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危険運転致死(予備的訴因及び第1審認定罪名 道路交通法違反、過失運転致死)
事件番号平成30(う)92
事件名危険運転致死(予備的訴因及び第1審認定罪名 道路交通法違反,過失運転致死)
裁判年月日平成30年7月4日
法廷名福岡高等裁判所
結果破棄自判
原審裁判所名熊本地方裁判所
原審事件番号平成29(わ)271
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平成30年7月4日福岡高等裁判所第1刑事部判決
危険運転致死(予備的訴因及び第1審認定罪名

道路交通

法違反,過失運転致死)被告事件
主文
原判決を破棄する
被告人を懲役7年に処する

第1
1由
原判決の要旨及び控訴趣意
本件の主位的訴因は,次のとおりの危険運転致死の事実である。被告人は,
平成29年6月23日午前1時7分頃,普通貨物自動車(以下「被告人車両」という)を運転して,熊本県八代市A町B番C号付近の信号機により交通整理の行われている交差点(以下「本件交差点」という)をD町方面からE町方面に向かい,時速約27㎞で右折進行しようとした。その際,運転開始前に飲酒したことから,前方注視及び運転操作が困難な状態,すなわち,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で被告人車両を走行させたため,対向車線をF町方面からD町方面に向かい直進してきた被害者(当時55歳)運転の普通自動二輪車(以下「被害者車両」という)右前部に自車右前部を衝突させた。その結果,被害者は,被害者車両とともに路上に転倒し,外傷性くも膜下出血等の傷害を負い,同日午前1時53分頃,原判示のG病院において,前記傷害により死亡した。
2
これに対し,原判決は,被告人が,本件事故当時,自動車の運転により人を
死傷させる行為等の処罰に関する法律2条1号にいう「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」にあったというのには合理的な疑いが残るとして,予備的訴因に従って,次の2つの事実を認定した。まず,被告人が,酒気を帯び,アルコールの影響により正常な運転ができないおそれがある状態で,本件交差点付近道路において,被告人車両を運転した,という道路交通法違反の事実(原判示第1)を認定した。次に,被告人が,被告人車両を運転して,本件交差点を右折進行するに当
たり,進路の前方を注視し,対向直進車両の有無及びその安全を確認して,その進行を妨げないようにすべき自動車運転上の注意義務があるのに,これを怠り,対向車線を直進してきた被害者車両に気付かず,自車右前部を被害者車両に衝突させ,その結果,被害者を死亡させた,という過失運転致死の事実(原判示第2)を認定した。
その上で,
原判決は,
これらの事実により,
被告人を懲役5年6月に処した。
3
検察官の控訴の趣意は検察官江口昌英作成の控訴趣意書に,これに対する答
弁は主任弁護人遠山眞浩及び弁護人吉田賢一共同作成の答弁書に,弁護人の控訴の趣意は前記主任弁護人作成の控訴趣意書に,
それぞれ記載されたとおりであるから,
これらを引用する。検察官は主位的訴因を認定しなかった事実誤認を主張し,弁護人は予備的訴因を前提にして量刑不当を主張している。
第2

事実誤認の主張について(検察官)

検察官の論旨は,要するに,被告人は本件当時アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったと認められるのに,被告人がそのような状態であったと認めるのに合理的な疑いがあるとした原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果も併せて検討すると,被告人は,本件当時,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態であったと認められるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。以下その理由を説明する。
1
前提となる事実

原審で取調べ済みの各証拠によると,次の各事実が認められる。


本件事故前の飲酒量及び酩酊状況

被告人は,本件事故前日の午後7時14分頃,熊本県宇土市内建築工事現場での仕事を終え,帰路に就いた自動車内で,運転をしながら350㎖缶のビール3本を飲み,その後,午後8時46分,八代市内のスナックに立ち寄り,午後11時46分頃までの間,約220㎖グラス入りビールを約8杯飲んでいる。


本件事故前の運転状況

被告人は,前記スナックを出て,本件事故の約4分前から,出張中に投宿していたアパートに向かい,被告人車両の運転を開始して,本件事故現場まで約1.3㎞を運転し,本件事故現場から約700m手前の交差点では,赤色信号により停止した自動車の後方に,約13.7mの車間距離を空けて,自車を停止させた上,前車が青色信号により発進した約8秒後,自車を発進させている。


本件事故の態様

被告人車両は,本件事故現場の約80m手前で時速約46㎞であったが,本件事故現場直近では時速約27㎞に減速し,本件交差点の入口付近において,右折する車両専用の車線に入り,青色信号に従って,そこから内小回りの右折を開始し,被害者車両と衝突している。捜査報告書(原審甲41)によると,本件事故から約5か月後に本件事故の時刻頃被告人車両から被害者車両方向の視認状況を見分したところ,視界は遮るものがなく良好であり,被告人は,遅くとも衝突の5秒前から,被害者車両のヘッドライトの光を視認することが可能であったということができる。
本件事故後の言動,飲酒検知結果
被告人は,被害者車両と衝突した後,約9.3m進んで自車を停止させて降車した。被害者車両の後方をパトカーで警らしていた警察官が,本件事故を目撃して本件事故現場で被告人に駆け寄ってきて,酒臭に気付き,飲酒検知に応じるよう求めたところ,被告人は,そんなことはどうでもいい,バイクの運転手は大丈夫かなどと繰り返し述べている。
本件事故発生から約40分後,
被告人の呼気からは,
1リッ
トルにつき0.97㎎のアルコールが検出されており,呼気検査の際,被告人は,歩行中終始ふらつき,直立させても常に左右にふらつく状態であった。被告人は,その後,パトカーに乗車し,警察官から,被害者は病院に緊急搬送されたが,その状況は分からないと説明されたのに,それでも繰り返して被害者は大丈夫なのか尋ねている。

2
被告人の原審供述

被告人は,原審公判において,次のとおり供述している。スナックで飲酒してから運転を開始した時,周囲の店舗の照明や街灯等が少しぼやけて見えており,本件事故現場の約700m手前の交差点での記憶はなく,本件事故前に対向車線を走る被害者車両やパトカーのライトを見た記憶もない。被害者車両と衝突した衝撃を感じて,人をはねたことに気付き,驚いてすぐブレーキを踏んだ。本件事故現場付近の道路は,これまで10回から20回ほど通っており,普段は本件交差点の中央付近まで進んでから右折を開始しており,今回のように,本件交差点の入口付近から内小回りに右折した理由は分からない,というのである。
3
当裁判所の判断
自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条1号にい
う「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」とは,アルコールの影響により道路交通の状況等に応じた運転操作を行うことが困難な心身の状態をいい,アルコールの影響により前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態もこれに当たると解される(最高裁平成23年10月31日第三小法廷決定・刑集65巻7号1138頁)。


原判決は,次の理由から,被告人が「アルコールの影響により正常な運転が
困難な状態」であったことには合理的な疑いが残るとしている。まず,運転開始から本件事故現場に至るまでの間,自宅に向かって自車を走行させ,道路状況に応じた運転操作をしており,本件事故現場の約700m手前の交差点では,車間距離や停止時間に若干不自然な点はあるものの,少なくとも前方の危険は認識し,それを回避するための運転操作ができていた。次に,本件交差点を右折するに当たり,減速し,右折車線に進路変更して右折を始めていることに加え,本件事故現場に残されたタイヤ痕や引きずり痕,被告人車両の停止距離などから,被告人は被害者車両と衝突した際直ちにブレーキを踏んだ可能性があり,直進車両に気付かなかったこと,かなり内小回りであったこと以外には,一般的な右折操作を行っていた。さら
に,被告人は,飲酒検知等の際,酩酊状態にはあったが,その言動からは,自分が衝突事故を起こし,被害者が負傷したことを認識していたこともうかがえる,というのである。
原判決が「結論」において説示したところからも明らかなように,原判決は,被告人が,道路状況に応じた運転操作ができていたこと,見当識を失っていた様子がうかがえないことから,「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」というには合理的な疑いがあると判断したものということができる。しかし,それまで10回ないし20回通ったことのある道路であれば,相当に酩酊した状態であっても,道路状況に応じた運転操作をすることは可能であり,そのような道路における運転操作の態様は,正常な運転の能力に対するアルコールの影響を判定する指標にはならないというほかない。むしろ,飲酒し酩酊したことにより,周囲で生起している状況をそれに対処できる程度に認識することができない状態になったのであれば,
危険を的確に把握して対処することができなかったというほかなく,「アルコー
ルの影響により正常な運転が困難な状態」にあったと判断するべきことになる。そして,衝突事故を起こした後,事故に気付き,被害者の負傷も認識できたというだけでは,
危険を的確に把握して対処できたというには足りないことは明らかである。⑶

そこで本件の事実関係に即して検討すると,被告人は,本件当夜,4時間3
0分以上の間,ビールを約2810㎖も飲酒し,本件事故後呼気1リットルにつき0.97㎎ものアルコールが検出されているから,本件当時相当に深い酩酊状態にあったということができる。また,被告人は,警察官から飲酒検知を求められたのにも,適切に応答ができず,自分の関心事だけを一方的に述べ,被害者が病院に緊急搬送されてその状況は分からない旨の説明を受けても,繰り返して被害者の状況を尋ねており,そのことからは,多量の飲酒のため,周囲で生起している事象を適正に認識できていなかったというほかない。
被告人の原審供述は,本件事故当時の状況について記憶にないところが散見されるが,それは多量の飲酒による事後の健忘とみるべきであり,本件事故当時の状況
認識能力が低下していたことを示すものとはいえない。しかし,被告人が,本件事故現場の約700m手前の交差点で,前車から約13.7mも車間距離を空けて停車し,前車の発進から約8秒間も自車の発進が遅れたことは,被告人の状況認識能力が相当に低下していたことを示している。被告人は,アルコールの影響がなければ,前方を注視すれば容易に認識可能な事象について,多量の飲酒によるアルコールの影響から,適正に認識することができない状態にあったといわざるを得ない。しかも,被告人が本件交差点の入口付近から内小回りに右折したのは,対向車線を走行してくる被害者車両との距離,被害者車両の速度について,適正に認識できなかったため,被害者車両より前に本件交差点を通過できると誤って認識した可能性が否定できないのである。まして,原判決のように,被告人が,アルコールの影響により,遅くとも衝突の5秒前から認識可能で,当然視野に入ってくる対向して直進してきた被害者車両に気が付かなかったとすれば,それ自体で,アルコールの影響により状況を認識する能力が相当に低下しており,前方を注視してそこにある危険を的確に把握して対処することができない状態にあったというほかない。⑷

以上からすると,被告人は,多量の飲酒によるアルコールの影響から,自動
車を安全に走行させるために必要な周囲の状況を認識する能力が大きく低下しており,前方を注視しそこにある危険を的確に把握することができない状態にあったというべきである。
本件においては,公判前整理手続において,検察官が,本件の事実関係の下でウエイトを置くべきポイントをあげず,「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」に該当する根拠となる事実を平板に羅列する証明予定事実記載書面を提出した。そのため,裁判所が検察官及び弁護人の了解を得て作成した裁判員に対する説明案では,裁判員に対する「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」の説明の中に,前方を注視しそこにある危険を的確に把握することができない状態が含まれることは明らかにされながら,その例示として,前方注視自体の能力の欠如や運転操作能力の欠如が示されていたに過ぎない。説明案においては,その判定
の指標も主として運転操作能力に対するアルコールの影響にあるとされ,危険に対処するために必要な状況認識能力に対するアルコールの影響が考慮対象になることの説明がされていない。その結果,裁判員が,「アルコールの影響により正常な運転が困難な状態」に関して正しい理解をすることができずに,誤った判断がされたものというほかない。
以上によれば,被告人が本件当時アルコールの影響により正常な運転が困難な状態にあったことに合理的疑いを容れる余地はなく,主位的訴因が認められるから,主位的訴因を排斥した原判決は,論理則,経験則に反し,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある。
検察官の事実誤認の論旨は理由があり,弁護人の量刑不当の論旨について判断するまでもなく,原判決は破棄を免れない。
第3

破棄自判

よって,刑訴法397条1項,382条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,当裁判所において更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は,平成29年6月23日午前1時7分頃,被告人車両を運転して,熊本県八代市A町B番C号付近の信号機により交通整理の行われている本件交差点をD町方面からE町方面に向かい,時速約27㎞で右折進行しようとした。その際,運転開始前に飲酒したことから,アルコールの影響により正常な運転が困難な状態で被告人車両を走行させたため,対向車線をF町方面からD町方面に向かい直進してきた被害者車両の右前部に自車右前部を衝突させた。その結果,被害者は,被害者車両とともに路上に転倒して,外傷性くも膜下出血等の傷害を負い,同日午前1時53分頃,G病院において,前記傷害により死亡した。
(法令の適用)
被告人の判示所為は,自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条1号(人を死亡させた場合)に該当するので,その所定刑期の範囲内で被
告人を懲役7年に処し,原審における訴訟費用は刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
本件は前記のとおりの危険運転致死の事案である。
被告人は,
仕事を終えてから,
帰宅途中飲酒しながら自動車を運転し,
さらに安易にスナックでの飲酒に赴いた上,
多量の飲酒により相当に深い酩酊状態に陥りながら,翌日の仕事に疲労を残さないよう帰宅して就寝しようと考え,被告人車両の運転を開始しており,被告人が本件に至った経緯は自己本位で十分に非難に値するものである。本件事故後まもなくされた飲酒検知の結果をみても,被告人の飲酒によるアルコールの影響は相当に大きかったということができる。被害者は,仕事に励み,趣味のツーリングにも勤しんでいたのに,青信号に従って交差点を直進した際,心ない飲酒運転をしていた被告人によって,突然一命を絶たれることとなったのであり,その無念は察するに余りある。被害者の妻や長男ら遺族の悲しみは深く,飲酒運転をしてかけがえのない被害者を奪った被告人に対し,厳しい処罰感情を抱くのも当然である。被告人は,平成21年普通乗用自動車の酒気帯び運転により懲役6月,3年間執行猶予に処せられており,それ以前にも酒気帯び運転による罰金前科3犯がある上,本件に至った経緯をみても,安易に酒気帯び運転を行う傾向が認められる。被告人の刑事責任はかなり重いといわなければならない。
他方,被告人は,状況を認識する能力が相当に低下しており,前方を注視しそこにある危険を的確に把握することができない状態にはあったものの,本件交差点においては,減速して右折車線に入ってから右折しており,高速度で運転するなど,殊更危険な態様で被告人車両を運転していたわけではない。本件のように,直進する被害者車両に右折する加害者車両が衝突する事故の態様は,アルコールによる影響がなくとも,しばしばみられるところである。被告人は,原審公判において,反省の言葉を述べ,被害者の遺族との間で5350万円の損害賠償義務を認め,自賠責保険から支払われる3000万円に加えて,雇用主と連帯して2350万円の賠
償を行う旨の示談を成立させ,原判決後,雇用主の協力を得て,その支払を一部終えている。また,被告人の雇用主は,原審公判において,被告人に対する支援を約束しているなど,被告人のために酌むべき事情も認められる。
そこで,これらを総合考慮して,被告人を主文の刑に処することとした。福岡高等裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

山口雅髙
裁判官

平島正道
裁判官

髙橋孝治
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