判例検索β > 平成28年(ワ)第129号
損害賠償請求事件
事件番号平成28(ワ)129
事件名損害賠償請求事件
裁判年月日平成30年7月20日
法廷名高知地方裁判所
戻る / PDF版
平成30年7月20日判決言渡
平成28年(ワ)第129号

同日原本領収

裁判所書記官

損害賠償請求事件

口頭弁論終結日平成30年2月16日

当事者の表示


別紙1当事者目録記載のとおり
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,当事者目録第1の1記載の各原告に対し,それぞれ200万円及びこれに対する平成26年9月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告は,当事者目録第1の2記載の各原告に対し,それぞれ100万円及びこ
れに対する平成26年9月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告は,当事者目録第1の3記載の各原告に対し,それぞれ66万6666円及びこれに対する平成26年9月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4被告は,当事者目録第1の4記載の各原告に対し,それぞれ50万円及びこれに対する平成26年9月19日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5被告は,当事者目録第1の5記載の各原告に対し,それぞれ33万3333円及びこれに対する平成26年9月19日から各支払済みまで年5分の割合によ
る金員を支払え。
6被告は,当事者目録第1の6記載の原告に対し,20万円及びこれに対する平成26年9月19日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。第2事案の概要
本件は,アメリカ合衆国(以下「米国」という。
)が昭和29年3月から同年5
月にかけて,マーシャル諸島共和国ビキニ環礁及びその付近において,核実験を行い,その周辺の海域において漁船員らが被ばくしたにもかかわらず,被告が,被ばくの事実及び被ばくに関する記録を平成26年9月19日に開示するまでの間隠匿したこと及び被ばく者について追跡調査や生活支援等の施策を実施しなかったことが違法であるとして,被ばくした漁船員及びその遺族並びにこれらの者の支援者である原告らが,主位的に,被ばくした漁船員は,必要な治療を受
け,生命及び健康を維持する権利等を侵害され,支援者は被告の違法行為により貴重な時間を浪費したとして,予備的に,上記被ばく資料の開示により,原告らは,被告による違法行為を知り,大きな怒りと衝撃を受けて損害が発生したとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,漁船員及びその支援者である原告一人につき200万円,遺族である原告らは200万円に対する法定相続分の
割合を乗じた額の損害(合計6486万6664円)及びこれらに対する最終的な違法行為の日である上記資料開示の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1前提事実
(当事者間に争いのない事実及び当裁判所に顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)
当事者


原告ら
本件被ばく者
別紙2の「漁船員」欄記載の者(ただし,被ばくに関する証拠がない原告Aを除く。以下,
「本件被ばく者」という。
)は,昭和29年3月1日か

ら同年5月14日当時,同別紙2の「被災船」欄記載の各船の漁船員であった
(このうち,
存命の者が,
別紙1当事者目録記載第1の1の原告ら
(但
し,後記支援者原告を除く。
)である。。

遺族原告
別紙2の「相続人である原告(続柄)
」欄記載の原告ら(別紙1当事者目
録第1の2ないし第1の6記載の原告ら。以下「遺族原告」という。)は,
同別紙2の「漁船員」欄記載の者の相続人である(枝番を含む甲14)。

支援者原告
原告B(以下「原告B」という。
)及び同C(以下,
「原告C」といい,
両名を指して「支援者原告」という。
)は,本件被ばく者の支援や調査等に
長年携わってきた者である(弁論の全趣旨)


被告は,日本国である。
米国によるビキニ環礁及びその付近での核実験(本件核実験)
米国は,昭和29年3月1日,同月27日,同年4月7日,同月26日,同
年5月5日,同月14日の6回にわたり,マーシャル諸島共和国ビキニ環礁又はエニウェトク環礁付近(以下,まとめて「ビキニ環礁等付近」ということがある。
)において,核実験(キャッスル作戦。以下「本件核実験」という。)を
行った。
漁船員らの被ばく(本件被ばく)
本件被ばく者は,本件核実験が行われた当時又は本件核実験後であって,その放射性降下物その他放射性物質が大気中,海中及び海中の魚類等に残存して
いる期間に,別紙2の「被災船」欄記載の漁船に乗り,ビキニ環礁等付近を航行し,上記放射性物質により被ばくした(以下,本件被ばく者が本件核実験により被ばくした事実を「本件被ばく」という。。

本件被ばくに係る資料(本件資料)の開示
厚生労働省は,平成26年9月19日,原告Bに対し,行政機関の保有する
情報の公開に関する法律(以下「情報公開法」という。
)に基づき,別紙3記載
の本件核実験に関連する資料(以下「本件資料」という。
)を開示した。
本件訴訟提起
原告らは,平成28年5月9日,高知地方裁判所に対し,本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)

2争点
本件被ばくの事実及び本件資料(以下「本件資料等」という。
)を隠匿・不開

示に関する違法行為(本件資料等の隠匿・不開示の違法行為)についてア
被告が本件資料等を隠匿したか(争点1-1)



被告の本件資料等を開示する法的作為義務の有無(争点1-2)
被告が本件被ばくについて追跡調査や本件被ばく者に対する支援の施策(以
下「調査・支援等施策」という。
)をしなかったことに関する違法行為(調査・

支援等施策不実施の違法行為)について,被告に調査・支援等施策をすべき法的作為義務があるか(争点2)


原告らの損害の有無及び額(争点3)
本件資料等の隠匿・不開示,調査・支援等施策不実施の違法行為に基づく損害賠償請求権は除斥期間の経過により消滅しているか

除斥期間の起算点はいつか(争点4-1)



除斥期間を主張することは,信義則違反又は権利の濫用に当たるか(争点4-2)


3当事者の主張
争点1-1(被告が本件資料等を隠匿したか)について

(原告らの主張)

被告は,
本件被ばく当時,
厚生省の関係検査員が被ばく漁船の検査を行い,
第二幸成丸,第八順光丸,第十三光栄丸,第十一高知丸,第十二高知丸その他の漁船から被ばくを確認したため,採った魚を投棄し,全国延べ992隻
の漁船を海洋に投棄したこと,調査船俊こつ丸の調査でもビキニ環礁等付近の海域の海水から放射能汚染が確認されていることから,本件被ばくの事実を知っていた。

被告及び米国は,
当時の米ソ核開発競争の中で米国が優位に立つために米
国の核実験の継続を優先させるという政治的思惑のために,昭和30年1月4日,日米両政府間において,米国が,第五福竜丸関係の僅かな物的補償のみ行い,
その余の米国の責任は免除するという合意を締結して政治決着を行
った。被告は,このような違法な合意を行うに当たり,本件被ばく者の人的被害は全て隠すという基本方針を決めた。

被告は,本件被ばくの事実を隠すため,昭和30年1月1日からの被災調査を打ち切った。


被告は,
昭和61年3月7日の衆議院予算委員会での山原健二郎議員の質
問に対し,本件被ばくに関する資料は残っていない旨答弁し,本件資料の提出を拒否した。


平成16年3月5日の高知県議会における塚地佐智議員の質問を受けた
橋本大二郎知事の,厚生省に対する被ばく資料の開示要請に対し,ビキニ事件は解決済みであり,現在それを扱う窓口もないとして開示を拒否した。

紙智子参議院議員及び原告Bらが,平成26年7月,厚生労働省に対して本件資料の存在が判明するまで本件資料を出さなかった理由と責任を追及し,速やかに開示するよう要求したのに対し,開示はなかなか進まず,途中で担当の同省課長補佐が突然交代し,同年9月19日の開示当日まで本件資
料の内容,枚数は示されなかった。また,同省は,開示後に同議員らによる記者会見が予定されていることを知るや,先に国側の書面(漁船員に健康を害する被ばくはない旨記載した書面)を記者に配布し,記者会見主催者である太平洋核被災支援センター(原告B)及び同議員らには同書面を渡さなかった等の経過があった。なお,本件資料の開示は,既に公開された外務省の
開示文書にある旧厚生省関係の文書に含まれていた被災船員の血液・尿などの検査記録は除外されているなど,不十分なものであり,同議員らの追及により,同年10月29日に追加文書が開示されるに至ったものである。なお,被告は,厚生労働省内及び外部倉庫を探索したところ,本件核実験による被災状況に関する資料を発見した旨主張するが,同省内部を探すのは当然であり,外部倉庫については,第三の被ばく事件として大問題となった事件に関する資料を遠くの倉庫まで運んで保管したというのは極めて不自
然である。

以上のとおり,本件核実験直後の内閣以来の歴代内閣の閣僚(特に総理大臣,外務大臣,厚生(労働)大臣,農林水産大臣)は,昭和30年1月4日の日米合意以来,平成26年9月19日まで,本件資料等を徹底して隠し続けてきた。

(被告の主張)

前記(原告らの主張)アは否認する。被告が本件被ばくについて知っていたというのは,原告らの憶測にすぎない。


日米間で合意をした事実は認めるが,被告が本件被ばく者の人的被害は全て隠すという基本方針を決めたという点は否認する。


昭和30年1月1日からの被ばく調査が中止されたことは認めるが,本件被ばくの事実を隠すためという点は否認する。


昭和61年3月7日の衆議院予算委員会において,山原健二郎議員が,水産庁及び厚生省に本件核実験による被災状況に関する資料の開示を求める趣旨の質問をしたのに対し,小野登喜雄説明員は,「昭和29年の核実験に
よる漁船等に関する資料は,水産庁においては残念ながら手持ち資料はない。」と答弁し,仲村英一政府委員は,「昨日の質問後資料を調べたが,見つから」ないと答弁したが,政府関係者が本件被ばくに関する資料はもう残っていない旨答弁した事実はない。

経過
厚生労働省の本件に関する担当者であった健康局総務課課長補佐が,定期の人事異動により,平成26年8月1日,交代したこと,厚生労働省が原告Bに対して開示する文書の内容及びその枚数を示したのが,開示請求があった同年9月19日であったこと,同日中に厚生労働省が,報道機関に対し,「ビキニ核実験に関する文書について」と題する書面を交付したこと,太平洋核被災支援センター(原告B)や紙智子参議院議員には同書面を交付しな
かったことは認めるが,
「開示後記者会見が予定されていることを知るや」
との部分は否認する。
厚生労働省は,同年7月1日,原告Bらから,「マーシャル水域において漁撈に従事しまたはこの水域を航行した漁船についての検査の実施について」
と題する昭和29年4月26日付け厚生事務次官通知
(乙4)
を示され,

本件核実験による被災状況に関する資料を探すよう求められた。これを受けて,
情報公開法に基づく行政文書の開示請求を受けて行われる通常の探索方法
(行政文書ファイル管理簿の検索並びに厚生労働省内の所管課の事務室及び書庫の探索)に加え,更に厚生労働省内及び外部倉庫を探索したところ,本件核実験による被災状況に関する資料を発見した。

そして,厚生労働省は,平成26年9月19日,原告Bから,情報公開法に基づき「ビキニ核実験に係る資料一式」に係る行政文書について開示請求を受け,同日,本件核実験による被災状況に関する資料を開示した。カ
本件資料の開示の経緯は,前記のとおりであって,現に,被告は,本件資料が発見された後,原告Bらから情報公開法に基づく行政文書開示請求を受けて,原告Bらに対し,速やかにこれを開示しているのであるから,被告において,
本件資料等を故意に隠匿し,
開示を拒否し続けたという事実はない。
争点1-2(被告の本件資料等を開示する法的作為義務の有無)について
(原告らの主張)
被告が原告らに対して本件資料等を開示すべき法的作為義務は,次の点から認められる。

国家公務員であること(全閣僚)
国家公務員は,憲法15条2項,国家公務員法96条1項に基づき,国民全体の奉仕する職責があって,その職務は国民から負託された公務であることにかんがみ,職務の執行の公正さに対する国民の疑惑や不信を招くような行為の防止を図り,公務に対する国民の信頼を確保する職責があり
(国家公務員倫理法1条)
,国民の一部の奉仕者でないことを自覚し,職務
上知り得た情報について,国民の一部に対し有利な取り扱いをする等不当な差別的取り扱いをしてはならず,常に公正な職務の執行にあたらなければならない職責がある(同法3条1項)


内閣総理大臣
行政権は内閣に属し(憲法65条)
,総理大臣は内閣を代表して,一般国
務,外交を行い,行政各部を指揮監督する(憲法72条)

内閣は,国民主権の理念にのっとり,職権を行い(内閣法1条)「災害,
から国民を保護する任務」を持つ(内閣府設置法3条2項)

内閣は,災害被災者の応急救助,被災者生活再建支援金の支給,原子力
災害に対する対策をとる職責があり(内閣府設置法4条3項8号の2,同項11号,同項14号の2)
,原子力災害に対する対策の強化を図り,原子
力災害から国民の生命,身体及び財産を保護する職責がある(原子力災害対策特別措置法1条,4条)
。また,内閣は,原子力災害にあたり,国民の
健康診断及び心身の健康に関する相談,医療に関する措置をとる職責があ
る(同法27条2号)


外務大臣
外務大臣は,国際社会における日本国及び日本国民の利益の増進を図ることを任務とする(外務省設置法3条1項)



厚生労働大臣

厚生労働大臣は,国民の健康の増進を図り,原子爆弾被災者に対する援護の職責を有し
(厚生労働省設置法4条1項17号,
同項22号)社会福祉事

業の公明かつ適正な実施及び発達を図り,福祉サービスは,個人の尊厳を旨とし,
その利用者が心身ともに健やかに育成されるように支援する職責を持つ(社会福祉法1条,3条)



農林水産大臣
農林水産大臣は,
農林漁業者の福祉の増進を図り,漁船損害,
漁船乗組員
給与保険及び漁船災害補償に関する職責を有する(農林水産省設置法3条1項,4条1項34号)



小括
本件被ばくについて,被告は米国の核戦略を優先し,核実験の継続に協力するため,被災船員に無断で,その意思に反して,被害の一部(ほとんどが物的損害)についてのみ補償し,その余の損害(特に被災船員の人的被害)は,すべて損害賠償請求権を放棄し,被災調査そのものを打ち切り,被災資料を意識的に隠し,被災者の生命,健康,生活の破壊をもたら
した。これらの長期に渡る一連の行為は,前記内閣及び国家公務員の基本的職務と真逆の行為であり,その国家賠償法(以下「国賠法」という。)上
の違法性は明らかである。
(被告の主張)

国賠法1条1項は,
損害を被ったと主張する者の権利ないし法益侵害の存
在を前提に,公権力の行使に当たる公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を与えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責めに任ずることを規定するものであり,具体的には,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務の有無及びその内
容の確定と,その義務に係る義務違反の事実の有無によって,当該公務員の行為の違法判断がされることになる。
そして,
公務員の作為ないし不作為が国賠法上違法となる場合があるとし
ても,それは,職務上の法的義務として,個別の国民に対して負担する法的作為義務があり,その作為義務に違反する場合に限られる。
さらに,
公務員が国民に対して公権力の行使として何らかの権限行使をす
るためには法律上の根拠が必要であり,当該権限を行使し得る要件を満たし
ていることが必要である。当然のことながら,権限行使の要件は,各権限ごとに異なっていることから,法的作為義務を検討する前提として,行使すべき権限の内容及びその法的根拠が特定されなければならない。
したがって,公務員の公権力の行使が,国賠法1条1項にいう「違法」と認められるためには,
行使すべき権限の内容及び法的根拠が特定されなけれ

ばならない。

国家公務員法96条1項が「国民全体の奉仕者」として勤務することを国家公務員に求めるのは,憲法15条2項に基づくものであり,憲法15条2項において,公務員が「全体の奉仕者」と規定された意味は,公務員が,国
民の信託によって公務を担当する者として,国民全体の利益のためにその職務を行わなければならず,国民の中の一部を占める特定の政党や階級・階層の利益のために行動してはならないということにあり,また,国家公務員法96条1項が「公共の利益のために勤務」することを国家公務員に求めたのは,国家公務員が勤務するに当たっては,一部の国民のために奉仕するので
はなく,
国民全体の奉仕者として行動する必要があることを示したものであり,その直前に規定されている「国民全体の奉仕者」という文言と表現や視点の違いはあるにしても,結局は同じことを述べたものであって,これらの条項から個別の国民に対する何らかの職務上の法的義務を直ちに導き出すことはできず,
ひいては,
「原告らの被ばくの事実や,
それを裏付ける被ばく

関連資料」
を開示する法的作為義務を認めるに足る具体的根拠規定とはなら
ないことは明らかである。
国家公務員倫理法1条は,同法の目的を規定するものであり,また,同法3条1項は,
国家公務員法2条2項に規定する一般職に属する国家公務員で
ある「職員」が遵守すべき職務に関する倫理原則を規定したものであって,これらの条項から個別の国民に対する何らかの職務上の法的義務を直ちに導き出すことはできず,
ひいては,
「原告らの被ばくの事実や,
それを裏付け

る被ばく関連資料」
を開示する法的作為義務を認めるに足る具体的根拠規定
とはならないことは明らかである。

憲法65条は,
国家作用の性質によって行政を立法及び司法から区別する
実質的意味の行政を行うことが,本来的に内閣の権能であることを示している規定であり,憲法72条は,内閣総理大臣が,内部において内閣の統一を
保持する任に当たるだけではなく,外部に対して,内閣を代表する権限を有することを明示した規定であり,内閣法1条は,内閣の職権を定めた規定であって,
これらの条項から個別の国民に対する何らかの職務上の法的義務を直ちに導き出すことはできず,
ひいては,
「原告らの被ばくの事実や,
それを
裏付ける被ばく関連資料」を開示する法的作為義務を認めるに足る具体的根
拠規定とはならないことは明らかである。
内閣府設置法3条2項,4条3項8号の2,同項11号及び同項14号の2,外務省設置法3条1項,厚生労働省設置法4条1項17号及び同項22号並びに農林水産省設置法3条1項及び4条1項34号は,いわゆる行政組織法として各行政機関相互間の機能の分担及び各行政主体相互間の権限分
配に関する組織規範を定めたものであり,これらの行政組織法から具体的な行政機関の個別の国民に対する何らかの職務上の法的義務を導き出すことはできず,
ひいては,
「原告らの被ばくの事実や,
それを裏付ける被ばく関連
資料」
を開示する法的作為義務を認めるに足る具体的根拠規定とはならないことは明らかである。


原子力災害対策特別措置法は,その目的を定めた同法1条から明らかなように,
「原子力災害に対する対策の強化を図り,もって原子力災害から国民の生命,
身体及び財産を保護することを目的とする。ものである。

ここにい
う「原子力災害」とは,
「原子力緊急事態により国民の生命,身体又は財産に
生ずる被害」をいい(同法2条1号)「原子力緊急事態」とは,原子力事業,
者の原子炉の運転等(括弧内省略)により放射性物質又は放射線が異常な水
準で当該原子力事業者の原子力事業外
(括弧内省略)
へ放出された事態」
(同
法2条2号)をいい,
「原子力事業者」とは,同法2条3号に掲げられた者を
いうのであって,
本件核実験が原子力事業者の原子炉の運転等に起因する事
態ではないことは明らかであるから,およそ同法の適用を受ける余地はない。したがって,
原子力災害対策特別措置法1条,
4条及び27条1項2号は,

「原告らの被ばくの事実や,それを裏付ける被ばく関連資料」を開示する法的作為義務を認めるに足る具体的根拠規定とはならないことは明らかである。

社会福祉法1条は,同法の目的を規定するものであり,同法3条は,福祉サービスの基本的理念を規定するにとどまるものであって,これらの条項か
ら個別の国民に対する何らかの職務上の法的義務を直ちに導き出すことはできず,
ひいては,
「原告らの被ばくの事実や,
それを裏付ける被ばく関連資
料」
を開示する法的作為義務を認めるに足る具体的根拠規定とはならないことは明らかである。

以上のとおり,
原告らが主張する前記各法条は,
いずれも,
「原告らの被ば
くの事実や,それを裏付ける被ばく関連資料」を開示する法的作為義務を認めるに足る具体的根拠規定とならないことは明らかであり,これらの作為義務があることを前提に本件資料等を開示しなかったとして,
国賠法1条1項
の違法性が認められるとする原告らの主張は失当である。



争点2(調査・支援等施策をすべき法的作為義務の有無)について
(原告らの主張)

被ばく
者に対する健康状態の追跡調査や医療費の免除,生活支援等の必要な援助に関する施策(調査・支援等施策)を行う法的義務があった。
また,本件被ばくは,広島,長崎の被災と同じく,米国の原子爆弾の投下による放射能被害であり,その健康管理の必要性,援護の内容も必要性も全
く同じであり,同等に扱うべきであった。

しかしながら,被告は,被災調査の打切り以後,今日に至るまで,本件被ばくの事実を隠すために,本件被ばく者に対する健康状態の追跡調査や医療費の免除,生活支援等の必要な援助に関する施策を意識的に行わず,本件被ばく者を放置しており,これは,人道上許されない違法行為である。
(被告の主張)

となる場合があるとしても,それは,職務上の法的義務として,個別の国民に対して負担する法的作為義務があり,その作為義務に違反する場合に限られる。

らが主張する憲法又は法律上の規定から個別の国民に対する何らかの職務上の法的義務を直ちに導き出すことはできず,本件核実験の被災者の被災状況の追跡調査をし,被災者の健康状態を把握して,医療費の免除,生活支援等の施策を行う法的義務を認める具体的根拠規定とは認められないことは
明らかである。

なお,第五福竜丸以外の船員についても,本件核実験当時,本件核実験により,
医師の治療を要すると認められた白血球の減少が生じたことが認められた場合など,船員保険法(昭和14年4月6日法律第73号)に基づく要
件を満たした場合には,職務上の保険事故として同法に基づく保険給付を受けることは可能であったのであり,自治体からの照会に対してもその旨回答している。したがって,被告が,第五福竜丸の被害の一部以外の漁船員らの被災支援を全くせずに放置した事実はない。


争点3(原告らの損害の有無及び額)

(原告らの主張)

主位的主張
被告による本件資料等の隠匿・不開示の違法行為,調査・支援等施策不実施の違法行為により,
本件被ばく者は,
必要な治療を受け,
健康を守る権利,
生命を維持する権利,安全,平和な生活をする権利をことごとく侵害され,苦難の人生を強いられた。
また,支援者原告は,人生を掛けて一貫して本件被ばくの実態の究明と被
ばく者の救済に取り組んできたところ,被告の違法な職務行為により,自身の人生の貴重な期間を大きく費やされられた無念と怒りは極めて大きい。これらに対する慰謝料は,多額に上るが,一部請求として,本件資料等の隠匿・不開示の違法行為につき,本件被ばく者及び支援者原告一人当たり100万円の限度で
(遺族原告はその相続分の限度で)調査・支援等施策不実


施の違法行為につき,
本件被ばく者及び支援者原告一人当たり100万円の
限度で(遺族原告はその相続分の限度で)
,それぞれ請求する。

予備的主張
原告らは,平成26年9月19日に,本件資料が開示されたことにより,
被告が違法行為を行い,原告らの損害賠償請求権の行使を妨害してきた事実を初めて知り,大きな怒りと衝撃を受けたのであるから,仮に除斥期間の経過により前記アの損害が認められないとしても,同日の時点で原告らに損害が発生したというべきである。
よって,原告らは,予備的に前記アと同額を請求する。

(被告の主張)
争う。


争点4-1(除斥期間の起算点はいつか)

(原告らの主張)
被告の違法行為は,本件資料等の隠匿・不開示,調査・支援等施策不実施の2つに整理することができるが,これらの違法行為は,作為による違法行為と不作為による違法行為が連続する典型的な継続的不法行為であって(以下,原告による用語法や,国家賠償法上の違法行為が継続する場合を含めて「継続的不法行為」ということがある。,一体のものである。

すなわち,日米合意は,米国の核戦略を最優先に位置付け,それを実現するために日米両政府が一体となって,その核戦略の妨げとなるものを全て排除す
るという強い決意が示されたものであり,以後の被告の行為は,この強い決意に貫かれた,完全に一体的な行為である。そして,被告による本件資料等の隠匿・不開示は,本件資料等を隠すという作為とこれを開示すべき作為義務があるのにあえて何もしないという不作為の連続する典型的な継続的不法行為であり,調査・支援等施策不実施は,本件資料等を隠蔽するために故意に行われ
たものなのである。
原告らは,被告の不法行為の存在も,自らの損害の発生も知らず,損害賠償請求権の行使は全く不能であったため,損害賠償請求権の除斥期間は進行していない。
また,継続的な不法行為が認められないとしても,予備的請求で主張してい
るとおり,原告らの損害は,本件資料が開示されたときに発生したということもできる。
よって,
本件資料が開示された平成26年9月19日まで除斥期間は進行しない。
(被告の主張)


原告らの主張する「隠す行為」は,①昭和30年1月4日の日米両政府間の政治決着,②昭和30年1月1日からの被ばく調査自体の打切り行為,③昭和61年3月7日の衆議院予算委員会での山原健二郎議員の質問に対し,政府側が,もう本件核実験関係の資料は残っていないと答弁し,被ばく資料の提出を拒否した行為,
④平成16年3月5日の高知県議会における塚地佐智議員の質問を受けた橋本大二郎知事の厚生労働省に対する被ばく資料の開示要請に対し,ビキニ事件は解決済み,いまはそれを窓口もないとして開
示を拒否した行為,⑤その他の被災資料隠し
載の事実)であるところ,上記①ないし③については本件提訴日である平成28年5月9日時点で既に20年を経過している。

これに対し,原告らは,被告による本件資料の隠匿は,本件資料を隠すという作為とこれを開示すべき作為義務があるのにあえて何もしないという
不作為の連続する,典型的な継続的不法行為である旨主張するが,原告らの主張する前記アの①ないし⑤の各行為は,別個独立の行為であり,その態様や相手方等も異なるものであるから,およそ行為の一体性を認めることはできず,また,原告らが「何もしない行為」と述べるのも,これらの各行為の結果として生じた状態を述べるにすぎないから,原告らの上記主張には理由
がない。

また,原告らは,被告の違法行為の存在も,自らの損害の発生も知らず,損害賠償請求権の行使は全く不能であったことからも,本件資料等が開示されるまで除斥期間は進行しない旨主張するが,民法724条後段は,除斥期
間の起算点を「不法行為の時」とし,
「権利を行使することができる時」とす
る民法166条1項とは明確に文言が区別されていることから,
「不法行為
の時」を,権利行使が可能な時と解するのは文理にそぐわない。さらに,民法724条後段の規定の趣旨は,最高裁判所平成元年12月21日第一小法廷判決
(民集43巻12号2209頁。「最高裁平成元年判決」
以下
という。


において判示するように,
「不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意
図する」ものであり,
「被害者側の認識いかんを問わず一定の時の経過によ
って法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたもの」と解されるのであり,
被害者の主観的事情という不安定な要素を考慮すること
は,前記趣旨に沿わない。


争点4-2(被告が除斥期間を主張することは,信義則違反又は権利の濫用に当たるか)

(原告らの主張)
被告は,日米政治決着に基づき,強い故意に基づき,本件資料を隠し続け,原告らの損害賠償請求権の行使を妨害し続けた。その妨害をした張本人が,妨害され権利行使ができなかった被害者に対し,時効による権利の消滅を主張することは,法的正義と衡平に反する恥ずべき行為である。

したがって,
このような除斥期間の援用行為は,
公序良俗に反し無効であり,
信義則に違反し,権利の濫用であって,認められない。
(被告の主張)
国賠法4条が準用する民法724条後段が除斥期間を定めたものであることは確立した最高裁判例であり
(最高裁平成元年判決)同判決において

「裁判

所は,除斥期間の性質にかんがみ,本件請求権が除斥期間の経過により消滅した旨の主張がなくても,
右期間の経過により本件請求権が消滅したものと判断
すべきであり,したがって,被上告人ら主張に係る信義則違反又は権利濫用の主張は,主張自体失当であって採用の限りではない」と判示されていることからも明らかなとおり,原告らの主張は,除斥期間の法的性質を正解しないもの
であって失当である。
第3争点に対する判断
1認定事実

米ソの核実験
米国は,昭和20年7月にニューメキシコ州で原子爆弾を完成し,同年8月6日,同月9日,広島,長崎に投下するなど,核兵器を独占していたが,昭和24年には,ソ連も原爆の実験を成功させ,完成させた。米国は,ソ連の実験成功を受けて,水爆の製造を急ぎ,昭和27年11月1日に第1回の水爆実験(アイビー・テスト)をエニウェトク環礁で行った。この水爆は,重水素や三重水素を液化して使う「ぬれた水爆」といわれ,重さが65トンもあり,兵器としての実用性が乏しかった。
ソ連は米国に先駆け,昭和28年8月,重水素化リチウムを使い,重量が小さく戦略兵器としてより実用的な「かわいた水爆」の実験に成功し,初めてソ連が核開発競争で優位に立った。核開発競争で立ち後れた米国内では,多くの混乱が生じており,同年6月19日,原子力スパイの罪でローゼンバーグ博士
夫妻の死刑が執行され,また,米原子力委員会の指導者オッペンハイマー博士は,故意に水爆の開発を遅らせたとして責任を問われ,昭和29年5月27日に共産党に関係した危険人物と認定され,米原子力委員会から追放されるなどした。
米国では,エドワード・テラー博士が,オッペンハイマー博士にかわって米
原子力委員会の実権を握るようになり,爆撃機に搭載可能なほどに核兵器を小型化し,実用性で優位に立つべく,水爆事件を繰り返した。その1つとして,同年3月1日に始まるビキニ環礁等付近でのキャッスル作戦(後記本件核実験)が行われた。
同年までの米ソの水爆は,ともに飛行機に搭載不能なものであったが,昭和
30年11月末に,ソ連が先に軽量水爆の実験に成功した。米国は,昭和31年4月20日からのビキニ環礁等付近における水爆実験(レッドウィング作戦)によってソ連に追いついた。
核開発競争は,核保有国を増やしつつ,その後も続いた。結局,米国は,太平洋で105回の核実験を行い,米国,ソ連,英国,仏国,中国などの核保有
国の大気圏核実験は約500回に及んだ。地下核実験を合わせれば2000回を超える実験が世界各地で行われた。
(甲70〔12頁〕
,77〔23頁〕
,79〔3頁以下〕



マッカーサー・ラインの撤廃
昭和20年8月15日,日本国民にポツダム宣言の受諾が知らされ,第二次世界大戦が終結した。
GHQは,同年9月,マッカーサー・ラインと呼ばれる日本の漁獲水域を設
定し,日本船の海洋での移動を禁止した。昭和26年9月8日に日本国との平和条約(以下「サンフランシスコ条約」という。
)が調印され,これに伴い,昭
和27年4月25日にマッカーサー・ラインが撤廃され,日本のマグロ漁船が太平洋全域へと出漁するようになった(なお,条約の発効日は同月28日である)


(甲70,公知の事実)


官報による事前告示
米原子力委員会は,昭和22年から,エニウェトク環礁付近に航行禁止海域を設けていたところ,昭和28年10月,危険海域を北緯10度15分から北緯12度45分,東経166度16分から160度35分(東西に約630k
m,南北に約280km)まで拡大され,同月10日付け官報において,海上保安庁長官が,
ビキニ環礁付近を立ち入り禁止区域として設定した旨が告示さ
れた(甲79〔12頁〕
,乙2)



本件核実験
本件核実験の詳細は,次のとおりである(甲1〔124頁以下〕
,4,79

〔2頁〕
,85)
。本件核実験による放射性降下物の状況は,別紙4図2のとお
りであり,ビキニ環礁から東西に長い楕円状に降灰が広がり,日本や米国などに降灰があり,その総量は22.73メガキュリー(1キュリーが370億ベクレルである。
)ともいわれている(甲4〔表紙裏〕。


ブラボー実験
昭和29年3月1日現地時間午前6時45分,ビキニ環礁の地上において,核実験(実験名

ブラボー)が行われた。その核出力は15メガトン,きの

こ雲の高さは地上(又は水面上)18.6~34.2㎞とされる(なお,広島と長崎に投下された原子爆弾の核出力は,
それぞれ,015メガトン,
0.
0.021メガトンとされ,第二次世界大戦で使われた総火力は,両陣営を合わせて7メガトン程度であったといわれている。。



ロメオ実験
同年3月27日現地時間午前6時30分,ビキニ環礁の水面において,核実験(実験名

ロメオ)が行われた。その核出力は11メガトン,きのこ雲

の高さは,地上(又は水面上)18.6~33㎞とされる。

クーン実験
同年4月7日現地時間午前6時20分,ビキニ環礁の地上において,核実験(実験名

クーン)が行われた。その核出力は0.11メガトンとされる

(同日の天候は曇りのため,きのこ雲の高さは不明)


ユニオン実験
同年4月26日現地時間午前6時10分,ビキニ環礁の水面において,核
実験(実験名

ユニオン)が行われた。その核出力は6.9メガトン,きの

こ雲の高さは,地上(又は水面上)15.9~28.2㎞とされる。オ
ヤンキー実験
同年5月5日現地時間午前6時10分,ビキニ環礁の水面において,核実験(実験名

ヤンキー)が行われた。その核出力は13.5メガトン,きの

こ雲の高さは,地上(又は水面上)22.2~33㎞とされる。

ネクター実験
同年5月14日現地時間午前6時20分,エニウェトク環礁の水面において,核実験(実験名

ネクター)が行われた。その核出力は1.69メガト

ン,
きのこ雲の高さは,地上(又は水面上)13.5~21.6㎞とされる。


第五福竜丸について

漁船第五福竜丸は,昭和29年3月1日当時,ビキニ環礁から約160km東方(航行禁止区域から約30km以上東方)において操業していたところ,ブラボー実験により被ばくし,同月14日,母港焼津に入港した。

第五福竜丸の船員のうち7名が,西の空に広がる強烈な閃光を目撃した。火の玉のような光が薄れると不気味なキノコ雲が姿を現し,閃光から七,八
分後に,凄まじい爆音が響き渡り,船体が揺れた。
第五福竜丸の船長,漁労長,無線長は被ばくの2日前にビキニ付近で米国が核実験をしているので近づかない方がよいと話し合っていたため,核実験に遭遇すると,直ちにそれが核実験であると正しく判断することができ,東北東に航路を定め全速力で日本へ帰ることにした。しかし,延縄を揚げるの
に6時間以上かかり,その間に,放射性降下物である白い灰が断続的に降り続け,船員は白い灰を浴びてしまった。
第五福竜丸の船員は,核実験を知った日本の漁船がいることを米軍に察知されると,拿捕又は攻撃されるおそれがあると考え,無線連絡をせずに日本へ向かった。そのため,第五福竜丸が遭遇した核実験の情報が,第五福竜丸
の帰港まで他の漁船に直接伝わることがなかった。

第五福竜丸の船員23名のうち複数名は,約2週間の帰港まで,吐き気,めまい,頭痛があり,体がぐったりして力が入らなくなり,日が経つにつれて顔が黒ずんでひりひりと痛み,歯ぐきからの出血,下痢,耳孔の腫物,手足の付根やへその周囲の水腫れ,ただれが現れ,帰港間近には数人の髪の毛
がごっそりと抜けた。船員全員が,目の痛みと猛烈なかゆみを感じた。エ
同月14日に第五福竜丸は焼津港に入港し,健康に異常があることを自覚していた船員は,焼津共立病院に診察を求め,特に症状の悪かった2名は,放射性降下物を持参し,東大付属病院で診察を受けるなどした。船員らは後に急性放射線障害と診察され,集中治療を受けた。


同月16日に読売新聞が「邦人漁夫ビキニ原爆実験に遭遇,23名に原子病,水爆か」と第五福竜丸の被ばくを報道し,世界的なニュースになった。カ
国内の多数の科学者,行政機関の係官,米国からは米原子力委員会衛生安全局長のアイゼンバッド博士,米原爆傷害調査委員会のモートン博士が調査に訪れた。第五福竜丸の船体や漁具,漁船員の体から衣類に至るまで,ガイガーカウンターで測定された。中央甲板で約25ミリレントゲン,船室天井
部分から約100ミリレントゲンの放射能が検知された。
第五福竜丸が獲ったマグロは既に全国に出荷されていたが,市場で検査されたマグロは地中に埋められた。

第五福竜丸の無線長であった久保山愛吉は,同年9月23日,肝機能障害により亡くなった。

平成15年12月の共同通信の報道によって,久保山無線長の遺体の一部が米国に渡り,
病理検査が実施されたとする米原子力委員会の内部文書が公
表された。米国はこの病理検査をもとに,急性放射線障害はあったが,輸血による肝機能障害が死因であると主張している。
東大附属病院で第五福竜丸の乗組員の当時の主治医であった三好名誉教
授は,第五福竜丸の全乗組員の症例に肝機能異常が認められ,繰り返し増悪しており,大多数に見られた肝障害については,まずこれが内部照射も加わった放射線そのものに基づくものであろうと考慮が払わなければならないとし,また,その可能性が十分考えられると述べていた。

なお,第五福竜丸の被ばくを受けて,米国原子力委員会は,昭和29年3月19日,航行禁止の危険区域を半径約833kmの扇形の区域に拡大し,同年3月27日付け官報において,海上保安庁長官は,同日から同年6月末日頃まで,ビキニ環礁付近において,兵器の実験のため非常に大きな危険があるとして,危険区域とする旨告示をした。

(甲1〔92~113頁〕
,甲5〔45頁~59頁〕
,甲66〔35,36頁〕

甲79〔5~25頁〕
,乙3)


他の漁船の被ばく状況

本件被ばくの調査が中止されるまでに放射能に汚染された魚を廃棄したと認められる漁船は,全国で延べ992隻(ただし,複数回被ばくしたとされる漁船も含めての数字)といわれている(甲5〔98頁以下〕。)


第五福竜丸の後に帰港した漁船からも,放射能が検知され,第八順光丸の3万カウント,第十二高知丸の3000カウント,第二幸成丸の4000カウント,第十一高知丸の5000カウントなどが検知され,多くの船員からも500カウントを超える検知がされた(甲4〔1頁〕。

なお,カウントは,カウント・パー・ミニッツの略で測定器(ガイガー・ミューラーカウンタなど)により1分間に計測された放射線の数そのものを
表す単位であり,cpmとも表記される。

昭和29年3月31日付けの朝日新聞に「第十三光栄丸(乗組員24名)3月26日三崎帰港」との記事が掲載され,放射能検知状況・被灰後スコール10回,
船体の水洗い数回したにも拘らず一部のものに約1ミリレムを示
しているので被灰時には危険量6.5ミリレムをこえるものと推定,洗った
服は300カウント~3000カウント,乗組員400カウントと報じられた(甲1〔74頁〕。


昭和29年3月に被災した第五福竜丸と第十三光栄丸のマグロからは,5000カウント以上の放射能が検知された。同年4月以降はここまで汚染さ
れたマグロは減少したが,後記指定5港では3000カウント以上の汚染魚が水揚げされ,
指定5港以外でも1000カウント以上の汚染魚が水揚げさ
れた。後記のとおり放射能検査が中止された同年12月の時点でも,500カウント以上の汚染魚が検知された漁船が,指定5港で41.4%,指定5港以外で39.9%あり,同月18日に入港した第三清寿丸のように,船体
から1万6000カウント,マグロから2000カウントの放射能が検知された船もあった(甲1〔155~157頁〕。


第五福竜丸は核実験があったと直ちに判断して,北上退避することができたが,
第五福竜丸ほどビキニに接近していなかった他の漁船は核実験による放射性降下物の存在に気がつかず,操業を続けていた。実験の回数が重なるほど大気や海水の汚染が深刻な状態となっていく中で,漁船員らは操業を続け,スコールで体を洗い,雨水を利用し,海水の風呂に入り,マグロを食す
などしていた。
(甲1〔151,157頁〕
,甲5〔8頁〕


水爆実験中に海域を通過しただけの貨物船等18隻にも放射性降下物の影響があり,弥彦丸や神通川丸などの船員が急性放射能症で入院した(甲4〔1頁〕。弥彦丸の船員6名,神通川丸の船員1名の入院治療を行った岡山)
大学医学部内科学教室による「我々の取扱つたビキニ水爆症の血液竝に骨髄
所見について」
と題する医学論文が昭和30年11月に発表された
(甲30)


被災後比較的短期間に死亡した例として,第七清寿丸の吉岡洋が昭和29年5月10日に19歳で死亡し水葬されたこと,第八順光丸の高木和一がビキニ水爆実験中に体調不良で下船し,同年10月に急性骨髄性白血病で日本医科大学に入院し,
昭和31年3月に27歳で死亡したことが知られている

(甲1〔112頁,113頁〕。



本件被ばくの状況
本件核実験による本件被ばく者が乗っていた各漁船の主な被ばく状況は,別紙2の「主な操業海域」「入港日等」「入港時計測された線量又は投棄された,


魚(主なものに限る。」「本件被ばくを裏付ける供述等」欄に各記載のとおり),
である(同別紙「証拠」欄記載の証拠)

なお,本件被ばく者が経験した本件被ばく時及びその後の状況は,以下のとおりである。

原告D(以下「原告D」という。甲74,原告D本人)
原告Dは,
第十三光栄丸に乗り,
昭和29年3月6日から同月14日まで,
北緯9度ないし10度,東経176.3度の海域でマグロ漁に従事して,同月26日,三崎港(神奈川県)に帰港した。
原告Dは,操業中に1度,水平線の向こうがピカッと光ったのを見たが,本件核実験については知らされていなかったため,稲妻だと思っていた。船上では,スコールやエンジンの循環水(海水)を利用して全身を洗い,食事は,毎回,捕ったマグロを刺身等で食べた。また,睡眠時間は1日3時間程
度であり,風雨,高波等の中,過酷な状況でマグロを捕る生活であった。原告Dは,
第十三光栄丸の帰港後に初めて本件核実験のことを聞かされた。
漁獲したマグロの放射線量の検査が行われた結果,水揚げ停止となり,海洋投棄を命じられたため,過酷な状況で漁業を行ってきた漁船員らの落胆は大きかった。また,原告Dは,1か月間,検査のため通院したが,検査結果を
知らされることはなかった。
原告Dは,本件被ばく当時19歳であったが,その後,昭和46年(36歳頃)にC型肝炎,平成27年(80歳頃)には肝臓がん,胃がんの診断を受けた。
また,
35歳頃から左耳が聞こえなくなり,
40歳頃からは歯が次々
に抜けてしまった。


原告E(以下「原告E」という。甲76,原告E本人)
原告Eは,第二幸成丸に乗り,昭和29年3月11日から同年4月2日まで,北緯9度,東経174度の海域(ビキニ環礁東方約1000km付近)でマグロ漁に従事し,同月15日以降,浦賀港(神奈川県)を経て,築地港
(東京都)に帰港した。
原告Eは,操業中に2回,雪のような黒ずんだ降下物が断続的に降り注ぐのを見たが,本件核実験について知らされていなかったため,ハワイ方面の火山灰だと思っていた。原告Eは,朝起きると,黒い降下物がデッキに1cmないし2cmほど積もっているのを見て,それをホースの水で除去したこ
ともあった。船上では,スコールで身体を洗い,捕ったマグロを刺身等で毎日食べた。
原告Eは,第二幸成丸の帰港後に初めて本件核実験のことを聞かされた。船体や漁獲したマグロの放射線量の検査がされ,船体の洗浄やマグロの一部廃棄が指示されたが,身体の検査は行われなかったため,原告Eは,自分たちの身体よりも漁獲した魚の方が大事にされていると感じ,怒りを覚えた。原告Eは,本件被ばく当時21歳であり,本件被ばく後は汽船の乗務員と
して稼働していたが,20歳代後半から白血球の数値が高くなり,大量の鼻血が出たり,激しいめまいがしたり,突然意識を失ったりするようになり,55歳で退職した。また,平成16年(72歳頃)には胃がん,平成27年(83歳頃)には心筋梗塞のため手術を受けた。
原告Eは,本件被ばくに対する研究者の調査の一環として,血液と歯の検
査を受け,血液からは100mSv弱,歯からは600mSvの被ばく線量が推測されるとの検査結果を聞かされている。
原告Eが,当時の漁船員らの消息を調べたところ,Fが大腸がんのため42歳で,Gが骨髄炎のため52歳で,船長のHが心筋梗塞のため63歳で死亡したこと,当時の乗船員らの大半が50歳ないし60歳代で死亡し,26
名中4名しか生存していないことが判明した。

原告I(以下「原告I」という。甲73,原告I本人)
原告Iは,ひめ丸に乗り,昭和29年,北緯5度ないし7度,東経140度ないし145度の海域でマグロ漁に従事し,同年8月17日,築地港(東
京都)に帰港した。
原告Iは,
ひめ丸の帰港後に初めて本件核実験のことを聞かされた。
また,
漁獲したマグロや漁船員らの身体の放射線量の検査が行われたが,その際,原告Iは,ガイガー測定器からガーガーという音がし,針が大きく振れたのを確認した。検査の結果,漁獲したマグロは水揚げ停止となり,一部を研究
材料として提供させられ,残りは海洋投棄を命じられた。過酷な状況で漁業を行ってきたにもかかわらず,マグロの海洋投棄によって収入はゼロとなるため,漁船員らの落胆は大きかった。
原告Iは,本件被ばく当時17歳であったが,その後,40歳頃から白血球の数が多くなり,45歳頃からは呼吸困難となって,慢性気管支炎と診断された。また,平成12年9月(64歳頃)に前立腺がんの診断を受け,平成19年(71歳頃)に狭心症で入院した。現在,身体障害3級の認定を受
けており,平成29年には慢性閉塞性肺疾患と診断された。
原告Iが,当時の漁船員らの消息を調べたところ,J(原告Kの夫)は,平成5年に白血病と診断され,それから10か月後に死亡したこと,Lは,平成12年頃に大腸がんを発症したこと,50歳頃から歯が抜け出し,現在は1本も残っていないこと,
Mは,
平成14年に前立腺がんを発症したこと,

血液の病気の可能性を指摘されていることが判明した。また,Mは,原告Iに対し,本件被ばく時の状況について,夕方周囲がパーッと光り,昼間のように明るくなったと語っていた。

N(以下「N」という。甲72,原告O本人)
Nは,
第七大丸に乗り,
昭和29年3月1日から同月22日まで,
北緯9.
3度ないし10度,東経178度ないし179度の海域(ビキニ環礁東方約1200km付近)
でマグロ漁に従事し,
同年4月1日,
東京都に帰港した。
Nは,無線局長として乗船していたが,病気のため,昭和35年6月,36歳で船の仕事を辞めた。その後,昭和54年に胃がん,平成14年に進行
胆管がんの診断を受け,同年死亡した。Nは,生前,本件被ばく当時の同僚であったP(原告Qの父)が,肝臓がんのため46歳で死亡したことにショックを受け,自らもがんを発症することを恐れていた。
Nが居住する高知県室戸市では,漁業が主要産業の1つであったため,人々は,風評被害を恐れて,本件核実験について口にすることを避けるよう
になり,Nの子である原告Oも,Nから本件被ばくの事実を聞くことはなかった。

R(以下「R」という。甲75,原告S本人)
Rは,
第十一高知丸に乗り,
昭和29年3月17日から同年4月3日まで,
北緯9度,東経178度ないし179度の海域(本件核実験の現場から約370km)でマグロ漁に従事し,同月17日,東京都に帰港した。Rは,操業中,光の玉が見えて,辺りが真っ赤になり,それから灰が降っ
てきたのを見た。また,Rは,帰港後に身体の放射線量の検査を受けたが,その際,ガイガー測定器からガーガーという大きな音がしたのを聞いた。Rは,その後,歯の不調が始まり,昭和40年には体調不良のためマグロ漁業を辞め,負担の少ない仕事に就いた。平成12年に肺がん,平成17年に前立腺がんの診断を受け,平成25年には腰の手術を受けたが,そのリハ
ビリ中,平成26年に死亡した。
Rは,生前,妻である原告Sに対し,本件被ばくに関して話すことはできない,口止めされていると語っていた。


日本国内の雨水の汚染
水爆実験後,
昭和29年3月に伊良湖岬にビキニの灰らしいものが降ったと

いう記録が話題になり,同年4月に入ると各地の大学や研究機関が大気中の放射能測定を始め,同年5月には静岡県や鹿児島県で強い放射能が測定され,同月16日から28日にかけて,降雨1リットル当たり,京都で8万6000カウント,静岡で1万9500カウント,東京で1万カウントと観測されたことなどが報道され大きな問題となった(甲4〔1頁〕
,甲5〔38,39頁〕。




国内の騒動

日本気象学会は,昭和29年5月20日の総会で,日本の学会として初めて,水爆禁止要求の学会声明を採択した。声明の趣旨は,日本をはじめとする各国政府と科学者達に,水爆実験の及ぼす気象学上の害悪の調査とその結
果の公表を訴え,
水爆など大量殺人兵器の禁止を要求するというものであっ
た。これに対して,米国原子力委員会は,同年9月に正式に回答したが,①ビキニ・エニウェトク環礁外の魚の放射能をおそれる理由はない,②原水爆実験が気象に変化を与えることはない,③実験はソ連が原子力の国際管理に賛成しないために,やむを得ず行っているのである,④第五福竜丸の船員を気の毒に思ってはいるが,患者は快方に向かっていると聞いた,⑤補償については米国大使館が取り扱っているというものであった。
(甲79
〔101,

102頁〕


ビキニ事件を契機として,昭和29年8月に原水爆禁止署名運動全国協議会が結成され,同年12月末までに,2000万人以上にのぼる反対署名を集めた。昭和30年8月6日に第1回原水爆禁止世界大会が開かれた。しかし,民集の運動として発足した原水爆禁止運動は,まもなく分裂してしまっ
た。
(甲70〔235頁〕
,甲79〔120頁〕

水産業界への影響

第五福竜丸の帰港後も,
第十三光栄丸
(昭和29年3月26日三崎に帰港)

第五明神丸(同年4月21日三崎に帰港)など,放射能を帯びた数多の船と魚が相次いで発見された。同年11月までに,後記指定五港で発見された汚
染漁船は312隻,その他の13港で発見されたものが371隻,廃棄された魚は457トンに及んだ。魚の価格は長期間にわたって暴落し,水産業,飲食店業に大打撃を与えた。魚に対する恐怖心から,すべての家庭にも困惑がもたらされた。
(甲79〔14頁〕


水産業界は,ビキニ事件の当初から,騒ぎが大きくなれば,マグロが売れなくなると,汚染魚廃棄の基準値(100カウント)の引き上げを要求していた(甲1〔173頁〕。



被災した船員も,被ばくの被害を訴えることで,魚が売れなくなり,漁業が成り立たなくなり,漁村自体が壊滅してしまうことを恐れて,口を噤むほ
かなかった。漁村によっては,地域全体で被ばくの事実を表に出すこと自体が禁忌とされるような雰囲気となった。
(甲64,65)

後記のとおり,昭和29年12月末日で被ばく調査は中止され,同年を通じて日本人の間で広がったマグロ・パニックは収拾したが,被ばくしたマグロが再び市場に出回ることとなった(甲67〔174頁〕。



本件核実験は水産業界に構造的変化をもたらした。漁船員層の解体・分化をおしすすめ,漁業の独占化に作用した。本件核実験当時,100トン前後
の中小漁船にとって,マーシャル海域がぎりぎりの操業限界点であったが,マグロの好漁場であったため,中小漁船は無理な操業を重ねていた。本件核実験による漁場の喪失や被ばくマグロ廃棄による経済的負担は,中小漁船にとっては致命的であった。多額の負債を抱えた中小漁船は,大手の漁業会社に吸収され,母船式大型漁船団の一員として操業を続けることとなり,漁船
員に対する17時間から19時間労働という過酷な労働強化をもたらした。(甲1〔149,150頁〕
,甲5〔98頁〕


被ばく調査と対応の推移

調査の開始
第五福竜丸の被災が初めて報じられた昭和29年3月16日,東京都の公衆衛生部長は,第1回対策会議を招集し,第五福竜丸から入荷隔離した魚類の放射能検知を行うことなどが決まった。
同月17日に東京都の衛生局長により第2回対策会議が招集され,「人員
及び被服に放射能を検出した際は医務部が処置を行い,都立病院が交代で採
血その他の方法で診断を行う。
」ことなどが決定された。
同月18日に第3回対策会議が開かれたが,厚労省において原子爆発対策協議会が発足し,
東京都の対策会議は自然流会となった。
同日,
水産庁では,
築地,焼津,三崎,清水,塩釜の5港を遠洋漁業の陸揚港と指定した。厚生省は,指定5港に放射能検知班を置き,東京都は中央市場衛生局分室を原爆
魚対策本部として,
厚生省より技官2名を常駐させて放射能検査を行うこと
とした。
同月22日に米原子力委員会衛生安全局長のアイゼンバッド博士が来日し,同月24日,国内の多数の科学者,行政機関の係官,米原爆傷害調査委員会のモートン博士などにより,医療対策に関する日米連絡会議が行われた。その会議後に,外務省から,原爆症調査研究協議会を中心に患者の治療を研究することが表明された。同協議会は,昭和28年11月に原爆症患者の医
療のために厚生省に設置された組織で,米原爆傷害調査委員会の支所に置かれていた。
厚生省は,原爆症調査研究協議会を拡大し,昭和29年3月25日から活動を開始した。
同日の協議会で,
米国との今後の関係について,
「米国側との
学術的接触を今後如何にするかについて,同協議会に関する業務には,同協
議会委員長を通じて行うものとし,個々に接触することは避けること」と決まった
(昭和28年度国立予防衛生研究所年報)それまでは,

東京大学等で
行われていた第五福竜丸の船員の容態等の発表についても,その公式発表はすべて同協議会を通して行われることになった。その後,放射能問題が日増しに拡大していったので,厚労省は同協議会をいったん解消し,昭和29年
10月15日に原爆被害対策に関する調査研究連絡協議会を発足させ,大学教授等を中心とした委員数52人の組織に拡大した。
(甲1〔92頁〕
,甲2〔3~5頁〕
,甲70〔21,22頁〕
,甲79〔1
81頁〕


事務次官検査通知
厚生事務次官は,昭和29年4月26日,
「マーシャル水域において漁撈
に従事し又はこの水域を航行した漁船についての検査の実施について」(発
衛第138号)
(以下,
「事務次官検査通知」という。
)を発出し,水産庁の指
定水域において漁業に従事し,又はこの水域を航行した漁船については,次
のとおり検査・処理することとした。また,水産庁は,その頃,上記の水域を北緯2度ないし21度,東経152度ないし175度の範囲内と指定し,この水域において操業した漁船については,5つの指定港(塩釜,東京,三崎,
清水,
焼津)
のいずれかに入港するよう義務付けた。
(甲17,
甲79
〔1
1頁〕
,乙4)
調査事項
①船名,船籍,トン数,船員の氏名及びその住所又は連絡先等②船の出港地,出港月日,帰港地,帰港月日,次の航海予定③船の航跡,漁業水域及びその期間(殊に水爆実験の行われた日及びその直後の位置を明らかにすること)
④船員の健康状態
(火傷,
水泡,
色素沈着その他特に注意すべき症状の有

無を聴取すること)
⑤その他特に注意すべき事項(爆発に関係のあると認められる閃光降灰等の発見,スコール,風等の状況につき聴取すること
放射能検知の方法

して,順次,原則として,先にブザーメーターを使用し,異常なcpmを得た検体については,更に正確に測定するためガイガーミューラー計数器を使用して検査する。なお,検査に際しては,あらかじめ検知を行う場所の大気中(バックグラウンド)のcpmを正確に測定してから検体についての検知を行うものとされ,また,入港前に洗浄等を行った船体について
は,洗浄のしにくい箇所に特に注意して検知を行うこととされ,特に魚類の水揚げに関係のある個所
(甲板,
水揚げ用のロープ等)従来の検知成績

から汚染の強いことが知られている個所(羅針機,煙突,マスト等),乗組
員の作業又は居住に関係のある個所,漁具について検知を行う。乗組員については,頭髪部等の身体,衣類等(防止,肌着,手袋等)を検知する。
なお,船員で身体検査の結果,cpmの著しく多い者は,水揚げ作業に従事しないよう,また,cpmの多い衣類,手袋,履物等を使用しないよう指導する。
放射能が認められた場合の処理要領


船体・漁具類
近接測定2000cpm以上の場合は,専門学者の意見を聴いて処理し,近接測定2000cpm以内の場合は,極力洗浄等するよう指
導する。


衣類等
近接測定2000cpmを超えるものは専門学者の意見をきいて処置する。近接測定2000cpm以下でも,石鹸を用いて数回洗浄を繰り返した後でなければ使用しないように指導し,特に直接皮膚に接
触するもので放射能の存在を認めたものはなるべく廃棄するよう指導する。


身体
頭髪その他の部分から近接測定500cpmを超える放射能を検知し得た場合は専門医学者による精密検査を行い,その結果に基づいて
指導する。また,近接測定500cpm以下でも放射能を検知し得た場合はもちろん,放射能を検知し得ない場合であっても船体等に近接測定2000cpm以上の放射能の存在が認められるときは,相当長期間にわたって放射能にさらされたおそれがあるので,入浴等による身体の洗浄を繰り返して行う(頭髪に放射能が認められた場合には頭
髪の剪除を行う)
よう指導し,
できうればさらに,
医療機関において血
液検査その他の精密な医学的検査をうけるよう勧奨する。


漁獲物
魚体より約10cmの距離において100cpmを超える放射能の
存在を検知した場合,これを汚染されたものとして処理判断の目標とする。
事例ごとの処理方針
①全般的にバックグラウンドのcpmの2ないし3倍のcpmを示し,かつ,相当数の100cpmを超える魚類があった場合は,積み荷全体が汚染されていると考え,その全部を廃棄させるよう処理する。②大部分の魚類がバックグラウンドのcpmの倍程度以下であり,若干
のものが100cpm以上である場合は,そのもののみが汚染されていると解釈し,汚染されたもののみを廃棄する。
③特定の魚種にのみ100cpm以上の放射能が検知された場合はその魚種のみが汚染されていると考え,これを廃棄させるよう処理する。ウ
身体検査の実施
事務次官検査通知の処理要領には身体検査の勧奨をするといった記載があるが,第五福竜丸以外のマグロ漁船員で,身体検査を受けたのは第十三光栄丸と宮城県船籍の第五明神丸,第十宝成丸,第一金毘羅丸以外は知られていない(なお,船員の入院が知られている弥彦丸,神通川丸はマグロ漁船ではない。〔74頁〕。
甲1
)これらのマグロ漁船員が検査を受けたこと自体は,

平成25年11月の外務省による情報公開前に知られていたが,厚生省から外務省に提供されていたマグロ漁船員の血液検査等の身体検査結果については,当該情報公開によって明らかとなった(甲6〔47頁〕
,19の1ない
し3,甲20,21,64)

また,事務次官検査通知の文書は,当該情報公開によって開示されている
が,事務次官検査通知があったこと自体は,それ以前から知られていた(甲2〔5頁〕
,甲6〔47頁〕
,17,乙4)


厚生省の外務省への通報方針
厚生事務次官は,同年4月30日,外務事務次官に対し,放射能を持った
漁船の調査に関する文書を発出し,
厚生省は,
外務省に対し,
船名をはじめ,
船,
人及び魚の各放射能の強さやその処置振りについて通報することとする旨伝えた(甲16)

なお,上記通報方針(以下「厚生省通報方針」という。
)の別紙には,船や
魚以外に人の頭部等にかかる放射能検知数値が記載されているが,当該文書の存在が公開されたのは,平成25年11月の外務省による情報公開によってである(甲6〔47頁〕
,16,64)



調査船俊こつ丸による調査(第一次)
日本政府の調査船である俊こつ丸は,昭和29年5月15日,東京湾を出港し,同年7月7日までの51日間にわたり,東京からビキニ環礁周辺及びその南方において,魚類,プランクトン,海水及び大気の調査,気流及び海
流の測定などの調査を実施した。
当時の日本人の主要なタンパク源は魚であったが,マグロが汚染されているという情報が広まり,魚が食べられなくなった。魚の値段が半分以下に下がり,マグロの値段は全く持ち直さず,マグロ漁業が壊滅するという危機感があった。他方で,米国原子力委員会のストローズ委員長が,海水の放射能
汚染を否定するなど,米国政府は事件を過小評価していた。俊こつ丸の顧問団の中にも,
本件核実験による汚染は大きな池にインキを1滴落としたよう
なものと考えている人も多かった。このような背景の中で,日本政府は俊こつ丸による調査に踏み切った。
俊こつ丸には,魚類,生物,環境衛生,気象,海洋関係の専門家22名,
報道機関の記者9名,臨時の漁夫5名など,船員を合わせて74名が乗り組んだ。当時は東京に1台しかなかったシンチレーション計測器を積み込み,ガイガー計測器4台,サーべー・メーターの8台を掻き集めた。
俊こつ丸は,同年5月28日にウェーキ島を出て,既に解除された危険海域の外縁に沿う形で南東に向かった。その2日後の同月30日の朝,初めて
海水1リットル当たり150cpmの放射能が検出され,プランクトンからも生重量1グラム当たり数千から1万cpmの放射能が検知された。船が南下するにしたがって,海水,プランクトンの汚染は酷くなり,ビキニ環礁から1000km東に離れており,しかも,海流が東から西に流れる,いわば上流に位置する海域ですら海水から450cpmの放射能が検出されるなど,海が放射能に汚染されていることが判明した。
その後,同年6月12日にビキニ環礁の西方150kmの海域で,最大の
汚染海域に突入し,最大値で海水1610cpm,プランクトン7220cpm,魚の体表面からキハダ620cpm,メバチ380cpm,ビンナガ600cpm,
カツオ3500cpm,
魚の肝臓からキハダ3500cpm,
メバチ4000cpm,ビンナガ5000cpm,カツオ4万8000cpm,大型魚の胃の中にあった小魚からイカ6600cpm,マンボウ科1万
4000cpm,ハコフグ科2200cpm,サバ型類1万7000cpmが検出された。
海水は,水温や密度の差により容易には混じり合わない性質があるため,ビキニ環礁の付近から流出した放射性物質は,深さ100m程度,幅は数十kmから数百km程度の狭いベルト状になり,その大部分が西の方向にゆっ
くり流れており,ビキニ環礁等付近から1000km離れた場所でも,海水中から容易に放射能を検出することができることが分かった。
調査により,大気汚染は少ないものの,海水やプランクトンは広域に汚染されていること,食物連鎖によって,小魚,大魚の内臓へと汚染が連鎖していること,魚の筋肉(身)は比較的汚染されていないことなどが判明した。
(甲1
〔167~172頁〕甲3

〔69,
70頁〕甲4

〔1頁〕甲5

〔8
6~92頁〕
,甲79〔49~80頁〕


処理基準の緩和
放射能による魚の汚染状況は,部位によっても差があることから,昭和2
9年7月19日,厚生省公衆衛生局長の通ちょう「放射能検知漁類の取扱いについて」が発せられ,魚体全体としては100cpmを超える場合であっても,内臓,エラ等を除去し再検査して100cpm以下の場合は食用に供することとされた(甲33〔1枚目裏〕。


本件被ばくに関する保険上の取扱い
さらに,
厚生省保険局船員保険課長は,
同年8月26日,
「放射性物質によ
り発した疾病に関する保険給付について」を発出し,これにより,第五福竜
丸以外の船員も船員保険法に基づき職務上の保険事故として扱い得るとしていた(乙5)


日米会議に至る経緯
ア「放射性物質の影響と利用に関する日米会議」
(以下
「日米会議」
という。

が昭和29年11月15日から同月19日までの間開催され,日米の研究者
が出席した。同会議では,人体に対する放射線の最大許容線量・放射性物質による汚染の除去方法等について議論され,その初日の共同発表において,魚から10cm離れたところで,ガンマ計数管により500cpm以下の放射能があるにすぎない場合は,食料として十分安全である旨の声明が出された。


参加者は米国側の科学者7名と日本側の大学教授等15名であり,米国側の参加者はすべて米国政府の科学者で,そのうちの6名が米原子力委員会の科学者であった。日本側は医学部の教授も参加していたが,放射線学が専門で,
実際に第五福竜丸の乗組員の診察にあたっていたような病理学者は参加していなかった。


日本側の参加者の一人である三宅泰雄教授によれば,俊こつ丸がビキニ海域に調査に出かける際に,日本政府は米国の科学者にも俊こつ丸に乗船して共同調査をしてほしいという儀礼的な招待状を送り,米国の学者が来日するなどしたところ,乗船は実現しなかったものの,日米科学者会議を開いては
どうかという考えが生まれ,日本学術会議主催で,日米会議は実施された。当時,米国は原子力の開発に着手して10年以上経ち,既に原子力潜水艦を就役させていたのに対し,日本は占領下において原子力研究が厳しく禁止され,財政的にも研究ができる状況にはなかったので,日本側が,米国から多くの研究成果と経験や知識を教わり,新鋭の機械の提供を受けて,質疑をするという形式で行われた。日本側からも,俊こつ丸の調査による海洋の汚染に関する情報を提供し,米国側の科学者を驚かせ,参加者のアイゼンバッ
ド博士により米国に持ち帰られた。このことで,海洋汚染を軽視していた米国原子力委員会の幹部に衝撃を与え,米原子力委員会によるトロール作戦という俊こつ丸調査の追跡調査実施に結び付き,俊こつ丸調査の正しさが確認されることとなったという。

なお,日米会議に先立ってアリソン大使は米国側出席者に対し,会議の在り方について
「議題に含まれている分野について科学者同士が完全に自由な
情報交換をしているという印象を与えることは,米国側が原子力科学に関して過度に隠し立てをしているという印象を一掃するのに有益だ」と助言を与え,
「広報対策をうまく行わなければ,3月1日の放射能事件への補償問題
を新たな議論でかき回すことになり,日米関係に,また日本の対米世論に対して,
予想外の害を与えることになるだろう」
と述べ,
「会議で毎日行われる
公式の記者会見においても,また個々の代表メンバーによる報道関係者との関係においても,
科学的な情報交換と核実験問題との関係には言及してはな
らない」と忠告したことが明らかとなっている。

そして,会議終了の翌日である同年11月20日に,米国側参加者が米原子力委員会生物医学部長に宛てた書簡に「我々が予想したよりもずっと会議はうまくいったと皆が感じた」
「会議の重要な成果の一つは,
厚生省が,
1分
間あたり100カウントという現行の最大安全限度がおそらく厳しすぎること,
この件に関してさらに検討するための会議を招集することを発表した
ことだ。
このことはマグロ産業の損失への賠償金に関して重要な影響がある」という記載があることも判明している。
また,日米会議後の同年12月に,第五福竜丸の乗組員の生殖能力が放射線によって異常をきたしてしまう懸念があるという趣旨の記事が英文紙トウキョウマイニチに掲載されたことに関して,在日米大使館の科学担当官が,米原子力委員会生物医学部長に宛てた書簡で「9月のある時,大使館はこの検査の重大な結果に関して一般から機密扱いにとどめると記した同封のよ
うな紙を東京大学病院の3人の医師から受け取りました。しかし,12月の初旬,同封のような非常に煽情的な記事が『トウキョウマイニチ』に掲載された。
…確かな筋によると都築博士がマイニチの記事に関して責任があり…したがって都築博士はあたかも最近の放射線会議で癒されることを期待した傷口をまた開こうとしているかのうようです。
」と記載したことも明らか

となっている。
(甲67〔166~178頁〕
,甲79〔123~136頁〕


被ばく調査中止
厚生省は,
昭和29年12月28日
(日米会議の約1か月後)発衛第384


号厚生省公衆衛生局長通達「マーシャル水域において漁撈に従事し,又はこの水域を航行した漁船についての検査の中止について」を出した。その内容は,次のとおりである。
「南方水域において漁獲された放射能検知については,厚生事務次官通知検知及び処理要綱によつて実施されていた。然るに,その後各方面に渉つて鋭意
調査研究を続行していたところ,放射能汚染魚類の筋肉及び各臓器に沈着している放射能同位元素は,主として危険度の極めて僅少な亜鉛65(Zn65)であることが確認でき,
しかも現在まで水揚港において検知した魚類の汚染度を
もつてしては,
その魚類のせつ取により人体に対し危険を及ぼすおそれが全く
ないことが確認されるに至つた。よって,本検査は昭和二九年一二月三一日限
り中止することに決定したから,貴道府県において魚類の検知を実施されている向は,右の方針によって取り扱われたい。(甲33,甲67〔173頁〕」

これにより,
厚生省は,
同年12月31日,
本件被ばくの調査を中止した
(以
下「被ばく調査中止」という。甲34,67)

なお,米国マグロ調査協会東京支部の関係者から,日米会議の米国側参加者のウィリス・ボスに対して,昭和30年1月5日付けで書簡が送られており,「日米会議は明らかに政府(厚生省)に,漁獲マグロの放射線の被ばく検査を
中止するよう影響を与えました。12月28日,内閣は厚生省のマグロ検査中止の勧告を承認しました。マグロ検査中止は昭和30年1月1日に実行されます。このことを実現するために寄与したあなたとあなたのお仲間に,お祝いの言葉をお送りします。
」と記載されていたことが判明している(甲67〔17
3,174頁〕。



日米合意に至るまでの日米の対応

実験当局者である米原子力委員会は,ブラボー実験当日である昭和29年3月1日,
第七統合任務部隊がマーシャル諸島にある太平洋実験場で原爆を
爆発させたという声明を出した。


平成9年に公開された昭和29年3月11日付けの米上下両院合同原子力委員会(スターリング・コールを委員長とする米国議会の上院・下院の代表者によって構成される委員会)
によれば,
同委員会は,
同年2月の時点で,
米原子力委員会に対して,過去の実験にならって住民を避難させる計画の有無を問い合わせたところ,
米原子力委員会は,
住民を避難させる計画はなく,

島々に放射性降下物が降る可能性はあり得ないと確信していると返答した。また,同文書では,米原子力委員会は,236人の住民(ロンゲラップ環礁82人とウトリック環礁154人)と28人の米兵が非常に高レベルの放射線によって被ばくしたことを認めており,当時,国連信託統治領に居住していた住民が被ばくしたことの問題を指摘する声があり,
「ロシアがこの不幸

な出来事を使ってプロパガンダを行う恐れがある」との懸念も出されていた。これと同じ日に,米原子力委員会は,
「これらの人々は思いがけなく若干の
放射能にさらされた」と発表していた。

ところが,同月16日に第五福竜丸事件が報道され,被ばくの事実が世界中に明らかとなった。


コール委員長は,同月23日,
「日本人漁船及び漁夫が受けた傷害につい
ての報道は,誇張されているし,これら日本人が漁業以外の目的で実験区域
へ来たことも考えられる」と第五福竜丸がスパイをしていたかのような発言をした。

一方,日本政府も,同月25日,岡崎外務大臣が「公海上に米国が航行禁止の危険海域をつくったことは国際法違反とはいえないし,水爆実験は自由国家の仲間入りをした日本としては,これに協力するのは当然である」と米
国を弁護した。外務省は,公安調査庁に米国犯罪調査局と協力して第五福竜丸にスパイの事実があったかどうか調べるよう指示し,第五福竜丸の乗組員23人全員の思想傾向,日頃の言動,親戚や知人に共産党員がいるかなどが調べられ,焼津に集まった諸団体も調査対象とした。そして,同月27日,日本政府は,
第五福竜丸が危険区域外にいたにもかかわらず被ばくしたこと

について,証拠資料を添付して米国政府に報告した。

同年4月7日付けの岡崎外務大臣発・駐米大使宛の「第五福龍丸事件に関するアリソン大使の総理宛書簡に関する件」と題する文書が,平成3年10月24日に外務省により開示された。同文書は,昭和29年4月2日付けの
ジョン・アリソン駐日大使の書簡に対する対応を指示したもので以下の記載がある。
「一

米側による患者診察の問題

事件発生後米国大使館及び関係の医者,科学者等の態度は,患者の治療ということよりも米側の機密保持という点に重点が置かれ,これが自然日本側にも反映した為,日本側医者,科学者自身もアメリカへの試験台にされることは真平なりとの意識が強く働いたことは事実であるが,その後当省と米大使館と屡次の話合で米側の態度も漸次改善されつつある(中略)

船の処置

これについては,先般の閣議において,このまま放置しておくは機密保持上も面白からざるにつき,この際政府で買上げることに決定したので,これが実現の上は横須賀に回航し,ディコンタミネイトするなり,海に沈めるなりできるわけである。

第五福龍丸以外の放射能を発見された船舶のリストを提出されたい
との口頭の要請は,係官の印象によればさして強く行われず,従って一応水産庁,海上保安庁等に連絡はせるも,フォローアップしていなかった。その後アイゼンバッド博士により三崎及び塩釜に入港せる二船を見学したき旨連絡あり,
(両船の放射能検査結果は米大使館に通報済)早速手配せるも生
憎両船とも出港後にて目的を達しなかった。この点については日本側検査当局たる厚生省においても検査のため船及び人を留置する法的根拠なきため困難を感じている状況であり,漁船は漁獲物の陸揚後,直ちに次の出向準備
のため移動し,検査員が之を追かける実状である。
四(およそ2頁にわたって原文が削除されている。削除の最後は「に提出した」とあり,二本線で消されている)

今回の事件につき,米側との連絡が思う様に行かない根本の原因は,
患者の手当てを直接担当し居る医師及び科学者に,米側医師,科学者に対する不信の念あることである。更にこれら日本側の医師,科学者に対し,日本側官庁(厚生省,文部省)は指揮監督が利かざる実情にあり。日本側医師及び科学者は,
米側が日本側に物を教えるというが如き態度をとることに反感
を懐き,
むしろ当初より素直に米側にても調査したきに付き日本側の協力を得たしとの態度をとるならば,充分便宜をはかろうとの感想を洩らしている。

なお米側は,
これまで今回の事件につき補償は申出居るも未だ遺憾の

意を表したることなく,この点日本側に相当の不満あり。事件発生当時第五福龍丸が危険区域外にあったことは明白で,米側に過失のあったことは明らかである。
従って,適当の時期に陳謝,損害賠償,同種事件の再発防止(責任者の処罰まで要求する必要はなきやに認められる)を公文にて正式に申入れる要ありと思われる。



アリソン大使は,同年4月9日「アイゼンバッド及びモートン両氏が日本を去るにあたり,ここに米国政府の名において,再び福竜丸の不幸な事件に対する深い遺憾の意を表し,入院中の乗組員の回復について懸念している。米国政府が被災者とその家族に対して補償し,また将来このような不幸な事故の再発を防止するためできうる限りの措置を執る意向であることは私が
既に発表したとおりである。
」と初めて遺憾の意を表明した。

同年4月13日付けの
「アリソン大使の総理宛書翰の返簡
(案)と題する

外務省の文書が,平成3年10月24日に外務省により開示された。同文書は,
昭和29年4月2日付けのアリソン大使の書簡に対する返信の案文であ
り,以下の記載がある。
「一九五四年四月二日付書翰受領しました。
第五福龍丸が一九五四年三月一日ビキニ環礁で行われた貴国の熱原子力爆発実験の際不慮の災害を被ったことは誠に不幸な事件でありますが,本事件が,過去二回の原爆被害の記憶も生々しい日本国民に強い衝撃を与え,且
つ我が国の水産業に深刻な影響を与えた結果,自ら米国を批判する声の起こったことは,
日本の国民感情を熟知される貴大使の了解されることと信じま
す。
かかる状況下にあって事件処理に当る政府の立場も困難であることも事実であります。
貴書翰に述べられた諸点について次の通り申し述べたいと思います。

第五福龍丸に関しては,三月十七日貴大使より奥村外務次官に対し,
日本政府が同意するならば,同船を横須賀に回航して汚染の消除を行いたい旨申出がありましたが,日本政府では種々の検討の結果,これを政府で買上げることに決定し,
その旨三月二十七日奥村外務次官より貴大使に御答えし
た通りであります。

船から採取した灰の分析は,被災患者の治療上必要であったので日本
側学者は積極的に此の分析に当ったのであります。此の分析結果が統一なく発表されたことは遺憾でありますが,原子力研究に関する機密保持の法則を欠く今日の日本の実情よりして研究結果の発表を政府が統制することが極めて困難である事情を御理解願いたいと考えます。爾後に於いては医療面に関する発表は厚生省内に設けられた原爆症調査研究協議会が一元的に之を
行うこととなっております。

放射能を受けた他の船,漁獲物等について貴大使館がどの程度通報を
受けることを希望されるか,又その希望の目的及び強さがどの程度のものであるか,明確でなかった次第でありますが,貴翰受領後は速やかに貴大使館に連絡して居ります。
なお最も新聞に記載された二件即ち塩釜に入港した第
五明神丸及び三崎に入港した第十三光栄丸については,貴大使館よりの連絡に基づき直ちに手配したのでありますが,貴大使館より希望した調査日時には既に両船とも出港していた次第であります。之等両船の有した放射能がその出向を阻止する必要のある程強いものではなかったことは事実であります。但し,第五明神丸の漁獲物は慎重な検査の結果食用として害のないこと
を認め一般に市販されましたが,検査期間が永びいたため,魚価は半値程度に値下がりし,当該漁夫及び船主は不測の損害を被り,又第十三光栄丸の漁獲物は検査の結果食用不適と認められ廃棄にされました。
四五
(この項目は原文から削除されている)
被災患者の診察に関しては,政府として米側医療関係者が診察に当り
得るよう凡ゆる努力をしたのでありますが,患者自身が米側医療関係者の診察を受ける場合治療の対象としてよりも実験の対象として扱われるのではないかとの危惧を持ち,之を好まなかったために円滑に取り運ばなかったことは遺憾であります。
但し政府は今後も此の点に関する患者の誤解を解き全
員に対し米側医師が診断を為しうるよう努力したい考えであります。白血球の数,尿等,患者の実態を判断すべき資料については随時之を米側医療関係者に提供していることは御承知の通りであります。なお焼津よりの患者の東
京移送に当たって米側軍用機の提供を受けたことに対しては深くその好意を謝する次第であります。
(以下略)


アリソン駐日大使は,同年6月17日,米上下両院合同原子力委員会の秘密会で,
「日本漁船事件」について証言を行った。ここで,日本人は広島,長崎における原爆のことをいまだに覚えており,個々のアメリカ人への個人的
敵意はない,あるいはあってもほとんどないが,いわゆる米国全体への敵意は,原爆を投下したがゆえにあると日本人の心境を説明した。大使は,議員からの質問に答えて,法的訴訟手続によらない形で,できるだけ早急に解決すべきであり,将来前例とならないような一括払いでの慰謝料(エクス・グラティア)75万ドルによる解決を提供すべきであると提言し,迅速な和解
によって
「我々は日本政府から解放され,
その時点から彼らに責任がかかる」
と述べた。
そして,
「この地域で漁業に継続的損害があるか」
という質問に答
えて,日本が俊こつ丸で調査しており,どのような結果を出すか分からないので,俊こつ丸が帰ってくる前に収拾したいと答えた。そして,日本政府との和解はこの補償に含まれるのかとの質問に対して,
「これで決着するであ

ろう。日本政府はそれに同意しなくてはならないし,合衆国に対していかなる抗議もこれからはなくなるであろう」と述べた。

俊こつ丸が,同年7月4日に帰港し,太平洋の汚染状況が公表され,米国による放射能被害情報の独占が崩れ,同年9月23日に第五福竜丸の久保山無線長の死亡により日本での批判的世論が高まった。


同年10月23日付けの「岡崎・ロバートソン会談に関する件」と題する緒方大臣と井口大使との間の文書が,平成3年10月24日に外務省により開示された。当該文書には,
「……本件を未解決の儘放置することは共産主
義者等の利用するところとなるべく,一挙に最終的解決を図るべきであるという点については同意見なる旨を答え補償額については議会の承認の関係より二百万ドルは到底困難なりとて,百万ドルと二百万ドルの間にて何とか
妥結に達したしと述べたので……(以下略)
」とある。

米国は,国務省,国防省の次官級とCIA長官らで構成されている工作調整委員会という心理戦略秘密工作などを検討する省庁間委員会で,補償金の拠出方法を検討し,
相互安全保障法に基づいて対外活動本部の予算から出さ
れることとなった。


米国国務省から在日米大使館に宛てた同年10月30日付け電報で「アリソン大使も出席した10月27日の会議において,工作調整委員会は日本についての国家安全保障会議の政策文書に関する経過報告を検討し承認した。この報告書は大使館に空送された。同じ会議で,工作調整委員会は日本政府に対して150万ドルのビキニの補償金(また工作調整委員会への言及をし
ないということならば,そして,もしどうしても必要ならば200万ドルまで上がりうる)を提供することを承認した。対外活動本部はこの目的のための追加金が見つけうるかどうかについて決定するよう指令を受け,次の工作調整委員会で報告する。
」と報告した。

同年12月14日付けの「ビキニ事件損害の補償に関する件」と題する重光大臣発,在米井口大使宛の文書が,平成3年10月24日に外務省により開示された。
当該文書には,
「一

本件補償の額が決定せられた際,
本件に結

末をつけるため日米間に交換せらるべき書簡案をあらかじめ合意しておく要あるところ,去る十二月三日在京米国大使館バッシン法律顧問より(下田条約局長を来訪)
,別添甲の通り右文書の米側案の提示があった。バッシン
の説明によれば,
米側案の基本的な考え方は,
(イ)
本件補償は一に人道的考
慮と米側好意に基き,
法律上の責任の問題を全く度外視して行われるもので
ある点を公文の中に明記(第三項)したいこと,及び,
(ロ)本件補償はラン
プサム〔定額〕の支払によりすべてを解決せんことを目的として行われるものであるから,今後まぐろを投棄することがあっても,また不幸にして更に死者が出ても,
追加の支払は行わない建前であり,
この点を公文中に明記
(第

四項)し置きたいこと,の二点にある。
」とされている。
(甲1〔159~167頁〕
,甲9,甲67〔152~178頁〕


日米合意
被告及び米国は,昭和30年1月4日,本件核実験について,交換公文によ
る合意(以下「日米合意」という。
)をした。その内容は,米国の特命全権大使
ジョン・M・アリソンが,
「本使は,アメリカ合衆国政府が,マーシャル群島に
おける千九百五十四年の原子核実験の結果生じた傷害又は損害に対する補償のため,
二百万ドルの金額を,
法律上の責任の問題と関係なく,
慰謝料として,
日本国政府に対しここに提供することを閣下に通報します。「アメリカ合衆国」

政府は,日本国政府が,前記の二百万ドルの金額を受諾するときは,日本国並びにその国民及び法人が前記の原子核実験から生じた身体又は財産上の全ての傷害,損失又は損害についてアメリカ合衆国又はその機関,国民若しくは法人に対して有するすべての請求に対する完全な解決として,受諾するものと了解します。「閣下が,貴国政府が前記の金額を受諾されるかどうか及び前記の」

本国政府の了解が帰国政府の了解でもあるかどうかを本使に通報されれば幸せであります。前記の金額が受諾される場合には,本使は,この書簡及びその金額を受諾する閣下の回答を,両国政府のこれらの相互の了解を確認するものとみなすことを提案する光栄を有します。
」としたのに対し,外務大臣重光葵
は,
「本大臣は,提供された前記の金額を日本国政府が受諾すること及びその
受領をここに確認することを閣下に通報する光栄を有します。本大臣は,さらに,
貴国政府の前記の了解が日本国政府の了解でもあること及び閣下の書簡及び前記の金額を受諾するこの回答を,両国政府のこれらの相互の了解を確認するものとみなすことを閣下に通報する光栄を有します。
」とした。
(乙1)
日米合意については,昭和30年1月10日,全国かつおまぐろ漁業者大会において,
同漁業者が要求している20億5051万0300円と上記200万ドル(当時の日本円で7億2000万円)との差額の支払を求める抗議の決
議がされたり,
同月17日に学者から厚生大臣に対して被ばく調査中止に関し
て時期尚早であるとする質問状が出されたりしたが,同年4月28日,日本政府は上記200万ドルの慰謝料の配分についての閣議決定を行い,その後,第五福竜丸の乗組員22名に対し,慰謝料として4400万円が支払われた(甲1〔173頁以下〕
,甲9,34,38)



原爆医療法の制定
第五福竜丸の久保山無線長及び乗組員は,核兵器の犠牲者の象徴となった。第五福竜丸事件は原水爆禁止運動が国民レベルに広がる契機となり,それまで公的に医療保護を受けていなかった広島,長崎における被ばく者の問題が浮上し,昭和32年2月21日,日本政府は原子爆弾被爆者の医療等に関する法律
(以下「原爆医療法」という。
)の法案を国会に提出し,同法は同年3月31日
に成立し,同年4月1日から施行された。
しかし,同法は,文字通り水爆実験による被ばく者への援護は含まれず,第五福竜丸の乗組員も援護の対象とならなかった。
(甲1〔192頁〕
,甲67〔180,181頁〕



米国による平和利用目的の原子力技術の提供
サンフランシスコ条約が,昭和26年9月に調印され,昭和27年4月に発効したが,同条約には原子力研究の禁止条項がなく,日本学術会議では,日本の原子力研究に関する論議が始まった。同年2月に原子力に関するシンポジウ
ムを開いたところ,
原子力の研究を平和目的に限る絶対的な保証がないかぎり,
原子力研究の着手は時期尚早であるとの意見が多数を占めていた。日本政府はこれと異なる立場であり,政治主導で,昭和29年3月2日,原子炉予算が衆議院に提出され,議論が紛糾することもなく同月5日に通過し,同年5月11日の閣議決定で原子力利用準備調査会が設置された。その背景には,
昭和28年12月8日にアイゼンハワー大統領が国連で原子
力の平和利用計画について演説を行い,原子力発電の普及のため,原子力に関
する情報を民間と共有することを述べ,昭和29年に米国の原子力法が改正され,米原子力委員会の独占的管理下にあった原子力情報が,米国企業,友好国と共有するため,管理が緩められたという事情があった。
日本政府は原子力の導入に積極的であり,通産大臣が同年10月17日に渡米して,原子力の交渉に当たった。そして,同年11月12日に米原子力委員
会が機密解除した原子力発電関連文献の提供を受けた。このような協力関係の下で,上記⑿の日米会議が同年11月15日から19日に開催された。米国等の原子力事情を視察する原子力海外調査団が派遣される直前の昭和30年1月に,
米国は日本政府に対して濃縮ウランの提供と技術援助を提案し,
同年3月に帰国した調査団は,国産原子炉を造ることを目標にし,そのための
参考として濃縮ウラン実験炉を米国から購入すべきであると報告した。準備調査会は,同年9月9日に実験炉の輸入を正式に決定し,同年11月14日に日米原子力協定が正式に調印され,同年12月の臨時国会で,原子力基本法,原子力委員会設置法,
総理府設置法の一部を改正する法律の原子力三法が成立し
た。

同年11月から12月にかけて東京日比谷公園で,米国の原子力平和使節団を迎え「原子力平和利用博覧会」が開かれ,1年をかけて全国を巡回した。(甲1
〔222,
223頁〕甲67

〔166頁〕甲79

〔151~169頁〕


科学技術庁の発足
原子力三法が成立し,昭和31年1月1日に原子力委員会が発足し,総理府に新たに原子力局が設けられた。その後,同年5月19日に科学技術庁が発足し,それを機として,原子力局は科学技術庁に移り,原子力委員会も科学技術庁に事務局を移した。原子力委員会は,昭和32年5月25日,放射能調査専門部会を設置した。
昭和29年に本件核実験が起きたとき,日本はまだ,前原子力時代と称される段階にあり,官庁として,その処理に当たったのは,既存の厚生省等の各省
庁であった。
厚生省は,上記⑾のとおり,本件核実験に対して,原爆症調査研究協議会を活用して事件の処理に当たり,その後,原爆被害対策に関する調査研究連絡協議会を発足させ,その他に,放射線衛生研究所の設立案を作るなど,放射能問題の医学的,公衆衛生的な側面に取り組むなどした。しかし,昭和31年に科
学技術庁が設置されると,その原子力局で放射能に関する全てを専管することになったため,厚生省は一部の研究調査を除き,放射能問題から大幅に手を引くことになった。
また,同年度予算において,厚生省が検討していた放射線衛生研究所を新設する案と,
日本学術会議の勧告に基づいて作られた文部省による放射線基礎医
学研究所を新設する案につき,両省から概算要求が提出されたところ,同年に発足した原子力委員会で検討され,折衷案として2つの研究所を併せて1つとし,国立放射線医学総合研究所(放医研)を設置することが決まり,科学技術庁の所管にすることもあわせて決定され,放医研は,昭和32年7月1日に,科学技術庁の下で発足した。

(甲79〔174~182,194~197頁〕


弥彦丸に関する報道
その後,第五福竜丸以外の被災船に関しては,弥彦丸の元船員の平三義が船員保険の継続を22年ぶりに申し立てたという昭和51年6月18日付けの
朝日新聞(九州版)の記事,昭和55年1月1日付けの朝日新聞に掲載された弥彦丸乗組員全員の追跡調査記事など,弥彦丸関係の記事が掲載された程度で,ほとんど注目を浴びることがなくなっていた
(甲1
〔192~203頁〕甲3

〔63頁〕
,甲35,甲67〔181頁〕。


幡多ゼミによる調査開始
昭和60年4月,
高知県幡多地区の高校生と原告Bを含む指導教諭が構成す

る「幡多高校生ゼミナール」
(以下「幡多ゼミ」という。
)により,地域の被ば
く者調査が開始された。幡多ゼミは,昭和58年夏に「足もとから平和と青春を考えよう」
との標語を掲げ,
地域の現代史を研究する平和教育を目的として,
幡多地区9校の高校生が自由に参加できるサークルとして誕生し,50名前後の高校生と10名前後の顧問で活動を行っていた。原爆被ばく40周年の昭和
60年に広島・長崎の被ばく者調査を行ったことを契機に,ビキニ水爆実験による被災漁民の存在を突き止めた。
長崎とビキニの二重被ばくの可能性のある青年の自殺やカツオ船で実習していた室戸岬水産高生の急性白血病死事件などが判明し,同年7月にマスコミに中間発表するなどして全国ニュースとなった。

当時,ビキニの被ばくは第五福竜丸についてはよく知られていたが,他の被災漁民の問題が浮上していなかったことに疑問を抱きつつ,地道な調査が続けられ,高知県全域のゼミナールに発展しつつ,先輩から後輩へと引き継がれていった。
高校生による調査では,高知県や厚生省の公的資料で発見できなかった船員
名簿の一部を室戸岬の船主組合や船員組合を訪ねて入手するなどして,漁船員の所在を突き止め,一人一人に訪問して調査をした。漁船員は,被ばくに対する周囲の偏見を恐れるなどして,当時のことを語りたがらなかったが,高校生が粘り強く聴取することで次第に証言が出てきた。
幡多ゼミでは,幡多地区や室戸地区などの高知県内をはじめ,平和の旅と称
して,高知県外を訪れるなど活動の幅を広げ,第五福竜丸展示館を訪ね,第五福竜丸の元乗組員や家族を訪問し,被災漁船の検査委員,俊こつ丸の調査員,弥彦丸の元乗組員等から聞き取り調査をし,長崎や沖縄を訪問し調査するなどし,全国高校生平和集会全体会で報告をするなどした。その活動がドキュメンタリー映画「ビキニの海は忘れない」などに記録化され,平成2年3月に全国で放映された。また,教科書副読本で「幡多高校生ゼミナールのビキニ調査」を紹介した頁がすべて検閲で削除されることもあった。
(甲1
〔7~23頁〕甲3
〔4,
28,
40~48頁〕甲5

〔14~16,
20~43,62,63頁〕
,甲37,71,77,81)
調査団の結成
幡多ゼミの生徒と顧問教諭は,漁民からの聞き取り調査を行う中で,高校生
を主体とした幡多ゼミの持つ力量以上のものが必要であると考え,事件解明には,
高知県だけでなく,
全国的な調査が必要であり,
調査を組織的に行うため,
調査団の結成を呼び掛けた。これに応じて,昭和60年9月16日に高知県下の科学者,医師,被ばく者,漁船員,平和活動家,教職員を中心にした高知県ビキニ水爆実験被災調査団(以下「調査団」という。
)が結成された(なお,調

査団は,平成23年頃に太平洋核被災支援センターへと発展的に改組し,原告Cがセンター長,原告Bが事務局長に就任した。。幡多ゼミは,高校生として)
できる調査,学習,交流を行って,それらを自分たちでまとめて訴え,表現する場とし,
本格的な調査は調査団によって行われることとなった。
(甲3
〔28
頁〕甲5〔62,63頁〕
,甲6〔54,55頁〕


衆議院における本件被ばくに関する答弁(本件国会答弁)
昭和61年3月7日,
第104回国会衆議院予算委員会第四分科会において,
山原健二郎衆議院議員は,
「当時日本の船舶が大体何隻被災したか,また当時
のいわゆる被ばくマグロ,ずいぶん大きな問題になりましたが,どの程度投棄されたか,さらに久保山さんが被ばくされまして亡くなりましたが,久保山さ
んのほかにビキニ被ばくによって何名の方が亡くなったのか,また当時政府がつかんでいた被ばく者の身体検査をした者は何名か,また当時の入院先あるいは乗組員のリスト,こういうものが現在存在しているかどうか」と,水産庁及び厚生省に対して質問した。
これに対し,水産庁海洋漁業部遠洋課長の小野登喜雄説明員は,
「昭和二十
九年にマーシャル群島周辺におきまして行われましたアメリカの核実験にかかわる漁船等に関する資料につきましては,何せ本件が大分前のことでございますので,水産庁においては,残念ながら現在のところ手持ち資料はございません。
」と回答し,厚生省生活衛生局長の北川定謙政府委員は,
「先生お尋ねの
廃棄をされたマグロの量でございますが,約五百トンと承知をしております。」
と回答し,厚生省保健医療局長の仲村英一政府委員は,
「昭和二十九年の水爆

実験による第五福竜丸のことにつきましては,当時も非常に大きな事件として報道されたことで私ども承知してございますが,それ以外のビキニ環礁の近海で操業をしておった漁船はいたと承知しておりますけれども,その実態,数字について私どもつかんでおらないわけでございます。第五福竜丸に関しては,二十三人の方がそれぞれ東大病院,当時の国立第一病院等に入院されたという
ことを承知しております。
」と回答した。
また,山原健二郎衆議院議員が,
「ビキニ悲劇は今なお終わっていないとい
うのが現在までの調査の結果でございます。「今までの調査されたことあるい」
は当時の書類,これなどを整理いたしまして,さらにそれに基づきまして,現在病苦に呻吟をしておる方たちがおいでになるとするならばその健康診断等
そういう対策を一応立てる必要があるのではないかというふうに思うわけです。「何らかの対応できる体制をぜひとっていただきたい」と述べて本件被ば」
くに関する対応を要請したのに対し,仲村英一政府委員は,
「第五福竜丸のそ
の後のフォローアップは,おっしゃいますように科学技術庁の放射線医学総合研究所,放医研で引き続きやっておるようでございます。したがいまして,私
どもが昨日ご質問いただいた後でいろいろ資料も調べましたけれども,なかなか見つからないという実態もございますので,新たに調査をするということはなかなか難しい面もあろうかと考えておるところでございます」と回答し,今井勇厚生大臣は,
「第五福竜乗組員以外のビキニの水爆実験によります被ばく
者の状況については今のお話のようなことでありますが,何分もう三十年以上も前のことでありまして,調査もこれ難しいと思いますし,現時点でその対策を講ずるというようなことは私はちょっと考えにくいと思います。」と回答し
た(以下,政府側の答弁を「本件国会答弁」と総称する。。
)(甲7)
調査団による健康診断と行政の対応

調査団は,昭和61年に,森清一郎医師ら高知県民主医療機関連合会の協力のもと,土佐清水市と室戸市で被災漁船員の健康調査を行い,アンケートに基づく問診,心電図,血液・尿検査,腫瘍マーカー検査が行われた。調査
の中で,被災後に頭髪の抜けた人の存在が確認されるなどもした。イ
調査には行政からの反応もあり,同年12月の高知県議会では,保健環境部長が,
「原爆被ばく者と同じように保険行政を行うよう検討する」と言明し,同時期に,土佐清水市長も「市独自の調査を行う」と約束し,土佐清水市の調査が行われた。


調査団の調査結果や健康診断の結果も踏まえ,昭和62年2月に調査団は,元高知大学長を実行委員長とする
「ビキニ水爆実験被災シンポジウム・高知」
を開催し,約180人の参加を得た。


昭和63年5月11日に高知県ビキニ被災船員の会が結成され,健康診断の実施の働きかけや,
ビキニ被災の実態調査を求めることなどを会の目的と

した。県庁を訪れ,被災調査や健康診断の実施を働きかけたが,県の対応は今後も誠意をもってあたると述べるにとどまった。平成元年室戸市で再び健康診断を行い,これを契機に室戸ビキニ被災船員の会が発足した。オ
平成2年6月,高知県議会に向けて「ビキニ環礁における水爆実験に伴う被災船員の医療補償に関する請願」が被災船員の会を中心に進められ,6228人の署名を提出したが,県議会では採択されなかった。その後,平成14年までに高知県ビキニ被災船員の会の責任者は全員死亡し,自然解散となった。

折しも,
昭和63年に,
米国では,
被ばく兵士に対する医療補償が実現し,
被ばく後の広島・長崎の市街地に進駐して被ばくした兵士や,ビキニ環礁な
どの各実験に参加させられた兵士に関して,白血病や各種のがんなど13のケースで一定の医療補助を認める法案が可決された。また,米国は,マーシャル諸島に対し,昭和61年発行の自由連合協定のなかで,
「核実験による
賠償責任について責任を負う」ことを明言し,症状が認められる島民に,平成3年から健康被害補償の支払を始めた。

(甲1〔203~214〕
,甲3,甲5〔112~122頁〕
,甲6〔54,5
5頁〕
,甲77)
調査団による活動再開
平成15年11月に高知県ビキニ水爆実験調査団が活動を再開し,平成16年3月24日に宿毛市が
「ビキニ水爆実験による被災船員の救済に関する意見

書」を全国で初めて採択し,同年6月30日に室戸市が同意見書を採択した。高知県は,
これらを受けてビキニ被災船員を対象に県内5か所で問診と血液検査の健康診断を実施した。
(甲77)
高知県議会における高知県知事の答弁(高知県知事答弁)
塚地佐智高知県議員が,平成16年3月5日の高知県議会定例会において,
橋本大二郎高知県知事に対して,
「このビキニ被災の問題は,
確かに日,
米の政
府間の問題としては決着済みというふうにされていますけれど,
(中略)この
問題は人の問題としては何ら決着済みとは言えない問題を残していると思うんです。知事は,ビキニ水爆実験の被災者問題,とりわけ人体にかかわるそういう人の問題として,
これは決着済みの問題とは考えていないのではないかと

私は思うんですけれど,その点の御認識をひとつ伺いたい」「こうした問題を,
今,国が葬り去るのではなくて,事実を明らかにしていくということが必要だと思いますので,歴史的に明らかにする責任を国に求めて,この問題の水爆実験に関する真相とその後の対応策の全容を公表するようにぜひ国に対して要請をしていただきたいというふうに思うんですけれど,この点をお伺いいたします。
」と述べたのに対し,同県知事は,
「法的なというか国家間の問題として
は,国は解決済みだということを繰り返しております。「一方で,晩発性の障」
害の問題が広島や長崎の被ばく者の中で明らかになってまいりました。また,ビキニ環礁の被災者の中にもこうした可能性があるのではないかということを言われ,また,健康に実際に御不安を感じていらっしゃる方がおられるということも十分わかります。ただ,この晩発性の障害は,被ばくを受けたときの
その際の障害と違いまして,例えばがんであれば,それが何年も前に被ばくをしたことが原因なのか,
それとも別の原因によるものなのかということを臨床
的に区別することが非常に難しいということが言われております。つまり,
(中
略)まさに50年,半世紀が経ている中で,その晩発性の障害などの科学的な立証をしていくことが非常に難しいのではないかということを感じておりま
す。その意味で,この問題が健康の面で決着済みなのかどうかということは,私の口からはなかなか申し上げられないというのが正直なところでございます。「国に対して要請をしていくことはやぶさかではございませんので,そう」
いう努力はしてみたいと思いますが,これも先ほどの御質問の中にもございましたように担当窓口がどこかも不明だというような状況でございますので,ど
れだけの成果が得られるかということについては確たる自信はございませんけれども,要請を,働きかけをしてみるということはやぶさかではございません。
」と答弁した(以下,この高知県知事の答弁を「高知県知事答弁」と総称する。。
)(甲13)
外交史料館における自主的情報公開

時期が前後するが,
平成3年10月24日,
外務省の外交文書が公開された。
外務省は,後記

のとおり,昭和51年から,外交史料館において戦後の外交
記録についても自主的な取組みとして公開を開始しており,その11回目の公開として行われた。日米合意等の本件核実験に関するものは,現物公開のものを除いてマイクロフィルムの複写で3379頁あった。この中には,上記「⒁日米合意に至るまでの日米の対応」
の認定に供した資料もある。
(甲1
〔159
~167頁〕
,甲9,甲70〔179頁〕公知の事実)
放射性降下物に関する米国の情報公開

平成22年9月19日の朝日新聞において,キャッスル作戦放射性降下物に係る公文書(以下「放射性降下物記録」という。
)が存在することが報道さ
れた。


放射性降下物記録は,アイゼンバッド博士の所属する米原子力委員会健康・安全研究所ニューヨーク作戦室が提供したデータをもとに米気象局が作成して,昭和30年5月17日に提出した「キャッスル作戦による世界的放射性降下物」と題する報告書の一部である。
昭和59年,放射性降下物記録の原本は,機密扱にされたものの,その抜
粋版(以下「抜粋版」という。
)が米国防総省の監督の下,公開された。
昭和61年10月の米下院の小委員会における「アメリカの核モルモット-30年にわたるアメリカ市民に対する放射能実験」という報告がなされ,18名にプルトニウム人体実験を行っていたことが示された。米国の新聞記者アイリーン・ウェルサムが,
人体実験の被ばく者にインタビューを行って,

平成5年に連載記事とし,平成6年度のピューリツァー賞を受賞するなど,社会的に大きなインパクトを与えた。当時の米政権は,人体実験に関連する核兵器開発文書を米エネルギー省から米国立公文書館に移管する方針を打ち出し,1990(平成2)年代に入って移管がされつつ,資料の情報もPDF化して米エネルギー省のオープン・ネットデータベースで公開されるよ
うになった。この流れで,放射性降下物記録もネット上に公開されることになった。

抜粋版は,竹峰誠一郎(当時早稲田大学院生)が,米核実験被害についてアイルック環礁で本格的に調査を開始し,放射性降下物の広がりに着目して,水爆実験の見直し作業をする中で,平成17年に入手した。
抜粋版は日本の研究者の資料とされるとともに,平成20年に南海放送「わしも死の海におった」
(甲65)
製作中に提供された。
抜粋版は重要なペ

ージが抜けていたところ,南海放送の伊藤英朗ディレクターが,先のとおり開示が始まっていた,米エネルギー省のホームページのデータベースから,平成22年3月に放射性降下物記録を発見した。もっとも,ネット上で公開されていた放射性降下物記録からは,核爆発の高度やきのこ雲の高度など抜粋版では記載されていた情報などが削除されていることが判明し,放射性降
下物記録一部削除版であることが判明した(以下「削除版」という。。)
新たに発見された削除版と既に入手していた抜粋版を併せて放射性降下物記録の原本の記載に近づけるようまとめながら,広島市立大学広島平和研究所の高橋博子講師ら日本の研究者らが分析を進めた。

放射性降下物記録には,昭和29年3月1日のブラボー実験から4か月間の降灰を観測した結果が毎日数値で示されている。米国は水爆実験にあたり,放射性降下物の観測を目的として世界122か所に観測所を設置して,粘着フィルムを使って降灰量を記録した。日本でも硫黄島,沖縄,東京,三沢,広島,長崎に観測所が設置されていた。

ビキニ環礁から東西に長い楕円状に降灰が広がり,日本や米国,アフリカ大陸など世界中に降灰があったことが示され,その総量は22.73メガキュリーと算出されていた。
6回の爆発による降灰量を1平方フィート(約0.09平方メートル)の粘着フィルム上で1分間に崩壊する原子の数
(d/m/ft²)
で表し,
4か

月間の総量をまとめた等高線のような「放射能等値線」が記されていた。合衆国南西部で日本の約5倍(の降下)という記述もあった。

放射性降下物記録に基づいて,昭和29年7月1日時点での6回の爆発による放射性降下物の総量をまとめた図が別紙4図2である。
原告らにおいて,
別紙4図2のビキニ環礁を中心に,
東京都獣医衛生課
「魚
類の人工放射能検査報告書」をもとに昭和29年3月16日から同年5月31日までに東京港で放射能が検出された漁船の位置を記入したものが別紙
4図1の黒字部分である。
これによれば,
20万d/m/ft²以上の海域に第五福竜丸を含む5隻,
10万以上20万未満の海域に7隻,5万以上10万未満の海域に10隻いたことが判明する。
さらに,
別紙4図1の黒字部分に原告ら代理人が原告らの漁船の位置を追

記したのが,別紙4図1の赤字部分である。
上記研究者は,放射性降下物記録の中で「日々の放射性降下物の地図は,船舶からのデータにはかなりの不確実性があるため,陸地の観測所からのデータのみ記載されている。船舶の位置は完全には把握できず,特に航行の途中,激しいフォールアウトに晒された船では,処理や郵送時のサンプルの二
次汚染防止の手順が十分ではなかった。船舶データは,放射性降下物の地図への放射能等高線の描画,および陸上観測所データの解釈に利用された。」
との記述があり,
「激しいフォールアウトに晒された船」の存在を認めてお
り,そこから得られたデータが地図に反映されてはいないことからすると,放射性降下物記録で記された以上の被害が予測でき,第五福竜丸はもちろん
のこと,
そのほかの被災船が激しいフォールアウトに晒された可能性が充分あると指摘している。
(甲1〔120~124,132~135頁〕
,甲4〔表紙裏~31頁〕

甲65,甲70〔179,180頁〕

外務省による情報公開


NHK広島は,平成25年に米国立公文書館において,本件核実験による被災船のリストを発見した(甲6〔5頁〕。NHKは,同年6月14日,上)
記文書の出所である外務省に対し,文書開示を請求し,外務省は,同年11月1日,厚生省の本件核実験に関する資料を開示した。
(甲6,弁論の全趣
旨)

開示された文書は,
「汚染船舶航跡関係」
(PART1)と「汚染漁船及び
商船の検査報告」
(PART2)の2つに分かれている(甲6)


ウ「汚染船舶航跡関係」
(PART1)は,すべて海上保安庁警備部救難部か
ら外務省アジア局に宛てたもので,被災漁船(人・船体・魚のいずれかで放射能が検出された船)
163隻の航跡図,
第二吉祥丸による実験の目撃証言,
19隻分の検査結果である(甲6)

エ「汚染漁船及び商船の検査報告」
(PART2)は,基本的に厚生省から外
務省アジア局に宛てたもの(他に,運輸省や治療にあたった病院の報告書もある。
)で,①「南部太平洋方面就航船舶の放射能検査の結果について」と題する運輸省海運局から外務省アジア局に宛てた文書の中に,商船や大型船,
指定五港以外の漁船など計400隻分の放射能検査結果が記載されており,②貨物船神通川丸乗員に対する大阪や岩手などでの精密検査の結果などの記載がある文書,
③指定五港以外で発見された全国10港での186隻分のリスト,
④12月22日原爆被害対策協議会食品衛生部会の検査中止の根拠となる声明等であり,事務次官検査通知(甲17,乙4)
,厚生省通報方針

(甲16)第十三光栄丸の船員の血液検査,

尿検査などの身体検査結果
(甲
19の1ないし4,甲21)
,第十宝成丸,第五明神丸,第一金毘羅丸の各船
員の血液検査結果(甲20)
,神通川丸の船員の血液検査,尿検査,臨床症状
などの検査結果(甲22の1,2,甲25)
,大型船舶の放射能検査と添付の
診断書(甲28)などが含まれていたが,検査結果などは黒塗りにされてい
た(甲6〔5~7,43~47頁〕
,甲70〔180頁〕
,甲77〔12~1
4頁〕。

本件資料の開示
原告Bらは,
平成26年7月1日,
厚生労働省に対し,
事務次官通知
(乙4)
を示して本件核実験による被災状況に関する資料を探すよう求めた。その後,
際,通常の探索場所に加え,厚労省内及び外部倉庫を探索したところ,関東近県にある医薬食品局食品安全部の倉庫において,本件資料を発見した旨説明した。
(甲6,27)
厚生労働省は,同日の記者会見に際して,記者に対して,本件資料により判明した船員に被ばくについて,要旨,①人体から検出された最大cpm数が9
88cpmであり,これを2週間被ばくした場合の数字1.68mSvは,国際放射線防護委員会による放射線量の国際基準1事故当たり100mSvを大幅に下回ること,
②現在の血液細胞の染色体異常や歯の異常電子の出現率を基に,
当時の被ばく線量を正確に推定することは困難であることを内容とする文書を交付した。
(甲6)

追加資料の開示
平成26年9月19日に開示された
料に含まれていた船員の血液検査や医師の所見等が含まれていなかったことから,福島みずほ参議院議員が同年10月21日の議会で取り上げたところ,厚生労働省は,外務省から当該資料の提供を受け,氏名,性別,年齢以外のマ
スキング(黒塗り)を除去して,同月29日,同議員らに対して,追加資料を開示した。
(甲6,甲15の1,2,甲27)
厚生労働省の研究報告書
厚生労働省は,平成28年5月31日,
「ビキニ水爆関係資料の線量評価に
関する研究

平成27年度総括・分担研究報告書」
(以下
「厚労省研究報告書」

という。
)を発表した。厚労省研究報告書では,要旨,厚生労働省が開示した資料を中心に血液検査データ等の分析をした結果,白血球数及び赤血球数の値や臨床症状からは放射線による影響を明かに認める所見は確認することができなかったこと,
米軍及びその関係機関によって行われた放射線モニタリング結
果と同省が開示した市場にあった船舶ごとの航路を基に推計した外部被ばくによる線量は,
放射性降下物の降下時間等に一定の条件を設けて分析した結果,
最大でも156mR(概ね1.12mSvに相当)と見積もられたこと,第五福竜丸以外の船員の内部被ばく線量について,第五福竜丸の船員のデータから分析した結果やマーシャル諸島の島民の内部被ばく線量に関する文献のデータによれば,
内部被ばくの線量は外部被ばくに比べて極めて小さい値になると
考えられること,
これらの分析結果から放射線による健康影響が現れる程度の

被ばくがあったことを示す結果は確認できなかったことを内容とするものである。
(甲85)
厚労省研究報告書に対する批判
ビキニ被災検証会共同代表の聞間元医師及び原告Cは,平成28年8月24日付けで,厚生労働大臣塩崎恭久に対し,厚労省研究報告書に関する申入書を
提出した。同申入書においては,要旨,①被ばくによる健康状態への影響は5年以上の経過を見る必要があるが,研究対象とされておらず,今からでも被災船員の健康状態に関する追跡調査を行うこと,②本件被ばくに関する資料を保存している被ばくに関係する団体から意見を聴取すること,③俊こつ丸による調査結果である海水汚染記録を分析すること,④本件核実験により被ばくした
貨物船弥彦丸の船員に関する記録を分析すること,⑤本件核実験当時の船舶への放射性フォールアウト数値を正確に測定するため,爆発後100日の放射性降下物に関して推計値が用いられているという問題を明確に分析すること,⑥第五福竜丸は本件核実験開始後,汚染地域から速やかに去っているのに対し,他の多くの漁船は何日もビキニ環礁付近にとどまっており,外部・内部被ばく
の危険性がより高まっている点について明確な分析をすべきこと,⑦本件核実験による放射性降下物の拡散状況の記録を示しておらず,強い汚染区域に何日滞在したかという船舶の被災事件が見えなくなっているなど,バラバラなデータで,
放射性物質のフォールアウト記録と漁船の航路との関連をシミュレーションし,外部被ばく線量を1.12mSvと推定したことは非科学的であるから撤回を求めること,
⑧ブラボー実験以外の本件核実験についても核実験の影響を調査すべきこと,⑨内部被ばくの線量評価について,生存船員の染色体や歯による線量評価,疫学的追跡研究などを無視することなく,他の専門家の意見を含めて検証すること,⑩厚労省の研究成果の公開に際しては,関係者の参加できる報告会,
国会公聴会での報告をすべきことが意見具申されている。
(甲
44)
本件被ばくに対する研究者の調査結果


田中公夫によるリンパ球の調査結果
生物学者である田中公夫医学博士は,本件核実験当時,ビキニ環礁付近を航行した漁船等の船員19名(以下「被災船員群」という。
)と同年齢の高知
県在住者9名(以下「対照群」という。
)の血液10ml中のリンパ球の染色

体異常の検査を行った。
その結果は,被災船員群の方が対照群よりも,染色体に被ばく後長期間残る異常である安定型染色体異常を持つ細胞数の頻度が高く(被災船員群:対照群=3.34%:2.45%)
,その頻度から原爆放射線での被ばくに相当
する線量を求めると,被災船員群は,平均で91mSv相当(うち,第八順
光丸は295mSv,第五海福丸は72~143mSv,第二幸成丸は65~75mSv,第五明賀丸は142mSv,第七大丸は160~176mSv)の被ばく線量が推定された。また,不安定型染色体異常である二動原体染色体異常細胞からは52ミリグレイ,第五福竜丸の漁船員の被ばく線量の推定に用いられたQdr法で船員19名全員の平均値を用いて推定すると
約100ミリグレイとなることが推定され,3つの方法で求めた値は近似していた。
(甲39,64,66)

豊田教授による調査結果
豊田新岡山理科大学教授は,本件被ばく者の一部の歯のエナメルを用いたESR(電子スピン共鳴)による被ばく線量計測を行った。
その結果は,第五明賀丸の元船員である原告Tの歯から,414mSvが測定され,この値から医療被ばく線量(推計値)約50mSv及び自然放射
線量(推計値)約45mSvの合計95mSvを控除した319mSv(広島の原子爆弾の爆心地から約1.6kmの距離で浴びた被ばく線量に匹敵する線量。が本件核実験による被ばくと推定された。

さらに,
第二幸成丸の船
員であった原告Eの歯の線量はこれを上回る可能性が高いというものであった。
(甲37,40,41,64)


第五福竜丸船員の被ばく量
鎌田七男広島大学名誉教授は,第五福竜丸の船員の被ばく線量の紹介をしており,体外被ばく量について250ラド未満が6名,251~350ラドが8名,351~450ラドが4名,451ラド以上が5名であり,甲状腺の体内被ばく線量が20~120ラド,皮膚表面線量(ベータ線による)が
1000~数千ラドであったと報告している。
(甲42,66)
行政情報の公開制度,公文書管理制度に関する立法について

情報公開法の制定について
請求者の個人的利害関係とかかわりなく国民や住民一般に開示請求権が
付与され,
開示請求権の行使に応じて情報が公開される制度である客観的情
報公開制度について,世界で最初に創設した立法例は,1766年のスウェーデンによる出版の自由に関する法律であるといわれており,情報公開制度の創設については,北欧諸国が先行していた。
米国において,昭和41年に情報自由法が成立し,これを契機に情報公開
制度が民主主義国家に広く普及することになった。
日本においては,
神奈川県など地方自治体における情報公開制度の整備が
先行し,
昭和57年3月に山形県金山町で日本初の情報公開条例が制定され,同年に,神奈川県が,都道府県レベルでは初の情報公開条例を制定した。国においては,平成11年に情報公開法が成立し,平成13年4月1日に施行された。同法は,補則を含めて4章44条の法律(平成11年法律第42号)として成立した(数次の改正を経ているので,以下,制定時の同法を
指す場合は特に「制定時情報公開法」という。。

情報公開制度の在り方には,政府の裁量による情報提供制度,私人の開示請求権の行使を前提とせずに情報公表が義務づけられる情報公表義務制度,開示請求権の行使に応じて行われる情報開示請求制度があり,それぞれ特定人に対する開示か(主観的)
,一般人に開示するか(客観的)が区別されうる

ところ,
制定時情報公開法40条は,
「政府は,
その保有する情報の公開の総
合的な推進を図るため,行政機関の保有する情報が適時に,かつ,適切な方法で国民に明らかにされるよう,行政機関の保有する情報の提供に関する施策の充実に努めるものとする。と定め,

情報開示請求制度のみならず,
情報
提供制度,
情報公表義務制度も含めて拡充することを求めているものと解さ

れるが,これは努力義務にとどまっていて,具体的な法的義務を課している制度としては,第二章「行政文書の開示」が定める客観的情報開示請求制度が中心となっている。

公文書管理法の制定について
情報公開制度は,制定時情報公開法1条が「この法律は,国民主権の理念にのっとり,行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により,行政機関の保有する情報の一層の公開を図り,もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとともに,国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とする。」

と定めるとおり,
国の行政機関に国民に対するアカウンタビリティを全うさ
せるために設けられたものであり,公開すべき情報が適切に管理されていなければアカウンタビリティを果たすことはできないから,情報公開と文書管理が車の両輪であると理解されており,制定時情報公開法も第4章「補則」の37条において,制定時情報公開法の適正かつ円滑な運用に資するため,行政文書を適正に管理することとし,行政文書の分類,作成,保存及び廃棄に関する基準等の行政文書の管理に関する必要な事項を政令で定め,その政令で定めるところにより行政文書の管理に関する定めを設けるとともに,これを一般の閲覧に供することを定めた。これに基づき,文書管理の詳細は情報公開法施行令で定められ,平成12年2月25日に,これをより具体化したガイドラインが定められた。

同法が制定される以前には,各府省の庁が定める法規としての性格を有しない訓令の形式による文書管理規程が定められ,各府省による分担管理が徹底され,行政機関一般に適用される統一基準はなく,各種文書の保存年限を何年にするか,
保存年限を何段階にするかなどについても行政機関ごとに不
統一であった。同法が制定される以前は,行政機関にとって文書管理は,行
政事務の効率的執行のため,行政機関が自らの職務に用いるものという認識が一般的であったが,同法制定により,情報公開請求に適正かつ円滑に対応するために行わなければならないこととなった。
上記は現用文書を念頭に置いたものであるが,非現用文書に関しては,昭和46年に総理府設置法が一部改正され,総理府の施設等機関として国立公
文書館が設置され,昭和62年に公文書館法,平成11年に国立公文書館法が制定され,情報公開法施行令とあわせて,非現用文書の国立公文書館への移管について定められた。
公文書等の管理に関する法律(以下「公文書管理法」という。
)が平成21
年7月24日に成立し,平成23年4月1日から施行され,行政文書等の公
文書の作成,整理,保存,公文書のファイル管理簿の作成・公表,国立公文書館等への移管又は廃棄等について規定しており,現用文書と非現用文書を包括した公文書のライフサイクル全体を定めた一般法として制定された。ウ
外交記録の公開
過去の記録を正確に残しておくことは外交を進めていく上での意思決定に不可欠であり,
逆にこれを怠れば他国が一方的な歴史観を押し付けてきた

場合に正しく対抗する術を失うことになるから,一般的には,他の行政文書と比較して,
外交に関する文書はよく記録,
保存されているといわれている。
また,
自国の国民に不人気な合意であっても相手国のある外交においては不本意な合意をせざるを得ない場合もあり得るし,相手国との信頼関係を保持する必要がある場合もあるため,外交情報を直ちに公開することが不可能な
場合があるが,自国の国民に対して自国の外交を正当化する必要はあるし,他国が自己正当化する文書のみを一方的に公開すれば,自国も対抗して文書の公開をしなければ著しい不利益を被るおそれがあるので,一定期間経過後に自国が保有している外交記録を公開する必要性は高く,世界的に外交記録が公開されるルールが確立されてきている。その一例として,外交記録の利
用制限について,原則として30年を超えないものとするいわゆる「30年ルール」の考え方が,昭和43年のICA(国際公文書館会議)マドリッド大会において示されるなどしている。
日本においても幕末から既に外交文書の編纂が開始され,明治2年に創立された外務省は翌年には編輯掛を設置して文書の管理を開始し,明治7年に
は記録局を設置して外交文書の網羅的な管理業務を開始している。戦前から重要な外交文書をまとめた資料集として「日本外交文書」が編纂され,現在に至るまで継続的に刊行されており,インターネット上で閲覧可能である。外務省は,
昭和46年4月に幕末から第二次世界大戦までの外務省記録を
保存・公開する施設として外交史料館を開設し,昭和50年には国際的な3
0年ルールを検討の上,昭和51年5月から戦後外交記録を順次公開するよ外交史料館における自主的情報公開」
のとおり,
平成3年10月24日に本件核実験に関する外交記録が自主的に
公開されたものである。
公文書管理法の制定により,外交史料館は,国立公文書館等に位置づけられることになった。
上記のとおり,
外務省が管理する公文書は独自の管理と公開が行われてお
り,自主的にも多数の情報が開示されたということができる。但し,情報公開法に基づき開示請求の対象とされた行政文書を行政機関が保有してないことを理由として行った不開示決定が維持された取消訴訟の裁判例において,日米の沖縄返還協定の交渉における密約に関する文書について,米国立
公文書館において既に公開されており,一旦は,外務省及び財務省(当時大蔵省)が保有していたことが立証されたにもかかわらず,現在は保有していないことを推認させる理由の1つとして,密約の存在や政権交代後の大掛かりな調査で発見されなかった事情等を踏まえた上で,当該文書が通常の管理方法とは異なる方法で,通常の場所とは異なる場所に限られた職員しか知ら
ない方法で保管された可能性が高く,情報公開法制定の際に秘密裏に廃棄又は保管から外した可能性が否定できないと判決で指摘された事例(最高裁判所平成26年7月14日判決・集民247号63頁及びその原審である東京高等裁判所平成23年9月29日判決・判タ1377号79頁参照)が存することに留意すべきである。

2争点4-1(除斥期間の起算点はいつか)について
除斥期間
被告は,①日米合意,②被ばく調査中止,③本件国会答弁については,除斥期間の経過を主張しているところ,これが認められれば,その違法性を判断する必要性に欠けることになるから,まず除斥期間の経過について先に検討する。
まず,
国家賠償請求については,
国賠法4条により民法の規定によるとされ,
民法の一部を改正する法律
(平成29年法律第44号)
による改正前の民法
(以
下,単に「民法」という。
)724条後段は,不法行為の時から20年を経過し
たときは不法行為による損害賠償の請求権が消滅する旨規定しているところ,この規定は,不法行為をめぐる法律関係の速やかな確定を意図して除斥期間を定めたものと解される(最高裁平成元年判決)

そして,①日米合意,②被ばく調査中止,③本件国会答弁については,いず
れも各行為の時から20年を経過しているところ,原告らは,これらは,継続的不法行為の一部であり,個々独立に除斥期間が進行するものではなく,本件資料が開示された平成26年9月19日までは進行しない旨主張する。すなわち,原告らは,被告の違法行為につき,本件資料等の隠匿・不開示,調査・支援等施策不実施の2つに整理しつつ,これらの違法行為は,作為による違法行為と不作為による違法行為が連続する典型的な継続的不法行為であって,上記①ないし③の各事実を含めて一体のものであるとして,この一体の違法行為により,主位的に,本件被ばく者は,適切な治療を受け,平和な生活をする権利を侵害される等の損害を被り,支援者原告は,本件被ばくに対する
究明等に要した時間を浪費させられた損害を被ったと主張し,予備的に,原告らは本件資料の開示による怒りと衝撃を受ける損害を被ったと主張する。原告らが,完全に一体的な行為と主張する根拠は,日米両政府が,米国の核戦略を最優先に位置付け,その核戦略の妨げとなるものを全て排除するとの強固な意思に基づき,本件核実験に関する日米合意を交わし,爾来,被告におい
て,本件核実験による被ばくの事実を国民に知らしめないようにするため,作為・不作為の形式で隠蔽を継続してきたことに求めているものと解される。そこで,
典型的な継続的不法行為であるという主張の当否について以下検討する。
継続的不法行為について


継続的不法行為については,法律上明確な定義規定は存しないものの,消滅時効の起算点を遅らせる実益があるため,消滅時効の起算点の理解の仕方に関連して論じられてきた。すなわち,民法724条前段の短期消滅時効の起算日が「損害」
「を知った時」と規定されており,この要件該当性が問題と
されてきたものである。
継続的不法行為の類型として,一回的な不法行為に基づき損害が継続的又は間歇的に発生する場合(最高裁判所昭和42年7月18日第三小法廷判決・民集21巻6号1559頁参照)と,不法行為そのものが継続的に行われ,損害も継続的に発生する場合(最高裁判所平成6年1月20日第一小法廷判決・判タ854号98頁参照)を区別すべきであるといわれるが,原告らが主張する継続的不法行為とは,不法行為が継続的に行われているという
後者を指すものと解されるから,これを前提に検討する。
不法行為が継続的に行われ,損害も継続的に発生する場合の継続的不法行為としては,不動産の不法占拠の事例が典型例とされている。この事例では日々新たな損害が発生するものとして,それらの新たな損害を知った時から別個の時効が進行するという逐次進行説が取られている(大審院昭和15年
12月14日・民集19巻24号2325頁参照)逐次進行説によれば,。

害及び加害者を知ったときから3年間請求権を行使しない場合には,消滅時効にかかるため,損害及び加害者を知っていたことを前提として,提訴時より3年前以前に生じた損害賠償請求部分については消滅しているものとして扱われ,不法行為責任が認められる期間が限定されることとなる。このよ
うな逐次進行説は,不動産の不法占拠以外にも,新幹線や航空機による騒音に関する不法行為に基づく損害賠償請求や,配偶者と重婚的内縁関係を継続してきた相手方に対する慰謝料請求についても同様に当てはまると解されている
(上記平成6年判決参照)他方,

大気汚染のように損害が累積する事
案においては,損害の発生を分断して捉えることが適切ではないとして,継
続的な不法行為の集積により包括的な損害が生じたものと捉えて,継続的不法行為全体の消滅時効が,損害の全体を知った時から進行すると解されている。
このように,消滅時効の起算点を巡っても,継続的不法行為と呼ぶか否かによって,直ちに,各不法行為と損害が分断されるか一体のものとされるかが決せられるわけではなく,損害の内容を踏まえて判断することが求められるものである。


同条後段の20年の期間の性質は除斥期間であると解される(最高裁平成元年判決)ところ,その起算点は「不法行為の時から」とされており,その文言からして,
不法行為に該当する加害行為がいつであるかを検討する必要
があり,継続的不法行為の除斥期間については,継続的な不法行為が一体のものと見られるかを検討する必要がある
(行為の一体性)また,

継続的不法

行為に関する上記アの消滅時効における議論を参考にすれば,逐次進行説が妥当する継続的不法行為であれば,日々不法行為が成立し,日々完成しているものとして,
除斥期間についても逐次に進行すると捉えるのが論理的であ
り,反対に,損害が累積する事案のように,損害の性質によっては,分断して捉えるべきではなく,包括的に捉えるのが相当と解される場合もあり,こ
のような場合,継続的不法行為を一体的なものと評価するのが適切であるという判断に結びつきやすいと考えられるから,損害が一体的なものであるかについても検討すべきである(損害の一体性)


また,上記のように,不法行為が継続し,かつ同時に損害が継続的に発生している場合とは異なり,損害の発生が不法行為時より遅れる場合がありうる。このような場合について,除斥期間の起算点として「不法行為の時」と規定されているから,
加害行為の時が起算点となると解するのが素直である。
もっとも,
身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害
や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害のように,
当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が発生する場合,損害の発生を待たずに除斥期間の進行を認めると被害者にとって著しく酷であり,加害者としても,自己の行為により生じ得る損害の性質からみて,相当の期間が経過した後に被害者が現れて,損害賠償の請求を受けるものと予期すべきであることから,当該損害の全部又は一部が発生した時が除斥期間の起算点となると解される(最高裁平成16年4月27日第三小法廷判決・民集58巻4号1032頁,最高裁
平成16年10月15日第二小法廷判決・民集58巻7号1802頁,最高裁平成18年6月16日第二小法廷判決・民集60巻5号1997頁参照)。
主位的主張についての検討
上記を踏まえて主位的主張の除斥期間について検討する。

行為の一体性について
原告らは,本件資料の隠匿行為を根拠付ける事実として,要旨,①昭和30年1月4日に日米合意を締結し,本件被ばくの事実は全て隠すという基本方針を決めたこと,②同月1日からの被ばく調査中止,③昭和61年3月7日の衆議院での本件資料は残っていない旨の答弁(本件国会答弁),④平成

16年3月5日の高知県議会での高知県知事による被告はビキニ事件については解決済みの立場であり,取扱い窓口もないとする旨の答弁(高知県知事答弁)⑤その他,

本件資料開示までの厚生労働省の各対応
(平成26年7
月以降同年9月19日に本件資料を開示するまでの間の担当者の交代,同省が本件資料の内容等を開示当日まで明かさなかったこと,同省が開示当日の
太平洋核被災支援センターによる記者会見において,記者に対してのみ同省の見解を書面で交付したこと,同省による本件資料の開示は,外務省の開示文書に含まれていた被災船員の血液,尿などの検査記録が除外されているなど不十分なものであったこと)を主張し,これらが不法行為であると主張するとともに,本件資料を開示しないこと,被ばくの事実を隠すため調査・支
援等を実施しないことも含めて継続的不法行為であり,一体のものであると主張している。
上記5つの事実は,作為による不法行為をいうものであると解されるが,被告の行為以外を含む(④高知県知事答弁)など,主体が単独ではない上,被告の行為とされるものについても,外務省や厚生労働省など被告内部における異なる組織体による行為を含んでいる。
しかも,
これらの行為の間には,
数十年という時期的な隔たりが存するものもあり,組織体内の構成員である自然人の大半が入れ替わるほどの期間が経過しており,特定の自然人の意思が継続していたというものでもない。各行為の態様も,外交合意,被ばく調査の中止,議会等における答弁や対応など,全く異なるものである。したがって,これら5つの作為について,継続的な行為であったと見ることはでき
ない。
また,
これらの5つの作為による行為の間に不作為による不法行為が継続しているものとして,本件資料を開示しない不作為,被ばくの事実を隠すため調査・支援等を実施しない不作為による不法行為があると主張しているが,原告らが一体の継続的不法行為として主張する期間が60年の長期に及ぶ
の整備が進み,
法令に基づく作為義務の有無や内容が変化していることに鑑
みれば,事実状態としては,情報が外部に出ていない状態が単純に継続しているように見えても,
その間の法令の制定などによって大きく法的意味合い
は異なってきているから,継続した一体のものと容易に捉えることはできないというべきである。
なお,原告らは,被告が米国との間で日米合意を成立させ,本件被ばくの事実を全て隠すという基本方針を決め,これが一貫して継続してきたとして,上記の作為と不作為が一体のものであると主張している。
確かに,上記1で認定した諸事実からは,東西冷戦構造の中で熾烈な核開
発競争が行われていた時代背景があり,米国の核開発にとって妨げとなる不都合を排除し,
日本国内での反核運動の激化,
反米感情の高まりを抑え込み,
共産主義化の拡大を防ぎ,さらには,被ばくによる賠償責任の限定をも図ろうとする政治的な思惑があり,日米が早期の政治決着に踏み切り,本件核実験による被害に関する社会一般の認識を限定,狭小化し,鎮静化させようとした意図があったことが推認できる。
しかしながら,原告らが主張する情報の隠匿に関していえば,本件核実験による被ばくの事実や漁船の被害については既に当時から大きく報道されており,これ自体を隠すことは不可能であったし,日米合意についても,意思決定の過程が全て外部に公表されていたわけではないが,日米合意自体が密約としてなされたものでもない。原告らが特に問題視する漁船員らの身体
検査の資料などに関しても,漁船員らが身体検査を受けたこと自体は当時から知られていた事実であるし,開示された資料の内容自体は,外交関係を揺るがすような極めて衝撃的なものであったともいい難い。かえって,日米合意の裏にあった思惑を推認させる資料に関しては,平成3年の時点で外務省が自主的に開示しているところである。その当否は別にして,平成11年に
成立した情報公開法など公文書の管理に関係する法令が整備される以前については,各省庁が独自に公文書の管理をしていたもので,遺憾ながら,今日に至るまで,不適切な公文書の管理の在り方が判明し,社会問題となった例が1つや2つに留まらないことは公知の事実であって,本件資料に関して杜撰な管理がなされていた可能性も否定できず,意図的に隠匿されたとは断
言できない。
公文書の管理に関する法的義務が明確にされていない時代にお
いて,情報を徹底的に隠匿しようとすれば,端的に廃棄処分することもあり得たが,本件資料は開示に至るまで残されていた。結局,本件において,被告が国全体として,本件核実験に関する情報管理の指針や方法を決定し,これを後世に徹底して引き継ぐなどして,一貫した意思に基づいて,本件被ば
くの事実を隠匿してきたという証拠が提出されているわけでもない。こうした事情を考慮すれば,日米合意の当時に互いの政治的思惑があり,本件被ばくによる世論の沸騰を鎮静化しようと目論んだことが窺われるとしても,
そのために情報の隠匿方針が決定され現在に至るまでその意思が貫徹してきたとまで認めるのは困難である。
以上によれば,上記5つの事実及び本件資料を開示しない,被ばくの事実を隠すため調査・支援等を実施しないという不作為について,一体の行為と
認めることはできない。

損害の一体性
次に,損害の一体性に関して検討すると,原告らが主位的に主張する損害は,本件資料等の隠匿・不開示の違法行為,調査・支援等施策不実施の違法行為により,本件被ばく者は,必要な治療を受け,健康を守る権利,生命を
維持する権利,安全,平和な生活をする権利が侵害されたことに対する慰謝料,支援者原告は,本件被ばくの実態究明及び被ばく者の救済に取り組んだ結果,
自身の人生の貴重な時間を大きく費やすことになったことになったことに対する慰謝料であるところ,慰謝料は,身体に蓄積する健康被害のように必ずしも一体のものと評価されるべきものではなく,むしろ,各時点によ
って,原告らが受けることができた治療内容等も異なると考えられ,上記の損害は,逐次発生すべき性質の損害と評価すべきである。

以上からすれば,原告らの主位的主張は,その行為及び損害の両面から検討しても,そもそも継続的不法行為であったとはいい難いし,仮に,継続的不法行為と呼ぶとしても,一体のものとは評価できず,除斥期間は逐次進行
するものというべきである。


予備的主張について
原告らは,予備的に,本件資料が開示され,被告による違法行為及び原告らの損害賠償債権行使に対する妨害の事実を知り,怒りと衝撃を受けたことによ
る精神的損害を被ったと主張しており,これは,不法行為に遅れて損害が発生したと法律構成するものと理解できるが,本件資料が開示されれば直ちに損害が発生すべきものであるといわざるを得ないから,身体に蓄積する物質が原因で人の健康が害されることによる損害や,一定の潜伏期間が経過した後に症状が現れる疾病による損害と同列に論じることはできず,当該不法行為により発生する損害の性質上,
加害行為が終了してから相当期間が経過した後に損害が
発生する場合には当たらないというべきである。

民法724条後段が定める除斥期間は,同条前段が定める時効制度とは異なり,
被害者の認識の如何を問わず一定の時の経過によって法律関係を確定させるため請求権の存続期間を画一的に定めたものと解されるから,被害者が除斥期間経過まで不法行為を知らなかった場合があることは制度上当然に予定されているというべきであり,除斥期間経過後に被害者が何らかの不法行為があ
ったことを知ったことをもって損害が発生したと構成することで除斥期間の適用を否定することができるとすれば,法律構成次第で除斥期間の適用の余地がほとんどなくなってしまいかねず,時効とは別に除斥期間を設け,一定の時の経過により法律関係を確定させようとした制度趣旨が没却されるおそれがあるから,
原告らの予備的主張にいう損害発生時を除斥期間の起算日とするこ
とはできない。


小括
以上によれば,原告らが主張する不法行為は,継続的不法行為として一体のものとして捉えることはできないし,本件資料が開示された時点を除斥期間の
起算点とすることもできないから,上記①ないし③の事実及び本件資料等の隠匿・不開示の違法行為,調査・支援等施策不実施の不作為のうち本件訴訟が提起された平成28年5月9日よりも20年以上前の行為及びこれらに基づく損害に関しては,除斥期間が経過しているというほかない。
3争点4-2(被告が除斥期間を主張することは,信義則違反又は権利の濫用に
当たるか)について
原告らは,除斥期間の主張は,信義則違反又は権利の濫用に当たり許されない旨主張する。
しかしながら,民法724条後段は,停止,中断を認めない絶対的な権利の存続期間である除斥期間を定めたものであり,除斥期間の経過があれば,裁判所は,当事者の主張,援用を待たず,当然にそれに基づいて裁判しなければならないものであり,
信義則違反や権利濫用の当否を論ずる余地のないものであ
るから,原告らの主張は,失当である(最高裁平成元年判決)

したがって,原告らの信義則違反及び権利濫用の主張は,採用することができず,日米合意,被ばく調査中止,本件国会答弁については,仮にこれに基づく損害賠償請求権が発生したとしても,除斥期間の経過により既に消滅してい
る。
4争点1-1(被告が本件資料等を隠匿したか)について
原告らは,
被告の本件資料等の隠匿行為として5つの事実を主張しているが,既に説示したとおり,①日米合意,②被ばく調査中止,③本件国会答弁については,除斥期間が経過している。

そのため,検討すべきは,④高知県知事答弁,⑤その他,本件資料開示までの厚生労働省の各対応ということになる。
④高知県知事答弁については,
そもそも被告の行為ではないから被告が責任
を負うべき理由にならないし,当時,被告に取扱い窓口がないことを違法行為であるという趣旨であるとしても,そのこと自体が,何故違法行為となるのか
明らかではない。なお,窓口を設けるべき義務があったという主張と理解すれば,不作為の違法をいうものと解されるから,結局,本件資料等の不開示,調査・支援等施策不実施のいずれかの不作為の問題に解消されるというべきであり,
この点は不作為の違法行為の問題として後記で検討すべき事項として整理すべきである。

そして,⑤の本件資料開示に係る厚生労働省の対応についても,これが本件資料を隠す行為といえるか自体が疑問である上,担当者の異動,情報公開前の頁数等の開示をしなかったこと,記者会見における対応は,それぞれ原告らに対する違法行為となり得るものでなく,本件資料から外務省が開示した資料が抜けていた点についても,前記1

のとおり,国会議員による指摘を受けて平

成26年10月29日には追加資料として開示をしているのであるから,原告らに対してこれを隠そうとしたとまでは認められない。
したがって,原告らが主張する本件資料を隠す作為については,違法となるとは認められない。
5争点1-2
(被告の本件資料等を開示する法的作為義務の有無)
及び争点2
(調
査・支援等施策実施の法的作為義務の有無)について

原告らは,被告が本件資料を開示すべき作為義務及び調査・支援等施策を実施すべき作為義務(以下「資料開示・施策実施義務」という。
)に違反した不作
為を主張する。
この点,公務員の不作為が国賠法上違法であるというためには,個別の国民に対する法的作為義務が認められる必要がある。

そこで,被告において,資料開示・施策実施義務が認められるかについて以下検討する。
国家公務員の法的作為義務
原告らは,国家公務員は,国民全体の奉仕者であること(憲法15条2項,国家公務員法96条1項)
,職務の執行の公正さに対する国民の疑惑や不信を

招くような行為の防止を図り,公務に対する国民の信頼を確保する職責があり,不当な差別的取扱いをしてはならず,常に公正な職務の執行に当たらなければならない職責があること(国家公務員倫理法1条,3条1項)を根拠に資料開示・施策実施義務がある旨主張する。
しかし,憲法15条2項及びこれを受けた国家公務員法96条1項は,公務
員が国民全体の奉仕者であって,一部の団体等のために奉仕する者であってはならないことを意味するにとどまり,これをもって,被告に資料開示・施策実施義務があると直ちに導くことはできない。また,国家公務員倫理法は,公務に対する国民の信頼確保を目的として(国家公務員倫理法1条)
,不当な差別
的取扱いの禁止等を定めているが
(同法3条)これらの規定から資料開示・施

策実施義務が導かれることにはならない。
したがって,原告らが主張する憲法及び各法律の規定からは,国家公務員において,資料開示・施策実施義務を負うと認めることはできない。内閣総理大臣の法的作為義務
原告らは,内閣総理大臣が資料開示・施策実施義務を負う根拠として,行政権は内閣に属し
(憲法65条)内閣総理大臣は,

内閣を代表して行政各部の指

揮監督等をする(憲法72条)ところ,①内閣は,国民主権にのっとり職権を行うべきこと
(内閣法1条)②内閣は,

災害からの国民の保護という任務を有

(内閣府設置法3条2項)災害被災者の応急救助,

被災者生活再建支援金の
支給をする職責があること(同法4条3項8号の2,同項11号),③内閣に
は,原子力災害に対する対策の強化を図り,原子力災害から国民の生命,身体
及び財産を保護する職責や原子力災害にあたり,国民の健康診断及び心身の健康に関する相談,医療に関する措置をとる職責がある(同項14号の2,原子力災害対策特別措置法1条,4条,27条2号)旨を主張する。
しかし,上記①については,内閣法1条は,内閣の職権について定めた規定であり,
これを根拠に内閣の国民に対する法的作為義務を直ちに認めることは
できず,上記②について,内閣府設置法は,内閣府の設置並びに任務及びこれを達成するために必要となる明確な範囲の所掌事務を定めるとともに,その所掌する行政事務を能率的に遂行するため必要な組織に関する事項を定めることを目的とする法律であり
(内閣府設置法1条)同法3条2項によれば,

内閣
府は災害からの国民の保護という任務を有し,被災者の応急救助の事務をつか
さどっている(同法4条3項8号の2)ものの,具体的にいかなる方法でこれらの任務又は事務を遂行するかは,内閣府の合理的な裁量に委ねられるべきものであって,
これらの組織規範から直ちに個別の国民に対する具体的な法的作
為義務を導くことはできないというべきである。また,原告らは,被災者生活再建支援金の支給をする職責(内閣府設置法4条3項11号)についても指摘をするが,同支援金は,自然災害より被害を受けた世帯に対して支給されるものであって
(被災者生活再建支援法3条1項,
同法2条)人為的行為による被

害である本件被ばくとは場面を異にするから,これを根拠に資料開示・施策実施義務を導くことはできない。上記③については,そもそも原子力災害対策特別措置法にいう「原子力災害」とは,原子力事業者の原子炉の運転等により放射性物質又は放射線が異常な水準で当該原子力事業者の原子力事業所外へ放
出された場合(原子力緊急事態)の被害について定めた法律であって(原子力災害対策特別措置法1条,
2条1号,
同条2号)米国による核実験である本件

被ばくについては適用がなく,これを根拠に資料開示・施策実施義務を導くことはできない。
したがって,原告らが主張する憲法及び各法律の規定からは,内閣総理大臣
において,資料開示・施策実施義務を負うと認めることはできない。外務大臣の法的作為義務
原告らは,
外務大臣が国際社会における日本国民の利益の増進を図る任務を
有する(外務省設置法3条1項)ことから,外務大臣において資料開示・施策実施義務があると主張する。

しかしながら,外務省設置法は,内閣府設置法と同様に,外務省の任務等及びその所掌事務を定めるとともに,必要な組織に関する事項を定めることを目的とする法律であり
(外務省設置法1条)同法3条1項は,

国際社会における
日本国及び日本国民の利益の増進を図るという外務省の一般的な任務を定めた組織規範にすぎないから,これをもって,外務大臣において資料開示・施策
実施義務を負うと直ちに導くことはできない。
したがって,原告らが主張する法律の規定からは,外務大臣において,資料開示・施策実施義務を負うと認めることはできない。


農林水産大臣の法的作為義務
原告らは,農林水産大臣が農林漁業者の福祉の増進を図り,漁船損害,漁船乗組員給与保険及び漁船災害補償に関する職責を有する(農林水産省設置法3条1項,4条1項34号)ことから,農林水産大臣において資料開示・施策実
施義務があると主張する。
しかし,農林水産省設置法は,内閣府設置法等と同様,農林水産省の任務等及びその所掌事務を定めるとともに,必要な組織に関する事項を定めることを目的とする法律であり
(農林水産省設置法1条)同法3条1項は,

農林漁業者
の福祉の増進という一般的な任務を定めたにすぎないこと,同法4条1項34
号は,同省が,漁船損害等補償及び漁船災害補償移管する事務をつかさどることを定めた組織規範にすぎず,これらの規定から,資料開示・施策実施義務を導き出すことはできない。
したがって,原告らが主張する法律の規定からは,農林水産大臣において,資料開示・施策実施義務を負うと認めることはできない。



厚生労働大臣の法的作為義務

原告らが主張する各規定の検討
原告らは,厚生労働大臣が国民の健康の増進を図り,原子爆弾被爆者に対する援護の職責を有し
(厚生労働省設置法4条1項17号,
同項22号)社


会福祉事業の公明かつ適切な実施及び発達を図り,福祉サービスは個人の尊厳を旨とし,
その利用者が心身ともに健やかに育成されるように支援する職
責を持つこと(社会福祉法1条,3条)から,厚生労働大臣において原告らに対して資料開示・施策実施義務を負う旨主張する。
しかし,厚生労働省設置法は,内閣府設置法や外務省設置法と同様に,厚
生労働省の任務等及びその所掌事務を定めるとともに,必要な組織に関する事項を定めることを目的とする法律であり(厚生労働省設置法1条),同法
4条1項17号は,
国民の健康の増進に関する任務という一般的抽象的な任
務を同省の所掌とすることを定めたにすぎず,直ちに資料開示・施策実施義務を導くことはできない。また,同項22号は,原子爆弾被爆者に対する援護を同省の任務とすることを定めたにとどまり,原子爆弾被爆者に対する具体的な援護の内容は,原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(被爆者援
護法。同法律制定前は,原子爆弾被爆者の医療等に関する法律,原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律)に定められている(同法については項を改めて検討する。から,

厚生労働省設置法4条1項22号は,
それ自体か
ら資料開示・施策実施義務を導くことはできない。
また,社会福祉法1条は,同法の目的を規定するものにすぎず,同法3条
も福祉サービス理念について規定するものすぎないのであって,これらの規定から資料開示・施策実施義務を導くことはできない。

被爆者援護法の検討
被ばく者をめぐっては,

昭和32年4月1日,原爆医

療法が施行された。
同法1条は,
同法の目的について,
「広島市及び長崎市に
投下された原子爆弾の被爆者が置かれている健康上の特別の状態にかんがみ,国が被爆者に対し健康診断及び医療を行うことにより,その健康の保持及び向上をはかること」と定めていた。また,昭和43年9月1日,原子爆弾被爆者に対する特別措置に関する法律
(以下
「原爆特別措置法」
という。


が制定された。
同法1条は,
同法の目的について,
「広島市及び長崎市に投下
された原子爆弾の被爆者であって,原子爆弾の傷害作用の影響を受け,今なお特別の状態にあるものに対し,医療特別手当の支給等の措置を講ずることによりその福祉を図ること」と定めていた。原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律(以下「被爆者援護法」という。
)は,原爆医療法及び原爆特別措

置法を統合するものとして,平成7年7月1日から施行され,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾の放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特殊の被害であることに鑑み,戦争遂行主体であった国が,自らの責任において,
医療の給付を中心として被爆者の救済を図るという面を有す
る法律である(被爆者援護法前文,最高裁平成28年(行ヒ)第404号の1平成29年12月18日第一小法廷判決参照)
。このような被爆者援護法
の目的及び立法経過に鑑みれば,同法は,広島市及び長崎市に投下された原
子爆弾により被ばくした者の援護について規定したものであることは明らかである。そうすると,同法1条は,
「被爆者」について,広島市及び長崎市
の一定の区域内に立ち入ったもの(同法1条1号,2号)のほか,「原子爆弾
が投下された際又はその後において,身体に原子爆弾の放射能の影響を受けるような事情にあった者」
も含めている
(同条3号)
ところ,
ここにいう
「原

子爆弾」とは,広島市及び長崎市に投下された原子爆弾を指すことは明らかであり,
本件核実験で使用された水爆はこれに当たらないというべきであるから,本件被ばく者には同法は適用されず,また,同法によっても,同法に定める医療給付等を超えて本件資料の開示や施策を実施すべき義務を導き出すことはできない。


本件被ばく者につき被爆者援護法と同等の扱いをすべき義務の存否本件被ばく者に被爆者援護法を直接適用できないことは前記イのとおりであるが,原告らは,調査・支援等施策の法的作為義務について,本件被ばく者は,広島市及び長崎市への原子爆弾の投下と同じく,米国による核兵器
使用によって放射能被害を受けており,その健康管理その他の援護の必要性があるからこれと同等に扱うべき旨主張する。
確かに,本件被ばく者については,米国による核兵器使用によって被害を受けたという共通性があり,本件核実験に使用された水爆の方が,上記原子爆弾よりも遥かに強力で広範囲に放射性降下物を撒き散らしたことが判明
しているのであるから,これによる健康被害を等閑視することなく,その救済が同様に図られるべきという主張は理解できないものではない。本件核実験による被ばく者が原爆医療法等の対象とされなかった事情の中には,
広島市及び長崎市の当時の被ばく者が補償を受けられていなかった状況下において,
本件核実験による被害に関しては日米合意により何らかの
補償がなされうるという期待があったこととの均衡や,船員保険法等の労働災害補償法制によって救済が図られるべきといった点が考慮されたこともあるものと推察される。しかし,事後的に見れば漁船員に対する補償が限定されたものとなったことは既に認定した事実から明かである。また,船員保険法による救済についても,本件被ばく直後の時期に血液検査等の健康調査が十分に行われなかったこと,被ばくした場所が海上であり,その痕跡が残
りにくかったこと,
本件核実験による放射性降下物の飛散状況などに関する
情報は米国が保有し,自主的開示まで相当年月を要したこと,晩発性障害はその性質上原因を特定することが容易ではないことなどを考慮すると,個々の漁船員が,本件核実験によって放射線に被ばくしたことに加え,申請時点における健康状態の悪化が被ばくによる結果であることを立証するのは,困
難を伴うものであることが否定できない。
そうすると,
長年にわたって省みられることが少なかった漁船員の救済の
必要性については改めて検討されるべきとも考えられる。
そこで,
被爆者援護法による救済の可能性に着目した主張がなされたもの
と理解できるが,前記イで検討したとおり,同法は特殊の戦争被害について
戦争遂行主体であった国が自らの責任によりその救済を図るという一面を有するものであり,
米国による戦後の核実験によって被害が生じたという本
件とは,背景となった立法事実が異なるといわざるを得ない。被爆者援護法のもとになった原爆医療法は,本件核実験を契機とする国内世論の高まりを背景に制定されたという事情がありながら,立法過程による様々な検討を経
て,
意識的に広島市及び長崎市の被ばく者に対する対策に限定して立法され,本件核実験の被ばく者を含めなかったものであり,同法を承継している被爆者援護法について拡張ないし類推解釈をして,本件核実験による被ばく者を対象に含めることは法解釈論の限度を超えるものであって,本件被ばく者について,個別の立法がないにもかかわらず,被爆者援護法と同等の扱いをすべき義務があるということはできない。
したがって,
被爆者援護法と同等の扱いをすべきという主張は立法論をい

うものといわざるをえず(なお,原告らは立法の不作為の違法を主張していない。
本件第4回口頭弁論)上記に指摘した救済の必要性があるとしても,,
同法から作為義務に違反した不作為の違法を導き出し,国賠法に基づく損害賠償請求によって司法的救済を図ることは困難であり,立法府及び行政府による一層の検討に期待するほかない。


小括
したがって,原告らが主張する法律の規定及び被爆者援護法からは,厚生労働大臣において,
資料開示・施策実施義務を負うと認めることはできない。
小括

以上によれば,原告らが主張する憲法及び法律上の規定からは,内閣総理大臣その他閣僚において,
資料開示・施策実施義務を負うとは認められないから,
被告において,本件資料の開示義務違反の違法及び調査・支援等施策不実施の違法は認められない。
第4結論

以上によれば,原告らのうち,原告Aについては本件被ばくの事実が認められず,その余の原告らについては,被告において,本件資料を開示し,又は調査・支援等施策を実施すべき法的作為義務が認められず,
その他被告の違法行為は認
められないため国賠法上の違法は認められないから,その余の争点について判断するまでもなく,原告らの請求には理由がない。

よって,原告らの請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。高知地方裁判所民事部
裁判長裁判官

西村
裁判官

德光
裁判官

髙田
(別紙1~4につき省略)

修絢子卓
トップに戻る

saiban.in