判例検索β > 平成29年(わ)第34号
覚せい剤取締法違反被告事件
事件番号平成29(わ)34
事件名覚せい剤取締法違反被告事件
裁判年月日平成30年6月14日
法廷名広島地方裁判所
結果その他
裁判日:西暦2018-06-14
情報公開日2018-07-30 16:00:22
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主文
被告人は無罪

第1


公訴事実及び弁護人の主張の要旨
本件公訴事実は,
被告人は,法定の除外事由がないのに,平成28年12月2日頃,広島市a区b町c番d号e号室被告人方において,覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン又はその塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用したものである。というものである。被告人は,公判において,本件公訴事実は間違いない旨述べ,これを自白している。しかしながら,弁護人は,①被告人の尿の鑑定嘱託書謄本,被告人の尿の鑑定書及び写真撮影報告書(以下,これらの証拠を総称して被告人の尿の鑑定書等という。)は,捜査機関が被告人を長時間違法に留め置き,その
状態を直接利用して収集した証拠である上,被告人の尿の鑑定書は,強制採尿令状が失効した後に医学的に不相当な方法により強制採尿を実施し,その結果,被告人がその意思に反して排尿した尿を収集して得られたものであるから,いずれも違法収集証拠として排除すべきであり,被告人の自白の補強証拠がない,②仮に,被告人の尿の鑑定書等の証拠能力が認められるとしても,鑑定資料には被告人の尿以外の別の物質が混入していた可能性があるから,それらの証拠は被告人の自白の補強証拠ではなく,いずれにしても被告人は無罪である旨主張する。

第2

違法収集証拠の主張に対する当裁判所の判断

1
強制採尿令状執行までの経過について
証拠により認められる強制採尿令状が執行されるまでの経過は,以下のとおりである。


A警察官,B警察官及びC警察官は,警ら中の平成28年12月6日午前3時頃,広島市f区g町所在のビルh南側において,自転車で走行中
の被告人を認め,職務質問を開始した。その際,B警察官が被告人に対して薬物前科があるかと尋ねたところ,被告人は,ある旨回答した。⑵

B警察官が被告人に所持品の提示を求めたところ,被告人は,財布,携帯電話機,自宅の鍵,本件当時の交際相手であったD(現在の被告人の妻であり,現姓E。
)の家の鍵,自転車の鍵が付いたキーケース及びたばこを,同
警察官が持っていた所持品検査用のネットに入れた。その直後,被告人が,数日前に覚せい剤を使用していたことが発覚するのを免れるべく,その場から全速力で走り出してhの西側に向かったため,A警察官及びC警察官が被告人を追跡した。他方,B警察官は,上記被告人の所持品を持っていたことなどから,被告人を追跡することなくその場に留まった。
被告人は,hの西側から北側に向かって走り,その先の車道に出た後,左に進路を変えようとしたところ,車道上に転倒した。被告人が更に起き上がって逃げようとした直後,被告人に追いついたA警察官は,

なんで逃げたのか,じっとしていろ。

などと言いながら,被告人の両脇を後ろから抱え込み,その付近の歩道まで被告人を五,六メートル程度引きずった。そして,歩道上でA警察官が手を放した直後,被告人がなお左右に動こうとしたが,A警察官は,被告人の目の前に回り込み,

動くな,これ以上やったら公妨とるぞ。

などと言うとともに,被告人の両肩を両手でつかみ,h北西側角付近にある階段下の金網(以下,この金網を本件金網という。
)の前まで押し込んだ上,被告人の両肩を強く押さえつけて本件金網の前に被告人を座らせた。



その後,その場に合流したB警察官が被告人の所持品検査や身体検査を行ったが,その際,被告人は,B警察官が被告人の靴下を脱がせて足の裏を確認した後に,再度A警察官が被告人の靴下を脱がせたことや,警察官らが懐中電灯を被告人の顔の前で照らしたことに立腹した。また,被告人は,警察署で採尿に応じてほしい,腕の注射痕を確認したいという警察官らからの申
出を拒否し,強制採尿の令状を持ってきてくれと言った。そうすると,警察官らは,尿を出したら帰れるが,出すまでは帰れないという趣旨の発言をした。
また,所持品検査が終わった後も,被告人の所持品は,蓋のついていない所持品検査箱(以下本件所持品検査箱という。
)の中に入れられたま
まであり,本件所持品検査箱の近くには常時2名の警察官がいた。被告人が本件金網の前に座らされてから約20分後,本件所持品検査箱の中に入っていた被告人の携帯電話機からLINEの着信音が鳴った際,被告人がA警察官に対し,LINEに出させてほしい旨述べたが,A警察官は,LINEは文字だからだめである旨述べて,被告人に携帯電話機を使用させなかった。その後,Dからその携帯電話機に着信があったときには,A警察官は,被告人に携帯電話機で通話させたが,通話を終えた被告人が携帯電話機をポケットにしまおうとすると,被告人に逃げるからこっちに入れるようになどと言い,被告人の携帯電話機を本件所持品検査箱の中に戻させた。その後も,被告人は,警察官らに対し,携帯電話機を返してほしい旨を四,五回求めたものの,警察官らは,逃げるから返すわけにはいかない旨述べ,被告人に携帯電話機を返さなかった。


職務質問の開始から1時間程度経過した頃,警察官らは,強制採尿令状を請求する準備に着手し,A警察官がその旨を被告人に告げたところ,被告人は,家に帰っているから令状を家に持ってきてほしい旨述べ,帰宅するために立ち上がろうとした。そうすると,A警察官は,

じっとしてろ。公妨とるぞ。

などと言って,被告人の両肩をつかんで押さえつけ,再び被告人を座らせた。そのため,被告人は,もはやじっとしておくしかないと観念し,その場に留まらざるを得ないと思った。



それから約20分後,被告人が寒いので交番へ行きたい旨述べたことから,被告人は,C警察官,職務質問中に合流したF警察官及びG警察官ととも
に,i警察署j交番へ移動を開始した。その際,被告人の所持品は本件所持品検査箱に入ったままであり,G警察官がこれを持っていた。
その途中で,被告人らはDが勤務するkに立ち寄り,被告人は,Dからたばこやコーヒー等を受け取った。その際,被告人は,精算をしようとしてG警察官が持っていた本件所持品検査箱から財布を取り出したが,Dが精算を済ませていたため,財布を自分のポケットにしまおうとしたところ,G警察官から

逃げるから箱の中に入れてください。

と言われたため,財布を本件所持品検査箱の中に戻した。


それから,被告人らはj交番に歩いて行ったが,同交番では,被告人が座っていた椅子の真後ろのカウンターに本件所持品検査箱が置かれ,常時警察官がその近くにいた。また,被告人と出入口の間には,警察官が2人立っていた。同交番にいた間も,被告人は,女が心配しているから帰らせてほしい旨述べたが,警察官らは帰すわけにはいかない旨述べ,これを拒んだ。また,同交番に滞在していた間,被告人の携帯電話機に,複数回にわたり,Dから着信及びLINEメッセージの受信があったが,被告人は,LINEを使用することはなく,Dと通話のみしていた。



裁判官は,警察官らの請求に基づき,被告人に対する強制採尿令状及び身体検査令状を発付した。そして,同日午前7時12分頃,j交番において,被告人に対する強制採尿令状が執行され,被告人は,H警察官及びI警察官とともにl病院へ移動した。同病院において採尿の準備が整うまでの間,同病院の駐車場において身体検査令状が執行され,警察官らは,被告人の左腕に注射痕様のものがある様子を写真撮影した。
その後,同病院において強制採尿が実施され,同病院のJ看護師及びK医師は,合計3回カテーテルを被告人の尿道に挿入したが,被告人がその痛みに耐えかねて体を曲げるなどしたため,採尿することができなかった。そして,最終的には被告人が自ら排尿したため,警察官らは,その尿を強
制採尿令状により差し押さえた。
2
事実認定の補足説明
以上の事実関係は,主として被告人の公判供述に依拠して認定したので,その理由を補足して説明する。
職務質問に関する警察官らの証言の信用性について
A警察官は,第4回公判期日において,被告人が職務質問から逃げ出して車道で転倒した後の状況について,
車道で転倒した被告人を助け起こした。被告人は,その手を払いのけて道路を横断しようとしたため,私が被告人の前に立ち塞がるとともに,被告人の左腕をつかんで制止した。被告人がもう逃げない旨約束したため,私は,つかんでいた被告人の左腕を放し,被告人が自ら歩道に上がり,本件金網の前まで行った。しかし,被告人が再び逃走を試みたため,私は,再度被告人の前に立ち塞がり,その左腕をつかんで制止した。その際,被告人が私に体当たりするなどしたため,私は,『公務執行妨害になるよ。』と警告した。その後,私が被告人に対し座るように言ったところ,被告人は,自ら本件金網の前に座った。B警察官が合流した後,被告人の所持品検査を行い,随時一個一個所持品を被告人に返していった。被告人から帰りたいという申出はなかった。旨証言した。また,同期日において,B警察官は,被告人に追いついたA警察官らと合流した後の状況について,
被告人を確保したA警察官らと合流した際,被告人は,歩道の上に座っていた。寒かったので,被告人を本件金網の前まで誘導したが,その後にA警察官が公務執行妨害になると被告人に言ったことは一度もない。被告人が提示した所持品を一つずつ確認した後,被告人は,任意採尿等を拒否して強制でやってくれと言っていたが,帰りたいとは言っていない。旨証言し,第5回公判期日には,F警察官が,職務質問の現場に着いた後,被告人が立ち去ろうとすることはなく,立ち去りたいという発言もなかった。j交番でも被告人はすごく素直で,帰りたいというそぶりもなかった。被告人は,本件金網の前でも,j交番でも,自由に携帯電話機を使って通話していたが,被告人の携帯電話機を含め,所持品が箱に入っていたかどうかの記憶はない。旨証言した。同期日には,弁護人が,職務質問時の状況についてDを証拠請求する予定である旨述べたところ,第6回公判期日において,G警察官は,
職務質問の現場に合流し,被告人に任意採尿の説得をしたが,そのときに被告人が帰りたいと申し出ることはなかった。j交番に移動する途中で被告人と私がkに行ったが,その際に被告人の所持品を入れた所持品検査箱を持っていたかは覚えていない。防犯カメラにそのように映っているのであれば私が持っていたと思う。j交番でも被告人の所持品がどこにあったかは分からない。旨証言した(なお,同期日にはDの証人尋問がなされ,Dは,被告人の所持品について,
kに入店する際には警察官が茶色い箱(本件所持品検査箱)を持っていて,被告人がそこから財布を取り出し自分のポケットに入れようとしたら警察官に止められ,促されて財布を箱に戻した。同店内の様子は防犯カメラの映像に録画されている。旨証言した。。)
以上のとおり,A警察官,B警察官,F警察官及びG警察官は,被告人が供述する警察官らによる違法,不当な行為はなく(あるいは記憶がなく),
被告人から帰りたいという趣旨の発言がなかったという点において合致する証言をしている。
しかしながら,警察官らの証言が相互に合致していることは,それらの証言の信用性を高める要素として重視することはできない。そもそも,被告人が,覚せい剤の使用が発覚するのを免れるため,一旦は所持品を警察官らのもとに残してでも全力で逃走を試みたにもかかわらず,警察官らに追いつかれた後は,その場を離れたいとの意思を表明することもなく,警察官らとともに令状が発付されるのを待っていたというのは,不自然さを否めない。また,被告人が本件金網の前に座るに至った経緯については,A警察官とB警
察官の証言には看過できない食い違いがある。被告人が前記事実関係のとおりA警察官から強度の有形力を行使されて本件金網の前に座らされた旨供述している本件においては,被告人が本件金網の前に座るに至った経緯は証言の重要な部分であるが,その部分で証言に食い違いが生じていることは,被告人が本件金網の前に座るに至った経緯につき虚偽の証言をしているのではないかとの疑念を抱かせるものである。そして,kの防犯カメラ映像(報告書添付のCD-Rに記録されているもの)には,G警察官が右手に箱を持った状態で被告人に同行している場面が映っており,その箱が本件所持品検査箱であったことは証拠上明らかであるが,G警察官が本件所持品検査箱を持って被告人に同行していたことからも,その中に被告人の所持品が入っていたことに合理的な疑いを入れる余地はないから(なお,上記防犯カメラ映像には本件所持品検査箱に何らかの物が入っている状況を確認することができる。,A警察官の証言のうち本件金網の前で所持品を被告人に返還した旨の)
部分は,明らかに事実と異なる。他方,F警察官は,被告人の所持品が箱に入っていたかどうか記憶にない旨,G警察官は,被告人の所持品が入っていた本件所持品検査箱を持っていたかもしれない旨,いずれも曖昧な証言に終始している(なお,kの防犯カメラ映像は,第8回公判期日において弁護人が証拠請求する旨予告し,第9回公判期日において取り調べられている。G警察官は,同映像が存在すると仮定して証言をしているところ,この段階では,Dが同映像に沿う証言をすることも見込まれ,早晩,警察官が被告人の所持品を返還しておらず本件所持品検査箱に入れて持っていたことが明らかになるであろうから,G警察官は,そのことを明確には否定できない状況にあったといえる。。さらに,G警察官は,被告人の所持品が入っていた本件)
所持品検査箱を持っていたとすると,その理由については,
所持品検査が終わった後も被告人の所持品を持ち続ける理由は特にないが,被告人が持っておいてくれと言っているかもしれないし,そのまま持ってていいですかと被告人に聞いて,ああええよと話しながら行ったかもしれない。などという不自然な理由を説明するにとどまり,所持品検査を終えた被告人の所持品を持ち続けていた合理的な理由を説明できていない。
以上によれば,A警察官,B警察官,F警察官及びG警察官は,被告人が供述するような警察官らによる違法,不当な行為を隠蔽して証言しているのではないかとの疑念を払拭することができず,いずれの証言も信用することはできない。


被告人の公判供述の信用性について
他方で,被告人の公判供述は,いささか大げさなところなどは見受けられるが,前記のとおり,警察官らの証言が採用できない本件において,職務質問の経緯等について,供述証拠しかない点については,被告人供述に依拠して認定せざるを得ない。
これに対し,検察官は,被告人供述について,①自転車で走行中,突然に警察官らから薬物の前科ある?と声を掛けられたという公判供述は,経験則上あり得ない,②被告人は,検察官調書において,警察官に車道から歩道まで引きずられたことを当初検察官に話していなかったが,つまづいた場所を思い出したときにそのことを思い出し,検察官に話した旨の不合理な説明をしている,③公判ではA警察官に両肩を押さえられて座らされたと供述しているが,検察官調書では

自分で歩道上に座った。「私はまた座りまし

た。
」と述べており,不合理に供述が変遷している,④警察官から尿を出すまで帰れないと言われた,帰りたいのに帰ることができなかったという公判供述については,真に帰りたいのに帰ることができないのであれば,kでDにその旨告げることができたのに,それをしていないから不自然である,などと主張する。
しかし,①については,そのような声の掛け方があり得ないという経験則が存在するかはさておき,確かに被告人の供述内容自体は不自然ではあるが,
B警察官の証言によっても,被告人は,職務質問を求められると何回もやられていると述べて職務質問に応じ,過去に警察の世話になったことがあるかを聞かれてシャブがあると答えたというのであるから,被告人と警察官との間で職務質問が開始されてから早い段階で,被告人の前科についてのやり取りがあったことは認められ,被告人が,警察官は当初から覚せい剤事犯の疑いがあるとして自分に対応したとの思いから供述内容のように記憶した可能性もあり,そのことのみから被告人供述が信用できないとはいえない。また,②については,被告人の説明が特に不合理であるとはいえないし,③については,検察官調書の供述を子細にみると,被告人は,
警察官から歩道まで引きずられた後,左右に体を動かしたが前に進むことができず,両肩をつかまれて後ろに押され,『それ以上動いたら公妨とるぞ。』と言われ,自分で歩道上に座った。「警察官から令状請求しましたと言われ,帰るけんと言って歩きだそうとしたところ,私の前に立った警察官が私の肩をつかんで後ろに押してきて,
『公妨とるよ。
』と言ってきたので,また座りました。
」旨述べ,
いずれも座る前に警察官から肩を押されたことは供述している。この検察官調書における供述と公判供述との間にさしたる差異はないというべきであり,有意な変遷があるとは認められない。④については,Dの証言によれば,被告人がkに来る前に,電話でDに対し,

帰らしてくれんのんじゃ。

と言っており,既に被告人としては同店に行く前からDに帰れない旨伝え,Dもそのことを理解した上で,同店で警察官に

なんで帰らせてもらえんのんか。

などと言って詰め寄っていたと認められるのであるから,同店に入店した際に改めて同様のことをDに告げなかったとしても何ら不自然ではない。なお,検察官は,強制採尿実施時にK医師が

尿道を傷付けたくないから,やりたくない。

と言っていた旨の被告人の公判供述が他の証言と矛盾しているから信用できないとも主張するが,仮に,実際にはK医師がそのような発言をしていなかったとしても,尿道にカテーテルの挿入が実施されるたび
に被告人が痛みを訴え身体を曲げたために中断し,しばらくしてまたカテーテルの挿入が実施されるということが3回繰り返され,苦痛に耐える精神状態の中で,被告人が,

痛みがあるんだったら自分で出した方がいい。

などという,何らかのK医師の発言を自分なりに解釈し,そのように理解して記憶してしまった可能性も否定できないから,その供述は被告人の公判供述全体の信用性を損なうものではない。
よって,検察官の主張は,いずれも被告人供述の信用性を低下させるものではなく,採用できない。
3
被告人の尿の鑑定書等の収集過程における違法の有無について
そこで,前記1の事実関係を前提として,被告人の尿の鑑定書等の収集過程における違法の有無を検討すると,被告人が薬物の前科がある旨自認し,所持品検査の最中にその場から全速力で逃げ出した時点で,被告人には覚せい剤を含む違法薬物使用の嫌疑が高まっていたのであるから,警察官らが被告人に対する職務質問を継続したこと自体は警察官職務執行法2条1項に基づく適法な行為であったといえる。殊に,被告人が所持品を警察官の手元に残したまま,いきなり全力疾走して逃走を試みたことなどから,被告人には相当高い嫌疑が認められ,職務質問を継続する必要が認められた。
しかしながら,A警察官は,車道上で転倒した被告人の両脇を後ろから抱え込んで歩道まで引きずり,続いてその両肩をつかんで被告人を本件金網付近まで押し込み,その両肩を押さえつけてその場に座らせるという直接的かつ強度な有形力を行使している。このようなA警察官の行為態様に鑑みると,A警察官の行為のうち転倒した被告人を歩道上まで引きずった部分には,交通事故の防止のためという面はあったにしても,その後の行為を含め考えると交通事故防止の目的とはいい難く,A警察官の行為は,被告人の逃走を防止して職務質問を継続する目的でなされたものと推認される。被告人の逃走
意思が強いと考えられることを踏まえても,飽くまで任意手段である職務質問であるから,その目的に照らして最小限度の有形力の行使でなければならないが,A警察官の行為は,最小限度の有形力の行使であるとはいえず,職務質問に付随する有形力の行使の限度を超えて違法というべきである。また,A警察官は,被告人が立ち上がろうとした際,それがA警察官の職務の執行を妨害するものではなく,被告人を公務執行妨害で現行犯人逮捕できる要件がないにもかかわらず,

公妨とるぞ。

と同罪で現行犯人逮捕するという趣旨の発言をしながら有形力を行使してその場に留めているが,そのような発言は職務行為として正当化されるものではなく,罪を犯していないのに逮捕するという被告人に対する威迫となる行為であって,違法である。また,警察官らは,被告人の所持品検査が終了した後も,所持品を被告人に返還することなく,被告人の承諾を得ないで本件所持品検査箱の中に入れたまま引き続き管理し,それらの所持品を返してほしい旨の度重なる被告人からの求めにも応じていない。被告人は職務質問開始からすぐに携帯電話機等の所持品を警察官に手渡したままその場から逃走しているが,もとよりその所有権等を放棄したわけではなく,その後は所持品の返還を再三求めており,それにもかわらず警察官らが被告人の承諾を得ずにその所持品を管理した行為は,実質的には無令状で被告人の所持品の占有を取得したに等しいものというほかない。殊に,警察官らは,被告人の家の鍵や財布,携帯電話機等,通常生活に欠かせない携行品を管理しており,これにより被告人を留め置く効果は一般に高かったといえ,明らかに違法である。
以上のとおり,本件強制採尿令状の発付前の先行手続には,A警察官が前記のとおり被告人に強度の有形力を行使し,威迫的な行為を行った違法と,警察官らが被告人の承諾なくその所持品を占有した違法があると認められる。4
被告人の尿の鑑定書等を違法収集証拠として排除すべきか否かの判断A警察官が車道上で転倒した被告人の両脇を後ろから抱え込んで歩道まで引
きずり,続いてその両肩をつかんで被告人を本件金網付近まで押し込み,その両肩を押さえつけてその場に座らせた行為については,交通事故防止の面も否定できないことに加えて,職務質問を継続する必要性が高く,有形力の行使自体は短時間にとどまったことなどの事情に照らし,その違法の程度が大きかったとまではいえない。
しかしながら,A警察官が

公妨とるぞ。

と言って被告人を威迫した違法行為及び警察官らが被告人の承諾なく被告人の所持品を占有した違法行為は,法規からの逸脱の度合いが大きい上,それらの違法行為によってその場に留まらざるを得ないと被告人に思わせ,4時間程度の長時間にわたり被告人を留め置いたもので,被告人の移動の自由を大きく侵害している。警察官らとしては,被告人が逃走を試みた後であっても,まずは職務質問に応じるよう被告人を説得し,職務質問に応じない場合には被告人を放還すべきであり,令状を請求する場合でも,その執行の実効性を確保する手段は任意処分の範囲内で検討すべきであったのに,それをした形跡がみられないことも考慮すると,違法は重大というべきである。また,本件においては,警察官らがそれらの重大な違法行為をして違法に被告人を留め置いた結果,警察官らが身体検査令状を執行して被告人の両腕の写真を撮影し,強制採尿令状を執行して被告人の尿を差し押さえ,その尿の鑑定嘱託書を作成して鑑定を嘱託し,被告人の尿の鑑定書及び同鑑定書と同趣旨のL鑑定人の証言を得ることが可能となったのであるから,それらの違法行為と被告人の尿の鑑定書等及びL鑑定人の証言との間には密接な関連性がある。さらに,警察官らがそれらの重大な違法行為をしたのは,被告人を留め置くためであったと認められるから,警察官らには無令状で被告人の意思を制圧してその移動を制限しようとする令状主義潜脱の意図があったと認められる上,本件金網の前で所持品を被告人に返還した旨のA警察官の証言も,被告人の承諾なくその所持品を占有していたことを隠蔽する目的でなされた虚偽のものと解される。

以上のような被告人の尿の鑑定書等及びL鑑定人の証言の収集過程における違法の重大性,違法行為との関連性,警察官らの意図及びA警察官の証言態度を総合考慮すると,その収集過程には令状主義の精神を没却する重大な違法があったというべきである。そして,被告人の尿の鑑定書及びL鑑定人の証言が本件の有罪無罪を決する最重要証拠であることなどの諸般の事情を考慮しても,被告人の尿の鑑定書及びL鑑定人の証言を証拠として許容することは,将来における同様の違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められるから,少なくともこれらを違法収集証拠として証拠能力を否定し,証拠から排除するのが相当である。
第3

結論
以上によれば,本件公訴事実については被告人の自白があるものの,証拠から排除した被告人の尿の鑑定書及びL鑑定人の証言を除く証拠では被告人の自白を補強するに足りず,犯罪の証明がないこととなるから,刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

(求刑)
懲役4年
平成30年6月19日
広島地方裁判所刑事第2部

裁判長裁判官

安藤範樹
裁判官

竹内大明
裁判官

大庭直也
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