判例検索β > 平成29年(わ)第917号
殺人未遂被告事件
事件番号平成29(わ)917
事件名殺人未遂被告事件
裁判年月日平成30年7月23日
法廷名大阪地方裁判所
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主文
被告人を懲役12年に処する
未決勾留日数中300日をその刑に算入する。
押収してある金属バット1本(平成30年押第27号の1)を没
収する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は,療育手帳の交付を受けようとして役所に出向いたものの交付を受けられず,苛立ち,金属バットを購入して移動していたものであるが,
第1

平成28年11月2日午後5時25分頃,大阪市a区b町c番d号所在のe駅中央コンコース南側エスカレーター前において,同所を通行中のA(当時22歳)ににらまれたと感じたことなどから,同人を殴ろうと考え,人が死ぬかもしれないことを認識しながら,えて,同

同人に対し,その頭部を金属バット(平成30年押第27号の1)で1回殴り,更に,その場に転倒した同人の頭部を目掛けて同バットで1回殴ったが,同人が逃げ出すなどしたため,同人に加療約2週間を要する頭部外傷等の傷害を負わせたに止まり,

第2

同日午後5時26分頃,前記場所において,上りエスカレーターから前記中央コンコースに上がってきたB(当時6歳)ににらまれたと感じたことなどから,同人を殴ろうと考え,同人が死ぬかもしれないことを認識しながら,あえて,同人に対し,その頭部を前記金属バットで1回殴ったが,同人に全治約1か月間を要する左頭頂骨骨折・外傷性くも膜下出血・急性硬膜外血腫,少なくとも約2年間の経過観察を要するけいれん発作の可能性を伴う脳挫傷の傷害を負わせたに止まり,

いずれも殺害するに至らなかった。
【証拠の標目】
省略
【争点に対する判断】
被告人が,A及びBを金属バットで殴打したことは争いがない。本件の争点は,殺意の有無と責任能力である。
1
殺意の有無


Aに対する殺意
防犯カメラ映像(甲62,66)に見られる被告人の両手両足の位置や向き,バットの位置等によれば,被告人は,バッターがバットを若干上向きにスイングするような体勢で,歩いているAの右横からAの頭の高さで金属バットを振ったこと,バットが当たる直前,Aが顔を被告人の方に向け,わずかに体をひねるような動作をしたことが認められる。また,脳神経外科専門医である甲は,Aの額には握り拳大の頭部皮下出血が生じており,1割程度の確率で脳損傷が生じるようなかなり強い衝撃が加わったと考えられる旨及びAに脳損傷が生じなかったのはAが逃避行動をとったためだと推測できる旨供述するところ,この供述の信用性に特に疑問なところはない。そして,前記のとおり,Aは歩いているだけで大きく体を動かしてはおらず,被告人が意図したところと大きく異なる場所に金属バットを当てたような事情は認められない。以上によれば,被告人は,Aの頭を目掛けて相当な力で金属バットを振り,Aの頭を殴ったと認められる。
さらに,前記防犯カメラ映像及びAの供述によれば,被告人は,前記の殴打行為により転倒しているAの方向を向いて金属バットを振り上げてAの頭付近に振り下ろしたこと,バットは,その場からほとんど動くことなく両手を頭に乗せているAの右手に当たったことが認めら
れる。したがって,このときも,被告人は,Aの頭を目掛けて金属バットを振り下ろしたと認められる。
これらに対し,被告人は,頭に当たると死んでしまうのではないかと思い,Aの肩や手を狙った旨供述するが,前記防犯カメラ映像と齟齬しており,信用できない。
なお,捜査報告書(甲65)によれば,被告人は犯行に用いた金属バットを犯行の約20分前に購入し持ち運んでいたものであり,その硬さや形状を十分に認識していたと認められる(被告人は,犯行に使用した金属バットは,金色で黒色袋入りであり,警察官が領置し,裁判所が押収した金属バット(黒色で白色袋入り)とは別の物である旨供述するが,捜査報告書(甲62,65)及び乙の供述によれば,同一性が優に認められる。)。
以上によれば,被告人は,頭という硬い物で強く殴れば人が死亡する危険性の高い部位を目掛けて金属バットという硬い物で強く殴ったのであり,人が死ぬ危険性の高い行為をそのような行為と分かってしたものと認められ,Aに対する殺意が認められる。


Bに対する殺意
前記防犯カメラ映像及び乙の供述によれば,被告人は,金属バットを自身の頭の高さに持ち上げた状態でBに近づき,大きくは動いていないBに対し,振り下ろすようにして,その頭を殴ったことが認められ,被告人は,Bの頭を目掛けて金属バットで殴ったと認められる。これに対し,被告人は,頭は危ないので肩を狙った旨供述するが,小さな幼児の頭に当たらないように殴るのにバットを振り下ろしたなどというのは信じ難い。そして,脳神経外科医である丙は,Bの頭には数メートルの高さから墜落するのと同程度の力が加わったのであり,死亡してもおかしくない程度の衝撃だった旨を述べる。

このような加害行為の態様及び結果と,自分で購入した金属バットを用いて行った行為であることからすれば,被告人は,人が死ぬ危険性の高い行為をそのような行為と分かってしたものと認められ,Bに対する殺意も認められる。
なお,検察官は,Bに対する殺人未遂の実行行為として,Bの頭を1回殴った後,更に同人を金属バットで殴ろうとした旨主張するが,後者については,防犯カメラ映像上,明確でなく,Bに対する犯行を目撃した前記乙は,後者のような行為があったとは供述していないこと,被告人自身は,Bの背中を殴った旨供述するものの,暴行態様に関する被告人の供述は全体的に信用性に乏しく,背中への殴打行為だけに信用性を認めることも困難であることから,被告人が更にBを金属バットで殴ろうとした,あるいは殴ったという行為については認定するに至らない。
2
責任能力


弁護人の主張
弁護人は,Aらににらまれ,幻覚等による脳の痛みが増幅したた
め,犯行に及んだとの被告人供述に沿い,被告人は,本件各犯行当時,残遺性障害及び遅発性精神病性障害と軽度精神遅滞の影響により,善悪判断能力及び行動制限能力が失われており心神喪失の状態にあった,又は,これらが著しく低下しており心神耗弱の状態にあったと主張する。



前提事実

関係証拠によれば,犯行当日の被告人の行動等につき,次の事
実が認められる。
被告人は,犯行当日,療育手帳に関する手続をしようとして,
地下鉄を利用して,f駅付近にあるgリハビリテーションセンタ

ーを訪れた。被告人は,事前の担当者とのやり取りから,いつ行
っても手続が受けられると理解していたが,予約が必要であると
して当日の手続を断られた(甲33)。被告人は,同センターを
出た後,地下鉄でh駅まで行き,同駅付近にあるスポーツ用品店
で金属バットを購入すると,同駅から地下鉄に乗車してe駅で下
車し,本件各犯行に及んだ。

被告人は,療育手帳に関する手続を断られたことに関し,また
日を変えて手続をしたらいいと考えたなどと,特に不満を感じて
いない趣旨の供述をし,金属バットを購入した理由については,
e駅付近のバッティングセンターに行き,バッティングをするた
めであった旨供述する。
しかし,被告人の上記供述は,以下の理由から信用できない。
すなわち,被告人は,16歳の頃にバッティングセンターに行っ
たことがあるものの,その際にはバッティングをしておらず,そ
の後はバッティングセンターに行っていないというのであり,本
件当日,同所に行こうと思ったというのは,あまりに唐突である
し,同所に行こうと思った理由についての被告人の説明は度々変
遷しており,一貫性がない。また,被告人は,バッティングセン
ターにバットが置いてあり,買う必要がないことを一応理解して
いながらバットを買った理由について,自分のバットで打ちたか
ったなどと供述するが,購入したのは通常のものよりも短いジュ
ニア用の金属バットである上,被告人は生活保護等で生活してお
り,当面の生活費が5万円ほどしかなかったにもかかわらず60
00円も支払っている。その上,防犯カメラ映像(甲62)によ
れば,被告人は,地下鉄h駅の改札とスポーツ用品店とを約7分
間で往復しており,移動や精算に要する時間を考慮すれば,被告

人は,ほとんど選びもせずに購入しているのであり,この点でも,貴重な現金を支払って通常の用法で用いるためにバットを購入
する者の行動として不自然である。
以上のように,金属バットを購入した理由についての被告人の
供述は信用できないところ,前記のとおり,被告人は,リハビリ
テーションセンターまで出向いたにもかかわらず,予期に反して
手続を断られるという普通の人でも不満や苛立ちを感じる出来
事があった後に,通常の用法以外では凶器にしかならないような
物を購入し持ち歩いていたのであるから,それを用いて粗暴な行
為をするなどして不満を解消し,あるいは自己の欲求を満たそう
という何らかの目的があったと考えられる。後述する被告人の性
格傾向は,前記推認と整合こそすれ,矛盾はしない(具体的な粗
暴行為として考えられるものの一つは,リハビリテーションセン
ターに行って療育手帳の手続をするよう求めることである。金属
バットを購入したh駅からはe駅で乗り換えることなくf駅に
行くことができるが,リハビリテーションセンターの業務終了時
間に間に合わないことに途中で気付いてe駅で降りたというこ
とも考えられるから,被告人が本件各犯行時に同駅にいたことは,前記可能性と矛盾するものではない。なお,h駅にも多数の人が
いるのに殴打行為に及んでいないことから,通行人を殴打する目
的でバットを購入したとまでは認められない。)。
鑑定結果
被告人の精神鑑定をした丁医師(以下「鑑定人」という。)は,
被告人には本件各犯行当時,①残遺性障害及び遅発性精神病性障害と②軽度精神遅滞が認められ,①残遺性障害及び遅発性精神病性障害については,件各犯行時,告人は,らににらまれたと感じ,
本被A
脳に穴をあけられる又は脳に電気が流れて痛みを感じるという幻
覚がひどくなると同時に,隣人の中国人等からの幻聴等に悩まされ疲れていた状態であったが,幻覚により生じる痛みは,普段,コーヒーを飲んで紛らわすことができ,かつ,バットを持っていなければやり過ごせる程度のものであった旨,幻聴により疲れているといっても,必ずしもその日に行く必要のない役所に行こうと考える程度の疲れであったほか,被告人は,自らの意思どおりに行動することができ,Aらや周囲の人々の言動を適切に認識し,理解できていた旨,②軽度精神遅滞については,本件各犯行の態様は,被告人の思いどおりにいかないと非常に衝動的になるという性格傾向から
みれば,さほどかい離の大きなものではないことから,被告人の知的水準が,本件各犯行に大きく影響したと考えることはできない旨,本件各犯行は,脳に穴があけられる等による痛みや疲れ切っていたことによる影響以外は,正常な精神領域によって行われたと考えられる旨供述する。
上記鑑定は,面接時等における被告人の供述を前提にしている部
分が多いところ,鑑定人も指摘するとおり,被告人の供述は時間の経過に従って,精神障害の影響が大きくなる方向に変遷している。したがって,被告人の供述を全面的に信用することはできず,e駅付近のバッティングセンターに行こうとしていた旨の供述が信用
できないことは前記のとおりである。もっとも,鑑定人は,一次的にはバッティングセンターに行くことを前提にしているものの,同事実の真否にかかわらず,鑑定結果に影響はない旨を述べ,その他の被告人の供述についても慎重に検討しており,被告人の精神障害の有無及び犯行への影響の仕方についての判断過程が不合理であ
るとはいえない。弁護人は,鑑定人が,Bを診察したことがあるか
ら公正さに問題がある旨主張するが,鑑定書提出後に指摘されるまでは診察したことを失念していたものであり,鑑定には影響していない旨の鑑定人の説明に不自然なところはなく,公正さにも問題はない。そこで,以下,同鑑定を前提に被告人の本件各犯行時の責任能力について検討する。
被告人の本件各犯行時の責任能力
防犯カメラ映像やAの供述等に照らすと,Aらが被告人をにらん
だとは考えられないものの,Aらと目が合った際ににらまれたと感じ,脳に痛みを感じたとの被告人の供述が虚偽であるとまではいえず,それまでの幻覚幻聴による疲れが本件各犯行に影響した可能性は否定できない。しかし,幻覚幻聴による痛みは,コーヒーを飲んで紛らわすことができる程度であり,また,幻覚幻聴による疲れがあるといっても,必ずしもその日でなければならない理由はないのに療育手帳の交付手続に出向くことができる程度のものであった
ことに照らせば,幻覚幻聴が本件各犯行に及ぼした影響は限定的であり,また,被告人自身,Aらを殴打したら痛みが和らぐと思った旨供述しているわけではないことからしても,脳の痛みを感じたことだけがAらを殴打した動機であったとは考えられない。むしろ,前記のように,リハビリテーションセンターまで出向いたにもかかわらず,思いどおりに療育手帳の交付手続を受けられず,苛立っていたところ,Aらににらまれたと感じたことから衝動的に殴打行為に出たのであり,思いどおりにいかないと非常に衝動的になるという被告人の本来の性格傾向により惹起された部分が大きいと考え
られる。
その上で,被告人は,犯行後に取り押さえられた際,自身が金属
バットで人を殴ったから取り押さえられていることを理解してお

り,善悪の判断を正常にできていた上,狙ったとおりにAらの頭部を殴打し,さらには,Aが人ごみに逃げたのを見て追い掛けるのをあきらめるといった状況に応じた行動もできており,行動を制御する能力も十分に有していたと認められる。
以上によれば,被告人が,本件各犯行当時,精神障害により善悪
の判断や行動の制御ができなくなっていた,あるいは,それらが著しく困難であったとは認められず,被告人は本件各犯行時,完全責任能力であったと判断した。
【累犯前科】
省略
【法令の適用】


判示各行為

刑種の選
いずれも刑法203条,199条

判示各罪
累犯加
いずれも有期懲役刑を選択

判示各罪の刑

刑法56条1項,57条(前記の各前科がある
ので同法14条2項の制限内でそれぞれ再犯の
加重)

併合罪の処理

刑法45条前段,47条本文,10条(犯情の
重い判示第2の罪の刑に同法14条2項の制
限内で法定の加重)

未決勾留日数算入

刑法21条


刑法19条1項2号(判示各犯行の用に供した


物)2項本文

訴訟費用の処理

刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)

【量刑の理由】
金属バットで頭部を殴打するという犯行態様は危険なものであり,これによりBは修復されない脳挫傷を含む傷害を負い,てんかんの発作のおそれが高まったため,生活上の制限を余儀なくされていること及び当時6歳で多感なBが受けた精神的衝撃は大きいことからすれば,生じた結果は相当程度重い。もっとも,金属バットでの殴打が銃器や刃物等の凶器を用いた場合よりも危険とはいえず,Bに生じた結果も殺人未遂の事案の中で重いとまではいえない。Aに対する犯行により生じた結果も幸い加療約2週間のものである。
犯行動機は,思いどおりにならず苛立っていたところに,被害者らににらまれたと感じたというもので酌むべきものは乏しいものの,限定的ではあるが精神障害の影響があったことは被告人に対する非難の度合いを幾分弱めるものといえる。また,殺意は未必的なものにとどまっており,強固なものではない。
被告人は,見ず知らずの被害者らに連続して犯行に及んでおり,無差別の殺人未遂に近い事案であり,社会に不安を与える犯行であったといえる。もっとも,にらまれたと感じた相手という限度では対象が特定されていることや,Bの頭を1回殴った後,更に同人を金属バットで殴ろうとした事実は認められないこと等からすれば,典型的な無差別の犯行であるとまではいえない。
以上からすると,本件は,凶器を用いて,無差別又は無関係な被害者(落ち度なし)に対する殺人未遂の事案の中では重い部類に位置付けられる。検察官の求刑は,無差別の事案の中でも最も重い部類に位置付けるものであるが,Aに対する被害結果まで重大とし,重い事案の中にも被害者が複数名あるものも含まれているにもかかわらず,本件の被害者が2名いることを強調するだけで,当該事案の中でも最も重いとする根
拠が適切に示されているとはいえず,重すぎるといわざるを得ない。このような位置付けを前提に,告人は,省の言葉を述べるものの,被

全体としてみれば,本件各犯行と向き合えているとはいい難く,真摯な反省の態度は見られないこと,本件が被告人の性格傾向が大きく影響しての犯行であり,被告人は,これまでも思いどおりにならないと粗暴な行動に出ていることや,更生環境が整っていないことも考え併せると,再犯可能性が否定できないこと等の事情も踏まえ,主文のとおり量刑した。
(求刑―懲役20年,主文同旨の没収)
平成30年7月23日
大阪地方裁判所第14刑事部

裁判長裁判官

飯島
健太郎

裁判官

山口智子
裁判官

諸井雄佑
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