判例検索β > 平成29年(う)第1072号
昏睡強盗、住居侵入、窃盗
事件番号平成29(う)1072
事件名昏睡強盗,住居侵入,窃盗
裁判年月日平成29年12月14日
法廷名東京高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名東京地方裁判所
原審事件番号平成26(わ)1790
裁判日:西暦2017-12-14
情報公開日2019-02-02 12:57:08
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平成29年12月14日宣告
平成29

1072号

東京高等裁判所第12刑事部判決
昏酔強盗住居侵入窃盗被告事件

本件控訴を棄却する
当審における未決勾留日数中170日を原判決の刑に算入する。

第1


主任弁護人柳原由以及び弁護人鈴木加奈子の控訴趣意は,事実誤認
及び量刑不当の主張である。
第2

原判決が認定した罪となるべき事実の概要

被告人は,①平成25年10月10日,横浜市内にある被害者F(以下,被害者の呼称は原審における被害者の呼称に従う。)方において,現金105万円を窃取し(窃盗罪。原判示第1事実),②当時47歳の被害者Cを昏酔させて金品を盗取しようと考え,同月17日,東京都品川区内の路上において,同人に対し,睡眠薬を混入した清涼飲料水を飲用させて,同区内にあるホテル客室に赴き,同室内において,同人を昏酔状態に陥らせた上,現金約5万円,商品券約6枚(金額合計約6000円),腕時計1個及び鍵2個等約37点(時価合計約40万円相当)を盗取し(昏酔強盗罪。原判示第2事実),③金品窃取の目的で,同日,東京都目黒区内にある前記被害者C方に,盗取した鍵を使用して侵入し,同所において,被害者D所有の現金約1万2000円を窃取し(住居侵入罪及び窃盗罪。原判示第3事実),④当時32歳の被害者Bを昏酔させて金品を盗取しようと考え,同年12月14日,東京都目黒区内の路上において,同人に対し,睡眠薬を混入したアルコール飲料を飲用させて,同区内にある同人方に赴き,同所において,同人を昏酔状態に陥らせた上,現金約5万7000円及び腕時計1個等3点(時価合計約45万円相当)を盗取し(昏酔強盗罪。原判示第4事実),⑤当時36歳の被害者Eを昏酔させて金品を盗取しようと考え,同月25日,東京都世田谷区内にある同人方において,同人に対し,睡眠薬を混入した清涼飲料水を飲用させ,同人を昏酔状態に陥らせた上,現金約36万円を盗取し(昏酔強盗罪。原判示第5事実),⑥当時22歳の被害者Aを昏酔させて金品を盗取しようと考え,平成26年2月27日,東京都杉並区内にある同人方において,同人に対し,睡眠薬を混入したアルコール飲料を飲用させ,同人を昏酔状態に陥らせた上,現金約2万円,古銭約30枚及び腕時計約10個等約41点(時価合計約35万円相当)を盗取した(昏酔強盗罪。原判示第6事実)。第3
1
事実誤認の主張について
所論の要旨

この点に関する所論の要旨は,被告人は,解離性同一性障害に罹患しており,本件各犯行は,被告人の別人格である

g’(g。原審記録上,g’なる別人格とgなる別人格は同一人格であるとされている。以下の記述においても双方の呼称を用いているが,同じ別人格を指す。)

が実行したもので,平素の人格(主人格)は,犯行を弁識しておらず,制御もできなかったから,被告人には刑事責任能力がなかったのに,完全責任能力があったと認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があると言うものである。
2検討


本件では,原審弁護人からも同旨の主張がなされていたところ,原判
決は,被告人の本件各犯行当時における行動が解離性同一性障害に基づく別人格によるものであると考えると説明が困難となる事情が複数あることを挙げ,本件各犯行は,被告人が平素の人格状態で行ったもので,完全責任能力が認められると判断した。
原審記録に照らして検討すると,本件各犯行当時の被告人の責任能力に関する原判決の判断に,論理則・経験則等に反する不合理な誤りは認められず,その結論は,当裁判所としても是認できるところである。
以下,所論に鑑み,更に検討する。


解離性同一性障害罹患の有無について


所論は,まず,被告人が解離性同一性障害に罹患しているかどうかに
ついて原判決が明言していない点を批判する。

本件各犯行当時における被告人の責任能力の判断に関連して,原審に
おいては,2人の精神科医の見解が証拠として取り調べられている。一つは,原審において実施された鑑定の鑑定人であるK医師(N大学大学院O分野教授)の見解(以下,同医師作成の鑑定書(原審職7号証)及び同医師の原審証言の内容を併せてK意見と言うことがある。)であり,もう一つは,弁護人の協力医として被告人と面接したL医師(P大学Q研究科教授)の見解(同様に,同医師が作成した鑑定書と題する書面(原審弁29号証)及び同医師の原審証言の内容を併せてL意見と言うことがある。)である。
K医師は,司法精神医学の専門家として豊富な臨床例や精神鑑定の経験等を有しており,他方,L医師は,解離性同一性障害の知識や臨床経験を豊富に有していて,いずれの医師についても,経歴や経験等の面で,その医学的知見に基づく判断の信用性を疑うべき格別の理由は見出せない。
しかるところ,被告人が解離性同一性障害に罹患しているか否かについて,K意見は,本件各犯行当時において,解離性同一性障害による別人格の状態にあったとすると,客観的な情報とは矛盾が生じてしまうことから,別人格による行動である旨を示唆する被告人供述の信憑性については疑問があると言わざるを得ない本件各犯行当時,被告人は,解離性同一性障害の状態にはなかったと判断しているとしているのに対して,L意見は,本件各犯行当時,被告人が解離性同一性障害に罹患していたとするものであり,一見,両意見は結論を異にしているように思われる。
しかし,K意見は,他方において,被告人の本件犯行当時以外の一部の状態については解離状態と見ることができるものがあるとしているし,他の医師が,被告人について解離性同一性障害に罹患していると診断することはあり得るとしている。そうすると,被告人が解離性同一性障害に罹患しているとするかどうかに関する上記のK意見とL意見の差は,精神科医の診断名の付け方の違いの問題なのではないかと見られるところである。ウ
そして,本件刑事訴訟における争点は,本件各犯行について,被告人
に責任能力を認めることができるかどうかであって,被告人が特定の疾病に罹患しているか否かそれ自体ではない。被告人が解離性同一性障害に罹患しているとするL意見においても,主人格と別人格の交替が起こることは珍しくなく,短時間で入れ替わる場合も,1日程度は入れ替わらない場合もあるとされており,また,主人格が出現している状態の被告人の責任能力に疑問を抱かせる医学的所見がないことは,L意見の前提となっている。したがって,L意見によっても,被告人が解離性同一性障害に罹患していると認めることで直ちに本件各犯行当時の人格状態が別人格であって被告人の責任能力に疑問が生ずることにはならない。そうすると,本件において検討すべきなのは,本件各犯行がどのような人格状態の下で行われたのかという点であることになる。原判決の判文全体を通じて見れば,ここに述べたところと同様の理解・前提に立脚していることは明らかであり,被告人が解離性同一性障害に罹患しているかどうかについての判断を明示せずに本件各犯行当時の人格状態についての検討を行っている原判決には,所論のような批判を受けるべき謂れはない。


被告人の本件各犯行当時における行動が解離性同一性障害に基づく別人格によるものであると考えると説明が困難となる事情の有無についてア
既に述べたとおり,原判決は,被告人の本件各犯行当時における行動
が解離性同一性障害に基づく別人格によるものであると考えると説明が困難となる事情が複数あることを説示しており,所論は,それを批判しているので,次に,この点を取り上げるが,それらの点についての判断の前提ともなるので,先に,本件各犯行がどのような人格状態の下で行われたのかについてのK意見とL意見の内容を見ておくことにする。

本件各犯行当時の人格状態に関するK意見とL意見について
この点についてのK意見の内容は,上記のとおり,本件各犯行当時において,解離性同一性障害による別人格の状態にあったとすると,客観的な情報とは矛盾が生じてしまうことから,別人格による行動である旨を示唆する被告人供述の信憑性については疑問があると言わざるを得ないというものであり,被告人の記憶の最も保持されている原判示第6事実の件を例として,被告人の説明では,女装道具や知人とのLINEのやり取りの関係で,明らかに無理が生じ,解離によっては,それを合理的に説明できないこと等を指摘して,この件は,被告人が平素の人格状態の下で主体的・能動的に行ったものであり,他の一連の犯行についても同様であると考えるのが妥当であるなどとしているところ,その内容は合理的で説得力に富んでいる。また,被害者らの説明によって確認される限り,昏酔強盗の加害者として合理的で巧妙で臨機応変な言動をしており,その間,奇異,不可解,病的,不合理などと見るべき言動は観察されておらず,比較的長い時間を経過する中でも前後の連続性が完全に保たれているという指摘も納得できる。この点のK意見の信用性は高い。
他方,L意見においては,本件各犯行は,解離性同一性障害のために有していた別人格(g)が単独で計画し,遂行したと考えられるとしている。しかしながら,L医師が,そのように判断した理由として挙げているのは,同医師が被告人と面接をする中で,g”なる別人格が現れ,そのg”が本件各犯行はg’なる別人格が行ったものであると話したという点なのであって,同医師は,これまでの被告人との面接の際に,当のgなる別人格が現れた状態を見たことはなく,その別人格と話したこともないと言うのである。そして,L医師は,(gなる)独立した別人格があることの確証はないものの,g”なる別人格の話の信憑性を判断し,そう考えれば矛盾なく説明できる場合には別人格があることを推測することができ,g”なる別人格は,被告人に不利となる犯行に関する具体的な事実(昏酔強盗の際に使った薬がどのように作られたか)を説明しているから信憑性がある。旨も述べているが,g”なる別人格がそこで述べたという内容は,結局,平素の人格ではないgなる別人格によって一連の犯行が行われ,被告人はその刑事責任を負わないことにつながるものなのであるから,本件各犯行についての記憶がないことを一貫して主張する被告人にとっては,むしろ有利になる事情である。また,L医師の説明によっても,別人格が虚偽の事実を述べることがないとはされていないから,g”なる別人格が,自分が見た状況の主体の点だけを主人格ではなくg’なる別人格であると偽ることもあり得ないことではないことになるのである以上,g”なる別人格の話に信憑性を認めるためには,より適切な裏付けとなる事情が必要になるところ,L意見の中には,そのような事情は見当たらない(ちなみに,L医師は,被告人が,解離性同一性障害ではないのに演技でそれを装うことは不可能であると述べるが,仮にその前提に立っても,別人格が述べる話の内容の全てが真実であることにはならない。)。更に言えば,このg”なる別人格が本件各犯行を行ったのがg’なる別人格であるという話をしたことについては,L医師が被告人と初めて面接をした時(平成28年5月27日)には,g”なる別人格は現れなかったものの,このとき,L医師が,被告人に対し,

g”はしっかり見てると思う。後でいろいろ言ってくるかもしれない。g”はあなたを守ってくれる人格

などと述べたところ,次の第2回目の面接の際(同年6月3日)には,被告人がg”なる別人格として面接に臨み,g’による犯行であることを話し始めたとの経緯が認められるのであって,精神科医としての質問方法の当否の問題はさておき,被告人が,L医師による第1回面接時の発言を受け,g”なる別人格としてg’なる別人格が本件各犯行に及んだ状況を積極的に話すことで,被告人に本件各犯行の記憶がないことを正当化しようとした可能性を否定することは困難である。そうすると,このような点を併せ考え,同時にK意見の内容も踏まえて見るならば,被告人が解離性同一性障害に罹患しているとの診断自体は別として,本件各犯行がgなる別人格が行ったものであるとの部分のL意見は,その判断理由が十分なものとは言い難いと言わざるを得ない。

女装用衣服の管理等の点について
被告人の本件各犯行当時における行動が解離性同一性障害に基づく別
人格によるものであると考えると説明が困難となる事情として,原判決がまず挙げるのは,女装用衣服の管理等の点であり,その要旨は,次のとおりである。
被告人は,女性の服装をして本件各犯行に及んでいるところ,ベレー帽やダッフルコートなどは同じ物が複数の犯行で使用されたと認められるから,被告人は,普段の男っぽい衣服から女性用の衣服に着替えて犯行に及んだ後にこれらを保管し,次の犯行の際にも使用したことになり,また,原判示第4事実の犯行では,女装していた被告人が,その被害者から教えられた連絡先等の情報を保管しておき,約1か月後にこれを用いて犯行に及んだことになる。しかしながら,被告人は,本件各犯行について全く記憶がない上,知らないうちに所持金が増えていたという経験もなく,本件各犯行当時に着用していた女性用の衣服等についての記憶もないと供述しており,L医師も,解離性同一性障害においては,別人格にとって代わられた主人格は,その際のことは覚えていないのが普通であると述べていることからすると,被告人は,別人格にとって代わられた後に女装して犯行に及び,別人格のまま男性用の衣服に着替えて,女性用の衣服等を隠匿管理した後,主人格に戻ることを繰り返したことになり,また,犯行時だけでなく,犯行によって得た財物を処分したり,利得金を費消したりした際にも,同様の人格の入れ替わりを繰り返したことになる。L医師は,別人格の力が強く,用意周到な性格である場合には,別人格が女装の痕跡を残さないようなタイミングで人格を操作することもあり得ると原審で証言しているが,この見解を踏まえても,解離性同一性障害による別人格が,自由自在に被告人の人格を操ったと考えることに合理性を見出すことは困難であり,むしろ被告人が,平素の人格状態において女装して犯行に及び,犯行後に衣服等を保管して,次の機会にこれを利用したと考える方が自然で無理がない。
原審記録に照らすと,原判決の上記説示は,論理則,経験則に適う合理的なものであると認められる。
所論は,L医師が,原審において,別人格が女装の痕跡を残さないようなタイミングで人格状態を操作することや,別人格が丸一日現れ続けたり,数秒ごとに代わったりすることがあり得る旨証言しているとした上で,原判決の指摘は,少なくとも経験豊富なL医師の見解を採用できないとするほどの根拠足り得ないと主張するが,そのL医師の見解は,別人格たるgが本件各犯行を行ったとすればということが前提となる説明であるところ,その点についてのL意見の問題点は既に指摘したとおりである。また,所論が指摘する人格操作に関するL意見は,別人格の力が強く用意周到な場合についてのものであると解されるところ,既に述べたとおり,L医師が,gなる別人格と接触できていないことからすると,その人格操作に関する意見は,本件に即したものではなく,そのようなケースもあるとの一般的説明に止まっているものと見るべきである(L医師自身,その点に関係するg’なる別人格についての質問に,最終的には,

詳しいことはちょっとお答えできません。分からないです。

と答えている(L証人尋問調書54頁)。)。この点の所論は採用できない。
関連して,所論は,①被告人は,性同一性障害(性別違和)であり,平素の人格であれば女装という手段を採ることは考えられない,②被告人は,本件各犯行において同じ名前や職業を名乗り,目立つ衣服を着るなどしており,犯行発覚を防ごうとする意識が見られないことは極めて不自然であるなどとも主張する。しかしながら,①の点について見ると,男性犯人が犯行の発覚を免れるための変装として日常的に着用する衣服と異なる女性用の衣服を身に着けることは一般的に十分あり得るところであるし,本件昏酔強盗の犯行態様からして,被告人が女性として男性に近づいて睡眠薬入りの飲料を飲ませるためには,女性用衣服を着用することが最も合理的な方法である以上,被告人が性別違和の状態にあって平素の人格では一般の男性以上に女装に嫌悪感を有していたとの前提に立っても,本件昏酔強盗の目的に合致した合理的な行動として女装を選択してもおかしくはない。そして,②の点については,平素の人格の場合であろうと別人格の場合であろうと,その点については同様の指摘が当てはまるから,所論の指摘は本件各犯行が別人格の状態で行われたことの根拠にはならない。そもそも,男性として日常生活を送る被告人が,gなどの偽名を名乗り,女装して犯行に及ぶこと自体が犯行の発覚を防ごうとする意識の表れに他ならないと言うべきである。

原判示第6事実の犯行前後の被告人の行動の点について
次に,原判決が,被告人の本件各犯行当時における行動が解離性同一性障害に基づく別人格によるものであると考えると説明が困難となる事情として挙げるのが,原判示第6事実の犯行前後の被告人の行動の点であり,その要旨は,次のとおりである。
原判示第6事実の被害者Aによれば,被告人は,この犯行(平成26年2月27日)の直前,女装して上記被害者Aに声を掛け,gと名乗った上で,来月友達が荻窪に来ること,その友達は荻窪のパチンコ店で支配人をしていること,それで荻窪でいい居酒屋を探していることを話したと認められる。他方,被告人は,同月20日から,オンラインゲーム仲間(トーク名M)とLINEを利用して連絡を取るようになり,同日,Mに対し,自分の本名がGであること,性同一性障害であることを伝え,その際Mは,同年3月に荻窪のパチンコ店に転勤する予定であることを伝えている(原審甲121号証等)。ところで,被告人がMに対し,本名や性同一性障害であることを伝えていることからすると,Mとの連絡は被告人の平素の人格状態の下で開始されたものであって,同人からのメッセージ内容も平素の人格状態で受け取ったことになるから,被害者Aに対する被告人の上記発言は平素の人格で受け取った情報をそのまま説明したことになる。L医師は,解離性同一性障害による別人格は,主人格の振りをして取り繕うということが起きると証言するが,上記発言は,主人格を知らない被害者Aに対するものであり,同人に対して主人格の振りをする必要はないのであるから,上記L医師の原審証言を踏まえても,被告人の上記発言を別人格の行動として説明することは困難である。また,原判示第6事実の犯行前における被告人とMのLINEメッセージの送受信状況(原審甲121号証)を見ると,同月26日午後6時13分頃から14分頃までの間,被告人とMとの間でやり取りがあり,それがいったん中断した後,同日午後11時2分頃にやり取りが再開されたことが認められるが,被害者Aが,同日午後11時頃,荻窪駅付近で,女装した被告人から声を掛けられていることからすると(原審甲1,5号証),上記再開した際のメッセージは女装した状態の被告人が送ったことになる。このメッセージも主人格の振りをしなければならないような状況で送ったものではないから,上記L医師の原審証言を踏まえても,これを別人格の行動として説明することは困難である。更に,翌日に被告人が被害者Aと居酒屋で飲食していた時刻や被害者A方で一緒にいた時刻にもMとのメッセージのやり取りがあり,これも女装した状態の被告人によってなされたことが認められるところ(原審甲5号証),被告人によるこれら一連のメッセージは,いずれも相手のメッセージに対応した自然で違和感のないものであり,その内容は急を要するものでもないから,被告人が女装した状態で犯行を行うかたわら,平素の人格状態で行ったものと考えざるを得ず,L医師の原審証言を踏まえても,これを別人格による行動と説明することには無理がある。原審記録に照らせば,原判決の上記説示についても,論理則,経験則に適う合理的なものであると認められる。
この点に関して所論は,被告人が犯行のために女装しているのであれば,被害者らに自分につながる情報を伝えることは避けるはずであるのに,原判示第6事実の被害者AにMのことを伝えたり,原判示第1事実の被害者Fに実家のことを伝えているのは不自然であるなどと主張する。しかしながら,被害者を昏酔させて金品を奪うために被害者らに近づき,被害者方やホテルに誘うに当たり,全て虚偽の事実を伝えるのではなく,真実を織り交ぜながら,被害者らとコミュニケーションを図るほうが自然で無理がないとも考えられるところであるから,被告人が被害者らに上記のような個人情報を伝えたことが不自然であるとは言い得ない。
また,所論は,原判決が,解離性同一性障害による別人格は,主人格の振りをして取り繕うということが起きるとのL証言を前提としつつ,特に急を要する類のものではない連絡を別人格がしたとは考えられないとした点について,緊急性がないのであれば,平素の人格にとっても,自分が犯行場所(荻窪)にいる証拠となるようなやり取りをする必要がないから,原判決の認定を前提としても上記Mとのメッセージのやり取りを合理的に説明できないと主張するが,そのようなやり取りをしていたとしても,そのことから直ちに被告人が犯行場所にいることが認められるわけではないのだから,所論は前提を欠く上,原判決は,別人格が主人格を取り繕わなくてはいけないような場面ではないにもかかわらず,相手のメッセージに合わせてやり取りをしている等の点について,別人格が行ったのであれば不合理であると指摘しているものなのであって,所論は,その点に対する批判になっていない。そして,原判示第1ないし第5の各犯行についての関係各証拠を精査しても,原判決が上記のとおり原判示第6事実の件について検討したところと異なる認定をすべき理由の存在は窺われない。

その他に所論は,本件各犯行当時,平素の人格状態にある被告人には
収入があり,犯行に及ぶ必要性がなかった旨も主張するが,本件各犯行当時,被告人に金銭を必要とする事情があったことは原審記録から明らかであって,収入があったことは,被告人が平素の人格状態で犯行に及んだことを否定する事情とはならない。
3
本件においては,原審記録によれば,L意見や所論を踏まえて検討し
ても,被告人が,本件各犯行を解離性同一性障害による別人格の状態で行ったことを合理的に疑わせる根拠になるような点は見出せず,本件各犯行当時,被告人は,平素の人格状態にあったものと認められる。そして,同様に原審記録によれば,平素の人格状態における被告人の責任能力の有無や程度についての合理的疑問の存在を窺わせる事情は見出せないから,結局,被告人が本件各犯行当時に完全責任能力を有していたものと優に認めることができる。原判決に所論の指摘する事実誤認はない。
第4

量刑不当の主張について

この点の所論は,要するに,仮に被告人に完全責任能力が認められる場合であっても,被告人を懲役10年の刑に処した原判決の量刑は重すぎて不当であると言うものである。
原判決は,量刑の理由について,要旨,本件各昏酔強盗は,非常に計画的で巧妙かつ大胆な犯行であり,その手口からは手慣れた常習性も窺われる上,被害者らの生命・身体への危険を顧みずに行われた非常に危険な犯行態様であり,犯意の強固さも明らかである。被害総額が約275万円余りと高額であり,各被害者の被った精神的苦痛も大きいことを考慮すると,同種事案の中でも重い部類に位置付けられる。その一方で,被告人は被害者らに対する謝罪の気持ちを述べて,それなりの反省の態度を示すとともに,更生への意欲を見せ,母親はこれを支えていく旨述べていることを考慮し,懲役10年の刑とした。と説示しており,原審記録を検討しても,この説示に不合理な誤りは認められない(なお,所論は,原判決が,①被害総額を約275万5000円相当としている点及び②原判示第4事実の件において,被告人がコンロの火が点いたままの状態で被害者B方を立ち去ったと認めた点について,いずれも証拠が不十分である旨述べているが,①の点については,各被害申告の内容は具体的であり,かつ,申告額も合理的であって,被害額の概算を算出するのには十分な証拠と言える上,②の点については,被害者Bの供述内容(原審甲44号証)は具体的であり,実況見分調書の写真(原審甲50号証の写真13)との整合性も認められるところである。なお,②の点について,原審記録に照らせば,原判決が殊更にこの点を理由に刑を重くしたものとは認められない。)。
所論は,被告人が被害者らに対する謝罪の意思を有していると主張するが,その点は,原判決が既に適切に考慮済みであり,その他の原審記録から窺われる被告人のために酌むべき事情を十分に考慮しても,被告人を懲役10年の刑に処した原判決の量刑が重すぎて不当であるとは言えない。
第5

結論

よって,所論はいずれも理由がないから,刑訴法396条により本件控訴を棄却し,刑法21条を適用して当審における未決勾留日数中170日を原判決の刑に算入し,当審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととし,主文のとおり判決する。平成29年12月14日
東京高等裁判所第12刑事部

裁判長裁判官

合田悦三
裁判官

河村俊哉
裁判官

竹下雄
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