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損害賠償請求控訴事件
事件番号平成30(ネ)247
事件名損害賠償請求控訴事件
裁判年月日平成30年8月30日
法廷名大阪高等裁判所
結果棄却
原審裁判所名神戸地方裁判所
原審事件番号平成28(ワ)1653
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平成30年8月30日判決言渡
平成30年(ネ)第247号

同日原本交付

裁判所書記官

損害賠償請求控訴事件

(原審・神戸地方裁判所平成28年(ワ)第1653号)
口頭弁論終結日

平成30年6月7日
判決主文1
本件各控訴を棄却する

2
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由

第1

控訴の趣旨

1
原判決を取り消す。

2
被控訴人は,控訴人Aに対し,55万円及びこれに対する昭和○○年○○月
○○日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3
被控訴人は,控訴人Bに対し,55万円及びこれに対する平成○○年○○月
○○日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4
被控訴人は,控訴人Cに対し,55万円及びこれに対する平成○○年○○月
○○日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5
被控訴人は,控訴人Dに対し,55万円及びこれに対する昭和○○年○○月
○○日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2
1
事案の概要(略称は,特記しない限り,原判決の例による。

事案の要旨
本件は,控訴人Dが夫Eと別居したものの離婚手続を取らないままFとの間で控訴人Aを懐胎,出産し,控訴人Aの出生届を提出しなかったため,控訴人Aが無戸籍となり,控訴人Aが無戸籍のまま控訴人B及び控訴人Cを出産し,控訴人B及び控訴人Cも無戸籍となったことにつき,控訴人らが,父(夫)にのみ嫡出否認の訴えの提訴権を認める民法774条から776条までの規定(本件各規定)は,合理的な理由なく父と子及び夫と妻との間で差別的な取扱いをしており,憲法14条1項及び24条2項に違反すると主張し,本件各規定を改正する立法措置をとらなかった立法不作為の違法を理由に,被控訴人に対し,
国家賠償法1条1項に基づき,
各損害賠償金55万円
(慰謝料50万円,
弁護士費用5万円)並びにこれに対する控訴人A及び控訴人Dについては控訴人Aの出生の日から,控訴人B及び控訴人Cについては各人の出生の日からそれぞれ支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は控訴人らの請求をいずれも棄却したため,控訴人らが本件各控訴を提起した。
2
前提事実
次の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の証拠及び弁論の全趣旨により認められる。
(1)控訴人Dは,昭和○○年○○月○○日当時,Eと婚姻していたが,同日,Eの暴力を理由にEと別居した。

(甲2から4まで,
65)

(2)控訴人Dは,Eと離婚手続をとることなくFと交際して懐胎し,昭和○○年○○月○○日,控訴人Aを出産した。控訴人Dは,控訴人Aの出生後,所定の期間内に出生届を提出しなかった。
(3)控訴人DとEは,昭和○○年○○月○○日,協議離婚した。Fは,同年○○月○○日,控訴人Aの出生届をa区長に提出したが,平成11年法律第160号による改正前の戸籍法49条及び52条1項に規定する要件を具備していないことを理由に不受理とされた。

(甲1)

(4)控訴人Aは,平成○○年○○月○○日に控訴人Bを出産し,同年○○月○○日に出生届を提出した。また,平成○○年○○月○○日に控訴人Cを出産し,同月○○日に出生届を提出した。
いずれの場合も,控訴人Aの戸籍がなかったため,すぐには戸籍に記載されなかった。
(5)Eは,平成○○年○○月頃,死亡し,控訴人Dは,平成○○年○○月頃,Eが死亡したことを知った。
控訴人Aは,Fに対する認知調停を申し立て,平成○○年○○月○○日,認知を認める審判が確定した。また,控訴人Aは,母の氏に変更する許可を申し立て,平成○○年○○月○○日,申立てを認める審判がされた。Fは,平成○○年○○月○○日,上記各審判書を添付して,控訴人Aの出生届を提出し,平成○○年○○月○○日,控訴人Dの戸籍に控訴人Aが記載された。控訴人Aは,それまで戸籍に記載されていなかった。
(6)控訴人Bの出生届に基づき,平成○○年○○月○○日,控訴人Aを筆頭者とする新戸籍が編製され,同戸籍に控訴人B及び控訴人Cが記載された。控訴人B及び控訴人Cは,それまで戸籍に記載されていなかった。
3
争点及び当事者の主張
(1)本件各規定の憲法14条1項及び24条2項適合性

控訴人ら
後記4のとおり当審における主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」
の第2の2(1)イ及びウに記載のとおりであるから,
これを引用する。


被控訴人
後記4のとおり当審における主張を付加するほか,原判決「事実及び理由」
の第2の2(2)イ(ア)及び(イ)に記載のとおりであるから,これを引用す
る。

(2)立法不作為の違法性

控訴人ら
原判決「事実及び理由」の第2の2(1)エに記載のとおりであるから,これを引用する。


被控訴人
原判決
「事実及び理由」
の第2の2(2)イ(ウ)に記載のとおりであるから,
これを引用する。
(3)損害及び因果関係

控訴人ら
原判決「事実及び理由」の第2の2(1)オに記載のとおりであるから,これを引用する。


被控訴人
不知又は争う。

4
当審における当事者の主張
(1)控訴人ら

父子関係が子の保護のためのものであり,それを守ることが子の保護のためになるというのであれば,本件各規定が夫の子に対する嫡出否認権を認めたことは背理となる。子が非嫡出子となる場合でも,夫については自由に嫡出否認権の行使を認めるのに対して,妻や子については嫡出否認権の行使を一切認めない区別に合理的な理由は存在しない。
すなわち,嫡出推定規定の「早期に子の法律上の父を推定することで,子の保護を図る」側面からは,嫡出否認権は,いわば夫の意思により子との嫡出推定を否定する「特権」である。特権を有する夫に対して妻や子は父子関係の嫡出推定を否認する権利を一切保障されていないのであるから,その区別に合理的な理由は存在しない。
また,
嫡出推定規定の
「血のつながりを守る制度」
としての側面からは,
夫に認められている嫡出否認権は,
「血のつながりを守る制度」
としての権
利保障である。それは妻や子にも保障されなければ均衡を欠く結果となる。客観的に決まる「血のつながり」の否認権を夫にのみ保障することに合理的な理由はない。
DNA技術と医療技術の発達により,嫡出否認権の行使を制限的に夫にのみ認めた民法制定当時の根拠は失われ,妻や子に嫡出否認権が保障されても科学的に問題のない状況となっている。

非嫡出子として戸籍に記載されることと比較すると,戸籍に記載されない無戸籍となることの人権侵害は甚だしい。完全に家庭が破壊された段階で子が生まれた場合に,画一的に夫にしか嫡出否認権がないとするのは,余りに妻や子に酷である。
妻や子は嫡出推定が及ぶ夫との父子関係を否定できない場合には,妻や子との継続的な接触を持つことを希望する夫からの暴力のおそれや心理的不安から,子の出生届を提出することができなくなり,その結果,多くの無戸籍児が生まれている。
無戸籍児が生まれる原因となっている本件各規定は,憲法14条1項,24条2項に違反している。


最高裁判所平成26年7月17日第1小法廷判決・民集68巻6号547頁(以下「平成26年判例」という。
)は,現在の嫡出推定制度と嫡出否
認制度について完全な合理性を肯定した判決ではなく,逆に法改正が求められる状態であることを明らかにしたものである。

(2)被控訴人
現行の制度が夫にのみ嫡出否認権を認めているのは,子の身分関係の法的安定を図るため,嫡出否認権の行使要件を限定した結果にすぎず,夫に「特権」を付与したものではない。
第3
1
当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人らの請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は,次のとおり原判決を訂正し,後記2のとおり当審における控訴人らの主張に対する判断を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第3の4から6までに記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)26頁5行目から10行目までを次のとおり改める。


しかも,夫と子との間に生物学上の父子関係が認められないことが科学的証拠により明らかであり,かつ,夫と妻が既に離婚して別居し,子が親権者である妻の下で監護されているという事情があっても,子の身分関係の法的安定を保持する必要が当然になくなるものではないと解されることからすれば,早期に父子関係を確定して身分関係の法的安定を保持することに係る利益と生物学上の父との間の父子関係と法律上の父子関係とを一致させることに係る利益(嫡出否認に係る利益)とでは,前者が優位な関係に立つとみるべきである。


(2)26頁11行目から30頁20行目までを次のとおり改める。「ウ

イに照らせば,
嫡出否認権の行使は,
これを認めるにしても,
限定的,
謙抑的であることが望ましいことになる。
そこで,嫡出否認に係る利益について具体的にみると,夫に嫡出否認権が付与されるのは,夫が嫡出推定により形成される父子関係の当事者であり,父子関係が形成されることにより扶養義務を負い,子が自らの相続人の地位におかれるなど直接の法的権利義務関係が生じる立場にあるからであると解される。すなわち,夫には,嫡出否認によって父子関係から生じる扶養義務を免れ,子を自らの相続人の地位から排除するとの直接的な利益がある。
これに対し,妻は,父子関係の当事者ではなく,嫡出推定により直接の法的権利義務関係が生じるものではない。妻には,生物学上の父との間で子について共同親権者となる利益があるとしても,これは,自らが子の親権者となって夫と離婚し,さらに,生物学上の父と婚姻し,子に養子縁組をさせるという形でも達成することはできる。嫡出否認が認められた場合と差異があるとはいえ,夫の場合には,扶養義務を免れ,子を自らの相続人の地位から排除するのと同様の効果を発生させる措置はない。
そもそも,嫡出推定が及ぶ期間に夫以外の生物学上の父が生じる機会を管理できる可能性をみると,⑶ア(カ)でみたとおり,夫は,妻が他の男と性交渉を持ち,懐胎することを事実上阻止し得ないのに対し,妻は,懐胎の時期を選択することによってこれを管理することができる。そうすると,早期に父子関係を確定して子の身分関係の安定を図るという嫡出推定の制度趣旨の下で,限定的,謙抑的に嫡出否認権の行使を考えるとすれば,夫と妻でみる限り,嫡出否認権を夫にのみ認めるという区別には,直接の法的権利義務関係の有無,夫以外の生物学上の父を生じさせる機会の管理の可能性の有無という点で,一応の合理性があるというべきである。

次にこれを子についてみると,子は父子関係の一方の当事者であり,生物学上の父との間に法律上の父子関係を築くことに係る利益として,よりよい扶養環境を得ることや生物学上の父の相続人の地位を取得することがあるとともに,生育過程における精神的な安定も考えられる。もっとも,子は,出生直後及び主に未成熟子の期間は,専ら養育の対象であるから,子に嫡出否認によって直接の法的義務を免れる利益は通常は考えられない。そして,少なくとも,よりよい扶養環境を得ることや生物学上の父の相続人の地位を取得すること自体は,ウでもみた養子縁組という方法によっても達成は可能である。
さらに,子は,出生後間もない時期においては嫡出否認権を行使できる判断能力を有しない。また,成長した後に嫡出否認権を行使できるとした場合にはそれまでに築かれた法律関係が覆されることになりかねず,早期に父子関係を確定して子の身分関係の安定を図る嫡出推定の制度趣旨からは問題が生じることになる。
そうすると,父と子でみても,直接の法的権利義務関係の有無,身分関係の法的安定の利益との衝突の広狭という点で,嫡出否認権を父にのみ認めるという区別に一応の合理性があるということができる。

(2)エで触れたとおり,生物学上の父との間の法律上の父子関係を築
くことに係る子や妻の利益は,婚姻及び家族に関する法制度の在り方を検討する上で考慮すべき利益といえる。嫡出否認権が行使できないことにより,父(夫)との間の法律上の父子関係を否定できず,妻や子が,場合によっては上記父子関係を前提として父(夫)から不当な要求を受けるなど大きな不利益を受けることもあり得る。
したがって,夫にのみ嫡出否認権を認める制度に合理性があるからといって,
妻や子に嫡出否認権を認めることが不合理となるものではない。
しかし,妻や子に嫡出否認権を認めるかどうか,認めるとしてどのような制度とするかは,婚姻及び嫡出推定を含めた家族に関する制度設計の在り方の問題であり,国の伝統や国民感情を含めた社会状況における種々の要因を踏まえた,国会の立法裁量に委ねられるべき問題と考えられる。

(3)30頁21行目の「エ」を「カ」に,同行目の「上記」から31頁1行目の「いうことができる。
」までを「以上のとおり,
」にそれぞれ改める。
(4)31頁11行目の「オ」を「キ」に,16行目の「カ」を「ク」にそれぞれ改める。
2
当審における控訴人らの主張に対する判断
(1)控訴人らは,
夫にのみ認められる嫡出否認権は夫に付与された特権である,
嫡出推定規定の
「早期に子の法律上の父を推定することで,
子の保護を図る」
側面からみても,
「血のつながりを守る制度」としての側面からみても,妻や
子に嫡出否認権を一切保障しないことに合理的な理由は存在しない旨主張する。
しかし,妻との関係でみても,子との関係でみても,夫(父)にのみ嫡出否認権を認めるという区別に合理性があることは,訂正後の原判決「事実及び理由」第3の4(5)で説示するとおりである。
控訴人らは,DNA技術と医療技術の発達により嫡出否認権の行使を制限的に夫にのみ認めた民法制定当時の根拠は失われたとも主張する。しかし,父子関係の確定は科学的な判定にのみ,又は科学的な判定に主として委ねられるものではない。技術の発達は,国会の立法裁量における考慮要素の一つにすぎない。
よって,控訴人らの主張はいずれも採用することができない。
(2)控訴人らは,妻や子に嫡出否認権が認められていないため,多数の無戸籍児が生まれ,重大な人権侵害が生じている旨主張する。
しかし,DV等で夫と接触したくないため出生届を提出しないといった事案では,
正に嫡出推定が及ぶことが出生届を提出しない原因とされている
(甲
34の参議院総務委員会におけるb議員の発言内容,甲77の名古屋家庭裁判所委員会における委員長の発言参照。なお,控訴人らが甲号証で指摘する国会の審議では,民法772条2項の「300日規定」に関する議論が多く行われており,これも嫡出推定の問題である。。仮に妻や子に嫡出否認権が)
認められたとしても,父子関係の当事者である夫と全く没交渉のまま嫡出関係が否定できるとは考えられず,妻や子に嫡出否認権を認めることで無戸籍となるのを防ぐことができるのは一部にすぎないというべきである。また,本件の控訴人Dをみても,夫の暴力は一定程度続いていたものと推測され,一方,暴力を継続的に振るうことが離婚原因となることは争いがない。そうではあっても,控訴人Dが離婚手続をとることができなかったのであれば,それは実体法の問題ではなく,そのような妻に寄り添った離婚訴訟提起等への支援という訴訟手続上の問題であったと考えられる。
無戸籍児の問題は,戸籍,婚姻,嫡出推定及び嫡出否認等の家族制度をめぐる制度全体の中で解決を図るべき問題であって,
無戸籍児の存在を理由に,
夫にのみ嫡出否認権を認める本件各規定を憲法14条1項,24条2項に違反するということはできない。
(3)控訴人らは,平成26年判例は,現在の嫡出推定制度と嫡出否認制度について法改正が求められる状態であることを明らかにしたものであると主張する。
しかし,
平成26年判例は,
「民法772条により嫡出の推定を受ける子に
つきその嫡出であることを否認するためには,夫からの嫡出否認の訴えによるべきものとし,かつ,同訴えにつき1年の出訴期間を定めたことは,身分関係の法的安定を保持する上から合理性を有するものということができる」と判示し,夫にのみ嫡出否認権が認められることの合理性を肯定している。平成26年判例を理由に,夫にのみ嫡出否認権を認める本件各規定が憲法14条1項,24条2項に違反することを基礎付けることはできない。第4

結論
以上によれば,控訴人らの請求はいずれも理由がなく,これと同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

大阪高等裁判所第3民事部

裁判長裁判官

江口
裁判官

山田とし子明
裁判官

角田ゆみ
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