判例検索β > 平成29年(う)第249号
業務上過失致死
事件番号平成29(う)249
事件名業務上過失致死
裁判年月日平成30年7月18日
法廷名福岡高等裁判所
結果破棄自判
原審裁判所名佐賀地方裁判所
原審事件番号平成26(わ)3
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平成30年7月18日福岡高等裁判所第1刑事部判決
,第250号

業務上過失致死被告事件

主文
被告人Aほか2名に対する原判決中被告人Aに関する部分及び被告人Bほか1名に対する原判決中被告人Bに関する部分をいずれも破棄する。被告人両名はいずれも無罪。

第1


事案の概要

本件は,C協議会が平成22年7月24日行った都市と農村の交流を目的とする「農村チャレンジキャンプ」と称するイベント中の川遊びにおいて,参加した当時小学3年生の被害児童が溺水して死亡したことについて,児童らの監護に当たった本件農村チャレンジキャンプのスタッフらに対して刑事上の過失責任を問うものである。
被害児童は,同日午後3時55分頃,他の男子児童とともに,佐賀県伊万里市所在の伊万里市D地区活性化センター「E」から,南南東約700mのF川の川遊びの予定場所まで移動した後,
F川に入水して溺水し,
同月27日午前9時38分頃,
長崎県大村市内の病院において,低酸素性脳症により死亡した。
本件農村チャレンジキャンプを実施したC協議会は,伊万里市G課に事務局を置き,同課の職員が事務局の職員を兼ねている。また,本件農村チャレンジキャンプが実施された伊万里市H地区では,
村おこしのグループとしてI倶楽部が結成され,
I倶楽部は,都市部の住民に農業体験等をさせるイベントを開催しており,C協議会の構成員となっていた。本件農村チャレンジキャンプにおいて児童を引率して監護に当たったのは,C協議会事務局にも所属していた伊万里市G課の職員とI倶楽部のメンバーであるH地区の地元住民であった。検察官は,平成26年1月7日,C協議会事務局長であった伊万里市G課長J,いずれもC協議会事務局に所属する同課副課長K及び同課職員被告人A,I倶楽部の代表者L,I倶楽部において代表
補佐の役割を果たしていた被告人Bの5名を,業務上過失致死罪で起訴した。前記5名に対する公訴事実は,数次にわたる訴因変更により,注意義務の内容が変更されたところ,最終的には,主位的訴因は,川遊びにおいて,参加児童にライフジャケットを着用させるか,そうでなければ,安全な監視態勢での実施計画を策定するなどの注意義務に違反したというものであった。また,予備的訴因は,児童らが溺水しないように監視し,溺れた場合には直ちに救助できる態勢をとるべき注意義務に違反したというものであった。
原審は,平成29年5月29日,L及び被告人Bに対する判決,J,K及び被告人Aに対する判決を別々に宣告している。これらの判決は,L,J及びKについては,主位的及び予備的各訴因のいずれもが認められないとして,無罪とし,被告人B及び被告人Aについては,主位的訴因を排斥しながら,予備的訴因に基づいて罪となるべき事実を認定し,被告人Bを罰金70万円に処し,被告人Aを罰金40万円に処したものであった。これらの判決に対し,検察官は控訴せず,被告人B及び被告人Aがそれぞれ控訴した。
第2

本件各控訴の趣意

被告人Aの控訴の趣意は,主任弁護人田坂茜及び弁護人松本大共同作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,被告人Bの控訴の趣意は,主任弁護人奥田律雄及び弁護人下津浦公共同作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,これらに対する答弁は検察官松熊健作成の「弁論要旨」と題する書面に記載されたとおりであるから,これらを引用する。被告人Aは訴訟手続の法令違反及び事実誤認を主張し,被告人Bは事実誤認及び法令適用の誤りを主張している。
第3

被告人Aの訴訟手続の法令違反の主張について

被告人Aの論旨は,まず,原判決の認定した過失は,予備的訴因の範囲を超えるものであるから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
そこで記録を調査して,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,原
判決が認定した被告人Aの過失は,男子児童に付き添って川遊びの予定場所に移動したスタッフに監視及び救助態勢が整うまでは児童らが入水しないよう監視を指示する注意義務に違反したというものである。これに対して,予備的訴因は,児童らが溺水しないように監視し,溺れた場合には直ちに救助できる態勢をとるべき注意義務に違反したというものであるから,原判決が認定した過失は,予備的訴因の直ちに救助できる態勢をとるべき注意義務に違反したことをより具体化したものであり,予備的訴因に含まれるということができる。原判決は予備的訴因を超えた過失を認定していないから,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反はない。
被告人Aの論旨は,次に,原審は,原判決の過失を認定するのであれば,これを争点として顕在化させるべきであるのに,そうしなかったため,被告人Aは必要な防御ができなかったから,原審の手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反がある,というのである。
そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果と併せて検討すると,原審で取り調べられた関係証拠から,後記のとおり,被告人Aには原判決が認定した注意義務を認めることはできないから,原審が争点を顕在化させなくとも,被告人Aは防御のために必要な立証活動は妨げられていなかったということができる。原審が争点を顕在化させるべきであったということはできず,原審の手続には判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反はない。
被告人Aの論旨は理由がない。
第4

被告人両名の事実誤認の主張について

被告人Aの論旨は,被告人Aは被害児童が監視態勢の整う前に入水することは予見できなかったから,被告人Aに男子児童に付き添って川遊びの予定場所に移動したスタッフに監視及び救助態勢が整うまでは児童らが入水しないよう監視を指示する注意義務があったと認定した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。

被告人Bの論旨は,次のとおりの事実誤認をいうものである。すなわち,原判決は,被告人Bが,本件農村チャレンジキャンプの実施を主導する立場にあり,1人で男子児童をF川に先に行かせることを決定したから,男子児童に付き添って川遊びの予定場所に移動したスタッフに監視及び救助態勢が整うまでは児童らが入水しないよう監視を指示する注意義務があったと認定した。しかし,本件農村チャレンジキャンプは,Jが事務局長を務めるC協議会が実施したのであり,被告人B1人が男子児童を先に川遊びの予定場所に行かせることを決定したのではない上,Jらが男子児童に付き添って川遊びの予定場所に移動したのであるから,被告人Bにそのような注意義務は認定できず,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある,というのである。
そこで記録を調査し,当審における事実取調べの結果を併せて検討すると,被告人両名には,川遊びの予定場所に向かった男子児童らが,女子児童が到着し,監視態勢が整う前,入水することは予見できなかったということができるから,被告人両名に原判決の認定した注意義務があったと認めることはできない。被告人両名に対する各原判決の認定は,論理則,経験則に反しているから,各原判決にはいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認があるというほかない。その理由は以下のとおりである。
1
本件農村チャレンジキャンプの実施に関する責任主体



関係証拠によると,これまで農村チャレンジキャンプが実施されてきた経過
について,次の事実が認められる。

伊万里市は,観光振興の施策の一環として,農山漁村と都市の住民の交流の
ための余暇活動を目的とするグリーン・ツーリズム事業を積極的に推進しており,平成19年から参加児童をH地区まで連れて行き農作業等を体験させる農村チャレンジキャンプを実施していた。
他方,I倶楽部は,H地区の活性化を図るため,グリーン・ツーリズム事業に取り組んでおり,伊万里市が実施する農村チャレンジキャンプにおいては,そのメン
バーが地元において児童に農作業を体験させるなど主要な役割を果たしていた。イ
C協議会は,平成21年3月,グリーン・ツーリズム事業の推進,充実を図
るため,I倶楽部などの団体や個人が会員となって設立され,事務局は,伊万里市役所の該当部署に置かれ,本件当時は伊万里市G課に置かれていた。農村チャレンジキャンプは,C協議会が伊万里市から引き継いで実施しており,平成21年には天候のため中止されたが,平成22年6月25日の同協議会の総会においては,同年7月に実施することとされ,I倶楽部やH地区の住民が参加児童を受け入れることが決定されていた。

本件農村チャレンジキャンプは,C協議会事務局において実施内容が企画さ
れ,伊万里市からC協議会に交付される補助金による予算措置もされ,伊万里市の公式ホームページ等において参加者が募集され,伊万里市G課のC協議会事務局において参加者の名簿が作成されていた。実施当日は,伊万里市役所で,参加の受付及び参加費の徴収がされていた上,本件農村チャレンジキャンプの参加児童らに掛けられたJAの傷害共済(旅行)保険契約は,C協議会事務局長が締結している。⑵

関係証拠によると,
本件農村チャレンジキャンプが実施された状況について,

次の事実が認められる。

Jは,警察官調書(原審乙2)において,グリーン・ツーリズム事業は市民
団体の活動によって行われてきたもので,農村チャレンジキャンプも,I倶楽部が主催してきたものをサポートしてきたものであり,地元の反発を招いて事業自体が円滑に進まなくなると困るので,実施はI倶楽部らの地元の関係者に任せていた旨供述している。また,Jは,原審公判において,農村チャレンジキャンプは,C協議会事務局とI倶楽部の共催により実施しており,庶務的な事務はC協議会事務局が行い,実施主体は地元の事情を熟知しているI倶楽部であった旨供述している。Kも,警察官調書(原審乙10)及び原審公判において,Jと同趣旨の供述をしている。

しかしながら,Mは,検察官調書(原審甲17)において,平成20年の農
村チャレンジキャンプは伊万里市N課が実施し,同課課長としてそれに関与したところ,参加児童に農業体験の指導をすることなどは地元の関係者が主導的に動いてもらっていたが,農村チャレンジキャンプ自体は伊万里市の事業であったため,伊万里市の担当者らが,地元からの意見を取り入れながら,企画立案をし,広報活動をして,担当する職員4名全員が公務でキャンプの全日程に参加していた旨供述している。

本件農村チャレンジキャンプにおいても,被告人Aが,I倶楽部の要望を踏
まえ,体験プログラム等の企画立案をし,C協議会事務局長であるJらの決裁を経て,その内容での実施が最終決定されているから,本件農村チャレンジキャンプの実施内容を最終的に決定する権限はJにあったということができる。また,本件農村チャレンジキャンプ当日には,伊万里市G課の職員5名は,参加児童を伊万里市役所からI倶楽部の関係者らの待つ「E」まで引率した上,到着が予定より30分も遅れたため,最初のプログラムの開始を急ごうと提案している。Lは,最初のプログラムの前に行われた,I倶楽部のメンバー,C協議会事務局の職員及び参加児童らが,あらかじめ相互に面識を得るオリエンテーションが重要であると考えていたため,そうした提案に立腹しながらも,オリエンテーションの時間を大幅に短くして,それを受け入れている。さらには,Jは,被害児童の水難事故が発生した際には,I倶楽部の関係者らと相談することもなく,本件農村チャレンジキャンプの続行を中止する決定をしている。


以上の事実関係によると,本件農村チャレンジキャンプの実施主体は,C協
議会であり,
その事務局に所属する伊万里市G課の職員は,
本件農村チャレンジキャ
ンプの円滑な実施のため必要な事務処理を行うべき立場にあり,C協議会事務局長のJは,本件農村チャレンジキャンプの企画及び実施につき,最終決定権者として責任を負うべき立場にあったということができる。
農村チャレンジキャンプは,参加児童に農作業等を体験させ,都市と農村の交流を図る目的で実施されるものであるから,現地や地元農家の事情に合わせて企画を
考え,農作業等を体験するための指導をすることは,地元の事情に精通している者でなければできないのであり,これらの点でI倶楽部の関係者らが主導的立場になるのは,むしろ当然というべきである。しかし,そのことから,I倶楽部が本件農村チャレンジキャンプの実施を主導する立場にあったということはできない。むしろ,参加児童の保護者は,伊万里市の公式ホームページを見るなどして,参加者を募集しているC協議会事務局を構成している伊万里市G課を信頼して,本件農村チャレンジキャンプへの参加に応募しているのであり,実際,参加児童の生命及び身体等に対する損害に対応するための損害保険は,C協議会事務局長のJが締結しており,被害児童が水難事故に遭うという深刻な事態が発生したときも,J自身が本件農村チャレンジキャンプの続行中止の判断を下しているのである。実質的にみても,Lが不満を抱きながらもオリエンテーションの時間の短縮に応じているように,
I倶楽部の関係者らは,
伊万里市G課の職員らから示された方針に対して,
異論を唱えることは難しかったということができる。
Jは,警察官調書(原審乙2)において,本件農村チャレンジキャンプの実施内容は,被告人AがI倶楽部の被告人Bらと打ち合わせて決めており,被告人Aの立案に任せていた旨供述し,Kも,警察官調書(原審乙10)において,同趣旨の供述をして,あたかも,本件農村チャレンジキャンプの企画に不手際があれば,それは被告人Aの責任であるかのような供述をしている。しかし,Jは,C協議会事務局長として,部下の被告人Aから適切な報告がなければ,自ら報告を求めて,企画の内容や進捗状況を把握し,企画の内容に不備があれば,それを是正させるべき責任を負った立場にあったというべきである。被告人Aがもっぱら本件農村チャレンジキャンプの企画立案に従事していたことから,Jの責任が軽減され,免除されるものではない。
2
川遊びでの監視,救助態勢の在り方



まず,関係証拠によると,従前の川遊びの実施状況について,次の事実が認
められる。


農村チャレンジキャンプにおいては,平成19年から,F川で参加児童らを
川遊びさせるプログラムが実施され,好評を得ていたことから,本件農村チャレンジキャンプでも,それが実施されることとされた。F川の川遊びの予定場所は,一見すると危険には見えないが,岩肌を水が流れる天然のウォータースライダーのようになった部分の先に,流れが速くなるところがあり,さらには滝壺のようになって足が川底に着かなくなる深みもあった。

過去の農村チャレンジキャンプにおいて,川遊びでの児童らの監視及び救助
態勢が事前に策定されることはなかったが,伊万里市及びI倶楽部の双方の成人スタッフが,参加児童全員を引率して川遊びの予定場所まで移動した上,児童らに準備体操をさせた後,児童らが入水して川遊びを開始し,引率した成人スタッフ全員で児童らを監視していた。

平成19年の農村チャレンジキャンプは,伊万里市N課が実施に当たったと
ころ,同課副課長のOは,それまで川の深さや水量を全く知らされていなかったのに,
川遊びの予定場所に到着すると,
児童らを先に行かせるのは危険であると考え,
自らが児童らを先導して下流に向かい,川底が見えなくなる危険な場所を察知し,岩場に立ってそこに行こうとする児童を止めるなどして,他の成人スタッフと協力しながら児童の監視をしていたのである。

このように,川遊びにおける監視及び救助態勢は,事前に細目が定められた
ものではなく,児童らを引率したスタッフ各自がその場の状況に応じて臨機応変に判断して対応していたのであり,そうした状況の下で,平成19年及び平成20年の農村チャレンジキャンプにおける川遊びは,事故なく平穏に終わっていた。⑵

関係証拠によると,本件農村チャレンジキャンプにおける川遊びの実施状況
について,次の事実が認められる。

本件農村チャレンジキャンプについては,平成22年7月上旬,P公民館に
おいて,被告人A,L,被告人Bらによって事前の打合せがされたが,例年と同様に実施することが確認されただけで,実施の細目にわたって計画や確認がされたこ
とはなかった。また,同月下旬I倶楽部の関係者らだけで行われた打合せでも,人数を含めて川遊びで監視を担当できる参加者が確認されただけで,川遊びの細かい段取りや役割分担,救助道具などは決められておらず,L及び被告人Bは,例年どおり当日の流れで臨機応変に監視及び救助に当たれば足りると考えていた。イ
被告人Aは,本件農村チャレンジキャンプ前日,伊万里市G課から参加する
スタッフに対し,川遊びの場所は深いところで溺れる可能性があるから,児童から目を離さないように注意しており,配布した資料にも,そのことが明記されていた上,地元の人の指示に従って配置につき,監視するように説明し,Jも,地元の指示に従うように指示している。また,川遊びでは,伊万里市G課のQが,海水パンツを用意して,川に入って監視に当たることとされ,救助に使うための浮き輪を用意することも予定されていた。

本件農村チャレンジキャンプにおいては,川遊びに先立って,参加児童に田
んぼでの除草作業を体験させるプログラムが実施されたが,
I倶楽部の関係者らが,
児童を田んぼまで先導し,除草作業の手本を見せるなどしたのに対して,J及び伊万里市G課から参加したRは,一緒に田んぼまで移動した上,事前に役割が決められていたわけでもないのに,I倶楽部の関係者らに続いて,自発的に,マムシがいないか畦道等を監視するなど,児童の安全を確保する行動をとっている。そして,田んぼの除草作業でマムシに注意する必要があることは,伊万里市G課の打ち合わせで配布された資料にも明記されている。


以上によると,農村チャレンジキャンプにおける川遊びは,溺水する可能性
のある危険な場所はあったものの,児童の安全を確保するための監視及び救助態勢は,細目を策定するまでもなく,児童らを引率した成人スタッフら各自が,その場の状況に応じて自主的な判断で臨機応変に対応してきたのであり,過去に危険な事態が発生していないことからすると,各自が自分の置かれた状況を的確に把握して適正に対応すれば,参加児童らの安全を確保することは十分に可能であったということができる。川遊びは,本格的な登山や遠泳のように,成人の監視が必須である
ような危険が付きまとうものではなく,小中学生が成人の監視がない状態で日常の遊びとしていてもおかしくないものであることからも,そのような監視及び救助態勢をとったことが不適切であったということはできない。
そして,Jを初めとする伊万里市G課から参加した職員らも,事前に配布された資料等から,その状況を理解して,川遊びに先立つ田んぼの除草作業では,状況に応じて自発的に参加児童の安全を確保するための各自の役割を果たしていたのであり,I倶楽部の関係者らによる事前の打合せでも,川遊びの監視に当たる者が,各自の置かれた状況を把握して対応したので足りる人数であることが確認されていたとみることができる。
3
被告人Bの注意義務違反について



被告人Bに対する原判決は,被告人Bは,本件農村チャレンジキャンプの企
画立案及び当日の進行を中心となって行っており,川遊びの開始については,1人の判断で男子児童らのみをまず川遊びの予定場所に連れて行くことを決定し,他の成人スタッフにその旨の指示を出し,男子児童らの移動が始まったのであるから,溺水を防止するための監視及び救助態勢をとるよう他の成人スタッフに指示すべき立場にあった,としている。その上で,被告人Bは,前記のような指示を怠れば,成人スタッフの監視がない状態が生じ,男子児童らが監視及び救助態勢のない状態で入水する可能性を予見し得た,としている。


しかし,関係者は,次のとおり供述している。


Rは,伊万里市G課の職員として本件農村チャレンジキャンプに参加してい
たところ,検察官調書(原審甲12)において,男子児童を先に川遊びの予定場所に引率することになった経緯について,次のとおり供述している。「E」において,
男子児童が着替え終わって騒ぎ出し,既に川遊びが始まる時刻になっていたので,どうするのかと思っていたところ,
被告人B,
L及び被告人Aが立ち話をしており,
誰かが「男の子を市役所の2台に乗せよう」と言い,被告人Bが,自分を含む伊万里市G課の職員3名に対し,地元の男性に案内してもらい男子児童らを先に川遊びの予定場所まで連れて行くように依頼してきた。そこで,被告人Aに男女が別に行く理由を尋ねると,被告人Aが,女子児童は別にすることがあるので,遅れて行くと説明してきたので,川遊びの予定場所には既に監視する者が2,3名は配置されているだろうが,女子児童の到着を待って体操をしてから川遊びをさせることになるだろうと考えていた,というのである。
また,被告人Bは,当審公判において,記憶が定かではないとしながらも,「E」
において,被告人A,Kら4,5人で話し合って,男子児童を先に川遊びの予定場所まで連れて行くことを決めた旨を供述している。

Sは,I倶楽部のメンバーとして,本件農村チャレンジキャンプに参加して
いたところ,検察官調書(原審甲13)において,次のとおり供述している。「E」において,被告人Bから,市役所の自動車に男子児童を乗せ,先に川遊びの予定場所まで連れて行くので,その案内をするように依頼され,さらに,Kが自動車で女子児童を迎えに戻ってくるので,戻るときの迂回の道を教えるように依頼され,KやQもその被告人Bの説明を聞いていた。
説明を聞いて,
先に男子児童を連れて行っ
て,男子児童は女子児童が到着するまで待たせておき,児童が全員揃ったら,一緒に体操をさせて,大人も監視している中で,川遊びをさせることになると考えており,
監視する予定の他の成人スタッフは女子児童と一緒に来るだろうと思っていた,というのである。

Kは,先導するSの運転する自動車に追従して,市役所の自動車に男子児童
を乗せて川遊びの予定場所に赴いているところ,検察官調書(原審乙11)において,車中で,男子児童らに,体に水をかけてから川に入らなければいけない,大人の言うことを聞かなければいけない,体操をしないといけないなどと注意を与えた旨供述している。また,原審公判においては,自動車で女子児童を迎えに戻るとき,早く女子児童を連れて行かないと,川遊びが始まらないと思っていた旨供述している。

T及びUは,
本件農村チャレンジキャンプに参加した男子児童であるところ,
当審公判において,
次のとおり供述している。
川遊びの場所に向かう自分たちの乗っ
たワゴン車を運転した大人から,
「降りたら待ってて」と指示されたので,自動車を
降りてから,サンダルを脱いで待機していた。近くでは,成人スタッフが浮き輪を膨らませており,そのうち男子児童が川下に移動したので,それに付いていくと,被害児童が溺水していた,というのである。Uは男子児童らが分乗した2台の自動車のうち前方を走行していた自動車に乗った旨供述しており,Qの検察官調書(原審甲11)によると,前方の自動車を運転したのはKと認められるから,男子児童らに前記の指示をしたのはKであったということになる。


以上からすると,被告人Bは,被告人Aと打ち合わせて,本件農村チャレン
ジキャンプの企画立案に関与していたということはできるが,それは,企画立案において原案を作成する被告人Aに,地元の実情を説明して,円滑に本件農村チャレンジキャンプが実施できるようにしたにすぎないものであり,そのことから,被告人Bが,本件農村チャレンジキャンプの企画を最終決定し,その実施を主導する立場にあったと結論付けることはできない。
さらに,前記関係者の各供述からすると,被告人Bが1人で男子児童を先に川遊びの予定場所まで移動させることを決定したとはいえないのであり,男子児童を先に移動させることは,被告人Bを含む成人スタッフが協議して決定したと認めるのが相当である。そのことは,川遊びが,事前に定められた細目に従って実施されたり,その細目を策定した中心となる人物の状況判断に基づいて実施されたりしたものではなく,各自がその場の状況に応じて臨機応変に監視及び救助に対応することで実施される予定だったのであり,本件においては,川遊びのため水着に着替え終わった男子児童らが騒ぎ出し,女子児童らを待てないような不測の事態が生じて,各自による状況判断が困難になったため,関係者が協議することによって方針決定がされることになったと理解することができるのである。
また,被告人Bが,K,R及びSらに対し,Sが先導して,男子児童を川遊びの予定場所まで連れて行き,Kが女子児童を迎えに戻ってくることになったと伝えたことで,K,R及びSは,女子児童の到着を待ってから,川遊びを始めることになると受け取っている。そして,Kは,川遊びの予定場所まで引率した男子児童らに対し,その場で待機しておくように指示しており,男子児童らも,当初はその指示に従って,その場に待機していたのである。こうした状況下においては,本件農村チャレンジキャンプに参加した成人スタッフ及び男子児童らの間では,先に男子児童が川遊びの予定場所まで連れて行かれても,女子児童が到着して全員が揃い,準備体操をするなどした後,川遊びが開始されるということが共通の認識になっていたということができる。
これらに加えて,関係証拠によると,次の事実が認められる。Jは,「E」から,
男子児童を引率するK及びQの運転するワゴン車に続いて,Rが同乗する自動車を運転して川遊びの予定場所に赴き,R及びQとともに,そこで浮き輪を膨らませていた。その間,被告人Bは,川遊びの監視に使用するロープを取りに自宅に戻り,Lも「E」に残っており,I倶楽部のメンバーら地元の関係者は川遊びの予定場所に赴いていなかったのである。その経緯について,Jは,原審公判において,次のとおり供述している。川遊びの予定場所に着いて,男子児童の様子から成人スタッフに先導されているものと感じ,既に成人スタッフが監視に当たっていると考えていた。そのうち,男子児童の声が聞こえなくなったので,F川に沿って見に行ったが,状況がわからないまま戻ってきたところ,女子児童が到着した後,Rから児童が溺水した旨の報告を受けた,というのである。しかし,Jは,C協議会事務局長として,本件農村チャレンジキャンプの実施について最も責任ある立場にあったのであり,事前に配布された資料でも川遊びの危険性は指摘されていたから,「E」か
ら川遊びの予定場所に移動するに当たっては,男子児童がどのような状況に置かれているかを的確に把握しなければならなかったというべきである。少なくとも,他の成人スタッフは,男子児童に同行しているJらのスタッフが,男子児童の状況を必要な範囲で把握して,不測の事態が生じたときには,それに対応することになると認識していたということができる。
以上からすると,被告人Bは,男子児童が先に川遊びの予定場所に引率されたとしても,女子児童が到着するまで,その場に待機しているものと認識しており,それに反して,男子児童らが勝手に川遊びを開始しようとしたならば,その場にいたJ,R及びQがそれを制止するものと認識していたということができる。被告人Bには,男子児童らが,先に川遊びの予定場所に連れて行かれたとしても,監視及び救助態勢のない状態で入水する可能性があることを予見できなかったというほかない。これに反する原判決の認定は,論理則,経験則に反しているから,是認できず,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
被告人Bの論旨は理由がある。
4
被告人Aの注意義務違反について



被告人Aに対する原判決は,被告人Aは,本件農村チャレンジキャンプの全
体像を把握し,その実施状況などに問題が生じた場合には,それに対処すべきC協議会の担当者であり,K及びRに男子児童を川遊びの予定場所に連れて行くように指示し,Jにも川遊びの予定場所への移動を指示しているから,被告人Bに次いで本件農村チャレンジキャンプを主導すべき立場であったとしている。その上で,被告人Aは,男子児童らの移動に当たって,現地に向かう成人スタッフに対し,成人スタッフが揃うまで男子児童らを入水させないよう指示しなければ,川遊び場所で成人スタッフの監視がない状態が生じ,男子児童らが監視及び救助態勢のない状態で入水する可能性を予見し得た,としている。


しかし,
本件農村チャレンジキャンプは,
C協議会が実施しているのであり,

上司である事務局長のJを差し置いて,事務局の職員にすぎない被告人Aが,その全体像を把握して,実施状況の不備に対応するなど,本件農村チャレンジキャンプを主導するべき立場にあったなどということはできない。
被告人Aは,
本件農村チャ
レンジキャンプの企画立案に当たってはいたが,その最終的な責任は事務局長のJにあったのであり,Jが,被告人Aに対して,細かい報告,企画の具体的な説明,必要に応じた企画の修正を求めていないことから,直ちに被告人Aが本件農村チャレンジキャンプを主導するべき立場にあったとするのは早計である。しかも,前記のとおり,川遊びは各自がその場の状況に応じて臨機応変に監視及び救助に対応することで実施されてきており,男子児童を先に川遊びの予定場所に移動させるのは,被告人A及び被告人Bに他の成人スタッフが加わった協議により決定されていたのである。そうであれば,被告人Aが,K及びRに男子児童を川遊びの予定場所に連れて行くように指示し,Jにも川遊びの予定場所への移動を促したことが,男子児童が先に川遊びの予定場所に到着したことによって生じた被害児童の水難事故の過失責任の根拠になるものではない。
むしろ,Jは,事前に,本件農村チャレンジキャンプの川遊びについて,被告人Aから相談を受けて,
救助用の浮き輪を用意することを決め,
被告人Aに指示して,
児童らに指示を周知するための笛を準備させている。また,Jは,「E」において,被告人Aから,先導するSの自動車に追従するように促されると,被告人Aに準備させた浮き輪の所在を確認し,被告人Aから準備させた笛を受け取って,Rとともに川遊びの予定場所に向かい,1,2分遅れてそこに到着している。このような男子児童らが先に川遊びの予定場所に引率された経過をみても,被告人Aは,主導的な立場でJらに移動を指示したとみる余地はなく,各自がその場の状況に応じて臨機応変に対応するという前提で,Jらの自発的な行動を促しているのにすぎないのであり,Jは,それに応じて,浮き輪の所在を確認し,笛を受け取って,川遊びの予定場所に赴いた男子児童らの監視を引き受けたと評価されるべき行動に出ている。Jが,男子児童らの声が聞こえなくなったため,F川に沿って男子児童らの所在を確認しようとしたのは,そのことの現れということができる。以上からすると,被告人Aは,被告人Bと同様に,男子児童が先に川遊びの予定場所に引率されたとしても,女子児童が到着するまで,その場に待機しているものと認識していたということができ,それに反して,男子児童らが勝手に川遊びを開始しようとしたならば,その場にいたJ,R及びQがそれを制止するものと認識していたということができる。被告人Aには,男子児童らが監視及び救助態勢のない状態で入水する可能性があることを予見できなかったというほかない。これに反する原判決の認定は,論理則,経験則に反しているから,是認できず,原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある。
被告人Aの論旨は理由がある。
5
結論

以上によると,被告人両名には,いずれも,溺水を防止するための監視及び救助態勢をとるよう他の成人スタッフに指示することを怠れば,成人スタッフの監視がない状態が生じ,男子児童らが監視及び救助態勢のない状態で入水する可能性を予見することができなかったというほかない。そうすると,被告人両名には,原判決の認定したような,川遊びの予定場所に移動する成人スタッフに溺水を防止するための監視及び救助態勢をとるように指示するなどして,児童らが溺水しないように成人スタッフによる監視態勢を整えた上で川遊びを開始すべき注意義務があったということはできない。
なお,Jは,原審公判において,男子児童は,別に成人スタッフに先導されており,既にI倶楽部のメンバーら地元のスタッフが監視に当たっていると認識していた旨供述するなど,川遊びの予定場所において,男子児童らが入水するのを制止すべき注意義務の前提となる事実関係の認識がなかったという趣旨の供述をしている。しかし,Jは,C協議会事務局長という本件農村チャレンジキャンプの実施主体の責任ある立場で参加していたのであり,児童らが一緒に川遊びの予定場所に移動する計画が変更され,男子児童だけが先に川遊びの予定場所に引率されることになったのであるから,その状況を的確に把握した上,自分の果たすべき役割を適正に判断しなければならなかったというべきである。そうすることなく,漫然と川遊びの予定場所に移動しながら,
格別の根拠もなく,
他の地元スタッフが監視に当たっ
ていると認識していたというのでは,本件農村チャレンジキャンプに参加した自分の立場に求められる注意義務を果たしたことにはならない。
第5

破棄自判
よって,被告人Aほか2名に対する原判決中被告人Aに関する部分及び被告人Bほか1名に対する原判決中被告人Bに関する部分には,いずれも事実誤認があり,これらが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,被告人Bの法令適用の誤りに関する主張について判断するまでもなく,
被告人両名につき刑訴法397条1項,
382条により,これらの原判決中の各被告人に関する部分をいずれも破棄し,同法400条ただし書に従い,当裁判所において,本件各業務上過失致死被告事件について更に判決することとする。
本件各公訴事実のうち,主位的訴因については,各原判決によって,被告人両名の犯罪の証明がないとされ,それらに対して検察官から各控訴がないので,それらに反する判断は許されない。予備的訴因については,既に説示してきたところから明らかなように,本件の事実関係の下では,被害児童が川遊びの予定場所にいたとき,成人スタッフが揃う前に川遊びが開始されることは予定されておらず,その場にはJらの成人スタッフがいたのであるから,被告人両名には,児童らが溺水しないように監視し,児童らが溺水するなどした場合には直ちに救助できる態勢をとる注意義務があったということはできない。そうすると,本件公訴事実は,犯罪の証明がないことに帰するから,それぞれ刑訴法336条により,被告人両名に対しいずれも無罪の言渡しをすることとする。
福岡高等裁判所第1刑事部

裁判長裁判官

山口雅髙
裁判官

平島正道
裁判官

髙橋孝

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