判例検索β > 平成29年(わ)第392号
詐欺
事件番号平成29(わ)392
事件名詐欺
裁判年月日平成30年3月14日
法廷名名古屋地方裁判所
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主文
被告人は無罪
理1由
訴因変更後の本件公訴事実の要旨は,被告人は,マッサージ師の管理・指導
業務等を目的とする株式会社Aの代表取締役として,その業務全般を統括していたものであるが,保険者であるB広域連合から療養費の名目で現金をだましとろうと考え,平成27年10月上旬頃,名古屋市a区bc丁目d番e号所在の同社事務所において,別紙(ただし,「真正な請求金額(円)欄及び「詐取金額合計(円)」「1,459,739」とあるのを除く。」,以下同じ。)のとおり,真実はCなど老人介護施設4か所でDら施術師4名がそれぞれ当該施設に居住する複数の被保険者に施術をしたのに,施術場所となる前記各被保険者の住所として当該施設以外の場所,施術者として別の施術師の氏名等を記載した後期高齢者医療療養費支給申請書38通を同社事務員に作成させた上,同社営業担当者に,同区bf丁目g番h号E連合会に同申請書を提出させ,同連合会を介して,支給決定権者である前記広域連合給付課長Fに対し,同申請書に係る鍼灸マッサージ施術療養費の支給を請求し,同年11月10日頃,前記Fに,同申請書記載のとおりに施術が行われたものと誤信させて,同療養費の支給を決定させ,よって,同広域連合から支払の委託を受けた同連合会を介して,株式会社G銀行H支店に開設された株式会社A名義の普通預金口座に国民健康保険等の療養費を含めた現金合計1815万1587円を振込入金させ,そのうち前記後期高齢者医療療養費支給申請書38通に記載された現金合計175万2392円の交付を不正に受け,もって人を欺いて財物を交付させた,というものである。
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関係証拠によると,①株式会社A(以下「A」という。)は,マッサージ師
の管理・指導業務等を目的とする会社であり,被告人は,同社が平成22年2月に設立されて以来その代表取締役を務めていたこと,②公訴事実記載の38通の後期高齢者医療療養費支給申請書(以下「本件各申請書」という。)は,Aの派遣した
施術師(あん摩マッサージ師)が平成27年9月中に後期高齢者医療の被保険者38名に対しマッサージをしたとして療養費(別紙番号15,37,38に係るものを除き往療料を含む。)の支払をB広域連合(以下「広域連合」という。)に対して請求する内容であったこと,③本件各申請書は,Aで療養費支給請求の事務を担当する従業員がパソコン等にデータを入力して作成したものであり,Aの営業担当の従業員によって,広域連合から業務委託を受けていたE連合会(以下「連合会」という。)に提出されたこと,④Aは,広域連合から支払委託を受けていた連合会から,本件各申請書に係る療養費(合計175万2392円)を含む療養費等1815万1587円の支払を受けたこと,以上の事実が認められる。そして,関係証拠によると,本件各申請書のうち別紙番号28番のIに係るもの(以下「I分」のようにいう。)を除いた37通に関しては,別紙のとおり,実際には,4か所の老人介護施設において,同施設に入所する患者に対し,施設毎に特定の1名による施術が行われていたのに,当該申請書には,施術をした者とは異なる者が施術者として記載されているか,患者(被保険者)の住所として当該老人介護施設以外の住所(当該患者の保険上の住所)が記載されていた(その双方について事実と異なる記載がある場合も含む。)ことが認められる。しかし,I分の申請書に関しては施術者(J)と患者の住所(老人介護施設Kの住所)を含め,事実と異なる記載があるものとは認められない。
本件各申請書は,施術者からの委任に基づいてAが療養費の請求をする内容である上,関係証拠によると,療養費の算定につき,①往療料は,施術者の住所地から患者宅までの距離(往療距離)によって定められるが,逆に,往療距離が一定距離以上になると,往療料のみならず施術料も請求できないこと,②同一機会に同一場所において複数の患者を施術した場合の往療料は,一人分しか請求できないものとされていることが認められる。
そうすると,施術者のみならず,患者の住所地は療養費支給請求書に基づく療養費支払の適否を判断するに当たって重要な事項であり,これらのいずれかあるいは
双方について事実と異なる記載をした本件各申請書(I分を除く。)による療養費支給の請求は,詐欺罪にいう人を欺く行為(以下「欺罔行為」という。)に当たるが(ただし,これにより上乗せされた療養費の金額の立証はない。),I分の療養費支給請求は,欺罔行為に当たるものではない。
なお,検察官は,I分の療養費支給請求について,同一機会に同一場所において複数の患者を施術した場合の往療料は,一人分しか請求できないのに複数回分として請求しているから,欺罔行為に当たるという。
しかし,仮にI分の施術者であるJがその施術の機会に実際に他の患者について施術をしていたのだとしても,当該申請書には,他の施術の有無を記載すべき部分はない上,
広域連合において往療料一人分の支給請求を拒絶できる理由はないから,検察官指摘の点は,I分の療養費支給請求(往療料一人分の請求を含む。)を欺罔行為とする理由に当たらない。
したがって,I分の療養費支給請求について詐欺罪は成立しない。3
そこで,被告人に対して,本件各申請書(I分を除く。)による療養費支給
請求について,詐欺の責任を問えるかを検討する。検察官は,被告人は,Aの従業員をして本件各申請書を提出させ,不正に療養費の支給を請求したものであり,詐欺の間接正犯だというのである。
関係証拠によれば,Lは,平成26年8月にAに雇用され,療養費支給請求の事務を担当するようになったが,前任者からの引継ぎや引き継いだマニュアルなどに基づき,その当初から,コンピューターに,①患者が老人介護施設に入所している場合であっても,保険上の住所をそのまま入力し,②実際に誰が施術をしたかに関わらず,当該住所からの往療距離が取れるような施術師を入力し,③また,同一の施術師が老人介護施設で複数の患者に対する施術をした場合であっても異なる施術師を入力するといった不正な手法(以下「本件不正手法」という。)によって療養費支給申請書を作成するという事務に携わっており,本件各申請書は,Lあるいは同人と共に療養費支給請求の事務を担当していたMが本件不正手法に従ってデ
ータを入力し,作成したものであることが認められる。
ところで,療養費支給請求そのものは,Aにおいて当然行うべき業務であって,これ自体は,代表取締役である被告人の指示の下に行われていたものであるとみることができるが,療養費の不正請求への被告人の関わりという観点から本件をみると,被告人がLやMといった本件当時の療養費支給請求の事務担当者に対し,直接あるいは他の従業員を介するなどして,療養費の不正請求をするように指示したと認めるに足りる証拠はなく,被告人がLらの関与した不正請求についてLら従業員から報告を受けていたことを認めるに足りる証拠もない。また,Lが前任者から引き継いで参照した本件不正手法を記載したマニュアルの作成に被告人が関与していたとは認められず,被告人がそのような資料の存在を認識していたとも認められない。
なお,被告人は,Aの代表取締役であるとはいっても,Lの勤務当時,Aの事務所を訪れることはまれであり,Lとも顔を合わせることはほとんどなかったことが認められる。
この点,検察官が間接正犯性を基礎づけるものとして主張するところは,次のとおりである。被告人は,Aの前身である合同会社N(以下「N」という。)において,その従業員に教示した方法による過剰な請求を含む療養費支給請求が自動的に繰り返されるというスキームを設定し,自ら設定したスキームに関して過剰請求部分を改廃変更する立場にありながら,これを行わなかったのであるから,被告人は,詐欺罪の間接正犯としての責任を負うというのである。
そこで,まず,NあるいはAにおいて,どのように不正な療養費支給請求が行われていたかを検討する。
関係証拠によると,①Aの前身に当たるNは,平成18年10月に設立され,被告人はその代表者であったこと,②Nの当初の療養費支給請求の事務担当者は,Oという従業員であり,Pは,平成20年頃,Oを引き継いでNの療養費支給請求の事務を担当するようになり,Nの後身であるAにおいても同事務を担当していたこ
と,③Qは,平成23年夏頃にAに雇用され,Pから療養費支給請求事務を引き継ぎ,平成24年夏頃まで同事務を担当し,その後は,RあるいはS,TとU,Vなどといった従業員がAにおいて同事務に関与し,Lは,平成26年8月頃から,同事務を担当するようになったが,Lと共にMという従業員も同事務を担当していたこと,④PがNあるいはAにおいて療養費支給請求の事務を担当していた際は,本件不正手法と同様の不正請求が行われており,Qが療養費支給請求の事務を引き継いでからも同様の不正請求が行われたものの,Qがその事務を外れた後の平成24年末あるいは平成25年初め頃いったんその是正が図られ,Aの不正請求は大きく減ったこと,⑤その後の不正請求の推移は,不正請求が続けられたのかも含めて判然としないものの,Lが平成26年8月頃に療養費支給請求の事務を担当するようになった時点では,Aにおいて不正請求の是正が図られていたような形跡はなく,以前には存在していなかった本件不正手法に関するマニュアルが作成されるに至っていたこと,以上の事実が認められる。
検察官は,被告人がNにおいて療養費の不正請求が自動的に繰り返されるというスキームを設定したと評価できるというのであるが,実際に,Aにおいて本件に至るまで不正請求が自動的といっていいように繰り返されてきたのかをみると,この点は証拠によって裏付けられていない。
そして,NあるいはAにおける不正請求への被告人の関わりについて検察官が主張し,証拠上も認定できるのは,不正請求について是正が図られる前の被告人のPに対する指示及びQの進言に対する態度のほか,是正が図られて間もないうちに被告人が経理担当従業員のWに見せた言動である。
すなわち,①Pは,N時代,本件不正手法と同様の手法を被告人から教示を受け,NあるいはAにおける療養費支給請求の事務を行っていた(P証言により認められる。)。②Qは,Pから療養費支給請求の事務を引き継ぎ,Aにおいて同様の不正請求に関与したが,これを疑問に思い,改めるよう被告人に進言したものの,被告人はこれを改めることを承諾しようとしなかった(Q証言により認められる。)。
しかし,その後の平成24年末頃から平成25年初め頃,Aにおいてはいったん不正請求の是正が図られることとなった。ただし,③平成25年3月頃から同年4月頃にかけて,Aを退職したSが,代理人弁護士を立てて労働関係の苦情を申し入れるという事態が生じ,その際,Sの代理人弁護士からSが療養費の不正請求に関与させられた旨の指摘もあったが,被告人は,Aの代理人弁護士の意見を入れ,S側には,本件不正手法を改める旨の回答をすることとする一方で,Wに対しては,不正とは思っていないので,このままでいいのではないかと述べたことがあった(W証言により認められる。)。以上のとおりである。
なお,Aにおいていったん不正請求の是正が図られた後,本件に至るまでの間に,前記③の点のほかには,被告人がAにおける療養費の不正請求について,どのような関与あるいは指示等をしたのか(あるいは反対に,被告人にどのような関与や指示等がなかったといえるのか),また,どのような態度を取っていたのかを認めるに足りる証拠はない。加えて,その頃,被告人がAの従業員から療養費の不正請求について報告を受けたことを認めるに足りる証拠もない。
そうすると,被告人が,本件当時のAによる不正請求の実態をどのように把握していたのかも判明しない。
そして,Aにおいていったん療養費の不正請求の是正が図られた後,Aでの不正請求に関与したLらの従業員に対し,是正以前の上記①②の被告人のPに対する指示や,Qの進言に対する態度はどのような影響を与えたのか,あるいは是正後の上記③のWに対する被告人の言動(なお,Wは被告人の発言自体を他の従業員に伝えたわけではない。)がどのような影響を与えていたのかを検討すると,様々な推測は可能であるものの,これを具体的に認定できる証拠はない。
間接正犯は,自らが実行行為をしていないにもかかわらず,自らが実行行為をしたと同視して責任を問われるものであり,実際に生じた他人の行為との間に何らかの関係やその行為への影響があればよいなどというものではない。そして,本件においては,①Aにおける療養費の不正請求は,検察官が被告人の
スキームの評価として言及するような自動的に繰り返されるというような継続性を肯定することはできず,②上記

で認定したAにおいて不正請求についていったん

是正が図られる前の被告人の指示や態度,その是正が行われて間もない頃の被告人の言動が,その後の療養費の不正請求に関与したAの従業員の行動にどのような影響を及ぼしていたのかも具体的には認定できず,③被告人が本件当時のAによる不正請求の実態をどのように把握していたかも判明しない。
これらの点に鑑みると,本件当時,Aの従業員による療養費支給請求自体は,Aの業務として被告人の指示の下に行われていたものであり,いったんAにおいて不正請求の是正が図られた後,本件に至るまでの間に,被告人が不正請求(過剰請求)について,Aの従業員に対し,新たな改廃を指示した形跡はないが,した被告人の指示等の事実を併せてみても,これらの点をもって,被告人が本件各申請書(I分を除く。)の作成・提出などの欺罔行為をしたと同視できるものとはいえず,被告人を詐欺の間接正犯と認定するには,合理的な疑いが残る(本件各申請書に係る療養費支給請求に関与したLら従業員との詐欺の共謀を認めるに足りる証拠もない。)。
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よって,訴因変更後の本件公訴事実については犯罪の証明がないことになる
から,刑訴法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
(求刑

懲役2年6月)
平成30年3月26日
名古屋地方裁判所刑事第5部

裁判官

奥山豪
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