判例検索β > 平成28年(わ)第1066号
外国為替及び外国貿易法違反、関税法違反被告事件
事件番号平成28(わ)1066
事件名外国為替及び外国貿易法違反,関税法違反被告事件
裁判年月日平成30年5月29日
法廷名大阪地方裁判所
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主文
被告人A及び被告会社はいずれも無罪。

第1


本件各公訴事実の要旨

被告会社は,貿易業等を営むもの,被告人Aは,被告会社の従業員としてニット生地の輸出等を担当していたものであるが,被告人Aは,北朝鮮を仕向地としてニット生地を不正に輸出しようと考え,
1
平成28年3月22日付け及び5月26日付け起訴状記載の各公訴事実につ
いて(被告人Aに対するもの)
平成22年12月28日,電子情報処理組織により,ニット生地1523ロール(輸出申告価格合計175万円余り)の貨物の輸出申告を行うに際し,事情を知らない通関業者社員に,大阪税関南港出張所所長に対し,電子情報処理組織の電子計算機に備えられたファイルに,その貨物の最終仕向地が北朝鮮であったにもかかわらず,最終仕向地が中華人民共和国(以下「中国」という)の大連である旨の虚偽の事実を入力させるなどして申告した上,平成23年1月6日,大阪港コンテナ埠頭において,事情を知らない荷役作業員に,その貨物を貨物船に船積みさせて,北朝鮮を最終仕向地として大連に向けて輸出し,もって,偽った申告をして貨物を輸出した。
経済産業大臣の承認を受けないで,上記

記載のとおり,ニット生地を北

朝鮮を仕向地として輸出し,もって,経済産業大臣の承認を受けないで貨物を輸出した。
2
平成28年4月19日付け起訴状記載の公訴事実について(被告人A及び被
告会社に対するもの)
被告会社の業務に関し,平成25年2月22日,電子情報処理組織により,ニット生地1312パッケージ(輸出申告価格合計200万円余り)の貨物の輸出申告を行うに際し,事情を知らない通関業者社員に,大阪税関南港出張所所長に対
し,電子情報処理組織の電子計算機に備えられたファイルに,その貨物の最終仕向地が北朝鮮であったにもかかわらず,最終仕向地が中国の大連である旨の虚偽の事実を入力させるなどして申告した上,2月25日から26日までの間に,大阪港コンテナ埠頭において,事情を知らない荷役作業員に,その貨物を貨物船に船積みさせて,北朝鮮を最終仕向地として大連に向けて輸出し,もって,偽った申告をして貨物を輸出した。
被告会社の業務に関し,

記載の

とおり,ニット生地を北朝鮮を仕向地として輸出し,もって,経済産業大臣の承認を受けないで貨物を輸出した。
第2

主たる争点

主たる争点は,被告人Aが,本件各公訴事実記載の輸出当時,ニット生地の最終仕向地が北朝鮮であると認識していたか否かである。
検察官は,その認識を推認させる事情として,第1の1の公訴事実に係る輸出に先立って,被告人Aが,取引先から,仕向地を北朝鮮の港とする契約書が添付された電子メール(以下で「メール」というときは電子メールを指す)を受信していたことなどを挙げるのに対し,両弁護人は,最終仕向地は北朝鮮ではなく中国大連であると認識していたとする被告人Aの公判供述に依拠して,
検察官の挙げる間接事
実に推認力はないなどと主張している。
当裁判所は,
検察官が主張するいずれの間接事実も被告人Aの認識を推認するには足りず,被告人Aの公判供述の信用性は否定されないために,被告人A及び被告会社はいずれも無罪であると判断したので,以下説明する。
第3

前提事実

関係証拠によれば,次の事実を容易に認めることができ,これらの事実は当事者間に特に争いはない。
1
被告人A及び被告会社

中国国籍の被告人Aは,中学生の時から日本語の勉強を続け,平成11年に来日
し,日本の大学院を卒業後,日本の貿易会社勤務を経て,平成21年に被告会社に入社してその輸出部門で働くようになり,いずれは日本に帰化したいと考えていた。
被告会社は,昭和24年に設立され,一般商品の輸出及び輸入等を営む貿易会社であり,その代表取締役であるBは,本件各公訴事実の輸出当時は,被告会社の専務取締役として被告会社の業務全般を統括管理する立場にあった者である。2
ニット生地の取引
被告人Aは,中国向け輸出取引の新規開拓等を担当していたところ,平成2
2年半ば頃,インターネットのビジネスマッチングサイトを通じて,中国大連に本拠地を置くC有限公司を知った。その後,C有限公司から,中古ニット生地の輸出取引を持ちかけられ,被告人Aは,被告会社担当者として,C有限公司担当者Dと交渉したところ,被告会社は,C有限公司との間で,平成22年9月30日(輸出申告日)から中古ニット生地の輸出取引を開始し,平成25年4月11日(輸出申告日)まで,本件各公訴事実に係る2回の取引を含め合計55回にわたりニット生地の取引を続けた(以下,これらの取引をまとめて「本件取引」という)。本件取引は,いずれも大連を仕向地として通関手続がされており,名目上の荷受人については,時期によって,E社,F社,G社と変わっていったが,これはC有限公司の要望によるものであって,
実質的にはこれら名目上の荷受人は買主の
C有限公司と一体のものであった。
被告人Aは,本件取引についての仕入れ,通関業者の手配,インボイス等の船積み関係書類の作成等の諸業務を一人で担当しており,
C有限公司の窓口である
Dからニット生地の注文を受けて商談が成立すると,プロフォーマインボイス(見積書。以下「見積インボイス」という)を作成してDにメールで送信し,契約書のやり取りだけは,
遅くとも平成22年12月からはC有限公司のHの担当であった
ことから,Hからメールで契約書の送信を受け,契約書にBのサインをもらうなどして取引をしていた。なお,被告人Aは,D及びHとの間では中国語でやり取りし
ていた(そのため,断りのない限り,この3人については中国語でのやり取りを前提とする。ただし,契約書や見積インボイスの類は英文である)。3
平成23年1月の取引について(第1の1の公訴事実の関係)
被告人Aは,平成22年11月25日,Dから,メールでニット生地の注文
を受けたため,
12月16日,
当該取引に関する見積インボイスをメールで送信し,
「問題なければ,契約しましょう。」と伝えた。
被告人Aは,
翌17日13時18分,
契約書担当のHではなく,
Dから,
「添
付したsm-5thの契約書を見て下さい。」と,中国語ではなく英語で記載されたメール(以下「本件メール」という)を受信した。本件メールには,売主をC有限公司,買主をI社,出発地を大連,到着港を南浦とする商売契約書(ただし,それまでの書式とは異なっていた。
以下
「本件契約書」
という)
が添付されていた
(な
お,南浦港は北朝鮮の首都平壌に一番近い北朝鮮で最も主要な港であり,I社は北朝鮮の地名であるIを冠する社名である)。
これを受けて,被告人Aは,13時52分,Dに対し,「ご成約ありがとうございます。」としながらも,これに続けて「単価に誤りがあります。お手数ですが,見積インボイスを参照して手直ししていただけますか。」と伝えるメールにの見積インボイスを添付して返信したところ,Dから,14時46分,「あぁ,ごめんなさい。ちょっと待ってください,後でメールを送ります。」とのメールを受信し,さらに,15時21分,今度はHから,「添付ファイル内の書類は契約書です。問題あれば連絡下さい。」と記載され,

見積インボイスに係る被告会

社及びC有限公司間の契約書が添付されたメールを受信した。
それ以降,被告人Aは,HやDに対し,それまでの未納分を含めた代金支払の確認をしたり,コンテナの写真を送ったりするなどして作業を進め,平成22年12月28日,第1の1

の公訴事実記載のとおり,ニット生地の仕向地を大連と

する輸出申告を行い,平成23年1月6日,これを貨物船に船積みさせて輸出した(以下,この取引を「平成23年1月の取引」ということがある)。
4
無関係証明書の取得
Bは,
大阪市所在の商社が大連経由で北朝鮮にニット生地を密輸した疑いで
摘発されたとの報道を受け,平成23年2月23日,被告人Aに対し,「昨夕の新聞報道に絡み,万一のためにもデータを残しておかなければなりません。貴女のPC内(特にメールデータ)は削除せずにおいてください。」「もしかすると何も問題のない貿易かもしれませんが,
念のために防衛策を考えておかなければなりませ
ん。
リストは,
①どのような経緯で取引が始まったのか
(中略)
を入れてください。

などと記載したメールを送信するなどして,
一連のニット生地取引に関するメール
や資料等を保管し,取引の経緯を取りまとめるよう指示するとともに,さらに,顧問弁護士の助言に基づき,
ニット生地が北朝鮮に転売されていないことを証明する
文書の提出をDに対して求めるよう指示した。
これを受けて,被告人Aは,ニット生地取引の経緯を取りまとめた報告書を作成するとともに,Dに対して,証明文書の提出を依頼した。
被告会社は,被告人Aを通じて,Dから,平成23年3月9日までに,被告会社から輸入した製品が北朝鮮向けでないことを内容とする書面2通(以下「本件証明書」という)の送付を受けたことから,C有限公司との間でニット生地の取引を継続することを決定し,3月16日,経緯を取りまとめた報告書に,取り寄せた本件証明書を添付した上,公証人役場で確定日付を得た。
5
平成25年2月の取引について(第1の2の公訴事実の関係)

その後も,被告会社とC有限公司との間では取引が続けられていたところ,被告人Aは,Dとの間で調整した上で,平成25年2月22日,第1の2
公訴事実

記載のとおり,ニット生地の仕向地を大連とする輸出申告を行い,2月25日から26日までの間に,これを貨物船に船積みさせて輸出した(以下,この取引を「平成25年2月の取引」ということがある)。
6
本件取引の中止に至る経緯等
被告会社は,平成25年1月28日,中国大連向けニット生地の輸出につき
捜査していた大阪府警から,
本件取引の一部について大連での通関日時の問合せを
受け,Dに確認の上,これを回答した。その後,被告会社は,平成25年2月の取引に関し,大阪税関から,コンテナの開披検査を受け,輸出は許可されたものの,引き続き,
大阪府警や大阪税関から調査やコンテナの開披検査を繰り返し受けるなどした。
被告会社は,4月12日,被告人Aを通じて,Dに対し,輸出した各コンテナについて大連の通関資料の提示を求めたものの,明確な回答が得られず,その後も6月にかけて,被告人AがDに再三その提示を求め続けた。その最中である4月15日,被告人Aは,Bに対し,「映画を見過ぎたせいかもしれませんが,もしも今のコンテナがGPSを付けられたらと思いまして…怖くなってきました…どうしたらいいでしょう…」とするメールを送信したことがあった。
被告会社は,6月10日,被告人Aを介して,C有限公司から,中国できちんと通関しており,日本側に提出する義務はないため,通関資料を提出することはできないとの回答を受けたことから,C有限公司と間の取引を中止する決定をした。被告人Aは,5月初旬から,Dとの間で,香港向けのニット生地の輸出取引について協議を始め,
10月頃から,
被告会社の業務とは離れ被告人A個人として,
C有限公司との間で香港を仕向地とするニット生地の輸出取引を開始した。第4
1
検察官の主張する間接事実の推認力の検討1(本件契約書について)当事者の主張の概要
検察官が被告人Aの認識を考える上で最も重視しているのが本件契約書の
存在である。すなわち,検察官は,①本件契約書は,それまでの書式と異なるものであることやその記載内容からして,
C有限公司とその転売先である顧客との間の
売買契約書であることが容易に認識でき,
慣習としてC有限公司の販売先を確認し
ていたとする被告人Aとしては,その内容を確認していたと容易に推認される,しかも,被告人Aは本件契約書の単価の記載に誤りがあることを指摘しているが,単価の記載のすぐ上には太字で「CNF

NAMPO」と記載されており,この記載

を見れば仕向地を南浦とする契約書であると容易に認識できるから,被告人Aとし
ては,
本件契約書が大連から別の国を仕向地とする内容のものであると認識していたと合理的に推認できる,②そして,C有限公司が時間もコストもかけてあえて大連を経由させるのは,
日本から直接輸出できない国に輸送するためであると考える
のが最も自然かつ合理的であって,
その国としては地理的に近い北朝鮮しか考えら
れないところ,北朝鮮との貿易について知識を有していた被告人Aとしては,大連を経由してニット生地を送る国が,
日本から直接輸出することが困難な北朝鮮であ
ると容易に想像できるところであるし,
北朝鮮の最も主要な港である南浦港につい
ては,北朝鮮との貿易の知識があれば知っていても何らおかしくはなく,仮に知らなかったとしても容易に調べることが可能な地名であることからすると,被告人A
は,本件契約書が送信された際,これが北朝鮮の港を仕向地とするものであることを認識していたと合理的に推認できる,③そうであるのに,これをDに尋ねもしなかったのは,被告人Aが,もともと大連を仕向地として通関手続をしたニット生地の最終仕向地が北朝鮮の港であることを認識していたと考えるのが最も自然かつ合理的であると主張する。
これに対し,両弁護人は,被告人Aの公判供述等に依拠して,本件契約書が添付された本件メールは,被告人Aにとって誤送信であることが明白であって,被告人Aは本件契約書の内容をよく確認していないから,
被告人Aが本件メールを受
信したことをもって,
被告人Aのそのような認識を推認することはできないなどと
主張する。
2
そこで検討すると,確かに,本件契約書の記載内容は,ニット生地に関する
販売者をC有限公司,購入者をI社,出発地を大連,到着港を南浦とするものである上に,
本件契約書がそれまでの書式と異なるもので注意がいきやすいともいえるだけでなく,
被告人AがDから本件契約書の確認を求められて単価の記載の誤りを指摘し,その記載のすぐ上には「CNF

NAMPO」と記載されているほか,被

告人Aは,
今後のビジネス展開のため慣習として買主の販売先を確認していたこと
を自認している。これらのことに照らすと,検察官の上記1

①の主張のとおり,

被告人Aとしては,
本件契約書が大連から別の国を仕向地とする内容のものである
と認識していたことが合理的に推認できるともいえそうである。
3
しかしながら,
検察官の上記1

①で主張する推認過程は次の点で不合理な

ところがある。
単価の記載の誤りを指摘したことが意味することについて
決定的であるのは,
被告人Aが単価の記載の誤りを指摘した点である。
すなわち,
被告人Aが,本件契約書の単価の記載の誤りを指摘している以上,本件契約書のうち単価の記載をはじめ,
その誤りを指摘できる限度でその内容を確認したことは明
らかであって,その点においては検察官の主張を支えるものではあるが,問題はなぜ誤記があると考えそれを指摘したかである。被告人Aとしては,C有限公司が被告会社から輸入した中古のニット生地を他に販売して利益を上げようとしていることは分かっていたのであるが(被告人Aは,C有限公司から,そのニット生地を所得の低い人の多い中国の東北地方等で販売すると聞いていたと供述している),そうである以上,被告人Aが,本件契約書を確認して,C有限公司がニット生地を自らの顧客に販売するものであると分かったのであれば,
被告会社とは関係のない
事柄である上に,本件契約書における単価は,当然のことながら,被告会社とC有限公司との間における単価よりも高い価格が設定されることになるから,本件契約
書における単価が被告会社及びC有限公司間における「¥110」ではなく「¥130」
となっていることは何らおかしなことではないことになる。
そうであるのに,
被告人Aは,Dに対し,「ご成約ありがとうございます」としながらも,単価の記載の誤りを指摘し,その際,わざわざ単価が「¥110」とされた被告会社の見積インボイスを添付した上で「(これを参照して)手直ししていただけますか。」とも依頼しているのである。そして,C有限公司(H)から,単価が「¥110」になった契約書が送られてきたことで,
平成23年1月の取引に向けて淡々と事務手
続を前に進めているのである。

このことが意味するところを検察官は言及していないが,
検察官が上記1

①で

主張するように,本件契約書の記載内容や単価の記載の誤りを指摘した点等から,被告人Aとしては,
C有限公司とその販売先である顧客との間の売買契約書である
と容易に認識できたとすると,被告人Aは,被告会社が関与しないことについて,しかも,C有限公司にとって利益が出ない方向での修正を求めるという,取引通念上およそ考えられないような指摘をしたことになる上に,
C有限公司とその顧客と
の間の契約成立に感謝の意を表するという筋違いの対応をとっていることになって,検察官のその推認過程には非常に不合理なものがあることになる。むしろ,本件契約書の単価欄のすぐ上に「NAMPO」と記載されていたり,買主ではなく売主がC有限公司であることが比較的分かりやすく記載されたりしているものの,被
告人Aが平成23年1月の取引を進める中でこれをろくに確認せずに,注意すべき
単価の記載に目がいってそこに誤りがあると考えると,
本件契約書が被告会社とC
有限公司との間におけるものと誤解したまま,契約成立に感謝の意を表しつつ,その誤記の修正を求めたのではないかとみるほうが合理的であるから,本件契約書の
書式,送信者及び使用言語の違いから,本件メールには,本来添付されるべき契約書とは違う契約書が添付されたものであると思って,大した確認もせずに気付いた単価の記載の誤りを指摘したとする被告人Aの公判供述と整合するのである。このように検察官の上記1

①の推認過程には既に綻びが生じているが,
更にい

えば,検察官は,被告人Aとしては,本件契約書が大連から「別の国」を仕向地とする内容のものであると認識していたことが合理的に推認できると主張しているところにも問題がある。すなわち,検察官のこの主張は本件契約書の単価欄のすぐ上に「NAMPO」と記載されており,被告人Aがこれを認識したことを前提としているところ,
そのように認識したかどうかについては既に説明したとおりであって,この点をおくとしても,被告会社の弁護人が指摘するとおり,本件契約書には「NAMPO」としか記載されておらず,北朝鮮を示す国名が記載されているわけではないので,検察官の立論は,被告人Aが「NAMPO」が北朝鮮の港であると
知っていたことを前提とするが,
被告人Aが北朝鮮貿易の実情を限られた範囲でし
か知らなかったことを認めているに等しい論告での主張を踏まえると,「北朝鮮の
最も主要な港である南浦港については,
北朝鮮との貿易の知識があれば知っていて
も何らおかしくないし,
仮に知らなかったとしても容易に調べることが可能な地名
である」旨の検察官の主張にはそれ自体に苦しいものがあることは否めず,「NA
MPO」
が北朝鮮の港であるとは知らなかったとする被告人Aの公判供述の信用性を排斥して,被告人Aがそれを知っていたとする立証に成功しているとはいえない。
本件メールが削除されずに保存されていたことについて
このほか,両弁護人が主張するように,被告人Aにとってかなり不利になり得る内容の本件メール(添付の本件契約書を含む)が削除されずに保存されていたことは,決め手になるものとまではいえないものの,本件契約書をよく確認していなかったとする被告人Aの公判供述と整合的である。確かに,被告人Aが本件メールを削除し忘れた可能性も考えられないではないが,
本件メールを受信した僅か2か月
余り後には,被告人Aは,北朝鮮への密輸の嫌疑で検挙された商社があるとの新聞報道に危機意識を持ったBから,
被告会社にあらぬ疑いがかからないようにするた
めの防衛策を構築する目的で「(被告人Aの)PC内(特にメールデータ)は削除せずにおいてください。」などと厳命を受けていたのであるから,検察官が主張するように,
被告人Aが本件契約書の記載から最終仕向地が北朝鮮であると認識していたとすると,被告人Aとしては真っ先に本件メールを削除してよいものであるし,
日本への帰化を願い在留資格を失うことを心配しなければならない立場であればなおさらである。そうであるのに,被告人Aがこれを削除せずに保存していたことは,上記のとおり,被告人Aの公判供述を支える方向に働いており,検察官の上記1

の推認過程を阻害している。

なお,検察官は,被告人Aが,平成25年4月,Bに対し,今のコンテナにGPSを付けられたらと思うと不安である旨のメールを送信したことも(上記第3の6

),最終仕向地が北朝鮮であると被告人Aが認識していたことを裏付けていると主張しているが,両弁護人が主張するように,その2か月前頃から被告会社が本件取引の一部について大阪府警や税関から頻繁に調査や検査を受けていた当時の状況を踏まえると,本件取引の担当者である被告人Aが戸惑いや不安を感じ,それまではニット生地の仕向地が大連であると考えていたとしても,
ひょっとしたら北朝
鮮等が最終仕向地になっていたのではないかとの疑いを持ったとしても不自然ではないのであって,同趣旨の被告人Aの公判供述の信用性は否定されず,上記のようなメールを送ったことが被告人Aのそのような認識を裏付けるものにはならない。
4
小括

以上のとおり,
本件契約書の存在という間接事実を中核に据えて上記1

のとお

り推認できるとする検察官の主張を検討しても,
その推認過程にかなり不合理な点
があって,
かえって本件契約書の存在が被告人Aの公判供述の信用性を支えていたり,あるいは立証できていない点があったりするため,最終仕向地が北朝鮮であると被告人Aが認識していたとする立証命題に全く届いていないことが明らかである。
第5

検察官の主張する間接事実の推認力の検討2
(香港を仕向地とする取引につ

いて)
1
検察官の主張

検察官は,
本件取引において大連の通関資料を提示しないC有限公司の不誠実な対応から,
C有限公司がニット生地を北朝鮮に輸出している疑いがより濃厚になっているのに,
被告人AがDとの間で交渉を開始して個人的に香港経由でのニット生地の輸出を再開したことは,被告人Aが,Dとの間で本件取引を始めた当初から,ニット生地が大連経由で北朝鮮へ輸出されると認識していたことを合理的に推認させると主張する。
検察官のこの主張は,被告人AとD等との間におけるメールのやり取りから,被
告人AがDとの間で再開した取引内容が,
北朝鮮を最終仕向地としていることの発
覚を免れるために,単なる経由地として香港を挟み,結局は大連に輸出するものであって,
最終仕向地が北朝鮮である疑いが濃厚となっているそれまでの本件取引のスキームと実質は変わらないということを前提としているものと理解される。2
検討

確かに,被告会社が,本件取引の最終仕向地が北朝鮮となっているのではないかという疑いを抱いて,平成25年4月から,C有限公司に対し,本件取引の通関資料の提示を再三にわたって求めたにもかかわらず,これが提示されず,6月にはその提示を拒まれたことから,そうした疑いが強まり,実際,被告会社はC有限公司との間の取引を中止したのであるから,
コンテナにGPSでも付けられていたらど
うなるかということを心配していた被告人Aとしてもそうした状況を理解していたはずであることは検察官の主張するとおりである。
しかしながら,
仮に被告人AがDとの間で再開した取引のスキームが検察官の主
張するとおりのものであったとしても,そのことから,2年以上前の本件取引開始当初から,
最終仕向地が北朝鮮であると被告人Aが認識していたとするのはかなりの飛躍があるといわざるを得ない上に,検察官が推認の根拠とするメールをみると,関係証拠によれば,確かに,被告人Aが,Dに対して,平成25年5月7日,「香港で通関しますか,
それとも,
実入りコンテナの状態で大連まで運びますか。

という内容のメールを送信していることが認められるのであるが
(このほかに検察
官は被告人Aが輸出代行を依頼した者から被告人Aに送信された5月16日のメールも挙げている),その後のメールでのやり取りもつぶさにみると,5月7日のうちに,Dから,支払はC有限公司であるが荷受人が香港の会社であって,香港で通関するとの回答があり,翌8日には,被告人Aは,Dに対し,毎回の貨物について香港で輸入通関したときの許可証を提出するよう求め,その理由として警察,税関からの調査に対し準備万端にしておく必要があるとしてその協力を強く求めた結果,Dからその了承を取り付け,15日には,改めて本件取引にまつわる大連の
通関資料の提示を早急に行うよう求め,
その際には被告会社や自分の前途にも関係
してくるとしてその提示を強く求めた結果,Dからその了承を得て,6月3日には再度その提示の督促をしていることが認められるのであって,
このように被告人A
がDを警戒しつつも香港を仕向地とする取引に応じてよいかある程度慎重に見極めようとしていた様子からすると,上記5月7日のメールは,検察官が主張するように,被告人Aが,Dに対し,再開する取引について,香港経由で大連に輸出するスキームであることを確認しているのではなく,被告人Aが,公判で述べているように,Dからは,取引再開後のニット生地は中国福建省の顧客に売却されるものであると聞いていたが,
不安もあったので香港経由で大連に輸送されることがないか
を確認するために上記5月7日のメールを送信し,
その確認がとれ本件取引とは全
く別の取引であると考えられたので,
個人的にDとの取引を始めたという説明も十
分成り立つのである。
3
小括

したがって,
本件取引後に被告人AがDとの間で香港を仕向地とする取引を再開したという間接事実を軸に据えた検察官の上記1の主張を検討しても,推認過程に
飛躍がある上に別の説明が十分成り立つ脆弱なものというほかなく,立証命題に届
いていない。
第6

結論

以上によれば,検察官が挙げるいずれの間接事実も,被告人Aが,平成23年1月の取引及び平成25年2月の取引当時,
ニット生地の最終仕向地が北朝鮮である
と認識していたと推認するには足りず,
最終仕向地は大連であると認識していたと
する被告人Aの公判供述の信用性が否定されないために,
本件各公訴事実記載のと
おり最終仕向地が北朝鮮であったとしても,
被告人Aにその故意を認めることがで
きない。このことは本件での全証拠を踏まえて検討しても変わらない。そのため,その余の点について判断するまでもなく,被告人A及び被告会社に対する本件各公訴事実については,犯罪の証明がないことになるから,刑事訴訟法3
36条により被告人A及び被告会社に対しいずれも無罪の言渡しをする。(求刑

被告人Aにつき懲役1年6か月,被告会社につき罰金100万円)
平成30年6月1日
大阪地方裁判所第11刑事部
裁判長裁判官

浅香竜太
裁判官

大森直子
裁判官

坂本達也
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