判例検索β > 平成29年(行ケ)第10153号
審決取消請求事件 特許権 行政訴訟
事件番号平成29(行ケ)10153
事件名審決取消請求事件
裁判年月日平成30年6月19日
法廷名知的財産高等裁判所
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平成30年6月19日判決言渡
平成29年(行ケ)第10153号
口頭弁論終結日

審決取消請求事件

平成30年4月24日
判原決告
JFEスチール株式会社

訴訟代理人弁護士

告藤惠嗣前被近田将貴
新日鐵住金株式会社

訴訟代理人弁護士

増口尚幸藤
誠二郎


原告の請求を棄却する。

2夫齋1和橋主井
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由

第1

請求
特許庁が無効2016-800020号事件について平成29年6月16日にした審決を取り消す。

第2
1
事案の概要
特許庁における手続の経緯等
(1)出願経過等

住友金属工業株式会社(以下「住友金属工業」という。)は,平成13年8月31日,発明の名称を「熱間プレス用めっき鋼板」とする発明について特許出願(特願2001-264591号)をし,平成16年8月6日,
特許権の設定登録
(特許第3582504号)
を受けた
(請求項数7。
甲10の1。以下,この特許を「本件特許」という。)。

被告は,平成24年10月1日,住友金属工業を吸収合併し,上記特許権を承継取得した(弁論の全趣旨)。

(2)別件の無効審判請求事件の経過等

原告は,平成25年11月8日,本件特許の請求項1ないし7に係る発明について特許無効審判を請求し,無効2013-800214号事件として特許庁に係属した(以下「先行事件」という。)。


被告は,平成26年2月7日,本件特許に係る明細書及び特許請求の範囲を訂正明細書記載のとおり訂正する旨の訂正請求をした(甲10の2,弁論の全趣旨。以下「本件訂正」という。)。


特許庁は,平成26年7月24日,「請求のとおり訂正を認める。本件審判の請求は,
成り立たない。との審決

(以下
「先行事件審決」
という。

をし,その謄本は,同年8月1日,原告に送達された。


原告は,平成26年8月29日,知的財産高等裁判所に先行事件審決の取消しを求める訴訟(同年(行ケ)第10201号。以下「先行事件訴訟」という。)を提起したが,同裁判所は,平成27年9月3日,原告の請求を棄却する旨の判決(以下「先行事件判決」という。)を言い渡し,同判決は,平成28年6月28日,最高裁判所の上告不受理決定(平成27年(行ヒ)第492号)により確定した(甲14。これにより先行事件審決も確定した。)。

(3)本件無効審判請求事件の経過等

原告は,先行事件判決(先行事件審決)が確定する前の平成28年2月15日,改めて本件特許の請求項1ないし7に係る発明について特許無効審判を請求し,無効2016-800020号事件として特許庁に係属した(以下「本件無効審判」という。)。

特許庁は,
平成29年6月16日,
「本件審判の請求は,
成り立たない。

との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月26日,原告に送達された。


原告は,平成29年7月24日,知的財産高等裁判所に本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。

2
特許請求の範囲の記載
本件訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項ごとに「本件発明1」ないし「本件発明7」といい,併せて「本件発明」という。また,本件訂正後の明細書〔甲10の2〕を「本件明細書」という。)。【請求項1】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼板表面に有することを特徴とする700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。
【請求項2】
前記酸化皮膜が亜鉛の酸化物層から成る請求項1記載の熱間プレス用鋼板。【請求項3】
前記めっき層の片面当たりの付着量が90g/m2以下である請求項1または2記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項4】
前記めっき層を鋼板表面に直接設けた熱間プレス用鋼板であって,該めっき層におけるFe含有量が80質量%以下である請求項1ないし3のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項5】
前記鋼板のC含有量が0.1%以上,3.0%以下である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項6】
前記鋼板が780MPa級以上の高強度鋼板である請求項1ないし4のいずれかに記載の熱間プレス用鋼板。
【請求項7】
表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を鋼材表面に有することを特徴とする700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼材。
3
本件審決の理由の要旨
(1)本件審決の理由は,別紙審決書の写しに記載のとおりである。要するに,本件発明は,①明確性要件(特許法36条6項2号)に違反せず,②サポート要件(特許法36条6項1号)にも実施可能要件(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項)にも違反せず,③特開2001-353548号公報(甲1。以下「先願明細書」という。)に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一ではなく拡大先願(特許法29条の2)違反も認められないから,請求人が主張する無効理由はいずれも理由がなく,本件審判の請求は成り立たないとするものである。
(2)本件審決が認定した先願発明,本件発明1と先願発明との一致点及び相違点は,以下のとおりである。

先願発明
「以下の重量組成をもつ
炭素:0.15%-0.25%
マンガン:0.8%-1.5%
ケイ素:0.1%-0.35%
クロム:0.01%-0.2%
チタン:0.1%以下
アルミニウム:0.1%以下
リン:0.05%以下
イオウ:0.03%以下
ホウ素:0.0005%-0.01%
鋼板に亜鉛又は亜鉛-アルミニウム合金被膜が両面に連続的にめっきされ,成形前の鋼板を950℃でオーステナイト化し,プレス成形で焼入れする鋼板」

本件発明1と先願発明との一致点
表層に酸化皮膜を備えた亜鉛を含むめっき層を鋼板表面に有する950℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス鋼板


本件発明1と先願発明との相違点
「表層に酸化皮膜を備えた亜鉛を含むめっき層」に関し,本件発明1では,「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する」酸化皮膜を備えた「亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」であるのに対し,先願発明では,「亜鉛又は亜鉛-アルミニウム合金被膜」である点。

4
取消事由
(1)明確性要件に関する判断の誤り(取消事由1)
(2)サポート要件及び実施可能要件に関する判断の誤り(取消事由2)(3)本件発明と先願発明の同一性判断の誤り(取消事由3)

第3

当事者の主張
1
取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について

(原告の主張)
(1)いかなる金属の酸化皮膜か
本件審決は,本件明細書の【0018】に含まれる「めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。」との記載に基づいて,特許請求の範囲における
「酸化皮膜」
も亜鉛の酸化皮膜であることが明確であると判断した
(2
3頁下から9~1行目)。しかしながら,この判断は誤りである。その理由は次のとおりである。
第1に,本件訂正によって,特許請求の範囲の記載にあった「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」に代えて,「スズ-亜鉛合金めっき層」などの具体的な合金めっき層が記載された。第2に,本件明細書においては,「スズ-亜鉛合金めっき」の具体例としては,「スズ-8%亜鉛合金めっき」のみが記載されている(【0038】)。第3に,「スズ-8%亜鉛合金めっき」を加熱した場合に生ずる変化については本件明細書に全く記載がない。これらの事実からすれば,「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が亜鉛の酸化皮膜でなければならないと当然に解釈できるとはいえない。
この点について,本件審決は,「かかる例示によって,前記アの理解が妨げられるものではなく,亜鉛系めっきに由来する亜鉛の酸化皮膜が直ちに否定されるものでもない。」
(24頁10~12行目)と述べている。しかし,
特許請求の範囲に具体的に「スズ-亜鉛合金めっき」が記載され,その唯一の例示が「スズ-8%亜鉛合金めっき」である場合に,「スズ-8%亜鉛合金めっき」を加熱することによって生ずる酸化皮膜が合金中の92%を占めるスズの酸化皮膜ではなく,僅か8%を占めるにすぎない亜鉛の酸化皮膜であると一義的,かつ明確に理解できるとは考えられない。
本件審決は,「理解が妨げられるものではなく」,「直ちに否定されるものでもない」と述べているが,明確性要件を充足するためには,酸化皮膜が亜鉛の酸化皮膜であるという解釈が可能であることで足りるものではなく,それ以外の解釈が合理的に排斥されなければならない。本件審決は,明確性要件の意義を誤って理解している。
(2)酸化皮膜の形成時期
本件審決は,本件明細書の「【0042】,【0043】には,酸化皮膜は,熱間プレス加工のため700~1000℃に加熱する前に,予め形成されている場合と形成されていない場合があることを前提として,熱間プレスのための加熱方法には,予め酸化皮膜が形成されている材料の場合には,酸化皮膜の維持に悪影響がない限り特に制限がないことが記載され」(24頁16~20行目)と述べているが,【0042】に先行する段落の記載を読めば,本件審決の解釈が誤りであることは明白である。
すなわち,【0042】の冒頭には,「上述のようにして用意された表層にバリア層を備えた亜鉛系めっき鋼板を次いで所定温度にまで加熱し,プレス成形を行う。」と記載されている。そして,「上述のようにして用意された」という記載は,【0035】以下の記載を受けていることが明らかであるところ,【0035】には,「本発明において,バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち,酸化性雰囲気中での加熱,つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが,そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく,めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。通常このときの加熱温度は550~650℃である。」と記載されている。このことからも明らかなとおり,【0042】は,熱間プレス加工のため700~1000℃に加熱する前に予め酸化皮膜が形成されていることを前提とする記載である。
本件審決の指摘する【0043】の記載は,「また加熱時の雰囲気も特に制限はないが,予めバリア層が形成されている材料の場合には,そのようなバリア層の維持に悪影響を与えない限り,特に制限はない。」というものであり,一見すると,本件審決の認定に沿うようにみえるが,【0043】の冒頭に
「この場合の加熱方法」
と記載されていることから分かるとおり,
【0
043】は【0042】を受けたものである。そして,【0042】が【0035】
以下の記載を受けたものであることは前記のとおりであるから,
【0
043】もまた,予めバリア層が形成されていることを前提とする記載である。
したがって,「予めバリア層が形成されている材料の場合には」という記載から,本件発明に予めバリア層が形成されている場合と形成されていない場合とがあると解釈するべきではない。むしろ,「(本発明のように)予めバリア層が形成されている材料の場合には」と解釈することにより,本件訂正前の明細書にいう,「本発明」の利点を記載したものと解釈する方が自然である。
また,本件審決は,【0018】の「このバリア層は,熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で,
その後700~1000℃
に加熱されることによっても形成が進むと推測している。」という記載にも言及しているが,この記載によれば,「熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要」なのであるから,熱間プレスに先立つ加熱前に全くバリア層,すなわち,「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が形成されていない場合は除外されていると解される。
しかるに,本件審決は,「『加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜』の形成時期は,本件特許明細書の発明の詳細な説明を参照すれば,『熱間プレスの直前まで』として明確であるというべきである。」(24頁下から4~2行目)と認定した。しかし,本件審決の判断とは異なる結論に至る根拠となる記載が明細書に存在することは上記のとおりであるから,「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期は明確とはいえない。
したがって,本件審決の認定は誤りである。
(3)「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」の意味
本件審決は,「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる」の意味について,「鋼板が,『表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた』ものとなる処理として(特定条件下でのプロセスに供されることとして)特定された事項であることが明らかである。」(27頁下から5~2行目)
と認定しているが,
この認定の意味そのものが明瞭ではない。
「プロセス」
という用語を用いている点からすると,
いわゆるプロダクト・
バイ・プロセス・クレームにおけるプロセス,すなわち製造方法によって物の発明を特定したとも解釈できるが,仮にそうであるとすると,「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる」というプロセスで得られる特性がどのようなものであるのか,その特性を製造方法によって特定しなければならない理由は何かが明らかでない。
他方で,本件審決は,「本件特許発明は,従来公知の亜鉛系めっき鋼板に内在していた予想外の作用効果を発揮し得る条件下での加熱・プレス・焼き入れに供される新規な物として特定されたものである。」(27頁下から2行目~28頁1行目)とも認定しているところ,この認定の意味も明瞭ではない。
この認定の前半では,「従来公知の亜鉛系めっき鋼板」,「予想外の作用効果」と述べていることから,いわゆる「用途発明」を認定しているようにも思えるが,後半に述べられている「新規な物として特定」という表現とは矛盾している。
本件発明は「物の発明」であり,請求項1の記載は,
A.表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた
B.亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層を
C.鋼板表面に有すること
を特徴とする
D.700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用鋼板。
である。この表現は,ABCを特徴とするDという表現形式になっているから,Dを素直に解釈すれば,用途を記載したものである。そして,用途を特定することによってその用途に適した形状,構造,組成等を記載したものとは認められないから,本件発明は用途発明であると解釈できる。
本件審決も,「亜鉛めっき鋼板について熱間プレスを施すということ自体が,従来の公知の技術では考えられなかったことであり,それをあえて実施したところ,
従来の技術常識では考えられなかった結果,
すなわち,
900℃
以上に加熱しても加熱後に熱間プレスを行うことができ,しかも,プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから,それ自体すでに優れた耐食性を備え防錆処理を必要としない,熱間プレス鋼板になり得ることを見出したことに基づく発明が,本件特許発明である。」(25頁下から4行目~26頁4行目)
と認定して,
用途発明であるという結論に沿う認定をしている。
そして,本件発明を用途発明として理解するならば,請求項1の分説におけるAないしCの構成は,本件発明を特徴付けるものであるから,「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス」という用途に供される前に備わっていなければならないはずである。
前記のとおり,本件明細書の【0035】には,「本発明において,バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち,酸化性雰囲気中での加熱,つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが,そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく,めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。通常このときの加熱温度は550~650℃である。」と記載されており,酸化皮膜は700℃よりも低い温度で形成されるとされている。
しかしながら,他方で,本件審決は,「(酸化皮膜の)形成時期は熱間プレスの直前までであればよいと解するのが相当であり,例えば,850℃に加熱して熱間プレスを行う場合には,必ずしも700℃よりも低い温度でバリア層が形成されている必要はなく,850℃に加熱してなされる熱間プレスの直前までに形成されれば足りると解すべきである。」(25頁8~12行目)と認定している。この認定は,前記した,「鋼板が,『表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた』ものとなる処理として(特定条件下でのプロセスに供されることとして)特定された事項であることが明らかである。(27頁下から5~2行目)

という認定につながるものであり,
「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」という記載を用途と解釈する認定とは異なっている。
以上のとおり,本件審決の認定自体からも,「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」という記載の意味が不明確であることは明らかである。
したがって,
本件審決の『700~1000℃

に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用』との部分のみを取り上げて,これが請求人の主張する構成と用途のいずれに該当するかをことさら論ずるまでもなく,明確性要件に違反するということはできない。」(28頁2~5行目)という認定は誤りである。
(被告の主張)
(1)いかなる金属の酸化皮膜か
本件審決が述べるとおり,本件明細書の【0016】,
【0018】,
【0
021】及び【0045】の記載から,当業者は,めっき層の具体的な実施例の有無によらず,「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は,亜鉛系めっき鋼板の「亜鉛系めっき」に由来する亜鉛の酸化皮膜を意味すると理解できる。
本件明細書の【0018】には,「めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した」と明記されており,【0021】には,酸化皮膜層の特性として耐熱性と良好な密着性を有すること,【0045】には,亜鉛の蒸発を防止するための酸化皮膜層の厚みが記載されている。すなわち,亜鉛の蒸発を防止するためには,耐熱性と良好な密着性を有する酸化皮膜を所定の厚み形成させることが必要であり,このような特性をもつ酸化皮膜が,亜鉛の酸化皮膜であることを明確に説明している。
これらの記載に基づき,
当業者は,
本件発明における「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は,亜鉛系めっき鋼板の「亜鉛系めっき」に由来する亜鉛の酸化皮膜を意味するということを明確に理解できる。
この理解は,
【0038】
に亜鉛系めっきの一例として記載されている
「ス
ズ-8%亜鉛合金めっき」
においても,
何ら変わることはない。
【0038】
の記載は,飽くまで亜鉛系めっきの種類の例示にすぎず,この例示の記載により,【0016】,【0018】,【0021】及び【0045】に記載された本件発明の説明が明確でなくなるということはない。
原告は,「明確性要件を充足するためには,酸化皮膜が亜鉛の酸化皮膜であるという解釈が可能であることで足りるものではなく,それ以外の解釈が合理的に排斥されなければならない」と主張しているが,上記のとおり,本件明細書の記載からは,「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は亜鉛の酸化皮膜を意味すると明確に理解できるのであり,「それ以外の解釈」など生じようがない。
また,原告は,特に根拠を示すこともなく,スズ-8%亜鉛合金めっきについて,亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜が「スズの酸化皮膜ではなく,…亜鉛の酸化皮膜であると…一義的かつ明確に理解できるとは考えられない」とも主張しているが,上記の本件明細書中の記載に基づき,スズ-8%亜鉛合金めっきにおいても亜鉛の酸化皮膜が生成し,これが亜鉛の蒸発を防止することは当然に理解できる。この点においても原告の主張は理由がない。(2)酸化皮膜の形成時期
原告は,
【0042】の「上述のようにして用意された」という記載は【0035】以下の記載を受けていることが明らかであり,【0035】の記載から明らかなように,【0042】は,熱間プレス加工の加熱前に予め酸化皮膜が形成されていることを前提とする記載であると主張するが,【0035】には,「例えば」として,合金化処理による酸化皮膜の形成が例示されているだけであり,本件発明における酸化皮膜の形成時期を特定する記載は見当たらない。
原告は,【0043】は【0042】を受けた記載であるから,【0043】もまた,予めバリア層が形成されていることを前提とする記載であると主張するが,上記のとおり,【0042】にも【0035】にも,酸化皮膜の形成時期を特定する記載は見当たらない。
原告は,【0018】の記載によれば,熱間プレスに先立つ加熱前に全くバリア層が形成されていない場合は除外されると主張するが,本件明細書を全体として読めば,
【0042】及び【0043】の記載から,本件審決(2
4頁13~32行目)が認定するとおり,「予め形成されていないが熱間プレスの加熱により形成される場合でも良い」と理解できるのであり,【0018】の記載は,酸化皮膜が熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成される場合もあると説明したにすぎず,「酸化皮膜が熱間プレスの前に予め形成されていない場合」を排除しているとまでは理解できない。
そもそも,酸化皮膜の形成時期については,先行事件においても明確性要件の問題として争点になっており,この点に関する原告の主張は,確定した先行事件判決により既に成り立たないと判断済みの争点に関するものである。(3)「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」の意味
本件発明は,亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスの加熱を施すという,従前の技術常識では考えられなかった方法を適用することにより,900℃以上に加熱しても加熱後に熱間プレスを行うことができ,しかも,プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから,それ自体既に優れた耐食性を備えており,後処理としての防錆処理を必要としない,という作用効果を得られる「熱間プレス用鋼板」を見出したという物の発明であって,「ある物についてその未知の特性を見出した」という,用途発明ではない。
原告の主張は,本件発明を「用途発明」と理解する点で誤りであるが,さらに,「用途発明」であれば酸化皮膜は熱間プレスに先立つ加熱前に形成されていなければならないという点も理論的な根拠がない。
すなわち,本件明細書の記載に基づけば,酸化皮膜の形成は,熱間プレスに先立つ加熱前に予め形成されていても,ある程度形成されていてその後熱間プレスに先立つ加熱時に形成が進んでも,そして予め形成されていないが熱間プレスに先立つ加熱により形成されても,そのいずれでもよいと理解されるのであり,先行事件判決もそのよう認定した。
したがって,本件発明の熱間プレス用鋼板は,熱間プレスに用いられるものではあるが,その作用効果を奏するための酸化皮膜は,熱間プレスに先立つ加熱時に形成されても問題はないのである。
2
取消事由2(サポート要件及び実施可能要件に関する判断の誤り)について
(原告の主張)
(1)本件審決は,「本件特許明細書には,鋼板の亜鉛系めっきの表層に酸化皮膜が形成されることによって,本件特許発明の上記課題が解決されることが記載されているから,本件特許発明は,本件特許明細書の記載により,当業者が本件特許発明の上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができ,サポート要件を充足するというべきである。」(30頁末行~31頁5行目)と認定し,「当業者であれば,かかる本件特許明細書の記載及び本件特許の出願日当時の技術常識に基づいて,本件特許発明を実施することが可能であったというべきである。」(32頁7~9行目)と認定して,サポート要件違反,実施可能要件違反を否定した。
しかしながら,本件発明においては,本件訂正によって,「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」が「亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」に特定されたのであるから,特定されたそれぞれの合金めっき層について,サポート要件及び実施可能要件が充足されていることが必要である。本件審決は,亜鉛を含む全ての合金めっき層は「亜鉛系めっき層」であるから,本件明細書に「亜鉛系めっき層」が記載されている以上,本件訂正によって特定された合金めっき層に限らず,亜鉛を含む全ての合金めっき層が本件明細書に記載されていると理解したものと考えられるが,この理解は誤っている。
(2)亜鉛系めっき層について
本件明細書の記載の大部分は合金化溶融亜鉛めっき層に関する記載であるところ,亜鉛を含む合金には,固溶体もあれば,金属間化合物もあり,加熱した場合にどのような変化を示すかは合金ごとに異なるから,当業者であれば,合金化溶融亜鉛めっき層に関する記載が全ての「亜鉛系めっき層」に当てはまるとは考えない。
前記のとおり,本件明細書には,「本発明において,バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,
例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち,
酸化性雰囲気中での加熱,つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが,そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく,めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。通常このときの加熱温度は550~650℃である。」(【0035】)と記載されている。この記載は,合金化溶融亜鉛めっき層に関する記載である。合金化溶融亜鉛めっきにおいては,めっき層の亜鉛と母材の鉄が合金化されることによって亜鉛-鉄合金が形成される。本件明細書の【0058】にも「めっき直後の合金化処理の条件を変えることによってめっき皮膜中のFe含有量を変えた。」と記載されているとおり,めっき層の亜鉛-鉄合金の組成を変化させることができる。また,亜鉛-鉄合金の相平衡図(組成及び温度と液体・固体の相変化の関係を示す図)はよく知られており,当業者であれば,相平衡図(甲17)に照らして本件明細書の記載を理解することができる。
しかしながら,本件訂正後の本件発明におけるめっき層として特定されている二元系合金である,亜鉛-ニッケル合金(甲3,11),亜鉛-コバルト合金
(甲18)亜鉛-クロム合金

(甲19)スズ-亜鉛合金

(甲20)

亜鉛-マンガン合金(甲21)の相平衡図は,亜鉛-鉄合金の相平衡図とは異なるものであり,これらの合金を加熱した場合の相変化を亜鉛-鉄合金の相平衡図から類推できるものではない。さらに,三元系合金である亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金については,二元系合金である亜鉛-アルミニウム合金(甲22),亜鉛-マグネシウム合金(甲23)に基づいて推定するほかはなく,
その挙動を亜鉛-鉄合金から推測することは不可能である。
また,本件審決は,亜鉛を含むめっき層を一律に「亜鉛系めっき層」として捉えているが,亜鉛と組み合わせる他の金属が異なれば,その挙動は著しく異なるものである。
一例として,「スズ-亜鉛合金めっき層」を取り上げる。明確性要件違反に関わる取消事由1でも主張したとおり,本件明細書においては,具体的な合金としてスズ-8%亜鉛合金めっきが例示されている。
甲20に示されているとおり,スズ-亜鉛合金の融点は組成範囲に関係なく,亜鉛の融点である419.58℃よりも低く,スズ-8%亜鉛合金の融点は,200℃くらいである。前記のとおり,本件審決は,スズ-8%亜鉛合金を700~1000℃に加熱した場合に,亜鉛の酸化皮膜ができることを当業者が明確に理解できると認定しているが,甲20に示されているような相平衡図を知っている当業者は,
到底,
「亜鉛の蒸発を防止する
[亜鉛の]
酸化皮膜」が形成されるという結論に一義的に到達することはない。したがって,明確性要件に関する審決の認定の誤りは,同時に,サポート要件に関する認定の誤りでもある。
(3)亜鉛系めっきの組成について
さらに,合金めっき層を加熱した場合に起きる変化は,成分金属が同一の合金であっても,組成によって異なるところ,請求項1に列挙されている合金めっき層においては,組成範囲は全く限定されていない。実際,上述したスズ-亜鉛合金めっき層についてスズ-8%亜鉛合金めっき層が例示されているとおり,亜鉛の含有量の下限は存在しない。
本件審決は,この点に関して「6種の亜鉛合金めっき層の実施例の有無や組成範囲の広狭にかかわらず,…当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができ,サポート要件を充足するというべきである。」(31頁17~20行目)と認定している。
しかし,証拠(甲11,18,21)によれば,ニッケル,コバルト及びマンガンの融点は,
それぞれ,
1455℃,
1495℃,
1246℃であり,
かなり広範な組成範囲で,亜鉛-ニッケル合金,亜鉛-コバルト合金及び亜鉛-マンガン合金の融点は1000℃を超えている。これらの合金めっき層には,「高温に加熱した場合,めっき層は溶融し,表面より流失し,あるいは溶融・蒸発して残存しないか,残存しても表面性状は著しく劣ったものとなる」という課題は存在しない。
したがって,「組成範囲の広狭にかかわらず,…当業者が課題を解決できると認識できる」ことなどあり得ない。
本件審決は,本件発明と先願発明の対比に関し,「合金は,その構成(成分及び組成範囲)から,どのような特性を有するか予測することは困難であり,また,ある成分の含有量を増減したり,その他の成分を更に添加したりすると,その特性が大きく変わるものであって,合金の成分及び組成範囲が異なれば,同じ製造方法により製造したとしても,その特性は異なることが通常である」(36頁13~17行目)と述べているが,本件審決の指摘する点は,進歩性判断のみならず,サポート要件及び実施可能要件の判断にあたっても考慮すべきである。このことは,特許法が,進歩性に関する29条2項においても,実施可能要件に関する36条4項においても,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者」という共通の表現を用いていることからも明らかである。
相平衡図は,
合金の技術の分野における通常の知識に属する。
したがって,
相平衡図に基づいて説明した上述のような問題がある以上,本件訂正によって削除された合金化溶融亜鉛めっき層に関する説明によって本件訂正後の本件発明において特定されている全ての合金めっき層がサポートされているとする本件審決の認定は明らかに誤りである。
(4)亜鉛-ニッケル合金めっき層の融点について
本件審決は,本件発明における亜鉛-ニッケル合金めっき層からγ相が排除されていないこと,γ相の融点が881℃であることを正しく認識している(32頁26~28行目)。γ相を大気中で加熱した場合,700℃程度でも表面が酸化すると考えられるが,700℃程度の温度ではγ相は溶融していないから,
酸化皮膜が亜鉛の蒸発を防止しているとはいえない。
問題は,
この段階でも,「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が形成されているといえるか否かである。
この点,本件審決は,「そのめっき鋼板ないし鋼材が確実にその『表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた』ものになる処理として,881℃より高温で1000℃以下の加熱温度を採用するべきであることを当然に理解し,
実施することができる。
また,
881℃以下
(700℃以上)
の加熱温度であっても,『表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた』鋼板ないし鋼材になることを確認できれば,その温度においても実施することができるのは勿論であるし,そのように理解するものというべきである。」(33頁18~25行目)と認定しており,この認定の後半の認定によれば,本件審決は,γ相を700℃に加熱したことにより,酸化皮膜が形成され,この酸化皮膜は881℃以上に加熱した場合には亜鉛の蒸発を防止するから,700℃で熱間プレスを実施しても本件発明の実施になると考えているようである。
しかしながら,γ相である「亜鉛-ニッケル合金めっき層」を有する鋼板を700℃で熱間プレスして,仮に,「加熱後外観において均一な酸化皮膜が形成され,成形性,塗膜密着性,耐食性ともに評価基準を満たす」(31頁下から2~1行目)結果が得られたとしても,その理由は「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の効果ではなく,γ相の融点が881℃という高温であることの効果である。
本件審決の認定によれば,この場合にも,この鋼板は本件発明に含まれることになるが,このような発明は本件明細書には記載されていない。ところが,本件審決は,この場合にも,本件発明1はサポート要件を充足するというのであるから,本件審決の認定は誤りである。
以上,本件審決の認定に鑑み,亜鉛-ニッケル合金めっき層について述べたが,請求項1において特定されているその他の合金層(後記のとおり,マグネシウム含有量の少ない亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層を除く。)については,700~1000℃に加熱した場合にどのような変化が生じるのかを本件明細書の記載に基づいて理解することはできない。したがって,本件発明1はサポート要件を充足していない。よって,いずれにしても,本件審決の認定は誤りである。
(被告の主張)
(1)原告は,本件特許の請求項は本件訂正によって「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」が,「亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」に特定されたが,
亜鉛-ニッケル合金,
亜鉛-コバルト合金,
亜鉛-クロム合金,
スズ-亜鉛合金,亜鉛-マンガン合金の相平衡図は,亜鉛-鉄合金の相平衡図から類推できるものではなく,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金についても,その挙動を亜鉛-鉄合金から推測することは不可能であるから,本件明細書の【0064】~【0066】の実施例には,個別の合金めっき層についてサポート要件/実施可能要件を充足するような実質的な記載はない,と主張する。
しかし,本件訂正後の請求項の「亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき」を施した鋼板について,「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」を形成することは,「明細書の記載に基づいて当業者にとって容易に実施可能ではなかった」という実施可能要件違反の無効理由は,先行事件及び先行事件訴訟において既に原告から主張され,先行事件判決において,「実施可能要件違反などない」と判断済みの事項である。そして,同判決における判示事項から,サポート要件についてもこれを充足していることが明らかである。
(2)亜鉛系めっき層について
原告は,スズ-亜鉛合金の融点は亜鉛の融点である419.58℃より低く,特に,スズ-8%亜鉛合金の融点は200℃くらいであるから,700~1000℃に加熱した場合に「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が形成されるという結論に一義的に到達することはできず,本件審決はサポート要件に関する認定において誤っている,と主張する。
しかし,以下のとおり,原告の主張には合理的な根拠がない。
本件発明は,熱間プレスの700~1000℃という加熱は,亜鉛系めっき金属の融点以上の温度であるから,めっき層は溶融し,表面より流出し,あるいは溶融・蒸発して残存しないか,残存しても表面性状は著しく劣ったものになることが予測されていたが(【0017】),実際に700~1000℃の温度に加熱を行い,次いで熱間プレスを行ったところ,めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成され,めっき層は合金化が進んでそれにより高融点化して亜鉛の蒸発を防止し,かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制しているため,予測に反して,問題なく熱間プレスを行うことができることが判明し,表面性状が良好な熱間プレス用鋼板となり得ることを見いだした発明である(【0018】~【0020】)。
甲20の状態図によれば,スズ-亜鉛合金の融点は,(原告が指摘するとおり)419.58℃より低く,スズ-8%亜鉛合金の融点は200℃程度である。したがって,スズ-亜鉛合金めっき鋼板は正に,本件明細書の【0017】に説明されている,「めっき層は溶融し,表面より流出し,あるいは溶融・蒸発して残存しないか,残存しても表面性状は著しく劣ったものになることが予測されていた」,そのような合金めっき鋼板である。本件発明は,そのような合金のめっき鋼板について,700~1000℃の温度に加熱を行い次いで熱間プレスを行うと,亜鉛の酸化皮膜が形成されることで,問題なく熱間プレスを行うことができること,そして表面性状が良好な熱間プレス用鋼板となり得ることを見いだしたというものであり,スズ-亜鉛合金の融点が700℃より低いことは,この合金めっき鋼板について,本件発明の実施が不能であることの理由とはならない(むしろ,本件明細書の記載によれば,正に本件発明の対象となる合金めっき鋼板である)。本件明細書の記載から,当業者であれば,この合金めっき鋼板に熱間プレスを施すことで,表面に酸化皮膜が形成された熱間プレス用鋼板とすることを,容易に実施できる。
原告は,甲20の相平衡図から,「『亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜』が形成されるという結論に一義的に到達することはできない」と主張するが,なぜ相平衡図から「一義的に到達することができない」という結論が導かれるのか,その理由を全く説明していない。すなわち,原告の主張には,合理的な根拠がない。
(3)亜鉛系めっきの組成について
原告は,証拠(甲11,18,21)によれば,ニッケル,コバルト及びマンガンの融点はそれぞれ1455℃,1495℃,1246℃であり,広範な組成範囲でこれらの金属と亜鉛の合金の融点は1000℃を超えており,そのような合金については「めっき層が溶融し,表面より流失し,あるいは溶融・蒸発して残存しないか,残存しても表面性状は著しく劣ったものとなる」という課題は存在しないから,「組成範囲の広狭にかかわらず,…当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができ,サポート要件を充足する」という本件審決の認定は誤りである,と主張する。しかし,
原告の主張は,
本件発明を正しく理解していない点で誤りである。
すなわち,甲11,18,21の状態図によれば,亜鉛合金の融点が1000℃を超えるのは,亜鉛-ニッケル合金でニッケルが約40wt%以上,亜鉛-コバルト合金でコバルトが約40wt%以上,亜鉛-マンガン合金でマンガンが約50wt%以上である。すなわち,ニッケル,コバルト及びマンガンの含有量が相当に高い場合であり,通常,鋼板への亜鉛系めっきとして用いる実用的なニッケル,コバルト,マンガンの含有量は,これほど高くはない。
亜鉛-ニッケル合金めっきについては,甲7(「亜鉛系合金の電気めっき技術と皮膜の耐食性」)の262頁左欄の下から3行目以下に,「実用化されているZn-Ni合金めっきの組成は実用上必要とされている諸特性を満足する10~15%Niの範囲に設定されている」と記載され,亜鉛系合金めっきについての論文である乙1(「亜鉛系合金めっきの進歩」)の58頁右欄の「3.1

耐食性」の1~3行目には,「図2はZn-Ni合金めっ

きのNi共析率と耐食性との関係を示したものであるが,これからもわかるとおり,10~16%のNiを含むときに耐食性は最高となる」と記載されているとおり,
実用的なニッケルの含有量は概ね10~20%とされている。
亜鉛-コバルト合金めっきについては,乙1の59頁の右欄「5.Zn-Co合金めっき」の2~5行目に,「CoはNiに比較して,少量の共析量で良好な耐食性が得られることが知られているが,実用化されているこの合金めっきの場合は,0.6~1.0%である」と記載されているとおり,実用的なコバルトの含有量は0.6~1.0%とごく少量である。
亜鉛-マンガン合金めっきについては,甲7の263頁右欄25~26行目に「耐食性を含む諸特性を考慮すると,Zn-Mn合金めっきの最適合金組成は30~50%Mnとなる」と記載されているとおり,実用的なマンガンの含有量は30~50%である。
このように,ニッケル,コバルト,マンガン含有の実用的な亜鉛系合金めっきについては,それらの融点は1000℃を超えないのである。そして上記のとおり,本件発明は,700℃~1000℃に加熱された際に亜鉛の蒸発が起こり得るめっき合金を施した鋼板がその対象であることは明らかであるから,亜鉛-ニッケル合金,亜鉛-コバルト合金,亜鉛-マンガン合金のめっき鋼板のうち,本件発明の対象であるのは,ニッケル,コバルト,マンガンを実用的な範囲で含んでいる,融点が1000℃以下の合金を用いためっき鋼板であることも,当業者には容易に理解できる。したがって,これらの合金めっき鋼板についても,本件明細書の記載から当業者は,「(請求項の)組成範囲の広狭にかかわらず,…当業者が課題を解決できると認識できる範囲のもの」を容易に理解できるのであり,サポート要件違反も,実施可能要件違反も存在しない。
(4)亜鉛-ニッケル合金めっき層の融点について
原告の主張は,本件審決の解釈を誤ったものであって理由がない。原告が引用する本件審決のくだりは,本件審決32頁11~22行目に要約されている原告の主張,すなわち,
「明細書【0066】
【表5】のNo.
2の実施例は,亜鉛-12%ニッケルめっき合金で,甲2号証によればこれは融点が881℃のγ相単相であるから,同実施例の加熱温度850℃では溶融しないのであり,従って本件特許発明にはサポート要件違反,実施可能要件違反がある」との主張について,これが成り立たないと判断した箇所であるが,この原告の主張は,そもそも事実として誤っている。
原告は無効審判において,甲2(渋谷敦義ほか「Ni-Zn合金電気めっき鋼板の耐食性」鉄と鋼第66年〔1980〕第7号)774貢右欄2~3行目の「γ相の単相析出に対応する10~16%の含有量」という記載に基づいて,亜鉛-12%ニッケルめっき皮膜はγ相単相であり,その融点は881℃であると主張した。
しかし,
同じ甲2の774頁上部のTable

1
には,ニッケル含有量が10.2%の亜鉛-ニッケル合金めっきにおいて,γ相だけではなくη相が存在していることが明確に示されており,結局,甲2の記載からは,ニッケル含有量が12%のときに,必ずγ相単相になると理解できるものではない。
そして,甲11の相平衡図において,亜鉛が78%以下(すなわちニッケルが22%以上)の領域では,固相であるγ相のすぐ上が,881℃を境界線として「L」すなわち液相となっており,この範囲のニッケル量の合金については,融点=凝固点=881℃である。しかし,亜鉛が78%より多い(すなわちニッケルが22%より少ない)合金については,相平衡図上,高温のLと低温の固相領域の間には,上下2本の境界線がある。すなわち,この範囲のニッケル量の合金については,ニッケル量の増加に伴い,凝固点は上昇していき,上側の境界線(液相線)が凝固点(液相から温度を下げていくと固相が出現し始める温度),下側の境界線(固相線)が融点(固相から温度を上げていくと液相が出現し始める温度)であって,融点と凝固点の間の温度では,固相と液相が混合した状態になる。この範囲の亜鉛-ニッケル合金については,融点<凝固点,なのである。
つまり,881℃というのは,ニッケル量が20重量%を超えるγ相のみの亜鉛合金についての溶融完了温度であって,【表5】のNo.2の実施例(ニッケルが12重量%)については,490℃から合金の一部が溶融を開始し(液相と固相の共存状態),820℃で液相のみとなることが示されている。
そして,亜鉛-12%ニッケル合金の融点が881℃ではなくより低い温度であることは,原告自身の特許出願である,特開2016-112569号公報(甲16)にも示されている事実である。
このように,甲11の記載等から,本件明細書【表5】の例No.2の「亜鉛‐12%ニッケルめっき」は,融点である490℃から溶融を開始し,凝固点は850℃より低いため(相平衡図では824℃),850℃の加熱では完全に液相になることが明らかで,熱間プレス時の加熱によりめっき層が溶融する温度以上に加熱されて熱間プレスされる,という条件下での実施例であると,当業者は当然に理解する。すなわち,「【表5】の例No.2はγ相単相であって融点は881℃であるから,850℃の加熱で溶融せず,本件特許発明にはサポート要件違反,実施可能要件違反がある」という原告の主張は,そもそも事実として成り立たない。
本件審決の判断はこのことを前提にしたものであって,原告が引用する前半部分の「(本件特許発明のうち,亜鉛-ニッケル合金めっき層の態様を実施する場合には,このγ相の組成範囲にある亜鉛-ニッケル合金めっき層の態様については,)そのめっき鋼板ないし鋼材が確実にその『表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた』
ものになる処理として,
881℃
より高温で1000℃以下の加熱温度を採用するべきであることを当然に理解し,実施することができる」というくだりは,甲11の状態図においてγ相のみとなる,ニッケル量が20%を超える亜鉛合金めっきについては,当業者は,881℃より高温に加熱することで発明が実施可能であると当然に理解する,ということを述べたものであり,後半部分の「881℃以下(700℃以上)の加熱温度であっても,『表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた』鋼板ないし鋼材になることを確認できれば,その温度においても実施することができるのは勿論であるし,そのように理解する」というくだりは,例えば本件明細書の【表5】のNo.2のように,γ相単相ではなく490℃から溶融が開始するような亜鉛合金めっきについては,700℃以上881℃以下の加熱温度でも,発明を実施することができると当業者ならば理解する,ということを述べたものである。
このように,本件審決の判断は,甲11の状態図に示されている,亜鉛-ニッケル合金についての当業者の技術常識に基づく合理的な理解であるといえるから,その判断に誤りはない。本件審決は,「γ相を700℃に加熱したことにより,酸化皮膜が形成され,この酸化皮膜は881℃以上に加熱した場合には亜鉛の蒸発を防止するから,700℃で熱間プレスを実施しても本件発明の実施になる」などとは認定しておらず,これは原告の誤解にすぎない。
3
取消事由3(本件発明と先願発明の同一性判断の誤り)について

(原告の主張)
本件明細書の【0066】の【表5】に記載された「亜鉛-55%めっき」(めっき種の欄にはマグネシウムが記載されていないが,めっき主成分の欄に「Zn,Al,Mg」と記載されていることから,この合金は,請求項1に記載されている「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金」に該当する。)と,先願明細書の実施例2に記載された「50-55%のアルミニウムと45-50%の亜鉛とから成り,任意に小量のケイ素を含有する」被膜とは,僅かな量のマグネシウムが含まれているか否か(前者には含まれているのに対し,後者には含まれていない。)の点でのみ相違しており,それ以外の点では一致している。
しかるところ,本件明細書において,マグネシウムを添加することの具体的意義は記載されておらず,単に,「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,Al,Mn,Ni,Cr,Co,Mg,Sn,Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。」
(【0040】)
とのみ記載されていることからすると,先願発明の実施例2において,目的に応じてマグネシウムを適宜量添加することは周知慣用の技術の適用にすぎなかったといえる。
そうすると,少なくとも,本件明細書の【0066】の【表5】の例No.8を含む限度において,本件発明は先願発明と実質的に同一の発明を包含しているというべきであるから,本件審決には,本件発明と先願発明の同一性の認定を誤った違法がある。
(被告の主張)
この点に関する原告の主張は,先行事件審決及び先行事件判決において既に退けられ確定済みの事項である。したがって,仮に(本件無効審判が先行事件審決の確定前に請求されたものであることを理由として)特許法167条によって直ちに不適法とはされないものであったとしても,同様に成り立たないと判断されるべきであるし,実質的に検討したとしてもその結論は変わらないというべきである。
第4
1
当裁判所の判断
本件発明について
(1)本件発明に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2のとおりであるところ,本件明細書(甲10の2)には,次の記載がある。

発明の属する技術分野
【0001】本発明は,熱間プレス用鋼材,特に自動車用の足廻り,シャ-シ,補強部品などの製造に使用される熱間プレス用鋼板および鋼材に関する。


従来の技術
【0002】近年,自動車の軽量化のため,鋼材の高強度化を図り,使用する鋼材の厚みを減ずる努力が進んでいる。しかし,鋼材としての鋼板をプレス成形,例えば絞り形成を行うことを考えた場合,使用する鋼板の強度が高くなると絞り成形加工時に金型との接触圧力が高まり鋼板のカジリや鋼板の破断が発生したり,またそのような問題を少しでも軽減しようと鋼板の絞り成形時の材料の金型内への流入を高めるためブランク押さえ圧を下げると成形後の形状がばらつく等の問題点がある。
【0003】また,形状安定性いわゆるスプリングバックも発生し,これに対しては例えば潤滑剤使用による改善対策等もあるが,780MPa級以上の高強度鋼板ではその効果が小さい。
【0004】このように難加工材料としての高強度鋼のプレス成形には問題点が多いのが現状である。なお,以下,この種の材料を「難プレス成形材料」という。

発明が解決しようとする課題
【0005】ところで,このような難プレス成形材料をプレス成形する技術として,成形すべき材料を予め加熱して成形する方法が考えられる。いわゆる熱間プレス成形および温間プレス成形である。以下,単に熱間プレス成形と総称する。
【0006】しかし,熱間プレス成形は,加熱した鋼板を加工する成形方法であるため,表面酸化は避けられず,たとえ鋼板を非酸化性雰囲気中で加熱しても,例えば加熱炉からプレス成形のため取り出すときに大気にふれると表面に鉄酸化物が形成される。この鉄酸化物がプレス時に脱落して金型に付着して生産性を低下させたり,あるいはプレス後の製品にそのような酸化皮膜が残存して外観が不良となるという問題がある。しかも,このような酸化皮膜が残存すると,次工程で塗装する場合に鋼板との塗膜密着性が劣ることになる。またスケールが残存する場合,次工程で塗装してもスケール/鋼板間の密着性不芳のせいで塗膜密着性が劣る。
【0007】そこで熱間プレス成形後は,ショットブラストを行ってそのようなスケールを構成する鉄酸化層を除去することが必要となるが,これではコスト増は免れない。
【0008】また加熱時にそのようなスケールを形成させないために低合金鋼やステンレス鋼を用いてもスケール発生は完全に防止できないばかりか,普通鋼に比較して大幅にコスト高となる。
【0009】このような熱間プレス成形時の表面酸化の問題に対する対策として加熱時の雰囲気とプレス工程全体の雰囲気をともに非酸化性雰囲気にすることも理論上有効ではあるが設備上大幅な高コストとなる。【0012】このように高強度の鋼板を成形するために熱間でプレス成形する方法があるが生成した鉄酸化物を除去する工程が必要であるのと,たとえ鉄酸化物を除去しても鋼板のみでは防錆性に劣るのが現状である。【0014】ここに,本発明の課題は,いわゆる難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することである。
【0015】さらに本発明の具体的課題は,耐食性確保のための後処理を必要とせずに,例えば難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし,同時に耐食性をも確保できる技術を提供することである。エ
課題を解決するための手段
【0016】本発明者らは,かかる課題を解決する手段について種々の角度から鋭意検討の結果,前記のような難プレス成形材料をそのままプレス成形するのではなく,変形抵抗を低減させるべく高温状態でプレス成形を行い,同時にそのときに,後処理を行うことなく優れた耐食性を確保すべく,もともと耐食性に優れるめっき鋼板を用いてその熱間プレス成形を行うというアイデアを得た。そして,これに基づき,耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想した。しかし,熱間プレスは700~1000℃という温度で加熱することを意味するのであって,この温度は,亜鉛系めっき金属の融点以上の温度であって,
そのような高温に加熱した場合,
めっき層は溶融し,
表面より流失し,あるいは溶融・蒸発して残存しないか,残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測された。
【0017】しかしながら,さらに,その後種々の検討を重ねる内に,加熱することによりめっき層と鋼板とが合金化することで何らかの変化が見られるのではないかとの見解を得て予備試験として各種めっき組成および各種雰囲気で,実際に700~1000℃の温度に加熱を行い,次いで熱間プレスを行ったところ,それまでの予測に反して,一部の材料について問題なく熱間プレスを行うことができることが判明した。
【0018】そこで,700~1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ,めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明した。このバリア層は,熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されていることが必要で,その後700~1000℃に加熱されることによっても形成が進むと推測している。【0019】さらに,めっき層の分析を行ったところ,かなり合金化が進んでおり,それにより,めっき層が高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止しており,かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制していることが判明した。しかも,このようにして加熱されためっき層は熱間プレス成形後においてめっき層と母材である鋼板との密着性が良好であることが判明した。
【0020】上記の鋼板を亜鉛めっき鋼板として利用すれば,高張力鋼板でも熱間プレス成形が行える可能性があることが分かり,さらに実用性ある技術として利用可能か否かについて検討を重ね,ここにその効果を確認し,実用性ある技術であることを確信し,本発明を完成した。
【0021】このように本発明において,めっき層の融点付近の温度域に加熱してもめっき層が残存する理由は,めっき層表面にめっき層よりも耐熱性を有する密着性良好な酸化皮膜層が亜鉛の蒸発を阻止するバリア層として形成されるためと考えられる。さらに,かかる作用が十分に発揮されるためには,めっき層と鋼板の合金化が進行しめっき層の融点が高くなることも影響しており,好ましくはこれらの両者の作用効果によって,めっき層を構成する亜鉛の沸点以上である950℃に加熱しても鋼板素地の酸化を抑制していると推定される。

発明の実施の形態
【0028】本発明によれば,溶融亜鉛系めっき鋼板を酸化性雰囲気下で加熱して表面に酸化皮膜を設けることで,これがバリア層として作用し,例えば900℃以上に加熱しても,表面の亜鉛系めっき層の蒸発が防止され,加熱後に熱間プレスを行うことができる。しかも,プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから,それ自体すでに優れた耐食性を備えており,後処理としての防錆処理を必要としないというすぐれた効果を発揮することができる。
【0029】素地鋼材
本発明にかかる熱間プレス用の素地鋼材は,溶融亜鉛系めっき時のめっき濡れ性,めっき後のめっき密着性が良好であれば特に限定しないが,熱間プレスの特性として,熱間成形後に急冷して高強度,高硬度となる焼き入れ鋼,たとえば下掲の表1にあるような鋼化学成分の高張力鋼板が実用上は特に好ましい。
【0030】例えば,Si含有鋼やステンレス鋼のようにめっき濡れ性,めっき密着性に問題のある鋼種でもプレめっき処理等のめっき密着性向上手法を用いてめっき密着性を改善することで本発明に用いることができる。【0034】
【表1】(判決注:別紙本件明細書の表の表1参照)
【0035】亜鉛系めっき層/バリア層
本発明において,バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち,酸化性雰囲気中での加熱,つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが,そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく,めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。通常このときの加熱温度は550~650℃である。
【0036】本発明による具体的なめっき操作としては,溶融した亜鉛合金めっき浴に鋼板を浸漬して引き上げる。めっき付着量の制御は引き上げ速度やノズルより吹き出すワイピングガスの流量調整により行う。合金化処理はめっき処理後にガス炉や誘導加熱炉などで追加的に加熱して行う。かかるめっき操作は,コイルの連続めっき法あるいは切り板単板めっき法のいずれによってめっきを行ってもよい。
【0037】もちろん,所定厚みのめっき層が得られるのであれば,例えば,電気めっき,溶射めっき,蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよい。
亜鉛合金めっきとしては,次のような系が開示されている。
【0038】例えば亜鉛-鉄合金めっき,亜鉛-12%ニッケル合金めっき,亜鉛-1%コバルト合金めっき,55%アルミニウム-亜鉛合金めっき,亜鉛-5%アルミニウム合金めっき,亜鉛-クロム合金めっき,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき,スズ-8%亜鉛合金めっき,亜鉛-マンガン合金めっきなどである。
【0039】めっき付着量は90g/㎡以下が良好である。これを超えるとバリア層としての亜鉛酸化層の形成が不均一となり外観上問題がある。下限は特に制限しないが,薄過ぎるとプレス成形後に所要の耐食性を確保できなくなったり,あるいは加熱の際に鋼板の酸化を抑制するのに必要な酸化亜鉛層を形成できなくなったりすることから,通常は20g/㎡程度以上は確保する。加熱温度が高くなるなど,より過酷な加熱の場合,望ましくは40~80g/㎡の範囲で性能良好となる。
【0040】
亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,
Al,
Mn,
Ni,
Cr,Co,Mg,Sn,Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。その他原料等から不可避的に混入することがあるBe,B,Si,P,S,Ti,V,W,Mo,Sb,Cd,Nb,Cu,Sr等のうちのいくつかが含有されることもある。【0042】鋼板の加熱/熱間プレス成形
上述のようにして用意された表層にバリア層を備えた亜鉛系めっき鋼板を次いで所定温度にまで加熱し,プレス成形を行う。本発明の場合,熱間プレス成形を行うことから,通常700~1000℃に加熱するが,素材鋼板の種類によっては,プレス成形性がかなり良好なものがあり,その場合にはもう少し低い温度に加熱するだけでよい。本発明の場合,鋼種によってはいわゆる温間プレスの加熱領域に加熱する場合も包含されるが,いわゆる難プレス成形材料に適用するときに本発明の効果が効果的に発揮されることから,通常は,上述のように700~1000℃に加熱する。【0043】この場合の加熱方法としては電気炉,ガス炉や火炎加熱,通電加熱,高周波加熱,誘導加熱等が挙げられる。また加熱時の雰囲気も特に制限はないが,予めバリア層が形成されている材料の場合には,そのようなバリア層の維持に悪影響を与えない限り,特に制限はない。
【0044】このときのプレス成形に先立つ加熱温度は焼き入れ鋼であれば目標とする硬度となる焼入温度に加熱したのち一定時間保持し高温のままプレス成形を行い,その際に金型で急冷する。通常の鋼種,条件では,このときに加熱の際の最高到達温度はおよそ700℃から1000℃の範囲であればよい。
【0045】ところで,本発明によれば,亜鉛系めっき層の表面には,加熱時の亜鉛の蒸発を防止するバリア層として作用する酸化皮膜が形成されており,通常,その量は,厚さ0.01~5.0μm程度で十分である。【0047】かかるバリア層およびFe含有量は,熱間プレス成形の際に問題となるのであって,したがって,前述のように予めめっき層形成時の合金化処理によってバリア層が形成され,さらにプレス成形前に加熱が行われる場合には,合金化処理時の加熱条件はプレス成形直前の加熱処理を考慮した条件で行うことが好ましい。
【0048】このようにして加熱され,表面にバリア層が形成された本発明にかかる熱間プレス用鋼板には,
次いで,
熱間プレス成形が行われるが,
このときの熱間プレス成形は特に制限はなく,通常行われているプレス成形を行えばよい。熱間プレス成形の特徴として成形と同時に焼入れを行うことから,そのような焼入れを可能とする鋼種を用いることが好ましい。もちろん,プレス型を加熱しておいて,焼き入れ温度を変化させ,プレス後の製品特性を制御してもよい。

参考例
(ア)参考例1
【0050】本例では,板厚み1.0mmの表2(判決注:「表1」の誤記と認める。)に示す鋼種Aの溶融亜鉛めっき鋼板を650℃で合金化処理を行い,
次いで大気雰囲気の加熱炉内で950℃×5分加熱して,
加熱炉より取り出し,このままの高温状態で円筒絞りの熱間プレス成形を行った。このときの熱間プレス成形条件は,絞り高さ25mm,肩部丸み半径R5mm,ブランク直径90mm,パンチ直径50mm,ダイ直径53mmで実施した。成形後のめっき層の密着状態をめっき層の剥離の有無を目視判定して成形性として評価した。
なお,
本例においては,
鋼板の温度はほぼ2分で900℃に到達していた。
【0051】このようにして得られた熱間プレス成形品について下記要領で塗膜密着性,塗装後耐食性(単に耐食性という)をそれぞれ評価した。
塗膜密着性試験
本例で得た円筒絞り体から切り出した試験片に,日本パーカライジング(株)製PBL-3080で通常の化成処理条件により燐酸亜鉛処理したのち関西ペイント製電着塗料GT-10を電圧200Vのスロープ通電で電着塗装し,焼き付け温度150℃で20分焼き付け塗装した。塗膜厚みは20μmであった。
【0052】試験片を50℃のイオン交換水に浸漬し240時間後に取り出して,カッターナイフで1mm幅の碁盤目状に傷を入れ,ニチバン製のポリエステルテープで剥離テストを行い,塗膜の残存マス数を比較し,塗膜密着性を評価した。なお,全マス数は100個とした。
【0053】
評価基準は残存マス数90~100個を良好評価記号○,

0~89個を不良:評価記号×とした。
塗装後耐食性試験
本例で得た円筒絞り体から切り出した試験片に,日本パーカライジング(株)製PBL-3080で通常の化成処理条件により燐酸亜鉛処理を行ったのち関西ペイント製電着塗料GT-10を電圧200Vのスロープ通電で電着塗装し,
焼き付け温度150℃で20分焼き付け塗装した。
塗膜厚みは20μmであった。
【0054】試験片の塗膜にカッターナイフで素地に達するスクラッチ傷を入れた後,
JISZ2371に規定された塩水噴霧試験を480時
間行った。傷部からの塗膜膨れ幅もしくは錆幅を測定し,塗装後耐食性を評価した。
【0055】評価基準は錆幅,塗膜膨れ幅のいずれか大きい方の値で0mm以上~4mm未満を良好:評価記号○,4mm以上を不良:評価記号×とした。
これらの試験結果を表2にまとめて示す。
【0056】比較例として,冷延鋼板およびステンレス鋼板について950℃×5分の加熱を行ってから同様の熱間プレス成形を行い,上述のような特性評価を行った。
結果は表2にまとめて示すが,合金化溶融亜鉛めっき鋼板を用いた場合は良好な特性を示すが,ステンレス鋼板や冷延鋼板を用いた場合は,酸化物が形成され,黒色化し,この酸化物が剥離し,プレス成形時押し込み疵が生じた。また,塗膜密着性,耐食性も不合格であった。
【0057】
【表2】(判決注:別紙本件明細書の表の表2参照)
(イ)参考例2
【0058】本例では,鋼種Aについて参考例1と同様の試験を繰り返したが,表3に示すとおり,めっき付着量を種々に変え,まためっき直後の合金化処理の条件を変えることによってめっき皮膜中のFe含有量を変えた。本例では合金化処理めっき鋼板にさらに熱間プレス成形に先立って(A)大気雰囲気加熱炉950℃×5分加熱と,(B)大気雰囲気加熱炉850℃×3分加熱による加熱を行った。例No.9~23では,めっき層のFe含有量を変化させているが,これは熱間プレスに先立つ加熱以前に,合金化処理温度(500~800℃)や時間(30分以下)を変化させることにより行った。また,No.18~23は,熱間プレスに先立つ加熱時の時間を3分から6分間に延長し,より過酷な条件で熱間プレスを行った。
【0059】結果を表3にまとめて示す。
いずれの例も,加熱後外観,成形性,塗膜密着性および耐食性ともに良好な結果であった。
【0060】
【表3】(判決注:別紙本件明細書の表の表3参照)
(ウ)参考例3
【0061】本例では,表1の各鋼種について参考例1と同様の試験を繰り返し,得られた試験片について成形性,塗膜密着性,耐食性の評価試験を行った。結果を表4にまとめて示す。
【0062】いずれの例も,加熱後外観,成形性,塗膜密着性および耐食性ともに良好な結果であった。
【0063】
【表4】(判決注:別紙本件明細書の表の表4参照)

実施例
【0064】表1に示す鋼種Aの成分をもち,厚さ1.0mmの鋼板を使用し,実験室でめっきを施した。電気めっきは実際の製造ラインで使用されているめっき浴を用い,実験室でめっきを施した。溶融めっきは実際の製造ラインで用いられる浴を実験室で再現して溶融めっきを行った。亜鉛-鉄めっきの合金化処理は550℃の溶融塩浴に浸漬する方法を用いた。得られためっき鋼板は参考例1と同様の熱間成形,評価を実施した。熱間プレスに先立つ加熱は,大気炉で850℃,3分間行った。
【0065】得られた結果を,表5に示すが,めっき方法,めっき層の組成に関係なく,良好な特性が得られている。
【0066】
【表5】(判決注:別紙本件明細書の表の表5参照)
【0067】これらの結果からも分かるように,本発明によれば,いずれの場合にあっても,プレス成形性のすぐれた材料が得られ,成形品としてすぐれた塗膜密着性および耐食性を示すことが分かる。


発明の効果
【0068】以上説明してきたように,本発明によれば,例えば高張力鋼板およびステンレス鋼板などの難プレス成形材料の熱間プレス成形が可能となり,その際に,加熱炉の雰囲気制御設備が不要となるほか,プレス成形時の鋼板酸化物の剥離処理工程も不要となり生産工程を簡素化できる。また犠牲防食効果のある亜鉛めっき層を有するためプレス成形製品の耐食性も向上する。

(2)前記(1)の記載によれば,本件発明は以下のとおりであると認められる。本件発明は,熱間プレス用鋼材,特に自動車用の足廻り,シャーシ,補強部品などの製造に使用される熱間プレス用鋼板及び鋼材に関する(【0001】)。
近年,自動車の軽量化のため,鋼材の高強度化を図り,使用する鋼材の厚みを減ずる努力が進んでいるが,使用する鋼板の強度が高くなると絞り成形加工時に鋼板のカジリや破断が発生したり,形状安定性いわゆるスプリングバックも発生するなど,難加工材料としての高強度鋼のプレス成形には,問題点が多かった(【0002】~【0004】)。
このような難プレス成形材料をプレス成形する技術として,成形すべき材料を予め加熱して成形する熱間プレス成形がある。しかし,熱間プレス成形は,加熱した鋼板を加工する成形方法であるため,鋼板の表面酸化は避けられず,この鉄酸化物がプレス時に脱落して金型に付着して生産性を低下させたり,プレス後の製品に酸化皮膜が残存して,外観不良,塗膜密着性の劣化といった問題があった(【0005】及び【0006】)。そこで,熱間プレス成形後にショットブラストを行って鉄酸化層を除去する,低合金層やステンレス鋼を用いる,あるいは,加熱時及びプレス工程全体の雰囲気を非酸化性雰囲気にするなどの対策が検討されてきたが,これらの対策は大幅なコスト増を招く。また,熱間プレス成形後に生成した鉄酸化物を除去する工程を行うと,たとえ鉄酸化物を除去しても鋼板のみでは防錆性に劣る(【0007】~【0009】及び【0012】)。
そこで,本件発明の課題は,難プレス成形材料について,熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用鋼材を提供することであり,さらに具体的には,耐食性確保のための後処理を必要とせずに,難プレス成形材料である高張力鋼板の熱間プレス成形を可能とし,同時に耐食性をも確保できる技術を提供することである(【0014】及び【0015】)。
本発明者らは,かかる課題を解決する手段として,高温状態でプレス成形を行い,同時に後処理を行うことなく優れた耐食性を確保すべく,もともと耐食性に優れるめっき鋼板を用いて熱間プレス成形を行うというアイデアに基づき,耐食性湿潤環境において鋼板の犠牲防食作用のある亜鉛系めっき鋼板に熱間プレスを適用することを着想したが,熱間プレスは700~1000℃という亜鉛系めっき金属の融点以上の温度で加熱することを意味し,このような場合,めっき層は溶融し,表面より流失し,あるいは溶融・蒸発して残存しないか,残存しても表面性状は著しく劣ったものとなることが予測された。しかし,実際に700~1000℃の温度に加熱を行い,次いで熱間プレスを行ったところ,それまでの予測に反して,一部の材料について問題なく熱間プレスを行うことができることが判明した。そこで,亜鉛系めっき鋼板を700~1000℃の温度に加熱してから熱間プレスを行っても表面性状が良好であるための条件を求めたところ,めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されるとともに,めっき層は合金化が進み,それにより高融点化してめっき層表面からの亜鉛の蒸発を防止し,かつ鋼板の鉄酸化物形成を抑制し,このようにして加熱されためっき層は熱間プレス成形後においてめっき層と母材である鋼板との密着性が良好であることが判明した(【0016】~【0020】)。
本件発明によれば,溶融亜鉛系めっき鋼板を酸化性雰囲気下で加熱して表面に酸化皮膜を設けることで,
これがバリア層として作用し,
例えば900℃
以上に加熱しても表面の亜鉛系めっき層の蒸発が防止され,加熱後に熱間プレスを行うことができ,しかも,プレス成形後は亜鉛系めっき皮膜を備えていることから,それ自体既に優れた耐食性を備え,後処理としての防錆処理を必要としないという優れた効果を発揮することができ,さらに,例えば高張力鋼板及びステンレス鋼板などの難プレス成形材料の熱間プレス成形が可能となり,その際に,加熱炉の雰囲気制御設備が不要となるほか,プレス成形時の鋼板酸化物の剥離処理工程も不要となり生産工程を簡素化でき,また犠牲防食効果のある亜鉛めっき層を有するためプレス成形製品の耐食性も向上するとの効果を有する(【0028】及び【0068】)。
2
取消事由1(明確性要件に関する判断の誤り)について
(1)いかなる金属の酸化皮膜かについて

前記認定の本件明細書の記載内容,特に,
【0018】,
【0021】,
【0028】,【0035】,【0039】,【0045】,【表2】及び【表5】の記載を総合すれば,本件明細書には,以下の事項が記載されていると認められる。
(ア)本件発明において,亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていることが判明したこと。(イ)亜鉛系めっきにおいて,めっき層の融点付近の温度域に加熱してもめっき層が残存する理由は,めっき層表面にめっき層よりも耐熱性を有する密着性良好な酸化皮膜層が亜鉛の蒸発を阻止するバリア層として形成されるためと考えられ,
バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,
例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち,酸化性雰囲気中での加熱,つまり通常の合金化処理を行えばよく,これによりめっき層表面の酸化が行われること。
(ウ)合金化溶融亜鉛めっき鋼板,亜鉛めっき鋼板,亜鉛-12%ニッケルめっき鋼板,
亜鉛-1%コバルトめっき鋼板,
亜鉛-8%鉄めっき鋼板,
亜鉛-10%鉄めっき鋼板,
亜鉛-5%アルミめっき鋼板,
亜鉛-55%
アルミめっき鋼板の種々の亜鉛又は亜鉛系めっき鋼板はいずれも均一な酸化皮膜を形成し,塗膜密着性,耐食性が良好という共通の性質を有すること。
(エ)亜鉛又は亜鉛系めっきにおいて,
めっき付着量は90g/m2以下が良
好で,これを超えるとバリア層としての亜鉛酸化層の形成が不均一となり外観上問題があるが,薄過ぎると加熱の際に鋼板の酸化を抑制するのに必要な酸化亜鉛層を形成できなくなったりすること。

そして,上記記載事項によれば,めっき処理を行った亜鉛又は亜鉛系めっき鋼板において,酸化性雰囲気中で加熱を行うことによって,亜鉛の蒸発を阻止するバリア層として酸化皮膜層が形成されるが,亜鉛又は亜鉛系めっきの共通成分は亜鉛であり,亜鉛又は亜鉛系めっき鋼板がいずれも均一な酸化皮膜を形成し,塗膜密着性,耐食性が良好という共通の性質を有することが理解できる。そうだとすれば,当業者であれば,当然,本件発明1の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は「亜鉛の酸化皮膜」であると理解すると認められる。
してみると,本件発明1の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が,亜鉛系めっきに由来する亜鉛の酸化皮膜を意味することは明確であるといえる。
このことは,
本件発明1を引用する本件発明2ないし6及び
(同
様の文言を有する)本件発明7についても同様である。


原告の主張について
原告は,本件訂正によって,特許請求の範囲の記載にあった「亜鉛または亜鉛系合金のめっき層」に代えて,「スズ-亜鉛合金めっき層」などの具体的な合金めっき層が記載されたこと,本件明細書においては,「スズ-亜鉛合金めっき」の具体例としては,「スズ-8%亜鉛合金めっき」のみが記載されている(【0038】)こと,
「スズ-8%亜鉛合金めっき」
を加熱した場合に生ずる変化については本件明細書に全く記載がないことなどを挙げて,「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」が亜鉛の酸化皮膜でなければならないと当然に解釈できるとはいえないから,金属酸化物の種類が不明確であると主張する。
しかしながら,本件明細書の記載から,亜鉛又は亜鉛系めっき鋼板がいずれも均一な酸化皮膜を形成し,塗膜密着性,耐食性が良好という共通の性質を有することが理解でき,当業者であれば,本件発明1の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」は「亜鉛の酸化皮膜」であると理解すると認められることは,前記ア,イのとおりである。他方,「スズ-8%亜鉛合金めっき」についてのみ,これと異なる理解をすると認めるべき合理的事情はない。
したがって,この点に関する原告の主張は採用できない。
(2)酸化皮膜の形成時期について

原告は,本件訴訟におけるのと同様に,先行事件訴訟においても,「亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期が明らかでないと主張して明確性要件を争っており,その結果,原告の主張を排斥する先行事件判決がなされ,同判決は既に確定しているものである(当裁判所に顕著な事実)。そうすると,原告が本件訴訟において再びこの点を争うことは,実質的に前訴の蒸し返しに当たり,訴訟上の信義則に反するものとして許されないというべきである。
よって,この点に関する原告の主張も採用できない。


念のため,中身について検討してみても,この点に関しては,先行事件判決が示すとおり,本件明細書の【0018】には,酸化皮膜は熱間プレスに先立つ加熱前にある程度形成されることが必要で,その後熱間プレス加工のための700~1000℃の加熱によっても形成が進むと推測されることが記載され,【0042】及び【0043】には,酸化皮膜は,熱間プレス加工のため700~1000℃に加熱する前に,予め形成されている場合と形成されていない場合があることを前提として,予め酸化皮膜が形成されている材料の場合には,酸化皮膜の維持に悪影響がない限り熱間プレスのための加熱方法については特に制限がないことが記載され,さらに,【0064】及び【表5】には,実施例No.2,3として,電気めっきを施した後,熱間プレスに先立つ加熱を大気炉で850℃,3分間行ったものについて均一な酸化皮膜が形成されたことが記載されているところ,電気めっきにおいては,めっき層は加熱されないことから,上記実施例はいずれも熱間プレスに先立つ加熱前に予め酸化皮膜が形成されていない場合であって,この場合の酸化皮膜は,熱間プレスのための加熱(大気炉で850℃,
3分間)
により形成されたものと理解することができる。
そうすると,
本件発明の
「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」
は,
熱間プレスの加熱前に,予め形成されている場合,ある程度形成されていてその後熱間プレスの加熱時に形成が進む場合,予め形成されていないが熱間プレスの加熱により形成される場合のいずれでもよいことから,その形成時期は熱間プレスの直前までであればよいと解するのが相当である。したがって,本件発明1及びこれを引用する本件発明2ないし6並びに本件発明7の「加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜」の形成時期は,本件明細書の発明の詳細な説明を参照すれば明確というべきであるから,原告の主張はいずれにしても失当である。
(3)「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」について

本件明細書の【0016】ないし【0018】,【0029】,【0034】,【0042】,【0044】,【0048】,【0050】及び【0064】には,熱間プレスは700~1000℃という温度で加熱することを意味すること,熱間プレス成形の特徴として成形と同時に焼き入れを行うことから,そのような焼き入れを可能とする鋼種を用いること,熱間成形後に急冷して高強度,高硬度となる焼き入れ鋼,例えば表1にあるような鋼化学成分(鋼種A等)の高張力鋼板が実用上は特に好ましいこと,700~1000℃の温度で加熱してから熱間プレスを行い,めっき層表面に亜鉛の酸化皮膜が,下層の亜鉛の蒸発を防止する一種のバリア層として全面的に形成されていること,具体的には,表1に示す鋼種Aを,大気雰囲気の加熱炉内で950℃×5分加熱して,加熱炉より取り出し,このままの高温状態で円筒絞りの熱間プレス成形を行うこと,また,熱間プレスに先立つ加熱を,大気炉で850℃,3分間行うことが記載されている。
そして,これらの記載によれば,本件発明1の「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」
という文言において,

「700~1000℃に加熱されて」熱間プレスの加熱条件であり,は,
②「プレスされ焼き入れされる」は,成形と同時に焼き入れを行う熱間プレス成形の特徴であり,③「用」という文言の意味は,「(接尾語的に)…に使うためのものの意を表す」
(広辞苑第六版)
であることからすると,
「熱間プレス用」は,後に続く,本件発明1の「鋼板」を修飾し,鋼板が熱間プレスに使うためのものであることを意味するものと理解できる。してみれば,「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる」は,「熱間プレス」の加熱条件及び特徴を表現するものと理解できるから,本件発明1の「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」という文言は明確である。このことは,本件発明1を引用する本件発明2~6及び(同様の文言を有する)本件発明7についても同様である。

原告の主張について
原告は,
本件発明は用途発明であるとした上で,
種々理由を述べて,
「7
00~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」という記載の意味が不明確であると主張する。
しかしながら,前記アのとおり,「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる」は,「熱間プレス」の加熱条件及び特徴を表現するものと認められるから,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1の「700~1000℃に加熱されてプレスされ焼き入れされる熱間プレス用」という文言の意味は明確である。
また,本件発明1が用途発明であるか否かは,その結論を左右するものではない。
したがって,この点に関する原告の主張も採用できない。
(4)以上によれば,原告が主張する取消事由1は理由がない。
3
取消事由2(サポート要件及び実施可能要件に関する判断の誤り)について(1)サポート要件について

特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載又はその示唆により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。


本件発明の課題
前記第4の1(1)の本件明細書の記載によれば,
本件発明の課題は,
次の
とおりであると認められる。
すなわち,本件発明は,熱間プレス用鋼材,特に自動車用の部品などの製造に使用される熱間プレス用鋼板および鋼材に関するものである。自動車の軽量化のため,鋼材の高強度化を図り,使用する鋼材の厚みを減ずる努力が進んでいるが,その難プレス成形材料をプレス成形する技術としての熱間プレス成形は,加熱した鋼板を加工する成形方法であるため,表面酸化は避けられず,鉄酸化物がプレス時に脱落して金型に付着して生産性を低下させたり,あるいはプレス後の製品にそのような酸化皮膜が残存して外観が不良となるという問題があり,
このような酸化皮膜が残存すると,
次工程で塗装する場合に鋼板との塗膜密着性が劣ることになり,スケールが残存する場合,次工程で塗装してもスケール/鋼板間の密着性不芳のせいで塗膜密着性が劣るという問題点を有していた。
このような状況の下,本件発明は,難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供することを課題とするものである。

亜鉛系めっき層について
(ア)本件明細書には,本件発明1の亜鉛系めっき層に関し,以下の記載が認められる。
a
本発明において,バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち,酸化性雰囲気中での加熱,つまり通常の合金化処理を行えばよい。このような合金化処理はガス炉等で再加熱することにより行われるが,そのときめっき層表面の酸化ばかりでなく,めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われる。通常このときの加熱温度は550~650℃である(【0035】)。

b
本発明による具体的なめっき操作としては,溶融した亜鉛合金めっき浴に鋼板を浸漬して引き上げる。めっき付着量の制御は引き上げ速度やノズルより吹き出すワイピングガスの流量調整により行う。合金化処理はめっき処理後にガス炉や誘導加熱炉などで追加的に加熱して行う。かかるめっき操作は,コイルの連続めっき法あるいは切り板単板めっき法のいずれによってめっきを行ってもよい【0036】。(


c
もちろん,所定厚みのめっき層が得られるのであれば,例えば,電気めっき,溶射めっき,蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよい(【0037】)。

d
[実施例]表1に示す鋼種Aの成分をもち,厚さ1.0mmの鋼板を使用し,実験室でめっきを施した。電気めっきは実際の製造ラインで使用されているめっき浴を用い,実験室でめっきを施した。溶融めっきは実際の製造ラインで用いられる浴を実験室で再現して溶融めっきを行った。亜鉛-鉄めっきの合金化処理は550℃の溶融塩浴に浸漬する方法を用いた。得られためっき鋼板は参考例1と同様の熱間成形,
評価を実施した。
熱間プレスに先立つ加熱は,
大気炉で850℃,
3分間行った(【0064】)。
e
得られた結果を,表5(判決注:別紙本件明細書の表の表5参照)に示すが,めっき方法,めっき層の組成に関係なく,良好な特性が得られている。
これらの結果からも分かるように,本発明によれば,いずれの場合にあっても,プレス成形性のすぐれた材料が得られ,成形品としてすぐれた塗膜密着性および耐食性を示すことが分かる(【0065】~【0067】)。

(イ)これらの記載からすれば,本件明細書には,亜鉛系めっき層に関し,次の事項が開示されていると認められる。
a
バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,例えば通常の溶融亜鉛めっき処理を行ったのち,酸化性雰囲気中での加熱,つまり通常の合金化処理を行えばよく,このような合金化処理は,めっき層表面の酸化ばかりでなく,めっき層と母材の鋼板との間で金属拡散が行われること。

b
所定厚みのめっき層が得られるのであれば,例えば,電気めっき,溶射めっき,蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよいこと。

c
具体的には,亜鉛-12%ニッケルめっき(めっき主成分:Zn,Ni),亜鉛-1%コバルトめっき(同:Zn,Co),亜鉛-55%アルミめっき(同:Zn,Al,Mg)等の亜鉛系めっき種について,電気めっき,電気めっき+合金化処理,溶融亜鉛めっき,溶融亜鉛めっき+合金化処理のめっき方法によってめっき層が作成され,めっき方法,めっき層の組成に関係なく,加熱後の外観は均一な酸化皮膜が形成されており,成形性の異常もなく,塗膜密着性及び耐食性も良好であること。
(ウ)上記のとおり,本件明細書の記載によれば,バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,溶融亜鉛めっき処理のほかに,電気めっき,溶射めっき,
蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよく,
また,めっき方法,めっき層の組成に関係なく,加熱後の外観は均一な酸化皮膜が形成され,成形性の異常もなく,塗膜密着性及び耐食性も良好であるというのであるから,かかる記載に接した当業者は,本件発明1の亜鉛系めっき層は,「難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供すること」という課題も解決すると認識し得るといえる。

亜鉛系めっきの組成について
(ア)本件明細書には,
亜鉛系めっきの組成について,
前記ウの記載に加え,
以下の記載がある。
a
亜鉛合金めっきとしては,次のような系が開示されている。例えば亜鉛-鉄合金めっき,亜鉛-12%ニッケル合金めっき,亜鉛-1%コバルト合金めっき,55%アルミニウム-亜鉛合金めっき,亜鉛-5%アルミニウム合金めっき,亜鉛-クロム合金めっき,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき,スズ-8%亜鉛合金めっき,亜鉛-マンガン合金めっきなどである【0037】【0038】。

及び


b
亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,
Al,
Mn,
Ni,
Cr,
Co,Mg,Sn,Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。その他原料等から不可避的に混入することがあるBe,B,Si,P,S,Ti,V,W,Mo,Sb,Cd,Nb,Cu,Sr等のうちのいくつかが含有されることもある(【0040】)。
(イ)上記のとおり,本件明細書の記載によれば,亜鉛合金めっきの系として,
亜鉛-鉄合金めっき,
亜鉛-12%ニッケル合金めっき,
亜鉛-1%
コバルト合金めっき,
55%アルミニウム-亜鉛合金めっき,
亜鉛-5%
アルミニウム合金めっき,亜鉛-クロム合金めっき,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき,スズ-8%亜鉛合金めっき,亜鉛-マンガン合金めっきなどがあり,亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,Al,Mn,Ni,Cr,Co,Mg,Sn,Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよく,さらに,めっき方法,めっき層の組成に関係なく,加熱後の外観は均一な酸化皮膜が形成され,成形性の異常もなく,塗膜密着性及び耐食性も良好であるというのであるから,かかる記載に接した当業者は,本件発明1の亜鉛系めっきの組成であれば「難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供すること」という課題も解決すると認識し得るといえる。オ
以上によれば,当業者は,本件明細書の記載に基づき,本件請求項1に記載の「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」が,本件発明1の課題を解決できると認識し得るといえる。また,本件発明1を引用する本件発明2ないし6及び(同様の文言を有する)本件発明7についても同様に,その課題を解決できると認識し得るといえる。
(2)実施可能要件について
前記のとおり,本件明細書には,

バリア層を備えた亜鉛系めっき層を設けるには,溶融亜鉛めっき処理の他に,電気めっき,溶射めっき,蒸着めっき等その他いずれの方法でめっき層を設けてもよいこと,


亜鉛合金めっきの系として,亜鉛-12%ニッケル合金めっき,亜鉛-1%コバルト合金めっき,亜鉛-クロム合金めっき,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき,スズ-8%亜鉛合金めっき,亜鉛-マンガン合金めっきなどがあり,亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,Al,Mn,Ni,Cr,Co,Mg,Snなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよいこと,


実施例において,具体的に,亜鉛-12%ニッケルめっき(めっき主成分:Zn,Ni),亜鉛-1%コバルトめっき(同:Zn,Co),亜鉛-55%アルミめっき(同:Zn,Al,Mg)等の亜鉛系めっき種について,電気めっき,電気めっき+合金化処理,溶融亜鉛めっき,溶融亜鉛めっき+合金化処理のめっき方法によってめっき層が作成され,めっき方法,めっき層の組成に関係なく,加熱後の外観は均一な酸化皮膜が形成され,成形性の異常もなく,塗膜密着性及び耐食性も良好であること
が記載されている。
そうすると,本件明細書に接した当業者であれば,実施例において具体的に示されているのが,亜鉛-12%ニッケルめっき(めっき主成分:Zn,Ni),亜鉛-1%コバルトめっき(同:Zn,Co),亜鉛-55%アルミめっき(同:Zn,Al,Mg)の亜鉛系めっき種を使用した例のみであったとしても,本件明細書のその他の記載を踏まえれば,請求項1に記載の「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」
が何であるか理解することができ,
また,
これらの亜鉛系合金めっき層を有する鋼板を生産し,具体的に使用できることを理解することができるといえるから,当業者は本件発明1を実施することができると認められる。
したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。また,本件発明1を引用する本件発明2~7に関しても,同様に,本件許明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件発明2~7を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
(3)原告の主張について
原告は,種々理由を述べて,本件発明においては,本件訂正によって,「亜
鉛または亜鉛系合金のめっき層」が「亜鉛-ニッケル合金めっき層,亜鉛-コバルト合金めっき層,亜鉛-クロム合金めっき層,亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき層,スズ-亜鉛合金めっき層または亜鉛-マンガン合金めっき層」に特定されたのであるから,特定されたそれぞれの合金めっき層について,サポート要件及び実施可能要件が充足されていることが必要であるが,本件発明はこれを満たしていないと主張する。
しかしながら,本件明細書に接した当業者であれば,本件発明1の亜鉛系めっき層一般について,めっき方法,めっき層の組成に関係なく,加熱後の外観は均一な酸化皮膜が形成され,成形性の異常もなく,塗膜密着性及び耐食性も良好であることから,「難プレス成形材料について熱間プレスを行っても所定の耐食性を確保でき,外観劣化が生じない熱間プレス用の鋼材を提供すること」という課題も解決すると認識し得るものといえることは,前記のとおりである。
また,実施例において,具体的に示されているのが,特定の亜鉛系めっき種を使用した例のみであったとしても,本件明細書のその他の記載により,本件発明の亜鉛系合金めっき層全般が何であるかを理解することができ,これらを有する鋼板を生産し,具体的に使用できることを理解することができるといえることも,前記のとおりである。
なお,亜鉛-ニッケル合金めっき層の融点については,本件特許請求の範囲に特定されていないものであるし,本件発明の「表層に加熱時の亜鉛の蒸発を防止する酸化皮膜を備えた亜鉛-ニッケル合金めっき層を表面に有する鋼板」において,「酸化皮膜」が「亜鉛の酸化皮膜」であって,本件発明の課題を解決できると認識し得ること,本件発明を実施することができることは,前記のとおりである。
したがって,これに反する原告の主張は採用できない。
(4)以上によれば,原告が主張する取消事由2は理由がない。
4
取消事由3(本件発明と先願発明の同一性判断の誤り)について
本件発明が特開2001-353548号公報(甲1・先願明細書)に記載された発明(先願発明)と同一であって拡大先願(特許法29条の2)の規定に違反するとの主張(無効理由)は,原告が既に先行事件で主張し,先行事件審決及び先行訴訟判決で退けられた主張である(当裁判所に顕著な事実)。そうすると,本件無効審判の請求が先行事件審決(先行事件判決)の確定前になされたものであり,特許法167条が定める効力が本件無効審判に及ばないとしても,これを奇貨として,先行事件におけるのと同様の主張を(本件審決の取消事由として)本件訴訟において行うことは,実質的に前訴の蒸し返しに当たり,訴訟上の信義則に反するものとして許されないというべきである。また,仮にその主張内容を検討するとしても,本件発明1と先願発明との一致点及び相違点は,前記第2の3(2)イ,ウのとおりであるところ,両発明はマグネシウムを含有するか否かにおいてそもそも成分が異なるものである。この点,先願明細書の請求項3,【0007】及び【0014】には,「亜鉛又は亜鉛ベース合金」として,亜鉛をベースとして含む合金一般を広く意味する記載があるが,先願明細書において,「亜鉛ベース合金」として具体的に記載されているのは,実施例2(【0036】)の「50-55%のアルミニウムと45-50%の亜鉛とから成り,任意に少量のケイ素を含有する」合金のみであって,本件発明1の発明特定事項である「亜鉛-アルミニウム-マグネシウム合金めっき」が記載されている又は記載されているに等しいということはできない。
また,原告は,先願発明の実施例2において,目的に応じてマグネシウムを適宜量添加することは周知慣用の技術の適用にすぎなかったといえる旨主張するが,その根拠とするところは,要するに,本件明細書において,マグネシウムを添加することの具体的意義が記載されておらず,「亜鉛系めっき層の組成は特に制限がなく,Al,Mn,Ni,Cr,Co,Mg,Sn,Pbなどの合金元素をその目的に応じて適宜量添加した亜鉛合金めっき層であってもよい。」
(【0040】)と記載されている点のみであって,それだけでは到底,原告が主張する周知慣用技術を認めることはできず,ほかにこれを認めるに足る証拠はない。
したがって,この点に関する原告の主張は採用できず,取消事由3も理由がない。
5
結論
以上のとおり,原告が主張する取消事由はいずれも理由がなく,本件審決に取り消されるべき違法はない。
よって,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部

裁判長裁判官
鶴岡稔彦寺田利彦間明宏充
裁判官

裁判官

(別紙)本件明細書の表

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