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補償協定上の地位確認請求控訴事件
事件番号平成29(ネ)1602
事件名補償協定上の地位確認請求控訴事件
裁判年月日平成30年3月28日
法廷名大阪高等裁判所
結果その他
原審裁判所名大阪地方裁判所
原審事件番号平成26(ワ)11819
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主文1
原判決を取り消す。

2
被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

3
訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。

第1

実及び理由
控訴の趣旨
主文同旨

第2

事案の概要

1
事案の骨子


本件は,公害健康被害補償法(昭和48年法律第111号。なお,同法の題名は,昭和62年法律第97号により「公害健康被害の補償等に関する法律」に改められた。以下,改正の前後を問わず「公健法」ともいう。)に基づく水俣病の認定を受けた亡A(大正14年a月b日生,平成25年c月d日死亡。以下「A」という。)の相続人である被控訴人B及び亡C(大正4年e月f日生,平成19年g月h日死亡。以下「C」といい,Aと併せて「Aら」という。)の相続人である被控訴人Dが,水俣病を発生させた企業である控訴人と水俣病の患者団体の一つである水俣病患者東京本社交渉団(以下「東京交渉団」という。)との間で,昭和48年7月9日に締結された別紙協定書記載の水俣病補償協定(甲3。以下「本件協定」という。)に基づき,控訴人に対し,本件協定に基づく補償を受けられる等の,本件協定上の権利を有する地位にあることの確認を求める事案である。



原判決は,被控訴人らの本件各請求をいずれも認容したことから,控訴人が本件控訴をした。

2
争いのない事実等
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。


当事者等

控訴人
控訴人の前身である日本窒素肥料株式会社は,明治41年に設立され,熊本県葦北郡水俣町(現在の熊本県水俣市)において肥料工場(以下「水俣工場」という。)を稼動し,昭和7年,アセトアルデヒド合成酢酸の製造に成功するなど,同工場において各種化学製品を製造していたが,昭和25年,同会社の工場等の設備を承継した新日本窒素肥料株式会社が設立され,昭和40年1月にチッソ株式会社と改称した。


A
Aは,大正14年a月b日に熊本県葦北郡E町で生まれた女性であるが,平成25年c月d日に死亡し,その権利義務を被控訴人Bが承継した。

C
Cは,大正4年e月f日に熊本県葦北郡F町で生まれた男性であるが,平成19年g月h日に死亡し,その権利義務を被控訴人Dが承継した。


水俣湾周辺における水俣病の発生
控訴人は,昭和7年頃から昭和43年5月まで,水俣工場においてアセトアルデヒドを製造し,その製造施設からの排水を水俣湾周辺に排出していたところ,その排水には,アセトアルデヒドの製造過程において生成される有機水銀化合物(以下「有機水銀」ともいう。)の一種であるメチル水銀化合物(以下「メチル水銀」ともいう。)が含まれていた。
メチル水銀を含む有機水銀は,海水中で魚介類に蓄積され,その魚介類を多量に摂取した者の体内に取り込まれ,大脳,小脳等に蓄積され,神経細胞に障害を与えることによって,神経疾患を引き起こす性質を有している。そして,水俣湾周辺において発生した水俣病は,水俣湾又はその周辺海域の魚介類に蓄積されたメチル水銀を経口摂取したことにより引き起こされた中毒性中枢神経疾患である。その主要な症状は,感覚障害,運動失調,求心性視野狭さく,聴力障害,言語障害等であるが,個々の患者の症状には,重症から軽症まで多様な形態が見られ,重篤な場合には死亡する場合もある。疾病としての水俣病は,昭和31年5月に公式確認され,厚生省(現在の厚生労働省。以下,厚生省当時の出来事については,「厚生省」と表記する。)は,昭和43年9月26日,水俣病は,控訴人の水俣工場の排水中に含まれたメチル水銀が原因で発生したものである旨の政府見解を発表した(以下「公害認定」ともいう。)。
(以上,甲11,20)


本件協定の締結
控訴人は,昭和48年7月9日,G(以下「G」という。)を団長とする東京交渉団との間で,本件協定(甲3)を締結した。本件協定には,冒頭に「水俣病患者東京本社交渉団と,チッソ株式会社(控訴人)とは,水俣病患者,家族に対する補償などの解決にあたり,次のとおり協定する。」と記載され,次に,以下のとおりの前文,本文及び協定内容が記載されている。「〈前文〉

チッソ株式会社は,水俣工場で有害物質を含む排水を流し続け,廃棄物の処理を怠り,広く対岸の天草を含む水俣周辺海域を汚染してきた。その結果,悲惨な「水俣病」を発生させ,人間破壊をもたらした事実を卒直に認める。


昭和三十一年の水俣病公式発見後も,被害の拡大防止,原因究明,被害者救済等々,充分な対策を行なわなかったため,いよいよ被害を拡大させることとなったこと,及び原因物質が確認されるに至っても,更に問題が社会化するに及んでも,解決に遺憾な態度をとってきた経過について,チッソ株式会社は心から反省する。


貧窮にあえぐ患者及びその家族の水俣病に罹患したこと自体による苦しみ,チッソ株式会社の態度による苦痛,加えて種々の屈辱,地域社会からの差別等により受けた苦しみに対して,チッソ株式会社は心から陳謝する。
チッソ株式会社は,責任回避の態度や,解決を長びかせたことにより社会に多大の迷惑をかけたことに対し,第三の水俣病問題で全国民が不安の状態にある今日,あらためて社会に対し心から謝罪する。

熊本地方裁判所は,水俣病はチッソ株式会社の工場排水に起因したものであり,かつ,チッソ株式会社に過失責任ありとして原告の請求を全面的に認める判決を行なった。チッソ株式会社は,この判決に全面的に服し,その内容のすべてを誠実に履行する。


見舞金契約の締結等により水俣病が終ったとされてからは,チッソ株式会社は水俣市とその周辺はもとより,不知火海全域に患者がいることを認識せず,患者の発見のための努力を怠り,現在に至るも水俣病の被害の深さ,広さは究めつくされていないという事態をもたらした。チッソ株式会社は,これら潜在患者に対する責任を痛感し,これら患者の発見に努め,患者の救済に全力をあげることを約束する。


チッソ株式会社は,過ちを再びくりかえさないため,今後,公害を絶対に発生させないことを確約するとともに,関係資料等の提示を行い,住民の不安を常に解消する。現在汚染されている水俣周辺海域の浄化対策について,関係官庁,地方自治体とともに,具体的方策の早期実現に努める。また,チッソ株式会社は,関係地方公共団体と公害防止協定を早急に締結する。


チッソ株式会社は,水俣病患者の治療及び訓練,社会復帰,職業あっせんその他の患者,家族の福祉の増進について実情に即した具体的方策を誠意をもって早急に講ずる。


チッソ株式会社は,水俣病患者東京本社交渉団と交渉を続けてきたが,事態を紛糾せしめ,今日まで解決が遅延したことについて患者に遺憾の意を表する。
〈本文〉

チッソ株式会社は,以上前文の事柄を踏まえ,以下の事項を確約する。⑴

本協定の履行を通じ,全患者の過去,現在及び将来にわたる被害を償い続け,将来の健康と生活を保障することにつき最善の努力を払う。


今後いっさい水域及び環境を汚染しない。また,過去の汚染については責任をもって浄化する。



昭和四十八年三月二十二日,水俣病患者東京本社交渉団ととりかわした誓約書は忠実に履行する。


チッソ株式会社は,以上の確認にのっとり以下の協定内容について誠実に履行する。


本協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用する。


以下の協定内容の範囲外の事態が生起した場合は,あらためて交渉するものとする。


水俣病患者東京本社交渉団は,本協定の締結と同時に,チッソ東京本社前及び水俣工場前のテントを撤去し,坐り込みをとく。

〈協定内容〉
チッソ株式会社は患者に対し,次の協定事項を実施する。

患者本人及び近親者の慰謝料
1
患者本人分には次の区分の額を支払う。
現在までの水俣病による(その余病若しくは併発症または水俣病に関係した事故による場合を含む)死亡者及びAランク
〇〇万円
Bランク

一,七〇〇万円

Cランク

一,六〇〇万円
一,八

2
この慰謝料には認定の効力発生日(括弧内略)より支払日までの期間について年五分の利子を加える。

3
このランク付けは,環境庁長官及び熊本県知事が協議して選定した委員により構成される委員会の定めるところによる。

4
近親者分は前記死亡者及びA,Bランクの患者の近親者を対象として支払う。
近親者の範囲及びその受くべき金額は昭和四十八年三月二十日の熊本地裁判決にならい3の委員会が決定するものとする。


治療費
公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(以下「救済法」という。)に定める医療費及び医療手当(公害健康被害補償法が成立施行された場合は,当該制度における前記医療費及び医療手当に相当する給付の額)に相当する額を支払う。


介護費
救済法に定める介護手当(公害健康被害補償法が成立施行された場合は当該制度における前記介護手当に相当する給付の額)に相当する額を支払う。なお,同法が実施に移されるまでの間は救済法に基づく介護手当に月一万円の加算を行なう。


終身特別調整手当
1
次の手当の額を支払う。なお,このランク付けは一の3の委員会の定めるところによる。
Aランク

六万円

Bランク



三万円

Cランク
2
一月あたり



二万円

実施時期は昭和四十八年四月二十七日を起点として毎月支払う。ただし,(中略)昭和四十八年四月二十八日以降の認定患者は認定日を起点とする。
3
手当の額の改定は,物価変動に応じて昭和四十八年六月一日から起算して二年目ごとに改定する。ただし,その間,物価変動が著しい場合にあっては一年目に改定する。物価変動は熊本市年度消費者物価指数による。


葬祭料
1
葬祭料の額は生存者死亡のとき相続人に対し,金二十万円を一時金として支払う。

(2略)

ランク付けの変更
1
生存患者の症状に上位のランクに該当するような変化が生じたときは一の3の委員会にランク付けの変更の申請をすることができる。
2
ランクが変更された場合,慰謝料の本人分及び近親者分並びに終身特別調整手当の差額を申請時から支払う。ただし,近親者分慰謝料については一の4にならい前記委員会が決定する。

3
水俣病により(その余病若しくは併発症又は水俣病に関係した事故による場合を含む)死亡したときは,慰謝料の本人分及び近親者分の差額を支払う。この場合,死因の判定その他必要な事項は前記委員会が決定する。


患者医療生活保障基金の設定
チッソ株式会社は全患者を対象として患者の医療生活保障のための基金三億円を設定する。
(以下略)」



関係法令等及び水俣病の認定制度の変遷
水俣病に関係する関係法令等及び水俣病の認定(以下の各水俣病の認定については,単に「認定」ともいう。)制度の変遷は,次のとおりである。ア
公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法(昭和44年12月15日法律第90号。昭和48年法律第111号により廃止。以下「救済法」という。)制定以前の状況
熊本県水俣保健所を中心として設置された水俣奇病対策委員会は,熊本県に水俣病患者の認定を行うための水俣病患者診査協議会が設置された昭和34年12月25日まで,患者多発地区を訪れて住民の健康状態を調査し,水俣病患者を発見した場合には,患者からの申請を待たずに水俣病と診定(認定)していた。
水俣病患者診査協議会は,水俣病の認定に当たり,本人又はその家族が,主治医の意見書を付けた申請に限り受け付けることとして,本人申請主義を採用した。
水俣病患者診査協議会は,昭和36年9月14日,水俣病患者診査会に,昭和39年2月28日,水俣病患者審査会に,昭和45年1月,熊本県公害被害者認定審査会にそれぞれ改組され,引き続き,水俣病の認定を行っていた。


救済法
救済法は,事業活動その他の人の活動に伴う相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の影響による疾病にかかった者の健康被害の救済を図ることを目的とし(1条),同法2条は,政令において,事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じたため,その影響による疾病が多発している地域として「指定地域」を定めるとともに,その指定地域について疾病を定めなければならない旨を規定していた。
そして,救済法3条は,指定地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該指定地域について指定された疾病にかかっている者について,その者の申請に基づき,公害被害者認定審査会の意見を聴いて,その者の当該疾病が,当該指定地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行う旨規定していた。
救済法を受けて制定された公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法施行令(昭和44年政令第319号。以下「救済法施行令」という。)1条及び別表は,上記

の指定地域として「熊本県の区域のうち,

水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち,出水市の区域」,疾病として「水俣病」を定めていた。
救済法は,下記のとおり,公健法が昭和49年9月1日に施行されたことにより廃止された(公健法附則2条)が,公健法は,その施行時までに救済法上の認定を受けた者及び公健法の施行時までにした救済法上の認定の申請に基づきそれ以後に従前の例による認定を受けた者については,政令で定めるところにより,公健法による認定を受けた者とみなす(公健法附則3条,4条2項)と規定しており,救済法による救済措置は,公健法による救済措置に連続性をもって切り替えられた。

公健法
公健法は,事業活動その他の人の活動に伴う相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害に係る被害者等の迅速かつ公正な保護及び健康の確保を図ることを目的とし(1条),事業活動その他の人の活動に伴って相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ,その影響により,当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであり,かつ,当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域として政令で定める地域を「第二種地域」(2条2項)とし,同地域につき,政令で疾病を定めなければならない旨を規定している(同条3項)。
公健法3条1項は,事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁の影響による健康被害に対する補償のため支給される給付(以下「補償給付」という。)として,療養の給付及び療養費,障害補償費,遺族補償費,遺族補償一時金,児童補償手当,療養手当並びに葬祭料の七種類を定め,同法25条1項は,そのうち障害補償費について,都道府県知事が,上記認定を受けた者(政令で定める年齢に達しない者を除く。)の当該疾病による障害の程度が政令で定める障害の程度に該当するものであるときは,その者の請求に基づき,公害健康被害認定審査会の意見を聴いて,その障害の程度に応じた支給をする旨を定め,同法4条2項は,第二種地域の全部又は一部を管轄する都道府県知事は,当該第二種地域につき同法2条3項の規定により定められた疾病にかかっていると認められる者の申請に基づき,当該疾病が当該第二種地域に係る大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を行うこととし,この場合においては,当該疾病にかかっていると認められるかどうかについては,公害健康被害認定審査会の意見を聴かなければならない旨規定している。
また,公健法13条1項は,補償給付を受けることができる者に対し,同一の事由について,損害の塡補がされた場合(同法14条2項に定める場合に該当する場合を除く。)においては,都道府県知事は,その価額の限度で補償給付を支給する義務を免れる旨を定めている。
そして,公健法を受けて制定された公害健康被害補償法施行令(昭和49年政令第295号。なお,同施行令の題名は,昭和62年政令第368号により「公害健康被害の補償等に関する法律施行令」に改められた。以下,改正の前後を問わず「公健法施行令」という。)1条及び別表第2は,公健法2条2項の政令で定める地域として「熊本県の区域のうち,水俣市及び葦北郡の区域並びに鹿児島県の区域のうち,出水市の区域」を定め,同項に規定する疾病として「水俣病」を定めている。エ
救済法及び救済法施行令並びに公健法及び公健法施行令(以下,これらを併せて「救済法等」という。)における水俣病の認定に係る運用の指針環境庁事務次官による昭和46年8月7日付け通知
環境庁(現在の環境省。以下,環境庁当時の出来事については,「環境庁」と表記する。)事務次官は,昭和46年8月7日,救済法3条1項に規定する認定に関し,認定に当たり留意すべき事項を示すものとして,関係各都道府県知事及び政令市市長に宛てて「公害に係る健康被害の救済に関する特別措置法の認定について」と題する通知(昭和46年環企保第7号〔甲12〕,以下「昭和46年事務次官通知」という。)を発出し,水俣病の認定の要件を,以下のとおり規定している(なお,同通知が発出されるより前に診定ないし認定された患者を「旧認定患者」,発出後に認定された患者を「新認定患者」ともいう。)。
「第一


水俣病の認定の要件
水俣病は,魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することに
より起る神経系疾患であって,次のような症状を呈するものであ
ること。
後天性水俣病
四肢末端,口囲のしびれ感にはじまり,言語障害,歩行障害,
求心性視野狭窄,難聴などをきたすこと。また,精神障害,振
戦,痙攣その他の不随意運動,筋強直などをきたすこともある
こと。
主要症状は求心性視野狭窄,運動失調(言語障害,歩行障害
を含む。),難聴,知覚障害であること。
(中略)



上記⑴の症状のうちいずれかの症状がある場合において,当該症状のすべてが明らかに他の原因によるものであると認められる
場合には水俣病の範囲に含まないが,当該症状の発現または経過
に関し魚介類に蓄積された有機水銀の経口摂取の影響が認められ
る場合には,他の原因がある場合であっても,これを水俣病の範
囲に含むものであること。
なお,この場合において「影響」とは,当該症状の発現または
経過に,経口摂取した有機水銀が原因の全部または一部として関
与していることをいうものであること。


⑵に関し,認定申請人の示す現在の臨床症状,既応症,その者の生活史および家族における同種疾患の有無等から判断して,当
該症状が経口摂取した有機水銀の影響によるものであることを否
定し得ない場合においては,法の趣旨に照らし,これを当該影響
が認められる場合に含むものであること。



法第3条の規定に基づく認定に係る処分に関し,都道府県知事
等は,関係公害被害者認定審査会の意見において,認定申請人の
当該申請に係る水俣病が,当該指定地域に係る水質汚濁の影響に
よるものであると認められている場合はもちろん,認定申請人の
現在に至るまでの生活史,その他当該疾病についての疫学的資料
等から判断して当該地域に係る水質汚濁の影響によるものである
ことを否定し得ない場合においては,その者の水俣病は,当該影
響によるものであると認め,すみやかに認定を行なうこと。

第二

軽症の認定申請人の認定
都道府県知事等は,認定に際し,認定申請人の当該認定に係る
疾病が医療を要するものであればその症状の軽重を考慮する必要
はなく,もっぱら当該疾病が当該指定地域に係る大気の汚染また
は水質の汚濁の影響によるものであるか否かの事実を判断すれば
足りること。

(中略)
第四

民事上の損害賠償との関係
法は,すでに昭和45年1月26日厚生事務次官通達において
示されているように,現段階においては因果関係の立証や故意過
失の有無の判定等の点で困難な問題が多いという公害問題の特殊
性にかんがみ,当面の応急措置として緊急に救済を要する健康被
害に対し特別の行政上の救済措置を講ずることを目的として制定
されたものであり,法第3条の規定に基づいて都道府県知事等が
行なった認定に係る行政処分は,ただちに当該認定に係る指定疾
病の原因者の民事上の損害賠償責任の有無を確定するものではな
いこと。」

環境庁企画調整局環境保健部長による昭和52年7月1日付け通知環境庁企画調整局環境保健部長は,昭和52年7月1日,後天性水俣病の判断条件を取りまとめたものとして,関係各都道府県知事及び政令市市長に宛てて「後天性水俣病の判断条件について」と題する通知(昭和52年環保業第262号)を発出し,後天性水俣病の判断条件(以下,この条件を「昭和52年判断条件」という。)として,以下のとおり規定している。
「1

水俣病は,魚介類に蓄積された有機水銀を経口摂取することによ
り起る神経系疾患であって,次のような症候を呈するものであること。
四肢末端の感覚障害に始まり,運動失調,平衡機能障害,求心性
視野狭窄,歩行障害,構音障害,筋力低下,振戦,眼球運動異常,聴力障害などをきたすこと。また,味覚障害,嗅覚障害,精神症状などをきたす例もあること。
これらの症候と水俣病との関連を検討するに当たって考慮すべき
事項は次のとおりであること。


水俣病にみられる症候の組合せの中に共通してみられる症候は,
四肢末端ほど強い両側性感覚障害であり,時に口のまわりまでも
出現するものであること。



⑴の感覚障害に合わせてよくみられる症候は,主として小脳性と考えられる運動失調であること。また小脳,脳幹障害によると
考えられる平衡機能障害も多くみられる症候であること。



両側性の求心性視野狭窄は,比較的重要な症候と考えられるこ
と。



歩行障害及び構音障害は,水俣病による場合には小脳障害を示
す他の症候を伴うものであること。



筋力低下,振戦,眼球の滑動性追従運動異常,中枢性聴力障害,
精神症状などの症候は,⑴の症候及び⑵又は⑶の症候がみられる場合にはそれらの症候と合わせて考慮される症候であること。

2
1に掲げた症候は,それぞれ単独では一般に非特異的であると考
えられるので,水俣病であることを判断するに当たっては,高度の学識と豊富な経験に基づき総合的に検討する必要があるが,次の⑴に掲げる曝(ばく)露歴を有する者であって,次の⑵に掲げる症候の組合せのあるものについては,通常,その者の症候は,水俣病の範囲に含めて考えられるものであること。


魚介類に蓄積された有機水銀に対する曝露歴
なお,認定申請者の有機水銀に対する曝露状況を判断するに当
たっては,次のアからエまでの事項に留意すること。

体内の有機水銀濃度(汚染当時の頭髪,血液,尿,臍(さ
い)帯などにおける濃度)


有機水銀に汚染された魚介類の摂取状況(魚介類の種類,量,
摂取時期など)

居住歴,家族歴及び職業歴


発病の時期及び経過



次のいずれかに該当する症候の組合せ

感覚障害があり,かつ,運動失調が認められること。


感覚障害があり,運動失調が疑われ,かつ,平衡機能障害あ
るいは両側性の求心性視野狭窄が認められること。


感覚障害があり,両側性の求心性視野狭窄が認められ,かつ,
中枢性障害を示す他の眼科又は耳鼻科の症候が認められること。


感覚障害があり,運動失調が疑われ,かつ,その他の症候の
組合せがあることから,有機水銀の影響によるものと判断され
る場合であること。

3
他疾患との鑑別を行うに当たっては,認定申請者に他疾患の症候
のほかに水俣病にみられる症候の組み合わせが認められる場合は,水俣病と判断することが妥当であること。また,認定申請者の症候が他疾患によるものと医学的に判断される場合には,水俣病の範囲に含まないものであること。なお,認定申請者の症候が他疾患の症候でもあり,また,水俣病にみられる症候の組合せとも一致する場合は,個々の事例について曝露状況などを慎重に検討のうえ判断すべきであること。」
(以上,甲6,11,12,28ないし30,33,36,70,78)



Aらによる損害賠償請求訴訟の提起

Cは,昭和57年10月28日,控訴人によって水俣病にり患させられたと主張する他の者らとともに,控訴人のほか国及び熊本県を被告として,各自3300万円の損害賠償及びこれに対する訴状送達の日の翌日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める損害賠償請求訴訟を大阪地方裁判所に提起した(以下,同訴訟のことを「関西訴訟」という。)。
Aは,昭和63年2月8日,控訴人のほか国及び熊本県を被告として,Cと同様の損害賠償請求を求める訴訟を大阪地方裁判所に提起し,同訴訟は,関西訴訟に併合された。

大阪地方裁判所は,平成6年7月11日,関西訴訟について,控訴人に対するAらの請求を各850万円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容する判決を言い渡した。


控訴人は,平成6年11月4日までに,上記イの判決による仮執行に基づき,Aに対し,認容額850万円及びこれに対する遅延損害金274万2054円の合計1124万2054円を,Cに対し,認容額850万円及びこれに対する遅延損害金502万4913円の合計1352万4913円を,それぞれ支払った。


関西訴訟の控訴審である大阪高等裁判所は,平成12年7月25日に口頭弁論を終結し,平成13年4月27日,Aらの控訴人に対する請求について,それぞれ慰謝料600万円及び弁護士費用50万円の合計650万円並びにこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で認容するとともに,上記仮執行を受けた金額のうち,Aに対し,265万4689円及びこれに対する平成6年11月5日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を,Cに対し,319万1832円及びこれに対する前同日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金を,控訴人にそれぞれ支払うよう命ずる判決(以下「前件判決」ともいう。)を言い渡した。


関西訴訟の上告審である最高裁判所は,平成16年10月15日,Aらの請求に関する部分については同人らの附帯上告を棄却する判決を言い渡し(民集58巻7号1802頁),前件判決が確定した。


被控訴人らは,前件判決において命じられた控訴人に対する支払を履行しておらず,平成27年7月1日に行われた本件の原審第3回口頭弁論期日において,同年6月19日付け原告第2準備書面を陳述し,同債務につき,消滅時効を援用するとの意思表示をした。
(以上,甲55,甲63の1ないし3,甲64,乙4,5)


Aらに対する水俣病の認定

A
Aは,昭和53年9月30日,熊本県知事に対し,公健法4条2項の認定を申請したが,同知事は,昭和55年5月2日,同申請を棄却する旨の処分をした。Aは,同年7月3日,同知事に対し,同処分に対する異議申立てをしたところ,同知事は,昭和56年9月28日,Aの同異議申立てを棄却する旨の決定をした。Aは,同年10月28日,前記処分を不服として,公害健康被害補償不服審査会に対し,審査請求をしたところ,同審査会は,平成19年3月22日,同審査請求を棄却する旨の裁決をした。
Aは,平成19年5月16日,熊本県及び国を被告として,大阪地方裁判所に,水俣病認定申請の棄却処分及び上記審査請求棄却処分の各取消しを求めるとともに,熊本県知事において,Aに対し,公健法4条2項に基づき同人の疾病が水俣病である旨の認定をすることの義務付けを求める訴え(以下「義務付け訴訟」という。)を提起し,大阪地方裁判所は,平成22年7月16日,水俣病認定申請の棄却処分を取り消し,熊本県知事において,Aに対し,公健法4条2項に基づき同人の疾病が水俣病である旨の認定をすることを義務付ける判決を言い渡した。熊本県は,同判決を不服として大阪高等裁判所に控訴し,同裁判所は,平成24年4月12日,同判決を取り消し,Aの請求を棄却する判決を言い渡したため,Aはこれを不服として最高裁判所に上告受理申立てをし,平成25年4月16日,最高裁判所は,同判決を取り消し,事件を大阪高等裁判所に差し戻す旨の判決を言い渡した(民集67巻4号1115頁)。
これに先き立ち,Aは,平成25年c月d日に死亡し,その権利義務を承継した被控訴人Bは,同月12日,熊本県知事に対し,公健法5条1項の認定を申請した。熊本県知事は,平成25年5月7日,被控訴人Bの申請により,公健法5条1項に基づき,Aが水俣病の認定を受けることができる者であった旨の決定をした。
(以上,甲1,31,55,弁論の全趣旨)

C
Cは,昭和52年2月14日,熊本県知事に対し,公健法4条2項の認定を申請したが,同知事は,平成15年3月3日,Cの同申請を棄却する旨の処分をした。Cは,平成15年11月19日,同処分を不服として,公害健康被害補償不服審査会に対し,審査請求をした。
Cは,平成19年g月h日に死亡し,被控訴人Dがその地位を承継したが,同審査会は,Cの死亡後である平成21年10月1日,Cについて,水俣病と認定するに足りる臨床症候があるとし,前記処分を取り消す旨の裁決をした。
熊本県知事は,平成21年10月16日,公健法4条2項に基づき,Cの疾病が水俣病であり,かつ,水俣市及び葦北郡の地域に係る水質の汚濁の影響によるものであることを認定した。
(以上,甲2,32,55,弁論の全趣旨)


認定の効力発生日
公健法4条5項は,同条2項の認定について,その申請のあった日に遡ってその効力を生ずる旨を定めている(同法5条3項は,同条1項の決定があったときは,同項に規定する死亡した者は,認定を受けた者とみなす旨規定している。)。
したがって,公健法4条5項に基づき,Aについては昭和53年9月30日,Cについては昭和52年2月14日のそれぞれの申請日に遡って認定の効力が生じたことになる。


受益の意思表示
被控訴人らは,平成26年12月22日,控訴人に送達された本件訴状により,控訴人に対し,本件協定の適用を受ける旨の意思表示をした。(顕著な事実)

第3

争点及び当事者の主張
控訴人は,本件協定の本文三項(以下,「本文第三項」ともいう。)にいう「認定」とは,前記第2の2⑷記載の水俣病の認定をいうことを争わないものであるところ,本件の争点は,控訴人に対する不法行為に基づく損害賠償請求について,確定判決に基づいて履行を受けた後に,同⑹記載のとおり認定を受けたAらが,本文第三項にいう「協定締結以降認定された患者」として,本件協定の適用を求め得る地位にあるかどうかである。

1
被控訴人らの主張
以下のとおり,本文第三項にいう「患者」とは,控訴人から法的責任の賠償を受けた者を除外するものではない。


本件協定の性質について
本件協定は,単に,不法行為に基づく損害賠償請求権の有無と内容について,和解ないし合意するものではなく,過去及び将来の水俣病患者ら及びその家族(以下,これらを合わせて「患者ら」ともいう。)に対し,一方的加害者である控訴人が,真摯な謝罪等の非金銭的補償を行い,かつ,司法において損害賠償として許容される限度を超えた救済をすること,すなわち,司法的解決以上の手厚い内容の補償を約束した患者の救済を目的とする一種の無名契約である。加えて,本件協定の本文第三項には,「本協定内容は,協定締結以降認定された患者についても希望する者には適用する。」とあり,第三者のためにする補償給付契約をも包含している。
和解契約であれば,控訴人との間で本件協定を締結した患者側が,損害賠償請求に関し,控訴人に対して何らかの譲歩をしたということが必要であるが,本件協定の締結当時,患者側は,損害賠償請求に関して何ら譲歩をしていない。東京交渉団は,本件協定の本文五項において,本件協定の締結と同時に,控訴人の東京本社前及び水俣工場前のテントの撤去と座り込みを解くことを約束しているが,これは,交渉の仕方の変更にすぎない。そして,本件協定には,いわゆる「見舞金契約」に定められていたような,患者側の損害賠償請求に関する権利放棄条項も含まれていない。
なお,本件協定の解釈に当たっては,立場の互換性のない一方的加害者である控訴人に不利益な解釈も許容されるというべきであり,少なくとも,患者に不利に解釈することは相当ではない。


本件協定の内容について

熊本地方裁判所は,昭和48年3月20日,水俣病患者らが,同裁判所に,控訴人を被告として,水俣病にり患したことによる損害の賠償を求めて提訴した最初の訴訟(以下「第1次訴訟」という。)について,患者らの請求を認容する判決を言い渡した(以下「昭和48年判決」という。)ものであるが,控訴人は,本件協定を締結した際,水俣病の全患者に対し,同判決以上の包括的給付による救済内容を実現することを約束した。本件協定の本文第三項は,単に「認定された患者」と定めるのみで,公健法の認定を受けることが唯一の条件とされており,認定患者に対する判決が確定しているかどうか等の他の要件は付されておらず,判決により損害賠償請求権が確定し,その履行を受けた患者等,特定の患者を,対象から除外する意図・意思を窺わせる文言はない。
また,このことは,本件協定の立会人のみならず,熊本県関係者や控訴人も含め,水俣病問題に関わってきた者全てにおける共通理解でもあり,本件協定の立会人らは,平成21年12月18日付けでその旨を表明している(甲21。以下「本件声明」という。)。

本件協定の締結時点においては,昭和46年事務次官通知によって迅速かつ公正で幅広い水俣病患者の救済が期待されていたが,本件協定成立後の昭和52年判断条件の策定と運用により,水俣病の認定の範囲が実質的に縮小され,大多数の申請患者が水俣病の認定を棄却又は保留されるという,当初は予想されていなかった展開となった。そこで,水俣病患者は,行政救済に代わるものとして,やむを得ず損害賠償請求訴訟を提起するに至った。
しかしながら,本件協定は,水俣病患者と控訴人との間の損害賠償請求に関する紛争を扱うだけでなく,同時に,控訴人の水俣病患者に対する謝罪や非金銭的支援を約束していたが,水俣病患者が提起した各訴訟で認容された損害額は,著しく低く,事実審の口頭弁論終結時以降の治療費,通院交通費,付添い手当等も判決には含まれていなかった。しかも,昭和52年判断条件の策定及び運用により,同条件の定める基準を満たさない患者は,控訴人の水俣工場の排水に含まれていた有機水銀に起因する疾病を発症したことに相違がないにもかかわらず,同条件を満たすものとして公健法の認定を受け,本件協定による救済を受けられることとなる患者と比較すると,司法判断を受けたとしても,症状の内容や程度が軽いと位置付けられ,本件協定をはるかに下回る賠償額しか認められないという扱いを受けることとなった。その結果,関西訴訟では,水俣病患者が受けた全損害の回復又は填補がされることはなく,さらに,権利行使の機会が保障されることが不可欠であった。
このいわゆる「二つの水俣病」基準が生じたことについては,控訴人が,認定制度を水俣病患者を確定あるいは限定するために利用し,本件協定において,患者の発掘を約束したにもかかわらず,これを怠る一方,国や熊本県に対し,補償能力が限界に達するなどとして,昭和46年事務次官通知の趣旨の変更を迫り,認定の範囲を限定するように働きかけ,自らの責任の軽減,回避を図ったことが起因しており,控訴人の責任によるところが大きい一方,患者側には何らの落ち度もない。

Aらは,前件判決について,自己の被った損害の評価が過小であることに納得できず,控訴人から前件判決に基づく支払を受けた後も,公健法による認定を得ようとして認定申請を維持し,認定処分を獲得した。本件協定の締結当時,司法判断により先に一定額の損害賠償金の支払がされ,後に行政認定がされるというような事態は,控訴人のみならず各患者にとっても想定外であったのであるから,本件協定の合理的意思解釈として,司法救済を受けた患者は,本件協定の対象者から除外されると考えることはできない。本件協定の適用を受けられないことによる不利益は大きく,補償額との差額について金銭的な不利益を被るばかりか,本件協定に基づき控訴人から謝罪や反省の言葉を受ける地位すら失うこととなる。本件協定による救済を求める権利は,公健法の認定と本件協定上の権利とを直結させた仕組み,構造からみて,期待権として保護されてしかるべきである。また,司法判断を受けた者は,本件協定に基づく補償給付を受けられないとすれば,認定制度の欠陥によってやむを得ず訴訟を提起した者とそのほかの行政認定を受けた患者との間に,不公平を生じさせることになる。



前件判決で認定された症状と公健法上の認定の基礎とされた症状との異同について

Aについて
前件判決においては,口頭弁論終結時の平成12年7月25日までの症状を基礎とした上で,四肢末端優位と口周囲の感覚障害が認められるとされた。他方,Aに係る認定がされるに当たって,その基礎となった大阪地方裁判所平成22年7月16日判決においては,上記平成12年7月25日以降の症状をも検討した上で,四肢末端優位と口周囲の感覚障害に加えて,構音障害や小脳性の運動失調等が生じたとされている。

Cについて
前件判決においては,舌先の2点識別覚に障害があり,また,四肢末端と口周囲に感覚異常があるとされた。他方,公健法の認定の基礎となったと思われる公害健康被害補償不服審査会の処分取消しの裁決においては,全身の感覚障害と小脳性平衡機能障害があると判定され,更に運動失調が否定できないが,その存在が疑われるとされている。


Aらに関する上記症状の異同について
このように,Aらについては,前件判決の判断の基礎となった症状及び損害は,公健法の認定の基礎となった症状及び損害と食い違っており,前件判決と本件協定に基づく補償請求とは,対象となっている病像論が別異であるから,解決しようとする紛争の内容が同一であるということはできない。


事情変更について
前訴で一定額の損害賠償が認定された後,前訴時には発見されていなかった後発後遺症が見つかった場合には,当該後発後遺症に基づく損害賠償の後訴は,既判力によって遮断されるものではない。被控訴人らは,関西訴訟当時,厳しい診断基準と審査による行政認定制度が硬直化するという,閉塞した事実を前提に,当面行政認定されることを予測していなかったところ,その後,予測と異なり,行政認定を受けるに至ったものであり,これを予測した主張を行うことは,困難であったから,前件判決後に公健法上の認定がされたことは,後発後遺症が発見された場合と同様に考えられるべきである。
水俣病による症状は,訴訟係属中も変動しており,口頭弁論終結以後も変動の可能性自体は予測しうるものの,将来の症状を的確に把握することはできないから,損害賠償請求訴訟の判決確定により全ての損害が填補され,解決しているというためには,当該訴訟の原告らについて,将来における障害の程度が増進する可能性のないこと及び予測できない障害が出現する可能性がないことが前提とされていたことが,主張立証される必要がある。
また,水俣病の病像が明らかに異なることからすれば,損害額算定の基礎となった事情に著しい変更が生じた場合に該当するのであるから,このような場合に,定期金による賠償を命じた確定判決の変更を求める訴えを提起することを認める民事訴訟法117条1項の趣旨が類推適用されてしかるべきである。


本件協定に基づく補償給付と不法行為に基づく損害賠償との関係についてア
本件協定の目的は,自主交渉の経緯や本件協定の文言,その内容等に即して考えると,紛争の解決だけでなく,水俣病患者に対する謝罪と十分な補償を行うことにあり,患者らにとっては,本件協定による補償がその第1次的救済制度であり,これが正しく機能しないために訴訟による救済を求めざるを得なかったものである。したがって,たまたま判決が先行したからといって,本件協定の救済対象から除外されることは,上記本件協定の目的と整合しない。すなわち,不法行為に基づく損害賠償について司法的解決がされたからといって,その判決の既判力が,訴訟物を異にする本件協定に基づく補償給付請求権に及ぶことはなく,水俣病をめぐる紛争が全て解決されるわけではない。


本件協定に基づく補償給付請求権と不法行為に基づく損害賠償請求権とは,その要件と法的効果に顕著な差異が認められるから,各請求権は,相互独立に存続しており,患者がそのいずれかを択一的に選択しなければならないというわけではないし,基本的には,互いに影響を与えるものではない。

したがって,不法行為に基づく損害賠償請求の確定判決を得た後に,公健法上の認定を受けた者については,不法行為に基づく損害賠償と本件協定に基づく補償給付とが相互独立に併存するのであり,ただ,補償内容が重複する限りで,その調整が問題となるにすぎないと考えるべきである。


他の患者との差別的処遇であることについて
H(以下「H」という。)の遺族は,控訴人との間で一時金を260万円とする和解を受け入れ,審査請求の取下げ等を行い,終局的に紛争を解決することを合意したにもかかわらず,平成11年4月5日にHが水俣病の認定を受けた後,控訴人との間で,本件協定と同一内容の協定を締結するに至った。
控訴人は,平成19年までは,Hを含め水俣病の認定を受けた患者との間で,本件協定と同一内容の協定を締結することに例外なく応じてきたのであるから,Aらをこれら他の認定患者と差別して処遇する合理的根拠はない。控訴人が,突然それまでの態度を翻し,正式に行政認定を受けたAらの権利義務を承継した被控訴人らとの間で,個別の契約の締結ないし履行を拒絶することは,禁反言の原則や信義則,衡平の原則等に反し,不当であるから,許容されるべきでない。

2
控訴人の主張


控訴人は,昭和34年に水俣病患者家族互助会(以下「患者互助会」という。)との間で締結した,いわゆる見舞金契約以降,交渉を重ね,本件協定の締結に至ったものである。そして,本件協定の趣旨は,可能な限り一律かつ定型的な補償基準を定めることによって,補償問題を巡る紛争について,将来をも見据え,広範な範囲にわたる患者との間で,患者らにとって選択が容易な方法により解決を図ることにあった。
このような協定締結の経緯や文言等を勘案すれば,本件協定は,和解契約に他ならないから,損害賠償債務の具体的内容について紛争が存在しなくなっている者に対してまで,本件協定の債務を負担する(贈与する)ことを合意したものではなく,そのような者は,本件協定の適用を受ける患者から除かれるというべきである。すなわち,本件協定は,控訴人の水俣病に係る損害賠償債務の具体的内容に係る争いが存在することを前提とした和解契約であって,控訴人の損害賠償債務の具体的内容が既に確定判決によって確定し,あるいは控訴人の損害賠償債務が弁済されるなどして,その具体的内容について紛争がもはや存在しなくなっている者に対してまで,控訴人が債務を負担することを合意したものではない。
したがって,そのような者は,本件協定の文言上,何らの条件がなくとも,本件協定の適用対象となる第三者に当たらないことは明らかである。⑵

Aらは,認定申請の結論が出ていない状況下で,別途,控訴人並びに国及び熊本県に対して損害賠償請求訴訟である関西訴訟を提起し,包括的損害賠償として,水俣病に係るすべての損害の賠償として,3300万円及び遅延損害金の支払を求めたものである。そして,Aらについては,1審では各850万円,控訴審では各650万円及び遅延損害金の支払を命ずる判決がされ,この控訴審判決である前件判決が確定しており,現に,1審判決の認容額を受領済みである。
このように,控訴人の損害賠償債務は,確定判決によって具体的に確定し,これが履行されたことによって,紛争は解決し,損害も填補されているから,Aらは,本件協定の適用対象となる「本件協定の締結以降認定された患者」には当たらない。

第4

当裁判所の認定した事実
前記第2の2の争いのない事実等,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

1
水俣病の発生及び病態


控訴人は,昭和7年頃から水俣工場において,アセトアルデヒドの製造を始め,昭和24年頃からは,その製造量を増加させていた。
アセトアルデヒドの製造過程においては,有機水銀の一種であるメチル水銀が生成されるところ,控訴人は,メチル水銀を含む水俣工場のアセトアルデヒド製造施設からの排水を,当初は,水俣湾内にある百間港に,昭和33年9月以降は,水俣湾外の水俣川河口付近に排出していた。
控訴人は,昭和43年5月,水俣工場におけるアセトアルデヒドの製造を中止し,これにより,同工場からメチル水銀が含まれる排水が排出されることはなくなった。



水俣湾周辺地域においては,昭和28年頃から原因不明の中枢神経疾患にり患した患者が散発的に現れていたほか,猫の狂死などが確認されるようになった。
水俣工場の附属病院の医師は,昭和31年5月1日,水俣保健所に対し,原因不明の中枢神経疾患が多発している旨を報告し,この報告により,上記疾患が一つの特徴的な疾病として公に認知されることになり,その後,水俣病と呼ばれるようになった。
その後,控訴人が排水の排出先を変えたことにより,昭和34年頃からは,水俣湾沿岸のみならず,その北東に位置する水俣川河口付近の住民等にも,上記疾病にり患する患者が発生するようになった。



水俣病については,昭和31年5月の上記⑵の公式確認以降,類似の症状を呈する患者が続発したことから,同年8月24日,熊本大学医学部の研究班(以下「熊大研究班」という。)等により,疫学的,臨床学的及び病理学的研究が行われるようになり,昭和32年7月に開催された厚生省厚生科学研究班において,何らかの化学物質に汚染された魚介類を多量に摂取することにより発症する中毒症であるとの結論が示された。その原因物質は,同研究班によっても,明らかにされなかったが,水俣工場の排水に含まれる化学物質との関連が取り沙汰されるようになった。
熊大研究班は,昭和34年7月,水俣病の原因は,有機化合物,特に,有機水銀が有力であるとの報告を行い,その後,水俣湾周辺地域で採取された貝からメチル水銀が抽出され,さらに昭和38年には,水俣工場のアセトアルデヒド工場内の施設から塩化メチル水銀が取り出されるなどしたため,水俣病の原因物質は,水俣工場からの排水中に含まれるメチル水銀であることが明らかとなった。
なお,水俣工場の付属病院の医師は,昭和34年7月頃,猫に水俣工場の排水を混ぜた餌を与える実験を行い,水俣病類似の症状を呈して死亡するに至ったことを確認したが,控訴人は,この結果を公表せず,実験を打ち切った。


国は,昭和43年9月26日,「水俣病に関する見解と今後の措置」を政府見解として発表し,水俣病は,控訴人の水俣工場のアセトアルデヒド製造施設内で生成され,工場排水に含まれて排出されたメチル水銀が原因で発生したものである旨の公害認定をした。
すなわち,水俣病は,水俣工場のアセトアルデヒド製造施設内で生成され,同工場の排水に含まれて水俣湾や水俣川河口付近に排出されたメチル水銀が,魚介類に蓄積され,その魚介類を多量に摂取した者の体内に取り込まれて,大脳,小脳等に蓄積し,神経細胞に障害を与えることによって引き起こされる疾病であり,その主要な症状としては,感覚障害,運動失調,求心性視野狭窄,聴力障害,言語障害等が確認されているが,それぞれの患者の症状及びその程度は多様で,症状が悪化する場合も改善する場合もある。


水俣病の発生が公式に確認された昭和30年代当時の患者は,いわゆるハンター・ラッセル症候群と呼ばれる,手足の先の強い感覚障害(四肢末端優位の感覚障害),言葉のもつれ(構音障害),聴力障害,運動失調,求心性視野狭窄,震えなどの症状が明確かつ同時に発現する者が多く,精神錯乱,意識混濁,四肢麻痺,視力障害といった激烈な症状を示し,発病後3か月以内に半数以上が死亡するなど重篤な経過をたどるケースもあったが,患者が多発する地区において,上記症状が限定的に現れる者も相当程度存在し,他の疾患の影響や,その症状との異同や詐病の疑いが問題となることもあった。また,医師によっては,有機水銀が人体に与える影響を,より広く捉える見解を提唱する者もあった。


なお,昭和40年6月には,新潟県阿賀野川流域において,水俣病類似の症例が多発したことが報告され,昭和電工の工場排水を原因とする水俣病と確認されるに至っている。

(以上,甲4,5,11,64,78,79)
2
水俣病患者及びその家族らによる控訴人との交渉等及び本件協定締結に至る経緯


見舞金契約の締結

水俣病の認定患者やその家族は,昭和33年8月,患者互助会を結成し,控訴人に対し,300万円の補償を請求するなどした。


患者互助会と控訴人とは,昭和34年12月30日,熊本県知事を中心とした不知火海漁業紛争調停委員会の仲介により,見舞金の支払に関する契約(以下「見舞金契約」という。)を締結し,控訴人は,見舞金契約に基づき,見舞金(死亡者弔慰金30万円,生存者年金10万円)の支払を行った。


見舞金契約には,「本契約締結日以降において発生した患者(熊本県に設置された水俣病患者診査協議会が認定した者)に対する見舞金については,この契約の内容に準じて別途交付するものとする」,「将来,水俣病の原因が工場排水と決定しても,(患者互助会は,)新たな補償要求は一切,行わない。」という条項が付されていた。



水俣病補償処理委員会による補償契約

患者互助会は,昭和43年9月に,厚生省が,水俣病の原因は控訴人の水俣工場の排水中に含まれたメチル水銀が原因である旨の上記1⑷の政府見解を発表したことを受けて,同年10月6日,死者について1300万円,生存患者について年金60万円の補償を要求して,控訴人との交渉を開始した。


厚生省は,昭和44年2月,患者互助会と控訴人との補償問題の処理に当たる第三者機関として,水俣病補償処理委員会を設置したが,患者互助会に対し,委員会の設置に当たり,委員の選定を厚生省に一任すること,結論には異議なく従うことを内容とする確約書の提出を求めた。これに対し,患者互助会は,同年4月,確約書の提出をめぐって,同委員会に任せようという「一任派」と裁判で争おうとする「訴訟派」とに分裂した。

水俣病補償処理委員会は,昭和45年5月25日,あっせん案を提示し,同月27日,これに対する一任派の患者の要望を入れた形で,控訴人との間で補償契約が締結され,一任派の患者は,同年6月18日,補償金として,死者の一時金170万円から400万円まで,生存者の一時金80万円から200万円まで,生存者の年金7万円から38万円まで,生存者の一部につき調整一時金20万円の各支払を受けた。



控訴人に対する損害賠償請求訴訟(第1次訴訟)

厚生省への一任に反対した訴訟派の患者とその家族29世帯112名は,昭和44年6月14日,控訴人を被告として,損害賠償請求訴訟を熊本地方裁判所に提起した(第1次訴訟)。
患者の中には,第1次訴訟係属中,訴訟を取り下げて水俣病補償処理委員会による補償金を受け取る者がある一方,新たに救済法に基づく認定を受け(旧認定患者),訴訟に加わった者もあった。また,第1次訴訟における請求額も,当初は,患者本人分について,死亡者・重症者800万円,労働不能者700万円,労働可能者600万円であったが,請求額の増額により,それぞれ1人当たり1800万円,1700万円,1600万円となり,家族分についても増額された。
第1次訴訟の対象となった患者には,発病後短期間のうちに死亡した者,発病後,第1次訴訟の口頭弁論終結時においても病院ないし施設に入院中の者,自宅で生活しているものの,ほぼ全面的な介護を要する者が多く含まれており,全員が旧認定患者であった。第1次訴訟の原告らは,同訴訟で請求している損害については,慰謝料のみであるなどと主張していた。イ
昭和48年3月20日,熊本地方裁判所は,第1次訴訟につき,控訴人に対し,総額9億3730万円余(弁護士費用を含む)の損害賠償の支払を命じた(昭和48年判決)。同裁判所が認定した損害(弁護士費用を除く)は,慰謝料として患者本人分が,死亡者又は重症者につき1800万円,中症者につき1700万円,軽症者につき1600万円,家族分が,患者本人が死亡,重症又は中症のときそれぞれの実情に応じて1人当たり配偶者が600万円ないし350万円,親が450万円ないし100万円,子が300万円ないし100万円であり,前記⑴の見舞金契約については,公序良俗に反するとして,その効力を否定した。
また,昭和48年判決は,損害について,「(原告らは,)逸失利益を含む財産上の損害を請求すれば,その立証が複雑困難であるため審理期間が長期化し,被害者の救済がおくれることになるので,これを慰藉料算定の斟酌事由として考慮し,慰藉料の額に含ませて請求することは許されると解すべきである。このように逸失利益などの財産上の損害を慰藉料に含ませる以上,裁判所は慰藉料を算定するにあたつて,各患者の生死の別,各患者の症状とその経過,闘病期間の長短,境遇などのほかに,これら患者の年令,職業,稼働可能年数,収入,生活状況などの諸般の事情をあわせて斟酌しなければならない。」などと判示している。


控訴人は,控訴権を放棄し,昭和48年判決に従い,賠償金を支払った。また,水俣病補償処理委員会の斡旋による補償契約を締結した一任派の患者は,昭和48年判決後,控訴人に対し,同判決で認められた賠償額と同補償契約に基づく補償額との差額の補償を求め,控訴人は,これに応じた。


新認定患者らとの補償交渉

認定申請を棄却された患者らは,I(以下「I」という。)を中心として,昭和45年8月,熊本県知事の認定申請棄却処分を不服として,厚生大臣に対する行政不服審査請求を申し立てた。
また,患者らのうちには,この頃から本件協定が成立する頃までの間,控訴人の株式を少数(1株)取得して,控訴人の株主総会に出席し,水俣病について控訴人の責任を追及するなどの行動をとる者もいた。


昭和46年7月,環境庁が発足し,同年8月7日,環境庁長官によりIらの認定申請棄却処分を取り消す旨の裁決がされ,同日,昭和46年事務次官通知が発出されたことから,水俣病の認定申請及び認定患者の増加が予想される状況となった。
熊本県知事は,上記裁決を受けて,昭和46年10月6日,Iらを水俣病と認定した。


Iらを中心とする新認定患者の一部(以下「自主交渉派」という。)は,昭和46年秋頃から,控訴人との間で補償を要求して自主交渉を始め,新旧認定患者らとの間や症状の軽重で補償の額に差をつけず,一律3000万円の補償等を要求するなどとして,東京都内にあった控訴人の本社(以下「東京本社」という。)に赴き,J社長(以下「J社長」という。)との面会を求めるなどした。
他方,控訴人は,昭和46年事務次官通知に従って認定された患者には,従前よりも症状が軽い者が含まれているとして,旧認定患者と新認定患者とで補償上の扱いを異にしなければ不公平である,3000万円という補償額は,旧認定患者である訴訟派の請求額1800万円をも上回り,高額にすぎ,患者全体からみて不公平になるなどと主張し,公平な第三者機関を介して,話し合いたいなどとして,Iらを相手方として,中央公害審査委員会(後の公害等調整委員会。以下「中公審」という。)に調停を申し立てるなどした。

これに対し,Iらは,第三者機関を介して話し合うことを拒絶し,あくまでもJ社長との話合いを求め,東京本社に長時間滞在し,泊まり込みを続けたり,控訴人の工場に立ち入り,控訴人から退去を求められても応じなかったりしたため,昭和46年から昭和47年にかけて,控訴人の従業員や警察官により退去させられる等の暴力を伴う紛議が生じた。自主交渉派は,東京本社から立ち退かされた後は,東京本社前にテントを設置し,座り込むようになった。
なお,Iは,この自主交渉中の紛議について逮捕され,昭和47年12月27日,5件の傷害罪で起訴された。東京地方裁判所は,昭和50年1月13日,Iを罰金5万円に処する旨の有罪判決を言い渡したが,Iは控訴し,東京高等裁判所は,昭和52年6月14日,原判決を破棄し,公訴を棄却する旨の判決を言い渡した。これに対して,検察官が上告したが,最高裁判所は,昭和55年12月17日,上告を棄却するとの決定をし(刑集34巻7号672頁),上記東京高等裁判所の判決が確定した。

新認定患者らのうちには,中公審における調停により解決しようとする者ら(以下「調停派」という。)や,控訴人を被告として,昭和48年1月20日に熊本地方裁判所に,未認定患者らとともに損害賠償請求訴訟(以下「第2次訴訟」という。)を提起した者ら(以下「第2次訴訟派」という。)も含まれていた。


控訴人は,その頃,環境庁長官等に対し,政府による補償のための長期低利融資等を申し入れ,また,補償問題の早期円満解決のため,自主交渉派との斡旋を依頼するなどし,自主交渉派も,環境庁長官に仲立ちを要請したことから,熊本県のK知事(以下「K知事」という。)の立会のもと,昭和47年2月23日から,自主交渉が再開されたが,双方の隔たりが大きく,打ち切られた。
その後就任したL環境庁長官(以下「L長官」という。)は,昭和47年12月,自主交渉派及び調停派の依頼を受け,M衆議院議員(以下「M議員」という。)とともに,控訴人及び患者らに対し,自主交渉の再開を促していた。


東京交渉団と控訴人との交渉

第1次訴訟の原告らは,昭和48年判決後,自主交渉派と合流し,Gを団長とする東京交渉団を組織して,直接交渉に参加し,同判決で認められた賠償額は,過去の慰謝料であるとして,別途将来の生活補償(生存者年金・遺族年金)及び医療補償(医療費・介護手当等)の支払を求めることとした。
交渉には,L長官,M議員及びK知事のほか,水俣病問題に関心を持つ水俣市民の自主組織であった水俣病市民会議の会長を務めるN(以下「N会長」という。)が,関与することとなった。


東京交渉団と控訴人は,昭和48年3月22日,控訴人の東京本社において,報道関係者等のいる前で,交渉を開始した。
東京交渉団は,交渉の開始に当たり,J社長に対し,「当チッソ株式会社は,熊本地方裁判所にて昭和48年3月20日の判決に対して,上訴権の抛棄を明言しました。よってこの判決に基づく全ての責任を認め,以後水俣病に係るすべての償いを誠意をもって実行致します。右誓約致します。」と記載された誓約書への署名押印を求めた。交渉には,症状の重い第1次訴訟の原告ら(O,P)も参加していたところ,同人らが,J社長に対し,直接同誓約書に署名押印するよう迫る場面もあった。

東京交渉団は,昭和48年3月23日,控訴人に対し,療養に関する費用の負担として,治療費,通院手当,入院手当,介護手当,介添手当,おむつ手当,交通費,実費などを物価の上昇に合わせて支払うよう請求する旨表明した。東京交渉団は,以後,徐々に控訴人に対する要求内容を明らかにし,同月31日には,以下のとおり具体的な要求の内容を記載した要求書を控訴人に交付した。
「一

チッソは水俣で最後まで水俣病に関する全責任をとれ

Q,R,Sら原告三家族を含む全患者家族にとりあえず熊本地裁
三月二〇日判決にもとずいた補償額をただちに支払え

(中略)

患者の療養を保障せよ
療養に関する次の諸費を負担すること

治療費(薬代,療養費,マッサージ代,温泉治療費,往診費な
ど)なお,ハリキュウ治療費の請求手続を簡素化せよ


介護手当

一万円

一日から一〇日まで

一万円
二万円

二一日以上

五千円

一一日から二〇日まで

入院手当

二日から七日まで
八日以上


通院手当

三万円

身体障害等級一種二級以上及び寝たきりの者
一ケ月

六万円

入院中の者
一日当り

介添手当

二千円

身体障害等級二種三級以上及び日常生活に支障のある

一ケ月

三万円

おむつ手当

一ケ月


交通費

実費


二万円

患者,家族の将来の生活を保障せよ

生活年金

一律

七二万円


葬祭料


生活遺族年金,遺族一時金

四○万円

1
配偶者・親・子(成年に達するまで)

毎年イの金額の半額

2
判決前の死亡者の遺族一時金

イの金額の5年分

(以下略)」

他方,控訴人は,新認定患者の補償は,昭和48年判決の認容額を下回る可能性もある,同判決の認容額は,慰謝料と逸失利益とが含まれていると理解している,生存患者の療養と生活の費用もこれに含まれており,支払う必要はない,仮に,支払う必要があるとしても,同判決を基準とした賠償金の支払の目処も立たない実情であり,要望には応じられないなどと回答した。


東京交渉団は,東京本社内に泊まり込み,J社長を長時間退室させずに交渉を継続するなどしたが,交渉は進展しなかった。この間,L長官やM議員らは,控訴人に対し,強く譲歩を求めたほか,L長官は,水俣地域を視察するなどし,また,M議員は,控訴人に融資をしている主力銀行で,筆頭株主でもあった株式会社日本興業銀行(以下「日本興業銀行」という。)に,交渉の成立に向けた協力を働きかけるなどした。


東京交渉団は,昭和48年4月20日から本件協定が成立する同年7月9日まで,東京本社内において座り込みを行ったため,控訴人は,仮事務所に本社機能を移転せざるを得ない事態となった。



本件協定等の締結

調停派と控訴人とは,この間の昭和48年4月27日,中公審の示した調停案を踏まえ,控訴人が,患者らに対し,1600万円から1800万円の補償金のほかに,年金(特別調整手当)を症状の軽重に応じて支払うとの内容で調停を成立させた。

控訴人は,その後,東京交渉団に対し,上記アの調停と同様の内容で交渉を進めたい旨を打診したことから,東京交渉団は,M議員とともに一部内容を上積みした協定書原案を作成し,控訴人に提示するなどして交渉を進めた。患者医療生活補償基金については,控訴人は1億円を主張し,東京交渉団は5億円を主張するなどしていたが,最終的には,L長官とM議員に預ける形で3億円と決定するなどし,本件協定の内容で協定を締結することに双方が合意した。


東京交渉団と控訴人とは,昭和48年7月9日,環境庁において,L長官,M議員,K知事及びN会長の立会の下で,本件協定書に調印し,本件協定を締結した。
自主交渉派は,本件協定本文五項に従い,同月12日,控訴人の東京本社前のテントを,同月14日,控訴人の水俣工場正門前のテントをそれぞれ撤去し,座り込みを解いた。



本件協定締結後における認定患者に対する補償

控訴人は,本件協定の締結後昭和48年12月25日までに,一任派の患者を含めた他の各患者会派との間で,本件協定と同一内容の協定を締結し,第2次訴訟の原告らを中心に結成された水俣病被害者の会とも協定を締結し,ここに,全ての患者団体との間で,本件協定と同一内容の協定を成立させた。


本件協定に基づく補償は,慰謝料の定めがあるなどの点で,公健法による補償よりも有利であるため,本件協定の締結後に水俣病に認定された者は,例外なく公健法による補償給付ではなく,本件協定と同一内容の補償を受けており,控訴人がこれを拒否したのは,控訴人を被告として損害賠償請求訴訟を提起し,その判決に基づいて損害賠償金の支払を受けた者に対してのみである。
控訴人は,本件協定の締結後に水俣病に認定された患者で,本件協定の適用を希望する者については,当該患者との間で,本件協定と同一内容の補償に関する契約を締結しており,水俣病に認定された時点において,控訴人との間に訴訟等が係属している場合は,認定患者が訴訟等を取り下げることに同意し,取下げ後,本件協定に従った補償を行っている。ウ
控訴人は,水俣病患者救済の手引(甲49)を作成し,認定患者に対し,本件協定の適用を受けるための手続を教示している。また,本件協定の適用を受けた患者に対しては,控訴人からの謝罪文書(甲50と同様の内容の文言)が交付されている。
(以上,甲7,10ないし23,27,46,49,50,53,54,59,62,65ないし67,71)

3
本件協定後締結後の状況等


認定申請者数等の推移
昭和63年12月28日までの水俣病の認定の申請者,認定・棄却者数は,別紙「水俣病の申請者,認定・棄却者数一覧(甲31の別紙)」記載のとおりであり,水俣湾周辺地域の水俣病の申請については,昭和46年事務次官通知が発出された後,申請者数が大幅に増加し,熊本県についてみると,最も多かった昭和48年には1930人,最も少なかった昭和57年でも339人であり,鹿児島県についても100人を下回った年度がなく,同様に水俣病の第二種地域である新潟県と比較しても,年度毎の申請者数が減少せず,延べ人数も8倍に及んでいる。そのため,熊本県及び鹿児島県では,申請に対する審査が滞るようになり,認定申請の審査に係る県の負担も増加し続けた。
また,申請者数の増加に伴い,認定者数も増加し,昭和50年には1000人弱であったものが,昭和55年には1700人を,昭和60年には2000人を超えるに至った。


控訴人の財務状況

控訴人は,上記2⑺のとおり,昭和48年判決後,水俣病患者に対する賠償を命ずる判決や本件協定に従い,補償を行っている。
その金額は,昭和48年判決後1年間で,水俣病患者に支出した補償金が約125億円,不知火海漁協などに対する漁業補償が約39億円にのぼった。控訴人は,昭和48年判決後,資産を売却して約50億円の財源を確保し,営業純利益55億円を加えて,上記補償に充てたが,累積赤字は,昭和49年3月決算時には,約147億円に上っていた。


昭和52年9月時点までの認定患者に対する補償金の総額は,約307億円であり,控訴人は,同月の中間決算時には,累積赤字が321億円に及び,その後も,累積赤字(損失)は増加し続け,増加する認定患者らに対し,当面,年間40ないし50億円の補償費及びヘドロ処理のため,126億円の補償費が必要となることが想定されていた。


控訴人は,昭和52年6月11日時点において,既に開発銀行融資等の形で政府の資金援助を受けていたが,同年9月頃には,主力銀行であった日本興業銀行が融資に難色を示すに至り,政府に対し,何らかの方法で政府が補償金を立替払いし,長期間で返済する方式の支援を求めることを余儀なくされる状況となった。



昭和52年判断条件の発出

政府は,昭和52年6月28日,水俣病に関する関係閣僚会議により,水俣病対策の推進について申し合わせた結果,熊本県が県債を発行し,これを国の資金運用部及び日本興業銀行などの控訴人の取引銀行並びに地元銀行が引き受け,熊本県がそれにより得た資金を控訴人に貸し付け,控訴人が長期分割して熊本県に返済するとの方針を採用する方式で,控訴人への支援を行うことについて了承した。

環境庁は,昭和52年7月1日,昭和52年判断条件(甲12)を発出するとともに,環境庁長官において,「水俣病認定業務については,昭和48年頃から認定申請者が著しく増加するとともに,その症候につき水俣病の判断が困難である事例が増大してきたこともあって」,「認定申請から検診,審査までの滞留期間が長期化し,保留扱いとなる事例が増加してき」たこと,こうした事態の打開のために開催された上記アの関係閣僚会議において,水俣病対策の推進についての申し合わせが行われたことを踏まえ,「水俣病認定業務の促進のために,水俣病の判断条件を明らかにし,さらに判断困難な事例のための症例研究班を設けることにし」,「検診医の増強,県外検診機関の確保等の措置により検診体制の拡充強化に努め」,「PPP(汚染者負担の原則)を維持するためにも,控訴人があくまで補償を遂行できるよう関係各省の格段の指導協力を要請し,かつ,また,認定業務の促進のために熊本県に過重な財政負担がかからぬよう環境庁としても十分努力する」などという談話(甲33)を発表した。また,昭和53年7月3日にも,水俣病の認定に当たり留意すべき事項を整理し,再度明らかにするとして,各関係都道府県知事及び政令市市長に宛てて「水俣病の認定に係る業務の促進について」と題する通知(昭和53年環保業第525号環境事務次官通知。甲70)が発出された。


これに対し,未認定患者らは,上記イの方針が患者の切り捨てになると反発し,審査のために必要な検診を拒否するなどした。



不作為違法確認訴訟等
未認定患者らは,昭和49年12月13日,熊本県知事を被告として,熊本地方裁判所に対し,認定に係る県知事の不作為違法確認訴訟を提起し,同裁判所は,昭和51年12月15日,認定に係る県知事の不作為違法確認を認容する判決を言い渡し,同判決は,同月30日に確定した。
また,未認定患者らは,昭和53年,熊本地方裁判所に対し,水俣病の認定申請に対する処分が遅延していることに伴う損害賠償(国家賠償)請求訴訟を提起した。熊本地方裁判所は昭和58年7月20日に,福岡高等裁判所は昭和60年11月29日に,いずれも応答処分の遅れを違法であるとして,未認定患者らの請求を一部認容する判決を言い渡したが,最高裁判所は,平成3年4月26日,処分庁が作為義務に違反したというためには,客観的に処分庁がその処分のために手続上必要と考えられる期間内に処分できなかったことだけでは足りず,その期間に比してさらに長期間にわたり遅延が続き,かつ,その間,処分庁として通常期待される努力によって遅延を解消できたのに,これを回避するための努力を尽くさなかったことが必要であるとして,原判決を破棄して,福岡高等裁判所に審理を差し戻す判決を言い渡した(民集45巻4号653頁)。差戻後の福岡高等裁判所は,平成8年9月27日,原告らの請求を棄却する判決を言い渡し,同判決は確定した。


政治的解決の試み

第2次訴訟の後も,関西訴訟のみならず,控訴人を被告とした未認定患者らからの訴訟が,熊本地方裁判所のほか,京都地方裁判所及び東京地方裁判所等に提起されるなどした。


他方,政府は,T内閣の下,平成6年以降水俣病問題の具体的な解決策の検討を開始したが,この中では,政治的解決として,未認定者を対象として,公健法の定める金額よりは少額の補償金等を支払うといった解決が模索された。


上記イの解決案策定に当たっては,患者団体や控訴人を含む関係者等の意見も聴取された結果,政府は,平成6年12月15日,「水俣病対策について」を申し合わせた。
これには,控訴人は,救済を求める患者らのうち一定の要件を満たす患者に対して一時金を支払うこと,この解決案に同意して救済を受けようとする者は,当時係属していた訴訟等の紛争を取り下げること等によって終結させること等が定められていた。

上記政治的解決に対しては,関西訴訟の原告らを除く未認定患者らのほとんどが訴え等を取り下げて,これに応じた。
(以上,甲11,甲24の1・2,甲23,25,26,29,31,33,37,47ないし50,52,53,55,57,60,甲63の1ないし3,甲64,69,70,72,73,75,76,乙1ないし3)

4
Aらの症状並びに関西訴訟の概要


関西訴訟において,Aらを含む同事件の原告らは,水俣病にり患したことによる損害額は,弁護士費用を除き生存者につき3000万円,死亡者につき5000万円であると主張し,その損害の内容として逸失利益,慰謝料及び介護費を挙げたが,各損害項目については,具体的な損害額を主張しなかった。
また,Cは,その症状について,「現在の症状は,自覚症状としては,体がだるく疲れやすい,どうき息切れがする,物忘れがひどい,肩こりがする,手足のしびれ感がある。手が震える,ボタンが掛けにくい,口がもつれ話しにくい,左右側方にあるものに気がつきにくい,人の声を聞き取りにくい,手足にケイレンがくることがある。診断所見としては,四肢の知覚障害,視野狭窄,聴力障害,構音障害がある。」などと主張し,Aは,その症状について,「現在の症状は,自覚症状は,手足のしびれがひどく,歩行が著しく困難であり,歩行器ごと転ぶこともあり,持っている物を落としたり,履き物が脱げたのが分からない,手足の末端が冷たく,時々痙攣し,からす曲がりが起こり,夜眠れない。目が見え難く,耳鳴りがし,人の声が聞き取り難く,口がもつれてしゃべり難く,においが分からないのでご飯をこがし,味が分からないので料理がうまくできない。診断所見は,両側四肢末端の知覚障害,口周囲の知覚障害,共同運動失調,構音障害,聴力障害,左下肢筋力低下,軽度の高血圧,頚椎症,化学的(潜在性)糖尿病である。」などと主張した。


関西訴訟の第1審判決及び控訴審判決(前件判決)は,Aらを含む原告らの請求額は,基本的に肉体的,精神的,経済的及び社会的に被った損害を総合的にしんしゃくした上で算定されたものと考えられ,その性質は,全体として慰謝料の性質を持つと解される旨を説示した。



Aに係る義務付け訴訟の第1審判決においては,Aについて多量のメチル水銀に対するばく露歴を有すると認められ,一貫して四肢末端優位の感覚障害が認められるほか,昭和55年には構音障害が疑われ,昭和61年には口周囲にも感覚障害が見られ,構音障害のほか運動失調も生じていたなどと認定した。



公害健康被害補償不服審査会は,平成21年10月1日付け裁決(甲32)において,Cの症状について,感覚障害,起立障害,歩行障害及び運動失調等水俣病に見られる障害が複数存在し,これらの障害が水俣病以外の原因で生じたと考えられる特段の事情も存しないことに加えて,疫学的条件も十分に備えているとして,水俣病であると判断することが合理的であると判断した。
(以上,甲31,32,55,甲63の1ないし3,甲83,乙4ないし6)

第5

判断

1
本件協定の趣旨について


本件協定
前記第2の2⑶記載の内容及び文言に照らせば,本件協定は,東京交渉団と控訴人との間の私法上の合意であることが明らかである。そうであるならば,本件協定によって,当事者双方がいかなる権利を取得し,いかなる義務を負うかについては,本件協定の内容及び文言のほか,本件協定が締結されるに至った経緯等を総合勘案した上で,締結当事者の合理的な意思解釈を行うことによって,判断すべきである。


本件協定の内容及び文言の検討

そこで,まず,前記第2の2⑶記載の本件協定の内容及び文言についてみるのに,本件協定書は,冒頭の頭書並びに,「〈前文〉」,「〈本文〉」及び「〈協定内容〉」の各項目からなるところ,冒頭の頭書には,「水俣病患者,家族に対する補償などの解決にあたり,次のとおり協定する。」とあり,「〈前文〉」には,控訴人が,海域を汚染し,水俣病を発生させた事実を認め(一項),被害を拡大させ,解決に遺憾であったことを反省し(二,八項),患者とその家族の種々の苦しみに対して陳謝し(三項),控訴人の過失責任を認めた昭和48年判決(第1次訴訟の判決)に全面的に服し,これを履行する(四項)ことを表明しているほか,社会に迷惑をかけたことについても謝罪し(三項),潜在患者の救済,公害防止,周辺海域の浄化,患者,家族の福祉の増進に努める(五ないし七項)との記載がある。これは,控訴人において,控訴人が水俣病を発生させたこと,控訴人には,昭和48年判決に従い,不法行為に基づき患者らが被った損害を賠償すべき責任があることを認めたものであり,「補償」という文言は用いているものの,控訴人の行うべき不法行為に基づく損害の賠償問題を解決することを主たる目的とするものであることを明確にしたものと解するのが合理的である。


その上で,本件協定書は,「〈本文〉」一項⑴で,「本協定の履行を通じ」,「全患者の」「被害を償い続け」,同項⑶で,昭和48年判決に基づく全ての責任を認め,以後水俣病に係るすべての償いを誠意を持って実行する旨の東京交渉団に対する誓約を履行するとし,二項では,「以上の確認にのっとり」,控訴人が東京交渉団(患者ら)に対して負う具体的義務の詳細を定める「協定内容」を「履行」することを明言している。すなわち,これらの文言は,控訴人が,昭和48年判決及び本件協定を履行することによって,控訴人が水俣病の原因者として不法行為責任を認め,患者らに対する不法行為に基づく損害賠償を履行する趣旨であると解される。なお,本件協定書は,「〈本文〉」一項⑵において,以後,環境を「汚染」しないこと及び過去の汚染を「浄化」することを約束しているが,その内容それ自体及びこれが「〈協定内容〉」それ自体には記載されていないことに照らせば,控訴人が東京交渉団(患者ら)を含む患者ら又は社会に対して負う社会的責任を明らかにしたのにとどまるものと解される。ウ
そして,「〈協定内容〉」をみるのに,その内容は,症状等に応じて設定された患者本人及び近親者のランクに応じた慰謝料及び利息,治療費,介護費,第三者機関による「ランク付け」並びに,物価変動に対応した終身特別調整手当及び葬祭料(一ないし五項)である。そして,終身特別調整手当は,ランク付けによる差異があり,物価変動に応ずるものであるから,他の費目ではまかないきれない費用や,水俣病のため就労の機会を奪われ,あるいは就労が困難になったことによる減収を補い,生活を維持することを目的とするものと解される。
したがって,これらは,いずれも他人の不法行為により身体・生命が侵害された場合に,被害者が通常被る可能性がある損害であるということができるところ,本件協定は,患者らに対し,控訴人が不法行為責任に基づき賠償すべき「損害」の範囲を明らかにしたものであり,「〈協定内容〉」一ないし六項は,賠償の履行の方法を併せて定めたものであるということができる。これに対し,「〈前文〉」五ないし七項が潜在患者の救済,公害防止,周辺海域の浄化及び患者,家族の福祉の増進に努めると記載するのは,控訴人の具体的な義務を定めたものとまでは認められない。なお,「〈協定内容〉」七項は,控訴人の履行の確保のための方策として,患者医療生活保障基金の設定を定めたものと理解できる。

これらを踏まえて,本文第三項をみるのに,本件協定は,「本協定内容」を「協定締結以降認定された患者」で「希望する者」には適用するとしているところ,「〈協定内容〉」の趣旨は,上記ウで述べたとおりであるから,適用すべき内容は,賠償すべき「損害」の範囲とその履行方法であるということになる。


なお,冒頭の頭書や「〈前文〉」二,三及び八項では,「解決」という文言が使用されており,東京交渉団による座り込みの終了が宣言されている(〈本文〉五項)ところ,座り込みが,東京交渉団の交渉のために行われたものであることに照らせば,東京交渉団は,本件協定の締結により,控訴人に対して損害賠償を求める交渉及び協定に基づいて控訴人に対して損害賠償を求める紛争がいずれも終結したことを宣言したものと解される。


本件協定の締結当時の状況
前記第2の2の争いのない事実等及び前記第4で認定した事実によれば,本件協定の締結当時の状況として,以下の事実が認められる。

患者らは,その症状によっては,死亡し,あるいは身動きや会話さえもままならなくなったため,患者ら及びその家族は,失職したり,家族の介護が必要となったりして,収入を得られず,困窮することとなった。そのため,患者らは,昭和33年頃から控訴人に補償を求めるようになったが,控訴人が責任を否定していたため,見舞金契約等不利な内容の契約の締結を迫られるなどした。そして,患者らは,認定の有無,請求内容や方針の違いから,複数のグループに分かれ,それぞれが自主交渉,控訴人の株主総会,民事訴訟,中公審の調停等のさまざまな場面において,さまざまな手段により,控訴人に補償を求めるに至ったが,そのいずれにおいても,時間と労力を要していた。


東京交渉団のうち自主交渉派は,訴訟外で自ら控訴人に対し,直接その被害を訴え,補償をさせようとし,第1次訴訟における請求額を上回る請求をするなどしていたが,交渉の過程で控訴人の従業員等と暴力的な紛議が生じるなどしたため,交渉はなかなか進展しなかった。また,第1次訴訟の原告らは,同訴訟の判決である昭和48年判決後,東京交渉団に合流し,医療費や生活保障を求めていた。

他方,控訴人は,公害認定や第1次訴訟を経て過失責任を認定され,第2次訴訟も係属する中,昭和46年事務次官通知により新認定患者の増加も予想されたことから,増加する補償費用のため,倒産さえも懸念される事態となり,水俣病問題全体の解決に向けた公平な基準に基づく解決のため,公正な第三者の関与を求めた。また,控訴人は,公害を発生させたことに加え,患者らとの交渉過程で生じた暴力的な紛議や交渉状況が報道等されたため,その業務や信用が大きく阻害された。
さらに,水俣病は,被害の大きさ,紛争の長期化や複雑化に加え,救済法等による補償や認定制度が運用されていたことから,国及び熊本県等の行政も,事態の推移によっては大きな影響を受けることとなり,解決に関与し,適正かつ迅速な解決を図ることを求められるようになった。こうして,水俣病は,単に控訴人と患者との紛争にとどまらず,大きな社会問題と化し,L長官やその依頼を受けたM議員,K知事などが交渉に関係するようになった。


このような状況下で,東京交渉団は,患者の症状により補償に差を設けることを拒否し,水俣病にり患した苦しみには,差が付けられるものではないとして,全患者に一律に昭和48年判決と同様の一時金の支払を求めるとともに,同判決で認容された金額は,過去分の損害だけであると主張し,第1次訴訟の原告らを含む全患者らについて,医療費等と生活保障としての年金の支払を請求した。
他方,控訴人は,昭和48年判決の履行でさえ困難である,同判決の認容額には,逸失利益も含まれているなどと主張するとともに,患者の症状の程度に応じた補償額を定めるべきである,新認定患者と旧認定患者とに対する補償が同額では不公平であるなどと主張し,控訴人の過失と因果関係のある損害の範囲を争っていた。

このような控訴人の姿勢に対し,L長官やM議員等交渉の立会人らは,控訴人に譲歩を求めるとともに,控訴人の債権者の協力を求めるなどした。

本件協定は,そのような患者ら及び控訴人双方の意見並びに立会人らの説得を踏まえ,認定を受けた水俣病患者のみを対象とし,当初の東京交渉団の請求額を若干減額した上で,昭和48年判決と同様の一時金の支払に加え,医療費等及び年金の支払を定めたものである。



本件協定の趣旨

以上検討したところによれば,東京交渉団は,控訴人に対し,水俣病の原因者としての不法行為責任を追及し,控訴人は,東京交渉団の要求を受け,交渉の結果成立した本件協定において,水俣病の認定を受けた患者を対象とし,また,「〈協定内容〉」のとおり支払うべき金額を確定することにより,その限度において,控訴人の過失との因果関係の存否を争うことなく,これを賠償することを受け入れたもの,すなわち,不法行為に基づく賠償責任の内容と方法について合意したものというべきであり,控訴人が,不法行為に基づく賠償責任以外の債務を新たに負担する合意をしたものではないと認められる。
本件協定の成立については,東京交渉団を含む患者らが多大な利害関係を有していたことは認められるものの,当時の控訴人の財務状況に照らすと,控訴人が倒産するなどの状況に陥り,既に支払義務が法的に確定していたものを含め,各種債務や負担を支払うことができなくなる可能性は否定できなかったところであり,国や熊本県等の行政関係や,控訴人の債権者等も,その内容いかんによっては,大きな影響を受けることとなる上,患者間においても,認定の有無やその時期等によっては,受けることができる給付の内容が異なることにより,利害が対立することとなることは,十分に予想されるところであった。そうすると,本件協定の成立時には,控訴人が,本件協定によって,不法行為に基づく賠償責任と切り離された別個の債務を新たに負担することが許容される状況は,なかったというべきである。
なお,上記⑶エで認定したとおり,東京交渉団は,控訴人に対し,個々の患者につき,昭和48年判決で認容された金額を上回る「補償」を要求していたものであるが,上記本件協定の成立経緯に照らせば,この「補償」とは,患者らが水俣病にり患したことによる損害について,過失責任を負う控訴人による賠償を求める以上の趣旨を含むものではないとみるべきである。

また,本件協定は,患者らが,控訴人に対し,自主交渉や調停・訴訟等をする負担を負うことなく,健康被害に係る損害の迅速な補償を受けられるようにするため,後日,認定された患者が,控訴人に対し,水俣病による被害の補償を希望した場合には,控訴人に対し,因果関係のある損害について争わず,本件協定の協定内容に従った補償をすることにより,損害を賠償すべき義務を課す合意であるということができるが,あえてそのような手続を設けたということに加え,物価の変動,症状の変化があった場合における対応をも予定していることからすると,本件協定は,協定に応じた者については,そもそも,協定外の手続によって別途補償を行うことを,予定していなかったものと考えられる。すなわち,当事者の合理的意思としては,本件協定に従って補償を受けることは,訴訟による損害の確定及び判決に基づく履行とは,そもそも二者択一の手続として想定されていたものと解することが自然である。
そのように解したとしても,患者らにとっては,本件協定の締結時点において,補償の範囲が,「〈協定内容〉」の限度にはなるものの,これは,昭和48年判決で認容された金額を上回るものである上,後日認定された患者も,訴訟等における損害認定の多寡という,いわば予測できない事態が避けられ,既に金額が提示されている補償を受けられる方途を確保できることになり,仮に,本件協定の適用を受ける前提となる認定がされない場合や,本件協定の内容そのものに納得できないのであれば,別途,控訴人に対して損害賠償請求訴訟を提起するなどという手段が確保されているのであるから,相応の合理性があるものといえる。他方,控訴人としても,従来は,患者らから裁判が提起される都度,これらの裁判において,個々の患者らの損害額を争ってきたところ,本件協定を締結することにより,損害額が昭和48年判決で支払義務を認められたものを超える形で,固定されることにはなるものの,第三者(行政)の認定を受けるということで患者が限定され,紛争による各種負担も回避できることになるため,認定を受けた全ての患者に対して所定の補償をすることとしても,相応の合理性があるとの判断に至ったことから,東京交渉団との合意に至ったものと解される。

なお,水俣病の認定については,本件協定の成立時には,昭和46年事務次官通知が適用されていたものの,その後,認定申請者の著しい増加等を踏まえて昭和52年判断条件が示され,それ以後は,これによる認定がされていくこととなったこと,これに対し,未認定患者らが反発したことは,前記第4の3⑶で認定したとおりである。しかしながら,認定制度は,そもそも救済法等に基づくものであるところ,本件協定の成立時には,判断基準を定める法令が,今後どのように運用ないし改正されることになるのかは,本件協定の当事者である東京交渉団及び控訴人の双方とも,認識できなかったものであるから,当事者双方にとって,自己が不利益を被る可能性があったものである。そして,控訴人も,昭和46年事務次官通知を前提に,本件協定に応じたものと解される。
以上のような本件協定成立時の状況に照らせば,たまたま,形式的に見れば,本件協定の成立時の判断基準であった昭和46年事務次官通知よりも厳しい昭和52年判断条件が,その後示され,Aらについては,水俣病の認定を受けるまでに長期間を要することになったとしても,それは,あくまでも結果論であるといわなければならない。なるほど,この点については,前記第4の3で認定したところによっても,控訴人が熊本県に対し,資金援助を依頼した事実は窺われるもの,それ以上に,昭和52年判断条件が設定されるに当たって,控訴人の思惑が働いているとまで適確に認めるに足る証拠はない。証拠(甲11,14,34,35,37,61,71ないし74)中,これに反する部分は,適確な裏付けを欠くものとして,にわかに採用することができない。

このように,「認定」を得たことが,本件協定の適用を受けるための条件である以上,未認定患者としては,認定を待つか,訴訟等によるかを自ら選択すべきであることは,本件協定が当然に予定している事柄であるというべきである。すなわち,訴訟で損害を確定し,判決による履行まで得た患者が,さらに本件協定に基づく救済を求めることは,本来,予定していない事態であったと解される。



まとめ
以上によれば,本件協定に基づく補償(その詳細は,「〈協定内容〉」のとおりである。)は,患者らが,控訴人の水俣工場の排水に含まれていたメチル水銀により水俣病にり患したことによる健康被害に係る損害の賠償について,控訴人が補償すべき「損害」の範囲を明らかにし,補償の履行の方法を合わせて定めたものであり,控訴人は,認定された患者らであり,かつ,本件協定による解決を希望する者に対しては,「〈協定内容〉」に従った補償を行うべきことを定めたものというべきである。
なお,被控訴人らは,控訴人が一方的加害者であることから,本件協定の解釈に当たっては,控訴人に不利益な解釈がされることはともかくとして,患者らに不利益な解釈がされるべきではないと主張する。しかしながら,本件協定の内容及び文言のほか,本件協定が締結されるに至った経緯等を総合勘案すれば,本件協定の締結当事者の意思は,法的にみれば,上述のとおり解釈できるのであって,これを,一部の患者の現時点の利害状況に応じて,その利益に資するように解釈を変更することは,被控訴人らが本件において強調し,当裁判所も前記第4において認定した水俣病の発生及び患者の病態,これまでの事実関係,さらには本件声明の内容を考慮しても,法的解釈としては認められないところであるといわなければならない。
2
Aらが,本文第三項にいう「協定締結以降認定された患者」として,本件協定の適用を求め得る地位にあるかについて


上記1のような本件協定の趣旨に照らせば,認定を受けた患者らについて,水俣病による健康被害に係る損害の全てが填補されている場合には,本件協定に基づく補償を受けることによって填補されるべき損害は,存しないというべきである。したがって,認定を受けた患者らが,水俣病にり患したことによる健康被害について,控訴人に対する損害賠償請求訴訟を提起して判決を受け,これにより確定された民事上の損害賠償義務の履行を既に受けている場合には,仮に,同義務の履行により受けた金額と本件協定の「〈協定内容〉」に基づく補償との間に差額が生じたとしても,当該差額についてといえども,同義務の履行に加え,本件協定に基づく補償を受けることはできないものと解することが相当である。



これを本件についてみるのに,Aらは,控訴人のほか国及び熊本県に対し,Aらが水俣病にり患したことによる健康被害に係る損害は,弁護士費用を除いて3000万円を下らないとして,その損害の内容として逸失利益,慰謝料及び介護費を挙げたが,各損害項目については,具体的な損害額を主張することなく,当該損害の賠償を求める関西訴訟を提起したものであるところ,確定した前件判決は,Aらの請求額は,基本的に肉体的,精神的,経済的及び社会的に被った損害を総合的にしんしゃくした上で算定されたものと考えられ,その性質は,全体として慰謝料の性質を持つと解される旨を説示した上で,Aらの上記請求について,その一部を認容したものである。したがって,前件判決は,認定することができるAらの損害の全てについて,賠償を控訴人に命じたものと解されるから,Aらが,さらにこれにより認められた損害賠償金を超える,関西訴訟の第1審判決に基づく損害賠償金を受領し,しかも,本来は控訴人に返還すべき当該差額の返還を拒絶している以上,被控訴人らが,これに加えて,本件協定の適用を主張して,これに基づく補償を求めることは,できないものといわざるを得ない。


したがって,Aらは,本文第三項にいう「協定締結以降認定された患者」として,本件協定の適用を求め得る地位にあるとはいえないといわざるを得ない。

3
被控訴人らの主張について


本件協定の性質について

被控訴人らは,前記第3の1⑴のとおり,本件協定は,控訴人が過去及び将来の水俣病患者に対し,真摯な謝罪をし,かつ,司法的解決以上の手厚い内容の補償を約束した,患者の救済を目的とする一種の無名契約であり,これに,第三者のためにする補償給付契約を包含している一方,患者側の損害賠償請求に関する権利放棄条項は含まれていないから,和解契約ではないなどと主張する。


しかしながら,本件協定が,民法所定の第三者のためにする契約を包含する無名契約ないしは和解契約の側面を有すると解する余地がありうるとしても,前記1において判断したとおり,本件協定は,控訴人が患者らに対して負う不法行為に基づく損害賠償責任について,認定を受けた患者らに対しては,その範囲と方法について定めたものというべきであるから,本件協定が,控訴人において,賠償責任とは別個の債務を新たに負担することを定める性質のものではないというべきである。

したがって,被控訴人らの前記アの主張は,その前提を欠くものとして,採用できない。



本件協定の内容について

被控訴人らは,前記第3の1⑵のとおり,控訴人は,本件協定により,水俣病認定を受けた全患者に対し,昭和48年判決以上の包括的給付による救済内容を実現することを約束したものであり,このことは,本文第三項が,単に「認定された患者」と定めるのみで,公健法の認定を受けることが唯一の条件とされており,認定患者に対する判決が確定しているかどうか等の他の要件は付されていないこと,被控訴人らは,認定の遅れのため,損害賠償請求訴訟である関西訴訟を提起することを余儀なくされたに過ぎないにもかかわらず,いわゆる「二つの水俣病」基準のため,訴訟においては,症状の内容や程度が軽いと位置付けられ,本件協定をはるかに下回る賠償額しか認定されず,受けた全損害が回復又は填補されたわけではなかったから,別途,本件協定の適用を受けられないのは不当であることに照らし,明らかであるなどと主張する。


しかしながら,前記1において判断したとおり,本件協定は,控訴人が患者らに対して負う不法行為に基づく損害賠償責任について,認定を受けた患者らに対しては,その範囲と方法について,本件協定において定めるところに従って,賠償を履行すべき義務を負うことを定めたものというべきであって,賠償責任とは別個の債務を新たに負担する性質のものではないというべきである。
なるほど,前記第4の2で認定したとおり,第1次訴訟の原告らは,訴訟係属中には,慰謝料を請求している旨主張していたし,昭和48年判決後は,同判決の認容額は,過去の損害に対するものであるなどと主張して,東京交渉団に参加し,さらに,医療費等や年金の支払を求めるなどしていたものである。このように,水俣病問題を巡る当時の情勢を背景として,本件協定締結時には,なお,控訴人と第1次訴訟の原告らとの間には,その損害の賠償を巡る紛争が存在しており,本件協定は,これを解決するために締結されたものということができる。しかしながら,前記1において判断したとおり,本件協定の締結後は,患者が認定を受けたかどうかにより,紛争の解決につき一定の枠組みができ,未認定患者としては,認定を待つか,訴訟等によるかを選択すべきものとされたことは,本件協定が当然に予定している事柄であったということができる。したがって,認定を受けた患者といえども,訴訟で損害を確定し,判決による履行まで得た以上,さらに,本件協定による解決を求めることは,予定されていないものと解される。

さらに,本件協定による補償の内容と訴訟による認容額との間には,差異がありうるが,そもそも,本件協定は,水俣病にり患したことについての慰謝料の支払を請求した昭和48年判決の認容額を前提とした一時金に加えて,医療費等や年金を支払うことを主たる内容としているところ,昭和48年判決の対象となった患者らは,発病後短期間のうちに死亡した者,発病後,第1次訴訟の口頭弁論終結時においても病院ないし施設に入院中の者,又は自宅で生活しているものの,ほぼ全面的な介護を要する者が多く,同判決の認容額は,そのような第1次訴訟の原告らの症状を踏まえて定められたものであるのに対し,その後,訴訟を提起した原告らの症状は,認定の有無にかかわらず,その内容及び軽重が種々であった。すなわち,これらの原告は,客観的にみれば,第1次訴訟の原告らと比較して,症状がより軽い者もおり,実際,Aらの症状も,第1次訴訟の原告らと比較すれば,より軽症であるといわなければならない。このように,控訴人の水俣工場の排水に含まれていた有機水銀に起因して水俣病を発症したとしても,各患者について,その顕れた症状に差異があれば,社会通念上,肉体的,精神的,社会的及び経済的にみて,被る損害にも自ずから差異があるのが通常であり,訴訟において認定された損害額は,単に,認定の有無によって定められたというよりは,むしろ,個々の患者の症状の内容及び軽重により定められたものと解される。
したがって,本件協定による補償は,個々の患者らの障害の程度等から認定されるべき損害額を超えていることもあれば,逆に,これを下回ることもありうることとなるが,これは,訴訟により客観的に賠償額を定めることなく,ある程度,定型的に補償について合意するという本件協定の性質上,不可避な事態であるといわざるを得ない。
また,患者らの中には,控訴人に対する損害賠償請求訴訟を提起することなく,認定を待っていた者も存在したのであるから,患者らにつき,訴訟による解決を得た結果,本件協定の適用が受けられないこととなり,その差額を受領することができないことがあるとしても,そのことが直ちに不公平であるとはいえない。

なお,被控訴人らは,前記アの解釈は,本件協定の立会人のみならず,熊本県関係者や控訴人も含め,水俣病問題にかかわってきた者全てにおける共通理解でもあった旨主張し,証拠(甲16,20,21,36,60ないし62,65,66,81,82,証人U)中には,これに沿う部分がある。また,証拠(甲16,20,21,65,66)によれば,本件協定に立ち会った立会人のうち,故人となったL長官を除く,M議員,K知事及びN会長は,平成21年12月18日付けで当時の控訴人代表者,環境大臣及び熊本県知事に宛てた「1973年水俣病補償協定書について協定書締結立会人の声明」と題する文書である本件声明を作成し,その中で,本件協定は,第1次訴訟で勝訴した患者・家族と控訴人とが交渉の上,裁判による判決以上の内容を協定したもので,すべての認定を受けた患者らに対しては,本件協定が適用されるべきであって,このことは,本件協定において日本国憲法と同様に重要な意義を有する「前文」の記載に照らしても,明らかであるとの意見を表明していることが認められる。しかしながら,本件声明は,本件と同じように,関西訴訟判決で一部勝訴した患者が,その後,水俣病の認定を受けたことを契機に,本件協定の適用を求めて提訴した後に表明されたものである上,本件声明における上記見解は,あくまでも,本件協定に立ち会った立会人のうち上記3名の解釈であるから,前記イで認定,判断した本件協定の解釈を直ちに左右するに足るものではない。また,このことに照らせば,本件声明を含む上記証拠もまた,当裁判所の上記認定,判断を左右するに足るものではない。したがって,被控訴人らの上記主張は採用できない。



以上によれば,被控訴人らの前記アの主張は採用できない。
前件判決で認定された症状と公健法上の認定の基礎とされた症状との異同
について

被控訴人らは,前記第3の1⑶のとおり,Aらの症状は,前件判決時と認定の基礎とでは異なっているし,前訴で一定額の損害賠償が認定された後,前訴時には発見されていなかった後発後遺症が見つかった場合,その後発後遺症に基づく損害賠償の後訴は,前訴の既判力では遮断されないところ,前件判決後に水俣病の認定を受けたことは,後発後遺症が発見された場合と同様に考えられるべきであるから,損害が確定し,填補されたとはいえないなどと主張する。


しかしながら,上記2で認定したとおり,Aの症状は,感覚障害の範囲が,四肢のみならず口周囲に見られるようになり,構音障害の疑いのみであったものが構音障害及び運動失調も生じたとされたもの,Cの症状は,主として感覚障害であったものが起立障害,歩行障害及び運動失調等もみられるとされたものであるところ,これらが前件判決時には予想できなかった大きな変化であるとまではいえないし,認定の有無で損害が変わるものでもないことは明らかである。



したがって,被控訴人らの前記アの主張は採用できない。
本件協定に基づく補償給付と不法行為に基づく損害賠償との関係について

被控訴人らは,前記第3の1⑷のとおり,本件協定の目的は,自主交渉の経緯や本件協定の文言,その内容等に即して考えると,紛争の解決だけでなく,水俣病患者に対する謝罪と十分な補償を行うことにあるのに,たまたま判決が先行したからといって,本件協定の救済対象から除外されることは,前記の目的と整合するものではない上,不法行為に基づく損害賠償請求権と本件協定に基づく補償給付請求権とは,その要件と法的効果に顕著な差異が認められ,各請求権は,相互独立に存続するものであり,択一的にいずれかを選択しなければならないというものではなく,基本的には互いに影響を与えるものではない,本件協定は第1次的救済制度であり,訴訟による救済は補完的なものであるから,その後に認定を受けた場合,訴訟による救済に不足があれば,本件協定に基づく補償を求めることができるなどと主張する。


しかしながら,本件協定が,控訴人が患者らに対して負う不法行為に基づく損害賠償責任について,認定を受けた患者らに対しては,その範囲と方法について,本件協定において定めるところに従って,賠償を履行すべき義務を負うことを定めたものというべきであって,賠償責任とは別個の債務を新たに負担する性質のものではないこと,したがって,水俣病患者が,訴訟を提起し,その判決により全損害が確定し,その賠償を受けた場合,当該患者に係る損害はすべて填補されたこととなるから,さらに,本件協定の適用を受けることはできないこと,控訴人と患者らとの間の損害賠償を巡る紛争を解決するための手続として,訴訟とは二者択一のものとして想定されていたものと解されることは,前記1において認定,判断したとおりである。そして,そのことは,前記第2の2⑶で認定した本件協定の文言及び前記第4の2で認定した本件協定の締結に至る経緯並びに本件声明(甲21)の内容,さらには,水俣病の認定と判決とのいずれが先行するかどうかによっても,左右されるものではない。

被控訴人らは,本件協定の目的は,自主交渉の経緯や本件協定の文言,その内容等に即して考えると,紛争の解決だけでなく,水俣病患者に対する謝罪と十分な補償を行うことにあるとして,本件協定に基づく補償給付請求権は,控訴人が患者らに対して負う不法行為に基づく損害賠償請求権とは異なると主張する。
しかしながら,仮に,本件協定が,不法行為に基づく損害賠償にとどまらず,被控訴人らの主張するように,水俣病患者に対する謝罪と十分な補償を行うことを控訴人の債務として定めたものであるとしても,当該謝罪ないし補償の内容に照らせば,それは,水俣病患者に対する一身専属的な債務であると考えられるから,被控訴人らがAらから相続するものとは解されない。したがって,被控訴人らの上記主張は採用できない。




以上によれば,被控訴人らの前記アの主張は採用できない。
他の患者との差別的処遇であること


被控訴人らは,前記第3の1⑸のとおり,Hの遺族が,控訴人との間で一時金を260万円とする和解を受け入れ,審査請求の取下げ等を行い,終局的に紛争を解決することを合意したにもかかわらず,Hが水俣病の認定を受けた後,控訴人との間で,本件協定と同一内容の協定を締結するに至ったことと比較して,控訴人が,被控訴人らについて,本件協定の適用を認めないことは,禁反言の原則や信義則,衡平の原則等に反し,不当であると主張する。


証拠(甲23,25,26)及び弁論の全趣旨によれば,Hに対する紛争の解決等については,次の事実が認められる。
Hは,昭和49年3月に公健法所定の水俣病認定申請をしたが,昭和54年10月に同申請が棄却されたため,同処分を不服として,審査請求をした。
Hは,上記

の審査請求後の昭和55年i月に死亡し,遺族が同手続

を承継した。
その後,Hの遺族は,前記第4の3⑸の政府の解決案に従い,前記の審査請求を取り下げ,一時金260万円等の支給を控訴人から受けた。ところが,平成11年11月19日,Hについては,審査請求を担当していた環境庁が,水俣病を認める裁決を遺族に交付せずに放置していたとの新聞記事が掲載された。そして,環境庁がこの点について内部調査を行ったところ,既に環境庁は,平成4年3月の時点では,Hに対する病理解剖の結果等を踏まえた第三者の鑑定意見に基づき,取消裁決をする方針を決定していたにもかかわらず,熊本県がこれに反対するなどしていたため,両者間において調整が行われていたところ,その間に,Hの遺族が上記

のとおり当該審査請求を取り下げていたことが判明し

た。
このような経過を踏まえ,環境庁は,平成11年2月5日,前記


審査請求の取下げにつき,錯誤に至らしめる事情があったとして,これが無効であること及び審査請求を再開することを決定するとともに,同年3月30日,Hについては,水俣病として認定することが妥当であるとして,前記

の熊本県知事の棄却処分を取り消す処分を通知した。そ

して,熊本県は,同年4月5日,Hを水俣病であると認定し,遺族に通知した。
控訴人は,以上の経過を踏まえ,Hの遺族との間で改めて,本件協定と同一内容の協定を締結し,前記
により既に交付した一時金との差額

を交付した。

上記イの認定事実によれば,なるほど,Hの遺族は,控訴人との間で一度は一時金を260万円とする和解を受け入れ,審査請求の取下げ等を行い,終局的に紛争を解決することを合意したにもかかわらず,その後,Hが水俣病の認定を受けた後,控訴人との間で,本件協定と同一内容の協定を締結したことが認められる。しかしながら,これは,あくまでも,Hの遺族が審査請求を取り下げた時点において,既に取消裁決の方向が決まっていたことが判明し,現に,その後,Hにつき,取消裁決が行われ,かつ,水俣病の認定を受けたことによるものである。
これに対し,前記第2の2⑸及び⑹で認定したとおり,Aらについては,あくまでも訴訟による解決を求めて関西訴訟を提起し,その結果,前件判決において請求の一部が認容され,その後水俣病の認定が行われたものであるが,本件全証拠によっても,前件判決当時,Aらにつき水俣病の認定を受けることが,環境庁又は熊本県において明らかであったとは,認めることができない。


以上によれば,HとAらの事案とは,明らかに事実関係を異にするものであると認められるから,控訴人がAらをHと別異に取り扱ったからといって,そのことが,直ちに不公平ないしAらを差別するものであるとはいえない。そして,証拠を精査しても,Hの事案の他に,控訴人が,本件協定締結以降,控訴人に対する損害賠償訴訟を提起し,これに対する確定判決等に基づき,控訴人から賠償金の支払を受けた者等,控訴人との間で,損害賠償を巡る紛争が確定的に終息した患者に対し,別途,任意に本件協定に基づく補償を行った事案があることを認めるに足る適確な証拠はない。したがって,被控訴人らの前記アの主張は採用できない。

4
結論
以上によれば,被控訴人らの本件請求は,いずれも理由がないことに帰着するから,これを棄却すべきであり,これと異なる原判決は相当でない。よって,本件控訴は理由があるから,原判決を取り消して,被控訴人らの本件請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第2民事部

裁判長裁判官

田中
裁判官

吉川愼一
裁判官

日野直子敦
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