判例検索β > 平成26年(わ)第2108号
過失運転致死、道路交通法違反、貨物自動車運送事業法違反
事件番号平成26(わ)2108
事件名過失運転致死,道路交通法違反,貨物自動車運送事業法違反
裁判年月日平成30年3月7日
法廷名名古屋地方裁判所
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主文
被告人を懲役1年及び罰金50万円に処する
その罰金を完納することができないときは,金5000円を1日
に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判が確定した日から3年間その懲役刑の執行を猶予する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
本件公訴事実中,平成26年10月10日付け起訴状記載の公訴
事実第1については,被告人は無罪
理由
(罪となるべき事実)
第1

被告人は,平成26年7月23日午前10時8分頃,愛知県小牧市ab丁
目c番地先の道路において,大型貨物自動車を運転中,自車を自転車に乗車して進行中のA(当時83歳)に衝突させ,同人を自転車もろとも転倒させた上,同人を自車下部に巻き込んで引きずるなどして死亡させるとともに,同自転車を自車下部に巻き込んで同市de丁目f番地先道路まで引きずる交通事故を起こし,もって自己の運転に起因して人を死亡させたのに,直ちに車両の運転を停止して道路における危険を防止する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった。
第2

被告人は,国土交通大臣の委任を受けた地方運輸局長の許可を受けないで,
別紙一覧表のとおり,平成26年7月2日から同月22日までの間,前後5回にわたり,同表記載の各運送区間において,運送依頼人であるB有限会社からの需要に応じ,有償で,被告人が使用する貨物の運送の用に供する大型貨物自動車を運転して貨物を運送し,もって一般貨物自動車運送事業を経営した。

(事実認定の補足説明及び一部無罪の理由)
1
平成26年10月10日付け起訴状記載の公訴事実の要旨は,被告人が,①同年7月23日午前10時8分頃,大型貨物自動車(以下「被告人車両」という。)を運転し愛知県小牧市ab丁目c番地先道路をgh丁目方面からi町方面に向かい進行するに当たり,前方左右を注視し,進路の安全を確認しながら進行すべき自動車運転上の注意義務があるのにこれを怠り,前方左右を十分注視せず,進路の安全確認不十分のまま,漫然時速約50キロメートルで進行した過失により,折から進路前方を右方から左方へ横断中のA(以下「被害者」という。)に気付かず,被告人車両の左前部を衝突させて被害者の自転車とともに被害者を路上に転倒させた上,被告人車両の左前輪で被害者をれき過するなどし,よって,即時同所において,被害者を多発外傷に基づく失血により死亡させ,②上記①のとおり,被害者を死亡させる交通事故を起こし,もって自己の運転に起因して人を死亡させたのに,直ちに車両の運転を停止して道路における危険を防止する等必要な措置を講じず,かつ,その事故発生の日時及び場所等法律の定める事項を,直ちに最寄りの警察署の警察官に報告しなかった,というものである。本件の争点は,主位的には,⑴前記①の事実についての被告人の犯人性であり,これが認められた場合,予備的に,⑵同事実について被告人の過失の有無,及び,⑶上記②の事実について,被告人が事故発生を認識していたか否かである。当裁判所は,道路を横断中の被害者に衝突し,死亡させる事故を起こしたのは被告人車両であり,被告人は事故発生を認識していたが,被告人の過失については合理的な疑いが残るといわざるを得ないと判断したので,以下,その理由を説明する。

2
前提となる事実関係
関係各証拠によれば,以下の事実を明らかに認めることができる。


公訴事実において衝突現場とされる地点付近の状況等

公訴事実において衝突が発生したとされている現場は,中央線で区分され,外側線の引かれた片側1車線の東西方向に通じる県道(以下「東西道路」という。)と,非区分道路である南北方向に通じる市道(以下「南北道路」という。)が交差する,信号機による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)であり,横断歩道は設置されていない。なお,東西道路について,最高速度時速50キロメートルの規制がされている。東西道路の車道幅員は約7メートル(両方向とも,中央線から外側線までの距離が約3メートル,外側線から歩道までが約0.5メートル)で,両側には歩道が設置され,東西道路の南側(被害者が進行してきたとされる側)の歩道の幅員は,南北道路の西側では約5.5メートル,東側では約3.5メートルである。東西道路はアスファルトで舗装された平坦な直線の道路であり,事故当時路面は乾燥していた。
一方の南北道路の車道幅員は,東西道路の北側が約3.4メートル,南側が約3.5メートルである(以上につき,甲3,5)。

本件交差点付近は,田んぼと畑,運輸会社等が点在する非市街地である。本件交差点の南西角には,高さ約137センチメートルの病院の駐車場の金網フェンスがあり,見通しは悪かった。さらに,東西道路の両側には一定の間隔で街路樹が植えられていた(甲3,37)。


本件事故後,本件交差点の南西角に設置されている電柱から東西道路に垂直に引いた線を基準として,東に約8.4メートルの地点の東西道路の北側の外側線上に金属片が遺留されており,その後,同基準線から東に約276.5メートルの地点まで,ビニール袋2つ(2つ目はトマト入りのもの),ガラス片,プラスチック片,ゴム片,右足の骨片(同約20.3メートル地点),ポリタンク,手提げかばん及び鍵,右足(同約57メートル地点),複数の肉片,脳,右手,左足,頭等が順に遺留されていた(上記基準線から東に約246.3メートル地点までは東西道路の北側の外側線付近あるいは同外側線と北側歩道との境界線の間に遺留されており,同約255.8メートル地点から約276.5メートル地点までは,同外側線と東行車線の中央付近の間に遺留されていた。)。さらに,その先の北側外側線付近(前記金属片の遺留位置付近から東に約350メートルの地点)に,被害者が使用していた自転車(以下「被害者自転車」という。)が遺留されていた(甲3,4,38)。

また,本件事故後,東西道路上に,前記基準線の東約10メートルの地点の北側外側線付近を起点として,同線に沿うようにして,東方に向けて擦過痕ないしガウジ痕が印象されており,途中途切れたり,複数の筋になる部分があったりしながら,約213.2メートルにわたって続いた。さらに,同基準線の東約10.5メートルの北側外側線付近を起点として,同様に同線に沿うようにして皮脂痕が印象されており,左足や頭部が遺留されていた付近で太くなり,その後2本に分かれるなどしながら,約370メートルにわたって続いた。なお,皮脂痕は,印象開始地点から約25.1メートルの地点で右へ屈曲し,約46.8メートルの地点で左へ屈曲し,約65.4メートルの地点で再度右へ屈曲していた(甲3ないし5,50)。



被害者の死因等(甲1,2)
被害者は,本件事故により,多発性外傷による失血死で即時死亡した。その死体は,頭蓋骨が粉砕状となり遊離し,前頸部,左右側頭部の皮膚は裂け,前胸部の皮膚が欠損し,複数の内臓が遊離しあるいは確認できず,頭部,上下肢が躯幹から離断し,右大腿骨の骨折面は摩耗するなど,全身が高度かつ複雑に損壊していた。
被害者自転車の状況等(甲20,21,66)
被害者自転車は婦人用軽快自転車であり,電動アシスト等はない。ハンドルの右側が下方に曲損し,右側ペダルが外側から半分程度削られ,前部泥よけ及びフレームの右側部分が削られるなど,車体右側の突起箇所に,路面に擦過移動した痕跡が確認されたほか,前輪のタイヤリムが大きく折れ曲がっていた。また,後ろかごは両側から大きく圧縮されていた一方で,前かご(灰色)は側面部と底部の破断等があるものの原型をとどめていた。前輪タイヤリムの下部からハンドル上部までの全高は約102センチメートルであり,後輪タイヤリムの下部からスタンドの付け根までの高さは約23センチメートルであった。被害者の行動等(甲41,63)
被害者は,本件当日,午前8時半頃に,手提げかばんを自転車の前かごに入れ,水の入ったポリタンクを後ろかごに入れて,本件交差点の北にある自宅を出発して同南西にある畑に向かい,畑から自宅に戻る途中で本件事故に遭った。なお,往路は大量の水を運搬したため自転車を引いて出かけたものの,普段は自転車の運転に問題はない状態だった。
被告人車両の状況等

被告人車両は,前輪がシングルタイヤ,後前輪及び後後輪がダブルタイヤの大型貨物自動車(平成15年式いすずギガ)である。フロントバンパは,地上高約40センチメートルから約90センチメートルまでと幅広く,その中央先端部が車体前面から約22.5センチメートル突き出る形状で,最上部から下方にかけてわずかに内側に傾斜していた(甲21,66)。

本件事故の2日後に被告人車両の検証をしたところ,左フロントバンパ左端部に擦過痕及び凹損,左フォグランプに割れ損,左フロントバンパ最下部に凹損,払拭痕が認められた。左フロントバンパの下部(フォグランプ下部付近)には灰色のプラスチック片様のものが付着しており,鑑定の結果,同プラスチック片様のものと被害者自転車の前かごは同種の材質であることが確認された(甲10,16ないし18,61,66)。
また,フロントバンパ左端下部に,下方から上方に向けて押し上げるような変形が確認でき,新しい微細な擦過痕が印象され,極小の布きれ端,糸くずが付着していたほか,同バンパ裏側のバンパ取付けステー先端部が浮き上がり変形していた(甲10,66)。
さらに,車底部左側に,擦過痕,払拭痕,突起物によるひっかき傷が確認されたほか,血痕ようのもの,組織片等が随所に飛翔し付着しており,採取した組織片及び血痕ようのもののDNA型は被害者のDNA型と一致した。擦過痕,払拭痕は,ごく浅く,連続した痕跡ではなかった。擦過痕は,車体前部では主に車体左側車底部に印象され,車体後部に至り,車体中央付近に印象された(甲6ないし8,10,12ないし15,66)。


被告人車両の走行状況等


被告人車両は,本件当日,東西道路を西方から東方に向けて走行し,午前10時8分33秒頃に,本件交差点の約170メートル手前のgh丁目交差点を,時速約58キロメートルの速度で通過した(甲30,32,64。両交差点間の距離は,走行状況を撮影した防犯カメラ設置場所から本件交差点までの距離が約206メートルであり,被告人車両が同防犯カメラの前を通過してから本件交差点を通過するまでの時間が約2秒であることから計算したものである。)。


なお,被告人車両の直前には,午前10時8分14秒頃に普通貨物車,同19秒頃にワンボックス車,同21秒頃に小型車,ボンネットあり,同27秒頃に小型車,ボンネットありがgh丁目交差点を東進しており,被告人車両以前に最後に大型車両が同交差点を通過したのは午前10時6分22秒頃(大型貨物車)であった(甲30,32,64)。


被告人は,本件交差点を通過後,そのまま東西道路を東進し,途中左折して本件交差点から約600メートル進行した地点で道路左端に被告人車両を停車させたほか,午前11時頃,瀬戸市j町内のガソリンスタンドにおいて,高圧スチームや洗剤等を用いて被告人車両の洗車をした(甲47,48,被告人供述)。その後,被告人は,ニュースで本件事故が報道されていたのを見た後に,警察署に出頭した(被告人供述)。

3
被告人の犯人性について(争点⑴)


被害者及び被害者自転車(以下,合わせて「被害者等」ともいう。)を引きずった車両について
検察官の嘱託を受けて本件事故について鑑定をしたC(以下「C鑑定人」という。)は,その意見書(甲66,67)及び公判供述(以下,併せて「C供述等」という。)において,被害者等を引きずった車両の台数について,被害者の死体,被害者自転車の損傷状況及び遺留状況から,被害者の右足が引きずり車両と被害者自転車の真下に位置する形となって,そのまま路面に押し付けられながら一体となって移動する中で死体が損傷し,最後に自転車の後ろかご部分がれき過されたことが認められる,皮脂痕及び擦過痕は連続してほぼ均一した痕跡で印象されており,他車両が関与したとする路上痕跡は確認できなかったことから,被害者等を引きずった自動車は1台である,とする。
C鑑定人は,その経歴に照らし交通事故についての十分な知見を備えていると認められる上,資料の検討や結論を導く推論過程にも問題は見受けられず,C供述等の信用性は基本的に高いといえる。弁護人の嘱託を受けて本件事故について鑑定をしたD(以下「D鑑定人」という。)も,その意見書(弁1,7)及び公判供述(以下,併せて「D供述等」という。)において,上記結論に対して異論を唱えておらず,被害者の死体の鑑定をしたE医師も,死体の損傷状況からすれば引きずった車両は1台とするのが考えやすい旨(甲2),C供述等と整合する意見を述べており,この点に具体的な疑いは生じない。
そして,被告人車両の車底部に擦過痕や払拭痕,ひっかき傷が認められ,その位置が,車両前部では主に左側,後部では中央付近と,被害者の死体を含む路上の遺留物品が,当初は東西道路北側外側線付近にあり,終わりの方では車線中央付近にもあったという状況と整合することや,血痕や組織片等が随所に付着し,その一部について被害者とのDNA型一致が確認されたこと,路面に印象されたタイヤのトレッドパターンが被告人車両のそれと合致すると認められること(甲66等)などからすれば,被告人車両が被害者等を引きずった車両であることにも特段の疑いは生じない。
被害者等を引きずった車両の台数について,別の観点から検討するに,C供述等のとおり,人の身体及び自転車を,れき過することのないまま一定の圧力を加えて路面に押し付けるような状態で引きずり続けるには,車底部が相当に高く,幅のある車両でなければならず,皮脂痕の状況によればダブルタイヤを備えた車両であると推認される上,D供述等も,被害者自転車の後ろかごをれき過したのはダブルタイヤの車両であるとしていることなどを踏まえると,引きずり車両は大型車両以外には考え難い。そして,前記前提事実のとおり,被告人車両に先行していた大型車両は被告人車両の2分以上前に本件交差点を通過したと認められる上,両車両の間に相当数の車両が通行していたことを考慮しても,同大型車両が当初被害者等を引きずった上で被告人車両が更に引きずった可能性は想定できず,これによっても,被告人車両以外に被害者等を引きずった車両があったとは認められない(なお,道路の形状等に照らし,gh丁目交差点と本件交差点との間で東西道路と交差する道路から東西道路に大型車両が進入してくる可能性は考え難い。)。⑵

被害者との衝突車両について
これを前提に,被告人車両が東西道路を横断中の被害者に衝突したと認められるかを検討する。

C供述等について
C供述等は,路上痕跡を検討すると,擦過痕ないしガウジ痕及び皮脂痕の開始地点からわずか約10メートルの間に,鋭利に研ぎすまされている形で右足の骨が落ちていた後,数十メートル行って右足首が落ち,その後死体がばらばらになりながら進行していることが認められ,左足には路面を擦過した痕跡がないことなどからすると,被害者の右足が引きずり車両と被害者自転車の真下に位置する形でそのまま一体となって押し付けられながら移動したと判断される,そうすると,衝突によって被害者及び被害者自転車が飛翔したとは考えられず,被害者が被害者自転車に乗車したまま前に押される状態となって右側に倒れた後,そのまま衝突車両の車底部に巻き込まれたと考えられ,被告人車両に付着したプラスチック片や新しい痕跡等も考慮すれば,被告人車両が被害者等に衝突した車両と認められる,なお,このような押し倒し及び巻き込みは,キャブオーバー型自動車において,衝突時の自動車の速度が速くなく,衝突位置が自転車及び乗員の重心より高い場合に生じ得るところ,被告人車両の先端部の形状によればこれと同様に考え得る,この場合,自転車乗員の腰部,左大腿部等が被告人車両のバンパに衝突することから,自転車が直接バンパに衝突して打突痕や擦過痕を印象する可能性は低く,被告人車両のバンパにこれらの跡がないことと矛盾しない,とする。

D供述等について
これに対し,D供述等は,時速50キロメートル前後で走行する自動車と走行中の自転車が衝突した場合,衝突による衝撃により,自転車及びその乗員は前方に飛翔する,飛翔する距離は,自動車の前部の形状等によって生ずる仰角(上向きの角度)等により異なり,被告人車両のフロントバンパは車体前面から突き出ているため,仰角が生じて飛翔することになる,時速58キロメートルで走行したとして,ワンボックスタイプの車両を前提とした計算式を使用すると,被害者は30メートル程度,被害者自転車は10メートル程度飛翔することになり,車体の前面が垂直に近いために仰角が生じず水平に飛翔したとしても,被害者は少なくとも6メートル程度飛翔することになる,衝突後に飛翔しないまま巻き込みが生じるのは,一般的には衝突車両が時速10キロメートル以下の低速度の場合か衝突後に緩やかに制動した場合に限られる,被告人車両のフロントバンパが,下方が内側に入るような特殊な形状であり,衝突場所が被害者の重心より上になることから,生まれる角度は下向きになってそのまま押し倒せるという考えもあるかもしれないが,自分としては衝突速度が高いことからして,やはり仰角が生まれると考える,また,直接痕がない衝突は存在せず,自転車の側面とトラックの前面が衝突する事故の場合には,自転車のハンドル先端部がトラックのフロントグリルに衝突して打突痕あるいは黒色の擦過痕が印象され,フロントバンパには自転車の泥除け,フロントフォークの形状が擦過痕として印象される場合が多く,乗員の身体が車両に衝突した場合であっても,ペダルやスタンド等の突起部分は必ず車両に衝突するが,被告人車両にはこれらの痕跡が認められないから,被告人車両が被害者等と衝突した可能性は極めて低い,とする。

検討
そこで検討すると,前記のとおり,C鑑定人は信頼に値する専門家であり,前記意見は十分に資料を検討した上でのものであると認められ,結論を導く推論過程にも問題は見受けられず,その他にもC供述等の信用性を具体的に疑わせるような事情はない。中でも,被害者が,被害者自転車に乗車したままの状態で右側を下にして引きずられたとする部分については,一般的な経験則を基礎として検討しても的確で説得的な分析がなされているといえ,その信用性は高いといえる。
一方で,D鑑定人も,その資質等に照らし交通事故についての十分な知見を備えていると認められるものの,弁護人の依頼した検討事項との関係もあって,路面痕跡や被害者の死体の状況等を十分に検討しているとはいえない。
D供述等によれば,被害者及び被害者自転車はいずれも飛翔し,しかもその飛翔距離は相当に異なることになるところ,前記のとおり,路上痕跡等によれば被害者は被害者自転車に乗車したままの状態で引きずられたと認められることや,擦過痕ないしガウジ痕及び皮脂痕の印象開始地点の直前の,これらの軌跡と連続する位置に金属片が落ちている一方で,その西方には衝突を示唆する路上痕跡が一切ないことを合理的に説明し難い。また,路上の遺留物品のうち,ビニール袋2袋,ポリタンク及び手提げかばんは,少なくともその大部分は被害者自転車の前かごあるいは後ろかごに入れられていたと考えられるところ,これらの遺留状況からすれば,これらの物品は被害者自転車が引きずられ始めたときはかごに入ったままの状態で,引きずられる中で順次落下したとみるのが合理的である一方で,被害者自転車が飛翔すればかごの中の物品は飛翔中にかご外に放出されるのが自然と思われ,このことからしても,被害者自転車が飛翔したとは考え難い。D供述等も,衝突速度や制動状況等によっては,被害者及び被害者自転車が飛翔することなく,被告人車両に前に押される状態になって倒れるという可能性を否定しておらず,さらに,被告人車両のフロントバンパの形状の特殊性からして,一般論とは別異に考えられる可能性も示唆している。D供述等が衝突の衝撃による飛翔を指摘する点を考慮しても,C供述等の信用性は左右されない。さらに,D供述等が被告人車両に衝突の直接痕がないことを根拠に被告人車両と被害者等との衝突を否定する部分について検討するに,被告人車両のフロントバンパが地上高約40センチメートルから約90センチメートルまでの幅であり,その先端部が車両前部から突き出る形状である一方で,被害者自転車のハンドルが,引きずりにより損傷した後の測定ではあるが,地上高約102センチメートルであり,スタンドの付け根が同約23センチメートルであることを踏まえると,これらによる直接痕がないことを指摘する点は当を得ていないと考えられる。その他泥よけやフロントフォークの直接痕がない旨をいう点も,被害者が被害者自転車に乗車した状態であれば,衝突の際にこれらの部分が被告人車両に接触しなかったとしても特に不思議ではなく,同様に衝突を否定する理由にはならないと思われる。そして,被告人車両の前部の写真(甲10,21等)をみると,同部分の汚れは,本件交差点通過後の洗車によってすべて落とされているとみて差し支えないから,被害者の身体との接触による払拭痕が残っていないとしても不自然ではない。D供述等のうち直接痕の欠如をいう部分も,C供述等の信用性を左右するものには当たらない。
なお,念のため,被告人車両以外の車両が東西道路を横断中の被害者と衝突した後に,被告人車両が被害者等を引きずった可能性を検討するに,先行車両の形状や路面痕跡等によれば,先行車両が衝突した後,被害者も被害者自転車も飛翔することなくその場に倒れ,しかも衝突車両あるいは同車両及び被告人車両との間に走行した車両にれき過もされないままでいるということは,C供述等によってもD供述等によっても考え難い。また,東西道路の南側の車線から,被害者及び被害者自転車(かごの中身を含む。)が一体のままで北側外側線付近まで飛翔するとは到底考えられないことから,被告人車両の対向車両が被害者と最初に衝突した可能性も認められない。

以上によれば,C供述等のとおり,被告人車両が東西道路を横断中の被害者に衝突したことに合理的疑いは生じない(もっとも,C供述等によれば,衝突時の速度は時速40キロメートル以下であったと認められるから,被告人車両について,公訴事実そのままの走行状況が認定されるものではない。)。

小括
よって,本件衝突事故について,被告人の犯人性を認めることができる。4
過失の有無について(争点⑵)
当事者の主張
検察官は,優先道路を走行する車両といえども,歩道上の歩行者ないし自転車が現に危険な行動に出ていることを認識し,あるいは危険な行動に出ることが予測される場合には,その動静等を注意する義務が生ずるところ,東西道路の見通し状況によれば,被告人は,停止可能距離の手前で被害者の存在を確認することが可能であり,停止可能距離において,被害者が東西道路に向けて走行してくる姿を十分に視認することができたから,東西道路の構造等も考慮すれば,被害者が歩道上で停止せずに本件交差点を横断することを予見し得たといえ,被告人には過失が認められる旨主張する。
これに対し,弁護人は,優先道路を走行する車両が上記義務を負うことを肯定し,被告人が停止可能距離の手前で被害者を発見することが可能であったことも積極的に争わないものの,被告人車両が停止可能距離に到達した際の被害者の位置を踏まえれば,被害者の存在を確認できたからといって優先道路を走行する被告人車両に急制動の措置をとる義務は生じない,被告人に有利に考えれば,東西道路の歩道上で待機していた被害者が飛び出して横断を開始した場合を想定すべきであるが,かかる場合には急制動の措置を講じても衝突を回避することは不可能であるなどとして,被告人に過失はない旨主張する。⑵

検討

そこで検討するに,前記前提事実のとおり,本件交差点は信号等による交通整理が行われておらず,東西道路には中央線が引かれている一方で南北道路には引かれていないことから,東西道路が優先道路となり,南北道路から本件交差点に進入した被害者は,本件交差点に入る際に徐行しなければならず,東西道路を通行する車両等の進行妨害をしてはならない義務がある一方,東西道路から本件交差点に進入した被告人車両は,これらの義務を負わないものの,南北道路を通行する車両等に特に注意し,かつ,できる限り安全な速度と方法で進行する義務を負っていた(道路交通法36条2項ないし4項)。

これを前提に,被告人に公訴事実の過失があったと認められるかを検討する。
まず,公訴事実にある時速約50キロメートル(秒速約13.9メートル)で走行した場合の被告人車両の停止可能距離を検討する。本件事故当時の積載物を積載した状態で被告人車両を時速50キロメートルで走行させて行った制動実験の結果(甲34)は,1回目が24メートル,2回目が22メートルであったことから,被告人に有利に24メートルの数字をとる(同実験の際には,積載物の重量が,本件事故の2日後に行われた検証の結果(甲10)と比較して約145キログラム重くなっているものの,総重量に占める割合は0.5パーセント程度であり,制動距離に有意な差異を生じさせるとは認められない。なお,被告人車両は,本件事故当時,過積載状態にあったと認められるが,本件公訴事実の構成,検察官の主張及び立証にかんがみ,過失の有無を検討する際に過積載にあったことを考慮に入れなくても不当ではない。)。また,反応時間は,平均で0.75秒,運動神経の鈍い人で1.0秒とされているところ(甲36),被告人に有利に1.0秒の数字をとると,空走距離が約13.9メートルとなり,停止可能距離は約37.9メートルとなる。


次に,被害者の動きについて検討するに,C供述等によれば,被害者は被害者自転車に乗車したままの状態で右側を下にして被告人車両に引きずられたと認められることからすると,被害者は被害者自転車に乗車して東西道路を南から北に横断していたと認められる。そして,被害者の年齢にかんがみれば,被害者が,東西道路の歩道上で同道路の車両の交通が途絶えるのをわざわざ待機していながら,被告人車両の直前に飛び出すという,弁護人の主張するような行動をとる事態は想定困難であり,直前に一時停止することなく東西道路の車道部分に進入したと認めるのが合理的である。さらに,本件事故の状況や被害者の畑及び自宅の位置関係等からすれば,被害者は南北道路を進行してきた蓋然性が高く,また,前記のとおり,被害者は被害者自転車に乗車して東西道路を横断していたと認められるから,自転車に乗車して南北道路を走行してきた可能性が高いといえる。
被害者自転車の速度については,これを示す的確な証拠はなく(検察官が根拠とする防犯カメラ画像は不鮮明であって,被害者を映したものと疑いなく認めることはできない。),被害者の年齢を踏まえ,一般的に自転車でゆっくり走る速さとされている時速約11キロメートル(甲37。秒速約3.06メートル)を前提とする。また,被害者が,本件交差点に接近するに当たり減速した可能性等もあるが,とりあえず速度を緩めることなく上記速度のまま本件交差点に進入した場合を想定する。

被告人に過失が認められるためには,停止可能距離より手前で急制動の措置をとる義務が生じている必要があるところ,公訴事実のとおり時速約50キロメートルで進行してきたとすると,被告人車両は,被害者等と衝突する約2.73秒前までに停止可能距離に到達していることになる(前記のとおり,衝突時の速度が時速40キロメートル以下と認められることからすれば,同距離に到達するのがより遅かった可能性も否定できないが,衝突時までの走行態様は明らかでなく,被告人に有利に,衝突時まで時速約50キロメートルで走行し続けていたことを前提に計算する。以下同様。)。そして,被告人は優先道路を走行していたから,前記のような道路交通法上の義務を踏まえれば,検察官及び弁護人の一致するとおり,本件交差点に向けて進行する被害者の姿を確認したとしても,現場の状況や被害者自転車の走行状況等に照らし,被告人車両が迫っているにもかかわらず被害者自転車が東西道路の車道部分に進出してくることが現実に予測されるのでない限り,急制動の措置をとる義務は生じないというべきである。


被告人車両が被害者等と衝突した地点は,前記前提事実のような路上痕跡及び被告人車両の状況等から,本件交差点内の,被害者自転車の先端部分が東西道路北側外側線付近に到達した位置近辺と認められる(なお,検察官が主張する,上記北側外側線から約0.13メートルの地点に限定されない。)。
そして,衝突の4秒前の時点において,被害者自転車の先端部分は同衝突地点から約12.2メートル南側の地点(東西道路西側から見て,南北道路から東西道路の歩道に差し掛かる直前付近の地点)にあり,被告人車両は上記衝突地点から約55.6メートル西側の地点を走行していたが,見通し状況に関する実況見分の結果(甲37)等を踏まえると,東西道路の街路樹が視界を遮るなどしていたために,この時点で被告人が被害者を視認することができたかについては疑問が残る。また,この時点より前の被告人車両の位置から南北道路方向を見た場合,被害者等の上記位置より南側は,街路樹や病院の駐車場の金網フェンスにより見通しが悪かった上,同駐車場に駐車車両があって視界を遮っていた可能性もあるから,4秒より前の時点で被告人が被害者を発見できたと合理的疑いなく認定することもできない。次に,衝突の3秒前の時点では,被害者自転車の先頭部分は前記衝突地点から約9.2メートル南側の地点(東西道路西側から見て,東西道路の歩道の中央付近の地点),被告人車両は同約41.7メートル西側の地点にあり,被告人は被害者の姿を視認することができたと認められる(甲37,検証調書)。しかし,この時点では,被害者自転車の先頭部分が車道に入るまで3メートル近い距離があり,被害者自転車の想定速度にもかんがみ,歩道上で停止することが十分に可能であるから,被告人車両が迫っているにもかかわらず被害者がそのまま東西道路の車道部分に進出してくることを現実に予測できたとは認め難い。
被告人においては,その後,被害者が本件交差点手前で停止できる速度に減速することなく,また,被告人車両の方向を確認しないまま本件交差点に向かって進行を続けるのを確認した時点で初めて,被害者がそのまま東西道路の車道部分に進出してくることを現実に予測できたというべきであるが,被害者のこのような進行状況を,衝突の3秒前の上記状況後,被告人が停止可能距離に到達する同約2.73秒前までのごくわずかな時間に確認,判断することができたということを,合理的な疑いの余地なく認めることは困難というほかない。
結局,前記のような被害者の進行状況を前提とすると,停止可能距離の手前で被告人に急制動の措置をとる義務が生じていたとはいえず,被告人に過失は認められない。

その他,被害者の進行状況には,速度や進行経路等様々な態様が考え得るが,十分にあり得る態様である前記進行状況によって過失が認められない以上,公訴事実にある被告人の過失を認定することはできない。

小括
よって,公訴事実にあるような過失は成立せず,過失運転致死の事実については被告人は無罪である。
5
事故発生の認識について(争点⑶)
当事者の主張
検察官は,事故状況によれば被告人が衝突前後に被害者の存在を認識し得たこと,衝突時の衝撃音や被害者等の引きずりによる振動が小さくなかったと推認されること,本件交差点を通過した後に被告人がハンドルを頻繁に左右に操作していたこと,同通過後ABSに係る警告灯(以下「ABSランプ」という。)が点灯したことに加え,同通過後の被告人の行動などを根拠として,被告人が本件事故発生を認識していたと主張する。
これに対し,弁護人は,検察官が挙げる間接事実について,事故発生の状況が検察官主張のものであったと断定できない以上,被告人が衝突前に被害者の存在を認識し得たとはいえない上,その他の事情も,その瞬間に事故の発生の認識を抱くのが当然といえるようなものではないとして,被告人に事故発生の認識はないと主張する。
検討

そこで検討するに,被告人車両が被害者等と衝突した態様は,前記のとおり信用性の高いC供述等の内容及び遺留物品の位置等を踏まえれば,被害者が自転車に乗車して南側から東西道路の横断を開始し,対向車線を通過して被告人車両の走行する車線に入り,横断を終える直前で被告人車両の前面左側部分と衝突したというものと認められるところ,東西道路は本件交差点の120メートル以上手前から本件交差点まで直線となっており,道路上の見通しを遮るものはない(甲38)から,被告人が,自動車運転者が通常行う程度の前方注視を行っていれば,衝突時までに当然に自転車に乗った被害者の存在を認識していたはずである。
また,前記のとおり,衝突時の被告人車両の速度が時速40キロメートル以下と認められ,東西道路の制限速度に比べて10キロメートル毎時以上,本件交差点の約170メートル手前の地点の被告人車両の走行速度に比べて約18キロメートル毎時以上遅いことからすると,被告人が衝突直前に危険を感じて被告人車両を減速させたとみるのが自然である。
さらに,皮脂痕開始地点の皮脂痕上に被告人車両のタイヤを載せると,被告人車両の位置がかなり歩道寄りになり,街路樹の枝がミラーに引っかかる状態になるところ(甲38写真71等),被告人は,途中わずかに蛇行し,さらに歩道寄りになったり,若干離れたりしながらも,同開始地点から200メートル以上にわたって,概ね同地点同様に歩道寄りの走行を続けたと認められる(甲5)。そして,C供述等によれば,れき過し,あるいは後ろに送っていくことなく被害者等を引きずっていった状況や,皮脂痕が,橋の継ぎ目で被害者等がバウンドしたことによる空白がなくほぼ一定の幅で続いていること,ハンドル操作によるわずかな蛇行があることなどから,被害者等を引きずっている間の被告人車両の走行速度も時速40キロメートル以下であったと認められるところ,被告人車両は,制限速度時速50キロメートルの道路において,少なくとも被害者自転車が遺留された地点付近までかかる速度で走行を続けたということになる。被害者等と衝突した直後の被告人車両のこのような走行状況もかなり不自然というべきで,被告人が衝突直後から違和感を抱きながら被告人車両を走行させていたことは明らかである。そして,違和感を抱きながら走行した場合,ミラーを見るなどして,通過した道路の状況や,車両の周囲の状況を確認するのが自動車運転者としての通常の行動と考えられるところ,かかる行動をとれば,被告人車両の前方にはなく,後方にのみある路上の遺留物品や皮脂痕を容易に確認できたはずである。さらに,遺留物品の多くが皮脂痕より歩道側あるいは皮脂痕上に遺留されていたことを踏まえれば,ミラーで被告人車両の左側面部分を確認した場合に,被害者等を引きずっている状況を直接視認できた可能性も十分にある(なお,ミラーによる車体左側面の視認状況について,甲38写真60等)。
被告人は,衝突前に被害者の存在を認識し得なかった理由や,衝突直前から衝突後相当距離にわたって比較的低速度で走行した理由,衝突後道路左端に寄って走行した理由について,何ら説明をしていない。
これらに加えて,被告人は,本件交差点から約600メートル進行した地点で道路脇に被告人車両を一旦停車させたり,その後被告人車両の洗車をしたり,本件事故に関するニュース報道を見たあとに警察署に出頭したりしているが,被告人がこれらの行動をとったことは,被告人が被害者等と衝突したことを認識していたとすると,十分つじつまが合うものである。以上の事実を総合すれば,被告人が,被害者等に衝突する時点,あるいは少なくとも衝突した直後の時点において,何らかの物体と衝突したことを認識していたことに疑いはない。そして,本件の場合,被告人が自動車運転者として通常行う程度の前方注視を行っていれば,衝突時までに当然に被害者の存在を認識していたはずであることや,被告人が衝突前に被告人車両を時速40キロメートル以下に減速していたこと,路上の遺留物品や皮脂痕を容易に確認できたこと等からすると,人の乗った自転車が被告人車両の直前を横断し,それに被告人車両がぶつかったことを認識していたとみるのが自然である。

もっとも,本件交差点内及びその前後の東西道路にブレーキ痕は見当たらないところ,被告人が,自転車に乗った被害者が東西道路を横断してくる姿を認めながら,衝突前,あるいは衝突の直後であっても,制動措置を何ら講じず走行を続けるという行動に出ることは,一般的な自動車運転者のとる行動として疑問が残らざるを得ず,被告人が注意散漫等のため被害者の存在に気付かないまま被害者等に被告人車両を衝突させた可能性も否定できない。注意散漫であったと同時に約170メートルの間に約18キロメートル毎時以上も減速し,かつ,衝突直後の時点において道路左端に寄っていたことについての説明は困難であるが,被告人が仮睡状態に陥るなどしていれば,事態としてあり得ないとはいえない。なお,被告人は,本件交差点を通過する際,通常通りの前方注視をしていたと述べるが,前方不注視による過失を否定するためにあえて虚偽を述べた可能性もある。
しかし,被告人が衝突時又は衝突の直後に人に衝突させたとの認識を欠いたと仮定しても,被告人は,前記のとおり,衝突後違和感を抱きながら相当距離にわたって不自然な走行をしており,その間に,注意散漫状態の間に生じた事態に考えを巡らせないはずはない。そして,周囲の状況や道路の構造に照らし,東西道路において,歩行者や自転車がそれなりの頻度で横断することが予想できることからすれば,自動車運転者としては,何らかの障害物又は動物にぶつかった可能性のみを限定して考える理由はなく,当然に歩行者や自転車に衝突した可能性も考えるものといえる。また,考えを巡らせるために,注意散漫状態であった間の道路の状況をミラー等で確認するのもまた自然な行動であり,そのような行動をとれば,自車の後方に皮脂痕が続き,遺留物品が点々と落ちているのを確認できたはずである。そして,被告人は,本件交差点から約600メートル進行した地点で被告人車両を一旦停車させたり,その後,被告人車両を洗車したりしているところ,停車時に車両の状態を確認しないまま洗車に及んだ場合はもとより,被告人の述べるように,その際に車両の周囲を確認して肉片の付着を確認していたのであれば,遅くともこの時点までには,人にぶつけたかもしれないとの認識を有するに至ったことに特段の疑いはない。

そして,交通事故の被害の拡大を防止する等の道路交通法72条の趣旨に照らせば,本件においては,被害者自転車が遺留されていた地点までは,同条にいう「交通事故」の現場が継続していたというべきところ,上記認定したところによれば,被告人は,遅くとも,この交通事故の現場から距離にして約250メートル,時間にして約18秒後(同遺留後時速約50キロメートルまで速度を回復したとして計算。)という,場所的にも時間的にも非常に近接したところで,人身事故を起こした可能性を少なくとも未必的に認識するに至ったということになる。そして,法の上記趣旨によれば,本件のように交通事故発生と非常に近接した時点,場所において事故の発生を認識した場合にも,自動車運転者は,危険防止等の措置を講じるとともに,警察官に事故を報告する義務を免れないというべきである。


なお,被告人は,本件交差点通過後の行動について,何らかの物体に衝突したことに全く気付かないまま走行していたところ,k1丁目交差点(同交差点入口手前に右足,出口付近に布切れが落ちていた。)を通過後(捜査段階の実況見分の際の指示説明(甲38)によれば,金属片が落ちていた地点から約104メートルの地点。),ABSランプが点灯していることに気付き,その後橋の上(同指示説明によれば,ABSランプが点灯していることに気付いたとする地点から約85メートルの地点。)で,停車しようとして停止寸前まで減速して後続車両に合図したが,後続車両が先に行こうとしなかったため再度加速して走行した,再加速後の走行は普通だった,その後停車できる場所を発見したため停車して車両を確認したところ,左後前輪及び左後後輪に肉片が付着しているのを発見した,犬をひいたものと考え,肉片を落とすために洗車したなどと述べ,本件事故のニュース報道を見るまで,未必的にでも人身事故を起こした可能性を想起しなかった旨の供述をしている。
このような被告人の供述は,被告人車両が一旦停止しようとしたとする地点より前に相当数の遺留物品があり,後続車がそのまま被告人車両に追従して走行を続けていたことには違和感が拭えないこと,被告人車両が同地点以降も約162メートルにわたって自転車を引きずり続けており,れき過等をしない程度の低速度での走行を継続していたと認められること,被告人車両の形状に照らせば,一般的な感覚によっても,犬をひいた場合にはそのままれき過していくのが普通であり,肉片にまで破砕されるような事態が想定し難いことなどに照らせば,説明している内容自体合理性に欠け疑問の余地が大きい。さらに,被告人が,衝突前に被害者の存在を認識しなかった理由や,衝突直前からABSランプの点灯に気付いたとする地点の間も比較的低速度で走行した理由,衝突後道路左端に寄って走行した理由について何ら説明していないことも考慮すれば,被告人の供述は信用するに足りず,一時停車をした後も人身事故発生の認識を一切抱いていなかったとの合理的な疑いを生じさせるものには当たらない。

以上によれば,被告人が,遅くとも,いまだ危険防止・報告義務が継続していた本件事故直後の時点までに,人身事故を発生させたことの少なくとも未必的な認識を有するに至っていたことを合理的疑いの余地なく認めることができる。
小括
よって,被告人に危険防止・報告義務違反の罪の成立が認められる。6
結論
以上のとおりであるから,本件公訴事実のうち過失運転致死の事実については,刑訴法336条により被告人に無罪の言渡しをし,危険防止・報告義務違反については,被告人を有罪と認めた。

(法令の適用)
被告人の判示第1の所為のうち,危険防止義務違反の点は道路交通法117条2項,1項,72条1項前段に,報告義務違反の点は同法119条1項10号,72条1項後段に,判示第2の所為は貨物自動車運送事業法70条1号,3条,同法施行規則42条1項1号にそれぞれ該当するところ,判示第1は1個の行為が2個の罪名に触れる場合であるから,刑法54条1項前段,10条により1罪として重い危険防止義務違反の罪の刑で処断することとし,判示第1の罪について所定刑中懲役刑を選択し,判示第2の罪について所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し,以上は同法45条前段の併合罪であるから,懲役刑については同法47条本文,10条により重い判示第1の罪の刑に同法47条ただし書の制限内で法定の加重をし,罰金刑については同法48条1項によりこれを懲役刑と併科することとし,その刑期及び所定金額の範囲内で被告人を懲役1年及び罰金50万円に処し,その罰金を完納することができないときは,同法18条により金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その懲役刑の執行を猶予し,訴訟費用については,刑訴法181条1項本文により全部これを被告人に負担させることとする。
(量刑の理由)
まず,本件の量刑の中心となる危険防止・報告義務違反の点についてみると,本件事故の後,被害者との衝突地点付近から相当の距離にわたって,被害者の死体や,自転車,自転車部品などの多数の物が路上に遺留されており,危険防止の措置を講じる必要が高かった上,本件事故の重大性にかんがみ,警察官に事故を報告すべき必要性も高かったといえる。もっとも,被告人については,遅くとも本件事故発生の直後に,少なくとも未必的に人身事故の発生を認識したと認められるにとどまる。被告人が,事故の直後に未必的な認識を抱いたというのは,被害者に衝突した時点まで著しい前方不注視の状態にあったことが前提となるから,交通の安全に対する配慮を欠いた点は責められるべきであるが,危険防止・報告義務違反の犯行に及んだ意思決定に対する非難の度合いは,本件事故の時点で確定的な認識を有していたと認められる場合に比べれば,限定的である。なお,被告人は,本件犯行の直後に被告人車両を洗車して罪証隠滅行為に及んでおり,犯行後の情状は悪い。次に,無許可経営の点についてみると,長年にわたり続けられた行為の一環であり,本件によって得た報酬も26万円余りと少なくなく,犯情はよくない。さらに,被告人が,古いものを含むとはいえ交通罰金前科3犯を有することも考慮すれば,交通法規軽視の態度も明らかである。
以上によれば,被告人の行為に対する責任は軽くないが,危険防止・報告義務違反を中心に量刑される事案の量刑傾向に照らせば,前記前科を含む罰金前科4犯以外に前科のない被告人に対し,懲役刑の実刑を科するべき事案とまではいえない。これに加えて,危険防止・報告義務違反の点について,被告人が本件事故後ほどなく警察に出頭したことや,一方で人身事故発生の認識を否定して不合理な弁解を繰り返していること,無許可経営の点について,事実を認め,今後トラック運転手をしないと述べていること等の事情も考慮して,主文の懲役刑を量定するとともに,無許可経営の犯行の内容等にかんがみ,主文程度の罰金刑を併科するのを相当と判断した。
(求刑

懲役3年6月及び罰金50万円)
平成30年3月22日
名古屋地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官
裁判官

山田耕司
諸徳寺

聡子
裁判官

荻原

(別紙一覧表添付省略)

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