判例検索β > 平成27年(ネ)第19号
事件番号平成27(ネ)19
裁判年月日平成30年7月30日
法廷名福岡高等裁判所
原審裁判所名佐賀地方裁判所
原審事件番号平成26(ワ)7
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主文1
原判決中被控訴人らに関する部分を取り消す。

2
別紙2被控訴人目録記載1の被控訴人らから控訴人に対する,佐賀地方裁判第
等請求事件,同第199号,同第454号,同第499号諫早湾西工区前面堤
第458号工
事差止等請求事件の判決に基づく強制執行は,これを許さない。
3
別紙2被控訴人目録記載2の被控訴人らから控訴人に対する,福岡高等裁判第683号工事差止等,諫早湾西工区前面堤防工事差止等請求
控訴事件の判決に基づく強制執行は,これを許さない。

4
訴訟費用中当審において生じた部分及び原審において控訴人と被控訴人らとの間に生じた部分は,全て被控訴人らの負担とする。

5
別紙2被控訴人目録記載1の被控訴人らから控訴人に対する,佐賀地方裁判第
等請求事件,同第199号,同第454号,同第499号諫早湾西工区前面堤
第458号工
事差止等請求事件の判決に基づく強制執行は,これを停止する。
6
別紙2被控訴人目録記載2の被控訴人らから控訴人に対する,福岡高等裁判第683号工事差止等,諫早湾西工区前面堤防工事差止等請求
控訴事件の判決に基づく強制執行は,これを停止する。

7
この判決は,第5項及び第6項に限り仮に執行することができる。事実及び理由

第1

控訴の趣旨
主文第1項ないし第4項と同旨

第2

事案の概要

1
本件は,国営諫早湾土地改良事業としての土地干拓事業(以下「本件事業」という。)を行う控訴人が,後記佐賀地方裁判所の判決及び後記福岡高等裁判所の判決によって,諫早湾干拓地潮受堤防(以下「本件潮受堤防」という。)の北部排水門及び南部排水門(以下「本件各排水門」という。)の開放を求める請求権(以下「本件開門請求権」という。)が認容された者らを被告として,上記各判決による強制執行の不許を求めた事案である。
原審は,控訴人の請求のうち,一部の一審被告らに対する訴えを却下し,一部の一審被告らに対する請求を認容したが,その余の一審被告である被控訴人らに対する請求についてはこれを棄却したため,同棄却部分を不服として控訴人が控訴した。原判決のうち上記訴え却下に係る一審被告らに関する部分及び上記請求認容に係る一審被告らに関する部分については,いずれも不服が申し立てられなかったため,上記各一審被告らは被控訴人となっていない。
2
前提事実(認定根拠を掲記しない事実は争いがない。)


別紙2被控訴人目録記載1及び同2の被控訴人らのうち「所属漁協」欄が「大浦支所」である25名は,佐賀県有明海漁業協同組合大浦支所(以下「大浦支所」という。)に所属する(以下,上記25名を「大浦支所の被控訴人ら25名」ということがある。)。(甲95)
別紙2被控訴人目録記載1のうち「所属漁協」欄が「島原漁協」である10名は,島原漁業協同組合(以下「島原漁協」という。)に所属する(以下,上記10名を「島原漁協の被控訴人ら10名」ということがある。)。(甲96)
別紙2被控訴人目録記載1のうち「所属漁協」欄が「有明漁協」である16名は,有明漁業協同組合(以下「有明漁協」といい,大浦支所,島原漁協と併せて「本件各組合」という。)に所属する(以下,上記16名を「有明漁協の被控訴人ら16名」ということがある。)。(甲97)



本件確定判決
別紙2被控訴人目録記載1及び同2の被控訴人らは,漁業権又は漁業を営む権利(漁業行使権)による妨害予防請求権及び妨害排除請求権等に基づき,主位的に本件潮受堤防の撤去,予備的に本件各排水門の常時開放などを求める訴えを佐賀地方裁判所(以下「佐賀地裁」という。)に提起した(以下「前訴」という。)。
佐賀地裁は,平成20年6月27日,別紙2被控訴人目録記載1の被控訴人らの漁業行使権による妨害排除請求権に基づく予備的請求を一部認容し,控訴人は,別紙2被控訴人目録記載1の被控訴人らに対する関係で,判決確定の日から3年を経過する日までに,防災上やむを得ない場合を除き,本件各排水門を開放し,以後5年間にわたって本件各排水門の開放を継続せよとの判決をした(同裁判所

第515号,平成15
同第199号,同第454号,同第4

99号諫早湾

第447号,同第458号工事差止等請求事件)。
これに対し,控訴人及び上記事件において請求を棄却された者らが控訴したところ,福岡高等裁判所(以下「福岡高裁」という。)は,平成22年8月9日に口頭弁論を終結し,同年12月6日,控訴人の控訴を棄却するとともに,控訴人と別紙2被控訴人目録記載2の被控訴人らとの関係でも,上記佐賀地裁と同様の判決を言い渡した(福岡高裁
差止等,諫早湾西工区前面堤防工事差止等請求控訴事件)。上記高裁判決は,平成22年12月20日の経過をもって確定した(以下,既判力の基準時である口頭弁論終結日にかかるときは上記高裁判決をもって「本件確定判決」というが,執行力排除の対象として「本件確定判決」を使うときは,上記佐賀地裁判決と福岡高裁判決の両方を含むものである。)。



環境アセスメントの実施
控訴人は,本件各排水門の開門調査のための環境アセスメント(以下「本件環境アセスメント」という。)の手続を行い,平成24年11月,諫早湾干拓事業の潮受堤防の排水門の開門調査に係る環境影響評価書が確定した。(甲11)



別件仮処分決定等
諫早湾付近の干拓地を所有又は賃借して農業を営む者ら,諫早湾内に漁業権を有する漁業協同組合の組合員として漁業を営む者ら及び諫早湾付近に居住する者ら(以下,併せて「本件営農者等」という。)は,本件確定判決の確定後,長崎地方裁判所(以下「長崎地裁」という。)に対し,控訴人を債務者として,本件各排水門を開放してはならないことなどを求める仮処分命令を申し立てた。(甲3)
長崎地裁は,平成25年11月12日,控訴人に対し,本件営農者等の一部の者らに対する関係で,本件各排水門を開放してはならない旨を命じる決定をした(
号。以下「別件仮処分決定」という。)。(甲3)
これに対し,諫早湾内又はその近傍部における漁業者らである債務者補助参加人らが,保全異議を申し立てたところ,長崎地裁は,平成27年11月10日,別件仮処分決定の一部(諫早湾内で漁業を営む者らの申立てを認容した部分の一部など)を取り消し,その余を認可する旨の一部認可決定をした(

。別件仮処分決定と併せて「別件仮

処分決定等」ということがある。)。(甲183)


間接強制決定等

佐賀地裁は,平成26年4月11日,控訴人に対し,本件確定判決に基づき,別紙2被控訴人目録の「間接強制」欄が「債権者」である被控訴人ら45名並びに一審被告A,同B,同C及び同Dに対する関係で,決定の
送達を受けた日の翌日から2か月以内に,防災上やむを得ない場合を除き,本件各排水門の5年間にわたる開放の継続を命じるとともに,上記2か月の期間内に控訴人がその義務を履行しない場合は,上記期間経過後の翌日から履行済みまで債権者一人当たり1日につき1万円の割合による金員を支払うことを命じる旨の間接強制決定(以下「本件間接強制決定」という。)をした(同裁判所平成25年

第20号)。(甲397,乙65)

控訴人は,本件間接強制決定を不服として抗告したが,福岡高裁は,同年
)。(甲

398,乙66)
控訴人は許可抗告を申し立て,福岡高裁はこれを許可した。(甲121)最高裁判所は,平成27年1月22日,控訴人の抗告を棄却した(同裁)。(甲121,乙70)
被控訴人らは,平成26年,佐賀地裁に対し,本件間接強制決定における間接強制金の増額を申し立て,佐賀地裁は,平成27年3月24日,間接強制金の金額につき,決定の送達を受けた日の翌日から債権者一人当たり1日につき1万円から2万円に増額する旨の決定をした(同裁判所平成26年

)。(甲399,乙71)

控訴人は,上記決定を不服として抗告したが,福岡高裁は,平成27年。(甲
400,乙85)
控訴人は許可抗告を申し立て,福岡高裁はこれを許可した。(甲401)最高裁判所は,同年12月21日,控訴人の抗告を棄却した(同裁判所)。(甲401)
控訴人が被控訴人ら側に支払った間接強制金は,当審口頭弁論終結日の直近である平成30年2月9日の時点で合計10億6830万円に上る。(甲402,458)


長崎地裁は,平成26年6月4日,控訴人に対し,別件仮処分決定に基づき,別件仮処分決定の債権者らに対する関係で,本件各排水門を開放してはならないとの不作為を命じるとともに,控訴人がその義務に違反して開門をしたときは,各債権者らに対し,違反行為をした日1日につき合計49万円の割合による金員を支払うことを命じる旨の間接強制決定をした
控訴人は,上記間接強制決定を不服として抗告したが,福岡高裁は,同年7月18
訴人は許可抗告を申し立て,福岡高裁はこれを許可した。(甲122)最高裁判所は,平成27年1月22日,控訴人の抗告を棄却した(同裁)。(甲122)


長崎1次開門訴訟
長崎県の小長井町漁業協同組合(以下「小長井町漁協」という。)に所属する漁業者ら及び別紙2被控訴人目録記載1及び同2の被控訴人らのうち「長崎1次開門訴訟の原告」欄が「原告」である被控訴人ら16名を含む大浦支所に所属する漁業者らは,平成20年,長崎地裁に対し,本件各排水門の開門及び損害賠償を請求した(一部の者は損害賠償のみ請求した。)。(甲202)
長崎地裁は,要旨,上記漁業者らの請求のうち,①口頭弁論終結の日の翌日から本件各排水門の開門操作がされるまでの損害賠償を請求する部分の訴えを却下し,②損害賠償請求を一部認容し,その余の請求を棄却する旨の判決をした(同裁判所平成20年

第258号。以下,この訴訟を「長崎1次

開門訴訟」という。)。(甲202)
福岡高裁は,平成27年9月7日,長崎1次開門訴訟につき,要旨,上記漁業者らの請求を一部認容した長崎地裁判決を取り消し,同人らの請求を全て棄却する旨の判決をした(同裁判所平成23年

第771号。甲202)。

長崎1次開門訴訟は,現在,最高裁判所に係属している。


開門差止訴訟
諫早湾付近の干拓地を所有又は賃借し農業を営む者ら,諫早湾内に漁業権を有する漁業協同組合の組合員として漁業を営む者ら及び諫早湾付近の居住者らは,平成23年4月19日,長崎地裁に対し,本件各排水門の開放により被害を受けるおそれがあるなどと主張して,控訴人を被告として,本件各排水門を開放することの差止めを求める訴訟を提起した。同訴訟は,別件仮処分決定等に対する本案訴訟に当たる。
長崎地裁は,平成29年4月17日,要旨,上記原告らの請求のうち,一部の原告について,本件各排水門の開放することの差止請求について一部認容する旨の判決をした(同

号,同第151号。以下「開門差止訴訟」という。)。
これに対し,諌早湾内又はその近傍部における漁業者である者らが控訴人の補助参加人として控訴を申し立てたが,控訴人は控訴を取り下げた。そこで,上記漁業者らは,開門差止訴訟に独立当事者参加の申立てをするとともに,控訴を申し立てたが,福岡高裁は,平成30年3月19日,上記独立当事者参加申立て及び控訴をいずれも却下する旨の判決をした(同裁判上記漁業者らは,これを不服
として上告提起及び上告受理申立てをした。
(本項につき,職務上顕著)
3
争点
本件の争点は,控訴人が主張する以下の異議事由のいずれかが認められるかである。


本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事実関係の変動



別件仮処分決定等がされたこと



権利濫用又は信義則違反



被控訴人らの本件開門請求権の前提となる漁業行使権及び共同漁業権の消滅(当審で追加された主張)


4
漁業協同組合の組合員たる地位の消滅(当審で追加された主張)
争点に関する当事者の主張



本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事実関係の変動

【控訴人の主張】

本件確定判決は,本件各排水門の常時開放請求に対し,本件潮受堤防の公共性ないし公益上の必要性として防災機能等があることを認めた上で,即時の開放を命じることなく,本件各排水門の開放のための対策工事に必要な期間として3年間の期間を設けている。そうすると,本件確定判決は,本件潮受堤防の防災機能等を代替する対策工事を実施した場合に初めて,本件開門請求権の行使を認めるべき違法性が認められ,同請求権を行使できると判断した将来給付の判決である。
本件では,上記対策工事は,控訴人の意思にかかわらず実施できず事実上不可能となったのであるから,本件確定判決の違法性の判断はその基礎を欠くことになり,本件確定判決により強制執行することはできない。

本件確定判決の主文にいう「防災上やむを得ない場合」とは,本件確定判決がその理由において「防災上やむを得ない場合」を本件開門請求権の行使を認めるべき違法性との関係において説明していることなどからすれば,本件潮受堤防が担っていた防災効果と同程度の防災効果を発揮できる条件ないし環境が整わない場合を含み,その場合には本件開門請求権の行使を認めるべき違法性は失われるとしたものと解すべきである。
そして,前記の事実関係に照らせば,本件潮受堤防の防災機能等を代替する対策工事が全く実施されていない状態は,「防災上やむを得ない場合」に該当し,本件開門請求権の行使を認めるべき違法性は失われる。

本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事実関係の変動,具体的には,①本件確定判決の口頭弁論終結後に諫早湾近傍部の漁獲量が増加傾向に転じたことから被控訴人らの漁業被害の発生が認められなくなったこと,②本件確定判決の口頭弁論終結後に本件確定判決が客観的違法性の衡量判断において前提としていた対策工事の実施が不可能になったこと,③本件確定判決の口頭弁論終結後に新たに生じた事実関係を総合的に衡量すると本件潮受堤防の閉切りの客観的違法性の衡量判断が逆転することは,いずれも本件確定判決に対する異議事由を構成する。さらに,被控訴人らが間接強制金の受領によって漁業被害を完全に補填されたにとどまらず,過剰な支払を受け続けている状態にあることは,これらの異議事由を補完する事情となる。
本件確定判決は,将来給付判決であり,本件確定判決が認定した将来にわたり発生し続ける本件開門請求権について,同請求権の成否及び内容を基礎付ける事実関係が本件確定判決の確定後から5年間にわたり変動せずに維持されているとの将来予測を前提とするものである。
現在給付判決と異なり,将来給付判決においては,将来発生する請求権が発生するか否かを判断すべき将来の時点々々の基礎となるべき事実が当該請求権の発生となるべき事実であって,口頭弁論終結時において当該事実の発生がどのように予測されていたかということは当該請求権の発生の根拠となるものではない。将来給付判決において,将来にわたり継続的に発生するとされた請求権の基礎となる事実関係及び法律関係が予測に反して継続せず,債務者に有利な将来における事情の変動があった場合には,その事情の変動が基準時に予測し得るものであったか否かにかかわらず,当然に異議事由を構成する。さらに,本件確定判決の予備的請求の訴訟物は,妨害排除請求権という物権的請求権であるところ,物権的請求権は,時の経過に応じて新しく生成するという特殊な性質を持つことからすれば,
本件確定判決の口頭弁論終結時における物権的請求権の存在を否定することはその既判力に反し許されないが,かかる制限に反しない限りは,現時点において違法な妨害状態の存在が認められないことは異議事由を構成する。
諫早湾近傍部における漁獲量が増加傾向に転じたこと
a
本件確定判決は,口頭弁論終結後の一定期間の将来にわたり,「諫早湾及びその近傍部」において,「魚類」について,「漁獲量が有意に減少していること」という事実関係が継続することを前提に本件開門請求権の発生を認めたものである。本件開門請求権を基礎付ける被控訴人らの漁業被害は,本件各排水門の常時開放により被控訴人らが得られる漁業被害の回復の利益と等しいといえるから,その利益に相当する程度の漁獲量の増加があれば,被控訴人らの漁業被害が回復されたものといえる。
そして,本件確定判決は,本件潮受堤防の閉切りによる環境への影響を限定的に認定していること,本件各排水門の全長が本件潮受堤防の全長の約3.5%にすぎないこと,本件各排水門を常時開放した場合の効果に関する主張を争点とせず認定判断もしなかったことなどからすれば,本件各排水門を常時開放した場合における被控訴人らの漁業被害の回復の程度を客観的にも限りなく小さなものとみていることは明らかである。また,本件各排水門を常時開放した場合における被控訴人らの漁業被害の回復の程度が客観的にも限りなく小さなものであることは,本件環境アセスメントの結果や長崎1次開門訴訟に係る福岡高裁平成27年9月7日判決からも裏付けられる。そして,本件各排水門を常時開放した場合における被控訴人らの漁業被害の回復の程度は,5年間に限定されたものである。

b
本件では,本件確定判決の口頭弁論終結後,諫早湾近傍部において,
被控訴人らの漁業行使権の対象となる魚種に関する漁獲量は,増加傾向に転じている。本件開門請求権の基礎となる漁業行使権の基となる本件各組合の共同漁業権(一定地区の漁民が,一定の水面を共同に利用して営む漁業権。有共第1号,南共第7号,南共第8号,南共第10号及び南共第79号。以下「本件5つの共同漁業権」という。)は,いずれも第2種共同漁業権であり,漁法により規定されるが,魚種は規定されていないことから,実際には多くの魚種がその対象となり得るものである。そして,諫早湾近傍部における本件5つの共同漁業権の対象となり得る主な魚種全体の漁獲量は,平成9年は約2700tであったところ,その後一時期顕著に減少したが,本件各組合の組合員が減少しているにもかかわらず,シバエビ,タイ類の増加等により,平成24年に底を打ち,一転して増加傾向に転じている。
被控訴人らの漁業行使権の対象となる魚種に関する漁獲量の増加傾向の程度や内容に照らせば,本件確定判決が本件各排水門の常時開放により被控訴人らに回復することを想定していた程度の漁業被害が回復したものといえるから,本件潮受堤防の閉切りによる被控訴人らの漁業被害が回復されたとの事情変動が生じたものということができ,これは独立の異議事由を構成する。
c
また,漁業者は,漁船,漁具を用いて漁業を行う限り,特定の魚種の漁獲のみに依存して生計を立てなければならないという制約はないし,漁業状況調査の結果によれば,漁業者は漁業環境に応じ操業可能な漁業を幅広く行っているのが実態であることからすれば,採捕可能性のある魚類等を含めた漁獲量の全体的な増加傾向をもって,漁業被害の回復と評価することができる。
諫早湾近傍部においては,被控訴人らが所属する本件各組合の共同漁業権の対象魚種ではないものの採捕可能性のある魚類等を含めた漁
獲量は,平成9年には約4500tであったところ,その後一時期減少傾向が続いたが,本件各組合の組合員数が減少している中で,平成23年に底を打ち,ビゼンクラゲの増加等により,平成24年には4150tと急激に増大し,その後概ね一貫して増加傾向に転じている。採捕可能性のある魚類等を含めた漁獲量の増加傾向の程度・内容からすれば,本件潮受堤防の閉切りによる被控訴人らの生活の基盤となる漁業行使権に継続的に侵害が生じるとの本件確定判決の将来予測とは異なる方向で事態が推移したものといえ,上記被控訴人らの漁業被害の回復があったことを補完する事情といえる。
対策工事が事情の変化により不可能となったこと
a
本件確定判決は,即時の開門請求の請求原因が認められるのにこれを3年間猶予する法的根拠はないところ,即時の開門請求を棄却しているのであるから,対策工事が実施されないときには,本件潮受堤防の閉切りの客観的違法性について本件各排水門の常時開放を求める限度であっても肯定できないとの判断を前提とし,本件潮受堤防の閉切りの客観的違法性を評価するに当たり,対策工事が実施されることで初めて,本件各排水門を常時開放した場合の防災上の支障や営農上の被害等が小さいものとなり違法性の衡量判断において漁業者の利益が公共の利益を上回るものとして,判決確定の日から3年経過するまでの期間が経過した後の請求を認容したものである。
そして,本件確定判決は,控訴人に対策工事の実施に要する3年間という猶予期間を与えたが,その間に控訴人が対策工事を実施しなかった場合には,その状態を控訴人が対策工事を実施した状態又は実施の機会を放棄した状態と同視することとしたものと解される。
本件確定判決は,3年という猶予期間を純粋に対策工事に要する工期としてのみ設定したものであり,控訴人が期間内に格別の支障なく
容易に対策工事を実施完了できるという客観的状況にあることを前提としており,(本件各排水門の常時開放に対してではなく)対策工事の実施そのものに対する長崎県,諫早市及び雲仙市(以下「本件関係自治体」という。)や新干拓地,旧干拓地及びその周辺の低平地(以下「周辺低平地」という。)の営農者,住民等(以下「本件地元関係者」という。)の反対運動等が対策工事の支障となるような事態の進展を,全く想定していなかった。そして,控訴人及び被控訴人らも同様に認識していた。
b
控訴人は,本件各排水門の開放を行った場合に環境に与える影響の大きさを客観的に明らかにし,対策工事の内容について更に具体化した上で,その実施について本件関係自治体及び本件地元関係者の理解を得るため,前記佐賀地裁判決言渡後から,本件各排水門の開門調査のための環境影響評価手続を行った。控訴人は,上記環境影響評価手続の成果として,平成23年6月10日,「諫早湾干拓事業の潮受堤防の排水門の開門調査に係る環境影響評価準備書(素案)」を公表し,その後,本件関係自治体の関係者及び本件地元関係者の意見を聴取し,同年10月18日,「諫早湾干拓事業の潮受堤防の排水門の開門調査に係る環境影響評価準備書」(以下「本件環境影響評価準備書」という。),平成24年8月21日,「諫早湾干拓事業の潮受堤防の排水門の開門調査に係る環境影響評価書」(以下「本件環境影響評価書(補正前)」という。)を公表した。農林水産大臣は,同年11月16日,本件関係自治体等の意見を踏まえた本件環境影響評価書(補正前)についての意見を九州農政局長に提出し,同局長は,同月22日,農林水産大臣意見を踏まえて本件環境影響評価書(補正前)を補正した上でこれを公告した。
控訴人は,環境影響評価手続を終えた後も,本件関係自治体及び本
件地元関係者の理解を得るべく真摯に努力した。控訴人は,本件潮受堤防の閉切りによって淡水化した調整池(以下「本件調整池」という。)が本件各排水門の開放によって塩水化することに伴う代替水源確保のため,地下水取水案を検討していたが,これに対する本件関係自治体及び本件地元関係者からの懸念に応える形で海水淡水化施設案を採用することとした。そして,控訴人は,平成25年5月24日までに,海水淡水化施設の製作・据付け,ため池の整備,排水機場の整備及び既存堤防の補修等の本件各排水門の開放に向けた対策工事12件の入札契約を締結した。
そして,控訴人は,本件地元関係者に対する個別的な説明等を行い,理解を求めた。また,控訴人は,対策工事の実施に向け,本件関係自治体及び本件地元関係者の懸念に応える形で,平成24年度予算において約48億円,平成25年度予算において約164億円の予算措置を講じた。
このように,控訴人は,対策工事に必要な予算を確保した上で,同年3月8日,対策工事のうち,海水淡水化施設設置工事等の13件について一般競争入札に係る公告を行い,そのうち12件の工事については同年5月21日又は同月24日に,残りの1件については同年6月26日にそれぞれ工事請負業者が決定した。
このように,控訴人は,対策工事を進める上で協力が不可欠な本件関係自治体及び本件地元関係者の意見を最大限尊重して,一つ一つの懸念を丁寧に取り除きながら対策工事案を策定するとともに,その実現に向けて,本件関係自治体及び本件地元関係者の理解を得るべく,真摯にかつ粘り強く努力を重ねた。
c
しかし,本件関係自治体及び本件地元関係者は,予想外の強硬な反対行動を行った。例えば,控訴人は,平成25年9月9日,諫早市内
の既設堤防の補修工事への着手を,同月27日,上記既設堤防の補修工事及びa干拓地の国有地内におけるため池整備工事への着手を試みたが,いずれも同工事箇所周辺に参集した数百人(同年9月9日は約300人,同月27日は約450人)の本件地元関係者からの強い抗議を受け,やむなく工事の着手を断念せざるを得なかった。また,控訴人は,国有地である工事予定地の周囲に,関係者以外の立入りを禁ずる旨の看板をあらかじめ設置した上で,同年10月28日に既設堤防の補修工事,ため池整備工事及び中央干拓地の国有地におけるパイプライン整備工事の着手を試みることとしたものの,上記看板は既に撤去され,工事箇所に参集した本件地元関係者合計約560人から一斉に激しい抗議を受け,説得活動を行ったものの聞き入れられず,やむなく同日における同工事への着手を断念した。
また,控訴人は,本件各排水門の開放により本件調整池が塩水化することに伴って必要となる農業用水の代替水源案として,当初は地下水取水案を採用することを検討していたが,地下水取水案に対しては本件関係自治体及び本件地元関係者の懸念があったことから,本件環境影響評価準備書において,地下水調査を実施して取水可能な水量や周辺地盤への影響の有無等を詳細に調査することとした。控訴人は,上記の懸念に応えるために,地下水調査の実施を長期間試みたものの,控訴人がした地下水調査の許可申請を根拠不明な理由で雲仙市長が不許可としたり,諫早市が法的根拠もなく地下水協議書を受理しないなど,本件関係自治体等からの強硬な反対で地下水調査すら行うことができなかった。
控訴人は,代替水源案に関し,海水淡水化施設案を採用することとしたが,海水淡水化施設を設置するためには,一級河川b川の管理者と河川法上の協議を行う必要があり,同年8月に国土交通省やその関
係機関との間では河川協議を成立させたが,長崎県が管理を行う区域に関し,同年3月以降,長崎県に協議の申入れを行ったにもかかわらず,長崎県は様々な理由を挙げて協議に応じなかった。
控訴人は,対策工事の設計・積算に必要な基準点測量を実施するため,公共測量を行うこととしたが,本件関係自治体からの抗議や本件地元関係者からの阻止行動に遭った。
控訴人は,海水淡水化施設によって作られた淡水を干拓地内の農地に供給するため,一部道路上又は道路下にパイプラインを設置することとし,同年5月以降,本件関係自治体に対し,道路法に基づく協議及び対策工事の実施に必要となる水路内工事などの法定外公共物に関する協議の実施を度々申し入れてきたが,本件関係自治体は全く協議に応じなかった。
さらに,本件関係自治体及び本件地元関係者は,別件仮処分決定を得たことで,本件各排水門の開放やそれに向けた対策工事の実施に対する反対姿勢をより一層強固なものとした。
このように,本件関係自治体及び本件地元関係者の予想外の強硬な反対行動等により,本件各排水門の常時開放による被害発生を防止するための対策工事の実施は,不可能となった。
d
さらに,①防災上の被害の発生を防止するためには,内部堤防や既設堤防等の補修,周辺低平地における排水ポンプの増設等の対策工事の実施が必要であり,少なくとも約588億円以上の費用を要し,②営農上の被害発生を防止するためには,塩害や潮風害対策の工事が必要であり,少なくとも約200億円以上の費用を要し,③本件各排水門の安定性を確保するとともに漁業被害の発生を防止するためには,捨石工を実施し,護床工等を設置する必要があることが明らかとなり,少なくとも401億円以上の費用を要するなど,対策工事は,本件関
係自治体及び本件地元関係者の懸念に応えるためにより充実した内容となり,実施に要する費用は,合計約1189億円と過大なものとなった。
e
このような本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事情変化(見込みから現実)によって,対策工事を実施することができない状況に陥ったが,このような状況になったことについて控訴人に帰責性はない。控訴人は,決して懈怠していない。
そうすると,対策工事が行われないことにより,本件各排水門の常時開放に伴う被害の増大という公共の利益が縮小せず,客観的違法性の衡量判断に当たり,漁業者の利益を上回るものと評価されることは,本件確定判決の上記の判断構造に照らしても明らかであるから,これもまた,独立の異議事由を構成する。
違法性の衡量の逆転
本件確定判決は,本件潮受堤防の閉切りの客観的違法性の判断におい
て,侵害行為の態様と侵害の程度,被侵害利益の性質と内容,侵害行為の持つ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか,侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況,その間に執られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容,効果等の事情をも考慮し,これらを総合的に考察してこれを決すべきであるとし,将来における本件開門請求権の成否及び内容を基礎付ける事実関係が継続的に存在することを予測した上で,将来給付を命じている。将来にわたり継続的に客観的違法性を基礎付ける事実関係が存在することを前提とする請求権に係る給付判決においては,当該請求権が発生する時点々々において,その都度客観的違法性を基礎付ける事実関係が変動せず継続して存在している前提でなければ,当該請求権の継続的な発生が認められないのであるから,当該客観的違法性の評価根拠事実や評価障害事実(将来請求の基
礎となる将来の事実)に変動があれば,それらの変動した事情に基づいて衡量判断を行う必要があり,その客観的違法性の有無について衡量判断を逆転させる事情の変動があった場合には,それをもって当該判決の異議事由を構成する。
本件においては,本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた本件潮受堤防の閉切りの客観的違法性の規範的評価において衡量すべき,①本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情や,②本件各排水門の常時開放により回復される被控訴人らの漁業被害を縮小させる事情が生じ,上記違法性の評価が逆転し,これを認めることができなくなったものであり,これは独立の異議事由を構成する。
a
本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情の変化


対策工事実施が不可能となったこと
前記のとおり,本件各排水門の開放に向けた対策工事を実施する
ことは不可能な状況になった。



防災上の支障の増大
諫早湾周辺地域においては,本件調整池の水位を現状と同様に低
く管理することを前提に,b川の河川改修工事計画が策定され,本件確定判決の口頭弁論終結後に,その施工が相当段階まで進展したものであり,その結果,b川から本件調整池への流入量が増大しつつあり,大規模な降雨時においても,より大量の河川水を安全に流下させることができるようになった。
また,近年の気候変動に伴い,事前予測が極めて困難な短時間強
雨が,本件確定判決の口頭弁論終結後,全国的に増加し,その増加傾向は,これまでとは別次元の「新たなステージ」に入ったとされる。本件調整池が有する農地の常時排水を改善する機能が本件調整
池内の水位を低く保つことによって確保されることからすれば,上記短時間強雨の増加傾向に対応した防災態勢の整備を行う観点からは,本件調整池の水位調整機能の必要性が増大している。
さらに,本件確定判決の口頭弁論終結後には,海面水位の上昇傾
向(年間2.7~4.3mm),本件調整池周辺の排水機場の設置(平成23年のc排水機場,平成25年のc東排水機場),旧干拓地等に設置されている既設堤防のクラック拡大等の劣化(本件各排水門が開放されると大きな潮位の変動にさらされ,堤防内部の土質材料が外部に流出して堤防の安全性に影響が生じること),周辺低平地の地盤沈下の進行(d・e地区で約4cm),本件調整池周辺の土地利用の多様化(農地から宅地,商業施設に転用され世帯数や人口も増加)などといった事情が見られ,本件調整池の水位を低く保つ必要性は高まっている。
これらの各事情は,本件潮受堤防により本件調整池の水位を低く
管理することによって湛水等の災害発生を防止し,又は発生した災害の被害回復の迅速化に適うものであり,本件潮受堤防の公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情となる。
また,本件各排水門の常時開放を行った場合,大潮の際の下げ潮
時に,本件各排水門近傍における潮流の流速が最大で毎秒4ないし5m程度に増加し,その海底が洗掘され,本件各排水門の護床工の構造が維持できなくなり,本件各排水門の安定性に影響を生じるおそれがある。
本件調整池の水位が-1.0mないし-1.2mに管理されるこ
とを前提として,b川の河川整備計画が平成28年3月29日に変更され,防災対策が策定されている。本件各排水門の常時開放を行った場合,河川整備計画や防災対策の再策定を余儀なくされるなど
の防災上の支障が生じる。
本件各排水門の常時開放を行った場合,本件調整池が塩水化して
飛来塩分量が増加するため,本件確定判決の口頭弁論終結時以降に架設され塗装による塩害対策が採られていない長崎自動車道(諫早IC)と南島原市を結ぶ島原道路のf高架橋などの4橋に対し,鋼材の腐食が促進し機能が損なわれ,交通の寸断が生じるなど防災上の支障が生じる。


営農上の被害の増大
本件確定判決の口頭弁論終結後,新干拓地に造成された大規模で
平坦な優良農地を利用することにより,大規模な先駆的農業経営が行われ,効率的農業が実践され,更なる経営の効率化や栽培技術の発展のための先進的な取組も試みられるなど,日本農業の最先端の事例となっている。新干拓地の営農者らは,全員が持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律4条に基づく認定農業者(エコファーマー)に認定され,長崎県知事が定めた適正農業規範(GAP)に取り組み,長崎県特別栽培農産物の認証又は有機栽培農作物の認定の取得を目指している。新干拓地全体での推定農業産出額は,露地野菜や施設園芸の増加に伴い,平成21年度の約23億6000万円から平成27年度は約34億1100万円に増加した。また,旧干拓地においても,本件調整池の水位が低く管理され,
淡水化されたことに伴い,稲作のみにしか利用できなかった農地を収益性の高いミニトマト,イチゴ等の施設野菜(ハウス栽培),タマネギやブロッコリー等の露地野菜に利用する経営体が増加した。旧干拓地全体での推定農業産出額は,平成27年度で約24億6100万円に上っており,平成22年度と比較すると2億6900万円増加した。

しかるに,本件各排水門が常時開放され,本件調整池が塩水化し
てその水位が管理されなくなった場合,本件調整池又は潮遊池の貯留水を利用した循環灌漑で全ての農業用水を確保している新干拓地及び旧干拓地のうちのc地区では,農業用水が利用できなくなるため全面的に営農不能となるし,その他の干拓地においても,循環灌漑によって最大年間272万6000tにも上る農業用水を得ていることからすれば,十分な農業用水の確保ができなくなり,営農上の重大な支障が生じる。前記のとおり,対策工事は不可能となっており,代替水源を確保することは到底不可能である。さらに,本件各排水門が常時開放されて本件調整池が塩水化した場合,本件確定判決の口頭弁論終結後,新干拓地や旧干拓地では,塩害等に対して米よりも弱い野菜等が栽培されていることからすれば,塩害や潮風害等による被害が生じることとなる。
このような事情は,本件潮受堤防の閉切りが,新干拓地及び旧干
拓地における営農上の被害の発生及びその拡大を防ぐために必要不可欠であることを示すものであるから,本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情となる。


漁業被害の増大
諫早湾内においては,本件確定判決の口頭弁論終結後も,カキ,
アサリを中心とした漁業への取組が発展した。諫早湾内におけるカキの養殖は,平成23年以降,シングルシード(一粒種)という新しい養殖技術により生産されたカキの販売が開始され,平成24年に全国のカキの品評会において第1位を受賞したことなどもあいまって,全国的に知名度が高くなり,全国規模で流通するまでに発展し,ブランド化に成功したところである。この結果,本件潮受堤防に最も近い位置にある小長井町漁協や長崎県瑞穂漁協におけるカキ
養殖による生産額は,平成25年度には両漁協における漁業生産額の6割前後になるなど増加傾向にあり,本件潮受堤防の直近の漁業協同組合においては,カキ養殖業が漁業協同組合における漁業生産の中心的役割を担うようになるまでに発展し,加工商品の販売や観光資源として地域経済においても重要な役割を果たすようになった。諫早湾内におけるアサリの養殖は,アサリ養殖には不向きな海底の底質を改善してアサリの養殖場の造成に成功し,取引価格が上昇して漁業協同組合の直販所等で販売され,最新の垂下式養殖も試みられている。
しかるに,本件環境アセスメントにおける環境影響調査の予測結
果によれば,本件各排水門が常時開放されることになれば,底質の巻き上げによる濁りの増加や諫早湾内における潮流速の増加等によって,カキ養殖業やアサリ養殖業に対して大きな影響があることは避けられない。このような事情は,本件潮受堤防の閉切りが,諫早湾内における漁業被害の発生及びその拡大を防ぐために必要不可欠であることを示すものであるから,本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情となる。


生態系等への影響の増大
本件確定判決の口頭弁論終結後,本件調整池が淡水化され,その
水位が低く管理されることに伴い,新干拓地及び旧干拓地の前面など本件調整池内に土の堆積等によって自然干陸地が形成され,その広さも約600haにまでに拡大した。本件調整池や上記自然干陸地においては,本件調整池が淡水であることを前提とした環境下で,より多様かつ多量の生態系が育まれ,また,安定した水際部に拡大したヨシ等の群落においては水鳥や小動物の生息が確認され,チュウヒ等の希少種の生息も確認されている。さらに,本件調整池内の
自然干陸地においては,地元住民らの手により植栽が施され,公園等の整備も進められ,地元住民や観光客等が訪れるようになり,ボートの練習水域としても利用されている。
しかるに,本件各排水門の常時開放がされれば,本件調整池の塩
水化や外潮位の影響を受ける本件調整池内の潮汐の変動に伴う浸食等によって,上記生態系が極めて大きな被害を受けるほか,新たに形成された本件調整池内の自然干陸地やヨシ等の群落等の維持が不可能となるなど,上記の新たに形成された生態系や地域の交流の場などが失われることになる。
これらの事情は,本件調整池内においては,現状の環境を前提に
した新たな生態系が築かれるようになり,更に本件調整池内に形成された自然干陸地を地元住民らの新たな交流等の場として利用する必要性が増大していることを示すものであるから,本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情となる。


相反する義務と間接強制決定
控訴人は,本件確定判決の口頭弁論終結後にされた別件仮処分決
定等により,旧干拓地の土地を所有して農業を営む者らとの関係で,本件各排水門を開放してはならない旨の法的義務を負った。また,控訴人は,その後に申し立てられた別件仮処分決定に係る間接強制申立事件において,長崎地裁から,別件仮処分決定に基づく本件各排水門の開放禁止義務に違反した場合には,違反行為をした日1日につき49万円の間接強制金の支払を命じる旨の決定を受け,同決定がその後に確定したことから,本件確定判決に従って本件各排水門の開放を5年間継続すれば,総額約9億円にも及ぶ間接強制金の支払を余儀なくされる。
しかるに,本件潮受堤防の閉切りにより,多額の間接強制金の支

払という税金を原資とする支出を回避できることになるから,これらの事情は,本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情となる。


上記①ないし⑥の事情は,いずれも本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情の変化に当たり,これによって,現時点における本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性は,本件確定判決の口頭弁論終結時と比較して著しく増大した。

b
本件各排水門の常時開放により回復される被控訴人らの漁業被害を縮小させる事情の変化


諫早湾近傍部の漁獲量の増加傾向
前記のとおり,諫早湾近傍部における漁獲量は,増加傾向に転じ
た。



漁業行使権の消滅
後記⑷【控訴人の主張】のとおり,被控訴人らの漁業行使権は平成25年8月31日の経過により消滅しており,新たに付与された漁業行使権は本件潮受堤防の閉切りや漁業環境の変化を前提として設定されたものであるから,漁業被害を観念し難くなっており,これらの事情は,本件各排水門の開放により回復される被控訴人らの漁業被害の不発生ないしこれを縮小させる事情になる。



勝訴原告らの人数及びその就労可能年数の減少
本件確定判決において予備的請求が認容された合計58名の漁業
者ら(以下「勝訴原告ら」という。)の一部(3名)の死亡及び一部(4名)の漁業行使権の喪失や時間の経過による就労可能年数の減少により,漁業被害の総和も縮小している。
本件確定判決は,個々の勝訴原告らに関する個別的事情を一切斟

酌しておらず,本件潮受堤防の閉切りの客観的違法性の判断に当たり,勝訴原告ら58名の漁業被害の総和と,本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を比較衡量した結果,本件各排水門を常時開放する限りで違法性が肯定できると評価したものと解される。このように,勝訴原告らが一定期間継続して被る漁業被害の総和をもって本件各排水門の開放により回復される被控訴人らの漁業被害と捉えている以上,本件確定判決の口頭弁論終結後,勝訴原告らのうち3名が死亡し,また,4名について漁業行使権を有していないことが判明したという事情によって,上記勝訴原告らの漁業被害の総和もそれらの部分について縮小したものといえる。
また,上記7名以外の勝訴原告ら(被控訴人ら)も,本件確定判
決の口頭弁論終結時から現在までの時間の経過に伴い,当然に高齢化し就労可能期間が減少(損害賠償の逸失利益の算定方法によれば約30%の減少)していることに伴い,漁業を営むことができる期間が減少しているのであるから,勝訴原告らの漁業被害の総和も縮小しているといえる。
そして,被控訴人E1,同E2,同E3,同E4,同E5,同E
6,同E7,同E8,同E9,同E10,同E11及び同E12の12名(以下「被控訴人E1ら12名」という。)は,アサリ等の採貝漁業や固定式刺網漁業,アサリ養殖業等を行っていて,第2種共同漁業権(有共第1号)の内容となる漁業を現在行っていない。被控訴人E13,同E14,同E15,同E16,同E17,同
E18,同E19,同E20及び同E21ら9名(以下「被控訴人E13ら9名」という。)は,組合員資格審査に際して調査票を提出していないことからすれば,ノリ養殖業を行っているものと推認され,第2種共同漁業権(有共第1号)の内容となる漁業を現在行
っていないものと推認される。
被控訴人E22,同E23及び同E24は,後記⑸【控訴人の主張】のとおり漁業を現在全く行っていない。
これらの被控訴人らは,上記共同漁業権に係る漁業行使権による
漁業によらなくとも生計を維持することができているのであり,もはやこれらの被控訴人らの上記漁業行使権は,生活の基盤に関わる権利といえないし,それに対する高度な侵害が発生する余地もないから,勝訴原告らの漁業被害の総和は縮小する。
また,被控訴人E22,同E23,同E24,島原漁協の被控訴
人ら10名及び有明漁協の被控訴人ら16名は,後記⑸【控訴人の主張】のとおり,漁業協同組合の組合員資格を喪失しており,このことにより,勝訴原告らの漁業被害の総和は縮小する。
そして,これらの事情は,本件各排水門の開放により回復される
被控訴人らの漁業被害を縮小させる事情になる。


有明海の漁業資源の回復に向けた取組
控訴人は,平成17年以降約350億円(平成22年以降でも約
229億円)という多額の費用を拠出して,有明海の漁業環境を改善して漁業資源の回復を図るための施策を多数実施してきた。具体的には,控訴人は,㋐貧酸素水塊調査等の海域環境の調査,㋑アサリ,タイラギ,サルボウ,アゲマキ等の魚介類の増養殖技術の開発,㋒漁場環境改善の現地実証,㋓覆砂,海底耕耘等の漁場環境の整備事業,㋔有明海沿岸4県と協調した二枚貝類の資源回復のための事業等を行ってきた。これにより,アサリの漁獲量の回復傾向を始め有用二枚貝類を含む底生生物が増加するなどの具体的な成果が現れている。底生生物の増加は魚類の資源回復に資するものとされており,被控訴人らの漁業被害を回復させるものである。

このような事情は,本件各排水門の常時開放という方法によらず
に,被控訴人らの漁業被害を回復させる方法が新たに見出されつつあることを示す事情であって,本件確定判決自体が説示する新たな事情の変化が現実化したものであるから,本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた,被控訴人らの漁業被害を縮小させる事情である。⑤

上記①ないし④の事情は,いずれも被控訴人らの漁業被害を縮小させる事情の変化に当たり,これによって,現時点における被控訴人らの漁業被害は,本件確定判決の口頭弁論終結時と比較して著しく縮小した。

c
このように,本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を増大させる事情の変化が生じ(前記a),他方で,被控訴人らの漁業被害を縮小させる事情の変化が生じたものであって(上記b),両者を衡量すれば,本件確定判決の口頭弁論終結時における衡量判断とは異なり公共の利益が漁業者らの利益を上回ることは明らかというべきであるから,これは独立の異議事由を構成する。


間接強制金の受領(予備的主張)
本件潮受堤防により漁業権が消滅し,又は被控訴人らよりも本件潮受堤防に近くその影響が大きいと見込まれる漁業者らに対する補償額でさえ,一人当たり約1738万円であったし,また,被控訴人らの計算上の漁業権消滅補償額も約1956万円にとどまる。
別紙2被控訴人目録記載1及び2の被控訴人らのうち「間接強制」欄が「債権者」である45名は,控訴人から間接強制金を受領しており,その額は,当審口頭弁論終結の直近である平成30年2月9日の時点で合計10億6830万円(一人当たり2374万円)にも上っており,この間接強制金の受領によって,その漁業被害は完全に補填され,過剰な救済となっているといえる。また,これにより,本件潮受堤防の閉切りの客観的違
法性の規範的評価が逆転することは明らかである。これは,上記アないしウの各異議事由を補完する事情となる。

本件確定判決が将来給付の判決であってその既判力は柔軟性を持つこと,本件確定判決自体が将来の開門調査により事実関係が変動することを想定していること,本件確定判決は環境法上の予防原則(新たな知見の発生に順応して判断のし直しをすることが要請されること)が適用される場面と同様の科学的に不確実な状況の下でされたものであること等を考慮すれば,本件確定判決の口頭弁論終結前から存在していた可能性のある事実であっても,本件環境アセスメントの結果等の,本件確定判決の口頭弁論終結時には科学的な調査が未了で判明しておらず主張することの期待可能性がなかった事実であれば,異議事由となるというべきである。
また,本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた,①b川水域の河川改修等の進展(b川の堤防の嵩上げ,拡幅,河道掘削等の河川改修がe内水域で完了したこと),②短時間強雨発生等の異常気象(予測が一層困難になった。)の増加傾向といった事情の複合的作用から,湛水被害等のおそれが増大していることは,異議事由を構成する。

【被控訴人らの主張】

本件確定判決は,その主文の文理解釈や理由中の説示からすれば,控訴人が本件確定判決に係る審理において主張していた対策工事の必要性や工事期間を踏まえて,本件開門請求権の行使を3年間猶予することとして,「判決確定の日から3年を経過する日までに」本件各排水門を開放すると確定期限を定めたものと解するほかない。また,「防災上やむを得ない場合を除き常時開放する限度で認容するに足りる程度の違法性は認められる」(本件確定判決のうち福岡高裁判決33頁)との判示からすると,対策工事が実施されていない状態でも,本件開門請求権の行使を認めるべき違法性が存在すると判断したものである。したがって,現時点においても,本
件開門請求権の行使を認めるべき違法性は存在する。

本件確定判決の主文にいう「防災上やむを得ない場合」とは,その文理解釈や理由中の説示からすれば,本件潮受堤防が有する高潮時の防災機能及び洪水時の防災機能に照らし,集中豪雨が予想され高潮災害や洪水災害を防止するためにやむを得ない場合という限定された場面を意味するものと解するほかない。したがって,対策工事が実施されていない状態は,本件確定判決の主文の「防災上やむを得ない場合」に該当しない。


控訴人の立論の前提である将来給付判決の法理は,いずれも損害賠償請求に関するものであり,本件各排水門の開放という作為を求める本件確定判決に対してその適用がないことは明らかである。
民事訴訟における再審事由ですら証拠の偽造等の極めて限られた事由に限られる以上,何らの限定もない「口頭弁論終結後に生じた事実関係の変動」という異議事由を認めることは,異議事由を不当に拡大するものであって許されない。
本件確定判決が,本件各排水門を開門しないことを違法と認定したにもかかわらず,開門しない状態が現在も継続している以上,控訴人が主張する本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事実関係の変動が異議事由にならないことは明らかである。
また,控訴人が主張する異議事由である「漁獲量の増加傾向への転化」,「違法性の評価の逆転」は,いずれも余りに時点が不明確であり,異議事由として認めるべきではない。
諫早湾近傍部における漁獲量が増加傾向に転じたこと
控訴人の上記主張は,弁済や相殺のような権利関係を消滅させる内容の主張ではない。また,上記主張は,結局のところ,本件潮受堤防の閉切りと漁業被害との因果関係を争う蒸し返しにほかならず,本件確定判決の既判力により遮断される。

漁獲量の増加が異議事由として成り立ち得るためには,少なくとも本件潮受堤防の閉切り時の漁獲量を超える漁獲量が安定的に継続することが必要であるところ,現在そのような状況にはない。
本件5つの共同漁業権の主な対象魚種の漁獲量については,平成25年に増加したのはシバエビであるが,シバエビ以外の魚種の減少傾向には歯止めがかかってない。
有明海・八代海総合調査評価委員会(平成23年8月以降,有明海・八代海等総合調査評価委員会に改称。以下,改称の前後を区別することなく「評価委員会」という。)が平成18年12月に取りまとめた報告書(以下「平成18年評価委員会報告」という。)及び平成29年3月に取りまとめた報告書(以下「平成29年評価委員会報告」という。)においても,魚類の漁獲量は,昭和62年をピークに一貫して減少傾向を示しており,漁獲量に多少の増加があったとしても,1990年代後半の過去最低水準を下回るものであることに変わりはない。また,本件各組合の組合員数が減少しているのは,本件事業を原因とする不漁が原因であり,漁業被害が継続していることの現れである。
本件5つの共同漁業権の主な対象魚種以外の魚種(ビゼンクラゲ等)については,そもそも漁業行使権侵害の対象とならない代わりに異議の事由にもなり得ない。ビゼンクラゲはたまたま約40年ぶりに大量発生し他に獲るものがないから獲ったにすぎず,その漁獲量も減少している。そればかりか,被控訴人らの漁業被害は,控訴人が開門義務を怠っている間に,継続,累積,拡大し,より一層深刻化している。
対策工事が事情の変化により不可能となったこと
本件確定判決は,主文において,対策工事の実施を停止条件として掲げることなどをしておらず,対策工事の内容についても一切言及していないし,その理由中でも,違法性の認定を対策工事の実施に係らせてい
ない。本件確定判決は,対策工事の実施を違法性の判断の要素としておらず,口頭弁論終結時において,本件各排水門を開放するに足りる違法性があることを認めたものであり,3年間という期間が猶予期間にすぎないことは,文理解釈として明らかである。上記開放請求は,義務者に深刻な影響を及ぼすものであるから,一定の合理的な期間を付すことは裁判所の裁量に委ねられているというべきである。
また,本件確定判決の口頭弁論終結時において,開門調査に対する賛成派と反対派が存在していたことは公知の事実であり,控訴人は,環境影響評価に最低3年,関係者への説明と調整には数年,対策工事で3年,工期が延びる可能性もあると主張しており,対策工事が格別の支障なく行われることを,裁判所も当事者も前提としていたものではない。控訴人は,本件確定判決に基づく義務を誠実に履行する意思をもとより有しておらず,様々な口実を付けて懈怠しているにすぎない。控訴人は,必要がない環境アセスメントに固執して対策工事の着手を延々と引き延ばし,本件確定判決の文理を歪曲して制限的な開門を行う方針を一方的に表明し,制限開門を前提にした不十分で反対住民の反対をあおる対策工事をあえて提示して地元の反発を招き,代替案を示すこともせず,対策工事をする段階で地元にあえて事前通告をして反対行動が起こると退散し,そのような事態に対する実効的な対策も考えず,かかる地元の反発を口実に対策工事の着手を放棄した。
また,被控訴人らは,控訴人に対策工事を実施させるために間接強制による強制執行を申し立てており,対策工事を実施せずに本件各排水門を開放することを前提とする主張は異議事由に当たらない。仮に異議事由に当たるとしても,対策工事の実施が不可能な状況は控訴人によって作出されたものであって,信義則上異議事由と認められるべきではない。控訴人は,その上,別件仮処分決定の審理でも,本件確定判決を無視
した主張を展開し,別件仮処分決定を受けると,相反する二つの義務を負ったなどとして,本件確定判決に基づく義務を履行しなかった。本件地元関係者の反対は,平成25年12月17日に提出された要請書が最後であり,その後の反対運動は存在しない。
また,対策工事の費用が高額化したとする控訴人の主張は,本件確定判決における主張の蒸し返しというべきであるし,控訴人において過剰な対策工事を策定することによって異議事由が認められるのは不当である。
違法性の衡量の逆転
控訴人が,違法性の衡量要素として本件確定判決の口頭弁論終結後に生じたと主張する事由の大部分は,上記口頭弁論終結前から存在した事象であり,本件確定判決に係る審理の対象となった事項を蒸し返すものにすぎない。そして,本件確定判決が前提とした本件潮受堤防閉切りの違法性に関する衡量判断に何ら変化はなく,違法性の衡量が逆転したとは到底いえない。
本件確定判決の違法性の根拠の中核は,本件潮受堤防の閉切りによって被控訴人らが深刻な漁業被害を受けているということにあり,この漁業被害は,本件確定判決の口頭弁論終結時よりも拡大している。
a
本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性に係る事情


対策工事の実施について
前記のとおり,本件確定判決は,対策工事の実施を違法性の判断
の要素としていない。また,対策工事の費用の増大については,本件確定判決前に控訴人が行った開門した場合の被害に対する誇大宣伝に起因して対策を講じることとなったものが多く含まれており,本件確定判決の口頭弁論終結後の事情の変化とはいえない。
また,前記のとおり,控訴人は,一貫して対策工事を懈怠したも

のであり,対策工事がされていない現状は控訴人が自ら招いたものである。控訴人は,本件訴訟においても,開門差止訴訟における相手方当事者から供述録取書を徴求するなど,被控訴人らの敗訴を導く訴訟活動を行っており,本件確定判決に基づく義務を履行する意思がないことは明らかである。


防災上の支障について
b川の河川改修は,b川の治水を目的として計画的に進められて
いたのであるから,その事業を進める上で,b川上流の短時間強雨の異常気象の増加傾向も当然考慮すべきものであるし,その複合的作用についても当然に予測され,前訴において主張することができたものである。b川の河川改修において主張されている各工事は平成20年の時点で既に着工されていたし,堤防整備等による調整池への流量の増加について,控訴人は具体的な主張をしていない。また,平成28年のb川の河川整備計画の変更については,一定期間ごとに再策定することが当然に予定されているから,その変更を違法性の衡量の判断に入れることはできない。
短時間強雨の異常気象の増加傾向によって生ずる湛水被害につい
ては,本件確定判決の口頭弁論終結時よりはるか以前から議論されてきた地球規模の気候変動の一部であり,優に予見可能であった。気候変動レポート等は,100年ないし数十年単位での変動傾向を指摘しており,単に発表時期が本件確定判決の口頭弁論終結後であったにすぎない。また,気象予報による降雨の事前予測の精度は,本件確定判決の口頭弁論終結時よりもむしろ向上している。
本件各排水門を閉め切っていても,現在の周辺低平地ポンプの総
容量では,諫早大水害と同等の降雨があれば最高で3.71mの浸水が発生するとされているし,満潮時と短時間強雨が重なれば湛水
被害は生じる。湛水被害のおそれは,本件各排水門の開門とは無関係に,排水ポンプの増設等別途の対策が講じられなければならないから,これを開門しないことの理由とすることはできない。
海水面の上昇については,上昇率が少ない鹿児島県名瀬市と上昇
率が最も大きい福岡市との比較であるし,上昇傾向についても昭和60年という30年以上前の平年差との比較であって,比較自体が失当であり,大浦の海面水位平年差はほとんど変わっていない。
排水機場の整備については,控訴人がこれを整備したことにより,湛水被害の減少に繋がっているのであり,かえって本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を縮小させる事情である。
既設堤防のクラックについては,これ自体,本件確定判決の口頭
弁論終結時から存在したものであるし,対策工事により十分対応が可能である。
周辺低平地の湛水被害は,既存堤防や排水路を整備し排水機場を
整備することで対応すべき問題であり,本件潮受堤防の閉切りとは関係がない。また,中央干拓地の周辺低平地であるd・e地区については,現在も地盤沈下が進行しており,中央干拓地の営農者らが地下水を採取したことが原因である可能性が否定できず,本件調整池に頼らない代替水源確保のための対策工事の必要性を示すものであり,本件潮受堤防の閉切りの公共性ないし公益上の必要性を縮小させる事情である。
本件調整池周辺の土地利用の多様化については,宅地が増えたな
どという評価自体が困難であるし,人口は諫早市全域で3858人,低平地で581人も減少している。
f高架橋等4橋への影響については,それらの架橋計画は本件確
定判決の口頭弁論終結時に既に存在していた可能性が高いし,これ
らが無塗装であるとか腐食により強度が劣化していることの立証はされていない。そもそも,飛来塩分は,全国の海沿いの地域で生じ得る問題であって,開門に伴う弊害とはいえない。


営農上の被害について
控訴人が主張する営農の進展という実態はない。新干拓地におけ
る営農は,補助金の交付によってかろうじて成り立っているにすぎず,リース方式によるスキームは破綻の危険にあるなど,新干拓地における営農は多大な問題を抱えている。
控訴人が算出する新干拓地の推定農業生産額についても,代表農
家の聴き取りに基づく単収を収穫面積にかけて,かつ,実際の卸値は無視して全て大阪市場の年平均単価をかけて求めた推定にすぎず,恣意的である。
新干拓地におけるリース料は,近時の厳しい督促によって改善傾
向が見られるが,いまだ100%徴収できたことはなく,平成29年7月で2772万円の未徴収がある。土地改良賦課金については,未納の改善傾向は見られない。
新干拓地における営農は,平成20年から開始されたが,延べ1
1経営体が撤退しており,新干拓地における営農の困難さを表している。
新干拓地においては,平成20年の営農開始直後から,干拓地特
有の粘質で軟弱な土壌の特性から排水不良が生じ,その後,深刻化しているが,公益財団法人長崎県農業振興公社(以下「公社」という。)は資金不足であり,ようやく平成28年度に2300万円を積み立てたにすぎない。公社による暗渠排水等の修繕等の排水不良対策は行われない可能性が高い。
公社と長崎県は,平成30年のリース契約の再設定に当たり,営

農者らに対して,リース料の滞納があった場合にはリース契約の再設定を行わないことなどを内容とする同意書の提出を義務付けたが,これについて営農者らとの間で紛争が発生している。


漁業上の被害について
控訴人は,本件確定判決に係る審理においても,本件各排水門を
開放した場合の漁業被害について主張しており,本件確定判決における主張の蒸し返しであり,本件確定判決の既判力により遮断される。
また,漁業被害が生じる漁業者らは,開門差止訴訟に係る長崎地
裁判決において,全開門の場合ですらわずかに10名が認められているにすぎないし,これらの漁業者らは,本件潮受堤防の閉切りによってタイラギ潜水器漁の休漁が続いたため,やむなくカキ養殖を始めたものであり,逆に本件潮受堤防の閉切りの違法性を高める事情というべきである。



生態系等への影響について
控訴人は,本件確定判決に係る審理においても,本件各排水門を
開放した場合の生態系への影響について主張しており,本件確定判決における主張の蒸し返しであり,本件確定判決の既判力により遮断される。
本件潮受堤防の閉切りにより干潟を消失させ,豊かな生態系を破
壊し,多種多様な生物を死滅させておきながら,現状の新たな生態系の保護を問題にすることは許されない。また,現状の生態系についても,諫早湾本来の生態系に生息している干潟,浅海性の生物を対象とすべきであるが,本件環境アセスメントで対象とされた生態系は衡量するに値しない。また,本件調整池においては,ユスリカやアオコが大量に発生するなどの環境悪化も生じている。



別件仮処分決定等について
別件仮処分決定等は,暫定的なものであり,控訴人と被控訴人ら
以外の者との間に生ずるにすぎず,違法性の衡量要素の事情の変更には当たらない。また,別件仮処分決定等は,対策工事を実施せずに本件各排水門を開放することを前提とし,かつ,その審理において,控訴人が本件各排水門を開放しないことによる被控訴人らの漁業権侵害の事実を主張しないという控訴人による馴れ合いの訴訟追行を前提として,本件各排水門の開門の違法性を判断したものであることからすると,控訴人の主張は失当である。

b
本件各排水門の常時開放により回復される被控訴人らの漁業被害を縮小させる事情の変化


諫早湾近傍部の漁獲量の増加傾向
前記



と同様である。

漁業行使権の消滅
後記⑷【被控訴人らの主張】と同様である。



勝訴原告らの人数及びその就労可能年数の減少
本件確定判決は,単に勝訴原告らの漁業被害のみを取り上げたも
のではなく,衡量の対象となっているのは,勝訴原告らの漁業被害の総和ではない。開門には,有明海全体の漁業不振の原因を調査するという大きな公共性,公益上の必要性がある。
また,勝訴原告らが,漁業協同組合を脱退したり,高齢化したの
は,本件潮受堤防の閉切りという控訴人の侵害行為によるものであり,これを違法性の衡量要素とすることは失当である。



有明海の漁業資源の回復に向けた取組
控訴人が行ってきた漁場改善のための調査や施策は,いずれも調
査,実験,計画のレベルにとどまっており,全く効果が上がってい
ない。
海域環境等の調査については,飽くまでも調査を継続しているに
すぎず,漁場環境の改善という具体的な成果は上がっていない。魚介類の増養殖技術は,実験段階であり期待が高いというレベルにとどまる。例えば,アサリの垂下式養殖は,死がいの判別が困難であるなど課題が山積しているし,アゲマキ,タイラギの漁獲はなく,これを回復するための確立した養殖技術はない。漁場環境改善の現地実証については,作業マニュアルを作って事業を開始したという程度である。漁場環境の整備については,覆砂,海底耕耘,作澪は,いずれも効果が短期間にとどまり,抜本的な対策ではない。本件調整池の水質については,CODが7ないし9mg/ℓの間で変動しており,全体的に低下傾向とはいえないし,豊かな生態系が形成されているとは到底いえない。諫早湾干拓調整池等水質委員会が平成19年12月に取りまとめた目標も達成できていないし,その後上記委員会も開催されておらず,今後水質保全対策を着実に推進できるかは疑わしい。
控訴人が提案する基金については,①人工種苗の生産,放流の拡大は,従前と同様のものであれば実効性はないし,新たなものであればその効果があるかは不透明である。②漁業者自らが行う簡易な漁場環境整備への支援は,これまで行ってきた覆砂等の小規模なものであり,効果が生じるとは考えられない。③漁業者の新たな挑戦を後押しすることは,実験レベルのものであり,確実な効果は見込めない。④突発的な事業ニーズへの機動的な対応も,保護対策に確立した技術が存在しないのに機動的な対応だけを協調しても意味がない。また,基金は,本件調整池の排水対策についての言及がない。このように基金を創設したからといって取組が加速されることなど
なく,漁場環境の改善に結びつかないのは明らかである。
これに対し,開門すれば,本件調整池の水質が改善し,海水交換
が増えて潮流が回復することにより成層化が弱まって諫早湾内における貧酸素水塊の緩和等が可能となり,調査を併せて行うことで本件事業の有明海全体に対する影響の調査も可能となる。諫早湾開門研究者会議も,平成29年5月9日,諫早湾の水門開放による有明海再生策を強く求める研究者声明を発表しているところであり,開門以外に被控訴人らの漁業被害を回復させる方法は存在しない。

本件において,間接強制金の受領が異議事由となるとすれば,損害賠償では填補できないとして開門請求を認めた本件確定判決及び開門請求を実現させるために間接強制金の支払を命じるという間接強制の制度趣旨が没却されるし,金銭さえ支払えば判決を履行しなくてもよいことになり,三権分立の趣旨や司法制度の趣旨も没却される。
被控訴人らの漁業被害は年々積み重なっているし,開門がもたらす利益は,有明海の漁業者全体の被害回復に繋がるのであり,被控訴人らの漁業補償の金額のみを比較の対象とすることは相当でない。


民事執行法35条2項の文理解釈,法的安定性の確保の観点からは,前訴において主張することの期待可能性がない事由であっても,客観的に存在していた事実関係であれば,異議事由にはならない。
本件環境アセスメントは,控訴人が前記佐賀地裁判決に対する控訴への批判をかわし開門を先送りするための口実として実施されたものであり,従前からの主張をシミュレーションで追認したにすぎない。



別件仮処分決定等がされたこと

【控訴人の主張】
別件仮処分決定等が暫定的な性質のものであるとしても,本件各排水門の開放義務を履行することは,別件仮処分決定等が取り消されない限り,別件
仮処分決定等によって控訴人が負っている本件各排水門の開放禁止義務に違反することになる。控訴人は,本件確定判決に基づく間接強制決定と別件仮処分決定等に基づく間接強制決定により,それぞれ多額の間接強制金を支払うよう求められている。不動産の二重譲渡のように単に損害賠償で処理できる事態ではなく,法は不可能を強いることができない以上,別件仮処分決定等がされたこと自体が,異議事由に当たる。
【被控訴人らの主張】
請求異議の訴えは,実体上の法律関係と合致しない債務名義の執行力を排除するための制度であるところ,別件仮処分決定等によっても,本件確定判決の当事者である控訴人と被控訴人らとの間において,本件確定判決によって確定された実体上の法律関係は変更されない。また,別件仮処分決定等は暫定的なものにすぎないこと,別件仮処分決定等は権利障害事由にすぎないことからすると,別件仮処分決定等は本件確定判決に対する異議事由に当たらない。
控訴人は,直ちに万全の対策工事を立案して対策工事に着手し,被害を生じさせることなく開門を実施すれば足りるのである。


権利濫用又は信義則違反

【控訴人の主張】

本件潮受堤防の創設は,①堤防により広大な農地と農業用水貯水池(本件調整池)を設けること及び②本件調整池の水位を海抜より1m以上低く保ちいわゆるダム機能を果たさせて本件調整池に流入する河川の溢水等による付近住民らの被害を防ぐことという2つの内容の社会基盤(インフラ)を整備する目的のために計画・実施されたものである。そして,憲法29条3項は,公共の用に供するインフラ整備のために財産権に損失が生じた場合は「正当な補償」によって対処することとしており,既に漁業被害等に対しては約280億円の補償がされ,不足があれば増額も可能である。
被控訴人らが求める「開門」は,上記インフラ整備の目的を破壊覆滅させるものである。これは,上記の憲法による秩序に正面から反し,甚大な損害を生じさせるものであって,権利の濫用として許されない。

確定判決等の債務名義に基づく強制執行が権利の濫用と認められるためには,①当該債務名義の性質,②当該債務名義成立の経緯,③当該債務名義により執行し得るものとして確定された権利の性質・内容,④当該債務名義成立後強制執行に至るまでの事情,⑤強制執行が当事者に及ぼす影響等諸般の事情を総合して,債権者の強制執行が,著しく信義誠実の原則に反し,正当な権利行使の名に値しないほど不当なものと認められる場合であることを要するものと解される(最高裁昭和
1368号同62年7月16日第一小法廷判決・裁判集民事151号423頁。以下「昭和62年最判」という。)。
そして,最高裁昭和

37年5月24日第一小法廷

判決・民集16巻5号1157頁,最高裁昭和

4
3年9月6日第二小法廷判決・民集22巻9号1862頁に照らせば,昭和62年最判における各考慮要素については,次のようにいうことができる。
①債務名義の性質に関しては,当該債務名義が確定判決,和解調書等のいずれであるかということに加えて,それが確定判決であったとしても,現在給付の訴え又は将来給付の訴えのいずれに係るものであるか,また,現在給付の訴えであったとしても,どの程度の確実な将来予測を内包するものであるかが考慮されているものと解される。
次に,②債務名義の成立の経緯に関しては,確定判決を債務名義とする事案において,当該事実が当事者及び裁判所において共通認識となっており,争点としては認識されておらず,必ずしも実質的に十分な審理判断がされていなかったような場合,また,当該債務名義が成立したこ
とに関し,帰責性がない場合はもとより,たとえ債務者側に一定の落ち度があった場合であっても,その落ち度が社会通念に照らして合理的な理由を伴うような場合には,それぞれ権利濫用該当性を肯定する方向に作用する事情として考慮されることとなる。
そして,③債務名義により執行し得るものとして確定された権利の性質・内容に関しては,債務名義に係る権利が将来予測を伴うような脆弱な性質を包含していると評価できるものである場合,また,当該権利の行使によって何らかの公法秩序との抵触を生じるような場合には,これらのこともまた,権利濫用該当性の判断において積極的に評価されるべきこととなる。
さらに,④債務名義成立後強制執行に至るまでの事情,⑤強制執行が当事者に及ぼす影響等諸般の事情に関しては,前訴において主張され,将来にわたって継続して発生することが予想されていた損害がその後に回復されたという事実,また,債務名義が成立した後,債務者側において当該債務名義に係る義務を誠実に履行し,被害の回復に努めていたような事実は,権利濫用該当性を肯定する方向に働く要素になると解される。さらに,債務者側が誠実に事態の解決に向けて努力しているにもかかわらず,債権者側において,単に形式的に権利のあることを振りかざすのみで,事態収拾への努力も欠き,結果において債務者側に損害を与えるような方法で権利行使に固執する場合には,権利濫用該当性を肯定する方向に働く重要な要素に当たると解される。
本件確定判決への当てはめ
a
債務名義の性質
本件確定判決は,将来給付の訴えを認容した判決であるという債務名義の性質からして,現在給付の訴えを認容した判決と対比して,将来請求の基礎となる将来の事実が判決の予測どおりには発生しなかっ
た場合に,その予測に反して事態が進行したという事実そのものが直ちに債務名義の執行力を是正するものとして反映されなければならないという特質を有する。
b
債務名義成立の経緯
本件確定判決が成立した際に,予備的請求(本件各排水門の常時開放請求)を認容するに当たり純粋に工事に要する期間である3年間しか猶予期間が設けられないなど,当事者はもとより裁判所においても,対策工事が容易に実施されることを当然の前提としていた。
また,本件確定判決の前提となる本件各排水門を常時開放した場合の影響等に関する事実関係は,事後に判明した本件環境アセスメントの内容等を前提とすれば当然に是正されるべきものであるところ,環境アセスメントの実施には一定以上の期間を要し,本件確定判決の口頭弁論終結時には,本件環境アセスメントの結果が判明しておらず,これに基づく主張をすることにつき期待可能性がなかったものであり,事柄の性質上,本件確定判決の成立過程においてその是正を図ることは不可能であった。
長崎1次開門訴訟に係る福岡高裁平成27年9月7日判決は,被控訴人らのうち別紙2被控訴人目録の「長崎1次開門訴訟の原告」欄が「原告」である被控訴人16名に関して損害賠償請求を棄却したし,被控訴人らよりも本件潮受堤防に近い場所で漁船漁業を行う小長井町漁協に所属する漁業者らについて本件潮受堤防の閉切りと漁業被害の発生との因果関係を否定した。
そして,平成29年評価委員会報告は,潮汐の変化について本件潮受堤防の閉切りによる影響があるとはせず,潮流速の変化についても本件潮受堤防の閉切りによる影響が限定的であるとし,本件潮受堤防の閉切り後の諫早湾における底質の泥化傾向,硫化物や有機物の増加
傾向がないとし,本件潮受堤防の閉切りによる貧酸素水塊の発生や赤潮の発生への影響は確認しなかった。
このように,漁業被害の発生及び本件潮受堤防の閉切りとの因果関係を肯認した本件確定判決の判示は,長崎1次開門訴訟に係る福岡高裁平成27年9月7日判決や平成29年評価委員会報告によって,その認定が社会通念ないし科学的経験則に著しく反することが明らかになっている。
c
債務名義により執行し得るものとして確定された権利の性質・内容漁業行使権は,特定の水面において特定の漁業を行うことができる一種の営業権としての性質を有するものであり,そもそも一定の漁獲量を保障するようなものではなく,当該特定の水面において当該特定の漁業を独占的排他的に行うことができるのであれば,漁獲高が減少したからといって,物権的請求権が発生することにならない。本件において,漁獲量や漁獲高の減少を理由に「開門」請求権は発生しないはずである。
本件確定判決は,控訴人に対し,5年間「開門」することを命じているが,そもそも5年間の開門義務が生じる実体法上の根拠が不明であるし,その説示に照らせば,本件確定判決は調査させる目的で開門を命じたものであり,調査及び準備に必要な期間として5年間としたものと解するほかない。
しかし,我が国の民事訴訟制度において,司法権が上記のような裁量的な命令(エクイティ)をすることができる実体法,手続法上の根拠はない。
また,本件各排水門の開門や閉門は,土地改良法その他関係法令に基づく公法上の法規制(公法規範)ないし公法秩序として,本件事業に係る事業計画,本件潮受堤防等に係る予定管理方法等,管理委託協
定書及び管理規程において,その具体的な方法が定められているから,その開門や閉門は,関係法令に基づく行政庁の裁量的判断によって行われるべき行政行為である。本件各排水門の開門は,本来公法上の当事者訴訟等行政訴訟の規律に従って審理判断されるべきものであったが,本件確定判決は通常の民事訴訟によって,行政庁の裁量権の内容,広狭等に一切考慮することなく公法上の法規制(公法規範)ないし公法秩序に反する開門行為を命じている。本件確定判決は民事訴訟における司法権の権限行使の範囲を逸脱する違法無効なものである。また,その結果として,防災上の支障,営農上の被害,新たな漁業被害,生態系等への影響等の甚大な被害を生じさせるものである。d
債務名義成立後強制執行に至るまでの事情及び強制執行が当事者に及ぼす影響等諸般の事情
本件確定判決は,開門することが現実的に可能な社会的,政治的状況を踏まえて言い渡されたものであるが,その後状況は変動し,現在開門が到底不可能な社会的,政治的状況となっている。
前記のとおり,本件確定判決は,本件各排水門の常時開放により被控訴人らの漁業行使権の侵害(漁業被害)が回復する利益を極めて小さいものとみているところ,諫早湾近傍部における漁獲量が増加傾向に転じたことにより,被控訴人らの漁業被害は回復されている。また,後記⑷【控訴人の主張】のとおり,本件確定判決が本件開門請求権の基礎として認めた共同漁業権及びこれに基づく被控訴人らの漁業行使権は,平成25年8月31日の経過により消滅し,漁獲量の減少を法的に「被害」として評価すべき根拠は完全に又は著しく希釈された。
前記のとおり,控訴人は対策工事の実施に向けて真摯に努力した
が,対策工事の実施そのものに対して,本件関係自治体ないし本件地
元関係者の強硬な反対運動が展開され,上記3年の期間内はもとより現在に至るまで対策工事に着手することすら不可能な状況に陥り,このような状況に立ち至ったことについて控訴人には全く帰責性はない。
そして,このような状況下で対策工事を行うことなく本件各排水門を常時開放すれば,前記のとおり,公益ないし公共上の利益に反する甚大な被害(防災上の支障,営農上の被害,新たな漁業被害,生態系への影響等)の発生が余儀なくされる。
さらに,控訴人は,別件仮処分決定等により本件各排水門の開放義務とは相反する法的義務を負担し,これに違反した場合には1日当たり49万円の間接強制金を支払う義務を負った。
控訴人は,平成23年2月以降,約1か月に1回の頻度で,被控訴人らの要請に対応するため,被控訴人らとの意見交換会を継続して実施していたところ,本件関係自治体及び本件地元関係者による予想外の強硬な反対を受けて解決策を模索し,話合いの継続を求めたが,被控訴人らは,上記反対によって対策工事を実施できないことを知りながら,控訴人は本件各排水門を開門するつもりがないなどと非難し,平成25年12月24日,佐賀地裁に対し,本件各排水門の開門義務を履行しないときは1日当たり1億円を支払う旨の間接強制決定を求める申立てを行った。
控訴人は,このような前代未聞の難局に対処するため,本件確定判決及び本件間接強制決定に基づき誠実に被控訴人らに対し間接強制金の支払を継続する一方,多額の費用を拠出して有明海の漁業環境を改善するための施策を実施し続けるとともに,長崎地裁の和解勧告に従い100億円規模の基金案を提示し,被控訴人らの多岐にわたる説明要求に応じて逐一丁寧に説明するなど,事態の抜本的解決を企図して
最大限の誠実な努力をした。
ところが,被控訴人らは,上記基金案についての控訴人の説明を頭ごなしに否定するばかりであり,多くの漁業団体等がこの基金案に対し理解を示し,長崎地裁も基金案を基礎とした再度の和解勧告を発出したにもかかわらず,長崎地裁を批判し,単に本件確定判決が債務名義として成立していることのみを根拠として,本件各排水門の開放に固執するばかりで,事態の解決に向けた努力を一切行うことなくこれを拒否したため,長崎地裁での和解は決裂した。控訴人は,その後も,福岡高裁において,話合いによる解決を目指すべく開門によらない基金による解決を目指したが,被控訴人らは,従前と同じく,本件各排水門の開門に固執するばかりであり,福岡高裁における和解も決裂した。
以上の事情を総合的に考慮すれば,本件各排水門の常時開放請求が本件確定判決により一部認容されているとはいえ,被控訴人らの漁業被害は既に実質的に回復されている上,対策工事を行うことなく本件各排水門を常時開放すれば公益ないし公共上の利益に甚大な影響が生じるにもかかわらず,被控訴人らは自己の権利に固執するばかりで,上記のような難局を解決することに向けた努力の姿勢すら見せず,単に本件確定判決及び本件間接強制決定のみを根拠として今後も間接強制金を受領し続けようとするものであって,このような態様による権利行使は,信義則に照らしても権利濫用禁止の原則に照らしても,到底法の許容するところとはいい難いことが明らかである。
さらに,被控訴人E1ら12名,被控訴人E13ら9名,被控訴人E22,同E23及び同E24は,後記⑸【控訴人の主張】のとおり,第2種共同漁業権(有共第1号)の内容となる漁業を現在行っておらず,それらの者の強制執行を許すことは,社会通念に反する。
また,島原漁協及び有明漁協における組合員審査資格は,後記⑸【控訴人の主張】のとおり,上記各漁協の定款及び資格審査規定に違反しているし,大浦支所に所属する被控訴人らについても,E13ら9名を除く者に対する組合員資格審査は,いずれも客観的資料を欠くものであって,その定款及び資格審査規定に違反するものである。これらの被控訴人らは,その被害の前提となる漁業行使権の存在及び正当性が確認されていないから,漁業被害を認めるべき要保護性が実質的に失われている。
e
そうすると,本件確定判決に基づく被控訴人らの強制執行は,昭和62年最判の基準に照らしても,著しく信義誠実の原則に反し,正当な権利行使の名に値しないほど不当なものであることが明らかであるから,権利の濫用として許されないというべきである。


被控訴人らが間接強制金の受領によって漁業被害を完全に補填されたにとどまらず,過剰な支払を受け続けている状態にあることは,前記の主張を補完する事情である(予備的主張)。

【被控訴人らの主張】
そもそも,控訴人が確定判決に従わず強制執行を受けることは憲政史上初の事態であり,我が国の立憲民主主義国家の在りようを揺るがす危機的状況である。

控訴人は,本件事業の目的等を強調するが,本件確定判決はそれを考慮した上でされたものであるし,開門の影響も控訴人が予定していた対策工事を行えば十分に防止できるから,開門は上記インフラ整備の目的を破壊覆滅するものではない。被控訴人らの権利行使は憲法秩序に反するものではない。


被控訴人らの権利行使は,昭和62年最判の基準に照らし,著しく信義誠実の原則に反し正当な権利行使の名に値しないほど不当なものでは全く
ない。
被控訴人らが本件潮受堤防の閉切りにより受けた漁業被害は,本件確定判決の口頭弁論終結時よりも拡大している。
債務名義の性質
本件確定判決が,開門につき3年間の猶予を付したのは,控訴人が対策工事に3年かかると主張したことを踏まえて猶予期間を設定したにすぎず,対策工事がされるという将来予測を前提にしたものではない。開門していない以上,違法性があることは明らかである。控訴人が主張する法理は,将来の損害賠償に関するものであり,開門請求を認めた本件確定判決には適用されない。
債務名義成立の経緯
本件確定判決は,平成14年11月26日の提訴から約8年間の十分な審理期間を経て,政府の方針としてこれを受け入れたことにより確定したものである。
また,本件確定判決の判断構造は,一般的なものであり,本件確定判決の前提となる事情も,本件確定判決の口頭弁論終結時と何ら変わりはない。
長崎1次開門訴訟において被控訴人ら16名が請求したものは損害賠償請求であって,本件確定判決の開門請求とは別個の訴訟物であるから,上記損害賠償請求を棄却した福岡高裁平成27年9月7日判決は,本件確定判決に影響しない。
平成29年評価委員会報告は,本件確定判決が本件潮受堤防の閉切りと漁業被害との因果関係を認定する根拠とした平成18年評価委員会報告の漁業被害に関する見解を維持しているし,本件確定判決が挙げた魚類の減少要因を否定していない。
潮流の変化に対する控訴人の主張は,潮流の減少は本来割合(%)で
行うべきところを絶対値で示しており相当でない。また,赤潮の増加に関する控訴人の主張については,赤潮の定義に矛盾するものであり,信用性がない。
債務名義により執行し得るものとして確定された権利の性質・内容漁業行使権に基づく物権的請求権として開門請求権は発生する。控訴人の主張は,本件確定判決に係る審理において主張できたものであり,蒸し返しにすぎない。
本件確定判決が開門の期間を5年間に限定したのは,常時開放請求につき一部認容したものと解するのが相当である。控訴人の主張は,本件確定判決に係る審理において主張し得たものであり,蒸し返しにすぎない。
控訴人は,開門が行政行為であると主張するが,それは本件確定判決に係る審理において主張できたものであり,蒸し返しにすぎない。また,控訴人は,本件確定判決が公法秩序に反する旨主張するが,開門は本件事業の効果を失わせるものではなく,公法秩序に反するようなものではない。
債務名義成立後強制執行に至るまでの事情及び強制執行が当事者に及ぼす影響等諸般の事情
控訴人の社会状況,政治状況等の変化に関する主張は,実質的には,政権交代が起きれば確定判決を守らなくてもよいというに等しいものであり,法的安定性,司法権の独立の観点からも成り立たないことは明らかである。
控訴人は,前記のとおり,必要がない本件環境アセスメントを行うなど,本件確定判決を誠実に履行する意思をもとより有しておらず,様々な口実を付けて懈怠しているにすぎず,自らを被害者であるかのように仮装するものである。

対策工事,別件仮処分決定等に関する控訴人の主張についても,前記のとおり,理由がない。漁業権消滅に関する控訴人の主張についても,後記のとおり,理由がない。
また,被控訴人らは,控訴人に対し,開門の直接強制を求めているのではなく,穏当な間接強制を求めるにとどまるものである。
控訴人が主張する基金は,被控訴人らが間接強制の申立てをした後に提案されたものであり,債務名義成立後強制執行に至るまでの事情には当たらないし,その内容もこれまでの有明海再生事業と同様のものであり,成果が出るようなものではない。控訴人は,この基金について想定問答集まで作成して漁業協同組合の切り崩しを行ったりするなど,結局は,開門しない,すなわち本件確定判決に基づく義務を履行しないための努力を続けてきたにすぎない。
控訴人が主張する対策工事の実施が不可能な状況は,控訴人によって作出されたものであること,本件各排水門の開放に反対する第三者の行為という何ら被控訴人らに責任がない事情によって権利の実現を阻害されている被控訴人らが,その権利の実現のために本件確定判決に基づく強制執行を行うことは当然に認められるべきであって,権利の濫用又は信義則違反には該当しない。
以上によれば,被控訴人らの強制執行は,正当な権利行使であり,権利濫用に当たらないことは明らかである。また,間接強制金の受領が,権利濫用を補完する事情にならないことも明らかである。


被控訴人らの本件開門請求権の前提となる漁業行使権及び共同漁業権の消滅(当審で追加された主張)

【控訴人の主張】

被控訴人らは,本件各組合に属するところ,本件確定判決の口頭弁論終結時点における被控訴人らの漁業行使権ないし本件開門請求権の前提とな
る本件各組合の共同漁業権は,いずれも平成25年8月31日にその存続期間が経過している。
そして,現行漁業法は,共同漁業権については10年を存続期間として定め,その更新を認めていない。
漁業法における共同漁業権の性質・内容,帰属主体,組合員の漁業を営む権利の内容等についての規定,漁業法の改正経緯(特に漁業権免許の更新制度が廃止された経緯),漁業権の法的性質からすると,共同漁業権は,法定の存続期間の経過により消滅すると解するほかない。
そうすると,本件確定判決の口頭弁論終結時点において被控訴人らの漁業行使権の前提となっていた本件各組合の共同漁業権は,いずれも本件確定判決の口頭弁論終結後である平成25年8月31日の存続期間の経過により消滅したというべきである。そして,本件各組合の共同漁業権の消滅は,被控訴人らの本件開門請求権の消滅をもたらす。

本件各組合の共同漁業権は,消滅後,知事によって新たに免許されているが,新たに免許された共同漁業権は,飽くまでも当該免許によって設定された新たな権利であり,被控訴人らの本件開門請求権の前提となる共同漁業権とは別の権利であり,法的な同一性を有するものではない。

控訴人は,本件訴訟の原判決において一部の一審被告について組合員資格を喪失したことによって請求を認容されたことを踏まえて改めて検討した結果,共同漁業権の喪失の主張をするに至ったものである。また,共同漁業権の喪失の主張は,法律上の主張であるし,訴訟の完結を遅延させるものではないから,時機に後れた攻撃防御方法には当たらない。また,一般条項である信義則違反を理由に直接攻撃防御方法を却下することは許されない。
立法府は,公益的見地から漁業権の存続期間を10年と定め更新を許さないと定めたものであり,個別の民事訴訟において主張制限がされたこと
により立法府が公益的見地から定めた規定に反してその趣旨を没却する結果となることは許されないというべきである。

また,漁業権等の消滅に関する補償については,漁業者らが共同漁業権の消滅後も含めて現実に漁業を営むことができなくなる事実上の損失の対価を補償する趣旨で行われており,共同漁業権が消滅することと矛盾しない。

【被控訴人らの主張】
前訴が提起されたのは平成14年11月26日であるところ,控訴人は,本件各組合の共同漁業権の免許が平成15年8月31日に満了したことからすれば,前訴での審理において,本件各組合の共同漁業権の消滅を主張することができたのにこれをしなかったし,訴えの変更等の手続も求めていない。上記経過に照らせば,上記漁業権の消滅の主張は,実質的には本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事由とはいえない。また,控訴人は平成26年1月9日に本件訴えを提起したが,原審において裁判所から他に主張すべき異議事由がないか繰り返し確認されたにもかかわらず,これを主張せず,本件訴訟の控訴審に至るまで,被控訴人らの漁業行使権が消滅したという主張は一切しておらず,被控訴人らの漁業行使権が消滅するという主張は,時機に後れた攻撃防御方法であるから却下されるべきである。
また,被控訴人らの漁業行使権が消滅するという主張は,前訴を通じた控訴人の態度と矛盾するものであって,被控訴人らの権利を根底から覆すものであり,権利濫用又は信義則違反であるから却下されるべきである。
私人間の民事訴訟においては,当事者の訴訟追行の結果,実体法上の適用と異なる結果となることは当然のことであり,控訴人の漁業権消滅に関する主張が認められず,仮に漁業法の解釈と異なる結果となったと
してもそれはやむを得ないところである。

我が国においては,明治維新という体制の大変革や,明治43年における明治漁業法の制定による大規模な漁業制度の変更においても,江戸時代の藩政以来の漁業慣行を尊重し,基本的には既存の権利関係を剥奪・変更することなく維持してきた。漁業改革において既存の漁業権が消滅させられ新たな漁業権が設定されたのは,現実に当該漁場において自ら操業する漁業者らに,漁業権,その中核としての漁業行使権を与えこれを行使できるようにするための手段であった。
そして,戦後制定された現行漁業法において漁業権の分配を免許制とし,存続期間を法定したのは,飽くまで「漁場の高度利用」という政策的配慮によるものであって,免許制や免許期間の定めが漁業権の本質に由来する不可欠の前提というわけではない。よって,法定の免許期間を経過した漁業権を「消滅する」と解する論理的必然性はない。むしろ,現行漁業法下における免許期間経過後の漁業権の消長を議論するに当たっては,「漁場の高度利用」という免許制及び存続期間法定の趣旨・目的への適否を検討する必要がある。この点,漁場の高度利用のためには,現実に漁業を営んでいない漁業者らから漁業権ないし漁業行使権を収用できる仕組みさえあればよいのであり,現に利用し,継続して免許される漁業者らから「消滅」という解釈によって権利を奪う必要性,合理性はない。
これに加え,現行漁業法の出発点となった戦後の漁業制度改革の趣旨が,自ら働く漁業者らに漁業権を与えることにあることに鑑みれば,現実に自ら漁業を営む漁業者らの漁業行使権につき,法定の免許期間を経過したものを「消滅する」とまで解するのは,法の目的を超える権利の剥奪であって,現行漁業法の解釈として行き過ぎたものといわなければならない。


漁業者らが有する漁業行使権は,財産権(憲法29条1項)そのもので
ある。漁業行使権が消滅すると解することは,かかる漁業行使権は,現行漁業法の下,「漁場の高度利用」という政策的理由によって強制的に剥奪されることを意味する。我が国の憲法の下で,このような権利の剥奪は,正当な補償の下にのみ行われなければならない(同条3項)。本件のように,現実に漁業を営む漁業者らの漁業行使権が消滅し,これによって既に確定した物権的請求権の行使が制限されるとするならば,かかる重大な不利益に対する補償が必要であることは,憲法29条3項の趣旨から当然である。
本件において,控訴人が免許期間経過による被控訴人らの漁業行使権消滅に対し何らの補償も行っていないことは争いがない。そうすると,本件で控訴人が主張する消滅論は,憲法29条3項に反する違憲な法解釈というほかない。
なお,仮に,漁業行使権が免許期間の経過により消滅することが現行漁業法の解釈として正当だとすると,現行漁業法は正当な補償を行わずに漁業行使権を剥奪することを許容していることになるが,このような法令は,憲法29条3項に反する違憲な法令ということになる。他方,現行漁業法を憲法に適合するよう解釈するならば,漁業権ないし漁業行使権は,その免許期間の経過によって消滅しないものと解すべきである(合憲限定解釈)。

本件確定判決も,被控訴人らの漁業行使権が少なくとも執行の期限から5年間は継続することを当然の前提としている。


仮に,被控訴人らの本件開門請求権の前提となる共同漁業権が免許期間の経過により消滅したとしても,新たに免許された共同漁業権は,権取得の手続,

漁業

漁業権行使の実態等に照らせば,

被控訴人らの本件開門請求権の前提となる共同漁業権と法的な同一性を有する。

漁業権取得の手続においては,現状の漁業関係者の要望等の調査を行った上で漁場計画の原案作成等の後に免許申請が行われていること,免許が切れる10か月以上前から漁業関係者の要望及び漁場条件の調査に着手していること,漁業協同組合も免許期間が満了するはるか以前から申請を行っていることなど,実質的には更新制度と同様の運用がされている。
都道府県知事は,漁業権が間断なく継続するように,漁場計画の樹立を義務付けられ,共同漁業権は,漁場計画の根幹をなすものと位置付けられている。漁場計画には,既存の漁業者らが積極的に参加し了解を得ることとされており,既存の漁業者らの要望が十分に反映されるようになっている。
免許についても,共同漁業権については,定置漁業権や区画漁業権(水産動植物の養殖業を営む漁業権)と異なり,優先順位の定めはなく,既存の漁業協同組合の申請は全て免許される仕組みとなっている。また,水産業協同組合法上も,漁業協同組合は組合員たる資格要件を備える者の加入を制限できず(25条),組合員として受け入れなければならないし,組合からの脱退も自由である旨規定しており(26条),漁業協同組合の都合により個々の漁業者らの漁業を営む権利が制限される事態も回避するように制度設計されている。
以上のとおり,漁業の実態が継続する限りは,既存漁業者らの権利は奪われず,その漁業権が存続するような制度となっている。
共同漁業権については,ほぼ例外なく間断なく再度免許されているのが運用の実態である。
本件各組合が平成25年9月1日に免許された共同漁業権は,いずれも従前の共同漁業権と全く又はほぼ同一の内容となっており,これまで間断なく再度ほぼ同一の免許がされている。平成15年9月1日に免許
された共同漁業権と平成25年9月1日に免許された共同漁業権が,免許期間が異なるのは当然であるし,権利の内容も農第1号の「うみほおづき漁業」が免許されていたかどうかというごく些末な点が異なるだけである。
漁業の実態としても,従前の免許が切れる平成25年8月31日の前後で何ら変化はない。

また,共同漁業権が免許期間の満了により消滅するとすれば,本件事業のように相当期間漁業への影響が存続する事業については,共同漁業権が満了して新たな共同漁業権が成立するたびに新たな漁業補償を要することになるはずであるし,控訴人が本件事業において漁業補償の前提とした漁業補償の内容として「永久」や「11年」といった期間の影響を定めていることなど,漁業補償の実情と全く相反するものである。


共同漁業権の消滅に関する控訴人の主張は,被控訴人らが開門請求権を取得するに至った事由に関するものにすぎず,債務名義に係る請求権の存在又は内容についての異議事由には当たらない。
仮に,被控訴人らの開門請求権が消滅したとしても,訴訟上は承継執行の問題と解すべきであり,異議事由には当たらない。



漁業協同組合の組合員たる地位の消滅(当審で追加された主張)

【控訴人の主張】

別紙2被控訴人目録の番号43の被控訴人E22は,平成27年4月1日から平成28年3月31日まで漁業を営んだ日数及び漁業に従事した日数がいずれもゼロ日であると認めているし,同目録の番号45の被控訴人E23及び番号50の被控訴人E24は,組合員資格審査の必要書類である組合員資格実態調査票を提出しておらず大浦支所からも1年を通じて漁業を営むことも漁業に従事することも全くしていないものと認められている。上記被控訴人らはいずれも佐賀県有明海漁業協同組合が定款において
定める正組合員及び準組合員たる資格要件である「漁民」に該当しないから,組合員たる地位を喪失したものである。休漁は,佐賀県有明海漁業協同組合の定款附属書組合員資格審査規程に照らせば,組合員資格を喪失させないことの理由にはならない。

島原漁協及び有明漁協は,共同漁業権ごとに漁業権行使規則を制定しているところ,いずれの漁業権行使規則も,漁業を営む権利(漁業行使権)を有する者の資格を「個人である正組合員であること」に限定している(各2条)。そして,島原漁協及び有明漁協は,各定款において,いずれも正組合員の資格要件として「この組合の地区内に住所を有し,かつ,1年を通じて90日を超えて漁業を営み又はこれに従事する漁民」(各8条1項1号)と定めている。
水産業協同組合法の改正経緯及びその各規定からすれば,水産業協同組合法は,漁業協同組合に対し,組合員の資格審査を恣意的に行うことを許容してはおらず,明確な基準の下で客観的な資料に基づき組合員資格審査を実施することを求めていると解される。
しかし,島原漁協の被控訴人ら10名及び有明漁協の被控訴人ら16名に関する組合員資格審査は,上記各組合の定款及び組合員資格審査規程が定める水揚仕切書や雇用証明書といった客観的資料に基づかずに行われており,かかる資格審査は水産業協同組合法の趣旨に反する上,上記定款及び上記組合員資格審査規程に違反するものである。上記各漁協に所属する上記被控訴人らが上記客観的資料を提出しなかった真の理由は,1年を通じて90日を超えて漁業を営み又は漁業に従事していなかったからにほかならない。上記被控訴人らは漁民とは認められないから,正組合員たる地位を喪失したものである。


以上のとおり,上記ア,イの被控訴人らは,本件各組合の組合員たる地位を喪失して本件各組合を脱退したものであり,漁業行使権に基づく本件
開門請求権を失っている。
【被控訴人らの主張】

被控訴人らは,本件潮受堤防の閉切りという違法行為によって漁業被害を受け,漁業の継続が困難になったことから,漁業に従事していないのであり,開門義務を怠っている控訴人が,被控訴人らの組合員資格の喪失を主張すること自体信義則に反するものである。


大浦支所について
水産業協同組合法18条1項1号にいう「漁業を営み又はこれに従事する」に関しては,自身だけでなく他人の営む漁業に従事していたか否か,漁業を営み又は従事する意思や能力の有無(仮に現在は休業している場合は再び漁業に復帰する意思や能力の有無),客観的状況の有無,準備行為から販売に至るまでの一連の行為の有無等の諸般の事情を考慮して実質的に判断しなければならないのであり,過去の実績や客観的資料のみで判断できるものではなく,本人の供述等の主観的な要素に基づいて判断することは妨げられない。
被控訴人らは,本件確定判決の当事者として一部の者を除いて間接強制の申立てをするなど,漁場環境の改善,漁業資源の回復を求めている者であり,漁業を営み又は従事する意思を有することは明らかである。そして,ある特定の漁業(タイラギの潜水器漁業)を営んでいる者は,他の漁業が当然に可能ではないし,他の漁業を行うかどうかはその者の判断に委ねられるべきであるから,特定の漁獲資源の回復を期待して休漁することも当然に許されるべきである。


島原漁協及び有明漁協について
前記のとおり,組合員の資格審査は,客観的資料のみから判断すべきものとはいえず,島原漁協及び有明漁協における組合員資格審査は,何ら不合理なものではない。

島原漁協の被控訴人ら10名については,提出されている申告書は十分に客観性が認められる資料であるし,いずれも船舶を保有している者であるから,漁業を営み又は従事する意思や能力を有する。
有明漁協の被控訴人ら16名についても,有明漁協が,客観的な状況による判断と明示した上で,組合員資格を肯定している。

仮に,一部の被控訴人らの組合員資格が否定されたとしても,他の被控訴人らが漁業を行っている以上,本件確定判決が覆されることはない。
第3

当裁判所の判断
争点⑷(被控訴人らの本件開門請求権の前提となる漁業行使権及び共同漁業権の消滅)について検討する。

1
認定事実
争いがない事実,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の各事実が認められる。


現行漁業法の規定等について
現行漁業法は,漁業生産に関する基本的制度を定め,漁業者及び漁業従事者を主体とする漁業調整機構の運用によって水面を総合的に利用し,もって漁業生産力を発展させ,あわせて漁業の民主化を図ることを目的とし(同法1条),漁業権について,定置漁業権,区画漁業権及び共同漁業権をいうものと規定している(同法6条1項)。
次に,現行漁業法は,漁業権の設定を受けようとする者は,都道府県知事に申請してその免許を受けなければならないと規定し(同法10条),都道府県知事は,その管轄に属する水面につき,漁業上の総合利用を図り,漁業生産力を維持発展させるためには漁業権の内容たる漁業の免許をする必要があり,かつ,当該漁業の免許をしても漁業調整その他公益に支障を及ぼさないと認めるときは,当該免許について,海区漁業調整委員会の意見を聴き,漁業種類,漁場の位置及び区域,漁業時期その他免許の内容た
るべき事項,免許予定日,申請期間等(共同漁業については関係地区)を定めなければならない旨規定し(同法11条1項),都道府県知事は,現に漁業権の存する水面についての当該漁業権の存続期間の満了に伴う場合にあっては当該存続期間の満了日の3か月前までに,その他の場合にあっては免許予定日の3か月前までに,同法11条1項の規定による定めをしなければならない旨規定し(同法11条の2),海区漁業調整委員会は,都道府県知事に対し,同法11条1項の規定により免許の内容たるべき事項,免許予定日,申請期間及び地元地区又は関係地区を定めるべき旨の意見を述べることができ(同条3項),この意見を述べるときは,あらかじめ,期日及び場所を公示して公聴会を開き,利害関係人の意見を聴かなければならない旨規定している(同条4項)。
そして,現行漁業法は,申請された免許については,免許を希望する申請人のうちから,適格性のある者に,かつ,各漁業権について定められた優先順位に従って免許を与える旨規定し(同法13条~19条),共同漁業権については,その免許について適格性を有する者を漁業協同組合又はその漁業協同組合を会員とする漁業協同組合連合会(以下「漁業協同組合等」ともいう。)に限定し(同法14条8項),適格性を有する漁業協同組合等に対してのみ免許をする旨規定し(同法13条1項),漁業協同組合の組合員(漁業者又は漁業従事者である者に限る。)であって,当該漁業協同組合等がその有する共同漁業権ごとに制定する漁業権行使規則で規定する資格に該当する者は,当該漁業協同組合等の有する当該共同漁業権の範囲内において漁業を営む権利を有する旨規定し(同法8条1項),上記漁業権行使規則は,都道府県知事の認可を受けなければその効力を生じない旨規定している(同法8条6項)。なお,水産業協同組合法5条は,漁業協同組合は法人とし,組合員たる資格要件(同法18条)を備える者の加入を制限することはできず(同法25条),組合からの脱退も自由で
ある旨規定している(同法26条)。
また,現行漁業法は,共同漁業権について,漁業権の存続期間が,免許の日から起算して10年である旨規定し(同法21条1項),都道府県知事は,漁業調整のため必要な限度において更に短い期間を定めることができる旨規定し(同条2項),都道府県知事は,漁業調整その他公益上必要があると認めるときは,免許をするに当たり,漁業権に制限又は条件を付けることができる旨規定し(同法34条1項),漁業調整,船舶の航行,停泊,係留,水底電線の敷設その他公益上の必要があると認めるときは,漁業権を変更し,取り消し又はその行使の停止を命ずることができる旨規定している(同法39条1項)。

水産庁長官は,平成24年6月8日付けで,都道府県知事に対し,「漁場計画の樹立について」と題する通知(24水管第684号。以下「本件通知」という。)を発した。(乙73)
本件通知には,「漁場計画は,より合理的かつより高度な漁業上の総合利用を図るために定めるものであることから,現在免許をしている漁業権についても,時日の経過によって自然的及び社会経済的条件が変化しているということを十分考慮しつつ,水面を漁業上総合的に利用し,漁業生産力を積極的に開発するという観点から再検討しなければなりません。例えば,従来漁業権の対象としていた漁業であっても,漁業権を整理統合した方が良い場合や,操業実態の変化等から許可漁業等として取り扱うことが望ましい場合もあるため,漁業権の内容として免許すべきかどうか慎重に検討することが必要です。」との記載のほか,平成25年8月31日に現漁業権の存続期間が満了するものを例として,次のようなスケジュールが適当と思われるので参考にして手続を進められたい旨の記載がある。(乙73)


漁業関係者の要望及び漁場条件の調査

平成24年10月末まで



漁場計画の原案作成



委員会への諮問



委員会からの答申



漁場計画の決定及び公示



免許の申請期間



適格性,優先順位の審議及び答申



免許



平成24年12月末まで

平成25年1月初旬
平成25年2月中旬
平成25年3月1日

平成25年3月1日から同年5月31日まで
平成25年8月中旬まで

平成25年9月1日

漁業法の改正の経緯

江戸時代に入り,農民の自家食料や肥料を目的として農業の副業的形態であった漁業が,農業から分化,発達して沿岸各地に漁業を専業とする漁村部落ができた。そして,各地方に現在の漁業権,入漁権の原型である漁場利用の権利関係が形成されてきた。この時代は,封建制度が発達して,各藩の藩主が土地と同じように水面も領有するということを前提として,永年の漁場利用の慣行により,または,功績,貢納等による特許により,地先の漁場を地元の漁村部落が独占的に利用する権利が認められた。そして,この権利は,その漁村部落の漁民全体の総有に属し,村中総漁民による漁場の入会利用であった(この権利は,いわゆる「海の入会い」であって,その性質は,水面を漁業に利用する権利というより,むしろ,部落による地先水面の所持(所有)であったといわれている。)。また,網漁業のように部落漁民の入会漁業に適さない漁業については,一人又は数人の仲間に,藩主からその漁場の独占利用権が特許されていた。
この時代は,全国に通ずる漁業法制があるわけではなく,各藩において規制していたが,多くは,「磯は地附き,沖は入会い」として,部落又は個人による漁場の独占利用権は磯(すなわち沿岸部)に限定され,沖合部は付近漁民の共同の利用に供されていた(この考え方は現在も基本的に踏襲されている。)。

(本項につき,乙72)

明治維新によって藩政が消滅したため,従来の漁場の独占利用権はその基礎を失ったが,新政府は,漁場秩序の混乱を避けるため従来の漁場利用の慣行はそのままの形で認めることとした。しかし,新政府は,明治8年に「太政官布告」を発出して海面は全て官有であることを宣言し,従来の漁業上の利用関係を一切否認して,漁業のために海面を使用しようとする者には新たに海面借用の申請を出させ,借区料を徴収しようとした。しかし,漁業者らが申請に当たり漁場区域の拡張を争って漁場紛争が続発するところとなったため,新政府は明治9年に上記太政官布告を事実上取り消して,漁業者らには府県税を課し,府県においてなるべく従来の慣習に従って漁業の取締りを行うこととした。(乙72)


明治十年代の経済の急速な変化に伴い,従来の漁業慣習について紛争が深刻化したため,政府は,明治19年に「漁業組合準則」を定め,旧来の漁業慣行を基礎とした漁場秩序の確立を図るため,各地に漁業組合を組織させた。そして,これを単位として漁場区域と操業規律を組合規約の形で定めさせ,旧来の慣行を自治的に確認させようとしたが,漁業組合の定めた規約では漁場区域を旧来の慣行を越えて自己の漁場を広く定めるなど,漁業紛争が絶えなかった。
そこで,政府は,明治34年,漁業問題の抜本的解決を図るため,漁業法を初めて制定し,法律による国家統制を行った。しかし,この法律は,漁業権の法的性格が明確でない等の理由で直ちに改正の議が起こり,明治43年に改正されることとなった。
(本項につき,乙72)


明治43年に全面改正された漁業法(明治43年法律第58号。以下「明治漁業法」という。)は,漁業権・入漁権制度について,藩政以来の漁業慣行をそのまま各形態に応じて組み入れた。すなわち,江戸時代から
の旧慣を漁場の利用関係,権利主体等各般の点において,できるだけ従来の実態的関係をそのまま認める趣旨の下に,近代法的に整備したものであった。明治漁業法においては,水面を専用して漁業をなす権利を得ようとする者は行政庁の免許を受けるべき旨規定し(同法5条1項),漁業権の存続期間は20年以内において行政庁の定めるところによる旨規定し(同法16条1項本文),前項の期間は漁業権者の申請によりこれを更新することができる旨規定していた(同条2項)。(甲133,乙72)明治漁業法の下では,漁業権の取得を希望する者が自分が好む位置を選び,好む内容の漁業権の免許を申請し(先願主義),これに対し,免許官庁は,既に免許を与えている漁業権と相容れないことのない限り免許するのを原則とし,漁業全体の総合的高度利用という立場から申請の適否を審査する余地が全くなかった。しかも,一旦免許された漁業権は,存続期間の更新制度によって,漁場条件の変化等に関わりなく永久に続く権利と考えられた。すなわち,明治漁業法16条1項で,漁業権の存続期間は20年以内において行政庁の定めるところによるとし,かつ,同条2項で,前項の期間は,漁業権者の申請によりこれを更新することができるとされていたため,20年という長い存続期間と更新制度によって半永久的な権利とされていたのである。この結果,漁業権の設定は,全く各個人の意思に依存し,定置漁業における前網後網の関係でしばしば見られたように,おびただしい空権の発生があっただけでなく,海況,漁況等の漁場条件の変化や,漁具,漁法の進歩にかかわりなく,漁場の利用関係は固定化し,漁場の合理的利用を図ることはできなかった。(甲133,136)オ
太平洋戦争の終結後,水産行政については,危機的な様相を帯びた食料不足の状態にあって,占領軍の軍政による厳しい規制と指揮の下,漁場の喪失,漁船の喪失,陸上水産施設の破壊と資材の極端な不足等の状況にあった水産業をいち早く復興させることが緊急の要務であったが,これと並
んで漁業の民主化が大きな課題となった。(甲172)
農林省は,連合軍総司令部(以下「GHQ」という。)による指令の下,昭和21年11月,水産局に企画室を設置して漁業制度改革に着手し,昭和22年1月に第一次案をGHQに提出した以降,難航の末,第四次案が国会に提出され,更に一部修正の上,昭和24年11月29日に国会を通過し,同年12月15日,漁業法は,昭和24年法律第267号として公布され,その後,昭和25年3月14日に施行された(以下「昭和24年漁業法」という。)。昭和24年漁業法により明治漁業法は廃止された。(甲134,172)

漁業制度改革の一環として,上記のような先願主義と更新制度を廃止し,漁場計画制度が採用された。すなわち,漁業権の設定については,従来のような個別的申請を認めず,漁場の利用方式について十分な調査研究と技術的検討を加えた上で,漁民の要求を基礎としてあらかじめ漁場の利用計画を定め,それに従って漁業権の免許を申請させ,申請者の適格性を審査し,優先順位に従って免許することとし,漁場計画と違った個別的な申請は認められないこととされた。(甲134,136)
昭和24年漁業法は,漁業権を,定置漁業権,区画漁業権及び共同漁業権をいうものと規定し(同法6条1項),漁業権の存続期間につき,定置漁業権又は区画漁業権については免許の日から起算して5年,共同漁業権は免許の日から起算して10年と規定し(同法21条1項),区画漁業権については,上記存続期間は,その満了の際に,漁業権者の申請により延長することができる旨規定し(同条2項),明治漁業法よりも存続期間を短縮し,区画漁業権については延長制度を残したものの,定置漁業権及び共同漁業権については更新制度を廃止した。これは,これらの権利の存続期間の長いことと更新制度の存在が漁場の利用関係を固定化させ,漁業生産力の停滞をもたらし,封建的な生産関係を温存する一因であったためで
ある。他方,区間漁業権のみについて期間延長制度が規定されたのは,養殖であるからある程度恒久的な施設もあり,優先順位もとりたてて問題にするまでもないし,漁場の再整理も一旦白紙にして全面的に再検討しなくとも更新期に多少の手直しをし,更新申請の際個別に検討して不都合なものを切れば足りるからというふうに説明されていた。(甲134,136,137,174,175)
そして,昭和24年漁業法に基づき,漁業調整委員会が設置され,同委員会は,漁民の一般選挙によって選出される漁民委員7名,学識経験委員2名及び公益委員1名によって構成され,その第1回選挙は,昭和25年8月15日に全国一斉に行われた。また,昭和24年漁業法に基づき,従来の漁業権は,昭和24年漁業法施行後,2年間の準備期間を置いて消滅することとされ,その間に漁場計画を立てて新漁業権が新たに設定されることとされた。そして,漁業権証券発行との関連もあって,政令により,従来の漁業権の消滅は昭和26年9月,昭和27年1月と指定され,この2回に間に合わないものは昭和27年3月までに消滅するとされた。第1回目の従来の漁業権の消滅で,総数約4万1600件のうち約70%の2万8600件が消滅し,第2回目の従来の漁業権の消滅で残余の大半が消滅した。(甲134,172)
さらに,昭和37年法律第156号による改正(以下「昭和37年漁業法改正」という。)によって,昭和24年漁業法21条2項は削除され,残存していた区画漁業権に関する延長制度も廃止された。(甲135)昭和37年漁業法改正については,既存漁業権者,ことにノリ養殖業者がその権利を弱体化するものであるとして反対をし,改正法案提出後の国会における最大の論点となったが,漁場計画制度の趣旨から存続期間延長制度は存置すべきでないという結論になり,区画漁業権の延長制度は存続されなかった。(甲135,137,175)



漁業補償について
控訴人は,漁業権の消滅に係る補償については,「土地改良事業に伴う用地等の取得及び損失補償要綱の運用指針」(昭和46年1月11日農林省農地局長通知)に基づき,当該権利を行使することによって得られる平年の純利益を資本還元した額を基準に従って算定している。(甲163,164,404,405)
控訴人は,本件事業に伴う漁業補償を行うに当たり,本件事業による諫早湾内,湾外の漁業への影響を検討した。控訴人は,湾内12の漁業協同組合については,操業制限11年間,濁りは潮受堤防前面で5年間,採砂地周辺で11年間,流速変化は永久,再生産は永久と評価した。(乙83)

長崎県は,昭和62年3月19日,本件事業の実施に伴い,諫早湾内漁業権者である12の漁業協同組合及びその組合員との間で,漁業補償契約を締結した。上記12漁業協同組合及びその組合員は,長崎県との間で,諫早湾内における全ての漁業権等を放棄し,それにより生ずる損失補償を受け,本件潮受堤防外に位置する漁業協同組合及びその組合員は諫早湾内における漁業権等の一部放棄等をし,それにより生ずる損失補償を受け,上記契約の締結をもって,本件事業に伴う漁業補償については全て解決したものとし,長崎県に対し今後一切異議,求償等を行わず,この契約締結後,漁業権等が切り替えられ,新しく免許,許可がなされる漁業権等及び各組合に所属する組合員の変動に対しても,上記契約の効力に何ら変わりはないものとする旨合意した。(甲403)
控訴人は,昭和62年5月20日,長崎県との間で,漁業権等の先行補償に関する契約を締結した。控訴人は,長崎県に対し,補償費相当額を昭和62年度以降5か年度で,各年度の予算措置に応じて支払うことに合意した。(甲2)


控訴人は,昭和62年7月20日,長崎県の11の漁業協同組合との間
で,漁業補償契約を締結した。控訴人は,本件事業の施行に伴う長崎県の11の漁業協同組合の有する漁業権等に対する全ての損失について補償するものとし,長崎県の11の漁業協同組合は,この契約をもって,本件事業に伴う漁業補償については全て解決したものとし,控訴人に対しては今後一切異議,求償等を行わないものとし,この契約締結後,漁業権等が切り替えられ,新しく免許,許可がなされる漁業権等及び各組合に所属する組合員の変動に対しても,この契約の効力に何ら変わりはないものとすることに合意した。(甲150)

控訴人は,昭和63年3月17日,大浦漁業協同組合との間で,漁業補償契約を締結した。控訴人は,本件事業の施行に伴い大浦漁業協同組合が受けると予測される敷網漁業,刺網漁業,船曳網漁業,かご漁業及び潜水器漁業(以下「敷網漁業等」という。)の損失について,大浦漁業協同組合に補償するものとし,大浦漁業協同組合は,このことについて今後異議,求償等を行わないものとすることに合意した。(甲2)
控訴人は,昭和63年4月28日,大浦漁業協同組合との間で,上記敷網漁業等以外の全ての漁業の損失を対象とする漁業補償契約を締結した。すなわち,控訴人は,本件事業の施行に伴い大浦漁業協同組合が受ける,敷網漁業等以外の全ての漁業の損失について,大浦漁業協同組合に補償するものとし,大浦漁業協同組合は,このことについて今後異議,求償等を行わないものとすることに合意した。(甲151)



本件各組合の共同漁業権について

大浦支所
本件確定判決において,大浦支所の被控訴人ら25名が有する本件開門請求権の前提となる共同漁業権として認定されたものは,有共第1号である。(甲1,2)
有共第1号の共同漁業権(佐賀県有明海漁業協同組合連合会に付与され
た。)については,本件開門請求権の前提となる共同漁業権は,平成15年9月1日に免許され,免許の存続期間は同日から平成25年8月31日までとされており,同年9月1日に新たに免許された共同漁業権とは,免許の存続期間を除いて同じ内容である。(甲95,129)

島原漁協
本件確定判決において,島原漁協の被控訴人ら10名が有する本件開門請求権の前提となる共同漁業権として認定されたものは,南共第10号及び南共第79号である。(甲1,2)
南共第10号の共同漁業権については,本件開門請求権の前提となる共同漁業権は,平成15年9月1日に免許され,免許の存続期間は同日から平成25年8月31日までとされており,同年9月1日に新たに免許された共同漁業権とは,免許の存続期間を除いて同じ内容である。(甲130,乙77の1・2)
南共第79号の共同漁業権については,本件開門請求権の前提となる共同漁業権は,平成15年9月1日に免許され,免許の存続期間は同日から平成25年8月31日までとされており,同年9月1日に新たに免許された共同漁業権とは,免許の存続期間を除いて同じ内容である。(甲131の1,乙78の1・2)


有明漁協
本件確定判決において,有明漁協の被控訴人ら16名が有する本件開門請求権の前提となる共同漁業権として認定されたものは,南共第79号,南共第7号及び南共第8号である(甲1,2)。なお,上記各免許は,有明町漁業協同組合に対して付与されたものであるが,同組合は,平成19年4月2日,国見町多比良漁業協同組合と合併して有明漁協が設立された。(甲131の1~3,甲132の1・2)
南共第79号の共同漁業権については,上記のとおり,本件開門請求権
の前提となる共同漁業権は,平成15年9月1日に免許され,免許の存続期間は同日から平成25年8月31日までとされており,同年9月1日に新たに免許された共同漁業権とは,免許の存続期間を除いて同じ内容である。(甲131の1,乙78の1・2)
南共第7号の共同漁業権については,本件開門請求権の前提となる共同漁業権は,平成15年9月1日に免許され,免許の存続期間は同日から平成25年8月31日までとされており,同年9月1日に新たに免許された共同漁業権とは,免許の存続期間を除いて同じ内容である。(甲97,131の2)
南共第8号の共同漁業権については,本件開門請求権の前提となる共同漁業権は,平成15年9月1日に免許され,免許の存続期間は同日から平成25年8月31日までとされており,同年9月1日に新たに免許された共同漁業権とは,免許の存続期間を除いて同じ内容である。(甲97,131の3)
2
争点に対する判断


明治漁業法においては,前記のとおり,先願主義と更新制度の下において,おびただしい空権の発生のほか漁場の利用関係が固定化するなどの弊害が生じていたものであり,これを受けて,昭和24年漁業法は定置漁業権及び共同漁業権についての延長制度を廃止し,昭和37年漁業法改正は,残存していた区画漁業権についての延長制度も廃止するに至ったものである。


上記のような経緯を経て,現行漁業法は,漁業権の設定について,十分な調査研究と技術的検討を加えた上で,漁業者らの要求を基礎とし,漁場の合理的利用を図るため,あらかじめ漁場の利用計画(漁場計画)を樹立し,それに従って漁業権の免許を申請させ,申請者の適格性を審査し,優先順位に従った上で,最も高度に漁場を使用する者に免許するという漁場計画制度を採用している(同法10条,11条)。そして,現行漁業法は,漁業権の存
続期間を法定し,共同漁業権については10年を存続期間として定めており,その延長を認めていない(同法21条)ところ,これは,漁業権の内容の固定化を防ぎ,海況の変化,技術の進歩に応じて最も合理的な漁業権の内容とし,かつ,漁業権の主体を特定の者に固定させることなく,常に最も高度に漁場を使用する者に免許するようにするために,都道府県知事において,一定の期間ごとに漁業権の内容及びその行使主体を再検討する機会を設けたものと解される。現行漁業法は,これらにより,水面を総合的に利用し,もって漁業生産力を発展させることを図ったものと解される。さらに,現行漁業法は,一旦付与された共同漁業権についても,公益上必要があると認めるときは,都道府県知事が,当該共同漁業権の行使の停止のみならず,その変更や取消しをすることも認めている(同法39条)。⑶

そして,海は,古来より自然の状態のままで一般公衆の共同使用に供されていたところのいわゆる公共用物であるところ,漁業法は,都道府県知事が,法定の資格を有する者に限り,物権とみなされる漁業権を付与することとしている。そうすると,漁業権は,物権とみなされる財産権であるが,行政庁の免許という行政行為によって設定される権利といえ(同法10条),免許されない限り,権利自体が発生することはない。また,他の多くの財産権と異なり,その存続期間が法定され,期間の経過により免許の効力が失われれば,権利自体も消滅する性質のものと解される。漁業権に存続期間の定めがあることにつき,それが水面の総合利用と漁業生産力を発展させる見地から,昭和24年漁業法の11条以下の規定により,漁場計画を樹立して適格性,優先順位により最も高度に漁場を利用する者に漁業の免許をするという方式がとられ,漁業権の内容の固定化を防ぎ,海況の変化,技術の進歩に応じて合理的な漁業権を設定するために,一定の期間ごとに漁場計画を立て直し,漁業権の内容及び行使主体を再検討するためであることは,前記のとおりであって,漁業権が存続期間の経過により消滅することは,現行漁業法
における漁業権の本質的な内容というべきである。


以上のような,漁業法の改正経緯(特に漁業権免許の延長制度が廃止された経緯),現行漁業法の規定の内容,趣旨,漁業権の性質,内容等の事情を総合考慮すれば,漁業協同組合等に対して免許された共同漁業権は,法定の存続期間の経過により消滅すると解すべきであり(最
81号平成元年7月13日第一小法廷判決・民集43巻7号866頁参照),当該共同漁業権の消滅後に当該漁業協同組合等に対して新たに免許された共同漁業権は,飽くまでもその免許によって設定された新たな権利であり,当該共同漁業権とは別個の権利であって法的な同一性を有するものではないと解するのが相当である。

3
被控訴人らの主張に対する判断


訴訟法上の主張について

被控訴人らは,控訴人は平成26年1月9日に本件訴えを提起したが,原審において裁判所から他に主張すべき異議事由がないか繰り返し確認されたにもかかわらずこれを主張せず,本件訴訟の控訴審に至るまで,被控訴人らの漁業行使権が消滅したという主張は一切しておらず,被控訴人らの漁業行使権が消滅するという主張は,時機に後れた攻撃防御方法であるから却下されるべきである旨主張する。
職務上顕著な事実として,次の事実が認められる。
a
控訴人は,平成26年1月9日,佐賀地裁に対し,本件訴えを提起した。

b
本件訴訟の原審第1回口頭弁論期日が平成26年3月7日に開かれ,その後,口頭弁論期日,進行協議期日を経て,原審第4回口頭弁論期日が同年8月29日に開かれ,控訴人は,「異議事由の追加は,今回の主張以外には予定していない。」旨陳述した。

c
本件訴訟の原審第5回口頭弁論期日が平成26年10月17日に開
かれ,控訴人及び被控訴人らは,「他に主張立証はない。」旨陳述し,弁論が終結され,原判決は,同年12月12日に言い渡された。
d
控訴人は,平成26年12月12日,控訴を提起し,平成27年2月2日,控訴理由書を提出した。当審第1回口頭弁論期日は,同年4月27日に開かれた。
控訴人は,同年6月11日付け第1準備書面において初めて争点⑷に係る主張をし,同年7月6日に開かれた当審第2回口頭弁論期日において上記準備書面を陳述した。

e
本件訴訟は,その後,複数回の口頭弁論期日,進行協議期日,和解期日,弁論準備手続期日を経て,第6回口頭弁論期日が平成30年2月26日に開かれ,弁論が終結された。
争点⑷に係る控訴人の主張は,当審の第1回口頭弁論期日の後の平成
27年6月に初めて主張されたものであるが,上記主張は専ら法的な主張であって人証調べ等を要するものではないし,上記主張がされた後も,口頭弁論期日や弁論準備手続期日が開かれ,最終的に弁論がその約2年8か月後に終結されたことからすれば,上記主張が,訴訟の完結を遅延させるものであると認めることはできず,これが時機に後れた攻撃防御方法(民事訴訟法157条1項)に当たるものと認めることはできない。イ
被控訴人らは,被控訴人らの漁業行使権が消滅するという主張は,前訴を通じた控訴人の態度と矛盾するものであり,被控訴人らの権利を根底から覆すものであり,権利濫用又は信義則違反であるから却下されるべきである旨主張する。
しかし,民事訴訟法は,訴訟遅延をもたらす攻撃防御方法等に対しては,時機に後れた攻撃防御方法(同法157条1項)等の諸規定を設けているところであり,これらの規定に当たらない場合において,一般条項である信義則又は権利濫用によって攻撃防御方法を却下することができるのは,
極めて例外的な場合に限られるというべきである。本件において,控訴人が争点⑷に係る主張を行うことが,上記のような極めて例外的な場合に当たるものといえるような事情は見当たらない。


その他の主張について

被控訴人らは,本件確定判決に係る訴えが提起されたのは平成14年11月26日であるところ,控訴人は,本件各組合の共同漁業権の免許が平成15年8月31日に満了しており,前訴での審理において,本件各組合の共同漁業権の消滅を主張することができたのにこれを主張しなかったし,訴えの変更等の手続も求めていないことなどに照らせば,上記漁業権の消滅の主張は,実質的には本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事由とはいえない旨主張する。
しかし,本件確定判決において開門請求権の基礎となる漁業行使権の前提となる本件各組合の共同漁業権は,本件確定判決の口頭弁論終結時点(平成22年8月9日)において本件各組合が有するもの(いずれも平成15年9月1日に免許されたもの)であり,同時点における上記共同漁業権を基礎とする漁業行使権による開門請求が一部認容されたところ,上記共同漁業権の免許期限(平成25年8月31日)が経過したのは,本件確定判決の口頭弁論終結日の後であることからすれば,控訴人が本件確定判決に係る審理において上記主張をすることはできないし,上記共同漁業権の消滅が本件確定判決の口頭弁論終結後に生じた事由に当たることは明らかである。被控訴人らの上記主張は上記認定判断を左右しない。


被控訴人らは,戦後制定された現行漁業法において漁業権の分配を免許制として存続期間を法定したのは,飽くまで「漁場の高度利用」という政策的配慮によるものであって,免許制や免許期間の定めが漁業権の本質に由来する不可欠の前提というわけではなく,漁場の高度利用のためには,
現実に漁業を営んでいない漁業者らから漁業権ないし漁業行使権を収用できる仕組みさえあればよいとし,現行漁業法の出発点となった戦後の漁業制度改革の趣旨が,自ら働く漁業者らに漁業権を与えることにあることに鑑みれば,現実に自ら漁業を営む漁業者らの漁業行使権につき,法定の免許期間を経過したものを「消滅する」とまで解するのは,法の目的を超える権利の剥奪であって,現行漁業法の解釈として行き過ぎたものである旨主張する。
しかし,被控訴人らの上記主張は,まさに漁業制度改革が否定した漁業権の固定化にほかならない。すなわち,前記1⑵のとおり,明治漁業法の下では,漁業権は,20年という長い存続期間と更新制度によって,江戸時代からの旧慣そのままに半永久的な権利とされ,漁場の利用関係を固定化させ,漁業生産力の停滞をもたらし,封建的な生産関係を温存する一因となったとの反省に鑑み,漁業権に存続期間を定め,かつ,更新を否定して,水面の総合利用と漁業生産力を発展させる見地から,漁場計画を樹立して適格性,優先順位により最も高度に漁場を利用する者に漁業の免許をするという方式が採られるに至ったのであるから,現行漁業法における免許制や免許期間の定めは,まさに漁業制度改革における漁業権の本質に由来するものといえる。
したがって,被控訴人らの上記主張は独自の見解に基づくものというほかなく,現行漁業法の解釈として採る余地はない。

被控訴人らは,本件で控訴人が主張する漁業権消滅論は,憲法29条3項に反する違憲な法解釈というほかないし,仮に,漁業行使権が免許期間の経過により消滅することが現行漁業法の解釈として正当だとすると,現行漁業法は正当な補償を行わずに漁業行使権を剥奪することを許容していることになるが,このような法令は,憲法29条3項に反する違憲な法令ということになり,現行漁業法を憲法に適合するよう解釈するならば,漁
業権ないし漁業行使権は,その免許期間の経過によって消滅しないものと解すべきである旨主張する。
しかし,現行漁業法は,共同漁業権については,免許の適格性を漁業者によって構成される漁業協同組合等に限定するなどの参入制限に係る規定を置き(同法14条8項),しかも,10年間という比較的長期間の存続期間を定め(同法21条1項),物権とみなして直接的排他的権利を付与する(同法23条1項)などの保護を与えているのであり,上記10年間の存続期間を超えて一旦付与された共同漁業権が存続することまで憲法29条が保障するものと解することはできず,被控訴人らが主張する合憲限定解釈を採ることはできない。そもそも,免許制度による漁業権の存続期間は,漁業権の内容を構成するものであって,その存続期間の経過により消滅することは,漁業権に内在するものであって,権利者に特別の犠牲を課すことになるとはいえず,憲法29条3項の補償の対象となるものではない。被控訴人らの前記主張も独自の見解にすぎず,これを採用することはできない。

被控訴人らは,既存の漁業者らの生業の場を失わせないように,都道府県知事は,免許期間が満了するよりはるか以前に漁場の調査等を開始しており,実質的には更新制度と同様の運用がされている旨主張する。しかし,現行漁業法が,漁業権の付与について既存の漁業権を更新する制度とするのであれば,従前の免許を更新するか否かのみを判断すれば足りるのであるから,免許の付与には長期間を要しないはずであるところ,前記のとおり,都道府県知事が,漁場の総合的利用を最大限図るために漁場計画を樹立した上で,関係人からの意見を聴いた上で慎重に免許するかどうかを判断するために,相応の期間を要するとしているのであって,実質的に更新制度と同様の運用がされているとの被控訴人らの指摘は当を得ない。本件通知もその旨に沿うものであると解される。被控訴人らの前記
主張を採用することはできない。

被控訴人らは,都道府県知事は,現に漁業権の存する水面についての当該漁業権の存続期間の満了に伴う場合にあっては当該存続期間の満了日の3か月前までに漁場計画を樹立すべきこと(漁業法11条の2)からすれば,現行漁業法は漁業制度改革前の更新制度と同様に,漁業権の切れ目を許さず間断なく漁業権が継続することを保障する趣旨である旨主張する。
しかし,現行漁業法11条の2は,既存の漁業権の免許期間の満了日と
新たに免許する漁業権の発生期間に切れ目が生じることによって漁業従事者に生じる混乱をできる限り回避するため,漁業計画を定める場合にあらかじめ一定の余裕を持つべきことを定めた規定であって,漁場計画の調整ができず既存の漁業権の免許期間の満了までに漁場計画が樹立できない場合には,「その他の場合」として処理することもやむを得ないものと解されることからすれば,既存の漁業権が存続することや既存の漁業権と新たな漁業権との同一性を保障する趣旨の規定であると解することはできない。被控訴人らの前記主張も採用することはできない。

被控訴人らは,共同漁業権の場合,既存の漁業協同組合等が漁業の実態がないことは想定できないから全て許可され,共同漁業権が継続する仕組みとなっている旨主張する。
しかし,漁業法は,共同漁業権についても,免許付与に必要な適格性の要件を定めており(同法14条8項),その要件を充たさないのであれば共同漁業権は付与されないから,既存の漁業協同組合等の全てに対して許可される仕組みとなっているなどとはいえない。被控訴人らの上記主張を採用することはできない。


被控訴人らは,本件各組合が免許された共同漁業権は,いずれも従前の共同漁業権と全く又はほぼ同一の内容であって,これまで間断なく再度ほ
ぼ同一の免許がされており,漁業の実態としても,従前の免許の期間が満了する前後で何ら変化はないから,本件各組合が平成15年9月1日に免許された共同漁業権と平成25年9月1日に免許された共同漁業権は,法的に同一である旨主張する。
しかし,本件各組合が平成15年9月1日に免許された共同漁業権と平成25年9月1日に免許された共同漁業権は,免許期間を除いては同一の内容となっているものの,それは,都道府県知事において,前記のような漁場計画の樹立及びそれに基づく免許という過程を経た上で,結果としてほぼ同一の内容になったにすぎず,これをもって両者を法的に同一と評価し得るものではないというべきである。被控訴人らの上記主張を採用することはできない。

被控訴人らは,共同漁業権が免許期間の満了により消滅するとすれば,本件事業のように相当期間漁業への影響が存続する事業については,共同漁業権が満了して新たな共同漁業権が成立するたびに新たな漁業補償を要することになるはずであるし,控訴人が本件事業において漁業補償の前提とした漁業補償の内容として「永久」や「11年」といった期間の影響を定めていることなど,漁業補償の実情と全く相反するものである旨主張する。
しかし,これはそもそも個別の漁業補償契約の解釈問題というべきである。そして,漁業補償契約に限らず,損失の補償は,一般的に,一種の擬制に基づいて行われるものであるところ,漁業補償契約においても,漁業協同組合が契約時に有していた共同漁業権について,当該共同漁業権の免許期間満了後当該共同漁業権と同一の内容の免許が再び付与される蓋然性も考慮した上で,漁業従事者が現実に受ける損失を考慮して補償契約の内容を定めているものと解され,共同漁業権が免許期間の満了により消滅することと漁業補償の実情とは何ら矛盾するものではない。現に本件におい
て,前記1⑶イ及びウのとおり,長崎県が諌早湾内漁業権者である12の漁業協同組合及びその組合員との間で締結した漁業補償契約並びに控訴人が長崎県の11の漁業協同組合との間で締結した漁業補償契約においても,同契約締結後,漁業権等が切り替えられ,新しく免許,許可がなされる漁業権等に対しても,同契約の効力に何ら変わりはないとされており,これはまさに当該共同漁業権の免許期間満了後当該共同漁業権と同一の内容の免許が再び付与される蓋然性を考慮したものといえる。被控訴人らの前記主張を採用することはできない。

被控訴人らは,本件確定判決も被控訴人らの漁業行使権が少なくとも執行の期限から5年間は継続することを当然の前提としている旨主張する。しかし,共同漁業権の免許を行う権限を有しているのは,都道府県知事であって,裁判所がその権限を有するものではないことなどからすれば,本件確定判決によって,本件各組合が有する平成25年8月31日に期限が満了する共同漁業権が更新されるとか,その後に免許された共同漁業権が従前のものと法的な同一性を有するものと解することはできない。そして,本件確定判決に係る裁判所が,本件確定判決の口頭弁論終結時において付与されるかどうか未確定の,前訴の訴訟物とは別個の権利である平成25年8月31日より後の共同漁業権に由来する開門請求を認容することは,処分権主義に反し許されないから,本件確定判決が上記の開門請求を認容したものと解することはできないというべきである。したがって,被控訴人らの前記主張を採用することはできない。


その他,被控訴人らは,本争点に関しるる主張を試みるが,いずれも採用の限りでない。

4⑴

以上によれば,本件確定判決の口頭弁論終結時点における被控訴人らの本件開門請求権及び漁業行使権が由来する,本件各組合に免許された本件5つの共同漁業権(有共第1号,南共第7号,南共第8号,南共第10号,南共
第79号)は,前記のとおり,いずれもその免許期限である平成25年8月31日が経過している。
そうすると,本件5つの共同漁業権は,いずれも本件確定判決の口頭弁論終結後である同日の免許期間の経過により消滅したものと認められる。⑵

そして,漁業行使権は,共同漁業権を前提として共同漁業権の付与された漁業協同組合等の定める漁業権行使規則に定める資格要件を満たした組合員において初めて有するいわゆる社員権的権利であって,共同漁業権から派生する権利である以上(漁業法8条1項,前掲最判参照),本件各組合が有する本件5つの共同漁業権の消滅により,これに由来する被控訴人らが有する漁業行使権もそれぞれ消滅したと解するほかない。



次に,物権的請求権は物権の円満な支配の実現のために認められるものであるから,物権が消滅すれば,物権的請求権も消滅すると解すべきところ,漁業行使権に基づく開門請求権は,物権に基づく物権的請求権の性格を有するものであるから,その前提となる漁業行使権が消滅すれば,当然に物権的請求権である開門請求権も消滅することとなる。すなわち,被控訴人らが有する上記漁業行使権が消滅したことにより,被控訴人らが有する本件開門請求権も消滅したものと認められる。これに反する被控訴人らの主張は独自の見解に基づくものにすぎず採用できない。
被控訴人らは,仮に被控訴人らの本件開門請求権が消滅したとしても,訴訟上は承継執行の問題と解すべきであり,異議事由には当たらない旨主張する。
しかし,承継執行は,権利の同一性が認められるものの当事者の変更があった場合に適用されるのであり,被控訴人らが有する本件開門請求権が既に消滅した本件において適用の余地はない。

5
以上によれば,本件確定判決の口頭弁論終結後に被控訴人らの本件開門請求権が消滅したことが認められ,これが異議事由となることは明らかである。
6
その他,原審及び当審における当事者双方の主張に鑑み,証拠を検討しても,当審における上記認定判断を左右するには足りない。

第4

結論
以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由があるから認容すべきであるところ,これと異なる原判決中被控訴人らに関する部分は不当であり,本件控訴はいずれも理由がある。そして,民事執行法37条1項に基づき同法36条1項の処分を命じることとする。
よって,主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所第4民事部

裁判長裁判官

西井和徒
裁判官

上村考由
裁判官

佐伯良子
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