判例検索β > 平成29年(わ)第1483号
住居侵入、器物損壊
事件番号平成29(わ)1483
事件名住居侵入,器物損壊
裁判年月日平成30年7月19日
法廷名名古屋地方裁判所
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主文
被告人を懲役2年に処する
未決勾留日数中60日をその刑に算入する。
訴訟費用のうち,証人Aに支給した分は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,平成26年1月30日頃から同年2月19日までの間に,名古屋市a区b町c丁目d番地のeB方に1階和室南側掃き出し窓から侵入し,その頃,同所において,同人所有又は管理に係るバイオリン55挺,ヴィオラ1挺及び弓70本(損害額合計約1561万円相当)を破壊し,もって他人の物を損壊したものである。
(事実認定の補足説明)
1
本件の争点は,①被告人が判示日時・場所において判示のバイオリン,ヴィオラ及び弓(以下,バイオリン及びヴィオラは区別をせず単にバイオリンと表記し,バイオリン及び弓を併せて「バイオリン等」ともいう。)を故意に破壊したか否か,及び,②判示バイオリン等の所有関係であり,弁護人及び被告人は,①につき,被告人が過失によって判示バイオリンのうち2挺を破損した事実はあるものの,その余のバイオリン等は破壊していないとし,②につき,判示バイオリン等のうちバイオリン6挺及び弓1本を除く分は,被告人個人の所有するものが数点あるほかはいずれも被告人が代表を務めかつ唯一の出資者である中国国内の会社が所有するものであると主張する。
当裁判所は,①,②のいずれについても弁護人及び被告人の主張を採用できないと判断して判示罪となるべき事実を認定したので,その理由について補足して説明する。

2
前提事実
関係証拠によれば,以下の事実を明らかに認めることができる。

(1)

被告人とBは,平成20年頃に交際を開始して判示B方で同居するようにな
り,平成21年に婚姻した後,日本と上海を往復する生活を送りながら2子をもうけたが,被告人は,平成25年1月頃からBと別居して,子供らと共に東京都豊島区f所在のマンション(以下「Cマンション」という。)に居住するようになり,平成26年2月21日に夫婦関係調整調停を申し立てた。同調停は不調に終わって離婚等請求訴訟に移行し,その判決の確定により被告人とBの離婚が成立した。
(2)

Bはかねてからバイオリンの演奏活動をするほか販売,修理業等を営んでお
り,名古屋市内にDの屋号でバイオリン販売店を経営し,オリジナルブランドとして自身の名を冠したバイオリンや弓などを販売していた。Bは,その後,平成22年ないし24年頃に同店の経営を元妻に委ねるようになったが,商品の仕入れは引き続き担当していた。一方で,被告人は,平成20年頃からDの手伝いを始めてバイオリン販売に携わるようになった後,平成22年8月に,上海において,自身を代表者としてバイオリン等を販売する会社(以下「上海の会社」という。)を設立した。
(3)

被告人は,Bが不在にしていた平成26年1月30日頃から同年2月19日
の間にB方に赴き,1階和室南側掃き出し窓のガラスを割り,施錠を外して室内に侵入した。
(4)

Bが同年2月19日に帰宅した際,B方内では,Dの商品等として保管して
いた判示バイオリン等が,その保管場所であった1階和室を中心に,バイオリンにおいては板が割れたりネックが折れたりし,弓においてはスティックが折れるなどして破損した状態で散乱していた。また,1階及び2階の広範囲にわたって壁面や床面,家具,家電等に,文章や絵,意味不明の線の多数の大きな落書きがあり,このうちの文章は「警察さん:夫の家にあそびに来ました.泥棒ではありません.Bの妻より」「子供と一緒にあそびに来ました.あなたの妻より」との日本語のもの及び同旨の中国語のものであった。そのほか,B方
内では,録音機材やホームシアター設備,グランドピアノ,ギターやチェロ,テレビ,ソファや多数の服,布団,家具類,Bがかつて思いを寄せていた人から受領した手紙を含む書類,Bと被告人との結婚記念アルバム等が,洗剤や調味料等の液体をかけられたり,切られたり,水につけられたり,黒塗りにされたりして損壊されていたほか,その他の荷物も広範に散乱するなどしていた。また,屋外駐車場に駐車中の自動車のボンネットにもわいせつな言葉の傷がつけられていた。
3
判示バイオリン等の破壊の事実について(争点①)
(1)

前提事実からの推認
前記2(4)の事実によれば,B方においては,屋内外の広範囲にわたり,B
において財産的,精神的価値が高いと認められる多数の音楽機器や家財道具,思い出の品等が,多様な方法で徹底的に損壊,汚損されたといえるところ,かかる態様に照らせば,バイオリン等の破損はこのような一連,一体の行為の一部として生じたとみるのが自然である。また,財産損壊目的で住居侵入に及ぶという事態がごく稀と考えられ,Bが不在にしていた約20日間のうちに,複数の人物が特段意思を通ずることもなく侵入・損壊行為に複合的に及んだ可能性がおよそ想定し難いという観点からしても,バイオリン等の破壊がその余の損壊,汚損行為と一体のものとして行われたと推認できる。
そして,上記のような損壊,汚損の対象や態様に照らせば,これらの損壊,汚損行為は,Bに強い恨みや憤り等の感情を抱く人物が,Bに大きな経済的,精神的損害を与えるために及んだものと認められる上,壁の落書きは被告人を名乗る内容で,被告人自身,この落書きを自身がしたと認めているのであるから,各種損壊,汚損行為の一環として行われた判示バイオリン等の破壊が被告人により行われたことに特段の疑いはない。
(2)

被告人の弁解について
一方で,被告人は,B方に侵入して落書きのうち一部をした事実を認め,
判示バイオリン等のうち2挺(甲93号証及び甲7号証の写真133番に撮影されたもの)は自身が誤って破損したものと述べるものの,その余の損壊,汚損行為に及んだことは否定している。
その内容は次のとおりであり,すなわち,離婚の件と,Cマンションの鍵をBが勝手に替えた件の話合い等をするために,東京都内の住居からB方に赴いたが,Bが不在で鍵も替えられており入れなかったために,外で10分くらい待った後窓を割って入った,既に離婚について弁護士に相談をしていたが,この訪問をすることは相談せず,Bに対しても,事前にも外で待っていた間にも連絡はしなかった,室内に入った後,Cマンション関係の書類を探そうと考え,積み上がった段ボール箱の一番上の箱を取ったところ中から荷物が落ち,入っていたバイオリン2挺を誤って壊してしまった,B方内の落書きのうち,壁面及びエアコン上にある文章並びに壁面にある車及びハートの絵は自分がしたものであるが,文章は,Bへの伝言を書いた紙にスペースが足りなくなったため書いたもので,絵を描いた理由は思い出せない,その他の損壊,汚損行為はしておらず,B方内の状況も,通報後に撮影された写真ほど物が散乱してはいなかった,というのである。

しかし,話合いを目的とし,東京都内から遠路名古屋市内まで赴いていながら,事前にも待機中にも一切Bに連絡しないというのも,Bのひどい暴力が離婚理由であり,会えば暴力を受ける心配をしていたとしながら,既に離婚の件を依頼していた弁護士に相談しないまま話合い目的でB方に赴くというのも,いずれも不自然である上,このような目的と不安がありながら,窓ガラスを割って室内に侵入し,壁面等の複数箇所に大きな落書きを行うというのも唐突である。また,伝言のために書いたという説明は,行動自体に照らしても,同じ内容の文章を複数落書きしていることに照らしても,得心のいくものではなく,文章の内容も「あそびに来ました」という,被告人の述べる目的と必ずしも整合しないもので,落書きの前に伝言を書いたという紙
が遺留されていたことも関係証拠上うかがわれない。さらに,壁面に車やハートの落書きをした理由については明確な説明すらしていない。
加えて,被告人は,離婚訴訟における本人尋問では,B方に赴いたのは生活費をずっともらっていなかったためで,B方内に入った際にはバイオリン等は既に壊れており,テーブル上に置かれていた旨供述していたところ,公判供述が真の記憶に基づく内容であるならば,離婚訴訟であえてこれと異なる供述をする理由も見当たらない。
また,被告人は,自身がした以外の損壊,汚損行為はBの自作自演ではないかとの旨を述べるが,判示バイオリン等のみをみてもその財産的価値は1500万円を超え,その相当部分はDの商品としてBの収入源になる上,Bの公判供述等によれば,Bが長年にわたってバイオリンの演奏やバイオリン等の製造等を業として,バイオリン等に精神的にも重要な価値を置くとともに,判示バイオリン等の財産的価値を上記金額よりはるかに高く評価していることも明らかである。したがって,Bが,被告人による侵入や落書きがあったことを契機として,判示バイオリン等のほか,家財道具や思い出の品,日用品及び外部の目にも触れる車等に至るまで広範かつ徹底的に損壊,汚損する理由は何ら見出せず,被告人の上記推測はおよそ採用できない。ウ
よって,B方内での行動等についての被告人の弁解は信用するに足りず,前記(1)の推認を左右するものには当たらない。

(3)

なお,被告人は,判示弓のうち一部は,その破損態様等によれば普通に使っ
ていて壊れたものである旨の供述もしているが,被告人の挙げる弓はいずれもDの商品として保管されていたものと認められる一方で,被告人の供述が,人為的損壊が否定される理由について何ら説明するものではないことなどを踏まえれば,被告人によって破壊されたものであることに特段の疑いはない。(4)

また,弁護人は,B方内や判示バイオリン等につき,後日損壊,汚損状況に
手が加えられた可能性がある旨を指摘するが,弁護人が挙げる写真のほとんど
には弁護人が指摘するような相違点は認められず,その余の写真も,Bの帰宅時のB方における全体的な損壊,汚損状況に疑問を生じさせるようなものには当たらない。
(5)

よって,判示のバイオリン等を破壊したのが被告人であることを優に認定す
ることができる。
4
判示バイオリン等の所有関係について(争点②)

(1)

判示バイオリン等の所有関係について,被告人は,バイオリン6挺及び弓1
本以外はいずれも被告人個人の所有ないし被告人が上海の会社のために仕入れて同社の所有するものである旨述べ,一方でBは,いずれも自身の私物及び製作者から自身が仕入れるなどしてDの商品とするために管理していたものと述べており,器物損壊罪の成否及び犯情に関わることから,以下検討する。(2)

前提事実からの推認
まず,前記3(1)のとおり,前記前提事実によれば,判示バイオリン等の破
壊行為は,Bに対する強い恨みや憤りの感情に任せて,Bに大きな経済的,精神的損害を与えるために,B方内外で広範かつ徹底的に行った損壊,汚損行為の一部としてなされたものと認められる。そして,本来は自身あるいは自身の会社の財産であるとの認識を有しながら判示バイオリン等の破壊行為に及ぶとは考え難いことも考慮すると,被告人が,判示バイオリン等について,Bの所有ないし正当な管理に属するものとの認識の下に破壊行為に及んだことを強く推認することができる。
(3)

B供述について
また,Bは,判示バイオリン等のそれぞれについて,自身が制作したものに
ついてはその経緯を,他から入手したものについてはそれぞれの由来等を,個別の特徴やバイオリンに付されたラベルの記載内容等に言及しながら詳細に説明しており,その述べるところの多様な入手経緯等は,実際にそのような経緯があったのでなければ供述できない具体性を備えているといえる上,製作者や
仕入先が分からないものはその旨述べるなど,無理に供述しようとする姿勢もみられない。さらに,平成22年8月頃以降はBが自身でバイオリンを仕入れることはなかった旨の被告人の主張に反論する部分は,平成25年時の税関申告書類によって一部裏付けられているなど,判示バイオリン等を管理するに至った経緯に関するB供述について,具体的に疑問を抱かせるような事情は見当たらず,その基本的な信用性は高いといえる(なお弁護人は,B供述が,税関申告書類にあるバイオリンの一部につき被告人が取り寄せたかのような内容であり矛盾すると指摘するが,弁護人指摘の供述部分でBが用いる呼称が被告人を指すものとは認め難く,採用できない。)。
弁護人は,被害品の価値についてのBの申告額と鑑定額との間に一部大きな開きがあることや,B自身が傷を付けたバイオリンの存在を秘していたこと等を挙げてB供述の信用性を論難するものの,前者は単に価値評価の相違に過ぎず,後者については,Bにおいて,修復技術の教材用に付けた傷についてではなく,新たに生じた破損を被害として申告したことは明らかであって,当を得ていない。その余の弁護人の指摘は単なる人格非難に過ぎず,B供述の信用性に具体的な疑いを生じさせるものではない。
(4)

被告人供述について
一方で,被告人は,判示バイオリン等のうちバイオリン6挺及び弓1本以外は,被告人個人の所有のものが数点あるほかは,いずれも被告人が平成23年から24年頃にかけて仕入れた上海の会社の所有物で,同じ頃Bが同社から勝手に持ち出したものである,上海の会社の設立後は,B自身がバイオリン等の仕入れをすることはなかった旨述べている。


そこで,被告人の上記供述の信用性を検討するに,前記3(2)のとおり,被告人が,判示バイオリン等の破壊の事実について不合理で信用できない供述に終始していることからすれば,同供述と一体のものとしてなされ,同様に被告人の刑責を左右するところの,判示バイオリン等の所有関係について
の供述の信用性も,おのずから大きく損なわれるといわなければならない。ウ
また,被告人は,判示バイオリン等のうち上海の会社の所有とするものにつき,Bに持ち出されたものの一部であるが,持ち出された数は記録しておらず,仕入れの書類も残っていないし,代金の請求もしていないと述べるところ,商品管理の態様として相当に不自然というべきである。
そして,判示バイオリンには多様なラベルが付されており,記載された製造年には平成23年より前のものも多いところ,これらの大部分が被告人の述べるような経緯で上海の会社から持ち出されたのであれば,Bにおいて多様なラベルを貼付するとともに,わざわざ製造年まで偽る理由は考え難い。関連して,判示バイオリン等にはラベルの貼っていないものがあり,Bは,バイオリンの製造工程や当該バイオリンの状態等に言及しつつ,手間と時間のかかる手作り品しか扱っておらず,まだ作業工程が残っている未完成品であるからと説明しているところ,被告人は,これに対し,証拠請求した事後作成に係る領収書の枚数と関連して,判示バイオリン等が大量生産によるものである旨を強調するところである。しかし,被告人の供述は,同じように保管されていたバイオリンの中にラベルのあるものとないものがあり,ないものの中に,まだニス仕上げをしていないとか,部品が取り付けられていない等の状態のものが含まれている事実を合理的に説明しているとはいい難い。さらに,被告人は,自身のバイオリン等の仕入先はBから紹介を受けたところが多く,持ち出されたバイオリンはすべてBが以前仕入れをしていた工房から仕入れていたと述べ,B自身が仕入れたバイオリンと区別できる根拠につき,長年絵を描いているため形や色をよく覚えている旨説明するものの,判示バイオリンのうち上海の会社のものとする数だけでも48挺に上り,しかもこれはBが持ち出した総数の一部にとどまる上,上海の会社は年間約120挺を同じ工房から仕入れており,現時点でも同時期に仕入れたバイオリンが相当数残っているというのであるから,説得力に欠けるというほかない。
弓に至っては,本数に関わらず被告人の述べる上記根拠が該当し得るかも疑問である。
なお,Bは,平成25年1月に被告人に送付した2通のメール(弁31,33)において,名古屋に持って行った商品の代金を支払うとの提案をしているが,ここでいう商品の内容は文面上特定されておらず,弦や松やにのことである旨のBの説明は特に不合理とはいえない。かえって,両メールの文面を全体として検討すると,Dから上海の会社に商品を持って行ったことや,上海の会社が被告人とBの共同経営に係るものであったこと等の事実がうかがわれ,上海の会社の経営状況に関する被告人供述に反する内容になっているから,これらのメールはバイオリン等の持ち出しの事実を裏付けるものとはいえない。
加えて,被告人が,離婚裁判の本人尋問において,Bとの関係悪化の理由についてるる述べながら,バイオリン等の持ち出しの事実について一切述べておらず,本件の公判に至って初めて同事実の主張を始めたことなども考慮すれば,被告人の供述は,B供述の信用性を左右するものには当たらない。(5)

よって,判示バイオリン等につき,Bの所有ないしB自身が仕入れて正当に
管理するものであることを優に認定することができる。
5
結論
以上のとおりであるから,判示罪となるべき事実を認定した。

(量刑の事情)
器物損壊の犯行の被害額合計は1500万円を超え,同種事案の中では極めて高額である上,バイオリンや弓の製造,販売等を生業としていた被害者が被った精神的苦痛も軽視できない。被害品の数も126点に上り,被害者方において広範に行われたその他の損壊,汚損行為の一環として破壊されたのであるから,被告人の犯意も誠に強固なものであったと認められる。住居侵入の犯行も,窓ガラスを割り,施錠を外して侵入するという悪質な態様である。

もっとも,弁護人の指摘するように,本件が,夫婦間での紛争激化の過程で起こった事件であることや,侵入したのがかつて被告人も居住していた住宅で,被告人の荷物もまだ置かれた状態だったと認められること,直後に被告人が夫婦関係調整調停を申し立てているとはいえ,親族相盗例の規定の趣旨等を考慮すれば,被告人の行為に対する責任は,そのような親族関係にない第三者に対する行為のそれに比べれば,一定程度減ぜられるものというべきである。
そうすると,被告人の行為に対する責任は,器物損壊を中心に量刑を検討すべき事案の中ではかなり重い部類に属するというべきであり,さらに,被害弁償が一切なされていないことや,住居侵入の事実を認めるものの,器物損壊の事実を否定して不合理な供述に終始していること,前科前歴がないこと,養育すべき子がいること等の事情を考慮して,主文の刑を量定した。
(求刑-懲役3年)
平成30年7月19日
名古屋地方裁判所刑事第1部

裁判官

諸徳寺聡子
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