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道路交通法違反
事件番号平成29(う)442
事件名道路交通法違反
裁判年月日平成30年3月28日
法廷名福岡高等裁判所
結果破棄自判
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平成30年3月28日宣告
平成29年(う)第442号

福岡高等裁判所第2刑事部判決
道路交通法違反被告事件

主文
原判決を破棄する
被告人は無罪
理1由
本件控訴の趣意は,被告人及び弁護人林桂一郎作成の各控訴趣意書記載のとお
りであるからこれらを引用するが,要するに,被告人は指定最高速度時速50kmを超える時速83kmで自動車を進行させていないから,同事実を認定した原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認がある,というのである。2
そこで,記録を調査して検討すると,同事実を認定した原判決の判断は,論理
則,経験則等に照らして不合理であって,是認することができない。すなわち,原判決は,プラス誤差が発生する車線変更中の車両測定の可能性を検討し,被告人車両の速度を測定したB警察官の原審供述から車線変更前の被告人車両を測定したものと認定して,その可能性がないとしている。しかし,B警察官らが作成した本件速度測定に関する各書面には,同供述に沿うものと車線変更後の被告人車両を測定した旨記載されたものとが入り混じっており,被告人車両の走行状況につき顕著な齟齬があり,かつ,その齟齬に関するB警察官の説明も不自然・不合理であるから,B警察官の供述が信用できることを前提とした原判決は,論理則,経験則等に照らし不合理である。そして,B警察官が関与した前記各書面の齟齬,混乱ぶり等からみて,プラス誤差が発生する向側車線(第2車線)から手前側車線(第1車線)に車線変更中の被告人車両を誤測定した可能性があり,その他の証拠によっても,前記誤測定の合理的な疑いを否定できない。以下,説明する。
原判決挙示の証拠から,以下の事実が認められる。

本件の現場となった道路は,南北に走る片側二車線の見通しの良いほぼ直
線の道路であり,道路標識により最高速度時速50kmの速度規制がなされている。同道路には,中央分離帯が設けられ,道路南端には信号機及び横断歩道のある交差点が設けられている。

大分県警C警察署所属の警察官らは,本件当日である平成27年11月2
1日午後2時30分頃から同日午後4時30分頃までの間,甲株式会社JMA-240A型レーダ式車両走行速度測定装置を設置し,本件道路上り車線(南から北方向)を通行する車両の違反の取り締まりを実施した。取締開始時,本件測定装置は,電波の投射角度が道路に対して27度となるよう設置された。取締開始時及び終了時には内部校正テスト及び音叉校正テストが各行われ,いずれも正常作動が確認されている。

被告人は,同日午後3時28分頃,普通乗用自動車を運転して本件道路上
り車線に入った。本件取締において現場測定係を担当していたB警察官は,被告人車両の速度を手動測定した後,速度違反があった旨を他の警察官に無線連絡し,停止係の警察官が被告人車両を停止させ,現認記録係の警察官が,被告人に対し,83km/hと印字された速度測定結果記録紙を見せた。なお,被告人車両は,その具体的な位置につき争いがあるものの,本件道路南端の交差点から本件測定までの間に第1車線を進行中のトラックを第2車線から追い抜いている。被告人車両は,その後,第1車線に車線変更し,前記停止時には第1車線を走行中であった。本件測定装置の取扱説明書抜粋(原審甲10)によれば,本件測定装置は,道路に向けて電波(マイクロ波)を投射し,そのドプラ効果を利用して,進行中の車両の速度を測定するものである。原理的に,測定状況によって誤測定や誤差が生じる可能性を否定できないから,本件速度測定の信頼性を肯定するには,被告人車両の走行状況等を踏まえて,その測定が適正な状況でなされたかを検討する必要がある。
B警察官は,測定時の被告人車両の走行状況につき,原審公判において,概要「本件道路の第1車線を走行しているトラックを被告人車両が追い抜き,そのまま第2車線を走行しながら同トラックを引き離している最中に速度を測定した。測定時には同トラックとの間に十分な距離があり,他にも並進車両等はいなかった。測定後,被告人車両は第2車線上で急ブレーキをかけ,第1車線に移行し,そのまま停止係の方に進行していった」と供述した。
他方,B警察官又は同警察官を含む連名で本件につき作成された各書面は,作成の時系列順に,以下のとおりである。

B警察官が本件直後に現場で作成したと認められる「定置式速度測定装置
現認測定簿(A点)」(原審甲7。以下「A点簿」という)の,本件に関するものと認められる項には,測定車線欄に「2→1」,状況欄の追越しに○印,備考欄に「測定後急ブレーキ」と各記載されており,同欄には,被告人車両の走行経路のほか,追越直前の第2車線走行中の被告人車両に電波が投射されている旨が簡単に図示されている。

本件当日,B警察官を含む連名で作成された速度測定報告書(原審甲4)
の速度測定経過を示す別紙図面(以下「図面1」という)には,被告人車両が第1車線の車両を追い越し,第1車線に車線変更して若干走行した後に測定がなされたように記載されている。

B警察官が平成28年4月3日付で作成した「道路交通法違反被疑事件捜
査報告書」


被告人車両が第1車線を進行する車両を追い抜き,第1車線に進路変更し,前記車両を引き離しながら走行していた最中に測定をした,その後,被告人車両は急ブレーキをかけて減速し,そのまま第1車線を走行した旨の記載がある。他方,同報告書別紙図面(以下「図面2」という)には,被告人車両が第1車線の車両を追い抜き,第2車線をそのまま走行中に測定がなされ,その後第1車線に車線変更したように記載されている。

被告人車両は,第1車線の車両を追い抜いた後第2車線から第1車線に車
線変更を行っており,その車線変更中に速度測定が行われた場合には測定結果にプラス誤差が生じるが,車線変更後か車線変更前に速度測定が行われた場合には測定への影響はない(原審甲10)。したがって,本件では,車線変更中に被告人車両の測定が行われたか否かが重要な問題であるところ,以上のとおり,B警察官が作成に関与した本件速度測定に関する書面では,誤測定となる車線変更中の測定を示すものはないが,誤測定とはならない,車線変更前の測定とするものと車線変更後の測定とするものとが入り混じっている。これらは,この点に関するB警察官の認識・記憶等の混乱ぶりを示すもので,車線変更中ないしこれに接着した走行の時期に測定してしまったのではないかとの疑いを生じさせる。そして,取り締まりの適正や過誤に関わる問題であるから,実際に現認した車線変更中ないしこれに接着した場面ではなく,およそ誤測定の問題が生じない,車線変更前あるいは車線変更後の車線を進行した場面での測定であるとB警察官が取り繕った可能性も否定できない。齟齬のある前記各書面に関するB警察官の説明は,慎重に吟味する必要がある。イ
B警察官は,この点につき,概要「図面1は警察署に戻って作成したが,
A点簿の被告人車両分の測定車線欄にある『2→1』の停止した車線である『1』のみに目がいったことから,慣れもあり,走行車線を間違えて記載してしまった。『道路交通法違反被疑事件捜査報告書』の本文も,図面1を見ながら作成したため,同様に間違った記載をした。図面2に関しては,A点簿を再度確認してから作成したので,本文と異なる図面となった。そして,裁判にあたってA点簿を見直した際,図面1の間違いに気づいた」と説明している。原判決は,A点簿が記載者の恣意や記憶変容の入り込む余地のない,非常に信用性の高い文書であると説示し,A点簿の記載も踏まえて,B警察官の供述が信用性を欠くものではないと判断した。
しかし,A点簿に記載のある測定車線欄は,全て被告人車両のものと同様に『○→○』(○には1か2の数字が入る)で記述されており,B警察官は恒常的にこのような記載をしていたとうかがわれるところ,現認測定係として約1年8か月の経験を有していたB警察官が,前記「1」部分のみを見て安易に前記の勘違いをし,かつ,車線変更が測定前に存在した形での図面1を作成した,というのは,容易に信じ難い。A点簿に走行経路の図示がされているのが本件のみであり,本件と同じく測定車線欄に「2→1」,状況欄の追越しに○印と各記載されている他の件については「特異事案ではなかったから」図示しなかったと説明していること(原審第6回B警察官8頁)を踏まえると,よりその疑問は大きくなる。また,『道路交通法違反被疑事件捜査報告書』について,本文とその別紙たる図面2を別々の資料に基づいて各作成し,かつ,当該時点で齟齬の存在に気が付かなかった,というのもあまりに安易で不自然といえる。すなわち,この点に関するB警察官の供述内容は不自然・不合理というほかないところ,原判決は,その供述内容の問題性に特段の検討を加えていない。
さらに,原判決が根拠とするA点簿の記載を検討すると,A点簿には,確かに被告人車両が第2車線を走行中に測定がなされたような形で図示されている。しかし,同図は,電波の投射範囲内で被告人車両が車線変更を開始しているかのようにも見える不明確なものであり,かつ,停止係から被告人が弁解をしていると連絡があったため当該図示をした(同8頁)との経緯を踏まえれば,A点簿がB警察官の恣意が入らない書面であるとの原判決の評価も肯定し難い。A点簿の記載は,これまで検討した問題点を踏まえた上で,B警察官の供述を補強し得る証明力を有するものとはいい難い。

以上のとおり,前記各書面上の齟齬は測定時の被告人車両の走行状況に関
するB警察官の供述に疑問を生じさせるものであり,かつ,その齟齬に関する説明も不自然・不合理という他ないから,同走行状況に関するB警察官の供述は,信用し難い。それにもかかわらず,適切な検討を加えることなく同供述の信用性を肯定し,これに基づく被告人車両の走行状況すなわち車線変更前の被告人車両を測定したとの認定事実を前提に車線変更中の車両を誤測定した可能性は無いとした原判決の判断は,論理則,経験則等に照らして不合理といわざるを得ない。そして,B警察官が関与した前記各書面の齟齬,混乱ぶり等からみて,プラス誤差が発生する向側車線(第2車線)から手前側車線(第1車線)に車線変更中の被告人車両を誤測定した可能性があり,その他の証拠によっても前記誤測定の可能性を否定できない。したがって,結局,被告人車両が時速83kmで走行していたことを認定するに足りる証拠はない。また,速度測定時の車線変更に係る被告人の具体的な走行状況やそのとき発生するプラス誤差の程度が確定できない以上,指定最高速度時速50kmをどの程度超える速度で走行していたかについても,これを認定するに足りる証拠はない。被告人を有罪とした原判決には,判決に影響を及ぼす事実誤認があり,原判決は破棄を免れない。
論旨は理由がある。
なお,所論は,B警察官が関与した前記各書面の齟齬を指摘した上で,同警察官の供述する本件測定装置の設置場所が虚偽であり,測定結果の数値は信用できない,という。しかし,証拠上の裏付けもあり,本件測定装置の設置場所に関するB警察官の供述は信用できる。所論が前提とする被告人供述は不自然不合理で信用できない。所論は理由がない。
3
破棄自判
そこで,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条
ただし書により更に判決することとし,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,同法336条により被告人に無罪の言渡しをすることとする。平成30年3月28日
福岡高等裁判所第2刑事部
裁判長裁判官

岡田


裁判官

佐藤

哲郎

裁判官

髙橋

明宏
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