判例検索β > 平成30年(う)第43号
組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反、銃砲刀剣類所持等取締法違反
事件番号平成30(う)43
事件名組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反,銃砲刀剣類所持等取締法違反
裁判年月日平成30年7月4日
法廷名福岡高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名福岡地方裁判所
原審事件番号平成26(わ)1284
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平成30年7月4日福岡高等裁判所第3刑事部判決
平成30年(う)第43号組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律違反,銃砲刀剣類所持等取締法違反被告事件
主文
本件控訴を棄却する

当審における未決勾留日数中130日を原判決の刑に算入する。
理由
本件控訴の趣意は,弁護人後藤富和作成の控訴趣意書(なお,弁護人は,同書面中の法令適用の誤り及び量刑不当に関する主張は,事実誤認をいう趣旨に尽きる旨釈明した。
)に記載のとおりであるから,これを引用する。
第1

控訴趣意中,原判示第1の組織的殺人未遂,けん銃発射,けん銃加重所持
(以下「元警察官事件」という。
)に関する事実誤認の主張について
論旨は,要するに,被告人には,被害者である元A県警察警察官Bに対する殺意がない上,
元警察官事件がC会の活動として組織により行われたことはなく,また,
D(C会総裁)
,E(C会会長)
,F(C会理事長兼G組組長)との共謀は認められ
ないのに,これらの事実を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,記録を調査して検討する。
1
(1)

原判決の概要
元警察官事件の犯行態様は,約1.2mという近い距離から,人を殺傷する
能力を十分備えた真正けん銃を用いて,Bの左腰部及び左大腿部という身体の枢要部に近い部位に向けて銃弾を2発撃ち込んだというものである。犯行による負傷そのものは結果的に生命の危険を生じさせるには至らなかったが,わずかでも銃弾の軌道がずれたり,Bが別の身体の動かし方をしたりしていれば,銃弾が重要な臓器等を損傷して死に至らせる危険性があった。そのことは,自らBに近づき,けん銃を構えて発射するなどした被告人も認識していた。そうすると,被告人は,ことによればBが死亡する危険性はあるが,それでもやむを得ないという程度の殺意を有していたと認められる。
(2)

元警察官事件は,少なくとも,H(C会G組若頭)以下のG組の組員が,H
の指示により定められた役割分担に従って敢行したものであることが明らかである。そして,H,被告人ら,犯行において一定の役割を担った者らは,いずれもBと面識がなく,Bとの間に怨恨等があったことはうかがわれない。また,長年C会の捜査に携わった元警察官に対してけん銃を用いて襲撃するという犯行自体から,C会によるものと疑われるのは明らかであることからすると,上層部の了解なくH以下の者らが犯行を計画・実行することは考え難い。仮にそのようなことがあればC会
内で何らかの粛清や処分を受けてしかるべきであるが,
そのようなこともなかった。
このような事情も考慮すると,Dが,Bに対しけん銃を用いて襲撃するという強い手段で報復することにより,
警察や世間一般にC会の威力を見せつけて勢力を維持

拡大させ,組織の結束を図ろうとすることは想定し得ることであり,それ以外にBを襲撃する理由は考え難い。以上のほか,DとFとの間に特段親密な関係はなく,
Eを介さずにDとFが直接重要な事柄を決めることは考えにくいことなども考慮すると,元警察官事件は,最上位にあったDが意思決定をした上で,序列2位のE,3位のFと順次指揮命令が伝達され,Fから,自らが組長を務めるG組若頭のHに指揮命令が行われたことが合理的に推認できる。よって,元警察官事件は,C会の活動として,Dの指揮命令に基づき,あらかじめ定められた任務分担に従って敢行
されたものであると認定できる。
(3)

DからHまでの指揮命令については,
元警察官をけん銃を用いて襲撃すると

いう犯行態様の核心部分についてHがその一存で決めたことはあり得ないから,少なくともその点についてはD,E,Fとの間でも意思疎通があったと推認できる。そして,そのような態様を取ることについて認識がある以上,ことによればBが死亡することになるかもしれないという程度の認識すら有していなかったとは考えられない。C会の組織構成やその性質を前提とすれば,Dらにおいても,犯行に当たってF以下のC会組員が指揮命令に従い役割を分担して実行に至ることの認識があったことも疑いを容れない。D,E,Fについて元警察官事件の共謀があったと認められる。
2
原判決のこの認定判断は正当であって,
論理則,
経験則等に反する点はなく,

事実の誤認があるとは認められない。以下,所論にかんがみ,補足して説明する。(1)

被告人の殺意について
所論は,まず,原判決が,わずかでも銃弾の軌道がずれる可能性があること
や,被告人が狙いどおりに銃撃できない可能性があること,Bが別の身体の動かし方をする可能性を考慮して,被告人の殺意を認定したが,この認定は,仮定の上に仮定を重ねて初めて成り立つ推論にすぎず,合理的な疑いを残すものであると主張する。
しかし,原判決は,被告人の銃撃行為が,Bを死亡させる危険があったことを認定するために,現にBに生じた傷害結果だけでなく,その行為自体がどの程度人の死亡という結果を発生させる危険を有していたのかを検討しているのであって,そ
の認定判断は何ら経験則等に反していない。すなわち,本件のように,離れた相手に対する銃撃は,比較的至近距離であっても,狙いどおりの箇所に銃弾を命中させることができるとは限らず,原判決のいうように,銃弾の軌道がずれたり,相手が身体を動かしたりする可能性がある。現に,被告人は,原審において,Bのひざ上を狙ったと供述しているが,実際には,それよりかなり上方の左腰部及び左大腿部
に2発命中している。しかも,25口径という小型のけん銃とはいえ,本件けん銃による銃撃の威力は,人の身体の重要な臓器や血管等を貫通して,損傷させるに十分なものである。そうすると,原判決が,このような可能性や,銃撃の威力を考慮して,被告人が,ことによればBが死亡する危険性があり,それでもやむを得ないという程度の殺意を有していたと認めたのは,正当である。


所論は,また,原判決が説示するように,大腿部に生命を維持する上で重要
な血管があることが常識であることは,何ら立証がなされておらず,むしろ,大腿動脈の位置や太さ等を一般人が把握しているとは考えにくく,これが常識であるなら,Hが被告人に,Bを殺さないために足を狙えという指示をすることや,被告人がHに「ももを狙ってよいか」と尋ねることもしないはずであると主張する。しかし,所論のいうように,一般人が大腿動脈の正確な位置や太さ等について知らないとしても,大腿部に生命を維持する上で重要な血管があること自体は,原判決のいうとおり常識というべきである。確かに,ももを狙って銃撃することは,胸部や腹部等の身体の枢要部を狙って銃撃することに比べ,一般的にみて相手を死亡させる危険性が低いとはいえ,前記のとおり,大腿部であっても,銃弾が命中した箇所によっては,相手を死亡させる危険性が十分にあるから,被告人とHとの間で
所論のいうような会話がなされたからといって,原判決が認定した程度の殺意があることを揺るがすものではない。
(2)

元警察官事件がC会の活動として組織により行われたこと及びDらとの共
謀について
この点に関する所論は,①原判決は,C会内の「何者かにより」Bを襲撃することが企てられたと説示するが,襲撃を計画したのが誰なのか明らかではない以上,C会の組織による犯行として計画されたという認定はできるはずがない,②Dが元警察官事件について意思決定したことや,DからHまでの指揮命令に関する証拠はなく,原判決による組織性の認定は,原判決も認めているように,あくまでC会によるものと疑われるというレベルのものであり,合理的な疑いを差し挟む余地がな
い程度に強固な推認とはいえない,③むしろ,C会が元警察官を襲撃したならば,警察は組織を挙げてC会の壊滅に全力を挙げることが容易に想像できるから,C会の組織としての利益はない,④功名を焦ったHが,Dらに相談することもなく,スタンドプレーとして犯行を計画したと考えるほうが合理的であるから,元警察官事件がC会の活動として組織により行われたことや,被告人とDらとの共謀の成立を
認めた原判決の事実認定は誤っている,というものである。
しかし,①の点について,組織的殺人未遂罪が成立するためには,殺人未遂罪に当たる行為が,団体の活動として,当該行為を実行するための組織により行われたと認められれば足り,当該団体内の特定の者が当該行為を計画したことまで具体的に認定する必要はない。②の点について,原判決は,要するに,C会において,総裁のDを最上位に序列が設けられ,統制が厳格であったことや,元警察官事件が,C会傘下の二次団体G組の組員であるH以下の者が,Hの指示により定められた役割分担に従って敢行されたことを前提に,HらにBを襲撃する動機がない一方,Dらには動機があること,犯行によって,警察の捜査,取締り等,C会全体に重大な影響が及ぶことが容易に想定されること,Hらが粛清,処分されるなど,HらがDらに無断で犯行を計画,
実行したことをうかがわせる事情が認められないことから,

元警察官事件は,D,Eの関与を想定しなければ合理的に説明することが極めて困難であるとした上で,DとFとの関係性から,Eを介さずにDとFが直接重要事項を決定することは考えにくいとして,
元警察官事件が,
最上位のDが意思決定の上,
序列2位のE,3位のFと順次指揮命令が伝達され,FからHに指揮命令が行われたことが合理的に推認できることから,C会の活動として,組織により行われたと
認定し,Dらとの共謀の成立も認めたものである。原判決のこの認定判断は正当であって,経験則等に反する点はない。③の点について,Dらが,従前のいきさつから強い不快感を抱いていたBに対し,けん銃を用いて襲撃することで,警察等にC会の威力を見せつけて勢力を維持拡大させようと考えて,予想される警察の捜査や取締り等を意に介することなく,
犯行に及ぶことも十分考えられるところであって,

C会としての利益がないなどとはいえない。④の点について,前記のような事情に照らせば,功名を焦ったHが,Dらに相談せずに,元警察官事件を計画,実行したと考えることは,原判決が説示するように,合理的に説明することが困難といわざるを得ない。
元警察官事件に関する事実誤認の論旨は,理由がない。

第2

控訴趣意中,原判示第2の組織的殺人未遂(以下「看護師事件」という。)

に関する事実誤認の主張について
論旨は,要するに,実行犯であるI(C会専務理事兼G組若頭補佐)には,被害者であるJに対する殺意がない上,看護師事件がC会の活動として組織により行われたことはなく,また,被告人とD,E,Fらとの共謀は認められないのに,これらの事実を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。
そこで,記録を調査して検討する。
1
(1)

原判決の概要
Iは,歩行中のJに背後から近づき,その頭髪をつかんだ上,刃物でその左
側頭頸部付近を切り付け,さらにもみ合いの後,Jの左臀部を刃物で突き刺した。左側頭頸部付近への攻撃は,その態様からして,明らかにその部位を狙ったと認められる上,その攻撃の結果Jが負った左眉毛上部挫創は筋層に達し浅側頭動脈を完全に切断するほどの深さで,Jが外傷性出血性ショックにも陥っていることからして,相応に強い力を込めた攻撃であったと認められる。Iが臀部に刃物を突き刺したことにより生じた左臀部挫創も相応の深さがあり,Iが力を込めて攻撃していた
ことがうかがわれる。Iが犯行に用いた刃物の形状の詳細等は明らかでないが,Jの負った重いけがの状況からすれば,十分鋭利で人の生命に危険を及ぼし得る刃物であったことは明らかである。そうすると,Iの行為は,Jを死亡させる危険性があり,Iにおいても,少なくとも,ことによればJが死亡するかもしれないという程度の殺意を有していたと認められる。

(2)

看護師事件は,Hの指揮命令の下,G組を中心として組織的に敢行されたと
認められる。他方,看護師事件に関わったG組関係者らはJとは面識すらないのに対し,DとJとは,Dが美容形成外科医院で亀頭増大手術等の施術を受け,Jが看護師としてDを担当するなどの関わりがあり,Dが自己の意に沿わないJの対応等につき医院の別の職員に強い口調で不満を述べるなどしている。以上のような事情からすると,看護師事件がDとJとの間のトラブルと無関係になされたとは到底考えられず,このトラブルを巡り,Jに対して報復ないし制裁としてなされたと見ざるを得ない。また,このトラブルは,Dの極めて私的でデリケートな事柄に関わるところ,看護師事件がC会組員の手によるものと疑われれば,直ちにDの関与が疑われ,その私事も含めて捜査の対象とされるなど,Dの名誉が傷つけられ,ひいてはC会全体にも重大な影響が及ぶことが容易に想定され得るにもかかわらず,Iは看護師事件を実行したことについて何ら粛清,処分されていない。以上によれば,看護師事件がH以下の者らの一存で計画されたとは到底考え難く,Dの関与がないとすると,犯行を合理的に説明することは極めて困難であり,Dの意思決定に基づき,その指揮命令の下,多数のC会組員が動員され,あらかじめ定められた任務の分担に従って実行されたものと強く推認される。当時,看護師事件に関与したC会
組員が二次団体のG組やK組に所属し,DとFとの間に特段親密な関係はなかったことからすると,C会内の指揮命令系統に基づき,その序列に従って,DからE,Fへと指揮命令がなされ,さらに,FからK,Kが組長を務めるK組組員のLへと指揮が伝達される一方,G組若頭のHにも指揮がなされ,H以下の組員へ順次指揮命令が行われたことが推認される。また,こうした組織的な対応に加え,本件の経
緯や態様等にも照らせば,看護師事件は,世間一般に,D,ひいてはC会の威信を維持し,組織の結束を図るという利益や効果が団体としてのC会に帰属するものと認められる。以上によれば,看護師事件は,団体であるC会の活動として組織により行われたものと認められる。
(3)

被告人は,
IがJを襲撃することについて明確に知らされてはいなかったが,
M(当時C会専務理事兼G組筆頭若頭補佐)から仕事がある旨告げられた上,犯行における役割等について具体的に指示を受け,移動用の車を調達し,Lから受け取った本件バイクを運搬し,これを使用して犯行現場付近までIを送るなどの準備行為を実行しているほか,犯行前に2回襲撃が中止された際にも,Nが運転する車で本件集合場所まで移動し,OからIを乗せるバイクを受け取るなどしていた。これ
らによれば,被告人は,看護師事件について,G組組員のみならず多数のC会組員が動員されて組織的に犯行を実行するための準備が行われたことを十分に認識していたといえる。加えて,犯行当時,既に,被告人は元警察官事件に実行役として関与し,自らけん銃を発射して命中させた経験があった上,C会が起こしたとされる殺人
(未遂)
事件について多数の報道がされていた。
これらに照らせば,
被告人は,
自らの準備行為に基づいて,団体であるC会が,組織により,人を襲撃し,場合によっては実行役であるIが刃物等の凶器を用いてその命を奪う可能性があることも当然に認識しており,それらについてMやIと意思を相通じていたと認められる。(4)

Dから,E,F,K,H,M,更には,Iや被告人への具体的な指揮命令や
謀議の内容は明らかでないが,少なくとも鋭利な刃物でJに襲い掛かるという核心部分については,下位者が上位者の了承を得ずに決めるとは考え難く,上位者の間でもその点に関する意思疎通があり,それが下位者らに伝達されたことが明らかである。もっとも,本件の発端はDとJの私的なトラブルであり,Jが死亡すれば,Dを対象とする捜査の実行等,C会全体に重大な影響が及ぶことが容易に想定可能であるから,Dらがそこまで意欲していたとまでは考えられないが,刃物を使用することにより,ことによればJを死に至らせる危険性があることは十分認識,認容
していたものと考えられる。D,E,F,K及びHは,Iや被告人との間では直接のやり取りをしていないものの,同人らの指示役であるMらを介し,順次,I及び被告人との間で,看護師事件について共謀したものと認められる。2
原判決のこの認定判断は正当であって,
論理則,
経験則等に反する点はなく,

事実の誤認があるとは認められない。以下,所論にかんがみ,補足して説明する。(1)

Iの殺意について

この点に関する所論は,
①Jの創傷が生じたのは,
いずれも人体の枢要部でなく,
左眉毛上部への襲撃は,
単に頭蓋外側の浅側頭動脈のうち1本を切断したにすぎず,
左臀部の刺創は,そもそも人の死につながるような傷ではないから,Iによる行為は,Jを死に至らせる程度のものでなく,せいぜい「適切な治療をしなければ」という,都市部で多くの人が活動している時間帯ではあり得ない仮定の条件の下で,ようやく死の危険の可能性が出てくるという程度にすぎない,②このようなIの行為の危険性の程度からすると,原判決が,Iが使用した刃物を,十分鋭利で人の生命に危険を及ぼし得るものと認定することには合理的な疑いが残るというものである。
しかし,Iは,歩行中のJの頭髪をつかんだ上で,左側頭頸部付近を狙って,刃物で相応に強い力を込めて切り付けるなどし,浅側頭動脈を完全に切断している。そして,浅側頭動脈は,比較的心臓に近い大きな動脈であり,これが切断された場合,自然に止血することはなく,出血が続いて出血性ショックで死亡するとされており,本件においても,Jは,血圧が下がり,極めて危険な状態に陥ったが,看護師であるJが,被害直後に頭部左側を手のひらで圧迫して,ある程度出血量を減ら
したことや,早期に救急搬送されて適切な治療を受けたことから,幸いにして救命できたことが認められる。そうすると,原判決のいうとおり,Iの行為が,Jを死亡させる危険性があることは明らかであって,所論のいうように,Jの創傷が人体の枢要部ではないとか,Iの行為がJを死に至らせる程度のものではないとかいうことはできない。また,原判決が,このようなJのけがの状況から,Iが使用した
刃物を,十分鋭利で人の生命に危険を及ぼし得ると認定した点についても,誤りはない。
(2)

看護師事件がC会の活動として組織により行われたこと及びDらとの共謀
について
この点に関する所論は,①Dから被告人及び実行犯に至るまでの具体的な指示の存在及び内容については,何らの立証がなされていない,②DとJとのトラブルは,亀頭増大手術や陰部脱毛という,通常他人には知られたくない極めてデリケートな問題であり,これが警察や一般市民に知られると,DのC会の総裁としての名誉が深く傷つけられる一方,組織としては極めて小さな問題であり,C会総裁が,このようなトラブルを巡って,組織を挙げて,一看護師を襲撃するというのは,通
常あり得ず,むしろ,Hが,Dがそのような問題でトラブルを抱え悩んでいる心情を忖度し,この機会に総裁に自分の働きを評価してもらい出世につなげたいと考え,Dに相談することなく,いわばスタンドプレーとして,本件犯行を計画し実行に移したと考えるほうが自然で合理的であるから,看護師事件がC会の活動として組織により行われたことや,IとDらとの共謀を認めた原判決は誤っていると主張する。
しかし,①の点について,原判決も,D以下の具体的な指揮命令の内容等については,所論のいうように,明らかになっていないとしながらも,前記のようなC会の組織統制の厳格さや,看護師事件が,Hの指揮命令の下,G組を中心として組織的に敢行されたことを前提に,HらがJとは面識すらないのに対し,DとJとの間には所論のいうようなトラブルがあり,看護師事件が,このトラブルを巡り,Jに
対する報復ないし制裁としてなされたと見ざるを得ないこと,看護師事件へのC会の関与が疑われれば,Dの名誉が傷つけられ,C会全体にも重大な影響が及ぶことが容易に想定されること,Iが粛清,処分されるなど,Iらが,Dに無断で,犯行を計画,実行したことをうかがわせる事情も認められないこと等から,看護師事件が,Dの意思決定に基づき,その指揮命令の下,多数のC会組員が動員され,あら
かじめ定められた任務の分担に従って実行されたと認定している。この認定判断も正当であって,経験則等に反する点はない。②の点について,C会総裁の極めて私的でデリケートな問題であるからこそ,Hが,Dに全く相談しないで,スタンドプレーとして犯行を計画,実行することは考え難いといえるし,C会総裁に対しあるまじき態度をとった者に制裁を加えることで,世間一般にC会及びその総裁の威信
を維持し,組織の結束を図るという利益があったことからすると,C会総裁が組織を挙げて一看護師を襲撃することも,所論のいうようにあり得ないとはいえない。(3)

被告人の共謀について

この点に関する所論は,①看護師事件における被告人の関与は,犯行当日,実行犯であるIをバイクに乗せて犯行現場付近まで運んだということだけであり,Iが誰に対し何をするのか聞かされていなかったし,Iが刃物を持っていることすら認識しておらず,また,犯行自体目撃していない,②原判決は,犯行当時,被告人が,既に元警察官事件に実行役として関与した経験があったことや,C会が起こしたとされる殺人ないし殺人未遂事件について多数の報道がされていたことを根拠に,Iが刃物等の凶器を用いてその命を奪う可能性があることを当然に認識していたと認定するが,元警察官事件は,看護師事件の8か月以上前のことであるし,被告人に対する指示者も異なるから,元警察官事件と同様の襲撃を指示されたと認識する合理的な根拠はなく,また,単に人を目的地まで運ぶという指示について,C会に関する報道に接することで,同様に殺人を指示されたと認識するのは極めて技巧的かつ強引で不自然な認定であるから,看護師事件に関し被告人とIらとの共謀は成立していない,というのである。

しかし,①の点について,原判決が説示するように,被告人は,Mから犯行における役割等について具体的に指示され,移動用の車の調達や,本件バイクの運搬等の準備行為をしているほか,犯行に際しては,他の事件と同様,事前に準備されたヘルメットや黒っぽい服等をわざわざ着用して,
盗難車である本件バイクを運転し,
同様に着替えたIを犯行現場まで送迎し,犯行後は,M,Iとともに,事前に指示
されたとおり,本件バイクからナンバープレートを外して海中に投棄している。これらの事情からすると,被告人は,本件において,多数のC会組員が動員されて組織的に犯罪を実行するための準備が行われたことを十分に認識していたと認められる。これに加えて,原判決が指摘するように,犯行当時,被告人が,既に元警察官事件に実行役として関与した経験があったことや,C会が起こしたとされる事件に
ついて多数の報道がされていたことを併せると,被告人は,C会が組織により人を襲撃し,場合によってはIが刃物等の凶器を用いてその命を奪う可能性があることを認識していたと認められる。したがって,被告人とIらとの間で看護師事件に関する共謀があったと認められ,これと同旨の原判決の認定判断は,正当なものとして是認できる。②の点について,原判決は,何も被告人が確定的に人の襲撃や殺人
を認識していたと認定したわけではなく,前記のような事情から,C会が組織により人を襲撃し,場合によっては刃物等の凶器を用いて相手の命を奪う可能性があることを認識していたと認定しているのであって,所論指摘の点は,この程度の被告人の認識を認めた原判決の認定に,影響を及ぼすものではない。
看護師事件に関する事実誤認の論旨も,理由がない。
第3
控訴趣意中,
原判示第3の組織的殺人未遂
(以下
「歯科医師事件」
という。


に関する事実誤認の主張について
論旨は,要するに,被告人には,被害者であるPに対する殺意がない上,歯科医師事件がC会の活動として組織により行われたことはなく,また,D,E,Fとの共謀は認められないのに,これらの事実を認めた原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある,というのである。

そこで,記録を調査して検討する。
1
(1)

原判決の概要
信用性が認められるPの証言によれば,
被告人は無防備なPの背後から近付

いてその背部に刃物を突き刺した上,Pから両手をつかまれて抵抗された後も,胸部,腹部,大腿部等という身体の枢要部を含む部位を目掛けて繰り返し突き刺すなどした。Pの抵抗にもかかわらず腹部や大腿部にかなり深い刺創が生じていることに照らせば,被告人は相当強い力を込めて刃物を突き出したと認められ,Pの抵抗状況次第では重要な臓器が損傷して死亡する危険性は相当高かった。刃物の形状,大きさ,硬さなどは不明であるが,それが包丁又はナイフ様の鋭利なもので,人を殺傷するに足りる大きさや硬さがあったことは明らかである。
被告人が少なくとも,

ことによればPが死亡するかもしれないとの認識を持っていたことは明らかであり,殺意があったと認められる。
(2)

歯科医師事件はG組を中心として組織的に敢行されたものであると認めら
れる。他方,歯科医師事件に関与した被告人らG組関係者は,いずれもPとは面識がないばかりか,
Pの親族との関わりがあった形跡もない。
これに対し,
DやEは,
平成3年ころからPの祖父Qや父Rと接点があり,より関係を深めようとしたものの,
Qらがそれに応じず,
C会組員がQを殺害する事態に至っている。
また,
Eは,
Rらに不満を抱いていたRのいとこのSと親交があり,犯行直前にはSをT漁業協同組合U支所の代表理事にしようと画策するものの,Rがその障害になっていることを知り,場合によってはRに危害を加えてまでもそれを実現する意向を示していた。さらに,犯行後,EがSに対し,
「Rが分からんけ,お前もうそんなんするしか
ねえやねえか」
「あいつはまだもう分かっとらんふうやのう」などと述べたことは,歯科医師事件が,RがC会の要求に応じないことに対する見せしめとして実行されたことを強くうかがわせるものである。これらによれば,歯科医師事件がMの一存で企図,計画されたものとは到底考え難く,DやEの関与がないとすると合理的に説明することが極めて困難であるし,C会序列3位の地位にあり,G組組長でもあ
ったFが関与せずになされたことも考えられない。歯科医師事件は,Dが意思決定をした上で,序列に従い,E,Fと順次指揮命令が行われ,Fから,直接または第三者を介して,
Mに対して指揮命令が行われたことが極めて強く推認される。
また,
このような指揮命令と役割分担の上で,白昼,一般市民を襲撃する犯行態様からして,歯科医師事件は,世間一般にC会の威力を誇示し,勢力や影響力を拡大させ,
組織の結束を図るという利益や効果がC会に帰属するものと認められる。以上によれば,歯科医師事件は,団体であるC会の活動として組織により行われたものと認められる。
(3)

DからMの間の具体的な指揮命令や謀議の内容は明らかでないが,少なくと

も刃物でPを襲うという核心部分については下位者の一存で決めることは考えられず,D,E,Fらにおいても意思疎通があり,それが下位者に伝達されたと考えられる。Dらにおいて,Pを殺害することを積極的に意欲していたとまでは認められないが,前記のような方法をとれば,Pの抵抗状況次第ではPが死亡する危険性があることは認識,認容していたものと考えられる。D,E,Fは,被告人との間では直接のやり取りをしていないものの,Mを介して,順次,被告人との間で,歯科
医師事件について共謀したものと認められる。
2
原判決のこの認定判断は正当であって,
論理則,
経験則等に反する点はなく,
事実の誤認があるとは認められない。以下,所論にかんがみ,補足して説明する。(1)

被告人の殺意について

所論は,①Pの創傷は,いずれもが致命傷とはなり得ないものである,②被告人はMから,Pの尻か大腿を五,六回刺せという指示は受けたものの,殺せと言われたわけではない,③仮に被告人に殺意があれば,Pにとどめを刺すべきであり,それができる状況にあったにもかかわらず,あえてそれをしていないから,被告人の殺意を認めた原判決の事実認定には誤りがあると主張する。
しかし,①の点について,原判決が説示するように,被告人は,胸部,腹部,大腿部という身体の枢要部を含む部位を目掛け,
相当強い力を込めて刃物を突き刺し,

これによりPの腹部や大腿部にかなり深い刺創が生じ,大腿深動脈が完全に切断されていたというのである。Pは,被害後,血圧が低下して出血性ショックの症状が出ており,短時間で死亡する危険があったが,医師が早期に大量の輸液をしたことや,歯科医師であるPが,大腿部をタオルで縛ってある程度の止血ができたことなどから,幸いにして救命できたというのである。これらによれば,所論のいうよう
に,Pの創傷が致命傷とはなり得ないなどとは到底いえず,Pが死亡する危険性が相当高かったことは明らかである。②,③の点について,原判決も,被告人がPの殺害を意欲していたとまで認めているわけではなく,ことによればPが死亡するかもしれないとの認識を持っていたと認定しているにすぎないから,所論のいうように,被告人がMから殺せと言われていないことや,Pにとどめを刺していないこと
は,原判決が認定した程度の殺意と矛盾するものではなく,原判決の認定を揺るがすものではない。
(2)

歯科医師事件がC会の活動として組織により行われたこと及びDらの共謀
について
所論は,関係証拠を見ても,Dが本件に関与したことを明確に示す証拠は存在せず,原判決は,あくまで推認によってDの関与を認めたにすぎず,Dの配下の部下が,Dに相談することなく,いわばスタンドプレーとして犯行を企画し実行に移したとする可能性を否定するには至っていないから,歯科医師事件がC会の活動として組織により行われたことや,被告人とDらとの共謀の成立を認めた原判決の事実認定は誤っていると主張する。
しかし,原判決は,前記のようなC会の組織統制の厳格さや,歯科医師事件がG組を中心として組織的に敢行されたことを前提に,被告人らG組関係者にPを襲撃する動機がない一方,DやEには,U地区の利権に関し,C会の要求に応じないRに対する見せしめという動機があること,犯行後にEが,Rに対する見せしめのために犯行に及んだことをうかがわせる発言をしていることから,歯科医師事件がMの一存で企図,計画されたとは到底考え難く,DやEの関与がないとすると合理的
に説明することが極めて困難であるとして,歯科医師事件は,Dが意思決定をした上で,E,F,Mと順次指揮命令が行われたことが極めて強く推認されると説示している。この原判決の認定判断は正当であって,経験則等に反する点はない。そうすると,所論のいうように,Dの配下の部下が,Dに相談することなく,いわばスタンドプレーとして犯行を企画し実行することは,原判決が説示するとおり,合理
的に説明することが極めて困難というべきである。
歯科医師事件に関する事実誤認の論旨も,理由がない。
よって,刑訴法396条により本件控訴を棄却することとし,当審における未決勾留日数の算入について刑法21条を,当審における訴訟費用を被告人に負担させないことについて刑訴法181条1項ただし書をそれぞれ適用して,主文のとおり
判決する。
(裁判長裁判官

野島秀夫,裁判官

今泉裕登,裁判官

髙橋孝治)
以上
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