判例検索β > 平成26年(く)第193号
再審開始決定に対する即時抗告申立事件
事件番号平成26(く)193
事件名再審開始決定に対する即時抗告申立事件
裁判年月日平成30年6月11日
法廷名東京高等裁判所
原審裁判所名静岡地方裁判所
原審事件番号平成20(た)1
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平成30年6月11日
平成26年

第193号

東京高等裁判所第8刑事部決定
再審開始決定に対する即時抗告申立事件
主文
原決定を取り消す。
本件再審請求を棄却する

第1


抗告趣意等

本件抗告の趣意は,検察官作成の即時抗告申立書,即時抗告申立理由補充書,平成27年11月24日付け,平成30年1月19日付け,同年2月2日付け各意見書に記載されたとおりである。
これに対する弁護人の意見は,弁護人作成の反論書1ないし4,平成27年2月3日付け意見書,最終意見書及び最終意見書補充書に記載されたとおりである。なお,弁護人は,平成28年12月21日付け再審請求理由追加申立書及び平成29年11月6日付け再審請求理由追加申立補充書を提出し,当審において,刑訴法435条1号,2号及び7号の再審事由を新たに追加して主張しているが,これらの主張が不適法であることは後述するとおりである(第5の5)。
論旨は,要するに,原決定がa大学大学院教授のA作成の鑑定書関係の証拠や,犯行着衣である5点の衣類の色に関する味噌漬け再現実験関係の証拠を刑訴法435条6号にいう無罪を言渡すべき明らかな証拠であると認めて再審を開始するとした判断は,不合理かつ不当な根拠に基づく誤ったものであるから,原決定を取り消し,本件再審請求を棄却するとの裁判を求めるというのである(以下,略称については原則として原決定のそれに従うが,原決定のいう「確定1審」は「第1審」,「確定控訴審」は「控訴審」,「確定上告審」は「上告審」という。また,「原審弁」又は「原審検」の表記と番号で示したものについては,原決定別表の弁護人提出分又は検察官提出分に記載された番号の証拠を表すものであり,「当審弁」又は「当審検」の表記と番号で示したものについては,当審第2分類の証拠等関係カードに記載された弁護人又は検察官が提出した証拠をそれぞれ表すものである。)。第2
1
本件事案の概要及び審理経過
事案の概要
確定判決が認定した罪となるべき事実の要旨は,Xが,昭和41年6
月30日午前1時過ぎ頃,静岡県b市(当時)所在の甲商店の専務V1方に侵入して金品を物色中,同人(当時41歳)に発見されるや金品強取の決意を固め,同人方裏口付近の土間において,所携のくり小刀(刃渡約12㎝)で殺意をもって同人の胸部等を数回突き刺し,さらに,物音に気付いて起きてきた家人に対しても,殺意をもって,同家八畳間で同人の妻V2(当時39歳)の肩,顎部等を数回,V1の長男V3(当時14歳)の胸部,頸部等を数回,同家ピアノの間でV1の次女V4(当時17歳)の胸部,頸部等を数回,それぞれ前記くり小刀で突き刺し,次いで,V1が保管していた甲商店の売上金20万円余り,小切手5枚等を強取し,さらにV1ら4名を住居もろとも焼いてしまおうと考え,同商店第一工場内に置いてあった石油缶在中の混合油を持ち出して,これをV1ら4名の身体にふりかけ,マッチでこれに点火して放火し,よって,①V1らが現に住居に使用しかつ現在する木造平家建住宅1棟を焼損し,②V1を右肺刺創等による失血のため死亡させて殺害し,③V2を胸部刺創等による失血と全身火傷のため死亡させて殺害し,④V3を胸部刺創等による失血と全身火傷のため死亡させて殺害し,⑤V4を心臓刺創等による失血と一酸化炭素急性中毒のため死亡させて殺害したというものである。
確定審においては,主として,Xの犯人性が争点とされて審理が行われたところ,第1審の静岡地方裁判所は,昭和43年9月11日,Xが本件の犯人であると認めて,死刑を言い渡した。そして,控訴審の東京高等裁判所は,昭和51年5月18日,第1審判決を支持して控訴を棄却する判決をし,最高裁判所も,昭和55年11月19日,上告を棄却する判決をし,同年12月10日,判決訂正の申立てを棄却する決定がされて確定した。その後,Xは,昭和56年4月20日,静岡地方裁判所に再審請求を行ったものの(以下「第1次再審」という。),同裁判所は,平成6年8月8日,同再審請求を棄却する決定をし,これに対する即時抗告及び特別抗告もそれぞれ棄却された。
さらに,Xの実姉である請求人は,刑訴法439条1項4号に該当する者として,平成20年4月25日,静岡地方裁判所に本件再審請求を行い(以下「第2次再審」という。なお,請求人は後にXの保佐人に選任され,同条1項3号に該当するに至った。),無罪であることを認めるべき新たな証拠として種々の書証等(その一部については後述する。)を提出したほか,職権によるDNA型鑑定を求め,同裁判所は,これら書証のほか,DNA型鑑定の結果等に基づき,平成26年3月27日,「本件について再審を開始する」との原決定をした。これに対して検察官が即時抗告を申し立てたのが本件である。
2
確定判決の内容

確定審では,主としてXと犯人の同一性が争われており,第2次再審請求においても,Xの犯人性に関する確定判決の認定を争い,無罪を言い渡すべき明らかな新証拠があるという主張が中心となるため,まず,Xの犯人性の認定に関する確定判決の内容をみることにする。
第1審(確定判決)の判断
第1審判決は,まず,既に採用していたXの供述調書45通の証拠能力について検討し,検察官調書1通を除き,その余の供述調書について排除決定をした。すなわち,警察官の取調べについては,連日平均約12時間の取調べが行われるなど,Xの自由な意思決定に対して強制的・威圧的な影響を与える性質のものであり,このような取調べの結果または影響を受けてなされた自白は,自由で合理的な選択に基づくものと認めるのは困難であるから,Xの警察官調書28通についてはすべて任意性がないとした。また,Xの検察官調書のうち,昭和41年9月10日付け以降の16通については,同月9日の起訴後にXを取り調べて作成されたものであるところ,起訴後の任意捜査としての取調べとして許容されるための要件を満たしていないから,証拠能力がないとした。一方,Xの昭和41年9月9日付け検察官調書については,警察官の取調べが強い影響を及ぼしたとは認められず,そのほか任意性を疑わせる事情はないとしている(ただし,唯一採用された同調書については,確定判決の証拠の標目に掲げられていない。もっとも,当該自白調書を除いても同判決の罪となるべき事実の主要部分は認定できるものの,具体的な犯行態様等は当該自白調書に依拠して認定しているものと考えられる。)。
次に,第1審判決は,証拠能力を認めた自白調書以外の証拠を検討し,自白調書を除いた証拠から認められる事実からしても,Xが本件の犯人であることの蓋然性は高いとして,要旨次のとおり判示している。

甲商店従業員は,昭和42年8月31日,同商店工場1号タンクから
の味噌の搬出作業中に,同タンク底部付近から麻袋に入った5点の衣類(白ステテコ,白半袖シャツ,ネズミ色スポーツシャツ,鉄紺色ズボン,緑色パンツ)を発見した。5点の衣類には,いずれも被害者らの血液型に一致する人血が付着していたほか,白半袖シャツ右袖上部(右肩部分)には2個の損傷があり,これを中心として内側から表側にしみ出したB型の血痕が存在したこと,ネズミ色スポーツシャツや鉄紺色ズボンにも損傷が存在したこと,麻袋は甲商店工場の奥の倉庫内に保管されていたものであったことが認められる。そうすると,5点の衣類は,犯人が犯行時に着用していた衣類であり,犯行の際に被害者らの血液が付着したこと,犯人は,本件犯行から5点の衣類を脱ぐまでの間に,何らかの原因で右肩に傷を負って出血したこと,犯人の血液型はB型であることが認められる。また,本件直前,1号タンクには少量の味噌しか残っていなかったが,昭和41年7月20日に新しい味噌の原料を同タンク一杯に仕込み,その後は,5点の衣類が入った麻袋を同タンクの底部に埋めることはほとんど不可能であることや,捜査官は,同月4日に甲商店工場内の捜索をしたが,その際は1号タンク内の捜索はしなかったことに照らすと,5点の衣類が入った麻袋は,同月20日以前に1号タンク内に入れられたものと認められるとしている。

5点の衣類のうち,①鉄紺色ズボンについては,Xの実家で端布が発
見されているところ,同端布は同ズボンと生地が同一種類であり,生地の染色も似ており,両者で一致する切断面が存在すること,鉄紺色ズボンはc市の有限会社乙1縫製で縫製され,ウエストの直し方や裾の縫い方が静岡県d市の乙2洋服店のものに類似しており,同店では裾直しをした場合は必ず端布は客に渡すことにしていることなどを総合すると,端布は鉄紺色ズボンの端布であって,鉄紺色ズボンはXのものであると断定することができ,②緑色パンツについては,Xの同僚である甲商店従業員の複数名が,以前Xが緑色のパンツをはいていたのを見ており,また,同商店従業員のうちで緑色系統のパンツをはいている者はX以外には見たことがないとしていること,Xの実母であるC1が,少なくとも,本件以前に一度,緑色のブリーフを丙1屋で買って,甲商店の寮のX宛てに送ったことが認められること,丙1屋で取り扱っていた緑色ブリーフは丙2メリヤス有限会社製造の「D」であり,緑色パンツは,同製品とよく似ていることなどからして,Xのものである疑いが極めて濃厚である。さらに,前記麻袋の中には,5点の衣類が一緒に丸めて入れられていたことを考慮すると,麻袋に入っていたネズミ色スポーツシャツ,白ステテコ,白半袖シャツもXのものと推認できるとしている。ウ
これに加えて,①昭和41年9月13日,b郵便局において,b警察署長宛ての差出人名のない封筒1枚が発見され,同封筒の中には便箋と焼けた紙幣が同封されており,同紙幣のうち千円札2枚には「▲▲▲」と,便箋には「ミソコウバノボクノカバンノナカニシラズニアツタツミトウナ」とそれぞれ片仮名で鉛筆のようなもので記載されていたことなどに照らすと,同紙幣については被害現金であると認められる。そして,前記封筒等に書かれた文字とXと親しく交際していたEの筆跡を対照して同一人の筆跡と推定されるなどとした筆跡鑑定の結果や,前記封筒や在中の便箋については,Eが所有する二重封筒と同種で,便箋も紙質が極めて類似していることといった事情に照らすと,便箋に記載されていた文字はEが記載したものと認められ,Eは,何らかの方法で現金をXから預かり,Eは,Xが本件犯行に関与して現金を取得したものであることを知っていたと認められること,②Xのパジャマには,上衣の左胸ポケット部分にAB型,下衣の右膝部分にA型という被害者らと一致する血液型の血痕や,被害者の衣類に付着していた油分や工場内にあった混合油と同種の油分が付着していたこと,③静岡県e市内の刃物店店員が,Xの顔を見たことを記憶しており,同店では凶器であるくり小刀と同種のくり小刀を販売していたこと,④Xの血液型はB型であるところ,白半袖シャツ右肩の損傷部分に内側から付着したと認められるB型の血液が付着し,Xには昭和41年9月8日当時,右上腕部前面に化膿した痕が存在していたことに加え,同年8月18日当時,右上腕外側に肉芽組織が存在したところ,この傷は,白半袖シャツを着たままでも十分生成可能であること,⑤本件直後,Xの左手中指には,鋭い刃物で形成されたような傷が存在したこと,⑥Xには本件当夜アリバイがないことといった事実も認められるとしている。

以上の諸事実を総合すると,Xが本件の犯人であることの蓋然性は極
めて高いとしている。
その上で,第1審判決は,証拠能力が認められた自白調書の信用性をも検討し,罪となるべき事実記載の犯罪事実の存在及びその犯人がXであることのいずれについても,合理的な疑いを超える程度に証明が尽くされたとの結論に達したとしている。
控訴審の判断
控訴審は,第1審判決を支持してXの控訴を棄却した。控訴審では,弁護人から多岐にわたる主張がなされているが,本件の主要な争点である5点の衣類に関しては,要旨次のように判示している。

5点の衣類には下着にいたるまで多量の,しかも被害者らの血液型と
一致する複数の人血が付着していたこと,鉄紺色ズボンの左右前面,ネズミ色スポーツシャツ及び白半袖シャツの右袖上部に損傷があり,しかも白半袖シャツ右肩の損傷部分には内側から滲み出て付着したと認められる人血(B型)が付着していたこと,衣類は本件後1年以上たった昭和42年8月31日に味噌出しをしていた甲商店従業員によって発見されたもので,事件後の昭和41年7月20日に新しく味噌を仕込む前にこれらの衣類が隠されたと思われること,工場は,被害者宅裏出入口から約31.8m,1号タンクは工場入口から約21.7mと犯行現場に近いこと,その他記録を検討しても本件と関係なくこのような場所にこのような血染めの衣類が入れられたことをうかがわせる出来事は全く認められないことなどを総合すれば,5点の衣類は,犯人が本件犯行時に着用していたものと認めるのが相当であるとしている。

一方,第1審判決が,5点の衣類が昭和41年7月20日以前に1号
タンク内に入れられていたと認定したのは誤りである旨の所論に対しては,要旨次のとおり,誤りはない旨判示している。
すなわち,昭和41年7月20日に1号タンク内に新たに大量の味噌が仕込まれた後は,同タンク内の底から3.5㎝の底部に5点の衣類を隠すことはほとんど不可能と思われること,警察では,同月4日の工場の捜索の際に甲商店の要請により,同社に損害を与えないため,味噌の入った1号タンクは上から点検しただけで味噌の中までかき回して調べなかったこと,5点の衣類が入っていた麻袋は,1号タンク内の通路からみて左奥隅の壁ぎわの味噌の中に埋もれていたが,同年6月30日頃同タンク内には相当量の味噌が残っており,内壁部付近,特に奥の方には二,三〇センチメートル位の高さまで残っていた可能性があること,同日以後味噌を取り出した可能性は低く,同年7月4日の捜索の際にも1号タンク内には半分より少なかったがなお相当量の味噌が残っており,前記のような捜索方法では味噌の中に麻袋が隠されていても発見できないこと,犯行前後頃,タンクから味噌を出して漉す作業を担当する味噌すり役はF1とXで,そのうちタンクに入って味噌を取り出す作業を担当していたのは主としてXであったこと,人手の足りないときはXも仕込みを手伝うことがあり,同年7月20日の仕込みの際にもXが1号タンク内で味噌を踏んだ可能性があること,仕込む前にタンクの中を掃除するとは限らず,同日の仕込みの際も残った味噌の上に仕込んだものと思われることなどが認められ,これらの事情を総合すれば,5点の衣類の入った麻袋が本件の直後に1号タンクに入れられた蓋然性は大きく,そうだとしても,同月4日の捜索や同月20日の仕込みの際に発見されるおそれは小さかったと思われる。

また,第1審判決が,5点の衣類がXのものであると認定したのは誤
りである旨の所論に対しても,要旨次のとおり,誤りはない旨判示している。1号タンク内から5点の衣類が発見された12日後の昭和42年9月12日にXの実家を捜索したところ,端布が発見されている。そして,C1は,同端布について,検察官に対し,会社から送ってきたXの荷物の中に黒っぽい喪章のようなものが入っており,喪章と思ってベビーダンスの引き出しの中にしまっておいたと供述していること,Xの同僚は,Xの衣類等を実家に送り返す際に端布があったかは明確な記憶はないが,Xの使用していたタンスの引き出しは,他の者が使用していた引き出しとはっきりと区別できたとしているから,他人のものがまぎれ込むおそれはほとんどないことを踏まえると,端布が,Xのものであることは間違いない。
端布と鉄紺色ズボンとの関係について,同ズボンを縫製した乙1縫製のG1は,股下の縫い方や糸の状態等の縫製の特徴点や乙3株式会社の番号を挙げた上,鉄紺色ズボンは乙1縫製が乙3に納品したものであると供述し,乙2洋服店のG2は,ズボンの折り返し具合,裾のまつり具合等の具体的根拠を挙げて80%位まで乙2洋服店が乙3から仕入れて売ったものと供述しており,同人らの供述が客観的確実性に欠けるとはいい難い。また,科学警察研究所技官のH1作成の鑑定書によれば,①鉄紺色ズボンと端布の生地は同一種類であり,生地の染色は似ているものと思われる,②鉄紺色ズボンと端布の切断面が同一であるとしているところ,①については,f大学教授のH2作成の鑑定書も同一の結論に達しているため,ほとんど疑問を入れる余地はなく,②については,鑑定結果に影響を及ぼすほどの有力な根拠については鑑定書中に細かい資料を掲げることが望ましいが,鑑定書の記載と鑑定人の供述を総合すれば,鉄紺色ズボンと端布の同一性についての鑑定結果は十分信用できる。
一方,Xは,控訴審で3回にわたり行われた鉄紺色ズボンの着装実験において,いずれも尻の部分に同ズボンのウエスト部分がつかえてはくことができなかったものの,要旨次のとおり,Xは,本件当時,鉄紺色ズボンをはくことができた旨判示している。
すなわち,鉄紺色ズボン発見直後の実況見分調書によると,同ズボンの前開き部の左側の内側に「寸法4,型B」の布切れが縫い込まれていたところ,当時の寸法のウエストは,4号のY体で76㎝,B体で84㎝という寸法であり,プラスマイナス1㎝の誤差が許されることから,鉄紺色ズボンのウエストサイズは83ないし85㎝であったと認められる。一方,服飾会社の紳士服技術研究室に勤務するIに命じて鉄紺色ズボンのウエストサイズを測定させたところ,1回目は68㎝,2回目は70㎝と前記認定よりウエストが細いものとなっているが,これは,小売店での販売時にウエストを約3㎝詰めたこと,鉄紺色ズボンが水分や味噌成分を吸い込んだ後に自然乾燥して収縮し,特に,裏生地の収縮によって表生地にしわができ,これが固着した状態になっているため,サイズ測定の時にもしわを伸展できないという,見かけの収縮が生じていることによるものと認められる。これに対し,Xが,自分のものに間違いないとして提出した茶格子縞ズボンは,Xが実際にはくことができ,そのウエストサイズは1回目80㎝,2回目76㎝と測定されている。以上によれば,鉄紺色ズボンのウエストは「B4」の規格寸法84㎝より約1㎝小さく縫製され,小売店でさらに約3㎝詰められたとしても,なお約80㎝あることになるから,Xは,本件当時に鉄紺色ズボンを優にはけたものと認められる。
Xが使用していた緑色の下着は,味噌タンクから発見された緑色パンツではなく,第1審で弁護人が提出したブリーフであるとの主張について,丙2メリヤスに勤務するJは,緑色パンツは,丙2メリヤスの製品であり,かつ,縫い方の特徴から,昭和41年8月9日以前の製品と断言していること,甲商店の従業員中,普段緑色の下着をはいていたのはXのみであり,かつ,本件発生以後にXが緑色の下着をはいているのを見た者はなく,Xの逮捕後にXの衣類等を荷造りした従業員も,その荷物の中に緑色の下着を入れた記憶はないと供述していること,Xの実母も,検察官に対して,同荷物の中に緑色の下着はなかったと供述していること,前記ブリーフを提出したXの兄のC2は,同ブリーフを提出するまでの経緯に関する供述の中で,同年10月22日頃,Xに差し入れに行ったが,弁護士の指示でズボンだけを差し入れることにし,前記ブリーフを含むその他の衣類は自宅に持ち帰ったと供述するが,同月27日,弁護士は茶色ズボン以外にも,薄茶シャツ,白ズボン下,靴下等を差し入れていることは明らかであって,C2供述には重要な点で誤りがあることなどの事情を併せ考えれば,1号タンクから発見された緑色パンツは,Xのものである疑いが極めて濃厚であるとしている。また,その他の衣類についても,鉄紺色ズボンや緑色パンツと同じ麻袋の中に血に染まって一緒に入っていたこと,衣類の種類からみて同一人が同時に着用していたとみるのが自然であることなどの状況に徴すれば,他の衣類もXのものであると認めた第1審判決に不合理な点はないとしている。上告審の判断
上告審は,記録によれば,第1審判決摘示の犯罪事実を認めることができるから,これを維持した原判決には事実の誤認はないとして,上告を棄却する判決をし,同判決に対する訂正の申立ても棄却する決定をして,第1審の判決が確定した。
3
第1次再審
第1次再審では,種々の新証拠が提出されているところ,再審棄却決
定に対する即時抗告審の決定が,これに対する詳細な説示をしている。このうち,5点の衣類関係の新証拠について,即時抗告審は,以下のとおり,その原決定と同様に,いずれも刑訴法435条6号該当性は認められない旨説示している。

新証拠として提出された,①g大学助教授(当時)のH3作成の平成
8年7月17日付け鑑定書及び同日付け実験結果報告書(受傷後に予想される右腕の動きによって,着衣がどのようにずれるかを実験した結果,Xの右上腕の傷,白半袖シャツの損傷,ネズミ色スポーツシャツの損傷が同一機会に形成されることはないなどとするもの。以下「H3第1鑑定」という。),②同人作成の平成10年6月29日付け鑑定書,同日付け実験結果報告書及び同年9月30日付け実験結果報告書補充書(5点の衣類の血痕は,着用状態で血液が付着したことにより形成されたとは考えられないなどとするもの。以下「H3第2鑑定」という。),③h大学教授のH4作成の平成12年6月6日付け鑑定書(確定審で提出されたH2鑑定書のうち,糸密度及び織密度によるウエストサイズの推計は信頼のおけるものとして,鉄紺色ズボンの収縮前のウエストサイズは72.34ないし73.4㎝であるなどとするもの。)については,いずれも刑訴法435条6号該当性は認められない。すなわち,①については,受傷時の着衣と体の状態を考えることなく,受傷後の体の動きのみを対象として,体の傷の位置と白半袖シャツの血痕付着位置が不自然とすること自体が相当ではなく,また,損傷部位のずれはわずかであるなどの点から,白半袖シャツとネズミ色スポーツシャツを重ね着した状態で負傷したとしても不合理とはいえない。②については,確定判決は,犯人が,5点の衣類を脱いでから着用時とは異なる衣類同士が接触して血液が付着する可能性を否定していないなどの点から,犯人が5点の衣類を着用して刺傷行為を行ったとの認定に疑問は生じない。③については,H4鑑定が信頼できるとするH2鑑定によるウエストサイズの推定にも若干の誤差はあり得ると思われ,現にH2鑑定自体この手法による推定値を絶対視していないことに鑑みると,H4鑑定も,鉄紺色ズボンは,Xが本件当時はけるものであったとする確定判決の認定を左右するものとはいえない。

また,新証拠として提出された,①弁護人K1作成の平成2年8月2
8日付け味噌󠄀タンク実験報告書(1号タンクと同じ大きさの模型タンクを作成し,その中に80㎏の味噌を入れて,5点の衣類とこれが入っていた麻袋に類似した衣類を味噌の中に隠す実験を行ったもの。),②同人作成の平成4年5月27日付け写真報告書(5点の衣類が入っていた麻袋とH2鑑定の際に使用した麻袋等を並べて写真撮影したもの。),③F2の弁護人K1らに対する平成12年10月25日付け供述録取書(F2が味噌の在庫を調べた昭和41年7月4日時点では,1号タンクの中に麻袋が隠されていたとは考えられないなどとするもの。)についても,いずれも刑訴法435条6号該当性は認められない。
すなわち,①については,80㎏の味噌が1号タンク内に入った状態を再現した実験結果によっても,5点の衣類を入れた麻袋は味噌で隠せるものであり,その部分が小山のように盛り上がっていたとしても,味噌の取り残しと考えられるであろうことがうかがわれる上,そもそも,1号タンク内に当時残っていた味噌の量を80㎏と断定したことには全く根拠がない。②については,2つの麻袋の写真の比較から,5点の衣類が入っていた麻袋の方が,H2が使用した麻袋よりも味噌タンクに漬かっていた日数が少ないことをうかがわせるなどとはいえない。③については,確定審におけるF2の供述等に照らし,これらに反する部分は信用できず,確定判決の事実認定に影響を与えるようなものとは認められない。

そのほか,i大学教授のH5及び科学警察研究所技官のH6を鑑定人
とし,5点の衣類及び被害者着衣についてDNA型鑑定が実施されたが,H5が,被害者着衣のうちブラジャーの焼け残りからわずかのDNA型の判定をなし得たとするのみで,いずれの鑑定人とも,前記試料のいずれからもDNA型及び性別の判定をすることは不能であったとしており,これらの鑑定結果は,確定判決の事実認定に何ら影響を及ぼさない。
特別抗告審は,確定判決の証拠構造について,その判示に照らし,Xの犯人性について,Xの自白を除いた証拠のみによって優に認定することができるものとしていることは明らかとした上,新証拠について,5点の衣類が犯人の衣類であると認められるかどうか及びこれらがXのものであると認められるかどうかという点に関するものについては,これらを旧証拠と総合評価することにより,確定判決の認定に合理的な疑いが生じると認められるならば,「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に当たることになるとしつつ,本件において,この点に関する新旧全証拠を総合しても,Xの犯人性を認定する旧証拠の証明力が減殺されたり,情況証拠による犯人性の推認が妨げられるものとは認められないとしている。
次に,5点の衣類等が,捜査機関等によりねつ造された疑いがあるとの主張について,仮に隠匿・ねつ造するとすれば,発見の直前にならなければ隠匿することは困難であると考えられ,また,Xの着衣又はこれに酷似した衣服を用意し,これに複数の血液型の人血を付着させるなどの作為が必要になるが,5点の衣類及び麻袋は,その発見時の状態等に照らし長期間味噌の中につけ込まれていたものであることは明らかであり,発見の直前に1号タンク内に入れたものとは考えられないし,前記のような作為をすることも困難であると思われ,また,事件後間もない昭和41年7月4日に実施された1号タンクを含む工場に対する捜索の際には同タンクの中から麻袋は発見されていないが,この捜索の際には,味噌の残っているタンクについてはその中を改めることまではしていないことからすれば,捜索当時底の方に味噌がまだ残っていた同タンクに5点の衣類が隠匿されていたとしても矛盾はない上,同タンクには同月20日に新しく味噌の原料が仕込まれているので,その際までに隠匿することも可能であったということができるとしている。さらに,端布について,昭和42年9月12日にXの実家で同人の実母立会の下に実施された捜索差押えの際,タンスの引き出しの中から発見されて任意提出されたものであるところ,Xの実母は,この端布について,昭和41年9月末頃工場の寮から送り返されてきたXの荷物の中にあったと説明しているが,このような各証拠の発見,押収等の過程は,格別不自然なものではなく,そこに作為を介在させる余地も乏しいものであり,その他,記録を精査しても,証拠ねつ造等をうかがわせる事情は見当たらないとしている。
第3

原決定の判断の要旨

原決定は,まず,Xの犯人性を肯定した確定判決の証拠構造について,5点の衣類が犯行に用いられた着衣であり,かつ,Xのものであることを証拠上最大の根拠とし,その他複数の客観的状況も併せると,Xが犯人であるとしているが,その一方,Xの自白調書については,犯人性を肯定するのに補充的に使われているに過ぎないとしている。
その上で,新証拠のうち,①5点の衣類等のDNA型鑑定に関する証拠,とりわけA作成の各書面及び証言(以下,これらをまとめて「A鑑定」という。),②5点の衣類の色に関する証拠,とりわけ各味噌漬け再現実験報告書及びK2の証言(以下,これらをまとめて「味噌漬け再現実験報告書」という。)について,以下のとおり説示し,これらの証拠価値を高く評価して,刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」にあたると判断し,本件につき再審を開始する旨の決定をしたものである。
1
新証拠の証拠価値について
DNA型鑑定について


原審では,鑑定人としてAとj大学教授のLの両名を選任し,①5点
の衣類,②被害者着衣及び③X本人からそれぞれ試料を採取し,DNA型鑑定を実施した。
両鑑定人は,STR型検査(アイデンティファイラーキット使用)とミトコンドリア型検査を実施した(ただし,Aは,5点の衣類及び被害者着衣に関し,ミトコンドリア型検査を実施していない。)結果,X本人のDNA型については,両鑑定でほとんど一致したものの,5点の衣類及び被害者着衣のSTR型については,両鑑定ともアリル(原決定の表記は「アレル」であるが,本決定では「アリル」と表記する。)が検出されない座位が多数あり,しかも両鑑定の間でアリルが一致した座位はわずかにとどまった。さらに,検査結果の評価についても,Aは検出されたアリルのうち,そのほとんどが5点の衣類及び被害者着衣の血痕に由来するとの前提に立ち,5点の衣類,被害者着衣及びXの血液から検出された各DNA型の間に矛盾があることなどから,5点の衣類の血痕は,被害者らやXのものではないと結論付けた。他方,L鑑定では,白半袖シャツ右肩の試料から検出されたミトコンドリア型がXのものとは異なっていたが,Lは,STR型検査,ミトコンドリア型検査を問わず,検査で検出されたものは全て外来DNAによる汚染等の疑いがあることから,異同識別はできないとした。

このうち,A鑑定の内容は,概要,次のようなものである。

すなわち,Aは,5点の衣類及び被害者着衣から採取した試料(以下,血痕の可能性が高いと認められる部分から採取した試料を「本件試料」,そうではない部分から採取した試料を「対照試料」という。)に関し,血痕の付着を確認するため,白半袖シャツ右肩の試料からの抽出液について高速液体クロマトグラフィー・タンデム質量分析器及びガスクロマトグラフィーを用いて成分分析を行った。さらに,本件試料からの抽出液についてメタロアッセイ法により鉄分濃度を検査し,これらの結果から,本件試料に血液が付着していると結論付けた。また,DNA型検査においては,まず,試料に付着している外来DNAを排除し,血液由来のDNAを抽出するため,Aが考案し,法医学鑑定では初めて用いられる方法を行った(この方法について,Aは,当審で「細胞選択的抽出法」と呼称しているため,以下,原決定の表記にかかわらず「細胞選択的抽出法」ということとする。)。すなわち,試料を,α株式会社が製造するα´抗Hレクチンを加えた生理食塩水に入れて溶出させ,その液を遠心分離にかけて比重の重い赤血球,白血球又はその断片を捕捉しようとした。なお,Aは,血液由来のDNAが選択的に回収できるかどうかを予備実験で確かめたとしている。そして,アイデンティファイラーキットを用い,PCR増幅回数を28回に設定し,STR型を検査した。検査結果のうち,白半袖シャツ右肩の試料から検出されたアリルとXのものとを比較し,一致しないアリルが複数あることから,同部分の血痕は,Xのものではないと判断した。また,5点の衣類から検出されたアリルが4種類を超えており,かつ被害者着衣から検出されたアリルとの一致が少ないことなどを理由に,5点の衣類には,被害者以外の者の血液が付着していると結論付けた。

被害者着衣や5点の衣類という鑑定試料が既に40年以上も前に発見
された証拠物であり,しかも,5点の衣類は発見された時点では味噌漬けにされていたものであって,いずれも鑑定するには条件の悪い劣化試料であり,発見されて以降の管理状況から外来DNAによる汚染も懸念されるものであったが,これらの点にも十分考慮して検討を進めた結果,A鑑定は,その手法や型判定等でAが説明することすべてが全面的に信用できるとまではいえないが,白半袖シャツ右肩の血痕がXのものではない疑いは相当に濃厚であり,5点の衣類の他の部分の血痕が被害者4名のものでない疑いも相当程度認められるという限度では信用できると判断した。その最も大きな理由は,対照試料の検査結果等から,検出されたアリルの大部分は血痕に由来する可能性が高いと認められるから,確定判決の認定に従い,5点の衣類の血痕がXや被害者のものであるとすると,白半袖シャツ右肩の試料のアリルとXのアリルの不一致及び5点の衣類全体のアリルと被害者着衣のアリルの不一致がともに顕著であるという検査結果は,到底合理的な説明がつかないことである。
すなわち,前記のとおり,①対照試料から全くアリルが検出されていないことに加え,②本件試料には血液が付着している蓋然性が認められること,③アリルドロップイン(由来不明のアリルが検出される現象をいう。なお,本決定では,外来DNAのアリルが検出される場合を含めてこの用語を使用する。)の可能性が低いこと,④外来DNAによる汚染の可能性が低いこと,⑤血液由来のDNAの選択的抽出法を用いていることに照らせば,検出されたアリルは,その大部分が血痕に由来する可能性が高いと認められる。そして,慎重を期するため,1座位に3つ以上のアリルが検出された試料やその疑いがある試料は外来DNAによる汚染の疑いがあるという理由により,また,RFUが500を超えるのに再現しないアリルをアリルドロップインの疑いがあるという理由により,それぞれ除外して検討すると,白半袖シャツ右肩の試料から検出されたアリルとXのアリルが不一致であることが認められ,確定判決によれば,白半袖シャツ右肩の試料はXの血液が付着した部位とされるから,そこから検出されたDNA型は,XのDNA型と原則として一致するのが当然であるのに,これほどまでに一致しないというのは,矛盾又は少なくとも不整合である。さらに,5点の衣類から検出されたアリルと被害者着衣から検出されたアリルが不整合であることも認められる。そうすると,5点の衣類のうち,Xの血液が付着しているとされている白半袖シャツ右肩の試料から5つもXのアリルと一致しないアリルが検出されており,これらすべてが,アリルドロップインである可能性は相当に低く,また,外来DNAによる汚染とも考え難い。したがって,白半袖シャツに付着していた血液はXのものではない蓋然性が高まったといえる。また,5点の衣類の血痕から検出されたDNA型のうち,D21S11についての2種類,D3S1358とFGAについての各1種類のアリルが,被害者のものでも,Xのものでもないことになるが,これらがすべてアリルドロップインである可能性は相当に低く,また,外来DNAによる汚染とも考え難い。したがって,5点の衣類には,Xのものでも被害者のものでもない血液が付着していた可能性が相当あり,A鑑定は,5点の衣類の血痕がXのものではないことはもとより,被害者のものでもない可能性を相当程度示すものと評価できる。

また,Lのミトコンドリア型検査についても,要旨以下のとおり説示
して,A鑑定を裏付けるものとした。
Lのミトコンドリア型検査によれば,①メリヤスシャツ(V2の着衣)の血痕部位,②白ワイシャツ(V3の着衣)の血痕部位,③②の対照試料,④白メリヤスシャツ(V3の着衣)の血痕部位,⑤水色たて縞パンツ(V1の着衣)の血痕部位から,それぞれ同一の型(223T-294T-295T)が検出された。また,5点の衣類のうちの緑色パンツA型血痕部位及びブラジャー(V4の着衣)の血痕部位からも類似した型が検出された(前者につき223T-294T-295T-323T/C,後者につき193C/T-223T-294T-295T)。さらに,白半袖シャツ右肩の試料からも別の型(192C/T-209C-223T-291T-324C/A)が検出された(なお,Lは209の塩基の判定については誤りであった旨証言するが,いずれにしても,前記7つの試料から検出された型とは全く異なる。)。以上の型は,いずれもX本人の型と一致しない。
このうち,223T-294T-295Tの評価について,ミトコンドリアDNAは母子間で遺伝し,父子間ではその型が異なるのが通常であるにもかかわらず,V2及びV3の着衣とV1の着衣の双方からこの型が検出されており,対照試料からも同じ型が検出されているため,Lは,これらは同一人に由来するミトコンドリアDNAが付着した可能性が高く,多くの試料に共通して認められること,対照試料からも出ていること,試料の保管状況をもあげて,全く被害者の家系に関係のない人が,後にそれらすべての試料に触れたという外来DNAによる汚染の可能性が高いと判断している。また,緑色パンツ及びブラジャーから検出された型について,これらの型と223T-294T-295T型は相当類似し,193C/Tと323T/CがヘテロプラスミーなのかDNAの混合(2人以上のミトコンドリアDNAが検出されている状態)なのかという問題はあるが,ヘテロプラスミーであれば,193C/T-223T-294T-295T-323T/Cという型の1個人に由来し,DNA量が少ないため,V2のメリヤスシャツ等では,変異型の塩基(193T及び323C)が検出されなかっただけと考えられる。逆にDNAの混合というLの判断に従えば,223T-294T-295Tの型を持つ人のDNAがベースになって,それに193Cあるいは193T,323Tあるいは323Cを持つ人のDNAが混在していると判断することになる。いずれにしても,223T-294T-295T型が外来DNAによる汚染である可能性が非常に高いことからすれば,緑色パンツ及びブラジャーから検出されたものについても,外来DNAによる汚染である可能性が相当高い。
白半袖シャツ右肩の試料から検出された型については,前記の検討結果からすれば,この検査全体で検出された8つの型のうち,7つについては,外来DNAによる汚染である可能性が相当に高いと認められるため,残りの1つである白半袖シャツ右肩の試料から検出された型についても,外来DNAによる汚染の可能性が相当程度認められるといわざるを得ない。しかし,検出された型は前記の7つの試料から検出された型とは全く異なっている。これは,前記7つの試料と同一の原因で汚染されたものと考えることができない結果である。そうすると,この型が,外来DNAによる汚染ではなく,本来検出されて然るべき試料上の血痕に由来している可能性も一定程度認められ,無視できない。

このように白半袖シャツ右肩の試料から検出されたミトコンドリア型
は,血痕に由来している可能性も一定程度認められるところ,この型がXの型と一致していないことは明らかである。そうすると,この結果は,白半袖シャツ右肩の血痕がXのものではないという事実に整合的と評価することができる。なお,念のため付言するに,前記のとおり,Lのミトコンドリア型検査の結果においては,外来DNAによる汚染の疑いが相当程度認められるが,そのことからA鑑定の信用性が減殺されるものではない。なぜならば,ミトコンドリア型検査とSTR型検査とは,原理が異なり,検出感度も相当異なる上,A鑑定では外来DNAを排除すべく,血液由来のDNAを選択的に抽出するための処理をしており,これも一定の効果をあげていると考えられるからである。

以上のとおり,STR型検査としては,5点の衣類のうち,確定判決によればXの血痕とされる白半袖シャツ右肩の試料(B型付着部)から検出されたDNAは,Xに由来するものではない蓋然性が高く,5点の衣類全体を見ても,各試料上の血痕が被害者及びX以外のものである可能性が相当程度あると判断され,A鑑定は,その限度で信頼できる。一方,L鑑定は,STR型検査の結果については,確率効果及び検査方法の違い等によりA鑑定とは異なる結果となった可能性がある。ミトコンドリア型検査においては,そのほとんどが外来DNAによる汚染の可能性が高いが,白半袖シャツ右肩の試料から検出された型は一概に汚染といえない上,Xとは全く異なった型であることは明らかである。
以上の結論のみをとっても,5点の衣類が犯行着衣であり,Xが着用していたものであるという確定判決の認定に相当程度疑いを生じさせるものであり,特にXの犯人性については,大きな疑問を抱かせるものである。5点の衣類の色に関する証拠

確定判決は,5点の衣類について,犯行着衣であり,昭和41年6月
30日の犯行後,同年7月20日に新たに味噌が仕込まれるまでの間に1号タンク内に残存していた味噌の中に隠匿され,昭和42年8月31日に発見されるまでの間,その中に入れられていたと認定した。この点に関し,弁護人は,5点の衣類が1年以上味噌に漬けられていたとした場合の色合い等に着目して3つの実験,すなわち,①味噌󠄀漬け実験報告書(5点の衣類に類似した衣類に血液を付着させた上,麻袋に入れて赤味噌とたまりの混合液に約20分間漬け込むなどしたところ,確定審で提出された5点の衣類に付着した血痕の鑑定に関するH7鑑定書に添付された,5点の衣類の写真と同様の色を再現することができたというもの),②1年2ヶ月味噌漬け実験報告書(5点の衣類に類似した衣類に血液を付着させた上,麻袋に入れ,1年2か月間,赤味噌の中に埋めて重石を乗せたところ,元々白い衣類は味噌とほぼ同色の濃い茶色になり,元々緑等の着色のあるものは味噌の影響を受け本来の色が分からないような暗い色になり,また,血痕は,完全に赤みを失って黒褐色になる一方,H7鑑定書添付の写真中の5点の衣類をみると,元々白い衣類については薄く着色しているにすぎず,緑色パンツも明らかに緑色と認識できるような色で,血痕も赤みを帯びており,両者は明らかに異なるというもの),③再現仕込み味噌󠄀・味噌󠄀漬け実験報告書(H2鑑定書中の,甲商店における味噌の原材料の記載を参考にして原材料から味噌を仕込み,仕込みから1年半以上経過し,味噌の発酵がある程度進んだ段階で,5点の衣類に類似した衣類等に血液を付着させた上,麻袋に入れた上で投入し,上から重石を乗せ,それからさらに約半年経過した後の前記衣類等及び血痕の色は,②の味噌漬け実験報告書とほぼ同様のものになっており,H7鑑定書添付の写真とは明らかに異なるというもの)を提出し,各実験に関してK2の証人尋問を実施した。さらに,弁護人は,原審において検察官から開示された撮影日時不詳の5点の衣類等の写真30枚(原審検20)により,前記各実験における色合いとの齟齬がより明確になったとする。弁護人は,以上の証拠から,5点の衣類は,確定判決が認定したように1年以上1号タンクの中に入れられていたものではなく,発見される前の比較的短時間内に味噌タンク内に埋め込まれたものであることが明らかになったから,犯行着衣ではなかったことが明らかになったと主張する。

①の実験についてみると,味噌とたまりを用いれば,5点の衣類を短
時間で一定の色に染めることができるという限度で信用できることは明らかである。そうである以上,5点の衣類について,味噌の色がしみ込んでいることのみを理由として長期間1号タンクの中に入っていたと認定することはできない。
また,②及び③の各実験についてみると,5点の衣類が味噌の中に入れられた後,その上から色が薄かったと推察される多量の味噌原料を投入されていること,5点の衣類の発見者であるF1が,当時の1号タンク内の味噌の色につき,実験における味噌の色より薄かったと供述していることから,5点の衣類が1年以上1号タンクの中に漬けられた場合の色合い等を正確に再現できているとまでは認められないものの,5点の衣類の味噌による着色の程度及び血痕の度合いを見ると長期間味噌に漬けられていたにしては不自然であると判断した。
すなわち,②及び③の各実験において,白色の衣類は,いずれも味噌に似た色に染まっているが,この点については,布製の衣類が,麻袋の中に入れられた上,長時間にわたり半固体の物体である味噌の中に漬けられた場合,その物体の色に染まるという一般的な経験則とも合致しているので,前記各実験は,この限度では信用できる。また,5点の衣類の色についてみると,H7鑑定書添付の写真及び原審検20の写真の中の白ステテコや白半袖シャツは,どちらかというと白に近い色調に見え,発見直後に作成された実況見分調書では「薄茶色」と表現されており,H7鑑定書も「黄褐色」と表現されている上,各写真中の緑色パンツについても明らかに緑色を帯びていると認められ,このことは,F1の確定審における供述や発見直後の実況見分等により裏付けられている。他方,1号タンク内の味噌の色については必ずしも明らかではないが,出荷の際に発酵の進んだ味噌を混入させるなどの措置がとられていたにせよ,味噌の中では相対的に色が濃い赤味噌として出荷されているものであったこと,F1も③の味噌漬け再現実験の味噌の写真と比較して「もう少し」薄いとしか供述していないことから相当程度濃い茶色であったと推測され,以上のとおり,白ステテコや白半袖シャツの色は,1号タンク内の味噌の色と比較して相当程度薄かった可能性が高く,1年以上もの間,1号タンク内に入れられていたものとしては不自然との印象が強い。さらに,血痕の色は,②及び③の各実験の報告書では黒色又は黒褐色に変色していて,赤又は赤みを帯びた色とは評価できないのに対し,5点の衣類の写真を検討すると,ネズミ色スポーツシャツ以外の5点の衣類に付着した血痕は,いずれも赤みを帯びていると認められ,このことは発見直後の実況見分調書において「赤紫色」,H7鑑定書において「赤色」「濃赤色」などと表現されていることによって裏付けられるのであり,5点の衣類の血痕は,事件の際付着し,1年以上経過したものとしては,赤みが強すぎ,不自然であるといわざるを得ない。

以上より,弁護人が提出した前記各証拠によれば,5点の衣類の色は,
長期間味噌の中に入れられたことをうかがわせるものではなく,赤味噌として製造されていた味噌の色を反映していない可能性が高い上,血痕の赤みも強すぎ,血痕が付着した後1年以上の間,1号タンクの中に隠匿されていたにしては不自然なものとなっている。このような検討は,厳密に数量化できるようなものではないが,大まかな傾向を把握するには十分であり,観察方法が主として肉眼によるとはいえ,証明力が必ずしも小さいということにはならず,肉眼で見て明らかに色合いが違えば誰が見てもそのような判定になるのであり,観察者によって結論が異なることもないのであって,5点の衣類が1号タンク内に隠匿された時期という,本件においてはXの犯人性に直結する事情に関する重要な証拠である以上,このような違いを看過することは許されず,これらの証拠は,確定判決中,5点の衣類が犯行着衣であり,犯行直後から昭和41年7月20日までの間に隠匿され,その後昭和42年8月31日までの間,1号タンク内に隠匿されたままであったとの認定に一定程度疑いを生じさせるものといえる。
2
5点の衣類に関する新旧証拠の総合評価
5点の衣類は,DNA型鑑定という科学的な証拠によって,Xの着衣
でない蓋然性が高く,犯行着衣でもない可能性が十分あることが判明し,また,各味噌漬け再現実験の結果,5点の衣類が発見された際の衣類の色合いや血痕の色は,1年以上味噌に漬かっていたとするには不自然で,かえってごく短時間でも発見された当時と同じ状況になる可能性が明らかになったもので,確定判決のうちXが本件の犯人であるとする最も有力な証拠が,Xの着用していたものでもなく,犯行に供された着衣でもなく,事件から相当期間経過した後,味噌漬けにされた可能性があるということになる。このような証拠が,事件と関係なく事後に作成されたとすれば,証拠が後日ねつ造されたと考えるのが最も合理的であり,このような証拠をねつ造する必要と能力を有するのは,おそらく捜査機関(警察)をおいて外にないと思われる。警察は,Xを逮捕した後,連日,深夜にまで及ぶ長期間にわたる取調べを行って自白を獲得しており,確定判決すら,適正手続の保障という見地からも厳しく批判され,反省されなければならないと評価しており,人権を顧みることなく,Xを犯人として厳しく追及する姿勢が顕著であるから,5点の衣類のねつ造が行われたとしても,特段不自然とはいえず,公判においてXが否認に転じたことを受けて,新たに証拠を作り上げたとしても,全く想像できないことではなく,もはや可能性としては否定できないものといえ,この後の総合判断の際にも,この可能性を考慮して検討することが求められるのは当然である。なお,検察官は,そのようなねつ造や警察関係者と甲商店の従業員が意を通じて行わなければならないところ,従業員が証拠のねつ造に加担する理由や必要性はないなどの理由から現実には到底あり得ない空想の産物だと主張するが,5点の衣類を科学的,客観的に分析,検討した結果,ねつ造されたものであると疑わざるを得ない状況になっている以上,あり得ないなどとしてその可能性を否定することは許されない。警察関係者において,5点の衣類を準備して,自ら又は第三者(この中には甲商店の関係者も含まれる。)の協力を得て,1号タンク内にこれを隠匿すれば,あとは従業員がこれを発見するのを待つことで足りるのである。
A鑑定等の新証拠の存在を前提として,5点の衣類に関係する新旧証拠の再評価を行うと,5点の衣類が犯行着衣及びXのものであることを裏付ける決定的な証拠がないばかりでなく,むしろねつ造されたものであることを示唆する証拠が複数存在することになり,DNA型鑑定等の新証拠によって生じた疑いが払拭されるどころか,むしろ補強されたことになる。そうすると,5点の衣類が犯行着衣でもXのものでもないとの疑いが合理的なものであることは明らかであり,到底排斥することができない。
念のため,5点の衣類以外の証拠からXの犯人性が肯定されることがないかを検討すると,①Xのパジャマの混合油と血液,②XがEに渡したとされる紙幣,③Xの左手中指の切創等,④Xの自白調書をそれぞれ検討しても,5点の衣類以外の証拠は,Xの犯人性を推認する力がもともと限定的又は弱いものしかなく,しかも,DNA型鑑定等の新証拠の影響によりその証拠価値がほとんど失われるものもあり,自白調書を検討しても,それ自体証明力が弱く,その他の証拠を総合してもXが犯人であると認定できるものでは全くないことが明らかである。
3
結論

以上により,A鑑定等の新証拠を前提とすると,Xの犯人性を根拠付ける最も有力な証拠である5点の衣類が,犯行着衣でもXのものでもないという疑いは十分合理的なものであり,念のため検討したその他の証拠については,やはり,Xの犯人性を認定できるものはない。そうすると,A鑑定等の新証拠が確定審において提出されていれば,Xが有罪との判断に達していなかったものと認められるから,5点の衣類等のDNA型鑑定に関する証拠(取り分け,A鑑定)並びに5点の衣類の色に関する証拠(取り分け,味噌漬け再現実験報告書)は,「無罪を言渡すべき明らかな証拠」に該当する。したがって,本件について再審を開始する。
第4
1
当裁判所の判断
確定判決の証拠構造の把握について

原決定の判断のうち,確定判決の証拠構造の把握の仕方に,不合理な点はない。確定判決の証拠構造について,若干補足すると,Xの犯人性を推認させる最も中心的な証拠は5点の衣類に関する証拠である一方,それ以外の証拠については,Xの犯人性を推認する上では補助的なものに過ぎない。また,Xの自白調書についても,捜査機関は連日長時間の取調べを行い,その結果,パジャマが犯行着衣であるとする誤った自白を得ているのであって,任意性の点を措くとしても,自白調書を主たる証拠としてその裏付けの有無等を検討しても,犯人性やその他の関連事実を認めることができるほどの高度の信用性を有するということもいえない。そうすると,①5点の衣類は犯人が犯行時に着ていた衣類であること,②5点の衣類はXのものであることという2点について,確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるような新証拠であれば,刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき」明らかな証拠といい得ることになる(逆に言えば,この2点の認定が揺るがない限り,Xの自白やその余の間接事実の認定に供した証拠に関して種々主張しても,Xの犯人性を認めた確定判決に合理的な疑いが生じるものとはいえない。)。2
A鑑定の刑訴法435条6号該当性について

原決定は,Aの鑑定手法や型判定等に関するAの説明が全面的に信用できるとまではいえないとしつつ,白半袖シャツ右肩の血痕(確定判決において犯人血痕の付着部位と認定されたもの)がXのものではない疑いは相当濃厚であり,5点の衣類の他の部分の血痕が被害者4名のものではない疑いも相当程度認められるとの限度では信用できるとして,刑訴法435条6号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」に該当するものとしている。そして,その根拠として,①対照試料から全くアリルが検出されていないという検査結果を挙げるほか,②本件試料には血液が付着している蓋然性が認められること,③アリルドロップインの可能性が低いこと,④外来DNAによる汚染の可能性が低いこと,⑤細胞選択的抽出法を用いていることを挙げている。当裁判所は,検討の結果,Aの細胞選択的抽出法の科学的原理や有用性には深刻な疑問が存在しているにもかかわらず,原決定は細胞選択的抽出法を過大評価しているほか,原決定が前提とした外来DNAの残存可能性に関する科学的原理の理解も誤っている上,平成23年12月20日付けのA鑑定書(以下「23年A鑑定書」という。)添付のチャート図(以下「本件チャート図」という。)の解釈にも種々の疑問があり,これらの点を理由としてA鑑定を信用できるとした原決定の判断は不合理なものであって是認できず,A鑑定で検出したアリルを血液由来のものとして,Xのアリルと矛盾するとした結果も信用できず,A鑑定は,Xの犯人性を認定した確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるような明白性が認められる証拠とはいえないと判断した。以下,その理由を説明する。
まず,その前提として,本件試料にDNA型鑑定が可能な血液成分が含まれていたことが認められるかについて検討すると,この点につき,原決定は,本件試料に血液が付着していると科学的に断定することはできないが,変色状況等から事件当時血液が付着したと思われる部分から採取したという本件試料の採取経過に照らし,常識的に考えても血液付着の可能性が相当程度認められると説示している。しかし,本件鑑定の前提となるのは,血液が付着していたか否かではなく,当該試料(血痕)中に血液に由来する検出可能なレベルのDNAが付着していたか否かであって,犯行当時あるいは5点の衣類の発見当時には血液が付着していたことが明らかな部分であっても,被害者着衣については,火災による高熱の影響があり,5点の衣類については,弁護人の主張のようにねつ造されたものであるとしても発見前の一定期間は味噌の中に漬けられていた上,証拠として押収されてから40年以上常温の中で保管されていたのであるから,血液中のDNAの分解がかなり進み,DNA型鑑定によってもそれが検出できない状態になっていた可能性は必ずしも低くはない。A自身も,味噌漬けされていたという過酷な条件で,40年以上経ったサンプルからDNA型鑑定に成功した事例は法医学の分野ではおそらく世界的にも例がないと説明していること,第1次再審の際の2件のDNA型鑑定でもいずれも鑑定不能とされていたこともこれを裏付けるものといえる。したがって,仮に血液付着部分にSTR型検査の対象となるDNAが一部分解せずに残っていたとしても,その量はごく微量であり,残っていない可能性も念頭において,鑑定の手法や結果判断の当否を検討すべきであって,原決定の前記②の理由は必ずしもA鑑定が血液由来のDNAの抽出に成功したことの根拠とはならない。
原決定は,細胞選択的抽出法を用いた点について,一定の効果があるものと認めて差し支えないとして,A鑑定の証拠価値を認める根拠の1つとしている。
しかしながら,細胞選択的抽出法は,Aが考案した新規の手法である上,A以外の者が,同手法によって陳旧血痕から血球細胞とその他の細胞とを分離した上,血液由来のDNA型鑑定に成功した例も報告されていないのであって,この種の抽出手法として,一般的に確立した科学的手法とは認められない。一般に,自然科学の分野では,実験結果等から一定の仮説が立てられると,他人にその仮説の正当性を理解してもらうために,その理論的根拠や実験の手法等を明らかにし,多くの者がその理論的正当性を審査し,同様の手法によりその仮説に基づいたとおりの結果が得られるか否かを確認する機会を付与して,多くの批判的な審査や実験的な検証にさらすことによって,その仮説が信頼性や正当性を獲得し,科学的な原理・手法として確立していくのである。したがって,一般的には,未だ科学的な原理・知見として認知されておらず,その手法が科学的に確立したものとはいえない新規の手法を鑑定で用いることは,その結果に十分な信頼性をおくことはできないので相当とはいえず,やむを得ずにこれを用いた場合には,事情によっては直ちに不適切とはいえないとしても,科学的な証拠として高い証明力を認めることには相当に慎重でなければならないというべきである。
このように,一般的に確立したとは認められない科学的手法をDNA型鑑定に利用することについて,日本DNA多型学会の「DNA鑑定についての指針(1997年)」(なお,Aの鑑定実施当時には既に公表されていたものである。)は,「DNA鑑定を実施する機関は,学問的に確立され,一般に許容された検査法を鑑定に用いるべきであり,またその検査法に習熟していなければならない」(同指針2の4))とし,同指針を改定した「DNA鑑定についての指針(2012年)」においても,「DNA鑑定を実施する機関は,鑑定当時の学問的背景に基づき,一般的に許容された検査法を鑑定に用いる」(同指針3の2))とされており,DNA鑑定を行う上で一般的に許容された検査法によるべきことは,その信用性確保のための基本的な準則であったと評価できる(以下,前記の各指針については,それぞれ「1997年DNA鑑定指針」又は「2012年DNA鑑定指針」という。)。もっとも,科学の進展に伴い,DNA型鑑定に関する新規で信頼性の高い手法が考案されて,事案によっては科学的手法として確立していない段階で刑事手続の鑑定で利用されるといった事態も当然あり得ることであるが,前記指針の趣旨を踏まえると,未だ一般的に確立していない手法を用いる場合は,それ自体が当該DNA型鑑定の信頼性評価に際して考慮すべき一事情となることは否定できず,新規の手法が依拠する科学的原理の正当性の有無や,結果の再現性の保証があるかといった観点から,その手法,結果の信頼性を慎重に吟味することが必要不可欠である。
ところが,Aが用いた細胞選択的抽出法については,その基礎となる科学的原理・知見の信頼性が十分ではなく,Lをはじめとする複数の専門家から,細胞選択的抽出法が科学技術として確立した手法ではない上,その原理に関しても疑問がある旨の意見が出されていたにもかかわらず,原決定は,Aが提出した予備実験に関する報告書(なお,同報告書添付の抗Hレクチンによる凝集を撮影した写真は後に抗B抗体による凝集反応を撮影したものである誤りが判明した。当審弁181)や本件チャート図といった十分な検証が可能ではない資料を根拠として,その証拠価値を高く評価しているものであり,未だ科学的に確立したとはいえない手法を含んだDNA型鑑定に関する信用性評価の手法としては,慎重さを欠いているといわざるを得ない。そこで,改めて,細胞選択的抽出法について具体的に検討する。

細胞選択的抽出法の基本的発想は,要するに,細胞から抽出した後の
DNAレベルでは,当該DNAがどの細胞に由来するものかを区別することはできないため,DNA抽出前の細胞レベルで選択するというものである。そして,この基本的発想自体は,Aが指摘するようにディファレンシャル抽出法(上皮細胞と精子細胞の混合試料のDNA型鑑定を試みる際に,上皮細胞のみを優先的に融解させ,残存した精子細胞からDNA型を抽出するという方法)等でも見られる発想であって,基本的発想自体の科学的原理に疑わしい点は見出せない。

そして,Aは,前記発想に基づき,他の細胞から血球細胞のみを選択
する具体的手法として,要するに,①α´抗Hレクチンにより血球細胞を凝集させた上,②遠心分離により比重の重い凝集した血球細胞を沈殿させる一方,その余の上皮細胞等の血球細胞以外の細胞を上清として分離するという手順を経て,血球細胞とそれ以外の細胞の分離をするとしている。しかし,精子細胞のみを残存させて他の細胞を融解するというディファレンシャル抽出法は,理論的にも疑問がなく,技術的にも確立した方法である一方,Aの細胞選択的抽出法によって,血球細胞のみを分離することができるとする点については,以下のような疑問があり,その手法の科学的な原理の説明からして首肯できない。
まず,①について,そもそも,α´抗Hレクチンにより凝集するのは,主に抗原を有する赤血球であるとされる。しかし,血球細胞からDNA型鑑定を行うために必要な細胞は,核が脱落している赤血球ではなく,白血球であるところ,α´抗Hレクチンは,DNA型鑑定に必要な白血球を凝集させるものではないから,これによって血液由来の白血球のみを選択できるものではないと認められる。
この点について,Aは,赤血球が凝集する以上,当然,白血球もこの凝集に取り込まれると説明しているが,そうすると,血痕表面に付着していた上皮細胞等が,凝集塊の中に混入する可能性も否定できない(なお,原決定は,外来DNAは比較的短期に消滅するとの経験則を前提として,このような混入の可能性がないとしていると思われるが,同経験則が誤っていることは,後記のとおりである。)。
さらに,当審で実施したk大学教授のMの鑑定(以下「M鑑定」という。)によれば,Aが使用したα´抗HレクチンにはDNA分解酵素が含有されており,α´抗Hレクチンを使用した実験では検出されるDNAの量が減少したことが認められる。もちろん,Mが指摘するようにα´抗HレクチンにDNA分解酵素が含まれているとしても,その濃度や量によって効果に差があるとうかがわれ,あらゆる条件で直ちにDNAが完全に消失する効果を有するとまでは考えられないが,血液が付着してから長年が経過し,かつ,DNA型鑑定を想定した特別な保管方法を採られていないことから,鋳型DNA量が少ないことが予想される本件試料に対し,DNA分解酵素を含有するような試薬を使用すること自体が,細胞選択的抽出法の有効性を評価する際に疑問を生じさせる事情といわざるを得ない。
次に,②について,Mは,Aの遠心分離の条件によれば,あらゆる細胞全部が沈殿してしまうと証言しているところ,この見解については,l研究所招聘研究員のH8による,Aの遠心分離の条件では,あらゆる細胞を沈殿させるような条件であって,上皮細胞等を分離する効果を有しない旨の指摘(当審検180,187)と一致しており,Aの遠心分離の条件によって,凝集した血液細胞とその他の細胞を分離できるかとの点についても,複数の専門家から一致した内容の疑問が呈されている。
この点について,Aは,血球細胞が凝集し,密度が大きくなる以上,遠心分離をすれば沈殿するのが当然と説明しているが,m大学名誉教授のH9は,沈降速度に関するストークスの式によれば,沈降速度は密度よりもサイズの影響が大きく,生理食塩水中であれば,大きなサイズの上皮細胞が赤血球や白血球より速く沈降することが予想されるとも指摘している(当審検188)。
もっとも,ストークスの式は球形粒子を対象とした式であって,それ以外の形状の物体については,Aが指摘するように,大きい細胞の方が水の抵抗を大きく受けるために沈むのが遅いと考えられる点を考慮する必要はあるものの,一方では,凝集塊の大きさについて,Aは,大きな凝集ができる場合もあれば,小さな細切れのようなものがたくさんできるに過ぎない場合もあるとしており,凝集塊の大きさや形状は一定ではなく,偶然の要素が強いことを自認している。そうすると,Aがいう遠心分離の条件によって,大きさや重さが一定とはいえない凝集塊を,その他の細胞と分離することが可能かは疑問であるといわざるを得ない。なお,Aは,遠心分離について,機械は関係ない,対象によって方法を変えるとしか説明をしていないが,細胞選択的抽出法は,前記のとおりα´抗Hレクチンの作用だけでは細胞選択の効果としては不完全であると認められ,遠心分離が選択の可否の重要な分かれ目であるにもかかわらず,結局,自分で確認するという曖昧な説明にとどまっていることは,手法の有効性についても疑問を抱かせる事情といわなければならない。また,遠心分離の手法によって,白血球と他の細胞を分離することに成功したとの他の研究報告は記録中には見当たらない。

さらに,A鑑定の手法では,にかわのような粘着力を持つタンパク質
と共に布片に付着しているDNAを抽出することは困難で,タンパク質分解酵素や界面活性剤を用いる必要があるという指摘も複数の学者らから指摘されている(当審検25,26。なお,この点については弁護人の主張に対する判断としてさらに詳しく後述することとする。)。

以上のとおり,細胞選択的抽出法は,そもそも一般的に実用化されて
いる抽出法ではなく研究途上の段階の手法である上,①α´抗Hレクチンを使用した血液凝集作用により血球細胞の比重を重くし,②遠心分離によって比重を重くした血球細胞を沈殿させて他の細胞からの分離を試みる手法に関し,①については,α´抗Hレクチンは,DNA型鑑定に必要な白血球を選択する作用はない上,同試薬は,DNA分解酵素を含有していることが明らかになったことに加え,②については,Aの設定した遠心分離の条件では理論的にも他の細胞から血球細胞のみを選択することができるか疑問であるとの指摘がされていること,さらに,タンパク質分解酵素を用いずに血球成分を分離,選択することは困難ではないかとの指摘があることを踏まえると,細胞選択的抽出法の有効性には重大な疑問が存在するといわざるを得ず,この点は,血液由来のDNA型を抽出したとするA鑑定の信頼性を著しく低下させる事情である。
また,原決定は,A鑑定が血液由来のDNA型を検出したとの結果が信用できる理由として,外来DNAによる汚染の可能性が低いことを理由として挙げており,外来DNAによる汚染の可能性が低い根拠として,Lの原審証言によれば,外来DNAが月単位で比較的早期に検出されなくなると認められることや,検査の最中に外来DNAに汚染される可能性も低いことを挙げている。

しかし,原決定が根拠とするL証言をみると,Lは,弁護人から手で
触った程度であれば,外来DNAが何か月を超えて検出可能とは考えないかと尋ねられて,「はい」と答えているものの,その後,検察官から弁護人の質問にあった「手で触った」の趣旨を尋ねられると,触って手渡す程度の瞬間的に触れたくらいを指す旨を答え,さらに,「ある程度の時間持っていて,更に手が汗ばんでいたりしますと,表皮細胞というのは,かなりつきますので,それが乾燥した状態であれば,保存される可能性は十分あると思います」と証言しているのである。以上のように,Lの証言全体を総合してみると,L証言は,条件等によっては,外来DNAがそれなりの期間保存される可能性があるとする趣旨と理解するのが正しいのであり,L証言の内容を断片的に捉え,外来DNAは比較的早期に検出されなくなる趣旨と捉えた原決定の理解は,L証言の正確な理解を欠いた誤りがある。

そして,鑑定試料である5点の衣類は,DNA型鑑定の手法が広く捜
査で実施される前に発見押収されたものである関係で,捜査段階や確定審段階で,汚染への配慮をしないまま,捜査官,証拠物保管に携わる係官,裁判官を始めとする裁判関係者など,多数人が直接接触した機会が多くあり(当審検35),控訴審の審理における5点の衣類の着装実験の際に,X自身も地肌の上から直接着装していることや,何者かが素手で直接5点の衣類に触れている写真も残されていて,とりわけ5点の衣類については関係者が触れた機会が少なくなかったと推察され,一旦証拠品として保管されれば,袋に封入された状態で保管され,通常に比べ付着していたDNAが物理的に失われる可能性は低くなると考えられる。また,第1次再審でDNA型鑑定を実施したH5は,被害者着衣のSTR型検査では対照部位からも増幅断片が検出されたことから外来DNAによる汚染の可能性がある試料が存在するとし,ミトコンドリア型検査で増幅できた塩基配列についても同様に外来DNAによる汚染の可能性がある試料も存在すると指摘しているところである。A自身も,本件の鑑定試料が外来DNAに汚染されている可能性を念頭に置いて対応をとる必要があると証言しているが,このような発想の前提には,外来DNAもある程度長期間保存される可能性があるという経験則が念頭に置かれているというべきであること,A及びLは,鑑定試料の一部または全部について,試料の汚染の可能性を指摘しており,例えば,A鑑定の試料99-1(鉄紺色ズボン)のチャート図では,1つのローカスに3つ以上のアリルが検出されていることが認められるところ,Aは,同チャート図の理解として,多くの者が触るなどして汚染したという説明が1番いいと思うとしており,A自身も,外来DNAが比較的早期に検出されなくなるとの経験則の存在には沿わない説明をしていることが認められる。加えて,原決定も,前記のように外来DNAは比較的早期に検出されなくなるとの経験則の存在を認める一方,個別のアリルの正確性の判断においては,外来DNAによる汚染の可能性を前提に判断しているものであって,原決定の理由自体が齟齬している。また,A鑑定と同時期に行われたL鑑定においては,ミトコンドリア型検査の結果で5点の衣類と被害者着衣で同種のDNA型が検出されていること,第1次再審の際のH5鑑定においても,対照試料からPCR増幅産物が検出され,コンタミネーションが生じている可能性があると判断されていること等からしても,外来DNAによる汚染が残存している可能性は否定できない。原決定は,ミトコンドリア型検査とSTR型検査ではDNA検出感度が異なるなどと指摘するが(原決定41頁),第1次再審当時からSTR型検査でも外部汚染のおそれが指摘されていることからすれば,適切な説示とはいえない。

また,検査の最中に外来DNAに汚染される可能性も低いとしている
点について,原決定は,Aがβ´というDNA抽出の過程が機械的に自動でできる方法を用いて,検査中の汚染を防いでいる点を挙げている。しかし,A鑑定では,DNA抽出前に細胞選択的抽出法という通常のDNA型鑑定では実施しない手順をその前段階で踏んでおり,かつ,その手順には手作業が入り込むことが認められ,汚染の機会が大きくなるものであることも否定できず,L鑑定や通常のDNA型鑑定と比較して,汚染の危険性が低いともいえない手法であり,原決定の説示は十分な根拠を示したものとはいえない。エ
結局,外来DNAが保存されるか否かは,試料の保管条件や接触した
態様等といった具体的条件によって異なるというべきであって,一概に,外来DNAは月単位で比較的早期に検出されなくなるとか,検査の過程で外来DNAによる汚染のおそれがないということはできない。
そして,原決定が,外来DNAが比較的早期に検出されなくなるとしたのは,その前提となるLの原審証言の理解を誤った結果,科学的法則に沿わない経験則の存在を前提として判断したこと等によるものであり,血液由来のDNA型を検出したとするA鑑定の結論の信用性を補強するものとはいえない。
また,外来DNAが残存している可能性がある以上,一般的にはアリルドロップインの可能性が低い検査方法を採っていたとしても,それだけで血液由来のDNA型を検出したことの十分な裏付けになるものではない。さらに,この点についても,原決定はPCRによる増幅の回数を28回に留めればアリルドロップインの可能性が低くなることを根拠にしているが,一般的には,ほとんどの部位についてアリルが再現され,ごく一部に再現性のないアリルピークが見られることを説明する場合に,これをアリルドロップインという用語を使用して元々の試料から抽出すべきDNA以外のアリルが出現したものと説明することがあるところ,本件チャート図にはそもそも再現性のないピークが多数あり,同チャート図のように高さの低いアリルピークが多く見られる場合は,コンタミネーションによる外来DNAも,血痕に元々含まれていたDNAも共に微量であるから,確率効果により出現したり消失したりする可能性の高い不安定なもので,その解釈は慎重であるべきであるとの指摘もされていて(当審検26等),増幅回数を28回に留めたことが,外来DNA等によるアリルピークの出現を妨げる事情になるとは必ずしもいえない。
そして,原決定は,その説示に照らせば,本件チャート図によれば,対照試料からアリルが全く検出されていない点を,血液由来のアリルを検出したものであるとするA鑑定に信用性を認める最大の根拠としていることは明らかである。しかし,本件チャート図については,以下のとおり十分な信頼性を確保できないような事情が存在する。

Aは,本件チャート図について,原審において,同チャート図に,A
が型と判定した以外にもピークのようなものがあるとの検察官の指摘に対し,正規のバンドの位置になくオフラダーの表示があったが,同チャート図のオフラダーの自動表示を手動で消去したことを自認しており,自らの判断等に従って同チャート図の表示を変えたものであって,同チャート図の正確性について,自ら疑われかねないような行為をしているほか,同チャート図には,同一の試料についても何回目かの表示もなく,同チャート図のみでは,各試料について行われたPCR増幅の回数や各チャート図に係る検査の順序等も不明のままである。加えて,本件チャート図は,本来カラー表示されるものであるのに,白黒で印字されたコピーを提出し,アリルピークの位置(塩基数bp)が読み取れる縦線も不鮮明なものが含まれているため,検出されたアリルピークが正確であるのか確認することが困難な状態となっているものも一部存在する。一方,Aが作成した鑑定書のうち,Xの血液のDNA型を鑑定した平成24年4月12日付け鑑定書に添付されたチャート図は,カラーで鮮明に印字されているものであって,本件チャート図とは,余りに体裁が異なるものである。

細胞選択的抽出法については鑑定の手法として大きな疑問がある以上,
それにもかかわらずA鑑定の結果を支持できるというためには,その鑑定のデータの信用性が十分検討されなければならないが,本件チャート図には前述したとおりその信頼性を疑問視せざるを得ない点があり,本件チャート図の信用性判断のためには,元となるデータや実験ノート等の原資料をも確認する必要性が高いといえる。
ところが,Aは,本件チャート図の元となるデータや実験ノートの提出の求めに対し,血液型DNAや予備実験に関するデータ等は既に原審時点において,見当たらない又は削除したと回答しており,その他のデータや実験ノートについても,当審における証人尋問の際に,すべて消去したと証言するに至っている。しかし,事件が係属中で,前記のとおり,A自身が,その鑑定は法医学の分野ではおそらく世界的にも例がない劣悪な条件下でのDNAの抽出や型判定に成功したものであることを自認しているにもかかわらず,DNA型鑑定に関するデータや実験ノートを一切保存していないということは,余りにも不自然というほかなく,消去した理由に関するAの説明にはプライバシー保護や記録保存のシステム上の困難性をいう点を含め,納得しかねる点が余りにも多いというほかない。また,このような記録の廃棄は,1997年DNA鑑定指針の「すべての鑑定において,鑑定人は法廷の求めがあれば鑑定経過を詳細に記録した鑑定ノートを開示するべき」旨の条項(同2の5))にも適合しない疑いがあり,この点も考慮する必要がある。ウ
以上のように,Aが,血液由来のDNA型を検査したことの最も重要
な根拠である本件チャート図について,その正確性についても疑義が呈されている中で,同チャート図の体裁が不自然であるほか,データや実験ノート等を保存せずにすべて消去しているという事情は,同チャート図の信用性を大きく低下させる事情というべきであり,このような問題のある同チャート図から,血液由来のDNA型を検出したとするA鑑定の結論を支持することは困難といわざるを得ない。
なお,原決定は,Lが実施したミトコンドリア型検査もA鑑定を裏付けるとしているが,Lは,ミトコンドリア型検査はSTR型検査では鑑定できないような微量のDNAでも鑑定が可能であることから,同検査は,もともと少ない量のコンタミネーションによるDNA型をも拾いやすく,5点の衣類のうち緑色パンツからは,複数の被害者着衣から検出されたものと同一人に由来すると推認されるミトコンドリア型が検出されていて,これはコンタミネーションによる外来DNAの付着であると認められると指摘するとともに,白半袖シャツ右肩の試料から検出されたミトコンドリア型(192C/T-209C-223T-291T-324C/A)についても,外来DNAが混在してもおかしくない保管状況であることから,同一個体に由来する塩基の混合形態であるヘテロプラスミーではなく,異なる個体のDNAの混合と判断しているのであって,検出されたミトコンドリア型について,いずれも同検査結果を元にしてそれが付着した血液に由来するものであるか否かの異同識別を行うことはできないと証言しているのであり,その見解には特に疑わしい点はない。そして,そのような異同識別ができないとされる鑑定結果は,鑑定が不能であるというに等しいもので,白半袖シャツ右肩の試料から検出されたミトコンドリア型について,単に血液由来のDNA型の可能性が排除されていないという一事をもって,A鑑定の裏付けになると判断することは,L鑑定の結果を恣意的に用いるものであって到底是認することができず,原決定の判断は論理則に反する不合理なものである。なお,当審段階で実施された,被害者夫妻の長女N1のミトコンドリア型検査の結果(当審検28)と母系を同じくするV1の従弟であるN2(当審検99)のミトコンドリア型検査の結果(当審検29)によれば,両名のミトコンドリア型と被害者らの着衣から検出されたミトコンドリア型とはいずれも共通点がなく,被害者らの着衣から検出されたミトコンドリア型は,被害者らのDNAに由来するものではないことが明らかであり,このことは,被害者着衣から検出されたものがコンタミネーションによる外来DNAのものであることの疑いを強めるものであって,5点の衣類を含め,これら証拠物が外来DNAに汚染されていたことの蓋然性が高まっている。そうすると,原決定のように白半袖シャツ右肩の試料から検出されたミトコンドリア型のみ血液由来のものであると推認する根拠はますます乏しいといわざるを得ない。以上のように,原決定が,血液由来のDNA型を検出したとするA鑑定の信用性を認めた理由については種々の問題があるが,そのほか,A鑑定については,以下のような疑問がある。

まず,本件チャート図に照らせば,長鎖短鎖の区別なく,すべて断片
的にしか検出されておらず,かつ,2回以上検査をした試料についても,繰り返し同じアリルが出現したのはごくわずかにとどまるという特徴を有している。Aは,このような特徴について,全体的傾向からすれば,長鎖部分が短鎖部分より出にくいという劣化試料としている。
しかし,本件チャート図について,Mは,断片的にしかアリルが検出されないこと等の特徴は,STR型検査にかかるようなDNA量が少ない試料(微量試料,LCN)であることを示していると指摘している。本件チャート図が微量試料の特徴を示すものであることについては,Aも否定しておらず十分信用できるものである。
そして,LCNにおける型判定については,型判定が不安定となり,再現性が得られにくくなる上,コンタミネーションの影響を強く受けることから,型判定結果の信頼性が低いことが多くの文献や専門家から指摘されており(原審検16,当審検25),1997年DNA鑑定指針においても,「できる限りduplicateないしtriplicateで分析を行うべきである」(同指針3の
,なお,同記載は親子鑑定の項の記載であるが,刑事鑑定にも

親子鑑定の注意事項は共通に適用されるとする。)とされ,2012年DNA鑑定指針においても,「法医試料から得られるDNAは,汚染ないし低分子化している場合も多いので,検査ではローカスごとに再現性のある結果が得られている必要がある」(同指針3の5))と指摘されている。それにもかかわらず,Aは,2回以上検査したものの,1度しか検出されなかったような再現性のないアリルも,ほぼ有効なアリルとして解釈している。このような解釈が全く許されないとまではいえないものの,その有効性については慎重に判断すべきと指摘されているにもかかわらず(当審検26),そのようなアリルを原則として有効と考えることは,疑問といわざるを得ない。

また,Aは,本件チャート図では1つのローカスから3つ以上のアリ
ルが検出されていない以上,1名分のDNA型が検出されたことを前提としてアリルの解釈やXの血液のDNA型との異同識別を行っているが,前記のとおり,汚染が懸念される鑑定試料であり,かつ,Aも細胞選択的抽出法が100%の効果があるものではないことを自認していながら,1名分のDNA型が検出されたことを前提として解釈をしていることについても,相当疑問がある。また,Aは,チャート上,3つ以上のアリルピークが出た場合には,2つ以内の優位なアリルが見られるもの以外は判定を留保したとして,混合していれば至る所で3つ以上のアリルが出るはずであるからそのような判定でよいと証言しているところ,LCNの場合には明瞭に2人以上の混合DNAであることが分かるほどに各座位にピークの異なるアリルが検出されるわけではないことからして,Aの見解は疑問であり,このような判断基準はコンタミネーションが生じていないことと矛盾するアリルを初めから排除することとなり,結果の先取りではないかとの疑念がある。なお,原決定は,1座位から3つ以上のアリルがチャート上検出された試料及びその疑いがある試料については,外来DNAによる汚染の疑いがあるという理由で全ての座位について判断の基礎から除外するとし,このことによってアリルドロップインの影響を排除しているかのように説示しているが(原決定30頁),2つのアリルピークがある場合や1つのみのアリルピークがある場合でも,それが血液のDNAのアリルを示す可能性も外来DNAのアリルを示す可能性も等しくあり,本件チャート図では,アリルピークの高さや他の座位のアリルピークとの比較等によりアリルドロップインか否かを判断することは困難であり,1座位に1つや2つのアリルピークであっても,外来DNAの型が出ているという可能性は3つ以上のアリルピークがある場合とさほど変わらないはずである。したがって,3つ以上のアリルピークのみを除外して判断するという手法は,1つか2つのアリルピークをある座位のみを残すことによって,単に血液由来の1人分のDNAの型が出ているかのように見えるようにしているにすぎず,論理的に誤っている。

そして,原決定も,前記のようなAの解釈を全面的に受け入れている
わけではなく,Aに対する批判にも全く理由がないとはいえないとして,外来DNAによる汚染の疑いがある試料や,RFU約500を超えるのに再現しないアリルを除外するものの,1度しか検出されなかったアリルも,有効なものと解釈するのが禁止されているわけではない(コンポジット法)として,Xの血液のDNA型との異同識別を行っている。
しかし,そもそも,前記のとおり,このような極めて断片的にしかアリルが検出されていない本件チャート図について,再現性のないアリルを有効なものとして解釈すること自体の妥当性に疑問がある。n大学大学院教授のH10作成の意見書においても,1度しか出現しないピークの取扱いには慎重を期さなければならず,検出したアリルを有効なものとして解釈するコンポジット法は,多くのアリルが明瞭に出現していて,ドロップインの状況がほとんどないか極めて低い状況でのみ適用できるとして適用場面を強く限定しており,本件の鑑定においては用いるべきものではないと指摘されている(当審検26)のであって,RFU約500を超えるのに再現しないアリルを除外したからといって,信頼性が高まるわけではなく,むしろピークの低いアリルについては確率効果によるアリルドロップインやアリルドロップアウトが生じる可能性が低くなく,再現性の高いアリルと比較すれば,再現性のないアリルの信用性自体が低く評価されるべきであることは当然であり,原決定の評価は,再現性のないアリルに関する科学的知見を無視し,慎重な評価を欠いているものといわざるを得ない。
また,2回以上同一のアリルが検出されたものについても,Lは,そもそも,アイデンティファイラーは,16種類のローカスが型判定できるキットであって,16種類が型判定できて本来の役割を果すキットであり,たった1つの型に再現性があるからといって,これを,分析できるDNAの型と判断するのは危険であると指摘している。その点は措くとしても,たとえば,確定判決がXの血痕が付着していると認定した白半袖シャツ右肩の試料(23年A鑑定書の試料97-1B)については2回分の検査に関するチャート図が提出され,2回とも検出されたアリルは,vWAの●型のみであるところ,原決定は,同アリルについては信用性を高く見て,XのDNA型と矛盾することの根拠にしている。しかし,vWAの●型のアリルは,AのDNA型とも一致し,他の衣類からもその型のアリルが検出されていて,外来DNAによる汚染の可能性も否定できないことを考慮すると,唯一再現性が認められる同アリルをもって,それが血液由来のDNA型で,白半袖シャツ右肩の血痕がXのものではないことを推認するという推論過程自体が不合理なものといわざるを得ない。また,その余のアリルについても,アリルの型判定が正しいとしても,細胞選択的抽出法の実効性が証明されていないことや,外来DNAによる汚染の可能性も考慮すると,血液由来のDNAのアリルと解釈することは困難であるといわざるを得ない。

以上のように,A鑑定では,再現性のないアリルも有効なものとして
解釈しているが,①結果が不安定とされる微量試料について,アリルが極めて断片的にしか検出されておらず,かつ,ほとんど再現性が認められないにもかかわらず安易に有効性を認めており,日本DNA多型学会作成のDNA鑑定の指針に沿わないこと,②外来DNAが検出された可能性を排除している点でも不適当であること,③5点の衣類の犯人血痕付着部位とXの血液との異同識別の結論に関する推論過程の妥当性にも疑問があることが認められ,これらの事情は,A鑑定の信用性に疑問を抱かせる事情といえる。最後に,A鑑定の結果について検討すると,この点についても,衣類に付着した血液中のDNAの型が検出されたと推認するには,相当大きな疑問がある。

検出された型の稀少性

A鑑定では,鑑定試料である5点の衣類及び被害者着衣の切片から,アメロゲニンを除くと100を超える座位から200近いアリルが検出されている。そして,日本人のDNAの型の頻度については,1350人の血液サンプルを収集し,そのSTR法によるDNAの型を調査したH11らの報告があるところ(当審検192別添1-2),A鑑定の結果では5点の衣類では7座位で11の型,被害者着衣では1座位で3つの型がその報告に含まれていない型である(うち2つの型は判定が留保されている。)。もちろん,同報告は,DNAの型の頻度を検討する際には有用であっても,これに含まれない型の日本人がいないとはいえず,特定の日本人のDNA型検査の結果,その頻度表に含まれていない型(未報告型)が検出されたとしても,その一事によって,その検査結果が信頼できないとはいえないが,1件の鑑定で10を超える未報告型(いずれについても出現頻度は1000人に1人以下ということになろう。)が検出されるということは常識に照らしてもほとんどあり得ないことである。未報告型も世界的には実在の人間のDNAの型として報告されているからこそDNAの型として認知され,アイデンティファイラーキットを使用した機器でアリルコールの対象とされているのであるが,昭和41年頃の静岡県内の状況に照らすと,被害者着衣や5点の衣類に付着した血液が外国人に由来するというのは非現実的であり,また,STR法によるDNA型鑑定の経験が豊富なMは刑事鑑定で未報告アリルが検出された経験はなく,H10も1600人以上のアリルを解析しているが,未報告アリルが検出されたことは数回しかなく,1例で複数の未報告アリルが検出されたことは全くないとしている(当審検191)ことからもA鑑定の検出結果の不自然さは際立っているといわざるを得ない。このようなことからすれば,A鑑定で検出されたという型は,実際に衣類に付着していたDNAの型であるといえるのか否かに大きな疑問を差し挟まざるを得ない。

遺伝からみたDNA型の不整合

本件の被害者は夫妻とその2名の子であり,DNAの型が遺伝することからすれば,被害者着衣から検出されるのは被害者夫妻のDNAの型のいずれかであるはずであり,Aも被害者着衣から検出されたDNAの型は被害者に由来すると考えても矛盾はないとしている(23年A鑑定書10頁)が,被害者夫妻の子であるN1のDNA型鑑定の結果(当審検36)と対比したりすると,以下の点で親子関係と矛盾する型が検出されていることになる。①D8S1179の座位についてみると,V1の着衣から検出された型は12型と13型であるが,N1は×-×型であり,父親の着衣から検出された型とは2つとも一致しないことになる。
②D21S11の座位についてみると,母V2,子V3,子V4の着衣4点から合計5つの型が検出されているが,親子の型は父母の型のいずれかで,最大4つであって,それを上回るはずはない。また,N1は×-×型で5つの型のいずれとも一致せず,V3の着衣からは24.2,29,35の3つの型が検出されているが(血液由来であれば同一人から3つの型が検出されることも奇異である。),そのどれともN1の型は一致しない。
③vWAの座位についてみると,V1の着衣から14型と18型のアリルが検出されているところ,N1の型は×-×型であり,父親の着衣から検出された型とは2つとも一致しないことになる。
④D5S818の座位についてみると,母V2の着衣から10型と11型のアリルが,父V1の着衣からは11型のアリルが検出されているが,N1は×-×型であり,父母の着衣から検出された型が正しいとすれば,これと矛盾する。
一般に,親子のDNA型については,突然変異の可能性もあることから,1座位でのアリル不一致では血縁関係が否定されないとしているが(2012年DNA鑑定指針),以上のような齟齬に照らすと,A鑑定において被害者着衣から検出されたアリルの型は,これが真に被害者らの血液から抽出されたDNAの型であるとすれば,N1のDNA型と矛盾することになり,被害者着衣から検出されたとされるアリルは,由来不明のアリルドロップイン等である可能性が高いといえる。
弁護人は,N1とV1,V2とは親子関係にないのではないかとの主張もするが,根拠のない憶測であって,採用できない。

本件チャート図の全体的な形状の齟齬

DNAが劣化すると細かい断片に分解され,通常,塩基数の多い(PCR増幅産物のサイズが大きい)座位のものは検出が難しくなり,チャート図で見るとアリルのピークは右に行くほど(サイズが大きくなるほど)高さが低くなったり,検出されなかったりする傾向が見られるところ,本件チャート図ではサイズが300を超えるものでも高いアリルピークを示すものが少なくなく,アリルドロップインにより時として高いピークが出ることを考慮しても,全体として劣化DNAのチャートとしては不自然な印象を拭えない。エ
コンタミネーションの疑いの濃い型の存在

5点の衣類中の緑色パンツのうち,A型血液が付着した切片(23年A鑑定書の試料100-1A)のSTR型検査についてA鑑定の結果をみると,7つの座位で合計9つの型が検出されているところ,このうちD3S1358の座位の13型を除くと,他の型は全てA自身の型と一致する。また,V2のメリヤスシャツから検出された6座位合計7つの型のうち6つの型はA自身の型と一致している。これらの大半は珍しい型ではないが,検出された少なくない数の型のうち1箇所のみ鑑定者とは異なる型で,他は全て鑑定者自身の型と一致している試料が2つもあるという結果からすれば,鑑定者自身のDNAのコンタミネーションを疑うべき場合であると考えられ,そうであるとすれば,他の試料についても鑑定者と一致するアリルの型が検出された座位については同様のコンタミネーションのおそれがあることを念頭に入れて慎重に判定すべきである。
以上のように,A鑑定は,その鑑定手法そのものが確立した科学的手法によるものとはいえず,理論的にも実際的にもその信頼性に難があり,その鑑定結果についても,鑑定試料に付着した血液中に含まれていたDNAを抽出してPCR増幅をかけた結果と見るにはかなり疑問があり,原決定は,A鑑定の信用性評価について慎重さを欠いたものであったことは否定できない。
当裁判所は,このような見地から,A鑑定の手法の信頼性の有無を確認するための事実取調べを行うことを試み,弁護人にもその必要性を説明して再三勧告したにもかかわらず,弁護人は当審での再現実験に反対し,鑑定人候補者としてA以外の推薦等に協力を得られなかった。結局,原決定段階においても指摘できるA鑑定の疑問点は,当審での審理によりさらに疑問を深める結果となったものであって,以上のような審理経過,すなわち,A鑑定の手法の検証に関して弁護人の協力が得られないことに加え,Aも鑑定に関するデータを削除したという現状では,これ以上A鑑定の信用性に関する審理を当審で行うことも,原審に差し戻して行うことも不可能というほかなく,前記のような事情を考慮すると,鑑定試料に付着した血液由来のアリルを検出したとするA鑑定の結論の信用性は乏しいといわざるを得ないものであって,これが刑訴法435条6号にいう明白性が認められるべき証拠に当たると評価することはできない。
一方,弁護人は,A鑑定の信用性は高いとして,以下のように主張する。

弁護人の所論は,本件チャート図をみると,対照試料からは何のアリ
ルも検出されていない以上,A鑑定によって検出されたアリルは血液由来のものであることが明らかであるという。
しかし,以上検討したように,細胞選択的抽出法には原理的にも問題があり,その有効性が実証されておらず,結果として検出されたアリルについても,血液由来のものと見るには多々疑問があることに照らすと,対照試料からの不検出の一事をもって,A鑑定に高い信頼性を認めることは到底できない。また,前記のとおり,A鑑定には信用性を疑わせる事情が種々存在するのであるから,本件チャート図も信用性を認めることはできず,同チャート図を根拠として,5点の衣類に付着した血液由来のアリルを検出したとの結論の信用性を認めることはできない。取り分け,弁護人は,検察官提出証拠であるo大学大学院教授のH12作成の意見書添付のチャート図について,アリルコードを削除した上,ピークにハイライト操作をしており,このような行為は許されないと論難している(当審最終意見書46頁以下)が,同意見書に対する論難の当否は措くとして,弁護人の主張に従うのであれば,Aが,オフラダーの表記を手動で削除した行為も,同様の評価を受けることになるはずであり,Aがこのような行為に及んでいることは,本件チャート図の信頼性をより低減させる事情であることは否定できない。
付言すると,23年A鑑定書では,対照試料のPCR増幅のチャート図はいずれも1枚のみが提出され,本文中にも対照試料について言及された部分はほとんどなく,血液成分付着を検査する方法の一つであるメタロアッセイ法による分析の結果は血痕付着試料のみが記載され(同鑑定書8頁),対照試料について血液成分の有無の検査を実施したのかも明らかではない上,STR型検査においても血液付着試料のように複数回増幅等を試みた形跡はなく,当初提出分については,印刷日時もほとんど同一であり(これらの点も血痕付着試料とは対照的である。),チャート図のRFUの目盛りも上が7500か6000に設定されていて,Aがアリルを判定する基準である50RFUのピークがあってもその存在が認識できないチャート図であり,Aが,対照試料について,血液付着の各試料と同等の注意を払って同様の方法でDNAの抽出や増幅を試みたのか疑問がないわけではない。対照試料からアリルが検出されないことを細胞選択的抽出法の有効性の大きな根拠とするのであれば,対照試料について血痕付着試料の検査方法等との異同を明示し,その結果も逐一記載すべきであるし,同抽出法の有効性確認のために血液の付着がない対照試料のみでα´抗Hレクチンを使用した場合とそうでない場合の検査結果の比較を行うこと等も考えられるが,そのような検査をした形跡もなく,また,本件の対照試料の中にはほぼ全面に血液が滲んだりしている衣類から切り取った布片もあり,仮に血液由来のDNAのみを抽出できる方法を用いたとしても,対照試料から全くDNA型が検出できないとは必ずしもいえないことなどの点も併せ考慮すると,上記のような疑念は解消できない。
そうすると,添付されているチャート図を含めたA鑑定全体の信頼性は低いのであるから,所論は採用できない。

弁護人の所論は,平成29年9月23日,弁護人がAとともに実施し
た再現実験の結果,血液由来のDNA型が検出されたものであり,同再現実験の結果に照らせば,細胞選択的抽出法が有効であることは証明できたという。
そこで検討すると,前記再現実験は,AB型の血液を用いて,新鮮血痕及びこれを味噌漬けしたもの,7か月経過血痕及びこれを味噌漬けしたもの,7年半経過味噌漬け血痕,12年経過血痕をそれぞれ試料として,細胞選択的抽出法を用いて処理をした上でDNA型鑑定を行ったものであり,その結果,血液由来のDNA型が検出できたとされている。しかし,そもそも前記再現実験は,Aの指導,監督の下で行われたものであって,第三者による検証とは位置付けられないものである。前記のとおり,科学的手法は,他者にその原理を理解してもらい,同じ手法を用いれば同じ結果が再現できるということを他者にも検証してもらうことによって「科学的」であると評価されるようになることは,自然科学の世界では常識的なことである。再現実験は,再現可能性を他者に検証してもらい,他者であっても同様の方法によれば,同様の結果が再現できることを確認するということに意味があり,原則として他者に再現実験を委ねるべきであって,仮に何らかの理由で同一人が再現せざるを得ないとしても,少なくとも,専門的知識のある中立的な第三者が同一の方法であることを検証しつつ再現実験を行うのでなければ,ほとんど意味がないというべきであり,Aの指導,監督の下で行われた再現実験は,再現性を実証するものとはいい難い。また,その点を措くとしても,本件の鑑定においては,血液と血液以外のヒト由来の細胞等との混合試料から,血液由来のDNAのみを抽出してDNA型検査をすることができるのかがコンタミネーションの可能性を排除できるか否かの判断をする上で重要な点となっているところ,前記再現実験で使用された試料はAB型の血液のみであって,混合試料から血液由来のDNA型を抽出することの証明になるものとはいえず,せいぜい,前記のような条件下で,細胞選択的抽出法を用いても,血液のDNA型鑑定が不可能になるわけではないということを証明しているにすぎない。
さらに,再現実験では,A鑑定と異なり,血痕を溶出する段階では,タンパク質分解酵素であるプロテイナーゼKが用いられている。プロテイナーゼKについては,H10(当審検26)やp大学名誉教授のH13(当審検25)らがそれぞれ意見書の中でL鑑定がプロテイナーゼKを使用していることを適切な方法として評価し,とりわけ,H13は,DNAは塩基性タンパクであるヒストンが結合して保護し,ヒストンはにかわのような粘着力があり,DNAは布などの担体にヒストンを介して固着しやすく,このような試料からPCRのためにDNAを抽出するには,プロテイナーゼKという強力なタンパク質分解酵素でヒストンを溶かすことが必要であり,界面活性剤はその効率を高めると指摘している(当審検25・4頁)。また,Mも,衣類のセルロースと血痕の細胞膜構成成分等との間の結合反応や血液成分であるフィブリノーゲンのフィブリンへの転換によって強固な固形物となるカスケード反応が生じて液相への溶出が困難となり,タンパク質分解酵素や界面活性剤による処理が必要となると指摘しており(検証経過報告書25頁以下),これらの見解は,相応の科学的な根拠からA鑑定の手法の有効性に疑問を投げかけるものである。この点につき,Aは,当審では,23年A鑑定書に係る鑑定でもプロテイナーゼKを用いていたが,その点は鑑定書の記載から漏れていたと証言している。しかし,DNA抽出にとって重要な鑑定の手順を鑑定書に記載していないというのは相当に不自然である上,鑑定書にはβ´という利用した装置の説明として,「精製前のプロティナーゼKなどによる溶解用酵素の使用や手動による組織のすり潰しにかかる時間と手間を省くことができる」と記述し,血液成分の選択的抽出の後のDNAの抽出方法については「β社のβ´を用いた自動抽出法で実施した」と記述しているのみであるから,これを素直に読めば,プロテイナーゼKを用いたタンパク質の溶解という手法は採用していないと解するほかはない。加えて,Aは,原審では,検察官が,Aの行った鑑定方法では,精子のDNA抽出法のようにプロテイナーゼKなどは使用しないのかという質問に対し,特に使用場面を限定することなく,これを否定する証言をしている。また,Aは陳述書(当審弁181)の中で,本件のような古い試料では既にヒストンが分解されているので,ヒストンが結合してDNAを保護している状態が保たれているとは考えられず,DNAを抽出するために界面活性剤とタンパク質分解酵素を用いるのは,新鮮な血液が布に付着している場合等には当てはまるが,本件のような古い試料の場合は当てはまらないとも述べている(同陳述書13頁)。以上のようなAの証言及び鑑定書の記載等によれば,A鑑定ではDNAの抽出過程でタンパク質分解酵素は用いられていなかったものと認められ,再現実験は重要な点でA鑑定とは異なる手法が採られたことになり,A鑑定と同等の「再現」を行ったとはいえない。したがって,弁護人が指摘する再現実験を踏まえても,細胞選択的抽出法の有効性を証明したものとは評価できないのであって,所論は採用できない。

弁護人の所論は,A鑑定と同様の血液抗体を利用した抽出法が,第三
者であるインド国立法医科学研究所所属の研究者によって採用され,血液型によってDNAを区別する手法が国際科学論文誌にも発表されており(当審弁196,197),また,Aは,細胞選択的抽出法を更に発展させた手法を,審査制度を採用する国際雑誌に掲載しているのであって(原審弁148,149,当審弁156,182),細胞選択的抽出法の科学的原理が理論的正確性を有することは明らかであるという。
しかし,所論指摘のインド国立法医科学研究所の研究や,国際雑誌に掲載されたAの研究は,いずれも,ある血液型の新鮮血を,それとは異なる血液型の血液と混合させた混合血液サンプルについて,血液型の違いに着目して,抗A,抗B及び抗Hレクチンを使用して分離させた上でDNA分析を行ったというものであって,A鑑定の細胞選択抽出法と比較した場合,対象となる試料が,新鮮血痕であるか否か,血液以外の細胞が混合されたものではないか否か,血液型の違いが明確な試料を混合したか否かの各点において差異がある(例えば,A型の血液に別のA型の者の唾液等を混合させたサンプルから血液由来のDNA型のみを選択して検出できるかは,前記各研究からは明らかではない。)。前記各研究とA鑑定の細胞選択的抽出法とは似て非なるものであるから,所論指摘の各研究の存在が細胞選択抽出法の理論的正確性を示すものとはいえない(なお,前記各論文によっても,新鮮血についてさえ,抗Hレクチンを使用した凝集によって全ての血液型の白血球を取り込めるとはいえない可能性が示唆されている。)。

弁護人の所論は,M鑑定について,Mの手法は実験ごとに条件を変えているが,結局どれ一つとして細胞選択的抽出法と同じ条件で実験を行っていないのであり,A鑑定の方法の検証がなされたとはいえないほか,Mの手法に関しても種々主張して,M鑑定の結果は,A鑑定の信用性を揺るがすものではないという。
そこで検討すると,確かに,M鑑定は,A鑑定と同様の手法を忠実に再現することによって,その信用性を検討した手法によっているものではなく,また,Aの再現実験の結果も踏まえると,実際にα´抗Hレクチンを使用することによって,DNAがすべて消失するか否かは,使用したα´抗Hレクチンの量や濃度による面も否定できない。しかし,M鑑定は,要するに,A鑑定で使用されるα´抗HレクチンにはDNA分解酵素が含まれていることを証明することによって,陳旧血痕を鑑定試料とする鑑定手法としては,Aの手法が正しいものではないことをいう趣旨であるところ,弁護人の所論を踏まえても,M鑑定の結果のうち,α´抗HレクチンにDNA分解酵素が含まれ,それがDNAの抽出を阻害する要因になっているとの点は,動かし難いものであり,また,本件の鑑定試料が微量試料であることも否定できないところ,そのような微量試料に対してDNA分解酵素を含む試薬を,同酵素の不活化処理をすることなく用いること自体が適切とはいえず,その信用性を甚だ低下させる事情であることは否定できない。そして,微量試料に,DNA分解酵素を含む試薬を使用するのであれば,その影響について実験を重ねるなどして慎重に影響を確かめることは最低限必要であるところ,少なくとも,Aは,そもそもα´抗HレクチンにDNA分解酵素が含まれていることについて自覚し,その影響に関する検討をした形跡はうかがわれない。以上の事情を考慮すると,所論を踏まえても,M鑑定の結果は,α´抗HレクチンがDNA分解酵素を含むとの限度では十分信用できるのであり,かつ,A鑑定において,このような試薬を微量試料に用いることへの影響を十分検討していないこと自体がA鑑定の結果の信用性を損なうものであって,所論は採用できない。

弁護人の所論は,複数回のPCR増幅を実施しても,同一の結果を得
られるという再現性が欠けている点につき,①このような意味での再現性は,PCRサイクル数を標準回数(28回)より増やした場合に生じるアリルドロップインの可能性を排除するためであって,標準回数を採用したA鑑定には当てはまらず,また,標準回数のPCRでもアリルドロップインが生じるとの点については科学的根拠を欠いている,②1997年DNA鑑定指針でも再現性を確認することが「望ましい」とされているに過ぎない上,同指針は,現時点では標準化された検査キットを用いることにより,実験結果の再現性が保証されることになったことを考慮していない,③微量試料や劣化試料を対象とする困難な部類のDNA型鑑定においては,PCRが不安定であるという理由のみで信頼性が否定されるものではなく,また,全てのケースに統一された共通の型判定基準は存在しないため,様々な事情を総合的に判断した上で,個々の鑑定人の専門的知見に基づく総合判断に委ねられているという。
しかし,確かに,DNA型鑑定においては,チャート図を踏まえた型判定については,高度な専門的知見が必要であるものであって,鑑定人の専門的知見に基づく総合判断に委ねられることは否定できないが,それが科学的に信頼できるといえるためには,その型判定について,どのような専門的知見に基づいてどのように判断したのかが明らかにされ,それが他の専門的知見を有する者の検討等によっても是認し得るものである必要があり,単に専門家であるから裁量に任され信用されるべきであるというのでは,科学性を有する型判定とはいえないところ,その型判定の手法について疑問があることは繰り返し述べてきたとおりである。とりわけ,LCNのケースでは同一アリルが複数回確認できるという意味での再現性が確認できる場合の方が鑑定結果に対する信頼が高くなる上,前記DNA鑑定指針においてもこのような判定を推奨していることは明らかである一方,再現性が認められない鑑定結果については相対的に信頼性が低くなることは否定できない。そして,前記のとおり,A鑑定の手法や異同識別の推論過程自体にも疑問があることに照らすと,アリルの有効性判断を含めたA鑑定の全体が信用性の低いものであって,所論は採用できない。

そのほか,弁護人の所論は,A鑑定に信用性がある旨を種々主張する
が,いずれも採用することはできない。
以上の次第であって,A鑑定について,高度の証拠価値があるとして刑訴法435条6号の明白性を認めた原決定は,A鑑定の証拠価値の評価を誤り,その結果,同号にいう明白性が認められない証拠であるのに,同号の明白性を認めたもので,同号の解釈適用を誤った違法がある。
3
味噌漬け再現実験報告書の刑訴法435条6号該当性について
原決定は,5点の衣類が1号タンク内から発見された時点に近接した
日時に撮影されたH7鑑定書添付の写真や原審検20の写真の5点の衣類や血痕の色合いと味噌漬け再現実験の結果を比較し,5点の衣類の色は,長期間味噌の中に入れられたことをうかがわせるものではないなどとして,5点の衣類が犯行着衣であり,犯行直後から昭和41年7月20日までの間に隠匿され,その後昭和42年8月31日までの間,1号タンク内に隠匿されたままであったとの認定に一定程度疑いを生じさせるとしている。
しかし,原決定の判断は,発見直後の5点の衣類や付着した血痕の色合いに関して信用性の乏しい証拠に依拠して認定した点や,甲商店の味噌の色と味噌漬け再現実験で用いられた味噌の色は異なるのに,味噌漬け再現実験の色合いと5点の衣類や血痕の色合いを比較した点において不合理な判断をしているのであって,その結果,味噌漬け再現実験報告書の証拠価値を不当に高く評価し,刑訴法435条6号該当性を認める誤った判断をしたものといわざるを得ない。
すなわち,原決定は,5点の衣類や血痕の色合いについて,H7鑑定書に添付のカラー写真や原審検20の写真から大まかな傾向を把握していると認められる。しかし,H7鑑定書は,作成から40年以上が経過したものであり,添付されている写真についても一見して相当劣化退色していることが明らかなものである。また,H7鑑定書が作成された昭和42年頃は,未だカラー写真が普及していない時代であり,当時と現時点とでは,カラー写真フィルムやカメラの性能,撮影技術,現像やプリントの技術などについても格段の差異があり,撮影当時でさえ,自然な発色が可能となるような照明,露出,プリントの色補正等がされて,自然に近い色合いのプリントができ上がっていたのか相当に疑問がある上(q大学大学院教授のH14作成の鑑定書(当審検44)によれば,色再現性は現時点より大きく劣るとされている。),現時点においても,周囲の照明の色等の状況によっては,プリントの色合いがかなり異なってくるのは常識に属するところであって,5点の衣類や血痕の色合いに関して,大まかな傾向を把握する資料としても適切とはいい難い証拠であることは明白である。
また,この点を措くとして,H7鑑定書添付の写真及び原審検20の写真を詳細にみると,5点の衣類の写真の横には,計測用メジャーが置かれて衣類と一緒に撮影されているところ,例えば,白ステテコの写真の横のメジャーをみると,写真上部付近のメジャーの目盛りについては黒色で写し出されており,写真上でも目盛りの数値は読み取れるものとなっているのに,写真中央部のメジャーの目盛りは白っぽく反射したようになって不鮮明であり,目盛りの数値を読み取るのは困難な状態となっており,写真の外形からして撮影時の露光が不適切であった疑いの濃いものとなっている。現に,前記H14作成の鑑定書によれば,前記のように白っぽく写ってしまう現象は,写真の露光がオーバーとなったものと指摘されているが,同指摘は,前記のような写真の状況に照らして十分信用できるといえる。そして,同鑑定書添付の写真は,昭和42年当時の前記写真のネガを基に,背景のスケールの色等を手掛かりにして,できるだけ実際の色調に近いものに再現したというものであるところ,血液が薄く付着した部分には赤みが残っているものの,多量に付着したと思われる個所の色合いは黒色又は茶褐色であり,原決定が「大まかな傾向」として参考にしたH7鑑定書添付の写真等とは大きく色合いが異なっている。
そうすると,原決定が判断の基礎とした写真は,劣化や撮影の露光の問題,当時の技術水準等により,5点の衣類の色合いが正確に表現されたものではないことは明らかであって,大まかな色合いの傾向を把握するにも不適当な資料といわざるを得ないのに,これらの写真から5点の衣類の大まかな色合いの傾向を把握した上,1年2か月もの間,味噌漬けにされていたにしては薄いと判断したことは,不合理な判断といわざるを得ない。
次に,甲商店で当時製造されていた味噌の色合いについて,原決定は,白黒写真しか存在せず必ずしも明らかではないとしながら,味噌の中では相対的に色が濃い赤味噌として出荷されていたこと,甲商店の社員であったF1も調書中で味噌漬け再現実験の味噌の写真と比較して「もう少し」薄いとしか供述していないことから,相当程度濃い茶色であったとしている。しかし,そもそも味噌の色合いの濃淡は,多かれ少なかれ主観的な判断になることは避けられないのであり,同じ色合いのものを示された場合であっても,その濃淡の判断に個人差が出ることや,味噌の色についても地域差があり,「赤味噌」という味噌で想定する色についても,地域差が少なからずあることは経験則上明らかである。加えて,甲商店で製造されていた味噌の製法をできるだけ正確に再現しようとしても,気温や湿度,味噌を寝かす容器の大きさや保管条件等によって味噌の発色も異なるものであり,単に製造方法が類似しているというだけで,直ちに味噌の色が同一であることを推認することもできないことに照らすと,弁護人が味噌漬け再現実験で使用した味噌が当時の製造方法を参考にして製造されたことを踏まえても,味噌の色の再現の正確性には限界があるといわざるを得ない。
したがって,味噌の色合いを根拠として確定判決の認定の当否を判断するには,少なくともその色合いをできるだけ客観的な方法で明らかにする必要があるところ,味噌漬け再現実験ではそのような工夫はなされておらず,正確性を担保する資料もないまま,同実験で使用された味噌と甲商店で製造されていた味噌の色合いが近いと認定することは不適切である。そして,現に,甲商店の元従業員らは,改めて各種の味噌の見本という客観的資料を示されながら1号タンク内の味噌の色合いを尋ねられたところ,概ね同一系統の色合いを指示しているが,その指示した色合いは赤味噌にしては淡い色合いであることで共通している。また,原決定が根拠とするF1の供述についても,同人は,色合いに関する写真帳等の具体的な資料がなかったため曖昧な言い方になってしまい誤解を与えてしまったと述べた上,色見本を示されて指示した色は赤味噌というには淡い色であることが認められ(当審検50),味噌漬け再現実験で使用された味噌よりも色合いが相当薄いものであることは明らかである。そうすると,原決定が,甲商店で製造されていた味噌は,味噌漬け再現実験で使用された味噌と類似した色合いであることを前提として,着色状況が薄すぎると判断したことは前提事実を誤って認定したものであって,不合理な判断といわざるを得ない。
一方,弁護人は,以下のとおり主張して,味噌漬け再現実験に関する検察官の所論には理由がないと主張する。

弁護人は,5点の衣類の血痕は,赤みが強すぎて不自然であるとの原
決定の判断は正当であるとし,その根拠として,①そもそも,検察官の依頼による味噌漬け実験(当審検151)によっても血痕は黒色に変化している,②醸造中の味噌では,糖とアミノ酸が非酵素的に反応し,褐色物質が産出されるメイラード反応が発生しているところ,血痕が付着した衣類を醸造中の味噌に投入すると,血液中のたんぱく質がメイラード反応により褐色化し,この結果,血液は黒に近い暗褐色になるものであって(当審弁213),5点の衣類の血痕は明るすぎる,③検察官が根拠とするr大学大学院教授のH15作成の意見書(当審検65)についても証拠価値が乏しいとなどという。しかし,前示のとおり,そもそも,H7鑑定書添付の写真や原審検20の写真の色合い自体が正確なものとはいえないと認められるから,同写真等の血痕の色合いを前提として,血痕の明るさを論じること自体が失当というほかないのであるから,弁護人の所論は採用できない。また,製造から1年後の味噌の色合いは,同じような原料を使用して製造しても気温等の条件により異なることは,甲商店元従業員ら(当審検50,51等)の供述やK2の原審証言により明らかであるところ,弁護人指摘の検察官の依頼による味噌漬け実験は,味噌漬けにされた人血のDNAの分解の程度等を鑑定するためのものであって,原材料等はできるだけ5点の衣類が発見されたタンクのものを再現しているが,実験に用いられた白色Tシャツの色(当審検151写真47,48,弁212写真13ないし16)からすれば,約1年後の味噌の色は5点の衣類発見当時の味噌の色より濃いことがうかがわれ,味噌の色の影響を受けていると思われる血痕の色と5点の衣類の色を単純に比較することはできず,同実験では,薄く広がったような形態の血痕は付けていないので,5点の衣類のうち薄く広がったような血痕の色とも比較することはできない。弁護人は,メイラード反応による血痕の褐色化をもいうが,甲商店元従業員らの供述からうかがえる味噌の色からすれば,味噌のメイラード反応はさほど進行していなかったことがうかがわれ,光が全く入らず8tもの圧力が加わった状態であることや気温等の味噌の熟成条件も年によって変わることなどからすれば,血液のメイラード反応がどの程度進むかについて的確に推測することは困難であり,そのような推測を可能とするような資料も提出されていないので,赤みを帯びた部分が全く残らないはずであると認めることはできない。

次に,弁護人は,①5点の衣類が1号タンク内に隠されたとすれば,
犯行直後の残存味噌の中としか考えられず,確定判決も,5点の衣類が,1号タンクの残存味噌の中に隠されていたことを前提としているものであるところ,残存味噌の色は,熟成が進み,茶色を通り越して黒に近い色であったものであるから,5点の衣類は,黒に近い茶色に染まっていなければならないはずであるのに,5点の衣類の色合いは,着色の程度が薄すぎるし,残存味噌の上から新しい味噌を仕込んだとしても,味噌二層色変化実験報告書(当審弁214)によれば,熟成が進んだ味噌の上に新しい味噌を投入しても,色が混じり合うことはないのであるから,やはり,5点の衣類の着色状況は薄すぎる上,1号タンクの味噌の色合いについても,相当濃い茶色であったことは十分認められる,②味噌の色合いが淡色味噌の色に近かったという甲商店元従業員の供述調書の内容は信用できないなどという。
そこで検討すると,①については,確かに,残存味噌については仕込み味噌と比較して色が濃い可能性自体は否定できないものの,s大学助教のH16は,当時の1号タンクのように,残存味噌の量と新しい仕込み味噌の量との間に差がある場合,色の濃い残存味噌は,大量の仕込み味噌の色に飲み込まれて,次第に色が淡まっていくと説明しており(当審検198),その説明には特段信用性を疑わせるような点はないのであり,H16の見解によれば,残存味噌に隠匿されたとの確定判決の認定を前提としても,5点の衣類が隠匿されていた味噌は,味噌漬け再現実験で使用された味噌よりも色が薄いというべきである。一方,前記の味噌二層色変化実験報告書では,残存味噌の量と仕込み味噌の量を同一の各4kgとしており,境界部の味噌のかかる圧力は小さいと考えられるが,それでも約4か月後には2種の味噌の境界線がやや不明瞭になり,境界辺りは相互に色の浸透が見られるところ,当時の1号タンクにおける味噌の量についてみると,多くても百数十キログラム程度の残存味噌の上から合計8t以上の赤味噌が仕込まれているのであって,比率において格段の差があるばかりでなく,上から8tもの圧力が加わった状態にあったのであるから,1年経った段階で味噌二層色変化実験報告書と同様に2層に分かれたままで互いにさほど影響していない状態であったとはいえない。同報告書の内容は,5点の衣類が隠匿されていた味噌の色は,味噌漬け再現実験報告書の味噌の色よりも淡い色であったとの前記認定を左右するものではない。
次に,②については,甲商店の元従業員らは,いずれも抽象的に味噌の色の濃淡を述べているわけではなく,味噌󠄀写真帳(当審検61)を示されながら,昭和42年8月31日当時の甲商店の1号タンク内にあった味噌と類似する色の番号を具体的に指摘しているところ,元従業員は,味噌󠄀写真帳の中からいずれもほぼ同様の色合いの味噌見本の番号を指摘している(当審検50から52まで,57から59まで)のであって,元従業員の供述相互が一致していること自体がその信用性を高める事情と評価できることに照らすと,所論を踏まえても元従業員の供述の信用性に疑わしい点はない。
なお,原決定のいうとおり,味噌󠄀漬け実験報告書(原審弁2)によれば,味噌とたまりを用いれば,5点の衣類を短期間で一定の色に染めることは可能であると認めることはできるが,単に理論的にはそのようなことが可能であるというにすぎず,実際にそのような工作がなされたということをうかがわせる具体的な証拠は一切なく,この証拠のみをもって,新規性,明白性のある証拠であると認めることはできない。また,仮に,捜査当局が,5点の衣類に血を付けるなどの加工をした上で,そのように予めたまりや味噌に漬けてそれらが長期間漬かった状態を仮装したとすれば,5点の衣類の発見時点に近接した時期に,それらを甲商店に持ち込んで商品である味噌の入っている1号タンクの中に隠したということになるが,そのような工作をするためには甲商店の従業員等の協力が不可欠であるところ,後述するとおり,そのような協力を得ることは著しく困難なことであり,捜査機関が隠匿した現実的可能性は乏しい。
以上の次第であって,5点の衣類の写真は,写真自体の劣化や,撮影時の露光といった問題があり発見当時の色合いが正確に表現されていないのであるから色合いを比較対照する資料とはなり得ないものである上,味噌漬け再現実験で用いられた味噌は,5点の衣類が発見された1号タンク内にあった味噌の色合いを正確に再現したものとはいえないのであるから,味噌漬け再現実験報告書を刑訴法435条6号にいう明白性ある証拠と判断した原決定は不合理なものといわざるを得ない。
4
小括(原決定が明白性を認めた証拠の証拠価値)

以上の次第であって,A鑑定及び味噌漬け再現実験報告書の証拠価値はいずれも低く,これらの証拠が,Xに対し,無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとはいえないのに,A鑑定及び味噌漬け再現実験報告書の証拠価値を高く評価し,これらの証拠が無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たるとした原決定の判断は,刑訴法435条6号の解釈適用を誤った違法がある。第5

新旧証拠の総合評価

弁護人は,A鑑定及び味噌漬け再現実験以外にも原審及び当審に新証拠を提出し,Xを本件の犯人とした確定判決の認定に関して合理的な疑いが生じていると主張しているところ,原決定は,A鑑定や5点の衣類とそれに付着した血痕の色に関する新証拠によって,5点の衣類はXの犯人性を基礎づけるものではなく,むしろねつ造されたものであるとの疑いが生じ,さらに新旧証拠を総合評価してもその疑いが合理的なものであると評価できるとし,それ以外の証拠は,Xの犯人性を推認させる力がもともと限定的又は弱いものしかなく,自白調書の証明力は弱く,Xが犯人であると認定できるものでは全くないと判断し,その余の請求人が提出した新証拠については,新規性,明白性があるとまでは認めてはいないのであって,原決定の新旧証拠の総合評価等においても,鉄紺色ズボンのウエストサイズに関する新証拠以外については言及されていない。
そうすると,原決定は,A鑑定や5点の衣類とそれに付着した血痕の色に関する新証拠以外の第2次再審において新たに提出等がされた証拠は,刑訴法435条6号の証拠には当たらないと判断しているものと解するほかはないが(鉄紺色ズボンについても「ウエストのサイズからみる限り,はけなかったと断言するまでには至らない」(原決定54頁)と判断している。),当裁判所において,その余の新証拠が,Xに対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠に当たると判断することができれば,原決定は結論において正当であることになるので,以下,第2次再審で提出された新証拠を中心として証拠価値を検討し,その証拠価値を前提として,確定審,第1次再審及び第2次再審で提出された,その点に関連する新旧証拠を総合して,Xを本件の犯人とした確定判決の認定に合理的な疑いが生じないか検討をする。
なお,原決定は,前記のとおり,A鑑定や5点の衣類とそれに付着した血痕の色に関する新証拠に高い信用性を認めた上で,新旧証拠の総合評価を行い,5点の衣類がねつ造された疑いが合理的なものであると判断しているところ,前記のとおり,A鑑定や5点の衣類とそれに付着した血痕の色に関する新証拠に明白性を認めることはできないというべきであるから,原決定の新旧証拠の総合評価はその前提を欠くことになるが,その説示自体にも合理性を欠く部分が少なくなく,他の新証拠の評価にも影響する場合もあるので,併せて原決定の新旧証拠の総合評価の当否についても適宜言及することとする。
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5点の衣類等に関する新証拠の検討

弁護人は,第1次再審,第2次再審において種々の新証拠を提出しているが,第1次再審で提出された個々の新証拠の証拠価値については,既に第1次再審,とりわけ,即時抗告審の決定が詳細に説示しているところ,当裁判所も鉄紺色ズボンのサイズの点を除いては,個別の新証拠の証拠価値については基本的にこれを支持できると認めることから,第1次再審で提出された新証拠の評価を改めて繰り返すことはしない。
そこで,以下では,弁護人の所論に応じる形で,まず,第2次再審で提出された新証拠のうち,5点の衣類及びそのねつ造可能性をいう関係で提出された新証拠の個別の証拠価値に対する判断を示すこととする。
鉄紺色ズボンのサイズに関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,①捜査報告書写し2通(原審弁9,10),G3の警察官調書写し2通(原審弁11,12)及び供述録取書(原審弁28),G2の警察官調書写し(原審弁22),G1の警察官調書写し2通(原審弁26,27),任意提出書写し(原審弁80),領置調書写し(原審弁81),寸法札(原審弁82),②g大学教授のH3作成の平成19年11月9日付け鑑定書(原審弁1,以下「H3第3鑑定」という。)及びH3証言の新証拠により,次のとおり主張する。
すなわち,控訴審で鉄紺色ズボンの着装実験を行ったところ,Xははくことができなかったものであるが,控訴審判決は,同ズボンに付いていたタグに「寸法4,型B」の表示があり,Bの意味を「B体」と意味するものと理解した上,誤差を考慮して鉄紺色ズボンのウエストサイズは83ないし85㎝程度であったと認定した。その上で,鉄紺色ズボンは,販売店(乙2洋服店)で3㎝程度ウエストを詰めていること,生地そのものが1年以上も水分や味噌成分を吸い込んだ後,証拠物として保管されている間に自然乾燥して収縮したことが認められる一方,Xのものであることに争いのない茶格子縞ズボンのウエストサイズは約76ないし80㎝であったこと,Xの体重は昭和40年11月8日の健康診断では55㎏であったが,勾留中の運動不足によりほぼ60㎏台を維持しており体重増加も無視できないこと,Xは本件当時ぴったりしたズボンをはいていることが多かったこと,勾留後Xはズボンが小さくなったとして差入れを頼んだことといった事実を総合して,Xは本件当時鉄紺色ズボンを十分にはけたものと認定するのが相当とした。しかし,新証拠①は,鉄紺色ズボンの製造販売を行った乙3の専務取締役であったG3の供述録取書等であって,鉄紺色ズボンのタグに記載されていた「B」の表示は,サイズではなく色を意味することや,実際のウエストサイズは「4号」(76㎝)であることを示すものであるが,これによれば,ウエストサイズが76㎝であった鉄紺色ズボンは,そこからさらに販売店で3㎝詰められていたため,同ズボンのウエストサイズは73㎝程度であったものであって,鉄紺色ズボンのウエストサイズに関する控訴審判決の認定は誤っていることが判明した。また,この結果は,弁護人が第1次再審で提出したH4鑑定が鉄紺色ズボンのウエストサイズを72.34ないし73.4㎝と推定していることと整合する。さらに,前記のように,鉄紺色ズボンのタグに記載されていた「B」が色の表示であることや,もともとのウエストサイズは76㎝でありそれが更に詰められていること,乙2洋服店が同ズボンを仕入れたのが昭和39年12月21日以降であることは確定審段階で明らかになっていたのに,検察官は,昭和42年9月4日付けP1作成の実況見分調書に「型B」との記載があったのを訂正することなく放置し,その結果,控訴審が鉄紺色ズボンのサイズをB体4号と認定するという誤りが起きたほか,Xは,昭和37年中にはd市からb市に転居し,昭和40年1月からは甲商店において住み込みで働いていたのであり,昭和39年12月21日以降にわざわざd市内の乙2洋服店に出向いた上,ウエストを詰めてもらって鉄紺色ズボンを購入する可能性はなかったにもかかわらず,これらの証拠をひた隠しにしていたなどという。
また,新証拠②は,H3が,被服学に関する専門的知見に基づいて作成した鑑定書及び同鑑定書の内容に関する証言であり,鉄紺色ズボンについて,味噌漬けにされる前のわたり(大腿の最大囲の周径)の元のサイズを56.4ないし58.0㎝と,大腿中央の周径を43.7ないし44.9㎝とそれぞれ推定したとするものであるが,この結果とXが日常的に着用していたことに争いのない茶格子縞ズボンのサイズを比較すると,鉄紺色ズボンの方が,わたりにおいて6㎝以上,大腿中央部において4.5㎝以上も小さいものであるから,鉄紺色ズボンはXのものではないことが判明し,ひいては,5点の衣類すべてがXのものではなく,Xが無罪であることを証明するものであるという。

判断
まず,新証拠①の鉄紺色ズボンのウエストサイズの点について検討す
ると,鉄紺色ズボンの寸法札に記載されていた「B」の表示は,色を意味するものであって,これを「B体」と認定した確定判決には誤りがあり,実際には「Y体4号」(ウエストサイズ76㎝)であると認められるものの,鉄紺色ズボンのウエストサイズが「Y体4号」であることを前提として検討しても,Xは,本件当時に鉄紺色ズボンをはけたと認められるのであるから,新証拠①がXの犯人性を認めた確定判決に合理的な疑いを生じさせる証拠価値を有するとはいえない。
すなわち,前記のとおり,「Y体4号」である鉄紺色ズボンのウエストサイズは規格としては76㎝であるがプラスマイナス1㎝の誤差があり得るとされ,さらに,同ズボンのウエストには約3㎝詰められた形跡があることに照らすと,鉄紺色ズボンのウエストサイズは約73㎝プラスマイナス1㎝の範囲であったと認められる。一方,Xが昭和38年か昭和39年頃に購入し,本件発生の頃も使用していたことをXも自認する皮製バンドを原審で検証した結果によれば,複数の測定方法で計測したバンド内側の周径が約72.6ないし約73.05㎝となる穴(第3穴とされるもの)が他の穴より広がっており,多く使用された形跡があったものと認められる。そうすると,ウエストサイズをみる限り,Xが,本件当時,鉄紺色ズボンをはけなかったとはいえない。
また,Xが,自身のものであるとして争っていない茶格子縞ズボンのウエストを計測したIは,1回目80㎝とし,2回目76㎝としているところ,1回目は緊張してうまく計測できず,2回目はリラックスして計測できており,誤差はあるものの今回の方が正しいと思う旨を供述しており,確定審におけるI供述を素直に理解すれば,茶格子縞ズボンのウエストサイズは76㎝前後であった可能性が高く,そうであるとすれば,鉄紺色ズボンのウエストサイズは約73㎝であるから,茶格子縞ズボンのウエストサイズとの差はわずか約3㎝程度に過ぎないところ,Xは,勾留後に体重が増加していることは証拠上否定できないにもかかわらず,茶格子縞ズボンは,控訴審における着装実験の際,Xのサイズにちょうど適合していたことに照らせば,茶格子縞ズボンは,勾留前のXのウエストサイズと比してやや余裕を持たせたサイズのものであったと推認される。このような事情を考慮すると,鉄紺色ズボンのウエストサイズに関する新証拠を踏まえても,鉄紺色ズボンがXのものであるとの確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるものとはいえない(なお,G3は,昭和40年11月8日当時のXに合致する身長161㎝,体重55㎏の者にはY体の3号(ウエストサイズ74㎝)か4号をすすめてみる旨の供述をしており,いずれのウエストサイズのズボンであっても,Xが本件当時に着装可能であったとの事実を裏付けるものである。)。さらに,Xが,昭和39年12月21日以降,わざわざd市内の乙2洋服店に出向いて鉄紺色ズボンを購入する可能性はないとする点も,単なる意見にいうものに過ぎない上,b市とd市との距離は遠くなく,Xはd市に土地鑑があったことからすれば,d市内の店舗で買い物をすることが不自然とはいえず,確定判決の認定に合理的な疑いが生じるようなものではない。なお,原決定は,ズボンのサイズの点について,逮捕時まで使用していたバンドの長さやXの体重が勾留により増えた可能性が否定できないことから,ウエストサイズからみる限り,鉄紺色ズボンをはけなかったとは断言できないが,Xが事件当時使用していた茶格子縞ズボンのウエストサイズが約76ないし約80cm程度であること,体重55kgの人物にはY体3号又はY体4号を薦めるとのG3供述からすれば,事件当時のXにとって最適のズボンのウエストサイズはY体3号の74cmより大きかった可能性が高く,鉄紺色ズボンのウエストを詰めて74cm又はそれより細いウエストサイズにするという処理がされているのは不自然であり,ねつ造であるとすればXの体格との齟齬を容易に説明できると説示する。
しかしながら,同一人の着用するズボンであっても,ウエストサイズが皆同一であるとはいえない上,証拠をねつ造するのであれば,ズボンのサイズはXの所持していたズボンに合わせるはずである。前記のとおり,バンドのサイズからうかがわれる犯行当時のXのウエストサイズからすれば,ウエストを詰めた後の鉄紺色ズボンのウエストサイズ(約73cm)はXのウエストサイズと適合するところ,Xはバンドがなくても済むようなぴったりしたズボンをはいていることが多かったというのであるから,鉄紺色ズボンにウエストを詰める加工がされていたことは何ら不自然なことではなく,これを不自然であるとする原決定の判断は不合理である。
次に,新証拠②の鉄紺色ズボンのわたりのサイズについて検討すると,H3第3鑑定の手法は,その結果に幅があることからしても誤差が出ることは避けられないことに加え,G3は,控訴審の証人尋問において,Y体4号のわたり巾は32㎝(したがって,わたりは64㎝となる。)であると供述しており,自身の会社が製造販売するズボンのサイズに関する内容であるから同供述には高度の信用性が認められるところ,同供述とH3第3鑑定の結果は矛盾している。また,仮にH3の結果を前提としても,昭和50年12月24日付け検証調書によれば,Xの大腿部上部の周径は55㎝であり,同日時点での体重は62㎏であって,本件による逮捕勾留前よりも体重が増加していることや,一般的に中年男性が太った場合に腹部や腰回り辺りに脂肪がつく傾向があることを踏まえると,わたりの点を考慮しても,Xが,本件当時は,鉄紺色ズボンをはけたと十分推認できる。
以上の次第であって,鉄紺色ズボンのウエスト及びわたりの各サイズに関する新証拠は,Xを本件の犯人とした確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない(なお,弁護人は,昭和42年9月4日付け司法警察員P1作成の実況見分調書には,鉄紺色ズボンのタグの表示が「型B」である旨の記載がされているところ,P1は,あえて実況見分調書に虚偽の記載をしたかのような主張もするが,そもそもタグの表記自体が判然としたものではなく,タグに表示されている号数を示す「4」の数字の下方の判読できない文字様のものの右側に「B」という表示がされていたもので,そのような表示があれば,紳士服のサイズは「B4」,「Y5」のように,体型と大きさで表すのが通常であるから,「B」が体型を示すB体の表示であると思うのは自然なことであって,P1は「B」の文字を体型の表示であると誤認した可能性が大きい上,P1がその実況見分をしたのは5点の衣類が発見された当日であるところ,P1とは別の司法警察員が,昭和42年9月4日から5日にかけてc市等に出張した際に,G3から「B」が色の意味であることを聴取し,その旨の捜査報告書が作成されたのは,P1作成の前記実況見分調書が作成された時点よりさらに後である同月6日であることに照らすと,P1が「B」が色の意味であると認識していたにもかかわらず,あえて「型B」と虚偽の記載したことが明らかであるなどということはできない。)。
なお,弁護人は,サイズ以外の点においても,ねつ造を示す証拠があるとして,控訴審判決は,V1との格闘の際に向う脛をけられたとの自白に相応するように,事件後の昭和41年9月8日にはXの右下腿前面に比較的新しい打撲擦過傷が認められ,鉄紺色ズボンの右足前面のカギ裂き様の損傷があった旨認定しているところ,同年7月4日に丁医院で受診した際の記録や同年8月18日に実施された身体検査の調書にも記載がなく,そのような傷は,逮捕時のXには右足脛の傷は存在せず,その後に生じたものであることが明らかになったとし,Xの自白は事実に反するもので,このことは,鉄紺色ズボンの損傷は,その自白に合わせてねつ造されたものであることをうかがわせるという。
しかしながら,傷の成因は別としても,Xの右下腿部には本件発生日から打撲擦過傷があったこと自体は,確定審においてX自身が一貫して認める供述をしているのであって,同年7月4日に医師の診療を受けた際や同年8月18日の逮捕直後の身体検査においては,Xの申告や供述から判明していた傷や外観から容易に分かる顔部や腕部等にある傷であれば医師や係官が見逃すはずはないとはいえるものの,Xを全裸にでもしない限りはズボンに隠れている場所の傷まで発見することは困難であって,診療の目的や逮捕直後の身体検査の所要時間等からみて,そこまで徹底した検査が行われたとは考え難く,所論のような根拠で,逮捕時のXの右脛に傷がなかったとはいえない。また,鉄紺色ズボンの損傷が蹴られた際にできたものであるかのような控訴審判決の認定については,通常,V1が裸足であればもちろん,仮に靴を履いていたとしても,V1に蹴られることによってカギ裂き様の損傷がズボンに生じるという可能性は低いことや,傷の形状とズボンの損傷の形状が必ずしも整合しているともいえないことから疑問がある。そうであるとしても,控訴審判決は,自白と鉄紺色ズボンの傷が適合する旨を補足的に述べたに止まっている上,鉄紺色ズボンの損傷の成因は,家屋への侵入の際や殺人の犯行の際の何らかの物との衝突・擦過を始めとして種々のものが考えられるのであって,鉄紺色ズボンと本件との結び付きが否定されるものではない。また,仮に,捜査機関が鉄痕色ズボンを犯行着衣としてねつ造するのであれば,通常何かに引っ掛けた際にできるカギ裂き様の損傷や成因が自白でも説明されていない損傷を数か所もズボンに作るなどということは考え難い。結局,弁護人の主張は採用できない。
端布に関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,①捜査報告書写し4通(原審弁9,10,13,19),G3の警察官調書写し(原審弁11,12),捜索差押許可状請求書写し2通(原審弁17,18),捜索差押調書写し(原審弁20),②K3の陳述書(原審弁21)の新証拠を提出し,次のとおり主張する。
すなわち,新証拠①によれば,捜査機関は,昭和42年9月10日付けでXの実家について,差し押さえるべき物を「本件犯行に使用した手袋」「本件犯行時に使用して居たズボンのバンド」として捜索差押許可状を請求し,同月12日に捜索を実施したものであるが,犯行で用いた手袋は血まみれのはずであり,もしXが犯行着衣を1号タンク内に隠したとすれば,手袋のみを別の場所に隠匿したとは考え難い。また,仮に,血まみれの手袋が存在するならば,昭和41年7月4日に実施されたXの部屋の捜索の際に発見されていないはずもないし,その後,甲商店の従業員がXの荷物を実家に送付した際にそのまま実家に送付されるはずもなく,バンドも同様であって,手袋とバンドが差押えの目的物となっていることは不自然である。さらに,Xの実家で発見された端布は乾燥した状態であったから,味噌に漬けられ浸潤していた鉄紺色ズボンと同一か否かを明確に判断できるはずはないのに,捜査官において,端布が鉄紺色ズボンと同一の生地であることを直ちに認識したのも不自然であるし,5点の衣類の発見後,10日間も令状請求をしていなかったのも遅すぎて不自然である。そして,C1の確定審における供述によれば,警察がXの実家に来たのは2回目であり,供述の趣旨からすると,2回目が捜索の時のことであると考えられるため,1回目の時期や目的は不明であるが,この目的は端布の発見場所を定める準備であった可能性も考えられる。さらに,検察官の証拠調べ請求の過程も不自然であり,検察官は,5点の衣類の証拠調べ請求を昭和42年9月11日にしているが,その時点では端布は発見されておらず,Xと5点の衣類を結び付ける有力な証拠がなかった時点で同請求をするのは極めて不自然であるし,1号タンクから発見されたズボンと端布の切断面の一致については,同年12月8日に鑑定結果が明らかになる前には断定できなかったはずである上,G3から鉄紺色ズボンと端布が同一生地であるとの供述を得たのは同年9月20日であるのに,同月18日に端布の証拠調べ請求をしているのも不自然である。捜査機関は,既に,同月4日,ズボンの生地のサンプルを乙3から譲り受けているのに,同月18日にも再度サンプルを入手した上,同月20日,同月18日に譲り受けたサンプルと鉄紺色ズボンとの同一性を確認していることを総合すると,捜査機関が,乙3から譲り受けたサンプルを利用し,Xの実家のタンスの引き出しに入れておき,あたかもそこから端布を発見したかのように装っておくことは可能であるという。
また,新証拠②は,Xの支援者であるK3の2010年11月19日付け陳述書であるが,K3は,Xの実家へ捜索に赴いて端布を発見したとされる元警察官のP2から平成5年に事情を聴いた1人であり,その際,P2は,自分がXの実家に到着した際には既に1時間も前からP3警部がその場にいた,P3の指示によりタンスの引き出しを開けたら端布が入っていた,端布を発見するとP3の指示によりすぐに現場を引き上げたなどと供述したとしており,令状による捜索の際には,少なくとも現場には全員が一緒に入るのが当然であるにもかかわらず,P2が到着した1時間も前に,P3が現場に着いていたというのは,通常の捜索のあり方からして極めて不自然であり,P3が,事前に現場で,P2に知らせられない何らかの行動をとっていたのではないかと推測され,また,P2は,P3の指示によりタンスを開けたところ端布を発見し,直ぐに現場を引き上げたという経過からすると,P3自身はタンスの引き出しの中に端布が入っていることを知っており,これが捜索の隠れた目的であったようにも考えられ,捜査責任者であるP3がこのような不審な行動をとっていることは,同人を含めた警察官によるねつ造の可能性が,十分に考えられるという。

判断

弁護人は,新証拠①に照らせば,捜査機関が,昭和42年9月4日に乙3から譲り受けたズボン生地サンプルを利用して端布をねつ造した可能性があるというのであるが,端布は,円筒状に縫製されたものであって,このように円筒状に縫製された布が生地のサンプルとして提供されることは想定し難い上,通常の生地サンプルの大きさ,形状からすれば,生地サンプルを使用してズボンの端布のような物を作り上げることができるとは考え難い。また,鉄紺色ズボンと端布の縫製の形状は一見したところ,特に両者で矛盾する点はないとされているところ,新証拠①によれば,鉄紺色ズボンに関する捜査は,同年8月31日の発見を受けて開始されており,同種の生地を確実に入手できる術があったとはいえず,現実に生地サンプルを入手できたことからそのようなねつ造を捜査官が発案したとすれば,旬日にも満たない短期間のうちに,生地サンプルを使用し,太さ,切れ目,使用糸,縫製方法等を調整して,発見された鉄紺色ズボンの裾から切り離した端布であるように見せかける加工をしたことになるが,そのような工作は,縫製業者等の協力も必要となること等からして,著しく困難なことであって,現実性が極めて乏しい。また,仮に所論のいうように鉄紺色ズボンがXの着用していたものではなく,捜査機関がねつ造したものであるとしたら,予め準備した鉄紺色ズボンの裾を裁断して端布を作成しておけば足りるはずであって,なぜ,鉄紺色ズボンの発見時からXの実家への捜索・差押時までのごく短い間に,他の布地(所論のいうような生地サンプル)から鉄紺色ズボンの端布の作成をしなければならないのか合理的な理由が説明できない。このような事情を踏まえると,捜査機関が,乙3からサンプルを利用して,ズボンの端布を装ったねつ造工作をすることは,ほとんど現実性のない想定であって,想像上の可能性をいうに過ぎないものである。
また,捜索の経緯につき,弁護人は,血まみれのはずの手袋がXの荷物として甲商店からXの実家に送られるはずもなく,手袋とバンドを差し押さえるべき物として,捜索差押許可状を申請するのは不自然であると主張するが,手袋やバンドが,5点の衣類が在中していた麻袋内には入っていなかったことは事実であり,手袋やバンドが布製でなければ,付着した血液を洗い流すなどして引き続き使用する可能性もないわけではなく,これらは既に廃棄されたものと勝手に断定して捜索もしないというのは捜査の手法として問題があり,5点の衣類の発見を受けて,それ以外に犯行時に身に着けていた可能性のある物を対象に捜索を行うことが不自然とはいえない。また,捜査官が,Xの実家で端布を発見するや,直ちに鉄紺色ズボンの端布と判断した点が不自然であるとする弁護人の主張は,新証拠②とともにねつ造を疑わせる根拠として主張するものであるが,鉄紺色ズボンの製造元の従業員らは捜査官にそのズボンを示されて前記サンプルに係る服地(6602番B)ではないかとの意見を述べて前記サンプルを捜査官に示しているのであり,その捜査に当たったP4巡査部長も,一見してそのサンプルと鉄紺色ズボンの生地が合致すると判断している(原審弁9)くらいであるから,仮に,捜索に当たった捜査官が,その形状や色等から端布発見時に直ちにそれが鉄紺色ズボンの端布であると判断したとしても,それは何ら不自然なこととはいえない。捜査官は,Xの実家の捜索を行った際に,Xの衣類についても確認をし,写真撮影を行っていること(当審検149,150)や,C1は,確定審で,同捜索時の状況について,警察官は,端布を発見すると,実家にあった長男の洋服を全て調べた上で,その中で適合するものがないと言った旨を述べていることに照らすと,捜査官は,端布の形状や色,実家にあった衣類との整合性を確認し,Xの実家に存在する衣類とは整合しない上,形状からして明らかにズボンの端布であることが認められることから,鉄紺色ズボンに関連する物と認めて任意提出させた上で差し押さえたと認められ,押収経緯に不自然な点があるとはいえない。
なお,原決定は,端布は他の衣類とともに寮から送られてきたとするC1の供述調書につき,警察官から端布が出てきたと見せられ,実家の同居者の全ての衣類と一致しないという事実を突きつけられて,消去法により寮から送り返されたXの荷物であると供述したと解する余地があるとするが,C1は,発見された端布について,送られてきた荷物の中に衣類以外に腕章のような物があり,まだ新しく,喪章かと思って引き出しに入れていたと具体的に供述しているのであるから,原決定の推測は根拠が乏しく,想像の域を出ないもので,合理的とはいえない。
また,原決定は,通常,端布は2枚1組で保管するものであるが,1枚しか発見されず,1枚は所在不明であることを指摘するほか,寮から送付された荷物は南京袋と段ボール2箱に及んでいて,バンドや端布以外にもXの所有物又は関連性の有無が問題になりそうなものもあったと思われ,捜査実務では関連性があると思われる物は広範に差し押さえるのが通常であるのに,バンドのほか,一見しただけでは関連性が明白とは考えにくい端布を目的物ではないのに押収しただけで,それ以外には何も差し押さえてはいないのは不自然であると説示し,この点が「最も疑問の余地がある」と指摘している(原決定57頁以下)。
しかしながら,端布は,継ぎはぎなどの補修用に保存しておくものであって,本件当時であっても,端布を長く保管しておくのが通常であるともいえず,また,補修のために2枚とも使用するということは考え難いので,1枚のみ保管しておくということも不自然ではなく,原決定のいうように通常2枚1組で長く保管するはずであるという経験則があるとはいえない。また,C1の供述調書によれば,南京袋には布団や砂糖1箱等が入っており,段ボール箱は細長いものと平たいもので,後者には日用品が入っていただけで,Xの衣類の点数はさほど多くなかったことが認められる上,発見されたXの衣類は写真撮影がされていることは既に述べたとおりである。1号タンクから発見された5点の衣類は下着や上衣,ズボンであって,着衣として一通り揃っており,他に衣類で関連性が認められそうなものは容易には想定し難く,そうであればこそ,他の衣類については任意提出を受けずに写真撮影にとどめたものと考えられ,また,捜索差押えの目的物がバンドと手袋に絞られたことも不自然とはいえない。そもそも,捜索差押えが実施されたのは,第1審の審理中であるから,事実関係の解明を進めている捜査段階のように,捜査の発展の可能性を意識して広範な差押えをすることは許されるものではなく,令状審査においても必要性について慎重に検討されるはずであって,端布の存在を想定することは困難であるから,差押えの目的物を前記2点に限定したことは,むしろ当然のことであって,原決定のこれらの指摘は不合理であり,ねつ造の疑惑を裏付ける事実であるかのように説示しているのは失当である。
結局,新証拠①に関する弁護人の所論を踏まえても,端布がねつ造されたとの指摘は抽象的な可能性の域を超えないものである。
次に,新証拠②については,K3の陳述内容は前記の弁護人が主張する内容のほか,P2に対し,タンスの一番上の引き出しに端布が置かれているのはおかしいと追及すると,P2は,年金生活なのでこれ以上は話せないなどと答えたなどというものである。また,P2から事情を聴きとったXの支援者のK4作成の報告書が,その内容をさらに敷衍するものとして,原審で弁護人からP2の証人尋問を求める旨の事実取調べ請求書(2)と共に提出されている。その提出の趣旨は,職権による証人尋問を求めるための疎明資料として添付されたものと考えられ,新証拠として提出されたものとはいえないが,原審の再審請求理由補充書3,第5の5において,同陳述書を新証拠②と相まって信用性が認められるとしており,新証拠②の証明力を補強する趣旨の資料として援用しているとも解されるので,これらをまとめて検討する。K4作成の報告書は,2001年3月13日付けのもので,平成5年10月に当時の弁護人の一人であるK5弁護士らとP2宅を訪問し,P2から聞いた話として,①県警本部にいたP2は前日に捜索差押えを行うよう命じられたが,なぜb警察署で担当していたP3にさせないのか不思議に思った,②当日朝8時頃に捜索に出向いたらP3らが1時間も早く来ていて,P3が一緒に捜索に従事するとは聞いていなかったので驚いた,③捜索はP2とその同僚だけで行い,捜索中にP3がタンスの引き出しの中を調べるよう声を掛けたのでそこを調べると,最上段の小引き出しの一番上に黒い布切れがあり,P3はそれを見て,5点の衣類のズボンの端布に間違いないと言って,P3の指示で任意提出を受けることになった,④端布が見つかるとバンドや手袋が発見されていないのに捜索終了の指示が出て,30分も経っていないのに捜索が終了となったなどと記載されている。
しかしながら,P2の発言が陳述書等のとおりのものであったとしたら,K5弁護士が同行していながら,その発言内容が7年もの長期間にわたって証拠化されていなかったのは不可解である上,手袋やバンドを探すのであれば,タンスの引き出しは当然捜索すべき場所になるはずであって,そこを探さないはずはなく,また,端布を最上段の小引き出しに入れておくことは特に珍しいこととはいえず,P2が年金のことまで持ち出して供述を渋ったというK3の前記陳述内容は余りに不自然である。さらに,捜索差押調書によれば,捜索差押えを実施した時間は午前8時15分から午前10時35分までの約2時間20分であり,捜索差押えがそのような長時間にわたってかなり綿密に行われたことは,C1の「家の中は詳しく調べられた。押入れは布団を全部出して調べられた。」旨の供述や,前記の写真撮影の証拠等でも裏付けられている。また,端布以外にバンドが発見・押収され後に証拠として採用されている上,P3はb警察署所属ではなく,県警捜査一課に所属する警察官であって,P2の供述とされる内容は枢要な部分において客観的事実に反するものである。そうすると,K3やK4がP2から聴き取った内容を正確に記述しているのか疑問があり,仮にP2がそのような発言をしたとすれば,P2の記憶はかなり不正確で,変容しているとしか言いようがなく,いずれにしても,K3やK4の作成した陳述書等の内容は信用性が極めて低いことは明らかである。
したがって,これらの新証拠は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
緑色パンツに関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,①C3の警察官調書写し(原審弁14),②任意提出書写し(原審弁85),領置調書写し(原審弁86),ブリーフ3枚(原審弁87ないし89)の新証拠を提出し,次のとおり主張する。
すなわち,新証拠①は,発見当日に撮影された緑色パンツのカラー写真が添付されたC3の警察官調書であるが,同添付の写真によると,

緑色パン

ツの前面裏側の右上部や中央部等に血痕が付着しており,特に腰部の上端から下方にかけてはっきりとした血痕が確認できるものの,その外側の部位に対応する白ステテコには血痕が付着していないことからすると,緑色パンツに付着している血液は,白ステテコ等を介することなく,直接付着したと認められるのであり,犯行の途中で白ステテコも脱いだという不合理な判断を介さざるを得ない

裏返しになった緑色パンツの前身頃の部分から後身頃

の部分にかけて血液が付着しており,それらは同時に付着したように見えるところ,緑色パンツだけを裏返しの状態に置き,直接血液を垂らすか,なすりつけたものといわざるを得ず,以上の付着状況からすれば,結局,ねつ造したものとしか考えられないという。
また,新証拠②は,丙2メリヤス「D」ブリーフであるところ,確定判決は,緑色パンツは,丙2メリヤス「D」であり,かつ,Xの実母が,「D」を取り扱っている丙1屋で緑色パンツを購入したことを認定する一方,弁護人が確定審で提出した緑色ブリーフこそXのものであるとの主張に対して,Xの実母や実兄が虚偽の供述をしている可能性を指摘して,緑色パンツとXとの結び付きを認めた。しかし,新証拠②の「D」であることが明らかなブリーフにはゴム通し口が存在するのに対して,緑色パンツにはゴム通し口が存在しないものであることに照らせば,緑色パンツは「D」ではなく,したがって,緑色パンツがXのものであると認定した確定判決は誤りであるという。

判断

新証拠①に関する所論のうち

の点については,犯人が血の付いた手で

触るなどして形成されたと考えても矛盾はないものであり

の点について

は,血痕付着についての単なる可能性の一つを意見として述べるに過ぎないのであるから,結局,捜査機関のねつ造を疑わせるものとはいえない。新証拠②について,丙2メリヤスのJは,確定審の証人尋問の際に,法廷で直接緑色パンツを確認した上で,縫製等から自社製品であると供述しているのであって,供述当時において,製造会社の者が自社製品と他社製品との見分けがつかないとは考え難いので,同供述の信用性は高いと認められる。また,丙2メリヤス「D」は,昭和41年8月9日に縫製方法が変更されており,新証拠②のブリーフは,同日以後に入手した製品であることがうかがわれるのであるから,緑色パンツと新証拠のブリーフとの間でゴム通し口の有無に差異があったとしても,緑色パンツが「D」であるとの確定判決の認定に影響を与えるものとはいえない。
したがって,これらの新証拠は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
なお,この点につき,原決定は,Jの指摘する特徴のみで緑色パンツが丙2メリヤスで縫製された商品と断定できるか疑問であり,仮に丙2メリヤスの商品であるとしても,捜査機関がXのもののように装うことは可能であると説示するが,前者の点は,具体的に指摘している点が限られているとしても,自社製品を誤認するとは考え難いことは前記のとおりであって,後者の点は,単なる想像の域を超えるものではない。
白半袖シャツ及びネズミ色スポーツシャツの損傷とXの右上腕部の傷の関係に関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,H3の原審証言及び第1次再審において提出したH3第1鑑定に基づき,次のとおり主張する。
すなわち,確定判決は,白半袖シャツ右肩の損傷部分がXの右肩の傷痕の位置と概ね一致すること,この損傷部分に内側から滲み出たと認められるXの血液と同型のB型の血液が付着していたこと,ネズミ色スポーツシャツ右肩にも損傷があることなどから,Xの右肩の傷は,白半袖シャツ及びスポーツシャツを着用した上から何らかの作用を受けて受傷したものと認定し,Xが犯人であることの根拠とした。
しかし,新証拠によれば,Xの右肩の傷からの出血が,白半袖シャツ右肩の血痕の位置に付着することはないとの事実や,Xの右肩の傷,白半袖シャツ右肩の損傷及びネズミ色スポーツシャツ右肩の損傷は,同一の機会によって生じたものではないことが明らかになり,Xの右肩の傷は,白半袖シャツ及びスポーツシャツを着用した上から何らかの作用を受け受傷したものとはいえず,Xと白半袖シャツの結び付きが否定されることになるという。イ
判断
H3の原審証言は,基本的にはH3第1鑑定の内容を説明するものであるところ,H3第1鑑定とそれに基づく白半袖シャツとネズミ色スポーツシャツの損傷とXの右上腕部の負傷との不整合に関する主張については,既に第1次再審において排斥されているものであって,原審でH3第1鑑定の作成者であるH3の証人尋問が実施され,H3第1鑑定の内容と同じ内容の証言を得たとしても,結局,第1次再審において判断を経た事実と同一事実に基づく主張というべきであり,H3証言に基づく主張は刑訴法447条2項によって許されず不適法なものである。
なお,白半袖シャツ及びネズミ色スポーツシャツ右肩の損傷とXの右上腕部の傷との関係については,第1次再審における即時抗告審決定や原決定が説示するとおり,スポーツシャツと半袖シャツとでは体への密着の程度が異なり,損傷等が格闘中に衣類を引っ張られるなどした際に生じた可能性があること,各シャツが味噌漬けにされたことによって収縮しており,その収縮の程度が異なる可能性があること,Xの体格が事件当時から変化した可能性があることなど,様々な可能性が想定し得るものであり,H3第1鑑定及びH3の原審証言は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
この点につき,原決定は,白半袖シャツとネズミ色スポーツシャツが実はねつ造されたもので,別々に傷を付けられたとすれば,このような食い違いが生じたことはむしろ当然であると説示するが,ねつ造するのであれば,食い違いが生じないように2枚の衣類を重ねて傷を付けるのではないかともいえるのであって,原決定の説示は説得的でない。
本件当時の1号タンクの味噌の量に関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,捜査報告書写し3通(原審弁42,43,84),F3の警察官調書写し(原審弁90),F4の警察官調書写し(原審弁145)の新証拠を提出して,次のように主張する。
すなわち,昭和41年6月30日時点の1号タンク内の味噌の量について,控訴審判決は,1号タンク内には相当量の味噌が残っており,内壁部付近,特に奥の方には二,三〇センチメートルくらいまで残っていた可能性があり,同日以降味噌を出した可能性は薄く,捜索の際にも同タンク内には半分より少なかったがなお相当量の味噌が入っていた旨認定し,Xが1号タンク内に5点の衣類を隠すのは十分可能であったと判断し,第1次再審の即時抗告審決定も,事件直後の1号タンク内の味噌の量は80㎏を優に超えていたと認定した。
しかし,新証拠によれば,昭和41年7月4日時点の1号タンクの味噌の量は80㎏であったところ,同年6月19日から同年7月30日までの間は1号タンクから味噌は出庫されなかったことが明らかになった一方,控訴審判決が認定の根拠としたF4,F5及びF2らの供述に著しい変遷があることも明らかになった。そして,1号タンク内の味噌の量が80㎏しかないとすると,そもそも犯行着衣を隠すような場所とはいえず,5点の衣類を入れた麻袋を覆い隠したとしても,その部分だけが山になってしまい,一見して不自然であって,捜索にあたった警察官が確認しないはずはないし,同月20日の仕込みの際に甲商店従業員が味噌の中に隠された麻袋に気付かないわけもなく,5点の衣類がねつ造の可能性が高いといえ,さらに,それ以上に重要なのは,検察官自身が1号タンクの味噌の量が80㎏しかないことを知りながら,これと異なる主張を続け,新証拠の捜査報告書をひた隠しにしてきたばかりか,関係者の供述をねじ曲げてしまい,事実に反する証言をさせたことが認められるのであり,確定判決が前提とした事件直後の1号タンクの味噌の量は全く信用できないことが明らかであるという。

判断

確定判決は,捜索の際にも1号タンク内には半分より少なかったが,なお相当量の味噌が入っていたと認定しており,第1次再審も,80㎏を優に超える味噌が入っていたと認められるものと説示しているところ,新証拠によれば,いずれも昭和41年7月4日の在庫調査の結果,1号タンク内の味噌の在庫量は80㎏であったとの記載がされている。
しかし,その在庫量の記録は,在庫調査を担当したF2の申告に基づくものとしか考えられず,同人は,確定審において,80㎏というのは大体見た見当であるところ,在庫調べの際には,「なるたけ少な目にしていました。多過ぎてはまずいことになりますから」旨の在庫量を少なめに記載していたことを供述していたのであるから,実質的には新証拠とはいい難い。また,このF2の供述のほか,甲商店の生産管理等の責任者であったF4は,タンクから味噌を運んでこした際の量が伝票で出ており,同伝票から換算すると,本件当日の1号タンク内の味噌の量は160㎏くらいであり,中心部はある程度底までいっているが,外壁部は20㎝か30㎝くらいあったと思う,通常であれば,責任者であるF4も立ち会って在庫量を確認しているが,昭和41年7月4日の調査の際は,事件の関係で見ている暇がなかったため,F2が作成した報告書の在庫量と食い違いが出ていると思うと供述している上,新証拠として提出されたF4の警察官調書写し(原審弁145)においても,F4は,「在庫数というものは,目見当ということもあるので実際の数量より若干の違いはあります」としており,F4の供述内容は一貫していることが認められる。
そして,F4が供述した在庫量の根拠は伝票等という客観的な資料に基づくものである一方,F2の在庫調査はもともと少なめに記載していた上,目分量で判断したものであることに照らすと,F2が作成した在庫調査の正確性には疑問があるといわざるを得ず,ひいては,同調査を前提として作成した新証拠の捜査報告書に基づいて,1号タンク内の味噌の量を80㎏と認定することもできないのであって,結局,本件当時,1号タンクの味噌の量は相当量あったとした確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるものではない(なお,仮に所論のとおり,本件当時の1号タンクの味噌の量が80㎏だとしても,第1次再審即時抗告審が説示するように,5点の衣類が入った麻袋は十分隠匿できたと認められるのであるから,5点の衣類が大量の味噌の仕込みが行われた昭和41年7月20日以前に隠匿されたとの推認は妨げられない。)。
したがって,これらの新証拠は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
1号タンクへの味噌の仕込みの際のXの役割に関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,①F4の警察官調書写し2通(原審弁32,33),②F5の警察官調書写し(原審弁34),③F2の警察官調書写し2通(原審弁35,36),④F1の警察官調書写し(原審弁37),⑤F6の警察官調書写し2通(原審弁38,39)の新証拠を提出し,次のとおり主張する。すなわち,控訴審判決では,F4,F2,F1及びF6の各公判供述を根拠として,昭和41年7月20日の1号タンクへの仕込みの際にXが同タンク内で味噌を踏んだ可能性があると認定している。
しかし,まず,F2は,原審弁35においては,前記味噌の仕込みの際の踏み手は誰がやったか思い出せないなどとしていたのに,原審弁36においては,踏み手はXがやったと記憶しているなどと供述が著しく変遷しており,第1審における証人尋問の際は,多分Xがやったと思うとしながらもはっきりとは分からないと供述し,控訴審における証人尋問の際は,更に供述を後退させ,はっきりしないと供述するに至っている。
また,F1は,原審弁37においては,誰が仕込んだか分からないとしていたのに,確定審の公判供述によれば,F6とXがやっていたと供述を変遷させており,F6も,原審弁38においては,Xは主として味噌すりをやっていたとしているが,確定審の公判供述によれば,踏み手の仕事はF2とXが主としてやっていたと変遷している。
さらに,F4は,原審弁33においては,Xの主な仕事は,仕込み味噌を出して味噌すり場に運ぶことであったとしており,Xが通常は味噌の仕込み作業をしていないとしている。
以上のように,甲商店従業員の供述は,当初,誰もXが仕込み作業をしたとは供述していなかったにもかかわらず,その後,一様に1号タンクの仕込み作業をしていたという方向に内容が変遷しているところ,この背景には捜査機関からの働きかけや誘導があったと考えられ,これらの者の供述は信用できず,Xは,昭和41年7月20日に仕込み作業をしたとは認められず,同日の仕込み作業の際にXが踏み手をやっていたとの確定判決の認定は維持できないことは明らかであるという。

判断

そもそも,確定判決は,Xが,5点の衣類を1号タンクに入れた際の具体的状況や日時については明確な結論に達することはできなかったとしているものであって,昭和41年7月20日にXが仕込み作業を担当したとは認定していないし,控訴審判決も,同日にタンク内で味噌を踏んだ可能性があるとするにとどまり,味噌の仕込みを担当したとは断定していない上,Xが仕込みをしたことをもって直ちにXの犯人性を推認したものでもない。また,新証拠として提出された甲商店の元従業員の供述調書を見ても,甲商店の元従業員は,いずれも,Xは,普段はタンクから味噌を取り出して味噌すりをする担当であったが,人手不足の時には,仕込みも手伝っていたと供述しているのであって,昭和41年7月20日の仕込みの際にXが手伝った可能性を排斥するような供述をしていたとはいえない。また,仮に,実際にはXが同日の仕込みを担当していなかったとしても,5点の衣類が既に1号タンク内の味噌の中に隠匿されており,その上から新しい味噌を仕込むのであれば,同日の仕込みの際に5点の衣類が発見されなかったとしても,あながち不自然とはいえない。
そうすると,昭和41年7月20日の仕込みをXが担当したか否かは,同日の仕込みの際に5点の衣類が発見されなかったとする確定判決の認定には影響しないものであるから,これらの新証拠が,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
2
5点の衣類等以外に関する新証拠の検討

前記のとおり,確定判決は,Xの犯人性を自白以外の証拠から認定できるものとしており,その中でも,5点の衣類に関する証拠が最も重要な証拠とされる一方,それ以外の証拠は犯人性を推認する上で補助的に用いられているに過ぎないと解され,仮に新証拠が5点の衣類以外の証拠の証拠価値を減殺させるものであってとしても,基本的には,Xの犯人性に関する確定判決の結論には影響を与えるものではないが,以下,第2次再審で提出された5点の衣類以外の新証拠の証拠価値についても,念のため検討を加える。焼けた紙幣関係の新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,①Qの陳述書(原審弁29),②X取調べ録音テープ・外箱画像及びメモ一覧(当審弁190),録音テープ反訳書(当審弁191の1ないし191の20)の新証拠を提出し,次のとおり主張する。
すなわち,新証拠①について,Qは,本件当時,b郵便局で郵便物の仕分け作業を担当していた者であるところ,b警察署宛ての事故郵便物が発見されたことは聞いたことがなく,郵政監察官に事情を聴かれたこともない上,通常であれば事故郵便物を勝手に郵便局で開封することもなかったとするものであって,そもそも,警察が任意提出を受けたとされるb警察署宛ての現金入り封筒が,b郵便局に事故郵便物として存在した事実があったのか大いに疑問であり,b郵便局で発見された現金入り封筒の証拠としての信頼性は極めて低いものである上,捜査機関が証拠をねつ造したことを裏付けるものであるという。
また,新証拠②について,当審で開示された取調べ録音テープによれば,Xによる「Eに5万円を預けた」旨の供述の過程が録音されているが,これによれば,Xの前記供述は,すべて取調官の誘導による結果に他ならないことが明らかになり,原決定が指摘したとおり,b郵便局で発見された紙幣は,Xの供述に合致した証拠を捜査機関がねつ造した疑いが高まったという。イ
判断

前記のとおり,そもそも,焼けた紙幣に関する間接事実は,Xが犯人であることと整合性があるという程度の推認力を持つに過ぎず,焼けた紙幣に関する確定判決の認定のみに合理的な疑いを生じさせたとしても,それだけではXの犯人性の認定には何ら影響を与えるものではない。
この点を措くとしても,まず,新証拠①については,b郵便局から差出人不明の郵便物が発見され,その中に一部が焼けた紙幣等が入っていたことについては,b郵便局郵便課職員のRの供述にも現れており,写真撮影による裏付けもあるものであって,仮にその事実自体がねつ造であるとすると,警察官と関係する郵便局員が通謀して事故郵便物の存在をねつ造したということになり,余りにも非現実的というほかなく,b郵便局内から焼けた紙幣等が入った事故郵便物が発見された事実自体は揺るぎなく認定できるものである。一方,Qの陳述書は,40年以上経過してから初めて作成されたものであり,記憶の喪失や変容が考えられるところ,その内容自体,b郵便局内から焼けた紙幣等が発見されたことは弁護人から聞いて初めて認識したというものであって,やや不自然さを否めず,信用性は乏しいものといわざるを得ない。
また,新証拠②(当審で初めて提出された新証拠であるが,焼けた紙幣に関するねつ造の主張は,既に原審でも主張されていたことから,適法な主張と認めて判断を示す。)については,b郵便局で発見された焼けた紙幣に関する事実は,前記のとおり,確定判決ではXの犯人性を認定する上で補助的に用いられているに過ぎない上,Xの自白についても,確定判決は,自白を除いてもXの犯人性を優に認定できるとしているのであるから,Xの自白の採取過程をいう所論は,Xの犯人性を疑わせるような証拠価値は有さないものである。また,ねつ造の可能性をいう点についても,所論指摘の取調べ状況やその後の焼けた紙幣の発見状況を踏まえても,これらの証拠を捜査機関がねつ造した疑いは,未だ抽象的な可能性をいうに過ぎない。
したがって,これらの新証拠は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
なお,原決定は,焼けた紙幣の発見に関して,紙幣の記号番号部分を焼いた作為が見られること,Eが送付したものであるとすれば,なぜXが犯行に関与していることを明示する文言を書いたのか理由が不明であり,証拠物自体の不自然さと相まって,この証拠物がねつ造された疑いさえもあるものと評価せざるを得ないと説示する。確かにEが送付したのであれば,紙幣をすべて焼却する方が合理的ともいえるが,自分の手で被害品を滅失させることに抵抗があるものの,持っていてEの嫌疑が深まることをおそれた窮余の行動とも考えられ,また,紙幣の記号番号を焼いたのは,被害紙幣の記号番号が捜査機関に把握されているものと誤解して,はっきり被害品であると分からないようにしたかったという可能性もあり,Xから受け取ったことを示唆する文言についても,Eは受け取った現金が被害者らから奪った金であるという説明をXから受けていなかったことにしたかったということも考えられるところであり,一定の目的に沿った合理的な行動とはいい難いものの,Eが紙幣を送付したとしても,不自然とはいえず,原決定が指摘する点のみで,捜査機関によるねつ造の疑いさえあると評価するのは相当でない。戊路線バス車内で発見された財布に関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,Sの陳述書(原審弁31)を新証拠として提出し,次のとおり主張する。
すなわち,Sは,昭和41年7月19日,戊路線バスの車内で甲商店の出火見舞礼状のはがきが入った財布を見つけた者であり,新証拠の同人の陳述書には,同財布は遺失者不明により,後日,一人で警察に行き財布在中の現金を受け取ったこと,遺失物を受領した際に財布やはがきは受け取らず,現金についても汚れているからなどの理由で別の金を渡されたことなどが記載されている。一方,検察官は,前記財布等について,拾得者と称する25歳位の男と20歳位の女が取りに来て,同財布等をすべて引き渡したとする事実と異なる捜査報告書を作成しており,捜査機関が,Xと異なる真犯人が明らかになることを回避し,また,Xを犯人とするべく偽造工作をした疑いがあるという。

判断

Sが拾得した財布に関する証拠は,確定審でも提出されているものであり,控訴審判決は,Sが拾得した財布の存在を前提として判断していると認められるものであって,もとよりその存在はXの犯人性を左右するようなものではなく,新証拠によっても,確定判決の認定が覆るものではない。また,前記捜査報告書の記載から捜査機関のねつ造を主張する点については,まず,そもそもSの陳述書の内容をみると,Sが,拾得物を取りに行った警察署がどの警察署であったかとの点に関する記憶自体が曖昧である上,拾得物引渡事務を担当した警察官は男性であったと供述するが,実際には女性であるP5が担当していたものであり,陳述書の内容の正確性に疑問がある。その点を措くとしても,Sが拾得した財布等は受け取りに来た男女に引き渡した旨の記載は,静岡県警u警察署の拾得事務担当者であるP5からの聴取を基にしたものと認められ,現にP5は,検察官に対して同趣旨の供述をしてその旨の供述調書も作成されているところ,P5が,あえて拾得物の引渡状況について虚偽の供述をすることは考え難く,Sの陳述書の内容と前記捜査報告書の記載内容の齟齬をもって,捜査機関が,証拠をねつ造していたというのは,論理の飛躍があるというほかない。
そうすると,前記陳述書は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
裏木戸関係の新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,捜査報告書写し6通(原審弁121ないし123,132,133,138),T1の警察官調書写し(原審弁140),T2の警察官調書写し(原審弁141),T3の警察官調書写し2通(原審弁142,143),裏木戸分析写真集(原審弁150),「警防活動時等における安全管理マニュアル【改訂版】」写し(原審弁151),「消防職団員のための警防活動時安全管理マニュアル」写し(原審弁152),「消防団幹部実務必携
平成23年度版」写し(原審弁153),「消防団活動マニュアル」写
し(原審弁154)の新証拠を提出し,次のとおり主張する。
第1次再審の特別抗告審の決定において,工場内の1号タンクから発見された5点の衣類が犯行着衣であることの根拠の1つとして,犯人が,本件前後に同工場内に出入りしたことをうかがわせる情況証拠が挙げられているところ,裏木戸が閉まっていたとすれば,犯人が工場に出入りしたことが否定されることになるため,裏木戸の状況は極めて重要な意味を持つ。ところで,確定判決では,Xは,裏木戸の上の留め金を外さないまま,扉を無理に引っ張って隙間を作り,そこから出入りしたと認定した。また,第1次再審でも,確定判決が説示するような方法で裏木戸を通過することは可能か否かが争われたが,留め金が外れた時は,消火活動の時とは限らず,Xが脱出しようとした時に外れたとして,裏木戸は開いていたと認定したものである。しかし,新証拠によれば,裏木戸には,カンヌキが掛かっていた上,上下の留め金も施錠されていたものであって,裏木戸は開いていたという認定は誤っており,犯人の脱出口は裏木戸ではなかったということになるため,本件犯行のストーリーの根幹を変えることになるという。

判断

控訴審判決は,犯人の脱出口をどう見るかは,犯罪事実の認定に影響を与えるものとは考えられない旨を説示している上,確定判決も,最後の脱出口が裏木戸であったとも認定していない。第1次再審即時抗告審の決定が説示するように,犯人と工場との関連性は,客観的証拠から認められる諸事実によって優に認められることに照らせば,結局,Xの最後の脱出口が裏木戸ではなかったとしても(当初の侵入口と同じであったとしても何ら不自然ではない。),Xの犯人性に合理的な疑いを生じるものとはいえない。したがって,これらの新証拠は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
なお,弁護人は,裏木戸の下部や重なり部分の焼損が弱いこと等を裏木戸が閉まっていた根拠として新たに主張するが,裏木戸が施錠されていたか否かという点と,裏木戸の開閉状態とを十分区別せずに主張している上,通常の火事の燃え広がり方からすれば,火は主に上方に燃え広がり,天井から横方向に,さらに壁や柱などを伝わって下方に延焼していくというプロセスをたどることになるから,裏木戸の内側の下方の焼損が弱いこと等から施錠の有無を推認することはできず,この点の主張は失当である。その余の新証拠に照らしても,本件直後の時点では,裏木戸は,カンヌキの横棒が完全に外されてはいなかったことは明らかではあるものの,カンヌキ上部の留め金を含め,全く施錠されていなかったものといえることは,第1次再審の即時抗告審及び同特別抗告審の各決定が示すとおりである。また,弁護人は,P6巡査部長作成の,①昭和41年9月15日に実施された裏木戸留め金発見に関する実況見分をまとめた,昭和41年9月20日付け実況見分調書について,同月12日に撮影された別の実況見分時には留め金の発見場所付近は片付けられていた上,同日撮影の写真にも留め金は写っていないのであるから,P6は,前記実況見分調書の作成にあたり,同月15日に留め金を作為的に置いた上で,落ちていた旨の虚偽記載をした上,その旨偽証したものである,②裏木戸通過実験に関する昭和41年9月26日付け捜査報告書にも,裏木戸の上部留め金をかけたまま,2つの戸の隙間から出入りが可能であった旨の虚偽記載をした上,その旨偽証したものであるという。しかし,①については,当審で提出された捜査報告書に添付された写真(当審検202)によれば,昭和41年9月12日の実況見分の際に撮影された写真には,当初は留め金が写っていたこと(ネガ番号1の写真)に照らすと,前記実況見分調書の写真は,同日の実況見分の際に一旦付近を片付けた後,同月15日にはその片付け前の状態を再現した可能性が否定できないものの,これを踏まえても,同実況見分調書の記載内容が虚偽のものはいえない。なお,弁護人は,その写真のネガフィルムも後日撮影し直したもので,Xの自白に秘密の暴露的要素があることを作出するために留め金を置いて撮影した疑いがあるというが,同フィルムのネガ番号1が含まれるフィルムストリップとネガ番号3以下のそれには連続性があり,ネガ番号4等の写真には昭和41年9月12日に実施された実況見分であることの表示札が写り込んでいることからすれば,ネガ番号1の写真は同日に撮影されたものと優に推認でき,また,仮に,留め金が同日から落ちていたように虚偽の証拠を作出するのであれば,留め金等が写った写真(ネガ番号1)に実況見分の日付が入った表示札も写るように撮影するはずであるが,ネガ番号1の写真には表示札は写っていない上,留め金が容易に判別できるように撮影されているわけでもなく,その他弁護人の所論を検討してもねつ造の疑いは生じない。さらに,確定審におけるP6の証人尋問においても,留め金については実況見分当日に落ちていたものであるか,再現したものかについては尋問されておらず,明言していないことを踏まえると,P6が虚偽記載や偽証をしたとの主張は採用できない。②の主張については,既に第1次再審即時抗告審決定により退けられており,刑訴法447条2項により不適法な主張というほかない。
火災発生後のXの行動に関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,捜査関係事項照会回答書写し(原審弁91),捜査報告書写し29通(原審弁92ないし97,99,102,103,108,109,112,113,116,119ないし127,129,135,136,137,144,155),F7の警察官調書写し3通(原審弁98,100,101),F8の警察官調書写し(原審弁104),F2の警察官調書写し2通(原審弁105,107),捜査メモ写し(原審弁106),F9の検察官調書写し(原審弁110)及び警察官調書写し(原審弁111),F5の警察官調書写し3通(原審弁114,115,139),F10の警察官調書写し2通(原審弁117,118),T4の警察官調書写し(原審弁128)の新証拠を提出し,次のとおり主張する。
すなわち,確定判決では,昭和41年6月29日午後10時30分頃から同月30日の火災鎮火に近い頃までの間に,Xの姿を見た者がいないなどと認定し,Xのアリバイを否定し,犯人の蓋然性が高いとしている。一方で,Xは,一貫して,自身が火災発生直後から他の従業員と共に消火活動に従事していたと供述していた。
そして,新証拠によれば,Xの同僚らは,火災発生のサイレン直後からXを目撃している状況が記載されているところ,同僚らは,捜査開始直後から一様にXには気づかなかったと供述を変遷させていることを考慮すれば,捜査機関が,同僚らを不当に誘導して虚偽の供述をさせていることが明らかである。また,Xは,昭和41年6月30日午前2時10分頃,サイレンとほぼ同時に従業員によって目撃され,その後も他の従業員に交じって消火活動を行っている姿が鎮火する同日午前2時32分まで絶え間なく目撃されており,火災発生直後から従業員らはホースやバールを探すために入れ代り立ち代わり工場内に出入りしているのである。加えて,1号タンクは,事件当時,3枚のビニールカバーに覆われており,タンクの上には,ビニールカバーを固定するために,二,三本の棒が設置されていたのである。そのような状況の中で,Xが,5点の衣類を麻袋に入れて隠すなどということができるはずはないのであって,Xが,事件直後に5点の衣類を1号タンクに隠したという認定は誤りである。
さらに,前記のような火災現場の状況や,関係者の供述する消火作業の状況は,Xの昭和41年7月4日付けの供述調書と非常に整合性がある。また,確定判決においては,Xが負傷していた事実を情況証拠に挙げているが,新証拠によれば,F7やF5も消火作業の際に負傷していることが認められ,同事実が明らかになれば,確定判決も安易な認定はしなかったと認められ,かえって,Xの傷が消火作業の際にできたものであるとの評価につながった可能性があるし,また,F11が三角部屋にあった雨合羽を着用して消火活動に当たっている事実も認められるが,このような事実が認められれば,Xが雨合羽を着て犯行に及んだことの誤りが明らかになるという。

判断

確定判決によれば,Xが,本件犯行に及んだのは昭和41年6月30日午前1時過ぎ頃とされ,火災が発生したのは同日午前1時50分頃,火災が鎮火したのは同日午前2時32分頃と認定されている一方,Xが,5点の衣類を1号タンク内に入れた際の具体的な状況や日時の詳細については認定されていない。
新証拠は,Xが,火災発生のサイレンともに同僚と消火活動を行ったとする甲商店従業員の供述等であるが,同供述の信用性を措くとして,仮に弁護人の所論がいうように,Xが,火災発生が従業員等に覚知された直後頃から現場付近で消火活動をしていたとしても,本件発生の時間帯にXのアリバイがないことには変わりないのであるから,Xのアリバイに関する結論に影響を与えるものとはいえない。
また,5点の衣類を隠匿した時期についても,前記のとおり,確定判決は,具体的な隠匿の状況や日時を認定せず,不明のままであるとしているのであり,火災発生直後のXの動静が5点の衣類に関するねつ造可能性をうかがわせる事情とはいえないことに加え,仮に本件直後に隠匿したとしても,1号タンクに蓋がしてあったことなどを考慮しても,隠匿することが物理的に不可能な短時間しかなかったとはいえないのであるから,いずれにせよ,確定判決の認定を左右するものとはいえない。
したがって,これらの新証拠は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
X供述の供述心理学的分析に関する新証拠

新証拠及び弁護人の所論

弁護人は,①録音テープ及び同反訳書(原審弁45,46),v大学名誉教授のH17作成の鑑定書(原審弁47),Xの供述調書等写し29通(原審弁40,41,48ないし59,64ないし68,70ないし79),承諾書写し3通(原審弁60,61,69),確認書写し(原審弁62),任意提出書写し(原審弁63),②X取調べ録音テープ・外箱画像及びメモ一覧(当審弁190),録音テープ反訳書(当審弁191の1ないし191の20),H17作成の鑑定意見書(当審弁202)の新証拠を提出し,次のとおり主張する。
すなわち,新証拠①は,Xの取調べの録音テープや,心理学を専門とするH17が供述心理学等の科学的方法を用いて同録音テープ等を分析した鑑定書等であり,同新証拠によれば,Xの自白は,無実仮説の可能性を強く示唆する徴表が見出されること,真犯人しか語り得ない秘密の暴露は全くないこと,物的証拠と食い違う自白部分があることに照らすと,無実の人が想像で犯行筋書を語ったがゆえの「無知の暴露」と解する以外になく,さらに,真犯人が自らの体験記憶に基づいて犯行筋書を語るときは,その自白には順行的に自然な流れが出てくる(順行的体験性)が,無実の人が虚偽の自白をするときは,捜査側の把握している物的証拠や客観的状況を突き付けられ,それを元にして犯行筋書を逆行的に構成せざるを得ない(逆行的構成性)ところ,Xの自白には,その逆行的構成の痕跡が大量に残されていることに照らすと,無実の者の虚偽自白であることが認められるという。
また,新証拠②は,原決定後に発見された録音テープやこれを分析したH17の鑑定意見書であり,同新証拠によれば,Xの取調べは,確たる証拠がないにもかかわらず,ひたすらXを犯人視して自白を強要し,執拗に謝罪と反省を迫るものであったことが明らかになったものであり,主任取調官は,その後,b郵便局で発見された現金入りの封筒の捜査に関する捜査報告書や,5点の衣類発見後のXの実家の捜索差押えにも出向くなど,本件でのねつ造が疑われる重大な場面に関与しているのであり,このような中から証拠のねつ造も容易に行い得たと認められる。また,H17鑑定意見書によれば,確定審が採用した昭和41年9月9日付けXの検察官調書は,そもそも任意性がないことが明らかであり,すでに自白的関係(自分のことを犯人と信じる人たちの前で自ら犯人を演じる関係をいう。)が成立してしまっている中にもう1人の取調官が登場したとき,自白的関係から離脱して真実の供述をするためには,供述者が有罪であることを前提としない受け身型の取調べの存在,警察における取調べ内容の影響の遮断,供述者が真実を話しても聞いてもらえる状況の存在が必要であるところ,U検察官の取調べは,Xが有罪であることを前提に何とか自白を得ようとする追及型の取調べ状況が存在している上,警察での取調べ内容を踏まえて取調べを行っており,警察での取調べの影響力が遮断されているともいえず,供述者が真実を話しても聞いてもらえる状況は一切うかがわれないのであり,新証拠②が第1審の審理段階で提出されていれば,裁判所は前記Xの検察官調書に証拠能力を認めなかったと解される上,無実のXが虚偽自白に追い込まれ,犯人に仕立て上げられたことが明白になったという。

判断

新証拠②に基づく主張は,当審で初めてなされたものであるが,H17鑑定書に基づく主張は原審でもなされており,当審で新たになされた主張はこれに関連してなされた主張と認められるから,一括して判断を示すこととする。
まず,Xの取調べの録音テープについてみると,確定判決は,Xの警察官調書については証拠排除決定をしており,検察官調書については1通のみ採用したものの,第1次再審即時抗告審決定等が指摘するように(同決定46頁以下),確定判決は,実質的には,Xの犯人性を推認する証拠としては用いていないのであるから,Xに対する取調べ状況に関する新証拠を提出しても,原則として,Xの犯人性に関する確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせることが明白な証拠とはいえない。
その上で,更に検討すると,確かに,取調べ録音テープからうかがわれるXの取調べは,取調官が,深夜まで連続して長時間取調べを続け,Xが否認しているにもかかわらず,繰り返し被害者遺族に対する謝罪の気持ちを聞いたり,Xの名前を連呼するなどして,Xを心理的に追い込んで疲弊させていく手法が用いられており,その取調べ中に排尿の要望が出た際,取調官が直ちに対応しなかったり,取調室に便器を持ち込ませて排尿をさせたりしたこともうかがわれ,その取調べ方法には供述の任意性及び信用性の確保の観点からは疑問といわざるを得ない手法が含まれていたことが認められるが,捜査段階におけるXの取調べ方法にこのような問題があることを踏まえても,取調べの結果,犯行のほぼ全容についてXの供述を得て,犯行着衣についてもそれがパジャマである旨の自白を得た捜査機関が,新たにこの自白と矛盾するような5点の衣類をねつ造することは容易には考え難いというべきであり,Xの取調べ状況から,5点の衣類のねつ造を結び付けることは,かなり論理の飛躍があるといわざるを得ない。
この点,原決定は,「人権を顧みることなく,Xを犯人として厳しく追及する姿勢が顕著であるから,5点の衣類のねつ造が行われたとしても,特段不自然とはいえない。公判においてXが否認に転じたことを受けて,新たに証拠を作り上げたとしても,全く想像できないことではなく,もはや可能性としては否定できない」と説示しているが,A鑑定や5点の衣類の色に関する誤った評価を前提としているとはいえ,自白追及の厳しさと証拠のねつ造の可能性を結び付けるのは,相当とはいえない。これまでしばしば刑事裁判で自白の任意性が問題となってきたように,否認している被疑者に対して厳しく自白を迫ることは往々にしてあることであって,それが,捜査手法として許される範囲を超えるようなことがあったとしても,他にねつ造をしたことをうかがわせるような具体的な根拠もないのに,そのような被疑者の取調方法を用いる捜査当局は,それ自体犯罪行為となるような証拠のねつ造をも行う傾向があるなどということはできず,そのような経験則があるとも認め難い。しかも,そのねつ造したとされる証拠が,捜査当局が押し付けたと主張されている自白のストーリーにはそぐわないものであれば,なおさらである。
また,H17鑑定書及び鑑定意見書については,その内容をみても,一般論としては妥当する部分があるものの,順行的体験性か逆行的構成性かの区別や無知の暴露,秘密の暴露についての具体的な当てはめは,結局はH17個人の見解を示すものに過ぎず,取り上げ方が恣意的であるとの批判を免れないほか,必ずしも経験則に合致しない推論があり,十分な科学的根拠を有しないことは,第1次再審即時抗告審の決定が詳細に説示するとおりである。例えば,真犯人が自白した場合にも,少しでも自分に有利にしようとして,証拠によって動かし難い事実はしぶしぶ認めるものの,他の部分については虚実を取り混ぜた筋書きを作出したり,知られていない事実は隠したりすることがあるほか,一旦は犯行自体について自白したものの,故意に事実に反する供述を織り交ぜて,後に自白を覆すこともあるなど,自白の態様は多様であって,順行的体験性,逆行的構成性の有無等のみで自白の真偽を判別することは容易なことではなく,逆行的構成性があることの一事をもって,自白全体が虚偽であると判断できるものでもない。また,自白のどの部分を取り上げるかによってその評価は変わり得るのであるから,網羅的に分析するか,あるいは一定の基準に従って分析対象を選別するのでなければ,科学的,説得的な分析とはならない。②のH17鑑定意見書についてみても,くり小刀の入手について,当初V2からもらったと供述していたことや入手時期の変遷は無罪仮説に沿うものであって有罪仮説では説明できないなどというのであるが,前者については,同女と密通していたなどという供述当初から虚偽が強く疑われるストーリーの中でXが述べていたことであるところ,捜査官に嘘ではないかと追及され,その後に入手先の供述を変更しているのであって,このような供述の変更が有罪仮説では説明できないとは考え難い。また,同鑑定意見書では,捜査官からくり小刀の入手先は犯行現場から比較的近いd市内ではないかと水を向けられているのに,Xの方からさらに遠方のe市内で購入したと供述し,これに対し捜査官がその真偽を疑うような態度を示している点,Xが購入した店の所在地や様子などについて誘導されることなく他の証拠と符合する供述をしている点(これらはむしろ順行的体験を述べているのではないかとも思われる。)などをどのように評価するのか明らかではない。また,自白の初期段階で,犯行着衣がパジャマであると信じている捜査官に対し,Xが,被害者宅に侵入する際,最初は,雨合羽を着て,その下はシャツと黒色のズボンを着用していて(ちなみに,5点の衣類が発見された当日に鉄紺色ズボンを見分した警察官は,それを「黒色ようズボン」と表現している。),パジャマに着替えたのは後である旨供述していること等の評価についても何ら触れるところはないなど,H17鑑定書や鑑定意見書の分析は網羅的でないばかりか,検討事項の取捨選択についても自己の判断と整合的になるような部分のみを取り上げている感を免れない上,個々の判断に供述心理学としての科学的な根拠が十分示されているものとはいい難い。結局,H17鑑定書や鑑定意見書を検討しても,Xの自白内容が,それ自体で積極的に無罪であることを示しているとまでいうことはできない。したがって,これらの新証拠は,Xの犯人性に合理的な疑いを生じさせるような証拠価値を有するとはいえない。
小括(新証拠の証拠価値)
そのほか,弁護人が,原審及び当審で提出した種々の新証拠をすべて検討しても,第2次再審で提出された新証拠には,確定判決が認定したXの犯人性に合理的疑いを生じさせるような証拠価値を有するものは存在しない。3
5点の衣類のねつ造可能性についての新旧証拠の総合評価

前記のとおり,第2次再審で提出された新証拠の個別の証拠価値を検討しても,それ単体としてXの犯人性に関する確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるような証拠は存在しないが,弁護人の所論に鑑み,第1次再審,第2次再審で提出された個別には証明力の弱い新証拠を旧証拠に加えて総合的に評価した場合に,5点の衣類は,犯人の着衣であり,かつ,Xのものであることについて合理的な疑いを生じさせ,ひいては,Xが犯人であるとした確定判決の認定に合理的な疑いが生じる余地が全くないかを念のため検討することとする。
確定判決及び控訴審判決は,5点の衣類には,下着にいたるまで多量の,しかも被害者の血液型と一致するA型,AB型,B型という複数の人血が付着していたこと,鉄紺色ズボンの左右前面,ネズミ色スポーツシャツ及び白半袖シャツの右袖上部に損傷があり,しかも白半袖シャツ右肩の損傷部分には内側から滲み出て付着したと認められる人血(B型)が付着していたこと,隠匿場所は1号タンクの底から3.5㎝のところにあり,事件後の昭和41年7月20日に新しく味噌を仕込んだ後はタンクの底部にこれらの衣類を隠すことはほとんど不可能と思われること,隠匿場所は犯行現場に近いことといった事情を総合すれば,5点の衣類は犯人が犯行時に着用していたと認めるのが相当としている。また,鉄紺色ズボンについては,その端布がXの実家から発見されており,Xのものと認められること,緑色パンツについてもXのものである疑いが極めて濃厚であること,5点の衣類は麻袋の中に一緒に脱いだ形でまとめて入れられていたことに照らすと,ネズミ色スポーツシャツ,白ステテコ,白半袖シャツもXのものであると認定している。以上の確定判決の認定は,新旧証拠を総合評価しても,不合理な点はなく,弁護人の主張する5点の衣類がねつ造された可能性は,具体的な根拠に乏しく,未だ抽象的な可能性をいうに過ぎず,捜査機関が5点の衣類をねつ造した合理的な疑いは生じない(なお,原決定は,5点の衣類が捜査機関によってねつ造された疑いがあるとしているが,この判断は,信用性の乏しいA鑑定及び味噌漬け再現実験が信用性の高いものであることを前提に判断したものであるが,当裁判所は,A鑑定及び味噌漬け再現実験の証拠価値に関して見解を異にしており,その前提が是認できない上,その認定・判断自体も首肯できない点が多々あることはこれまでに指摘したとおりである。)。ア
すなわち,まず,捜査機関による5点の衣類のねつ造可能性について
検討すると,1号タンクには,昭和41年7月20日に4tを超える味噌が仕込まれ,昭和42年7月25日からその取り出しが始まり,同年8月31日に1号タンクの底部から約3.5㎝の場所から発見されるに至っているところ,大量の味噌が仕込まれている昭和41年7月20日から昭和42年7月25日までの間に,捜査機関が,1号タンクの味噌を掘り出した上で底部から約3.5㎝の場所に5点の衣類が入った麻袋を隠匿することは,ほぼ物理的に不可能である。また,事件が発生した昭和41年6月30日から同年7月20日までの間についても,捜査機関は,未だXを逮捕しておらず,血痕が付着したXのパジャマを押収して解析を進めるなどして,犯行着衣としてはパジャマを想定していたことがうかがわれるのであるから,同時期に,5点の衣類を犯行着衣としてねつ造する可能性を想定することもおよそ非現実的である(弁護人も,同段階でねつ造工作を行ったとする趣旨の主張をしているものとは認められない。)。
そこで,捜査機関が,昭和42年7月25日の1号タンクからの味噌の取り出しが始まった後に,5点の衣類をねつ造した可能性を検討すると,Xの衣類は,昭和41年9月下旬には甲商店の寮から実家にすべて送り返されているため,捜査機関が,Xの衣類を入手してねつ造工作を行うことは想定し難い。また,Xの衣類に類似した衣類を入手してねつ造するにしても,①鉄紺色ズボンについては,乙2洋服店で2年近く在庫として存在し(第2次再審で弁護人から提出された新証拠(原審弁9)によれば,同ズボンは,乙3が,昭和39年に製造し,同社から乙2洋服店に対して,昭和39年12月21日から昭和40年9月10日までに出荷したものであると認められる。),同店で裾上げをしてもらったものを入手し,②緑色パンツについては,昭和41年8月8日以前に丙2メリヤスで製造されたものを入手し,③昭和42年7月25日から同年8月31日までの間に,甲商店に赴き,麻袋に入れて1号タンクに埋めた上,④鉄紺色ズボンの端布をXの実家に隠匿することが必要となるはずである。
しかし,①及び②については,このようなことが可能となるような条件がたまたま揃うという事態は相当稀であって現実性が乏しいというべきである。また,③については,甲商店側の協力を得ないまま,捜査機関のみで甲商店工場内の1号タンクに赴き,勝手に味噌を掘り返して5点の衣類を隠匿するのは極めて困難である上,甲商店側の協力者を想定すると,協力者が自社の製造する味噌の中に人血の浸み込んだ衣類を隠匿することになるところ,本件が稀に見る凶悪,重大な事件であることからすれば,犯行に関係ある着衣がタンクの中から新たに発見されたことが明らかになれば,味噌の売上減少等による甲商店の経済的な打撃は計り知れず,そうである以上,予め甲商店側の者の協力を得ることも相当に困難というべきである(5点の衣類がいつの時点で発見されるかも正確には分からず,これを発見した甲商店の従業員が営業への影響を考えてこっそり廃棄する可能性もあることからすれば,衣類の隠匿のみならず,発見時の通報についても事前に味噌の取出しを担当する者等の協力の約束をも得ておく必要があろう。)。加えて,④については,これをねつ造することが想定し難いことは,既に示したとおりである。そうすると,そもそも,捜査機関が,5点の衣類をねつ造すること自体が極めて困難であるというべきである。

また,捜査機関が5点の衣類のねつ造を行う動機についてみると,捜
査機関は,Xを逮捕した上で長時間に及ぶ取調べを行い,犯行時の着衣はパジャマであるとの自白を得たものであり,検察官も,第1審の第1回公判期日以降,犯行時の着衣がパジャマであるとするXの自白を立証の柱に据えて公判活動をしていたことが認められる。そのような中で,捜査機関が,自白に沿うような物証をねつ造する動機を有するというのであればともかく,Xの自白に矛盾し,かつ,捜査機関の当初の見立てや,検察官の立証活動に反するような5点の衣類をわざわざねつ造するような動機は見出し難く,このような可能性を想定することはおよそ非現実的というほかない。
一方,弁護人は,①当時,検察官の立証活動が必ずしも順調ではなかった,②検察官が5点の衣類を証拠請求するのが余りに早く,その過程が不自然であるという。しかし,①については,所論を踏まえて検討しても,5点の衣類が発見されるまでの1審の審理経過に照らせば,ほぼ検察官の予定したどおりに立証活動が進められており,予想外の主張や証拠が出るなど,立証活動が難航していたという事情は見当たらない。仮に,そのまま検察官の立証を進めても,合理的な疑いを超える程度の立証ができるか不安があったとしても,立証の主要部分を占める自白のうち,決して軽視できない部分と明らかに矛盾する証拠をねつ造することは,自白の信用性に対する影響や協力者の側から事実が漏れる可能性を考えれば(所論のいうように,端布を生地のサンプルから作成したとしたら,その縫製についても協力者を必要とする。),メリットと比較してリスクが余りに大きく,証拠ねつ造の動機があったとはいい難い。弁護人は,検察官が立証に不安を抱いていたことを示す資料として担当検事が「現段階での起訴は難しい」と発言した旨の新聞記事を提出しているが,仮にその記事が事実であるとしても,Xの自白前に取材した記事であることが明らかであり,取材を受けた後に,Xの自白を得た上で起訴に踏み切っているのであるから,失当である。②については,犯人が甲商店工場内にあった雨合羽を着ていたことや放火に使用された混合油が工場内にあったこと,工場の排水溝から人血が付着した手拭いが発見されたこと,工場内の複数個所から血液反応があったこと等から,本件犯行と工場との関連性は優に認められていたところ,5点の衣類は,その工場内の1号タンクから発見され,前記のとおり,おびただしい人血が付着していたことから,捜査機関や検察官において,発見直後から犯行着衣と考えたとしても何ら不自然とはいえず,また,甲商店の従業員等から事情聴取を行い,取り分け,緑色パンツについてXのものであるとする供述を得ていたほか,鉄紺色ズボンについてもXのものではないかとの複数の者の供述を得ていたことがうかがわれ,検察官が,これらの事情を元に関連性が十分認められると考えて,証拠調べ請求を迅速に行ったとしても,何ら不自然とはいえない。そうすると,5点の衣類が捜査機関によってねつ造された可能性をいう弁護人の所論は,現時点でも,特に根拠のない想像的,抽象的可能性の域にとどまっているというべきであって,5点の衣類が犯行着衣であり,かつ,Xのものであるとの確定判決の認定に合理的な疑いが生じるものとはいえない。
4
新旧証拠の総合評価に関する結論

以上の次第であって,5点の衣類に関する新旧証拠及びその余の新旧証拠を総合評価しても,5点の衣類が犯行着衣であり,かつ,それがXのものであるとする確定判決の認定に合理的な疑いを生じさせるような事情は見出せない。
そのほか,弁護人が種々指摘する点を踏まえても,捜査機関が,5点の衣類をねつ造したことを示す明白な証拠はうかがわれず,5点の衣類を根拠として,Xを本件の犯人とした確定判決の認定に合理的な疑いが生じていないことは明らかである。
そうすると,原決定は取消しを免れず,また,その余の弁護人提出の新証拠をすべて総合して検討しても,刑訴法435条6号に該当する事由は認められないのであるから,本件再審請求には理由がない。
論旨は理由がある。
5
抗告審で新たに主張された再審事由

弁護人は,平成28年12月21日付け再審請求理由追加申立書及び平成29年11月6日付け再審請求理由追加申立補充書を提出し,当審において,刑訴法435条1号,2号及び7号の再審事由を新たに追加して主張している。
その主張の要旨は,①前記第5の

記載の裏木戸の留め金発見に関する

実況見分調書及び裏木戸通過実験に関する捜査報告書を作成したP6巡査部長について有印虚偽公文書作成,同行使,偽証の各罪が成立する,②確定審で証言したP3警部他2名が,Xの取調べに関し,その担当者や立会人,昼食時間の有無等の点で虚偽の供述をしており,それぞれ偽証罪が成立し,③P3警部及びP7警部補は,Xの取調べ中,小便の要望になかなか応じず,取調室内で排尿させ,また,弁護人の接見を密かに録音しており,排尿に関し特別公務員暴行陵虐罪及び接見録音につき公務員職権濫用罪が成立し,また,これらの点に関し,確定審の公判で偽証をしているので,偽証罪が成立し,④前記第5の

5点の衣類に関する実況見分調書を作成したP

1警部補について有印虚偽公文書作成罪及び同行使罪が成立し,以上のいずれについても,有罪の確定判決を得ることができないが,その各事実の証明がある,というものである。
しかしながら,即時抗告審は原決定の判断の当否を事後的に判断するものであって,原審で主張されて攻撃防御が尽くされている再審事由を補充,敷衍する趣旨であればともかく,原審で主張されていなかった再審事由を請求人が新たに追加することは事後審である抗告審の性格と相容れず,不適法であるから,これらの主張に対しては判断しない(最決平成17年3月16日裁判集刑事287号221頁以下等。なお,刑訴法435条6号の事由の判断に必要な限度において,これらの事由に関する主張又は事実関係について検討していることは,既述のとおりである。)。
若干付言すると,弁護人の所論を前提としても,その各号の事由に係る罪の成立を認めることができないものや「原判決の証拠となった」とはいえないものも含まれる上,これまでの検討結果によれば当該事実の証明があったとはいえない事由も存在し,また,有罪の言渡しを受けた者に対する非常救済手続である再審の制度趣旨からすれば,仮に形式的には刑訴法435条1号又は2号に該当する事実があっても,およそ当該証拠が確定判決に影響する余地はないことが明らかな場合には,同法448条1項により再審を開始すべき事由には当たらないものと解される。所論の指摘する①のうち,実況見分調書については,虚偽の記載をしたとはいえないことは前述のとおりであり,通過実験に関する捜査報告書は,確定審で証拠として採用されていない資料に関するものであって,確定判決及び控訴審判決においても裏木戸が脱出口であるという認定はしていない。④の実況見分調書の中で鉄紺色ズボンにつき「型B」と記載した点も,故意に「B」の表示を体型を示す符号と偽って記載したものとは認められないことは前記のとおりである。さらに,②,③の偽証罪等の事由については,取調べに関する警察官の行為をいうものであるところ,確定判決及びその事実認定を是認した控訴審判決は,前記のようなXに対する警察官の取調べ手法を問題視する形で実質的に考慮し,警察官が作成したXの供述調書は1通も実質証拠として採用していない上,Xの犯人性をXの自白を除いた証拠のみによって優に認定できるものとしていることは,第1次再審の即時抗告審決定及び特別抗告審決定の指摘するとおりであり,本件においてこれらの点が確定判決に影響を及ぼす可能性はないというべきであって(なお,Xの自白として,唯一実質証拠として採用された昭和41年9月9日付け検察官調書を除いたとしても,具体的な犯行態様等の一部はともかく,Xの犯人性や確定判決の罪となるべき事実の存在に合理的な疑いが生じる余地もない。),所論の指摘する再審事由は,いずれも再審を開始すべき理由とはなり得ない。
第6

刑の執行停止の裁判に関する判断

刑訴法448条2項は,再審開始の決定をしたときは,決定で刑の執行を停止することができる旨定め,原裁判所は,この条項に基づき,原決定(再審開始決定)と同時に死刑及び拘置の執行停止の裁判をしているところ,再審開始決定と刑の執行停止決定は,それらが同時になされた場合であってももともと不服申立ての方法も異なる別個の裁判であって,再審開始決定に対する即時抗告を担当する抗告裁判所が,原決定(再審開始決定)を取り消し,再審請求を棄却する旨の決定をしたとしても,再審開始決定の効力が確定的に失われるわけではなく,当該抗告審の決定の効力によって,直ちに原裁判所のした刑の執行停止の裁判が失効するものとは解されない。もっとも,再審請求事件が抗告審に係属することに伴い,当該抗告裁判所は,原裁判所のした刑の執行停止の裁判の変更・取消しをする権限をも併有することになると考えられ,再審開始決定を取り消す旨の決定をする際に併せて刑の執行停止の裁判を取り消すこともできるところ,抗告審としては,再審を開始する事由がないと判断するのであるから,この段階においては一般的には身柄の解放を継続しておく必要性は弱まるとはいえるものの,必ず刑の執行停止の裁判を取り消すべきであるまでとはいえず,再審開始決定の取消決定に伴い原裁判所のした刑の執行停止決定をも職権により取り消すか否かは,事案の重大性や有罪の言渡しを受けた者の生活状況,心身の状況等を踏まえた身柄拘束の必要性,上訴の見込みの有無等を踏まえた抗告裁判所の合理的な裁量権に委ねられているものというべきである(もっとも,本決定が確定した場合は,再審開始決定が効力を失うことが確定することになるので,再審開始決定があったことを前提とする刑の執行停止の決定は当然に失効し,死刑の確定判決を受けたXを再び拘置できることとなる。)。
そこで,本件について検討すると,Xに対して確定判決で死刑が言い渡されていることを踏まえても,Xの現在の年齢や生活状況,健康状態等に照らすと,再審開始決定を取り消したことにより逃走のおそれが高まるなどして刑の執行が困難になるような現実的危険性は乏しいものと判断され,特別抗告における抗告理由の制限等を考慮しても,再審請求棄却決定が確定する前に刑の執行停止の裁判を取り消すのが相当であるとまではいい難い。したがって,当裁判所は,本決定に伴い職権を発動して直ちに死刑及び拘置の執行停止の裁判を取り消すことはしないこととする。
第7

結論

よって,刑訴法426条2項により原決定を取り消し,同法447条1項により本件再審請求を棄却することとして,主文のとおり決定する。平成30年6月11日
東京高等裁判所第8刑事部

裁判長裁判官

大島隆明
裁判官

菊池則明
裁判官

林欣

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