判例検索β > 平成28年(わ)第4190号
所得税法違反被告事件
事件番号平成28(わ)4190
事件名所得税法違反被告事件
裁判年月日平成30年5月9日
法廷名大阪地方裁判所
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主文
被告人を懲役6月及び罰金1200万円に処する
その罰金を完納することができないときは,金5万円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から2年間その懲役刑の執行を猶予する。

理由
(罪となるべき事実)
被告人は,競馬の勝馬投票券の払戻金による一時所得を除外して所得を秘匿した上
第1

平成24年分の実際総所得金額が34,646,610円で,これに対する所得税額(源泉徴収税額控除後のもの)は9,962,300円であったにもかかわらず,平成25年3月4日,大阪府門真市[以下省略]所轄門真税務署において,同税務署長に対し,平成24年分の総所得金額が6,884,540円で,これに対する所得税額(源泉徴収税額控除後のもの)が219,000円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過さ
せ,もって不正の行為により,同年分の所得税額9,743,300円を免れた(別紙1-1ほ脱税額計算書,同1-2修正損益計算書参照(掲載省略))。第2

平成26年分の実際総所得金額が143,552,949円で,これに対する所得税額及び復興特別所得税額(源泉徴収税額控除後のもの)は54,47
9,300円であったにもかかわらず,平成27年2月17日,前記所轄門真税務署において,同税務署長に対し,平成26年分の総所得金額が8,174,349円で,これに対する所得税額及び復興特別所得税額(源泉徴収税額控除後のもの)が346,300円である旨の虚偽の所得税及び復興特別所得税の確定申告書を提出し,そのまま法定納期限を徒過させ,もって不正の行為によ
り,同年分の所得税額及び復興特別所得税額のうち,所得税額53,019,589円を免れた(別紙2-1ほ脱税額計算書,同2-2修正損益計算書参照(掲載省略))。
(争点に対する判断)
第1

本件の争点

1
本件公訴事実の要旨は,被告人が,勝馬投票券(以下「馬券」という。)の払戻金による一時所得を除外した虚偽の所得税等の確定申告(過少申告)をし,
平成24年分及び平成26年分の所得税額合計6200万円余りをほ脱したというものであり,公訴事実自体に争いはない。
2
弁護人の主張(公訴権濫用,可罰的違法性の不存在,違法収集証拠の排除)しによる所得は極めて偶発性が高く,今後同種所得を得

る見込みがほとんどないことから,単純にほ脱所得額のみをもって可罰性を判断すべきではないこと,

馬券の払戻金については,ほとんど所得税の捕捉が

なされておらず,課税もほとんどされていないのが実情であり,国も有効な対策をとらないまま放置しており,稀に所得が発覚した者に対して刑事罰まで科すことについては不公平な結果を招くこと,
は実質的に二重課税であるし,そもそも馬券の払戻金に対する課税制度が流動的な状況である中で刑事罰を科すことは著しく不当である

馬券の払戻

金のほ脱額を見れば,本件より高額な事案もあるにもかかわらず,それらでは公判請求されていないことなど,他の同種事例との著しい不均衡が存在すること
被告人の脱税が発覚した経緯につき,査察官の査察調査の際にいわゆる
横目調査あるいは悉皆調査といった,プライバシー等を侵害する重大な違法調査がなされた可能性が否定できないことなどの事情に鑑みれば,本件の公訴提起は著しく公平性を欠き,正義に反するものであるため,公訴権濫用として公訴が棄却されるか,あるいは可罰的違法性が認められず無罪である(以下「主張①」という。)。

また,

重大な違法性のある調査に基づいて被告人の所得が

捕捉された疑いが濃厚であり,このような調査に基づく証拠を許容することは将来における違法捜査(調査)抑制の見地から相当でないものと認められ,得られた証拠(銀行口座に基づく証拠等)は違法収集証拠として排除されるべきである(以下「主張②」という。)。
3
2に対する検察官の主張
ほ脱所得額,ほ脱税額,被告人の認識等に照らせば,本件は公訴権濫用には
当たらず,可罰的違法性も十分存在する。また,本件とは別の犯則事件について金融機関調査を行った際に,本件に係る日本中央競馬会(以下「JRA」という。)から被告人名義の預金口座への極めて高額の振込入金事実を把握したことを端緒として本件の調査が開始されたものであり,別件の調査目的達成のために必要な範囲内で金融機関調査を行ったもので,違法な調査は行っていな
い。
第2

当裁判所の判断

1
まず,弁護人の主張①②に共通する事情である本件調査の過程に違法がなかったかについて検討することとする。

2⑴

本件発覚の端緒は,A銀行B支店(以下「本件支店」という。)の被告人名義の普通預金口座(以下「本件口座」という。)にJRAから2億3000万円余りの高額の振込入金がなされていることなどを,同支店に対する金融機関調査を行っていた大阪国税局査察部査察第5部門総括主査(当時)Cが発見したことによる。



この点につきCは,要旨,「本件とは別の犯則事件(以下「別件犯則事件」という。)の犯則嫌疑者が不正行為で得た資金の使途が不明であったため,仮名ないし借名預金での不正蓄財も想定に入れ,金融機関調査を実施する必要が出てきた。平成28年1月13日の午後と同月14日の午前中,各2名で別件犯則事件の調査として臨店の上,本件支店に対する金融機関調査を任
意調査として行った。金融機関調査を行う際は,一般的には,調査対象である犯則事件,それから調査対象者などを記載した金融機関の預貯金等の調査書を提示し,調査に対する協力を求めた上,調査に必要な範囲内での帳票類の提示を受け,調査を行うものであり,別件犯則事件の調査も,一般的な場合と同様の調査手法で行った。自分は同月14日午前に臨店したが,その際の調査で本件口座にJRAから前記多額の振込入金があることを発見し,別件犯則事件との関連性を確認するため,前後3年分位の預金元帳等の本件口
座の情報を持ち帰った。被告人の申告状況を確認したところ,競馬収入に関して申告がされていなかったことが分かった。」と証言している。ところで,Cは,別件犯則事件の具体的内容,別件犯則事件において本件支店を調査対象とした具体的事情,本件支店に対して口座又は入出金記録等の開示を求めた具体的範囲とその理由,
本件支店における調査の具体的手順,

本件口座へのJRAからの高額入金が別件犯則事件と関連性があると判断した具体的根拠のいずれについても,公務員が知り得た事実で職務上の秘密に関するものであることを理由に証言を拒絶し,
監督官庁である大阪国税局は,
これらを公にすることによって将来における査察調査において関係者の協力が得られなくなるとともに,脱税の発覚を防ぐ機会を脱税者に与えるなど,
脱税犯の発生を助長し犯罪の予防や犯則事件の調査に重大な支障を及ぼすおそれがあり,国の重大な利益を害する場合に当たるとして,刑事訴訟法144条に基づく当裁判所からの承諾の求めを拒絶したため,上記各事項についての具体的証言は得られていない。以下の判断は,C証言で得られた事情及びその他の証拠に基づき,本件調査の過程に違法がなかったとの立証が十分
であるかを検討することとする。


まず,Cらが別件犯則事件の調査として本件支店に対する金融機関調査を行った点についてみると,別件犯則事件の具体的な内容,別件犯則事件において本件支店を調査対象とした理由については明らかとなっていないが,被
告人が他人に対し,馬券による収入があったことを話していないことも踏まえると,少なくとも当初から被告人を狙い撃ちにしようとして調査を開始したとは考えられず,本件支店が調査対象とされたのは,C証言のとおり,別件犯則事件の調査上必要であったからだと考えられる。
そして,金融機関に対する任意調査において,査察官が,銀行側の同意の範囲を超えて調査を行うことは困難であると考えられ,本件口座の情報も,少なくとも銀行関係者の了解の下,査察官に提供されたものと認められる。
なお,Cは,一般的な調査における調査対象の口座を限定する方法を示した上で,本件支店の調査においても,適切な範囲でこれを限定したと証言しているが,その具体的な限定方法やその合理性等については,証言を拒絶しているため不明といわざるを得ない。C証言からは,調査対象の口座について,支店と期間を限定したことは窺えるものの,それ以上に限定したかどう
か,限定した場合にどのような基準で限定したかについては全く明らかとはなっていない。別件犯則事件の内容や,調査の目的によっては,上記の限定をする以上に調査対象の口座を限定することが困難であった可能性や,実際には,別件犯則事件の調査として真に必要かつ合理的な範囲に調査対象の口座が限定されていた可能性も考えられるが,この点に関する具体的証言が得
られない以上,調査対象の口座について適切な範囲に絞り込まれていたと認定することはできない。そうすると,別件犯則事件の調査が必要性及び相当性を欠いた範囲にまで及んでいた可能性は否定できない。その一方で,前記のとおり,本件口座の情報も,銀行関係者の了解の下,査察官に提供されたものと認められるところ,銀行は,顧客の口座情報等の重要な個人情報を管
理しているものとして,顧客との関係において,これを適切に管理すべき契約上の義務を負っている。このような立場にある銀行が,顧客の個人情報を開示することによる弊害を勘案した上で,任意調査に応じているということは,調査の違法性の程度を考える上でそれなりに重視されるべき事情といえる。



次に,Cが本件口座を発見した後,その情報を持ち帰った点については,Cは,別件犯則事件との関連性を調べるためであると証言する一方,本件口座が別件犯則事件と関連性があると考えた具体的な理由については証言を拒絶している。
Cは,本件口座にJRAからの2億3000万円程度の振込入金があったことを確認した旨の証言をしているが,JRAからの巨額の振込入金というのは,取引関係があるなどの特段の事情でもない限り,通常は馬券の払戻しであることが容易に想像されるから,別件犯則事件の内容がどのようなものであったとしても,この金銭の動き自体が何らかの犯則事件に直接関わるとは考えにくく,本件口座情報を,別件犯則事件との関係であえて持ち帰って
まで確認する必要性があったかについては疑問が残るところである。この点,
検察官は,本件口座の取引履歴には,JRAとの間での入出金のほかに,端数を伴わない数十万円単位の入出金が頻繁に認められ,この口座の動きを見た査察官において,同口座と別件犯則事件の不正資金の使途又は不明資産との関連性を疑うことは,一般的に十分にあり得ることであると主張する。し
かし,Cは,本件口座について,JRAからの2億3000万円程度の振込入金があることを確認したとは証言しているが,それ以上にどのような意味で本件口座の金員の動きが別件犯則事件と関連性があると考えたかについて証言していないことに照らせば,
検察官の上記主張を採用する根拠は乏しい。
以上からすれば,本件口座の情報をCが持ち帰った点については,別件犯則
事件の調査としての必要性に疑問を抱かざるを得ない。
他方で,本件口座にはJRAからの2億3000万円余りの振込入金があったところ,この振込入金は,一時所得等として所得税の課税対象となることが明らかであるから,別件犯則事件の調査としてではなく,被告人に対する調査として,(申告の有無等を確認するなどした上で,)銀行側の同意を
得て本件口座の情報を持ち帰ることは可能であったし,そうした手順で調査が行われた場合には,それ自体は被告人の所得税法違反の調査として,必要かつ相当なものであったと認められる。
3
以上からすれば,
本件支店において行われた別件犯則事件の調査については,
その対象範囲の絞り込みが不十分であった疑いは否定できず,Cが本件口座の情報を持ち帰った点についても,別件犯則事件の調査というよりも,むしろ被告人に対する所得税法違反の調査を主眼としていた疑いも否定できず(この点
に反するC証言は信用できない),これら一連の調査については,違法である疑いが残るところである。
しかしながら,前記のとおり,本件支店に対する金融機関調査は,別件犯則事件の調査の一環として,銀行側の協力の下で行われた任意調査であり,確認すべき口座情報の範囲についても銀行側の了解を得ていると認められること,
前記のとおり,本件口座の入出金情報を覚知してからは,被告人に対する所得税法違反の犯則調査としてこれに対処することが可能であり,その場合は,銀行側も任意調査に応じたと考えられることなどの事情に照らすと,査察官の行った調査における違法の程度は重大とまではいえない。
そうすると,本件調査によって得られた銀行口座の情報を基に作成された各
査察官調査書の証拠能力を否定しなければならないほどの重大な違法は認められない。
よって,各査察官調査書が違法収集証拠として排除されるべきであるとの弁護人の主張②には理由がない。
4
また,弁護人の主張①(公訴権濫用又は可罰的違法性の不存在)については,そもそも,検察官には広範な訴追裁量がある上,本件のほ脱税額が合計6200万円余りと多額であること,ほ脱が単年度ではなく2か年分に及んでいること,本件が虚偽過少申告ほ脱犯の事案であること,被告人が馬券の払戻金について納税義務があることを確定的に認識していたことなどの事情を踏まえれ
ば,前記のとおり,犯則調査手続に違法の疑いがあることを加味して考えたとしても,本件公訴提起が公訴権濫用に当たるとはいえず,また,本件事案が可罰的違法性を欠くものともいえない。
なお,弁護人は,馬券の払戻金に所得税を課すことは,馬券の売上げの中から国庫納付がなされていることからすれば,実質的な二重課税であって,国民の財産権を侵害するおそれがあり,この点は,公訴権濫用又は可罰的違法性の不存在に関わる事情であると主張する。しかし,公営ギャンブルである競馬の
売上げについて,国庫納付をさせるか否か,課税の対象とするか否かは,立法政策の問題であり,この点が公訴権濫用又は可罰的違法性に影響を与える事情にならないことは明らかである。
よって,弁護人の主張①についても理由がない。
(法令の適用)
罰条
いずれも平成26年法律第10号附則164条及び平
成28年法律第15号附則168条により前記各法律
による改正前の所得税法238条1項

刑種の選択
併合罪の処理
懲役刑につき

いずれも懲役刑及び罰金刑を選択併科
刑法45条前段
47条本文,10条(犯情の重い判示第2の罪の懲役
刑に法定の加重)

罰金刑につき
労役場留
48条2項(判示各罪所定の罰金の多額を合計)

刑の執行猶予

刑法18条
刑法25条1項(懲役刑につき)

(量刑の理由)
1
まず,本件の犯情についてみると,本件のほ脱税額は合計6200万円余りと多額であり,ほ脱率は全体で約97.8パーセントと高率である。さらに,被告人は,馬券の高額配当の払戻しを受けてから具体的な税額を計算
するなどし,所得税の納税義務があることを確定的に認識しながら,2か年分にわたり,虚偽の過少申告を行っている。被告人は,判示第2の申告時においては,市役所で課税担当部門に所属するなど,納税者の模範となるべき行動が求められる立場にいたにもかかわらず,判示のとおり多額の税金を免れたものであって,厳しい非難は免れない。
2
他方,被告人は,本件過少申告をするにあたり,特段の所得秘匿工作はしておらず,給与所得者である被告人が確定申告をしたのは別に不動産所得があったか
らであることなどに照らせば,ほ脱税額が多額の虚偽過少申告ほ脱犯の中では,比較的犯情が軽い部類に属すると評価すべきである。
なお,弁護人は,平成25年5月23日に大阪地方裁判所において宣告された所得税法違反被告事件(継続的に馬券の払戻金による収入を得ていた事案)については,判決結果が懲役2月,2年間執行猶予というものであり,その事件と本
件との均衡を指摘するが,同事案は,いわゆる単純無申告犯(適条は平成22年法律第6号による改正前の所得税法241条で,法定刑は1年以下の懲役又は20万円以下の罰金である。)として処断されたものであり,本件とは犯罪類型を異にしていることから,これらを単純に比較することは相当ではない。3
本件においては,被告人が事実を認めた上,既に本税及び加算税を納付済みであることなど,被告人に有利に考慮すべき一般情状も認められる上,本件で懲役刑を選択した場合,被告人は地方公務員上の身分を失うこととなることなども考慮する必要がある(なお,弁護人は,これらに加え,調査の違法を量刑上反映させるべきであると主張するが,本件調査の違法の程度等に照らせば,量刑を左右
する事情とはならない。)。しかしながら,以上の点を踏まえても,前記犯情に照らせば,被告人に対して懲役刑及び罰金刑を選択併科することはやむを得ないというべきである。
よって,主文のとおり,被告人を懲役刑及び罰金刑に処し,その懲役刑については執行を猶予することとする。

(求刑

懲役1年及び罰金1900万円)

平成30年5月9日
大阪地方裁判所第12刑事部

裁判長裁判官

村越一浩
裁判官

棚村治邦
裁判官

初谷湧

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