車場料金所付近において,自車を一時停止させた際,てんかんの発作により意識障害の状態に陥り,その状態のまま同駐車場出口に向かい進行し,同日午後9時34分頃,同駐車場出口付近道路において,自車を急発進させて時速約50キロメートルに加速させた上,東京都豊島区ef丁目g番先歩道上を暴走させ,折から同歩道上にちょ立していたA(当時41歳)ら5名に自車を順次衝突させて同人らを路上に転倒させ,よって,Aに頭蓋底骨折及び骨盤骨折等の傷害を負わせ,同月17日午前1時53分頃,東京都板橋区所在の病院において,同人を上記傷害による出血性ショックにより死亡させるとともに,B(当時27歳)ら4名にそれぞれ加療約2週間ないし約6か月間を要する傷害を負わせた。」というものである。
3
原審において,被告人及び原審弁護人は,走行中にてんかんの発作の
影響によって意識障害に陥るおそれのある状態であることを認識していなかったとして,危険運転致死傷罪(自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律3条2項)の故意(走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で運転することの認識)を否認したが,原判決は,要旨,次のように説示して,故意を認めた。
すなわち,平成22年8月に被告人の抗てんかん薬の処方が決定して以降も4回(直近2年でも2回)複雑部分発作を起こしていたことを認定した上,被告人が記憶力の低下によりうち1回以外のエピソードしか認識していなかったとの原審弁護人の主張については,個々のエピソードの詳細を記憶していることは必ずしも必要ではなく,自身が複雑部分発作を起こしたか否か,今後複雑部分発作を起こす可能性があるか否かは,被告人にとっても関心が深いはずであるという事柄の性質,被告人がこれを医師に申告し,診察,指導を受けていたことなどから,排斥し,被告人は,抗てんかん薬を処方どおり服薬していても複雑部分発作が起き得ることを認識していたと認められ,さらに,被告人が精神科医として稼働するなどして,てんかんの知識を通常人よりも有していたことなどから,てんかん発作は疲労時に起きやすいことも十分理解していたと認められるとした。そして,本件当日,数時間の長距離運転により身体的な疲労が蓄積していたこと,運転前に前兆(単純部分発作)である異臭感も感じたにもかかわらず,わずかな時間で運転を開始したことなどから,走行中に意識障害を伴う複雑部分発作を起こす具体的危険性を認識しながら運転したと認められ,走行中に正常な運転に支障が生じるおそれがある状態で運転することを認識していたと認められるとした。さらに,原審弁護人の主張(①服薬を怠っていないこと,②主治医から運転について指導を受けたことはなかったこと,③本件直前の眠気や疲労感が強いものではなかったこと,④異臭感が複雑部分発作の前触れであるとの認識がなかったこと)をいずれも排斥した。
原判決の上記認定判断は,その理由として説示するところも含め,おおむね正当であって,論理則,経験則等に照らして,不合理といえるものはなく,当裁判所としても是認できる。
4
これに対し,所論は,原判決の説示について種々論難する。
所論は,原判決が複雑部分発作が起きたと認定した4回(①平成2
4年4月,②平成25年3月,③平成25年10月,④平成26年8月)のうち,②以外の3回で複雑部分発作が起きたと認めたのは誤りであるとしてるる主張する。しかし,複雑部分発作に関する原判決の上記各認定は,いずれも不合理とはいえない。

①については,当時の主治医であるC医師による平成24年4
月14日の診察に係るカルテに記載のあるエピソード(同月3日にカツ屋でカツ丼を食べた後,気が付いたら自室のベッドで寝ていたというもの)に関するものであるが,原判決が,カルテの「発作」,「Dammerzustand」(もうろう状態という意味)等の記載や捜査段階で精神鑑定を行った精神科医Dの原審証言等によって複雑部分発作が起きたと認めたのは不合理ではない。所論は,複雑部分発作が起きていれば,同カルテの記載にあるカツ丼の代金の支払や抗てんかん薬の服用,自室ベッドでの就寝等はできないはずであるというが,根拠に乏しい(カツ丼を食べたら前兆+と記載されているだけで,代金の支払や抗てんかん薬の服用をしたことを覚えていないとまでの記載はカルテにない上,本件時に料金所で停止した際に複雑部分発作が起きたことに争いはないが,その後,自車を発進させ,原判示の駐車場(以下「本件駐車場」という。)を出て,出入口付近の交差点で停止したことが認められ,複雑部分発作を生じた直後でもある程度の状況に応じた行動がとれることは明らかである。)。

③については,主治医ではないE医師による平成25年10月
12日の診察に係るカルテに記載のあるエピソード(同月7日に店でカツ丼を注文した後,気が付いたら山手線の電車に乗っていたというもの)に関するものであるが,原判決が,複雑部分発作と考えるのが一番自然である旨のE医師の原審証言やD医師の原審証言を合理的,説得的なものであるとして複雑部分発作が起きたと認めたのは不合理ではない。
所論は,㋐E医師やD医師のてんかん患者の診察歴等から専門性が低い,㋑原判決が,カツ丼を食べた後であることや10月という季節を挙げててんかん発作以外の意識障害は考え難いとしていることも不合理である,㋒約30分間も複雑部分発作が継続することは考えられず,複雑部分発作後のもうろう状態が起きていたのであれば,その間は,合目的的な行動はとれないはずであると主張する。
しかし,㋐については,E医師は,てんかんの専門医でないものの,精神科医としての経歴は十分であり,診察したてんかん患者の数も相当数に上る。また,D医師は,診察したてんかん患者の数は少ないが,精神科医としての経歴は十分であり,精神鑑定の方法等も合理的なものである。㋑については,原判決の挙げた根拠は,意識障害が酩酊や熱中症等によるものである可能性が排斥できるとする趣旨と解され,不合理なものではない。㋒については,約30分間は,複雑部分発作及びその後のもうろう状態と解することができるところ,その間どのような行動をとったか自体が明らかでない上,主張自体が上記アで既述のとおり根拠に乏しい。

④については,主治医ではないF医師による平成26年8月2
1日の診察に係るカルテに記載のあるエピソード(同月14日に東京から茅野まで四,五時間運転して別荘に到着後,荷物を降ろして運んだ後,横になるまでに発作のような状態が起きたというもの)に関するものであるが,原判決が,ほぼ典型的な複雑部分発作であると考えたなどというF医師の原審証言をその判断過程も含めて合理的であるなどとして,複雑部分発作が起きたと認めたのは不合理ではない。
所論は,㋐F医師が「Mに言われた」と記載したと証言している部分を「Mに話した」と記載したものである,と主張する。
確かに,カルテに記載された文字は,一見すると「Mに話した」とも読める(F医師自らも捜査段階でそう読み,D医師やG医師もそう判読しているほか,発作,前兆等に関するカルテの記載を解読整理した者も「話した」と解読したようである(原審弁10)。)が,記載した本人が「言われた」と書いたと説明するF医師の原審証言は,他の文字との比較からも十分納得できるのみならず(所論は,同日のカルテにある「倒れてはいない」との記載の中で「れ」の文字が確認できるというが,「れて」の中の「れ」は,上記「言われた」の「れ」の文字である縦一本線に近い。),何より同日のカルテの他の記載からは,被告人が発作があったと申告し,F医師が運転は当面駄目であると強く指導するとともに,脳波検査等の検査を受けるよう指示したことが認められ,これらの状況と整合するように読むならば,意識障害が起きてそのことを母親から言われたということを記載したと読むほかないから,その信用性に疑念を入れる余地はない。所論は,このことに関連して,㋑別荘の1階にいた母親が2階にいる被告人の状況を認識できるはずがない,㋒荷物を運んだことも横になったことも覚えているとの記載があるから,意識の減損は一切ない,とも主張するが,別荘に戻ってきて1階にいた母親と会わなかったとはいえないし,荷物を降ろして横になるまでの間については覚えているとの記載がなく,その間の記憶が飛んでおり,意識の減損がうかがわれる状況があったからこそ,発作があったと申告したとみるのが相当であって,自らその際の状況を認識し,母親に話したのであれば,発作と申告したことと整合し難い。
所論は,さらに,㋓主治医であるG医師も,複雑部分発作とはいえないと明確に証言しており,この証言の信用性を検討することなく,複雑部分発作と認定したのは誤りであるともいう。しかし,G医師は,④のエピソードが申告された日に自身で診察していないので,その判断は極めて限られたカルテの記載によるしかなく,しかも,上記の読み方に争いのあるカルテの記載部分について「母親に話した」と判読し,意識障害がないことを前提に,複雑部分発作と断定することまではできないと述べたにすぎないと解される。その日から間もなく諸検査が実施され,同月30日の診察(担当は別の専門外来医師)でもカルテに同月14日に複雑部分発作が起きた(少なくとも被告人がそう申告した)と読める記載もあるから,G医師の上記原審証言が④のエピソード時にもうろう状態等が起きたとの認定を妨げるものではない。エ
被告人は,さらに,①③④の各エピソードに関して,①は複雑
部分発作と関係なく出現するもうろう状態であった可能性が高く,③は合目的的行動のとれていた程度の意識混濁か記銘力の低下だった可能性が高く,④は意識障害はなかった可能性が高い上,診察した医師や主治医が複雑部分発作とは診断していないものをそれと認定するのは誤りであるなどとして,原判決がこれらのエピソードの際に複雑部分発作が起きたと認定したことを非難する(陳述書(当審弁17))。
しかし,直接診察した医師が複雑部分発作と診断したとはカルテ上読み取れないとの主張については,本件における問題の本質から目を背けるものである。問題の本質は,てんかんにより意識の混濁やもうろう状態を含む意識障害が生じたかである。複雑部分発作が起きたと認定できるかどうかは,所詮被告人の申出に基づく事実経過を前提に判断するほかない上,複雑部分発作が起き,あるいは厳密にはそうと認定できないまでも,意識混濁やもうろう状態に陥っている本人は,そのこと自体を直接認識することが困難ないしできないから,性質上その判断資料は,脆弱で限定的なものにならざるを得ないのであって,医師らが一様に複雑部分発作が起きたとの断定を避けるような表現をとっているのもそのような事情によるところが大きいと思われるが,厳密な意味では複雑部分発作が起きたとは断定し難いとしても,てんかんによって意識障害の状態に陥れば正常な運転に支障が生じることは明らかであるから,その状態が複雑部分発作と認定できるかどうかを論じてもさしたる意味はない。その意味で,①から④までのエピソードについても,正確には複雑部分発作が起きた可能性が高い意識障害が生じたと認めることで十分であったといえる。そして,この認定においては,被告人が診察の際に医師に自ら発作(意識障害を伴う複雑部分発作)と説明していることは極めて重要である。すなわち,てんかん患者の診察は,患者からてんかんに関連したエピソードを聴き取り,それに応じて生活等に関する指導を行うのを主眼とするものであり,被告人はこれに前向きに取り組んでいたのであるから,カルテに前兆とは明らかに異なる発作という記載がされている以上,被告人と医師との間でてんかんによって意識障害が出現したとの共通認識が持たれたとみるのが相当である(④のエピソードについて,意識障害はなかった可能性が高いとの主張は,既述のとおり採用できない。)。

以上の次第で,故意の有無を認定する前提事実として,抗てん

かん薬を服用しながら,近時少なくとも4回のてんかんによる意識障害が起きたこと,それらの診察の際に診察医と被告人との間でそれらの意識障害に関して共通認識が持たれたことが認められる。
次いで,所論は,故意の有無は,本件当時の被告人の記憶を前提に決すべきであるところ,被告人は,㋐原判決が認定した①から④までのエピソードのうち,てんかんり患後の記憶力の低下により,②の1回しか記憶していなかった,㋑④のエピソードに関し,F医師から運転は当面駄目と言われたことも記憶していなかった,㋒当面駄目における「当面」の意味は,脳波検査の結果を踏まえて主治医であるG医師から指導があるまでの期間と考えており,その後G医師から運転を中止するような指導を受けなかったので,運転は許可されたものと認識していた,などともいう。

まず,㋐については,原判決の上記説示内容は不合理なもので

はなく,被告人の診察経過に照らして,被告人が抗てんかん薬を服用していても,意識障害が起き得ることを認識していたことは優に認められる。付言すれば,②のエピソードしか記憶になかったなどという被告人の弁解自体がにわかには信用できないというべきである。確かに,被告人は,D医師の鑑定でも,頭部MRI検査により左海馬硬化症と判定され,軽度の記憶障害があるとの診断も受ける(診断書(原審弁12))など,記憶力の低下があったことは否定し難い。しかし,原判決も適切に指摘しているように,てんかんを持病に持つ被告人にとって,意識の混濁やもうろう状態を含め意識障害が生じたかどうかということは極めて関心の高い事柄であり,だからこそ被告人は,定期的に医師に前兆を含め異常の疑われる出来事があれば曖昧でも申告し(曖昧となるのは事柄の性質上仕方がない。),指導を受ける診察を受けていたのであって,中でも④のエピソードは,医師から当面運転はしないよう注意を受け,直後に脳波検査を受け,次の診察時にも複雑部分発作として扱われていたものであるから,取り分け印象に残っていたはずである。しかも,被告人は,医師で,精神科医としても稼働し,てんかんについて通常人よりは知識があったといえる。それにもかかわらず,本件から2年4か月ほども前の②のエピソードは記憶しているが,約1年前の印象深い④のエピソードについては記憶がないなどということは信用し難い。被告人は,本件事故直後から,意識的に,持病のてんかんが本件事故と関係することを否定しようとする供述態度に出たり,本件運転直前の疲労感についても供述を変遷させたりしているなど,強い自己防衛的な供述傾向がうかがわれることも考え併せると,④のエピソードについてもあえて記憶にないとの弁解をしている可能性が高いというべきである。

また,㋑についても,被告人は,F医師から平成26年8月2

1日の診察時に運転は当面しないよう注意を受けたことも本件時は記憶になかったなどとも供述しているが,F医師は,その注意を承服しない被告人に相当強く指導した旨証言しており,その原審証言はカルテの記載内容とも整合するもので十分信用できる。その事柄の重要性やその後の診察経緯等,上述の事情も併せ考えれば,被告人が軽度の記憶障害があることを考慮しても,F医師から注意されたことを忘れたとの供述は信用できない。

さらに,㋒については,被告人の全く恣意的な解釈というべき

であって,原判決が適切に説示するとおり,むしろ被告人が自らG医師に運転について明示的に相談し,指導を受けるべきであって,それすらしていない被告人は,運転禁止の指導を受けることのないように,運転に関する相談を意識的に避けていたことが強く疑われる(それは,③のエピソードの約2か月後,自ら意識障害が起きたと認める②のエピソードからでも7か月余り後の運転免許更新の際にてんかんによる意識障害の経験を申告していないという態度と軌を一にするものがある。)。G医師から運転について指導を受けなかったことをもって,「当面」の期間が経過し,運転が許されたものと解して約2か月後には運転を再開したというのは,運転の危険性を軽視し,自己の都合を優先した身勝手な考えに基づいて行動したというほかない。所論は,当日の被告人の状況やその認識についても,㋐原判決は,長距離を運転したことにより身体的な疲労が蓄積していたことは明らかであると説示したが,身体的な疲労の蓄積は明らかではないし,被告人には身体的な疲労が蓄積しているとの認識はなく,仮に被告人が疲労感や眠気を感じていたとしても,日常的に感じる程度のものにすぎず,複雑部分発作に結び付くとの認識はなかった,㋑被告人が本件駐車場付近で単純部分発作である異臭感を感じたことは間違いないが,被告人は,これまで独特の嫌な感じがあった場合又は異臭感に加えて独特の嫌な感じがあった場合にのみ,複雑部分発作が生じたことがあったにすぎず,異臭感だけを感じた場合は単純部分発作で収まっており,異臭感のみを感じた場合に複雑部分発作に移行することは被告人には予想できなかった,というのである。

しかし,㋐については,被告人自身が疲労感や眠気を感じてい

たと述べている上,長距離運転をした後の疲労感を軽視できないことは,本件当日と同様に長距離運転をした後意識障害が生じた④のエピソードを経験していることからも当然認識できたはずである。被告人が大した疲労感を感じていなかったと述べても,④のエピソード自体を意識障害が生じたものと認識しておらず,医師から運転をしないよう注意されたことも記憶していないなどとの弁解をしていることも考えると,信用性は乏しく,単に運転の危険性を軽視していたことを示しているにすぎない。なお,所論は,原判決がてんかん発作が疲労している場合に起こりやすいことを被告人が十分理解していたと認める根拠として,被告人が自身で抗てんかん薬を処方した旨指摘していることに異を唱え,被告人はてんかんについて専門知識を有していたわけではないとも主張するが,原判決は,被告人が通常人より知識があるとしているにすぎず,その前提として挙げる事実について,自身で「処方」したというのも,別の医師の処方どおりの抗てんかん薬を取り寄せていたことを意味しており,医師として薬を取り寄せた行為自体を「処方」したと表現しても誤りとまではいえない(被告人の検察官調書(原審乙3)では被告人自身が「処方」と供述したとの記載になっており,これについて被告人は格別の異議をとどめずに署名,指印している。)。

また,㋑については,原判決は,原審弁護人の主張(上記と同

旨の主張に加え,被告人が駐車していた自車に向かう途中,本件駐車場の出入口付近で異臭感を感じたが,しばらく様子を見て普通の状態に戻ったのを確認して運転を開始したなどという供述と同旨のもの)に対し,異臭感を感じてからわずか40秒余りで自車を発進させていることなどから,複雑部分発作に移行しないことを確認して発進したとは認められないと説示している。この説示は,原審弁護人の主張との対応関係がやや不明瞭な説示ではあるが,被告人が異臭感を感じながら,さして間を置かずに自車を発進させていることは優に認められ,このことをもって,被告人の上記供述の信用性を否定した原判決の説示は不合理ではない(なお,所論は,原判決が「前兆である」異臭感とするなど,明確に区別すべき単純部分発作と前兆とを恣意的に区別せずに用いていると非難するが,原判決は,両者を同一の概念を表すものとして自覚的かつ明示的に用いており,意味のない論難であって,結論ありきの使用法であるとの主張は邪推にすぎない。また,所論は,異臭感を感じてから運転を開始するまで40秒余りとする原判決の認定にも疑問を呈する。しかし,被告人の原審公判供述によれば,本件駐車場の出入口付近で軽い単純部分発作である異臭感を感じたものの,自車に戻るまでには異臭感はなくなり,様子を見てから運転を開始したというのであるが,防犯カメラ映像捜査結果報告書(原審甲5)によれば,被告人は,本件当日午後9時29分43秒の時点で,いまだ本件駐車場出入口には至っていないhショッピングパーク内を歩いており,被告人が自車を発進させたのがそれからわずか42秒後の同日午後9時30分25秒であるから,異臭感を感じたと述べる時間から最も長く見ても40秒余りで発進していることは明らかである。)。のみならず,そもそも前触れもなく,複雑部分発作が起きることもあったというのであるから,被告人が異臭感のみを感じた場合には複雑部分発作は起こらないなどという確信を持っていたということ自体,不合理で信じ難いし,被告人の供述によっても,異臭感を感じてしばらく様子を見たというのであるから,単純部分発作が起きて運転に不安を覚えたと理解するのが相当である。所論は,その他結論に影響しない些細な点についてもるる主張するが,いずれも採用できない。事実誤認(法令適用の誤り)をいう論旨はいずれも理由がない。
第2
1
量刑不当の主張について
論旨は,被告人を懲役5年に処した原判決の量刑は重過ぎて不当であ
る,というのである。
2
原判決は,本件運転の危険性,結果の重大性,本件運転に至った経緯
も厳しい非難を免れないとし,処方薬を服用していたこと,加入の任意保険による損害賠償の見込みがあること,懲役前科がないこと,自分なりに遺族や被害者に謝罪の弁を述べていることなどの事情を考慮しても,上記量刑が相当であると判断した。
原判決の上記量刑判断は,相当であり,当裁判所としても是認できる。3
所論は,①原判決後,被告人が加入していた任意保険により,死亡し
た被害者の遺族に対し,損害賠償命令により支払が命じられた金約9917万円が支払われ,他の被害者2名に対し,それぞれ金約1606万円,金約449万円が支払われ,その余の被害者らに対しても早晩適正な賠償がされる見込みであること(本件事故に付随して生じた物損被害(建物の損壊)についても上記任意保険により金約1957万円の損害賠償金が支払われ,示談が成立していること),②原審の審理中に被害者らに謝罪しようと自殺を企図するなどし,原判決後も,死亡した被害者の遺族に対し謝罪の手紙を送ったほか,経営していた診療所を廃院することとし,本件を真摯に反省していること,③矯正施設に収容された場合,従前と異なる抗てんかん薬しか処方されず,被告人のてんかんが悪化するおそれがあるなど,長期間の矯正施設の収容は相当ではない,などと主張する。
しかし,①については,所論指摘のとおり,被告人加入の任意保険により,遺族や一部の被害者らに損害賠償金が支払われ,物損被害についても損害賠償金が支払われ,それぞれ示談が成立していることが認められるが,原判決も損害賠償がされる見込みがあることを考慮して量刑判断をしており,原判決の量刑を変更する必要まではない。②については,被告人が本件事故を起こし大きな戸惑いを感じていることは理解でき,原判決も被告人なりに遺族や被害者らに対する謝罪の気持ちを持っていることを考慮しているが,原判決も適切に指摘しているように,被告人が,医師から運転をしないよう注意されながらも,てんかんの持病を申告せずに運転免許の更新を受け,自動車の運転を継続した経緯は厳しい非難に値し,本件は,被告人が,万が一でもてんかん発作が起これば取り返しの付かない重大な結果を招くかもしれないという自動車運転の危険性を顧みず,運転に対する自己の願望や都合を優先したことによって起きたものであって,いまだに不合理な自己弁護に拘泥し,そのような本件事故を招いた自己の態度を率直に見つめることができていないのであるから,真摯に反省していると評価することはできない。③については,刑の執行が被告人に無用な不利益を与えるものであってはならないことは当然であるが,所論が指摘するような事情は,量刑判断に大きな影響を与えるものではない。
所論はいずれも採用できず,量刑不当をいう論旨も理由がない。
第3

結論

よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。
平成30年2月26日
東京高等裁判所第6刑事部

裁判長裁判官

大熊一之
裁判官

大橋弘治
裁判官景山太郎は転補のため署名押印することができない。

裁判長裁判官

大熊一之
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