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強盗殺人被告事件
事件番号平成29(あ)837
事件名強盗殺人被告事件
裁判年月日平成30年7月13日
法廷名最高裁判所第二小法廷
裁判種別判決
結果破棄差戻
原審裁判所名広島高等裁判所  松江支部
原審事件番号平成28(う)24
原審裁判年月日平成29年3月27日
判示事項被告人を殺人及び窃盗の犯人と認めて有罪とした第1審判決に事実誤認があるとした原判決に,刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があるとされた事例
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平成29年(あ)第837号強盗殺人被告事件
平成30年7月13日第二小法廷判決

主文
原判決を破棄する
本件を広島高等裁判所に差し戻す。
理由
検察官の上告趣意は,判例違反をいう点を含め,実質は単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
しかしながら,所論に鑑み,職権をもって調査すると,原判決は,刑訴法411条1号により破棄を免れない。その理由は,以下のとおりである。1
本件の訴因変更後の公訴事実の要旨は,以下のとおりである。

被告人は,平成21年9月29日午後9時40分頃,鳥取県米子市所在のホテル(以下「本件ホテル」という。)新館2階事務所(以下「本件事務所」という。)において,金品を物色するなどしていたところ,同ホテル支配人A(当時54歳)に発見されたことから,金品を強取しようと考え,同人に対し,殺意をもって,その頭部を壁面に衝突させ,頸部をひも様のもので絞め付けるなどしてその反抗を抑圧し,同所にあった同人管理の現金約43万2910円を強取し,その際,前記暴行により,同人に遷延性意識障害を伴う右側頭骨骨折,脳挫傷,硬膜下血腫等の傷害を負わせ,よって,平成27年9月29日,前記遷延性意識障害による敗血症に起因する多臓器不全により同人を入院中の病院で死亡させて殺害した。2
被告人は犯人性を争ったが,第1審判決は,要旨,以下の理由により被告人
を本件の犯人と認定した上で,強盗の故意を否定して殺人罪及び現金約26万8000円の窃盗罪を認定し,被告人を懲役18年に処した。
(1)

本件の犯人は,本件事務所から少なくとも二百数十枚の千円札を含む約2
6万8000円の現金を奪取したと認められるところ,被告人は,本件発生から約12時間後,ATMから自己名義の預金口座に230枚の千円札を入金している。日常生活において,このような大量の千円札を持ち合わせることは通常ないと考えられることも併せると,被告人が,偶然に,本件とごく近接した時間帯にこれらの千円札を所持し,入金したとは考え難く,この事実は,特段の事情がない限り,被告人が本件の犯人であることを強く推認させる。被告人は,本件の約2週間前まで店長として本件ホテルで勤務し,本件当時は休職中であったところ,「入金した千円札は,集金等の際にドロワー現金(客室の自動精算機の不具合・釣銭不足に備えてフロントのレジで保管されていた千円札約40枚を含む5万円程度の現金)の千円札が不足することに備え,自分の一万円札を本件ホテルのスロット機の売上げで得た千円札と両替するなどして貯めたものである」旨供述するが,種々の不合理な点があって信用できない。
(2)

本件は,当日午後9時34分頃から午後10時12分頃の数分前までの間
に発生したと認められるところ,被告人は,午後8時頃,本件ホテルの従業員であるBから電話で「客室のスロット機の売上回収方法等を教えてほしい」旨依頼を受け,午後9時13分頃,本件ホテル周辺に到着し,午後10時頃,本件ホテルの従業員用出入口付近で本件ホテルの従業員であるCと出会ったと認められる。したがって,被告人には本件犯行に及ぶ機会があった。
(3)

本件事務所は,1階部分に客室専用駐車場が設けられていないほかは,建
物の外側から見て他の客室と特段の違いはない上,その位置関係や本件ホテルの施錠状況等に照らし,本件ホテルの内部構造を知らない者にとっては,本件ホテルの建物内で最もアクセスしにくい場所であったといえるところ,本件ホテルの内部構造や施錠状況等に関する知識があった被告人は,これらの間接事実等から推認される犯人像に合致する。
(4)

以上に加え,①被告人が本件直後に県外へ移動し,妻や交際相手との音信
を絶ち,警察官からの出頭要請を無視していたという一連の行動は,本件による検挙を恐れての逃走と評価でき,②被告人以外の本件ホテルの従業員が本件犯行を行った可能性は認められないという事実関係が同時に存在することについては,被告人が犯人であると考えなければ合理的な説明がつかない。よって,被告人が本件の犯人である。
3
第1審判決に対し,検察官は強盗殺人罪の成立を否定して殺人罪及び窃盗罪
を認定した点の事実誤認を理由に,弁護人は被告人を殺人罪及び窃盗罪の犯人と認定した点の事実誤認等を理由に,それぞれ控訴したところ,原判決は,被告人を犯人と認定した第1審判決には事実誤認があるとして弁護人の控訴趣意をいれ,検察官の控訴趣意について検討することなく第1審判決を破棄し,被告人に対し無罪の言渡しをした。
4
当裁判所の判断

刑訴法382条の事実誤認とは,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることをいうものと解するのが相当であり,控訴審が第1審判決に事実誤認があるというためには,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを具体的に示すことが必要である(最高裁平成23年(あ)第757号同24年2月13日第一小法廷判決・刑集66巻4号482頁)が,原判決は,第1審判決の事実認定について,論理則,経験則等に照らして不合理な点があることを十分に示したものとは評価できない。
(1)

第1審判決は,前記2(1)から(3)までの事情を中心に,同(4)の諸事情も総
合考慮して,被告人が本件の犯人であると結論付けたものと解される。これに対し,原判決は,以下に詳述するとおり,全体として,第1審判決の説示を分断して個別に検討するのみで,情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討を欠いている。
(2)

原判決は,第1審判決の前記2(1)の説示のうち,被告人が本件発生の約1
2時間後にATMから自己名義の預金口座に230枚の千円札を入金した事実及び本件犯人が本件事務所から少なくとも二百数十枚の千円札を含む現金約26万8000円を奪取した事実を認定した点は不合理といえないとした。その一方で,第1審判決が「日常生活において,このような大量の千円札を持ち合わせることは通常ないと考えられることも併せると,被告人が,偶然に,本件とごく近接した時間帯にこれらの千円札を所持し,入金したとは考え難く,この事実は,特段の事情がない限り,被告人が本件の犯人であることを強く推認させる」とした点については,要旨「被告人が所持していた230枚の千円札が被害金そのものであることを裏付ける直接証拠はないこと,被告人が犯人であることの立証責任は検察官にあることに鑑みれば,その入手経路に関する被告人の弁解の信用性にある程度の疑問があっても,これを虚偽として排斥しきれない以上,被告人を犯人と認定することはできない。第1審判決の判断枠組みは,無罪推定の原則に反し,到底支持できない」旨判示した。さらに,第1審判決が「入金した千円札は,集金等の際にドロワー現金の千円札が不足することに備え,自分の一万円札を本件ホテルのスロット機の売上げで得た千円札と両替するなどして貯めたものである」旨の被告人供述は信用できないとした点についても,被告人の供述を虚偽として排斥することはできないとして,第1審判決には事実誤認があるとした。
しかし,日常生活において,230枚もの千円札を持ち合わせることが通常ないことは第1審判決が指摘するとおりであって,本件犯人が本件ホテルから二百数十枚の千円札を盗み,その約12時間後である金融機関の開店直後の時間帯に,被告人が230枚の千円札をATM(証拠によれば,米子市内の金融機関のものと認められる。)で入金しているという客観的事実は,それ自体,これらの千円札の同一性,ひいては被告人の犯人性を相当程度推認させる事情となり得るはずであるが,原判決がそのような観点からこれらの事情を検討した形跡は判文上うかがえない。これらの客観的事実による推認力は,被告人が230枚の千円札を本件とは別の事情から有していた可能性との兼ね合いで判断されるべきものであって,第1審判決の「特段の事情がない限り,被告人が本件の犯人であることを強く推認させる」旨の説示は,推認力の程度を示すものとしてはいささか強いきらいはあるが,第1審判決は,被告人が説明する千円札所持の経緯に関し,当事者双方の主張立証を踏まえて検討した上で信用性を否定し,さらに,他の間接事実をも総合考慮した上で被告人が犯人であると結論付けていることが判文上明らかであって,それらを全体としてみれば,第1審判決の判断枠組みが無罪推定の原則に反するとの原判決の指摘は当を得ない。
また,第1審判決は,千円札所持の経緯に関する被告人の説明について,要旨,①本件ホテルの従業員らは,被告人が大量の千円札を所持していることを見聞きしたことはなく,従業員らの証言や出納票によれば,ドロワー現金の千円札が現に不足し,自動精算機内の千円札等によるドロワー現金への両替補充もできなかったことはない上,被告人自身,「両替必要時に備えて被害者から本件事務所の金庫(普段から釣銭の補充用として数百枚の千円札と硬貨合計45万円程度が保管され,被害者が週1回程度,集金等の業務で本件ホテルを訪れる際に適宜補充するなどしていた。)のスペアキーを預かっており,現に同金庫から3万円分の千円札を取り出したことがある」旨供述していることからして,被告人が,ドロワー現金の両替・補充等のため,個人的に大量の千円札を所持しておく必要があったとは考え難い,②被告人は,業務のため大量の千円札が必要であったと言いながら,本件当時は近々休職から復帰予定だったというのに,事件直後になって突然千円札を手放した理由につき合理的な説明もない,③被告人は,自宅の借地代や公共料金の滞納を続け,本件の2か月程前から妻に生活費を渡さず,本件の4日前に妻から生活費を要求された際は5000円しか渡さなかったというのであるから,20万円超の小遣いを貯め込んでいたということ自体が相当に疑わしい,といった理由から信用できないとしたものである。これに対し,原判決は,「230枚の千円札の入手経路に関する弁護人らの主張ないし被告人の供述について,これらを虚偽として排斥できるかどうかを検討する」とした上で,第1審判決の説示を分断し,被告人の説明の信用性が否定できない理由をほとんど示さないまま,被告人の説明によれば第1審判決の判断は不合理であるなどと結論付けている部分が見受けられ,被告人供述の信用性を否定した第1審判決の前記判断が不合理であることを具体的に示したものとは評価できない。(3)

また,原判決は,前記2(2)記載の各事実から「被告人には本件犯行に及ぶ
機会があった」と認定した第1審判決の認定が不合理とはいえないとしつつ,その事実のみで被告人が犯人であると推認できないことは明らかであるとしている。しかし,第1審判決が認定した事実関係によれば,被告人は,Bから依頼を受け,客室備付けのスロット機の売上回収方法等を教えるために本件ホテルに向かい,午後9時13分頃には本件ホテル付近に到着し,午後10時頃に本件ホテルでCと出会うまでの40分間以上にわたり,本件ホテル付近にいたというのであるから,このことは,前記2(1)の事情ともあいまって,その頃に本件ホテルで発生した本件への被告人の関与を相当程度推認させる事情となり得るはずであるが,原判決がそのような観点からこれらの事情を総合考慮した形跡も判文上うかがえない。(4)

以上のとおり,原判決は,全体として,第1審判決の説示を分断して個別
に検討するのみで,情況証拠によって認められる一定の推認力を有する間接事実の総合評価という観点からの検討を欠いており,第1審判決の事実認定が論理則,経験則等に照らして不合理であることを十分に示したものと評価することはできない。第1審判決に事実誤認があるとした原判断には刑訴法382条の解釈適用を誤った違法があり,この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。
よって,刑訴法411条1号により原判決を破棄し,同法413条本文に従い,更に審理を尽くさせるため,本件を広島高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
検察官川原隆司,同菅野俊明
(裁判長裁判官
三浦

鬼丸かおる

公判出席
裁判官

山本庸幸

守)
裁判官

菅野博之

裁判官

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