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再審請求事件
事件番号平成29(た)1
事件名再審請求事件
裁判年月日平成30年3月20日
法廷名札幌地方裁判所
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平成29年(た)第1号

再審請求事件
主文
本件再審請求を棄却する
理由
第1確定判決の判断等
1本件再審請求審までの審理経過
確定審の経過
請求人は,平成15年3月26日,札幌地方裁判所において,殺人,死体損壊被告事件(同庁平成12年(わ)第534号)について懲役16年に処する旨の有罪判決の言渡しを受けた。請求人は控訴を申し立てたが,平成17年9月29日,札幌高等裁判所はこれを棄却した(同庁平成15年(う)第163号)。請求人は上告を申し立てたが,平成18年9月25日,最高裁判所はこれを棄却した(同庁平成17年(あ)第2338号)。同決定に対する請求人の異議申立ても棄却され(同庁平成18年(す)第618号),同年10月12日,上記第1審判決が確定した(以下,第1審判決を「確定判決」といい,控訴審判決と併せて「確定判決等」という。)。第1次再審請求審の経過
請求人は,平成24年10月15日再審請求をしたが,平成26年4月21日,札幌地方裁判所はこれを棄却した(同庁平成24年(た)第3号。以下「第1次再審請求棄却決定」という。)。請求人は即時抗告を申し立てたが,平成27年7月17日,札幌高等裁判所はこれを棄却し(同庁平成26年(く)第20号。以下「即時抗告棄却決定」という。),請求人が特別抗告を申し立てたが,平成28年6月13日,最高裁判所はこれを棄却した(同庁平成27年(し)第422号)。
2確定判決等の判断及びその理由の構造等
確定判決は「犯罪事実」として,請求人は,①平成12年3月16日午後9時30分頃から同日午後11時5分頃までの間,北海道千歳市,恵庭市又はその周辺に
おいて,Aに対し,殺意をもって,その頸部を何らかの方法で圧迫し,同人を窒息死させて殺害し,②同日午後11時5分頃,北海道恵庭市ab番先市道cd号路上において,被害者の死体に灯油を掛け,その頃,同死体に火を放って焼損し,もって死体を損壊したと認定した
(以下,
特記なき限り月日の記載は平成12年のそれを指す。。

確定判決等は,①被害者の携帯電話機の発見状況等に照らすと,請求人と被害者が勤務していたB株式会社e支店C事業所(以下「本件事業所」という。)の従業員以外の第三者による犯行であるとは考えられないこと,
②被害者が使用していた女
子更衣室ロッカーの鍵が,
事件後,
請求人使用の自動車
(以下
「請求人車両」
という。

の中から発見されたこと,③犯人は被害者の死亡後にその携帯電話機を所持していたと認められるところ,
その時間帯における同携帯電話機の発着信に関する電波を捕捉
した電話会社のアンテナの位置等から把握できる犯人の大まかな動きと対比すると,請求人が同様の動きをしていると認められること,④犯人は灯油を含む油類を用いて被害者の死体を焼損したところ,
請求人は本件当日で事件の直前である3月16日午
前0時頃に灯油10ℓを購入し,事件後に更に灯油を購入している一方,事件前に購入した灯油は発見されておらず,また,これらの行動に関する請求人の弁解が不自然であること,⑤請求人車両のタイヤに,高熱によって生じたと推定される損傷があったこと,
⑥請求人に土地勘がある場所から,
被害者の遺品の残焼物が発見されたこと,
⑦請求人には被害者を殺害する動機があること,⑧請求人以外の本件事業所の従業員はアリバイがあるか,アリバイの裏付けがないものの,被害者を殺害する動機や被害者の携帯電話機と同様の移動をしたことをうかがわせる事情がないなど,犯行と関わりを持つ可能性のある者は存在しないこと,⑨請求人は,判明している限り被害者と最後に接触した者であり,
その後2時間足らずの間に被害者が殺害されて死体を焼損
されたことを認定し,これらを総合すると,請求人が犯人であることが強く推認される旨判断した。また,確定判決等は,上記推認を妨げる事情に関し,㋐請求人にはアリバイが成立する,㋑請求人の握力,体力や被害者との体格差に照らすと,請求人が被害者を殺害することは不可能である,㋒10ℓの灯油では,被害者の死体のように
炭化状態になることはない,㋓被害者の使用車両がD駅に放置されていたことは,請求人による犯行が不可能であることを示している,㋔請求人が被害者の携帯電話機を被害者使用のロッカーに戻すことは不可能である,㋕請求人が被害者の遺品を投棄するのは不可能である,㋖請求人車両に被害者の血痕等の痕跡がなく,死体焼損現場付近から同車のタイヤ痕が発見されていないことは,
請求人が犯人ではないことを示し
ている,
㋗本件は複数の男性による性犯罪である可能性が高い旨の主張をいずれも排斥し,請求人が犯人であると認定した。
確定判決等は,このように,本件の犯人として想定し得る人物を絞り込み,これを請求人と特定するに至る間接事実が各々独立した形で少なからず存在し,そのようにして特定された請求人が犯行やそれに関連する一連の行動に及ぶことは不可能であるなどといった事情が認められないことから,請求人を本件の犯人と認定・判断したものである。
3第1次再審請求審における弁護人の主張及びこれに関する判断の概要弁護人の主張
弁護人は,第1次再審請求審において,E大学大学院理工学研究科のF教授の鑑定意見書,G大学大学院工学研究院のH教授の鑑定意見書等の証拠を提出し,①本件事件後の犯人の移動経路と請求人の動きが一致するとはいえない,②確定判決等が認定した灯油10ℓを使用した死体の焼損方法では,被害者の死体のように体重が9kg減少するまで焼損することは不可能である,③㋐犯人は,3月16日午後11時15分頃に現場におり,
その後も少なくとも同日午後11時42分頃まで現場にとどまっていたと認められ,同日午後11時30分にIf店(以下「本件ガソリンスタンド」という。)にいた請求人にはアリバイが成立する,㋑同日午後11時30分に請求人がいた同ガソリンスタンドまでは,
法定速度を超えて自動車を走行させても20分以上
を要するから,請求人にはアリバイが成立する,④被害者は殺害された当時後ろ手に縛られていた可能性があり,体格や体力において被害者に劣る請求人が,単独で被害者を後ろ手に縛ることはできない,などと指摘し,請求人を犯人と認定することには
合理的な疑いが残る旨を主張した。
第1次再審請求審における判断
第1次再審請求棄却決定は,弁護人が提出した証拠について,携帯電話の発着信履歴の信用性を減殺せず,
犯人と請求人の大まかな動きが一致するとの確定判決等の認
定に影響を与えない,灯油10ℓによって死体を炭化する程度に燃焼させることは不可能とはいえず,
そのような死体焼損可能性を前提とする確定判決等の認定に合理的な疑いは生じない,
犯人が3月16日午後11時42分頃まで死体焼損現場にとどま
っていたとは認められない旨の判断をし,さらに,目撃した炎の大きさに関する近隣住民の供述や,
死体焼損現場から本件ガソリンスタンドまでの所要走行時間に関するH教授の鑑定意見等は請求人を犯人とする確定判決等の推認を妨げるものではない,被害者の死体が後ろ手に縛られていたことをうかがわせるものでないなどとして,請求人が被害者を殺害して死体を焼損したことに疑いを生じさせるものではなく,請求人に対して無罪を言い渡すべきことが明らかとはいえないとして,再審請求を棄却し
た。即時抗告棄却決定は,第1次再審請求棄却決定の判断を是認して即時抗告を棄却した。
4本件再審請求審における弁護人提出の証拠とその主張等
弁護人の主張の概要
本件再審請求審における弁護人の主張は,平成29年1月10日付け再審請求書,同年8月17日付け
「検
察官意見に対する反論」
と題する書面,
察官意見に対する反論


同月25日付け
「検

」と題する書面,

,同年12月26日付け

最終意見書及び平成30年1月19日付け最終意見書補充書等のとおりであり,請求人に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠を新たに発見したので,請求人に対する再審を開始すべきであるというものである。弁護人提出の証拠とその主張の要点は,次のとおりである。
被害者の死因について

確定判決等は,
被害者の死因等に関するG大学医学部法医学教室J医師の鑑定書等を主な証拠として,請求人が,請求人車両の助手席に座る被害者の頸部を後ろから圧迫する方法で窒息死させ殺害したと認定している。しかし,K大学法医学分野主任教授L医師の意見書,L

及び証言等によれば,

J鑑定は,一般急死の所見をほとんど唯一の根拠として,被害者の死因を頸部圧迫による窒息死と認定しているが,その認定の論拠を十分示しておらず,薬物投与による急死など他の死因を除外できていない。死体の解剖結果や焼損状況等からすると,被害者は,
複数の男性による性犯罪の被害にあって薬物投与により急死した疑いがあるから,そのような薬物を所持していなかった請求人は犯人ではない。被害者の死体の焼損状況等について
F教授の鑑定意見書,L医師

及び各証言等によれば,被害者

の死体は当初,発見された位置ではなく,道路中央側の路面の黒くすすけた位置で,うつ伏せの状態で燃料を掛けて焼損され,その後発見当時の位置に仰向けに反転・移動させられ,再度燃料を掛けて腹側からも焼損されたと認められる。このような行動を女性である請求人が1人で行うことは不可能である上,
その作業にはかなりの時間
を要するから,確定判決等が認定したように,死体に灯油を掛けて着火後直ちに現場から離れることは不可能であって,午後11時30分過ぎに本件ガソリンスタンドにいたことが明らかな請求人には,アリバイが成立する。
10ℓの灯油による焼損可能性について
確定控訴審において,
弁護人が,
灯油10ℓを掛けて焼損しても,
被害者の死体のよ
うに炭化状態になることはない旨主張したのに対し,控訴審判決は,その主張を排斥した。しかし,M大学大学院工学研究科N教授の意見書,F教授の「火炎から死体表面への受熱量に関する意見」
と題する書面,
L医師

及び各証言等によれば,

10ℓの灯油を掛けて死体を焼損しても,被害者の死体のように体重が9kgも減少することはあり得ないし(当初灯油を掛けた際に,着衣の一部に灯油が掛かっていない場所が生じても,このことは変わらない。),灯油の燃焼終了後,本件死体の脂肪が
独立して燃焼を継続することはあり得ない。したがって,灯油10ℓ以外に燃料を所持していなかった請求人は犯人ではあり得ず,また,その焼損状況からして,燃料が複数回掛けられたことが疑われることから,請求人のアリバイは決定的といえ,さらには,投与された燃料が灯油ではない疑いも濃厚であるから,請求人を犯人とする見方は成り立たない。
被害者の携帯電話機の電波捕捉位置と請求人の足取りとの整合性について確定判決等は,被害者の携帯電話機の電波を捕捉したアンテナの位置等の記録から,犯行後これを所持していた犯人の大まかな動きが把握できるところ,請求人はその時間帯にこれと同様の動きをしていると認定した。しかし,主任弁護人作成の報告書等によれば,その認定は誤りであることが明白である。
請求人車両内から犯行の痕跡が発見されていないことについて
O大学招聘研究教員(教授)P(元g警察本部科学捜査研究所主席研究員)の意見書等によれば,確定判決が認定した犯行態様を前提とすると,請求人車両内から被害者に由来する微物等が発見されないことはあり得ない。
その他の証拠等
弁護人は,以上のほかに,①請求人とは別の真犯人の存在を示すものとして,主任などを示すものとし
て,確定審段階で弁護人が作成した関係者及び請求人の供述録取書写し,③購入した灯油を費消した経緯に関する請求人供述の信用性を否定した控訴審判決の誤りを示すものとして,灯油缶(ポリタンク)に関するウェブページ,④本件の捜査担当警察官が行った違法捜査等に関するものとして,
別件に係る再審開始決定に対する即時抗
告棄却決定書写し,⑤本件事業所従業員のアリバイ捜査のずさんさを示すものとして,捜査報告書写し等を提出し,これらにも照らせば,確定判決等の認定には重大な疑いが生じる旨主張している。
検察官の主張
検察官の主張は,平成29年7月19日付け再審請求に対する意見書,同年12月
26日付け再審請求に対する意見書2のとおりであり,要するに,本件再審請求は理由がなく,棄却されるべきであるというものである。
第2当裁判所の判断
1被害者の死因について
確定判決等における判断
確定判決等は,被害者の死因について,J鑑定等に基づき,死体には,左眼瞼結膜,口腔粘膜及び左側頭筋膜下に溢血点が存在し,気管内部に淡赤色の微細な泡沫が中等量に存在し,この泡沫内にも気管内部にも明らかなすすの存在はなく,気道にも熱傷がないことから,被害者の死因は頸部圧迫による窒息であり,何者かが被害者の頸部を圧迫して殺害した上で死体を焼損したことは明らかであるが,殺害の具体的態様は不明であると判断している。
L医師の見解等
死因が頸部圧迫による窒息死であると認められるためには,①血液が暗赤色で流動性を有すること,臓器に鬱血があること,眼瞼結膜や口腔粘膜等に溢血点があること(ただし,これらの古典的窒息所見(窒息の3兆候)は,窒息死に特異な所見とはいえず,窒息死以外の急死にも生じ得る一般急性死の所見である。)のほか,②頸部圧迫を裏付ける所見(頸部索状痕,圧痕,圧迫部の上方の部位(顔面や頸部の皮膚,頸部気管,頸部リンパ節など)の鬱血,筋肉内出血,舌骨や甲状軟骨の骨折等)があること,③窒息死以外の原因で死亡した可能性が除外されることが必要である。しかし,J鑑定書では,眼瞼結膜等の溢血点,心臓血の流動性,肺鬱血など,窒息死の場合のみに認められるわけではない一般急性死の所見に関する記載があるのみで,頸部圧迫の事例に特に認められる所見等が示されていない。むしろ舌骨,甲状軟骨の骨折等はなかったこと,心臓内の血液が暗赤色で少し鮮紅色調であったことなど,頸部圧迫による窒息死を否定する所見が示されている。J鑑定は,死因を頸部圧迫による窒息死と判断すべき合理的な根拠を示していない。
また,被害者は若年女性であり,その死体は,屋外でタオルで目隠しをされ,陰部
が念入りに焼損された状態で発見されているなど,男性による性犯罪に伴う薬物使用を原因とする急死の可能性が強く疑われるのに,J鑑定は,そのような場合に必要な薬物検査を実施したことの記載がなく,窒息死以外の死因である可能性を検討していない。
検討
ア血液の色調,流動性等について
L医師は,J鑑定書には,血液を「少し鮮紅色調に見える少し濃い流動血」「全体少し鮮紅色調」
と認めたとの記載があるなど,
赤っぽい色であったとされているのは,
窒息死であることを否定する事情である旨指摘している。
しかし,J鑑定書の当該部分には「心臓内には暗赤色で少し鮮紅色調に見える少し濃い流動血が中等量、約三〇〇ml入っている」,肺については「全体少し鮮紅色調であるが、赤紫色が主体である」とあり,各所の血液が鮮紅色調に見えた旨記載されているわけではなく,その記載によると,J医師は,肉眼で,心臓や肺の血液が主として暗赤色ないし赤紫色であって,鮮紅色調に見えるのはあくまで限定的であったということを確認し,これを判断材料として死因の判断を導いたものと解される。このような血液の色調に関する記載は,頸部圧迫による窒息死の場合には血液が暗赤色で流動性を有するという所見に適合するものであって,
J鑑定の死因の判断にとって否定
的なものではない(なお,心臓内の血液が少し鮮紅色調に見えたことについては,G大学医学研究科法医学分野助教であるQ医師は,例えば外気の寒冷等の影響によるものと考えられるといい,これを支える文献上の裏付けも存在するところである。L医師は,窒息事例の死体の血液は暗赤色調が強く,死体が低温環境下に置かれた後に赤くなる理由はないとしてQ医師の上記見解を争っているが,以上によれば,上記判断を左右するものではない。)。
イ溢血や鬱血の所見について
L医師は,死体の解剖写真を観察して,左眼瞼結膜の溢血点は多数でも高度でもなく,口腔粘膜の溢血点は多数ではあるが不鮮明であるとも述べている。しかし,
J医師は鑑定書において,死体を実際に見分した結果として「左の上眼瞼結膜、熱変化を中等度に受けているが二回飜転した内側はよく残存しており、細かい溢血点が多数存在している。円蓋部にもそれよりやや大きなものが多数ある。下眼瞼結膜にもかなりあり、麻実大の出血斑もある。右の結膜は強く熱変化を受け、硬くなり、溢血点の有無は不詳。淡黄色から淡赤色に熱変化を受けている」「口唇粘膜右側ではかなり焼けているが、左側では残っており、上顎左側の歯肉に相当する部分に面する粘膜には微細な溢血点が多数ある」と,溢血点の確認が可能なところとそうではないところを区別しながら,溢血点を多数認めた状況を具体的に記載している。Q医師が,上記写真を観察して,
左眼瞼結膜と口腔粘膜に溢血点が多数発現していると述べているのは,このような鑑定書の記載に沿うものといえる。したがって,L医師の上記見解によって,
左眼瞼結膜と口腔粘膜の溢血点の存在状況に関するJ鑑定の見方に誤りがあったとはいえない。
なお,L医師は,眼瞼結膜や口腔粘膜に溢血点が見られることは,頸部圧迫による窒息死の事例において特異的に生じる所見ではないと述べている。しかし,L医師が挙げる法医学の文献には,眼結膜などの点状出血(溢血点)は一般に鬱血性急死の兆候ととらえるべきであり,窒息死の特異所見ではないが,頸部圧迫時には特に高度の鬱血が頭部・顔面に起こるため,眼結膜の点状出血の程度は一般の急死例に比してはるかに顕著であることが多く,また,口腔粘膜の点状出血は頸部圧迫事例以外では比較的まれであるので診断的価値があるとするもの,顔面や眼結膜などの多数の溢血点は,法医診断において重要であり,これらの所見を認めた場合は頸部圧迫による窒息(殺人事件の可能性)を考えて慎重に判断すべきである旨の記載があるというものがあり,さらに,古い文献でも,特に口腔粘膜の溢血点につき,統計データに基づいて,絞頸の場合に生じる口腔粘膜の溢血点の発現は他の死因の場合に比べて極めて有意の差を示しているとの観察結果を報告するものがある。これらによれば,眼結膜や口腔粘膜に溢血点が生じていることは,死因が頸部圧迫による窒息死であることを十分有力に示すものと考えられる。元h監察医のR医師も,確定控訴審で,口腔粘膜の溢
血点は,頸部圧迫事例に特有の所見とはいえないものの,それが存在すると頸部圧迫による窒息死の可能性がかなりあり,その旨判断する強い根拠になる旨の証言をし,結局,J鑑定は論拠が不十分であるとしながらも,そこで挙げられている溢血点の状況,特に口腔内粘膜にも溢血点があることからして,かなり強い確度で,死因を頸部圧迫による窒息死と考えても理論的におかしくはなく,十分あり得る判断である旨証言している。以上からすると,L医師の上記見解から,J鑑定の判断が不合理であるとはいえない。
そして,前記の有力な各所見のほか,J鑑定書では「咽頭の鼻部は血量が非常に豊富で赤色に見える。溢血点があるかどうかは不明である。少し熱変化を受けている」,「扁󠄀桃は血量豊富であるが、出血ではない」と指摘されているところ,Q医師は,これらの記載は鬱血を示しており頸部圧迫の所見である旨証言している(なおL医師も,これらは窒息死に特異な所見ではないとしつつも,それぞれ鬱血を意味していると思われる旨証言している。)。また,J鑑定は,頭皮下,側頭筋につき「左では側頭筋膜下に少し熱変化を受けた点状の細かい出血点が散在している」と,心臓につき「心外膜後面に溢血点がある」とも指摘しており,Q医師は,こういった溢血点の存在も頸部圧迫との判断を支え得る所見である旨証言している。以上のように,L医師の見解を踏まえて検討しても,関係証拠によれば,本件の死因を頸部圧迫による窒息死としたJ鑑定の判断を支える所見が少なからず認められるというべきである。
ウ死因の判断に関わるその他の所見の有無等について
L医師は,J鑑定書には,頸部圧迫を裏付ける所見の記載がないばかりか,むしろ,解剖写真によれば,顔面上部や頸部筋肉内部等には,鬱血や内出血の識別ができなくなる程の熱傷の影響がなかったにもかかわらず,鬱血や出血の所見が認められないことは,頸部圧迫による窒息死を否定する所見である旨を指摘している。しかし,
一般的に頸部圧迫による窒息死との判断を裏付けるとされる所見のうち,頸部圧迫の痕跡(索状痕,圧痕など)や舌骨,甲状軟骨の骨折については,R医
師やL医師も述べるとおり,頸部圧迫による窒息死の事例でも,その態様等いかんによっては認められないことがあるというのであり,また,死後に焼損された死体であれば,焼損の程度によっては,頸部の筋肉内出血や上頸部リンパ節の鬱血を観察できないことがあり得るとされる。そうである以上,こういった所見が認められないことによって,死因を頸部圧迫による窒息死とする判断が否定されるわけではない。そして,死体の顔面上部の熱傷については,J鑑定書には,「眼の部分にはタオルと思われるもので目隠しがされている。それをはずすとその下は中等度に焼けている」,「左の上眼瞼結膜、熱変化を中等度に受けている」「右の結膜は強く熱変化を受け、硬くなり、溢血点の有無は不詳」との記載がある。J鑑定がいう「中等度」との表現の意味について,Q医師は,多分3度熱傷(皮膚の全層及び皮下組織に及ぶ熱傷)くらいを指していると思うと述べるとともに,自ら顔面の写真を見分して,部位の色調等から,3度熱傷であると述べている。被害者の死体の頭部(顔面)は広い範囲で黒く焦げ炭化しており,炎の熱の影響をかなり受けたと認められ,また,顔面左上部(左眼周囲,前額部)は,目隠しのタオルの存在等によって炭化は免れたとはいえ,接近して撮影された上記写真からすると,その部分の皮膚は健常なそれの色とは程遠い茶色ないし褐色に変化していることが明らかであるから,熱傷の度合いの分
類はともかくとして,少なくとも,熱の影響を相当程度受けたという判断は十分理由があるものと考えられる。L医師は,顔面左上部はほぼ健常か1度熱傷(表皮のみの熱傷)にとどまるのに,頸部圧迫の所見である鬱血はそこに認められないと指摘するが,その見解は,この部分の皮膚の色調等の再現性が劣ると認められる写真に依拠するものであり,採用し難い。
また,L医師は,タオルで目隠しがされていた部位の皮膚の内側に位置する頭皮下にも3度熱傷は見られないと指摘するが,J鑑定書では「頭皮下、側頭筋について。右は熱変化が強いので不明。
左では側頭筋膜下に少し熱変化を受けた点状の細かい出
血点が散在している」と熱変化の有無,程度を直接見分した結果が記載されており,Q医師は,熱変化の弱い後頭部側の色調との比較等から,前額部頭皮下には熱変化が
起きている旨具体的に述べており,この点のJ・Q両医師の判断も,顔面に相当程度熱の影響が及んだと認められることにもかなった合理的なものと認められる。さらに,L医師は,頸部筋肉内部には出血が全く識別できなくなるほどの熱変性は起きていないのに,筋肉内出血が認められないとも指摘している。しかし,Q医師はもとよりL医師も述べるとおり,そもそも頸部圧迫の事例であっても,頸部筋肉内出血の所見が認められないことがある上,被害者の死体の頸部の筋肉は熱変化を受けて,出血があったとしてもこれを確認できない状態になっていたと認められる。すなわち,J鑑定書では「頸部は右の下顎縁に相当して骨を露出しており、さらに頸部の上部、下顎底の部分には水平に走る熱による亀裂があり、それが左の耳の方まで至っている。同様の亀裂が中央部左側、右の側頸部あたりにも存在している」,「頸部の皮下を逐層細検すると、筋肉は熱変化を受けて淡褐色調に色が変化している。硬くなっている。気管の前壁で輪状軟骨の直下の部分には小豆大の赤色が強い部分がある。明瞭な出血とは言えない」などと,頸部の筋肉が熱変化を受けていたことを示す記載がある。また,Q医師も,当該部位の筋肉の色調(白色ないし褐色)等から,相当熱によって変性している旨述べている。このJ・Q両医師の見解は,当該部位の写真から認められる筋肉の色調や,J医師の判断については筋肉の硬さにも依拠しており,頸部の焼損の程度に照らしても理にかなっているといえる。
以上によれば,被害者の死体には,死因が頸部圧迫による窒息死であることを裏付ける所見が少なからず認められるとともに,L医師が指摘する所見が見られないことも,
被害者の死因を頸部圧迫による窒息死とする判断を左右するわけではないと考えられる。
エ死因が窒息死以外のものである可能性について
薬物を使用した性犯罪に伴う急死等の可能性について
L医師は,被害者が若年女性であり,屋外で目隠しをされ,陰部を強く焼損された状態で発見されたことなどから,性犯罪が強く疑われる旨指摘している。しかし,性犯罪の疑いについては,確定控訴審において,R医師が,被害者が女性
で,死体が開脚状態であり,特に陰部等の焼損程度が激しいことなどから,強姦殺人の疑いをもって鑑定作業を行う必要があったと証言したものの,同医師は,その見解は個人的な推測に基づく意見であって,経験事例があるわけでもなく,陰部が特に焼損されていること,
開脚していること以外に具体的な所見上の根拠は特にないと証言
するに至っており,こういったR医師の証言等を受けて,控訴審判決は,本件が複数の男性による性犯罪であるという主張は甚だ根拠が乏しい旨判断・説示している。L医師の上記指摘も,同様の着眼点から改めて性犯罪の疑いを提起するものにすぎず,新たに有力な根拠が付け加えられているわけではないから,これを採用するのは困難である。
また,L医師は,被害者の死因は薬物使用による性犯罪に伴う急死の可能性が高いことを踏まえ,J鑑定では薬物検査がされた形跡がなく,他の可能性を除外せずに,頸部圧迫による窒息死との判断が導かれているとして,これを強く批判している。しかし,J鑑定書には,薬物検査が実施されたかどうかや,薬物中毒死の可能性を検討したかどうかについては記載されていないものの,関係証拠によれば,北海道警察本部刑事部科学捜査研究所(以下「科捜研」という。)において被害者の死体に関する所要の薬物検査が実施され,薬毒物が検出されなかったこと自体は間違いないものと認められる。
すなわち,3月17日,札幌方面千歳警察署の警察官は科捜研に対し,死体から採取した心臓血や胃内容物の薬毒物含有の有無,種類等の鑑定を嘱託し,科捜研では,6月2日までに,いずれの資料からも薬毒物は検出されなかったとの鑑定結果を得,同月21日までに鑑定書を作成し,同警察署長に送付している(同鑑定では,性犯罪の犯人がよく使用するものとしてL医師が挙げる10種類の薬毒物については,そのうち元々人体内に存在する1種類の物質を除いて検出されなかったこと,クロロホルムは心臓血から検出されなかったことが確認されている。)。そして,3月17日夜のうちに,科捜研担当者から同警察署担当者に,心臓血からクロロホルムは検出されなかったことが電話で伝えられ,4月6日にも,心臓血と胃内容物から現在のところ
薬物は検出されていない旨が伝えられていたことが認められる。J医師は,3月17日に死因等の鑑定に着手し6月6日に鑑定書を作成して作業を終了しているところ,いつどのようにして科捜研の薬物検査結果を把握したかは記録から直ちに明らかではないが,先のような薬物検査結果の連絡経過等からして,最終的に鑑定結果を導くに先立ち,
結果の連絡を受けるなどして把握していたことは十分推認することができる。また,鑑定に着手した当初の段階で,死体から採取された相当量の心臓血等が科捜研に送付され薬物検査が実施されることとなったのに,その検査結果を全く踏まえずに鑑定書を完成させ鑑定作業を終えると,そこでの判断と相容れない薬物検査結果が示されたような場合には,鑑定結果に重大な疑義が生じるのであるから,J医師がそのような不合理な形で鑑定作業を終えたとは考え難い。長らくJ医師に師事し鑑定作業の補佐をしていたというQ医師が,薬物検査が実施された場合,J医師は,通常担当検視官を通じて結果連絡を受けていたことや,本件では着手から鑑定書の完成までに比較的長い期間を要していること,本件では通常より多い心臓血を採取していることなどを踏まえ,
J医師が科捜研の薬物検査の結果が出るのを待ってから本件の鑑
定書を完成させたのは明らかである旨述べるのは,十分説得力があると認められる。いずれにしても結果的には,薬物検査が実施され,不検出という結果が出ていたのであるから,薬物を使用した性犯罪に伴う急死等の可能性は除外されるのであり,その可能性を疑うL医師の見解は採用の限りではない。
肺水腫が認められる点について
L医師は,本件では被害者に高度の肺水腫が認められるところ,肺水腫は窒息死事例のごく一部に認めるのみであり,経験事例からすると,薬物中毒死事例に多いとも指摘している。
しかし,L医師が挙げる法医学の文献では,肺水腫は頸部圧迫事例では高頻度に認められる所見とされている。L医師は,自身の経験事例を基に前記のような見解を示しているが,Q医師は,頸部圧迫事例で相当強い肺水腫を認めた経験事例を挙げており,L医師の経験事例が決め手になるとは解されない。肺水腫は頸部圧迫による窒息
死以外の死因(薬物中毒死等)を示唆する有力な所見であるとする見解には賛同し難い(なお,いかなる条件の頸部圧迫事例で肺水腫が生じるかについては,L医師とQ医師は見解を異にしているが,いずれにせよL医師も,圧迫の時間が長い頸部圧迫の場合には高度の肺水腫が生じ得ることを認めているところである。)。小括
以上によれば,L医師の見解は,被害者の死因を頸部圧迫による窒息死と認定した確定判決等の判断に合理的な疑いを生じさせるものではない。
2被害者の死体の焼損状況等について
F教授の見解
ア後頭部の焼損状態等について
被害者の死体は,後頭部の頭髪が焼失して頭皮も炭化し,目隠しのタオルが結ばれていた後頭部の部分も焼損しているところ,仰向けの状態では,後頭部は常に雪面又は地面に接触しており,燃焼に必要な空気にさらされる(酸素が流入する)ことはないから,うつ伏せの状態で後頭部が火にさらされて焼損されたことが明らかである。発見時,死体は仰向けの姿勢であったことからすると,最初はうつ伏せの状態で燃料を掛けられて焼損された後,その後火勢が衰えてから仰向けの状態にされ,更に燃料を掛けられて焼損されたと合理的に推定できる。
イ現場に黒くすすけた箇所が生じていたことについて
死体が発見された道路脇の位置より道路中央側の地面では,雪が完全に解けて乾いており,黒くすすけた燃焼痕跡があった。撮影された仰向けの状態の死体の輪郭を画像処理によって180度反転させ,うつ伏せの状態の輪郭に加工した上,両足の開脚の程度を少し狭めると,
死体の輪郭は道路中央側の黒くすすけた燃焼痕跡の位置関係
と一致する。そうすると,被害者の死体は,最初道路中央側の位置でうつ伏せの状態で燃料を掛けて焼かれ,その後火勢が弱まって鎮火に近い状態になってから,道路脇の位置に反転・移動させられて仰向けの状態にされ,両足を開かれた上で更に燃料を掛けて焼かれたといえる。

L医師の見解
頭部・顔面,胸背部等の焼損状況に照らすと,被害者の死体は,頭部顔面左側と左前胸部が地面に接したうつ伏せの状態で,背面から多量の燃料を注がれて焼かれた後,
仰向けの状態にされて,
背面より少ない燃料を再び掛けられて焼かれたといえる。
検討
ア後頭部の焼損状態等について
関係証拠によれば,被害者の死体は,後頭部が,目隠しのタオルの結び目も含めて広く焼損され,後頸部,肩,背中も,広く炭化するなど強く焼損されていたことが認められる。この点,死体の頭頂部後方のつむじ付近と見られる部位等の頭髪が一部残存しているのは,死体が仰向けの姿勢であったことを前提としても,頭部は広い範囲で強く熱せられたが,
前記部位等は氷雪面ないし地面に特に接するなどしていた
ために,
その他の部分に比べて熱の影響が小さかった形跡であるとみることができるし,また,後頭部にも強く焼損されている部位があるのは,後頸部,肩,顔面の相当部分等が炭化するなどその付近がかなり強く焼損されていることなどからして,当該箇所の氷雪が解けるなどし,
後頭部のその部位にも熱が及ぶようになって焼損された
ために生じたと考えることができる。また,被害者の死体は,仰向けの姿勢で,折れ曲がった右腕の前腕部の先が背中と地面との間に入り込むとともに,背中を若干反り返らせ,あごを突き出して首を反らせた状態で発見されており,背部等が広く氷雪面ないし地面と接していたわけではなく,その間には空間があったと認められる。そして,被害者の死体は,可燃物である着衣を身に付けた状態で多量の灯油を掛けられ,長時間焼損されたと認められるところ,いわゆるボクサー型の体勢になるまでの間,筋肉の収縮等により膝やひじ等の関節が屈曲するなどして,部位によっては徐々に位置等が変化するなどしていたとも考えられる上,当時一定の風も吹いていた(本件現場に近い気象観測所の記録によれば,3月16日午後10時頃の時点で平均毎秒約2mの北西の風が,
同日午後11時頃以降数時間は平均毎秒約3mないし約4mの北の風が吹いていた。)というのであるから,仰向けの状態でも,着火の方法や炎の広が
り方,焼損の進み方等によっては,後頭部や背部等が熱の影響を受けることが継続して,広く焼損し得る条件があったと認められる。こうしてみると,後頭部や背部の焼損状況等は,
死体がうつ伏せの姿勢で焼損されてはじめて生じるようなものとはいえず,焼損の開始当初死体がうつ伏せの状態にあったとする根拠にはならない。なお,確定控訴審段階で弁護人が行った豚の燃焼実験によれば,冬期に圧雪路面上に豚の死体を置き,10ℓの灯油を全体的に掛けて点火すると,炎が死体全体を包むように激しく広がった後,約1時間43分間有炎燃焼が続いたというところ,特に当初は,
雪面に接している頭部や胴体の下の辺りからも炎が勢いよく立ち上る状態が相当時間継続し,いったん火勢が衰えた後も,胴体と雪面とが接している箇所の一部から途切れることなく炎が上がり続け,死体を移動させると,胴体が接していた辺りは雪が解けて陥没しており,その中では炎がなお生じていたことなどが認められる。この実験結果に照らしても,被害者の死体は,氷雪面上で仰向けの状態で灯油を掛けられて焼損されたとしても,地面の氷雪が解けるなどして生じた隙間から熱が及んだ可能性が想定されるというべきである。
そうすると,被害者の死体は仰向けの状態で焼損されつつも,後頭部や背面が燃焼し得る条件に欠けるところはなかったと認められる。F教授の見解は,燃焼の条件を過少に見立てているもので,採用できない。
さらに,死体の臀部の一部,右前腕部の外側部分のほか,右手の第5指や小指球及びそれらに近い部分等は,その周囲が強く炭化したのとは異なり,健常に近い皮膚の色を保つなど焼損を免れたことが認められる。このように健常に近い皮膚の色が所々保たれているのは,その各部位の箇所からして,死体が,仰向けの姿勢で,右腕の前腕部から先が背中と地面との間に入り込んだ状態で地面等と特に接していたから生じた現象であり,また,そうであるがために,これらの未焼損部分はそれぞれそのような形状等を呈しているものと考えられる。とりわけ臀部において焼損を免れた箇所は,その形状等からして,脂肪が豊富で軟らかい性状の臀部が地面等にある程度押し付けられていたがために,当該部分には熱の影響が及ばず,結果として地面等と
の接触面の形状に沿う形で健常に近い状態が残されたものと強く推認される。F教授は,その見解の中で,死体は当初うつ伏せの状態で相当多量の油類が掛けられ相当時間焼損されたことを前提とし,L医師も概ね同旨の見解を述べているが,そうであったとすると,臀部にこういった形状で健常に近い部分が残るとは想定し難く,この点でこれらの見解は不合理である。F教授は,本件再審請求審では,臀部には火も当たり油類も掛けられたが,
ジーンズ及び下着2枚が重なり合っていて非常に燃えにくい
状態となっていたために,
臀部の当該部分は燃え残ったと推察されるとも証言するよ
うになっているが,ジーンズと他の着衣が重なり合う部分は,実際に健常に近い状態が残されていた臀部の当該部分に限られないのであるから,その見解は,未焼損部分が前記のような形状を呈していたことの説明としては不十分というほかない(L医師も,いかにして臀部の一部がこのように焼損されずに残ったかについては,燃焼学上の説明を要するとしつつ,F教授と同旨の説明を試みているが,やはり不十分である。)。特に臀部にこのような形状で健常に近い状態の部分が残されていることは,この部分で地面等との間で接触面が生じて熱の影響が及ばなかった結果とみなければ説明がつかないというべきである(なお,F教授は,第1次再審請求審の当初段階では,上記見解と異なり,臀部は燃焼中に終始地面に接していたことを前提とした見解を述べていたものである。)。
ところで,F教授は,死体の顔面左側やそこに結びつけられていた目隠しのタオル等が焼けておらず炭化していないという点をも挙げて,死体はうつ伏せの状態で顔面左側を下にして焼かれたと主張している。しかし,死体の顔面上部左側が周囲に比して焼損されずに残っている状況は,その部分の形状等からして,仰向けの状態の死体を焼損した場合であっても,燃料の掛かり方,炎の広がり方等いかんでは生じ得るものと考えられる(臀部に認められる未焼損部分については,その形状等からすると,そのような範囲で偶然にも熱が及ばなかったとみるのはかなり困難であり,この点において,
死体の顔面上部左側の焼損が進んでいない状況とは大きく異なるというべきである。)。F教授は,本件再審請求審において,死体の右手や右前腕部に健常
に近い皮膚の色を保つ部分がある理由を問われ,何らかの形で空気にさらされていない状況があったのではないかと思うと証言しているが,どのようにしてそのような状況が生じたと考えられるかについては,あいまいな証言しかしておらず,未焼損部分が,
仰向けの状態で地面等に接していたと認められる複数の箇所に存在したことを整合的に説明できていない(L医師も,うつ伏せの状態で焼損されて,右手や右前腕部にこのような形で健常に近い部分が残ったことについて,これらの部分は燃料を用いて燃焼されなかった可能性や,
何らかの物の圧迫により燃焼を免れた可能性が推定さ
れると証言しているが,その説明はやはりあいまいというほかなく,F教授の見解と同様の問題がある。)。
以上のとおり,その焼損の部位,状況等から,死体はまずうつ伏せの状態で焼かれ,その後仰向けの状態で再度焼かれたとするF教授らの意見は,採用できない。イ現場に黒くすすけた箇所が生じていたことについて
関係証拠によれば,被害者の死体が発見された現場には,死体があった道路脇(北東側)より道路中央側(南西側)の乾いた地表(砂利道)に黒くすすけた箇所が生じていたところ,F教授は,これは燃焼痕跡であるとしてその箇所に着目し,まず画像処理によって写真上の死体の輪郭を180度反転させ,道路中央側の同箇所の範囲と対照しつつ,足の部分の開き具合を調整して,死体の輪郭が同箇所の位置関係と一致することを確認したと述べている。しかし,そこで使用されている解析画像を見ても,
反転させた死体の輪郭が黒くすすけた箇所の位置関係と一致又は符合するとは到底いえない上そもそもいかなる根拠を基に足の部分の開き具合を調整したというのかも全く不明である。このような分析に意味を見出すのは困難である。また,F教授は,被害者の死体は当初,道路中央側の黒くすすけた位置にあって,うつ伏せの状態で相当分量の油類を用いて相当時間焼損された後,人の手で反転・移動させられたということを前提にしているが,そのような場合には,黒くすすけた箇所の付近に,焼損した着衣,皮膚等の残焼物が落下するなどして遺留されてしかるべきである
(発見当時の被害者の死体には焼け残った着衣等が少なからずまとわりつい
ており,現に,死体が発見現場から移動される様子の写真によれば,死体があった箇所には黒い残焼物が相当程度残されていたことが認められる。)のに,死体発見後間もなく行われた実況見分では死体の右足,腰部,両腕各付近から採取された以外に,そのような残焼物は見られなかったことが明らかである。F教授は,この点につき,死体は最初うつ伏せの姿勢で背中が炭化するほどに焼損されたとしながら,落下する
残渣物がなくなるまでに衣類が燃え切ったのではないかなどと証言しているが,その説明には無理があるというほかない。
そして,死体の発見現場に黒くすすけた箇所があったことに関しては,確定控訴審段階で弁護人が実施した豚の燃焼実験では,
灯油が掛かった雪面上からもしばら
くの間炎が立ち上がり,あるいは,炎が風にあおられて雪面近くにたなびくなどし,雪面の色が黒く変化し又は黒いすす等が付着するに至ったことが認められる(他の豚の燃焼実験でも,
焼損死体の周囲に黒いすす等が付着した様子が見て取れるものがある。)。被害者の死体の発見現場では,焼損されたと考えられる時間帯には,前記のように北西ないし北の風が吹いており,実際に,死体の北東側(道路脇側)の地面の氷雪は解けた様子が見られないのに対し,死体の位置から南西側(道路中央側)ないし南東側にかけて相当な範囲で地面の氷雪が解けていることに照らしても,炎が風にあおられたなびくなどして,その範囲に熱の影響が及んでいたものと推認される。そして,焼損の過程で生じたすす等が周囲の地面等に付着することがあることは,燃焼実験の結果からも間違いないといえることを併せ考えると,本件では,死体の南西側を中心に黒くすすけた状態が残ることは,
経験則等に照らしても十分起こり得る現象
であると考えられる。そのほか,確定控訴審段階で弁護人が実施した燃焼実験の様子からすると,
犯人が死体に灯油を掛けた際その一部が氷雪面上に掛かるなどして付着すれば,死体等から生じる炎と連なるような形で,氷雪面上の灯油から炎が上がることも起き得ると認められ,それによって,すす等が付着する範囲が更に広がることも想定できる。現場に黒くすすけた箇所が生じていたことは,具体的な発生機序はともかく,
その死体が灯油を掛けられて風の吹く中相当時間にわたり強く焼損されたとい
う本件の状況を前提とすれば,起き得る現象ということができる。このような黒くすすけた箇所の存在を理由に,当初その位置で死体が焼損されたとするF教授の見解は,やはり採用の余地がない。
ところで,F教授は,本件再審請求審において,目撃者(S)が,3月16日午後11時15分頃に一度大きな火炎を見て,更に翌17日午前0時5分頃に再度大きな火炎を見ていることは,死体がうつ伏せから仰向けに姿勢を変えられ,少なくとも2度燃料を掛けられて焼損されたことと符合する旨述べている。この見解は,
Sが,
3月16日午後11時15分頃のみならず翌17日午前0時5分頃にも再度大きな火炎を見ているということや,
炎がいったん小さくなった後再び元の大きさに戻った
状況を見ているということを前提にしているが,この点のS供述が信用できず,そのような事実を認定することができないことは,第1次再審請求棄却決定及び即時抗告棄却決定において判断・説示されているとおりであって,その見解はやはり採用の限りではない。
小括
そもそも,被害者を殺害した犯人が死体に燃料を掛けていったん焼損に着手し,相当時間経過後,焼損が進んだ死体をうつ伏せから仰向けの状態に変えた上,更に燃料を掛けて焼損を継続させたと想定するのは,当時人通りの少ない場所,時間帯であったとはいえ,なお人の目に触れ発覚するおそれがあったことからすると,長時間にわたりあえてそのような行動に出ようとする意図などもにわかに想像し難いところであって,かなり非現実的というべきである。以上によれば,被害者の死体はまずうつ伏せの状態で焼損され,
その後仰向けの状態にされて更に焼損されたとするF教授ら
の見解は,採用の余地がない。弁護人は,F教授らの上記見解を根拠に請求人にはアリバイが成立すると主張するが,採用できない。
310ℓの灯油による焼損可能性について
確定判決等及び第1次再審請求審における判断等
豚の燃焼実験の結果等を根拠に,灯油10ℓでは被害者の死体のように炭化状態に
なるまで焼損することは不可能であるとする弁護人の主張に対し,控訴審判決は,豚と人の皮膚の性質,想定される焼損開始時点の体温,灯油の滞留状態,自然条件など本件と燃焼実験との間に種々の差異があることを指摘して,実験結果から灯油10ℓでは被害者の死体のように焼損することが不可能とはいえないと判断・説示した。第1次再審請求審では,灯油10ℓでは本件の死体のように9kgの体重減少が生じるほどまでに焼損することはできないとするF教授の鑑定意見等が提出され,第1次再審請求棄却決定は,死体に灯油が掛かっていない部分等があれば,その部分から皮下脂肪が溶け出して燃焼が継続するという過程(独立燃焼)が成立し,被害者の死体が炭化する程度まで焼損する可能性があるといえるなどとして,
上記鑑定意見等を排
斥し,
そのような死体の焼損可能性を前提とする確定判決等の認定に合理的な疑いは生じない旨判断した。即時抗告棄却決定も,F教授の鑑定意見等を排斥し,脂肪の独立燃焼が生じて長時間燃焼が継続すれば,9kgの体重減少等が見られる状態になることも生じ得ると指摘して,原判断は必ずしも不合理であるとはいえないと判断した。
N教授の見解
雪面上に置かれた死体に灯油10ℓを掛けてこれが死体の着衣全体に染み込み,そこに着火されて燃焼が起こる場合,一定の火勢で200秒間燃焼が持続したとしても,皮下脂肪に相当する表面から6mm下の温度はようやく100℃に達する程度であり(脂肪の引火点は300℃),たんぱく質の変性や水分蒸発等も起きることを考慮すると,皮下脂肪が燃え出す状態にはならず,体重が9kg減少することもない。また,灯油が死体の一部にしか掛からず,死体が直接炎に暴露された場合であっても,300秒間燃焼が最大状態で継続したと考えても,死体の表面温度がようやく脂肪の引火点に達するにすぎず,更に300秒間加熱が継続したと仮定しても,300℃になるのは表面から4mm未満の範囲であって,
皮下脂肪の部分には達しない。
たんぱく
質の変性や水分蒸発等も起きることを考慮すると,やはり皮下脂肪が燃え出す状態にはならず,体重が9kg減少することもない。

N教授の見解に関する検討
N教授の分析方法は,死体が横たえられた場合に上方に向かって暴露されている体表面積を,被害者の体格等から約1㎡と仮定した上,その体表面に5ℓの灯油が掛かり,
そこで燃焼が起きる
(約1㎡を輻射支配領域とするいわゆるプール燃焼が起きる)
との見立てを前提に,豚の燃焼実験を基に,火勢が最大状態に達しその状態が継続する時間は最大で3分程度であるとして,死体表面や皮下脂肪への熱の伝わり方を試算しようとするものである。しかし,被害者の死体は,前記のとおり発見当時仰向けの姿勢で,折れ曲がった右腕の前腕部から先が背中と地面との間に入り込み,かつ,背中を若干反り返らせるなどした状態にあり,背中と地面等との間の空間で燃焼が継続するに至ることができる状況にあったといえる(死体がうつ伏せから仰向けに姿勢を変えて2度焼損されたとする見解が採用できないことも前記のとおりであるから,死体は仰向けの状態で焼損されたことになるが,そうである以上,その背面が現に広範囲にわたって強く焼損されていることは,背中と地面等との間で燃焼が継続するに至ったことを指し示しているというべきである。)。N教授が前提とするように,炎はもっぱら死体の上方にのみあり,炎の下方に位置する死体には,主として炎から輻射によって戻ってくる熱が加わっていたとみるのは,実際の死体について起きた燃焼状況とはかけ離れた見方といわざるを得ない。被害者の死体は,背面の下方(地面等との間)で起きた燃焼によっても熱が継続的に加えられたと考えられ,さらには,燃焼範囲が広がることで死体の側面などにも広く継続的に熱が加えられたと考えられるのに,N教授の分析は,このようにして死体には様々な角度から複合的な形で熱が加わり,焼損が進んでいったと認められることを前提としていない点で,問題がある。さらに,死体には,顔面,頸部から臀部付近まで前面,側面,背面を問わず,大小深浅様々な割れ目や裂け目が非常に多く生じており,燃焼が継続する過程で,熱が健常な皮膚組織の中を伝わるのではなく,割れ目等の隙間から皮膚組織内部により直接的に及ぶことがあったこともほぼ間違いないものと認められるのに,N教授は,そのような熱伝達の機序を明確には考慮に入れていないと解される。そもそも,N教授は,
灯油10ℓのうち着衣に染み込んだ量を多く見積もって5ℓとしてこれを前提条件にしているが,むしろ燃焼した(燃焼に寄与した)灯油が何ゆえその量にとどまったとするのかは明らかではない(即時抗告審で弁護人が実施した実験は,着衣を付けたマネキンに灯油10ℓを掛けると,その約4割しか着衣に掛からなかったというものであり,
N教授もこれを目安にして衣服に染み込んだ灯油の量を前記のように見積もっているが,諸条件によって着衣に付着・浸透・滞留する灯油の分量は大きく変動し得るのであるから,想定の根拠としては不十分というほかない。)。以上のように,N教授の見解は,前提としている燃焼の条件が実際よりも過度に単純化され,過少なものとなっている疑いが濃厚である。
そして,
N教授は,
灯油が死体の着衣全体に染み込む
(死体表面が灯油で覆われる)
という場合を想定しつつ,その場合に皮下脂肪が燃え出すことはないと指摘するが,そもそも人の手で死体に灯油を掛ければ,よほど入念にその作業を行わない限り,着衣には灯油が付着する部分と付着しない部分が生じるし,部分によって灯油が付着・浸透・滞留する量にも差異が生じるはずであって,灯油が着衣全体に染み込む(行き渡る)という事態は,常識的には想定することができない。犯人が被害者の死体に灯油を掛けて焼損するに当たっては,早期にその現場を後にしようとしていたであろうから,灯油を入念に掛けるという作業をしたとは考えられず,そのようにして死体に掛けられた灯油が着衣全体に行き渡るに至ったなどとは一層想定し難い。第1次再審請求審においてこれと同旨の判断がされていることは,経験則上も,即時抗告審において弁護人が実施した上記実験結果に照らしても,もはや動かないというべきである。N教授の上記指摘は前提が適切ではない。また,N教授は,灯油が死体の一部にしか掛からなかった(死体表面が灯油で覆われたわけではない)場合についても検討し,
燃焼が継続して死体の表面温度が脂肪の引火点に達する所要時間や更に皮下脂肪が引火点に達する所要時間に着目して,5ℓの灯油で皮下脂肪が引火点に達することはない旨を指摘しているが,すでにみたように,下方や側方から死体に熱が加わることや,燃焼の過程で生じた割れ目等から直接的に死体の内部に熱が及ぶことなど,複
合的な熱の伝わり方を考慮に入れておらず,燃焼した灯油の量に関する前提条件にも問題があるのであって,これに依拠するのもやはり困難である。
以上から,N教授の見解は採用できない。
F教授らの見解に関する検討
アF教授の見解
第1次再審請求棄却決定及び即時抗告棄却決定が依拠したT大学U教授の見解にあるように,脂肪の独立燃焼が維持されるためには,灯油が燃え尽きる前に新たな燃料としての脂肪が溶け出して燃焼し,灯油が燃え尽きた後もその脂肪が燃焼した熱で新たな脂肪が溶け出して燃焼するということが何回も繰り返される必要がある。しかし,体内の脂肪は,供給された入熱量に見合った分しか溶け出ず,溶け出た脂肪が燃焼するには,
更に燃焼に必要な熱エネルギーが死体に供給され続けなければならないのに,灯油が燃焼し終わった後,体内の脂肪の入熱速度では,そのように新たな熱エネルギーを継続的に供給することはできず,灯油が燃焼し終わった後,体内の脂肪の燃焼を溶け出した脂肪の燃焼エネルギーだけで継続させることは不可能である。U教授の見解は不合理であって,10ℓの灯油を用いて死体を燃焼させた場合に脂肪が燃焼して体重が9㎏減少することはない。
イ検


F教授の見解は,第1次再審請求審段階から,死体に掛けられた灯油は,いわゆる毛管現象などもあって着衣に染み込んで行き渡ること,炎があくまで死体の上方にあるという燃焼の状況下でその炎から供給される熱量のみが死体の受熱量となることを前提としている。しかし,死体に掛けた灯油が着衣に広く行き渡ることを前提にして,
灯油を介せずに炎から死体に直接的に熱が伝わることを考慮しない考え方が採用の限りではないことは,すでに検討したとおりであって,第1次再審請求審におけるこの点の判断は動かない。
そして,
確定審及び第1次再審請求審において複数回実施された豚の燃焼実験の結果を見ても,皮膚組織が割れた部分から脂肪が溶け出したことや,前記のとおり,着
火後約40分程度でいったんはほとんど炎が出ない状態になった後,再び炎が上がっ
て燃焼が続き,着火から約1時間43分を経過しても燃焼が継続し,脂肪の独立燃焼が生じるに至ったことが確認され,皮をはいだ豚を用いた実験で,2時間8分間燃焼が継続したことが確認されている。このような実験結果は,人間と豚の皮膚には差異があるものの,種々の条件次第では,着衣が芯となるなどして相当時間脂肪が独立して燃焼を継続することが起こり得ることの証左とみることができる。F教授は,第1次再審請求審段階で自身が実施した豚の燃焼実験の結果に依拠して,本件再審請求審でもなお前記のように主張しているが,
控訴審判決及び即時抗告棄却決定においてす
でに指摘されているように,燃焼の大小,熱の伝わり方も様々な条件によって当然変動するのであるから,そのような問題の性質上,特定の燃焼実験の結果それ自体が決め手になるとは解されない。F教授の見解は,この点でも説得的とはいえない。以上のように,F教授の見解は採用の余地がない。
小括
以上のとおり,N教授及びF教授の見解は,確定判決等の認定に合理的な疑いを生じさせるものではない(なお,確定判決等は,弁護人の主張に検討を加える形で,灯油10ℓで被害者の死体が本件のように炭化状態になるまで焼損するかどうかを検討しているが,死体の焼損に用いられた灯油の分量が約10ℓであり,かつその焼損それ自体により現に約9kgの体重減少が起きたという事実をそのとおり認定しているわけではなく,
もとよりそのような事実関係を踏まえて請求人が本件の犯人であると認定しているわけでもない。特に,本件当時の被害者の体重に関して,弁護人は,被害者は平成11年5月に行われた健康診断で体重52.5kgと測定されていたことを根拠に,被害者は本件当時も同じ体重であったことを前提にしているが,被害者の母の証言によれば,被害者がつけていた家計簿には平成11年11月,12月の箇所に体重を書いたと思われる51kgとの記載が見られたというのであるから,上記健康診断から約10か月が経過した本件当時の体重について弁護人が主張するような前提に立ってよいかは疑問が残るというべきである。また,死体の損傷状況等に照ら
すと,身体組織の剥離,脱落等が相当程度起きたと認められ,これらによっても体重が減少したと考えられるから,死体の体重が焼損それ自体により約9kg減少したとみてよいかもやはり疑問である。第1次再審請求審におけるこの点の判断も,灯油の使用量や体重の減少量についての判断を留保しつつ,焼損に用いられた灯油が10ℓであり,かつ焼損それ自体により9kgの体重減少が起きたとする弁護人の主張に仮に依拠してみた場合に,被害者の死体についてそのような事態が起き得たかどうかを論じ,これを肯定したというものにほかならない。この点の弁護人の主張は,その前提において根拠が十分ではないという問題があるといわざるを得ない。)。4
被害者の携帯電話機の電波捕捉位置から認められる犯人の動きと請求人の動
きとの関係について
確定判決等における判断
確定判決等は,犯人は被害者の死体を焼損した後,同人の携帯電話機を所持して移動したと認められるところ,
発着信に伴う電波を捕捉した基地局の位置とセクターの
方向等から認められる犯人の大まかな動きと対比すると,請求人が同じ時間帯にこれと同様の動きをしていると認められ,この事実は,請求人が犯人であることを示す有力な間接事実であると判断・説示した。
関する検討

第1審で取り調べられた証拠を基に,請求

人が供述する3月16日(本件当日)から翌17日にかけての走行経路と関係箇所,近隣に所在する携帯電話機の通信基地局の位置と電波の捕捉範囲等を地図上に図示し,併せて,確定判決等の上記判断が誤りであることが明白になるという主任弁護人の主張等を記載したものである。

は確定第1審で取調べ済

みの証拠であるものの,
そのままでは意味をよく理解できない証拠を図面化してその
意味を一目瞭然にさせており,
取調べ済みの証拠とは別の独自の証明力を有する旨を
指摘する。
しかし,弁護人がこれを作成するに当たって材料にしたと述べる証拠(被害者の携
帯電話機の通信状況に関する書面)は,確定判決で「証拠の標目」に掲記されるなど,その段階で検討・判断の資料とされていたことが明らかである。また,検討・判断に必要な関係箇所の位置関係等は,確定第1審で取調べ済みの証拠(基地局の所在とアンテナの角度及びそれらを地図上に図示した書面や,本件の関係箇所と基地局の位置を図示した森林位置図)や,それに関する関係者の証言からもある程度把握可能であったといえる。
弁護人の主張の記載部分にはもとより主張としての意味しかないこと新しく証拠資料を付加するものではなく,新規性は認めら
れないというべきである。
イそして,

主要な主張を念のために検討しても,

採用できるものはない。
すなわち,弁護人は,①請求人は3月17日午前0時5分過ぎには自宅に到着していたから,請求人が被害者の携帯電話機を所持していたとすれば,その時刻頃以降の発信電波は,実際にこれを捕捉していたiBSセクターではなく,他の基地局で捕捉されるはずである,②同日午前9時29分以降の被害者の携帯電話機の着信電波は,jBSセクター1,2及びiBSセクター6,1で捕捉されているところ,その時間帯における請求人の所在地(本件事業所)の電波はjBSセクター1で捕捉されるものであり,同セクター2で捕捉されることなどはあり得ない,と主張する。しかし,①について,関係証拠に照らせば,請求人は,3月16日午後11時30分43秒には本件ガソリンスタンドに到着し,同34分4秒に自動車を運転して同所を出たこと,翌17日午前1時43分頃,自宅付近のコンビニ店(Vk店)で買い物をしたことが認められるが,
3月16日から翌17日にかけての帰宅の時刻等に関しては請求
人自身の供述が大きく変遷しているなど,請求人が同日午前0時5分過ぎには自宅に到着していたとする前提自体が認められない。次に②について,確定第1審における通信会社担当者の証言によれば,同じ場所にある携帯電話機の発信電波であっても,その位置や周辺基地局の場所(セクターの方角)等によって,1つの基地局とセクターで捕捉されたり,
同時に複数の基地局又はセクターで捕捉されたりすることがある

と認められるし,また,3月16日午後9時28分18秒に被害者が本件事業所配車センターで同携帯電話機で着信した際の電波がjBSセクター1のみで捕捉されたのに対し,翌17日午前9時29分18秒のそれがjBSセクター1,2及びiBSセクター6,1で捕捉されたことに関し,同社の別の担当者は,これらの着信を受けた場所は異なる可能性もあるが,同じ場所であったとしても矛盾はない旨を証言している。そうすると,弁護人の②の主張も,控訴審判決で排斥されているとおり採用できないというべきである。


また,そこでな

されている主張にも採用できるものはない。
5請求人車両内から犯行の痕跡が発見されていないことについて
P教授は,車両の座席シート越しに被害者が絞殺されたのであれば,毛髪や着衣の繊維片が検出され,また,着衣の繊維片は時間が経過しても残存する可能性が高いと述べている。しかし,P教授のその意見はごく一般的な経験則を改めて述べるものにすぎず,証拠資料として独自の意味をもつものではない。この点については,特に控訴審判決が,
犯行現場が車両内である場合でも毛髪等が付着しない場合もある旨のR医師の証言などを踏まえて,請求人車両にそのような痕跡がないことは,直ちに請求人の犯人性を否定するものではないと判断しているところ,P教授の意見は,新たに具体性をもってその判断に疑いを抱かせるような内容とはなっていない。P教授は,請求人車両から採取された資料
(油類,
指紋等)
の鑑定等がされていないなどとして,
本件捜査の鑑識活動や鑑定等を批判しているが,請求人車両の助手席部床マットからは灯油成分が検出されて油類の分析が行われ,指掌紋も車内の多くの箇所から検出されて鑑定が実施されているなど,証拠物や関係場所についての鑑識,鑑定は相当程度実施されていたと認められるから,その批判は明らかに前提を誤認しているところがあり,その他の指摘にも確定判決等の判断に疑いを生じさせるものはない。6その他の証拠等について

弁護人は,
平成28年2月15日に主任弁護人の法律事務所宛てに差出人不明の封書(「3月17日になったら真実を発表します。それまでまって下さい
もうにげま

せん」と記載された便箋入りのもの)が届いたことを根拠に,本件には請求人とは異なる真犯人がいる可能性が強く推認されると主張するが,本件との関連性自体明らかではない封書にそのような意味を見出すのは困難というほかない。その余の証拠も,関連性や新規性が認められないか,いずれにしても確定判決等の判断を動揺させるような証拠価値は認め難いものであって,みるべきものはないといわざるを得ない。第3結


確定判決等は,その判断理由の構造(前記第1の2

)から明らかなように,本件

の犯人として想定し得る人物を絞り込み,
これを請求人と特定するに至る間接事実が
各々独立した形で少なからず存在し,
そのようにして特定された請求人が犯行やそれ
に関連する一連の行動に及ぶことは不可能であるなどといった事情が認められないことから,請求人を本件の犯人と認定・判断したものである。他方,本件再審請求審において弁護人が提出した各証拠は,以上の検討によれば,確定判決等が判断の根拠とした間接事実等の認定や評価に影響を及ぼすようなものではないから,請求人を犯
人であると認めた確定判決等の事実認定に合理的な疑いは生じ得ない。よって,本件再審請求は,刑訴法435条6号所定の事由があるとは認められないから,
同法447条1項により,
これを棄却することとして,
主文のとおり決定する。
平成30年3月20日
札幌地方裁判所刑事第3部

裁判長裁判官

金子大作
裁判官

坂田正史
裁判官

山田雅秋
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