判例検索β > 平成29年(ワ)第3934号
損害賠償請求事件
事件番号平成29(ワ)3934
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成30年6月22日
法廷名名古屋地方裁判所
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主1文
被告は,原告に対し,1万円及びこれに対する平成28年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2
原告のその余の請求を棄却する。

3
訴訟費用は,これを20分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担とする。

第1

実及び理由
請求
被告は,原告に対し,20万円及びこれに対する平成28年12月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

第2

事案の概要

1
本件は,死刑確定者として名古屋拘置所に収容されている原告が,原告宛てに差し入れられた書籍の記載等の一部を抹消した名古屋拘置所長の違法な処分により精神的苦痛を被ったとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,慰謝料100万円の一部請求として,慰謝料20万円及びこれに対する違法な処分のあった日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

2
前提事実(当事者間に争いがない事実並びに括弧内掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)


当事者
原告は,平成12年3月1日,津地方裁判所により,死刑に処する旨の判決を言い渡され,同年4月17日,三重刑務所から名古屋拘置所に移送され,平成13年5月14日,名古屋高等裁判所により,控訴を棄却され,平成16年12月14日,上告も棄却されたことにより,平成17年1月21日,死刑判決が確定した。原告は,その後,現在まで,死刑確定者として名古屋拘置所に拘置されている。(乙18,27)

原告は,平成12年11月21日,原告が犯した強盗殺人等の事件の被害者に対して自分が生きていることが申し訳なく思ったこと,また,同事件の共犯者の供述が嘘であるにも関わらず第1審判決で同供述が採用されたことに対して抗議することを理由に,職員から貸与された殺虫剤を飲用して自殺を図ったことがあった(以下「自殺未遂事件」という。)。(乙15ないし18)


関係法令等の定め
別紙「関係法令等」記載のとおりである。以下,別紙において定義した略称を用いる。



名古屋拘置所長の原告に対する書籍の記載等の抹消処分及びこれに関する経緯
平成28年11月25日(以下,平成28年の出来事については,原則として月日のみを記載する。),Aから名古屋拘置所内の原告宛てに,「年報・死刑廃止2016死刑と憲法」と題する書籍(乙25。以下「本件書籍」という。)が差し入れられた。(乙1)
名古屋拘置所長は,12月13日,本件書籍の①69頁下段の写真2枚及びその説明文(以下「本件抹消部分1」という。),②70頁上段14行目「の場で」の後の部分から同頁下段9行目末尾までの部分(以下「本件抹消部分2」という。),③197頁の「殺されていく命」と題する映画紹介の写真部分下段左から2枚目の写真1枚(以下「本件抹消部分3」という。本件抹消部分1から3を合わせて「本件各抹消部分」という。)について,原告の死刑が確定していること,原告の性格や精神状態等を考慮すると,原告に本件各抹消部分を閲覧させることにより,刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生じるおそれがある(刑事収容施設法70条1項1号)と判断し,本件各抹消部分を抹消した上で,本件書籍を原告に閲覧させることにした。名古屋拘置所職員は,翌日,原告に対し,本件書籍の一部を抹消することに
同意しなければ本件書籍の交付ができない旨告知したところ,同日原告が抹消に同意した。そのため,名古屋拘置所長は,12月16日,本件各抹消部分を抹消した(以下「本件抹消処分」という。)上で,本件書籍を原告に交付した。(乙1ないし3,25)
3
争点


本件抹消処分は国家賠償法上違法であるか



原告の損害

4
争点に関する当事者の主張


争点⑴(本件抹消処分は国家賠償法上違法であるか)について(原告の主張)

被収容者に差し入れられた書籍等に,死刑の執行方法や手順,被執行者の身体の取扱方法が記載されていたとしても,客観的な記述がなされているにすぎず,それ以上に被執行者の執行時の心情や状況等の描写を含むものでない場合は,拘置所長は当該記述部分を抹消すべきではない。そして,本件各抹消部分は,被執行者の執行時の心情や状況等の描写を含むものではないから,抹消されるべきものではない。


また,原告の自殺未遂事件は,本件抹消処分から約16年前の出来事であり,その後,原告が自殺や自傷行為に及んだことは一度もなく,精神薬を服用していたこともないのであるから,原告が精神的に不安定であった事実はない。また,原告の自殺未遂事件から本件抹消処分がなされるまでの間に原告に差し入れられた他の書籍等にも,死刑の執行方法等に関する記述があったが,原告はこれを閲覧しても自殺や自傷行為に及ぶことはなかった。
したがって,原告が本件各抹消部分を閲覧することにより,刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあったとはいえない。

よって,名古屋拘置所長の本件抹消処分は,正当な理由なくされたも
のであるから,その裁量権を逸脱濫用したものであり,違法である。(被告の主張)

死刑確定者がおかれた心情の状態については,常に極限状態にあり,いついかなるきっかけで急変するかもわからないものであるから,刑事施設の長において,常に留意しなければならない。そして,死刑確定者が,執行までの間に自殺したり,その執行に際して暴れたりするなどして抵抗した場合には,刑事施設の規律及び秩序を害する結果となることは明らかである上,死刑確定者が,死刑の具体的執行方法等を記載した書籍を閲覧し,その具体的執行方法を把握した場合,上記抵抗行為は刑場の具体的状況や死刑の具体的執行方法を踏まえ,より強度なものとなるおそれがあることも明らかである。
また,原告は,平成12年3月1日,刑事事件の第1審において死刑に処する旨の判決を言い渡されているところ,同年11月21日,名古屋拘置所内において,殺虫剤を飲用し,自殺を企図している。このことから,原告については,絶望感にさいなまれて自暴自棄になったり,極度に不安定な精神状態に陥ったりするおそれが高く,ささいなことで心情が不安定になり,自殺や自傷行為に及ぶ可能性が高い人物であると認められる。


そして,本件抹消部分1は,絞首刑の残虐性を立証するため死刑確定者立会の下で旧大阪拘置所刑場の検証が行われた際の刑場内の写真2枚及び説明文であり,刑の執行に用いられるロープや執行場所の床板が外された状況が撮影されていること,本件抹消部分2は,同検証に立ち会ったとされる当時の旧大阪拘置所長が述べたとする死刑執行の開始から終了までの状況等について,死刑執行の瞬間に聞こえる音,死刑執行後死に至るまでに要する時間や被執行者の身体の変化,死刑執行後における刑死者の身体の取扱方法,刑の執行において留意すべき技術的問題等
が詳細かつ具体的に記載されたものである上,死刑の執行に際して,殊更に,悲惨,残酷で,著しい苦痛を伴うものであることを強調するような記載となっていること,本件抹消部分3は,死刑執行時の状況を再現したと思われる写真が掲載されていることから,いずれも刑の執行場面を具体的に想起させるものであり,これらの写真及び記述を閲覧することで死刑判決を受けた者が受ける衝撃の強さは計り知れない。そして,精神的に不安定であると認められる原告に本件各抹消部分を閲覧させた場合,原告が具体的な死刑執行場面を想像して心情不安定になるだけでなく,その結果,自殺又は自傷行為に及んだり,死刑執行時に激しく抵抗したりするなど,刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあると認められる。

よって,名古屋拘置所長が,原告に対し,本件各抹消部分を閲覧させないことが相当であると判断し,本件抹消処分をしたことに,裁量権の逸脱又は濫用はなく,職務上の法的義務違反は認められないから,国家賠償法上の違法はない。



争点⑵(原告の損害)について

(原告の主張)
原告は,本件抹消処分によって,知る権利を侵害され,著しく多大な精神的苦痛を受けたところ,これを慰謝するのに相当な金額は100万円を下らない。よって,原告は,その一部として,20万円の支払を求める。(被告の主張)
原告の主張は否認ないし争う。
第3

当裁判所の判断

1
争点⑴(本件抹消処分は国家賠償法上違法であるか)について⑴

書籍等の閲覧は,憲法上の思想の自由,表現の自由や知る権利にも関わるものであり,合理的な制限の理由がない限り,これを保障する必要があるこ
とから,刑事収容施設法は,未決拘禁者・受刑者・死刑確定者等の区別なく,原則として,自弁の書籍等を閲覧する自由を保障し(刑事収容施設法69条),刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとき等,一定の事由が認められる場合に限って,これを制限できることとしている(同法70条1項)。そして,その閲覧を制限する場合であっても,被収容者の収容を確保し,並びにその処遇のための適切な環境及びその安全かつ平等な共同生活を維持するために必要な限度を超えてはならない旨規定している(同法73条2項)。これを受けて,本件訓令並びに本件通達及び本件細則は,被収容者の同意がある場合には書籍等を部分的に抹消又は削除する措置を認めるなどして,被収容者の権利に配慮している。
このような刑事収容施設法の趣旨に鑑みれば,刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとして自弁の書籍等の閲覧を制限することができるのは,当該閲覧を許すことにより,刑事施設の規律及び秩序が害される一般的,抽象的なおそれがあるというだけでは足りず,被収容者の性向,行状,刑事施設内の管理,保安の状況,当該書籍等の内容その他の具体的な事情の下において,その閲覧を許すことにより刑事施設内の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があると認められることが必要であり,かつ,その場合においても,上記制限の程度は,上記障害発生の防止のために必要かつ合理的な範囲にとどまるべきものと解するのが相当である。もっとも,具体的場合において,当該書籍等の閲覧を許すことによって刑事施設内における規律及び秩序の維持に放置することができない程度の障害が生ずる相当の蓋然性が存するかどうか,及びこれを防止するためにどのような内容,程度の制限措置が必要と認められるかについては,当該刑事施設の実情に通暁し,直接その衝に当たる当該刑事施設の長による個々の場合の具体的状況の下における裁量的判断に待つべき点が少なくないから,障害発生の相当の蓋然性があるとした当該刑事施設の長の認定
に合理的根拠があり,その防止のために当該制限措置が必要であるとした判断に合理性が認められる限り,当該刑事施設の長の当該制限措置は適法として是認すべきものと解するのが相当である(未決拘禁者につき,最高裁判所昭和58年6月22日大法廷判決・民集37巻5号793頁参照)。そこで,本件についてこれを検討すると,証拠(乙2,25)及び弁論の全趣旨によれば,本件抹消部分1には,絞首刑の残虐性等を立証するため,旧大阪拘置所の刑場の検証を行った際の写真及びその説明文が,本件抹消部分2には,同検証の際に立ち会ったとされる当時の旧大阪拘置所長が述べたとする死刑執行の開始から終了までの状況等についての具体的な記述が,本件抹消部分3には,死刑執行時の状況を再現したとされる写真がそれぞれ掲載されていると認められる。
しかし,本件各抹消部分の上記内容から直ちに,これを閲覧した死刑確定者が自殺等の自傷行為や死刑執行に際して抵抗行為等に及ぶ相当の蓋然性があるということはできない。また,証拠(乙2)によれば,本件抹消処分当時,原告は,複数の痛み止め薬の投薬を継続して受けており,休庁日には体調不良による臨時横臥を頻繁に申し出ていたことが認められるものの,その精神状態等について,自傷行為等に及ぶおそれがあるほど安定性を欠く状態にあったとは認められず,原告において,名古屋拘置所内における規律や秩序の維持の観点からも,特に懸念される行状等があったことはうかがわれない。
被告は,死刑確定者が置かれた心情の状態は,常に極限状態にあるのであり,いついかなるきっかけで急変するかわからないこと,また,原告は自殺未遂事件を起こしたことがあることから,絶望感にさいなまれて自暴自棄になったり,極度に不安定な精神状態に陥ったりするおそれが高く,ささいなことで心情が不安定になり,自殺や自傷行為に及ぶ可能性が高い人物である旨主張する。しかし,死刑確定者の心情が厳しいものであることのみをもっ
て,常に死刑確定者が自傷行為等のおそれが高いとは認め難く,そのおそれは未だ抽象的なものにとどまるものと認められる。そして,前記前提事実によれば,原告の自殺未遂事件は,本件抹消処分の時点から約16年前の出来事である上,原告が自殺未遂に及んだ動機は,死刑執行に関する記述等を閲覧したことによるものではないから,原告について,本件抹消処分当時,死刑執行に関する記述等を閲覧することにより自傷行為等に及ぶ具体的なおそれがあったと認めることはできない。
したがって,本件抹消処分が行われた当時,原告に本件各抹消部分の閲覧を許すことにより,原告が自傷行為等に及ぶなどして刑事施設の規律及び秩序の維持上放置することのできない程度の障害が生ずる相当の蓋然性があったと認めることはできない。よって,名古屋拘置所長が,原告に本件各抹消部分の閲覧を許すことにより,刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあると判断したことに,合理的根拠は認められない。
以上によれば,名古屋拘置所長が行った本件抹消処分は,刑事収容施設法69条,70条1項に違反し,その裁量の範囲を逸脱又は濫用した違法があるから,被告は,国家賠償法1条1項により,本件抹消処分によって原告が被った損害を賠償する義務を負う。
2
争点⑵(原告の損害)について
原告は,本件抹消処分によって,違法に本件書籍の閲覧を制限されたものであり,これらの権利侵害によって精神的苦痛を被ったものと認められるところ,本件抹消処分によって侵害された権利の内容や性質,その侵害の程度等本件に顕れた一切の事情を考慮すると,原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料額は,1万円が相当である。

3
結論
よって,原告の請求は,上記の限度で理由があるからその限度で認容し,その余は理由がないから棄却することとし,仮執行宣言については相当ではない
から付さないこととして,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第4部

裁判長裁判官

末吉幹和
裁判官

飯塚隆彦
裁判官

西ヶ谷


別紙
関係法令等

刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律(以下「刑事収容施設法」という。

(死刑確定者の処遇の原則)
第32条

死刑確定者の処遇に当たっては,その者が心情の安定を得られるように
することに留意するものとする。
2
(略)

(自弁の書籍等の閲覧)
第69条

被収容者が自弁の書籍等を閲覧することは,この節及び第12節の規定
による場合のほか,これを禁止し,又は制限してはならない。
第70条

刑事施設の長は,被収容者が自弁の書籍等を閲覧することにより次の各
号のいずれかに該当する場合には,その閲覧を禁止することができる。一
刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるとき。

被収容者が受刑者である場合において,その矯正処遇の適切な実施に支障を生
ずるおそれがあるとき。

被収容者が未決拘禁者である場合において,罪証の隠滅の結果を生ずるおそれ
があるとき。
2
(略)

(刑事施設の規律及び秩序)
第73条
2
刑事施設の規律及び秩序は,適正に維持されなければならない。

前項の目的を達成するため執る措置は,被収容者の収容を確保し,並びにその
処遇のための適切な環境及びその安全かつ平穏な共同生活を維持するため必要な限度を超えてはならない。

被収容者の書籍等の閲覧に関する訓令[平成18年5月23日矯成訓3300法務
大臣訓令](乙7。以下「本件訓令」という。

(自弁の書籍等の内容の検査)
第3条

刑事施設の長は,被収容者の自弁の書籍等について,閲覧禁止部分(法第
70条第1項各号のいずれかに該当し閲覧を禁止すべき部分をいう。以下同じ。)
の有無を確認するため,その指名する刑事施設の職員にその内容を検査させるものとする。
2ないし4

(略)

(自弁の書籍等の抹消又は削除)
第4条

刑事施設の長は,自弁の書籍等に閲覧禁止部分がある場合において,相当
であると認め,かつ,被収容者が同意するときは,当該閲覧禁止部分を抹消し,又は削除して閲覧させることができる。
2
(略)

被収容者の書籍等の閲覧に関する訓令の運用について(依命通達)[平成19年5月30日矯成3345矯正局長依命通達](乙8。以下「本件通達」という。)
2
自弁の書籍等の抹消又は削除について(訓令第4条関係)



(略)



訓令第4条第1項により自弁の書籍等を閲覧させる場合には,原則として,閲
覧禁止部分を抹消する方法によるものとすること。ただし,閲覧禁止部分が多く,抹消の方法によっては事務量が増加し,他の被収容者に係る自弁の書籍等の検査事務に遅滞が生ずるおそれがあるとき又は当該自弁の書籍等の紙質等の関係から抹消の方法によることが相当でないときは,削除の方法によることとして差し支えないこと。
⑶ないし⑸

(略)

被収容者の書籍等の閲覧に関する取扱細則[平成25年12月16日名古屋拘置所
長達示第20号](乙9。以下「本件細則」という。

(自弁書籍等の抹消又は削除)
第5条

自弁書籍等に閲覧禁止部分がある場合において,相当であると認め,かつ,
被収容者が同意するときは,当該閲覧禁止部分を抹消し,又は削除して閲覧させることができるが,原則として,閲覧禁止部分を抹消する方法によるものとする。ただし,閲覧禁止部分が多く,抹消の方法によっては事務量が増加し,他の被収容者に係る自弁書籍等の検査事務に遅滞が生ずるおそれがあるとき又は当該自弁書籍等の紙質等の関係から抹消の方法によることが相当でないときは,削除の方法によることとする。
2ないし4

(略)
以上

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